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2008年8月

2008年8月28日 (木)

今夜もうさちゃんピース#99

今回の放送内容の補完をしようと思いCBCラジオの番組ホームページを見たのだが、「18才の彼女がういういしい時間をお届けします」とまだ載っていた。それはたいして問題ではないのだが、公開されている私物携帯電話の画像がケーキとかキティーちゃんとか花とかのデコレーションがこってりとされていて、このトゥーマッチ感覚というのが、道重さゆみの魅力のひとつではあるなあ、などと思ったりした。また、手書きのメッセージでは、「もう8月終わっちゃうぢゃあーん」と前置きした上で、「でもさゆみ 9月~12月の年末のふんい気がスキだから 少したのしみです」と書いている。おそらく終末が近い、せわしないながらも切ない感じが好きなのだろう。また、番組スタッフのB氏だが、道重さゆみが部屋にアイドルのポスターを貼っていたというエピソードを受けて、中学時代にたしか荻○目ちゃんのカレンダーを貼っていたというようなことを書いていて、84年組の中で岡田有希子でも菊池桃子でもなく、あえて荻野目洋子をチョイスしているあたりにセンスを感じる。以前から番組BGMに薬師丸ひろ子「Woman”Wの悲劇”より」、わらべ「もしも明日が...」、a~ha「テイク・オン・ミー」を使ったりしているのが気になっていたのだが、やはりこの世代の方だったのか。「よい子の歌謡曲」に菊池桃子のレビューを書いたり「オリコン通信」に投稿していたオレとしては、実に嬉しいかぎりである。今後はスタッフのコメントにも注目していきたい。

アイドルの黄金時代である80年代において、アイドル歌謡愛好家は楽曲とアイドルのヴォーカルの楽しみをマニアックに追及していったわけだが、ニューミュージックやロックなどのメッセージ性や技術至上主義に対し、アイドルの歌のヘタクソさも含めていきとして楽しむという韜晦感覚があったものである。ルックスは抜群によく、グラビアでは大人気だったものの歌唱力は破壊的だったという森尾由美などという天才もいた。オレが北海道の実家で高校生をやりながら発行していたミニコミ誌で森尾由美を絶賛したところ、さっそく埼玉県在住の読者から実家の表札や外観の生写真が送られてきたのにはビビったものだ。まあそんなことはどうでもよろしい。要は、「クイズ シゲサゴン!」における罰ゼリフがこのところずっと替え歌なわけだが、実はこれがいたく気に入っているのだ。今回は秋川雅史「千の風になって」がテーマだったのだが、破壊力はおそろしく、リピート再生しては快感に打ち震えた。ちなみにオレは洋楽を含めた相当な音楽愛好家であり、上手い歌を聴くのならばそれこそアレサ・フランクリンだとかビリー・ホリデイだとかを聴くのだ。良いヴォーカルとは単純に音程が合っているとか声量があるとかではなく、聴く者をどれだけ感じさせるかなのだと思う。そういう意味では、オレにとって道重さゆみだとか森尾由美だとかアイドル時代の原田知世だとかは世間一般的な価値観では歌がヘタなのだろうが、ジョニ・ミッチェルだとかケイト・ブッシュだとかデビー・ハリーだとかと等価に優れたヴォーカリストなわけである。歌った後に「やだ。バカっていうかほんとに音痴」と恥ずかしそうに言う道重さゆみも最高であり、この番組スタッフはオレのマニアックな嗜好を満たすために番組を作ってくれているのではないかと錯覚するほどであった。

「ヤングタウン土曜日」において、道重さゆみは明石家さんまが総合司会を務めた「FNS27時間テレビ!!」がたいへん面白く、録画したものも含めて27時間分すべて見たと言って、明石家さんまを大いに喜ばせていた。その後、モーニング娘。の携帯電話用サイトである「ポケットモーニング娘。」で公開されていたツアー日記を読んだのだが、コンサートで訪れた名古屋のホテルで、一度日記を書き終えてマネージャーに送ったのだが、テレビが面白すぎて眠れずに、そのことを追加して書いている。今回はこの「今夜もうさちゃんピース」にもこれに関する質問がきていたのだが、かなり面白かったことを嬉しそうに話していた。特に「はねるのトびら」のコーナーで、キングコングの西野亮廣がゲームのルールを説明しようとして、さんまが「知ってます」と言い、西野が視聴者に説明するんですというようなことを言う場面が気に入っているようだ。次の日もコンサートだったため、寝なくてはいけないと思い、一度テレビを消すのだが、続きが気になってまた起きてはつけるということを何度か繰り返したようだ。一般の視聴者がどこを多く再生したかをインターネットで調べたりもしたらしい。こういう好きなことにはとことんのめり込むというところが実に可愛らしくてほほえましい。また、番組のことだけではなく、さんま個人についてもいろいろとベタ褒めしていた。おそらくこの内容をリスナーが「ヤンタン」にタレこみ、そちらでも話題になるという計算も含まれているだろう。惨めで不幸なアンチのみなさんはこういうところを叩いてひとときでも自分の救いようがなく陰惨な現状を忘れようとするのだろうが、こういった小賢しさも含めて、道重さゆみはたまらなく可愛い。女の子のこういう気に入られようとして人づてに伝わるように言うところとか、本当にすごく好きだ。

宇部の実家に一人で住んでいるお父さんについての話題もあったが、パソコン系の仕事をひた向きに頑張っているらしい。数か月前まで会社を辞めたい時期があったようなのだが、いまはまた頑張る気になったようだ、と言っていた。また、お兄ちゃんは彼女を連れてきたことがなく、お姉ちゃんも道重さゆみ自身も結婚や出産はかなり先のような気がするので、両親はいまのところ孫の顔が見られる気配がない、だからぜひ長生きしてほしいとも言っていた。

アイドルのポスターについての話題もあった。山口県の実家に住んでいるときはモーニング娘。や石川梨華や高橋愛などのポスターを貼り、ヒゲなどを落書きして遊んだりもしていたらしい。上京してからも、モーニング娘。に加入はしたものの先輩たちとはまだ仕事上でしか付き合いはなく、相変わらず部屋にポスターを貼って、ファンの気持ちを持っていたようだ。それ以外のアイドルのポスターも貼っていたということだが、今回オレが知る限りでは初めて小倉優子の名前が具体的に出た。以前、何かで見たプリクラでは「ゆうこりん」と書いているのがあった気がするのだが。その小倉優子だが、先日たまたま見ていたテレビで、もう25歳なのでファーストキスの場所を答えるのはOKとか言っていて、別に小倉優子にはまったく興味関心はないのだが、なんだか切ない気分になった。アイドル時代の恋愛話をするのは当時のファンへの裏切りという考えを持っているという南野陽子には感心する。カレンダーは月が替ってはがしたものがもったいないという感覚は、経験者であれば理解できる感覚だろう。上京してすぐ住んだのは中学校の近くだったが、そこからいま住んでいる所に引っ越すときに、アイドルのポスターはもう卒業しようと思い、現在は貼っていないらしい。

つんく♂から送られたメールに、「自分に厳しく」と書いてあったらしい。

以前にも語られた久住小春が毛穴を見てくるエピソードについて、さらに詳しく話されていた。とにかくいつも顔が近いが、おそらく毛穴を見ているのにちがいないと言っていた。また、久住小春が「道重さんの毛穴、ほんときれいですよね。何も浮いてないですよね」などと言ってくるが、何も浮いていないはずはないと発言し、何でこんなことまで言わなくてはいけないんだろう、と恥ずかしがっていた。久住小春は、道重さゆみ以外のメンバーの毛穴も観察していて、今日は誰々の毛穴はどうでしたよ、などと報告をしてくる毛穴フェチであるらしい。

料理は最近は一切していなく、唯一やった料理っぽいことといえば、カップめんに卵を割って入れたことぐらいらしい。チキンラーメンだろうか。

「今週のお姉ちゃん」のコーナーでは、北京オリンピックの話をしているときに、「北京オリンピックってどこでやってるの?」と普通に聞いてきたというエピソードを話していた。また、スイカを食べるときは皮の底のほうまで食べるらしい。外を歩いていて道重さゆみが暑くて喉が渇いたので150円のペットボトルなどを買おうとすると、もったいない、家でお茶を沸かして冷やしたほうが安い、などと言ってくるなど、節約しようとする意識が高いようだ。また、メイクの仕方が独特であり、眉毛を2Bの鉛筆で描いたり、ホットビューラー替わりにライターを使ったり、また、チークの後にファンデーションを塗ったり順番がメチャクチャだったりするらしい。

コンビニのおにぎりが開けにくいことについて、なぜか熱く異議申し立てを行っていた。あれは企業がここでもう完成だと決めているからそこで止まっているのであり、工夫すればもっと開けやすくなるはずだと言っていた。特に納豆巻きなどの丸いやつについて不満があるようだ。セブンイレブンの弁当のフタを貼り付けているテープが最近ひじょうにカットしやすくなったりしているので、企業努力もかなり地道に行っているとは思うのだが。

山口県のおすすめスポットとしては、実家の近所のときわ公園を挙げていた。壊れかけてこわいジェットコースターのことなどを話していた。また、遠足などで何度も訪れているので、思い出がたくさんあるとも言っていた。他には、実家からは車で何時間もかかるが、下関のふぐもぜひ食べてほしいと言っていた。年末には家族で早朝に市場に買いに行っていたという話を、以前の放送でしていたと思う。 

夏休みの思い出としては、7月20日にお姉ちゃんが海で骨折し、8月31日にギブスが外れるということがあり、その年は家族でどこにも行けなかったらしい。入院もしていたため、お母さんも看病でいなく、その間は1人でポッキーを買いに行ったりしていたようだ。

2008年8月22日 (金)

大阪の思い出。

去年の8月2日木曜日に、生まれて初めて大阪に行ってきた。その年の春先、モーニング娘。の道重さゆみがやっているラジオ番組、「今夜はうさちゃんピース」で話された内容、小学生時代に大人しい子で通学途中に拾ったダンゴムシを机の引き出しで飼っていた、男子から「みちし原人」と呼ばれていてそれがとても嫌だった、などをインターネットで知り、興味を抱いた。モーニング娘。だとかハロー!プロジェクトだとかにはそもそも興味はなかったのだが、世間一般的にもいい感じで人気が停滞してきて、B級感も漂ってきたので、ネタとしてチェックしはじめた。日曜昼にやっていた「ハロー!モーニング」などを観るうちにメンバーの顔と名前も一致してきたが、6期メンバーの道重さゆみについては自己愛の強いブリッコナルシストキャラという印象で、特に好きなタイプではなかった。しかし、これらのエピソードを知り、また、同番組ホームページで公開されていた私物の髪飾りの画像を見て、オレの中で遠い昔に忘れてしまった、しかし何かとても大切なものが蘇った。その過程については、当時のmixi日記に綴られていて、このブログの冒頭にまとめてある。好きな想いが募れば、本人を直接見たいというのは自然な流れなのだが、モーニング娘。のコンサートというのはだいたい土日祝日しか開かれていなく、そういう日は決まって仕事があり、自由に活動できない。この日の大阪ラジオ公開録音の話は以前から知っていたが、まさか大阪まで行くなどという発想は一切無かった。しかし、ある金曜日の夕方あたりに急遽、閃いてしまったのだ。それは楽しみで楽しみで仕方がなかった。しかし、その3日前の月曜日に突然用事が入り、その日の大阪行きは難しくなった。そうすると今度は7月31日の火曜日に代々木のスタジオでFM放送の公開生放送があるという情報が入った。これには何とか行けそうだ。行ったのだが、スタジオのガラス窓越しに数十秒間だけ見てすぐ移動という形式で、いわゆるループというやつも駆使したものの、オレの位置はちょうど道重さゆみの斜め後ろであり、相当な至近距離でありながら後姿と横顔しか見られないというそうとうな焦らされ感。いや、こういうのは嫌いではないのだが。そして、色々なリスクを背負って、後はどうにでもなれという思いで、当日は新幹線で大阪へ行った。何かに突き動かされるようにこのような行動を取っている自分にびっくりした。

MBS毎日放送が主催しているオーサカキングというイベントの中で、道重さゆみと光井愛佳がラジオ番組の公開録音にゲスト出演する。このオーサカキングというのは関西の方々にはかなり有名なようで、大阪城の周りをかなり広く使って、出店やライブなどいろいろなことをやっている。このイベントもそうなのだが、ラジオ番組はせいぜい1時間ぐらいなので、あとはせっかくなので大阪観光などもして帰ろうと思っていた。しかし、初めて真正面から見た本物の道重さゆみの美しさに衝撃を受けすぎて、他のことは一切する気になれなかった。しかも、よく考えるとオレは大阪の街についてまったく知識がなく、とてもじゃないが観光できるような感じではなかったのだ。道重さゆみを生で観たことにより、オレは放置してきた過去やいろいろなことに落とし前を付け、ふたたび理想を追求していくことを決意したわけだが、先月の7月30日から31日にかけ、このきっかけを確認することと、今度こそ大阪観光をちゃんとしてこようと思い、今度は飛行機で大阪に行ってきた。つまり、道重さゆみとは一切関係の無いただの旅行の覚書を以下、だらだらと書いていく。まったくブログの趣旨がまったく分からなくなってきた。いや、あくまでモーニング娘。道重さゆみさんをめぐる自分探しブログなのだから、これでいいのだ。

今回はガイドブックも3冊熟読し、Googleマップでシミュレーションも何度もした。1ヶ月前からあれこれ計画していたのだ。朝7時半の飛行機で羽田空港を立って、8時35分に大阪伊丹空港着。電車の乗り換えまでちゃんと計算して携帯電話に記録してきたので、この辺りは万全である。モノレールと阪急電車で梅田まで出て、2000円で1日乗り放題というスルッとKANSAI大阪周遊パスというのを買う。最初の目的地は海遊館という水族館である。今回は主にベタでコテコテの大阪を堪能したかったのだが、ガイドブックを見ているうちに、やはり水族館好きのオレとしてはここは外せないという気分になってきたのだ。UFJは初めからどうでもいいと思っていたが、ここは行ってみた。駅から歩いている段階で子供の言葉が大阪弁というだけで相当テンションが上がった。隣にある天保山マーケットプレイスというところにレトロな大阪をテーマにしたフードパークのようなものがあり、ソースやマヨネーズの匂いに興奮を覚えた。海遊館は実に水槽が大きく、目玉のジンベイザメも大迫力。個人的にはデカい亀が大いに気に入った。いくらでも楽しみようはあったのだが、この後も行きたいところが目白押しだったので、36分間で全部見終わる。

梅田に出て、阪神デパート地下のフードパークへ行く。よくあるデパートのフードパークと変わらないのだが、とにかく老若男女さまざまな層の方々がお好み焼やたこ焼きなどを立ち食いしていて、衝撃を受けた。ここでは名物だといういか焼を買った。大阪でいういか焼というのはいかを丸焼きしたものではなく、生地の中にいかと玉子を入れて焼いたもの。平日の昼間だというのに行列ができていた。さすがに立ち食いするほどネイティブに溶け込めず、お土産用にしてもらって、カバンに入れて移動した。1枚160円と激安。次は阪神梅田駅改札近くのジュースコーナーで140円のミックスジュースを飲むことにした。いろいろな果物を混ぜたジュースのことだと思っていたのだが、果物と牛乳を混ぜたもののことだった。これは結構みんな知っているみたいで、単にオレが無知だっただけみたいだ。喉が渇いていたせいもあるのだが、これがまた激しくヘルシーで美味く、感動した。

さて、いよいよ最大の繁華街、なんばへ突入である。ガイドブックを見ている中で一番食べたかった道頓堀今井のきつねうどんをまずは食べるのだ。雑誌やテレビで見覚えのあるタコやカニやフグの巨大看板にテンションが上がるものの、この道頓堀今井といううどん屋さんが一向に見つからない。地図を見ても場所は間違いないのだが。よく見ると、今日は定休日だった。ガイドブックにもちゃんと書いてある。かなり緻密に立てた計画がこの時点でメチャクチャになる。ずぼら屋という土産物屋で限定キーホルダーなどの土産を買い、夕方に食べようと思っていた自由軒という食堂で名物カレーを食すことにする。いきなり髪を染めたインパクトのある女性店員が案内してくれる。ドライカレーのようなものに生卵がのっかっているのだが、これをかき混ぜて食べる。これもガイドブックで見て一目ぼれしたメニューだったのだが、かなり美味かった。それにしても店員と客の会話を聞いているだけでも漫才の掛け合いのようであり、とても面白い。北極というアイスキャンディー屋さんで奥さんに頼まれていたペンギンのキャラクターのキーホルダーを買う。タワーレコードを見たり散策して、地下鉄で新世界へ。

なんばは意外とお洒落で、街で流れている曲もMr.Childrenやaikoなど、思いのほか普通だなという印象があった。そりゃあ大阪だからといっていきなりやしきたかじんだとか憂歌団ばかりかかっているわけがない。しかし、新世界はいきなり70年代歌謡曲のオンパレードである。そして、串焼き屋がたくさんある。白昼堂々とポルノ映画のドギツイ看板があったり、あちこちにある試写室というのは、どうやら東京でいうビデオボックスのことのようだ。有名な通天閣の入り口を見つけたのだが、あまりの寂れ具合に躊躇し、結局上らずに移動してしまった。

ホテルのチェックインまで時間があったので、オーサカキングの会場に入る。今年はオーサカキンギョなる金魚がメインキャラクター。とにかく会場が広い。生演奏やフードやゲームなど、あちこちでいろいろなことが行われている。去年のことを思い出したりしながら、1時間ほどで時間がきたので予約していたホテルにチェックインする。シャワーを浴びて少し休んで、再び移動。またオーサカキング会場を歩いたりカレーを食べたりする。夕方近くになんばへ向けて出発。有名なグリコの巨大看板をデジカメで撮影したりしてテンションが上がる。「ハロー!モーニング」で紺野あさ美も大好きだと言っていた511蓬莱で豚まんを買う。なんばで喫煙を注意されてブチ切れていたご婦人がいたが、20分後ぐらいにそこに戻ると、ブチ切れぶりがエスカレートしていて、警官の数も10人ぐらいに増員していた。警察を追うテレビのドキュメンタリー番組のようだな、という感想を持った。

適当に歩いていたら、どうやら日本橋なるところに出てしまった。この辺りは東京でいうと秋葉原にあたるでんでんタウンなどと呼ばれているようで、家電の店などはもう閉まっていたのだが、アダルトDVDを扱う店などが多数あった。店の外までアダルト女優の立て看板を堂々と出していたり、店の出入り口すぐのところでAVのようなものを流していたりと、その大胆ぶりにドキドキした。よく分からないうちにどういった経路でこうなったのか知らないのだが、通天閣が見えてきた。近くの駅から地下鉄に乗り、ホテルに戻る。夜中に衝動的に街を歩きたくなり、タクシーでまたなんば。TSUTAYAが朝までやっているみたいだ。それから2時間ぐらい歩いて、別に何をするわけでもなく、タクシーでホテルに帰ってくる。

翌日は朝起きてチェックアウトして、奥さんが希望していたぽんぽん船というお菓子を買いに大正という駅のそばにある大六堂という和菓子屋さんまで行く。それからなんばに移動して、念願の道頓堀今井できつねうどん。とにかくスープがたまらなく美味く、これまで食べてきたうどんとは全く別の種類の食べ物という感じがした。満足して、オーサカキング会場へ移動。フローズンスイーツとかを食べながら、場所は異なるが去年は道重さゆみと光井愛佳が出演していたOKステーション前で笑い飯と小藪千豊のラジオ公開放送を聴く。人口雪を降らせるイベントがあったが、雪国生まれのオレからみてもかなり本物に近くて驚いた。魔法の粉もん横丁なる屋台でお好み焼やたこ焼や焼そばを食べる。前日は異なった店舗がそれぞれ出店していたのだが、たこ焼は限定のレトロたこ焼というのが残り5個ということで、それを買った。生地に味がついていて、ソースをかけずに食べるタイプのものだった。今日はスタンダードなソースをかけるたこ焼を買おうと思っていたのだが、気がつくとたこせんというのを買っていた。これはたこ焼を潰してみりん焼せんべいなどと呼んでいた記憶のあるあのオレンジ色っぽい煎餅に挟んだもので、これが食感、味ともになかなかイケる。

少し時間があったのでやはり新世界に行って通天閣には上っておいた。大阪伊丹空港の551蓬莱カフェで冷麺を食べて、19時45分の飛行機で羽田へ発った。実に楽しい大阪観光であったが、道重さゆみのことを知らなければ、おそらく大阪など一生行かないままだったと思う。といったところで、着地点などどこにもないのだが、とにかく道重さゆみのファンになったおかげで、これまで考えてもみなかった体験がいろいろとできて、オレはたまらなく楽しい、ということである。以下、動画。

2008年8月21日 (木)

都会の空に水族館など。

その気もなくひょんなことからモーニング娘。の道重さゆみというアイドルのことを知り、その魅力にどんどん引き込まれていった。アイドルに夢中になるなどということは高校1年生ぐらいの頃以来経験したこともなく、人生においてふたたびこのような事態が訪れるとは思ってもみなかった。なぜ道重さゆみだけが特別なのかということについては考えるよりも感じることを重視しているため、あえて語らないのだが、とにかくこの状況にどう対処すべきかということがよく分からなかったのだ。そこで、これまでは異なった人種の人たちだと思っていた世間一般のアイドルファンの方々を参考にしてみることにしたのだ。形から入ろうとしてヲタなんていう言い方を真似してみたり、掲示板を閲覧したり書き込みをしたりもしてみた。そんなことを続けて約1年半経過した現在、どうも何かがちがうのではないかという釈然とした思いがある。たとえばアイドルを擬似恋愛の対象として見るとすると、当然恋人の発覚というのは事件であり、それによってそれまでの関係が崩壊することになる。この前提としては、アイドルがファンの擬似恋愛幻想を守るためにあたかも恋人がいなかったり恋愛に興味がないといった素振りを装うという姿勢がある。ファンはアイドルに対し、一方的に見返りを求めずにCDだとかDVDだとか写真集だとかグッズだとかを買ったりコンサートやイベントに参加して、おカネと時間を費やす。ここでアイドルに恋人が発覚した場合、ファンは当然騙されたとか裏切られたとか思ったり、そう思わないにしても黙って離れていく。そして、グッズなどは売れなくなり、人気は凋落する。この1年半の間にもそのような例をいくつか見てきた。もう哀れというか悲惨すぎて目も当てられないといった場面もあり、これがアイドルファンの宿命だとするならば、なんて救いがないのだろうと思ったものだ。道重さゆみなどは別に計算とか演技とかではなく、ナチュラルに思ったままを言っていて、とうぜん一般的な女子と同様に計算はあるが、そこも含めてたまらなく可愛らしくほほえましいわけだが、まったくちがう価値観でアイドルを応援している人たちや何らかの不幸な経験をした方々は、嫉妬のあまり八つ当たり的に見当外れもはなはだしい批判をかまたりしているわけだ。そいつらのロジックでは、道重さゆみのファンもまた、擬似恋愛の対象として道重さゆみを見ているため、恋人発覚という事態が起これば、それまでのイメージとのギャップで人気凋落は避けられないというものである。まったく程度が低すぎて呆れて物も言えないとはこのことである。少なくともオレが道重さゆみのファンであることの根底にあるものは、道重さゆみという人間に対するリスペクトでしかなく、恋人がいようと結婚しようとそれは揺らぎようのないものである。そもそもオレ自身が妻帯者なのだから、恋人をつくるなとか言うはずがない。恋人発覚程度のことでアイドルは人気凋落、ファンは絶望かつ発狂、ゆえにこの事実にいつも脅えながらファンを続ける、そんなくだらないものならそもそもやっていない。しかし、アイドルファンとはそういうものだと思っていたので、オレすらもその罠にハマるところだった。アイドルの活動や発言からプラスのエネルギーをもらい、それによってファン自身の人生も充実し、それでさらに感謝の気持ちを持ってアイドルを応援し、アイドルはさらに輝くというWIN-WINの関係、これこそがオレが求める最強のファン道だと、最近気付いた。というわけで、道重さゆみにはぜひ素敵な恋人と恋愛もして、幸せな結婚をして、ハッピーな人生を送ってほしいと願ってやまない。

用事があって六本木へ行ってきたのだが、上記のようなことをグルグルと考えていて、すべての辻褄が合ったような気がした。そして、道重さゆみが今後、恋人とデートをする場合、どのような場所がふさわしいいかを考えてみるのはどうかと思ったのだ。道重さゆみが仕事が休みの日にプライベートで遊んだエピソードといえば、食べ歩きとか東京ディズニーランドとかがあるが、新垣里沙と東京ミッドタウンに行ったもののあまりにも場所が大人すぎてどこから見ていいか分からず、結局カラオケボックスに入って二人で語り合って終わったというのが、実にらしい。山口県の宇部の田舎出身で、しかも趣味嗜好がいたってベタというところから考えていきたい。今週の「今夜もうさちゃんピース」でも海外旅行出発前に成田空港で浮かれている男性グループをほほえましくて最高に面白くてツボと言っていた感性で、またさらに道重さゆみの内面が好きになった。

いや、何かうまく構成してそれっぽくまとめようと思ったのだが、面倒なのでもういい。要は今日は六本木の森美術館というところにアネット・メサジェというフランスの女性アーティストの展覧会を観にいったのである。これ自体は個人的に実に刺激的で面白かったのだが、ついでに同じ建物の中にある東京シティビューにも行ってきたのだ。六本木ヒルズの森タワー52階にある展望台なのだが、東京タワーとかサンシャイン60に比べても大人っぽく小洒落た感じが19歳になった道重さゆみちゃんにぴったりということで、無理やりまとめてみたかっただけなのだ。駅前のコンビニで一人でキシリトールガムを買っているだけで大人でセレブな感じと舞い上がっている道重さゆみちゃんには、うってつけといえよう。さらに、「17~ラブハロ!道重さゆみ」のDVDでは水族館で盛り上がっていたが、現在、9月28日までの限定企画で、東京シティビューの中に水族館という、スカイアクアリウムという企画を行っている。時間がなく忙しくてもお気軽に大人でセレブな感じで東京の夜景と水族館が楽しめるここはぜひおすすめである。

東京シティビューが他の展望台と比べて優れている点として、午後11時、最終入館午後10時30分(金・土・祝前日は深夜1時、最終入館は午前0時)という遅い時刻までやっているというのが挙げられる。また、現在は限定でペリエ・カフェというのが設置されていて、ここでオリジナルのカクテルを頼んで、窓際のチェアに座って都会の夜景を満喫しながら飲んだりすれば最高である。カクテルは水族館をイメージしたものや流行のマンゴーを用いたものなど、オリジナルである。もちろん19歳の道重さゆみちゃんはアルコール飲料を飲んではいけないのだが、そこはノンアルコールカクテルもあるので心配はいらない。

水族館ことスカイアクアリウムのほうは展望台料金(1200円)とは別途に500円が必要なのだが、実にアートでお洒落なイメージでデザインされている。都会の深夜の水族館というだけでも素敵すぎるのに、金魚ばかりを特集したジャポニズム・ギャラリーなど、その内容がまた最高すぎるのだ。アクアリウム入り口の水槽を裏側から見ると、魚が空中を泳いでいるという夢のような幻想的なシーンも堪能することができる。オレが行ったのは時間の都合で昼間から夕方にかけてだったのだが、夜に行くと最高だったろうな、と思った。

この後、麻布十番まで歩いて、ハイテックなヒルズと庶民的な商店街との対比を味わおうと計画していたのだが、急に雨が降り出してしまい、それは断念した。とりあえず動画を録ってきて粗い編集でYou Tubeにアップしたので、それは一番下に貼っておいた。

道重さゆみ本人がここを見ているという可能性はほとんど無く、ここを見てくださっている方々のほとんどと思われる道重さゆみファンの方々には一切興味のないネタで、いったいどこへ向けているのかさっぱり分からないのだが、なんというかオレなりに真剣勝負でやってきた結果、いまのところこんな按配ということだ。来週は東京写真美術館及び恵比寿ガーデンプレイスへ行く予定なのでネタがあれば同じようなのを上げるし、飽きたらやらないと思う。うさちゃんピース。

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東京シティビュー※スカイアクエリアムは9月28日(日)まで

今夜もうさちゃんピース#98

現在上演中の「シンデレラ the ミュージカル」についての話題が多いのだが、リハーサル段階の話ばかりであるため、おそらく上演開始前に録りためたものと思われる。「シンデレラ the ミュージカル」のリハーサルは普段とは異なり、宝塚の共演者がいて年齢層も幅広いため、新鮮で面白いようだ。宝塚の28歳の方が「焦っちゃうよ」などと言うのに対し、「女は30歳からですよ」などと言っていたらしい。

「クイズ!シゲサゴン」の罰ゼリフは最近すっかり替え歌がお約束になっているが、今回は鼠先生の「GIROPPON-六本木」であった。道重さゆみはこの曲を知らないため、「聴いてる人の罰ゲーム」になると前置きした上で、完全な作曲によって歌いきった。

「さゆの小部屋」で話していたエピソードでは、冬に亀井絵里の家に泊まったとき、写真集でかぶったという麦わら帽子をかぶって遊んでいたらしい。それを道重さゆみがかぶってみると、あまりの似合わなさに大爆笑になったらしい。それによってテンションが上がり、冬にもかかわらず麦わら帽子をかぶったままラーメン屋に行ったとか。

また、夜は扇風機のタイマーを1時間に設定して眠るが、暑くて夜中に目を覚まし、冷蔵庫で凍らせているゼリーなどを食べているらしい。そうすると体も冷えて眠れるとのこと。タイマーをセットせず、扇風機をつけっぱなしにして寝ると、次の日は体がだるいらしい。これまでのさまざまなエピソードから、道重さゆみの部屋にはエアコンは設置されていなく、夏は扇風機、冬はストーブで温度を調節していることが推測される。

道重さゆみの実家がある山口県宇部市のアイドル的存在だったペリカンのカッタ君が先日亡くなったが、それについてのメールも届いていた。以下、テキスト起こしでお送りする。

「ときわ公園、お家近かったんで、よく、あの、遊びにいって、おばあちゃんにおんぶしてもらって遊びにいったりとかしてて、カッタ君とはしょっちゅう会ってたし、あの、ペリカンって、あの、くちばしの中に歯が無いんですよ。だから、噛まれてもぜんぜん痛くなくて、よく、あの、お父さんに『頭入れな』って言われてて、頭入れてパカってやってもらったりとかしてたんですよ、カッタ君に。そのカッタ君がね、なんか亡くなったと聞くとすごいショックで、あの、山口の一番仲いいお友達から、『カッタ君死んだんだって』っていうメールをもらって、すっごいびっくりしたんですよ、ほんとに。死因は何だろうと思って。まあよく分かんないんですけど、死因までは。でもすごいショックで、なんか、信じられないんですよ。なんか、カッタ君ってなんか自分の人生の中でいて当たり前みたいな感じで、あの、ほんとに小学校とかも、こう運動会とかでカッタ君が降りてくるんですよ、校庭に。で、一緒に運動会、ちょっと参加してもらったりとか、あと普通に中学校とかも、あの、校庭に降りてきてくれて、あの、体育とかカッタ君が校庭にいる状況でやったりとか、あと、こう、さゆみ、テニス部だったんですけど、中1のとき、で、テニスコートに降りてきてくれたときはもう超ラッキーですね。テニス中止なんですよ、もちろんできないから。で、ボールとかも食べるから、食べるっていうか口で、あの、遊んだりとかするんで、もう先生も『じゃあ今日はカッタ君がいるから部活やめようね』って言ってくれてたので、もうすごいカッタ君ぜひ来てっていう感じで、すごいなんかそういう思い出がいろいろあるので、カッタ君とは。すごい切ないんですけど、でも、さゆみ以上にカッタ君のペリーナちゃんがね、いまどんな気持ちなのかすごい切ないです。ペリーナちゃんもいるんですよ。もうね、さゆみは見分けつかなくてどっちがどっちか分かんなかったんですけど、でもなんかペリーナちゃんの気持ちを思うとほんとにいてもたってもいられなくて、うーん、どうしようって感じなんですけど、だからね、もう早くペリーナちゃんのお友達、早く見つけてほしいなって思います」

道重さゆみが山口県や家族について話すエピソードがたまらなく好きなのだが、本人もとても活き活きと話している。

他には「シンデレラ the ミュージカル」で光井愛佳の覚えがとてもよく、助けられているという話や、「天使さゆみと小悪魔さゆみ」のネタに絡めて、久住小春、田中れいな、新垣里沙、藤本美貴、小川麻琴、菅谷梨沙子などに言及する部分もあった。

ハワイのファンクラブツアーの話題では、もっとファンと近いコミュニケーションを取りたいという話をしていた。グァムで撮影された新写真集については、撮影がとても楽しかったことや表紙やタイトルもまだ知らされていなく、出来上がりがとても楽しみだという話をしていた。その中で唯一具体的に話されていたエピソードなのだが、行きの成田空港で浮かれている男性3人組がいて、まだ日本にいるのにアロハシャツ、サングラス、ビーチサンダルなどでテンションが上がっている様子がとてもほほえましく、最高にツボだと話していた。

今日の放送を聴いて気付いたのだが、オレはモーニング娘。やハロー!プロジェクトの他のメンバーや女性アイドルグループという職種に興味があるわけではなく、道重さゆみという女の子のことがとてもよく知りたいだけなのだ。もう人間としていろいろな物事に対する感じ方や性格とかのすべてが好きなので、これから遠い将来にアイドルを辞めたり結婚したりしてもずっと応援しているのだろうと思う。だから、いろいろな障壁が無くなったら、ぜひブログとかも始めてほしいし、何らかの形で近況が分かる状態でいてほしいと思った。かつてはアイドルを応援するということは擬似恋愛的な要素も強いため、それと誤解して、アイドルじゃなくなったらどうするのだろうなどと心配をしていたのだが、もう恋人がいようと結婚しようとずっと好きでい続けるのだろうということがはっきりと分かった。これまででこんなにも好きになった人はいない。道重さゆみが道重さゆみでいてくれることに、心から感謝をしたい。世界は素晴らしく、ゆえにオレは守るべきもののために闘う理由をえる。真実でありリアル、シラフで分かる意味の濃さ。このラジオが毎週ある限り、オレはちゃんとやっていけそうな気がした。

2008年8月15日 (金)

道重さゆみと瓦礫の中のゴールデン・リングなどについて。

昨日、「シンデレラ the ミュージカル」を観終えた後で、なぜかすぐに家に帰る気になれず、明治通りを1時間ぐらい散歩した。代々木、原宿、渋谷、恵比寿...かつてオレが色々な人たちとさまざまな思い出をつくった街である。舞台中に道重さゆみが転んでしまった件、そして終演後のトークショーにおいて少しだけ覗いてしまったような気がした心の闇、それが気がかりで、それを解決するにはどうすればいいのだろうかとモヤモヤした気持ちを抱え、体を疲れさせることでそれを忘れようとした。バカげている。いつか誰かが歌っていたように、好きすぎてバカみたい。

本人は別に気にせずに楽しくやっているかもしれないのに、こういう気分になったらもうダメだ。ブルーズは止まらない。ちょうど1年ぐらい前に、「ヤングタウン土曜日」でまだレギュラーになって2ヶ月ぐらいの道重さゆみが明石家さんまから「親方」としつこくからかわれて、本人が明らかに嫌がっているのにそれをしつこくしつこく続けて、道重さゆみは何とかチャンスを活かそうと自分の殻を破って果敢にチャレンジしているのに、それが空回りして裏目に出て、それが可哀想で可哀想で仕方がなく、心が痛んで眠れないことがあった。この道重さゆみの内面というのはオレの想像でしかないのだが、どうしてもそんな気がして止められなかったのだ。結局、夜中に「ポケットモーニング娘。」を通して、初めて道重さゆみに応援メールというものを送った。ここに書いているような気持ち悪いものではなく、さらっとシンプルにまとめたのだが、あれはちゃんと届いたのだろうか。いずれにしても、その後、鉛筆投げ事件などを経て、道重さゆみはすっかりあの番組を自分のステージにしてしまった。天晴れとしか言いようがない。あのときと同様のブルーズが、オレを襲い続けた。

恵比寿の瞠(みはる)というラーメン屋さんで味玉ちゃーしゅーめんを食べて、ビールを飲み、当初は中目黒まで行くつもりだった。かつてオレの夢が死んだ場所であり、その幻影を追い続けているかぎり、オレは本気で新しい現在を生きることはできないのではないかと思う。しかし、何だか色々なことがくだらなく思えてきた。いま感じているこのリアルな胸の痛みに比べれば、そんな感傷など取るに足らぬことだ。東口駅前のサンクスで缶チューハイを買い、恵比寿東公園で飲みながら考えていた。前日、六本木だとか麻布、広尾とかを歩いてみようと思ったのは、たまたま読んだ宮沢章夫の「東京大学『80年代地下文化論』講義」がオレの色々なトラウマを思い出させたからであった。かつて抱いていたさまざまな幻想はある時点でものの見事に砕け散った。そして、生きるか死ぬかを考えたとき、オレは結局生きることを選び、そのうちに新しい答が見つかるのではないかと思っていた。あれから随分と長い年月が立ったのだが、いまだに真夜中近くの公園で一人で泣きそうになりながら缶チューハイを飲んでいるのである。吐き気がするほどロマンチストだぜ。

そして、やるならばもう一度やるしかない。と思ってブログの記事を書いて新宿コマ劇場に行く前に新宿ぺぺのレコファンで1000円ちょっとで手に入れた佐野元春「HEART BEAT」をiPodにインポートして、それを聴きながら眠ったのだ。地方都市の中学生で、学校の規則で丸坊主だったオレは、このLPレコードをそれこそ擦り切れるほど聴いた。ターンテーブルにのせて、ヘッドフォンから流れてくる曲に合わせて歌ったり踊ったりして、その姿を鏡に映して見て悦に入っていた。

パーティ・ライトにシャンペングラス
Shakin' Shakin' Shakin'
It's a Friday Night
FENからロックンロール
ダイナマイトみたいな クレイジー・ナイト
Living in the city
The Night Life

ツィードのジャケット着こなして
おしゃれなあの娘と Friday Night
ジュークボックス いかしたリズム&ブルース
ドキドキしちゃうぜ クレイジー・ナイト
Living in the city
The Night Life
I love the Night Life

彼女のパパ ちょっときびしすぎる
久し振りならウィーク・エンド
寄りそっていたいのに
時計を気にしながら 早く服をつけて
髪も整えたら タクシーで11時までに
We gonna back home
We gonna back home

アルバム2曲目の「NIGHT LIFE」は、中でもお気に入りだった。14歳のオレはこの曲の中に幻想の都会の気ままな暮らしを思い描き、そのイメージは強烈なものとしてオレの潜在意識に刻まれている。酔っ払った頭の疲れきった意識の中で、オレはiPodのスピーカーから流れてくるそのサウンド、佐野元春の独特のヴォーカルが、オレの中にそのイメージを蘇らせていくのを感じた。あの頃に思い描いていた現在というのは、果たしてどんなものだったのだろう。

いつもと同じ時刻にちゃんと起きて、決まりきったルーティーンをこなし、インターネットで調べ物をしていた。そして、オレはちゃんとやっていく決心をしていたのだと思う。決めたことはふたたび理想を明確に持ち、その為にすべての時間を誠意を持ってちゃんと生きていくということだ。昔は25歳までに交通事故でガードレールにぶつかって死ぬのだろうと本気で信じていて、実際にその年齢がきたときには驚いた。その後も、あまり積極的に長生きしようとは思ったことがないような気がする。だから将来のこととか周りの人のことなども行き当たりばったりしか考えていなかった。人からもっとちゃんとしたほうがいいと言われると、決まって言っていたのが、今日死ぬかもしれないし、ということ。むしろ、死んでしまいたかったのかもしれない。しかし、いまはそうではない。

スカスカの心を埋めるために買った本、雑誌、CD、DVD、その他思い出の品などが無数にあるが、ほとんどは一生見返すことなんてないのだろう。いまは本当に必要なものがどういうものか分かるので、大半は売り払うか捨ててしまおう。当然、道重さゆみやモーニング娘。の写真集、DVD、CD、雑誌、生写真などは取っておくに決まっているのだが。そして、無駄遣いはもう一切やめようと思う。道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」の「ダジャレンボー将軍」のコーナーで「煙草はやめてほしいですね、いろんな意味で」と言ってくれたせいで、あれから煙草は1本たりとも吸っていないし、もう2度と吸いたいとも思わない。日々の技術の習得と成長が必要であり、それを実現するためにはやはり心身共に健康が一番である。生きている1秒1秒の意味の濃さがちがう。来月には13年ぶりに実家にも帰るし、過去のマイナスな面もしっかりと受け止め、その上で新しい現在を生き続けていきたい。これらのきっかけとなっているのはすべてにおいてモーニング娘。道重さゆみが素晴らしいからであり、もしもオレが今後社会的に何らかの有益なことを成し遂げたとしたら、それはこの平成ニッポンに道重さゆみという最高に可愛くて素的な女の子が存在していたからに他ならない。

どうかしてるな。

うさちゃんピース。

シンデレラ the ミュージカル、ふたたび。

こんなはずではなかったのだが、1週間前の8月7日に続いて、14日も新宿コマ劇場で開催されている「シンデレラ the ミュージカル」を観劇してきた。そもそもオレはいろんなものをちょっとずつ見たり聴いたりするほうが好きな性分であり、同じ公演を何度も観に行ったり特定のアーティストにばかり傾倒したりするタイプの人たちについて、てっきり自分とは別種なのだとばかり思っていたのだ。しかしなんというかこれは少なくとももう1回は観に行かなくてはという気分が抑えきれずに、オンラインでチケットを購入してしまった。

当日窓口引き換えという方法であり、チケットを受け取ってみるまでどの辺りなのかさっぱり分からない。前回は当日券でまったく期待していなかったのだが、舞台に向かって右端の席とはいえ前から7列目であり、妖精役のときの道重さゆみはこっちへくる頻度が高く、なかなか満足がいく席だった。しかし、やはり舞台の真ん中奥辺りがまったく見えなかったり、フィナーレのパフォーマンスでは道重さゆみが反対側にいることが多く、欲を言えば逆側から見てみたいという気持ちもあった。結果的に受け取ったチケットの席は9列目の18番、ということで結構前のほうだし、さらに前回とは逆側で、かつ舞台の全体も見えるということで、ほぼ願ったとおりであった。欲をいうともっとあるが、ファンクラブにも入っていないし、こんなギリギリになってチケットを取っているのだから、贅沢は言えない。

前回は道重さゆみばかり見ていたので、今回はもっと劇全体を楽しもうという思いもあったのだが、始まってしまえば案の定、他はまったく見ていやしないという状態。前回は見えなかった部分も見られてよかった。たまたま隣の席に座っていた大柄な男性が着ているTシャツから物販コーナーで購入したっぽいファイバータオルまで、一目で分かる光井愛佳ファンであり、色々な場面でセリフを喋っている演者ではなく妖精や町娘のほうばかりをオレと二人並んで目で追っているのが分かり、なかなか面白かった。

劇の後半のほうで妖精の女王を演じる宝塚の方と道重さゆみ、光井愛佳が3人で踊る場面があるのだが、道重さゆみがいきなり転んだ。一瞬ハッとしたのだが、宝塚の方と光井愛佳がすぐに起こし、そのまま踊りは続けられた。演出のひとつだったのかと思ったのだが、前回見たときはこんなのは無かったと思う。しかし、リアルに転んだにしては道重さゆみのその転びようがかなり大きくマンガ的なものであったし、その後の宝塚の方と光井愛佳のフォローも自然すぎた。しかし、カーテンコールのときに、これがアクシデントであったことを知った。芝居中に転んだことをカーテンコールの挨拶や舞台後のトークショーで笑いにしようとしていた道重さゆみだが、思いは複雑だったことであろう。

改めて、主演の高橋愛が劇中歌をモーニング娘。のときとは全く異なる発声法で歌いこなしたり、新垣里沙の凛とした王子様役、シンデレラのお姉さんを演じた亀井絵里、田中れいなもたくさんのセリフ、歌をこなし、共演の宝塚の女優さんとアイコンタクトで呼吸を合わせたりアドリブを入れたりと、楽しみながらやる余裕も出てきているようだ。

舞台後にトークショーがあり、モーニング娘。からは高橋愛、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな、光井愛佳が出演していた。テレビ東京の新人女性アナウンサーが進行役として登場し、1人1人を改めて呼んだのだが、道重さゆみは座る席を間違え、光井愛佳に注意されていた。舞台中に転んだ話題のときにはあきれたように「さゆ~」と言いながら笑っていた隣の光井愛佳ファンも、このときは「道重、いい加減にしろよ」とちょっといらついていた。

グループアイドルにおいてはそれぞれのキャラクターだとか得手不得手が異なっていたほうが面白いし、可愛いという概念には未熟さや技術の足りないところ、殊勝さなども含まれるため、オレが道重さゆみを可愛いことにかけて天才だと思う理由には、こういうところも含まれている。それにしても、道重さゆみはよく転ぶ。この舞台だけではなく、いつかの「ハロー!モーニング」の何でもない道路だったり先日の「今夜はうさちゃんピース」で話していた現住所最寄駅前のコンビニの出入り口だったり。転びやすい女性の傾向と対策については、研究のための資料集めを始めたところなので、ある程度まとまったら発表するかもしれないが、これまで予定していたいろいろなことと同様に飽きたらしないかもしれない。

それはさておき、基本となるべき技術が不足している。そのことについては努力して向上しなくてはと思いつつも、それ以外の個性の部分を周囲がそこそこ認めてくれたりする。しかも、それが特殊で圧倒的だったりもする。自分自身も基本的に自己愛が強いほうなので、こうやっていまのままの自分を支持してくれる人たちがいると、それに甘えてあまり真剣に直そうとしない。それも含めて自分であり、自分を好きでいてくれる人はそこのところもきっと好きなのだ、と。これはオレ自身のことを言っているのだが。

しかし、それではダメなのだ。オレは道重さゆみに出会うことによって、そういう気になった。道重さゆみはアイドルとしてはいまだ日本のトップクラスにいるモーニング娘。というグループに所属しているがゆえに、次々と逃れられない課題が突きつけられてくる。それはもう逃れようがない。たとえ自ら望んで入った世界とはいえ、たかだかまだ10代の女の子である。よく分からない顔の見えない不特定多数の人たちの目にさらされ、好き勝手なことを言われ、それでも前向きに精一杯葛藤して、頑張っている。その姿をオレは美しいと思い、感動したのだ。そして、オレも逃げてはいけないと思った。目の前に突きつけられた超えなくてはならない壁をぶち破る為に、恥や衒いなど捨てて、不器用にこんがらがりながらも格闘してみようと思ったのだ。この過程を経ずして成長はない。

モーニング娘。は先週からずっと新宿コマ劇場に出ていて、この公演は再来週の月曜日まで続く。公演の無かった13日も休みではなく、「ハロモニ@」の収録があったようだ。本当に忙しい。我々には想像のつかない努力をしているはずである。

現在の道重さゆみは、キャラクターとしてぜひこのままでいてほしい部分とそれでもここは超えていなくてはいけない部分とのジレンマがあるように思える。まったく大きなお世話なのだが、この辺りの煮え切らなさは、本人も感じているような気がしてならないのは、おそらく完全に気のせいだろう。しかし、トークショーで役作りのことなどを宝塚の女優さんと楽しそうに話す亀井絵里や田中れいなを見て、道重さゆみは何を思っていたのだろうか。これは、日々オレが日常で直面している場面のいくつかとよく似ている。だからオレは道重さゆみにリアリティーを感じるのだ。そんなものお前が勝手に作り上げた偶像に勘違いで自己投影しているだけのキモい妄想に過ぎないじゃねえかと言われればそれまでかもしれないが、これがオレにとってのリアルなものだから仕方がない。

とはいえ、トータル的には道重さゆみの透明感溢れる美しい姿をたくさん見ることができて、充実感はひじょうにあった。持ち歌のパフォーマンスも前回よりもしっかり観ることができて、このときは本当に道重さゆみしか見ていなかったのだが、その必死なダンスパフォーマンスには感動したし、「なのにどこ行っちゃったんだよ~!」や「ヘルミー!」には思わず胸が熱くなった。1年前に大阪で見たときには、その世界のあまりの遠さに衝撃を受け、しばらく感じたことのない悲しさに襲われた。しかし、現在はそこに自分が目指すべき理想をリアリティーとして感じることができる。もちろんオレがアイドルになって歌って踊るという意味ではあるはずがなく、モーニング娘。の道重さゆみのように葛藤そのものが美であるような充足した生を獲得するという意味である。

そんなことを考えながら、すぐに帰る気にはなれず、あてもなく明治通りを散歩していった。暑い夏の都会は嫌いではない。というか、むしろ大好きである。原宿から渋谷、恵比寿へと歩き、懐かしい思い出や顔が思い出せない人たちのことなどを考えていた。そういえば実家からメロンが届いていたので、携帯から電話をかけてみた。9月に13年ぶりに帰る予定だということもまだ言っていなかったから。気まずくならないように会話の流れを構成してみたのだが、呼び出し音6回ぐらい鳴らしても誰も出ない。そういえばお盆だった。おそらくお墓参りをかねてどちらかの祖母の家にでも行っているのだろう。なぜだか誰も出なくてほっとした。恵比寿駅東口側、チェーン店系のラーメン屋さん、光麺の向かい側に2階にネイルサロンと歯医者さんが入ったビルがあるが、そこを入って左折して少し歩いたところにある瞠(みはる)という店で味玉ちゃーしゅーめんを食べた。カツオ節とニボシをベースにしたダシ系トンコツであり、チャーシュー、玉子、メンマに至るまで、素材もひとつひとつが味わい深いお気に入りの一店。魚介系がベースであるため、濃厚でありながら、夜遅くてもあっさり食べられるのが魅力である。ビールも飲んでしまい、中目黒まで歩く気力はすっかり失せてしまった。いつかの夢が死んだ場所だが、いや、もはやどうでもいい。感傷に酔っ払っている場合ではない。とにかく無理にあせる必要はないが、出来るだけ早く決めてしまわなければ。

どっちへ行くべきか、どうしていくのか、その輪郭ははっきりとしてきていて、もう少しでひとつの像を描きそうになる。変えるべきものと守るべきもの、その間でゆらぎ、そんなことを考えながら歩く。いや、歩きながら考える。どっちでもいいや。とりあえず、今日のところはうさちゃんピース。

2008年8月13日 (水)

今夜もうさちゃんピース#97

「先日コンビニで、さゆみ、一人でお買い物してたんですよ。で、あの、買い物が終わって、すごい優雅に、やっぱなんか一人でコンビニとか入るとちょっとやっぱ大人な気分なんですよ、何となく。一人で買い物っていうだけで大人な気分なんですけど、だから、『あ、レシートは大丈夫です』とかなんかちょっと大人な感じになって、すごいほんとにもう背筋もいい感じで、もうなんかすごいほんとに自分の中ではいますごいセレブ的なイメージだったんですよ。買ったものとかもお菓子っていうよりはちょっと、あの、キシリトールの入ったガムとか、なんかあんまりなんか大人な感じだったんですよ、買ったものとかも。だからすごいいい感じだったんです、自分の中で。いま結構ハリウッド女優みたいな。そしたらコンビニの出入り口ですってーんって転んだんですよ。もうそのこけ方が半端じゃない、なんか、なんていうんですかね、あの、両膝をガガガって下にいったんですよ。で、さゆみは、あの、お釣りをもらって、そのお釣りを、さゆみ、500円玉貯金してるんで、500円玉を入れるほうと普通の10円とか100円とかを入れるほうで分けてて、その500円玉いくら貯まったんだろうとか思いながら、見ながら歩いてたんですよ。で、そしたら、もうだから手は両手ふさいでたんですね。だから、こける瞬間、手がちゃんと地面につかなかったんで、足をすごいガーってなって、すごいケガして、で、もう持ってたお金もブワーって散らかっちゃって、コンビニとか、あとコンビニの出入り口だったんで、なんかコンビニの中にも散らばって、外にも出て、もうすごいもう出入り口ふさいでたんですけど、でも、で、店員さんはちょっと若い男の人で3人ぐらいだったんですけど、あの、ちょっと寂しいことに誰も助けにきてくれなくて、ほんとすごいもうさゆみほんとに恥ずかしくて、もう生きた心地がしなかったんですけど。で、駅前のコンビニだったんで、すごい人が多かったんですね。で、ほんとにはじめ誰も助けてくれなくて、で、さゆみ、足も...まあ痛いっていうよりはもう恥ずかしいっていうほうが大きかったんで、もう夏だし冷や汗とかもすごくて、ほんとにどうしようどうしようってなってて、そしたらなんかあの心優しいサラリーマンの方が『大丈夫ですか?』って言って、あの、手差し伸べてくれて、もうほんとに助かって、で、こうお金も拾ってくれて、全部そのサラリーマンの方が。で、でも、さゆみ的には500円玉と10円玉とか分けてたんで、500円のほうに500円玉入れてほしかったんですけど、全部同じ方向に入れられて、さゆみは『そっちじゃないのにとか思いながら、でも本当にありがたかったんで、『ほんとありがとうございます』って言って、『すいませんでした』ってほんとにもう恥ずかしさと痛みですごい涙目になりながら、『ありがとうございます』って言って、で、なんか見たことあるなと思ったんですよ、その人を。で、そのまんまお家に帰って、もう駅前のコンビニでお家も近かったんですけど、もう足も痛くて歩けなくて、もう仕方なくタクシー乗って、で、もうもったいないけど710円なんで、初乗り。500円玉も使って、もうすごい切なかったんですけど、で、お家帰ってお母さんに絆創膏貼ってもらって、で、足も結構血も出て、大変で、それでもう一日さあ終わろうと思って、その日の...そのことをよく鮮明に思い出してたんですね。なんでさゆみ見たことあるんだろうと思って、あの人どこかで会ったと思って、もしかしてそうやって助けてもらったし運命かなとか思いながら考えてたんですよ。そしたら、歯医者の先生だったんです。さゆみ、いつもこう白の白衣着てるから気付かなかったんですね、そのとき。で、しかもその日、歯医者に行ってたんですよ。だからすっごい見覚えあったんです、その顔に。で、スーツ着てたんで、たぶん帰りだったからスーツに着替えたっぽかったんですけど。よくよく考えたら駅前の歯医者さんに行ってるんで、もう歯医者の先生だなと思って。もうちょっと時間をおいて行こうと思って、次までに。恥ずかしくて、絶対向こうも...向こうの先生も気付いてるだろうし、もうだから災難でしたね」

さて、今週もとても面白かった。まずオープニングで話された上記のエピソードだが、たかだかコンビニで一人でキシリトール入りガムなどを買うぐらいで「ちょっと大人になった感じ」、さらには「セレブ的なイメージ」とか「ハリウッド女優」とか言って調子に乗っているあたりがもう可愛くて仕方がない。その後のこけて小銭をぶちまけて、サラリーマンに拾ってもらって、どこかで見たことがあるなあと思ったが思い出せず、夜になって歯医者の先生だと分かったという流れも面白すぎる。その間にも500円玉貯金とかお母さんに絆創膏を貼ってもらったとか運命かなと思ったとか、いかにも道重さゆみ的なポイントも満載という素晴らしい完成度であった。

「クイズシゲサゴン」では日本三大美女を問う問題があったが、その中で小野小町にふれ、「昔でいう小野小町の可愛さだよね、この人は」とかよく言われますもんと言っていた。ほめられているのかどうか分からないと言った後で、ほめられてるんですよね、小野小町さんに失礼ですもんね、と言っていた。調べてみると、2006年11月23日放送の「今夜もうさちゃんピース」で、歴史上の人物の占いというのがあって、やってみたら自分は小野小町だった、という話をしていたようだ。書いてあることも当たっていて、しかも小野小町は日本三大美女といわれているのでピッタリだと思った、とも話していたようだ。

同じく「クイズシゲサゴン」において、正解が「洞爺湖」の問題があったのだが。道重さゆみはこれについて、まったく聞いたことがないという反応だった。日本地理においてもまあまあ有名な湖だとは思うのだが、特に今年は洞爺湖サミットもあったため、これを聞いたことがないというのはちょっとヤバいと思う。最近、「ハロモニ@」でやっている亀井絵里とのアホキャラ企画もコンセプトがはっきりしないが、頭の回転の速さはかなりあると思うので、最近流行りのタレントの悪影響で変にバカキャラなどは狙わないでほしいなと思う。むしろ、本人が以前によく言っていた知的キャラでいってほしい。今後の仕事の幅を広げるためにも最低限の社会情勢とかそういうのは知っておいたほうが望ましい。先週話していたファッション雑誌は買わないというようなくだらない流行や風俗に流されないというのは魅力なのでぜひそのままでいてもらいたいが、ニュースとかで話題になっていることぐらいはちょっと興味を持てば学べると思うのだ。携帯のブックマークにニュースサイトをひとつ登録してみるとか。

罰ゼリフは「線路はつづくよ」の替え歌だったのだが、これがまたすごくて笑ってしまった。特に最後のほうなどは勝手に作曲してしまっていた。歌う前に「覚悟してくださいよ」とは言っていたのだが、それ以上に衝撃的で、ある意味感動した。歌い終わると間髪入れずに、「さあ、ということでこのコーナーでは...」と募集告知に入っていた。この間も含めてかなり面白かった。この替え歌シリーズはある程度溜まったら、ぜひメドレーで放送してもらいたい。本人は絶対に嫌がると思うが。ここの優秀なスタッフならやってくれるはず。

「さゆの小部屋」のコーナーでは、好きなゲームのジャンルについての質問があった。暇なときは長い時間をかけて遊びたいので、人生ゲーム的なルーレットを回して進めるようなゲーム、いわゆるボードゲームということだと思うのだが、そういうのをやるらしい。「桃太郎電鉄」とかは家族でやると、お姉ちゃんがかなり面白い反応を見せそうだ。また、何か嫌なことを忘れたいときや没頭したいときは同じ色のブロックを並べて消していくような、つまりテトリスみたいなやつのことだと思うのだが、そういうのをやるのが好きらしい。テトリスが特技であることはよく知られていて、メンバー何人かでテトリス合戦をしたときに道重さゆみが圧倒的に強かったという話を安倍なつみがしていたような気がする。また、「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」で放送された小学生時代の写真では、おそらくポケットサイズのテトリスを集中してやっていた。眠れない夜などはシミュレーションゲームをするらしいのだが、これについては以下のように話していた。

「夜ってさゆみ、すごい空想時間なんですよ、自分の中で。寝るときとかは、あの、ちっちゃい頃からそうなんですけど、自分に妹がいたらとかいうのを妄想しながら寝るんですけど。だから、シミュレーションゲームとかがすごい楽しい時間なんですね。だから、それは携帯電話のゲームでシミュレーションゲームを、あの、取って、こうシミュレーションゲームをしたりしますね。だからゲームは結構いろんなジャンルが好きですね。でも飽きるのも早いんで、いろんなカセットとか、あと携帯のゲームのサイトにはいろいろ入ってます」

続いて、メロン記念日と松浦亜弥のラジオで道重さゆみのことがほめられていたというリスナーからのメールが読まれた。ほめられた内容は、トークがうまい、頭がいい、黒髪のイメージ、童顔なので30歳になっても老けないはず、つっこまれても挫けない、うさちゃんピースを堂々とやれる、というようなものだったようだ。道重さゆみはこれを聞いてとても喜んでいた。特に松浦亜弥については、昔からテレビなどで見ていて、カラオケでも持ち歌をよく歌うらしい。また、特に面識もあまりないのによいイメージを持ってくれていることがよほど嬉しかったようで、「さゆみの憧れの人です」と紹介して、松浦亜弥の曲もかけていた。道重さゆみはよく先輩や年上の人から可愛がられているようだが、アンチ系の方々の中にはこの辺りを計算高い八方美人的な性質だと誤解している人がいるように思える。道重さゆみは自分がほめられたりよくしてもらったりすると、ただ単純に嬉しくてテンションが上がってしまうのだ。そして、その気持ちをお返しするにはどうすればいいのだろう、という発想になるのだと思う。このタイプの子は誤解を受けやすいのだが、直接知っている人には愛されるし、絶対に幸せだと思う。まあここでオレが言っているのも直接知らないで、想像や推測で言っているに過ぎないのだが。ファンに対してもおそらくそんな感じなんだろう。これが分かるということはとても幸せなことだし、疑ったり裏を読んだりせずにいられないのは実に不憫だなあと思うわけで、この辺りはもうちょっとアレな話になってくるのでこの辺でやめます。

「ヤングタウン土曜日」に吉澤ひとみが出演したときに、道重さゆみのことをさゆみんと呼んでいるメンバーは誰もいないと言っていたというリスナーからのメールが読まれた。吉澤さんといえば道重さゆみが嫌がっている呼び名、シゲさんの名付け親であり、ご存知のとおり、この放送の翌週から明石家さんまや村上ショージが面白がって道重さゆみのことを「シゲさん」と呼び、道重さゆみが「さゆみんです」と主張するというお決まりの流れができた。最近ではお姉ちゃんも学校でシゲさんと呼ばれるらしく、それを嫌がっているようだ。また、さゆみんと呼んでくれているのは吉澤ひとみと一緒に出演していた岡田唯の他に、モーニング娘。のメンバーでは新垣里沙が昔から積極的にさゆみんと呼んでくれているが、他のメンバーはだいたいさゆと呼んでいると言っていた。Berryz工房の菅谷梨沙子とは「さゆみん」「りさこ」と呼び合うと言って、その日は「さゆみん」と呼んでくれていたのだが、次に会ったときは「道重さん」に戻っていたようだ。

「さゆみんうさピーDiary」のコーナーでは、リスナーのリクエストに答えて、「ヤングタウン土曜日」の新レギュラーになって初めての収録があった2007年6月8日の日記を読んでいた。

「2007年6月8日
今日はまずインタビュー
写真集の見たけど可愛かった ほ
フィッティングしてヤンタン
めっちゃ緊張したけど楽しかった
さんまさん優しいし
スタッフさんは初めてだし、少し緊張するかも
これから頑張ろう チャンスだと思って
新曲ダンスレッスンは見た目よりは体に入りやすい振りでよかった
今日は一日中緊張してた」

「ヤングタウン土曜日」のレギュラーは、藤本美貴の突然の降板によって、急遽決まったものだった。道重さゆみのファンも大半は驚いていたような記憶がある。この番組への出演については、特に当初は賛否両論があった。当時は明石家さんまのパワハラ的な愚痴や小言や自慢話が多く、アシスタントの娘のファンにとってはあまり楽しめる番組ではなかった。現在の雰囲気がよく笑いが絶えない放送からは想像がつかないほどである。ここに至るには親方問題や鉛筆投げ事件などの様々な苦難があった。アシスタントの2人のうちでも年上、先輩になった高橋愛の自覚と努力も大きかったと思う。去年の今頃は、オレはこの「ヤングタウン土曜日」を胃が痛くなったり腸が煮えくり返ったりしながら、勝手に道重さゆみや高橋愛に感情移入して、応援していたのだ。そして、この日記とその後のお話を聞いて、やはりオレが想像していた通り、道重さゆみはこの番組をチャンスと捉え、積極的に食らいついていこうと必死で頑張っていたのだと思い、また感動した。

「小春ちゃんの教育係になったときにすごいなんかどうしようっていうのがただあって、あの、6期メンバーでも絶対自分が一番歌もダンスも出来てないっていう自覚があったんで、なんでさゆみなんだろうっってすごい思ってて、別にさゆみじゃないほうが絶対上手に教えられるし、こう歌とかダンスとかも別にさゆみが教える必要ないっていう感覚だったんですよ、こう教育係だよって言われたときは。だったんで、『何でですか?』って聞きに行ったんですよ。そしたら、こうチャンスっていうのは人に絶対与えられるもので、でも、チャンスっていうのは人に絶対、あの、まあちゃんと、あの、みんな絶対このときにあるとか、あの、言えるわけじゃないし、こう定期的にあるわけでもないから、そんな『何でですか?』とか聞くんじゃなくて、いまこれは自分のチャンスだと思って、チャンスっていうのは人にちゃんとふりかかるものだけど、それをモノにするかモノにしないかは、あの、自分次第だからって言われて...言われたことがあったんですよ。だから、こうこれは絶対さゆみにとってチャンスだなと思って、緊張ばっかりしてても意味ないなと思ったので、もう来週からはちゃんと楽しんだりとか、こう何かを吸収できたらいいなっていう、やっぱすごい大御所さんなので、すごいさんまさん、ショージさんは。なので、すごいチャンスだと思って頑張ろうっていうのをすごい思った記憶がありますね」

これを聞いて、まったくその通りだと思ったし、オレも頑張らなければならんなあと思った。こんなたかだか19歳のアイドルのラジオを聴いてこんなことを本気で言っているのもどうかとも思うのだが、本当なのだから仕方がない。

ここまででもかなり充実した内容なのだが、さらにこの後は鉄板の超人気コーナー、「今週のお姉ちゃん」があった。今日もお姉ちゃんについての貴重な新情報が次々と明らかになった。

道重さゆみがモーニング娘。のオーディションに合格し、お母さんと一緒に東京に出ることが決まったとき、お姉ちゃんはとても喜んだらしい。これでお母さんに怒られない人生になると言って、階段を駆け上がって喜んだという。しかし、すぐに寂しくなり、何度も東京に遊びにきたり、本当は高校卒業まで山口県にいる予定だったのだが、2年か3年のうちに上京して、お母さんと妹と一緒に暮らすことになったのらしい。また、よく自転車のタイヤをいたずらでパンクさせられる被害にも遭っていたらしい。自転車については、道重さゆみ自身は片方ならタイヤがパンクしていても気にならないと言っていた。確かに坂などでは重いのだが、体力が無くなったのかなぐらいにしか思わないと言っていた。

また、お姉ちゃんが前髪を自分で漉こうとしていたのだが、普通の体を剃るカミソリでやってしまい、見た目はそんなに変でもないのだが、さわるとザラザラでバリバリで痛んでいたらしい。

道重家のお母さんは結構こわいようで、娘を叱って「出ていきなさい」などと言うこともあったようだ。道重さゆみは泣きじゃくってすぐに家に入れてもらっていたが、 お姉ちゃんは夜遊びできてラッキーぐらいに考えていて、そのまま近所の家や友達の家、おじいちゃんおばあちゃんの家などへ遊びに行ってまったく反省が見られないため、怒っても外に出さないことにしたようだ。また、お母さんが食事中にかなり激しく怒って、箸を折るようなことがあるらしいのだが、道重さゆみは相当こわいと思っていたのに対し、お姉ちゃんは後で「めっちゃ笑いそうだったんよね」「笑い堪えるの必死だったんだ」とか言っていて、「この人、つわものだな」と思っていたらしい。お父さんは温厚で、お姉ちゃんや道重さゆみを怒ることはほとんどなかったらしい。お母さんにも優しく、「何でもしなさい」みたいな感じらしい。ただし、お兄ちゃんが反抗期の頃には怒っていたと言っていた。

また、お姉ちゃんは昔は泣く度に鼻血も一緒に出ていたらしい。さらに、寝る時間をとても大事にしていて、この間も家帰るなり服を脱ぎ、パンツ一丁で布団もかけずに寝ていたらしい。「その日はパンツはいてたんですけど」と言っていたので、普段は本当に全裸なのだろう。まったくどういう状況なのか想像がつかず、漫画のようにしか思えない。道重ワールドは本当に奥が深く、秘密と驚きに満ちている。

オーディションについてのリスナーからの質問メールが読まれた。つんく♂は必ずオーディションでおでこを出すことを要求し、それに素直に応じた子を高く評価するらしいのだが、そのことについての質問だった。道重さゆみは当時、お化粧もしたことがなく、ドライヤーといってもお風呂上りに乾かす程度、お洒落にも興味がなかったので、ただ何も考えず、言われたままをやっていてあまり記憶が無いと言っていた。それよりも覚えているのが口をイーの形にして歯を見せる審査があったらしいのだが、ポラロイドで写真を撮ったら歯にゴマが挟まっていたらしい。会場に来る途中に買って食べたおにぎりについていたゴマだったらしい。絶対に落ちると思って、積極的に話しかけてくれる全身ピンクの女の子に相談したら「大丈夫だよ」と言われたのだが、この子もこう言っているけど、絶対に落ちたと思っている、と真剣に落ち込んでいたらしい。これは2次審査で、結局合格したのだが、そのときは奇跡が起きたと思い、最終審査に受かったとき以上にびっくりしたらしい。

「おじぎ30度」の曲をファンクラブツアーでぜひ歌ってほしいというメールに対しては、ぜひ提案してみたいと言っていた。出演していた高橋愛、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいなの4人は本当に「おじぎ30度」やこの曲のことが好きらしく、いまだにリハーサルなどで「そこおじぎして」などと「おじぎ」という言葉が出ると、「おじぎ30度」と言ってしまうぐらいらしい。 

「シンデレラ the ミュージカル」での妖精の写真を見たリスナーから髪型についての質問があった。「たとえ丸坊主にしても可愛い思います」という文章を読んで、即座に「絶対それはないね」と否定していた。妖精のかつらははじめは光井愛佳と同じタイプのもっとボーイッシュなタイプだったのだが、あまりにも似合わなかったため、少し変えたらしい。結果、思っていたよりは平気だったようだ。また、ショートカットにしてはどうかというメールに対しては、ショートヘアーにする自信がないと言っていた。その日の気分とか体調とかむくみとかを髪で助けられている部分があると思うので、10代のうちは考えていないと話していた。

暑い日が続いているが、暑さをやわらげるにはどうすればよいかという質問には、服装を工夫すると答えていた。具体的にはワンピースを着ると涼しかったり、男性であればネクタイをしないクールビズなどはどうかと話していた。また、食べ物でいうと夏だからこそあえて辛いものを食べて、水とかも飲まずに汗をかくのが好き、暑さを楽しめばいいのではないかとも言っていた。

ところで、「シンデレラ the ミュージカル」、14日のチケットも取ってしまった。同じ公演を複数回見るとか全く考えていなかったのに、見たいものは仕方がない。こうやってどんどん落ちていくのだろうか。明日は終演後にトークイベントのようなものがあるらしく、道重さゆみも出演するということでそれも楽しみだ。

先々週が大阪、先週は宇部に行って、久しく東京の街をまともに堪能していない。「シンデレラ the ミュージカル」観に行くために新宿には行ったけれども、やはりオレの好きな青山、六本木、西麻布、広尾などの辺りをこれから歩いてみたい。暑い夏の午後の都会っていうのが、これがまた好きなもので。夜8時前には奥さんと約束をしているので帰ってこなくてはならないのだが。道重さゆみが現れたことによって、オレの生活のすべてが快方に向かっている気がする。本当にあの娘は奇跡であり、本物の妖精なのではないかと思うのだ。うさちゃんピース。

2008年8月11日 (月)

先日の宇部ツアーについて書いていなかったことなど。

とある事情で半月ぐらいハロプロ関連の掲示板だとかファンサイトと疎遠になっていたのだが、聖地巡礼とかミュージカル観劇とかその間に溜まっていた瑣末事などを片付けて、久々にYahoo!掲示板を閲覧してみると、ここのコメント欄を閉じる前によくコメントを下さっていたさゆゆ氏の聖地巡礼ネタがあり、この偶然に驚いた。オレはこの聖地巡礼というイベントを、延べ3回行っているのだが、いずれもこのさゆゆ氏と近い日程に行っている。これがまた面白い。

つい先週敢行したばかりの第3回聖地巡礼については、当日中に文章を書き、動画を編集して貼り付けたのだが、色々と慌てていて駆け足になってしまった部分もある。ここでまだ記憶が鮮明なうちに、その思い出を追体験し、記しておきたい。道重さゆみを生み出した環境とはどのようなものだったのかを知る上で、少しでも手助けとなれれば幸いである。

前回、4月に行った第2回は初日午後からの暴風雨によって、活動時間そのものは短かった。それでも知りうる限りの情報を駆使して、回ったのだ。画像も撮ったのだが、持参していたノートパソコンが雨によって完全にダメになってしまったため、取り込めなかった。使用したデジカメが古いもので、Windows Vistaに対応していない。メーカーに問い合わせてみたが、どうしても無理ということだった。自宅でメインで使用しているパソコンのOSがWindows Vistaであるため、このときに撮った画像や動画はコンピューターに取り込むことができない。カメラで再生して見る以外にない。それでも、収穫は相当にあったのだ。帰宅して2日後の土曜日に「ヤングタウン土曜日」があったが、なぜかそこで道重さゆみの実家のことが話題になり、かなり詳しく話されていた。山口宇部空港にめっちゃ近いとか家の裏がすぐ海だとかその程度のことなのだが。この海というのは、以前に道重さゆみがクラゲを取って来てお母さんに見せた場所だと思われるし、もしかすると兄妹でパン食い競争をやったところかもしれない。Yahoo!の地図などを見ると、いまだに常盤海水浴場と記されているのだが、現在は海水浴はできない。道重さゆみが小学生の頃に泳げなくなったと話していたので、パン食い競争が行われていたのがここなのかどうかは定かではない。いずれにせよ、訪れておかなくてはならないポイントであることには違いない。ということで、近いうちに第3回があるであろうことは、この時点ですでに決まっていた。

6月のある休日に、大阪城公園で開かれる毎日放送のイベント、オーサカキングの開催を知った。昨年もこのイベントは開催されていて、そのラジオ公開録音とテレビ生放送には道重さゆみと光井愛佳が出演していた。オレはわざわざそれを見るために、実はかなりのリスクを冒して大阪まで行った。実物の道重さゆみを真正面から見るのはこれが初めての体験であり、オレはその美しさに感動していた。そして、この時間が永遠に続かないものだろうかと願った。それは同時にオレがいつしか失ってしまった理想やあるべき姿というものを再認識させ、それとその時点での自分自身があまりにもかけ離れていることを否応なく意識させ、たまらなく悲しくさせた。そして、それをきっかけとしてこの1年間の色々なことがあり、いまのところはそこそこうまくいっている。1年前からは想像もできないほどの現状がある。もちろんまだまだなのだが、そこに向かい始めたことの意味がとても大きい。そのまま死んでいった可能性だって大きいのだから。

それが人生で初めての大阪だったにもかかわらず、衝撃があまりに大きすぎたのと情報が著しく不足していたため、時間があればやろうと思っていた大阪観光は結局一切できずじまいだった。何せ大阪街歩きの基本であるキタとミナミという概念さえなく、新大阪駅を降りて適当に歩いていれば、あのグリコの看板だとかくいだおれ人形に出くわす程度に考えていたのだ。この1年間のスタート地点を確認することと今度こそ大阪観光をするために、大阪に行こうとは思っていた。観光ガイドを買って読んだり交通機関について調べるうちに、日本航空に先割というのがあって、1ヶ月前ぐらいに航空券を予約しておけば、実は新幹線よりも安いということを知った。何せ、親戚の冠婚葬祭とかがない限りは関東から出ることがなく、休みも遠くに出掛けるよりは街で遊んでいるほうが好きというオレにとって、この手の情報は本当に薄い。道重さゆみを知ったことによって、大阪とか山口とかに行ったり、その余波で会社のラスベガス旅行のメンバーに選抜されたり、ついに来月には13年ぶりに北海道の実家に帰ろうとしていたりと、驚くほどの行動力である。やはり人というのは本当に好きなもののためには、考えるよりもまず動いてしまうのだな、ということを強く実感させられる。ラスベガスと北海道については道重さゆみと直接的には関係がないが、それでも道重さゆみのことを知らなければありえなかったのではないかと思っている。

大阪の航空券を取ってしまったら、もう昨年と同様に翌週は宇部だろうと、もう興奮状態の脳は止まらなくなってしまい、数分後には日本航空のサイトで購入手続きをしてしまっていた。実は昨年の同じ週に道重さゆみは帰省していたっぽく、もしかして今年もそんなことはないだろうかなどという妄想も働いたのだが、後で考えるとその日は「シンデレラ the ミュージカル」の初日であり、そんなことがあるはずもない。そんな経緯で、いわゆる聖地巡礼の第3回は決まったわけである。

実は前2回はいずれも寝坊してしまい、ハラハラする場面があったのだが、今回は万全な策を練った。まず前の晩の11時半には布団に入ること、携帯のアラームを5分刻みに30分間分セットすることなどだ。その前週には大阪へ行くときに全く同じ方法でうまくいっていたため、自信はあった。ちゃんと予定していた朝4時30分に目覚め、奥さんと猫を起こさないようにして、前日に放送された「今夜もうさちゃんピース」をiPodにインポートした。空港に着いて、飛行機に乗るところまでは順調だったのだが、離陸する直前で乗客の中で急病人が出たとのことで、急遽引き返すことになった。結局のところ、約40分遅れての出発となった。今回は翌日の13時から会社に用事があり、それまでに帰らなければならない。その用事も当初は午前中だったのを無理を言って変更してもらったのだ。かなり厳しめなスケジュールになっている。

9時45分に山口宇部空港に着くと、快晴で相当暑い。昨年同時期の第1回は新幹線と宇部線で移動したのだが、着いたのが午後2時半ぐらいだった。酷く暑くて、コンビニでタオルを買ったが、拭いても拭いても汗が噴き出てきたという印象がある。草江駅の近くにあるローソンで九州と山口県でしか買えないアイスキャンディー、ブラックモンブランを買い食いする予定になっていたのだが、時間がないので急いで移動。道重さゆみがモーニング娘。加入前まで住んでいたと思われる地域は、この山口宇部空港から徒歩で約15分程度、前回は確信が持てなかったが、今回はほぼ特定できているので感慨もひとしおである。細い下り坂を下っていくと、海だった。ここがかつて常盤海水浴場だったところなのだろう。確かにその面影はあるが、現在は人が一人もいない。動画を撮ったりして、移動。周囲を歩いて、雰囲気を堪能する。それから、昨年訪れたファミリーレストラン、フラカッソ宇部東店で食事しようとしたのだが、どうやら午前11時まで開店しない。待っていても仕方がないので、お決まりのときわ公園に向けて歩いていった。公園内にも湖水レストランというのがあり、そこで食べてもいいかというのもあった。あまりに暑かったので、入り口手前のセブンイレブンに入った。店頭には山口県を住みやすさ日本一にしようというキャンペーン的なオレンジ色ののぼりが設置されていた。これは今回偶然目にしたセブンイレブンのどの店舗にも設置されていて、店内では山口県産の食材を使った商品も販売されていた。前回購入したタウン誌「YAMAGUCHI」やそれよりもやや大人向けな「トライアングル」が販売されていた。また、「Kyushu Walker」が販売されていたり、テレビ情報誌の番組表を見ると九州の放送局も併載されていたりと、文化圏的には広島などよりも九州に近いのかなと思った。アイスの冷凍庫を見ると、やはりブラックモンブランがあったが、他の銘柄よりも多めに入っていた。かなりの人気商品なのだろうか。確かにうまいのだが。

ときわ公園は時間に余裕があれば湖の周りを歩いたり彫刻をじっくり見たりレトロ風のアトラクションに乗ったりと、何時間でも楽しめそうなのだが、何せあまり時間がない。湖や遊園地の風景を動画に収める。路上をペリカンが歩いていて、子供が近付いても全然逃げたりしていなかった。子供とペリカンが一緒に歩いているアニメ画像を見たことがあったが、これをリアルで見られて少し感動した。遊園地にスーパーマリオとヨッシーの遊具があり、ヨッシーといえば道重さゆみお得意の物真似レパートリーであるため、記念撮影しておいた。

ここで時間をかなり短縮し、予定通りのスケジュールに近付いてきた。続いては、某進学教室を見に行くことにした。これは、以前、ある携帯サイトで道重さゆみが通っていたことがあると読んだことがあり、てっきり宇部新川駅前にある同名の教室のことだと思っていた。しかし、その後の情報収集により、どうやらそことは違う校舎である可能性が高まってきた。何せ、そこは宇部新川駅前だけかと思いきや、かなり手広くやっている大手の進学教室だったのだ。ソースとなったのは宇部市在住の一般人のブログコメント欄。どこどこの向かいの某進学教室にモー娘。の道重さゆみが通っていたらしい、とか書いてあった。たったそれだけなのだが、地図で見てみると道重さゆみが住んでいた所からは確かにこっちのほうが近いし、バスでも通いやすい。なぜかここに違いないという確信らしいものを得た。いったい何をバカなことをやっているのやら。さすがに歩き疲れたのでバスに乗って、2停留所先で下車、目印のファーストフードレストランは車内からもすぐに分かった。朝に自宅で菓子パンを食べて以来何も口にしていなかったので、とりあえずこのファーストフードレストランに入る。普段入りなれていなく、オーダーの勝手もよく分からなかったので、とりあえず店内ポップで推しているセットを頼んだのだが、これが形の異なったフライドチキン2本組みという普段のオレの食生活からするとかなり濃厚なもの。ジンジャーエールでなんとか流し込み、とりあえずお腹は満足した。携帯電話のワンセグ設定を替えると、ここでも九州の放送局が勝手に設定された。真向かいにあった進学教室の外観を撮影して退散した。

少し歩くと、前2回の巡礼時にも訪れた道重さゆみが通っていたと思われる幼稚園に到着。幸い夏休みらしく、関係者はいなかったので、不審者に疑われることもなく、ここでも外観を撮影した。翌日の飛行機の出発時刻が9時45分と割と早かったため、いまのうちにお土産を買っておこうとここから山口宇部空港まで歩く。といっても例によって今回の巡礼のことは一部熱狂的なオレファンの方々以外には内緒にしているため、地味に山口限定ふぐリラックマストラップなどを購入するにとどまった。前回の巡礼時に買わなかったことを後悔したよく分からない夏みかんのキャラクターのストラップだが、よく見るとボールペンしかなかったので、買わなかった。歩く気力が失せていたので、タクシーでフジグラン宇部へ直行。バッハ書店や食料品売り場などを軽く見る。ヨーヨーすくいなどのプチ縁日みたいなことを地味にやっていた。バッハ書店のCD売り場だが、モーニング娘。の仕切りはあるもいのの在庫が1枚も無いのはいただけない。2階のアミューズメントコーナーは、かつて道重さゆみがよくプリクラを撮っていたと噂される場所だ。そういえば以前流出した亀井絵里と撮ったプリクラに「フジに来てるよ」とかなんかそんなことが書いてあった気がする。亀井絵里が道重さゆみの実家に遊びにきたときに田舎すぎてやることがなく、プリクラばかり撮っていたとかいうエピソードもあったようだ。

バスに乗って宇部新川駅に到着。宇部で一番有名なラーメン屋さんで一久というところがあり、そこでぜひ食べてみようと思っていた。場所は、例の進学教室の向かい側にあったが、店の外にもれるとんこつスープの匂いがとにかく強烈だった。とんこつラーメンは嫌いではないのだが、濃厚すぎるのは実はちょっと苦手なのだ。それほどお腹もすいていなかったので、駅前あたりを散策してみることにした。前回は突風と豪雨に襲われ、傘がぶっ壊れたり着ているものがズブ濡れになったりした通りを、今回は余裕をかまして歩いた。宇部全日空ホテル前のジャズマンと猫の彫刻も撮影した。宇部市はとにかく彫刻に力を入れているようで、ときわ公園内だけでなく、街の中にもあちこちに彫刻がある。ホテルのチェックインまで少しあったので、前回も訪れた総合リサイクルショップ、マンガ倉庫宇部店とTSUTAYAを見る。TSUTAYAではモーニング娘。の「シングル大全集」DVDが第3位にランクインして、ちゃんとPOPも付いていた。近くのローソンでブラックモンブランとカシスオレンジを買い、恥ずかしげもなく路上で飲食。そんなこんなで午後3時半ぐらいに琴芝のビジネスホテル宇部にチェックインした。前回はすぐ近くに別のホテルがあったのだが、そこはもう閉館していた。厳しそうだ。

エアコンの効いた部屋で1時間ほど休憩の後、着替えや充電器や雑誌類を置いて軽くなった荷物を持って再出発。やはりこれは外せないだろうということで、JR宇部線新山口行きに乗車。常盤駅で下車し、駅周辺を撮影した後、フラカッソ宇部東店で食事をすることにした。隣にあった浜勝とどちらにしようか迷ったのだが、結局フラカッソのほうにして、明太子いくらスパゲティーを食べ、グラスビールを飲んだ。それからまた午前中に行った海へ行ってみた。下り坂のところで何か動く物体があり、何かと思って逃げた方を見てみると、排水溝のようなところに小さなカニが何匹もいた。カメラを向けると、素早く横歩きで逃げて行った。また、砂浜に潜って行くのも見た。ところどころに空いている穴はおそらくカニが潜った跡だったのだろう。他にもトンボがたくさん飛んでいたり、あちこちに色々な種類のバッタ類がいたりして、幼少期を田舎で過ごしたオレはかなり懐かしくなった。この辺りの線路の上を通る道のガードレールにはいくつもの蜘蛛の巣があって、小さな虫がそれにかかったりしていた。道重さゆみはこういう周りにたくさん虫がいる環境で育ったのだ。「今夜もうさちゃんピース」で虫の話題が多いのもよく分かる。それにしても、「今夜もうさちゃんピース」で言っていたカエルをぺたぺた触っていたというのは何度思い出しても可愛いし、その後に言っていた蟻とかを手で潰していたというのはたまらない。

この辺りで仕事関係者からよく分からん電話が入り、対処しながら去年と同じ道を歩く。つまり宇部山口空港のところを右折してフジグラン宇部方面へ。この聖地巡礼の主な目的というのは、対象であるアイドルが過ごしていた環境をいかにヴィヴィッドに追体験するかというものであり、一般人から見ると何をやっているのかさっぱり分からないと思うのだが、つまりそういうものなのだ。で、やはりそう頻繁に来られるものでもないので、朝、昼、夜とそれぞれの時間帯を体感しておきたいという発想になる。この辺りは夜になると早いうちに暗くなるという健全性がある。もちろんコンビニエンスストアは24時間営業しているし、フラカッソ宇部東店なども午前2時まで営業していたりするのだが、一般の住宅しかない所などはかなり早いうちに暗くなる。宇部岬駅から宇部線に乗って、最後に夜の常盤駅周辺を体感して帰ろうと思ったのだが、どうやら道に迷ってしまったようで大笑いである。地図はホテルに置いてきてしまった上に、東京のようにそこかしこに地図が設置されていたりもしない。辺りは真っ暗だしいよいよ怖くなってきたのだが、少しでも光が多いほうを目指して1時間ぐらい歩いていたら、何とか駅に着いた。

常盤駅に着いたらキップ入れにバッタのような虫が止まっていたので、撮影した。ホテルがある琴芝のほうへ戻る電車が1時間半ぐらい無い。そこで自力で歩いて宇部岬駅までたどり着くというイベントを発生させてみた。要は昼間にバスで移動した常盤公園入り口から恩田あたりまで行き、そこから左折していけば宇部岬のほうへ行けるはずなのだ。ブックオフとか例のファーストフードレストランとかいくつかの目印は頭に入っていた。しかし、案の定曲がる場所が分からなくなった。で、また迷って適当に歩いていたら山口宇部空港が見えてきたので、近くの草江駅から宇部線に乗って帰ることにした。時間があったので、朝寄る予定だったローソンでマンゴースイーツみたいなのを買って食べた。オレはフジテレビで放送している「爆笑レッドカーペット」などという俗っぽい番組が好きで、その放送時刻になったので携帯のワンセグで見ようとしたのだが、放送している局が分からない。ローソンの雑誌コーナーで番組表をチェックしたら、どうやら山口県の放送局ではどこでもやっていない。九州の放送局で放送していたが、そこの電波は携帯が受信できなかった。宇部線に乗って、琴芝に着いた。この近くにデイリープラネットというインターネットカフェがあることを知っていたので、ブログの書き起こしだとか「こんうさピー」聴きながら感想書いたりしようかとも思っていたのだが、あまりにも疲れたのでそのままホテルに戻ることにする。

近くのセブンイレブンで缶チューハイとか菓子パンとか缶コーヒーとかそばとかブラックモンブランとかを買う。ここで、やはりせっかく来たのだから一久でラーメンを食べておくべきではないかという考えがまたしても起こってきた。確かにあのときはあまりお腹がすいていなかったから、いまならば食べたいと感じるかもしれない。と思い、宇部新川まで歩いた。途中、酔っ払った若者が路上で大の字になって寝転んだり吐きまくったり男女で写メールを撮ったりしていて、なぜだか若いっていいな、と感傷的になった。宇部全日空ホテルの前でギターを弾きながら絶唱している若者もいた。一久の前に着いた。しかし、やはりオレにはちょっとばかり匂いがキツすぎると思い、結局引き返した。確かに美味しいのだろう。店の中はほぼ満員に見えた。ホテルに帰って風呂に入って、そばを食べたり缶チューハイを飲んだりして、ワンセグのテレビをつけながら寝た。何週間も前の「爆笑レッドカーペット」を深夜に放送していた。

予定よりも早く目を覚ましたので、iPodにスピーカーを接続して「今夜もうさちゃんピース」を聴こうかとも思ったのだが、数秒間聴いた段階で、やはりこれはちゃんとした状況で聴かなくてはもったいないと思い、停止した。最近、聴きながら特記すべき内容をメモし、後で感想としてまとめるというのがこの番組を聴くパターンになっている。先週、あまりに忙しかったので移動中に聴いたのだが、結局まとめるためにもう一度聴き直す結果になった。

琴芝駅から宇部線に乗るが、なぜか宇部岬止まり。下車してホームから風景を撮影し、その後に来た列車に乗って常盤駅で下車。朝の周辺を歩き、昨年を思い出したりもする。改札に前2回の巡礼時にもいたメガネをかけた小柄のおじいさんがいた。前日はいなかったので、心配していたのだが。おそらく気のせいだが、何となく覚えられているのではないかという気もした。朝の爽やかな空気の中を歩いた。道重さゆみが住んでいたと思われる辺りから道路を挟んだ向かい側、親戚なのではないかといわれている同姓の医院を確認する。看板はあるのだが、いまはもう開いてはいないようだ。その近くに踏み切りがあるのだが、中学生時代、自転車通学中にぶつかった電柱とはここのことなのだろうかと思いを馳せたりもしてみた。おそらく違う気がするが。山口宇部空港内のCOCO'Sで焼鮭朝食を食べ、9時45分の羽田行きに乗った。道重さゆみが生まれ育った環境を追体験することによる感動はかけがえのないものだったが、それだけに道重さゆみ本人の不在という事実が浮き彫りになり、そういえば新宿コマ劇場に行けば会えるじゃないかということで、東京に戻って会社での用事を済ませてから新宿へと向かったのである。

宇部はあくまで道重さゆみの故郷であり、オレには何の関係もない。しかし、ここを訪れることで思い出したことはたくさんある。それは田舎の風景や匂いであったり、家族と過ごした幼い日々の記憶だったり、もしかするとオレにとってあったかもしれないもうひとつの現在であったりした。そして、オレはその根源的な価値観からもう一度オレ自身の生というものを捉え直してみようと思ったのだ。そして、ついに来月、ずっと避け続けてきた親であったり過去であったりと対面し、これから死ぬまでの人生についての腹を決めるのだという結論に達した。道重さゆみというアイドルに出会わなければありえなかったことだ。本当にありがたい。うさちゃんピース。

2008年8月10日 (日)

夜をぶっとばせ。

この前にも書いたように、先日、新宿コマ劇場に「シンデレラ the ミュージカル」を観に行った。ちょうどその前日から、聖地巡礼、すなわち大好きなアイドルの出身地などゆかりの場所を訪ねる行動をしているうちに、これはすぐにでも本人をぜひ見たいという気分になったら、たまたま新宿でこのミュージカルに出演していたということだった。散々情報が出ていたように、お目当てである道重さゆみは端役であり、どうやらセリフも1つしかない。S席9,500円を支払ってまで観に行く価値があるのかという思いもあるにはあったのだが、いずれにしてもどうせ観に行くんだろうなとはある時期からはっきりと思っていたし、万が一観に行かなかったとしたら絶対に後悔するというのも間違いなかった。

結果、確かに端役であり、セリフも少なかったのだが、逆にいうと複数の役柄でそれぞれの姿が見られたし、舞台に登場している時間そのものはかなり長かった。そして、その動きや表情ひとつひとつがオレにとってはかけがえなく美そのものであり、こんな長時間に渡ってリアルにこれを体験できたということに大きな満足を得た。めちゃくちゃ歌がうまいとか演技が上手とかそういうことではないのに、何がオレをこれほどまでにも惹きつけるかはまったく分からないのだが、もうそれは理屈ではないのだ。少しでも情報を知りたいと思うあまりに、その過程で悪意ある言いがかりなどでオレを陥れようとする勢力との戦いなどがあるが、こうしてリアルな現場で本人を見ていると、そんなものは本当にくだらなく、とにかくこの瞬間の充足感というものこそがすべてだと確信することができる。だからもうオレは余計な言説に耳を貸したり、くだらない風評に迷わされたりはしないのだ。求める真実はその現実にあり、それはあいつらの思うこととはステージが違う。これはすでにつまり...。

すでに何度も書いているように、今更アイドルというかメディアの向こう側の対象に夢中になることなんてありえないはずだと思っていたのだ。そして、様々な偶然がオレをここに導いたわけだが、その初期において、情報を集めたいという思いから、ファンの方が運営しているいくつかのサイトを見た。それは実に衝撃的だった。いま、この時代にこんなにバカバカしいほど純粋に真っ直ぐにメディアの向こうの女の子のことを思っている人たちがいるのか、と。それはオレにはとても眩しく見え、日ごろ、調子よく器用な振りを装ったり自分を実際以上に優れているように見せることが習慣化した薄汚れていて、かつ生きている実感が薄い日常において、ひじょうに羨ましいものであった。やはりこうでなくてはダメだ。オレはこういうものをこそ求めているのだ。こういうものをマジヲタキモいとかいう風に感じる人たちとはオレは根本的に価値観が違うと思うし、永遠に分かり合えることはない。

仕事の資料集めのために海外の音楽やポップ文化に関する雑誌や文献に日常的によくあたるのだが、アメリカのローリング・ストーン誌の表紙をジョナス・ブラザーズという3人組の兄弟バンドが飾っている。ディズニーが関わっているらしく、アメリカでは低年齢の女子に圧倒的な人気があるようだ。記事を読んでいる中で、彼らとファンとの間の関係を象徴するものとしてピュアリティー・リングなるアクセサリーが気になった。これは、結婚するまで貞操を守るというバンドのポリシーが込められたものであり、リングには「真実の愛は待っている」「一生に一人」などと刻印されているらしい。バンド及びスタッフはファンとバンドとの間の信用関係の重要性をよく理解しており、パブリシティーの規制は徹底されているようだ。また、この雑誌には今年の初めのほうでブリトニー・スピアーズのカバー・ストーリーを掲載していた。かつてのトップ・アイドルも現在ではその奇行ばかりが話題になるような状態である。ブリトニー・スピアーズは当初、敬虔なクリスチャンであり、結婚するまで貞操を守るというキャラクターが評価され、絶大な人気を得た。そのファン層の中には、彼女に憧れる若い女の子だけではなく、中高年の男性も少なくなかったという。しかし、男性スキャンダルが出た辺りを境に人気が一気に落ち、慌ててアダルト路線にシフトするもののそれが裏目に出て、本人の精神状態もおかしな方向にいってしまったということである。実にまともだとしか言いようがない。

周囲に惑わされることなく、自分の価値観で選び、判断する。そうやって生きていくことが大事だというのはよく言われることだが、それが実際のところはひじょうに難しい。人間関係の中での同調圧力や仕事のキャリアアップのために自分を売り込む技術にも長けなくてはならない。競争のストレスや防御の為の攻撃とか、本来どうでもいいことで身も心もすり減らして、いったいその先に何があるというのか。毎日忙しく疲れてはいるが、充実感は無く、不安ばかりが常に追いかけてくる。真夜中に目が覚めて、自らの意志で積極的につかみ取ろうするものがもはや何一つ無いということに気がつき、呆然とする。家賃を払って、家族を路頭に迷わせない為だけに何とかやっていく。そうか、これがいわゆるミッドライフ・クライシスっていうやつなんだろうか。

本来の自分とはどのような者であり、どういう者でありたいのか。そういう視点から物事を見て、対処していけばいいのだ。弱さや不器用さは隠さず、それをしっかり見据えた上で、正しいと思うことをひとつひとつ経験していく。そういった過程を抜きにして、本当の力というものは獲得できないのだろう。成長とはそういうことだ。要領が悪く、スマートではなく、かっこ悪いのではなく、真剣に葛藤することが最高に美しくかっこいいと心から思うことができたから、限界を振り切って、新しく前へ進むことができた。そして、その感じはいまも続いている。その理由はおそらくすべて...。

当時17歳だったアイドルが、突然オレの精神生活に訪れ、なぜだかよく分からない魅力で、オレをその世界へと引き込んでいった。逃げられる場所があればどこでもよかったのかもしれない。それからの行動は、まさに理屈抜きのものであり、オレにこんな行動力がまだ残されていたんだと驚くほどであった。そして、それはあるひとつの結論へとオレを導いていった。

神のいない夜、不安や絶望が幾度もなく襲うことがあった。しかし、もうそれは遠い過去の話だ。

道重さゆみがいてくれて、本当によかった。うさちゃんピース。

2008年8月 8日 (金)

シンデレラ the ミュージカル。

午後から会社関係の要件があり、それに合わせて聖地巡礼を切り上げてきたわけだが、それも終わって、一旦新宿へ出た。新宿コマ劇場の「シンデレラ the ミュージカル」が今日で2日目なのだが、当日券があるのかどうかよく分からない。いずれにしても良い席は、すでに前売りとかで出てしまっているのだろう。それでも、生の道重さゆみを観るということ、それだけでオレにはとても価値のあることに思えた。

銀行ATMで余分に現金を引き出して、タワーレコードでUNCUTとローリング・ストーンの最新号を買った。とにかく酷く暑いのだが、とりあえず歌舞伎町方面へ歩く。いかにもヲタっぽい人たちがグッズや前売りの列に並んでいるが、一旦場所を離れ、少し考えた後でやはり当日券の列に並ぶ。あの宇部の田舎で育った道重さゆみがこの東京新宿歌舞伎町の新宿コマ劇場に出演しているという当たり前の事実を、今日はよりヴィヴィッドに感じ取る絶好の機会である。どうせろくな席は残ってはいないだろうと思ったのだが、案の定、列は7列目と前のほうだが、一番端っこ。おそらく劇全体を観ることなど不可能だろう。それでもいい。4月の千葉でのラジオ公開放送以来約3ヶ月半ぶりに道重さゆみが観られるのだ。それ以上に価値のあることがあるだろうか。

適当に時間を潰して、開演20分ぐらい前に会場へ。思ったよりも一般の人や家族連れなどが多い。モーニング娘。出演の舞台とはいっても、共演する宝塚の人たちはかなり人気がある人たちで、そのファンの方々も結構いらっしゃるのだろう。いつものヲタ現場とはかなり濃度が異なった印象を受ける。ところで、この新宿コマ劇場という場所の存在は昔から知っているし、ここの前は上京して以来何百回通ったか分からない。しかし、一度も中に入ることはなかったし、こんな日は来るとも予想していなかった。しかも、今年でここは閉館になるらしいではないか。道重さゆみのおかげで、この歴史ある劇場に入ることができた。この近くにあったリキッドルームというライヴハウスはかなり好きで、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズだとかマーキュリー・レヴだとかブラック・グレープだとかを観に来たことがあるのだが。

実際に席に着いてみると、さすがに真ん中奥辺りは見えないが、それ以外は十分に観られそうだ。当初、道重さゆみのセリフがほとんど無いと聞いて、どうしようか迷っていたのだが、妖精として空を飛ぶと聞いて、ぜひ観にこようと思った。オレは本当にこういう本格的な舞台とかを観に来たことがなくて、まず生演奏のオーケストラが入っていることに驚いた。こういうのに慣れている人たちにとっては当然のことなのだろうが。冒頭からあの緑色の妖精の衣装を来た道重さゆみが光井愛佳と一緒に出てくる。そして、空を飛ぶ。もうなんというか道重さゆみ的としか表現のしようがない、あの純度が高く透明でやわらかな存在が神々しく、その仕草や動きのひとつひとつが、オレにとっての完璧さへの欲求を満たしていく。これを見ていられることは何という贅沢なのだろう。

その後、今度は衣装を替えて、町娘の役で出てくる。唯一のセリフもあったが、とにかくこの存在感そのものが可愛いという言葉の意味を規定している。確かに歌やセリフは少ないのだが、このキャスティングにおいては、道重さゆみはこの役以外にはありえず、ファンとしてのオレが最も望むイメージを演じてくれているように思えた。お嬢さんっぽかったりキャピキャピしているところもあったり、そういうところが最高にいいのだ。

とにかく道重さゆみが舞台に出ている間はずっとそっちばかり見ていたのだが、ミュージカル自体もなかなか楽しめた。そして、こういうのを観に来るのが初めてのオレは、てっきりこれだけだと思っていたのだ。

そしたら、10分間の休憩をはさんだフィナーレでは、衣装を着替えたモーニング娘。がパフォーマンスを披露した。これは全く予測していなかった。ファンの間ではこういうものだというのはお決まりなのかもしれないが、オレはちょっとビックリした。モーニング娘。のコンサートがある土日祝はだいたい仕事で、それゆえにこれまでにラジオの公開録音やイベント、おじぎ30度などでしか道重さゆみをはじめとするモーニング娘。メンバーを見たことがないオレにとって、今日は新垣里沙、久住小春、ジュンジュン、リンリンを初めて観て、ついにメンバー全員を観たということだけでも十分に大きな意味を持っていた。それが、ついに念願のパフォーマンスも観られてしまった。予想外だっただけに感動した。「C/C(シンデレラ/コンプレックス」「シャボン玉」「ザ☆ピ~ス!」「リゾナント ブルー」の4曲をしっかり堪能した。とはいえ、道重さゆみのほうばかり見ていたのだが。

その後で、宝塚の人たちの歌があって、カーテンコールで終了となった。道重さゆみのお辞儀が実にお行儀のいいもので、これにまた感激した。実に大満足の舞台であった。

2008年8月 7日 (木)

宇部ツアー2008・夏。


8月6日は新宿コマ劇場で「シンデレラ the ミュージカル」の初日であり、真っ当なファンであれば迷わずこれに駆けつけるはずである。しかも、いつもはコンサートが土日祝ばかりで、休みが平日しか取れないので行くことができないと嘆いているオレにとって、これに行かなくてどうする、とでも言うべき条件である。とはいえ、1ヶ月以上前から先割で航空券を予約していたため、この日は行けずじまい。

さて、遡ること1年前、8月2日のオーサカキングで道重さゆみ・光井愛佳のラジオ公録及びテレビ生収録を目撃したときの衝撃がきっかけとなって、この「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン」の前身である「卒業-さゆみんに向かって」は始まったわけだが、実は先週、今年もオーサカキングに行って来た。今年は道重さゆみは来なかったのだが、あの日をきっかけとして起こった色々な変化のスタート地点を確認すべく行って来たのだ。昨年は情報不足で一切できなかった大阪観光もしっかりしてきた。そもそもオレは旅行とかはそんなに好きではなかったのだが、道重さゆみを知ることができたおかげで、こんなことになっている。

昨年は何かに導かれるように、その翌週に道重さゆみを生んだ山口県宇部市への聖地巡礼を敢行したわけだが、この衝撃も大きなものだった。ゆっくりと流れる時間の感覚や豊かな自然など、幼少期を田舎で過ごしたオレに色々な物事を思い出させてくれる感動的な巡礼になった。しかも、後で知ったのだが、どうやらそれと同時期に道重さゆみも山口に帰省していたようなのだ。これがヤンタンの明石家さんまによる親方発言、そして鉛筆投げ事件へと発展していくわけだが。

様々な情報を追加した上で行った4月の第2回聖地巡礼だが、ときわ公園の素晴らしい桜が見られたまではよかったが、午後から暴風雨になり、傘が2本壊れるはiPodは動かなくなるわノートパソコンはダメになるわという大惨事に見舞われた。それでも収穫は十分にあったのだが。そして、帰ってきてすぐの「ヤングタウン土曜日」において、道重さゆみが実家周辺についてかなり詳しく話した。あと1週早く話してくれていればと思ったのだが、これが近々第3回を行わなければならないことを決定づけた。果たして一体何がオレをここまで駆り立てるのかさっぱり分からないのだが、まあ仕方がない。しかしよりによって偶然とはいえ、ミュージカル初日にやらなくても、とは少し思ったのだ。

今回はこれまでは行っていなかった海のほうへ行ってみたのだが、かつて海水浴場だったらしき名残はあった。途中、向かう下り坂の道で何かが素早く動いたのだが、見てみるとカニだった。陸をカニが歩いているのを初めて見て、軽く感激した。あとはトンボがやたらとたくさん飛んでいた。子供の頃にはたくさん見たり捕まえたりしていたバッタもたくさんいて、妙に懐かしかった。

事前に宇部で最も有名なラーメン屋さんだという一久というお店を調べていたのだが、いざ店の前まで行ってみると、とんこつの匂いがきつすぎて、結局行かなかった。地元の本を立ち読みすると、見た目の割にはさっぱりしていて女性にも人気と書いてあったのだが、豚の頭以外の骨を全部使ったスープとも書いてあった。夜遅くにもう一度行ったのだが、やはりあきらめた。途中、酒を飲みすぎた若者のグループが路上で大の字になって寝たりしていた。とにかく歩き回って、歩数計が1日で6万歩近くになっていた。水分補給もこまめにしたが、山口と九州でしか買えないアイスキャンディー、ブラックモンブランも2回食べた。夜中に琴芝のインターネットカフェ、デイリープラネットに行こうと思っていたのだが、結局行かなかった。宇部線の常盤駅では、去年もいたあのメガネをかけた小さいおじいさんが切符を回収していた。山口宇部空港の近くのローソンは、オリジナルのデコレーションなどを凝ってやっている。セブンイレブンの店頭には必ず山口県を日本で一番住みやすい県にしようというようなキャンペーン的なオレンジ色ののぼりが立てられていた。フジグラン宇部の1階では、ヨーヨーすくいなどのミニ縁日みたいなのを地味にやっていた。ときわ公園では、普通に歩くペリカンと初めて遭遇した。

翌日の午後に予定があったので、そんなに長くはいられなかったのだが、すっかり満喫した。そして、やはり「シンデレラ the ミュージカル」をいち早く見なくては、という気持ちになった。

ここで断片的に書いたことの一部は、以下の動画に収録されている。

今夜もうさちゃんピース#96

オープニングでは、先週の「今すぐ使える自己紹介」で投稿されていた「24時からのシンデレラ」というフレーズを使っていた。そう、この放送があった翌日、8月6日から「シンデレラ the ミュージカル」がスタートということで、今月はこの自己紹介を使っていくようだ。

7月13日の誕生日にはハロー!プロジェクトの夏コンサートのため、メンバーと一緒だったようだが、電気を消してサプライズでケーキが出てきて感激したという。ちょうど食べたいと思っていたアイスケーキが出てきたが、それは親友の亀井絵里が提案したものだったらしい。メンバーからプレゼントをもらったのだが、持って帰るのを忘れ、マネージャーからの電話で気付いたのだが、メンバーには内緒にしているようだ。亀井絵里からのプレゼントはカバン。

頭のリフレッシュ法についての質問メールには、いつもメンバーや家族など周りの人が気遣ってくれるが、新しいダンスを覚えなくてはならないときなどは、1回すべて忘れて、それから改めてやってみると案外できていることがあるらしい。

「シンデレラ the ミュージカル」では、妖精や淑女など、常に光井愛佳と同じ役で一緒に出演しているのだが、とても真面目で頼りになるらしい。また、エンディングでは、このミュージカルは一緒に出ている光井愛佳に合わせて、あえてキャピキャピしてみたとも言っていた。

好きなダンスBEST3の第3位は「愛あらば IT'S ALL RIGHT」で、Aメロで昔習っていたエアロビクスっぽい振り付けがあったり、サビもファンと一緒に踊れるところが好き。第2位は「リゾナント ブルー」。初めは大嫌い、というか苦手だったようで、うまく踊れず、デビュー曲以上に練習したらしい。そうしているうちに体に入ってきて、好きになっていた。そして、第1位は「シャニムニ パラダイス」。とにかく可愛くて大好きだがコンサートでは踊ったことがなく、イベントで1回踊っただけ。元々は藤本美貴が参加していたが、一人だけやる気が無さそうに踊るのを見るのも好きだったらしい。

「さゆみんの頑張っちゃうゾ」では、ファンにラブレターを書くというチャレンジ。1分と言う制限時間があったが、ここで道重さゆみは、ラブレターというと漫画とかだと夜な夜な書くイメージ、ゴミ箱にポイ、「入らない」みたいな、などと言っていた。このアナクロぶりが素晴らしい。まさにプロのアイドルである。さんざん恥ずかしがって、何とか書き上げる様子がまたかなり良く、さらにそれを番組公式ホームページにアップしているという、まさにアイドルラジオの真髄ともいうべき、最高のアイドルと優秀なスタッフの感性が化学反応を起こしたかのような卓越した仕事だといえよう。「ムズカシイけえ」と山口弁で書いてしまい、「けえ」の部分を消していたりするのも含め、とにかく可愛すぎる。

「もしもさゆみん」のコーナーで、事務所の人に歌はやめてアイドル芸人になれと言われたらどうするかというのがあったが、もう少し長い目で見てほしいというようなことを言った上で、もしもその方が将来的にいいのならば、むしろやりたい、将来は大事、と言っていた。ただし、その事務所の人が言っていることが以前にはどうだったかなどを聞いて慎重に判断するとも言っていた。

遊園地の乗り物になるならば、夏は暑いのでウォータースライダーがいいが、それ以外ならば、疲れるのが嫌なので、あまり人気がなく故障しやすい、でも目立つところに置いてあるおいしい役どころがいいと答えていた。

もしもお父さんが目玉おやじだったら?という質問には、お姉ちゃんにそっとあげると答えていた。先日、誕生日に家族で唯一メールをくれたらしいのだが、普通ならば「10代最後」と書くところをお父さんは「ティーン最後」と書いていて、なぜ、そこだけ英語なのかとツッコミたくなったらしい。

もしもメンバー全員がアフロヘアーにしたとしても、自分はしない。服装、髪型、アクセサリーなど、流行り物に流されることはなく、ファッション雑誌も美容室などで待っている間に見ることはあるが、自分で買うことはさらさらない、と言っていた。

もしも吸血鬼になったら血を吸いたいのは、田中れいな。注射が大好きで、会社で風邪の予防接種を受けるときなども楽しみにしているらしい。また、久住小春は健康オタクで、休みの日に病院をハシゴしたりするらしい。

日記をどこかに置き忘れたとしたら、この世の終わりのような気分になる。海外に行くときはさすがに何日分も後で書き写すのは面倒なのでトランクに入れて持っていくが、地方の移動などには持っていかないらしい。

外国人に生まれ変わるならばお洒落な高いビルが建っているようなアメリカとかフランスがいいが、基本的に外国のことはよく知らない。名前はミッシェルとかメアリーとか映画に出てきそうなのがいい。

自転車の補助輪無しで乗れるようになったのは小学1年生のはじめぐらいで、結構早い。小学3年生で自転車教室というのがあり、それに補助輪を付けたまま来る子はいないと聞いていたので、それまでは乗れるようにならなければというプレッシャーがあった。近所に住んでいる妹のように可愛がっていた子は、小学3年生になっても補助輪を付けてきていた。中学校は自転車通学だったが、必ずヘルメット着用で、下のパッチンもしなくてはいけなかった。パッチンをしていないだけでノーヘルメットと見なされたり、雨の日はカッパ着用だったりと厳しく、自転車通学にはいい思い出が無い。過去の放送では電柱にぶつかった話やタイヤがパンクして押して帰った話などをしていた。

コンサートでのコールはとにかく嬉しい。「シングル大全集」の「モーニングコーヒー」ではBメロでソロを歌わせてもらっていた。元々は安倍なつみが歌っていたパートで、なっちコールが盛り上がるところ。ここで自分の名前をコールしてもらったことが、とても嬉しかった。しかし、自分の歌が不安定だったため、そっちに集中する必要があり、よく聞くことができなかった。

過去の誕生プレゼントで一番嬉しかったのは、物というよりはサプライズなどをしてくれた気持ち。

さゆのことが気になりはじめた頃


前回からつづく

2月17日のmixiの日記において、オレははじめて道重さゆみのラジオのネタについてふれている。しかしこれはモ娘(狼)で読んだものであり、実際にはその番組は1度も聴いていない。しかし、これはオレが本格的に道重さゆみを好きになるきっかけとなった決定的瞬間であることには間違いない。では、そのmixiの日記である。

道重さゆみは名古屋のラジオ局で「今夜もうさちゃんピース!」という番組をやっているのだが、東京では残念ながら聞くことができない。モ娘(狼)などで情報を集めているのだが、先日は、小学生の頃に芋虫を拾って机の中で飼っていたというエピソードを話していたそうだ。また、今週の放送では、当時のあだ名が「みちし原人」であり、それがすごくいやだったという発言があったようだ。今日の道重さゆみの自己愛のルーツを探る上で、実に興味深い。ちなみに、この番組のホームページで、道重さゆみが気に入っているうさぎの形をした髪留めの画像を公開していたのだが、初めてこれを見たときに、なんだかとても切ない気持ちになった。あれはいったいなんだったんだろう。

この日記では芋虫と書いているのだが、これはオレの勘違いであり、実際には道重さゆみが小学生時代に机の引き出しで飼っていたのはダンゴムシである。なぜこれを訂正していないかというと、マイミクさんから芋虫という言葉が入ったコメントをいただいた為である。この髪飾りはほんとうにかわいくてぜひリンクを貼りたかったのだが、残念ながらCBCの公式ページからは削除されているのだ。「笑顔YESヌード」の時に道重さゆみが推しメンなどと書いていたのは、おそらくこの髪飾りの画像を見ていたからかもしれない。それは、小学生の頃に女子に対して抱いたようななにか立ち入れないような甘く切ない感情を呼び覚ましてくれるようなものであった。

この後、2月21日の日記では会社の人たちと行ったカラオケでモー娘。の曲を歌ったというような書き込みがある。そして、25日の日記では「ハロー!モーニング」のことを書いている。

テレビはあまり見ないオレだが、唯一毎週欠かさず見ているのが、テレビ東京で毎週日曜日にやっている「ハロー!モーニング。」である。この番組の素晴らしいところは、道重さゆみがたくさん見られるということに尽きる訳だが、今日放送分において、第8期メンバーの光井愛佳加入に際して、良い先輩度チェックといった趣旨のコーナーがあった。まず吉澤ひとみと辻希美によって捕獲されたメンバーが、小部屋に閉じ込められて、その中で与えられる試練への対応の如何によって、良い先輩度が測られるという、心理学を駆使した企画である。

まずは、敵と闘うヒーローのコスチュームとして、4種類の中から好きな色のマントを選ぶ。最初の被験者である高橋愛は、オレと同じ赤を選択した。これは、後輩に対して情熱的に自分を表現するのは良いのだが、その分弱点もさらけ出してしまうということで、7点。ちなみに青は4点で、黒は1点であった。最高得点は白で、素直な自分を表現するので、受け入れられやすいとのこと。道重さゆみは、白を選んだ。いいなぁ。

続いて、いかにもヤバそうな箱のフタを開けろという指令がくる。当然ビビる訳だが、中に入っているのはおいしそうな苺パフェ。これのどこから食べるかによって、判定が下される。高橋愛は、苺から食べたが、これは自分を中心に考えていて後輩に対する優しさが足りないらしい。道重さゆみは、オレと同じくクリームを選んだのだが、これは9点で最高得点であった。得点が高いこともさることながら、さゆとの共通点が持てたことが嬉しかった。

最後は、突然警報が鳴り響き、お化けの覆面をした敵が浸入してくるのだが、これに対してどう対処するかが問題。高橋愛はハリセンで応戦したが、これは4点だった。道重さゆみはかなりビビっていたが、ボールを投げつけて応戦。これは遠くからの攻撃で頭がいいということで7点。ちなみにオレは素手を選択したのだが、これは体を張っているということで9点の最高得点であった。

総合で高橋愛は27点満点中15点で、「ただの年上」。一方の道重さゆみはというと、25点の高得点で「良い先輩」。やるじゃん、さゆ。で、オレも同じく25点だった。メチャクチャ嬉しいんだが。これは、出演していた心理学の教授のような人が考案したものなので、たぶん間違いない。うん。

それにしても、敵が現れたときに、食べかけていたパフェを死守しようとしていた道重さゆみの姿に深く感じ入った。そして、このテストが終わってからも「これ全部食べていいんですか?」といって、パフェを完食しようとしていた。名古屋のラジオ情報によると、最近太ってきていることを気にしているようだが、でも食べるのはやめないらしい。いいなぁ。

次週の苦手克服企画の予告では、逆上がりができなかったり跳び箱が跳べなかったりする道重さゆみの姿が映された。これを見ている瞬間のオレの萌え度数が相当なものだったことは、言うまでもない。これは必見、というか保存版である。

どうやら道重さゆみを推す方向性がオレの中ではっきり固まり始めてきたようである。この辺りから日記の中に道重さゆみに関連した記述がどんどん増えてくる。

2月26日

道重さゆみは、小学生時代に男子から「みちし原人」なるあだ名をつけられ、それが凄くイヤだったそうだ。また、昨日の「ハロー!モーニング」の予告において、運動能力がきわめて低いことも実証されている。小学生時代は暗い性格だったことも、色んなところで語っている。毎日鏡を見ながら「可愛い」「可愛い」と言っていたら本当に可愛くなったらしい。書店のビジネス書コーナーに置いてある自己啓発書に書いてあるようなことを、さゆみんはすでにやっちゃっていたということ。よく聴く音楽は、お姫様の歌などがたくさん入ったアニメのCDらしい。コンセプトが明確で、行動に迷いが無い。素晴らしい。ぜひ見習いたいものである。

2月28日

とにかくケータイのアラームで無理矢理起きることが苦痛ではなくなったのが、意外と大きい。

なぜなのかと考えるに、やはりアラーム音を「ポケットモーニング娘。」からダウンロードした道重さゆみの着ボイス、「朝ですよ~」と「時間ですよ~」に変えたことが原因であろう。待受画面も、晴れ着姿のさゆみん画像を設定している為、もはやアラームで起こされるのが楽しみ、といった状況である。

まったくもってオレって奴はバカだなぁ、と実に嬉しく思う昨今である。

同じく2月28日の2本目は「憧憬」というタイトルである。この時点では道重さゆみの写真集「憧憬」はまだ買っていないのだが。

この日記のタイトルは、只今絶賛発売中の道重さゆみの最新写真集と同じな訳である。近頃のオレの道重さゆみに対するヒート・アップぶりを分析するに、もちろんさゆみん本人に対する思い入れという部分が大きい訳だが、いわゆるモーヲタといわれる人たちに対する憧れがあることも間違いない。

やはり世間からくだらないだの終わってるだの言われようが、自分が感じるリアルに対してのピュアな思いというものを尊く思うのだ。

モーニング娘。は今年で結成10周年。確かYahoo!Japanが去年で10周年だったはずなので、モーニング娘。の歩みは、わが国におけるインターネットの発展と時期的にはしっかり被っている。かつてのアイドル・ファンの活動といえば現場での追っかけ活動やレコードや写真集、グッズといった物の購入、ファンレターを書いたりミニコミを発行したりというのがあった訳だが、インターネットを通じてのファンサイト運営や掲示板での意見交換という可能性が生まれたことで、これはよりコアでマニアックなものになったと言える。

現在のモーヲタといわれる人たちの主な年齢層は、20代中盤から30代前半くらいであろうか。モーニング娘。が名実共に国民的アイドルだった頃から追いかけている人たちがほとんどだと推測するのだが、当時と比較しての人気凋落が叫ばれる現在もヲタを続けている人たちというのは、やはりそれなりにコアでマニアックなのではないだろうか。

モ娘(狼)というスレッドを見ると、推しメン同士のヲタ論争や顔文字やAAを駆使したネタスレッドなど、実に高度なものが多い。また、自分たちにとってはリアルであるが、世間一般にとってはイケていないものについて語っているという認識が大抵の場合は根底にある為、この辺りの加減も実に良い。

モーニング娘。が国民的アイドルであった頃、オレは正直全く興味が無かった。周囲の同世代の連中までもが、軽いノリで支持したりしていたのが気に入らなかったし、あからさまに子供受けを狙ったものや、楽曲についてもコンセプトが甘いと感じられるものが多かった。

オレが中学生や高校生の頃、アメリカン・ヒットパレードを皮切りに、英国のニュー・ウェイヴやパンク・ロックなど、洋楽を好んで聴いていた。しかし、それと同時に当時音楽シーンの優秀な人材が多数制作に参加していた、日本のアイドル・ポップスも愛好していた。しかし、周囲の音楽ファンからアイドル・ポップスはバカにされていた。バカにされながらも、オレたちにとってのリアルを信じ続けた。

仕事場は、常にヒットチャートものの有線放送が流れているような環境である為、モーニング娘。はもちろん、オリコン上位に入っているような楽曲はほとんど耳にしている。しかし、それらのほとんどに対し、全くリアルを感じることが出来ず、英国のインディー・ギター・バンドなどを聴いていた。「真夏の光線」などはひじょうに優れたポップスだと思ったが、それほど思い入れを強くするほどではなかった。一時期は2時間の有線放送の番組中、ハロプロ関連の楽曲が5曲も6曲もかかっていたことがあったが、思い入れは全く無かった。

2003年から2年間くらい、わりと自由にやれる現場に配属された為、有線放送を切り、リバティーンズやフランツ・フェルディナンドなど、好き勝手なものをかけながら仕事をしていた。よって、この時期の日本のヒットチャートものはほとんど聴いていない。ゆえに、モーニング娘。の人気が凋落していたことも意識していなかったし、6期メンバーのことなんて全く知らなかった。

歌舞伎町や秋葉原のDVDショップを見に行った際に、モーニング娘。の楽曲はよくかかっていて、どんどんコアでマニアックなものになっているな、というのは薄々感じていた。そして、どういうきっかけかは全く覚えていないのだが、モ(狼)のスレッドをたまに見るようになった。「紺野あさ美」とか「田中れいな」といった固有名詞を見てもなんのイメージも湧かないまま、そこで繰り広げられているカオス的世界を楽しんだ。そして、去年の春くらいにたまたま「ハロー!モーニング」を観て、亀井絵里がなんか引っかかってしまったのだ。

なんとなく毎週予約録画して観るようになったある日の放送で、亀井絵里と新垣里沙が心理ゲームをやらされるという企画があった。亀井絵里が親友である道重さゆみに対して、どのようなスタンスで接しているかを分析するゲームで、結果は「都合よく利用しているだけ」といった内容だったと思う。この結果を聞いて、道重さゆみは涙目になっていたのだ。思えばこの時が道重さゆみの顔と名前が初めて一致した瞬間であった。そう、まだ1年も経っていないのである。

こんなオレがヲタなんて自称するのは、実におこがましい。ずっと真面目に応援してきた筋金入りのモーヲタの方々に対して失礼というものである。今のオレに出来ることといえば、在宅系ヲタ見習いとしてきちんとおカネを使うものには使うことと、ちゃんとしたことをしながら、世界とモーヲタの戦いにおいては常にモーヲタの側に付くことくらいであろうか。

最近、いくつかの道重さゆみのファンサイトを巡回しているのだが、その内容についても共感することしきりなのだが、なんといっても対象に対してのピュアな思いの発露が眩しすぎる。世間がなんと言おうが、オレにとってこんなに大事なことはそうは無いよ。

本日は期末の締めゆえに、これからまた仕事場へ行く。昨日は明け方に「わ~MERRYピンXmas!」を28回リピートしながら、かなりドラッギーな感じで仕事を終わらせた訳だが、あと今期最後のひと頑張りである。明日からはまた新たな戦いが始まる訳だが、道重さゆみが推されていることを誇りに思えるようなオレである為に、自己を律し、最高の成果を残していきたい。

それにしても本当にオレはバカだなぁ。

この日記からは本物のモーヲタの人たちに対する引け目が感じられ、この気持ちは現在も続いている。ゆえにmixiでもハロ系の人たちにマイミク申請できずROMっているだけ。あちらから申請していただいてマイミクになった方も若干名いらっしゃるのだが、内容が濃すぎてコメントが出来ない。このジレンマはなんとかしたい。

次回へ続く

2008年8月 4日 (月)

今夜もうさちゃんピース#95など。

原則的に放送日の翌日か翌々日にはラジオ番組の感想などを書いているのだが、この週は実に多忙であり、7月29日火曜日深夜に放送された「今夜もうさちゃんピース」をやっと聴けたのが8月2日土曜日といった按配である。

まあこの週は半ばに感傷的な小旅行があったりもしたのだが、「今夜もうさちゃんピース」の音源はちゃんとiPodにインポートして常に携帯していたのだ。確かに刺激的で興奮する出来事が多かったのだが、わずか60分間ばかりの時間が取れなかったのかといえば、そんなこともない。また、感想文のようなものを作成するために、わざわざホテルのフロントで有料でノートパソコンを借りたりもしていたのだ。しかし、それは全く別のことに長時間使ってしまった。かつては「今夜もうさちゃんピース」を聴くことがリアルで1週間のうちで最も優先順位の高い行事であったこともあり、トーク内容の一字一句を丹念に文字起こしをしていた時期すらあったのだ。一体あれは何だったのだろう。

今回の小旅行ですら道重さゆみと出会うことがなければありえなかったし、それ以外にも道重さゆみを知りえたことによって初めて訪れた場所や体験した出来事、思い出したり気付かされたりした感情などは計り知れず、やはりこの平成ニッポンという時代と国において、オレが道重さゆみというアイドルと同時代を生きえた奇跡を感謝する気持ちに偽りはない。しかし、対象を知ろうとすればするほど、関わりたくもない魑魅魍魎を意識せざるをえない状況に追い込まれ、それがアイドルヲタクという存在の陰湿で不健康な性質の一部なのかもしれないが、そんなものに関わりあっている時間は無駄以外の何者でもないと思ったのだ。あげくの果てには特定メンバーやアイドルと文化そのものに対する嫌悪感すら芽生えてきてしまい、これは明らかにヤバいという気がして、距離を置くことにしてみた。ここのコメント欄を閉鎖したのも、モーニング娘。のある特定メンバーのヲタなのかアンチなのかよく分からん連中から悪意に満ちたコメントが粘着的に執拗に書き込まれたことが原因であり、かつてはモ娘(狼)でヲタ論争やら論破やらに熱くなっていたオレも、さすがにアホらしいというか、その先に何があるのだという気分になってきた。オレはただ肯定感を求めてこの世界に足を踏み入れたのに、なぜわざわざ嫌な気分になったり腸が煮えくり返ったりするようなものを見続けなくてはならないのか。人生は短く、否定的な感情の時間をなるべく減らし、肯定的な感情の時間を増やしていきたい。できたら肯定的な気分だけに生きたい。その為の葛藤なり格闘ならば価値があるのだ。

他にもいくつか理由があるのだが、とにかくもう何というか半ば惰性のような感じもあったのだが、例の小旅行が終わり、現実が退屈を連れてきはじめた頃にやっとこさ「今夜もうさちゃんピース」を聴いたのだが、やはりこれが面白い。結果としてオレはいかに道重さゆみのことが好きかということを再認識することにしかならなかった。

例えばオープニングでは道重さゆみが母、姉と3人で食事をした帰りに、姉妹で「明日天気にな~れ」の要領で願い事をしながらサンダルを蹴り投げていたというのだ。次第にヒートアップして、高さがどんどん上がっていき、見かねた母が「いい加減にしなさい」と注意する。それでも懲りずに「いまが楽しいからいいもん」と続けていると、姉のサンダルがどこかの家の塀を飛び越えてしまう。しかもそれが借りた妹のサンダルであり、母は激怒、結局姉妹で協力して、何とか足に引っ掛けてサンダルを取り戻したという。この何でもないエピソードなのだが、49歳、20歳、19歳の母娘がこういうことをやっている情景というのが、オレにとっては高度に理想化されたファンタジーに他ならず、オレ自身の普段の日常生活からはこのような発想は一切生まれない。しかし、これはかつてのオレが見たかことのある情景であり、オレの心の中のとてもやわらかくて温かい場所にひっそりと隠されていた。荒れすさんだ日常の中で、これを思い出すことは一切ない。しかし、道重さゆみがラジオでこの話をしてくれたお陰で、オレはこれに再び対面することができた。そして、家族とのかかわりをもっと大切にしなくてはならないと思った。オレが13年ぶりに実家に帰ってみようという計画を本気で立て始めたことは、これとまったく無関係ではないと思う。

また、「クイズ シゲサゴン」の罰ゼリフでは「美少女戦士セーラームーン」から「ムーンライト伝説」という曲の替え歌を無伴奏で歌った。この曲はお姉ちゃんのカラオケでのレパートリーらしいのだが、当然オレはオリジナルを聴いたことなど1度もない。照れながら恥ずかしそうに歌うこの不安定な感じ、これこそがアイドルの歌唱の真髄である。ここに美を感じ、悶え苦しまずにどうしろというのだ。上手い歌が聴きたいのなら、アレサ・フランクリンとかビリー・ホリデイを聴くよ。道重さゆみの歌声そのものが逡巡や葛藤を表現していて、最高に素晴らしい。

「さゆの小部屋」で実家からある時期になると決まって送られてくるものはあるかという質問のメールに対し、山口県の実家からはまったく無いが、高知にいとこがいて、そこからは文旦という果物と海苔が送られてくるというのを聴けば、初めて聞いた文旦というものについてインターネットで調べる。こうやって道重さゆみがきっかけとなって新しいことを学び、知っていくことがとても楽しい。とてもおいしいので食べたことがない方にはぜひ食べてほしいですね、などと言われれば、おそらくオレはクイーンズ伊勢丹とかに行ったときに、この文旦という柑橘系の果物を探しているのだろう。

メンバー全員で食事をしていたとき、光井愛佳が寒がっていたので、お姉さんぶって「汚しても構わないから」などと言って貸してあげた上着の袖がすでに醤油かなにかですごく汚れていたというエピソードや、久住小春と写メールを撮って「すごくきれいに撮れてますよ」と言われたのだが、送られてきたのを見てみると、久住小春だけがきれいに撮れていて、道重さゆみは完全にブレていたという話、これも面白い。

「さゆみんうさピーDiary」では、リスナーからリクエストがあった3年前の山口県での凱旋コンサートの日のものを読んでいたが、自分で読み返して感動したと言っていた。また、この日記はあまりに感動的な内容だったのでそのまま映してきたが、いつも持ってくるものは実は消したり削ったりしているとも言っていた。ストレスや嫌なことがあると酷いことを書いてしまったりもしているらしい。

「いますぐ使える自己紹介」のコーナーでは、「おいでませ山口へ」というのを空港とかでよく見ると言っていた。また、「頑張らなきゃと思うと変な方向に行く癖がある」という発言もあったが、頭の回転が速くて器用なように見られるが、それは実は本質的な不器用さをカバーするために身に着けた無意識の知恵であるに違いないというオレの仮説に適ったものであるようにも思えた。他にもお姉ちゃんの名前には「つ」が入るという新情報や、「罪な女」という単語に反応したりと、いくつかオレにとって重要なポイントがあった。

芸人の芋洗坂係長の動画を見て、機敏な動きは真似したい、お父さんと体型が似ているので親近感が湧いたと話していた。この芸人はちょっと太り気味な感じ」なのだが、道重さゆみのお父さんというのはやせ型で眼鏡をかけた学者タイプと勝手に想像していたのだが、どうやらちょっと違うようだ。

20歳の女の子のファンからのメールにとても喜んでいた。やはり、同年代の同性から支持されることはとても嬉しいのだろう。また、道重という苗字があまり気に入っていないということだが、どういう苗字ならよかったかという質問に対しては、水樹(木)、水沢など、水という文字が入ると透明感があっておっとりしていていいとも言っていた。Berryz工房の清水佐紀の苗字や久住小春の文字が好きだとも言っていた。また、さゆみという名前は道重の文字に合うように両親が考えてつけてくれた名前らしい。小学生の頃にクラスにとても可愛い女の子がいて、その子の苗字にとても憧れていたのを覚えているとも言っていた。家が美容院で毎日髪型を変えてきていて、すべてが可愛かったらしい。名前がシホちゃんで、苗字が里中とか里田とかそんな感じだと言っていた。

道重さゆみの誕生日に禁煙を決意し、ずっと続いているというリスナーのメールに対しては、神様になった感じ、支配しているみたいと言って喜んでいた。19歳になったのを機に改めたいことは、まず爪を噛む癖を直したい。噛みすぎて爪がボロボロで深爪しすぎてもう噛むところが無いらしい。また、唇をさわる癖もあるらしく、朝起きたときに唇をさわったまま時間が過ぎていくことがあり、それが至福の時間らしい。また、多少の我慢ができるようになりたいとも言っていた。お風呂に入りたいと思うとお姉ちゃんが入っていといようと入っていったり、DVDを見ていても暑くなったらすぐ上がったりするらしい。

小学4年生の夏休み前にプールのテストがあったが、4メートルしか泳げずに補修になったが、ありえないぐらい泳げなかったので先生がマンツーマンでついてくれて、何度か補修を受けた結果、最終的に20メートルぐらいまで泳げるようになったらしい。その年、いちばん成長した人だったという。

携帯電話については通話はほとんどしなく、1年前の着信履歴が残っていたりする。メールも多い日で5通程度。主に使う機能としては、ブックマークにお気に入りのサイトを50件ぐらい登録して、それを見ているらしい。アイドルのブログが多いが、自分の画像を調べたり写真集の感想を読みに行ったりもしているらしい。画像については可愛いのがあると保存して、待ち受けにしたりもしているようだ。

エンディングでは9月26日にソロ写真集が発売になることを発表し、写真集は自分1人のためにいろんな方が動いてくれていることが実感できるので、とてもありがたいとも話していた。

8月2日の「ヤングタウン土曜日」も駆け足で聴いたが、やはり伝説の放送ともいわれる「FNS27時間テレビ」の話題で持ちきりだった。中でも道重さゆみは27時間分すべて録画したものも含めて見たと言って、明石家さんまを大いに喜ばせていた。勉強熱心だとほめられていたが、単純に視聴者として見て面白かった、次の日がコンサートだったので寝なくてはいけなかったのだが、番組が楽しすぎて何度も起きては見たりしていたとも話していた。繰り返し見た場面は、「ラブメイト10」で、さんま、中居正広、大竹しのぶのトークの部分と、「はねるのトびら」のオープニング部分らしい。さんまはあまりに嬉しかったのか、可愛くて面白い新しいタイプのタレントになれるのではないか、将来は大竹しのぶのパターンを目指せ、面白い部分をピックアップするセンスも上がってる、トークを回せる、FUJIWARAを超えてる、癒やせませんのセリフ読みは穂花ちゃんより上、などと大絶賛していた。さいごのBEGINの歌のシーンでさんまは感動して泣きそうになっていたが、高橋愛と道重さゆみに指摘されると、次の進行のことで頭がいっぱいだったと言って誤魔化していた。道重さゆみは、さんまさんが倒れちゃうんじゃないかと思って心配でした、ビデオで見ていたのにメールしたくなった、とも言っていた。また、さんまが「シンデレラ The ミュージカル」を観に行くかもしれないという話の流れで、道重さゆみが妖精で飛ぶ場面は本当に始まりの部分だとも話していた。

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