01 Diary

2010年11月18日 (木)

黒猫のタンゴ。

朝のうちにパソコンにて済ませねばならぬ用件をバッサバッサと片付けていると、ZinioにNME最新号が届いたので、さっそく読んでみることにした。先週号の予告ではポール・ウェラー表紙のはずだったのだが、パルプのジャーヴィス・コッカーであった。来年夏のパルプ再結成ライヴが決まり、それにちなんだ記事が掲載されていると思われる。

とりあえず全体をパラパラと見てみたところ、NMEが選ぶパルプのセットリストのようなものが掲載されていてなかなか良さげな内容、かつ全曲iTunesで所持していたため、さっそくプレイリスト化して聴いてみた。やっぱりパルプはいいねぇ。1992年の秋に再リリースされて中ヒットする前のオリジナルで出た時の「ベイビーズ」の12インチシングルを西新宿の今は無きラフ・トレード・ショップで買ったのが最初だったな。

それにしても先週のスウェード再結成記事といい今週のパルプといい、90年代ブリットポップ時代のバンドの話題が近頃多い気がする。来週はプライマル・スクリーム、しかも1991年に発表された彼らの最高傑作ともされる「スクリーマデリカ」に関する記事が組まれているようだ。それで今週号のトップ・ニュースは昨年オアシスを解散したリアム・ギャラガーの新バンド、ビーディー・アイの話題である。何でも先週水曜のイギリス時刻午前10時より新曲が無料ダウンロード開始らしく、一時はアクセス集中しすぎてサーバーがダウンしたという。現在でも無料ダウンロードはできるということで、早速実行し、聴いてみた。ジェリー・リー・ルイスなんかを思い起こさせるキーボードが印象的な軽快なロックンロール・チューンである。リアム以外にも元オアシスのメンバーが参加しているのだが、オアシスと比べると、かなり軽い印象である。しかし、嫌いではない。

アルバム・レヴューではマイ・ケミカル・ロマンスが8点、カニエ・ウェストが9点だった。この2枚はおそらく買う。あと、去年アルバムが相当気に行ってたガールズがミニ・アルバムを発売するということで、こちらも8点となかなかの高評価である。サンプル音源を聴いてきたのだが、何だか音楽性の幅が広がった気がする。これもおそらく買うことになると思う。そして、ブルース・スプリングスティーンの「ザ・プロミス」なるアルバムが10点満点ついている。ローリング・ストーンでもUNCUTでもなく、NMEでブルース・スプリングスティーンが10点というのにかなり違和感を覚えるわけだが、これは「闇に吠える街」の頃にレコーディングされた未発表曲を2枚のCDに集めたもののようだ。言ってしまえばボツ曲なわけだが、この時期はスプリングスティーンの第一の充実期でもあり、それでも質は相当高いものと思われる。パティ・スミスに提供してヒットした「ビコーズ・ザ・ナイト」の本人バージョンも収録されている。未発表曲集とか別テイク集とかボーナストラック追加リイシューとかには元々あまり手を出さないことにしているのだが、これは迷う。サンプル音源を聴くと、やはり相当良い。

外は雨が降っていて引きこもり願望がハンパなかったわけだが、数週間前から決めていたフィールドワークの日であったため、妻の手料理で昼食をすませてから、外に出た。郵便局で投函すべきものを出し、電車の中ではiPhoneのZinioアプリでローリング・ストーンを読んだ。NMEはパソコンとiPadでしか読めないのだが、ローリング・ストーンはiPhoneにも対応しているのだ。なぜだか今回の号から画像が表示されなくなっていて、容量が少なくなったのは良いのだが、雑誌を読んでいる感が大きく後退した。しかし、目次から直接記事にアクセスして読むというやり方に徹すれば、これはこれでスイスイ読めて良いものだ。

表紙はエミネムであり、インタヴューが掲載されている。まずこれから読んだ。数年前にクスリ漬けで死にそうになっていたが、現在はひじょうに健康的な生活を送っているようだ。最近の活動再開後の作品は実はちゃんと聴いていなかったのだが、最新作は今年発売されたアルバムの中でアメリカで最も売れたらしく、シングルも2曲がビルボードで第一位にまで上りつめているという。この度のリイシューについて、ブルース・スプリングスティーンの記事もあるのだが、これは途中まで読んだところで、その前に掲載されていたのがフィル・コリンズのインタヴュー記事である。ご存知、元ジェネシスのドラマーにして、ソロでも80年代に多数のヒットを連発した。しかし、いわゆる音楽批評家やそれに準じた聴き方をするタイプの音楽ファンからは評価されることがほとんどなく、むしろ商業主義的なダサさの象徴のような扱いを受けることが多い印象である。まったくもってローリング・ストーンらしからぬ人選だといえる。しかし、これがなかなか面白かった。

現在はスイスで暮らし、ライヴ活動も行っているとのことなのだが、レパートリーはモータウン等のカバー物ばかりであり、自分名義やジェネシスのヒット曲を演ることもなければ、ドラムを叩くこともないという。なんでも、フィル・コリンズというポップ・スターのイメージがダサい物としてあまりにも定着してしまい、そのことが嫌で嫌で仕方なく、もうこのフィル・コリンズという名義じたいを無くしてしまいというような、鬱々としたインタヴューになっている。元オアシスのノエル・ギャラガーがインタヴューか何かでフィル・コリンズのことをイケてないものの代表のように言ったり、「アイ・ヘイト・フィル・コリンズ」なるサイトが立ち上がったり、いずれほど深い憎悪があるというわけでもないのだろうが、当の本人はいたく傷ついている。かつて作品を発表して、それがヒットしたが、だからといってなぜにここまで叩かれなくてはいけないのか、そのようなことを語っている。

秋葉原は仕事上のちょいとしたどうしようか迷っている部分のイメージを固めるための、資料集め的視察といった用事があり、それはある程度まとまった。DVDや写真集などを売っているお店の入口付近にアイドルガチャなるものがあり、少女時代などのグッズが当たるガチャがすでに設置されていた。あと、アニメ「けいおん!!」のグッズがもらえるくじ的なものをやっているお店もあり、雨の平日にもかかわらず、結構盛り上がっていた。BOOKOFFで長らく探している廃盤CDを探したのだが、やはり見つからなかった。それにしてもBOOKOFFのCDというと、つい数年前にはあまりパッとしない印象があったのだが、今やかなり充実してきている。CDは見つからなかったが、その代り、妻が欲しがっていた「こねこ」というロシア映画のDVDが中古でたった950円で売られていたので、これは迷わず買った。誕生日に新品を買ってあげようかと思っていたのだが、思わぬ所で見つかった。これは今日すぐに渡して、プレゼントはまた別のを考える。しかも、妻が喜んで、わざわざおカネを払ってくれた。

帰宅してからさっそく観ていたようなのだが、家の飼い猫もこの映画が映るテレビのモニターをしっかり見ていたのは面白かった。猫が大々的にフィーチャーされている場面では大きく反応したり画面に近づいたりしていたのだが、人がメインの場面では明らかに飽きて興味を失くしていた。しかし、また猫が映ると反応していた。面白いものだ。可愛いものだ。

秋葉原では歩いているとたえずSKE48の新曲がかかっていて、この曲は今まで聴いたことがなかったのだが、帰るころには自然と「1、2、3、4、よろしく♪」などと普通に口づさんでいた。アイドルっぽくてキラキラしていてイイね。GO!GO!カレーの誘惑に何度も負けそうになったのだが、勇気を振り絞って、看板のゴリラに背を向け、秋葉原を後にした。

新宿の東急ハンズで誕生日カードやらメッセージカードやらカラ筆記用具やらを買った。数年前に大ヒットして以来定番化したフリクションなる筆記具のセットを初めて買ってみた。売場で試し書きしてみたが、なかなか気持ちがいい書き心地である。私などはフリクションと聞くと、どうしても日本の伝説のバンドの方を想像してしまうのだが。

移動中の電車の中でブックマークの整理やら必要なくなったSNSの退会作業を行った。ブックマークはパソコンのブラウザと同期させているので、この類いの作業が外でiPhoneからできるのはなかなか便利だ。ついでにブログのデザインもクリスマス仕様に変更である。

東京の街はすでにすっかりクリスマスであり、グリーティング関係を含め、そろそろ本格的に準備をしなくてはならぬ。仕事場の方もデコレーションの第一弾を行ったが、そういった方面に才能を発揮する女性スタッフにお願いしたところ、有り物でキレイに仕上げてくれた。窓面にはるゼリー状のデコレーションがほしいと言われたので東急ハンズで見ていたのだが、あまりにも種類が多く、かつ結構値段も貼るので、後日、だいたいのイメージを聞いてから出直すことにした。コスプレをいつからやるかとか、いろいろと考えなくてはいかんね。

クリスマス用プレイリストを作成するにあたり、クリスマス・ソングについてなども、ここで思い出や与太話を綴ったりしながら、いろいろと思い出してみたいと思う。年末というと、何となく大掃除ムードもあるので、都合よくこれに乗っかって、必要のない物や愛想の尽きた物など、軽やかにバッサバッサと切り捨てていきたい。

猫の目のように気まぐれさ♪

2010年11月13日 (土)

スマイリー・スマイル。

西武新宿線から続く階段を降りると、巨大スクリーンが映すカウントダウンでは第一位のAKB48「Beginner」が流れていて、「僕らは夢見ているか?」と歌われていた。

このシングルはついにミリオンセラーを達成したらしく、これはある意味快挙であろう。

昼休みに入ったコンビニエンスストアでFRIDAY表紙の高橋愛ちゃんが突然目に飛び込んできて、素直に可愛いなと思った。自分の意識を変える力の強さに驚いた。

しかし、別の雑誌ではAKB48の篠田麻里子嬢が表紙をかざっていて、ビキニ姿でウィンクをしている。やはり旬の輝きはこちらにこそ宿っているな、と思わずにはいられなかった。

さて、僕らは夢見ているかという問題についてである。

今年、Base Ball Bearの次によく聴いた音楽は何だったろうかと考えると、やはりAKB48や渡り廊下走り隊であった。ちょうどいわゆるハロカッサーの方々の閉鎖性にうんざりするなどして、道重さゆみちゃん関連などから距離を置いた頃に、ほぼ初めてといってもいいぐらい、AKB48をちゃんと聴き、素直にアイドルポップスとしての質の高さに感激した。

ところで今回の新曲、「Beginner」についても動画サイトで一度だけ見てカッコいいなと思ったのだが、以降購入したりだとか再度積極的に視聴することなどはなく、この西武新宿線駅前の巨大スクリーンで改めて聴いたのだ。

夢を見ているか、などという歌詞は、ポピュラー音楽の歴史上、これまでに何度も歌われてきたありきたりな内容であり、何の斬新さも無い。実際にそのような批評というか悪口もいくつか読んだような気がする。

とかく夢を見ることが難しく、たとえ見られたところでそれが叶う確率はきわめて低く、それならば期待値をそれ程高めることなく、身の丈に合った小さいけれども確実な幸せで満足する生き方の方が、今の時代に合っているのではないかという、そのような風潮は確かにあるだろう。朝刊の書籍の広告だとか、書店の棚を見ていても、それを感じる。

まあ、確かにそれもそうかもしれない。それを否定しようとは思わないし、それによってこそその人にとっての最大の幸福感が得られるという場合もあるだろう。要は人生いろいろということだ。ボヨヨンロック。

しかし、斯くなる時代であればこそ、夢に向って一生懸命頑張るといった、見ようによってはきわめてアナクロチックな物語が、眩しく輝いて見えたりもするのだろう。

私がAKB48の作品を聴いて感じるある種の爽快感とは、おそらくそのようなものである。それは、その時点の私に決定的に不足している何物かについての気づきをすら与えてくれた。

それでは、私は夢を見ているのだろうか。

かつて、夢はもう捨てたと決めたが、それでも生き続けることを選んだ。その理由はぼんやりとしたままだったが、終わりの無い日常を生きよう、などと自分に言い聞かせたこともあった。

偉大な何物かに出会うことにより、それを基準として見た場合、己の矮小さを思い知る。そして、より広く大きく深いものを志向してみようかという気にもなる。それは思いがけないかたちで突然現れるが、おそらく仕組まれているに違いがないのだ。

Base Ball Bearの数々の作品の中でもとりわけ私が好きなのが「BOY MEETS GIRL」だが、特に「想い出すのは俺が君といた時はいつも笑っていたこと」という部分である。

私はつねにその場に穏やかかつ爽やかな笑いが生み出せるような、そのような者になりたい。そのような者になることこそが私にとっての夢なのだという気がする。それは、すなわち平和ということでもある。それにはまだまだ深めなければいけないこと、高めなければならないことがたくさんある。

新しい夢を見つけた時、人は誰も初心者になれる。そんな意味のことを歌った曲が100万枚も売れてしまうのは、何だか素敵なことではないだろうか。

2010年11月12日 (金)

可愛いリズム。

成功したいと思うならば、まず自分自身がその成功に値する人にならなければいけない、とある本に書いてある。

その本は書店のいわゆるビジネス書の売場に陳列されていたが、人生において成功とは、必ずしもビジネスだけに限ったことではない。

あれはカート・コバーンがショットガンを口に咥えて銃爪を引く一年前のことだった。

私にとって夢はもう終わったが、それでもまだ生きていくことを決めた。それ以外に方法が思いつかなかったが、それすらも他人の所為にしようとしていた。理由もなく生きるに足るだけの強さを、当時の私は持ち合わせていなかった。そして、それはやはり素敵な女性のかたちをしていた。

クリスマス前に彼女が私に好意を抱いているという情報は、共通の知人から入手していた。だから、それで間に合わせようとしたのだ。まったくもって臆病かつ狡いことこの上ない。

彼女は海の近くに住んでいて、私が仕事を辞め、近況を一切明かさなかったにも関わらず、後楽園遊園地のルナパークまでわざわざ出て来てくれたし、12月には新宿アルタの上のシスコに、約束の時刻に遅れずに来てくれた。あれは憐れみだったのか。軽蔑されていたのか。

彼女が喜んでくれるように、ボン・ジョヴィの新作の試聴用カセットをいち早く手に入れた。音楽の趣味は一切噛み合わず、そんな話は全くしていなかった。それでも彼女との時間はあっという間だ。一体何を話していたのだろう。

しばらくして、電話をしても弟が出て、彼女は留守だと伝えられた。それが二度続き、向うから連絡も無かった。もう会いたくない理由でも出来たのだろう。何度問われても、当時私が何をしているかは答えなかった。こんな人間が信用できるはずもない。

午前中には学校の授業に出て、午後から寝て、夜から朝にかけてはアパートの近くのコンビニエンスストアでアルバイトをしていた。夜十時から朝九時までの11時間をたった一人で、月曜から金曜までの週5日間働いていた。家賃を払ったり服を買ったり、欲しい本やCDを買うにはじゅうぶんなカネが稼げた。

土曜日の夜は電車とバスで六本木へ行き、六本木WAVEと青山ブックセンターで買物をし、週末に読んだり聴いたりして楽しんだ。新聞や世間の流行にまつわる雑誌も読むようにし、一方でダンベルで体を鍛えたりもしはじめた。

それまで書き溜めていたノートや原稿用紙などはすべて捨てた。とにかく生まれ変り、何もかも初めからやり直すつもりだった。改めて生きることを決めるには、それぐらいのことが必要だったのだ。

次の春に学校を卒業したら会社に就職し、仕事でトップを取って、彼女と結婚し、そして幸せな家庭を築く。そんなことを生きる目的にしようとした。それは彼女のことを愛していたからというよりは、完全に自分勝手な幻想に他ならなかった。

アルバイト先のコンビニエンスストアの客で、何となく気になる女の子がいることに気がついた。おそらく20歳ぐらいだろうか。地方出身でこの近くで一人暮らしをしていると思われる。雑誌コーナーで立ち読みをしているのだが、客の波が引き、一人だけになったタイミングを見計らって、清涼飲料水やヨーグルトなどを買って帰るのだ。特に会話などは交わさないが、そんなことが何度も続き、彼女が来ないと何やら気分がモヤモヤするぐらいにまでなっていた。

彼女が「ロッキングオンJAPAN」を持っていることなどがあり、音楽が好きなのだということが分かった。そして、ある日、私に男性化粧品の試供品をくれた。もらったが周囲に使う人がいないので、良かったら使ってほしいとのことだった。これはお礼をしなければいけない。物をもらったらお返しをするものだ。

深夜に妄想は盛り上がり、夜勤が終わって家に帰ったら彼女を食事に誘おうと思った。電話番号はすでに入手していたのだ。これはもしかするとひじょうに問題のある行動なのだが、その時は一切迷いが無かった。若さって素晴らしいね。そして、断られた。これはもしかするととんでもなくマズいことをしてしまったのではないかという気がしたのだが、その日も勤務だったので、時間通りに店に行った。彼女が普通の客と同じように入って来て、また一人だけになってから何か商品を持ってレジの方にやって来た。どのような態度をとるべきか迷っていると、彼女の方から「せっかくなので行きましょう」と笑顔で言ってきた。

その年のクリスマスは彼女と過ごし、翌年の春に学校を卒業し、就職をして関係が上手くいかなくなるまで続いた。その後、マニック・ストリート・プリーチャーズを追いかけて名古屋にいるという手紙をもらったのが最後だった気もするし、そうではなかったような気もする。

私はいわゆるイケメンなどでは当時にしてもありえないし、それ以外にも一般的に女性がハタから見ていいなと思う要素などは皆無に等しい。稀にコアなファンがいたりしたとしてもだ。彼女はコンビニエンスストアでやる気なさげに働く私のどこに注目したのかは定かではないのだが、問い質したところ、乾電池を間違えて買ってしまい、再来店した時に、開封済みであったにもかかわらずすぐに交換してくれて、優しいなと思い、それがきっかけだったということである。よく分からん。

その年は他にも同じ講義を受けていた女性からずっと好意を寄せていたという告白を聞かされたり、明らかに何かがどうかしていたのだ。まあ、普通にモテる男性というのはこういうことが日常茶飯なのだが、私にとってはそういうことはじつにレアな事件であったため、明らかに何か異常な事態が起こっていたに違いない。

まあ、モテ期なる単語もあったりはするわけだが、おそらく私は当時、先に述べた彼女に値する自分になるために様々な努力をしており、それは明らかに私に何らかの変化をもたらし、それが伝わる人には伝わっていたということなのだろう。

紙切れとバイブル。

毎日の日常は絶えず用事で埋め尽くされていなければ不安な程、ある意味病的な状態を強いている訳だが、あえて好んでそれをやっている節も無きにしも非ずである。

だがしかし、時にはあえて意図的に頭を空っぽにし、だからこそ普段は無意識と化している事柄が意識野に浮かび上がり、案外それが重要な事だったりもする訳である。

精神的自主トレとは、ぜひともそのような目的でこそ行いたい。

という訳で、今回もすこぶる有意義であった。いろいろな課題や問題点がスッキリと整理され、明日以降に向けて意欲的ですらある。明日が来るのが楽しみだ。

明日の朝が来たら世界が終わっていればいいのにと真剣に思っていた頃もあったというのに。これは幻か、はたまた...。

サッポロクラシックなる地域限定缶ビールを飲みつつ、これまた地域限定のスナック菓子などをつまんだ。毎日の日常は次の用件がつねに差し迫っているため、アルコールに酩酊する状態などというものはムダ以外の何物でもないなどと思って暮らしている。だから、こんな時間はきわめてレアである。ホテルの部屋でそんなことをしていて、またバスタブにつかり、ベッドに寝転んでテレビをつけた。「水曜どうでしょう」という番組が放送されている。大泉洋さんが出ていて、北海道発でDVDなどもよく売れた番組だが、じつはちゃんと見たことがなかった。車でアメリカ横断という企画をやっていて、ラスベガスが映り、ちょうど三年前の今頃に会社の研修旅行に行った時のことを思い出した。あれは笑ったな。

朝、起きると午前8時少し前だった。カーテンを開けると、窓の外はまだ雨だった。出発の時間まで公園でも散歩しようかとも思っていたのだが、この天候では仕方がない。かといってホテルの部屋にいてもやることがないので、セイコーマートで買ったグランデというオリジナル缶コーヒーとホテルの1階にあるファミリーマートで買ったシュークリームで朝食をすませたら、とりあえずチェックアウトして外に出た。フロントの接客がじつに優れている。気持ちがいいものだ。

昨夜、本を買った大きな書店はまだ開店していない。駅構内にある地元の書店はもう開いていた。中に入ってみると、かなり優れた書店だということが分かった。各コーナーの品揃えや展開などに本好きが創っているらしき面白さがうかがえる。フリッパーズ・ギターやフィッシュマンズ関連の書籍や雑誌バックナンバーが集められているコーナーなどもあった。高いところにある本は店員が取るので無理せず気軽に声をかけてほしい旨のPOPが手書きで貼られていて、こういった手作りっぽい所にも好感が持てた。

最近、書店に足を運ぶ機会がめっきり減り、洋書などはAmazonのKindleが安くて早いし、洋雑誌は以前から利用しているZinioが一部iPhoneにも対応するようになっており、紙の書物すらほとんど買わなくなっていた。しかし、先月に続き、昨日もあの大きな書店で本を買い、今日もこの地元の書店を見たりしていると、やはりこうして店内で実物を手に取って吟味して選ぶ楽しみというのも捨てがたいな、とも思うのだ。これとて、毎日の日常の中では、おそらく非効率かつムダな時間として退けられていたかもしれない。

10時少し前に雨を避けて、開店したばかりのあの大きな書店に入った。昨日1階で見て気になっていた猫のかわいがり方について書かれた文庫本を、今日は買おうと思った。帰りの移動ではじゅうぶんに時間があるので、昨日かった本もあるが、他にももう1冊ぐらい買っておこうと思った。また、昨日作ってもらったポイントカードにポイントも貯めていきたい。その本の場所を確認し、エスカレーターで2階に上り、とりあえずフロアを一周してからまたエスカレーターで降りて、その文庫本をレジで購入し、駅に向かった。空港では搭乗まで30分程しかなく、ゆえにレストランの類いで食事をとることは難しかった。ゆえに、売店でいわゆる空弁なるものを買って食べることにした。今日のオススメPOPがついていたにぎったらばなる弁当で、文字通りタラバガニを用いた小さなにぎりめしが4個に漬物が添えられて850円である。けして安くはないのだが、これぐらいの方が特別感があって良い。これと普通におーいお茶のペットボトルを買った。他にもなかなかおいしそうなお弁当が多種あったのだが、箸を使わずに食べられるのが良いと思い、これにしたのだが、なかなかおいしかった。ちなみに、出発時にも前夜にパンを買い忘れてしまったために、羽田空港で一口おこわなるいわゆる空弁を買って食べたのだが、これもなかなかおいしかった。

帰宅後に留守中に届いていたメール類を処理したり習慣的にやらなければいけないことを処理したりした。可愛い猫のためにキャットタワーを買ってあげようと思い、妻に相談したのだが、設置場所の問題等で、少し待ってほしいと言われた。調布に一緒に買物に行こうかという話もあったが、あっという間に暗くなり、結局どこへも行かないことにした。妻が調理した麻婆豆腐や味噌汁などをテレビと炬燵がある部屋で食べ、妻はそのまま「刑事コロンボ」の再放送を見て、私は部屋に戻り、Zinioに届いていたNMEの最新号を読んだ。RADARのページでVISUAL KEIなる言葉が解説されていて、何のことかと思ったら、日本のビジュアル系のことであった。スウェードの再結成インタヴューが掲載されていて、懐かしく思った。表紙はマイ・ケミカル・ロマンスで、インタヴューも掲載されていた。前作は買って、iTunesにも入れてある。それなりに聴いたが、元々仰々しいタイプのロックがあまり得意ではないので、それほど好みのバンドというわけではないのだが、このインタヴュー記事を読むと、もうすぐリリースされる新作がなかなか面白そうなので、聴いてみようかとも思った。

シャワーを浴びてからブログ更新して寝ようと思ったら妻がお風呂をいれてくれるというので、先にブログの方をすませて、これから風呂に入ってすぐ寝ようと思う。猫が遊んでもらおうとしてずっとそばにいる。移動中に読み終えてしまった猫のかわいがり方に関する本は、なかなかためになった。歯ブラシの感触が母猫の舌のざらざらに近く、これを用いてのマッサージが推奨されていたため、帰りにくすりのセイジョーで一本これ用に買ってきた。自分用の髭剃りと一緒に。あと、肉球マッサージのやり方も書かれていたので、これもいつかやってみたい。

iTunesがいよいよ日本でも映画の配信を始めたらしく、カタログを見てみたところ、最初にしてはなかなか充実したラインナップである。今後にじゅうぶんに期待ができると思った。移動中にiPhoneで映画とかが、いよいよ気軽に出来るようになるのか。一方、数日前にAmazonのDRMフリーMP3での音楽配信も日本で始まったが、こちらはiTunesに比べるとあまりにも配信楽曲少なく、価格もほとんど変わらず、まだまだこれからという感じである。ソニー系の作品はやiTunes同様、こちらでも一切配信されていないようだ。

2010年11月11日 (木)

きれいだ。

透明感、そして整然さという彼女の美しさをかたちづくっているそのしくみそのものを手に入れることが出来たならば、欲望はやがて消えるのだろうか。

恋をする気持というものは、それがもたらす想像に耽っているうちは全能感にも似た甘やかなものを心にもたらす。しかし、現実的にはそれを所有できないという事実が不足を認識させ、それが胸を傷めるのだ。ビタースウィートとはまさしくこのような状態をいうのだろう。

予定していた自主トレのスケジュール通りに朝早く起き、現地へ移動した。物凄い暴風雨に見舞われたがよりによってこんな日に限って折りたたみ傘を持っていなく、仕方がないのでコンビニエンスストアで買った。

ホテルには午後4時までチェックイン出来なかったため、とりあえずすぐそばの書店に入り、エスカレーターで2階に上った。

この街には約一ヶ月前に個人的な旅行で訪れ、時間が空いたのでこの書店にも寄ってみた。そこで働いていた一人の店員がひじょうに美しく、心に強い印象を残した。以来、毎日の日常は続いていたが、その美しさを念頭に置いていない日など一日も無かった。

それだけでもう十分に違いない。満足をするべきである。しかし、人間はより自由であるべく呪われており、その行いがむしろ自分自身を不自由にしたりするのだが、完全な自由に耐えうることはじつに難しく、実際のところ、これぐらいが最も望ましいのだろう。

どうせいるはずは無く、二度と出会えることはないのだ。それはただ美しいイメージとしてのみ、自分の中にあれば良い。そう、これが一番良いのだ。

そんな次第で特に失意も無く、まあこんなものだろうと思い、建物を出たらやはりお腹が空いた。どうせなら地下鉄で数駅先から若干徒歩の有名店へ行ってみようと企てた。傘が飛ばされそうになったりスニーカーの中が水浸しになったりしながらも、iPhoneのマップを頼りに何とかたどり着いた。セブンイレブンのカップラーメンにもなっているすみれというラーメン店の本店である。

味噌ラーメンはじつにスープが濃厚で、麺は弾力性にとんでいる感じである。味がすごく濃い。地元に住んでいた頃もこんなに濃い味の味噌ラーメンを食べた記憶が無い。おそらくいわゆる札幌濃厚味噌ラーメンの典型ともいえるのが、この味なのだろう。口コミ系グルメサイトや食べ歩きブロガーからするとこういう味が基準となるから、味の三平の昔ながらの正統派味噌ラーメンが何か物足りないなどと評価されるのだろう。私個人的にはどちらともアリ、美味しくいただきました。地元の若いカップルが次々と車で訪れていた。

地下鉄で市街地に戻り、念の為また書店に行ったりして、それでもチェックインまでには二時間ほどあったので、駅前通りから夜の繁華街までを散歩したりした。それでまたJR駅の方まで戻ってきたのだが、ホテルの中で食べる物などをどこかで買ってからチェックインしようなどと思っていたら、また同じ書店が見えてきたので、とりあえずもう一度入った。

先程と同じようにエスカレーターで2階に上り、一回りしてから降りてこようと思っていた。事務所のドアがゆっくり開き、彼女が本を乗せたカートを押して来た。ずっと覚えていたそのままの姿で、当たり前のようにそこにいた。

本を見た。後で買うものを選んでおこうと思った。私がどのような人間になりたいかというと、彼女が表す整然とした美しさを身につけたい。むしろ、彼女になりたい。それは純粋な憧れである。

ホテルは書店のすぐ隣の建物で、1階はコンビニエンスストアになっている。インターネットで格安料金だったのだが、ビジネスホテルの類には非ず、私が普段宿泊に利用しているホテルの中でもグレードが高い方である。しかも、部屋が空いていたらしく、ツインルームを案内された。

大きな浴槽にお湯を貯め、暗闇の中で体を沈めた。今起こっていることを頭の中で整理しているうちに少し眠っていて、お湯が温くなっていたので、熱いシャワーを浴びたりした。

ホテルの中で食事をすませ、うたた寝をしたりくだらないテレビを見たりして、それから夜に本を買いに行った。昼間の内に目星を付けていた本の一冊が見当たらず、iPhoneのevernoteに保存したメモを確認したりした。彼女は美しく、たおやかに、やるべき仕事を進めていた。

レジにいた他の店員から三冊の本を買い、ポイントカードも作った。パソコンか携帯で登録が必要なようだ。買った本の内容は、仕事のチーム力強化に関するものや、自己啓発的な内容のものであった。

もっと優れたより良い人間になりたいと心から思うのは、このようなきっかけでしかありえない。とにかく酔っ払って眠ってしまいたいと思い、サッポロクラシックを次から次へと飲んでいる。

テレビではセイコーマートのCMで里田まいがサンタクロースの格好で頑張っている。セイコーマートの100円惣菜、鮭ザンギというのを買って食べてみたが、これはなかなかイケる。明日の朝用にオリジナル缶コーヒー、グランデも買った。

2010年11月 9日 (火)

メタモルフォーゼ真っ最中。

明日早起きしなくてはならないので早めに寝床に就こうとは思うのだが、何か書いておこうかという心持ちもあり、ゆえにとりとめもなくダラダラと書いていく所存である。

しかし、このところ心の奥の方から湧いてくるパッション的なものがハンパなく、毎日面白おかしく大笑いしながら過ごさせていただいている。私の経験上、他人のリア充自慢ほどどうでもいいものはないので、こういったことはあまり書くつもりはないのだが、要するに最近は日常がつねにコレだから他に書きようが無いわけですわ。とはいえ、数週間、いや数日後にはハイパー憂鬱きわまりない心情吐露をしているのがまったくもって私クォリティなわけだが、そんな部分も含めてコマ送りにしたいほど満ちているといえよう。

昨日、会社で外部のコンサルタント会社のセミナー的なものがあり、それに参加したわけだが、要は職場のモチベーションを上げるとかそんな内容だったわけだが、管理職を対象とした内容であり、部下を含めた現場のモチベーションを上げるにはまず自分のモチベーションを高く維持していなくてはならないみたいな話があり、その具体的手法の一つとして、自分をほめる言葉を決めておくというやつがあった。まあ、この手のことはちょいとした自己啓発本の類にはもれなく書かれているわけだが、この場ではそれを具体的に口に出して言ったりもしたわけだ。それで改めて思ったのだが、結局のところこれって道重さゆみちゃんの「よし!今日も可愛いぞ」ではないのか。だからやはりさゆみんを追いかけていれば間違いはないのだなという思いを、より一層強くしたわけだ。

それはそうとして、こうしてダラダラと文章を書き綴ってはいるがけしてそれほど暇というわけでもなく、道重さゆみちゃんのGREEのブログなどは、何となくモ娘(狼)板のブログスレッドにコピーされたやつを見て読んだつもりになっていたりしたわけだ。しかしあそこはつねに誰かの悪口を言ったり気持ちの悪い性的妄想に耽ったりしている方々の巣窟となっており、色々な意味で近寄りがたい所になっているな。あっちゃんまゆゆとか言っている人や菊川某がどうのこうの言っている人が一番マトモに思えてくる。ちなみに、あっちゃんまゆゆ言うてる方には、GREEから友だち申請したもののシカトされている次第である。道重さゆみちゃんアンチ筆頭のきき嬢はイッパツで承認してくださったというのに。あと、似非関西弁みたいなのを駆使している方のセンスはなかなか好きである。特に、天神様が~とかお好みでも食べて~とか随所に大阪らしさを出しているあたりにキラリと光るものを感じる。私は道重さゆみちゃんには異性とちゃんと恋愛をしていてほしいと心から願っており、AKB48が大好きなので、あのスレ的価値観においてはアンチ認定ということで問題は無い。

それで、今日は久しぶりにGREEの道重さゆみちゃんのブログをちゃんとパソコンで見てみた。そしたら、驚いたことに、8日の「たべ中!」という記事でとうもろこしを食べている高橋愛ちゃんの写真が普通に可愛く見えたよ。数週間前までは画像を見た瞬間に発狂して画面を閉じていたというのに。モ娘(狼)板で長野とかナンフジとか呼ばれている特殊高橋愛ちゃんヲタクの方々に対し、気晴らしに基地外レスして遊ぶぐらいには終わっていたというのに。人間、気の持ちようで変われるものだな。私はそもそもハロプロにもモーニング娘。にも高橋愛ちゃんにも何の恨みも否定的感情も無かったはずなのだ。ただアイツラが大嫌いだっただけであり、そんなのと一緒にされたくなかっただけなのだ。

朝、駅へ向かい、踏切近くのセブンイレブンのバナーが久しぶりに前田敦子、大島優子、篠田麻里子、板野友美、渡辺麻友らAKB48のメンバー仕様になっていて、それを見てクリスマスも近いのだなと思った。仕事も魂をこめて、人に届けようと一生懸命にやるとお腹も空くというものだ。それで、新宿の北海道らーめん源でオロチョンラーメンでも食べて帰ろうかと思ったのだが、その前に書店である。明日、移動中に読む物でも何か買おうと思った。新宿駅南口から高島屋サザンテラス方面へ道を渡り切った辺りに、いつの間にか北海道の食のアンテナショップ的な物ができていた。野菜やら珍味やらアイスクリームやらがあり、2階はお菓子とスイーツばかりとのことだったが、何といってもやきそば弁当が何種類も売られているのが嬉しい。これでいつでも手軽に買える。クリスマスのイルミネーションがひじょうにきれいであり、それを見ている女の子達のキラキラした表情がまた良いものだな、と感じたのだった。

一昨年、11月の終わりぐらいに名古屋に行って、その時の駅前のイルミネーションもなかなか暖かくて良い物だった。その時のメインの用事は、「今夜もうさちゃんピース」をいつもお世話になっているCBC中部日本放送本社の前にトランジスタラジオを持って行ってオンタイムで聴くという、くだらなくも楽しいものだった。その日の放送は田中れいなちゃんとリンリンがゲストだった。今は放送日が土曜になってしまい、土曜はいつも仕事なので同様の企画はもう行えなくなってしまったな、と思ったりもした。

「今夜もうさちゃんピース」は何ヶ月も聴いたり聴かなかったりで、以前毎週行っていたテキスト起こしも休止したままだったが、新しい方から順番に補完していっている。やっと9月最後の放送まで追いついた。「道重さゆみのオトナの主張」のコーナーではアイドルについて語っていて、アイドルには作り込むタイプと自然派タイプがあり、自分自身は作り込むタイプでかつ以前はそっち派のアイドルにハマってもいたが、最近は無い物ねだりではあるのだろうが、自然派の方に憧れるというようなことを言っていた。モーニング娘。でいうと高橋愛ちゃんや亀井絵里ちゃんであるらしい。道重さゆみちゃんは色々と話を構成したりウケを狙おうとしてガツガツし過ぎていて、そういうのは扱いずらかったりもするのではないか、というようなことも言っていた。いや、そこが良いんじゃん。だからこそ道重さゆみじゃん。あの何かを企んでいるような表情と、それがウケた時のしてやったりといった顔、あれが最高である。元々内気でおとなしくて人間の友達もできなかったような健気な女の子が一生懸命頑張ってるのが良いのだ。自然派なんていらんわ。そんなもん周りにいくらでもいるっちゅうねん。道重さゆみちゃんじゃなきゃダメな理由は道重さゆみちゃんを道重さゆみちゃんたらしめているその部分にこそ、もちろんある。それでいいのだ。みたいなことを言ってほしくてどうせ狙って言っているのだろうが、そういう部分を含めて好きすぎてバカみたい。

話は大きく脱線中なわけだが、要はそのブログをつらつら見ていて、衣装のMilkの耳あてがどうこうという記事の内容も例のスレッドで読んで内容は知っていた。しかし、パソコンでGREEのページで初めて見たのだが、この「耳当て♪」という記事の画像が超絶可愛くてヤバいだろ、これ。この髪の質感とか伏せ目がちのところとか白い肌とか、何だこれ。まさかこの期に及んで改めて道重さゆみちゃんの容姿に感嘆することになろうとは思ってもいなかったよ。底知れねえなこの子はマジで。もう完璧である。私の美に対するイメージを具現化したようなビジュアルである。素晴らしいね。

久しぶりにタワーレコード新宿店に行ったら、店員さんが各フロア毎のエスカレーターの所に立っていて、お客様一人一人に対し、ちゃんとアイコンタクトをしながら笑顔でいらっしゃいませを言っていた。最上階で雑誌などを見ていると、店内放送でDVD3枚買っても3000円キャンペーンのことを言っていた。以前はこんなことはしていなかった。どこも大変だな。こうした部分に好感を持ちながらも、私は結局タワーレコードで何も買わなかったのだ。以前ならば何かしら数千円~余裕がある時には万単位で買物をしていただろうに、今はネットとか他の物におカネを使うようになってしまっている。これは大変な時代だ。もちろん他人事ではない。しかしこれを積極的に楽しむぐらいの気の持ちようというか、だからこそ人間性のようなものが重要視され、そういうのはそもそもけして嫌いではないというか、そういう部分にこそ生きたいはずではなかったのかと、発想を良いふうに転換すればいいのではないか、などと考えたりもした。

やはりこういう前向きで積極的な意識というのは、道重さゆみちゃんを美の基準として認識し、その発言や意識の流れをトレースすることによって、私に知らぬ間に注入され、熟成されたものに違いないと思うのだ。まさしく、大切なことはすべて道重さゆみちゃんが教えてくれた状態である。しかし、同じものを見て、聴いていたとしても、こちらの気の持ちようで、その捉え方、人生への役に立て方は様々なのだな。

いろいろと楽しいことが増えてきて、その多くは人同士の繋がりが根本となっており、あるいは、それへの期待と確信といったようなものも込まれている。こうしていけば、自分を取り巻く世界にはより多くの笑顔が生まれ、日常はキラキラと光り輝くものになるに違いない。

しかし、自分が応援している物に自信が持てず、自分自身の性生活にも果てしなく絶望しているがために、薄気味の悪い同性愛妄想や売れているAKB48に嫉妬してウジウジと悪口を垂れ流しながらどんどん惨めになり果てて行くだけのハロカッサーなるゴミクズ野郎共にだけは明るい未来は扉を開かないので、ただちに地獄に堕ちて消し炭となって消えやがれこの屑野郎がYO!

愛読している良識あるアイドルファンの方のブログで真野恵里菜ちゃんとAKB48の柏木由紀ちゃんとの雑誌での対談のことを知った。真野恵里菜ちゃんがAKB48に対して好意的だったり、柏木由紀ちゃんが根っからのハロプロファンということで、ひじょうに爽やかで気持ちの良い対談であった。案外メンバー同士や良識的なファンの多くは、このような感じでいるのだろう。真野恵里菜ちゃんはハロプロの中では好きな方だが、私のハロプロ三推しは小関麻由マネージャーなのよ。カスタマーセンターのアップ動画とか萌えたわ。旭川出身てとこも親近感感ずる。ちなみにハロプロ二推しは℃-uteの矢島舞美ちゃんだが、これはルックスが好きなだけ。キャラクターとかはほぼ何も知らん。ピラメキッドの「あんたバカ?!」でピピピときたのだ。ももちは愛読しているキャンパスライフスレのせいで、逆にネタキャラと化した。これはもぎたてを召し上がれということなのかと思った。て、自分どんだけ狼住人なねん。逆にAKB48はいまや特に好きなメンバーとかいないんだが、ネットの片隅で売れてるAKBに対する愚痴をネチネチと言っているハロッカッサーとかいうゴミクズ共だけは直ちに俺の世界から消えて無くなれ。消し炭になって消えやがれこの屑野郎がYO!さようなら。

2010年11月 7日 (日)

絶対の孤独を。

道重さゆみちゃんがGREEのブログで山梨バスツアーの感想を綴っているが、いや、素晴らしいね。直前にちょいとした騒ぎがあり、それは道重さゆみちゃん本人には一切責任が無いともいえるような件だったのだが、それに対して真摯に対応し、だからこそファンや読者のありがたさがより一層分かるという、逆に最高のタイミングでのバスツアーになったとも言える。それを可能にしたのはやはり道重さゆみちゃん自身の生きることに対するポジティブな姿勢に他ならないわけだが。

ウサギの耳を付けてのお見送りの記事では、「なじみおしい」をわざわざ「なごりおしい」に訂正していて、これは以前に私がブログに書いたやつだがそのことは当然一切関係が無い。しかし、「なじみおしい」という言葉は、たとえ道重さゆみちゃんの言い間違いだったとしても、それはそれで味わい深い言葉だな、などと思うのだ。

情報収集や補完作業のためにモ娘(狼)板の関連スレッドは見たり見なかったりしているのだが、昨日のイベントのセットリストもそれで知ることができた。このツアーには高橋愛ちゃん、光井愛佳ちゃんも参加しているが、道重さゆみちゃんプロデュースということで、セットリストについても意向が反映されていることだろう。「みかん」で始まり「歩いてる」で終わるという、いかにも道重さゆみちゃんらしい選曲となっている。やはりこういう平和系の曲が好きなのだろう。しかし、「笑顔YESヌード」や「秋麗」の選曲はちょいとばかり意外であった。いずれも熱心なモーニング娘。リスナーとはけしていえない私のお気に入りの曲である。「笑顔YESヌード」は私が初めて買ったモーニング娘。のCDだが、「今夜もうさちゃんピース」スタッフさんのお気に入りでもある。「今夜もうさちゃんピース」といえば、昨夜の放送はプロ野球日本シリーズの中継が長引いたために中止になったようだ。「ヤングタウン土曜日」は深夜1時過ぎからの放送になり、広末涼子の曲の一部を歌ったりしたようなのだが、これはまだ聴いていない。

久住小春ちゃんが「永久不滅ですよ」と言っていた重ピンクとこはっピンクの「わ〜!メリピンX'mas」をいとも簡単に高橋愛ちゃんとやっちまったっぽいのは、個人的には複雑な心境である。続・美勇伝でやっていた「ONLY YOU」はボウイのカバーだが、ロックぽくてあまり好みではないかと思っていたのだが、ここでは選曲されている。他ののモーニング娘。以外のハロプロの曲はほとんどよく知らない。

やはり私は道重さゆみちゃんが好きであり、誰も代わりにはなりえないことを再認識したわけだが、そのスタンスはきわめて孤立したものだなということは、モ娘(狼)板の関連スレッドなどを読んでいると、ひじょうに感じる。

まず、ブログスレッド冒頭に毎回貼られるテンプレートにある道重さゆみちゃんが処女だと認定できる手掛かりみたいなやつに対し、ひじょうに違和感を覚える。そろそろ健全にちゃんと異性と恋愛をしてほしいという気持があり、建前上モーニング娘。が恋愛禁止なのだとしたら、早く卒業させてあげたいとすら思う。20代のうちには結婚して可愛いお母さんになってもらいたいという気もするのだが、ある程度の経験を積まないと失敗してしまうのではないかという懸念もある。それなりの経験を重ねるとするならば、逆算すると遅いのではないかという心配をしてしまうのだ。まあここまでのスパンで妄想している私の方が、処女だなんだと無邪気に言っているファンの皆さんよりも気持が悪いということは間違いないのだが。

あとは他のメンバーとの同性愛妄想とかもガチで引く部分であり、私とは随分と価値観が違うのだなと思わずにはいられない。まあ、人の性癖はそれぞれであり、とやかく言うべきことではないのだが、同性愛好きというのは男女問わず、どうにも自分自身は恋愛を降りちゃった感というのが濃厚に漂い、どうにも心地良くない。同性愛者に偏見は無いが、自らは異性愛者なのに異性同士の同性愛に傾倒している様というのが、どうにもダメである。メンバーとの同性愛妄想ぐらいなら、アンチがしつこく粘着している菊川某との方がまだマシと思える私は、あのスレッドにいる道重さゆみちゃんファンから見ると完全にアンチ寄りなのだろう。

そして何よりもハロプロよりもAKB48の方がずっと好きだという、ここの所が決定的に孤立しているだろう。AKB48のメンバーがゆるゆるカラオケでスマイレージなどのハロプロ曲を歌っているが、逆に道重さゆみちゃんや田中れいなちゃんがイベントでAKB48の曲を歌ったりしたら、相当な反発を食らうのだろうなというのが容易に想像できる。

ハロプロには道重さゆみちゃんが所属しているので、もちろん何の恨みも無いわけだが、ハロプロを称えるためにいちいちAKB48だとか他のアイドルグループとかの悪口を言わなければ気が済まないハロカッサーなる人種は全員もれなく地獄へ堕ちろと、切に願わずにはいられない。

私はAKB48の楽曲やメンバーも好きなのだが、旬のグループが持ついわゆるキラキラ感のようなものにも気分が高揚するのだ。多くの人々から支持を得ているものとはそれ相応の魅力があるわけで、それが自分の趣味に合う合わないはあるだろうが、その事実は素直にすごいと思う。それで試しに見たり聴いたりしてみるわけだが、さすがに多くの人々の支持を得ているだけあって、それなりに楽しめたりはする。

AKB48などは大好きだし、ジャニーズなどにも一貫して好意的である。私が中学生の頃などは、それこそ聖子ちゃん、トシちゃんの時代であり、クラスの男子の大半はトシちゃんアンチであった。一方、私はというと、単純にに憧れて振りコピなどをしていたという次第である。

私が初めてモーニング娘。のCDを買ったのは「笑顔YESヌード」だが、それではなぜにいわゆる黄金期にモーニング娘。にハマらなかったのかという疑問がある。現在のAKB48の旬のグループが発するいわゆるキラキラ感に胸躍るのであれば、当時のモーニング娘。に対してもそう感じて然るべきではないか。ただのタイミングの問題なのか。

私はモーニング娘。のいわゆる黄金期、流行歌がつねに有線で流れているような環境の仕事場にいたため、当時のモーニング娘。や派生ユニットの楽曲は何度も何度も耳にしている。

「サマーナイトタウン」や「抱いてHOLD ON ME」の頃などはテレビの歌番組などでたまたま見ることがあったが、いたいけな10代の女の子に性愛を連想させる歌詞を歌わせるという、90年代半ばぐらいの援交感覚を引きづるような企画物というイメージがあった。

「LOVEマシーン」を初めて聴いた時は、あの「日本の未来はウォウウォウウォウウォウ」という部分など、ひじょうに印象深かったが、「皆も社長さんも」とか「モーニング娘。も」などという歌詞など、やはり宴会ソング的なものとしか捉えられず、それほど興味は惹かれなかった。

これ以降のモーニング娘。といえばまさに国民的アイドルと言って良い大活躍を見せたわけだが、私にとってはあくまで企画物という認識を出ていなく、それはおそらく「LOVEマシーン」でのショッキング・ブルーというかバナナラマの「ヴィーナス」だったり、「恋のダンスサイト」での「ジンギスカン」(後にBerryz工房がカバー)だったり、「ハッピーサマーウェディング」でのドナ・サマー「ホット・スタッフ」といった、イントロからいきなり大ネタの開き直り的インスパイヤといった部分に、退廃的なよろしくなさを感じていたことも無関係ではないだろう。

一方、同時期に流行していた鈴木あみの「all night long」などは、サウンドや拙い歌唱も含め、十代女子の不安定感をヴィヴィッドに描写しているなと感心したりしていた。

初期モーニング娘。では、「真夏の光線」とかは素直に良い曲だと思った。あと、タンポポの「乙女パスタに感動」という曲がなぜかすごく好きだったのだが、逆にミニモニ。の一連の作品は悪い冗談にしか思えなかった。要は好みの問題なのだが。

「SEXY 8 BEAT」は好きなアルバムの一枚だし、それ以外にもハロプロで好きな曲はいくつかあるが、結局のところ、私の場合はどこまで行っても所詮はいわゆる非ハロ系でしかありえないということなのだ。

以前はこの部分が悩ましく、色々と迷いもしたわけだが、この件に関しては、もうこうやって孤独を抱えたまま行くしかないのだろうな、と最近は思い始めている。

2010年11月 5日 (金)

スタイリッシュとは。

今日、高橋愛ちゃんがアメーバでやっているブログをとうとう開いてしまった。いや、もちろん見たくて見たわけではなく、なんとなくiPhoneのBB2Cでモ娘(狼)板を見ていたら、「高橋愛完全終了!!!誰とも繋がりを持たず一人で焼き肉行く件」などという楽しげなタイトルのスレッドがあり、その1レス目に貼られていたリンクを誤って踏んでしまったのだ。不覚である。アクセスには一切貢献したくなかったので、これまで同様のリンクがあっても慎重に避け続けていたのに。

しかし、開いた瞬間に笑ってしまった。

題名は「孤独...」、そして、いきなり本分の一行目が「ひとりでご飯。」。掲載された写真はモノクロでどことなくアートでオッシャレーな感じに加工されている。しかし、被写体は高橋愛ちゃんである。これが噂のスタイリッシュブログか。

続いて、「初めて、ひとりで焼肉を食べた」という文章の下に、鉄板のような物の上に載った肉やキムチのような物の写真が掲載されている。店員は韓国人で、一人で寂しくはないかと話しかけられた、それは寂しいし、韓国語をぺらぺら話せたらいいのにと思った、というような心象風景が綴られているのだが、写真は鉄板の上で肉が段々焼けていく様を連続して伝えている。そして、最後はカシスマッコリを飲んだということで、その写真も掲載されている。全部は飲めなかったが、美味しかったようだ。

何という完成された世界観だろう。素晴らしい。これが高橋愛ちゃんの楽しみ方なのか。いや、おそらく違うだろう。

この「孤独...」という記事はかなり以前にアップされたもののようだ。日付を見ると10月16日となっている。であれば、なぜに今頃になってこの記事に関するスレッドが立っているのか。それはおそらく、現在、モ娘(狼)ネタで大きな話題となっているモーニング娘。六期メンバーが悪意は無かったものの韓国人を侮辱したともとられかねない画像をブログにアップして謝罪した件、また、スマイレージのメンバーが一部ファンに私信を送ったり一緒に焼肉を食べに行く約束をしていたかもしれない、いや、あれは電通工作員の捏造だ云々の件、この二つの件のキーワードである「韓国」「焼肉」が文中にあることから、高橋愛ちゃんブログのこの記事を面白おかしくネタにしようとしたか、あるいはあたかもこの記事がここ一両日中に公開されたかのように錯覚させ、韓国やら焼肉やらでゴタゴタしているのに愛ちゃんはこんな呑気な更新してまっせという趣旨の叩きに持っていくためのアンチ的スレ立てか、というあたりが推測される。

ところで六期の件に関してだが、昨日、道重さゆみちゃんは謝罪文の後で自分撮りを載せた記事を2つ更新した。どのようなテンションで再開すればよいかに対する迷い、コメントを読んだ感想、改めて今回の件についての反省などが真摯に綴られていた。ブログスレッドを見ると、今日一日ぐらいは更新を控えるべきではないかという意見などもあった。一方で、今回の件については謝罪する必要は全くなかったとして、韓国だとか田中れいなちゃんや亀井絵里ちゃん、事務所などへの批難、例によってこの件の黒幕をハロプロの印象を貶めてAKB48を有利にしようとした電通工作員の仕業であるとする狂信集団による書き込みなども多数見られた。道重さゆみちゃん、田中れいなちゃんに続き、ブログを持っていない亀井絵里ちゃんは田中れいなちゃんのブログ上にて謝罪文を発表した。

私が道重さゆみちゃんをリスペクトする要素の一つに、その揺るがない平和主義という部分がある。家族の愛情に恵まれて育ってきた道重さゆみちゃんは、争い事を好まない。負けず嫌いであり闘争心も強いことは、本人もラジオなどで語っているし、それを裏付けるエピソードも多数ある。しかし、何か自分を打ち負かそうとする敵の存在に遭遇した時、道重さゆみちゃんはその原因を自分自身に求める。多くの問題というのは、他人のせいにしようと思えばいくらでもできるのだ。自分は悪くないと論理的に自己正当化することなど、頭のキレる道重さゆみちゃんならばお手のものだろう。しかし、だからこそ道重さゆみちゃんはそうはしない。

自分に起こったあらゆる出来事は起こるべくして起きている。ゆえに、その原因が自分に全く無いとは言えない。また、自分に乗り越えるべき試練を与えようとして、神があえてわざわざ自分自身に対して起こしたことに違いなく、そこにはきっと意味があるのではないか。などという考え方が正しいかどうかは定かではない。そもそも果たして神は存在するのか。他にもツッコミどころは多数ある。とにかく不器用で非能率的であるだろう。スマートにスルーしておけばいいことも多々あるはずである。しかし、この方がより当事者であることによる濃密な生が実感できるし、自分自身が鍛錬され、より成長、進化できるのではないか。そもそも私は道重さゆみちゃんがこうだから、あるいは私の妄想の中ではそういうことになっているからこそ、いつまで経っても彼女の魅力から逃れることができないのだ。

たとえば今回の件について、本当に道重さゆみちゃん自身には全く非が無かったとしても、現実的に問題は起こった。そして、それについて道重さゆみちゃんは無関係ではない。論理的に誰が悪いとか悪くないとかそういうことではなく、当事者として自分が何をするのが一番良いのか、そういうことを精一杯のところで考えている。その結果、絞り出すようにして言葉を紡ぎ出している。この様には感動すら覚えた。

なぜそこまで自分を追い込んでまでそうなのかというと、そうやって平和を獲得するためである。道重さゆみちゃんの闘いは、平和を維持するためにこそ為される。

迷惑をかけたこと、不愉快にさせたと思うこと、とにかく自分が悪かったなと思ったことについてはきっちりと謝る。これは人間としてひじょうに正しいことだ。私も襟を正す思いがした。よく分からない似非ナショナリスト的な連中の論調の中には、謝罪したら立場が弱くなるとか相手につけ込まれるだけだからけしてするべきではないといった論調もよく見られるが、ひじょうにくだらない。道重さゆみちゃんの目指すゴールとは、戦って相手を負かすことではなく、相手も自分もが幸せになれる平和というものなのだ。この時点で議論のレベルが全く違う。

とはいえ、私がここで用いている道重さゆみちゃんというワードは、私が知りうる情報を妄想で補完して勝手に創り上げた私の脳内イメージでしかなく、それが実在する道重さゆみちゃん本人とどれほどの関連性があるのかは定かではない。

道重さゆみちゃんのほとんどは大好きなのだが、モーニング娘。リーダーの高橋愛ちゃんとベタベタすることだけが気に入らなく、それでブログを見なくなったりした。数週間前にはモ娘(狼)板でも好き好んで高橋愛ちゃんのアンチスレッドばかり見ていたり、挙句の果てにはナンフジとか長野とかいわれるその世界の大物の皆さんに対してすらアンカー打ちまくる状態に陥り、これはさすがに病的なのではないかと自分でも思いはじめた。それはちょうど風邪をひいて寝込んでいた時でもあり、寝床にてiPhoneをいじってずっとそんなことをやっていた。

嫌悪感とか敵意というのは、恐怖心が原因となっていることが多く、それならば私の高橋愛ちゃんに対するアンチ的感情とは一体何なのだろうかという分析から入り、その克服に着手しようとした。そして、私がよく仕事の現場の人間関係を改善させる際に援用するミラーの法則に基づいて、具体的に高橋愛ちゃんを好きになるためのエクササイズを少しずつ始めようとしていた。その矢先に、「孤独...」のブログを見て笑ってしまった。

何となく仲がよくない人と仲よくなる最も良い方法は、同じものに対して一緒に笑うという経験をすることらしい。友達とか恋人でも、笑いのツボの相性が重視されるように、笑うという行為は肯定的な体験として強く印象づけられる。

こんなことを書いているが、けして一日中モ娘(狼)板に貼りついていたわけではなく、休みだったが銀行に売上金を入れるためだけに朝のうちに仕事場に行き、それから髪を切りに行ったら上司から「今日いますか!?」というメールが入り、色々と相談したい案件もあったため、切り終わるとすぐに仕事場に直行、働いていた女性部下に「お姉ちゃんどうだい?」などといつもながらの軽快なトークで鬱陶しがられ、打ち合わせが思った以上に押したので外食するのをあきらめてセブンイレブンで札幌すみれ監修のカップラーメンを買って家に帰ってパソコンで作業しながら作って食べたらこれが意外と美味しかったり、後はiTunesに入れるために段ボール箱からレイジ・アゲインスト・ザ・マシン、サウンドガーデン、アラニス・モリセット、デペッシュ・モードのCDをサルベージした。それからiTunesに入れた。これは妻が家にいない時しかできない。なぜなら、家の中の物を色々と動かしたりすると文句を言われるからだ。文句を言われるのは極力避けたい。それは、平和が良いに決まっているからだ。また、希志あいのちゃんというAV女優がとても可愛くて絶対に私の好みに違いないからぜひ見てくださいよと若い衆から情報を入手していたので、この機会にそれもDMM.comのサンプル動画で確認した。これも妻が家にいない時にやっておこうと思った。なぜなら、色々とややこしいからだ。とにかく平和が良いに決まっているのだ。平和とは、妥協というよりは思いやりによって成り立っている。希志あいのに関しては、「淫口」という作品のサンプルで着衣のまま「希志あいのは変態です」と言っているのが素晴らしいと思った。私に薦めた若い衆の感覚としては、おそらく黒髪清純派ということで私好みだと判断したのだろうが、それだけで誰でも好きだと思われるとはナメられたものだ。まあ、嫌いじゃないですけど(しかし、どうも最近は「おねがい!マスカット」で茶髪のヤンキーキャラと化しているらしく、それは残念なことである)。あと、移動中にiPhoneで色々検索していて見つけたある方のブログにあった「道重さゆみはHIP HOPである」という文章が面白かった。

その後、妻から仕事が終わったとの電話が入ったので、イトーヨーカドーで待ち合わせして3階のファミールというファミレスみたいなお店で山かけまぐろ丼を食べた。その後、仕事場の店頭幕の補修用に青いビニールテープを購入しようと文具売場に行ったのだが、黒と白のしか無くて落胆した。サンリオのジュエルペットというアニメに出てくるダイアナという猫の形が家の猫に似てすごく可愛いので、それが付いたキャラクターグッズをいちいち探して鑑賞した。このダイアナという猫のキャラクターは、アニメ開始時には結構グッズにもプリントされていたのだが、最近は干されているような傾向がある。アニメを動画サイトで見てみたところ、何だか悪役キャラのようになっていて、これではちびっ子に人気は出ないよなと思った。そういえば、ジュエルペットのアニメは亀井絵里ちゃんが声優をやっていた気がする。その時間だけ道重さゆみちゃんアンチスレッドの勢いが衰えるという説があったが、真偽の程は定かではない。

イトーヨーカドーで買物をしていると、グリコのSQUEEZEというガムが種類も増えて大量に展開されていた。これは確か今年の春に新発売されて、「an・an」で道重さゆみちゃんが広告モデルになっていた。私はその頃、道重さゆみちゃんの出身地である山口県宇部市に旅に出ており、道重さゆみちゃんがかつてよくプリクラを撮りに行っていたというフジグラン宇部の中にある書店でその「an・an」を購入し、入口の店内案内図の上でそのページを開いて写真を撮ったりした。

フジグランでアンアンを。

その夜は大阪へ移動し、翌朝、なんばの駅地下で道重さゆみちゃんが載ったSQUEEZEと「an・an」のコラボポスターを目撃し、迷わず写真を撮ってブログにアップした。それはすぐにモ娘(狼)板に転載されたが、これが初めて掲載されたこのポスターの写真だった。それから、ファン有志によるポスターが掲示してある全駅の写真コンプリート、さらにはモザイクアート作製という流れに発展していいった。あれが宇部へ行った最後であり、それから約一ヶ月後に、私は「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしをやめ、当時、道重さゆみちゃんのことを中心に書いていた「『生きる』ブログ。」を終了した。

なんば駅地下で可愛いポスターを見つけた。

今日、道重さゆみちゃんは「ヤングタウン土曜日」収録についてのブログ記事を2本更新した。文章は短く簡潔であり、いつもの道重さゆみちゃんのブログと比べるといかにも物足りない印象もある。しかし、今はこれで良い。この中でも精いっぱい読んでいる人に楽しんでもらおうと、頑張っている姿が見えてくるようだ。「収録(しゅうろく)」のことを「しゅうりょく」と書いているのだけが気になり、私が読んだり読まなかったりしている間に道重さゆみちゃんと読者との間にお約束的造語でも生まれたのか、はたまたガチで間違えているのかは定かではない。それはそうとして、この経験は必ずや道重さゆみちゃんの更なる成長、進化に繋がるに違いない。これまでもそうだったのだから、今回も絶対そうに違いない。心なしか昨日以降の道重さゆみちゃんの写真が、極度に可愛さを増しているような気がする。おそらく進化の過程なのだろう。これでこそ、道重さゆみ。

スタイリッシュさとは、人それぞれである。

2010年11月 4日 (木)

道重さゆみちゃんのブログのことなど。

久々に休みだったので、自室の机上にてやらなければいけないことを処理したりして過ごした。午前中から仕事場にてちょいとしたTHE虎舞竜があったが、応急処置と再発防止策を遠隔にて指示し、ことなきを得た。

先週アルバムをMP3で買って以来結構お気に入りのWARPAINTという全員女性バンドがNMEの表紙を飾っていて高まった。これはもしかして今年最高のデビュー・アルバムではないか、ということで、歴代デビュー・アルバムBEST50なんていう企画をやっている。過去にリリースされたデビュー・アルバムの上位50枚を選ぶのではなく、過去50年、それぞれの年につき1枚という感じで選んでいる。00年代に入ってからのものはコールドプレイ、ストロークス、リバティーンズ、ディジー・ラスカル、カニエ・ウェスト、アーケード・ファイヤー、アークティック・モンキーズ、クラクソンズ、XXなどほとんど持っているのだが、2008年のクリスタル・キャッスルズだけ持っていない。2008年のNMEアルバム・オブ・ジ・イヤーはMGMTのデビュー・アルバムだったのだが、これではなくてクリスタル・キャッスルズの方が選ばれている。他に2004年のフランツ・フェルディナンド、2005年のブロック・パーティーもデビュー・アルバムにしてアルバム・オブ・ジ・イヤーだったが、ここでは選ばれていない。1987年のパブリック・エナミー、1989年のデ・ラ・ソウルも然り。

GREEの道重さゆみちゃんのブログを開いたところ、まだ一昨日に最後に更新された記事のままだった。コメントの数がすごいことになっている。モ娘(狼)の道重さゆみちゃんブログスレッドをざーっと見ると、なかなか更新されないことへのイライラから、他メンバーの悪口や謝罪や謹慎の必要など無いといった書き込みが多く見られた。

食事を済ませてしばらくしてから再度GREEを開いてみると、「みなさんへ」と題した記事が更新されていた。写真は無く、文章のみである。二日間更新せず、たくさんの迷惑や心配をかけてしまったこと、また、考えが足りずに人を傷つけるようなことをしてしまったことに対する謝意が綴られていた。また、ブログにコメントをしてくれたファンに対しての感謝、暖かいコメントを読んで何度も泣きそうになったことなども綴っていた。

そもそもこの「考えが足りずに人を傷つけるようなことをしてしまった」件というのは、おそらく田中れいなちゃんのブログに掲載され、後に削除されたある記事のことである可能性がきわめて高いが、そのことについてはどこでも説明されていないため、道重さゆみちゃんのブログだけを読んだ人には何のことかさっぱり分からず、また、実際よりも道重さゆみちゃんに非がある大事だと捉える危険性があるのではないか。

どこにもちゃんとした説明がないのでこれで合っているのかどうか定かではないが、私が把握している範囲での事実関係を整理しておきたい。

まず、11月1日の夜に田中れいなちゃんのブログに「ヤバイょ(笑)」というタイトルの記事が掲載された。田中れいなちゃんが亀井絵里ちゃんに「何か ぉもしろい事しょーょ」と言ったところ、「じゃあコレは?」と言って、目を吊り上げるポーズを取った。亀井絵里ちゃんいわく、それは「韓国の人」らしい。田中れいなちゃんはこれを見て「どこが?」と思ったが、「えりのイメージはこんな感じっちゃろうね」と感想を述べている。そして、最近、世間は韓国ブームであり、メンバーもハマっていると書いている。そして、「つり目の反対もあいてみた」と、今度は垂れ目をした写真を掲載している。メイクさんになどに「こんなアゲ嬢いるよーぉ」と言われ、それはアゲ嬢に失礼な気がするとか、このれいなちゃんの顔は自分で見てもウケるがどうか嫌いにならないでほしいといった自虐的なことも書いている。

このブログ記事からは韓国人に対する差別意識や悪意は一切感じられない。メンバーと勢いで無邪気に変顔をやって盛り上がっているようにしか見えない。「韓国の人」という部分が無ければ、普通にアイドルの面白ブログである。

モーニング娘。のメンバーでは、サブリーダーの新垣里沙ちゃんが以前から韓国文化に関心を示し、「ハロモニ@」でもコーナーを持ったりしていた他、最近ではリーダーの高橋愛ちゃんが韓国の人気グループ、BIG BANGにハマったりしているようだ。一度も開いたことがないのでよく知らないが、最近高橋愛ちゃんが始めたブログでは、韓国料理のことを取り上げることも多いという。

亀井絵里ちゃんが「韓国の人」と言ってやった目を吊り上げるポーズは、西洋人がアジア人を侮辱する時にやるものらしく、昨年には米国の人気女性歌手、マイリー・サイラスがこのポーズで写ったプライベート写真を巡って、アジア人団体から非難されたりしていたようだ。

亀井絵里ちゃんがどのような意図でこのようなポーズをやってみたのかは定かではなく、また、田中れいなちゃんは何の悪意もなく、これが差別になったりこれを見て不愉快になる人がいるなどとは全く思わずに、ブログに載せてしまったことは想像できる。

当初、この記事が田中れいなちゃんのブログに掲載された頃、私はちょうどモ娘(狼)板の道重さゆみちゃんブログスレッドを読んでいたのだが、そこでもこの記事に問題があるという意見が多く、中にはアップフロントエージェンシー社員のTwitterアカウントに警告をした方もいらっしゃったようだ。

一般的にこれはダメだろうというのは分かりそうなものなのだが、おそらく田中れいなちゃんにはその意識は無かった。このことで田中れいなちゃんを責める意見もあるとは思うが、13歳からモーニング娘。のメンバーとして働いてきた田中れいなちゃんが、世間一般の常識とはちょいと離れた価値観で生活してきたことは十分に想像でき、たとえば同年代の一般女子であれば非常識と咎められるようなことでも、芸能人だからとか、それがキャラクターでありセールスポイントでもありうるからということで、容認されてきた部分もあるのではないか。であるならば、そんな田中れいなちゃんが発信するものと世間一般との間の調整は慎重に行わなければならない。

モーニング娘。メンバーのブログ公開がどのようなプロセスを経てなされているのかは定かではないが、この件においては、メンバーも被害者ではないかという気がしてならない。要は教育不足および危機管理能力の欠如ということである。

この記事自体が差別に当たるのか、問題があるのかと疑問を持つ方もいらっしゃるとは思うが、社会では騒ぎになった時点でそれは問題であり、原因追究と再発防止に徹底的に取り組まなければいけない。それが危機管理というものである。

それから約一時間後、続けて「気に入ったカモ(*´艸`)」という記事が、田中れいなちゃんのブログにアップされた。「さゆともやっちゃいました」と、一つ前の記事で亀井絵里ちゃんとやっていた吊り目と垂れ目を、今度は道重さゆみちゃんと一緒にやり、その写真を掲載している。吊り目の方の写真には、「ぇりがイメージする韓国の人」という説明が添えられている。「さゆも結構キテますねーぇ」「これ結構気に入ったカモ」など、こちらもきわめて無邪気である。

この記事の写真に写った道重さゆみちゃんがこれが「ぇりがイメージする韓国の人」であり、これをブログに載せるということを知っていたのか、はたまたただ単に上がり目下がり目で写真を撮ろうと誘われただけなのか、それは定かではないが、もはやここを問題にすることにはあまり意味が無いようにも思える。

事務所社員と思われる人が道重さゆみちゃんに謝罪文のひな型を送ったメールが道重さゆみちゃんのブログに一時的に掲載され、すぐに削除されるというトラブルもあったらしい。道重さゆみちゃんがブログに載せた謝罪文には、このひな型の文章がそのまま使われているが、それ以外の部分が本文の大半を占め、それは道重さゆみちゃん本人の言葉で真摯に綴られている。道重さゆみちゃん個人としては、取りうる限りでベストなやり方だったのではないかと思う。

数時間後に、田中れいなちゃんのブログにも謝罪文が掲載された。亀井絵里ちゃんはブログをやっていなく、今のところ、この件に関するコメントはどこにも発表されていない。新垣里沙ちゃんのブログに打ち合わせ中の写真は掲載されていたようだ。

今回の件で、これが道重さゆみちゃんのバラエティー番組での毒舌キャラなどに歯止めをかけ、道重さゆみちゃん自身がつまらなくなってしまうのではないかといった懸念が、一部ファンの方々によって書き込まれているのを読んだ。

ご存知のように、道重さゆみちゃんの毒舌キャラはただの無鉄砲なぶっちゃけ暴走タイプではない。「ロンドンハーツ」などに出はじめの頃は、とにかく映らなきゃいけないという一心で、前に出ることばかりを考えていた。それが時として空回りに繋がっていた。ある日の「GORO'S BAR」で、ブサイクキャラで売っているハリセンボンの容姿に対してガチで毒舌を吐いているのを見て、私はその懸念を当時の「『生きる』ブログ。」に書いた。すると、モ娘(狼)板では、「生きるブログがアンチ化している件」などと書かれた。

昨年最後の「今夜もうさちゃんピース」において、道重さゆみちゃんはバラエティー番組出演に関して次のように話している。

「あの、今年は本当にたくさんたくさん1人でテレビに出ることができて、もう本当に、まあ、とにかく嬉しかったですね。その分、まあ、悲しい出来事があったりとか、あの、まあ、悩む日々があったりとかもしたんですけど、本当にはじめはだってもう右も左も分からない状態で、なんかモーニング娘。に入った頃の自分を思い出したというか、ただただガムシャラにやる、みたいな。でも、あの、なんか、あ、これ...こんな、ガムシャラだけではダメなんだなっていうのにも普通に、なんか、あの、その時は気づいたってことにも気づいてなかったけど、いま思うと、あの、あれぐらいから気づいたんだなっていうのも、なんとなく分かるし、もう本当になんか、だから本当に今年は初期みたいな気持ちになってたんですけど、なんか、うーん、大っきかったな、それは」

道重さゆみちゃんはつねに反省し、進化し、我々の期待の遥か上を跳び越え続ける。その作業は我々の知らない所でいつも行われている。だからこそ、我々は道重さゆみちゃんに魅かれ、その魅力から逃れることができないのだ。失敗から学び、成長し、進化する、この人間としてあるべき形は、素直な心と健全な自己愛、そして、周囲から注がれる愛情があるからこそできるのだ。それが明るい未来を創る。道重さゆみちゃんはつねに我々に未来であり、希望を提示してくれるから、だからけして離れることなどは出来るはずがないのだ。正しく生きようと願う限りは。

田中れいなちゃんのブログを見るためにアメーバブログにアクセスしたら、久住小春ちゃんのブログへのリンクが貼られていた。久しぶりに見てみたが、トップ画面が茶髪で新鮮だったがこれもなかなかいいなと思ったり、料理のことや芸能活動のことが楽しげにバランスよく綴られていて、大人になったなという感想を持ったと同時に、モーニング娘。在籍時よりも好感が持てるような感じがした。地元・新潟のラーメン屋さんでの表情が本当に良い。そんなことを思っていたら、久々に重ピンク、こはっピンクの「宝の箱」が聴きたくなった。歌の中で、久住小春ちゃんと道重さゆみちゃんは、こう歌っていた。

悲しみはそのうち忘れることができる。あきらめず進もう、その自分のために。

2010年11月 2日 (火)

泣ける。

以前、札幌に行く前日に新宿の紀伊國屋書店で「笑い飯全一冊」という書籍を買った。最近、移動中の読み物はほとんどiPhone経由となっているのだが、スカイマークエアライン搭乗中は、携帯電話の電源オフをかなり強調されるため、オフラインの機内モードでダウンロード済みコンテンツを閲覧するのすら憚られ、ゆえに安心して読める紙の本を買おうと思ったわけである。

ほとんど一部マイミクとの業務連絡にしか使用していないmixiの笑い飯コミュニティでこの書籍の存在を知り、この機会に買うことを決めたのだ。

私が中学生ぐらいの頃に空前の漫才ブームがあり、B&B、ザ・ぼんち、ツービート、紳助・竜介、のりお・よしおなどが大人気であった。「THE MANZAI」放送翌日には、これを見ていなければ教室の話題についていけないほどであった。「オレたちひょうきん族」や「笑ってる場合ですよ!」などの番組もよく見ていた。ブレイク前の芸人が多数出演する「お笑いスター誕生」なども毎週ビデオに録って、お気に入りのネタなどは何度も繰り返し見た。友人とコンビを組んでネタを作ったりもした。その時のコンビ名がギャグひよっこというものであり、私の現在のハンドルネームの由来でもある。ちなみに、このコンビ名は、代表的なネタに水谷豊主演で人気があったTVドラマ「熱中時代」のパロディー物があり、その中で船越英二が演じていた校長先生のセリフ、「北野さん、あなたはまだまだひよっこです」の物まねがお気に入りすぎたところから付けられた。

というわけで、元々お笑いが結構好きだったのだが、二十代になり、何が都会の気ままな暮らしだいといったやさぐれモードに突入するにつれ、次第とテレビやバラエティー番組的な価値観とは縁遠い感じになっていた。

今から七年ぐらい前、ほとんど自宅に帰らずに仕事場近くの仮眠所のような所に連泊していた時期があった。四、五人ぐらいでそこを利用したのだが、その中にひじょうに私によくしてくれる方がいた。どのようによくしてくれたかというと、高円寺のおいしい店をいろいろ教えてくれたり、夜中に酒や食料を買いに行くのに付き合ってくれたり、「真剣三十代しゃべり場」と題した痛々しいにも程がある恋愛の相談にガチでつきあっていただいたりしたのだ。話に飽きると、仕切りの戸を締め、各々の楽しみへと戻った。私は主にパソコンでインターネットをやったり本を読んだりし、彼はテレビを見たり漫画を読んだりしていた。彼は私がテレビを見るのが好きではないことを知っていたのだが、当時ブリッコアイドルとして人気のあった小倉優子が出た時だけ、私に教えてくれて一緒に見ていた。私は別に小倉優子が好きだったわけではないのだが、ある種のミニコントとして、小倉優子の熱狂的ファンであるという体でそれにつきあったりしていた。そんな日々の中、彼がこれは本当に面白いし私が好きになるに違いないといって熱烈に推してきた漫才コンビがいて、それが笑い飯であった。

今の若手のお笑いなんてよく知らないしどうせ見てもよく分かんねえんだよ、などと言いながらも、彼がそこまで言うのならばと思い、試しに出演したテレビを見てみると、これがじつに面白く、すぐに気に入ってしまった。その時やっていたネタは、学生時代に不良で、制服を改造していたという内容なのだが、中学生のようなセンスのくだらない話をお互いに延々とやり続けるというそのスタイルに声を上げて笑った。彼は、このネタよりももっと面白いネタがたくさんあると言い、M-1グランプリのDVDのことなどを教えてくれた。

それからレンタル店でDVDを借りて見たりするようになり、笑い飯以外も、今のお笑いが意外にも楽しめるということが分かり、二十年ぶりぐらいにお笑いを好き好んで見るようになった。ちょうどテレビでもネタ見せ番組が増えはじめた頃であり、タイミング的にも絶好であった。

今ではテレビにはほとんど出ることがない吉本の若手芸人すらをもフォローしているような状態なのだが、やはり一番好きなのは笑い飯なのである。M-1グランプリは毎年リアルタイムで見ているが、ちゃんとお笑い番組として純粋に楽しめたことがない。笑い飯がネタをやっている時は完全に身内意識で、もっとウケろ、面白くなれ、審査員笑え、などというモードで見ており、ネタを満足に鑑賞する雰囲気ではない。また、他のコンビのネタの時には、スベろ、噛め、面白くなるな、などと心の中で唱え続けており、全く楽しめているとは言い難い。番組途中で笑い飯の四位以下が決定し、グランプリの可能性が完全に消滅すると、一応番組を最後まで見てはいるものの、ほぼ放心状態に近く、内容をフォローすることすら覚束ない精神状態となっている。この時に毎年思うのだが、私はおそらくお笑いが好きなわけではなく、笑い飯が好きなだけなのだ。

私に笑い飯を教えてくれた彼はもうかなり前に会社を辞めてしまい、今となっては連絡を取る術もない。しかし、私が彼に言われて最も嬉しかった言葉とは、「もし中学時代に同じクラスだったら毎日一緒に遊んでいたんだろうな」というものであった。

そんな経緯もあり、迷わずこの書籍は買った。相も変わらず長い枕だね、どうも。

芸人本としてはひじょうに力の入ったじつに面白い書籍であった。西田幸治が対談相手に選んだ憧れの人が大槻ケンヂであり、他の内容からも、彼が典型的なサブカル青年だったことがよく分かった。好きな本や小説のことなども書かれてあり、その中の一冊に、西田幸治は三浦綾子の「塩狩峠」を挙げている。三浦綾子といえば、私の実家がある北海道旭川市出身の作家であり、市内には記念館のようなものもある。また、旭川には縁もゆかりもないが、私の妻が好きな作家の一人でもある。しかし、私自身はこの作家に対してこれまで一切関心が無かった。

西田幸治はこの小説を学校の読書感想文の課題図書として読んだそうなのだが、意外にもすごく泣けたのだという。本を読んで泣くという経験が初めてであり、それがひじょうに気持ちよく感じられ、以来、泣くためにこの小説を読み直すということを何度かやっているというのだ。

涙を流して泣くというのは心が浄化されるようでもあり、なかなか良い体験である。よくOLや女学生などと話していると、わざわざ泣ける映画のDVDを借りて、意図的にこれをやるということがあるようだ。私はわざわざ泣くために映画を見るということはしないのだが、見ていたら泣けてきてめちゃめちゃ気持ちいいということはたまにある。「バタ足金魚」や「ニル・バイ・マウス」などを見た時がそれである。

世知辛い世の中で心の潤いを失わないために、このような機会を意図的に設けるというのは大切なのではないかという気がした。しかし、そのためだけに二時間ぐらいもある映画を観るだけの余裕というのが、現在の私の生活には無いというのも現実である。

しかし、これさえ見れば私はいつでもすぐに泣けるというキラー・コンテンツが、じつはあるのである。それは、まさかの「モーニング娘。コンサートツアー2009秋ナインスマイル」のDVDのDISC2である。

このDVDまでは、私はモーニング娘。のDVDが出れば必ず買っていたのだ。モーニング娘。のCDやDVDを買っていた期間というのは三年間ぐらいしかないのだが、随分とたくさんの関連DVDが自宅にはある。通販オンリーの「おじぎ30度オン・ステージ」なんていうのまであるからね。

今年の四月ぐらいまで毎週聴いていた道重さゆみちゃんの「今夜もうさちゃんピース」という番組をしばらく聴いたり聴かなかったりという状態になって、最近、聴いていない分を新しい方から順番に聴いているのだが、その中で久住小春ちゃんのブログにふれた内容のトークがあった。

久住小春ちゃんは去年の十二月にモーニング娘。を卒業したが、以前、道重さゆみちゃんが久住小春ちゃんを話題にする時は、いつも「小春ちゃん」という呼び方をしていたと思う。それが卒業してしばらく経ち、いつしか「小春」になっていることに気がついた。

久住小春ちゃんは道重さゆみちゃんよりも年下であり後輩でもあるので、全然、「小春」と呼び捨てでいいはずなのだが、モーニング娘。在籍中には「小春ちゃん」と言ってしまった微妙な距離感を思えば思うほど、このDVDを観て泣けるというものである。

久住小春ちゃんがモーニング娘。に加入し、道重さゆみちゃんは教育係を命じられたらしい。しかし、そのことはひじょうにストレスになった。小春ちゃんのあまりにも自由な性格に振り回され、ストレスのあまり、まつ毛をめっちゃ抜いていたという告白などもしていた。しかも、当時の道重さゆみちゃんは歌やダンスのスキル面で同期メンバーよりも劣り、キャラクターもまだ十分に発揮できてはいず、ソロのDVDや写真集もなかなか出せないという状況だった。そんな中、後から入って来た小春ちゃんは事務所からも優遇され、ソロ・デビューやアニメの声優など、どんどん活躍の場を広げて行った。しかも、それは道重さゆみちゃんの本来の持ち味ともいえた妹キャラ的な分野でのことであり、まるで道重さゆみちゃんが本来受けるはずであった恩恵のすべてを久住小春ちゃんがさらっていってしまったようでもあった。

当時、久住小春ちゃんはモーニング娘。のミラクルエースなどと言われていたが、2ちゃんねるのモ娘(狼)板などでは、久住小春ちゃんが道重さゆみちゃんを踏み台にしている「踏み台ミラクル」なる性質の悪いAAなどもあったものだ。

2006年秋にCBSラジオで「今夜もうさちゃんピース」が始まり、道重さゆみちゃんはトークという新たな活路を見出し、翌2007年には明石家さんまさんらの「ヤングタウン土曜日」のアシスタントに抜擢、そこでも頭角を現した。その頃から写真集やDVDのリリースが頻繁になっていく。テレビ、ラジオ出演やイベント、コンサートにおいてもトークの中心メンバー的な存在になり、2009年正月に出演した「小学生クイズ」が大反響、バラエティー番組へのソロでの出演が相次ぎ、伝説の「ロンドンハーツ」でお茶の間に鮮烈な印象を与えたわけだ。

かつての干されメンであった道重さゆみちゃんは、今やモーニング娘。の中でも最もメディア露出の多いメンバーとなった。2009年にはすでにその傾向は顕著になりつつあったが、それでも「今夜もうさちゃんピース」の中で当時はまだモーニング娘。のメンバーであった久住小春ちゃんに言及する際は、どうしても悪さゆが露出し、この二人の特別な関係にまつわる根の深さを感じさせた。

当時、道重さゆみちゃん応援ブログ的な体の書きものを公表していた私は、この「今夜もうさちゃんピース」の感想などもよく書いていた。その中で、一度、移動中のバスでのエピソードが話されていたのだが、どうにも久住小春ちゃんの行動が異常であり、それを他のメンバーと一緒になって同調圧力的に責めるような内容のトークがあった。私はそれに対してどうにも良くないものを感じ取り、「久住小春と道重さゆみ。」というブログ記事を書いた。その文章は、道重さゆみちゃんが久住小春ちゃんの存在を心の底から受け止めた時に、モーニング娘。にとっての本当にミラクルが訪れるのではないか、というような内容となっている。今となっては私にもよくは分からなくなってしまっているのだが、書いている内容そのものは前向きなものであるが、文中に批判的な物言いが多々あり、これは道重さゆみちゃんファンの中には真意を誤解してかなり気分を害される方々もいらっしゃるのではないかと推測し、自粛して結局公開しなかった。その一部は今も下書きとしては残っているのだが。

道重さゆみちゃんが久住小春ちゃんの自由な性格を表すエピソードを初めは面白おかしいトーンで話しているのだが、途中から感情が入り、最後の方はひじょうに皮肉っぽい悪意に満ちたトーンになり、小春ちゃんがうらやましい、小春ちゃんに生まれ変わりたいですもん、などと言ったのなどは、明らかに悪さゆであり、私などは逆にそこに生々しい萌えを感じたりはしたものである。

このDVDは久住小春ちゃん卒業コンサートを収録したものであり、アンコールで伝説のユニット、重ピンク・こはっピンクによる「レインボーピンク」も披露されている。このDVDは確か購入はしたものの、飛ばし飛ばしでしか見ていなく、DISC 2の冒頭が「女子かしまし物語」だったので、ついでに見てみた。おニャン子クラブの「会員番号の唄」やAKB48チームBの「チームB推し」のような自己紹介要素満点の楽曲なのだが、歌詞がこの時のメンバーのものになっていて、このバージョンは初めて見た。その後、「レインボーピンク」も改めて久しぶりに見たのだが、やはりそこはかとなく漂う物哀しさというのを痛切に感じた。

そして、久住小春ちゃんの卒業セレモニーを見た。亀井絵里ちゃんとの感動的なやり取りが終わり、次は道重さゆみちゃんの順番である。久住小春ちゃんは「重ピンク!」と呼びかけるが、道重さゆみちゃんは「来ないで」と冷たく突き放す。そして、正直、久住小春ちゃんのことが嫌いだったと告白する。一緒にいたくないメンバーだったのに卒業するのがさびしい、それが笑える。これは道重さゆみちゃん一流の毒舌キャラに則った発言だが、おそらく本音でもあるだろう。

小春ちゃんの良い所は何にでも明るくチャレンジする部分で、それは自分にはできないことなので、そこの部分は尊敬する。でも、それだけかな。ここも毒舌キャラと本音の間のリアリティーである。ツアー初日に久住小春ちゃんが卒業を発表するのを横で見ていて、身長も含めて大きくなったなと思ったとしみじみ語った。

このことについて、2009年最後の「今夜もうさちゃんピース」において、道重さゆみちゃんは、「この子、なんででこんなに大きくなったんだろう」と表現していた。この言葉は一見意味不明でおかしなようにも思えるのだが、その奥に込められた思いを想像すると、これ以上に適した言い回しは無いとも言える。これは、かつて私がブログタイトルにもさせていただいていた「ワニがいて当たり前なんだ」にも匹敵するであろう。

久住小春ちゃんはこれを受けて、道重さゆみちゃんへの感謝の言葉を述べる。その後、二人は抱擁し、それはかなり長い間続いた。二人は何か我々には聞き取れない言葉を交わしているようでもある。ステージの進行上、ここは誰かがやらねばと思ったリーダーの高橋愛ちゃんによって、やっとこさその永遠にも近い抱擁は終わった。いや、実際に時間としては永遠には程遠いのだが、二人にとっての意味の濃さ、込められた思いなどを想像すれば、これは永遠に近いと言い切ってしまっても良いのではないか。

じつはこのコンサートがあった夜、仕事帰りの電車の中で、あるファンの方が書いたレポートでこのやり取りを読んで涙目になっていた。

「重ピンク~」
「来ないで」
「重さ~ん」
「ごめんなさい。定位置に」
「え、どうしよう。実感ない」
「なんか...笑えるよ。だって、さゆみはね、正直、嫌いだったよ、あなたのこと」
「なーんで?なんでなんで?なーんでー?...でも、なんかFAXとか頼んですいません」
「でも、だからすごい、分かんないの。なんで、こんなにさみしいのかなって思うし...嫌いだったから、あんまり一緒にいたくないと思うメンバーだったから...」
「なんで?」
「いざ卒業ってなると、さみしいね。だから笑えるの」
「重...重さ~ん」
「重さん言っちゃダメ。...でも、さゆみは、すごい小春ちゃんの好きな所、何でも明るく色んなことに取り組む姿勢とか...うーん、それだけかな。でも、本当に、でもそれはさゆみに無いものだから、いっつも尊敬してたし、うらやましかったし、うん、小春ちゃんにはたくさんたくさん笑わせてもらって、あの、伝説のユニット、レインボーピンクもできて、さゆみはもう、なんか、小春ちゃんがこのツアーの初めの...初日の時に、卒業を発表する小春ちゃんを、MCの時に横で見てて、なんて大きくなったんだろうと思って、身長含め。すっごい嬉しかった。だから、これからもどんどんどんどん大きくなってってください。じゃあね!ごめんね、いっぱい...」
「小春、道重さんの良い所言っていいですか。道重さん、すごい毒舌キャラだけど、本当は全然そんなことなくて、すごい優しいんですよ、めっちゃ。あの、亀井さんもすごい教えてくれたけど、一緒になって教えてくれたりして、あの、結構細かく言ってくれるし...うん、細かく...」
「ごめんね。細かすぎたんでしょ?」
「違う...違いますよ。でもなんかこう、いや、本当になんか...本当に良い人だなって思うんですよ」
「お姉ちゃんが言ってたんでしょ?」
「そう、お姉ちゃんと、道重さんは良い人なんだよって」
「ありがとう。好き?さゆみのこと」
「好き」
「好きだよ!」
「ありがとうございます。レインボーピンクありがとうございます、なんか付き合ってもらっちゃって」
「ありがとうね。リボン、嬉しかった」
「髪の毛乱れてないですか?」
「小春のせいで乱れた。...ありがとう」
「ありがとうございました」

最後に道重さゆみちゃんは、こう言った。

「もう赦した。ね?頑張ろう、お互い、一緒に」

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