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2008年7月11日 (金)

ふさわしい現実とは、果たして一体何のことなのか?

あと2日間で、道重さゆみ生誕19年である。某サイト管理人主催の企画にメッセージは送ったのでもういいだろう、という気はする。思えば、高校1年生の頃に、当時ファンクラブに入っていた某アイドルの誕生日に自作のバースデー・ソングをギター弾き語りで録音したカセットテープを贈った。芸能界に入ればそのアイドルと結婚できるかもしれないと思い、本気で芸能事務所に履歴書を送ったことがある。全く何をやっているのやら。地方都市の高校の学級では、自分の身を守る為に道化者のひょうきん者を装っていたお陰で、田原俊彦の物真似は未だに得意です。「歌ドキッ!」ポップス・クラシックで、ここだけの話、お母さんが大ファンだったと道重さゆみが紹介していたあの曲だって、たぶん振りつきで大丈夫だ。暗い...まったく暗すぎる。

地方都市の高校を卒業したものの大学入試に失敗した。実は1校は合格していたのだが、そこではない学校に行きたい気がしたし、行く気が無いのなら初めから受けるなという話なのだが、あの時に浪人は辞めてそこに行きなさいと言っていたのは母親だけだったのだが、結局、東京の予備校に通うことにして4畳半風呂なしの日当たりが悪いアパートで、はじめての一人暮らしというものを始めたのだった。

高校3年生の学級で一番好きだった女子は黒く長い髪の色白で大人しい子であり、休み時間にいつも一人で文庫本を読んでいるようなタイプ。数名の友達がいたので、そこまでは当時編集発行していたミニコミ雑誌の関係などで、仲良くなるまではこぎつけたが...とにかく絶望的に暗すぎる。

受験が近いというのに、3年の2学期も後半になって、学校が終わると暗いジャズ喫茶に入り浸り、ジャズなんていうのは正直よく分からなかったけれども、面白半分に友人の告白の手助けとか。まったくこんなことをやっている場合ではないのだが。精神的に不安定になり、納得がいかない答案を破いて教師にその場で殴られた。東京の大学を受けるのだから、そんなことをやっていてはダメだと言われた。

卒業式が終わり、大昔の話なのでとっくに時効の未成年飲酒。友人を振った女子が学級で一番いいと思っていた男子はオレだったらしい。そんなことをその場で聞くが、とにかく頭がグルングルン回り、翌朝、とにかく東京に行くまでに何とかしなくてはいけない。とりあえずオレがそのことを知らないふりをして、電話をかけた。酔っ払って迷惑かけてすまん、とかたぶんそんな内容。それを口実に会おうとか考えていたのに。絶望的に冴えなさ過ぎる凡庸な地方の高校生活。数日後、手紙が届き、嫌いになったどころか面白くて親しみやすくなったとか、知っているくせに全く不純な動機のはじまり。一人きりは寂しいだけだから、本当はどうでも良かったはずなのに。かくして、知っている人が誰もいない東京で、ポスト代わりの空の水槽にあの子の手紙が届くのだけを待ちわびる暮らしが始まる。よくもあんなに書くことがあったものだ。メールもケータイもない時代の話。夏休みにレコード屋、カフェ風レストラン、映画館、ジャズ喫茶、バス停とか...くだらないにも程がある。高校時代に好きだった超絶美少女は、警察を目指して勉強中という情報が入っていたが、髪にパーマをかけてディスコで男性を含むグループで踊っていたという噂を友人から聞いただけで、一気に思いが立ち消えた。そもそもすでに顔の輪郭すらも覚えてはいなかったのだ。

道重さゆみぐらいの年齢の頃にオレは何をやっていたかと考えると、そんな感じだったというわけだ。

間もなく東京でも友達ができたし、相変わらず六本木ウェイヴとかオンステージ・ヤマノとかでネオ・アコースティックやニュー・ウェーヴのLPレコードを買い漁ったり。そこでまた、埼玉県から通っている勉強ができる色が白くて小さな子を好きになったりしたのだった。何者かになるつもりではあったのだろうね。

正直、ここまで続いているとは思っていなかった。人生も道重さゆみのファンでいることも。

ちょうどその時期に巣鴨駅前の書店で見かけたのだが、ある文庫本の帯に「人生のピークは19歳で、その後は長い下り坂」というようなことが書いてあった。そんなバカなことがあるか、こんな冴えない今のどこがピークなんだよ、馬鹿野郎と思ったものだが、その後、もしかするとあれは本当だったのではないかと思える瞬間も無いわけではない。

根拠はないのだが、なぜだか25歳ぐらいまでには死んでいると勝手に思っていたのだが、それがそうはいかず、さらに気がつくと就職、結婚とか。一切ビジョンに無かったことばかりが意図しない方法で現実化し、つまりこれは負けたということを意味するのだろうか。思い通りにばかりはいかないし、その時その時で妥協せず精一杯の選択をした、その結果がおそらく最善だというのだが、お前は只今しあわせかい?

誤魔化し、やり過ごす日々が終わり、すでに間に合わぬ予感に溺れたままあるべき現実などをなぜに目指してしまったのだろう。何かに導かれるように、偶然に出会ったが為、その瞬間にオレはあるべき精神状態を理解してしまったし、それを獲得しなければならないと分かった時、そこにあったのは未来への希望ではなく、失われた何者かに対しての激しい悲しみであった。全ての予定調和としがらみをぶち壊すことが、それからの作業になった。それは苦痛であり屈辱的な数々の場面の繰り返しであった。それでも少しでもそこに近付いていると思い、そこに向かうしかもう生きるべき道は無いのだと思ったのだ。迷ったり打ちひしがれそうになった時、道重さゆみの画像、動画、音声だけは間違いなく完全に正しかった。理由としてふさわしい唯一のものだった。

現実逃避の為に芸術を必要とするのではない。ふさわしい現実を獲得する為に、ビジョンが必要なのだ。具体的にどうするかは、限界が来れば自ずと次が見えてくる。そんなことばかりを続けていくのだ。苦しみや痛みには実感がある。屈辱と侮辱を甘んじて受け入れる。そして、研ぎ澄ましていく。不安と失望を打ち負かすには、とにかく自らが力になる以外にない。錯綜して確かなものが見えず、昨日の真実が今日の嘘に見えるようなことがあっても、うさちゃんピース!と呟けば、すべては正しく導かれるはず。

そんな風にして、また続いていく。

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