03.道重さゆみ

2014年11月25日 (火)

夢を見た。

聴きたいラジオがあるわけではなかったが、雨が降っていたので、仕事から徒歩で帰ってきた。iPhoneで音楽すら聴きたい気分ではなかった。世界は不条理と理不尽で溢れているが、たとえそうであったとしても、自分らしさを失わず一生懸命全力で頑張る姿は美しいと、道重さゆみに出会って思い出したのは、そのような感覚であった。そして、それはいまも変らない。

11月26日の横浜アリーナでのコンサートをもって、道重さゆみがモーニング娘。’14から卒業してしまう。それだけではなく、芸能活動も休業となる。

その日の夜、私はどのような精神状態なのかまったく想像がつかないのだが、当日は感謝だけの安らかな気持ちで臨みたいと思っていた。だからそれに向けていろいろ整えていたこともあったのだが、やはり嫌な予感や兆候をまったく覚えずに生活することは難しく、むしろそれはリアルでも切実でもないわけで、果たしてそういうものを目指しているのかという疑問も感じ、そもそも道重さゆみに出会ったのはそのようなことのためではないわけで、私はやはりささやかなブルーズを心に抱えながら、横浜アリーナに向かうだろう。

帰宅して妻の手料理を食べながら、パソコンで道重さゆみのアメーバのブログを開いた。テレビはほとんど観ないのでよく知らないが、最近、スカパーの道重さゆみが出演するCMがよく地上波でも流れているらしい。このタイミングで道重さゆみのブログなどを開いていることが気づかれると、まだ道重さゆみを好きなことがバレて、明日は何か理由をつくってその時間に外に出ていることの理由が勘繰られるリスクを秘めている。この思いは本気なので、人に気づかれたくはない。それはとても勿体ないことだ。

「にゃ~お」というタイトルの記事がアップされて間もなかったようだ。コメントが1つも反映されていなかったからである。卒業を翌日に控えているが、全然実感がわかないらしい。昨日までの方がわいていたということだ。

私もそんなことを考えていた。というか、腹をくくったという感じである。あと24時間もしないうちにその時は訪れるので、もういまさらジタバタしても仕方がない。感謝の気持ちでその時を受け入れるのみである。そして、私にできる限り最高のテンションで卒業をお祝いしたい。

道重さゆみ流にいうと、どうにか自分の力を発揮して、スペースシャワーTVプラスで放送された「モーニング娘。‘14 道重さゆみ卒業記念スペシャル スぺシャでうさちゃんピース!!!」を観た。ラジオブースのような所でしゃべる道重さゆみを2時間ひたすら撮り続けるという、夢のようなプログラムであった。これまで「今夜もうさちゃんピース」で聴いてきた、道重さゆみのトークが映像つきで楽しめたわけだが、それはあまりにも慣れ親しんだ感じであり、本当にあと数日間でこれが終ってしまうことなど、信じられなかった。

そして、翌日には「今夜もうさちゃんピース」の最終回を聴いた。今年からradikoプレミアムがはじまり、サービスエリア以外のラジオ放送がクリアにリアルタイムで聴けるようになった。これは私が「今夜もうさちゃんピース」の最終回を聴くためにできたサービスなのではないか、とすら思った。また、道重さゆみの卒業コンサートが日曜日でも祝日でもなく水曜日なのも、私の仕事の休日に合わせてくれたのではないかと、半ば本気で信じている。どうかしているね。

「今夜もうさちゃんピース」最終回は1時間拡大版だったが、最終回ということでしんみりしすぎないように、道重さゆみが意識してあえて普段通りのテンションでやろうとしていた。このあたり、「ヤングタウン土曜日」で注入された明石家さんまイズムを感じたりもして、カッコいいと思った。つんく♂からのサプライズの手紙が読まれ、「シャバダバ ドゥ~」が流れ、もう何百回となく聴いたエンディングの音楽が流れた。さらに「妄想セクシーワード」のコーナーさえやってしまう。私は翌朝も早くから仕事だったため、ノートパソコンの電源を落し、iPhoneでradikoを聴きながら、油断して布団に入っていた。

しかし、最後の挨拶で、やはり道重さゆみは泣いてしまった。「今夜もうさちゃんピース」といえば、やはり泣きである。道重さゆみというリアルな表現者のシリアスなドキュメンタリーにふさわしいエンディングであった。ありがとう。私ももちろん布団の中で泣いた。

夢だったのではないかと思う。道重さゆみのことである。

中学生の頃、中島みゆきの「あした天気になれ」という曲が深夜のラジオから流れるのを何度か聴いていた。中島みゆきは特に好きでもないが、この曲の歌詞にある「何ンにつけ 一応は絶望的観測をするのが癖です」という部分には共感できるなと思った。さらに、「わかりのしな望みで 明日をのぞいてみたりしないのが癖です」と続く。

道重さゆみは「今夜もうさちゃんピース」最終回の最後に、「またいつか、あなたのハートにうさちゃんピース!おやさゆみん」と言った。

道重さゆみのこれまでの活動には感謝しかなく、ただただ今後の道重さゆみのしあわせを祈らずにはいられない。それが、もう二度と私の前に姿を現すことがないことならば、それでもいい。これは本当である。

しかし、なぜかそれを「絶望的観測」であると認識しているところもある。

だから、道重さゆみとは夢だったのである。でなければ、不在という現実に耐えることができない。それはまるではげしい恋のようでもある。

このような思いをまたすることになろうとは。

夢は生きることに展望をあたえる。その感覚を現実のものとすることが、目的となる。これが道重さゆみになりたい、私は私の道重さゆみを生きるということである。

つまり、そういうこと。

道重さゆみとは、夢である。その一つの終りを、横浜アリーナに目撃しにいく。

夢はまた何度でも見られるし、更新される可能性がないわけではないが、それは神のみぞ知ることであり、私たちにはどうすることもできない。

また、心理学者は言う。夢とはわれわれの欲望がつくりだしたものだと。

道重さゆみとは私が生きたいと思った人生、欲しいと思っていた世界のすべて、だからこれからは自分自身でやっていくしかないのだ。そのために道重さゆみは卒業する、と半ば本気で信じている。どうかしているね。

それを確認するために、横浜アリーナに行く。ありがとう、道重さゆみ。感謝しかない。

2014年5月 1日 (木)

「物語」の彼方に。

デーモン・アルバーンのソロ・アルバム「エヴリデイ・ロボッツ」はメランコリックかつエクレクティックな好ましい作品であり、昨夜はiPhoneのMusic Unlimitedアプリケーションにダウンロードしたこれを聴きながら寝ようとしていたのだが、やはり道重さゆみについて何か書いておきたいと思い立ち、ふたたび起き上って、ノートパソコンの電源を入れたのだった。

このようなことが2日続けて起ったので、今夜は何か書いてから寝ることにした。

さて、会社が明日からゴールデン・ウィーク休暇なので、何やらふわふわしていて楽しげであった。街もなんだかそんな感じだ。私は冬期休暇すらけっきょく1日も消化できないまま、気がつけばこの季節になってしまったのだが、もちろん明日も仕事である。

道重さゆみのモーニング娘。’14卒業のことはわりと世間一般的にも知られているらしく、卒業コンサートにはぜひ休みを取って行くように、ということをわざわざ言われたりもした。

道重さゆみのライトなファンとして最も後めたいこと、それはモーニング娘。のコンサートに一度も行ったことがないことに尽きる。

ラジオ番組の公開録音や生放送、トーク・イベント、舞台「おじぎ30度」シリーズやいまはなき新宿コマ劇場での「リボンの騎士 the ミュージカル」など、道重さゆみやモーニング娘。を観に行ったことは何度かある。

それでは、なぜコンサートには一度も行っていないのかというと、ハロー!プロジェクトのコンサートはだいたい土曜日や日曜日や祝日に開催されていて、当時、私は仕事の都合でどうしてもそのような日に休みを取ることができなかったからである。舞台やミュージカルは平日にもやっていたので、行くことができた。ゆえに、山口県のいわゆる聖地巡礼などには何度も行っているくせにモーニング娘。のコンサートには一度も行ったことがないという、極度に歪なファンとしてのペルソナが形成されたのである。

かつてはモーニング娘。の新曲が出れば必ずCDを買っていて、抽選でイベントに参加できる券なども封入されていたのだが、日程が当っても行けない日ばかりだったので、応募していなかった。「気まぐれプリンセス」の時にたまたま平日開催だったので、1枚だけ買ったCDシングルで応募したらまんまと当り、それがいままでたった一度だけモーニング娘。のパフォーマンスを観た機会であった。

それから、いまやその気になればコンサートなどにも行ける環境になったわけだが、その頃にはすでにきわめてライトな在宅ファンに成り果てていた。

最近、社内にBerryz工房の清水佐紀と℃-uteの岡井千聖を推しているという若者がいることを知り、コンサートに誘われたりもしていたのだが、いよいよこれは本気で考えなければいけない、というか、じつはいま最大の目標だったりもするのではないか、という気がする。

さて、今日も道重さゆみのアメーバブログを読んだ。卒業発表があった山口県でのコンサートの後で更新された記事で、床に寝転んだひじょうに良い表情の画像が公開されていたが、新たに公開された「力作!!」という記事では、それの別カットが掲載されていた。そして、床に敷かれていたのは何枚ものポスターに道重さゆみ自身が文字を書いたりしたものであり、その制作中のメイキング的写真も公開されている。何が見たいかよく分っているな。

道重さゆみが卒業を発表した場面をじつはまだ見ていなかったのだが、今日、ネットパトロール中に動画を発見したので、観た。やはり感動的であった。ファンが企画したサイリウムを用いてのサプライズ的な企画に対し、感謝をしながらも、ネットで見て知っていたので驚きはしなかったとか、もっとうまくできないかなと思った、などと、ファンが期待する天使の毒もしっかり織り交ぜていて、完璧であった。

それから、アメーバブログに「幽霊!?」という記事が上った。今日の東京は良い天気だったらしい。一日中会社の中にいたので、まったく分らなかった。やはり道重さゆみは、卒業発表をした山口県でのコンサートで出せるパワーを使いきった感があるらしく、体力が取り戻っていない感じで幽霊みたいな気分だったと、それがタイトルの意味である。それからめちゃくちゃ寝たので、体力が取り戻ったらしい。

そして、「幽霊!?」というタイトルからは想像しなかった、ものすごく美しい晴れ着姿の写真が掲載されていた。

モーニング娘。’14としての道重さゆみの活動は秋コンサートの最終日まで続くが、おそらくそれについては疾走モードで行くのだろう。そこで、アイドル・道重さゆみ伝説はピークを迎える。

現在、道重さゆみを道重さゆみたらしめているのは、その物語性、つまりモーニング娘。に憧れる山口県の田舎の、可愛いけれど地味でさえない女の子がオーディションに合格し、晴れてメンバーになるが、そこからは思うようにいかない苦難の日々もあり、それらを乗り越えてリーダーにまでなり、セールスも復活させたという、簡単にいうとそんな感じなのだが、語ろうと思えば一晩中語れるぐらいの、それはもう美しいストーリーなのである。

それはまあそうとして、逆にいうとその物語性ゆえに必要以上に神格化というか偶像化されすぎているということもあり、私のブログなどはまさにそういう路線なわけだが、だからこそコンサートにも行ったことのないライトな在宅ファン風情が肥大化したファンタジーで語りがち、というかこれはまったくもって私自身のことなのだが、それの限界というのはもちろんある。だから、モーニング娘。'14としてであれば、コンサートにこそその実の部分はあるわけで、物語に依存せず、真にそのリアルな強度を感じるには、やはりこれを体験しなければいけないだろうと、やっと本気で行く気になったいまさらにしてこのようなことをのたまう自身のご都合主義かつ適当さ加減に目眩すら覚えるのである。

つまり、いまは秋まではモーニング娘。’14を全力でやるとして、そこで伝説はピークを迎え、その後のことをいまは語ることすら不謹慎なぐらい道重さゆみは本気なのだと思うのだが、一方でものすごく頭がよくて鋭い子なので、意識的にせよ無意識的にせよ、その後の行き方というのもビジョンはあるのだと思う。

この晴れ着写真の美しさというのは、まさに物語に依存しない強度の獲得という、その後の道重さゆみを予見させるものではないか、というのはやはりお得意のこじつけかつ深読みしすぎなのだろう。

おやさゆみん。

2014年4月30日 (水)

全開で行こうかな。

道重さゆみがモーニング娘。’14からの卒業を発表してから1日経ったが、ここ数年間は極度にライトな在宅ファンとしての活動にとどまっていたのにもかかわらず、分不相応にマイルドな放心状態が通底している。

昨日、iPhoneのスクリーン上でその事実を知り、平静を装ってそのまま会社員生活を送っていたのだが、通りかかったときに某女性社員から「ニュース見ました?」と聞かれ、ああ、なるほどあのことかと思い、まあおそらく今日だろうという気はしていたし、別にショックでもない、と少し嘘をついた。でも、道重さゆみが卒業したら知ってるメンバーいなくなっちゃいますよ、とか道重さゆみは可愛いから一人でもだいじょうぶですよ、とかひじょうに適当なことを言っていた。道重さゆみ以外のモーニング娘。’14は誰も知らないと言っていたので、乃木坂46なんて一人も知らないでしょと言うと、二人ぐらいは知っていて、それは生駒里奈と白石麻衣だと言われた。

それにしても、道重さゆみのことがこのレベルで知られているということも、つい数年前から考えるとものすごいことではあるのだ。Yahoo!トップにも何度も載っていた。

「今夜もうさちゃんピース」の聴いていない回がいくつかたまっているのだが、モーニング娘。’14卒業を発表したことが前提ではない時期、つまりこれまでに放送されたすべての回については、何だかリアルタイム感が希薄すぎる気がして、いまはあまり聴く気が起きないので、次の「今夜もうさちゃんピース」を聴いてから聴くことにしたい。

アメーバブログの「発表」という記事を読んだ。感動的であった。約二年前にリーダーになってから、お世話になったモーニング娘。に恩返しがしたい、その恩返しとはモーニング娘。をたくさんの人に知ってもらうことである、という自覚と目的意識が、グループ初のシングル5作連続第1位や武道館コンサートを現実にした。

卒業のことは二年前ぐらいから意識していたという。いま、道重さゆみはモーニング娘。’14卒業後について、どのようなビジョンを描いているのであろう。懐かしのモ娘(狼)板のスレッドを流し読みしていると、もしかすると芸能界も引退してしまうのではないかとか、「今夜もうさちゃんピース」やブログも終ってしまうのか、とかそのような憶測もあるのだが、ブログでは今日からがまた新たなスタートなどと前向きな言葉が綴られている。そして、床に大の字になっている画像、卒業発表という緊張の一瞬から解放された感じが出ていて、ものすごく良い。

モーニング娘。’14からの卒業は秋ツアー最終日であり、それまでにモーニング娘。’14リーダーとして、ここからが本当の恩返しであり、できる限りのことをしたい、とも書かれている。

いまのこの前向きな感じというのは、このモーニング娘。’14卒業をゴールとしたものであるのかもしれないし、その後をも見据えたものなのかもしれない。われわれにはただ勝手な推測をすることぐらいしかできない。

いずれにしても、残りあとわずかとなったモーニング娘。’14の道重さゆみを、刮目して見て、感じていかなければという、そのような気分に追い立てられている。ピークに向ってのぼりつめていく感じである。

きわめてライトな在宅ファンに過ぎない私が言うのもおこがましいが、この長い人類の歴史の中で、道重さゆみにリアルタイムであった幸運を私はものすごく誇らしく、嬉しいことに思う。だから悔いがないように、全力でいきたい。「全開でいこうかな」とは、モーニング娘。第6期オーディションの番組冒頭で、道重さゆみが放った一言である。あれから歴史の扉がひらいた。われわれは歴史の目撃者である。生き証人なのだ。これを後世に伝えるべく、もっと熱く、はげしく、である。

おやさゆみん。

2014年4月29日 (火)

好きすぎてつらい。

最近は早寝早起きを心がけているため、今夜も一旦床に就いたのだが、iPhoneのイヤフォンから流れるヤー・ヤー・ヤーズの「ゼロ」が、道重さゆみ単体出演のローカルテレビ番組を観るために宿泊した名古屋のホテルを想起させ、やはり今日は何か書いておこうと思い、ふたたび起床して、ノートパソコンの電源を入れたわけである。曲はザ・ヴァーヴの「ヒストリー」にかわっている。

祝日も企業で作業こと、会社で仕事だが、iPhoneのタイムラインに流れる大森靖子のツートで、本日が道重さゆみの凱旋コン、つまりモーニング娘。'14が道重さゆみの故郷である山口県でコンサートを行う日だったのだということを知った。これはやはり行くべきだったのではないか、などということを思ったが、その気になれば行けないこともなかったにもかかわらず行かなかったのだから、まあそれは仕方がない、というようなことも思った。

数年前、やはり山口県で道重さゆみの凱旋コンサート、つまり道重さゆみの故郷である山口県でモーニング娘。がコンサートをやるということがあった。この時、私は仕事をどうしても当日休むことができなかったのだが、私にできる限りの精一杯をやろうと、その週で仕事を休むことができた日に山口県へ行き、そのコンサートが週末に開催される会場の前まで行くという、自己満足以外の何物でもないような行動を取った。もちろんときわ公園の桜見物などもした。

数ヶ月前に道重さゆみのラジオ「今夜もうさちゃんピース」で、大森靖子という日本のシンガー・ソングライターのことを初めて知った。何でも道重さゆみの大ファンであり、道重さゆみに捧げた曲を発表しているのだという。その曲、「ミッドナイト清純異性交遊」が番組でかかった。その時は歌詞があまり聴き取れなかったのだが、後にインターネットで歌詞を読み、大森靖子本人による曲解説も読み、その熱さと本気ぶりに圧倒された。すぐにiTunesでアルバム「絶対少女」を購入し、以来、大のお気に入りになった。

ずっと私が生涯で最も好きなアルバムの2TOPは岡村靖幸「靖幸」(1989年)とフリッパーズ・ギター「カメラ・トーク」(1990年)が不動だったのだが、それらを凌駕するお気に入りぶりである。このアルバムはカーネーションの直枝政広がプロデュースしているのだが、少し前にミュージック・マガジンから出た「日本のロック&ポップス・アルバム名鑑 1979-1989」で、岡村靖幸「靖幸」を絶賛しているのも直枝政広であった。ちなみに、私が岡村靖幸「靖幸」のCDを買ったのはおそらく1989年7月13日、つまり山口県宇部市で道重さゆみが誕生したその日であった。

日曜日、お昼頃から妻と恵比寿の東京都写真美術館にロバート・キャパの展覧会を観に行くことになっていた。朝5時台に起きてhuluで「ブレイキング・バッド」の続きを観たり、NMEのストーン・ローゼズ特集を読んだりしていたのだが、だいたいの用事がひと段落すると、やはりYouTubeで大森靖子の動画を探して観たりしていたわけである。カンニング竹山が司会の番組で、大森靖子が道重さゆみの魅力について熱く語る、というものがあり、その中で、「ミッドナイト清純異性交遊」の歌詞の中にときわ公園が出てくる件について、ときわ公園とは道重さゆみの実家の近くにある公園であり、これは私のストーキングの成果であるというようなことを、明るくポップに語っていた。

道重さゆみはただ可愛くておもしろいアイドルやタレントというだけではなくて、本当に生きざまそのものが芸術であり、そういうことが語りたくて、以前はブログを書いていたりもしたのだが、大森靖子のようなそういうことをちゃんとマスメディアで言ってくれて、その本人の作品じたいもものすごく優れているというか、本人そのものが作品という道重さゆみイズムを体現している人が世に出てきて、ものすごく嬉しいと思ったのだが、と同時に私は別にブログだとかそういうものだけではなく、やはり一人の人間として自分自身の道重さゆみを生きるべきなのだな、ということを改めて思ったのである。

渋谷から恵比寿までは歩いた。駅前のサンクスは、いまも変わらずそこにあった。何年か前の「今夜もうさちゃんピース」で、道重さゆみが清算後に釣銭をぶちまけて恥ずかしい思いをしたと語っていたコンビニエンスストアは、おそらくここにちがいない、などと当時の私は悦に入っていたのだが、もちろん今回も妻にそのエピソードは話さなかった。

大森靖子のツイートを読みながら、それでもやはり今回はもしかすると道重さゆみにとって最後の凱旋コンサートになるのかもな、というようなことを思ったのだが、午後になって道重さゆみがモーニング娘。’14からの卒業を発表したことを知った。

そろそろこの日が来るのではないかという気がしていたし、私は別に加入時からモーニング娘。の道重さゆみを知っていたわけではないし、AKBに寝返ってハロプロを叩いていることになっていた時期もあるし、いまはライトファンを自称しているだけにすぎないので、ちゃんとしたファンの人たちと同等に何かに深く感じ入る資格も能力も無いのだが、それでも何だかいてもたってもいられないというのはあり、いかんともしがたいわけである。

でも、やはりモーニング娘。’14であろうとなかろうと、やはり道重さゆみをこれからもライトに追いかけていくのだろうし、それだけにモーニング娘。'14の道重さゆみをちゃんと見て、感じておかなければならないと、何やら強迫観念めいたものにすら駆られなくもないのである。

好きすぎてつらい思いが久々に襲ってきているのだが、私は明日も私の道重さゆみを生きるために、道重さゆみに近づくために、今夜も勇気を出して寝るのだ。おやさゆみん。

2014年2月 7日 (金)

リゾナント ブルー。

道重さゆみのブログで、「Girl Pop」という雑誌にモーニング娘。’14が載っているということが書かれていたので、帰りに書店に行ったのだが、あいにく見つからなかった。自宅の近所も数軒回ってみたのだが、見つけることができなかった。残念である。

ところで、先日、道重さゆみと飯窪春菜がゲスト出演したダイノジのラジオ放送を聴いたのだが、そこで、杉田という名前を耳にした。スベリーマーキュリーなどとも呼ばれていた。もしかして、あの杉田さんなのだろうかと思い、インターネットで調べたところ、やはり思っていた杉田さんに間違いなく、とても嬉しく思った。

2007年頃はそれまでほぼ興味が無かったモーニング娘。にまさか今さら魅かれていき、ものすごい勢いでさまざまな情報を吸収していたのだが、そんな中で「朝まで生!番組制作部」という番組があった。番組といっても確かテレビではなく、インターネット配信か何かだったのではないかと思う。ハロー!プロジェクト関連の番組にも関わっていた両角誠プロデューサーや、ハロー!プロジェクト好きの芸人が何人か集まり、色々なトークをしていくという内容だったのだが、モ娘(狼)板の有名固定、れいなじる氏の自宅を襲撃するなど、なかなか楽しいことをやっていた。

よく出演していたのはポテト少年団のおじきこと菊地智義、トレンディエンジェルの須藤敬志、ふゆきじる、そしてこの杉田宗弘などであった。ある回では、当時、「ハロモニ@」で赤チン国王の声をやっていた平成ノブシコブシの吉村崇が出演し、モーニング娘。のメンバーの中で最もお笑いのセンスがあるのは誰かとの質問に、「ダントツで道重ですね」と答えていた。伝説の「小学生クイズ」を皮切りに道重さゆみが単体でバラエティー番組に出演するのは、これから1年以上も後のことであった。

杉田宗弘は当時、ビンゴというコンビで∞ホール等に出演していたと思う。オレンジ色のジャケットを着て、「生理的に受け付けてね」などと言っていた。℃-uteの岡井千聖を推していて、インパルス堤下敦のトークライヴ的なものに呼ばれて、ヲタ芸を披露したりしていた。早稲田大学出身でルックスもわりと良いと思うのだが、好きでこういうことをやっているという部分に、はげしく引っかかりを感じた。なぜか気になって、その後も動向を気にしたりしていたのだが、ビンゴ解散後にモダンボーイモダンガールという男女コンビを組み、それも解散してこんにちは計画というコンビで活動しているところまでは知っていたのだが、スベリーマーキュリーのことは知らなかった。

ブログを見ると、去年のハロー!プロジェクト重大ニュースがまとめてあり、これは本当に役に立った。

吉村崇が「ダントツで道重」と言ったのは2007年10月27日の放送だったということが、たった今、確認できた。モーニング娘。の「みかん」が発売される、約1ヶ月前である。この前のシングル「女に 幸あれ」からジュンジュン、リンリンが加入し、モーニング娘。は9人体制になるが、この曲では全メンバー中、道重さゆみにだけソロパートが与えられなかった。「みかん」では、「おんなじ ことじゃん」というただそれだけのソロパートが道重さゆみに割り当てられただけで、ファンは大喜びしていたものである。

「みかん」は道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」においてこの年の重大ニュース第1位に選ぶほどお気に入りの曲だったが、セールス面では苦戦し、モーニング娘。結成以来初めてオリコンTOP5入りを逃すことになった。

次のシングル「リゾナント ブルー」が出るのはそれから約5か月後の2008年4月だったが、この曲において、道重さゆみのソロパートと呼べるのは、曲の合間に入る吐息のようなものと、「ヘルミー!」という叫び声だけであった。

この時点で道重さゆみは「今夜もうさちゃんピース」と「ヤングタウン土曜日」というラジオ番組でトークの実力が認められてきていて、さらにソロのDVDや写真集が出るなど、歌やダンスといったモーニング娘。活動以外の場所で、独自の評価を勝ち得てきていた。

「リゾナント ブルー」の時に、「音楽戦士」という深夜のテレビ番組に出演していた。MCはキングコングと青木さやかであった。トークにも十分な時間をとっていただき、当時のモーニング娘。にしては、かなり良い扱いだったと記憶している。ここで、道重さゆみは自分に歌割りが少ないことを自虐ネタへと昇華し、「つんくさん♂歌割りください」などと訴えて、爆笑を呼んだ。さらには久住小春の教育係は嫌でやめた、ストレスで眉毛をめっちゃ抜いたという告白、そして、私が「今夜もうさちゃんピース」で聴いてファンになった小学生の頃はダンゴムシが友だちだったというエピソードなど、ラジオで聴いて知っている道重さゆみのおもしろさが、深夜とはいえ、ついにテレビで流れた記念すべき神放送であった。

ちなみに私は当時、この放送を観た興奮を「道重さゆみのダンゴムシトークをふりかえる。」というタイトルで、ブログに綴っている。(※いま布団の中で読み直していて気付いたのだが、これは「音楽戦士」当日を観てではなく、その前週の予告を観ての期待を綴ったものだった。当日の感想も確かに書いたのだが、今は上っていないようだ。というか、過去のブログのほとんどをこっちで復活させたものと思っていたのだが、特に昔のものはごっそり抜けていることに、さっき気づいた。元のテキストは全部保存してあるはずなので、近日中に全部まとめて復活させようと思う。カテゴリーも今のは訳が分からないから、ちゃんと整理する)

後のキャラクターを前面に出した道重さゆみ、及び現在のモーニング娘。'14の路線というのは、この時のおもしろさの延長線上にあるような気もする。

また、音楽面においても、先日、大谷ノブ彦が「オールナイトニッポン」において、現在のモーニング娘。'14を絶賛した上で、あえてこの曲をかけたように、「リゾナント ブルー」のカッコよさは現路線の原型のようにも感じる。

それにしてもこの曲を聴くと、亀井絵里と道重さゆみの公開ラジオ出演を観覧するために、千葉県の流山おおたかの森S・Cなんていう所まで行ったことなどを思い出す。あと、この4月にも確かフィールドワークと銘打って、道重さゆみを育てた町、山口県宇部市を訪れたが、暴風雨に見舞われてノートパソコンが完全に壊れたため、宇部市内の自遊空間でブログを更新したことなどもあった。いろいろな思い出が詰まった「リゾナント ブルー」を、いままた完全な肯定感と共に聴けるのが嬉しいね。

2014年2月 4日 (火)

うさちゃんピースを世界に。

先週金曜日に生放送された「ミュージックステーション」でモーニング娘。'14が紹介された時に、道重さゆみはカメラの向うの視聴者に向け、ガッツポーズのようなものしながら、マイクが声を拾っていないにもかかわらず、「頑張ります」と言った。その場面がもう本当に好きすぎて、挫けそうなことばかりの日常で、もう何度も脳内再生している。

その翌日に放送された「新チューボーですよ!」における道重さゆみも素晴らしかったという評判なのだが、もったいなくてまだ観ていない。とにかく「ミュージックステーション」のあれが幸せすぎて、何度も噛みしめている昨今である。

やはり「頑張ります」という感じでいきたいな、と思うのだ。本来そうしたいと希求している自分の魂が道重さゆみを探し求めた、と言っても過言ではない。

まあ、リアルな日常、本気の日常においてはクソッタレな事象も多々ある訳で、泣き言やクズトークで煙に巻いてそのまま逃げ出したい気持ちで、いつもいっぱいである。しかし、それではいったい道重さゆみのどこに憧れ、追い求めていたのかが、全く説明がつかない。

私が道重さゆみ原理主義者からライトファンに移行した理由というのは、もちろん依存症からの脱却だった訳だが、当時は私は私の道重さゆみを生きなければならない、などとよく分らないことを言っていたものである。

モーニング娘。の世間一般的な人気もかなり下火になり、場末感すら漂いかけていた印象の2007年あたり、何が私を道重さゆみ原理主義者にせしめたかというと、それは明らかにリアルな実態として感じることができた肯定感である。カメラを通さない生身の道重さゆみを、私は灼熱の大阪城公園で観ていたが、その時、私はずっとその場所にいたいと思った。驚いたことに生きていることにそのような感情を抱いたことが、それまでもうしばらくの間なかった。もうそれはおそらく永遠なのだろうとすら、半ば信じていた。

公開放送が終り、道重さゆみは目の前からいなくなり、新大阪方面へ向かう電車の中で、私は泣いた。たったいま再確認した肯定感と、その時点での私を取り巻くものすべてとの間に、あまりにも大きな落差があることに気が付いたからである。

道重さゆみのラジオを聴き続けていると、わりとちょっとしたきっかけでネガティヴ入りがちな部分も多分にあることがよく分る。それでも、前へ進んでいく。その行動、言動からいつも大きな勇気をもらった。空回りの毎日が続いている時も、信じてることを忘れてはいけないと思わせてくれた。いつも道重さゆみ以上の真実はなかった。

ある日気が付いたのだが、私はメディアで活躍する道重さゆみの姿に自己を投影し、一喜一憂していただけなのかもしれない。2010年春から夏にかけてぐらいの時期、何をあんなにもイライラしていたのか。「ポニーテールとシュシュ」あたりから一気に加速するAKB48人気に対し、どんどん内に籠っていくイメージがあった当時のモーニング娘。と取り巻く一部のファンたち。私は道重さゆみのことを書き綴っていたブログを休止し、2ちゃんねるのモ娘(狼)板には「元道重ヲタの『生きる』氏がAKBに寝返ってハロプロを叩いている件」なるスレッドが立った。しかもあれは確か完走して、2スレッド目まで立ったのではなかったか。

あれはもう本当に危機的な状況であった。依存症もほどほどにしないと本格的にまずいと思ったのだ。

今後、ワールドワイドな国際的な市場を相手にしたビジネスに携わることに、私はなりそうな訳だが、それは道重さゆみが示してくれた道を信じて歩いてきたからに他ならないと思っている。なぜ私がこのような方向性を望んだかというと、様々な事情もあるにはあるが、根底には世界平和への希求がある。これは、道重さゆみの「うさちゃんピースを世界に」という思想とも相通じるものだろう。

今日、真夜中近くに仕事から帰ってきて、妻が食事の支度をしてくれる間、iPhoneで道重さゆみのブログを読んだ。とにかく眠くて仕方がないらしい。ずっと寝ていられる赤ちゃんがうらやましいと言ったところ、母親から「さゆちゃんにも赤ちゃんの時があったやん」と、当り前すぎることを言われて何も言い返せなかったらしい。「何も言い返せなかったよ~(笑)」という言い方もものすごくかわいい。救われる。

深夜の歌番組とラジオ「今夜もうさちゃんピース」は、心身共にゆとりがある時に最高のコンディションで鑑賞したい。今日は明日のために寝る。今も私は道重さゆみになりたいと思っているし、私は私の道重さゆみを生きようと、日々思いながら暮らしている。そして、それは以前よりもうまくできているように思える。それをとても嬉しく思う。だから、ガッツポーズをつくって、「頑張ります」と言ってみるのだ。

おやさゆみん。


2014年2月 1日 (土)

モーニング娘。'14

モーニング娘。は今年からモーニング娘。`14に改名し、今後、その年の数字が入ることになったので、来年はモーニング娘。'15になるのだと、モーニング娘'14のリーダーである道重さゆみがタモリに説明していた。1月31日に生放送された「ミュージックステーション」の番組中のことである。

日本の代表的歌番組の一つであるこの番組に、モーニング娘。は何年間も出演していない期間があったようなのだが、昨年、久しぶりに出演し、その時、多くのファンはとても喜んでいたようである。

今回、「ミュージックステーション」生放送数日前に、道重さゆみが体調不良のため、ブログの更新もなくイベントも欠席するということがあった。しかし、「ミュージックステーション」では完全復活し、グループが紹介された時には、声をマイクが拾っていないにもかかわらず、カメラに向って「頑張ります」と言っていた。あれはただ「頑張ります」ということだったのかもしれないが、心配していたファンに対する復活の報告だったのかもしれない。

道重さゆみのことをブログに書かなくなってからも、ラジオを聴いたりブログを読んだり曲をiTunesストアで買ったりと、ライトファン的な活動はしていたのだが、今回のこの「頑張ります」のポーズと表情には、何か忘れていたものを思い出させてくれるような小さな感動があった。

もちろんその後のパフォーマンスも素晴らしかった。アップデートされた「LOVEマシーン」と、新曲「WHAT is LOVE?」のメドレーであった。モーニング娘。もことを好意的に観はじめたのが2006年の「Ambitious!野心的でいいじゃん」の頃というきわめて中途半端なタイミングであり、いわゆる黄金期のことはよく知らない。もちろん流行のムーヴメントとして認知はしていたのだが、その只中にはいなかった。そのため、モーニング娘。のライヴDVDなどを観てもやはりこの黄金期の楽曲たちが後半の良いところで連発されることが多く、それがかなり盛り上がってはいるのだが、私個人的にはあまりノリ切れないさびしさを感じてはいた。

しかし、このアップデート版は、確かに同じ曲ではあるものの、ものすごく新しく感じる。過去を継承はしているが引きずってはいない、という感じである。よく分らないが。特に今回の「ミュージックステーション」では道重さゆみのアップが多数映っていてひじょうによかった。道重さゆみのソロ・パートは以前から加工されがちで、この曲によってもそうなのだが、いわゆるEDM(Electric Dance Music)調のサウンドにはよく似合っていて、不自然さを感じさせないばかりか、むしろしっくりきているように感じる。

そして、新曲の「WHAT is LOVE?」である。道重さゆみがリーダーになってからのモーニング娘。はもちろん応援したかったし、曲もiTunesで買ったりはしていたのだが、このいわゆるEDM路線がじつはあまりしっくりきていなかった。しかし、いまやそのしっくりこなさ、つまりサウンドとメロディーがかなり普通ではない融合のしかたをしていて、その変態性がむしろ気持ちよくなりはじめ、さらにはものすごくカッコいいとすら思えはじめている。

そこへきてさらにテレビ出演時の映像においては、道重さゆみのとめどない美しさが加わるのだ。

あと、飯窪春菜メンバーは以前からわりと好ましく思っていたのだが、ここにきてくどぅーこと工藤遥がものすごくおもしろいと思うのだ。今回の「ミュージックステーション」でもトーク部分があったが、最近放送されていた浜田雅功がMCの番組で、フルーツバスケット的なものをやっていて号泣するやつとかは、ものすごく良かった。あのルックスとか性質とかも、ものすごく引っかかりがあり、気になる。佐藤優樹は北海道出身ということで、贔屓にしている。

日曜日の昼にたまたま観た「ハロー!モーニング」で、新垣里沙や亀井絵里のキャラクター、道重さゆみと久住小春の関係性などをおもしろく感じ、それをきっかけにモーニング娘。に興味を抱きはじめた頃の感覚なども思い出すのだ。高橋愛の土井たか子とかも含めて。

なんだかとても楽しいね。


2011年12月16日 (金)

「いきなり!黄金伝説」を見た。

道重さゆみが1万円で1ヶ月を生活するという企画でロバートの秋山と対戦していた「いきなり!黄金伝説」を見た。この企画は数週間に渡って放送された。最初の数回は見ていなかった。しばらくしてたまたまインターネットを閲覧していたら、第1回目からの動画があって、それを見た。一昨年あたりのソロでのテレビ単体出演以降の公的イメージであるいわゆる毒舌ブリッコナルシストキャラと、道重さゆみ本来の核(コア)との間で、かつて数々の葛藤があったが、この番組では、その道重さゆみの核(コア)がよく出ていたのではないかと思う。

元々、私は道重さゆみがまだモーニング娘。のあまり目立たないメンバーであった頃に、たまたま知ったラジオ番組の発言を知り、そこから興味を持った。芸能界にいながら、そのじつに素朴かつ純真な精神に、忘れかけていた人間のよきものを発見した。

道重さゆみが、あのいわゆる毒舌ブリッコナルシストキャラを、いわゆる一部世間一般視聴者からのバッシングにひるまず、覚悟を決めて貫き通さなければ、生き馬の目を抜くようなTVバラエティー界において、とうに忘れ去られていた可能性もあり、そうであったならば、この企画への抜擢も無かったに違いない。

先週と、最終回であった今回は、自宅のテレビでオンタイムにて視聴したわけだが、もちろんもらい泣きはしたわけである。同時にiPhoneのBB2Cで実況スレッドの書き込みも追いかけてきた。道重さゆみ専用のスレッドではなく、いわゆる普通の一般視聴者が多そうな方を見ていた。すると、この道重さゆみの核(コア)的な部分に好意を抱いたかのような書き込みがいくつも見られた。これは、「ロンドンハーツ」などによってボロボロになりながらあのキャラクターをやり抜き、当時はファンの間でもあれを続けるべきか否かで意見が別れたりもしていたが、当時は熱狂的ファンの一人であった私は、賛成派であった。なぜなら、道重さゆみ本人が挑むことを選んでいたからである。そして、いつかこのように、そもそも私などを魅了した道重さゆみという人間の核(コア)の部分が、いわゆる世間一般の視聴者にも伝わる日が来ればいいと、そう願っていた。この番組を見て、ついにその日が来たかと感無量であった。

しかし、私はすでにもう熱狂的ファンであることから下りてしまった。当時は一字一句書き起こしまでしていたラジオ番組ももう聴いていないし、ブログも時々思い出したように見る程度である。明け方までアンチ撃退にいそしんだモ娘(狼)の該当スレッドを開くことも滅多になくなってしまった(狼そのものはネタ探しのために時々見ているが)。この間の写真集「Sayuminglandoll」は買って、握手会が行われていた新宿サブナードの山下書店までは行ったが、結局参加はせずに帰って来た。

かつての私が知っていて、そしてこよなく愛した道重さゆみが、ゴールデンタイムのテレビの画面の向こう側にいた。そのことをとても嬉しく思った。

料理ができた時の「できました~っ」の声がかわいすぎてつらい。

やはり道重さゆみは語り継がれなければならないと思い、ある時期の生き証人として、かつていろいろな名前のブログなどで書い道重さゆみに関する文章を、すべてここに復活させる作業を行うことにした。少しずつ戻ってくると思う。

2010年11月17日 (水)

気まぐれONE WAY BOY。

昨夜、「踊る!さんま御殿!!」を見た。道重さゆみちゃんと田中れいなちゃんが出演すると知っていたからだ。とはいえ、ドコモケータイによるワンセグ視聴である。私は普段テレビを観る習慣がほとんどなく、特に好きな芸能人がいる時は、わざわざその人の出演番組だけ観たりとか、あとはお笑いのビッグイベント系とか、せいぜいそのぐらいである。だから、旅先のホテルなどでゆるーい感じでテレビつけて何気なく観てる感じというのがすごく新鮮なのだ。

道重さゆみちゃんが出ているからといってわざわざその番組を観ること自体数ヶ月ぶりだったのだが、なかなか妙な安心感があった。たとえば親戚の人だとか古い友人だとかで数年ぶりに会ったとしても、全くブランクを感じずに会話が弾んでしまう、そんな感じである。まあ、たかだか数ヶ月だけなんだが、それでも以前は出演番組があれば地方ローカル物なども含めてくまなくチェックしていたわけで、相当な懐かしさなり新鮮さを感じても然るべきだったのだ。

あと、一緒に出ていた田中れいなちゃんがすごく可愛かった。モーニング娘。全体の中だとちょいと異端児的な風情もあり、そこが面白くもあるのだが、この道重さゆみちゃんとのコンビは見た目からして正反対な印象も含め、なかなか良いのではないかと感じた。緊張からなのかその日のコンディションからなのかは定かではないのだが、いつもより抑えた感じというか、空気読めてる感がひじょうに強く、このコンビでのバラエティー推しもこれはありじゃないかと思わせるにじゅうぶんだった。これから田中れいなちゃんはどんどん可愛くなるんじゃないかと思う。

共演者がかなり強めだったので、道重さゆみちゃんと田中れいなちゃんのトークは、番組ではあまり使われていないのではないかと思っていたのだが、なかなか目立っていた。道重さゆみちゃんのお父さんの話に至ってはバラエティーにおける栄誉でもあるCM跨ぎで使われていた。

それにしても道重さゆみちゃんのお父さんが江頭2:50さんや温水洋一さんに似ていると話されていたが、以前には「今夜もうさちゃんピース」で、最近あまり見かけなくなった芸人の芋洗坂係長さんに体型が似ているとも話されていたことがあり、かつての私の理知的なインテリタイプという妄想ビジュアルイメージは完全に崩壊した。

しかし、幼い頃に他の子供から自分の親のことを「あんなお父さんイヤだよね」などと言われるのは、子供心に相当傷ついたのではないか。この面でも、道重さゆみちゃんは幼い頃から様々なブルーズを抱えて生きてきたのだなということが、また分かった。

しかし、何よりも感慨深かったのは、道重さゆみちゃんと松本伊代さんが同じ番組に出演しているという事実である。いや、松本伊代さんなどと書いているが、本当は伊代ちゃんとかいよにゃんとか言いたい気分である。

番組では明石家さんまさんがラジオ収録で道重さゆみちゃんのことを顔が大きいと言ったら、それからずっと気にしていたという話題になった。それに絡めて田中れいなちゃんが、さんまさんにそれを言われてから道重さゆみちゃんがモーニング娘。の撮影などで、顔を小さく見せるために一歩下がるようになったと言っていて笑いを取っていた。さらに、れいなちゃん本人も負けたくないからさらに下がっていったなどと、話を広げていた。この辺りは事前打ち合わせや作戦会議めいたものがあったのではないかと想像できるが、こういった所に田中れいなちゃんのバラエティータレントとしても成長が見えたのだ。

松本伊代さんのトークでは、デビューしたばかりの頃に共演した沢田研二さんと川崎麻世さんに耳が大きいことを指摘され、それまで素敵な先輩として憧れていたのだが、これがきっかけで苦手になったという話をしていた。この共演というのがコントということなのだが、そういえば昔は沢田研二さんクラスの一流スターでもテレビでコントなどをやるのがごく普通だったのだ。

ここで、道重さゆみちゃんが「分かる~」と言っていた。さんまさんに顔が大きいと言われて意識するようになったというエピソードを受けてのことだろう。この場面は個人的にひじょうに胸熱であった。

高校受験の朝は、「センチメンタル・ジャーニー」と「ラブ・ミー・テンダー」のドーナツ盤を二十数回リピートで聴き、それで勢いをつけて臨んだ。合格できたのはそのおかげだと思っている。「ミスDJリクエストパレード」にハガキも出して、スタイル・カウンシルの「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」やリトル・リバー・バンドの「追憶の甘い日々」をかけてもらったりもした。ラジオネーム(当時はペンネーム)など用いてはいなかったので、「北海道の○○○○さん」と本名も読んでいただいた。最後に観に行ったアイドルのコンサートは渋谷公会堂での「やっぱり!いよちゃん」であり、その帰りにタワーレコードでザ・スミスも「クイーン・イズ・デッド」とスティーヴ・ウィンウッドの「バック・。イン・ザ・ハイ・ライフ」を買ったのだった。

北海道旭川市なる地方都市で坊主頭の中学生をやっていた私にとって、松本伊代さんは幻想の東京少女というイメージであり、はげしく憧れをいだいたものだ。その頃の人気アイドルといえば、他に中森明菜さん、小泉今日子さん、堀ちえみさん、石川秀美さん、早見優さんなどがいたが、東京23区内出身者はこの中で松本伊代さんただ一人であった。森村学園中等部というお嬢様学校に通っていたということや、フォト&エッセイ集「ハートともだち」だったか「BOMB!」のインタビューだかで読んだ、品川プリンスホテルにスーパーボールを投げて一人で遊んでいたというエピソードなど、私の東京少女幻想を満たすにはじゅうぶんすぎた。

しかし、「瞳そらすな僕の妹」というキャッチコピーをはじめ、徹底した妹路線には、ちょいと困った。なぜなら、私は松本伊代さんよりも年下だったから。デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」のカップリング(当時はB面)も「マイ・ブラザー」という曲で、好きな人ができたりして心配させてごめんなさい、でもそれはあの人がお兄ちゃんに似ていたからなの、というようなお兄ちゃんにあてたものであり、これにはなかなか感情移入できず、困惑したものである。リアルに妹がいて、赤ん坊の頃から見ていたりすると、俗にいう妹幻想なんていうのは抱くことがなかなか難しいものだ。しかも、松本伊代さんはリアルに私よりも年上だったわけである。

即席カレー「FIVE STAR」のCMで見せた「だってラッキョウが転がるんですもの」のファナティックな笑顔に感じるガラスを擦る音にも似た屈折した快感、中森明夫さんかどなたかが書かれていた、松本伊代さんの親衛隊がコールの練習のようなことをしていて、その中に一人だけ中年サラリーマンのような人がいて、隊長のような人に罵倒されていたというエピソードの妙に世紀末的なリアリティー、出演していた生理用品CM視聴のかさぶた剥がし的愉悦など、私にとって松本伊代さんという存在は、単に昔好きだったアイドルという枠を越え、価値観の形成に結構大きな影響を与えてもいるのだ。

そんな事情もあり、この絡みはひじょうに感慨深いものであった。

放送を観終わり、パソコンでやることをいろいろと処理したりしていて、iTunes Storeのトップページをふと見ると、深夜0時に重大な発表があると告知されている。しかも、あなたのいつもの一日が忘れない日になるとかかなりの期待持たせっぷりである。Napsterのような定額制がはじまるかもしれないという噂を聞いたことがあったので、もしかしてそれかとか、期間限定の超絶感謝セールみたいなやつとか、そういうことを考えたが、結果的にはビートルズの作品がついに配信されるというものだった。欲しいアルバムや曲すでにCDから取り込んでiTunesに入れているので、これにはあまりありがたみを感じなかったのだが、音楽ファン全体のことを考えると、これはやはり大きな事件なのかもな、ということを思ったりした。

Zinioにローリング・ストーンの新しい号が来ていたので、iPhoneの方にダウンロードしたのだが、画像が表示されないようになったようだ。これで容量も少なくなったし、テキストだけ読むには全く問題ないのだが、何だか雑誌読んでる感が減退して残念でもある。元に戻してはもらえないだろうか、と個人的には思う。まだ全然読んでいないのだが、カニエ・ウェストの新作が5つ星満点評価だった。マイ・ケミカル・ロマンスは3.5つ星。あと、ブルース・スプリングスティーンやポール・マッカートニー&ウィングスのリイシュー物も高く評価されていた。

今日は市場調査に秋葉原に行ってみようと思う。AKB48関連の用件にはあらず。そういえば今日はSKE48とモーニング娘。の新曲が同日発売である。まあ、セールスは間違いなくSKE48の圧勝だと思われ、それをネタに叩きと煽りと自演と工作が入り乱れるスレッドなども立てられるのだろうが、別にセールスで競う必要などないし、要は好きな人が好きなものを聴けばよいという自明の正論。

SKE48はまだ聴いていない。モーニング娘。の方は「今夜もうさちゃんピース」内で2回ぐらい聴いたのだろうか。映画音楽というかミュージカルの曲みたいで、何だか独特の不思議な雰囲気を持っている。現在のヒットチャートとかアイドルポップスとかとは全く異質な印象だが、これはこれで良いのではないか。歌詞の世界観がドロドロの恋愛模様であり、これは私が個人的に好きなタイプではないが、これは単純に好みの問題だ。AKB48と同じことをやって中途半端になっても仕方がない。それならば独自のコンセプトを見つけ、それを推し進めて行った方がよいのではないか。

ただし、道重さゆみちゃん個人に関していえば、やはり可愛い路線のアイドルポップス、もしくは熱血感動系なものが好きなのではないかということも想像でき、最近のシングル曲について、たとえばかつての「歩いてる」だとか「みかん」のように熱く語るということはすっかり無くなってしまった。「イントロがキラキラしている」とか「オトナな感じ」とかいうような、無難なコメントに終始しているという印象がある。しかし、モーニング娘。においては、大好きな高橋愛ちゃんや、他の歌やダンスの優れたメンバーを中心とし、その中で自分の役割というものをしっかりと真っ当すればいいのではないか。数少ないソロパートだとかセリフだとか叫びだとかダンスとかルックスとか。

しかし、アルバム曲とか派生ユニットとしてでもいいから、正統派ブリブリアイドルポップスというのもたまにはやれると良いのではないか、というふうにも思う。現在のところの唯一のソロ曲が「IT'S YOU」であり、あれはあれで意外性があってよかったし、80sブラック・コンテンポラリーを思わせる曲調も好みではあるのだが、以前、「ミュージックフェア」で松田聖子の「天国のキッス」を歌っていたのなどを見ると、ぜひとも正統派アイドルポップスを、という気分になるのだ。

道重さゆみちゃんのヴォーカルは確かに拙いけれども、いわゆるアイドル声というか、キラキラ感があって良いと思うのだ。先日の「今夜もうさちゃんピース」で複数名で歌っているパートで自分の声が特に聴こえることがあるという話題があったが、たとえば全メンバー中、道重さゆみちゃん一人だけソロパートが無かったという屈辱の「女に幸あれ」にしても、コーラス部分では道重さゆみちゃんのキラキラした声の印象が強く、80年代中期のペット・ショップ・ボーイズなどを思わせるヤケクソ気味に過剰なサウンドに似合っていると感じる。

そんなわけで、「女と男のララバイゲーム」は久しぶりに買うかもしれないな、というお話。

2010年11月15日 (月)

当事者でいることのリアリティー。

コマ送りしたい程に満ちた日常がやってきて、世界は輝きを取り戻したのだろうか。傍観者ではなく当事者になる、その態度をしっかりと自分のものに出来てこそ感じられる生の充足。

3年前、モーニング娘。のメンバーとして、また、ラジオ「今夜もうさちゃんピース」のパーソナリティーとして、突然、道重さゆみちゃんのことが気になってきた。まだテレビでの毒舌キャラも花開くずっと前のことである。

アイドルは中学生や高校生の頃は普通に好きだったけれども、まあ、いわゆる一般的な男性同様に年相応に卒業し、これからもう一生無縁なのだろうなとは思っていた。というか、正直もう分からんわい、というような感じだったのだ。

だから、道重さゆみちゃんのことも、普通にアイドルを好きになるように、疑似恋愛の対象だとか、見た目が可愛いから好きとか、そういうことではなかった。むしろ、ネタ的に見ていたテレビ番組でのナルシストキャラが痛々しく、おそらく苦手なタイプだとすら思っていたのだ。

ところが、じつは小学生の頃は地味でおとなしくて、ダンゴムシが友達というようなさえない女の子で、男子からみちし原人などとからかわれて、いつも家に帰って一人で泣いていた、さらにはラジオのホームページで公開されていた愛用の髪飾りは、小学生の女の子が大事にしているような可愛いウサギの形をしたものだった。

何だかはるか昔に忘れていたような、しかしそれこそが現在の自分に欠乏しているような、なぜか不思議な胸騒ぎを覚え、取り憑かれたように彼女についての情報を集めたり過去のラジオをさかのぼって聴いていったりした。挙句の果てには本人を見るために生まれて初めての大阪に行ったり、このような女の子を育んだのはどのような環境なのだろうと知りたくなり、それまで縁もゆかりもなかった山口県宇部市などという所に出かけてみたり、その存在はどんどん大きくなっていった。

出身地や家族といった自分のルーツや、家族や友人といった身近な人達との関係を大切にするというのは、正しく生きるための基本だとも思えるのだが、私はずっとこのあたりが相当にダメであり、しかも、それが自分のスタイルとして好きで選んでやっているとすら思っていた部分もある。睡眠や食事もメチャクチャだったし、煙草も吸っていた。これらは、全て道重さゆみちゃんのおかげで改善された。たかだか一人のアイドルがそこまで影響力を持つものかとも思うのだが、不思議だが本当である。なぜなら、私にとって道重さゆみちゃんの存在というのはトータル的に完全な美の象徴であり、その弱く人間的な部分も含め、憧れの対象だったからである。

そんな日々は過ぎ去ったが、これは全く悲しむべきことではない。私はかつて、「私は私自身の道重さゆみちゃんを生きなければいけない」などという電波チックな文章を書いてはいたわけだが、いよいよそれが道重さゆみちゃんに依存しなくても自分一人でできるようになった☆カナ、ということなのである。

仕事が終わり、電車の中で息抜きにBBC2Cでモ娘(狼)板をチェックした。もちろん、「道重」のキーワードで検索をかける。おそらく前夜の「今夜もうさちゃんピース」の発言を元にしたと思われるスレッドが、2スレッド目に突入していた。めちゃめちゃすごく伸びているというわけでもないが、まあ、それなりに論争という名の叩き合いのような雰囲気になっているのか。

「今夜もうさちゃんピース」はまだ聴いていなかった。日曜日は朝から仕事だったので、前夜は早めに寝て、仕事を終えて帰ってから録音された音源を聴こうと思っていたのだ。以前は仕事の休憩時間などにもモ娘{狼)板を見ていたりしたわけだが、最近は見なくなった。事務所のソフトバンクの電波状況が最悪という事情もあるのだが。

それで、道重さゆみちゃんのラジオ書き起こしのような>1を読んだのだが、ああ、なるほど、これはいわゆるヲタ論争の格好の餌食になるのもやむをえない☆カナ、と思ったのだった。以前の私ならばしっかりと読み込んで、その上で複数の文体を使い分け、アンチ殲滅活動に勤しんだものなのだが、今となってはただただ懐かしい思い出である。若いって素晴らしいね。

おそらく悪意を持ってあえて曲解した人が無理やり叩きに持っていく、みたいな流れがあり、電通工作員がとかなんとかそういうことがいろいろ書いてあるのだろうと思い、いずれも私には必要のない情報であったがゆえ、スレッドを読み込みすらしなかった。ただ、帰宅して番組も聴いてからチラリと見てみると、他メンバーや事務所を批判したんじゃないかとか、いやそうじゃないだろうとか、仮にそうだったとしてもそれがいけないのかとか、そのようなことが語られているようだった。

それにしてもすさまじい怒涛のトークであった。これだから道重さゆみちゃんはやめられない、とでもいうような。こんなにも生々しく、かつ赤裸々に自分自身を吐露したアイドルが、かつていただろうか。道重さゆみとは、やはり私にとってはリアルな葛藤のドキュメンタリーで、何かすごくパワーをくれる存在だ。

これは人生においてつねに当事者であり続ける者こそが直面する闘いであったり、そこでの友情だったりであり、傍観者であろうとする者達にはあまり伝わりにくいのではないか。

傍観者にはリスクが無く、ただ人のことを好き勝手言っていればいいのだが、本気の葛藤とか闘争とかいうものとは無縁でいられるがゆえ、こういうものを頭の中で想像することしかできず、リアルな経験として共感できない。

これは芸能界の中での話だが、他分野においても、当事者でろうとする者ならば、これは共感できる部分が多いのではないか。

自分がよりよくなろう、理想に近づこうとするならば、競争心なども芽生えてくるだろう。これは芸能界以外の別の分野や一般の会社などにおいても同じことだ。

かつて、道重さゆみちゃんは初のソロDVD「17~ラブハロ!道重さゆみDVD」において、他人と比べたり比べられたりして自信を無くすこともあったが、ファンの声援が励みになり、自分は自分で行けばいいんだと思った、というようなことを話していた。そのことは十分に分かっている。

しかし、多忙なスケジュールやプライベートでの心配事などの中で、大切なそのことが見えなくなってしまうことがある。こういうことは、当事者として何か夢や目標に向かって走っていれば、ありがちなことなのではないか。そのような時に、それを自分に気づかせてくれるのがよき友であったり、ありがたい上司といった存在である。自分がそのように気づかされ、それによって助けられたならば、その感謝の気持ちを知っている者ならば、今度はそれをまた他の誰かにしてあげることができるだろう。

亀井絵里ちゃんが言った言葉は本当に素晴らしく、道重さゆみちゃんに気づきを与えた。世の中というのはこうやって気づきの連鎖によって周っているのだと思う。三年前、私が道重さゆみちゃんを認識することにより、このままではいけない、自分を変えなければと思ったのも、やはり気づきであった。その頃よりも、今、私はずっと幸せである。そして、これからもっともっと幸せになるだろうという確信めいたものがある。私にはその頃には想像すらしていなかった夢や理想があり、今、それに向かって着実に前進しているという実感が持てるからだ。

私ももっといろいろなことに気づき、それによって人によい気づきを与えられるような人間になりたい。私の仕事場では、近々、気づきメモなるツールを導入しようと考えていたところであり、それも含め、今回の番組では、やはり合言葉は’気づき’だな、という思いを改めて強くしたのだった。

気づき気づかれ生きるのさ。よし、明日も気づくぜ!

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ