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2008年4月

2008年4月21日 (月)

「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」道重さゆみトーク部分書き起こし

ナレーション「当時11歳の亀井は根暗な性格で、ほとんど外に出ることがなかったという。その上をいくのが道重で、小学校時代は無口な少女で、いつもひとりぼっち。そんな道重の話を毎日のように聞き、唯一、心を癒してくれる相手がいた。その相手とは...」
道重「ダンゴムシです」
西野「風の谷のナウシカみたいな...。ダンゴムシが?」
道重「あんまり人間の友達が少なかったんで...。だから、ダンゴムシがお友達でした」
西野「辛すぎる話やないか、それ、お前」

西野「なっちのファンやったんですか、当時は?」
新垣「はい。コンサートとかにも行ったことがあって、で、その時、安倍さんのウチワを買って、こう応援して...」
西野「あ、へええええ。そうやってこう振ってた人が今、モーニング娘。にいるんだ」
新垣「そうなんですよ」
梶原「すごいね、それ」
新垣「だからもうモーニング娘。って、もうほんとになんかキラッキラしてて、衣装でいつもいますみたいな感じだと思ってたから、最初に会った時に、こうジャージでのレッスンとか、『ジャージ?モーニング娘。が...』みたいな...」
西野「なっちのジャージなんかもう考えられへんかったわけだ」
新垣「はい」
梶原「そうか、そうか」
新垣「あと、隣で普通に隣でお弁当食べてることとか、人間がする普通のことが、もうありえなかったんです」
西野「なるほど、なるほど、なるほど」
青木「もうスターだからね」
道重「みんなお腹痛くなったりとかするんだ、と思って...」
梶原「いや、するよ。なっち、めちゃめちゃウ○コしてるよ、そら」
新垣「そういうこといいです、そういうこと」

西野「亀井ちゃんは出不精と...」
亀井「そうなんですね」
西野「当時?」
亀井「今もなんですけど」
西野「あ、今もかいな。何してるの?家で」
亀井「家では...ソファーの上で寝転がったり、ホットカーペットのとこに、あの、お布団を敷いて、温めて、そこに入ったり...」
西野「嬉しそうにしゃべるなあ」
亀井「...とか、あとは作んないけど、なんかお菓子の本を見ていたりとか...」
西野「作りいや、もう、家におるんやから」
亀井「なんかそういう...日々」
青木「外は行かないの?」
西野「ねえ」
青木「遊びにいったりとか」
亀井「あ、ゴミ捨てとかには」
西野「でもほんとに...あの、カラオケ行ったりとかもないの?」
亀井「いや、カラオケ行くんですけど、あの、よくさゆとカラオケ行くんですけど...」
道重「ほんとに、とりあえず嫌なんです。なんか、集合時間に確実に30分は遅れるんですよ」
西野「えええええ?ほんま?」
梶原「なんで?」
亀井「ほんとですね」
西野「はははははは」
道重「最近は、さゆみ、もう1時から遊びたいなと思ったら、『12時半待ち合わせね』って言って...」
西野「なるほど、なるほど」
道重「で、お互い1時に...ちょうどいいんです」
亀井「はい。だからすごい...相性がいいんですよね」
西野「いや、よくないよ。合わしてもらってるだけやん」

西野「で、道重ちゃんも出不精やったんでしょ?」
道重「そうですね。昔はですね...」
西野「昔はっていうと...」
道重「小学校はほんとに友達が少なくて...」
西野「だって、学校、たとえば授業が終わってからみんなでそのまま流れで遊びに行こうかとかならへんかった?」
道重「ないです、ないです。ほんとに、学校行きしにダンゴムシを拾ってって、こう...」
梶原「え?」
西野「行きしにダンゴムシ拾うの?」
道重「そうなんですよ。で、一緒に遊ぶんです」
梶原「なに?」
道重「引き出しの中で、こうなんか、すべり台とかも紙で作ってあげて、一緒に転がって遊んだりとかして...」
梶原「ずーっと丸いで」
西野「丸いやつやろ。ダンゴムシいじられてる間、ずっと丸やで、あれ」
梶原「そら、すべり台、コロコロ~転がってくぐらいの丸やったやろ?」
道重「すごい滑りがよくて」
西野「そらそうや。丸いから」
梶原「ダンゴムシしか話しかけてくれへんかったんや」
道重「はい」
西野「え?ちょっと待って。ダンゴムシは話しかけてきてないでしょ?」
梶原「話しかけてきてくれるよな?」
道重「一緒に遊んでます。すべり台が特に...主に」
西野「いやいやいやいや、主にいうか...向こうからの発信はないでしょ?ダンゴムシサイドの」
道重「心の会話はしてます」
西野「ダンゴムシと一番盛り上がった会話っていうのは?」
道重「すべり台楽しいねっていう...」
西野「ははははは(手を叩いて爆笑)」

西野「友達できたんはいつ?」
道重「中学校の時に、すごい親友というものを見つけて、ほんと、人間の」
西野「人間の...」
道重「その友達がすごい明るい子だったんで、周りにいっぱい人がいて、もうなんか自然にさゆみも...」
西野「あ、その...人づたいに、こう」
道重「はい」
西野「しゃべれた?」
道重「案外、ペラペラしゃべれるんですよね」
梶原「いけた?」

青木「あの、道重さんにちょっと聞きたいんですけど」
道重「はい」
青木「さっきVTR見てる最中に、ずっと私のこと見てたんですけど...」
道重「結婚おめでとうございます」
青木「あ、ありがとうございます」
道重「良かったですね。安心しました」
青木「安心した?ありがとうございます」

西野「メンバーとはもう、うまくいってるんだ、道重ちゃんは」
道重「ああ、割と」
西野「ぶっちゃけ、苦手な人いる?」
道重「久住さんです」
西野「あれ?」
久住「えー、嫌だー嫌だー」
道重「小春ちゃんなんですけど、教育係だったんですよ、さゆみ、当時」
西野「久住ちゃんの教育係が、ということね」
道重「はい、以前...もう嫌で辞めたんですけど。小春ちゃんが酷かったんで...」
西野「どう酷かったの?」
梶原「何がどう酷かったの?」
田中「たとえば、まず歩き方から教えたんですよ、みんなで」
西野「歩き方悪かったの?」
??「手と足、一緒に出ちゃうんですよ」
西野「右手右足?そんなとこから教育していかなあかんぐらいのレベルやったの?」
田中「そうなんです。食べる時にちゃんと口を閉めて食べなさいっていう。クチャクチャいわずにちゃんと...」
西野「あ、クチャクチャ鳴らしちゃうんだ」
田中「そうそう」
亀井「なんか、お皿の方に顔持ってっちゃう感じ」
田中「近いんですよ、こうやって」
西野「はああああ。で、歩いたら右手と右足一緒に出るし」
梶原「そら大変やな」
西野「ボロボロやんか」
道重「それがストレスになっちゃって」
西野「なるほど」
道重「すごい...その当時はほんとに、小春ちゃんが苦手でした」
西野「ストレス溜まって、それをどういう風に発散するわけ?」
道重「発散する場所がなかったんで、もう眉毛をめっちゃ抜いてました」
梶原「アイドルが絶対したらあかんことやで」
西野「なんで眉毛抜いたの?」
道重「どっかで表したくて、なんか、それだけ溜まってるんですっていうことを、小春ちゃんにも気付いてほしいし、自分でもこう眉毛がジャリジャリジャリっていったら、ちょっとは楽になれて...」
西野「あかんやん。先輩が眉毛減っていってんのに。それ気付かへんかった?」
久住「気付かなかったです」

西野「グループをまとめるのに、つんく♂さんから何か言われたことっていうのは、リーダー...」
高橋「はい」
西野「...ありますか?つんく♂さんから、もう愛ちゃん、頼むわいうて...」
高橋「え...?」
道重「あの、私...」
西野「おお、どうした?」
道重「つんく♂さんに、あの、伝えたいことがあるんですけど」
西野「おうおう、なんや?言うときや」
道重「ええと、今、つんく♂さんの話になったから言うんですけど...つんく♂さん、さゆみに歌割りをください!」
西野「なんでよ?」
梶原「確かにな、オレさっきPV見たけど、途中で『ヘルプ・ミー!』って言ってたもんな」
青木「もっと歌いたい?」
道重「そうなんです。なんか、叫びだったりとか、こうア~ンとかウ~ンとか...」
西野「立派なパートやんか、それ」
道重「さゆみは日本語が歌いたいんです!」
JJ「私のウンあげますか?」
西野「ジュンジュンの何あげるの?」
JJ「ウンだけ。交換しますか?」
西野「交換。どっちがいい?ウンとヘルプ・ミーやったら」
梶原「ヘルプ・ミーとウンやったらどっちよ?」
道重「ヘルプ・ミーです!」

西野「『リゾナント ブルー』っていうのは意味的にはどういう意味?」
メンバー「共鳴...」
梶原「めちゃめちゃええやん。そんな、ヘルプ・ミーなんか」
道重「はい。ありがとうございます」
梶原「要はあの...『LOVEマシーン』のLOVEマッシ~ン(というセリフ)みたいなもんじゃないの?」
青木「そうだねえ」
西野「そうやんか」
梶原「自信持ってええって、自分のヘルプ・ミーに」
道重「ほんとですか?」
梶原「ほんとや」
道重「今日、来てよかったです」
梶原「そうやろ」
西野「じゃあそんな道重ちゃんから、特にこの曲で注目してほしいポイントなんかあれば...」
道重「アイメイクです」
西野「アイメイク?」
道重「はい。みんな、こう濃いメイクを...今回、なんか今までとは違う、見たことのないようなモーニング娘。のかっこよさが見れると思うんですよ」
西野「曲の方でなんか...あの、注目してほしいポイント...」
道重「曲か...考えてなかったな。えっと...」
西野「それでは、スタジオライブで披露してもらいます。曲紹介の方をお願いします」
高橋「はい。それではご覧ください。モーニング娘。で」
全員「『リゾナント ブルー』!」

2008年4月19日 (土)

「音楽戦士」の感想をとりあえず

事情があって現在、携帯からしか書き込めない。

4月18日深夜放送の「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」だが、予告を見てかなり期待したのだが、それを大きく上回る内容だった。

道重さゆみは鉄板のダンゴムシネタをはじめ、久住小春の教育係がストレスだった、亀井絵里の遅刻が酷い、青木さやかいじり、つんく♂に歌割り嘆願など、間違いなく一番目立っていて、笑いもとっていたが、これについてはまた改めて書く。

メンバー全員がとにかくなりふり構わず前に出ようという、そんな気迫が感じられた。毒舌っぽい内容もあったが、ギスギスした陰湿な印象は一切なく、見事に笑いに昇華されていた。これは、高橋愛リーダーが提唱する「アットホームなモーニング娘。」が実現し、グループとしての一体感があるからこそ可能となった状態であろう。

キングコング、青木さやかのいじりも実に素晴らしかった。また、メンバーの子供の頃のレア写真が見られたのも良かった。

深夜枠とはいえ、久々の地上波長時間トークというチャンスを十分すぎるぐらい生かしたのではないだろうか。業界人の間で「最近のモー娘。は実は面白い」という流れをつくれるといいと思う。

2008年4月17日 (木)

bayfm78 GROOVE FROM K・WEST

「リゾナント ブルー」発売に伴うプロモーション週間ということで、今日は亀井絵里と道重さゆみがbayfmの「GROOVE FROM K・WEST」に出演。サテライト・スタジオから公開生放送ということで、このスタジオがある千葉県の流山おおたかの森SCでは、午前10時から整理券が配られていた。整理券の列に並んでいるのは割りと一般人っぽい人たちが多く、制服を着た女子高生が携帯電話で誰かに「さゆみんに会いに行くから~」と報告していた。番組開始は19時で入場整理が18時から、8時間も時間がある。

千葉県のこっちのほうには初めて来たのだが、このショッピング・センターがかなり充実していて、紀伊国屋書店でビジネス書を買ったりした。紀伊国屋のCDショップがあったのだが、「リゾナント ブルー」はここでも品切れしていた。オリコンのデイリー・チャートは2位から5位に落ちていたが、この日はほとんどのショップで在庫が切れていたのではないだろうか。LOFTのカード・コーナーで妹の誕生日が今週末なことを思い出し、確か昔好きだったスヌーピーのメロディー付きカードを買う。郵便局めざして駅の逆側に降りるが、ショッピング・センター以外は完全な田舎でさっぱり見当がつかない。道にいたご婦人に尋ねたところ、とても丁寧に教えてくれたばかりか、私たちも行くので一緒に行きましょうか、とまで言われた。さすがにそれは気まずいので自力で歩いていったのだが、途中でよく分からなくなった。そしたら、ちょうどスーパーマーケットに配達にきた郵便屋さんがいたので、局の場所を聞き、ふたたび歩き出した。少し迷った末に、やっと目的の郵便局が見えてきた。そしたら、先程のご婦人方がニコニコ笑いながら待っていた。オレが無事たどり着けたかどうか心配してくれていたのだ。「すいません。道、間違えちゃいました」「信号のところで曲がらなくちゃダメだったのよ」「ありがとうございます。無事たどり着けました」「運動、ご苦労さま」。こんな田舎ならではのほのぼのエピソードもありつつ、ショッピング・センターに戻る途中には自転車で曲がる時に「よっ」と掛け声を出しているおじいちゃんなど、かなり心が和んだ。道重さゆみがいなければこんな所へ来る理由も無かったし、そもそも道重さゆみに出会う以前のオレは、こういうことを感じ取る心の余裕を完全に失っていたのだ。

この時点で、まだ正午。お腹がすいてきたので、ショッピング・センター内で昼食をとることにする。色々な種類の店があったのだが、ここはやっぱりカレーだろうということで、「カレー市民 アルバ」なる店に入る。北陸で大人気の店らしく、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手も高校時代にここのカレーをよく食べていたらしい。じっくり煮込んだコクのあるカレーにキャベツが添えられているのだが、これらとご飯をかき混ぜて一緒にして食べる。量がちょっと足りないかなという気がしたが、なかなか美味しかった。ショッピング・センター内に映画館もあったのだが、あいにく観たいのはやっていなくて、東武線に乗ってこの辺りでは一番都会だという柏まで出ることにする。これが思った以上に発展していて驚いた。高島屋、そごう、ビックカメラ、タワーレコードなどがあり、これは地元民は都心まで出る必要がほとんど無いのだろうな、という気がした。新星堂にちょうど「リゾナント ブルー」が再入荷したところで、2枚しかなかった限定B盤を購入した。限定A盤の方も買おうと思っていたのだが、こちらは入荷無しで、あとは通常盤。色々見て歩いたが、いよいよやることが無くなり、流山おおたかの森に戻る。案の定、小腹が減ってきたので、駅前のコンビニでバランス食品みたいなのとキャラメル系のコーヒー飲料を買って軽食。この辺りで雨が降ってきた。

紀伊国屋書店を見ていると、浅羽道明の「昭和三十年代主義」という本が現在、オレが必要としているのに近いことが書かれていて、橋本治にも言及しているようだったので、購入した。以前、このブログの「宇部市と道重さゆみ」という文章で書いた懐かしさと正しさ、また、懐古趣味を超えて現在をリアルに生きるために必要な何か、ということについて、書かれているようだ。書店をこんなにもゆっくりと見たのは久しぶりだったし、これもこのラジオがあったからこそである。

18時から入場整理が始まった。最前から数列は椅子に座って観覧するようになっていたが、オレはその後の立ったまま見る3列目ぐらいに陣取ることができた。ところが、オレの真ん前が背が高くスケッチブックを持った亀井絵里のファンであり、これだけが気がかりだった。ナラヨシタカというイケメン兄貴風パーソナリティーとグラビア・アイドルらしき福田麻衣というアシスタントが登場した。番組開始前だが、早くも場内には「シャボン玉」や「Go Girl~恋のヴィクトリー~」などの娘。ナンバーがかかり、一部勢いのあるヲタの方々が掛け声をかけたりして盛り上がっていた。番組開始後、しばらくはリクエスト曲をかけたりコーナーがあったりと、なかなかゲスト・コーナーがこない。そして、番組開始20分ぐらいに、亀井絵里と道重さゆみが登場。

実は観覧前にはこのスタジオにはガラスの扉がかかっていて、てっきりこういう構造なのだと思っていたのだが、番組開始少し前にこれが開き、ガラス無しの状態で観覧できることが分かった。これまで一番間近で道重さゆみを見たのは、昨年7月31日のFM-FUJIサテライト・スタジオなのだが、あの時はガラス越しであり、しかも距離はほんの数センチであったものの後姿と横顔しか見ることができなかった。それを除くと、おそらくいちばん近い。髪を下ろして、半袖の私服っぽい服を着ていた。毎度毎度思うのだが、テレビなどで見るよりも顔が小さくて美しい。しかも、今日はテレビや写真などでよくやるあごに両手をあてるポーズを何度もやり、これが生で見られたことに深く感動した。古くからの女性アイドルの典型的なポーズだが、今日、これをやり切ってしまうアイドルというのも実は少ないのではないだろうか。場内は「えり」「さゆ」コールで大熱狂。前の人がスケッチブックを掲げると、それがオレの視界を遮り、道重さゆみの顔が見えたり見えなかったりする。1秒でも長く見ていたいというのに。

bayfmが現在、キャンペーンを行っていて、今週のテーマが「出会い」ということで、早速ゲストの二人にも音楽との出会いについての質問が出た。まずは初めて買ったCD。亀井絵里は安室奈美恵のアルバムで、歌詞カードが多いのが印象的だったと言っていた。道重さゆみの答は、「ドラえもんのABCのうた」。この時点で笑いが起きていたのだが、さらにドラえもんとのび太くんの真似をしながら、内容を説明していた。しかも、場内にもドラえもんの歌が流れるという演出つき。初めて行ったコンサートは、亀井絵里がSPEED、道重さゆみは加入が決まってから勉強のために観たモーニング娘。と答えていた。

6期メンバーとしてのお互いの出会いについても言及されたが、ここで道重さゆみは何かを言いかけてやめる。会場から「えーーー?!」という声、さらに亀井絵里も「言って、言って」と言ってきたので、結局言ったのは、「まさかこんなに絵里がアホとは思いませんでしたね」。会場からは歓声が上がり、今度は亀井絵里が反撃かと思いきや、「まさかこんなに(さゆが)しっかりしてるとは思いませんでしたね」と、素晴らしくイキの合ったところを見せていた。

また、「リゾナント ブルー」が大人っぽい曲ということで、理想の大人のイメージ、女性と男性についてそれぞれ質問されていた。亀井絵里の理想の大人の女性像は、料理の塩や砂糖の加減を勘でやってしまう人、また、理想の大人の男性像は遅刻をしない人と言っていた。ここで、道重さゆみが「もう、絵里が言う立場じゃないですからね」と苦言を呈す。どうやら、今日も45分ぐらい遅刻したらしい。計算されたかのような見事な流れであった。

道重さゆみの理想の大人の女性像は「前開きドレスが似合って、笑う時にハンカチで口をおさえる人」、また、理想の大人の男性像は「スーツをビシって着た人」と答えていた。場内の反応がいまひとつだったのだが、「スーツを普段着てるんですけど、土日はTシャツを着て汗かいてる人が...」と言って、歓声を呼んでいた。

「リゾナント ブルー」の曲がかかっている最中、道重さゆみの「ヘルミー!」の部分で会場のさゆヲタのみなさんが声を合わせていたのだが、道重さゆみ本人は見ていなかった。しかし、曲終わりでナラヨシタカがこの部分にふれ、「歌わなくていいから叫んでって言われました」と説明していた。会場から「ここでも叫んで」と声がかかると、すかさず、「ヘルミー!」。ファン心理をほんとうによく分かっている。曲中の無反応は、もしかするとこの場面のためにあえてだった可能性も高い。

出番自体は20分間ぐらいだったが、動く本物の道重さゆみが見られるという体験は至高なものであり、十分満足のいくものであった。

それにしても、ファンの歓声が凄まじく、「さゆ~」とか「かわいい~」とか声があがる度にそっちの方へ目線をやって、手を振ったり、「ありがとうございます」と言ったり、ほんとうに大変だなあと改めて思った。まさにプロである。

2008年4月15日 (火)

といういうわけで、改題しました。

このブログは、かつて「卒業-さゆみんに」向かってという題名だった。これは、オレがモーニング娘。道重さゆみという10代のアイドルに覚醒することによって、大人になる過程で魂が濁り、心が薄べったくなってしまったという悲しみを強く意識させられたという体験が発端となっていた。結論として充実した生の獲得のために不器用でも葛藤を続け、その状態がそのものとして美である状態をさゆみんと名付け、そこにオレがたどり着くまでのドキュメントになるはずであった。ゆえに、卒業。かつて愛読した「卒業-KYON2へ向かって」という書物へのオマージュでもあるのだが。

モーニング娘。なんか一切興味がなかったオレが道重さゆみという実存に出会うことによって、この世に完全なる美が存在し、それがいかに悲しく切ないものであるかを知ることができ、それをオレはしあわせなことだと思った。そして、もう一度ちゃんとやってみようと思ったのだ。

道重さゆみを知ったことによって、色々な変化が訪れ、人生で初めて経験することもたくさん起こった。しかし、それゆえにこれまでは器用に立ち回ってきたことも、真っ直ぐに受け止めて葛藤しようとするから、行き詰ってしまうようなこともあった。不可抗力もあって、ちょっとメンタル的にヤバめだったのが先々週ぐらい。でも、なんとかここを突き破らないと。分かってはいるのだがなかなか動けない状況。そして、ある閃きが訪れた。向かう先は決まっていた。

予定が入っていたので翌週か翌々週になんとか都合が付けられればと思っていたのだが、その予定が急に吹っ飛んだ。それが先週の月曜日のことだった。パソコンであらゆる準備を整えて、出発の水曜日を待った。「今夜もうさちゃんピース」をiPodにインポートしたりしていたら、眠るのが随分と遅くなってしまった。4時半に起きるつもりが約1時間も寝過ごしてしまった。間に合うかどうか分からない。チケットはもう取ってしまった。渋谷駅や品川駅の構内を全力疾走...そして、なんとか間に合った。

朝9時に現地に着いた。前回は新幹線だったが、今回初めて空路を利用してみた。前日予約ならこっちの方が安いことも分かったし。地図が無くても歩けることに驚いた。前回と同じ草江のローソンで携帯電話の充電器を買った。今回はいくつかポイントがあって、前回行こうと思って結局行かなかった和風海浜レストランかめうら苑でランチメニューの瀬戸内定食を食べようと思っていた。しかし、開店の11時にはまだ時間がある。ときわ公園まで歩く。

宇部日報のホームページで、日曜日に桜が満開になったことは知っていた。それにしても美しい。感動した。前回も訪れた白鳥やペリカンのいる湖。そして、前回は行かなかった遊園地、動物園の方にも行ってみた。遊園地はジェットコースターや観覧車の他、ゴーカートやロケットの形をした乗り物が空に向かって上っていくものなど、幼少期に家族に連れられて行ったいにしえのレジャーランドを想起させるもの。また、遊園地も鳥や猿などが中心。大いに和んだ。彫刻もあいらこちらにある。歩いてすぐにこんな場所があるような環境で道重さゆみは育ったのだなと思うと、感激もひとしおであった。

歩いてかめうら苑まで戻ると、なんと材料不足のため臨時休業とか...。仕方がないので宇部線亀浦駅まで歩き、宇部岬で下車。先週の「ヤングタウン土曜日」で、道重さゆみは地元に漁港は無いと言っていたが、どうやら宇部岬漁港というのがあるみたいだ。前回、ここのゲームセンターで道重さゆみがプリクラを撮ったというのを聞いたことがあったので訪れたフジグラン宇部という商業施設を訪れる。2階の筑豊ラーメンの店で昭和ラーメンなるものを食す。1階のバッハ書店が改装されていた。今回は琴芝なるビジネスホテル宇部を予約していた。インターネットで調べていて、ひかり回線というのが決め手になった。「今夜もうさちゃんピース」の書き起こしもしなくてはならないし。しかし、チェックインは午後4時から。時間をもてあましていたが、とりあえず宇部新川まで出ようと、また宇部岬駅へ向かう。そしたら、雨が降ってきた。

天気予報は晴れのち雨だったので、これは想定できていたこと。セブンイレブンでビニール傘を買う。ちょっと風が強めだがそれほど深刻ではないだろう。宇部線で琴芝を通過して宇部新川で下車。この時点で雨はかなり激しく、風も強くなって、何度も傘が壊れかける。途中のあちこちに彫刻などがあって写真を撮ったりしたかったのだが、どうやらそれどころではないみたいだ。着ていたシャツやジーンズもずぶ濡れで、靴の中も水浸し。しかし、チェックインにはまだ時間がある。コンビナートの近くにTSUTAYAやマンガ倉庫なるお宝系古物販売店があったので、時間を潰したりする。そして、やっとホテルに着く。服を着替えたりするよりも先に、ノートパソコンのコンセントを差し、電源を入れた。なんだか変な音がしてなかなか立ち上がらない。強制終了して再起動すると、「Operating System not found」という無常のメッセージ。携帯電話で調べるも埒があかず、どうやら深刻な事態らしいことだけはなんとなく分かり、覚悟を決めた。

底面からピンを差してリセットというのを過去にやったことがあると思い出し、ダメモトでセブンイレブンへ。クリップやピンが売っていないので、ホチキスの針を買った。これを伸ばしてピン代わりに使おうと思ったのだ。それと九州と山口県でしか売っていないアスキャンディー、ブラクモンブランとタウン情報誌「YAMAGUCHI」、それと無糖のアイスコーヒーなんかを買って帰った。ロビーでLANケーブルを借りたが、結局使うことは無かった。ホテルの湯船に浸かりながらブラックモンブランを食うという贅沢を楽しんだ後、テレビ山口をつけながらベッドで仮眠。携帯で調べると、妻崎なるところにインターネットカフェというか漫画喫茶の「自遊空間」があることを知る。夜8時前ぐらいにホテルを出て、琴芝駅から宇部線で宇部新川下車。しかし、妻崎へ行く野田線が1時間ぐらい無い。というか、宇部線自体、基本的に1時間1本なのだ。とりあえず駅構外へ出ると、宇部進という学習塾があった。ここには道重さゆみが小学校6年生から通っていたという噂があるが、真偽のほどは定かではない。

その前に止まっていたタクシーに乗り、自遊空間まで行ってもらう。車内にナビとかは付いていなくて、携帯電話でセンターみたいなところに連絡を取っていた。世間話的に事情を話したりする。無事、到着。実はこういうインターネットカフェというか漫画喫茶を利用するのは初めてだったのだが、ファミリーで使える部屋とかカラオケができる部屋とかがあったり想像していたよりもキレイでオシャレでびっくりした。スタッフも親切だし、メニューを見る限り料理も本格的っぽい。普通のパソコンの席を選んで、「卒業-さゆみんに向かって」管理ページにログイン。iPodで「今夜もうさちゃんピース」の書き起こし開始。どうもiPodの反応が悪い。巻き戻ししたらフリーズしたりする。何とか2時間ぐらい進めたところで、iPodが起動しなくなる。ディスプレイが曇っていたが、どうやらこっちも雨でハードディスクがやられたみたいだ。これではもう仕方がない。6時間コース1,800円にしていたのに。清算して外に出てタクシーをつかまえて、ホテル近くのセブンイレブン前で下車。結局、セブンイレブンの明太子スパゲティをホテルの部屋で食べて寝る。

翌朝起きると、雨は上がっていた。8時過ぎにホテルを出て、宇部線で常盤駅下車で散歩する。亀浦からバスに乗って宇部岬の近くで降りて、またフジグラン宇部。店内にはオリジナルの曲が流れていて、それがいかにもしあわせ家族といった価値観の歌詞とメロディーで、感きわまる(よく分からん)。前日から歩きながら色々なことを考えていた。現在のこと、これからのこと。バッハ書店でぼんやりと本を見ているうちに、オレが本当にやりたいこと、やるべきことの輪郭がだんだんはっきりしてきた。薄々気づいたり散々他人に言われたりしていたが、なかなかやろうとしなかったこと。そして、その2冊の本をオレはバッハ書店のレジに持っていっていた。心を決めた。覚悟を決めた。ここに至るまでこんなにかかった。宇部まで来てやっと分かった。

晴れやかな気分だった。そして、感動していた。もやもやしていたものは完全に無くなっていた。目の前には理想が大きく開け、オレは今すぐにでも行動を起こしたい気持ちでいっぱいだった。そして、宇部岬からふたたび常盤へ。かめうら苑が営業していた。念願の瀬戸内定食を注文。ご飯にはしそわかめというふりかけ。シンプルだがこれが実にうまい。道重さゆみがしそが大好きだと言っていたのは小さい頃からこれを食べていたからだろうか。この店は地元で取れた食材しか使わないというこだわりを持っているとインターネットで読んだ。あさり汁も最高に美味い。そして、刺身や天ぷらやフルーツもある。練りの芸術品とも呼ばれているという宇部のかまぼこも数切れ付いている。これまで食べてきたかまぼこの中で一番おいしい。すっかり満足し、亀浦のバス停から山口宇部空港へ。搭乗まで時間があったので、さっき買った本を読み始めた。内容がスイスイ頭に入ってきた。興奮した。オレはこれから充実した生の獲得へ向けて、不器用な葛藤を繰り返していく。やがてそれが何らかの美を生み出せるとよいのだが。

飛行機が滑走路を離れた。ときわ公園の観覧車、コンビナート、フジグラン宇部...。ありがとう。こうして、オレのさゆみんへの卒業は完了した。これから、この平成ニッポンというリアルな現実を生きていく。クソッタレなことがいくらあろうとも、このわれらの時代には道重さゆみがいる。これからは、「われらの時代に-道重さゆみと平成ニッポン」と題し、平成ニッポンのリアルな現実、本気の現実を生きる上での有効なテキストとして、道重さゆみに関する文章を綴っていきたい。とかいって、どうせラジオの書き起こしとか回りくどい公開ファンレターなんだが。

ほんとうにオレの明日はどっちなんだろうな。


オレがこんなことをやっていたちょうどその週の「ヤングタウン土曜日」で、道重さゆみがあそこまで地元のことを話すというのもなんという偶然というか...。

2008年4月14日 (月)

道重さゆみのダンゴムシトークをふりかえる。

今週水曜日、つまり4月16日にはモーニング娘。36枚目のニュー・シングル、「リゾナント ブルー」が発売される。高橋愛、田中れいなのツートップ体制が強調された、大人っぽくてカッコいい曲だ。すでに「ヤングタウン土曜日」などでも話題になっているように、道重さゆみのソロ・パートは「うーん」「はーい」「ヘルプ・ミー!」のみ。このことを「ヤングタウン土曜日」ではネタにして、「今夜もうさちゃんピース」では「日本語は一切歌っていません」などという言い回しをしたりしている。結果、先週のアメーバ・スタジオからの生放送などを見ると、道重さゆみの「ヘルプ・ミー!」を待ち構えるかのように多数のコメント書き込みがあったりと、おいしいネタになっているようだ。

というわけで、今週はプロモーション週間ゆえに、ほぼ毎日、モーニング娘。メンバーがテレビやラジオに出演する。道重さゆみはレギュラーのラジオ2本に加え、ラジオやネット配信番組に出演したりする。金曜日深夜には日本テレビ系列の音楽番組、「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」に出演する。この番組には新曲が発売されるたびに出演しているが、モーニング娘。の扱いはどんどん小さくなり、最近では番組メインのトークコーナーに呼ばれることもめっきり無くなってしまった。過去の動画を探索すると、かつては司会の青木さやかと道重さゆみがかわいいとかかわいくないとか言い合ってバトルしていたり、同じく司会のキングコングにボケとツッコミのお約束を試されたりしていたようだ。

収録観覧者からの情報で、今回は久々にトークコーナーに出演しているということが分かった。しかもトークはかなり盛り上がり、中でも道重さゆみはかなり目立っていたという。キングコングの梶原雄太が思わず「モー娘。おもろいなあ」と呟いていたという書き込みもあった。要は番組でどれだけ使われるのかという問題である。待ちきれずに、数秒間でも見ることができればと思い、先週の放送の予告編を見た。

予告編が始まってすぐに、いきなり道重さゆみがアップになる。席は前列4人のうち、向かって右端のキングコング・梶原雄太側だ。「(モザイク)を引き出しの中で飼ってるんですよ」というテロップが出て、キングコングの西野亮廣が「えーーーー!」と大きなリアクションを取る。ふたたび道重さゆみがアップで「5匹ぐらい連れてきて...」、手を叩いて大笑いする青木さやかと西野亮廣、身の気がよだつといったポーズを取る他のメンバーたち。「道重が飼っている謎の生命体とは!?」というテロップが出たあと、道重さゆみのアップでストップモーションになるのだが、この瞬間のしてやったりという表情が実にいい。これは本編を見るのが実に楽しみだ。

さて、この引き出しの中で飼っている謎の生命体だが、やはり「今夜はうさちゃんピース」で小学生時代のエピソードとして話していたあれのことであろう。以下、2007年2月1日に放送された分の書き起こしである。

「さゆみは小学生の時はすごい地味で、おとなしくて、静かでした。
なんか、だからといって勉強も好きなわけでなく、なんかほんとにパッとしない小学生というか...
だってなんか...あんまりよろしくないお話なんですけど、あの、だんご虫っているじゃないですか。さわったら丸まるだんご虫っているじゃないですか。あれを学校の...あの、行き道に持ってって、そのまま5匹ぐらいずっと手の中に入れといて、で、授業中とかも机の引き出しの中に自分で紙とかで箱を作ってだんご虫のお部屋とかを作って、で、紙とかですべり台とか作ってコロコロとか転がして、そういうので楽しんでるぐらい、なんかちょっと変な子だったんですよね。だから今こうやって、なんか元気にしゃべってるのが不思議なぐらい、おとなしかったです」

昨年のこの回が放送された頃、オレはたまたま開いた2ちゃんねるのモ娘(狼)板のスレッドで、このエピソードを知った。この時点で、オレは「今夜もうさちゃんピース」を1度も聞いたことがなく、道重さゆみのことはちょっと天然入って自己愛が強いイタイ女の子という印象しか持っていなかった。小さい子供に混じって「オシャレ魔女ラブ&ベリー」に並んでいるというエピソードや、「カオスじゃないの キュートでプリティーなの」といった台詞に象徴されるモ娘(狼)内の各種ネタスレッドの影響が強かったと思う。しかし、このダンゴムシのエピソード、そして、同番組2007年2月15日放送分で話された以下のエピソードを聞き、大きく印象が変わった。

「あの、さゆみ、みちし「げ」じゃないですか、だから、小学生のときに、あだ名が「みちし原人」だったんです。ほんっとくだらないんですけど、すっごいそれが嫌で、いっつもなんか男子とかに「みちし原人」「みちし原人」って呼ばれてて、もうほんっとにそれが嫌で、もういっつも、もう悲しくて学校に行きたくない思い出だったんで、それがいますごい蘇ってきたんで言ったんですけど」

これを知った時に感じたなんともいえない切ない感情は、オレの潜在意識の中に眠っていた何かを確実に覚醒させた。さらには気になって見たCBCラジオの番組公式ホームページでは、道重さゆみの私物の髪飾りが公開されていて、それは小学生時代に女子が付けていたような、うさぎの付いた実にかわいらしいものだった。そして、sべてを理解した。この子は本物なのだと。そして、その自己愛の起源すらも分かったような気がした。オレが熱狂的な道重さゆみ信者と化すのに、時間はそれほどかからなかった。

「今夜もうさちゃんピース」において、道重さゆみはこれを面白エピソードとして話したのだろうか。どうもそうではないような気がする。その後、「ヤングタウン土曜日」でも話したところ、明石家さんまと村上ショージは一瞬リアクションに困っていた。まだレギュラーになりたての頃で、アイドルが語るエピソードとしては想定外だったのだろう。しかし、じわじわ効いてきたようで、この話題については色々と突っ込まれていた。この「ヤングタウン土曜日」ではさらに続きが話されていて、次の日学校へ行くと、ダンゴムシは引き出しの中でカピカピになって死んでいたらしい。「食べ物は何もあげなかったのか?」という突っ込みに対しては、「ダンゴムシって何か食べるんですか?」などと聞き返していた。

これはあくまで小学生時代のエピソードとして語られたものなのだが、「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」の予告編を見ていると、どうやら今現在のこととして話されているようだ。明石家さんまや村上ショージにも受けたこのエピソードを鉄板ネタにするべくアレンジしたのだろうか。それにしても、笑いを取った後の道重さゆみが、実にいい顔をしている。

「ハロモニ@」を見ていても思うのだが、特に最近は意図的に笑いを取っていく場面が多く見られる。赤チン国王の声をやっている平成ノブシコブシの吉村崇もモーニング娘。のメンバーで一番お笑いのセンスがあるのは「ダンゼン、道重ですね」と言っていたが、基本的なボケ、ツッコミが分かっている。その上でどんどん前に出て行く。すべることも多いが、積極性がひじょうに出てきている。明石家さんまや村上ショージと「ヤングタウン土曜日」で共演しているうちに鍛えられているということもあるのだろうが、「親方」などとからかわれて泣いたり怒って鉛筆を投げたりしながら、それを乗り越えて、その自身によって自己愛と自虐をうまくコントロールできるようになったのが大きいのではないかと思う。この1年間での精神的成長は目を見張るものがあり、ではオレはどうなのかと、身が引き締まる思いである。

道重さゆみの今後のタレントとしての方向性であったり可能性だったりというのは、よく掲示板などで語られているが、ここ最近のエロキャワおもろ路線は結構いいんじゃないかと思う。最近のバラエティー番組に出てくるアイドルというのは、笑いは取れるものの退廃的で品が無い者が多い。道重さゆみの笑いにはバックボーンに故郷だとか家族だとかがあり、それでいてかわいくておもしろいというのはなかなか無いパターンであり、この路線を突き詰めていけばいいのではないかと思うのだ。

2008年4月11日 (金)

宇部市と道重さゆみ。

道重さゆみがメディアで出身地を語る時は、山口県とまでしか言わない。田中れいなの福岡県だったり高橋愛の福井県だったりも、市町村まで言っているのはあまり聞いたことがない(まあWikipediaとかを見ればちゃんと載っているのだが)。しかし、道重さゆみが宇部市出身であることは周知の事実である。これは、オーディション合格のニュースが地元の新聞「宇部日報」に中学校名や住所の町名番地名まで掲載されたことやダウンタウン司会の歌番組に出演した際の「宇部線」発言のせいだろうか。ここで何度も書いているように、道重さゆみがモーニング娘。第6期のオーディションに合格した頃は、モーニング娘。どころか日本の芸能人や音楽に一切興味を持っていなかったオレには、過去の資料などから知ることしかできない。

道重さゆみの大きな魅力のひとつに、いい意味での田舎っぽさ、垢抜けなさというのがある。生まれてから一度も髪の毛を染めていないというのもそうだが、美容室が都会の象徴で苦手だとかラジオなどで家族の話を嬉しそうに話したりおじいちゃんやおばあちゃんがかわいいと言ったりする。道重さゆみのファンの一部は、幻想の田舎美少女とでもいうべきノスタルジー(郷愁)を彼女に対して投影しているのではないだろうか。テレビの中のアイドルに憧れる田舎の女の子という構図は、昭和世代の地方出身者には簡単にイメージできる。それが現実に平成の東京の芸能界に存在してしまっているというところが、道重さゆみのおもしろさのひとつではある。

平成ニッポンは経済的不況と不安とストレスが蔓延し、古き佳き時代に癒される。バブル期への郷愁しかり、「ALWAYS-三丁目の夕日」に代表される昭和ノスタルジーしかり。懐古趣味はあまり健康的ではないが、新しい理想的なビジョンというものを描くのが困難なのだ。ただ古いものに退行するのではなく、不確かで幸福感を実感することが難しい現在、過去ではあるが確かで幸福感のある価値観に再び光をあて、それを現在で実行しようとしてみる。

シンセ・ポップ全盛の80年代前半、いつかどこかで聴いたことがあるようで、それでも確かな希望と情熱をたたえた1枚のアルバムが発売された。17歳の天才、ロディー・フレーム率いるスコットランドのバンド、アズテック・カメラによる「ハイ・ランド、ハード・レイン」である。ギターを主体とした懐古趣味とも取られかねないアコースティックな作品ではあったが、この素晴らしいアルバムはUKインディー音楽界の文芸復興とでもいうべきネオ・アコースティック・ムーヴメントを代表するものとなった。日本版発売時のコピーは「懐かしいのに新しい」とかいうもので、奇しくも山口県の観光キャンペーンのキャッチコピー、「はじめてなのに、なつかしい。」とよく似ている。また、「ALWAYS-三丁目の夕日」の続篇において、昭和時代の東京の映画館として登場しているのは、実は宇部市に現存する建物である。

北海道出身のオレにとって、山口県という土地はまったくゆかりのない場所であり、イメージもよく湧かなかった。本州の一番端ということで、地理は覚えやすかったのだが、ただそれだけのことだ。大学時代に山口県出身の女子が同じクラスに2名いたが、ふぐが名物ということぐらいしか地元についての話はしていなかった。そのうちの1人は卒業後に読売新聞に入社し、いまでも名前を検索すると過去の記事が出てくる。

80年代後半にはアイドル歌手への興味も大分薄れてはいたが、この頃、宇部市出身の芳本美代子、西村知美という2人のアイドルがデビューしている。芳本美代子本人にはあまり関心がなかったが、デビュー曲の「白いバスケット・シューズ」はフィル・スペクターのアイドル歌謡的解釈ともいえる傑作で、当時シングル盤を買ったし、今でも名曲だと思っている。西村知美はデビュー前に「うる星やつら」のシナリオ・コンテストに応募して、結構いいところまでいったほどのアニメ好きであり、ときわ公園のペリカン、カッタ君がアニメ映画化された時にはその主題歌を歌った。この曲は現在もときわ公園内で流れている。それにしても、この2人のアイドルが人気絶頂の頃、道重さゆみはまだ生まれてすらいないのだ。

では山口県宇部市とはどんな街なのだろうと調べてみると、重化学工業を基幹としているだとかテクノポリスの指定を受けただとか人口は県内で3番目だとか、あまり田舎という感じはしない。県内唯一の空港である山口宇部空港だってある。このあたりはインターネットだとか資料だとかで調べているだけではなかなか分かりづらいものだ。

モーニング娘。に加入するまで道重さゆみが住んでいた場所は、宇部市の中でも比較的自然が多い場所だ。すぐ近くにはときわ公園や海水浴場もある。ときわ公園はペリカンのカッタ君が有名だが、日本国内でも奈良公園に次ぐ面積を持つ広い公園である。白鳥やペリカンがいる湖や菖蒲園、野外彫刻美術館、遊園地、動物園などがある。動物園はたくさんの種類のサルや鳥がメインとなったなんとも郷愁をさそうものである。また、遊園地は観覧車やジェットコースターという定番アトラクションをはじめ、ロケットの形をした上に上がっていく乗り物やゴーカートなど、これまた昭和の遊園地やデパート屋上を彷彿とさせる何ともいえない味のあるものだ。春には桜が辺り一面に咲く。実に心和む空間である。また、ときわ苑という有名な和風海浜レストランがあり、ここでは山口宇部空港の発着陸を見ながら地元で採れた素材のみを用いた絶品の料理を食すことができる。ご飯にはしそわかめというシンプルだが激うまなふりかけをかけて食べるのだが、他にも貝汁や練りの芸術と呼ばれる宇部かまなどが堪能できる。このような観光名所があるにもかかわらず辺り一帯には普通の真っ当な生活があり、お年寄りが畑仕事をしていたりする。夜は大通りを除くと真っ暗であり、空には星がきれいに見える。

宇部線という電車が通っているのだが、ほぼ1時間に1本しか来ない。バスもだいたい同じような感覚。市街地へ出るにはこのような交通手段を用いるのだが、無人駅がある為か、車内で整理券を取ったり切符や料金を回収したりするシステムになっている。PASMOはもちろん、自動改札機すら設置されていない。時刻表などにはワンマンという文字が記載されており、以前に道重さゆみが「ワンマンバスって電車ですよね?」などと謎の発言をしていたのもこのような事情があったと思える。アメーバスタジオの出演で、道重さゆみは中学時代に雨の日はヘルメットとカッパを着用して自転車に乗らなくてはならず、それがとても嫌だったと話していたが、このヘルメットとカッパスタイルの自転車通学中学生は、現在でも雨の日には見ることができる。お年寄りが畑仕事をしていたり、表にパイプ椅子を出して日向ぼっこをしながら携帯電話で話していたりと、存在感をしっかり持っているという点も、東京に較べると顕著なように思え、これはとても正しいことのように思える。市街地である宇部新川には囲碁センターなるものが存在し、おじいちゃんが小学生ぐらいの女の子に囲碁を教えていた。また、巨大商業施設であるフジグラン宇部では、30歳ぐらいの息子が車椅子の母親と買い物に来ていたり、休憩所でお年寄り同士が昔話で盛り上がっているような光景もよく見かける。

若者は東京に較べるとやはりすれていないように見えるが、ロック系だったりモード系だったりのファッションにこだわる少年少女の姿も割りと見かける。電車の中で「NANA」の世界観に憧れているようなファッションに身をつつんだ女子がクロスワードの雑誌と格闘しているかと思うと、斜め向かい側の席では眼鏡をかけた真面目そうな男子が「ボブ・ディラン自伝」を読んでいた。コンビニやファミレスなどのアルバイト店員は、東京に較べると温性が高いように思える。市街地にはあちらこちらに彫刻の作品がある。そして、岬付近にはコンビナート。自然と芸術と工業の不思議なバランス感覚。

道重さゆみが東京に出てきて一番驚いたのは、電車の本数が多いことだと話していたことがある。かの「宇部線」発言が飛び出したダウンタウン司会の歌番組でのことだ。電車が5分に1分なのと1時間に1本なのでは、当然だが感覚も変わる。5分に1本なら急かされる。便利で自由なようでいながら、加速させられ実は主体性が奪われている。1時間に1本なら仕方がない。無いものは仕方がない。

オレが道重さゆみに見ているものというのは、もしかすると暗かった幼少時代だったり海沿いの田舎町で暮らした昔の記憶だったりするのかもしれない。安全で平和だった。そしておそらくそれこそが大切なのだ。しかし、いずれそれを守るためには闘わなくてはいけなくなる。そこに葛藤が生まれる。そこでどうするのか。

オレはオレでこの平成ニッポンをどう生きていくか、どのような存在意義を持ち、その為にはどのような技術が必要なのか、それを真剣に考え、実行していかなくてはならない。その為には他人から奪うのではなく、与えるのでなくてはダメだ。この原理原則は常に持っていなくてはならない。道重さゆみとは、オレがリアルな現実を生きる為に切実に必要とするアーティストであり、その理由のいくつかはその生まれ育った環境にあると思えるのだ。

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