02.Best of 「生きる」ブログ。

2009年7月22日 (水)

ふたたびロンドンハーツのことなど。


いやぁ、想定していたとはいえすごい反響である。昨夜の「ロンドンハーツ」に出演した道重さゆみのこと。Google検索ランキングでは上位に入るし、例の雑談系掲示板には道重さゆみ関連スレッドが乱立という大盛況ぶり。他にもやる事ややらなくてはならない案件が多数ある為、とてもじゃないが全部に目を通してはいられないレベルなのだが、可能な範囲でざっと見てみた。

予告編の感じとこれまでの流れから、批判が多いことはあらかじめ想定内だったし、あるスレッドにも書き込んだように、私は例え1億人を敵に回しても道重さゆみを応援し続ける覚悟が出来ている。何せ道重さゆみに対しては死にかけていた魂を救ってもらったという借りがあるので。またしてもどうかしている感じになってきたので一息入れる。

いわゆる知名度の低い若い女性アイドルが自己愛バリバリの毒舌キャラで初登場というところからして、いわゆるmixiだとかブログだとかの一般視聴者からの集中攻撃は当然として、もっと身内というかハロプロファンの間でも批判一辺倒になるかと思っていた。私が1億人を敵に回してもなどと息巻いていたのもそれゆえのこと。ところが意外にも健闘を称える声も意外にも多く、これにはなかなか肩透かしを食らった気分だった。

一般視聴者の感想とはいわゆるブリッコキャラがイラッときたとか歳上の出演者に向かって毒づくところから礼儀がなっていないとか、あと特に多かったのが、たいして可愛くもないのに自分のことを可愛いとか言っていてキモくてウザいといったもの。これは若い女性に多かったのだが、よっぽど美しい方ですらほとんどの女性が自分の容姿にコンプレックスを持っており、そこに触れないようにタブー視しながら生活を送っている訳である。そこで自分が可愛いという発言は、空気が読めないと取られるのは当然であり、同調圧力的な社会環境ではそれはなおのことである。そこで自分のタブーとしている領域を侵される恐怖に対抗する為、防御本能としての攻撃性が生まれ、「可愛くない」「misonoの方が可愛いし」という世論を形成しようと働く。至極真っ当。

道重さゆみはこの仕事を引き受ける上で、ある程度の覚悟は決めていたのだろう。収録現場を戦場と捉え、与えられたチャンスに対しては貪欲に食らいつく性分だ。これはモーニング娘。内部において長いこと干されていた間に形成されたものだともいえる。そして、今回の出演においても自分が果たすべき役割というのを定め、それを全うした。番組は面白く盛り上がったし、道重さゆみという新キャラクターも十分に印象づけられた。田村淳の番組進行や他の出演者の絡み、テロップや予告編の編集も含め、どの段階で生まれたものかは定かではないが、今回の放送には、明らかに道重さゆみという新キャラクターの鮮烈デビューの演出という意図があったと思われる。道重さゆみにイラッときたとかムカついたとか言っている一般視聴者もほとんどは番組そのものは面白かったと評価しているし、視聴率もここ最近の中ではダントツだったみたいだ。そういった意味で、道重さゆみはしっかりと自分がやるべき仕事をしたし結果を出したといえる。

道重さゆみのナルシストブリッコウザキャラというのは多面性の一面にしか過ぎず、これも元をたどれば暗くてさえない自分に自信を持たせるために幼少期からやっていることである。また、道重さゆみが自分が可愛いということを必要以上に強調するのは、自分が可愛いもの大好きでありながら常に自分自身は可愛いのかどうかということに不安があるからに他ならない。これをタブーとして触れないことによって気にしないようにするのか、自己啓発的に自分に可愛いと言い聞かせるポジティブシンキングでいくかということの違い。世のビジネスマンやOLの方々が真剣に読んでいる自己啓発本には、毎朝鏡の自分に向かって「私は素晴らしい」「私は出来る」ということを唱え続けるといったことがごく当たり前に書かれていて、道重さゆみはお母さんの教えで小さい頃から自然にこれをやっているということ。このコンプレックスと表裏一体の自己愛というところが道重さゆみの人間性の魅力の一つであり、ここが分かってもらえないとなかなか厳しい。しかし今回はあえて最も分かりやすくキャラ立ちし、番組が盛り上がる側面を強調し、ある意味身を削ってそれをやり切ったようなところがある。そもそもモーニング娘。の中でも礼儀正しく気配りができる方なのに、役割を理解して本当によく頑張った。

しかし、道重さゆみは根性が据わってはいるが、実はメンタルがそれほど強くないところもあり、かつてはモーニング娘。内での自分のポジショニングに迷い悩み、マイナス思考にずるずると落ち込んでいたこともある。そう考えると、いくら分かっていて覚悟を決めて臨んだ現場とはいえ、もしかして迷ったり凹んだりしてはいないだろうかという心配もある。「みんなに誤解されていても1人が理解してくれていればそれだけで大きな力になる」という旨の発言をしていた道重さゆみだけに大丈夫とは思うのだが、そこは全く気にならない訳ではない。しかし、国生さゆり、杉田かおるといったアイドル的お姫様的扱いから一度地獄を見てそこから復活した系のお姉さま方から高い評価をされていたのはなかなか心強い。道重さゆみにはぜひ移り気で無責任な一般視聴者なんかよりもこういう先輩方の言葉に耳を傾けていただきたい。昨夜の道重さゆみを批判している一般視聴者達にしても、道重さゆみの自己愛の根源だとかその他の面を段々知っていったり、世間における道重さゆみの位置付けなんかが変わればコロコロ意見が変わるものだ。若い男女というのは基本的に芸能人の悪口とかを言うもの。いまはそれがブログとかmixiとかで外に発信されてしまうというのが違い。デビュー当時の松田聖子に対するクラスの女子の罵詈雑言なんていうのは半端なかった。本当に気にしないでもらいたい。道重さゆみ本人が読んでいる可能性0のこんな所で何を言っても仕方がないのだが。

私はモーニング娘。どころか日本の芸能界とか芸能人にある時期から一切興味を無くしていた。他にやらなければいけない事や興味がある事があったからだ。しかし、夢や理想を失いかけた不承不承続けられるそこそこの終わりなき日常の暇潰し時間稼ぎぐらいの意味しかない、そんな日々の中でかつての国民的アイドルグループの地位から徐々に退き、B級感が漂いはじめたモーニング娘。は格好の興味対象のひとつになった。たまたま見ていたテレビ番組で「逃した魚は大きいぞ~♪」と歌い踊るモーニング娘。だったが、吉澤ひとみ、高橋愛、藤本美貴以外に誰一人として顔と名前が一致しなかった。下世話な興味から閲覧していた掲示板の書き込みからモーニング娘。6期メンバーの亀井絵里という名前が気になり出した。日曜の昼間にたまたまテレビでやっていた「ハロー!モーニング」でどのメンバーかが分かった。その天然っぽいキャラクターと容姿に興味を魅かれたのと誰が誰やらよく分からないようなアイドル達がガヤガヤ楽しそうにやっていて、そんなくだらないものをいい大人の自分が楽しんで見ているという韜晦的な楽しみに一時的にハマった。「Ambitious!野生的でいいじゃん」の頃。それから昔の映像とかも探して、亀井絵里が松浦亜弥の「1000回のKiss」をカバーしたやつとかは大のお気に入りだった。当時やっていた「ギャグひよっこのからくりBOX」というブログにも大絶賛記事を書いたし、亀井絵里の歌声はいまでも大好きだ。心理テストの企画があり、道重さゆみは親友の亀井絵里に利用されているだけという結果が出た。これを聞いて道重さゆみは涙目になっていたが、亀井絵里はヘラヘラ笑っていた。道重さゆみはナルシストブリッコキャラで、どう考えても私の好みのタイプではなかった。衣装もヒラヒラでブリブリのものが多かったり17歳(当時)にもなって小さい女の子が好きな「おしゃれ魔女ラブ&ベリー」にハマっていたり、ある意味痛いキャラの子といった印象しか持っていなかった。当時、モ娘(狼)なる雑談系掲示板にも出入りするようになったのだが、そこで立っていた「さゆはコンビニの店長さんがやりたいの」とかいうネタスレッドが好きだった。道重さゆみのナルシストブリッコキャラをデフォルメしたようなネタが炸裂してなかなか笑えた。ここで好きではないが痛くて何となく気になるという印象が私の中で形成されていたと思われる。しかし、元来が移り気な私であるがゆえ、その年の秋、「歩いてる」が発売される頃にはモーニング娘。への関心もすっかり失われていた。それでもモ娘(狼)だけは暇潰し程度に閲覧していて、秋の社員旅行の帰りのバス車中では道重さゆみのソロラジオが決まった件と俗にいうケツ毛バーガー事件のスレッドを読んでいた記憶がある。

翌年2月、何気なくYouTubeで見た発売前の新曲「笑顔YESヌード」の「うたばん」でのパフォーマンス映像を見て、そのアシッドジャズ風のカッコいい曲調とソロパートがクルクル入れ替わる面白い歌割が気に入り、生まれて初めてモーニング娘。のCDを買った。そして、モ娘(狼)も頻繁に閲覧するようになったのだが、その中で道重さゆみのソロラジオ「今夜もうさちゃんピース」での発言に関するスレッドがいくつか立っていた。そして、道重さゆみが小学生の頃は暗くておとなしい性格で、ダンゴムシが友達だったこと、男子から「みちし原人」とからかわれてそれが悲しくて家に帰って1人で泣いていたということなどを知った。気になって開いたラジオ番組ホームページで、お気に入りの私物の髪飾りの画像を公開していた。それはウサギの形をした本当に可愛らしいもので、小学校高学年ぐらいの頃の女子を異性として意識しはじめた頃の原初的な胸騒ぎを思い出させるようなものであった。その瞬間、それまでは苦手だと思っていた道重さゆみのナルシストブリッコキャラが本当に愛おしいものへと変化し、あとはどんどんその世界に引き込まれていったという訳である。要は一般人の印象なんていうのはその程度ということだ。

ということで、今後の道重さゆみにますます期待。今晩もラジオ「今夜もうさちゃんピース」があるし、Amazonに予約してあるDVDも到着待ち。本当に楽しい。さっき寄って来たタワーレコード新宿店カウンター脇のハロプロコーナーにはすでに陳列されていて、添えられた手書きコメントPOPには「大人になってもブリッコキャラでいて」などと書かれていた。

2009年7月21日 (火)

笑っていいともとロンドンハーツ。

モーニング娘。の新旧メンバーが出演みたいな情報があったから、どうせ出ないだろうとは思っていたのだが、とりあえずお昼時にはテレビが見られる場所にいた。「笑っていいとも」始めからちゃんと見るのなんて浪人生の頃以来ではないだろうか。そしたらなんと驚いたことに、道重さゆみが現メンバーで唯一の出演。笑けてくる。卒業メンバーからは中澤裕子、保田圭、矢口真里、吉澤ひとみが出演し、「LOVEマシーン」をちょっとだけ歌って会場を沸かせていた。

あくまで卒業メンバーの面白トークが中心だったが、コーナー司会の中居正広も適度に道重さゆみに降ってくれて、中澤裕子姐さんの怖いイメージなど、毒を交えながら面白可笑しく対応していた。

それにしても、エンディングで普通に「いいとも〜!」とかやっている道重さゆみを見るのはシュールというかなんというか、これは期待していなかっただけにかなり嬉しかった。

しかし今日のメインは何といっても「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」だ。このコーナー出演をかなり不安視したりビビったりしているファンの方々もいたようなのだが、私はただただ楽しみで、ワクワクドキドキしていた。

道重さゆみのブリッコキャラという、今日のぶっちゃけ等身大おバカがウケるバラエティー世界における異物感。しかしその役割をあえて自覚し、覚悟を決めているという信頼に揺るぎはなかったから、何も心配はしていなかった。しかし、放送時間が近付くにつれ、何だか不思議な胸騒ぎを覚え、結局酒を飲んだ状態で21時を迎えた。この為に自宅にも帰らず一人だけでテレビが見られる環境を確保するというまでの念の入れようである。

懸念されていたことの1つとして、予告編で演出されていたように、道重さゆみだけが完全に浮いてしまうというのがあり、これは私はおそらく無いと踏んでいたし、たとえもしそうなったとしても、それはそれでカッコいいじゃないかと思っていたのだ。ところが、蓋を開けてみると、番組冒頭から司会の田村淳や制作スタッフがこぞって道重さゆみをショーアップするような展開になっていて、あたかもこの番組の新たな名キャラクターを意図的に誕生させようとしているのではないかという感じさえした。青木さやかやはるな愛への毒舌、プロレス的ともいうべきmisonoとのバトル、どれもがおいしすぎる。格付けを発表するのがはるな愛でありながら、道重さゆみの方が圧倒的に目立ち過ぎてテロップも出まくりという状態。また、同じくグループアイドルのおニャン子クラブ出身の国生さゆりは、道重さゆみのことを、おそらくモーニング娘。の中でも後の方のメンバーだったが自分で力を付けてきたのだと思う、と好意的な評価をしていた。ちなみに、今日に体力を温存する為に昨夜は早く寝ようと思ったのだが、携帯電話でたまたま開いたある掲示板で、道重さゆみのロンドンハーツを語るはずがなぜだか国生さゆりからおニャン子クラブから南野陽子などまで語るような流れになってしまい、寝よう寝ようと思いながらもついついレスに講じてしまい、論争する気満々で訪れた若者に呆れられていた。

後半、一般男性の「一緒にいても楽しくない女」格付けが下位、つまりイメージが良い方から発表されるが、道重さゆみの名前はなかなか出てこず、見るからに凹んでくる。ついに上位3名にまで残るというおいしい展開。「泣きそうなんですけど」と涙目になるが、何とか3位で踏みとどまる。出演者の中で一般知名度が圧倒的に低いことに加え、やはりこのブリッコキャラが平成ニッポンのこの御時世には相当馴染まないのか。この私にしても、初めに「ハロモニ」で道重さゆみを見た時の印象は、なかなか痛い子だなというようなものであり、それから半年以上もしてラジオでの発言とか髪飾りの画像とかを見て、その表面的イメージの裏側にある正しく美しいさゆみ的宇宙を知り、どんどん引き込まれていったという訳である。

ここで再度、misomoとのバトルモードに入るが、道重さゆみの「よし今日も可愛い」を暴露した上で、「周りはハイハイって聞いてるんだよ」「勘違い」「高橋愛ちゃんの方が可愛い」など容赦ない。かなり追いつめられてメンタルに来ていながらも耐え抜いて言い返す道重さゆみに萌えた。もう一生付いていく。バラエティー的にもかなり面白い。田村淳から今後の出演を前提としたとも思える発言もあった。

ゴールデンの人気番組への単独出演というのは、いまのモーニング娘。だとかハロー!プロジェクトだとかを取り巻く状況からするとかなり貴重な訳だが、一方で親が子供に見せたくない番組であったり現実的にメンタルに来たりする部分があったりということから、否定的なファンの人達もまだいるのではないかと思う。ちょうど同じようなことが、「ヤングタウン土曜日」で明石家さんまのアシスタントを始めた頃にもあった。離れてしまったファンの人達もいたとは思う。しかし、あの番組での経験は道重さゆみに新たな自信と力を与え、その後の仕事の幅を広げることに繋がっている。

道重さゆみにはやはり幼少期からの自己愛というのが確固としたものとしてあり、それは自分らしさや家族や郷土を愛するスタンスにも繋がっている訳だが、自信が無いところを簡単にそれで紛らしてしまう傾向もあり、それは心地よくはあるのだが、自分自身を深めたり幅を広めたりすることを阻害する要因ではある。自分らしさには自信を持って、どんな状況だって「うさちゃんピース」はやり続けて、その上でもっと別な次元での葛藤や試練と闘う姿を見てみたい。そもそもの私にとっての道重さゆみとは、モーニング娘。の後列メンバーで歌もダンスも得意ではなく、妹キャラ的な可愛さも後輩の台頭によって脅かされ、自分の存在価値が分からなくなったり自信を無くしたり、そんな状況の中で自分を認めて愛してくれる人達の存在に力をもらい、自分自身の葛藤の中で道を切り開き続けてきた。そういう生々しさ、リアルなところがいいのである。だからこそ、この「格付けし合う女たち」という現場をどうやって自分のものにしていくのか、そんなドラマを見てみたいと思ってしまうのだ。

道重さゆみ、本当に好きだ。好きすぎる。こんな気持ち、うまく言えたことがない。同じ時代を生きることが出来て本当によかったと思うよ。そして、見て聴いて盛り上がっているだけではなく、私は私自身の道重さゆみを生きなくてはならないのだ。それにしても、1日のうちに「笑っていいとも」と「ロンドンハーツ」の中でうさちゃんピースがお茶の間に流れたなんて、不思議で可笑しくて笑ってしまう。

2009年7月16日 (木)

写真集「20歳7月13日」や「ロンドンハーツ」のことなど。

Amazonに予約していなかったので書店で道重さゆみ写真集「20歳7月13日」を買おうとしたのだが、タレント写真集をちゃんと扱っている書店が本当に少ない。道重さゆみが写真集を出すようなことでもなければけして買うことがないジャンルの書籍だけに、普段書店にはよく行く私もあまり認識していなかったのだが、いざ買おうとすると一苦労である。近所の書店には一切在庫がなく、結局のところ新宿高島屋の隣の紀伊国屋書店でやっと購入できた。ここも以前は3階あたりの目立つ場所で写真集を扱っていたと思うのだが、いつの間にか洋書と同じ最上階に追いやられていた。

今回はお化粧が薄めのナチュラルな雰囲気が魅力の作品になっている。表紙の黒水着のショットからして、いかにもアイドル写真といった笑顔は見せず、何とも抽象的な、それでいて深い内面を秘めたまなざしをしている。海辺での水着、レトロな町並みでの着物、部屋の中でのプライベートな感じ、コインランドリーなど、アイドルとしてだけではなく、1人の女の子としての道重さゆみのリアルが演出されている。

道重さゆみが今日の芸能人で只一人だけ私を魅了する理由とは、人口的に加工された芸能界的なマスコミ的な世界からはみ出る懐かしさだったり生々しさだったりな訳だが、グラビアアイドルやファッションモデルとは異なった、あたかも普通に知り合った女の子の水着や私服を初めて見るかのような現実感が、道重さゆみの姿態には宿っている。これが無限のファンタジーを実現し、目で見る脳で感じる楽園へと誘ってくれる訳だ。

付録のメイキングDVDは約15分間収録されているが、撮影時の道重さゆみの細かく移り変わる表情の美しさを存分に堪能することが出来る。

さて、話は変わって道重さゆみの単体テレビ出演はそろそろ一段落するかと思っていたのだが、7月に入ってメーテレ「バグルー!」、山口放送「山口県人!長州グルメ対決」といった地方ローカル番組、そして最も驚いたのはテレビ朝日系列「ロンドンハーツ」への出演である。

ロンドンブーツ1号2号の番組というのは俗悪番組というと必ず名前が挙げられるような類のものであり、特に田村淳といえば若手お笑い芸人がグラビアアイドルや女性タレントを食い物にするという現象の権化のような印象がある。長きにわたりゴールデンの番組を継続できているのは、今日の性愛至上主義の平成ニッポンの気分に、よく似合っているからという気がしてならない。かつては一般人(というテイ)のカップルの浮気調査や若手芸人を色仕掛けで誘惑するドッキリ企画などで人気を博した。人間の根本的な下世話さというかどうしようもなさ、形而下的価値観といったものをお茶の間に晒したことが人気を博し、また、いわゆる良識派の方々に嫌われる要因となった。「格付けしあう女たち」というのも人気企画であり、これは女性芸能人同士がテーマに沿って出演者のランク付けをし、その理由を面白おかしく話していくというものである。これもまた、一般的に職場や学校での女性同士の人間関係につきまとう嫉妬が渦巻く陰湿な内実をあからさまにするような内容であり、この生々しさによって人気があり、また、ある層には激しく嫌われている。このコーナーには女芸人やベテラン女優、グラビアアイドルなどが出演することが多いが、毒舌やぶっちゃけというキャラクターが重宝され、ここから芸能人としての人気がブレイクしたりした例も多い。杉本彩、飯島愛、梨花らの公的イメージを確立するのに一役買ったのがこのコーナーであり、また、かつてアイドルとして人気者だった青田典子や国生さゆりに再び脚光を当てることにもなった。青木さやかやハリセンボンといった女芸人のブレイクにも、この番組の影響が大きかったと思われる。

なんとこんなコーナーに道重さゆみが抜擢されてしまった訳だ。20歳そこそこの若いアイドルが出演すること自体が珍しい訳ではなく、グラビアアイドルなども結構出演している。しかし、たいていが自分の恋愛経験を切り売りするような種類の芸能活動を行っている者がほとんどであり、そういった意味で異例だという訳である。放送日には勿論見ようと思っていたのだが、先日放送されたわずか15秒間の予告編の反響が一部であまりにも大きいということで、私も早速見てみることにした。

予告編を見る限り、すっかり主役扱いである。見たところ、国生さゆり、スザンヌ、杉田かおる、青木さやか、はるな愛といったこの番組でおなじみの面々が出ているようだが、「次週は格付けで非常事態...モー娘。道重に先輩方がキレる!!」というテロップが入っている。さらに、「青木さんって特別可愛い訳でもないし」「かわいそうな子に見えてきちゃって」といった青木さやか、はるな愛にそれぞれ向けられたと思われる発言がフィーチャーされている。そのまなざしは実に強固なもので、この番組出演が持つ意味合い、そこで自分が果たすべき役割をしっかりと自覚し、覚悟を決めたと思わせる迫力がある。俗悪番組だとか過激さを売りにしているこの番組だが、実は決まり切った準レギュラー陣の慣れ合い的プロレスに過ぎないのではないか、本当のリアルっていうのはどういうものなのか、予算カットで保守化するテレビ界だが、そこに面白さでの優位性があるとすれば、その場の空気感や人の表情をそのまま伝えてしまうリアリティーなのではないか。70年代後期のイギリスの保守的音楽番組に突然出演して、その爽快な発言と態度で一夜にして時代の顔になったセックス・ピストルズの痛快さ。とにかく世間を徹底的に怒らせた。特に正統派ロックファンとでもいうような人達。これが時代の空気を大きく変え、後に大きすぎる影響を与えたのだ。道重さゆみの特性というのは、表面的には黒髪、ツインテール、ブリッコキャラに見られるように、今日の性愛至上主義的価値観に対してはアンチの立場を取っており、よって「お試しかっ!」におけるうさぴょん語に見られた時代感覚への違和感、ノイズとしての機能を果たすのである。パンク/ニュー・ウェーヴ的感性が最も多感な頃に刷り込まれた私が、道重さゆみに魅かれるというのは、こうやって考えると至極当然のことなのかもしれない。パンク/ニュー・ウェーヴがカッコよかったのは、それが時代の主流とされているものと違っていて、かつ正しかったからだ。そこに新しいリアルがあった。既定のバラエティーの枠組みとかキャラクター分類とかでしか考えられない連中には一生追いつけないよ。当時のニュー・ウェーヴ少年少女の合言葉は「ロックじゃなければ何でもいい」だったからね。また、当時のパンク/ニュー・ウェーヴのシーンに見られた初期衝動的ロックンロールへの回帰といった要素は、めちゃくちゃカッコよくて痺れるのだが、鈍い奴らには一見時代錯誤的にも見えてよく分からない、という点にも注目したい。

道重さゆみが今後芸能界でどう生き残っていくべきかだとかいう議論が一部ファンの間でなされているのをよく見かけるが、今後道重さゆみが40歳になろうと60歳になろうとブログだとか有料ネットラジオとかでも存在を確認できればいいし、ぜひ幸せな結婚をして経済的にも精神的にも苦労の少ない人生を送っていただきたいと思っている私には、あまり興味がない。たとえば道重さゆみが今日の日本の性愛至上主義的で即物的な感覚をよしとするバラエティー界のタレントとして生き残る為に、恋愛ぶっちゃけトークだとかガールズトークという名の露出狂的振る舞いを余儀なくされるとするならば、そんなものは全く出る必要がない。しかし、道重さゆみは根本的に「収録現場は戦場」の発言にも見られるように、幼少時に培われた確固たる自己愛を中心に世界と闘っている訳で、そんなものに流されるとは到底思えないのだ。むしろそんなものはメチャクチャにぶっ壊してほしい。予告編の最後の田村淳の表情が収拾がつかなくて慌てているようにも見えるが、おそらく演出であろう。もしそれが本当なぐらいに道重さゆみが暴れたのだとするならば、痛快この上ないのだが。お茶の間視聴者だとか同世代女性の好感度がどうのこうのという低次元のことは一切どうでもいい。

たとえば「ヤングタウン土曜日」に出始めた頃に、さんまの下ネタに対して反応していたいなかったで、昔の純粋なさゆみんはどこへ行ってしまったのか、というようなファンの嘆きがあった。初めはアンチのなり済ましかとばかり思っていたのだが、どうやらそればかりではなかったらしい。実際問題として、知識とか妄想とかで頭がパンパンの女の子であるというところが、道重さゆみの大きな魅力のひとつな訳で、先週の「ヤングタウン土曜日」で披露していた「道重さゆみのセクシー妄想日記」における「チュッパチャップス」「とろけるトリュフ」という単語のチョイス、及びその言い方にしても、実に素晴らしい感覚を持っている。ところが今日の性愛至上主義的風潮というのは、知識とか妄想とかが乏しい状態で実践だけが先走って、技術だけがどんどん先端化しているというファンタジーもエロスも何もあったものじゃない状況であり、それが私を限りなく萎えさせる。

おそらく10年前ぐらい、道重さゆみが小学校低学年で、街には小室サウンドが鳴り響いていて、ルーズソックスとか茶髪とかEggとかそういう時代がピークだったと思うのだが、訳あってその頃は私の預金口座には使いきれないぐらいの現金があった為、そういう街にいる少女達の精神世界を探求するという行為に没頭していた時期がある。昼間に生産した現金を夜はそうやって蕩尽していた。ファンタジーやエロスこそが私の精神を最も満たすものであり、それが無ければ心はどんどんペシャンコになり、生きることの意味すらも感じることが一切出来なくなる。そこで、それを満たす為の必死の行為として、それはあった。しかし、知ろうとすればする程、それは私の理解の範疇をすり抜けていき、寝る暇と眠る暇をスピードで誤魔化す生活に、やがて何もかもを諦めてしまった。その延長が、私の外の世界では基本的にいまも続いている。しかし、いまから2年と数ヶ月前に偶然の契機で、それまで一切興味の無かったモーニング娘。の道重さゆみに出会うことによって、私にある感覚が蘇ってきた。もう時代だとか世間の風潮に無理やり合わせようとして、自分の本当に大事な価値観が何だか分からなくなって、ムダな夜や昼の幾つもを流れるにまかせるようなことはけしてしたくはない。だから、これでいいのだ。

道重さゆみは10代のアイドルであるがゆえ、私の究極のファンタジーを実現することが出来た。しかし、これから大人になっていくという過程において、それをどうしていくのか。今回の写真集「20歳7月13日」、「道重さゆみのセクシー妄想日記」、「ロンドンハーツ」という流れには、そのヒントのいくつかがある。そういった意味で、私にとって、いま道重さゆみがますますリアルだ。

追記)先ほど比較的平穏なある掲示板を見ていると、「ザ・テレビジョン」の番組紹介のことが載っていた。それによると、「はるな愛さんに『中身がない』と言われたさゆ、『男の気を引こうと必死で可哀相』と反撃したそうな」とのこと。素晴らしい。「男の気を引くこと」を目的とした言動や所作、もうそれしかないのが性愛至上主義的価値観の特徴であり、はるな愛に対する反論と見せかけてそういったものをバッサリ否定してみせるという場面にに読み替えて妄想し、強烈に興奮した。カッコいい。パンクだぜ。

2009年7月13日 (月)

7月13日。

道重さゆみさん、20歳のお誕生日おめでとうございます。

という訳で上記のメッセージをとりあえず外の世界へ向けて発しておいた訳だが、当然の如く道重さゆみさんご本人がこんなところを読むはずもないので、ここからはしばらくぶりのチラシの裏にでも書いとけやという類いの文筆へとスライドする訳でございます。

道重さゆみのことが本格的に気になって極度にライトなファンといえる活動を開始してから、実に3度目の7月13日であり、この事実にまず驚いてしまうのだ。小学校高学年ぐらいからお気に入りのアイドルというのはいて、とはいってもせいぜい雑誌の切り抜きを集めたりラジオを聴いたりレコードを買ったりそんな感じで、ノリでファンクラブに入った人なんかも実はいたのだけれども、いつも目移りばかりしていて、こんなにも長い間一番なんていうことはありえなかった。

色々な趣味や興味が変わっていって、日本の芸能人だとかアイドルだとかにはほとんど関心が無い状態で約20年位を過ごしていた。モーニング娘。だとかハロープロジェクトなんていうのも自分とは一切接点が無いものだったのだ。

その偶然の契機については幾度となくここでも書いているのだが、2007年の2月位に本格的に道重さゆみを知った。それから過去の情報、映像、ラジオ音源等を、強迫観念でもあるかのように収集していった。

何かが擦りきれ死にかけていた中心を力強く抉るような力を、道重さゆみの存在だけが発揮して、意図せずして気付いてしまった。充足した生の獲得へ向けての不器用な葛藤そのものが美であることが出来、その状態を生起させ続けることこそが、すなわち生きることであり、この真実を道重さゆみだけが圧倒的な具体性を持って知らしめる事を可能とした。全ては私の脳内で起こったことであり、これが本物の生身の道重さゆみとどの程度の関係があるのかは定かではない。しかし、思想とか哲学とか宗教とかっていうのは、結局のところそういうものなのではないかと思ったり思わなかったりはするものだ。何を言っているのだ。

オーサカキングでの公開録音&TV生放送に道重さゆみが出演するという情報を聴き、何か大きな力に導かれるようにして、大阪行きの新幹線に乗っていた。生まれて初めての大阪であり、こんなきっかけでもなければ一生行っていなかったかもしれない。そこで本物の道重さゆみが実在するのだということをこの目で確認し、その後はよく分からない衝撃を受け、酷い悲しみが押し寄せてきた。それは道重さゆみが体現する完璧な正しさと当時の自分自身の心の闇とがあまりに隔たったものであることの残酷な認識であり、それはやがて覚醒へと至ったのだ。

道重さゆみの黒髪、色白という見た目もさることながら、収集しているという髪飾りであったり幼少時のことや地元や家族について楽しそうに話す声や言葉の選び方、こういったもののひとつひとつが、当時の私に欠けていて、また、そもそも私の精神の核の部分で正しく思っている価値観を再認識させてくれた。そして、私の人生に突然現れたこの10代の少女を育んだのはどのような環境なのだろうという関心から、翌週には山口県へと向かっていた。その田舎の風景と空気感は、いろいろな意味で私に忘れていた大切な感性を呼び戻した。誰もいないローカル線の駅のホームで、iPodで「宝の箱」を聴きながら見上げた夜空の確信を忘れることはない。

ヤングタウン土曜日アシスタントへの起用、初のソロDVD発売、写真集発売のペースアップ、今夜もうさちゃんピースの枠拡大(後に元に戻ったが)、単体でのテレビ出演ラッシュ、初のソロ曲、待望のブログ(「おじぎでシェイプアップ!期間中限定)、「ラジオライフ」インタビュー掲載、「フォトテクニックデジタル」表紙&美麗グラビアなど、この約2年間の間に、道重さゆみを取り巻く状況は変化していった。しかし、自分自身の持ち味はしっかりと失わず、その場その場を自分なりに最善を尽くそうという姿勢、それは結果として上手くいったりいかなかったりするのだが、それら全てを含めて、実に面白い。もちろん出演したテレビやラジオ番組は全て視聴している。「ダウンタウンDX」とか「秘密のケンミンSHOW!」とか山口県のローカル放送とかは、かつて私がぜひとも将来的に道重さゆみに出てほしい番組と思っていたものだが、これら全てへの出演を果たした以外に、「レッドカーペット」だとか想定外の「ロンドンハーツ」への出演など、本当に期待を超える活躍を次々と見せてくれる。しかも、道重さゆみの核の部分はブレずに、それで少しずつ活躍の場を広げていくという頼もしさだ。これには本当に元気が出る。

道重さゆみとはある概念であり、人生の理想や目指すべきものとしてある光というのが私の結論なのだが、ゆえに擬似恋愛とも異なり、愛玩すべき対象でもなく、私はおそらく道重さゆみになりたいだけなのだと思う。ヤバくなってきたので話題を可及的且つ速やかに変更する必要があるのでは。

昭和天皇が崩御し平成が始まった、中国では天安門事件が、そして田中れいなが生まれた11月11日にはベルリンの壁が崩れたりと、世界が激動した1989年。また、約3週間前には昭和の歌姫、美空ひばりが逝去、2日前には当時の人気女性歌手、中森明菜が自殺未遂、前日には東京ディズニーランドで「スター・ツアーズ」がオープン、当日は群発地震が発生していた伊東市沖合の海底が噴火した。アメリカではファイン・ヤング・カニバルズの「グッド・シング」、イギリスではソウルⅡソウルの「バック・トゥ・ライフ」がヒット・チャートの第1位だった。私は夕方ぐらいに起きて、渋谷で都バスに乗り換えて六本木WAVEに通い、帰宅すると間接照明が灯った薄暗い部屋で味噌をつけたレタスを齧り、ウォッカを舐めながら、いまではさっぱり内容を覚えていないドゥルーズ=ガタリだとかジヤック・デリダだとかの小難しい思想書などを読んでいたものだ。一方、山口県宇部市では、道重さゆみが生誕した。そして、それはこれまでに神が成し遂げた幾多の偉業の中でも、とりわけ素晴らしいもののひとつであった。

2009年6月11日 (木)

おじぎでシェイプアップ!

6月10日(水)15:00からの昼の部へ行ってきた。そもそもこの日ぐらいしか行けそうな日がなかったのと、どうせならアフタートークがある方がいいだろうということで、この会を選択した訳だが、DVD収録日にあたっていたり、それのゲストがハロプロエッグの2人だったりと、割といい回だったということを後で知った。そもそも予定が立ちづらいので前売りチケット購入にはリスクが大きすぎるのだが、今回はインターネット販売を利用して、定価よりも数千円高い金額で購入した。結構前の方で、しかもど真ん中あたりだったので、割とよかった。

とにかく、昨年8月の「シンデレラ the ミュージカル」以来、10ヶ月ぶりにパソコンやテレビのモニターを通さない、本物の道重さゆみを見るということが、今回の最大の目的である。本当に土曜とか日曜とか祝日とかはほぼ絶対にコンサートやイベントの類に行くことが出来ない環境にある為、なかなかこういう機会が無い。昨年までは平日にラジオの公開放送とかが時々入っていたのだが、今年に入ってからは、テレビ出演が増えたせいか、そういうのも一切無く、かといってコンサートやイベントは土日祝ばかりだし、2年前の7月31日に代々木のFM放送で初めて本物の道重さゆみを生で見て以来、最も間隔が空いてしまう結果になった。

この日も他の要件が多々あった為、通常と同様のオフィスワーク的な服装だった訳だが、道重さゆみを応援する意味で、とりあえずネクタイはピンクのものをわざわざセレクトしていった。14時20分ぐらいに営団地下鉄銀座一丁目駅で下車して、7番出口を出ると、もう会場のル・テアトル銀座が見えた。昔、「ユージュアル・サスペクツ」とか「恋する惑星」とかを観にきた映画館と同じ建物のような気もするが、違っているかもしれない。何せ、もう14年も前のことだ。この辺りというと、普段はビジネス街といった雰囲気で、スーツスタイルの方々がほとんどな訳だが、ル・テアトル銀座前を見ると、よくハロプロ系の会場で見かけるようなタイプのビジュアルの人達がすでにたくさん集まっていた。会場前で列などもできていたので、とりあえず意味もなくコンビニに行ったりして、時間を潰した。研修中のどこかの新入社員に名刺交換を求められたりとかした。

平日昼間ということで、いつにも増してオフィスワーク的な服装の客が少なく、怖じ気付きそうになるが、あまり気にせずに、会場に入る。ファンの方同士が話しているのを聞くと、当たり前のように何公演も行っていたり、地方から来てホテルに泊まったりという人達も多数いらっしゃるようだった。また、当日券も完売していた。ロビーで、某掲示板で画像を見たことがある固定らしき方を発見し、地味にテンションが上がった。開演5分前ぐらいに席に着いて、新宿のタワー・レコードで買ったばかりのローリング・ストーン誌をパラパラ見たりしながら、始まるのを待った。

昨年2月~3月にかけて新宿で上演されていた「おじぎ30度オン・ステージ」と同シリーズのこの舞台は、脚本・演出も同じく散歩道楽の太田善也さん、メインキャストの高橋愛、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな、土岐田麗子の他にも、同じ役者さんがたくさん出演されている。前作はファミリーレストランのガストが舞台だったが、今回はスポーツクラブ。これはこれで独自の作品として楽しめるが、前作を見ているとより楽しめる設定やセリフも多数用意されている。

去年の「おじぎ30度オン・ステージ」、また、「シンデレラ the ミュージカル」もそうなのだが、もちろん1つの作品として全体も見ているのだが、どうしてもお目当ての道重さゆみの一挙手一投足ばかりに注目してしまうというところがあった。今回ももちろん、道重さゆみ扮する地井ルルカちゃんを一番見ていたが、1人1人のキャラクターが魅力的で、より全体を楽しめたような感じがする。メインキャスト以外のキャストのみなさんはやはりさすが本職という感じで、見事なのだが、メインキャストの5人についても、脚本・演出の太田さんがそれぞれをより知ることが出来た結果か分からないのだが、それぞれの異なった個性や魅力がふんだんに発揮された設定やセリフになっていたと思う。

「ハロモニ@」放送終了からすでにしばらく経ち、歌番組以外でモーニング娘。を見る機会もめっきり少なくなってしまった訳だが、そのせいもあり、私の中で亀井絵里ちゃんの存在感というのがかなり無くなってしまっていた。元々初めに好きになったメンバーだったり、歌声は一実は番好きだったりもするのだが、最近はもう、道重さゆみの親友というイメージしかなくなっていた。しかし、この「おじぎでシェイプアップ!」においての亀井絵里は、天性のコメディエンヌとしての才能が迸っていた。ぽけぽけぷーとか適当とか言われるキャラクターは、私の個人的な趣味嗜好からすると、あまり好みの種類のものではなく、ゆえに、亀井絵里に対する興味関心も失せていた訳だが、この舞台においては、それらの自然体の要素が、すべて癒しの笑いへと昇華していた。

そして、リーダーの高橋愛ちゃん。正直、私はモーニング娘。だとかハロー・プロジェクトだとかの音楽とかヴィジュアルとかに触れる場合、なんというか、不安定な思春期特有のゆらぎといったものを求めている部分があり、そういう意味では、アーティスト志向のかっちりキマった大人っぽい楽曲だとかにはさほど魅力を感じていなかったりする。高橋愛ちゃんというのは、歌も上手いしとても優等生的なのだが、それゆえにいまひとつ自分にとってはあまり面白さが分からないようなところがあった。古くからのファンの方々は加入当時のキャラクターがかなり面白かったという話をされるのだが、モーニング娘。をちゃんと見始めた時がすでに7期加入後という私には、その頃のことはさっぱり分からない。確かに「ヤングタウン土曜日」などで急に方言が飛び出したり、お化け屋敷の企画で野太い声で絶叫したりするのはとても面白かったのだが。しかし、この「おじぎでシェイプアップ!」において、高橋愛ちゃんの魅力をかなり感じた。真面目でしっかりしているが、ちょっと抜けているところがあると、そういうキャラクターであることは、道重さゆみのラジオなどでも度々語られてきたのだが、この舞台を見て、そういう部分が少しは分かったかもしれないような気がしたし、実際にとても好ましく思った。

そして、これは告白するのだが、舞台終盤の高橋愛の演技で、実は私は今回涙がこぼれたのだ。いまだに信じられないのだが、本当にその演技、セリフにじーんときてしまい、感動した。そして、これは私にははっきり見えたのだが、あるセリフのピークの所で、高橋愛の瞳の奥もキラリと光った。

田中れいなちゃんは実は前回の「おじぎ30度オン・ステージ」では一番面白いと思っていたのだが、今回も男勝りのはっちゃけキャラが全開で爽快きわまりなかった。あと、今回、「おじぎでシェイプアップ!」の公式ブログなんていうのもあるが、これがすごく面白い。道重さゆみは「ポケモー。」でもおなじみの更新頻度の高さと文章の面白さ、ファン心理をよく理解した画像の選択などが見事なのだが、田中れいなのブログもまた面白い。まず、文章でも方言丸出し。そして、何かフリを作っておいて、裏切るようなことを書く。それからカッコ付で、「○○って言うと思ったっちゃろ」などと書くツンデれいなぶりがすごく面白い。ブログでいうと、亀井絵里の更新頻度が極端に少ないというのもらしくていいのだが、その数少ない更新の文章の内容がとても面白い。構成も上手い。さらに、道重さゆみが嫌がるように、わざと普段呼んでいない「しげ」などという呼び方で統一していたり、この舞台と一緒にブログも終わってしまうのは実にもったいない。ぜひ継続すべき。

道重さゆみ演じる地井ルルカは、真骨頂のピンク大好きブリブリキャラな訳だが、これについては、もうかなり完成されている部分が大きい。発声や所作などを含め、そもそも道重さゆみ内で固まっているキャラクターを演じるのに格好の役となっている。今後は道重さゆみが内包するダークサイドを含めた、多面性を生かした役作りがされると、まだまだ可能性は無限にある。一部のファンはインターネットのある場所に集って猟奇キャラとかの妄想を勝手に暴走させているが。

トッキーこと土岐田麗子さんも脚が長くクールビューティーな外見とギャップがある微天然系なところが魅力的だったり、ハロプロエッグの2人も可愛くしっかりとやっていた。アフタートークで太田さんに今後の抱負を聞かれ、「抱負とは?」などと聞き返していて、微笑ましいななどと思っていたのだが、かと思えば、「プラス思考」だとか「思考回路」なんていう難しい言葉を混ぜながら自分の言葉で話す。あれだけの歓衆を前にして臆することなく、はんにゃの「は?」ゲームをやったりというのもすごい度胸だ。終演後は散歩道楽の役者の人達が出てきて、劇団のTシャツやチケットなどを手売りしていた。ブログを見ると、それぞれ他のキャストとの交流もかなり楽しそうだ。中でも特にキャラが立っている平田敦子さんは、道重さゆみに顔にシールを貼られたり胸をもまれたりしたことをブログで告発したり、嫌がっているのにわざと「しげさん」と呼んだり、最終的には「道しゲロゲロさゆみ」などと呼んでいる。また、田中れいなは村上東奈さんとかなり仲がよくなったようで、2人で食事に行ったばかりか、ついには自宅にまで呼んだりしている。

久しぶりに実物の道重さゆみを生で見るという目的は十分に果たすことが出来た訳だが、これ以外に、作品自体も普通に楽しめたし、まさかの感動もあったし、高橋愛、亀井絵里、田中れいなといった私にとって推し以外のメンバーのファンが、どこに魅かれているのかというのが、何となくではあるが、分かったような気がした。そういった意味で、トータル的に私にとって実に収穫の大きい体験であった。

2009年6月10日 (水)

ひさびさブログ。

邪悪な敵との死闘ゆえにこのところ「今夜もうさちゃんピース」「Sleeping with NME」といった定型記事以外に更新も出来ず、せっかくいただいた数少ないコメントにも返答出来ず、全くもって申し訳ない。しかも、最後の定型外記事が真野恵里菜関連であった為に、ひょっとしてあらぬ嫌疑をかけられてはいやしまいか、などと余計な心配をこじらせてもいたりします。いやいや、そんな事はけしてございません。

「ヤングタウン土曜日」も毎週欠かさず聴いているし、出演したテレビもくまなくチェック、「おじぎでシェイプアップ」ブログも欠かさず読んでおります。道重さんのネタに事欠かず、実に好ましい日々な訳です。ブログの画像もねえ、化粧をしていないいわゆるスッピンを載せてみたり、なんかリカちゃん人形みたいなのが背景に写り込んでいるいる自室っぽいやつだとか、実にファン心理を分かっているなあ、という秀逸さに驚くばかり。素晴らしい。あとはテレビもどんどん出る番組がメジャーになっていって、先週なんかは公式ホームページの情報を鵜呑みにして「レッドカーペット」録画していたんだが、実は出演は翌週だったなんていう件もあった訳です。

だが、しかし、何かが足りないような気がしていたのだが、それは昨年の「シンデレラ the ミュージカル」以降、テレビやパソコンのモニターや写真以外の、実物の道重さゆみに会えていないということなのだろう。凱旋コンサート3日前の福山市民文化会館だとか常盤公園の桜とかを見に行ってもけして埋められないものとは、つまりそれである。依然として土日祝しか開催されないコンサートには行くことができず、かつては平日のラジオ公開放送なんかに行っていたものだが、テレビ出演が増えたせいか、ここのところそういうのも他のメンバーが出るようになってしまった。そこで、「おじぎでシェイプアップ」ですよ。

例によって予定が全く立たず、常時流動的であるがゆえ、前売りはリスクが大きすぎて買うことが出来ず、しかし、先週の「今夜もうさちゃんピース」エンディングの告知だとかブログだとかでもういてもたってもいられず、ダメならダメでいいやと思い、インターネットなる文明の利器を利用して、定価を何千円か上回る価格でそこそこ前の方のチケットを購入した訳だが、いざダメになった時を想定して、あまり楽しみにしない事にしていた。しかし、昨日ぐらいになっていよいよ行ける事が濃厚になってきた為、じんわりと興奮状態が押し寄せている訳だ。

やはり、実物の等身大の道重さゆみという美そのものをしっかりと感じてだね、それによって、その基準から見たところの正しさというものをしっかりと志向していく、そういうタイミングとも丁度合致している訳だ。まあ、くだらん妄言があたかも正しいかのように増長して罪のない人達を苦しめるような現状を打破し、本当に充足した生を生きる方法とはいかなる事なのか、という命題はこのような状況であるがゆえに真に考える契機に巡り合えるというか、このような思考や試行の為にこそ、状況はつくられたといっても過言ではない。

「お試しかっ!」のような安っぽいお色気が幅を利かす今日のビッチ的芸能空間において、自分の信念を曲げずに果敢にうさぴょん語で挑んだ道重さゆみに、私は感動した。

そもそもなぜハロー・プロジェクトだとかアイドルだとか芸能人だとかにほとんど興味の無い私の心を、道重だけが揺さぶることが出来るのか。それは、不器用に葛藤するそのこと自体が美であるという概念、それを私は「さゆみん」と定義付け、「卒業-さゆみんに向かって」というブログを立ち上げた訳だが、つまりはそういう事に違いがないのだ。そして、いよいよ正しさと偉大さを目指すべく助走は終わり、血湧き肉踊るショータイムな訳だが、その区切りとしても、銀座という場所で道重さゆみの存在をしっかりと再認識するのはいい機会だと思う。というか、おそらく神がそのようにセッティングしたに違いない。

2009年4月27日 (月)

ヤングタウン土曜日2009年4月25日放送分。

実況スレッドでかなり盛り上がっていたというのを読んで、音源聴くのを楽しみにしていたのだ。土曜夜はもちろんリアルタイムで聴きたいのだが、根本的な生活に直結するリアルな事情により、どうしてもそれは叶わない。モーニング娘。コンサートを観覧できないのも同じ理由による。つまり仕事があるってことなんだが。それで、だいたい1日遅れで聴くことになる。何も前情報ない状態で聴いた方が面白いんだろうが、どうしても我慢できずに実況スレッドをまとめ読みしてしまう。中でも今週はかなりの盛り上がり、しかもそれが道重さゆみを中心にしていたと。

実況スレッドで話題になっていたのは、道重さゆみの「音楽に音程があることを知らなかった」発言、さんまの「タイプなのはアップフロントでいうと道重」の告白、そして、「どえらい爆弾」こと道重さゆみが番組の最後の最後でMBSのことを間違えてABCと言ってしまった件、の大きく3つだった。しかし、実際に聴いてみると、これ以外にも面白い点がたくさんあり、大いに笑い、大満足の90分間であった。ラジオって面白いな、というのを再認識した。

番組冒頭のトークは、さんまの芸能界交友録ともいうべき内容のことが多いが、今週もフジテレビの斉藤舞子アナウンサーが泥酔した時のエピソードを面白おかしく話していた。そこから、お酒の話などになった。また、吉本新喜劇の話題があり、高橋愛は福井県時代にテレビでよく見ていたというが、道重さゆみは見た記憶がないという。西日本では放送しているはずだが、道重の家はお笑い番組をあまり見せてもらえない家だったのか?とさんまが問いかける。そうすると、土曜日曜はお父さんの仕事が休みで、毎週のようにどこかに遊びにつれていってもらっていたので、あまりテレビを見るような感じではなかった、と答える。お父さんと遊びにいったのはいつぐらいまでかという問いには、小学6年生ぐらいまで、それでは、中学生からはどうやって過ごしていたのかと、どんどん質問される。中学校からは部活をやっていて、テニス部だったのはファンならば誰しも知るところ。この「ヤンタン」でも何度か話題になっているのだが、例によってさんまはすっかり忘れている。テニスという単語に反応し、軟式か硬式かなどと聞いてくる。道重さゆみが軟式だと答えると、残念そうに、オレがいまさら軟式やってもしゃあないもんな、などと言う。一緒にやるつもりだったのか。ここからヘタすぎて1人だけ試合に出させてもらえず、スコートに憧れて入ったのに履く機会が無かったという流れにいつもならばいくのだが、今回はちょっと違っていて、1年の終わりからはもうモーニング娘。に入っていた、13歳から19歳までやっているのはすごい、ソロの歌をもらうまで随分かかったな、という流れになる。

ここからいつか音痴が治ると言われていたがなかなか治らなかったと道重さゆみが言ったことにさんま、ショージがバカ受け。愛ちゃんも最初にオーディション時の映像で歌を聴いた時に驚いた、学校の先生も道重さゆみの歌を聴いて、「コーヒーを噴いた」と言っていた、テレビに映る他のメンバーがみんな唖然としていた、など爆笑トークの数々。「音痴が歌手になろうと思っちゃあかんやろ」というようなことを言われ、「さゆみは歌を歌いたかった訳ではなくてモーニング娘。になりたかったんです」。また、前述の歌に音程があると思っていなかった、歌というのはただ歌えばいいと思っていて、音を取るとか意味が分からなかった、ピアノでモーニング娘。の曲が弾けることを知って驚いた、など神発言のオンパレード。さんま、ショージ大爆笑で、愛ちゃんもノリノリ。めちゃくちゃ面白い。

何かの番組につんく♂が出演していたらしく、お笑い芸人が好きなハロプロメンバーを答えていたらしい。石川梨華、藤本美貴などの卒業メンバーの名前が多く挙げられていたようだが、高橋愛を挙げる芸人も1人いた。しかし、道重さゆみの名前は挙がっていなかった。こういう内容のリスナーからの投稿があり、さんまとショージなら誰がタイプかという話になる。ここで、さんまが色々と名前を出して悩んだ末に、「モー娘。のメンバーでいくと...誰やろな...やっぱり道重」と笑いながら言い、道重さゆみも「わー、よかった。嬉しい」と喜んでいたいうのが、前述の内容。しかし、実際に放送を聴いてみて分かったのだが、道重さゆみはこのテレビ番組を見ていて、自分の名前が上がらなかったことを切なく思っていたようで、ここでさんまが思案している間、ずっと自分の名前を出してと言わんばかりにさんまとショージのい顔をガン見していたらしいのだ。その後、「きれいになった」「仕草もすごく可愛くなってきた」「この頃女っぽくなってきた」など、さんま、ショージから大絶賛の嵐だったのだが、「あんたちょっと見過ぎ」「ちょっと怖かった」などと笑われてもいた。こういう負けず嫌いなところ、いいなあ。

また、さんまが「セックスするなら...とかでもいいの?」と言い、ショージが「先生...それは抜きでお願いします」と制止するが、さらに輪をかけて、さんまが「掛けた?抜きと?」と言い、ショージが「掛けてみま...ちゃうがな。コラ」というお決まりのパターン。これを聞いた道重さゆみが「あはははは」と笑い、愛ちゃんが小声で「笑っちゃった」。さんまが「笑うたらアカンよ、いまのとこ。お前、アイドルとして」と指摘し、「いや、この雰囲気が面白くて」と言い訳。この流れ、めちゃくちゃ面白い。ここで、道重さゆみが「抜き」の意味を知ってるとか知らないとか、知ってるからどうだとか、そういうことをいまもやっている人達もいると思うのだが、人それぞれ色々な楽しみ方があるということだ。

「道重親方のコーナー」では、愛ちゃんのコメントが素っ気ないと言われ、道重ばかりほめるから機嫌を悪くしているのではないかという流れになる。そこで、高橋はファンも多いし可愛いのは分かり切ってるから、などとさんま、ショージ、道重さゆみがフォローを入れるが、「何がですか!」「何でですか!」などとちょっとキレ気味で面白かった。

最近はさんまも普通にAVの話などを何の遠慮もなくガンガンしているが、この日も連発していて、思わず笑ってしまった道重さゆみに対し、「お前、何、AVで過敏に反応してんねん」「してないですよ、そんな」「そんなら分かった、オレ、見たら捨ててるからあげるわ、そしたら」「いらないです」。何だ、この流れ(笑)。これ以外の所でも「AVに過敏に反応して」「してないです。見たことないですもん」などというやり取りがあったが、完全にちょっと気がある女子に対する健全な少年のアプローチそのもの。いや、一昨年はさんまアンチ的なことばかり書いていた私だが、いまでは好きで仕方がない。

そして、最後のプレゼント宛先を読むところで、MBSをABCと間違え、最後の大爆笑。さんまも「30年やってきてMBSとABCを間違えたヤツは初めて」。慌てふためく道重さゆみを見て、ショージが「さゆみん可愛い」と言うが、「可愛いじゃすまされないです。本当にすいません」。面白すぎる。

他には「ダイジョウブ」とか「何がや?世田谷」とかのさんま定食ネタを道重さゆみと愛ちゃんがやるというのもパターン化していて、なかなか面白い。特に愛ちゃんが最近かなりいい役割を果たしている。この4人が創り出す雰囲気が面白くて仕方がない。この番組、以前はファンが胃を痛めてストレス溜めながら聴いて、聴いた後も悔しかったり可哀想だったりして眠れなくなるような番組だったのだ。そして、以前にこの番組のアシスタントを務めていたメンバーのファンからも、ヤンタンとは昔からそういうものだと言われていた。さんまが、番組中で、道重さゆみのオーディションからソロ曲を勝ち取るまでをドキュメンタリーに出来るなどと言っていたが、この「ヤンタン」の道重さゆみレギュラー起用から現在までも十分ドキュメンタリーになりうると思う。鉛筆投げ事件とか親方の呼び名を受け入れるまでとか、色々あったな。とにかく、何か気分がすぐれない時とかがあれば、この日の放送を聴きなおすといいかな、と思えるぐらい、私にとっては最高な内容だった。道重さゆみ本人には、本当に存在することそれ自体に感謝の気持ちが絶えない訳だが、その魅力を最大限に引き出してくれた、明石家さんまさん、村上ショージさん、高橋愛ちゃん、ABC...じゃなくてMBS毎日放送のみなさんにも多謝である。

2009年4月20日 (月)

フォトテクニックデジタル5月号。

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写真が趣味の人を対象にした技術的な雑誌であり、普段の私には全く縁がない。しかし、道重さゆみが表紙&グラビアということで、当然迷わず購入した。

このことを知ったのは、巡回しているある田中れいなファンの方のブログでだったのだが、そこに貼られていた表紙の写真を見て、とにかくその大人っぽい表情と雰囲気にハッとした。その時から買うのを楽しみにしていたのだが、さらに数日後、早めに入手できたファンの方がグラビア写真をキャプチャしてインターネット掲示板に貼っていたのだが、それを携帯電話の画面で見て、その美しさにまた感動した。購入しようといくつかの書店を回ったのだが入手できず、帰宅してから正式な発売日が今日、4月20日月曜日であることを知った。

毎週月曜日は道重さゆみが卒業した中学校からそう遠くない会社の本部のようなところで会議があるのだが、開始が午後からということで、十分本屋さんに寄れる。この雑誌がどのぐらいの規模のお店なら在庫してあるのかすらよく分からなかったのだが、とりあえず自宅最寄駅前の新座書店には無かった。そして、会社がある駅を降りてすぐのBOOKSフレンド明大前店に入り、ホビー雑誌売り場に行くと、棚に数冊陳列してあった。道重さゆみ単体の表紙が並んでいるという、そのこと自体にテンションが上がり、そのままレジに持って行って精算。しかし、そこからはロングランの会議なので、中身をじっくり見るわけにもいかない。そして、早くこれを見ることを最大の動機づけにして1日を過ごし、やっとこさ帰宅して、食事も済ませた。

表紙以外にグラビアが9ページ。どれもこれも美しい。目次までが道重さゆみなのだ。いや、息を呑む美しさとは、まさにこのこと。赤いワンピースで川沿いの道にたたずむ写真は、風になびく髪とスカートの裾、白い脚と顔の表情が芸術的なバランスを保っている。見開きのもう片方はじっとこちらを見つめるまなざしがクールに熱い。これはヤバい。そして、ページをめくると、おそらく靴のかかとに手をやりながら、こちらを見つめている写真。この警戒したような、それでも興味がありそうなアンビバレンツな感じが、もう素晴らしすぎる。もう片一方は表紙と同じ白い服でうつむき加減の表情。こういうアンニュイな感じもいいなと思いつつページをめくると、同じ服装で超絶笑顔ですよ。これはもう私が思う道重さゆみのピュアでいたずらっ気があり臆病で甘えんぼで、それでも芯には何か強いものがしっかりとあるというイメージを際立たせたかのような表情であり、このような体験がたかだか1,100円払ったぐらいで出来るのだという事実に驚愕した。天国は地上にあるのか、実はこの写真は天国にて撮影されたのか、それぐらいの素晴らしさである。

また、最後のページに短いインタヴューが載っている。こういうグラビア記事についているインタヴューというのはたいしたことがない場合が多いし、読者も別にそこには期待していない。しかし、これは短いながらなかなか面白く、内容も興味深い。まず、このフォトテクニックデジタルという雑誌について、以前に亀井絵里が載っていて羨ましく思っていたことなどを語っているが、同じく以前に掲載された真野恵里奈については、よく似ていると言われるから自分でもいいんじゃないかと思ったなどと言い、笑いを取っている。さすがさゆさんや。

しかも、インタヴュアーの方に「とにかくトークが絶品に面白いさゆみちゃん」とか「さゆみちゃん、今度「さゆみ語録」という本を出しませんか?」などと書かれている。めっちゃ絶賛やないですか?この雑誌、初めて買ったのだが、こんなにファンが嬉しくなるようなことばかりいつも書いてくれているのだろうか。素晴らしい。プロの仕事だ。

他にも、コンサートで自分の色のTシャツを着たファンが他のメンバーを見ていると嫉妬するだとか、ジュンジュンとキャラが被っていて、髪型なども似ていて、ファンのブログなどで見間違えられたことを知ると、「個性が死んじゃった」「”一瞬のさゆみ”を見てもらえなかったな」とショックを受けるとかいうことも書いてある。これに対してのインタヴュアーさんのツッコミというか合いの手みたいなコメントも小気味よくて面白い。また、二十歳になったらお母さんとビールが飲みたいとか、二十歳になった時の目標とかも語っているがこれもまた面白い。インタヴューの現場がすごく楽しく、インタヴュアーさんもつい愉快になって面白コメントを書いちゃっているという状況が想像できる。

そして、なぜだかこのインタヴュアーさんは「そのキュートな顔立ちに似合わず、「腹黒キャラ」が定着してるけど」とかサラッと言っちゃっていて、これに対する道重さゆみの自己分析がまた面白い。シンはすごくイイ人だが、覆い被さっているものが黒く、しかしよく見せたいからその上にもう一枚薄っぺらい”イイ人”が被さっている、つまり、真っ白→真っ黒→薄っぺらい白という構造になっていると。そして、本当に分かってくれる人は、シンの真っ白な部分まで分かってくれていると。そう、そういうことなんだよ。本当にさゆさんはよくファンのことが分かっていらっしゃる。この間の、「笑激!ワンフレーズ」において、ショートコントを見た感想として、「みんなが理解してくれなくても、1人でも分かってくれる人がいてくれれば、それは大きな力になる」というようなコメントをして、司会の千原ジュニアを感心させていたのを思い出した。

トータル的にこれは実にいい雑誌。カメラのテクニックなどには一切興味がない私だが、他にも美しい風景やきれいな女性などがたくさん載っていて、見ているだけでかなり楽しい。まあ、きれいな女性については、私に関しては道重さゆみ以外に一切興味がないので、あくまで一般論としての感想に過ぎないのだが。ファンならば絶対に買うべき至高の1冊である。

2009年4月 2日 (木)

宇部と桜など。

前の記事の続きである。

とりあえず時間がもったいないので、持ち物を全部バッグに突っ込んで、ホテルをチェックアウトした。それにしても最後までシャワーのお湯が温かったな。昨日とはうって変わっての快晴であり、絶好の花見日和である。何せ昨日はヒョウが降るぐらい冷え込んだらしいから。テンション上げて携帯電話で電車の時刻を調べると、ちょうど宇部線新山口行きが出るところ。どうやっても間に合わない。仕方がないので、エムラ跡地のバス停のところまで歩き、時刻表を見ていると、「常盤公園経由」と書かれたバスがやってきた。ツイてるぜ!即これに乗り込んで、数分間で目的地到着。

いやー、素晴らしい。さすが日本の桜100選に選ばれているだけのことはある。今年は開花が3月22日と例年よりも早かった為、4月まで持つか心配していたんだが、天候不順の為に突然失速し、今週末に満開とのこと。ちょうどさくらまつりに合わせてきたような感じだ。広い公園敷地内の至る所に桜が咲き誇っている。昨年はここが桜で有名だなんてことを全く知らずに訪れて感動したのだが、午後からの暴風雨でノートパソコンとiPodが壊れ、画像を収めたデジタルカメラはWindowXPでしか取り込みが出来ない旧タイプのものだったから、いまだに取り出せないでいる。今回も前日の流れからして嫌な予感がしたのだが、十分に堪能することができた。平日の午前中ということで人も少なく、ホットドッグだとか焼き鳥だとかの屋台も一切営業していなかった。この最高の桜を見ながら飲んだり食べたりできたら言うことないだろう。この週末はかなり盛り上がりそうなので、凱旋コンサート参加者で時間に余裕がある方にはぜひおすすめである。桜のライトアップは夜10時まで。周南市文化会館のある徳山からは新幹線化か山陽本線の電車に乗って新山口で下車。そこから宇部線に乗り換えて、常盤駅で降りる。駅前に大きな地図があるので、それを頼りに徒歩約15分というところ。

ところで、昨夜に買った地元山口県の日本酒が少し残っていて、持ち歩くのも面倒だし捨てるのはもったいないしで、実は朝、ホテルを出る前に全部飲んだのだ。それが次第に回ってきはじめて、頭がグラングランしてきた。愚の骨頂である。とりあえず公園を出て、常盤駅周辺を散策することにした。ちょうど今週の「今夜もうさちゃんピース」で話題に出たペンギン村も訪ねてみた。青い表示はあるものの、どう見てもただのアパート群にしか見えない。他に何かがあるのだろうか。そして、お姉ちゃんとねずみ花火をとばしていたであろう海の方にも行ってみた。

昨日、常盤駅にいつもいた背の低いおじさんがいないなと思ったのだが、知らないうちに無人駅になっていたのだ。昨日は気が付かなかったがとても寂しい。常盤駅を初めて訪れてから1年半ぐらいのオレですらこうなのだから、地元住民の方々はかなり寂しい思いをしているのではないだろうか。事務所のように使われていた室内は空っぽになっていて、在りし日の鍋島の写真だとかカッタ君のことを手書きで書いた紙なども無くなっていた。その前はいろいろなキャラクターの小さな人形なども置いてあって、何とも味があったのだ。どのような事情かは定かでないのだが、当分営業を休むというふうに、宇部新川駅長名義で告知されていた。前回訪れた時に、最後にここの窓口で切符を買っておいてよかった。初めて訪れた時には、ホームから海の方をデジカメで撮影するオレに、いろいろと話しかけてくれた。このように記憶の中の好ましい人達は、ある日急に会えなくなってしまう。だから、悔いが残らないようにしなくてはならない。

電車が来るまで40分ぐらいあったが、酒が回ってきたのと何だか眠くなってきたのとで、ベンチに座ったまま仮眠することにした。どこからかラジオ体操の音楽が流れてきて、おばあさんが腰を曲げて畑仕事をしていた。宇部線の電車がホームに入ってくる音で目が覚めた。宇部新川行きに乗ると、珍しく若者、というか私服の女子中学生がたくさん乗っている。まだ春休みなのか、何かの事情で学校が休みなのか。ブランドとは無縁の垢抜けないながらも、何とかお洒落に可愛くしようという服装に、何とも懐かしい気分になる。かと思えば、ギャル路線を狙っていると思しき女子も見られるのだが、ナチュラルにこっち系をやっている子がいないせいか、サングラスとか服装とか、明らかにやり過ぎになってしまっている。この辺りも同じく地方都市出身者のオレにとっては懐かしい感じがある。電車の端と端を行ったり来たり何度もしている者もいれば、何かの話で大声で盛り上がっているグループもいる。かしましい方言がかなり盛り上がっている。そして、宇部岬駅で一斉に降りる。向かう先はどうやらみんなフジグラン宇部みたいだ。洋服を見たりゲームセンターでプリクラを撮ったりフードコートでアイスクリームを食べたり、宇部の女子はこうやって休みの日を過ごすのだろう。フジグランの中では、同じように男子のグループもよく見かけた。

宇部全日空ホテルの前にあるベンチに腰かけたジャズマンの演奏を猫が聴いている彫刻は、オレの実家がある北海道旭川市の買物公園にもある。

フードコートで、めん蔵というファーストフード風ちゃんぽん屋さんの明太ちゃんぽんと牛すじがのっかったご飯のセットを食べた。今回の目的で果たせなかったのは下関の太い辛子明太子だが、せめて明太子が入ったメニューだけでも食べておこう、という気持ちの表れ。ショッピングセンターのフードコートらしい味わいであった。

最後は山口宇部空港まで歩き、土産物などを物色しつつ、午後2時35分の東京行きで帰ってきた。

それにしても、この街はオレにとって一体何なのだろう。道重さゆみの姿や声や話は、オレに美を認識させてくれるが、間違いなくこの街はそれを生み出す上で重要な地ということで、意味がある。しかし、もはやそういうこととは関係無しに、とにかくここに流れる空気感であったり時間感覚であったりが、オレにとってひじょうに重要なものになりつつある。不思議だが本当だ。

4月4日土曜日に周南市文化会館に行かれるみなさんは、ぜひぜひ思う存分楽しんで、盛り上がってきていただきたい。オレには何もできはしないが、気持ちだけはそこに行っている。

そして、動画。

動画

いよいよ山口凱旋コンサートが今週末に迫っている訳だけれども。

4月4日土曜日、道重さゆみにとってもファンにとっても待ちに待ったモーニング娘。の山口県でのコンサートが、周南市文化会館で開催される。先週の「ヤングタウン土曜日」でも、おじいちゃんやおばあちゃんが見に来る、おじいちゃんからメールが来た、などとはしゃいでいて、実に微笑ましかった。また、先週末にKRY山口放送で放送された「山口発見!Tokyoツアー!Ⅲ」においてもコンサートの告知、及び、道重さゆみの出番はとっくに終わっていつにもかかわらず、「泣いちゃうかも」がエンディング曲として流れたりしていた。

これは実におめでたいことである。だが、しかし、土曜日というと、オレにとっては毎週やんごとなき事情により、いつものコンサート同様、何がなんでも参加することができない。残念無念である。しかし、やはりいてもたってもいられない訳で、またしてもよく分からない初期衝動だけで、旅立ってみたりはした訳である。

まあ今回は視察旅行という表立っての目的はあったものの、よりによってこのタイミングでこっち方面をチョイスする辺りに意図的なものを感じずにはいられない、というか、絶対にそうだろ、という話。

水曜日にもかかわらず「今夜もうさちゃんピース」の抜粋書き起こしができなかったのは、前の夜が月の末日であった為に、いろいろとやっつけなくてはならぬ案件があったからなのだが、実のところ、こっちの準備というのもあった。さっき、ホテル室内で4時半ぐらいに起きて仕上げたので、この下の方ぐらいに上がっているはずである。もう、なんか、常盤駅とかペンギン村とか普通にラジオで言っちゃっているな。どのあたりまで書いてもいいのか、いつも悩んでいいたりもするのだが。

さて、そんな訳で、結構明け方近くまで片付けなくてはいけない案件と格闘していたものの、仮眠をしてしまっては予定のフライト時刻に間に合わない予感がしたので、シャワーだけ浴びて、午前4時半ぐらいに仕事場を出た。荷物を整理していたら、昨年12月のツアー時のものがいろいろと出てきて、その中に飛行機の座席が書いた紙があった。搭乗前に携帯のバーコードをかざすと出てくるやつだ。裏側がマクドナルドのクーポン券になっていて、なんと、ビッグマックとポテトMとプレミアムコーヒーのセットが当たっている。駅前のマクドナルドが24時間営業だったので、ちょうど小腹が空いていたこともあり、こりゃいいやと思い、レジカウンターにて引き換えを行った。そこで気付いたのだが、この時間帯は客席の営業はしていなくて、テイクアウトのみだったのだ。仕方がないので、駅の隅の目立たないところだとかホームの目立たないところふだとかで、人に見られないようにして食べた。しかし、これがかなりのボリュームで、早朝から寝不足と胃もたれに苛まれるという、やや嫌な感じでスタートした訳である。

電車の中で仮眠をとりながらも予定通りに華麗に乗り換え、羽田空港へ。定刻通りのフライトとなった。前回のように霧で着陸できずに福岡まで行くということはなかったが、突風の影響で約10分遅れの9時25分ぐらいに空港に到着。ここからもしっかり下調べをしていたので、すかさず周南市文化会館に向かう。まず空港バス停から新山口行きの高速バスに乗車。まったく知らなかったのだが、このバスは常盤駅入口にも停まるのだ。おなじみの風景を眺めながら、30分ぐらいで新山口に到着。周南市文化会館の最寄駅である徳山へは、ここから新幹線で1駅、もしくは山陽本線で数駅。時間短縮を優先する為、新幹線に乗る。車中で携帯サイトを開こうとするものの、断続的にトンネルがある為に、ままならず。駅とかでは新しい広島市民球場の広告がすさまじい。徳山に着いて、駅前のバスターミナルで文化会館に行くにはどれに乗るかを尋ねると、初老の案内係の方が地元の訛りで丁寧に教えてくれた。徒歩だと20分ぐらいかかるらしく、荷物も重かったので、タクシーでも仕方がないと思っていたのだが、すぐにバスが見つかってよかった。南陽工業高校のセンバツ甲子園出場を祝うのぼりがあちこちにある。道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」内「クイズ!ヘキサゴン」において、よく「徳山県」という誤解答をするのは、ここのせいなのだろう。

バスには地元の老夫婦が乗っていて、その地元の言葉と桜の花びついて話している内容に大いに癒された。5分程度で周南市公会堂前に着いた。すぐ近くには動物園や公園もある。桜鑑賞も十分できる。公会堂の案内図を見ようとすると、そこに「プラチナ 9 DISCO」ツアーのポスターも貼ってあった。公会堂内にも入ってみたかったのだが、あいにく休館日だった。3日後にここに多くの人が集まり、感動のステージが繰り広げられるのだと想像してみた。バスで駅まで戻り、程よい寂れ加減の商店街なども散歩してみたかったのだが、とにかく時間がそんなにないので、電車で移動。新幹線が当分無かったので、山陽本線でまったりと行く。昔懐かしい座席が向かい合うタイプの電車だった。ここでも地元の人達の言葉や話に癒された。新山口から宇部線に乗り換える。なんというか、ひじょうに懐かしい感じというか、乗客1人1人の自然で素朴な佇まいがすごくいい。もちろん東京もそれぞれみんな個性があるのだが、ある一定のコードというのか、それがなんか根本的に違うのだ。お年寄りはの杖には名前が書いたシールが貼ってあり、何やらいろいろな物が入ったビニール袋から小さなノートブックを取り出して、何かを確認している。色白の若い女性が弁当を食べている。眼鏡をかけたおかっぱ頭の女性は、グレーのセーターの上から真珠の大きなネックレスをしていて、弟なのかいとこなのかよく分からない男の子からちょいちょい起こされている。途中で乗ってきたジャージを着た女子中学生達の素朴な感じが、懐かしさを感じさせる。別の駅から少し派手めの女子2名が乗ってきたところ、一瞬彼女達の会話が止まり、微妙な空気が流れる。近くの座席に座ったが、1駅行ったところで、車両の反対側に移動し、またグループの会話が弾み出した。床波駅から常盤駅に着く手前で、左手の窓に海が急に現れる。

常盤の駅にいつものあの背の低いおじさんはいなかった。もしかするとこの前のように、中で映りの悪いテレビを見ながら歯を磨いていたのかもしれない。まったりと散歩をし、空港でフグの形をしたチョコレートを買う。以前、道重さゆみが「ヤングタウン土曜日」にお土産として買ってきた「ときめいて山口」というチョコレートは、いつの間にか見なくなった。あと、道重さゆみが言っていた下関発祥の太い辛子明太子である。明太子といえば福岡のイメージが強く、道重さゆみが言っていた発祥という言葉もいつもの言い間違えだと思っていたのだが、調べてみると、どうやら初めての明太子は下関の前田商店で作られたのが最初なのだという。しかし、福岡にも言い分はあるようで、現在は山口と福岡の間で、あまりどちらが起源だというようなことを話題にしないようにしているらしい。この、どうやら辛子明太子の元祖であるらしい前田商店は、現在では前田海産という屋号になっているが、ここの明太子は山口宇部空港内の売店でも売っている。しかし、思うに、道重さゆみが言っている太い明太子というのは、おそらく唐戸市場の中にある林商店のものではないだろうか。ここの商品は、宇部市内の土産物屋などで見つけることが出来なかった。前田海産のものはそれほど太いという感じはしない一方、林商店のものは、インターネット上で見る限り、明らかに太い。確証はないが、こっちではないかという気がするのだ。しかし、今回はさすがに唐戸市場までは行けないので、こちらは断念。

そして、もう1つの課題である回転寿司だ。空港から宇部新町行きのバスに乗り、またしても地元の老夫婦の会話に癒された訳だが、コジマとかフジグラン手前で右折してしばらく行ってしまった為に、下車して徒歩にて戻ることになった。フジグラン2Fのしらき寿しかその近くにある寿司遊学で食べようと思ったのだが、すでに午後3時前ということもあり、しらき寿しには客が1人しかいなく、寿司遊学の方はそもそも外から中が見えない。1人で回転寿司屋さんに入る習慣など一切無いオレは完全にビビり、もっとお客さんが多い時間帯に再チャレンジすることにした。そろそろホテルにチェックインしようと宇部岬駅方面へ向かって歩いていると、ラーメンの一久が見えてきて、腹も空いてきたので、ここでラーメン定食を食べた。やはり店内に立ちこめる濃厚な豚骨スープの匂いはあまり得意ではないと感じたが、食べはじめるとあっという間に平らげてしまった。

フジグラン前からバスに乗り、ホテルにチェックイン。少しくつろいだり仮眠をとったりしようと思ったのだが、シャワーの水が温かったりiTunesがiPodと同期できなかったり、かと思えば窓に雨が打ちつける音がしたり、さまざまなマイナス要因が一気に押し寄せてきた。昨夜放送の「今夜もうさちゃんピース」をiPodにインポートして聴くという計画が頓挫し、かといって時間もムダには出来ないので、午後5時ぐらいにホテルの部屋を出た。

今回はときわ公園で夜桜見物でもしようと思い、その為にフジグランで酒とかそういうのを買おうとしていたのだが、どうやら山口県内では4月1日からレジ袋が完全に有料化したらしく、といっても5円ぐらいなのでたいしたことはないのだが、なんというか罪悪感のようなものがあり、かといってノートパソコンとか着替えとかでパンパンのバッグにはあまりスペースに余裕も無かったので、一旦先にホテルにチェックインしたのだ。ホテルの近くに井筒屋もあるしそこで買えばいいかとも思っていたのだが、こちらはあいにく定休日。バスや電車もいつ来るか分からないので、フジグランまで歩いた。しらき寿しにはまだ客がほとんどいなかったので、入る勇気が出ず。1階食品売場で、地元の永山酒造の男山という酒と宇部かまの蒲さしを買った。そこから更にときわ公園に向かって歩いている途中で雨が降り出した。草江の近くのローソンで傘を買おうか迷った末に、どうせすぐ止むだろうと思って買わなかったのだが、全く止まず、コンビニもときわ公園入口のセブンイレブンまで1軒も無い。雨は降るし風も強いし、暴風雨でノートパソコンとiPodが壊れた昨年の悪夢がよみがえってきた。今回はホテルに置いてきたので心配は無いが。やっとこさ公園入口に着き、折りたたみ傘を買って園内へ。提灯は灯っているものの、真っ暗でさっぱり分からん。それでも花見している人たちが結構いたし、正門前にも地元の若者達が集まっていた。雨は止まず、傘が反り返るぐらいに風も強い。早々に退散し、常盤駅方面に歩くも、ショートカットのつもりがどうやら完全に道に迷ってしまったらしく、民家の裏側や畑のところの道など、真っ暗な中を傘も飛ばされそうになりながら歩く。なかなか迷路感覚で楽しかった。

電車もなかなか来そうになかったので、結局またフジグランまで歩いた。地元の人じゃなきゃ分からないと思うが、これ、相当の距離である。すると、なんと、フジグランの向かい側にある寿司遊学の中が見えるようになっていて、結構お客さんが入っている。これならば勇気を出して入れそうだ。一応、フジグラン2階のしらき寿しも見てみたのだが、こっちは閉店30分前ということで、小心者のオレとしては、これはもう無理。寿司遊学の方は閉店までまだ1時間半あったので、こっちに入る。あまりお皿が流れてこなく、自分で注文する必要に迫られて少し緊張するが、とろ、いか、貝柱といった無難なものに交えて、道重さゆみの大好物であるあなごなども勇気を出して注文してみた。お店の方は優しく丁寧に、次から次へと頼んだものを握ってくれた。毎日、宇部の魚市場から直送しているらしく、ほとんどが1皿126円という価格でありながら新鮮でおいしい。当り前だが、10皿で1260円である。安いなあ。もうさすがに歩く気はしないので、フジグラン前に停まっていたタクシーで宇部新川駅へ。この女性運転手さんとの会話がまた楽しかった。出張のサラリーマンといういつものキャラ設定を行ったが、ネイティブの宇部方言の方と会話できる感動は大きい。ちょいちょい知っている限りの宇部ネタを盛り込んだりもした。今回の表向きの目的であるマンガ倉庫の視察を行ったが、更にパワフルに面白くなっていた。こういうのやりたいなあ。すぐ近くのTSUTAYAは改装の為、3月31日をもって一旦休業とのこと。中で従業員の方々が撤収作業のようなことを行っていた。セブンイレブンで東京では買えないアイスのブラックモンブランだとかを買って、ホテルに帰った。iPodの同期を何度か試みるがうまくいかず、こんなことをやっている時間もないので、iTunesで「今夜もうさちゃんピース」を聴きながら抜粋書き起こし。さすがに疲れが押し寄せてきて、途中で寝る。4時半に起きて、シャワー浴びて再開。デジカメから動画取り込んだりこの記事書いたりしていたら、あっという間にこんな時間。今日は仕切り直してときわ公園に行ってみて、あと表向きの用事もちょっと済ませて、午後のフライトで東京に戻る。

とりあえず、動画。


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