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2009年9月

2009年9月29日 (火)

石田純一プロポーズSPなど。

本日放送の「ロンドンハーツSP」に道重さゆみが出演とハロプロ公式ホームページのメディア情報に載っていたのでわざわざスケジュールを開けて、食べ物や飲み物も準備して仕事場近くの自分1人でテレビが見られる場所で待機していたのだが、結局のところ石田純一がギリシャでプロポーズするのを追いかける企画だけの3時間であった。何となくこんなことになりそうな気はしないでもなかったのだが、かといって後から少しでも出演していたと知ったならば見なかったことを悔やむのは間違いない。録画したり他の手段で後から見ることも十分に可能だ。そんな便利な時代である。しかし、だからこそあえて放送時間にわざわざチャンネルを合わせる不自由さを味わいたい。そういう古いタイプの人間なのだ、私は。

道重さゆみが出演するというソースはハロプロ公式ホームページ以外にどこにもなく、これまでの経験から推測しても嫌な予感はしていたのだ。しかし、同様に釣られたのが私だけではなかったことは、関連高速感想スレッドを見る限り、明らかであった。以前に、お正月の「さんまのまんまSP」にモーニング娘。が出るというのを見て、さんまとラジオをやっている高橋愛と道重さゆみだろうか、それにしてはラジオでさっぱり話題に上らないなと思いつつ見てみると、とっくに卒業した過去のメンバーが何年も前に出演した時のVTRが数分間流れただけだった。いちおうモーニング娘。は映ったわけだから、まったく間違えた情報だとも言い切れず、この辺りが悩ましいところである。今回の「ロンドンハーツ」にしても、次回予告には映っていた。やはり格付け企画で、今回は辻希美も出演するらしく、新旧モー娘。対決みたいなメインのような扱いだった。またしても頑張って毒づいている場面が少し流れた。

しかし、実は結構面白く見てしまった。田村淳も石田純一も好きなタイプの芸能人ではないし、今回も道重さゆみが出演するという謝情報を知らなければ、まず見ていない。そして、プライベートを隠し撮りというようなコンセプトには、歪んだ露出趣味といった嫌な印象すらある。しかし、面白かった。告白してしまえば、思わず涙ぐんでしまった場面すらあった。そして、石田純一という人はすごくてカッコいいなという、リスペクトの念すら芽生えてきてしまった。

感動したのは、恋人の父親である頑固オヤジのイメージが強い元プロ野球監督に挨拶に行くシミュレーションをしていた場面である。55歳の大の大人、しかもスタイリッシュさを売りにしているタイプにもかかわらず、本気でガチの魂の叫びである。素直に心を動かされた。私の場合、愛する妹が再来月に結婚するという事情もあるのだが、なかなか感動的な場面であった。ちなみに私自信は結婚はしているものの、こういうことは一切やっていない不届き者である。

そして、ギリシャのレストランでのデートからプロポーズに至るシーンもずっと隠し撮りされているのだが、ここでの石田純一の行動、言動がこれまた愛すべきロマンチストという感じで、たまらなく良い。男目線で見ると、こういうのはキザに見えたりして嫉妬の感情が混じった嫌な感じになるものだが、むしろ清々しさや爽やかさしか感じない。

予想外に楽しめた3時間だったわけだが、これもまた道重さゆみがきっかけとなっている。同じ石田姓といえば、日曜日に放送された「ドライブ A GO! GO!」で道重さゆみと共演していた石田靖さんだが、放送があった翌日にご結婚を発表されたようだ。番組収録時のブログでは道重さゆみについて好意的な文章を書いてくださった。道重さゆみを好きになれば誰もが幸せになれるという典型的な一例であろう。

2009年9月28日 (月)

GIRLSの「ALBUM」が最高だったり。

会議が終わって京王線下り電車の車中、日課の英単語の勉強をするには混雑しすぎていたので、ケータイで「さゆみんこと道重さゆみちゃんを応援するのだ Part1220」というスレッドを開いた。そして、「アンチを叩くことはアンチと同類なのだと生きるさんに教えてもらった 」という書き込みを目にした。人様のお役に立てるというのは実にありがたいことだなぁ。

それはそうとして、昨日の夜からiPodとかiTunesで何度も聴いてお気に入りなのが、GIRLSというバンドの「ALBUM」である。道重さゆみのことばかり書いている私だが、元々はモーニング娘。どころか日本の芸能人や音楽家にはほとんど興味がない状態がもうしばらく続いていて、完全に洋楽オンリーの人になっていた。あの日、「笑顔YESヌード」のCDシングルを買うまでは。イギリスの音楽週刊紙「NME」こと「NEW MUSICAL EXPRESS」を毎週1文字残さず読み続けること、すでに17年以上が経過している。この雑誌の内容をまとめるようなブログをまったりやったりしていたのだが、去年ぐらいに飽きたのでやめようと思って、そしたら休止を惜しむ声がいくつかあったために復活して、でもさすがに管理が煩雑になってきたので、元々は道重さゆみ応援ブログだったはずのココログに合併吸収し、それが週1でここに更新している記事である。果たして道重さゆみ関連コンテンツとこっちと両方楽しめる読者様などおられるのだろうか。でもこの混沌こそが私なので、結局このスタイルでいきます。

ところが実のところ、やはり年々夢中になれる洋楽アーティストや作品というのも稀になってきて、やはりロックは若者の物だから、それも致し方ないのだろうというような気もする。私の場合、やはり出てきたばっかりの新しいバンドのデビュー作などが好きになる場合が多く、やはり熟練したベテランの技というよりはテクニックは拙いがとにかく溢れ出るパッションのようなものに心惹かれる場合が多い。間違っても年配ロックファンによくあるような、自分が青春時代に好きだったベテラン・アーティストを優位に見て、若者たちが夢中になっている新しいバンドを叩くような大人にはなるまいと心に強く決めている。感性が鈍って分からなくなっているだけなのだから。分からないものに関しては何も言うべきではない。

今年は1作、2作目共に大好きで20年に1組の逸材と高評価していたARCTIC MONKEYSも新作「HUMBUG」をリリースしたが、これも私の好みとは大きく異なる路線変更であり、iTunesに入ってはいるもののあまり聴いていない。バンドとしては確かに成長を遂げているのだが、いかんせん好みではないのだ。どちらが劣っているとか優っているとかではなく、とにかく感性が反応しない。まずルックスが少年っぽい感じから小汚い青年風になっているところから悪い予感はしていたのだが、内容もロック色を強めたいけ好かないものであった。私はとにかく男っぽいロックが好きではなくて、ナヨナヨした弱っちい音楽が好きなのである。しかし、この弱っちさを徹底するためには腰が座っていてブレていないという、そういう音楽が好きだ。そういう意味で、ARCTIC MONKEYSの新作は男っぽすぎてロック過ぎる。

THE CRIBSの新作「IGNORE THE IGNORANCE」は私が生涯で最も好きなバンド、THE SMITHSからJOHNNY MARRがギタリストとして正式加入して初めてのアルバムであり、実に好きなタイプの楽曲が並んでいる。歌詞もいかにもUKインディーズという風情で好感が持てる。私はポップ音楽というのは言葉とメロディーとサウンドの三位一体であり、この3要素は等しく重要であり、ゆえに最高のアートフォームであると信じて疑わないものである。THE SMITHSなんかは爽やかなメロディーに乗せて粘着的な恨み節を歌っていたりして、この辺りが実に魅力的なのだが、当時の日本の音楽ジャーナリズムの中には、サウンドだけを聴いて清涼感あふれるネオアコ風だがヴォーカルのクセが強いみたいな実に底の浅い自称ジャーナリズムを標榜しており、血気盛んだった私は終始ブチキレていたものである。中には金をもらって音楽ジャーナリズム活動を行っているにもかかわらず、堂々と原稿に「歌詞は何を言っているのか分からないけれども」とか書いている不届き者もいて、こんなことだから日本の洋楽ジャーナリズムなんていうものはある時期から一切読んだり買ったりしなくなった。いや、別に一般の音楽ファンならばもちろん構わんのだが、プロの評論家とか音楽ジャーナリストでそれはないだろう。いや、あくまで感想という体で書いているのならばいいんだが、こういうタイプの奴らに限ってアーティストに対して上から目線なんだ。いや、もうやめよう。嫌いな物や気に入らないことについて考えていると心が荒んでくる。人生は短いのだから、好きな物事のことをもっと思ったり感じたりするようにしよう。

いや、話はそれたけれども、THE CRIBSは確かに好きなんだが、やはりただそれだけなのである。今年は定額音楽配信サービス、Napsterだとかのおかげもあって、新譜を聴いている枚数だけは本当に多い。にもかかわらず、どうも決定盤というものがない。このままだと年始に出たANIMAL COLLECTIVEの「MERRYWEATHER POST PAVILION」が年間第1位になってしまう。確かに実験性とポップさがいいバランスで、現代のTHE BEACH BOYS的な傑作なんだが、どうにも私好みのド真ん中ではない。他に特に印象に残っている作品、文句なしに好きだといえるアルバムといえば、BRUCE SPRINGSTEEN「WORKING ON A DREAM」、高校時代か大好きなベテランの新作。かなりの力作かつ傑作なのだけれども、それではたとえば高校時代に出会った「BORN IN THE U.S.A.」よりも激しく推せるかといえばそうでもなく、それならTHE HORRORSの「PRIMARY COLOURS」はどうなのかというと、確かに初めて聴いた時は大いに衝撃を受けた。JOY DIVISIONだとかそこらへんを思わせる密室的な暗いアート・ロック風味は間違いなく好みなのだが、いかんせん暗く息苦しい。体調がよくて元気が漲っている時ならいいのだが、基本的に調子悪くて当たり前な日常において、あまり積極的に聴こうという気にはなかなかならなかった。

もう同時代の新しいバンドに夢中になるには、いよいよ感性が追いつかなくなってしまったのか。そう思った矢先のGIRLSである。いや~、いくらなんでも前置きが長すぎ。NME関連のブログ記事作成のために以前にPVを見て、ちょっとは気にはなっていたのだ。そして、先週のNMEでアルバムが9点の評価を受けていた。海外の音楽配信サイトでサンプル音源を聴いてみたところ、いずれもかなり好みな感じであった。いわゆるインディー・ギター音楽なのだが、情けなく弱っちいヴォーカルに好感を持ったし、根底に流れるオールディーズなポップ感覚にも魅かれるものがあった。しかも日本円にしてアルバムが約707円という大バーゲンを敢行していたので、とりあえずダウンロード購入してみた。いや、これかなり良い。

サウンドや曲調はこれでもかというぐらいのインディーズ風味。ギターの音色がキラキラしていながらも翳りを含み、ヴォーカルの繊細な感じも完璧である。さらに、歌詞では「ケンカしたくないよ~ずっと友達でいたいよ~」とか歌っている。これはまさしく、メジャー第1弾アルバムの出だしでいきなり「僕のことをナイーヴだってちゃんと分かってくれなくちゃ嫌だ~」と歌ったORANGE JUICEをはじめとするネオアコだとかアノラックだとかの世界観に通じるものであり、私が全音楽ジャンルの中で最も愛好するものである。サウンドに09年ならではの目新しさがあるかといえば、そんなものは一切ありはしない。しかし、堂々とあたかも歴史的名盤ででもあるかのような風格を漂わせている。アルバムタイトルも小賢しくひねくりまわしたりはせず、「ALBUM」である。いいではないか。全12曲44分というサイズも実にちょうどいい。1曲目の「LUST FOR LIFE」などIGGY POPの超有名曲と同タイトルなのだが、もちろんオリジナルであり、超絶インディー・ギター・ポップにコーラスがバーバーババーでハンドクラップという必殺パターンである。5曲目の「BIG BAD MEAN MOTHER FUCKER」はタイトルもさることながら、曲が完全にTHE BEACH BOYSの良質パロディー音楽(パスティーシュ)となっていて、ギターは歪んでいながらコーラスはサーフ・ポップ風味など、もうたまらん極楽ポップ天国を実現しているわけだ。80年代ならではのサウンドの傑作といえばPRINCEだとかPUBLIC ENEMYとかなわけだけれども、本当に時代を超えて真の歴史的名盤というと、実はサウンド的にはそれほど目新しさのないTHE STONE ROSESとかTHE SMITHSであったりするように、このアルバムにはおそらく時の経過を経ても輝き続ける潜在能力を感じる。最近の記憶だとARCADE FIREの「FUNERAL」を聴いた時にの感想に近い感じ。初めて聴いてから丸1日も経たずにここまで大絶賛しているのもどうかと思うのだが、それぐらい現時点では大のお気に入りである。

すごく夢中になった物に急に醒めてしまうという経験は、特に私にはよくあることで、数日後にはどんなふうに思っているかなど想像もつかないのだが、いまのところこれが2009年最もお気に入りの洋楽アルバム。日本の音楽にはBase Ball Bearsの「(WHAT'S THE) LOVE & POP」という私にとってはモンスター級の作品があるから。このアルバムについても、聴いてからまだ1ヶ月も経っていないのか。

道重さゆみはまたしてもテレビ番組の出演が決まったようだ。実に楽しみである。その前に明日は「ロンドンハーツ」か。どのコーナーに出るのかさっぱり分からないのだが、とりあえず見てみる。

AlbumMusicAlbum

アーティスト:Girls
販売元:True Panther
発売日:2009/09/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2009年9月27日 (日)

ドライブ A GO GO!が意外にもかなり面白かった。

テレビ東京の「ドライブ A GO GO!」なる番組に道重さゆみが出演することは知っていたのだけれども、それほど見ることに対する動機づけが強かった訳ではない。共演された石田靖さんは吉本新喜劇出身で現在はルミネtheよしもとの喜劇・石田組の座長さんをされているという。ロケについてのブログで、道重さゆみについて好意的なことを書いてくれていたと思う。それは確か独特の言語感覚についてであり、さすがに笑いのプロは鋭いなと思ったものだ。

島根県の隠岐島というところがロケ地だったのだが、私にとっては縁もゆかりもない。それでも日常を離れた屋外に私服っぽい道重さゆみが普通にテレビに映っているという状況がなかなか新鮮で、まるでアロハロDVDが地上波で流されているかのような錯覚に陥った。

アロハロDVDなどは確かに日常を離れた普段見られない姿を映しているわけだが、やはり被写体としてフォーカスされた時点であくまでアイドルを演じる部分というのは強くなってしまい、1人の女の子の素を映し出すには限界がある。その点、まったく期待していなかったのだが、この番組はおそらく意図せずして、そのような私が見たい道重さゆみを映し出すことに成功している。わずか30分間の番組だったのだが、えらく内容が濃く感じた。あくまで番組のメインは石田靖さんなのだが、道重さゆみもきちんとそのアシスタント役のような形でつねに映され続ける。その塩梅がちょうどいいように思えた。自分1人が中心になってしまうとついつい力が入りすぎて頑張りすぎてしまうのだが、この番組ではいい感じで力が抜けていてリラックスしていて、実に良かった。こういうのがもっと見たい。

この短い放送時間の中で、舟に乗って貝を捕って食べたり、田舎のお蕎麦屋さんに行ったり、闘牛を見に行ったり、夕陽に聳えるローソク岩を見に行ったり、最後は地元の民謡のようなものを見て聴いて踊って、祭り料理に舌鼓と盛り沢山の内容である。

貝を銛のような物で刺して持ち上げる時に思わず「キタ―!」とか「捕ったど〜!」とか、お蕎麦屋さんでは優しくお蕎麦やお焼きを出してくれる店主なような人に「好きになっちゃいそうです」とか、石田さんに闘牛の話を振られて「豆乳なら毎日飲んでますけど」というくだらないボケとこれを言っている時のイキイキとした表情、闘牛の現場では牛の頭を撫でたり、石田さんに声援を送ったり、闘い終えた牛に「おつかれさまでした」と言ったり、ローソク岩を見て感激したり、祭り料理のお刺身を食べて「とろけちゃう」と言ったり、地元の人達に混じって踊ったりと、とにかく魅力的なシーンが次から次へと流れていた。これが若いイケメン俳優なんかと一緒だとまた別に楽しめない要素が出てくるわけだが、親子ほど年齢が離れていて本当に良い人そうな石田靖さんという人選も絶妙である。本当にいい物を見させていただいた。

この番組での道重さゆみというのは、まさしく私が妄想する芯の部分そのものであり、同じような感じが8月に放送された山口放送の「熱血テレビ」の時にもあった。特に最近は大都会の戦場での闘いが激しさを増している道重さゆみだが、田舎の空気にふれることで、眠っていた何物かが覚醒してしまうのだろうか。

こうなるとやはり以前から勝手に妄想している道重さゆみによる山口県観光案内なんていうのをぜひ見てみたくなってくる。山口宇部空港から始まって、ときわ公園やきららビーチ、下関の唐戸市場や海遊館、この間久しぶりに訪れたという徳山動物園などもある。これは結構イケると思うのだが。

関心の振り幅。

昨日は「今夜もうさちゃんピース」でメールが何度も採用されファンブログもやっていたある道重さゆみファンが真野恵理奈に乗り換えたとやらで、その件がいつもの掲示板で盛り上がっていたようだ。その流れで「次はこの人か」なんていって私のことが名指し、というかURLが貼られていて、なおかつ何ヶ月も前におそらくちゃんと取り上げたのはその1回だけだったような気もする真野恵理奈関連記事まで引用されたりと、自己愛性精神障害を軽度にこじらせている、つまりはプチ構ってちゃんな私を大いに喜ばせていた。まあ、電車の中でケータイで閲覧していて我慢できずに「名無し募集中。。。」で出ていったのだけれども。ついでにのぞいたファンスレでは「生きるブログがアンチ化している件」の張本人様にもご登場いただき、なかなか楽しい一時を過ごせた。

ところでいわゆるヲタ替えだが、道重さゆみ本人はこれについて何度かラジオなどで語っている。以前は自分のTシャツを着ていてくれたファンが他のメンバーのを着ているのを見ると切ないとかそんな感じだった。しかし、別に気にせず昔の女的な感じで見ていてくれたらいい、みたいな感じのことも言っていた。まあ、これは仕方がない。気持ちがさめているのに無理して続けるほど意味のないことはないし、気持ちがさめてしまうのは誰が悪いわけでもなく、いろいろな偶然や必然が複合的な要因となって起こってしまうことだから。リアルな人間関係だとこのあたりの清算というのが実に厄介なのだが、アイドルの場合はそれがないのがいいのではないか。だからこそ、真にアイドルを楽しむには、人生の酸いも甘いも噛み分けたナイスでメロウないい大人である必要があると、私は思うのだ。

話が完全に逸れたが、道重さゆみはつまりはそういうヲタ替えのような現象は仕方がないものだと、ある種の諦念を持ってアイドルをやっている。いつか終わるかもしれないものだからこそ、悔いがないように精一杯やる。これは道重さゆみを読み解くキーワードの1つであるタイムリミット感にも繋がり、反省はするが後悔はしないという発言とも関連づけられる。道重さゆみが好んで用いる「切ない」というワードは、実のところ「刹那い」でもあるのだろう。だからこそ、バレンタインカードに毎年書いている「ずっとずっとずっと」だとか結婚したら旦那さんとはずっとラブラブでいたいだとか、殊更に獲得することが難しいと知っている永遠性を志向するということもあるのだろう。

さて、うさちゃんピースである。今週は久しぶり、というか今まででやっとこさ2回目なのだが、リアルタイムで放送を聴くことができた。テレビ雑誌か何かでさんまと南明奈が一緒に嬉しそうにうさちゃんピースをしていたという投書が読まれ、そこからさんまがテレビ的には南明奈の方が知名度があるのだから、道重さゆみはもううさちゃんピースを封印して南明奈にあげろ、そしてまた新しいのを考えろ、というようなことを言っていた。道重さゆみといえばうさちゃんピースであり、ラジオ番組のタイトルにもなっているし、よく掲示板に貼られている道重さゆみがこれをきっかけに自信をつけていったという文章もなかなか泣ける。炎天下のオーサカキング会場でヲタのみなさんとこれをやった思い出は忘れ難いものである。南明奈というタレントについては全く興味がなくよく知らなかったのだが、そんなにうさちゃんピースを推しているのだろうか。確かにこのさんまと一緒にやっている画像は見たことがあったが、それもハロプロ系掲示板でのことだった。試しにGoogle検索してみたところ、「道重さゆみ うさちゃんピース」では約2万7千件がヒットしたのに対し、「南明奈 うさちゃんピース」では約2千件と10分の1以下であり、かつ内容を見てみると、ほとんどがたまたま同じ文章やページの中で道重さゆみと南明奈が共に言及されているだけで、南明奈とうさちゃんピースのみが取り上げられているものは一切なかった。

番組収録は金曜日に行われたと思われるのだが、翌日、つまり昨日のコンサートMCにおいて、道重さゆみはうさちゃんピースが南明奈に取られちゃったと淋しそうに話していたらしい。一緒にMCを担当していた田中れいながテレビで共演した時とかに言って返してもらえばいいのになどとアドバイスするが、向こうの方が知名度があるし、などとネガティブモードに入っていたらしい。最後はファンと一緒に取り戻すための決起集会みたいなノリになっていたみたいだが、明らかに前日のヤンタン収録でさんまに言われたことが効いていたに違いない。

番組中で高橋愛が一生懸命フォローしていて涙ぐましかったが、それでもさんまがあまりにも執拗に言うものだから、公表せずにファンの前だけでひっそりやります、みたいなことを言っていた。

バラエティー向けのブリッコナルシストキャラはあそこまでやり切るのに、こんな些細なことで心がしぼんでしまう。こういうところが本当に好きすぎる。先週の「今夜もうさちゃんピース」でも、誰に何と言われようとどう思われようとファンの人だけは自分のことを分かっていてくれると実感した、それだけで十分だと思うと話していたように、道重さゆみにとってファンとの絆とは本当に深いものだ。しかし、リアルの人間関係においてもそうだけれども、同時にこれはすごく重いものだ。耐えられずに逃げたくなる者もいるだろうし、それを乗り越えてこそ得られる何物かのために全霊を傾ける者もいるだろう。だからこそ道重さゆみのファン活動というのは、原理主義的だったり変態紳士的だったりせざるを得ないのであろう。

現状のテレビにたくさん出ている状況についても、テレビに出ているから好きなわけではなく、好きな子がテレビに出ているだけなのだ。だから視聴率がどうだとか売上がどうだとかいう論争めいた物には一切興味がない。ただただ見たり聴いたり感じられることが幸せであり、他のメンバー等と代替可能な種類のものではない。

これだけのエネルギーが注がれているのだが、実のところ、その時点で崇拝している偶像の本質とは、知りうるいくつかの要素を自分なりにリミックスした独自のファンタジーになってしまっている。これはリアルな恋愛についてもまったく同じことであって、要は勝手に好きになって妄想を膨らませた方にすべての責任はある。好きにさせてくれたそのことを感謝するべきで、それ以上を求めるところからパーフェクトな関係性というのは崩れ出すのだ。自分勝手なファンタジーと実像との間にギャップが見え隠れするようになり、気持ちがさめてしまったとしても、裏切られただとか好きでいた時間を返せだとか言うのは、お門違いも甚だしい。

いつか終わるものだからこそ、せめて後悔はしないように。積極的に「生きる」んだ、人生は1回、笑う門に福来るLife is One timeということである。たとえそれが終ったとしても、出会えたことに感謝ができるように、そんな日々を歩いていこう。

しゃゆうううううううううううううううう!!!!!

当ブログがアンチ化しているらしい。

昨日の午後、道重さゆみファン掲示板に、「生きるブログがアンチ化している件」という書き込みがあり、これに対して、「急に発狂してるなw あいつはバカなの?」「別にアンチって感じでもないな」という反応があった。おそらく、この時点でブログトップにあった「道重さゆみの毒舌にはなぜユーモアがないのか。」という記事についてだと思われる。この記事は「ダウンタウンDX」放送中に番組を横目で見ながら書いたものなのだが、もちろん道重さゆみがまだ出ていない前半部分のことである。

道重さゆみが登場する後半が始まった頃、記事の更新はすでに完了したのだが、ちょうど我が家では夕食の時間になった。ワンセグケータイを消して、お茶の間の液晶テレビで見ることにした。妻は普段私が見ない番組にチャンネルを合わせたことを訝しがっていたが、道重さゆみが出演していることを知ると、「なんだ、この子が出ているからか」と納得していた。そして、道重さゆみのトーク場面では笑っていたし、私服を公開するコーナーでは「脚細いね」と好意的な感想を述べていた。あれだけいわゆる一般視聴者にフルボッコされた「ロンドンハーツ」についてさえ、「あの子面白いね」と言っていた。かなり大丈夫な気もしてきたが、さすがに写真集やDVDを持っていることなどはまだ内緒にしておこうと思う。苦手だったはずの穴子が好物のひとつになったのが道重さゆみの影響だと知った時は、ちょっと引き気味だったからな。

さて、アンチ化しているか否かという件についてだが、あえてスルーせずに考えてみたい。ブログ主である私自身はアンチ化している自覚は一切ない。しかし、それを判断するのは実のところ読者様なのではないかという気がするのだ。1つのご意見の背後には多数のサイレント・マジョリティ―のみなさんがいらっしゃるという定説から判断して、あれを読んでアンチ化と判断された方々も少からずいらっしゃっただろうし、もしそれが多数派かつ説得力のある物だとした場合、私はアンチであるということにもなりかねない。そもそもあの記事のタイトルは、まさに当日にモ娘(狼)板に立っていたアンチスレッドの物をそのまま流用している。タイトルはアンチ風味だが、読んでみるとまたしても気持ち悪くイジイジと盲目ヲタ風情が勝手に苦悩していた、というギャップを狙ってみたつもりなのだ。それがアンチだとか発狂だとか取られてしまうこともある、ということである。だが、しかし、本当にアンチではないのだろうか。

私がハロプロ系掲示板において「名無し募集中。。。」で書き込んだり書き込まなかったりしていることを今更隠すつもりもないのだが、いわゆるヲタ論争というものに巻き込まれることがある。ほとんどは単純に嫌いなメンバーを叩いたりそのファンを煽ったりしたいだけという、とても論争などと呼べた物ではないのだが、時にはメンバーやグループの本質についてかなり掘り下げて考察が行われている場合などもある。

道重さゆみについては特にデビュー当時とここ数年の路線の間に隔たりが大きいようで、よく議論になっていた。昔の路線を支持するファンの中には、現状を嘆く者も多く、かつての思い入れが強い程その傾向が見られるように思える。はじめはファンを装ったアンチの工作かと思い、確かにそれもあるのだが、本当のファンも混じっていることも分かってきた。それに対する私の感想というのは嫌ならば勝手に去ればいいのに、というものであった。私自身、道重さゆみの良さが分かったのが2007年以降と日が浅く、デビュー当時のイメージに全く思い入れがなく、かつ現状をほぼ完全肯定しているため、わざわざファンスレッドまで来てネガティブなことを言っている輩が鬱陶しくて邪魔くさくて仕方がない。そして、「盲目ヲタ」だとか「メンバーを甘やかすタイプのヲタ」だとか言われる。しかし、たかがアイドルのことである。こっちが勝手に好きになってファンをやっている訳であって、好きならば応援する、好きじゃなければ応援しない、そういうことでいいのではないか、としか思っていない。いわゆる「盲目ヲタ」になるだけの価値があると思うから応援している訳であり、それ未満なのだとするならば、そもそも別の物を追いかけているよ、と言いたい。「メンバーを甘やかすタイプのヲタ」に関しては、確かにそれはそうだとしか言い様がない。私にとってのアイドルというのは、語源通りに崇拝すべき偶像であり、立場は完全に絶対的に向こうが上である。それをこちらが教育しようだとか矯正しようだとか、そういう考えが生まれた時点で関係性は崩壊する。こちらが相手に感化され触発され変化するような、そんな物だけをただただ求めている。私の場合はリアルの異性関係においてもこれを求めてしまうがために関係者に迷惑をかけてばかりなのだが、ここ最近は道重さゆみがいてくれるおかげで、実に平穏無事な日常となっている。こう改めて書いてみると、本格的にヤバいことが分かってくるのだが、真実なので仕方がない。

そのようなことをふまえて考えると、確かにあの記事が鬱陶しいネガティブアンチ作文に見えてしまったとしても仕方がないし、無意識のうちに実際にそうなってきてしまっているのかもしれない。確かに真性の「盲目ヲタ」ならばあのようなことは書かないだろうし、そのような人達からすると、「嫌ならば何も言わずに去れ」となるのかもしれない。それも仕方がない。しかし、どう贔屓目に見ても、「マイフェアレディ」のような路線には良さを感じられない。これはひょっとして終りの始まりなのか。そうではないと意識の上では確信しているのだが、無意識に何が進行しているのかということはなかなか分からないことで、ある日突然に終った後で気付くものではある。来週の予定表にも道重さゆみ活動に費やす時間はしっかりと確保されているが。理想の実現のために英語をちゃんと勉強し直すことに決めたけれども、それでもこれは絶対に欠かせない。葛藤こそが道重さゆみであり、極度にさゆいぜ。

2009年9月25日 (金)

Base Ball Bearの小出祐介が嗣永桃子のラジオに出ていた件。

ハロプロ関連ではなく、Base Ball Bearのファンスレッドを閲覧していたら、書き起こし掲示板へのリンクが貼られていた。先日、悪ふざけで「Base Ball Bear 関根史織の今夜もうさちゃんピース」なんていう記事を上げたが、実は違った形でハロプロラジオにBase Ball Bearメンバー出演が実現していたわけだ。

嗣永桃子がリスナーに電話をするコーナーに、「ぷりプリネーム:ゆうすけさん」として出演し、あたかも一般人のBerryz工房ファンの体で会話が進む。Berryz工房はデビュー曲の「あなたなしでは生きてゆけない」から応援しているとか、ラジオも「起立!礼!着席!」の頃から聴いていることなどなどを話していた。嗣永桃子からメンバーでは誰が好きなのかと聞かれ、「いまとなってはみんな平等」だが「入口は嗣永さん」と告白する。これに対し、「入口が私でそれからみんなに広がったってことは...私の魅力が足りなかっ・・・いやいやいや、違う違う、Berryz工房愛ですもんね?そうですよね?」と確認を求める。「トータルで全部あり」ということでこの話題は一旦落ち着くかに思われたが、嗣永桃子がさらに「え、その中でも、やっぱ人間だから出ちゃうじゃないですか、そういうのって。 それは、実際、誰なんですか?やっぱり、梨沙子とかなんですかね?」と激しく追及する。「あ、まあ、でも、 個人的にグッズ持ってる数でいったら嗣永さんが一番多いですね」と答える小出祐介(この時点ではあくまでぷりプリネーム:ゆうすけさん)に対し、「ゆうすけさん素敵!もう人間としていいですよね。分かってます。ありがとうございます」と喜ぶ嗣永桃子。

この後も、嗣永桃子がけしてステージでは泣かず笑顔で終わろうとする姿勢に感動するとか、東野圭吾の本はほとんど読んでいるとか、実はバンドをやっていて首が堅くてそれが歌にも影響して悩んでいるというような話をする。この時点で一般リスナーにしては話し慣れた感じもあり、途中、どちらがパーソナリティーか分からなくなるような場面もある。「この番組は私に仕切らせてくださいよ~!ここぐらいしか仕切るとこないんですから!」と嗣永桃子が強く訴えたりして、なかなか面白い。

そして、最後にリクエスト曲をかけるのだが、Berryz工房の曲をかけるというのがお決まりになっているようだ。そこで以下のやり取りがあり、タネ明かしとなる。

桃子:どの曲をかけてほしいですかぁ?
小出:Berryz工房じゃなくてもいいですか?
桃子:え?待ってください。こ、あの、え?この、番組名知ってます?
小出:はい、知ってます。あの~、Berryz工房の あの、熊井友理奈さんいらっしゃるじゃないですか 。
桃子:くまいちょー?はい。
小出:コマーシャルに最近出演していたんですよ。 で、あの、Base Ball Bearっていうバンドがいまして...
桃子:はい。
小出:で、そのバンドの曲を流してほしいんですけど。
桃子:はい。
小出:っていうのも、あの、僕がそのBase Ball Bearのヴォーカル、ギターの小出祐介ですけど。
桃子:...うそ?
小出:はじめまして。
桃子:えっ・・・?
小出:そうですね。 あのー、逆ドッキリですね。
桃子:...。あ、いつもくまいちょーがお世話になっております。
小出:お世話になりました。こちらこそ
桃子:すいません。もうくまいちょー、あの、レモンが血のやつですよね
小出:そうです。あー、見たことありました?
桃子:はい。あの~、まあ、インターネットで。
小出:あ、インターネットで 。
桃子:あ、でも、私、曲聴きました。
小出:本当ですか?ありがとうございます。
桃子:あの、何か、その、サンプルみたいなやつが会社に、届いてて、それを...何...。
小出:リアルですね、はい。
桃子:ちょっとリアルな話なんですけど。
小出:はい。
桃子:それをマネージャーさんが「聴いてみて」っていって、聴いて...。
小出:ありがとうございます。
桃子:あの、良かったです。すごく、好きでした。
小出:ありがとうございます。
桃子:えっ?えっ、お・・・、え、え、小出祐介さん。えー?あ、そう...。
小出:はい。
桃子:あ・・・、え、待って。な、何、あ、さっき「いつも番組を聴いてる」って言ったのは?本当ですか?
小出:あ、本当です本当です。もちろんそうです。あの~、だから前半・・・部分で言った、あの、デビュー曲から聴いてるっていうのも 、「起立!礼!着席!」からずっと聴いてるっていうのも、全部本当ですよ。
桃子:で、くまいちょーと桃だったら、どっちが好きなんですか?
小出:んー、だからもう、それも、もう、僕には分かんないんですよ。
桃子:分かりました分かりました。もう分かりました。 みんな好きなんですね。分かりました分かりました。
小出:そうそう。
桃子:あの、ということで...ねぇ、何であたしがドッキリかけられてるんですかぁ!?
小出:それはね、僕も知らないですけど。

小出祐介がBerryz工房のファンだというのは聞いていたが、デビュー当時からでラジオも聴いていてグッズも持っているほどだとは知らなかった。これは本物だ。この後、武道館公演の告知などがあり、曲がかかったのだが、最新シングルの「Stairway Generation」ではなく、「君はそう女の子の最高傑作」という歌詞が印象的な「BREEEEZE GIRL」を選曲していた。また、番組エンディングでBerryz工房の曲の中から熊井友理奈のソロから始まる「安心感」が流れたが、これは嗣永桃子の選曲だったようだ。


Base Ball Bearといえば、何かのテレビ出演の時のものだと思うのだが、メンバー全員が取材に答えている動画を見た。その中で、関根史織の両親がコンサートを見に来て、自分の娘がいるバンドの演奏でファンが盛り上がっているのを見るのが嬉しいと言っているという実に良い話があった。これを聞いた小出祐介は、自分は絶対にライヴ中の姿を親には見せたくないと言う。なぜなら、ライヴ中の自分は普段とは違ってカッコよさを全開に出しているため、それを見られるのが恥ずかしい、まるで親に自分が性行為をしている場面を見られるようだ、と説明する。他のメンバーに賛同を求めるが、「(性行為をしている場面は別に)カッコよくはならないでしょう」と返され、「え?性行為ってダルンダルンでやるんですか?これ何の話なんですか?」とバカすぎて素敵な発言をしている。


2009年9月24日 (木)

道重さゆみの毒舌にはなぜユーモアがないのか。

9月23日夜、TBSテレビの「マイフェアレディ」なる番組に道重さゆみが出演した。この番組出演の情報を聞いた時にはどのような番組なのかさっぱり見当もつかなかったのだが、インターネットで調べてみて、SMAPの稲垣吾郎が友近や森三中といった女性お笑い芸人と一緒にやっている番組ということがあった。おそらく以前に放送していた「Goro's Bar」という番組に似たテイストであろう。その番組ならば以前に何度か見たことがあり、次長課長とシャカが同格のレギュラー出演者だったことを覚えている。

そこで何やらあまりよい予感はしなかった。昨年までの状況を考えれば、ここまでテレビ出演が多いこと自体が奇跡的であり、その内容云々を言っているなどというのはいかにも贅沢なことなのは百も承知である。しかし、人間は自由であるべく呪われていて、欲望は果てしない。「今夜もうさちゃんピース」の時間と重なっていたが、こちらはどうせ後からテキスト落としのために録音したものを聴かなくてはならないため、いつものワンセグケータイで「マイフェアレディ」の方を見た。

今回の企画はアイドルチームと女芸人チームが、自分に似ている芸能人を選んで、その顔に整形するならば費用がどれだけかかるのかを計算、合計金額が少ない方が勝利というもの。アイドルチームは道重さゆみの他に青島あきな、手島優、女芸人チームは森三中の大島美幸、友近、ハリセンボンの箕輪はるかであった。木下優樹菜がご意見番のようなポジショニングで一段上の扱いをされていたのが印象的だった。それぞれ1対1の対戦を3度行うわけだが、第1戦目が道重さゆみと森三中・大島美幸だった。ここで、道重さゆみは勝つのは分かり切っている、VTRを見るまでもないというようなことを言う。そして、似ている芸能人として憧れの小倉優子の名前を挙げ、唯一自分よりもかわいいと思う、と言った。ここの部分は画面にテロップも流れ、番組としても強調していたのだが、おなじみブリッコナルシストキャラの強調である。この時点で、同じアイドルチームのメンバーから、一緒のチームなのが嫌だというような発言が出る。勝負は道重さゆみの勝利であり、整形手術の金額を算出する先生も、道重さゆみに対してわりと好意的なコメントを出す。道重さゆみが小倉優子が自分より唯一かわいいと思うと発言したことを受けて、MCの稲垣吾郎が、整形をして顔が小倉優子になると1番になってしまうというサービスコメントを出すと、道重さゆみもそれに乗っかろうとするが、友近からそのへんでやめておくようにという一言で制止される。また、別の対戦ではハリセンボンの箕輪はるかに対して、「印象が薄い」と言い、それは関係ないだろうと流されて終わった。

毒舌が売りのタレントといえば、やはりビートたけしが真っ先に思い浮かぶ。私が中学生の頃にMANZAIブームというものがあり、その中の人気コンビの1つが、ビートたけしときよしの2人からなるツービートであった。実は当時、いわゆる一般視聴者によりウケていたのはB&Bやザ・ぼんちであり、ツービートの人気は3番手か2番手といったところだった。しかし、B&Bやザ・ぼんちのファン層はどちらかというとミーハー的な部分があり、ブームが終息すると共に、一気にどこかへ行ってしまった。ザ・ぼんちなど、全盛期は武道館でコンサートをやったり冗談で吹き込んだレコードが「ザ・ベストテン」にランクインしたり男性ファッション雑誌の表紙を飾ったりするほど人気があった。ツービートは当初から社会風刺的な内容から大人や男性にウケていたが、ブームが下火になるのと反比例するようにして、ビートたけしが当時の若者のカリスマ的ま地位を獲得していった。その大きなきっかけとなったのが、深夜ラジオ「オールナイトニッポン」である。この番組は、実はレギュラーだったダディー竹千代の聴取率があまりにも奮わないということで、改編期でもない1月から急場しのぎで起用されたものである。ところがフタを開けてみれば、その過激な内容が大いにウケ、この番組を聴いていなければクラスの会話についていけないぐらいの人気番組になった。

当時のビートたけしがやっていた毒舌とはどのようなものだったのか。まず、ツービートの漫才で有名なのは、「赤信号みんなで渡ればこわくない」をはじめとしたブラックユーモアを交えた標語ネタや、お年寄りや地方出身者を差別する類のネタがあった。これらは、「ツービートのわっ毒ガスだ」という本にまとめられ、この年の年間ベストセラーの第6位になっている。当時中学生だった私が家の近所の太陽堂書店という小さな書店で「がんばれ!!タブチくん!!」か何かを立ち読みしていると、サラリーマン風の大人の男の人が入ってきて、「ツービートが書いた本ありますか?」と聞いていた場面をなぜだか覚えている。また、「オールナイトニッポン」以降は、モテない男、勘違いしたブス、情けない中年サラリーマンなどをネタにして、次々とヒットを飛ばしていく。初めのうちは頭の堅い視聴者から不謹慎だという批判やクレームも多数あったのだが、次第に時代の感性の中心のような感じになっていく。では、なぜビートたけしの毒舌は受けたのだろうか。

まずはビートたけし本人が見るからに不格好でコンプレックスの塊というようなルックスであったこと、また、毒舌の内容が視聴者にとって共感を呼ぶようなものだったということが大きい。当時、タブーとされていた社会のさまざまな矛盾や建前に対し、鋭く切り込んでいったのだ。ビートたけしは当時すでに30歳を越えていたのだが、明らかにこちら側の大人であるという印象があり、人生についての真髄のようなことを言っていると思えるところもあった。たとえば、「人生に期待するな」というような言葉である。青春ドラマのうさん臭さ、CMで見られる試食インタヴューのわざとらしさ、また、プロ野球のパ・リーグの試合が中止になって急遽生放送で漫才をやった時などは、「中止になった方がよっぽどいいですな。あんな田舎のバカ試合」などということを平気で言っていた。本当は言いたいけれども言ってはいけないのではないか、この何だか釈然としないモヤモヤした感じは何なのだろう、とても当たり前のようにみんながやっているが実はおかしいのではないか、こういった物事に焦点を当て、明るみに出し、笑いに昇華した。つまりはそういうことだろう。本当に痛快で腹を抱えて笑ったものだ。アメリカやイギリスのスタンダップ・コメディーというのも、だいたいこのようなものである。

道重さゆみの毒舌キャラというのはいつごろから前面に出てきたのだろうか。2006年6月以前にはモーニング娘。や道重さゆみについて一切感心興味がなかった私にはよく分からないのだが、「ハロー!モーニング」の過去の映像などを見ると、先輩の中澤裕子に毒づいている場面などが結構ある。視聴者のほとんどがモーニング娘。やハロー!プロジェクトのファンであり、当時はまだ加入して間もない新人の道重さゆみが明らかに力関係が上の中澤裕子に対して毒づくという図式が大いにうけたのだろう。他には同じく先輩の石川梨華に対しての辛口発言なども同様に楽しめる。そして、私がリアルタイムで知っているところでは、藤本美貴から「意外と黒いよね」と言われたことを発端とした腹黒キャラというのもある。これは、ラジオ「今夜もうさちゃんピース」初期の名物コーナー、「天使さゆみと小悪魔さゆみ」の元にもなっていて、いわゆるギャップの魅力というやつである。もちろん、天使の部分が前提としてあってこそ、初めて面白さが生まれる。

昨年の夏、大阪に遊びに行った。大阪城の近くで開催されていたオーサカキングというイベントにも行ったのだが、そこではミニラジオ局のようなものも開設されていて、公開放送を行っていた。その前の年には、これに道重さゆみと光井愛佳がゲスト出演し、これを観覧に行ったのが私にとって初めての大阪体験だったのだが。たまたまその時には、吉本新喜劇などで活動する女性タレントの宇都宮まきが出演していた。その時点で、私はこの人について予備知識が一切なかった。ルックスはアイドルっぽくグラビアの仕事もしているということで、吉本のマスコット的存在なのだろうか、などと思った。そして、スタジオに吉本新喜劇で座長を務めている小藪千豊が入ってきた。東京ではあまり知られていないかもしれないが、大阪ではレギュラー番組などもあり、かなりの有名人のようだ。この数時間前には、笑い飯と一緒に公開ラジオをやっていて、なかなかくだらなくて面白かった。そして、小藪千豊かが登場するやいなや、話の流れなどは一切なく、宇都宮まきが意味なく毒づきはじめたのだ。しかもその内容というのが、馬面だとか髪型が微妙だとかいう見た目に関するものばかりで、まったく笑えない。ただよく分からない小娘が先輩に生意気な態度を取っているようにしか見えず、不愉快な気分にしかならなかった。小藪千豊も明らかに不機嫌になり、芸能界のしきたりも知らず、ただちょっとかわいいというだけでいまはそこそこ出られているが、そんなことではやっていけない、などというマジレスを返す。そして、それまでは和やかだった会場の雰囲気もどんどん醒めていった。

私はこの時にはじめて宇都宮まきというタレントを知ったのだが、これだけしか情報がないものだから、とにかく印象が悪い。一体どういうスタンスの人なのだろう、どうでもいいのだが、気になって帰ってからネットで調べたりブログを読んだりしてみた。そうすると結構優しい心を持っていて、人を思いやる気持ちも強い女性だということが分かり、安心した。だとしたら、あの毒舌というのは一体何なのだろう。

とにかく悪口を言い合うというような番組、特に「ロンドンハーツ」などはそうなのだが、あれはプロレスと同じようなものなのだろう。リアルな社会生活において、気に入らない人間を殴ったり蹴ったりすれば犯罪になるし、教育的指導だとしても暴力は完全に排除すべしという世の中である。それでも、動物的本能として暴力的なものに対する欲求はある。それをたやすく満たすために、プロレスとかボクシングはあるのではないか。そのルールを守って、あくまで番組の枠の中でやる分には問題がない。そこに勧善懲悪だったり復讐劇だったりのドラマ性も盛り込んでいったりする。憎まれ役、悪役、いわゆるヒールも登場するのだが、トータル的にそいつらがやられることによって、爽快感、痛快さが得られるように構成、演出されている。ここが肝心なところである。

「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」はガチンコバトルのように見えながら、傷をなめ合う的な負の共有感覚というのもある。それは、視聴者とも共有されているものである。だから、出演者や視聴者は新参者に厳しい。新しい生贄、負け犬こそが求められているのだ。あの番組において道重さゆみが成功したと思えるのは、その番組のパターンであったりタブーのようなもの、その強い力を初登場の若いたかだかアイドルがぶち破った痛快さにある。あれを見て怒った視聴者も、結局強い悪役が出てきたことを喜んでいるのだ。道重さゆみ側の立場で見ている者、たとえば私などにとってみても、このアウェイの場において、道重さゆみがどのような闘い方を見せるのか、また、どのような成長を遂げるのかを見守るドキドキワクワクがある。このリアルな興奮があることが、道重さゆみファンをやっていることの醍醐味だとすら思える。明石家さんまとやっている「ヤングタウン土曜日」などにしても、数々の葛藤を経て、大きな成長を見せた。道重さゆみならばやれるという確信がある。そして、また、その姿が見ていて爽快であり、刺激を与えてくれる。

「マイフェアレディ」において、整形というルックスに関する対決というところからして、アイドルと芸人ではどちらに分があるかは明らかである。そこでどのような振る舞いが正解かという課題に対応が出来ていない、もしくは誤った対応が取られているがために、道重さゆみをひいき目に見ている私ですらがまったく楽しめない感じになってしまっている。ではどうすればよかったのかというと、それもよく分からず、所詮は安全な場所で好き勝手を言っているだけに過ぎない。しかし、私は道重さゆみのよさというのは、弱い者の立場で考えることができたり、人に対して思いやりを持てたりするところだと思っている。それだけに、この打ち出し方では、そんなものが一切伝わらない上に、実は本質と真逆な物を演じているのではないかとすら思えてくる。このあたりは演出として分かってやっているところもあるのだろうが、やりすぎてそもそもの本質が何であったかを見失ってしまいやしないかと、そのことが心配である。

たとえば、「ごきげんよう」において、自分よりもかわいい女の子が嫌いだと言っていた。これは、いわゆるブリッコナルシストキャラとしての打ち出しを強化するための戦略であり、道重さゆみがかわいい女の子が大好きなことはファンならば誰でも知っている。というか、つい昨日放送された「今夜もうさちゃんピース」でも言っている。分かりやすい設定のために、あえて事実とは違うことを言っているのだ。これはいい。番組も盛り上がったし、戦略としてはうまくいったと思う。だがしかし、この傾向がいきすぎると、よく分からないことになってくる。

「秘密のケンミンSHOW」で、どこかの名物を辛口で評価していた時にも同様のことを感じていたのだが、やはり毒舌というのは聞く者が共感し、痛快に思ってこそ成功する。いま、道重さゆみは、毒舌とはいったい何なのか、自分はそれを通じて何を表現したいのか、そういうことについて、ぜひ葛藤して、その結果を見せてはくれないだろうか、などと相も変わらず安全な場所で好き勝手なことを言っている。しかし、せっかくのチャンスが実にもったいないのではないか、という思いは本当にしている。以上、「ダウンタウンDX」を横目で見ながら作文したが、いまだに出番が来ない。

今夜もうさちゃんピース#151(2009年9月23日放送)。

【オープニング】

連休最後の水曜日、みなさんいかがお過ごしですか?
こんばんは、モーニング娘。道重さゆみです。

はい、ちょっとなんかおしとやかにいきたい気分だったので、ゆったりと始めさせてもらいました。
まあ、そんなさゆみなんですけど、今日ね、なんか、あの、お母さんに、あの、本当はこのラジオ終わりで、さゆみ、歯医者にね、本当は1週間後に行かなきゃいけなかったんだけど、あの、1ヶ月以上行ってないんですよ。
で、なんか、お母さんに、もう、「歯が腐るよ」って言われて、それはさすがにその言葉には結構ズシっときて、気持ち的に。早く行かなきゃと思って、このラジオ終わりでで歯医者さんに行こうと思って、心に決めてたんですけど、やっぱり、あの、ラジオ終わっていっぱいしゃべった後に口を1時間近く開けるっていうのを想像したら行きたくなくなってきちゃって、あの、予約してたんですけど、「キャンセルして」っていうメールをお母さんに送ったんですよ。
そしたらお母さんから、「オッハー」って来たんですよ、メールが。だからもう、さゆみはそれにすごい衝撃を受けて、「どうしたんだろう?」と思って、返事返そうかなと思ったんですけど、なんか、放っとこうと思ったら、その後何分か後かにメールが来て、あの、「さっきのメール、『オッハー』って送ってたんだけど、『オッケー』の間違いだから」って来て、「お母さん...」と思いましたね。「そこ間違える?」と思ったんですけど、あ、ならちょっと納得いくなと思って、あの、ちゃんとそこは間違えに気付いてくれたし、間違いだったっていうことがちょっとさゆみは安心しましたね。
はい、という訳で、今日も、はい、すごい個性豊かな家族を持つ道重さゆみと30分最後までお付き合いください。それでは、まずはみなさんご一緒に、今夜もうさちゃんピース!
では、1曲目聴いてください。「恋のダンスサイト」のカップリング曲です。モーニング娘。で「インスピレーション!」。

M-① インスピレーション!(モーニング娘。)

【さゆの小部屋】

■さゆみん、こんうさピー。先日、山口で行われた「なんちゃって恋愛」の発売記念握手会に行ってきました。さゆみんの地元・山口に春のコンサートに続き、今年は2回も行けるなんて、僕は幸せ者です。その上、今回はいつも以上にゆっくりさゆみんとお話ができて、夢のような夏休みになりました。さゆみんも多くのファンの方と会話をしたと思うのですが、何か新しい発見などありましたか?

まあ、ああ、そうですね、まあでも本当、山口で、あの、キャンペーンができたことはすごい嬉しくて、初めてだったので、こう、モーニング娘。でも7年目でやらせてもらってるんですけど、あの、お仕事で山口に行くっていうのはコンサートの2回以外が無かったので、すごい、あの、嬉しかったんですけど、あのね、何か新しい発見っていうと難しいんですけど、改めて感じたのは、あの、どこまでもそうやってついてきてくれるファンの人はすごいなっていうのと、そのファンの人の行動力だったりとか、あの、次の日も東京で、あの、アメーバスタジオでラジオとかやったんですけど、その観覧にも山口に来てくれた人がそのまま来てくれてたりとか、だからあの、2日連続...ていうか、3日、4日ぐらい連続でファンの方に会えて、毎日会えてすごい嬉しかったんですけど、なんかね、本当、あの、本当改めてなんですけど、あの、ファンの人だけは、なんか、さゆみのこと分かってくれてるんだなっていうのを感じて、やっぱすごい嬉しかったし、なんかもう誰に何を言われようと、誰に何と思われてようと、こうね、裏ですごいいろいろ言われてても、なんか、もうなんかそれだけで十分だなっていうのをすごい感じましたね。はい。なので、すごいありがたいなって、はい、思いました。ありがとうございます。

■さゆみん、ちわーっす。さて、この間、さゆみんが出演していたテレビ番組で、稲川淳二さんと怪談話をされていましたね。テレビで見ていても鳥肌モノでしたが、生で聞いていたさゆみんはもっと怖かったんじゃないでしょうか。何かスタジオで異変とかはありませんでしたか?

「ごきげんよう」ですね。そうなんですけど、まあ、稲川淳二さんとは、あの、3日間のうち2日間もご一緒させてもらって、こう、やっぱ相当怖いっていうか、やっぱあの、まあ、怖い話を何度も何度もされてると思うので、やっぱその話の持っていき方が本当怖いんですよ。だから、結構話が難しいじゃないですか。なので、よく意味が途中で分からなくなったりもしたんですけど、そのやっぱ、雰囲気がとにかく怖いので、あとね、稲川さんの、そのね、目の、目力っていうんですか、ちょっとこれ、あの、失礼にあたるかも...ちょっとやっぱ、目がちょっと血走ってるんですよ、怖い話をする時。もう、あ、何? 何か揺れたよね、いま。さゆみが勝手に揺れただけ?あ、そう思っただけか。びっくりした。あー、びっくりした。マイクが揺れた感じがしちゃった。気のせいだよね。なんか、もうその感じが、目に迫力があったので、その目を見てられなかったですね、怖くちゃっ...怖くちゃって...怖くなっちゃって。そこ省略するとこじゃないよね。そう、だから、もうちょっと結構怖かったんですけど、しかも、なんか、あの、怖い話をすると、やっぱ、なんていうんだろう、あの、一番最後にめちゃめちゃ怖いオチをみんな持ってくるじゃないですか。でも、あの、稲川さんって、結構、リアルな怖さじゃないですか。そこまで、あの、なんていうんだろう、あの、本当、現実味があるというか、なので、すごいそれは迫力がありましたね。

【顔はぶたないで!アタシ女優なんだから...】

■お題:「かわいい」

あー、でもこれは自分で言うっていうよりは、言われる方...側なので、ちょっと...ちょっと難易度高い気もしますね。

□子犬を見て...「かわいい」

まあ、でもこれは、あの、子犬を見てかわいいって言ってる自分がかわいい的なとこはありますよね。だって、まあ、本当でもそうですよね。あの、だって別に普通に急いでたりしたら、全然目いかないじゃないですか。でもなんか人といたりとか友達といたりとかすると、やっぱかわいいって言った方が、なんか自分の株が上がる気がしちゃって、発しちゃったりとか、でもそういうのはたぶん誰しもがあると思うんですよね。普通にお姉ちゃんとかといても、こう、なんか、あの、普通になんか、飼い主さんとかに、あの、よく思われたいとか、赤ちゃんとかがいても、その赤ちゃんをかわいいって言ってる自分を、その、赤ちゃんのお母さんに見てほしいとか、そういう気持ちはちょっとありますよね。はい。

□自分よりかわいい女の子を見て...「かわいい」

さゆみ、これは結構素直に言える方なん...言える方っていうか、なんか、さゆみ、かわいい女の子、本当に好きで、なんかね、こう、モーニング娘。でいても、客観的にみんなを見て、やっぱ改めてかわいいわと思うし、こう、よくね、さゆみ、こう、まあ、歌の発声中に、暇だからか分からないんですけど、よくすることがあって、客観的に見て、今日はこの人達の中で...この人達の中っていうかモーニング娘。の9人の中で誰になりたいかなんていうのをよく考えると、発声の時間が一瞬にして過ぎ去っていくんですよ。すごい楽しくて、それが。たとえば、今日は高橋愛ちゃんになった自分を想像しようって思うと、すごいなんか、あの、やっぱ、愛ちゃんのその魅力的な表情だったりとか、自分ができた気分になって、すごい浸れるので、そうやってかわいい女の子を見ると、自分がその子になったことを想像したりするのがすごい楽しくて、なので、かわいい女の子はぜひたくさん出会いたいなっていうのはありますね。

□自分を鏡で見て...「かわいい」

これはまあ自分に言い聞かせたりとか、まあ、自信をつけるためっていうのもあるし、こうやっぱなんか、がん稼ぎ?なんていうんですか?げんかつぎ...げんかつぎっていう部分でもあるし、なんか、かわいいって言って出た方が、こう、なんか、やっぱ自分に自信があるからかな、なんか、ちゃんとハキハキしゃべれたりとか、コンサートとかでも、楽しく終われたりとかするので、もうこれはちゃんとなんか、あの、まあちょっと最近、義務的になってるんですけど、あの、やらなきゃっていう感じがしちゃってるんですけど、でも、ちゃんとしっかりかわいいって思いながら、自分に、はい、言ってます。

(判定)...女優

妥当だと思います。さゆみもそれだなと思ってましたよ。

お題:「うそ」

あー、たった2文字の「うそ」ですけど、はい、逆に難しそうですね、短いと。

□久しぶりに体重計に乗ったらびっくりするぐらい増えていて...「うそ」

まあ、これはなんか信じられない気持と、まあ、でも、なんかテンションが下がってどうすることもできない、この誰に怒りをぶつけることもできないじゃないですか、自分の責任だし。なので、まあ、そういう、あの、ショックの気持ちを、はい、込めて、でもね、本当にそういう時ありますよね、なんか、あの、やっぱ、さゆみはちゃんと...ちゃんとかどうか分かんないんですけど、まあ、さゆみの中ではちゃんと毎日測ろうって、朝と夜、測ろうっていうのを決めてるんですけど、やっぱこう、海外とかに1週間とか行くと、体重計を持っていけないし、体重計がホテルにないから、測れないじゃないですか、1週間。そうすると、1週間ないから、あの、緊張して、あの、気をつけようっていうよりは、この1週間測んなくていいから、解放感に満ち溢れるんですよ。なんか、解禁日みたいになっちゃって。すごい、なんか、どっちかっていえば、結構たくさん、あの、何も考えずに食べちゃうんですね。で、帰ってきて、あの、ちょっと気をつければ良かったっていう時は多々...っていうか、毎回そうですね、海外行くと。よくあるんですよね。なので、はい、ちょっと次回また海外行く時は気をつけたいとは思います。

□中澤さんがとうとう結婚すると聞いて...「うそ」

これはちょっと喜びですね。あの、おめでたい話なので、うん、でもなんか、もうそろそろいいのにって思っちゃう。こんなこと言ったらアレか。でもなんか、もうそろそろね、なんか、あの、結婚されて、なんか、赤ちゃんとか産んで、うーん、ほしいなって思うし、あの、そうですね、はい、結婚して落ち着いてほしいなっていう気持ちは...こんなね、もう下っ端の後輩のさゆみが言うのもアレですけど、はい、ちょっと、多々感じます。

□「こんうさピー」が終わると聞かされ...「うそ」

これもまた相当ショックですね。これも結構、あの、体重計に乗って体重が増えてたよりもショックですね。悲しい。やだ、そんなの。ちょっと、ずっと続けてたいなっていう気持ちがありますけど、はい、ちょっとこれからもよろしくお願いします。はい、みなさんにかかってますから。うそうそ、さゆみも頑張るので、みなさんもたくさんメールやお便りお願いします。

(判定)...大女優

おー、やったー。よかった。ちょっと冷汗かきましたね。「大」ってくると、「...根役者」かもっていう、「大根役者」の方にいくのかなっていう気がしちゃうので、いつも。はい、よかったです。ありがとうございます。

お題:「どう?」

□メンバーにお菓子を作ってきて、食べたメンバーに...「どう?」

ちょっと大人ぶってる感じはしますけど、まあ、実際作っていったことがないので想像はしづらかったんですけど、まあ、自分が、あの、お菓子作れるっていうその得意になった気持で、あの、でもちょっとドキドキ感、あの、「本当においしかったのかな?」っていうドキドキ感と期待感に溢れてる「どう?」でしたね。

□体調を崩して寝込んでしまったお姉ちゃんに...「どう?」

これは結構、意外に難しいかもしれない。なんか、全部うちお母さんがそういうの、世話をするので、あの、なんか、家族とか兄妹が風邪とか、こうなんか体調悪くなると、一切さゆみに近付かないんですよ。あの、うつしちゃうといけないからっていうことで、全部お母さんがして、あの、もう「さゆちゃんに近付かないで」ってお母さんが言うので、あんまり...その、元気になった後にしか関わらないので、こう、「どう?」とかはあんまり言ったことがほとんどない気がして、結構難しかったですね。

□セクシーな服を着て彼氏の前に登場し...「どう?」

え、分かんない、これ、セクシーかどうか分かんないんですけど、さゆみ、コスプレが好きで、いつも1人でお家でやってて、まあ、誰にも意見を求めず、1人でどうかなって思いながらやってるので、あの、でも、どうかなって思いつつ、やっぱさゆみかわいいなって、似合うなって思いながらやってるので、あの、いつかそうやって披露できる場があればいいなっていうことで、まあ、普段こうやって1人でね、勝手にかわいいなって思ってるのを、やっと見せれるっていう気持ちで、どう?どう?っていう気持ちでしたよ。

(判定)...大根役者

早いよ、押すの。間が一切なかったですね。あ、でも今日は大女優、女優、大根役者全部出ましたね。勢揃いでした。

それでは、最後の曲です。えー、さゆみの本当に本当に大好きな曲です。モーニング娘。で「歩いてる」。

M-② 歩いてる(モーニン娘。)

【エンディング】

■さゆみん、こんばんは。いきなり質問なのですが、さゆみんが最近イライラしたことって何ですか?

そうですね、さゆみが本当にもうまさに昨日イライラしたことは、ドラマですね。あの、最近さゆみ、ハマってるドラマがあるんですけど、あの、恋愛を、なんか、四角関係ぐらいな...三角関係かな...の...四角関係だ...の恋愛ドラマなんですけど、なんかね、もうね、「そこで優しくしないで」とかもう、なんか...すごいイライラするんですよ。さゆみは全部の角度から見れてるわけじゃないですか、視聴者としてね。なんで、もう、「ここで出しゃばらないで」とか、「もうそっちで幸せなんだからいいじゃん」とか、めちゃめちゃイライラしてて、もう本当に、あの、全部、あの、思うツボだと思うんですけど、あの、もう本当にね、イライラして...でも先の行方が気になるんですけど、ちょっとあれはね、イライラしがちですね。

ということで、今日はこのへんで終了です。お相手は、モーニング娘。道重さゆみでした。
来週もあなたのハートにうさちゃんピース!おやさゆみん。

2009年9月22日 (火)

さゆみになりたい。

先週の「東京フレンドパーク」はお茶の間で途中から見た。相変わらず道重さゆみ関連コンテンツに関しては捕獲することに必死なのだが、モーニング娘。がグループで出演しているそれについては、それほどでもなくなってきている。なので、この日も番組があることはなんとなく覚えてはいたのだけれど、あまり積極的に見ようという気もせず。おそらく、どうせOGの添え物的扱いだろうという勝手な思い込みもあった。

おそらく自室にてパソコンで何らかの作業をしていると、妻から夕食の支度ができた旨の連絡があり、お茶の間に移動し、テレビをつけてチャンネルを合わせたわけだ。

道重さゆみが出演しているテレビ番組をこのような状況で視聴するという試みは以前に何度か実施したのだが、これは無理という結論がすでに出ている。なぜなら、好きすぎてつらいからだ。よって、在宅時は自室にてワンセグケータイで独りで見ている。この間の「ロンドンハーツ」などは妻はお茶の間のテレビで見ていたようなのだが。

ただ、この日の「東京フレンドパーク」は、出会い頭的な感じもあり、かつ単体での出演ではなかったため、そのまま流れで最後まで見た。なかなか面白かった。道重さゆみが前面に出る場面はすでに終っている雰囲気だったのだが、ギャラリーで見せる無防備な素の表情というのもなかなかよく、じゅうぶん満足した。番組冒頭に道重さゆみが目立つ場面があったことを後で知ったが、特に必死で捕獲しようとも思わなかった。

そして、私が定期的に閲覧している唯一のハロプロ系ファンブログでこの場面の詳細を知ったのだが、これが実に最強すぎる。私にとってはやはりコント赤信号のリーダーである渡辺正行の「自称かわいいんだよな?」というフリに対し、「みんなが認めるかわいさです」、さらには「ロンドンハーツ」で一気にブレイクした「極度にかわいい」。圧倒的である。

「ロンドンハーツ」でのブリッコナルシストキャラの押し出しには戦略的な部分もあるとは思うのだが、それにしてもいわゆる一般視聴者のある層を確実に怒らせた。とにかく自信のなさを同調圧力によってタブー化することでなんとか感情崩壊を防いでいるかのような不機嫌な平成ニッポンのコミュニケーション状況において、道重さゆみの存在は衝撃的すぎた。気になるし無視できない。ケータイなどで自分に対するファンや世間の評価などを逐一調べているに違いない道重さゆみは、確実にこの状況を知っている。にもかかわらず、この路線を修正するどころか、グイグイ押してきている。「極度にかわいい」というフレーズ自体も「ロンドンハーツ」で出会い頭的に発せられたものをMCの田村淳が面白おかしく取り上げたことによってブレイクしたのだが、これを「ポケモー。」ではじまった自分のコーナーのタイトルにしてしまう貪欲さ。これをさらにブレずに貫き通すことによって、近々、道重さゆみアンチの典型論理である「自分で自分をかわいいと言うなんてどうかしている」という物言いそのものが、不機嫌でダサくてカッコ悪いという雰囲気になる。ここまで闘う覚悟あってのことなのだろう。なぜここまで強いのかというと、その根底に確固たる信念があるからである。

人生も長年やってくると、そもそもの人として生きる上での信念やら理想やらが色褪せて、守るものが増えるにつれ、リスクを最小限に抑え、なるべく無難にやり過ごそうとするようになる。しかし、そこに本当の意味で「生きる」ことの充足感や肯定感はなく、いつしか心が薄べったくなってしまう。しかも、ほとんどの場合、自覚すらなしにそんなふうになっていってしまう。元気がなく機嫌がよくない平成ニッポンにおいては、なんとなく国全体がそんな雰囲気に包まれているような感じがある。だからこそ、逆にやるチャンスだろうということもいえる。

人間とは「生きる」ことにいちいち理由だとか意味だとかを必要とする唯一の動物なのかもしれない。実に面倒くさい。しかし、だからこそ面白い。自分自身が世界とどう関わり、何を理想とし、そのために何をなすべきか。このような認識があってこそ、輝くものだ。これを私に思い出させてくれたのがは紛れもなく道重さゆみであり、いつもつねに刺激し続けてくれている。

昨日、仕事場を訪れた商品部のM氏と打ち合わせを兼ねて食事をしたのだが、時事ネタの流れで酒井法子の話題になった。そこから80年代のアイドル勢力図や私が何をきっかけにアイドルシステムに疑問を感じ、そこから離れたかという話に発展した。それではなぜにいま道重さゆみなのかという問いが発せられ、それに対しては軽々しく答えられるレベルの話ではないのだが、要はこのブログに書き連ねているようなことを約10分に要約して説明した。その反応とは、「宗教だね」というものだった。それを人が苦痛から解放されしあわせになるために必要とする何らかののものと定義するならば、紛れもなくそういうことである。私の「今夜もうさちゃんピース」テキスト起こしが写経のようなものだというのは、そういう意味である。

さゆみになりたい。

2009年9月21日 (月)

Base Ball Bear 関根史織の今夜もうさちゃんピース。

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はい、本当にただそれだけです。
私の中ではすでに2009年最重要アルバム候補間違いないBase Ball Bear「(WHAT'S THE) LOVE & POP」である。ここ最近はあまり記事にもしていないが、先日、通勤電車の中で軽い気持ちで聴いていたら、またしても「ホワイトワイライト」のサビで涙目になってきてヤバかったぐらいにはまあハマっている訳ですわ。
日本のロックとかはあまり聴かない私ではございますが、すでにヴォーカリストでありソングライターの小出祐介は、私の中では忌野清志郎だとか岡村靖幸だとか片寄明人なんかと共に天才列伝に名を連ねている訳ですわ。
このアルバムのどこがそんなに好きなのかということについては過去記事にさんざん書いたのだが、大きな魅力のひとつとなっているのが、女性ベーシスト兼コーラスの関根嬢ことシオリーヌこと関根史織である。
どこがいいのかいえばいろいろと言葉を連ねることは可能なのだが、あふれる思いを伝えるには拙すぎるので、あえて書かない。で、いろいろ調べてみると、どうやら同じような人種が好んでいるような様子なのだ。

さて、この「生きる」ブログで最も名前が出てくる有名人といえば、モーニング娘。道重さゆみである。この人の魅力についてももう2年以上にわたってさんざん書いてきているのだが、いまだに語りつくせず、この記事でもこれ以上ふれるつもりもないのだが、やはりファンがちょっとコアな人が多い印象。ファンが集うインターネット掲示板なんかでは変態紳士とか気持ち悪いとか言われているが、そう言われれば言われるほど喜んでいるというレベル。実は、Base Ball Bearに興味を持って以来、そっちのファンスレッドなんかもたまにのぞいているんだが、ここでも気持ち悪いというのはほめ言葉という認識があるようだ。アルバムのキャッチコピーも「青春なんて、キモチ悪い。」だし。まあ、ここでいちばん気持ち悪がられているのは、スレッドの雰囲気を完全に無視してにBerryz工房の熊井友理奈の方が世間ではBase Ball Bearよりも名前が知れていると真顔で主張しているハロヲタなのだが。だからアイドルヲタってやつは...。

で、道重さゆみに関してはたまに変態紳士大集合的なスレッドが立つ。いつもは元気がいいアンチの諸君も、このタイプのスレッドには本気で気持ち悪がって寄って来ない。まあ、私もかなりの頻度で書き込んでいるのだが、どういう事を書いているかを具体的にここで書くと、間違いなく道重さゆみに嫌われること間違いないので、あえて書かないのだが、「○○しているさゆに△△したい」といった妄想を次から次へと書き連ねていくのだ。ハロプロのファンスレッドというのは各メンバーにそれぞれあるのだが、道重さゆみ関連のこのタイプのものだけは異彩を放っている。しかも、なぜだか土日に盛り上がることが多く、普段は一般の社会人がかなり高度な妄想を脳内で熟成させているのではないかと思うと嬉しくなってくる。

さて、「Base Ball Bearの関根史織に萌えるスレ」というのがある。ここでは、関根史織がシオリーヌなどと呼ばれて、住人から崇拝されている。レスを拾ってみると、「朝目覚めると朝食を作ってくれている最中のシオリーヌに近づきうしろからそっと抱きしめたい」「シオリーヌに毒舌でこき下ろされたい 」「シオリーヌにそれはちがうでしょって否定されたい」「シオリーヌと付き合って少し経って俺のことどう思うって聞いてなんだかなあって言われたい」など、何やらどこかで見た物と共通のテイストがある。さらに、「シオリーヌにホワイトのクリームのやつを顔面に投げ叩きつけシオリーヌの顔を白いクリームまみれにしたい」「スタジアムで野球観戦中に ポップコーンをのどにつまらせ!てゴホゴホいっているシオリーヌを オレのすばやいマウストゥマウスの吸引で救いたい」「シオリーヌの汗まみれのパンティを頭にかぶりたいこんなのシオリーヌだけだよ」...アホである。

道重さゆみとBase Ball Bearを一緒に扱っているのなんかこことどこぞの猫系ブログぐらいだと思い、そのデタラメっぷりにご満悦だったんだが、なんとシオリーヌこと関根史織こと関根嬢がうさちゃんピースやってる画像を発見してしまったんだよ。いや、本当それだけなんだが。ただこの画像を貼りたかっただけなんだ。この画像にここまで反応しているのは、世界広しといえでも私だけという気もしないでもないのだが。

Base Ball Bearのアルバムにおける関根史織のコーラスというのは、もっと聴いていたいと思っていたら消えていってしまう寸止め感がたまらん訳だが、なんと前作「十七歳」にリードヴォーカルを取っている曲があった。「Wink Sniper」というやつなんだが、これがまた頭の中をグルングルン回って仕方がない訳だ。まあ、ここにはたまに別の女性のことをいろいろ書いたりしているけれども、本当に心底大好きなのは道重さゆみだけだから。たった1人だけだから。これだけは約束するよ。信じておくれ。誰に言っているのかなぜにこんなに必死なのかさっぱり分からないのだが、そんなふうに人生は続いている。世間一般は連休な訳だがこちらも仕事でございます。Stairway Generation 階段をあがれあがれ...とかなんとか。

Base Ball Bear - Wink Sniper (Live) ※クリックで動画再生

2009年9月20日 (日)

逆にやる。

これはごく当たり前の事なのだが、この百年に満たない偉大な人生というのは様々な人々に支えられて成り立っているのだな、とつくづく思う訳だ。

それはそうとして、今日、新秋津駅前において、某経理氏に無理なお願いを聞いていただき、実にありがたいと感激していたのだが、お礼に新所沢駅前の某和菓子屋さんで菓子折を買って行こうと思った訳だ。ちなみに店名を伏せる必要は一切ないのだが、ただ単に失念しただけである。いざ買おうとすると、愛用の紫色の裏地にまでこだわったポール・スミスの鞄の中に財布がないじゃねえか。これは恥ずかしい。間違いなく仕事場に忘れてきたに違いないのだが、その旨を女性店員さんに伝えたところ、とてもきれいな笑顔で「お待ちしています」と言ってくださった。そこでもうダッシュで取って来た訳だけれども、私が急いで店に入ると同時ぐらいに気づいてくださって、ちゃんとカウンター内に商品を取っておいてくれたのだ。たぶん日本語おかしくなってきてるが、そんな事にはお構いなしなのだMy Way。そこでまたしても美しい笑顔をつくってくださって、とても温かい気持ちになった。

嬉しいから笑顔が出るのではなくて、笑顔をつくるから嬉しいんだ。

いや、これは確かに昨日、秋津のオリオン書房で買った「職場は感情で変わる」という本のパクりだけども。そんな事言ったら私のブログなんて、オマージュの名を借りた引用だらけである。

つまりは、ありがとう新所沢駅前の和菓子屋さんの女性店員様という事である。そして、秋津在住の某経理氏にも本当に助けられた。ありがたい。

ありがたいは漢字で書くと有難いであり、有る事が難い訳である。いつも感謝の心を持って、それが感じられる様にしておくと良いのかもしれない。そうすると何だか嬉しくて、世の中捨てた物じゃないな、なんてふうにも思えてきて、そうしたら誰かにそんなふうに思われてみたい、なんていう感情も自然と芽生えてくる物だ。これが分からないから、損得だけで物事を考えて、他人の為に何かをするという事の意味が分からない。自分だけを守る為に他を攻撃してみたりする。いや、実に悲しいね。切ないね。

長く続けて来た習慣という物はなかなか直らないけれども、手遅れだなんてそんな事はないはず。本当にそうしたいと思うのならばね。

しなやかに、もっと落ち着いて。本当はどうしたいんだろう。しょうがないなんて事はないんだ。なりたい物があるのなら、そのイメージがあれば、それを追いかけていけばいい。それはとても自由で優しい。いとおしいという気持ちに満ち溢れている。

ほとんどの人たちはかつてその様な愛情の中にいた。あなたがあなたでいるその事自体に価値があり、それが認められ、とても安心だ。そこにいていいし、それどころかいてくれなくては困る、淋しい。結局それがすべてなんじゃないだろうか。そんな場所に帰りたくてさ迷っているだけなんじゃないか。

夢かもしれないが、その夢を見ているのは独りだけではないと確信できた。たとえ手には触れられないとしても、間違いなくそこにある事を、私は知っていた。いつから忘れてしまったのだろう、どうして忘れていたか、そんなふりをした。しているうちにあたかもそんな気になった。

ある日偶然に見た道重さゆみという当時17歳の少女の髪飾りの画像、13年振りに訪れた故郷の空気、そういういろいろな物事が、私をここまで導いてくれた。勿論、あえてここに書く事を避けている人や物も沢山あるが。

きっかけはいつも転がっているのかもしれない。しかし、本当に心の底から求めなければ、それには気づく事が出来ないのだろう。

いまこそ逆にやるだろう。それでは、なぜ、彼女がすでに死んでいた事を知っていたのだろう。感傷は罪であり、時は語り部。そして私は、ふたたび理解した。

人間でしかない私には「生きる」に足りるだけの意味や理由が必要なのだ。面倒くさいがそれでいいんだ。そんなふうにして続いていくんだよ。闘いは答えではなく、可愛く平和な世界の為にこそである。収録現場は戦場、なんていう事を誰かさんも言っていたけれども。出会えた意味が少しずつリアルに解けてきたんだよ。

うさちゃんピース。

雨の降らない星では愛せないだろう?

モーニング娘。から久住小春が卒業発表の件をはじめ、相も変わらず世間はいろいろと騒がしいようなのだが、こちとらシルバーウィークとやら真っ只中という名のいろんな意味で戦場な訳であり、ばあちゃんにお菓子を贈るのもすっかり失念してしまった。ごめんよ、ばあちゃん。再来月には会いに行くからね。などと、こんなところで書いたとて読んでるはずあらへん。ってなんで関西弁やねん。

そういえばオーサカキングでたこ焼を買う列に並んでいた時に、関西のちびっこ兄弟が「おいでやす〜おいでやす〜」「ここ大阪やのになんで京都弁やねん」とか何度も言って大爆笑していて微笑ましかったな。

やはり子供や動物っていうのはいいな。しかし、働き盛りの成人男子が極度に動物に癒しを求めはじめたりすると、これはどこかが少しずつ病みはじめているという兆候ではないかという気がして、そんな様子がことごとく心配である。また、たとえばパチスロなど趣味に必要以上に熱くなってみたりという行為も、自分の精神肉体を傷つける何物からか逃避しようとしている事の現れである。

時として逃げる事は必要。真性基地外というのは、何食わぬ顔で、あたかもマトモジンであるかのように存在しており、その災難がいつ何どき降りかからないとも限らない。関わらなければいいのだが、家賃や食費の為に関わらざるをえないという状況もある訳で、これが実に悩ましい。明らかに違法性が高い場合もよく見られるが、何というか面倒くさいというか疲れちゃうんだよな。もう出来るだけ関わりたくないという気持ちの方が先に立っちゃう。それで感情を殺して死んだフリをしてやり過ごそうとするのだが、もちろんこのような状態が精神衛生上よろしいはずがなく、相手の方も一向にうまくいかないコミュニケーション状況に苛ついて、こういう輩に限って原因他人説の御仁であったりするから、降りかかる災難というのはさらに悲惨をきわめていくと。もう負のスパイラルだわ。

閉塞した空間にいて裸の王様のように最高責任者が元凶だったりすると、もう逃げ場がない。ちょっとメンタルが弱い子だったりすると、もしかするとそっちが正しくて自分が間違っているのかも、なんて思い詰めてしまう。そんな事はないんだよ。人生ってもっと何かしらワクワクやドキドキに満ち溢れた、コマ送りにして何度も味わい続けたいような喜びや楽しみであるべきなのだ。それを追い求めるべきだ。

権力とは恐ろしい物だ。善い意思を持った者ですらをも不気味な化け物に変えてしまう力を持っている。その事を自覚して、日々を「生き」たい。そして、私に出来る事とは一体何なのだろうか。

いろいろ言われながらも、アットホームなモーニング娘。というコンセプトにこだわり続ける高橋愛ちゃんは偉大だな、と思う。愛ちゃんがリーダーじゃなければ、今日の道重さゆみもおそらくなかっだろうし、ということはつまり、私も相も変わらずただ空気を吸っている、ただそれだけの獣に過ぎなかったのだろうか。

誰かを救いたいなどと大それた事を言うつもりはないが、納得のいかない事は絶対に認めねえからな俺ぁ。

2009年9月19日 (土)

のけものじみて(Are You Happy Now?)。

さていよいよ連休に入った訳だがあらゆる戦略を具体的かつ計画的に組んでいる訳だが、その所為で知恵熱が出て寝込んだりもしていたのだが、先日は早朝に寝ながら歩いていて電柱にぶつかるという漫画のような状況も生じていた訳である。だがしかし、これらは全て自らが理想とする何物かを獲得するが為に主体的に行っている事柄であり、ゆえに充足した生の実感がある訳だ。やはり自らが正しいと信ずる物を追求する上で、否応無しに正しくないと信ずる物との闘争という局面は避けては通れない訳であり、こういうフェイズに入ると、毎日怒ったり笑ったりで忙しくて仕方がない。

自分独りだけでやっているうちはまだいいのだが、社会に携わっている以上、なかなか本当に独りだけでやっている事というのは正直いってそんなにはない訳だ。いろいろな人たちとの関わりによって事が為される。組織には階層というのがあり、ゆえにより機能的に目的が達せられたりされなかったりするのだが、その結果の評価の裏に人間の尊厳を踏みにじる犯罪的行為が蔓延っているケースが見られる。これは人道的にとかいうレベルではなく、はっきりと法律上も犯罪であることも多いのだが、その組織における上下関係というか人事権、つまりは食い扶持を握られているが為に言いたい事も言えない世の中じゃ(反町隆史「POISON」)という状況もある訳である。たまたまその組織で与えられた職務を利用して人の人格を攻撃したり肉体的精神的に傷めつけたりする行為、また、それをあたかも美徳であるかのようにすり替える基地外ロジック、そんな物にはもううんざりだぜBABY。まあ自分が被害者側であれば、そういうからくりもリスクも知り尽くした上でうまく立ち回ればいい訳で、どちらかというと現状は加害者になる可能性の方が高い立場である為、そこはどんな目に遭わされようが誇りを持ってやっているのだが、少なくともかつて関わりがあり、人間的に好ましく思っている人物がこのような目に遭わされている事を偶然に知ってしまったとして黙っている事が出来るだろうか、否、出来ないだろう(反語的表現)。

PiLのジョン・ライドンがおっしゃっていた通り、怒りこそがエネルギーなのだな。

閑話休題。

仕事場の某君はなかなか好ましい男子ではあるのだが、業務上はいくつかクリア出来ぬ問題点があり、そこを自分で気付いて改めるようサインを細心の注意を払って送ってきたのだが、それが少しずつ通じてきたようで嬉しい限りである。間違っても反射神経のように罵詈雑言を浴びせたりしなくて良かった。まあ、私に限ってそのような人間の屑にも劣るような行動を取る筈が無いのだが。彼が所属しているバンドは音楽的に実に素晴らしいにも関わらず、ほとんど世に知られていない為、海外に音源を配信したりする事のお手伝いをしてあげる事にした。もちろん、今後、私の理想を実現うる為に大きな力になってくれると見込んでの事だ。私自身の未熟さゆえ、まだまだ理想の組織を作り上げるには至らぬ部分が多く、しかし、理念を失って目先のくだらない事に右往左往していては話にならない。くだらん。このように自分が目指す物と真逆の事が行われているという事実をしっかりと見据え、自分はそうはしないように、また、自分には一体何が出来るのかをしっかりと考えて行動したい。このような感情無くして、何が「生きる」ことかと。

深夜移動中の電車中でワンセグケータイにて視聴した「シルシルミシル」だが、いまだ体験した事のないはなまるうどんなるチェーン店に大いに興味を持った。道重さゆみがトッピングを欲張りすぎてて可愛かったな。翌日の「フレンドパーク」は妻との夕食時に途中から見たのだが、番組冒頭で道重さゆみの「極度に可愛い」があったらしく、これを見逃したのは残念だった。また、「ポケモー」で「極度にカワイイ毎日」なるブログ的企画が始まっておる。自分撮り写メと一言コメントのようだが、いずれブログに発展するのだろう。この事を知らせてくれた某読者様にはメール返せていなくて本当に申し訳ないが、本当にいつ有り難く思う。

昼食時にテレビで「王様のブランチ」が流れて、その中でクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」のDVD紹介をやっていた。あの映画は見たのだが、老いても本気で怒っていてカッコいいと思ったな。老後は年相応にまったりとのんびり生きる方が幸せかもしれないが、やはりこういうのに憧れているようでは、なかなかそうはいかなそうである。いろいろと間違っていると思いながらも、そもそも得意ではない空気を読むという行為によって感情を殺していた時期は、大きな不幸は訪れなかった物の、いま思うと本当につまらなかった。あれでは「生き」ているとはいえない。人生は短い。くだらない事や者に邪魔されている暇なんてない。本当に価値のある事をやる。その為なら生命懸けでやる。

そういう事だ。貴様の大義とは?理想とは何だ?

2009年9月17日 (木)

今夜もうさちゃんピース#150(2009年9月16日放送)

【オープニング】

こんばんは、モーニング娘。道重さゆみです。
はい、もう9月も中盤で、秋真っ最中って感じなんですけど、あの、さゆみの秋といえばは、あの、秋の大運動会っていうイメージが強いんですけど、あの、東京に来てからは、春とかに運動会があったんですけど、あの、やっぱ山口時代はいっつも毎年秋の大運動会だったんですけど、もう、さゆみ、運動が...まあ、知ってる方はいると思うんですけど、苦手なので、夏休みの前から運動会があることが憂鬱で仕方ないんですよ、毎年。で、もう夏休み中も、あの、夏休みを満喫したいっていう気持ちと、どっかでこの夏休みが終わったら運動会が来るっていうので、すっごい嫌で、で、もう、あの、徒競争とか障害物競争とか1人でやる科目が本当に嫌いで、玉入れとか、あの、大玉とか応援とかならいいんですけど、あの、1人で、あの、なんか、注目浴びるっていうのが、別に自分が思ってるほど周りは誰も見てないと思うんですけど、見られてる感じがして、もうすごい嫌だったんですけど、
それにプラス、運動会の嫌なところって、こう、家族が見に来るじゃないですか。で、それはすごく嬉しいんですけど、お母さんとかが、またこれ張り切って、あの、目の前を陣取って、徒競争とかになると、もう周りとか関係なく、「さゆちゃ~ん」って言って、すっごい聞こえるんですよ。それがまたすごい恥ずかしくて、だからね、運動会はいい思い出がなくて、なんで、あの、1番に秋といえば、その嫌な嫌な運動会を思い出しますね。
はい、というわけで、今日もいつまでも運動音痴な道重さゆみと30分最後までお付き合いください。それでは、まずはみなさんご一緒に、今夜もうさちゃんピース!
では、1曲目聴いてください。「Go Girl~恋のヴィクトリー~」のカップリング曲です。モーニング娘。で、「恋ING」。

M-① 恋ING(モーニング娘。)

【さゆの小部屋】

■さゆちゃん、こんばんは。先日、8月18日にアメーバスタジオの観覧と握手会に娘と参加してきました。娘は7歳の小学2年生、赤ちゃんの頃からモーニング娘。を聴いているので、ファン歴はそのまま7年です。さゆちゃんのことは、オーディションの時から家族で応援してますよ。最初に行ったコンサートは安倍さんの卒業公演で、当時、娘はまだ1歳10ヶ月でした。いままで40公演ぐらい観に行っていますが、握手会というのは初めての経験。「今日は絶対うさちゃんヘアーで行くんだ」といって張り切っていた娘は、至近距離でさゆちゃんを見られてドッキドキの親とは反対に、動じることなく、「一緒にうさちゃんピースをしてください」とリクエストをして、さゆちゃんは最高の笑顔で、「いいよ。せーの」で一緒にうさちゃんピースをしてくれましたね。帰りの電車でもお家に帰ってからも興奮が冷めずに、娘はずっとさゆちゃんの話をしていました。僕も初めてさゆちゃんとお話ができて嬉しかったです。「ナインスマイル」も親子で応援に行きますね。

ありがとうございます。もうすごい、あの、こうやってエピソードをくれて、すごい覚えてるんですけど、この女の子。あの、一緒にお父さんと来てくれてて、あの、もうすごいちっちゃいのに、応援してくれてる感じがすごい、あの、嬉しかったし、なんといっても、可愛いなと思って、その可愛さにはやっぱ勝てないなって思うくらい、本当に可愛かったんですけど、なんかね、めちゃめちゃ堂々としてるんですよ。あの、やっぱそういう場って、たぶん慣れてないと思うんで、絶対緊張すると思うんですけど、もう全然なんか、動じることなくすごいしっかりしてる女の子だなっていう印象なんですけど、なんか本当に、あの、うさちゃんピースとかを知っててくれてるっていうのがすごい嬉しくて、ぜひコンサートにも、はい、一緒に親子で遊びに来てほしいなって思います。ありがとうございます。

■さゆみん、こんばんは。ところで先日、とあるラジオで我らがリーダー、高橋愛ちゃんが、「メンバー1人1人を一言で表すなら?」という質問で、さゆみんのことを「可愛い」とほめちぎっていましたよ。そこで質問です。さゆみんはメンバー1人1人を一言で表すとどうなりますか?教えてください。

嬉しい。さゆみがいないとこで可愛いって言ってくれるって本気ですよね。ですよね。さゆみがいる前だとお膳立てとか、まあいろいろキャラのこととかもあるかもしれないですけど、お膳立てじゃない、何?あ、なんか、気遣ってとか、こうなんか、まあ、あ、お世辞的なものがあると思うんですけど、やっぱいないところで可愛いだったりとか、やっぱほめられると、まあそれは、あの、本当の愛ちゃんの素直な真剣な気持ちだと思うので、すごい嬉しいです。ぜひ、さゆみにこうやってラジオで知らせてほしいなって思いますね。はい。
でも、まあ、そんなリーダー、高橋愛ちゃんは、さゆみからしたら憧れですね。なんかね、すごい魅力的なんですよね。こう、さゆみはモーニング娘。に入る前も、あの、石川梨華さんと高橋愛ちゃんが好きで、モーニング娘。に入って、やっぱね、愛ちゃんの魅力っていうのは、こう、なんかね、日に日に増していくなって思うんですけど、こう、コンサートとかで、あの、リハーサルとかで袖で見てたりとか、あの、自分が出てない時に、愛ちゃんが歌ってる時には、あの、客席で、あの、リハーサルの時には見てたりとかするんですけど、やっぱね、リハーサルから表情とかもすごいなんか、きっちり、あの、全部イントロからアウトロの最後まで、あの、作り上げてる感じだったりとか、1曲1曲全然表情とか歌い方を変えたりとか、あと、さゆみがすごいなって思ったのは、あの、今年の夏の、あの、「ハローチャンプルー」のコンサートで、ええと、モーニング娘。で「なんちゃって恋愛」と、えーと、「しょうがない夢追い人」を2曲続けて歌わせてもらったんですけど、結構、あの、曲調とかは似てないんですけど、あの、女の葛藤を歌ったような曲なので、表情的には似るんですよ。結構、切ないような顔をしたりして、結構みんな、あの、2曲似てる、気持ち的には似てるので、顔がみんな一緒なんですね、さゆみから見たら。でも、愛ちゃんは、その1曲1曲顔が違うんですよ。違う女の子になるんです。あの、「なんちゃって恋愛」は「なんちゃって恋愛」の女の子で、「しょうがない夢追い人」は「しょうがない夢追い人」の女の子になるのが、本当にすごいなと思って、その見せ方は、やっぱ愛ちゃんの、その生まれ持った、その才能だなと思って、それは本当に憧れますね。
あとやっぱ、ディナーショーにもさゆみ、愛ちゃんとガキさんが...新垣里沙ちゃんがやってるディナーショーにも、あの、見学させてもらったんですけど、またこれが英語で歌ってたりとか、もう愛ちゃんの才能って未知なんだなっていうのを気付かされたりとか、あと、ドレスを着てたんですけど、またこれ背中がエロくて、すごいさゆみ、ずっとエロいエロい言ってたんですけど、素敵だったんですよ。で、終わってからも、あの、もちろん英語の歌もよかったですって言ってたんですけど、「背中エロかったですよ」って言ってて、、そしたら愛ちゃんが「エロくないで~」って言ってたんですけど、その、なんかギャップ?あの、本番ではすごいなんか見せつけるのに、なんか、そうやって裏でしゃべったりすると福井弁が出たりとか、なんかそれもまた愛ちゃんの魅力の1つだなと思いますね。ちょっと1人目でかなり長くなってますけど、
続いて、えーと、ガキさんは、新垣里沙ちゃんは、よく話すなって思うんですけど、これは別にさゆみにだけとかじゃなくって、いろんな人にガキさんは自分の意見をすごい言うなと思って、なんかまあ人懐っこいっていう...一言でいうと人懐っこい。でも、ガキさん自身は、なんか、あの、人見知りって言ってるんですけど、さゆみから見たら、いやー、すごいいろんな人にちゃんと、あの、それこそお膳立て?ができてて、あの、ちゃんとおしゃべりができてて、すごいなんか、あ、さすがサブリーダー、なんか、えらいなと思いますね。
そしてまあ、仲よしの亀井絵里ちゃんは、うーん、ムードメーカーだなと思いますね。なんかこう、絵里がいると、なんか、明るくなるっていうよりはホッとする感じがして、これはたぶんさゆみだけが思ってることじゃなくて、たぶん後輩のみんなも、あの、亀井さんがいたら、なんか、楽屋の、なんか、なんだろうな、そういう雰囲気が、なんか、ほんわかするというか、そんな感じがするので、まあ、ムードメーカーだなと思うんんですけど、まあ全体的にはそうなんですけど、さゆみからしたら、何でも気付いてくれるんですよ、本当にもう。これはいつも、「こんうさピー」でも言ってるんですけど、この間も、なんか普通に「おはよう」って挨拶しただけで、「あれ、さゆ元気ないね」みたいな。本当普通なんですよ。どっちかっていえば朝も早かったから眠いだけって思われてもいいタイミングだったのに、「ねえさゆ全然今日元気ないね」ってその一言で分かってくれて、いや、この人は本当にすごいなって、うーん、思いましたね。はい。
そして、田中れいなちゃんは、積極的ですね。まあ、これは本当いい意味でも、ちょっと悪い意味でもあるかもしれないんですけど、本当にでも自分の素直な気持ちをブワーッって、あの、言える子なので、でもそれは、すごい自分の意見が言えるっていうのは、すごいあの、さゆみは羨ましいなって思うんですけど、こう、最近、40枚目で「なんちゃって恋愛」を、はい、シングル出させてもらったので、それでなんか、モーニング娘。の集大成みたいな感じで、結構OGのメンバーと絡むことも多くて、やっぱOGのメンバーがいると、結構シュンてなるんですよ、現役のメンバーって。その中でもれいなは、「れいなは」って感じで、結構積極性があったので、やっぱさすがれいなは、なんか強いなっていう、その意思を感じましたね。はい。
そして、久住小春ちゃんは、能天気ですね。あのね、自由と思ってたんですけど、最近それを通り越してる感じがするんですよね。なんか、「なんちゃって恋愛」のサビの振り付けで、芋掘りがあるって言うんですね。芋掘りなんてないんですよ。そんなことね、誰もダンスの先生とかも言ってくれなかったし、あの、ただ、なんか、あの、普通に、なんか、女の子が葛藤してるような気持ちを、なんか、そこの振りで表してるんですけど、小春ちゃんからしたら芋掘りらしくて、それを熱弁するんですよ。でね、そのね、「なんちゃって恋愛」の発売記念イベントの時に、あの、イベントをして、握手会もしたんですけど、握手会が隣だったんですよ、小春ちゃんと。そしたら、ファンの人に自分から、普通みんな、「ありがとうございました」って言うんですけど、「芋掘った~?」って聞くんですよ、全員に。「芋掘った~?」「芋掘った~?」って。で、ファンの人もびっくりして、「...掘った...」みたいな感じで。もうね、すごいそのね、テンションの高さは、もう能天気じゃないとできないと思います。だからね、さすが小春ちゃんだなっていうのは、最近思いますね。はい。
そして、光井愛佳ちゃんはですね、心配症だなって思いますね。あのね、もうそんなにね、確認しなくても大丈夫だよっていうくらい、ダンスレッスンとか、もう前の日から先生に聞いてたりとか、「明日やればいいじゃん」って思うんですけど、「いや、愛佳不安なんです」って言ってて、いっつも練習してて、それは素晴らしいなって思うんですけど、あの、心配症と、あとは、あの、みっつぃーはやっぱ笑顔が可愛いなって思うんですけど、あとはね、お肌がピチピチですね。本当に、あれは本当、武器だなと思いますね。
そして、ジュンジュンは、あのね、水を飲む勢いがハンパないですね。あのね、最近、ペットボトルでさ、あの、なんか、エコ用みたいな感じでさ、ちっちゃくなるやつあるじゃないですか。ね。それ、あるんですけど、それってたぶん、あの、最後に飲み切った後に、あの、潰れるように、結構ペコペコするんですよ、そのペットボトルね。なので、飲む時、確かにちょっと縮む感じがするのは分かるんですけど、ジュンジュンの場合、飲んでる最中から、もうどんどんどんどん縮んでっちゃうぐらい、もうすごい勢いで吸いつくんですよ。もうその感じはね、あの、本当、ジュンジュンがいないとこで言うのは失礼ですけど、やめてほしいですね。だからよく注意するんですよ。「それ可愛くないからやめた方がいいよ」って言うんですけど、でもなんか、全然普通にやってるので、ちょっとアイドルっぽくない感じがするので、うーん、やめた方がいいなとは思いますね。はい。
そして最後、リンリンは、面白いです。なんかね、あの、たぶんリンリン自身も、最近、モーニング娘。とか日本により慣れてきたと思うんですよね。だから、まあ、日本語も全く困ってないし、まあ、英語とかも勉強しだしてるぐらいですから、あの、もうたぶん環境に慣れてるから、すごいナチュラルな面白さが出るんですよ。いままでは、ここでこうやって言わなきゃっていって面白いなって思ってたんですけど、あの、もうなんか、狙ってない面白さが、リンリンからすごい感じるので、あ、すごい、なんか、リンリンはもうなんか、本当に、あの、もっともっと、はい、面白くなる気がしますね。
はい。ということで、はい、語り尽くしましたけど、みなさんも私、道重さゆみへの質問やメッセージ、コーナー以外の普通のお便り、どしどし送ってきてください。以上、「さゆの小部屋」でした。

【今週のお姉ちゃん】

■さゆみんが「ごきげんよう」でもらった洗剤セットを「送って、送って」とねだる、現在一人暮らしの今週のさゆみんお姉ちゃん⇒5お姉ちゃん

ぜひ送ってあげたいですね。あのね、お姉ちゃんね、分かんないんですけど、さゆみ、この前ね、お姉ちゃん家に遊びに行った時、あの、まあ洋服を着てたんですけど、当り前...あの、外で会った時、洋服で来てて、で、お家遊びに行った時も、同じ服だったんですよ。で、まあ2日だったし、たまたまかなって思うじゃないですか。でね、あの、昨日ね、あのね、プリクラ撮ったんだ、友達とって言ってね、プリクラをね、送られてきたんですよ、ケータイに。同じ服なんですよ。さゆみ、つっこまずにはいられなくて、だからたぶんね、一人暮らしだし、疎かになってるのかはよく分からないんですけど、まあ、いまの時期ね、まあ、夏じゃないですか。気を付けてほしい。だからね、そのね、お姉ちゃん家に遊びに行った時、泊ったんですけど、その服で寝るんですよ。パジャマにもなるみたいなこと言ってて、で、たぶん、バイト...じゃない、就職先では、その就職の服を着るから、あの、たぶん行き帰りだけとかだから、たぶん汚くないって思ってるのか知らないんですけど、結構長時間同じ服を着てるのを多々見るので、面倒くさいのか、なんか、たぶん、意外にそういうもんなのか分からないんですけど、さゆみからしたら、なんか、しっかり洗濯機を回してほしいなと思うので、ぜひ、その、送ってあげたい気持ちで、5お姉ちゃんにしました。...ジャージじゃないです。ちゃんとした服です。で、もうなんか、あの、いま風な、あの、最近ってなんかTシャツの上に、こう、キャミソールみたいなのを着るのが流行ってるんですけど、まさにそんな感じで、あの、ロングスカートをずーっと履いてますね。普通に似会ってて可愛いんですけど、なんか、楽って言ってて、もうずっとそれを、お姉ちゃんは、はい、着てますね。

■TシャツはTの形をしてるのにYの形をしていないと言って不思議がる今週のさゆみんお姉ちゃん⇒1お姉ちゃん

すいませんね。ちょっとなんか、逆に申し訳なくなっちゃって1お姉ちゃんにしちゃったんですけど、これ、さゆみもよく分からないので、なんでTシャツはTなのにYシャツはYじゃないんだろうって不思議に思ったことはないけど、あえて言われたら不思議ですよね。たぶん誰もがそうやって疑問を抱くと思うので...抱かない?抱くよね。ねえ、ちょっと、さゆみは、はい、1お姉ちゃんにしました。噛んじゃったしね。

■忘れないようにとキャッシュカードの裏に暗証番号を書いてしまう今週のさゆみんお姉ちゃん⇒5お姉ちゃん

今日ダメだ。噛む。噛むっていうか、なんか変な感じになっちゃう。なんでだろう。でもね、これは、なんか、暗証番号とかじゃないんですけど、たぶんお姉ちゃん、忘れやすいのかよく分からないんですけど、でもたぶん自分で自覚してるので、なんか、あの、今度友達と行くお店の、なんか、場所とかをさゆみにメールしてくるんですよ。で、あの、その当日に、「この前メールした場所送って」って言われるんですよ。たぶんさゆみを、その、メモ帳代わりにしてるんですよね。なので、まあ、ちゃんと自分で自覚して、でも、あの、「さゆちゃんに言っとけばさゆちゃんがちゃんと保護しといてくれるから」っていうことで、あの、全部転送されてくるんです。だから、知らない、なんか、さゆみ、行ったこともないようなお店のメールとかが勝手に保護されていくんですよね。旅館とかもありますもん、なぜか。「今度就職先の人と行くんだ」とか言ってて、嬉しそうに話すんですけど、それをまたさゆみ、送らなきゃいけないんで、まあ別にまあ、慣れっこなんで大丈夫なんですけど、まあ、そんなお姉ちゃんですね。

■さゆみんが沖縄にロケに行くと聞いて「へー、新幹線で行くの?」と真顔で聞いてくる今週のさゆみんお姉ちゃん⇒1お姉ちゃん

お姉ちゃん、まあ、沖縄に何度か行ったことあるので、さすがに分かると思います。たぶん覚えてると思うので、はい。でもね、たみ...なんで自分の名前まで噛んじゃうんだろう。さゆみね、あの、お姉ちゃんと沖縄に行きたいんです。あの、ずっと言ってて、沖縄の旅行に絶対いつか2人で行こうねって言ってて、なんで、いつか絶対2人で飛行機で行きたいと思います。

■疲れてくると飼い猫のキャサリンの肉球を触りまくる今週のさゆみんお姉ちゃん⇒5お姉ちゃん

あのね、別に疲れてなくても、すごい、あの、めっちゃめちゃ触ってて、しかもキャサリンがかなりいい子で、あの、嫌がらないんですよね。で、またね、なんか、あの、お母さんに内緒にしてたんですけど、お母さんが、あの、お姉ちゃん家に遊びに行くって言ってて、で、「あ、キャサリンのこと、お姉ちゃん言ったのかな」と思ってて、そしたらお母さんからその日、メール来て、「腰が抜けました」ってメールが来て、「あー、これキャサリンのことバレたんだ」と思って、で、あの、お家に、さゆみ、帰ってお母さんに会ったら、「ねえ、猫飼ってることさ、さゆちゃんも知ってたんでしょ?」って言われて、「知ってたよ。でも、秘密にしてって言われたから内緒にしてた」って言ったら、「もう、言って。お母さん、本当...本当にもう、あの、あの、寿命が縮んだよ」って言ってて、なんで、でも、お母さん的には、あの、もうたぶん2ヶ月ぐらい飼ってるのかな、だから、ちゃんと飼えてるし、なんか、意外に、あの、しっかり世話をしてるから、逆に、なんか、その猫ちゃんがいる時のお姉ちゃんの方がしっかりしてるから、なんか、いてよかったかもっていう方に転がってたから、よかったねと思って、はい、安心しました。

M-② その場面でビビっちゃいけないじゃん!(モーニング娘。)

【エンディング】

妄想セクシーワード:豚とろ

ちょっと吐息まじりで、はい、言わせてもらいました。豚とろはね、さゆみ、好きですから、しょっちゅう口にしてますので、まあちょっとなんか、想像もしやすかった...でも、とろっていう感じがね、なんかとろける感じで、ちょっとセクシーだったと思います。はい。ちょっと、はい、満足してもらえたでしょうか。

ということで、今日はこのへんで終了です。お相手はモーニング娘。道重さゆみでした。
来週もあなたのハートにうさちゃんピース!おやさゆみん。

ぜひ送ってあげたいですね。あのね、お姉ちゃんね、分かんないんですけど、さゆみ、この前ね、

2009年9月14日 (月)

iTunesがアップデートの件など。

会員になっている定額制音楽配信サービスeMusicのボーナスが50曲追加とかされていたので、期限が切れないうちに何かダウンロードしておかなくてはとか思ってiTunesを立ち上げると、またしてもヴアップデートである。これはいつも結構時間がかかったりするので後回しにしようかとも思ったのだが、「ヤングタウン土曜日」も聴かなくてよきので、やってみることにした。数分間かかって出来たのだが、何か今回のアップデートはいろいろ機能追加が画期的みたいだ。

まず「Home Sharing」というやつで、これは同じアカウントでログインしていると別のコンピュータでもライブラリが共有できるというもの。実際にはまだ試していないのだが、何だか何かと便利そうである。また、設定しておくとiTMSで購入した楽曲は自動的に登録したすべてのコンピュータに追加されるらしい。もちろん個人的な使用のみに限られる。

あと、Genius Mixという機能が追加された。Geniusというのは少し前から稼働しているiTunesの機能なのだが、週1ぐらいのペースでユーザーのライブラリや再生状況などを集計している。これに基づいて、指定した曲に基づいて自動的にプレイリスト作成したり、おすすめ曲を表示してくれたりしていた。ライブラリに入っている曲が多ければ多いほど楽しめる。関連曲の選曲が絶妙で驚いた。Genius(天才)の命名は伊達ではないと感激したものだが、次第にあまり使わなくなってしまっていた。今回のこのGenius Mixというのは、ライブラリから勝手に12曲のラジオ・ステーションを作成してくれ、これが各ジャンル別になっている。その人のライブラリの内容によって振り分けは異なると思うのだが、私の場合は12局中「Alternative & Punk Mix」が半数の6曲を占める。それでもそれぞれがBLUR、MANIC STREET PREACHERS、SUEDEなどに基づいたブリットポップ系だとかNIRVANA、RAMONES、THE CLASHなどに基づいたパンク系といった具合になんとなく系統別に分けられている。試しにブリットポップ系のミックスを再生してみたのだが、HAPPY MONDAYS、THE STONE ROSES、SUPERGRASSといった王道に混じってGENE、CAST、THE BLUETONESといったライブラリには入っているのだがなかなか再生される機会のない曲などもかかり、なかなか楽しかった。かと思えば数日前に追加したばかりのTHE CRIBSの新曲などもかかる。Geniusで集計した世界中のユーザーのデータに基づいているため、ちゃんとシングル曲だとか人気曲だとかが選曲されるのが、シャッフルプレイとは大きく異なるところ。(このGenius Mixだが、iTunesのアップデート後にGeniusの更新を行ってからはじめて利用可能となる。ちなみにiTunes上部のStoreの中のUpdate Geniusで行う)

実のところ、最近はNapsterをはじめとするストリーミング系のサイトで音楽を聴く機会が多く、iTunesの利用頻度が著しく落ちていたのだが、これでまた楽しくなってきた。iTMSでもしばらく音楽を買っていなかったのだが、BIG STARを再生中におすすめで表示されたCHRIS BELLの「I AM THE COSMOS」を購入した。どこまでも理想を追求し、進化しようとする精神には頭が下がる。見習わなくてはならない。つねに先へ先へ、これでもかと、もっとこうなればいいなと、そういうアイデアを自分の中で創り続けていかなくてはならない。

他にiTMSの仕様が変わっていたり、ライブラリのツールバーの表示方法が変わったりもしている。アーティスト表示が上ではなく左側に変更されたが、これは私のようにアルバムまるごとよりは曲単位で多数のアーティストのを放り込んでいるユーザーにとっては便利なことこの上ない。

今週は注目の新人バンドTHE BIG PINKのデビュー・アルバムがいよいよリリースされている。数週間前のNME「過大評価されているバンド特集」において、THE BEATLESを悪く言っていて、くだらない連中だと思っていたのだが、アートワークや試聴用サンプル音源を聴く限り、いかにも4ADな耽美的な世界観で、私が嫌いな訳がないのだ。Napsterに追加されなかったらMP3で購入すると思う。

このように人の生活を楽しく豊かにする仕事とは実に価値があることだ。

2009年9月13日 (日)

革命元年とは果たしてどのようなことなのか。

「ヤングタウン土曜日」の出演もなく、著しく道重さゆみ不足な週末である。しかし、けして寂しくはない。私はラジオ「今夜はうさちゃんピース」テキスト起こしという名目の写経的行いや出演番組・出版物などを心の目と耳で見て聴き続けるという修行の結果、ついに道重さゆみ性とでもいうものを内面に取り込むことに成功した。バカげていると笑う者は笑うがよい。背中に翼が生えたように自由だ。道重さゆみ、本当にありがとう。

道重さゆみに出会えたことによって、私はたとえ不器用でも必死すぎても、求むべき理想に近づくために葛藤することは美しいのだということに気が付いたよ。そして、私はいつか置いてきぼりにしてきた自分自身と和解した。Base Ball Bearの歌詞を借りるならば、まさに1分の1の自分である。

ずっと続いてほしいような日々が訪れ、コマ送りにしたいほど満ちている。

「彼らは笑っていたがその瞳の奥には氷があった」でおなじみのニーチェだが、数日前に音楽雑誌である有名人が引用していた名言、「運命ならば、それを愛しなさい」というのもある。神はどのような意図でそれを私に出会わせた。そして、分かった!

苦しみや困難がいずれにせよ次々と押し寄せる。しかしいまはそれにすら胸騒ぎを感じる。バカにしたり安全な場所から勝手なことを言う人々もいるだろう。しかし、構うものか。私は笑いと喜びに生きることを使命とする。その技術を高めるために訪れる困難ならば大歓迎だ。悲しみよ、ようこそ。

道重さゆみの座右の銘はなぜ「来るもの拒まず」なのか。そして、その前のめりな姿勢の理由や目的とは何なのだろうか。そんなものはどうでもいい。人間として大切な物をしっかりと把握し、その上でいつも真剣に悩み迷い考える。

LOVE & POPとはいったい何なのだろうか?分からなくてさまよい歩くけれども、それでいい。それが答だと思う。

「ハロモニ@」において、道重さゆみは赤チン国王の警告も聞かずに、「やらして」と言ってフリークライミングに果敢にも挑んだ。そして、最後に中島みゆきの歌の一節が流れた。「ファイト!闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう」。

そして、革命元年がついにスタートした。つまり、よく「生きる」とはそのようなことなのだろう。

2009年9月11日 (金)

革命元年とはつまりそういうことだったのだ。

10日木曜日は午前中から会社行事の式典のようなものがあり、当然出席しなくてはならなかったのだが、朝5時に早起きして道重さゆみの可愛いラジオこと「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしを完了した。

会社行事の式典のようなものとは、トップの方針発表を中心としている訳だが、その中で、世界同時不況をはじめとする厳しい状況だが、このピンチを我々がより力をつけるためのチャンスだと捉えていこうという話があった。また、人生においては黙っていてもマイナスのことが次々と生じ、真剣に対峙しようとすればする程、暗い気持ちになったり自信をなくしたりしがちである。そこで大切なのが自分を信じる力であり、朝起きたら鏡に向かって「私は素晴らしい」と唱える、マイナスの言葉が100個浮かんだらプラスの言葉を101個唱えて打ち消す、というようなことも言われていた。これはまさに、道重さゆみが毎朝鏡に向かって「よし、今日も可愛いゾ!」と言うことと全く同じなのだが、やはり目標や理想を叶えるべく努力をし、その過程で挫折や葛藤があり、それでも前を向いて笑って歩いていかなくてはならない、というこのような経験をしなければ、この意味の濃さにはたどり着けないのかもしれない。

式典のようなものが終了した後は、同部署のような方々と決起集会のような遊びの会が深夜まで続いた。最初のボーリングに対する動機づけが皆無だったため、勝手にビックカメラにDSソフト「ラブプラス」のデモ画面を確認したり西新宿の居酒屋で飲んだりしていたのだが、仕方がなく参加し、球を転がしてピンを倒したり倒さなかったりした。20時前ぐらいに歌舞伎町の居酒屋に移動し、ワンセグで道重さゆみ出演の「おバカJAPAN」視聴を試みたのだが、電波が悪くあえなく断念。途中で外に出て、かつて「シンデレラ the ミュージカル」が上演されていた新宿コマ劇場跡地付近で視聴しようかとも考えたのだが、超絶トークが冴えわたりすぎ、タイミングを完全に逸した。次に「サーセン」で流行語大賞を狙える位置にいるカズヒロック(神奈川県逗子市在住、口癖「ロックの神様!俺に力をケロ」)が、普段おとなしいサラリーマンが酒の力を借りて確変する典型的なノリを見せ、女性社員も全員帰り、選曲も典型的なリーマン二次会ヒットパレードのような様相を呈してきたため、私は用意していた新曲を披露する機会もなく、あえなく終了及び帰宅となった。しかし、カズヒロックをはじめ、みんな楽しそうで本当によかった。ちなみに、私が推している「その件は×(チョメ)でお願いします」は流行りそうな気配がない上に、赤チン国王こと平成ノブシコブシ吉村崇のパクリである。山城新伍先生に対するオマージュでもあるのだが。

最近はなるべく早寝早起きを心がけているので、1時前ぐらいに寝て7時起床。パソコンで処理しなければいけない案件を片付けたり、「おバカJAPAN」の録画映像を見たりした。運動音痴ぶりを披露していて実に萌えポイントも高かったのだが、まだまだこんなものではない。かつての「ハロモニ」での鉄棒や跳び箱で見せた芸術性はかなりのものだった。しかし、ブラックマヨネーズ、キングコング、南海キャンディーズ・山ちゃん、出川一郎といった人気お笑いタレントに混じって普通に道重さゆみがテレビに映っている様が、いまだに面白くて仕方がない。

デジタル版が届いていた「ローリング・ストーン」誌はテレビ特集で、馴染みのない記事が多かったのだが、誰かのインタビューでニーチェの言葉が引用されていて、「それが運命なら、一生懸命愛するように努めなさい」というようなものだった気がする。この言葉は覚えていなかったけれども、やっぱりニーチェだよな。

ザ・クリブズのニュー・アルバム「イグノア・ジ・イグノラント」をやっとこさダウンロード購入。元々ニュー・ウェイヴ色が濃く好きなバンドだったのだが、今作から私がおそらく生涯でいちばん好きなバンド、ザ・スミスでおなじみのジョニー・マーが正式加入。完全に好きでしっくりくる内容。

一部社内の人間にしか分からない用語も多少あり、一般読者のみなさんにはご迷惑をおかけしました。

ここからが本番じゃ。目に物見せてくれるぜ、魑魅魍魎。では、これからお仕事でございます。

2009年9月10日 (木)

今夜もうさちゃんピース#149(2009年9月9日放送)。

【オープニング】

こんばんは、モーニング娘。道重さゆみです。
はい、えー、今日は2009.9月9日っていうことで、まあ、9のつく日ですけど、まあ、なんか、モーニング娘。も9人だし、なんだか縁を感じますね。はい、まあそんな感じなんですけど、私、あの、寝れない夜があると、あの、ゲームをするんですよ、最近、ずっとね。で、夜中とかでも、ずーっと、あの、まあ、寝れないけど、まあ、ゲームをしながら、まあ、あわよくば眠くなればいいなと思いながら、電気は真っ暗にして、もうゲーム機だけの光が、あの、ちょ...なんか、灯ってる感じなんですけど、それでね、さゆみ、また寝れない日があったんで、ゲームをずーっとしてたんですよ、延々。で、ゲームをしてたら、急に、なんか、ゲームがビリビリビリってなって、あの、テレビでいう砂嵐みたいになっちゃって、結構別にそれ、古いゲーム機じゃないのに、急にビリビリビリビリってなって、で、あの、1回切って、またやり出したんですけど、また、なんか15分後ぐらいにビリビリってなって、怖いと思って、なんか、さゆみ、あの、前、最近ですけど、あの、金縛りに遭って、女の人の可愛い、まあ、アイドルみたいな幽霊を見たばっかりだったので、怖くなっちゃって、あの、もう、しかもそこの場所だったんですよ、たまたま。あの、同じお部屋だったので、もう、それかもって思ってやめたんですね。で、次の日も寝れなかったから、ゲームやったら、何もなんなかったんですよ。だから、機械は壊れてないです、絶対。で、いまもその機械を使い続けてるのに、絶対もうビリビリって一生なんないんですよ。一生か分かんないですけど。言い切りましたけど。いまんとこその日だけだったんですよ。だから、絶対あの日もいたんだと思って、だからね、最近なんか、怖いんですよね。たまに出るんです、うちのその部屋だけ。ふー。怖いでしょ?ね?怖い。ちょっと寒気がしましたけど、はい、という訳で、今日も、まあ、こんな怖い話をしてますけど、楽しい話もしたいと思います。30分最後までお付き合いください。それではまずはみなさんご一緒に、今夜もうさちゃんピース!
では、1曲目聴いてください。モーニング娘。40枚目のシングルです。「なんちゃって恋愛」。

M-① なんちゃって恋愛(モーニング娘。)

【さゆの小部屋】

■さゆみん、こんばんわーい!ハロコン大阪公演の2日目に行ってきました。その夜の公演で、初めて髪を結んでいないさゆみんを見ました。可愛い髪型に結んでいるさゆみんもいいですが、結んでいないのも、踊る度に髪がなびいて、黒くて長い髪がとてもきれいでした。秋のツアーでもあの髪型で出てほしいなと思いました。

そうなんですよね。さゆみも結構、やっぱ気分とかも変わるし、やっぱ、なんか、下ろして出たいって思うんですけど、やっぱこれは、春の...あ、あの、ハローの...なんで春って言ったんだろう、ハローのコンサートの特権ですよね。あの、やっぱり、初め2曲出たら、次、自分の、モーニング娘。の出番まで時間があるから、その間に結べるんですよ。だから、あの、最後らへんとかになると、汗をね、すごいかくからね、あの、やっぱり髪を結んでないと、顔にすごいかくタイプなんで、ちょっとね、厳しいものがあるんですよね。
さゆみは別にいいんですけど、あの、見てられなくなっちゃうと、やっぱりね、せっかくお金をわざわざ払って来てくれてるわけですから、あの、なんか、みすぼらしい姿は見せたくないなっていうのもあるし、やっぱり、あの、髪をね、下ろしてると、相当、あの、すごい汗もかくから、すごい不細工になってくんですよ、どんどんどんどん、顔ね、お化粧も取れて、なんで、まあ、さゆみも、別にその、不細工になっていいよってみんなが言うんだったら、やってもいいんですけど、あの、覚悟はしといてほしいなっていうところがありますね。なので、たぶん、1回その、全部下して出る公演を見たら、次から結んでって言いたくなると思いますよ。リハーサルとかだとさゆみ、ひどいですもん。もう先生とかも、あの、ダンスの先生...振り付けの先生なんですけど、あの、「強烈不細工だったよ、道重」って言われたことがあって、それくらい、結構ひどい、あの、様になっちゃうので、あの、もし、あの、やるなら、覚悟がいると思うので、やる時は、あの、単独ツアーでやる時は、あの、お伝えしますね、やる前に。はい、覚悟して来てください。

■さゆみん、こんばんミンチョ。すごい気になったんで、さゆみんに聞きたいんですけど、ポケモーのQ&Aで、「コンサートの合間にあったら必ず食べる(飲む)物は何ですか?」という質問に、メンバーのほとんどが飲み物や甘い物を答えていたのに、ジュンジュン1人だけ「納豆」という目を疑いたくなるような回答をしていたのですが、実際に食べているんでしょうか?

あのね、さゆみ、これ、あの、さゆみもポケモー日記さんに、315円月払って入ってるんですけど、で、それでね、毎回、よく、ポケモーのツアー日記とか、全部チェックするんですよ。あの、Berryz工房の、なんか、ボイスとか、全部見たりとかするんですけど、で、このね、Q&Aも見たんですよ。で、自分は、さゆみ、この、合間っていう、コンサートの合間っていうのに引っかかってて、ずっと、アンケート書く時も。どういう意味なんだろうと思ったんですよ。合間って、1回目と2回目の合間なのか、コンサートの1回の、その、1回中の、1回公演の時の合間かなって、さゆみは受け取ったから、あの、普通に、「お水です」って書いたんですね。なんですけど、他のメンバーを見たら、みんな「チョコレートです」とか、あの、1回目と2回目の合間っていう意味で捉えてる人が多くて、質問の意味の捉え方が人それぞれ違ったんですよ。なので、たぶん、さゆみも、あの、質問の捉え方が、1回目と2回目の合間っていう、あの、意味でちゃんと捉えてたら、もっと違うことを書いたと思うんですけど、あの、1回公演の合間と思ったんで、さゆみは「お水を飲みますね」みたいなことを書いてたんですけど、
あの、ジュンジュンは、本当に納豆はいつも食べてますね。だって、しかも、ケータリングとかで納豆が無い日があるから、持参してるんですよ、必ず。で、あの、ケータリングであったら、普通に、あの、2パック食べたりとか、もう、絶対食べてます。まず、朝、会場に着いたら納豆食べるでしょ。で、リハーサル終わって、その1回目の前、食べて、で、2回目終わっても...あ、1回目終わっても食べるし、もうそんな感じで、もう、ずーっと納豆食べてますね。なんか、「臭くなってスイマセン」とか言いながら、「あの、みんなスイマセン」とか言いながら、「大丈夫だよ」って毎回言うんですけど、毎回、あの、「スイマセン」って言いながら、申し訳なさそうに、でも、バクバク食べてますね。でも、納豆はたぶん美容にもいいし、あの、れいなとかも、やっぱ、「一口ちょうだい」って言って、もらったりとかするので、あの、普通に結構、毎回、本当に食べてますね。

■さゆみん、こんばんは。「なんちゃって恋愛」の間奏部分で、バレエのように片脚を上げる振り付けがありますが、みんなきれいに揃っていて、さすがだなと思いました。しかし、不安定な体勢だけに、ダンスレッスンではみなさん、片脚を上げるタイミングをきれいに合わせるのに苦労されたんじゃないですか?

あ、意外に、さゆみも、結構PVとかを見た時に、「うおー、結構みんなきれいに揃ってる」と思ったんですけど、ここの部分は、1回もみんなで揃えてないです。なんで、たぶん、みんな、手の位置とか脚の位置とか、ピッタシ合ったんですよね、たまたま。だから、やっぱ、あの、振り付けの先生がいて、1曲通して見た時に気になるところを全部バーって言ってくれるんですけど、あの、ここの部分は何も言われず、普通にみんな息ピッタシな感じで、合ってて、それよりも、やっぱり、なんか、リズムだったりとか、あの、サビの手の上げ方とか、あの、体のくねり方とかの方がすごいいろいろ、「ここがみんな揃ってないから」とか言われるんですけど、あのね、そのね、ダンスレッスンとかで、だからそうやって、1曲通して見た時に、あの、「ここが揃ってないから」とか言われるんですけど、「ここが全員で揃ってないから」だといいんですけど、「ここが道重だけズレてるから」って言われる時があるんですよ。もうその時は本当、冷汗ものですよね。もう、「あ、そうなんだ」と思って、もう、あの、緊張して、あの、先生に聞きに行くんですけど、また、先生が上手だから真似できないんですよね。だからもう本当に結構いっぱいいっぱいになりながらやるんですけど、もうね、毎回毎回思うんですけど、1曲ごと全部、モーニング娘。の振り付けが難しくなってきてるんですよね。あの、「リゾナント ブルー」の時に、もうこんだけ難しい振り付けは無いだろうと思って...思ってたんですけど、「泣いちゃうかも」とかもすごい難しくて、あのね、どんどんどんどん振り付けが難しくなってきて、あの、ファンの方とかに、いままでは気軽に「一緒に盛り上がってください。真似してくださいね」とか言ってたんですけど、最近本当に、「できるかな?さゆみ、教えてあげたい」って思うくらい、難しいんですよね。先生とか、メンバーとかに教えてもらわなきゃ、さゆみ、できないんですよ、自分で、あの、先生を見るだけで真似するっていうのができないから、でも、やっぱ、ファンの人はちゃんとコンサートとかでできるようになってるから、ファンの人って相当ダンスの才能があるんだなっていうのを、はい、日々感じてますね。はい、じゃあこれからも真似してくださいね。

【ダジャレンボー将軍】

■焼き肉屋さんで使ってください。「レバーも食べレバー」⇒トイレ行き

勝手に言ってレバーって感じですね。もうさゆみは、これがどうしても言いたくて、トイレ行きにしました。本当は、さゆみ、結構これうまいなと思ったから、しかもなんかこういうのって、結構、お友達とか家族とかで行った時に、焼肉屋さんに、ちょっと盛り上がりそうじゃないですか。なので、使えるなと思って、あの、将軍にしようかなと思ったんですけど、テンポよくいきたいと思って、将軍にすると、なんか、ダッダッダーンっていって、なんか長いじゃないですか。だから、そうすると、テンポが崩れるなと思って、ここはテンポ重視でいこうと思って、本当は、将軍の気持ちだったんですけど、あの、ちょっと、さゆみの勝手な、あの、勝手に言ってレバーっていうの言いたいっていう行動から、あの、ちょっとトイレ行きにさせてもらいました。でも、気持ちは将軍なので、そこらへんはくんでください。お願いします。

■お寿司屋さんで使ってください。「こんなにおいしいイクラ、イックラでも食べられるね」⇒トイレ行き

これは別に、あの、何かを言いたいっていうわけでもなく、ネタがトイレ行きだなと思いましたね。ちょっとすいません、なんか。フウウンサイキさんに対してそういう毒吐いちゃいましたけど、でも、まあ、よくあるネタじゃないですか。なので、あ、おいしいイクラ、イックラでも食べれるねっていうのは、ちょっとまあ、ありきたりかなっていうことで、トイレ行きにさせてもらいました。

■愚痴りたい時に使ってください。「石川さんのメールは気がメール(滅入る)」⇒ダジャレンボー将軍

おめでとうございます。まあ、あの、ぜひ使わせてもらおうかなと思ったんですけど、でもなんかこう、あの、愚痴ったりとか、こうなんか、嫌なこととか、ちょっとなんかもう、「はー、もうムカつく」と思うことってまあ普通に生きてたらあると思うんですけど、そういうことを、あの、周りに言ったりとかすると、こうなんか、嫌な雰囲気が流れるじゃないですか。すごい、さゆみは勝手に自分のことをそういう時、悪さゆって呼んでるんですけど、「あー、いま自分、すごい悪さゆになってるな」と思いながら止まらなくなるんですけど、で、そういう時に、あの、ダジャレとか、あの、取り入れたりしたら、まあ、ちょっとはふんわりが増すじゃにですか。なので、あの、まあ、そういうのを入れたら、ちょっと悪さゆも、あの、ちょっと、なんていうんですか、アバウトじゃなくて、こう、ナチュラル?...な感じになるじゃないですか。なので、ちょっとまあ、あの、ダジャレとかを入れたらいいなって自分にいま思いました。

■「飛行機の副操縦士にとって最も大切はポイントは、服装重視(ふくそうじゅうし)」⇒トイレ行き

難しい。四文字熟語いっぱい出てきたと思いましたもん、いま。副操縦士っていうお仕事?ですか?が、まず、さゆみはあんまり、あの、ピンとこないっていうのがありまして、で、まあ、その...その人たちの服装も、さゆみは全然想像つかなかったので、ちょっとなんか、あの、全部がごっちゃまぜになって、いま必死に頭をフル回転させたんですけど、それでも理解ができなかったので、ちょっとトイレ行きにしちゃいました。すいません。

■メイク室で使ったらウケること間違いなし。「このマスカラをつけマスカラ」⇒トイレ行き

まあ、実際これね、普通に飛び交ってるんですよね、この会話。結構、モーニング娘。の楽屋とかで、なんかね、意外にモーニング娘。ってダジャレとか言うんですよね。あの、サラーっと言ったりとか、あの、リンリンとかが、なんか、中華の、なんか、ダジャレじゃないけど、なんか、そういうネタみたいなのをたまに披露するんですけど、なんか、意外に、まあ、結構みんなトイレ行きぐらいな、あの、レベルなんですけど、まあ、楽屋だから全然普通にそれは、あの、和気藹藹と楽しんでるんですけど、結構このマスカラのネタは、意外にね、飛び交ってるような会話なので、はい、もうすでにみんな使ってるので、はい、トイレ行きにしちゃいました。

■「カッパがキュウリをカッパらう」⇒トイレ行き

いやもう今日ちょっと、トイレ行き出しすぎですね。だからちょっと一瞬、お父さんにしようかなと思ったんですけど、あの、普段、あまくちさんからはすごい辛口なことをよく言われるので、ここでちょっと仕返ししてやろうってことで、あの、全然勝手なさゆみの、そのなんか、気持ちの部分だけでトイレ行きにしちゃったんですけど、でも、これはどうなんだろう?カッパがキュウリをカッパらう...でも使うタイミング無いですよね、こんなことね。やっぱトイレ行きで合ってましたね。よかったです。

■「愛情こめて書いたラブレターが破ブラレター」⇒ダジャレンボーお父さん

はい、なんか、やっぱり、いつまで経っても、こういう、なんかラブレターを書く気持ちとか忘れてほしくないなって思って、こうなんか、あの、お母さんに対してサプライズとかを起こしてほしいと思うんですよね。なんか、さゆみが、もし、将来結婚したら、こうなんか、結婚したらよくなんか、段々、初めの頃、新婚の頃は楽しくても、段々冷めていくとかって、よく聞くじゃないですか。なんですけど、さゆみはいつまでもラブラブでいたいんですよ、将来ね、もし結婚したら。子供が生まれても、そういうサプライズとかで楽しませてほしいなって思ったので、まあ、そういう気持ちをこめて、あの、お父さんにぜひラブレターとか書いて、あの、ほしいなって思いました。

M-② It’s You(道重さゆみ)

【エンディング】

■さゆみん、こんばんは。先日、お友達にさゆみんの大好きな明太子パスタをごちそうになったのですが、実は僕は明太子が苦手で、せっかく作ってもらったのに食べないのも悪いので、うまい具合によけて食べました。さゆみんは嫌いな物が出された時、どうしますか?

えー...ていうか、めちゃめちゃ器用ですよね。明太子スパゲティを明太子をよけるって、たぶん出来ないですよね。相当、じゃあ、頑張った...というか、時間かかって食べたんでしょうね。しかも、明太子がなかったらただの麺ですもんね。ちょっとおつかれさまでした。大変でしたね、精神的にもね。でも、まあ、さゆみは、もう出ちゃった場合は、もう残さず我慢して食べるタイプですね。結構、なんか、なんだろう、なんかね、さゆみね、そういうのがすごい...なんかね、言うのがすごい緊張するんですよ。だから、なんていうんだろう、美容院嫌いでも、あの、出てると思うんですけど、髪型とかも、やっぱ、もうできあがっちゃったら、もう、「ここもうちょっとこうしてほしいのにな」と思っても絶対言えないし、マッサージとか行っても、なんか、「もうちょっと強くしてほしいな」とか「痛すぎるな」とか思っても、あの、「弱くしてください」とか、「あの、もうちょっと強くしてください」とか、言えないんですよね。だから、あの、しれっと、お母さんが隣にいたら、「ちょっと言って」とか言って、言ってもらったりとかするんですけど、自分から、こうなんか、相手に要望をしたりとかっていうのが、結構家族以外に苦手なので、結構メンバーとかに、「これちょうだい」とか言われても、「あ、全部あげるよ」とか言っちゃうので、なんかね、すごいたぶん、もし仮にお友達のお家に行って、さゆみの苦手な物が出たとしても、頑張って食べると思います。

ということで、今日はこのへんで終了です。お相手はモーニング娘。道重さゆみでした。
来週もあなたのハートにうさちゃんピース!おやさゆみん。

2009年9月 9日 (水)

その意味は...。

Base Ball Bearの「(WHAT'S THE) LOVE & POP?」をずっと聴いている。日本の若手バンドの音楽なんてもうしばらく聴いていなかったのに、このバンドのどこが特別なのだろう。しかも聴いたきっかけがBerryz工房の熊井友理奈を起用したCMスポットと、以前に明石家さんまの「ヤングタウン土曜日」のレギュラーでもあったプロデューサー・玉井健二氏の「プリンス、岡村、BBB」「妄想よ永遠なれ!!!」というコメントであった。

最新シングルでもありアルバム1曲目を飾る「Stairway Generation」という曲がある。直訳すると「階段の世代」である。何かと閉塞感を感じずにはいられない時代である。どうせ努力しても報われる可能性は低い、という雰囲気が濃厚に漂う。それは世界不況のような自分の力ではどうしようもない要素による部分も大きい。ならば、あまり大それた夢などを見るのはやめて、小さいけれども確実な幸せを大切にしていこうじゃないか。それも分かる。致し方ない部分はある。

何が目的かよく分からない競争のために人として大切な何物かを犠牲にしたりする必要はまったくない。これは正しい。

引き篭もり、気が合う仲間同士のコミュニティで集う。安全な場所にとどまり、リスクを徹底的に避ける。ことさら大きな不幸には見舞われないが、かといって充足した生の実感もない。こんな気分が覆っているような世界。

「17才It's a seventeen 檸檬が弾けるような日々 生きている気がした気持ち それがすべてだ」

これは一昨年の暮れに発売されたBase Ball Bearのフルアルバム「十七歳」のタイトルトラックである「17才」の歌詞である。檸檬が弾けるような日々、生きている気がした気持ち、それがすべてだとするならば、それが無ければ”無”ということでもある。それでは果たして、17歳の真っ只中にそんなことを思って生きていたかといえばそんなことはなく、その時代が過去のものになり、すでにその状態を失ってしまったこそ、振り返ってこのように回想することが出来るのだ。

では、なぜBase Ball Bearはこの「17才」という曲を作り、発表したのか。昔はよかった的な懐古趣味をやりたかったのだろうか。これを演奏しているのはすでに17歳をとうに過ぎた現在のバンドであり、その瑞々しく溌剌とした音楽は明らかに現在の充足を目的としており、過去をしみじみ懐かしんで感傷に浸っているような感じではない。

「I Feel, レモンスカッシュ感覚 僕の中で稲妻 一生求む感覚 そう 例えばラブ 例えばポップ 第六感でときめいて レモンスカッシュ感覚 僕の中でフラッシュバック 一生消えぬ感覚 ふりむいた君の輝き」

これは今回の最新アルバム「(WHAT'S THE) LOVE & POP?」に収録された「レモンスカッシュ感覚」の歌詞である。この「レモンスカッシュ感覚」とは前作の「17才」において「それがすべてだ」と表現された物と同じ類の物だと考えられるのだが、ここではこれが「一生求む感覚」であるということを明確にしている。これがBase Ball Bearのメッセージであり、決意表明であると、私は考える。いや、違うかもしれないが。

そして話は冒頭の「Stairway Generation」の話に戻る。黙っていても「生きている気」がするような出来事に溢れていた17才の頃は過ぎていく。同アルバム収録の「海になりたい part.2」の歌詞を借りるならば、「大体の期待は外れるし 汚れずに生きるなんて出来やしない」のだ。では、どうするのか。

「Stairway Generation 階段を あがれあがれ そして 聞こえますか? 繋がれますか? あなたと one way Lost in New Generation 僕はどこ? 僕はここにいる。 聞こえますか? 感じてますか? 僕の声を あがるしかないようだ Stairway」
「気にするなと 言われてもな 100があるなら 100が欲しい 僕は」

この閉塞した状況から階段をあがって抜け出し、自分の声を聞かせ、誰かと繋がる。そして、100があるなら100が欲しい。

この全能感へのあくなき欲望の追求、これこそが「生きる」ことだ。それは繋がることによってのみ実現し、つまり愛することは生きていくことであると、大人の言い方をするとするならば、そういうふうになる。

「生きる」ブログ。とは、ただ生かされるままに生きるのではなく、充足した生を本当の意味でよく「生きる」こととはどのようなことなのかをテーマにしている。それは、Base Ball Bearの「ラブ&ポップ」の歌詞を借りるならば、「永遠に続いて欲しい日々がやってきて コマ送りにしたいほど満ちている」という状態である。だがしかし、それはやはりこの曲でも歌われているように、絶対の孤独と背中合わせの物であり、それでこそ意味の濃さが分かる。

閑話休題。

バラエティー番組における道重さゆみはなぜあんなにも一生懸命なのだろう。一般視聴者から誤解され、非難されるリスクを背負ってまでも、なぜ孤独な闘いを選ぶのか。確かに事務所の戦略、タレントとしての生き残り、いろいろあるだろう。しかし、あそこまでやる必要があるだろうか。もっとスマートに無難にやる方法だってある。これまでにも明石家さんまの「ヤングタウン土曜日」アシスタントに起用されると、アイドルが不得手とするセクシーなコーナーを可愛く言うという方法で自分の物にしたり、トークに積極的に食いついていったりと、保守的なファンをハラハラさせてまで挑んでいく姿勢というのがあった。そして、私はなぜ道重さゆみのこのような姿勢に感動するのか。つまり、それこそが現在の私に不足している物であり、そうすることに憧れている部分があるのだろう。私にとって「生きる」とはそのようなことであり、それを思い出すために道重さゆみを見つけ、Base Ball Bearを偶然に聴くことになった。

特に計画性も具体的ヴィジョンもなく、何となくの気分で付けた「生きる」ブログ。というタイトルの意味が、ここにきてはっきりと分かってきた。そういうことである。

明日は仕事場でいくつかの案件を処理した後、夜にはこのブログのある読者様と初めてお会いする。先日の大阪でもそうだったのだが、コメント欄は諸事情により閉じていますが、このようなリアルな繋がりには大いに前向きですので、内緒の連絡方法をご存知の方などはご連絡いただければ幸いです。今後、「生きる」上にあたってますます多忙になることは目に見えているのだが、やはりこのようなネットだとかによるコミュニケーションに依存する度合いが高まる分、リアルの「場」での繋がりというのもバランスよくちゃんとやっていきたいと思うのだ。おやさゆみん。

Base Ball Bear - Stairway Generation(クリックでビデオ再生)

(WHAT IS THE)LOVE&POP?Music(WHAT IS THE)LOVE&POP?

アーティスト:Base Ball Bear
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2009/09/02
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Base Ball Bear - 17才(クリックでビデオ再生)

十七歳Music十七歳

アーティスト:Base Ball Bear
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2007/12/05
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2009年9月 8日 (火)

ビートルズと私。

今週、ビートルズのアルバム14タイトルのリマスター盤が発売ということで、不況にあえぐCD業界は久々の祭に色めきだっている様子である。私はオリジナル・アルバムのほとんどとベスト・アルバムをすでにCDで持っていて、今回も購入の予定はいまのところ無い。だがしかし、サンプル音源を聴いた方によると、埋もれていた音なども結構あり、かなり違った聴こえ方がするとのことである。私は元来、いい音楽とはどんなに音質が悪かろうとよく聴こえるものだと思っていて、たとえば海辺に寝そべりながらつけていた雑音混じりのAMラジオから偶然流れて来た曲が素晴らしくて、思わずボリュームを上げてしまったというような、そういうのが好きなのだ。私の中学高校時代というのはオーディオ・ブームみたいなものがあって、アンプ、チューナー、プレイヤー、スピーカーとかをそれぞれ別のメーカーの物で揃えて、最高の音質を追求するみたいなのが流行っていた。当然、カネもかかる。そういうのに凝っている友人は、パイオニアのシステムコンポで聴いている私をバカにしていたが、音質にはこだわらないからとにかくレコードを少しでもたくさん買ってたくさん聴きたいという思いの方が強かった。オーディオ機器にこだわってかなりカネをかけているという友人の家に行ってみると、持っているLPレコードが中森明菜とシャカタクだけというようなこともあった。いや、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」は名曲だし、シャカタクの「ナイト・バーズ」は私のiTunesにも入っているけれども。

ビートルズは私が本当に幼い頃にすでに解散しているので、リアルタイムでの記憶は一切ない。私の父は若かりし頃、レコード収集を趣味にしていたようだが、ほとんどがジャズであり、その中にもビートルズは無かった。なぜだかジーン・ヴィンセントの「ビー・バップ・ア・ルーラ」のドーナツ盤や叔母の物らしいモンキーズの4曲入りEP盤などはあったのだが。よって、家のステレオでビートルズを聴いたという記憶はない。後になって思うと、「ひらけ!ポンキッキ」で「ハード・デイズ・ナイト」だとか「オブラ・ディ・オブラ・ダ」だとかがかかっていたような気がする。また、私が本当に小さい頃、テープというのはオープンリールという物であり、カセットテープが出た時はかなり画期的だったらしい。家にごく初期のカセットテープがあったのだが、それは片面だけが録音できるようになっていて、もう片面にはカセットテープについての解説みたいなものが録音されていた。その中に、誰だかよく分からない人たちがコピーしている「ハード・デイズ・ナイト」が収録されていて、それで曲だけは知っていたりもした。

小学校高学年の頃に「サタデー・ナイト・フィーバー」などによるディスコ・ブームがあり、深夜放送などを聴くようになっていた私は、ビー・ジーズ、シック、アース・ウインド&ファイヤーなどの洋楽にも興味を持ちはじめる。しかし、なかなかレコードを購入するまでには至らず、買っていた物といえば、サザンオールスターズや榊原郁恵のシングルだったり所ジョージのファースト・アルバムだったりした。そんな中、ニュー・ウェイヴのポップ化という現象もあり、中でもナックの「マイ・シャローナ」やブロンディーの「コール・ミー」なんかが日本でもめちゃめちゃ流行り、ディスコに接近していくような部分もあった。

1980年1月、ポール・マッカートニーが成田空港で大麻所持のために逮捕された。このニュースは、新聞などでも大きく報じられた。これによって予定されていた日本公演は中止になった。当時、私はビートルズやポール・マッカートニーの曲などはほとんど知らなかったのだが、やはりこれだけ大きく報道されたということと、ちょうどそろそろ洋楽もちゃんと聴きはじめようかなと思っていた頃であり、このポール・マッカートニーという人物に興味を覚えた。そして、数ヶ月後に発売されたのが「カミング・アップ」というシングルである。当時の流行であったニュー・ウェイヴ風味が取り入れられ、ポール・マッカートニーのソロ作品の中でもかなり異質な部類の作品である。ポール・マッカートニーのファンの中で、この曲を代表曲に挙げる方はなかなかいないだろう。しかし、ラジオでしょっちゅう流れたり何かのテレビ番組で当時はまだ珍しかったプロモーション・ヴィデオを見たりするうちにすっかり気に入ってしまい、当時通っていた旭川市立光陽中学校の近くの小さなレコード屋さんでシングル盤を買った。これが私が生まれてはじめて買った洋楽のレコードである。

Paul McCartney - Coming Up

それから、NHK-FMの「軽音楽をあなたに」で聴いて気に入ったビリー・ジョエルのLPレコードを買ったりして、少しずつ洋楽を本格的に聴くようになるのだが、そんな中、その年の12月に飛び込んできたニュースがジョン・レノンの射殺である。これはテレビも新聞もかなり大きく取り上げていて、ポール・マッカートニー逮捕時の比ではなかった。しかし、これまたこの時点で私はジョン・レノンの楽曲を一切知らない。あの有名な「イマジン」ですら知らなかった。ところがやはり何かとても魅かれる物があり、FMラジオで放送された追悼番組をカセットに録音して何度も聴いたり、インタヴュー集を買って読んだりした。翌年正月のお年玉で、遺作となった「ダブル・ファンタジー」のLPを、行きつけのミュージックショップ国原で買った。同じ日に柏原よしえのファースト・アルバムのカセットなんていうのも、なぜだか買ってはいるのだが。

「ダブル・ファンタジー」からのシングル・ヒット、「スターティング・オーヴァー」「ウーマン」「ウォッチング・ザ・ホイールズ」などは、激しさはないが、とても優しく美しい曲である。このアルバムには、ジョン・レノンと小野洋子の作品が半々に収録されているのだが、小野洋子のいくつかの楽曲は当時の中学生には難解で過激すぎた。特に「スターティング・オーヴァー」の次に収められたA面2曲目の「キス・キス・キス」は、曲の途中に小野洋子が「あなた、抱いてよ、ねぇ」などと日本語で激しく喘ぐ部分などもあり、とてもじゃないが親がいつ入ってくるか分からない部屋で聴けるような代物ではなかった。よって、このアルバムは通してはあまり聴いていない。

ジョン・レノン追悼番組として、ビートルズを特集した番組などがテレビで放送され、それによって私は初めてビートルズをちゃんと見て聴いた。「抱きしめたい」などの初期の曲のインパクトがやはり凄いし、泣きながら歓声を上げる女性ファンの熱狂ぶりにも驚いた。この曲とビジュアル両方同時に社会現象としてのビートルズが初体験だったというのは、なかなか正しかったのかもしれないな、と後になってから思う。

あと、重要だったのが当時の担任の英語教師である。本当に変わった人で、1年に1回丸坊主に近いぐらい髪を切り、どんどん伸びていって、長髪に近くなったぐらいでまた丸坊主に近いぐらいに切る、というのを毎年やっていた。また、宝くじを毎回買っていて、当たったらすぐにでも教師を辞めるということも公言していた。年度のはじめには、生徒たちに向かって、そこにいる誰もが何億もの精子から選ばれたエリートなのだから、誇りを持てというようなことを訴えていた。英語の教科書は2学期までですべて終わらせた。3学期は何をやったかというと、ビートルズの曲の歌詞について学び、意味を理解した上で全員で歌うということをやっていた。それぞれが辞書で単語を調べ、解釈している間、教室にラジカセからビートルズのコンピレーション・カセットが流れていた。あの先生は本当に好きだったし、以後、私が英語を本格的に学ぶきっかけにもなった方だ。いまどうしておられるのか。

高校1年の冬、ミュージックショップ国原だったかファッションプラザOKUNOの地下にあった玉光堂だったか西武百貨店B館2階にあったディスクポートだったか覚えていないのだが、ビートルズ初期のベスト盤「1962年-1966年」、通称赤盤を買った。名曲が次から次へと飛び出す夢のような2枚組LPで、限定盤だったか何だったか不明なのだが、盤面が赤いスケルトン仕様になっていて、かなり感動した。これを買った日は真冬で、弟と妹と3人で旭川市街地に来ていた。その後で、すでに両親が行っている神楽町の祖母の家に行くことになっていた。そっち方面のバスに乗ったのだが、どうやら路線を間違えたことに気付き、途中下車して徒歩で行くことにした。川沿いを歩いて行ったのだが、猛吹雪で前方がほとんど見えない上に、どうやら道を間違えたらしく、手はかじかむし体温はどんどん奪われていくし、本当に死ぬんじゃないかと思ったのだが、どうにか祖母の家にたどり着いた。このことを強烈に覚えている。

それ以降は同時代の新譜を追いかけることに忙しく、自由に使えるおカネもそれほど無かったので、ビートルズの過去の作品を遡って聴くようなことはなかった。高校を卒業し、上京、大学に合格した春に初のCDプレイヤーを購入した。町田の丸井で赤いカードを使って買ったのだが、同じ日にすでにLPで持っていたスタイル・カウンシル「アワ・フェイヴァリット・ショップ」、カセットで持っていたRCサクセション「ハートのエース」も買った。その翌年に、ビートルズの作品が初CD化され、当時毎月買って読んでいた「ミュージックマガジン」などでも大々的に特集が組まれたりもしていた。アルバイトをしていてお小遣いもそこそこあったので、これはいい機会だと思って、順番に買っていくことにした。確か、何タイトルかづつ順番に発売されていたのだと思う。ところが4枚目ぐらいで飽きてしまった。この時期の有名曲はすでにベスト盤で持っていたというのもあるのだが、それ以上に、当時、趣味がヒップホップとかレア・グルーヴとかそっち方面に移行しつつあり、あまり積極的に聴く気分ではなかったというのもある。しかし、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だけは買った。ビートルズの数ある作品の中でも最高傑作といわれ、ロックの歴史を変えたといわれる作品である。いまならばインターネットでサンプル視聴したりいろいろと聴く手段はあるのだろうが、当時の環境はそんなにもお手軽なものでもなかった。また、私は表向きパンク/ニュー・ウェイヴ~ヒップホップという音楽遍歴である体を取っており、周囲もそのような価値観の方が多かったため、その環境においては、ビートルズのレコードを聴くということがあまりカッコイイことではなかったのだ。そういう事情もあり、誰かから借りて聴くということもなかった。よって、この時点でこのアルバムの音源は一切聴いていなかった。

家に帰ってCDトレーにディスクを入れ、いざ再生。緊張の一瞬である。どんなに斬新な音楽が飛び出してくるのか。それまでにいろいろなディスクガイドや音楽雑誌などで読んだ知識から、妄想と期待は相当に膨れ上がった。正直言って、肩透かしだった。これただのロックじゃねえか、とも思ったし、ズンチャッズンチャッというような牧歌的なリズムの曲などは単純にかったるいと思った。いや、確かに優れた作品である。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」などはもしかするとビートルズの最高傑作かもしれないし、「ルーシー・インザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」のサイケデリック感覚も素晴らしい。しかし、その時は妄想や期待の方がかなりハードルを上げてしまっていたのだ。それと、やはり同時代性というのはとても重要だな、とも思う。たとえば、セックス・ピストルズの「勝手にしやがれ」もあれだけさんざん過激だとか従来のロックを殺したとかいわれていて、初めて聴いたのが修学旅行のフェリーの中、同級生のウォークマンでだったのだが、良質のポップなロック・アルバムにしか聴こえなかった。ジョニー・ロットンの独特なヴォーカルは確かに唯一無比の物なのだが、私はすでにピストルズを聴かずしてPiLのレコードは持っていたりしたもので。そういうのが当たり前の時代だったのだ、たまたま。

だから、発売当時のインパクトというのはすごかったのではないかと思うのだが、実はあまり感心はしなかったと、当時は。パンク、ニュー・ウェイヴ、エレ・ポップだとかヒップホップだとかプリンスだとかを聴いてしまった耳で、60年代と同様の感覚で聴けという方が土台無理な話だ。「サージェント・ペパーズ」は絶賛しなくちゃならないみたいな空気の中で、当時PRESIDENT B.P.M.名義でヒップホッパーとして活動していた近田春夫だけが、私と同様の感想を書いていた。近田春夫は、当時音楽批評誌ではケチョンケチョンに貶されていたジョージ・マイケル「FAITH」を素直にカッコイイと認めていた唯一の「ミュージックマガジン」周辺の人物として、私は一目置いていた。というか、「オールナイトニッポン」や「星くず兄弟の伝説」を含め、この人の活動言動は以前からポップで好きだったのだが。

「サージェント・ペパーズ」にあまり感心しないまま、たまたまおカネがある時期だったのか、次の「ザ・ビートルズ」、通称「ホワイト・アルバム」も続けて買った。ところが、こっちにはズッポリハマってしまった。それぞれのメンバーが勝手にやった曲が多いということなのだが、ここが楽曲のバラエティーやポップと前衛のバランスになっていて、当時の私の感覚にもピッタリフィットした。同じ頃に出たプリンスの「サイン・オブ・ザ・タイムス」が同じような感じですごいと思っていたことも関係があるかもしれないし、その後、デ・ラ・ソウル「3フィート・ハイ&ライジング」やピチカート・ファイヴ「月面軟着陸」のようなタイプのバラエティーに富んだアルバムを愛好する傾向にも影響を与えたと思える。

当時、聴いたことはないんだが実は好きなんじゃないかと思っているアーティストにトッド・ラングレンがいたのだが、たまたまバーゲンに出ていたので、適当にLPを買って来た。ところがそれは実はトッド・ラングレンの代表作でもなんでもなく、片面が好きな曲をとにかくカヴァーしたという企画盤に近いものであった。ちなみに、「フェイスフル」というアルバムなのだが、この中に「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」のカヴァーが収録されていた。キーボードの印象的なイントロに続き、夢見心地な曲調、曲の最後まで音響効果のような物が駆使されていて、まさにポップの玉手箱のような作品だった。これ以外に、私の大好きなビーチ・ボーイズ「グッド・ヴァイブレーション」などもカヴァーされていたのだが、これなどはかなり細かい部分まで再現されており、すごく気に入った。ところが、この時点で、私はビートルズ本家本元の「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を聴いていないのである。つくづくおかしな入り方ばかりしている。調べてみたところ、オリジナル・アルバムには収録されていなく、後期ベストの青盤こと「1967年-1970年」、またはサントラEPとシングルをまとめてアルバムに仕立てた「マジカル・ミステリー・ツアー」に収録されているということが分かった。どちらもあまり買うつもりがなかったのだが、芝公園の東京プリンスホテルでのアルバイトが終わって、六本木ウェイヴに行くと、西武ライオンズ優勝記念のセールを店頭で行っていて、「マジカル・ミステリー・ツアー」のLPを1,000円で手に入れることが出来た。

家に帰って再生してみると、これが素晴らしかった。オリジナル・アルバムではない寄せ集め的編集盤ということであまり期待していなかったのだが、まずB面2曲目に収録された「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」がやはり最高であった。トッド・ラングレンのヴァージョンでかなり気に入ったものの、やはりオリジナルである。ジョン・レノンの弱く優しいヴォーカルがたまらなく良い。ポップと実験性のバランスも私の趣味嗜好に合致するものであった。歌詞も現実逃避的ではあるのだが、幼少時の理想郷を回想しているようでもあり、ドラッグの影響下のようでもあり、とにかく気持ちがいい音世界であり、それまでのビートルズの印象とは少し異なった物であった。当時最高に好きだったプリンスやザ・スミスと同レベルで、本当にビートルズというバンドが好きだと思えたのは、この時だったように思える。

これ以外にもシングル曲を集めたB面には「ペニー・レイン」「ハロー・グッバイ」「愛こそはすべて」といった有名曲が収録されている。また、元々は映画のサウンドトラックとして制作されたEP盤が収録されたA面だが、こちらも地味ながらサイケデリックだったり実験的だったりするかなり面白い曲が多い。中でも、やはり「アイ・アム・ザ・ウォルラス」である。「僕はセイウチ」という意味だが、とにかくイメージの羅列のような歌詞がすさまじく、サビの「アイア~ムジエッグマン、アイア~ムジエッグマン、アイア~ムザウォーラス、ググーグジュー」という、意味はよく分からないのだが、明らかに存在する不安や恐怖に対する叫びみたいな凄味を感じ、一気にお気に入りの1曲となった。間違いなく邪道なのは百も承知なのだが、私にとってビートルズの1枚といえば、この「マジカル・ミステリー・ツアー」なのである。

マジカル・ミステリー・ツアーMusicマジカル・ミステリー・ツアー

アーティスト:ザ・ビートルズ
販売元:EMIミュージックジャパン
発売日:2009/09/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

それから、まだ買っていなかった他のアルバムも順番に揃えていき、「リボルバー」「ラバー・ソウル」の頃がやはり素晴らしいなとか、「アビイ・ロード」もなかなかいいぞ、というふうになっていったのである。映像集のヴィデオが出た時にはBOXセットを買ったり、BBCライヴの未発表音源のCDも買った。しかし、「アンソロジー」シリーズやシルク・ド・ソレイユのショーのサントラ「LOVE」は買わなかった。「LOVE」のショーそのものは、たまたま会社でラスヴェガスに連れて行ってもらい、見ることが出来て、えらく感動したのだが。

おそらくリマスター盤はよっぽどのきっかけが無い限り買わないとは思うが、これをきっかけにビートルズの音楽を改めて聴き直してみたり、思い出をたどってみたりしたのはなかなか楽しかった。まだビートルズのCDを持っていない音楽ファンには絶好のチャンスなので、ぜひ買ってみると良いと思う。私のおススメは「マジカル・ミステリー・ツアー」だが、やはりこれは邪道。世間一般的に評価が高いのは、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ」「リボルバー」「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」「アビイ・ロード」「ラバー・ソウル」「ハード・デイズ・ナイト」の順番だろうか。多少の順番は異なるかもしれないが、各種名盤リストの常連なのはこのあたり。また、オリジナル・アルバム未収録のシングルも多いビートルズだが、初CD化の時は、これらが「パスト・マスターズ」として2枚に分かれて発売された。今回はこれが2枚組として発売されるのだが、「抱きしめたい」「シー・ラヴズ・ユー」「ペーパーバック・ライター」「ヘイ・ジュード」などはこっちの方に入っているので、これを入門編にするのもまたアリかもしれない。おカネに余裕がある場合は、思いきって35,800円のBOXセットを買っても間違いない。Amazonだといまなら29,020円で買えるみたいだ。オマケのDVDが付いているから再販制度にかからず、ゆえに値引き販売が出来るのだな。今回のリマスター再発シリーズには、赤盤・青盤や「1」などのベスト盤は含まれていない。また、音質にこだわらないのならば、今回のリマスター盤発売に伴い、以前のバージョンの中古盤が軒並み値下げされると思われるので、そちらを狙ってみるのも良いのではないかと思う。

Amazonのビートルズのページ

2009年9月 6日 (日)

この人を見よ。

私がサラリーマンにだけは絶対になりたくないと思っていた理由はいくつかあるのだが、若さゆえの勝手な思い込みであったものも少なくない。たとえば、仕事が終った後も会社の人間と焼き鳥屋や居酒屋へ行き、上司への愚痴や同僚の悪口を言って憂さを晴らす日常、なんていうのもあった。いろいろなことが立ち行かなくなり、就職か死かの選択を迫られた上、結局就職したのだが、その最初の会社というのがまさにそのような環境であった。もう本当にその間は死んでいる振りをしているしかないという。ただただ悪口、愚痴、社内の人間関係、それ以外の話題があったとしても、プロ野球やダウンタウンのテレビ番組のことぐらいしかない。本当につまらん。わしゃ早く帰ってレディオヘッドのニュー・アルバムが早く聴きたいんじゃああああという毎日であった。

その後も、客を見たら札束と思え、口八兆手八兆どんな手段を使ってもカネを引き出せ、その為ならば心を鬼にして良心なんていうものは捨てちまえ、とそういうことを代表取締役が日常的にのたまうような環境で働いていた。確かにカネは良かったのだが、そもそもあまり贅沢をするタイプではない私であるがゆえ、賞与で当時はまだ30万円以上したマッキントッシュのノートパソコンと欲しかった本やCDを買っても銀行口座に200万円ぐらいが残った時点で、やっぱカネじゃねえんだよオレが求めてるモノは、という結論に達した。その反動で、街の知らない女の子にいきなり食事をおごってあげたり物を買ってあげたりして連絡先も聞かずに別れるという、いったいどこへ向かっているのかさっぱり分からない行動を取っている時期もあった。明らかにどうかしていた。

いま現在はそれに比べると楽園のようである。自分が意味や意義があると思えることが出来ているし、トップや上司、同僚、部下らもいい人が多い。これに勝るものは無い。本当に妥協しなくてよかった。

中学校や高校の頃に、学級には芸能人の悪口を言って盛り上がる人たちというのがいた。私はどちらかというと芸能人が大好きというか、むしろ芸能界に入りたかったぐらいであり、サンミュージックに履歴書を送ったり「お笑いスター誕生」オーディションに応募したという過去は内緒である。よって、芸能人には憧れこそ抱けど、誹謗中傷する気などは一切なかった。女性アイドルはもちろんのこと、同級生の男子の多くがあまりこころよく思っていなかったジャニーズのタレントたちに対しても、好意を持ってみていた。田原俊彦の新曲が出る度に「ザ・ベストテン」のビデオを見て振り付けを完璧に覚え、昼休みの教室などで披露していたぐらいである。一時期は、他の学級の生徒まで見に来るヤバい状況になり、まったく知らない女子生徒から「○○(私の本名)君ってトシちゃんのマネしてますよね?私、トシちゃんのファンなんですよ。でも、○○(私の本名)君のファンではないですから」などと突然言われ、どんよりとした気分になったりしていた。

アイドルというと中学生や高校生にとっては、自分たちと比べてたいして年齢も変わらないのに、周りからちやほやされ、異性にもモテ、給料もたくさんもらっている、いわばここの部分だけで見ると完全に自分は負けている。きちんと自分自身にブレない軸があり、価値観が確立しているならばそうはならないのだろうが、そうでない場合には、自分が劣っているかのような嫌な気分になる。それで、相手の劣っている部分を探し、相手を否定することによって、気を紛らすのだ。若者というのは自我が確立していないので仕方がない。自分の好きな音楽、映画、漫画、ゲーム、ファッション、スポーツや付き合う仲間などによって自分をカスタマイズし、自我を確立することに必死なのである。その自分が一生懸命に確立しようとしている完璧なイメージを崩す物事は全て敵であり、徹底的に否定し、排除しなくてはならない。年齢的には大人であっても、諸事情により、このような未熟な精神性を温存している方も、このご時世、意外と多い。インターネット掲示板などに見られる芸能人に対するアンチ書き込みなどを見ると、何をそんなにも必死なのだろうと思う方が大半だと思うのだが、おそらくこのような事情があるのだ。また、このような行為を繰り返す方というのは強迫神経症を患っている場合も意外と多く、この特色は「わかっちゃいるけどやめられない」であり、なかなかナイーヴな問題でもある。このあたりも含め、広い心で受け止めてあげる必要があるといえよう。

私は仕事でたくさんの若者とつねに触れ合っているのだが、その中で気付いたのだが、周囲に対して寛容なタイプと周囲を否定したり攻撃的な態度を取るタイプには、それぞれ顕著な傾向があるのだ。周囲に対して寛容なタイプは、大学にも真面目に通っていたり、現実な目標に対して具体的に取り組んでいる場合が多いのに対し、周囲を否定したり攻撃的なタイプには、いろいろな意味で不安定であり、将来のヴィジョンも実現性に乏しかったり具体的でなかったりする場合が多い。攻撃性とは、恐怖から生まれる。自分の安全や平穏を脅かす存在を察知した時、自分自身を守る為に、攻撃的な態勢を取るのだ。しかし、現実的に無名の一般人を本気で個人的に攻撃しようとしている者など存在する可能性が極めて低く、それは本人の自我の脆弱性を表しているに他ならない。

ポップ文化の歴史を辿ると、「族」というものへの考察がよく見られる。たとえば有名なのが60年代イギリスのモッズ対ロッカーズであり、この様子は映画「さらば青春の光」にも描かれている。これは、聴く音楽や着る洋服によって群れをつくり、そこに属することによって不安定な自己をアイデンティファイする。そもそもそれは脆弱なものなので、対抗する集団を敵視し、攻撃する。たとえば私の10代の頃などはメタル好きとパンク好きはとても仲が悪かった。20歳ぐらいのロックが好きだという男の子などに好きなバンドを聞くと、クラッシュとメタリカを一緒に挙げてくる場合などがあり面食らうのだが、いまは別にそれでいいと思う。それぞれが素晴らしくていいんじゃないかと思う。

私もある種の洋楽に詳しいということだけがアイデンティティーだったような時期があり、現在でも英語の音楽誌を読破したりする習慣が続いているのは、このあたりのこれだけは負けられねえという必死さがルーツとなっている。あらゆる理論武装をし、自分の趣味嗜好に合わない者などは徹底的に論破したり否定したりしていた時期がある。いま思うと実にくだらん。いまは逆に自分の好きな物はちゃんと分かっているし、自分自身が人間として、どんな音楽を聴いてどんな服を着ていようとブレないちゃんとした価値観があるので、逆に若い頃は全否定していたようなものを聴いてみたりして、意外といいじゃねえかなどと思うことも多い。ギャル文化やヤンキー文化はやはり嫌いだけれども、少しは余裕を持って微笑ましく見ることも出来るようになってきた。

現在の我が国のテレビやら雑誌やらに蔓延るある種の価値観というのは、私にとってひじょうに不快なものも多いのだけれども、それならば見なければいいことだし、その敵意の根底に私自身のどうしようもないコンプレックスがあることもちゃんと自覚している。ああはなりたくねえな、とか思うけれども、それは自分が自分をああでななくても別の意味で大丈夫な自分として規定する努力を積み重ねたがゆえの価値観であり、本当はそもそもはなれるものならああなりたかったのではないか、という部分も確かにある。たとえば、暗いインディー音楽をちまちまやっていた大学生時代に、お揃いジャンパーと襟が立ったポロシャツを着てユーロビートでヒューヒュー踊ってたディスコサーファー野郎共に感じていたこととか。

いまでいうと、EXILEとか湘南乃風とか浜崎あゆみを聴いていて、何かとコテコテしたお姫様系のデコレーションを施したり、男であれば髪を短く刈り込んで白いスーツを着込んで昼間でもサングラスをかけて粋がっている、そのようなタイプの方々がひじょうに必死になっているということが、リサーチの結果として判明した。また、とてもナイーヴな問題なので、深く言及は避けるが、ある種の疾患とこのような行動の関連性というのはひじょうに高く、ある種のガス抜きになっているのであれば、それはそれでいいのかもしれないな、とも思った。

誰かを非難したいと思った時は憐みの気持ちを忘れないように、という教えは私の人生の中でとても役に立っていると思える。私の両親が家の宗派とかとは一切無関係にキリスト教系の幼稚園に私を通わせた理由はいまもって謎なのだが、少なくともこの点においては大いに感謝したい。後に自ら選んで進学したキリスト教系大学在学中に愛読したスコット・フィッツジェラルドの代表作「グレイト・ギャツビー」は、主人公が若く傷つきやすかった頃に、父から受けた教訓の引用から始まる。

「他人のことをとやかく言いたくなったときはいつでもね、この世の誰もがおまえほどに恵まれた生き方をしてるわけじゃないと思い出すことだ」

2009年9月 5日 (土)

Base Ball Bearのことなど。

帰京後に寝て起きてもどうにも疲れが取れないなと思い、歩数計を確認をしたところ、大阪滞在中の2日間で6万歩以上歩いていたことが分かった。NMEはオアシスからのノエル・ギャラガー脱退を大きく取り上げていた。レディング&リーズ・フェスティヴァルのレヴュー特集などかなり充実している雰囲気があったが、あれこれ片付けなくてはいけないことがあったので、全体をサラッと俯瞰して記事としてまとめるだけにしておいた。

定額制音楽配信サービス、NapsterにBase Ball Bearsのアルバム、シングルが多数ストックされているので、就寝時や移動中の時間などを利用してインディーズ時代とメジャー2枚目のアルバムを聴いている。昨日初めて聴いて、以来6、7回は聴いている最新アルバム「(WHAT IS THE) LOVE & POP?」は、仕事場でもCDをかけていて、すでに「神々LOOKS YOU」は空で歌えるぐらいにまでなった。

過去のアルバムを聴いて感じたことは、このバンドが新しい作品を発表するごとに確実に成長を遂げているということだ。しかし、ヴォーカルでありソングライターの小出祐介が描く世界には、夏、青春、黒髪、ときめき、17歳、制服といったワードが象徴するようなもので一貫していて、その求めるべき理想のイメージを抱きつつも、段々と逞しさを身につけてきているという印象を持つ。インディーズ時代の「HIGH COLOR TIMES」というアルバムにおいては、まだベースの関根史織のコーラスがあまり多くはフィーチャーされていないが、メジャー後の作品においては、やはりこの女声ヴォーカルが、楽曲のイマジネーションを拡げる上で重要な働きをしているように思える。

この関根史織というベーシストは、バンドの他のメンバーの1学年後輩の23歳であり、プログレ音楽を愛好し、雑誌の連載も持っているという。高校時代は水泳部で、ピアノが弾けたのでバンドにはキーボードとして加入したが、未経験のベース転向を命じられ、ベースギターを買ってすぐに覚えたという。ヴォーカルの小出祐介とは学年こそ違うものの、誕生日が1日違いである。

小出祐介のリードヴォーカルと関根史織とのコーラスのかけ合いが、Base Ball Bearの快感妄想ポップの大きな魅力の1つになっているのは間違いないのだが、この関根史織の声というのが、自己主張するでもなく、かといってことさらクールさを強調しているようでもなく、はたまた天然系や不思議系かといえばそれも違う。とにかく、自然で透明なのだが、ひじょうに存在感がある。記憶をたどってみると、レモンヘッズの1992年~1993年、つまり「イッツ・ア・シェイム・アバウト・レイ」「カモン・フィール・ザ・レモンヘッズ」の幾つかの曲におけるジュリアナ・ハットフィールドの役割に近いものがあるのではないかと感じた。

気になって調べていると、舌を出してお茶目な表情をしたり、赤ブチの眼鏡をかけて知的な雰囲気だったり、巫女のコスプレをしてベースを弾いたりという画像が次々と見つかった。また、2ちゃんねるにファンスレッド的なものも立っていて、アイドル顔負けの妄想がスパークした気持ち悪いレスが飛び交っていて微笑ましく思った。道重さゆみなどは、ハロプロの中でもファン層の中心が変態紳士ということもあり、妄想スレやレスを誘発しやすいのだが、それに匹敵しうるレベルの書き込みなどもいくつか見られた。また、スレッド住人は、関根史織のことをシオリーヌと呼んで崇拝しているようだ。

通勤途中で何年かぶりにロッキングJAPANなどという雑誌を買った。梅田のブックファーストでサラッと立ち読みしたBase Ball Bear小出祐介の2万字インタヴューが目当てだ。というか、これしか読む気はない。山崎洋一郎がまだ編集長をやっていることに驚いた。見出しがいきなり「誰かに嫌われてるとか、ずーっと後ろのほうで鳴ってる感じではあるんですけど、高校3年生になってそれが加速しちゃって、「俺は死にたくないから、全員死んでくれ」みたいな」である。

東京都の小岩出身で、実家は金物屋でマンションも経営している。ヤンキー文化の中で、裕福な家庭の子供というだけで、理不尽に嫌われたりする。この時に、小学生ながらに「せめて自分を嫌いじゃない人たちをちゃんと見つけておこう」と思ったらしい。その後、学校ではバスケットボールが上手くなったり学級委員や生徒会の会長として活躍し、内申書には「将来国政に関わる可能性があります」と書かれる。バスケットが強い千葉の高校に入学し、すぐに部活動も始める。学年を引っ張っていくようなタイプの生徒と仲良くなり、学校生活は順調かに思われたが、ある時から突然、理由も分からず理不尽にその友達に嫌われ、やがて学年全体が自分を無視するような状態になっていった。結局はバスケット部も辞め、そもそもバスケットをやる為に入った高校なのに、何をやっているかよく分からなくなっていった。そこで、ギターを手にしたのだという。

高校2年生の頃に急に確率変動が起こり、全てが良い方向に転がり出す。友情、恋、バンド、まさに青春という日々が訪れる。小出祐介が楽曲に描く理想の原風景というのは、この時代にあるのではないかという気がする。しかし、高校3年生になると、その反動でなぜだかすごく醒めた感じになり、孤独感を深めていったという。

実に面白い。今日の不安定な人間関係、コミュニケーション状況、その中で絶対の孤独を突き抜けた強靭さを身に付け、本当に必要な物を探していく。そうなると、純粋無垢な恋愛がもたらす全能感であったり、かけがいのない友情がもたらす安心感だったりするのだろう。だから、Base Ball Bearは青春を高らかに、肯定感全開に奏でるのだ。

ここで思い出すのがやはり岡村靖幸だ。やはり、青春のときめきを絶対的価値として、独特のポップ・ワールドを展開したが、援助交際をはじめとする性の商品化が加速するにつれ、時代感覚との乖離が顕著になり、次第に作品を生み出せなくなり、最終的にはドラッグで逮捕された。

小出祐介が「レモンスカッシュ感覚」と名付ける「一生求む感覚」とは、やはり青春、夏、ときめき、黒髪、制服などが象徴するものだが、それを抱えて大人でいることとはどのようなことなのだろう。

「ホワイトワイライト」という曲では、「いつも同じ場所で遊んでたあの頃のみんな大人になる準備をしてる もし変わりはしないものがあるなら それはきっと友情だっていう 忘れたくない気持ちがあるなら 忘れないよ、残しておこう 時代に願いを置くなんてしないさ」と歌われる。

仕事が終わり、寝る前にテレビをつけると、深夜の音楽番組にBase Ball Bearのメンバーが出演していた。繊細さと逞しさを兼ね備えた美青年、小出祐介。とにかくキュートな関根史織。無口でシャイで酒呑みだというギターの湯浅将平、他のメンバーと比べるとワイルドな見た目だがとても人の良さそうなドラムスの堀之内大介。それぞれキャラクターも立っていて、面白い。すでにブログで読んで知っていたのだが、関根史織が初体験のDSのドラクエで、キャラクターに「ニッコリ」という名前を付けたり進むのが遅かったりして小出祐介と堀之内大介をいらつかせているという仲よしエピソードも微笑ましいが、一方で湯浅将平は1人で「信長の野望」をやっているらしい。このバンドの音楽を初めて聴いてからまだ2日とちょっとしか経っていないのに、随分と詳しくなったものだ。それぐらいこのバンドには魅力がある。番組が終わってフジテレビの「キャンパスナイトフジ」にチャンネルを替えると、熊井友理奈が出ている「(WHAT'S THE) LOVE & POP?」のCMスポットが流れた。

Base Ball Bear - 17歳

2009年9月 4日 (金)

大阪ラプソディー2009初秋。

夏は心の状態なんだぜベイベエとか言いながら、タイトルに「初秋」とか付けちゃってる時点でいかんともしがたい。ほぞを噛むぜ。

という訳で、大阪から帰還した訳だが、とにかく今日の朝に初めて聴いたにもかかわらず、Base Ball Bearというバンドのことが好きすぎてたまらん。しかしまだまだ本当は自分が好きな物で出会えていない物っていうのはあるものだなあ、と思うのだ。来週水曜に、おそらくカラオケに参戦せざるをえない状況においやられるのだが、ぜひともその際には「changes」と「神々LOOKS YOU」は歌えるようにしておきたい。できれば「レモンスカッシュ感覚」「SIMAITAI」「ホワイトライト」あたりを歌いのだが、さすがに非シングル曲は入っていないと思われる。しかし、どうやら日本武道館でやるぐらいの人気バンドのようなので、もしかして入っている可能性もある為、準備は万全に整えておきたい。キーはおそらく、-2で問題ないと思う。ちなみに、ハロプロ系を歌う時は+5で1オクターブ下げます。カラオケではハロプロ系しか歌わないという俳優の渡辺いっけい氏はどのようにしているのだろうか。全くもってどうでもよい。

大阪には2007年の8月2日に初めて行った。それまでにも興味がない訳ではなかったけれども、何せ旅行とか遠出とかが全く好きではなかったもので。きっかけは、その日の2月ぐらいからどんどんのめり込んでいったモーニング娘。道重さゆみである。ラジオを聴いたり、過去のテレビ出演映像などを見たりしているうちに、やはり生で見てみたくなった。しかし、ハロプロのコンサートは決まって土日祝日に開催され、私はそういう日は必ず仕事が入っている為、行くことが出来ない。仕事を犠牲にしてまで行くのは、それはちょっと何かが違う。ここのところの線引きは明確にしておかないと、私の性格からいって取り返しのつかないことになるのは明白だった。

8月2日木曜日に、道重さゆみが光井愛佳と一緒に大阪のラジオ公開番組の収録を行うことは知っていた。しかし、まさか行こうなんていうことは直前まで思ってもいなかったのだ。前週の金曜日に突然ひらめき、その日はもともと仕事も休みなので、これは行くしかないだろうと大いに盛り上がった。たかだか数十分のラジオ公開放送のために、東京から大阪まで新幹線で行く価値はあるのかという意見もあるだろうが、もうそれどころではなかったのだ。ところが、週のはじめ、月曜日になって急用が入り、行くことが難しくなった。すっかりその気でいた為に、これにはテンションが著しく落ちた。しかし、まあ仕方がない。またいつかの機会に、と思っていたら、翌日7月31日火曜日に、亀井絵里・道重さゆみ・田中れいなが代々木でFM公開生放送に出演するという情報をキャッチし、とりあえずそっちで我慢することにした。

公開放送というと、よくテレビの収録にあるように、舞台があって客席があってというのを想像していたのだが、実はそれとは全然違っていた。整列して、数名ずつが収録中のガラス窓越しに数十秒だけ見ることが出来る。制限時間がすぎたらすぐ引きはがされ、また見たい場合は列の最後尾につくというシステム。私はこういうのが初めてだったので、完全に出遅れ、メンバーの顔が見えるいい場所を確保することが出来なかった。しかし、目の前、ガラスを隔てた数センチの所に、逆方向を向いた道重さゆみがいた。すぐそこにいるのに顔が見えない。何という焦らされ感。かろうじて斜め後ろから、後頭部と横顔とまつ毛だけが確認できた。それでも、道重さゆみが本当に存在するのだということをこの目で確かめられただけでも一歩前進だ。

諸条件をなんとか調整し、8月2日早朝に大阪へ向かって出発した。生まれて初めてである。新幹線から在来線へ乗り換え、会場の大阪城公園で下車すると、とても暑く、セミの鳴き声が響き渡っていた。ラジオ収録はオーサカキング会場内のOKステーションというサテライトスタジオで、午後1時から行われる。会場は午前11時から。列の前の方には、いわゆるヲタTを着た若者の姿なども見えた。そこらあたりを散策し、ミネラルウォーターを自販機で買って、列に並んだ。会場すると、どっと人が一気に流れ出した。OKステーションに向かうと、すでにたくさんの人が集まっていて、私は真中からやや少し後ぐらいに陣取った。いかにもアイドルヲタク然とした人々や、モーニング娘。のうちわを持った小学生女子もいた。局アナのような人や噺家のような人が夏にちなんだ懐かしの曲をかけたりしながら、まったりと放送していた。まだまだ時間はあるのだが、場所を離れると明らかに取られる。ものすごい炎天下で、帽子を用意していなかったことを後悔した。待つこと約2時間、やっと番組が始まった。

MCに紹介され、道重さゆみと光井愛佳が登場した。初めて正面からその顔を見る。スタジオで座っているので、前身は見えない。ピンクの服と髪飾り、化粧はやや濃くて、思ったよりもハッキリした顔立ちに見えた。確かにラジオで何度も聴いた声、話し方である。私の中でイメージとして存在した道重さゆみが、数メートル離れた場所に実物として存在していることの現実感覚が」よく掴めずじまいだった。そして、ラジオ収録は終わった。

その後、メイン会場でテレビ番組「ちちんぷいぷい」内の1コーナー、ポン菓子を作って子供達に配るという企画に、道重さゆみと光井愛佳が出演することになっていた。コーナーが何時何分から始まるのかはっきりしたことは分からないのだが、会場にはすでに一目でそれと分かる人々を含め、ヲタクたちが集まっていた。コーナーが近づくにつれ、一般人に対するヲタクの割合は増え、道重さゆみ・光井愛佳の登場でピークを迎えた。一般人の女子中学生風が、あきらかにヲタクたちに嫌悪感をあらわにしていた。

少しせり上がったステージ上に道重さゆみが上がり、脳内で構築していたイメージよりも脚が長くて細い。美しい。その時、私の中で何かが弾けていたのだ。

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まず、芸能人を見る為に遠出をするということ自体、私には初めての経験だったし、確かに中学生や高校生だった頃にアイドルを好きになったことはあるが、ここまで関心を持ったことはない。すでにこの時点で、道重さゆみは私にとってかなり特別だったのだ。地元や家族を愛する素朴で優しい女の子であり、可愛いものが本当に大好きで、体が弱かったり性格が暗かったり運動神経がなかったりするのに前向きに頑張る、葛藤するその姿にどんどん引き込まれていった。ここまでリアリティーを感じさせる芸能人は、私にとってはそれまで1人もいなかったし、まさかいまさらこんなことになるなんていうことは、全く想像していなかったのだ。とにかく、私に何が起こったのかさっぱり分からない。アイドルの写真集を買っているなんてどうしたことだろう。しかし、もう止められない。

番組の収録が終わり、道重さゆみがステージから去った。もう、この会場いても仕方がない。大阪観光でもして帰ろうと、新大阪に向けて電車に乗った。何だろう、気分がとても重い。何だか分からない、大人になってから感じたことのないような感情が溢れだしてきて、泣き出す直前のような悲しい気持ちがそのままずっとしばらくは続いた。ついにその存在をこの目で確認した道重さゆみの存在が圧倒的すぎた。はるか昔に夢は叶わないものと決まってしまった。どこかで決めなくてはいけなかった。そして、生きるか死ぬかを考えたのだが、やはり人を悲しませることが出来なかった。あるいは、ただ勇気が出なかったのか。とりあえず死ぬことはやめたが、かといって積極的に生きるべき理由があった訳でもない。いずれにしても、思うようにはいかないし、夢が叶うことももうすでにない。ただ、死ぬまで空気吸うだけ。しかし、所詮はそんなもので、若かりし頃に描いた夢や理想は全て幻であり、そんなものはいっそ忘れてしまった方がいい。期待しなければ裏切られて傷つくこともない。無様に葛藤してまで獲得する価値など、この世にはもう何一つ無い。そんなふうにして、日々を過ごしていた。果たしてこれが「生き」ているといえるだろうか?それでも無難に続いていたのだ。死ぬまで続けることだって出来たはずだ。しかし、その日、気付いてしまった。

道重さゆみが圧倒的に素晴らしいのに、その存在に関連する何事とも自分は全く無関係である。ステージの上の道重さゆみをずっと見ていたいと思ったし、この時が永遠に続けばいいと思った。こんなふうに思えたことはいつ以来だっただろう。いつも早く時間が過ぎてほしいとか、早くここから逃げ出したいと、そんなことばかり考えて過ごしていた。なぜ、道重さゆみの存在はそんなにも輝いているのだろうか。それこそが私を正しい道へと導く光だったからである。

もう一度、オーサカキング会場へ引き返し、もうとっくにそこにはいない道重さゆみの幻影を追い求めた。ケンドーコバヤシのケンコBARでおつかレイナという名前のオリジナルカクテルを注文して飲んだ。ほろ酔い気分で会場を歩き、カレーやかき氷などを食べたりした。いや、悪くない。

大阪駅で降りてみたが、百貨店があるだけで、観光するような感じではなかった。普通にたこ焼の屋台が街中にあるのは、初めて見たので新鮮だったが。大阪といえば、あのグリコの看板だとかかに道楽はどこにあるのだろう。下調べなど全くしていなかったから、梅田あたりを歩いていればそれにバッタリ行き当たると思っていたのだ。どうせ来るならちゃんと調べておけばよかった。そう思ったが、そもそも道重さゆみに会えることで、それだけで頭の中がいっぱいだったのだ。

新幹線で東京に帰り、自宅に着いた。このよく分からない感情ははるか昔に経験したもののようであり、未知のもののようでもあった。しかし、私を正しい方向へと導いてくれそうな予感がした。そして、どうにかこれを記録しておこうと、ココログでブログを解説した。それまでも、別の場所で音楽のことや懐古ネタなどを扱うブログをやっていたが、これは全く異なった種類のものだった。道重さゆみは不器用に葛藤するが、その姿そのものが美しかった。それこそが、私が本当の意味での生を奪還し、よりよく「生きる」ということをもう一度きちんとやり直す為に必要なことであった。「卒業-さゆみんに向かって」という題名で始まったそのブログは幾度かのタイトル変更を経て、現在は「「生きる」ブログ。」として続いている。つまり、ここのことなのだが。

私はとにかく全て壊し、失うことからやり直してみようと思った。しかし、実は案外と役に立つ物も結構あった。周囲にはなかなか理解されず、どうかしてしまったのではないかと思われたり、悪い方に誤解をされたりした。しかし、目的は明確であった為、続けていった。そして、全てはあるべき場所に落ち着きはじめ、ここから新たな創造が生まれる段階にまでやっとたどり着いた。

戦わず、安全な場所から不幸なふりをしてすれっからしのペシミズムを気取ることのくだらなさを、そして、不器用でも一生懸命に葛藤することによってしか獲得できない物事の意味の濃さを、道重さゆみの圧倒的な存在だけが私に教えることが出来た。その全てのきっかけとなった大阪という場所は、私にとって特別な意味を持つ。

翌年、2度目に大阪へ行く機会があり、その時は下調べを入念に行った。ガイドブックを3冊読み込み、スケジュールも綿密に立てた。ジンベイザメがいる海遊館、大阪城の周辺でその年も開催されたオーサカキング、やっとたどり着けたグリコの看板やかに道楽がある道頓堀、大阪うどんのスープのおいしさには感動した。他にも551蓬莱の豚まんや阪神百貨店スナックパークのいか焼、阪神梅田駅ジュースコーナーのミックスジュースなど、ベタなのだが安くて旨いものの数々に感動した。自由軒のカレーも食べたし、新世界にも行った。あの独特の雰囲気がたまらない。通天閣は思ったよりもレトロ感が強くて感慨深かったが、多数ある串揚げ屋さんはちょっとハードルが高いように思えて、結局入れずじまいだった。

それ以降、今年の5月、そして今回と、さらに2回訪れた。別の用事があってのことなのだが、その合間にまた行ったことのない場所やお店などに行っている。前回はついに勇気を振り絞って、新世界の串揚げ屋さんに入った。システムなどあまり把握していなく、地元民がほとんどと思われるあの雰囲気の中で、ビールを飲みながら食べた串揚げの味は格別であった。達成感があった。ガイドブックで読んでいたとおり、揚げ物にもかかわらず、食べても食べてもお腹いっぱいにならずに次々といけてしまう不思議。また、アメリカ村や心斎橋、オムライス発祥の店ともいわれる北極星や梅田エストにあるねぎ焼やまもとなどにも行って、名物メニューを堪能した。

今回は釜たけうどんのちく玉天ぶっかけというのを真っ先に食べに行った。かなりの人気店で行列必至ということと、営業時間が午前11時から午後4時までと短い。地図を見ながら、迷いながらも、なんとか開店前に着いたが、すでに店の外には列が出来ていた。よしもとの劇場であるなんばグランド花月やbaseよしもとのすぐそばということもあり、店内には芸人さんのものと思われるサイン色紙が多数貼られていた。遠目からはなかなか誰のサインか判別しにくいのだが、野生爆弾、天竺鼠、NON STYLEなどは確認できた。讃岐うどんなのだが、とにかく麺のコシがすごく、また未知なる領域を体験したという感じだ。ちくわ天が大きくてカリッと揚がっている。途中で半熟玉子の天ぷらを潰して、月見風にして食べた。

千日前から道頓堀の方へ歩き、そのまま心斎橋筋商店街を散策した。本屋でTVガイドの道重さゆみの1ページまるごとインタヴューを確認した(雑誌は帰りに新大阪駅のブックス談で買った)。地下鉄に乗って、大阪城公園へ行ってみた。2007年のオーサカキング会場だったと思われる場所はグラウンドのような状態になっていて、奥の方のブロックでは野球をやっていた。屋台やステージが多数組まれ、たくさんの人が訪れていたあの日の記憶を探ってみた。

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森ノ宮駅まで歩き、それから上町へ行った。雑誌で見て気になっていた船場カリーの牛すじねぎカリーというのを食べようと思っていた。お店はいくつかあるのだが、せっかくだから本店でと思っていたのだが、すでに昼の営業を終了していた。すぐ近くのアトレ店はまだやっているとのことで行ってみたのだが、服の問屋のような所に2階で、昔ながらの雑多な感じがなかなかいい味を出していた。イカスミを使った黒いカレー、牛スジが入っているが、そこにネギを混ぜ合わせて食べるというスタイル。おそらくおいしかったのだが、うどんを食べてからまだ2時間ということで、途中からお腹が苦しくなってきた。

14時にホテルにチェックインするが、実は地下鉄の待ち時間などにケータイでモ娘(狼)を閲覧したりしていたのだが、前回同様、「ロンドンハーツ」出演の道重さゆみに対する批判を一般人のブログや日記から探して貼り付けたりしている努力家の人がいた。ちょっとお腹が苦しかったのと、ここで現場からちょっとした問題の報告があった為、休憩も兼ねて駄文を作文していた。そしたらあっという間に16時近くになっていて、現場の問題も解決した為、ホテルを出て地下鉄で梅田に行った。

毎回恒例となった阪神駅改札前でミックスジュース、阪神百貨店地下でいか焼の後、なんばのはり重でビーフワンを食べる。はり重ははりシゲではなくはりジュウなのだが、すき焼きとかをやっている高級な店なのだが、庶民向けにカレーショップもやっていて、そこのメニューの1つ。ビーフがお椀に盛ってあるからビーフワンらしく、牛丼に卵が入ったものというか、親子丼のお肉が牛なものという感じ。庶民的で安くておいしいのだが、またしてもお腹がいっぱいになった。道頓堀で夜食用にたこ焼を買うことにした。屋台で営業している本家大たこというお店で、たこ焼屋さんはニュー・ウェイヴ系などもいろいろあるが、地元民に根強い人気なのがここらしい。確かにたこも大きいし、6個300円と価格も安い。ところが、お持ち帰り用ではなくてその場で食べる用で出されてしまった。とりあえずこれも経験ということで、ついにいままで出来なかったたこ焼食べ歩きを初体験した。昔から家や学校で買い食いが厳しく禁止されていて、その影響でいまだに抵抗があってなかなか出来ないのだが、ついに出来た。これでまた野望に一歩近付いた。551蓬莱で夜食用の豚まんを仕入れる。

地元在住の某読者様からメールが届いて、会うことになった。中之島公園を中心にやっているという水都大阪2009なるイベントを見に行くことにした。川べりがライトアップされていて、レトロ風の建造物などもいい感じだ。公園では霧が噴射されていたり、風力で涼しげな音が出る仕掛けだとか、いろいろな趣向がこらされていた。なかなかロマンチックなムードで、カップルの姿もちらほら見られた。それから新世界の方へ行ったのだが、ジャンジャン横丁の八重勝はギリギリでオーダーストップになっていた。いずれにしてもお腹がいっぱいで無理だったのだが。

ホテルに戻り、「爆笑レッドシアター」をつけて、エビスビールを飲みながら豚まんといか焼を食べる。女子のデザートと一緒で、スナックは別腹かと思いきや、ビールを飲み切った瞬間に突如として気持ち悪くなる。が、持ち直した。「今夜もうさちゃんピース」の前に、ローソンで買ってきたアイスキャンディー、ガツンとみかんを食べながらお風呂に入るという贅沢を満喫する。お風呂の中でアイスキャンディーを食べるというのは1人暮らし中に発見した楽しみなのだが、家でやると確実に妻に怒られるので、こういう遠出した時の小さな贅沢として楽しんでいる。全くもってどうでもいいが。深夜は怒涛のように「今夜もうさちゃんピース」テキスト起こし。今週も極度に面白い。

一夜明けて、Napsterの新譜として追加されていたBase Ball Bearのアルバムを聴いたところ、完全にハマってしまった。さっそくケータイに転送、ホテルを出て地下鉄で大阪天満宮へ。近くにある寄席の繁盛亭も写真を撮っておく。その後、日本一長い商店街こと天神橋筋商店街を端から端まで歩く。予定していた食事スポットをすでに網羅してしまい、さて今日はどうしたものかと思案する。とりあえず梅田へ行くも名案が浮かばず。かやくごはんが有名だという大黒というお店に行こうと思い、なんばへ移動。ところが、見るからに入りづらい雰囲気に怖じ気づき、それならやはり串揚げだろうかと思い、またまた地下鉄で動物園前。ところが八重勝は今日はお休みであった。他にもお店はたくさんあるんだが、こうなるとやはり道頓堀今井のきつねうどんかな、ということで、再び難波へ。やはり最高に旨い。前日と同じ元祖大たこでたこ焼6個入りを買い、今度は堂々と自主的に食べ歩き。地下鉄で新大阪まで行って、ロールケーキだとか京都に来た訳じゃないのに生八ツ橋とか細々したお菓子だとかをお土産に買って、新幹線で東京へ帰ってきた。

そもそもあの日に道重さゆみがラジオの公開放送に出演していなければ、大阪に行くことなんてなかったのかもしれない。他にも道重さゆみがきっかけで行った場所や興味を持ったこと、食べられるようになった物などがいろいろある。他には、生活の中で食事や睡眠を大切にするようになったり、煙草をやめたり、これも完全に道重さゆみのラジオでの発言がきっかけ。昨年、12年ぶりに北海道の実家に帰って、長年くすぶっていたことに決着をつけたり、それがきっかけで妹が交際相手を初めて家に招待することになり、結果として再来月に結婚するなど、道重さゆみに出会ってから、本当にいいことづくめである。こんなにも私に良い影響を与えながら、それでいて本人は極度に可愛いのだから最高である。道重さゆみと同じ時代に「生きる」ことを運命づけてくれた神様に感謝したい。おやさゆみん。

2009年9月 3日 (木)

レモンスカッシュ感覚。

久しぶりに音楽を聴いて感動した。Base Ball Bearsという日本のバンドである。名前ぐらいは聞いたことがあったが、実際に音楽を聴いたことはなかった。ポップ音楽の受容にとって、同時代性とか世代というのはやはり重要なファクターなのではないかと思う。たとえばここ数年の日本のバンドやアーティストで、スタイルや方向性はかなり私好みというのもいくつかあったのだが、やはりその影響を受けた元ネタが分かりすぎたり、歌詞の内容がどうしても若すぎたりというので、積極的に聴くまでには至らなかった。古くはRCサクセションや佐野元春、最も鬱屈していた時期には岡村靖幸やフリッパーズ・ギター、その後も唯一、GREAT3というバンドだけはかなり好きなのだが、これも最後に新譜を買ってから、もう10年以上経つ。以来、日本のアーティストの新譜を買ったのは、ハロー・プロジェクト関連のみである。

Base Ball Bearsの発売されたばかりの3rdフルアルバム「(WHAT IS) LOVE & POP」を今日の朝、初めて聴いたが、以来、繰り返し繰り返し聴いている。ヘッドホンで聴きながら天神橋筋商店街を歩いていて、思わず泣き出しそうになる瞬間すらあった。

仕事で音楽や映像の商材を扱っている為、名前ぐらいは知っていたのだ。しかし、上記の理由から特に聴いてみようとも思ってはいなかった。モーニング娘。やハロー・プロジェクトのことを中心に雑談するというのが趣旨のインターネット掲示板を閲覧していて、Berryz工房の熊井友理奈がBase Ball Bearのアルバム告知CMスポットに起用されていることを知った。熊井友理奈といえば、身長176cmとアイドルとしては高身長の美少女として知られるが、いわゆるロッキングオンJAPAN系のバンドがハロプロのアイドルをCMに起用するというのはなかなか面白いと思った。また、このBase Ball Bearsというバンドについて書かれた文章やコメントの中に、「妄想」というワードが多用されていたり、「プリンス、岡村、BBB」などという記述があり、かなり引っかかった。プリンスと岡村靖幸といえば、私の過去の音楽体験の中でも特に重要である。それと併記されうるようなアーティストがそう簡単に存在するとは思えないのだが。○○年代のビートルズとかいう類の誇大広告だろうか、程度に捉えていた。ともあれ、熊井友理奈が出演している件のCMクリップを見てみた。

高校の制服を着た熊井友理奈がレモンを齧る。すると、真っ赤な血飛沫が飛び散る。そして、「青春なんて、キモチ悪い。」。これはいいんじゃないだろうか。プリンスや岡村靖幸と比較されていたので、打ち込みファンク風味などを連想していたのだが、バックで流れる音楽はギターが主体のポップ・チューンだった。

道重さゆみのラジオ「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしを終え、大阪のホテルで深夜3時過ぎに寝た。朝7時半ぐらいに目が覚めたのだが、もう少し眠っていられる。何か音楽でもと思い、定額音楽配信サービスのNapsterプレイヤーを立ち上げる。今週配信開始の新作をスクロールするが、あまり目ぼしいのが無い。期待していた日本先行発売のザ・クリブズのニュー・アルバムは残念ながらカタログに追加されていなかったので、来週ダウンロード購入しようと思う。Base Ball Bearのニュー・アルバムが追加されていたので、あまり期待せずに再生した。実は仕事先にも2日前に入荷していたので、今週発売なことは知っていたのだが、積極的に聴いてみようとはあまり思っていなかった。

ベッドに横になりながら、ノートパソコンの小さなスピーカーから流れる音楽を聴いていた。何だろう、このスーッと入ってくる感じ。パンク/ニュー・ウェイヴ好きな私の感性に強く訴えかけてくる曲調及びサウンド、そしてメロディーは快感度の高い超ポップである。ビッグ・スターとかティーンエイジ・ファンクラブとか、こちらも私が大好きな、文句なく気持ちがいいパワー・ポップとも共通する部分がある。そして、歌詞のところどころが妙に引っかかる。また、どことなく文学的な繊細さを感じさせるヴォーカルと、クールで無色透明でありながら無自覚なエロスを発散している女声コーラスとの掛け合いもいい。これはちょっとちゃんと聴いてみようかと思い、シャワーを浴びている間にケータイ電話機兼音楽プレイヤーに転送した。

ヘッドホンで聴きながら、ホテルをチェックアウトし、ラッシュアワーの地下鉄で移動した。

「つららの様に刺さった誰かの笑い声が融けて 春が息吹く 人差し指で指し示すのは 未来 君の手の平がふれる度に 溢る想い」
「changes 変わってく サヨナラ 旧い自分 新現実さ 新しい何かが変わってる すべてがいま変わってく すべてが始まる 深呼吸ひとつ 合図にして駈け出してく」
「明日が来ない気がした 明日が来てホッとした 神様はいないってずっと思ってた 見分けがつかないように 人混みに紛れてた僕に 春が息吹く」

絶対の孤独を知る者のみが語りうる喪失と再生の物語、それが圧倒的な快感を伴って、紡がれる。

「神様になったらどうする? (変えたいものばかりでも) 泣き笑いのいっぱい詰まった人生を」
「暗黒時代に背をひるがえし さあ 腕まくり 夢追い人」
「なるようになるよという (その言葉まだまだ) 信じることできないとしたっても そうだよ」
「桜が舞うよ For you (あるがまま)生きよう」

この確信に満ちた言葉の数々はどうだ。

そして、アルバム6曲目に収録された「ホワイトワイライト」という曲だが、これぞ平成ニッポンを「生きる」為に必要な音楽である。

「少年の吸う煙草みたいに 煙に巻かれた日々があってもいい ただ目指すところが決まったら 弱音を吐いたり泣いてはいけない」
「暗い未来はいらない 今日も願ってる僕らは 空に願いを放ってくだけさ」
「君が願うように 僕が思うように 誰が望むように 光る世界だ 君が願うとおり 僕が思うとおり 誰もが望むとおり 淡い青春が描かれてゆく」
「忘れたくない気持ちがあるなら 忘れないよ 残しておこう 時代に願いを置くなんてしないさ」

そして、「BREEEZE GIRL」は奇跡的に完璧なピュア&イノセントな夏の恋愛アンセムだ。

「1秒で十分なんだ ディスティニー感覚 薄荷の味の午後にすれ違う君に 黒い髪をなびかせて 釘付けのmy eyes 君はそう 女の子の最高傑作」

この冗談になる一歩手前の変態的な本気の妄想ワールドこそが、岡村靖幸やプリンスとの共通する部分なのだろう。絶対の孤独と格闘し、そこから這い上がらんと構築する素晴らしい世界、救世主や女神としての存在を宿命づけられるガールフレンド。

これが端的に表れているのが、タワーレコード梅田NU茶屋町店のコメントPOPによると、初期の楽曲を思わせるという、「SIMAITAI」である。

「いま、君がいない ただそれだけで何もかも面白くない 戯れ事も夕食も 何をするじゃなく、誰とするか」
「君としたいことは沢山 遺跡めぐりもしてみたい アンコールワット ティオティワカン 有り金すべて鞄に詰めて」
「3つ程年下の君へのアティティュードは 俄然ファーストクラスで強引なスローモーションな瞬間をあげたいけど 僕は君の天使性にやられることしか出来なくて」
「抱けど持て余した想い 全部伝えたいけれど 新しい形容詞を 捻り出してしまい太陽」

また、「海になりたいpart.2」においては、「あなたが今日もまた泣くのなら 僕は あなたを包み込む 海になりたい」「愛は与えるものじゃなく 包み込むものだと あなたが笑ったときに 僕は気付いたんだよ 海になりたい」と歌う。

そして、「レモンスカッシュ感覚」においては、「I Feel レモンスカッシュ感覚 僕の中で稲妻 一生求む感覚 例えばラブ 例えばポップ 第6感でときめいて」「一生消えぬ感覚 ふりむいた君の輝き」、2コーラス目の同じパートでは、「例えばキス 例えばセックス そういうもんとは分けて」と歌われ、この時点で、このバンドの重要性を確信した。

アルバム最後にして表題曲でもある「ラブ&ポップ」においては、「永遠に続いて欲しい日々がやってきて コマ送りにしたいほど満ちている」という理想の状態が歌われるが、曲中では絶対の孤独と他者との繋がりへの欲求とが切実に表現されている。

日本語による音楽作品をこれほどリアルに切実に感じたことといえば、岡村靖幸「DATE」やフリッパーズ・ギター「カメラ・トーク」、あるいは「エレファントカシマシⅡ」を初めて聴いた時ぐらいしか記憶にない。他にはいとうせいこう「MESS/AGE」、GREAT3「メタル・ランチボックス」などもこれらに近い印象があるが、いずれも10年以上前の話である。

あまりにも衝撃を受けたので、大阪から帰りの新幹線では、Wikipediaや公式ページなどを読み漁ったり、YouTubeでビデオクリップやライヴ映像を見まくったりしていた。梅田のブックファーストでロッキングオンJAPANを立ち読みすると、ヴォーカルでありソングライターの小出祐介2万字インタヴューが掲載されていた。色白で繊細な雰囲気を持ったなかなかの美青年である。詳しく読んではいないが、かなり鬱屈した青春を過ごしたようなことが書いてあった。バンドは4人組で1984年~1985年生まれというから、石川梨華世代だろうか。Wikipediaによると、小出祐介は私も大好きなXTCを敬愛しているとのことで、なるほどと思った。それにしても、あの大傑作「スカイラーキング」がリリースされた時に、まだ生まれて1、2年しか経っていなかったということか。

Napsterには、シングルや過去のアルバムなど19タイトルが入っているのだが、これから少しずつ聴いて行こうと思う。

私は初めて聴いたが、このBase Ball Bearというバンド、2002年に結成され、すでにかなり人気があるようだ。シングルはトップ10していて、今週発売された最新アルバムもオリコンのデイリーランキング第6位にチャートインしている。また、来年1月には武道館公演も決定しているということだ。ベース&コーラスの関根史織は映画「リンダ リンダ リンダ」にも女子高生バンドのベーシスト役で出演しているようだ。少なくとも、私のような新規のリスナーを獲得したという点では、熊井友理奈のCM起用は成功したといえるだろう。


Base Ball Bear - Changes
Base Ball Bear - 神々LOOKS YOU
Base Ball Bear - BREEEZE GIRL
Base Ball Bear - Stairway Generation


(WHAT IS THE)LOVE&POP?Music(WHAT IS THE)LOVE&POP?


アーティスト:Base Ball Bear

販売元:EMIミュージック・ジャパン

発売日:2009/09/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今夜もうさちゃんピース#148(2009年9月2日放送)。

【オープニング】
https://app.f.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?id=55443823&saved_changes=1&blog_id=457391#
こんばんは、モーニング娘。道重さゆみです。
はい、もう9月ということで、もう夏休みもね、はい、無事にというか、まあ、終わったんですけど、あの、さゆみは8月17日に、あの、山口に行ったんですよ。あの、お仕事で行かせてもらって、あの、いろいろラジオとか、山口のテレビとかに出させてもらって、あとは、握手会も、あの、山口県でやらせてもらったんですけど、で、結構、あの、ゆったりなスケジュールで、あの、合間に1時間ぐらい空きがある時とかに、あの、山口の徳山動物園という所とかに連れてってもらって、で、あの、ジュンジュンと...メンバーはジュンジュンと一緒に行ったんですけど、もう山口の動物園、すごい、徳山動物園にはちっちゃい頃に行ったことあったんですけど、久しぶりに行ったんですね。で、覚えてなかったんで、すごい楽しかったんですけど、8月17日で、夏だったので、すごい暑かったんですね。で、さゆみもすごい暑かったんですけど、動物たちもめっちゃバテてて、なんか、レッサーパンダが、さゆみ、一番楽しみだったんですよ。で、レッサーパンダ!って言ってたんですけど、もうなんか、ベターみたいな感じで、すごいもう結構もう死にかけてて、で、なんか、白クマさんとかも、もうげっそり痩せてて、で、あの、白クマさ~んとか言っても、振り返らずに、なんかもうずーっと後を向いて、なんかもうめちゃめちゃ細いんですよ。骨みたいな感じで、すっごいなんかみんな、夏バテみたいな感じで、で、もうなんか、おサルさんとかも、あの、暑いからかもう顔が本当なんか、サルって本当に顔が赤いんだっていうぐらい顔が真っ赤で、もうみんな、動物たちが本当に暑そうにしてて、もうサービス精神のかけらもない感じで、でも、なんか、その感じがすごい面白くて、もうなんかもう大爆笑してました。ここの動物もあれじゃんとか、ここの動物もまったく元気ないねとか言ってて、だからなんかその元気なさに元気をもらいましたね。なんか素直だなと思って、なんか何も考えてないそのなんか動物たちに癒されたんですけど、もう本当に山口はすごい楽しかったですね。あの、料理とかもすごいやっぱ、さすが海の近くだけあって、お魚の料理がすごいおいしくて、もう大満足で帰ってきました。
はい、という訳で、今日もアツアツな道重さゆみと30分最後までお付き合いください。では、まずはみなさんご一緒に、今夜もうさちゃんピース!
では、1曲目聴いてください。えー、モーニング娘。40枚目のシングルです。「なんちゃって恋愛」。

M-① なんちゃって恋愛(モーニング娘。)

【さゆの小部屋】

■さゆみん、こんばんは。さて、コンサートの楽しみの1つ、ケータリングですが、いつもどんなメニューがあるんですか?さゆみんの好きなケータリングのメニューは何ですか?教えてください。

そうですね、なんか、どんなメニューってなんか結構、あの、よくあるのは、やっぱりハンバーグとか、唐揚げとか、なんかそういう定番的な、本当になんか、よくなんか定食とかでありそうなのが多いんですけど、やっぱ生姜焼きとか、そういうのが、やっぱ多いかな。
あとはまあご飯とかは必ず置いてくれてるんで...あと、サラダも絶対ありますね。やっぱ、メンバー、サラダが好きなん...だからか分かんないんですけど、サラダは絶対用意してくれてて、だからそんな...結構、なんか、ありきたりというか、まあ、毎回毎回似たような感じなんですけど、さゆみがだからその中で出ると嬉しいのは、パスタが出ると嬉しいですね。やっぱご飯とかが多いんで、麺類とかが出ると、すごいテンションが上がるんですけど、夏とかだと、冷やし中華とか出ると、結構...あ、この前は、あの、ケータリングでかき氷があったんですよ。しかも自分でガーってやるんですね。なんでそういうのが、すごい楽しかったし、そういうのはすごい嬉しいですね。なんか、ちょっと普段ない感じが楽しめるのはいいですよね。
あとは、さゆみは、やっぱり角煮とかが大好きなんで、あの、お肉とかが出ると嬉しいんですけど、あの、やっぱ食べたいと思って、すっごい食べると、コンサート中にすごい気持ち悪くなったことがあって、角煮を、さゆみ、その時は、7個食べたんですよ。すごいおいしくて、角煮が。で、もう角煮だけを。他の物を何も食べずに角煮だけを、おいしいおいしいって言って7個食べたら、コンサート中気持ち悪くて、胃が。もう本当に、もうすごい後悔して、それからは角煮が出ても1つだけって決めてるんですけど、1つでも、やっぱ角煮を食べてそうなったっていう事実があるから、なっちゃったらどうしようっていうことで、1つでも結構気持ち悪いみたいな、たぶん、気分の問題かもしれないんですけど、気持ち悪いかもっていう感覚に陥っちゃうから、最近は角煮があっても、あの、一口も食べないで我慢したりとか、結構そういう努力をしてるんですけど、なんかやっぱり、食べたいって思う気持ちと、なんか、体が受け付ける物がやっぱ違くて、だからそれは最近ちょっと、あの、頑張って我慢しようと思ってるんですけど、あとは、魚もよく出るんですけど、鮭とかならまだ平気なんですけど、サバを食べると、なんか、コンサート中にサバの、なんか自分がサバになった気分っていうか、あの、ちゃんとサバを食べた後に歯ブラシとかもしても、あの、コンサート中、踊ったりとかして勢いよく、「みんな盛り上がってる?」とか言ったりとかすると、口の中からサバっぽくなるんですよ。だから、あの、サバは本当によくケータリングで出て、しかも、おいしいから、大好きだし、食べたいんですけど、サバが出た時も我慢しますね。やっぱコンサート中、サバを思い出すのはちょっとなんか、あんまりさゆみ的に気持ちいい感じから急に、なんか、海な感じになっちゃうので、あんまりよくないなと思って、あの、すごいケータリングで出て嬉しいのはたくさんあるんですけど、我慢するのも意外に多い気がしますね。

■さゆみん、こんばんは。さて、以前の放送で、1日でどれくらい体重が増えるか気になると言っていましたね。僕の最高記録は1日4kg増えました。高校生の頃、部活が休みだったために1日中好き放題に食べまくっていたら、夜、体重計に乗ってびっくり。4kgってすごいですよね。翌日、もちろん部活の監督に怒られましたよ。さゆみんは1日に最高どれくらい食べられますか?

4kgはすごいですね。4kgはさゆみ、さすがに経験したことないですけど、えー、でもさゆみは、えー、こんなこと言っていいのかな? さゆみは2kgまではありますね。あのね、たぶんこれ、17か8ぐらいの時に、なんかすごい、あの、ダイエットをしてて、その頃、さゆみ。結構、あの、あんまり食べないダイエットをしてたんですよ、我慢するっていうダイエットをしてて、いまじゃ絶対できないんですけど、その頃って、なんか、我慢ができて、結構別に普通に、なんか、我慢してる自分が気持ちいい...なんかMですよね、なんか結構、我慢してて、なんか、我慢してるのに、テレビとかでそういうスイーツとか出てて、おいしそう、でも、さゆみは我慢してるっていうそのことがすごい楽しくて、だから、いま思うとよくできたなと思うんですけど、その頃はそんな苦痛じゃなくて、楽しくやってたんですけど、ダイエットを。で、で、でも、楽しくやってるけど、やっぱり、あの、やっぱどっかで食べたいっていう気持ちがあるのを抑えてるわけですから、なんか、お休みの日とかに1口甘い物食べると止まんなくなって、すごい食べてたら、1日で2kg太ったことあります。だから、うわーと思って、こんなことってあるんだと思って、すごいそれはショックだったんですけど、でも、その時が一番最高ですね。
最近では、うーん、1.2kgとか、結構簡単に増えますね。あの、なんか普通に焼肉とか行ったら普通に1.2kgとか増えてて、あー、やばいなと思って、ちょっとずつ我慢...我慢っていうほどじゃなくて、気をつけるようにしてます。なんかもう、やっぱ10代の頃の、あの我慢するっていうのは、あの、お母さんとかも心配してたし、だからもうやめようって、周りに迷惑のかかる我慢はやめようと思いますね。

■さゆみん、こんにゃー。先日、「ミュージックステーション」に出演してるのを見させてもらいました。僕らファンにとっても久しぶりの出演だったので、出演が決まってからすごく楽しみでした。2年以上ぶりの出演でしたが、本番やリハーサルでの裏話があれば教えてください。さゆみん、生放送はやっぱり緊張しましたか?

緊張しますね。でも、楽しいですね。なんか、あの、緊張するかなってすごいドキドキしてたんですけど、いざ本番が始まると、やっぱ、生放送だから、もうやっちゃったもん勝ちだから、なんかそう思うと逆にすごい自分だけの、なんかすごい...自分がすごい味方がしちゃって、誰に注意されることもなく、なんかもうやっちゃったらそれで、まあ、後から怒られるにしても、やっちゃえば終わりなんだからと思うと、結構、生ってそういう楽しさがあるんですけど、まあ、本当にね、OGの方と一緒だったので、そっちの方が緊張しましたね。
だから、本番のその一発の生の1回っていうよりも、リハーサルの、その、何十回とかの方が緊張しました。当たらないかなとか、あー、どうしよう、飯田さんちゃんとここに来てくれるかなとか、さゆみ、飯田さんの後なんだけど、とか思って、で、まあ、案の定、何回も、さゆ、ここ...ここだよとか言われて、あ、でも、飯田さんがそこにいないから、さゆみ、取れないんだけど、番号とか思いつつも、すいませんって言って、まあ、ちゃんと、あの、頑張って、昔を思い出して、あの、ちょっと初心にも戻れたし、すごいいい経験だなと思ったんですけど、やっぱりみんな本当に個性が強いなって感じますね。まあ、いまのモーニング娘。9人もそれぞれ違って、すごい楽しいんですけど、リハーサルはもう、まず紺野さんは、5分ぐらい遅れてくるんですよ、絶対。「おはようございま~す」って言いながら、すごいふわふわ~ってしながら、ちょっとなんか、申し訳なさそうにもせずに、本当にあのまんまのテンションで、あの、ちょっとだけ、あの、遅れてきて、あー、学校かなと思いつつ、でも本当に何も変わらない感じで、でも本当に中澤さん...中澤さんがすごいなんていうんだろ、なんかすごい、モーニング愛を感じるというか、なんか、あの、次、41枚目のCDもなんか、サイン書いてちょうだいねって言ってくれたりとか、すごいなんか、中澤さんにはすごいいっぱい助けられてて、本当にいい経験をさせてもらいました。楽しかったです。ありがとうございます。
あ、石川さんはねえ...石川さんは、あの、なんですかね、やっぱ独特な雰囲気があるなって思ったんですけど、でもなんか、優しかったです。なんか、体調大丈夫?って心配してくれたりとかして、あ、なんかさゆみ、ラジオであんなこと言っちゃったけど、そんな優しい声かけてくれるんなら、さゆみ、上げとけばよかったって後悔するくらいいい人でした。またこんなこと言ったら怒られるな。

【天使さゆみと小悪魔さゆみ】

■「プラチナ 9 DISCO」のライヴDVDを見ている時の天使さゆみと小悪魔さゆみの一言
天使「楽しかったライヴを思い出すね」
小悪魔「まあ、さゆみが映ってない所はスキップするけどね」

でも、これ、もちろんですね。でいうか、まずは、まずはそりゃあ1番に、オープニングから見るんじゃなくて、「It's You」を見ますよね。「It's You」を見て...まあ、さゆみの勝手な順番ですけど、「It's You」を一番に見て、オープニングからザーっと見て、途中のソロ・コーナーとかは飛ばして、でも、「It's You」だけまたそこで見て、で、ソロ・コーナーを、みんなの所をちょっと飛ばさせていただきまして、で、また全員曲の所をガーって見て、で、一番最後までいったら、もう1回「It's You」を見て、とりあえずその日は終わるんですよ。
でも、ちょっと時間がある日とか、まあ、こういっちゃなんですけど、暇な日?とかは、ちょっと暇つぶしっていうとあれですけど、でもちょっとまあ、みんなのどんな感じだろうと思って、まあ、オープニングから全部通して、あの、流し見したりしますね。「It's You」だけは真剣に見ます。
でもやっぱ、でもたぶんみんなそうだと思いますよ。あの、さゆみ以外のメンバーもそうだと思うし、あの、ファンの方もやっぱ自分の好きな子ばっかりを見ると思うので、あの、そうやって飛ばし飛ばしするのは、まあ全然、まあそれが自分の見方っていうか楽しみ方なので全然いいと思うんですけど、まあ、「It's You」はいい感じなのでね、ぜひ見てほしいなって思います。

■「得意な料理は何ですか?」と聞かれた時の天使さゆみと小悪魔さゆみの一言

天使「普段はあんまりお料理しないんです」
小悪魔「さゆみの巧みな話術とセクシーヴォイスという調味料で毎週リスナーをうまく料理してるやろ」

まあ、理想ですよね、これが。最高じゃないですか。だって、セクシーヴォイスっていうなんか、素敵ななんか、響きといい感じ...感じと、あと、巧みな話術っていうのは、本当にやっぱ、経験を積まないとできないものだし、しかもなんか、さゆみって、同じことばっかり言っちゃうので、なんかそれは、本当によくないなと思いつつも、でも、よくないなと思ってもやっぱ言葉を知らないとそれは直せないから、だからどうすることもできない...まあ、どうすることもできるかもしれないんですけど、努力が必要だから、やっぱり簡単にはできないと思うので、これは理想ですね。はい。

■つんく♂さんからソロパートもらえた時の天使さゆみと小悪魔さゆみ
天使「うわー、ありがとうございます。一生懸命歌います」
小悪魔「ったく、遅えんだよ。やっと私の才能に気付いたか。次はサビな」

ええ、よろしくお願いします。もう、ぜひよろしくお願いしますって感じなんですけど、でも、まあ、よろしくお願いしますっていうからには、さゆみも頑張らなきゃいけないんですけど、だからまあ、天使さゆみのその「一生懸命歌います」っていうその気持ちと、あの、本当に、あの、やっとか、やっと来たかっていう気持ち、たぶん両方あるとは思うんですけど、でも本当に来たら嬉しいなと思うけど、相当プレッシャーですよね。だから、でもどうなんだろう、毎回、愛ちゃんとかれ...まあ、高橋愛ちゃんとか田中れいなちゃんとかってやっぱ毎回、すごいサビとかたくさん歌うけど、すごい精神面の持ち主だなと思いますね。さゆみだったら、倒れちゃうと思います。でもやっぱまあ、歌が好きだし、やっぱ、あの、まあ、上手ですねっていったらたぶん、いやいやいやって否定するとは思うんですけど、やっぱ得...得意っていうか、やっぱまあ、努力とかもちろんたくさんしてるとは思うけど、すごい上手じゃないですか、愛ちゃんとかって。その中で、でも、やっぱりそれを毎回、歌収録とかも生でやって、ライヴとかもファンの人とかみんな見てるのに、それで、あの、すごい表情とかも、毎回、なんか、上手な感じにやってて、それをやるっていうかこなすっていうその力は、一緒にグループでやってても、やっぱ愛ちゃんってすごいなって思うし、やっぱ目が行くから、それだけのやっぱ力があるんだなって思うので、やっぱ、ね、それの...その才能は本当にすごいなって思うから、さゆみもちょっと近付けれるように頑張りたいと思います。

■色々なバラエティー番組に出てみて、天使さゆみと小悪魔さゆみの一言
天使「初めは緊張しましたが、共演者のみなさんが優しく接してくれて、リラックスしてできました」
小悪魔「やっぱり私が一番可愛いって改めて認識しました」

でもねえ、いや、これはないですね。なんかもう、芸能人ってすごいと思います。本当に顔ちっちゃいし、首が細い、まず。さゆみ、なんか、顔がちっちゃいっていうか、首が細いんですよね、みんな。だから、そんな顔ちっちゃくても平気なんだっていう、なんか、首に伴って顔がちっちゃいっていうイメージなんですよね。もう本当にみんな、すごい...よくやっぱ、あの、バラエティーとかだと、あの、後から見ることが多いです、さゆみ、後の方に立つことが多いから、後から、あの、あ、芸能人だって思いながら見るんですけど、本当になんか、首が細いのが、すごい印象的なんですよね。だから前から見ると顔がちっちゃって思うかもしれないんですけど、前から見るとその前に緊張が来て、そんなこと考える余地がないので、後から見る時に、勝手に堪能してるんですけど、いや、もうすごい本当にみんな、首が細いな~っていうのを感じますね。
でも、あの、みんな、相当いい人ですね。やっぱ、なんだろうな、なんか、やっぱり、さゆみもバラエティー出てすごい緊張するんですけど、緊張してるんですとか言うと、大丈夫だよって言ってくれたりとか、あとなんか、やっぱり、あの、緊張してるって、たぶんその気持ちを、たぶんみなさんも経験されたことがあるのか分からないんですけど、すごい、すぐくみ取ってくれるというか、分かってくれて、あの、自分から、緊張してるんですとか言わなくても、大丈夫?って言ってくれたりとか、なんかすごい、全然初対面とかでも、みなさんすごい気を配ってくれて、話しかけてくれたりとか、すごいやりやすい空気を作ってくれる方とかもいて、すごいなんか、あー、みんなすごい、なんかすごいいい人なんだなっていうのを感じますね。

■エレベーターが閉まるギリギリで乗ってきた石川さんに天使さゆみと小悪魔さゆみの心の一言
天使「危ない!天下の石川さんをドアに挟むところだった」
小悪魔「チッ、もうちょっと早く閉まるボタンを押しとけば」

いやー、これは天使さゆみの方ですね。だって、閉まるボタンをもうちょっと早く押しといて、仮にはさんだところで、あ、すいませんっていうの、いちいち面倒くさいじゃないですか。そういう気持ちになるのもちょっと大変だし、だから、あの、もう普通に当たり障りなく、普通に、あの、あ、おつかれさまで~すって言って、ギリギリで乗ってきた石川さんを出迎えてあげたいなと思いますね。

M-② 弱虫(モーニング娘。)

【エンディング】

□妄想セクシーワード:マンゴスチン

これは、なんか、果物らしくて、さゆみは今回はじめてこのマンゴスチンの存在を知ったんですけど、マンゴー...マンゴーみたいなんですかね、味は。どうなんだろう。なんでマンゴスチンっていうんだろう。なんか、見た目はライチみたいな感じで、わざわざ写真も一緒に送ってくれ...写真っていうか、チラシの切り端みたいな感じで、なんかすごい生活感溢れる感じで送っていただいたんですけど、まあ、1個150円っていうね、まあ、どうなんだろう、大きさが分かんないから安いか高いかもちょっと定かではないんですけど、おいしいんですかね。でも、冷やした方がおいしそうですよね。まあそんな感じで、なんか、ライチみたいな見た目ですけど。まあいつか、はい、食べてみたいなと、セクシーなね、食べ方で、マンゴスチンをいただきたいなと思います。

そして、えー、「モーニング娘。コンサートツアー2009秋~ナインスマイル~」が、えー、9月19日から始まります。えー、9月26日、27日に愛知県勤労会館講堂にて行います。そうですね、まあ、今回は、まあ、ナインスマイルということなので、まあ、9人のスマイルが見れるかなと思うんですけど、まあ、来てくれたみなさんの笑顔も見たいなと思うので、まあ、10人目の笑顔はあなたですよっていうことで、自分の中では勝手にテンスマイルという、あの、テーマで、はい、ちょっとリハーサルとかもやりたいなって思ってますので、みなさんぜひ遊びに来てください。
ということで、今日はこのへんで終了です。お相手はモーニング娘。道重さゆみでした。
来週もあなたのハートにうさちゃんピース!おやさゆみん。

2009年9月 2日 (水)

道重さゆみと平成ニッポン。

大阪に来ている。到着4時間にして早くもこなすべき用件の幾つかを済ませ、その合間になんばグランド花月近くの釜たけうどんでちく玉天ぶっかけを食したり、そごう心斎橋本店が閉店したことを確認したり、2年前に本物の道重さゆみを目撃し、人生が変わるきっかけとなった大阪城公園を散策し、船場カリーアトレ店牛すじねぎカリーを食べ、不覚にもお腹いっぱいである。ダイワロイネットホテル四ツ橋は宿泊料金が安いことはもちろんなのだが、14時からチェックインが出来るのも大きな魅力だ。という訳で、早くも落ち着いている。いや、まだまだ用件があるし、せえっかくなので行っておきたい場所もあるので、より全開でいきたいところではあるのだが。現場から致命的な問題の報告が入ったが、これも確信を持って遠隔解決している。

さて、昨夜は早寝しようとしたものの、某スレッドの数名の方々に励ましのお言葉をいただいたりして遅くなってしまった訳だが、昨日、道重さゆみが出演した「ロンドンハーツ」の反響がものごっつい。やはり道重さゆみは本物だな、ということを強く感じる。20年近く日本の芸能界・音楽界にほとんど興味がなく、テレビもあまり見ない私が、なぜ道重さゆみにだけ強く反応してしまったのか。それは、さまざまな偶然なり必然が招いた事実であり、道重さゆみそのものがそれほど特別な訳ではないのではないか、とも思っていたのだが、いざテレビ出演が増えると、こういう状況である。この現象を読み解いていくと、なぜ私にとって道重さゆみがこんなにも重要なのかということ、平成ニッポンが抱える憂鬱な日常に、なぜ道重さゆみが現れなくてはならなかったか。サッチャー政権下のイギリスの抑圧された社会に突如としてパンク・ムーヴメントが生まれ、多くの反感を買いながらも、世界を鮮やかにポップに塗り替えていったことが連想される。

まず、敵意とは、恐怖から生まれる。これはかなり以前にマドンナがインタヴューにおいて、誰かの言葉を引用して語っていたのだと思うが、ただ何となく好みではないとか自分の趣味に合わないというものであれば、無視していれば済むことである。これを嫌い、憎むだけの理由と正当性を探し、それをわざわざ言葉で発表するということにはかなり大きなエネルギーを要する。掲示板などでいわゆるアンチ活動や荒し行為を行うような人達、会社や学校でいつも人の悪口ばかり言っている同僚や同級生というのがいる。もっと有効なことにエネルギーを費やせないものだろうか、なぜ、好きな物よりも嫌いな物の方に自分の時間や労力を費やすのだろうか、と不思議に思ったことはないだろうか。これはつまり、必死なのである。それを認めてしまうと自分の存在意義が否定されたり消えて無くなったりしかねない、そういう状況に置かれている。だから必死で否定するのだが、自己防御の為の攻撃性というだけではあまりにも根拠が弱いような気がして不安になる為、他者に同意を求めたり、客観的に否定をしやすいような側面を探し出して誇張したりする。自分が敵視している物事の存在を考えた時、それらは自分の存在を脅かす恐怖をもたらすような物であるはずだ。一方、恐怖するに値しないものに対しては、憐れみや軽蔑しか感じず、敵意を抱いたり憎むというレベルには発展しない。また、実は激しく敵意を抱いているのだが、それを認めたくないが為に、憐れんでいることにするという場合もある。

今回もアンチか誰か分からないのだが、いわゆる一般視聴者のブログやSNSなどから道重さゆみに対する否定的な言葉を抽出するという地道な活動をしている方々のおかげで、あまり苦労することなく、これらを多数一気に読むことができた。若い子というのは昔から芸能人の悪口を言うものであり、特に同性アイドルなんていうのはその標的になりやすい。たとえばmixiとかモバゲーとかの書き込みというのは、昔ならば学校の教室や放課後のファストフード・レストランなどで友達同士でしゃべっていたような内容が文章になって不特定多数が見られる所に出ているだけであり、これらをあらかじめ不特定多数に読まれることを前提とした文章と比較してもあまり意味がない。それはそうとして、どうやらある意図の為に捏造されたものも中にはあるという話もあるが、まずは量が圧倒的に多い。そして、芸能人をこんなに嫌いになったのは初めて、というような書き込みがいくつか見られる。

主も多い批判内容は、自分のことを可愛いと言っているのが気持ち悪い、イタいというもの。まず、大半の人は自分にいくらかのコンプレックスを持っている。それをかばい合ったり気を遣ってふれないようにすることによって、コミュニケーションが成立している。自分の意見を主張するよりも、その場の雰囲気を壊さないことを重視するようなコミュニケーション状況があり、それは「空気読め」という言葉の流通に象徴されている。しかし、このような表層的なコミュニケーションは、生身で切実な欲望や感情を隠蔽し、それらは歪んだ形で噴出する。ブログや掲示板の荒し行為やインターネットを舞台とした陰湿ないじめなどにそれが表れている。これが正しいとか正しくないとか言ったところで意味がない話で、これが現実というだけのことである。

場の雰囲気を崩さず、空気を読んで生活しているが、実存が空虚だ。自分とは一体何なのだ。それに確信が持てて、ブレずに真っ直ぐに生きている人は、他人の誹謗中傷なんかはしない。時間と労力の無駄だし、だいいち他にもっと大事なやる事がたくさんある。自分の存在や生き方に確信が持てず、このままではいけないとは思いながらも、ついつい楽な逃げ道を探してしまう。確かに、時代は何となくそんな気分だし、それがやむをえない部分もあるだろう。インターネットの掲示板の幾つかや芸能人が悪口を言い合うバラエティー番組というのは、そういう人達が、ひとときのダメだとは分かってはいるが気楽に楽しめる娯楽ではある。コンプレックスを突かれ、誹謗中傷され、落ち込んだり落ち込まされたりして、それでもその根底ではフォローし合っているという暗黙の了解。これを見て安心する訳だ。芸能人も同じなのだと。あからさまな不幸は無いが、なんとなく不機嫌で憂鬱な気分が蔓延する、平成ニッポンとはこんなところか。努力は報われないが、それはおそらく生まれた時代が悪いのであって、自分は何も悪くない。なぜなら、自分は空気が読めるし、友達からも性格が良いと言われている。ブログにもコメントがたくさん付いているし、マイミクだってたくさんいる。

道重さゆみがなぜここまで、いわゆる一般視聴者を怒らせたかというと、それは上記のタブーをことごとく破ったからである。よって、自分のことを可愛いということに対し、批判が集中する。本当は自分もそう言いたいが言えない。そして、そんなに可愛くないよね?と共感を求める書き込みをする。そこに慣れ合いコメントが付いて安心する。自分の方が道重より可愛いとは書かず、misonoの方が、スザンヌの方が、自分の周りにはもっと可愛い子がいる、などと書く。自分の方が可愛いと書いているブログもあったが、見てみると本当に可愛く、しかもその女性は道重さゆみを肯定していた。それだけではさすがに不安なのか、モーニング娘。は落ち目だとか、客観的に同意しやすい要素を引っ張り出して来て安心する。あとは、先輩に対してあの口の聞き方はないとか、常識を知らないとか。あの番組に出るにあたって、道重さゆみがあれこれ葛藤し、その中でも番組に求められている役割を模索し、なんとかやり切り、その後も気になって共演者の楽屋に挨拶に行った。以下は、先々週のラジオ「今夜もうさちゃんピース」で語っていた言葉である。

「収録前の、あの、前夜から、超緊張してて、もう本当、胃が痛くて、どうしようと思って、やっぱなんか、あの、何が正しいのかっていう答がないわけじゃないですか。なんか、これを言っていいのかどうかも分からないし、言っちゃったらもう終わりだし、何をいまさゆみに求められてるかもよく分からないし、で、なんかこう、あの、まあ、MCの、あの、ロンドンブーツ淳さんもいるけど、でも、こうなんか、たくさん、本当に...本当に、こうなんていうんですか、すごい方じゃないですか、大物女優さんだし、だから、本当にこれを言っていいのかとか、なんか、やっぱヤバいこと言っちゃったなって、その、収録中に、やっぱちょっと後悔してる自分もいるし、でも、でも、大丈夫、さゆみはもうこれでやるって決めたから、もう全然後悔なんかしちゃダメだと思って、もう自分に言い聞かせて、すごい頑張ってる自分もいるし、もうだからね、すっごい、あの、緊張してるふうに、たぶん...自分でも見えなかったんですけど、いやー、ずっと緊張してましたね。緊張っていうのかな、あれは。なんか、あの、とりあえず何をしゃべっていいのか分からないというか、これをしゃべって、あの、いい方向に転がるかどうかって、初めてだったんで、どういうふうになるかっていう想像が付かなすぎちゃって、それがすごく難しかったんですけど、
やっぱ放送を見てくれた、あの、メンバーとかも、「面白かったよ」とか言ってくれたし、こう結構なんか、反響が大きかったので、その分では、あ、よく...ちゃんと出来たのかなっていうのはありますね、はい。
でもやっぱ本当緊張しましたね。もう本当にドキドキでしたもん。あの、だから、最後、終わった後に、あの、それぞれ、楽屋に挨拶させ...しにいかせてもらったんですけど、もうなんか本当に怖かったですね。
でも...え?誰が怖かった?さゆみ的には、言っちゃっていいのかな、国生さゆりさんが怖くて、でも、同じ元...あの、元...元アイドルって言ったらまたなんか支障があるかもしれないんですけど、こうなんか、おニャン子クラブさんでやってらっしゃったから、あの、まあ、いろいろまた、その、さゆみの毒をいっぱい吐いちゃったから、「あ、いろいろすいませんでした」って言ったら、「あ、全然大丈夫だよ」って笑顔だったんですけど、さゆみにはその笑顔に、また奥に何かがある気がしちゃって、すごく怖かったです。
でも、まあ、みなさん本当、「全然大丈夫だよ」「全然あれでいいんだよ」って言ってくれたので、すごい安心はしたんですけど、はい、でもなんか本当に、あの、あの場ではすごい、やっぱちょっと、なんだろう、番組的にか分かんないんですけど、ギスギスっていうか、結構あの、なんか、ちょっと飛び交ってる感じじゃないですか、なんか、お互いの意見が。でもすごい、終わるとみんなすごいなんか、優しくしてくださって、あ、本当にみんないい人なんだなっていうのはすごく感じますね。はい、そこに助けられます」

では、なぜ道重さゆみはあそこまでやるのか。こればかりは私には分からないが、何か偉大なことをやり遂げる人というのは、凡人には理解不能な原理原則で動いているものである。当初、私は、明らかに集中するであろう多数の非難の声に道重さゆみが押し潰されてしまうのではないかと心配していた。道重さゆみは、何でもケータイサイトで調べる習慣があり、「ロンドンハーツ」に対する誹謗中傷も分かった上でやっているに違いない。そこにどのような使命感だったり証明すべき理想があるのか。道重さゆみを誹謗中傷している大半の人達が誤解し、また、道重さゆみが意図的に誤解させているのが、道重さゆみは本当に自分のことを一番可愛いと思っているということである。道重さゆみこそコンプレックスの塊である。小さい頃から体が弱く、性格も地味でおとなしく、運動が出来ず、テニス部に入っても1人だけ新人戦に出してもらえず、中学受験には落ち、モーニング娘。に入ってやっとそれまでの不遇の日々が報われると思いきや、同期がソロ写真集やDVDを出すなかでなかなか自分だけ出せなかったり、歌のパートがもらえなかったり、デビュー当初の可愛い妹系キャラも後輩に奪われたり、本当に自分に価値はあるのだろうかと悩み苦しみ、その中でも自分に自信を持たせるために「よし!今日も可愛いゾ!」をやったり、ファンの応援に力をもらったりしながら、なんとか頑張ってきた。そして、3年前辺りからソロラジオが始まれば常にメモにトークのネタを書きため、明石家さんまのラジオのアシスタントに抜擢されれば、初めのうちは酷いこともいろいろ言われながらも果敢にチャレンジを繰り返し、いまやさんまが認めるまでになった。写真集やDVDが出る頻度も高まり、デビュー6年目にして初のソロ局ももらい、バラエティー番組単体出演というチャンスも掴んだ。道重さゆみのメッセージとは、こんなコンプレックスだらけの自分でも、自分は可愛いと言い聞かせて、何事も前向きに積極的に自分らしく取り組めば、みんなもっと幸せになれるはず、ということではないか。

私が道重さゆみに出会って一番良かったと思うことはやはりこの部分であり、人はちょっとしたことでネガティヴになったり自分を卑下したりするものだが、謙虚な姿勢はあくまで持ちつつも、あくまで自己を肯定し、良い所を伸ばしながら足りない所を補っていくというのが正しい。同じ人はいないんだ、みんながオリジナリティーということで、その場面でビビっちゃいけないのである。他人に対してそのように接しれば、それは自分にも返ってくるし、自分がそのような姿勢で生きていれば、自然とそのような人達が周囲に集まってくる。そして、自分の生を心から肯定できるようになり、それは周りをも幸せにする。これは人が生きる上での原理原則のようでもあるが、実行するのはなかなか難しく、私は道重さゆみに出会うことによって、これをリアルに自分のものとして取り戻すことが出来たし、このことは本当に感謝している。

道重さゆみの真相や深層、家族や地元を愛する素朴な心を持ったきわめて人間らしく気配りも出来る子であるという部分はまだ広く知られてはいない。3層構造のほんの表面に過ぎない。道重さゆみが明らかにしたものとは、今日のインターネット上のコミュニケーションというものが、いかに表層的なものに過ぎず、しかもあたかもそれが本当のコミュニケーションであるかのように誤解されているか、という現実である。ここからこれをどうしていくのか、というのはこれからの問題だ。

この文章を書いている間にも現場での問題が解決したので、そろそろ梅田の方に出かけてくる。まだ串カツもたこ焼も紺野あさ美が大好きな551蓬莱の豚まんも食べていない。しかし、梅田に着いたらまずはジューススタンドでミックスジュース。あと、水都大阪2009というのをやっているらしいのだが、どうなのだろうか。中之島の方でライトアップとかをしているらしい。だがしかし、新世界の方にもやはり行っておきたい。悩みは尽きない。では、また後で。

2009年9月 1日 (火)

全開で行こうかな(「ロンドンハーツ」の感想など)。

「ロンハー」おもしれええええええええええ。
いやー、もう期待の遥かに上をいく振り切れ具合、感動した。

前回放送時から、道重さゆみのヲタ以外の一般向けの戦略をどうすべきかなどをあれこれと考察していた私だが、そんな必要は一切無かった。当の道重さゆみ本人が一番ちゃんと分かっていたのだ。その根底にあるものはいまだによく分からずにいるのだが、とにかくこの爽快感というか疾走感は本物であり、道重さゆみにこんな潜在能力があったという事実に改めて驚かされた。

本日放送の「ロンドンハーツ」を見ていない方には何の話やらさっぱりだとは思うのだが、要はまたしても、「格付けしあう女たち」に道重さゆみが出演したのである。アイドル枠初出演から2回連続というのもすごいが、前回のインパクトを考えればそれも納得である。

道重さゆみはモーニング娘。に加入以降、ピュア系清純派の見た目に似合わぬ天使の毒というギャップがあった訳だが、あくまでこれはモーニング娘。のファンの中でこそ受け入れられたキャラクターである。今年初めの「教科書クイズ」から始まった単体テレビ出演ラッシュにおいては、この対ヲタクと一般視聴者に向けてのセルフプロデュースのギャップに、結構苦しんでいるように見えた。だが、その葛藤こそがリアルであり、ゆえにますます目が離せなくなった。そして、前回の「ロンドンハーツ」である。青木さやかや国生さゆりといった先輩大御所芸能人達に対して怒涛の毒舌攻勢、更に自分大好きなブリッコナルシストキャラの徹底アピール、misonoとのプロレス的バトルなど、ファンを冷や冷やさせ、一般視聴者に圧倒的なインパクトを与えた。

mixiやブログなどに道重さゆみを批判する言葉が溢れ、一時的に、「道重さゆみ」がGoogle検索ワード第1位になる。私は一般視聴者向けにまずはインパクトを与えるという目的では今回のアプローチは成功だと見ながらも、あまりにも大きい一般人からの否定的な意見に、道重さゆみ本人が精神的ダメージを受けないだろうかということが心配でもあった。明日発売の「TVガイド」に掲載されるインタヴュー記事によると、やはりネットで「道重さゆみ」を検索したようだ。そして、いろいろな意見があったようだと言って笑っている。

道重さゆみのいわゆるブリッコナルシストキャラというのは、本当は自信がない自分をポジティヴにする為にやっているものであり、ファンであればこのあたりのことはよく分かっている。ところが一般視聴者がそんなことを知るはずもなく、容姿のコンプレックスはタブーとしてスルーするのが暗黙のルールでる同調圧力を前提としたコミュニケーションにおいては、徹底的に排除されなくてはならないものである。よって、気楽に憂さ晴らしや暇潰しでテレビを見ていたいわゆる一般視聴者は、その聖域をよく知らない若くて、別に超絶に可愛い訳でも実際にはない、モーニング娘。ごときに侵されたことに対し、強い反感を覚える。もうちょっとうまいやり方もあるのではないか、などと私も思ったのだが、ここまで覚悟を決めていたとは。

高校時代に聴いた泉谷しげるの「スカー・ピープル」という曲には、「すぐ出る釘は打たれるが 出すぎる釘は打たれない」というフレーズがあり、なるほどと思ったことがある。先々週の「ヤングタウン土曜日」において、明石家さんまは、道重さゆみのキャラクターについて、典型的な女の子に嫌われるタイプとした上で、それを貫くき通せば一目置かれる存在になるというようなアドバイスをしていた。今日放送された「ロンドンハーツ」は、道重さゆみが20歳の誕生日を迎えるちょうどその瞬間にも収録されていて、このさんまのアドバイスはずっと後のことである。もう分かっていたし、決めていたのだ。

共演していた番組レギュラーのベテラン方や同じくアイドル枠で出演していたスザンヌ、misono、初出演の浜田ブリトニーらが自分の弱い面をアピールしたり、好感度を上げようという意識が見られたのに対し、道重さゆみがヒールキャラともいえるブリッコナルシストキャラを徹底していた。後半はMCの田村淳をも完全に味方に付け、「圧倒的に可愛い」「道重の言うことは絶対」などと言い出す始末。これによって、いわゆる一般視聴者の感情をさらに逆撫でしたであろうことは想像に難くない。アンチのみなさんはまたしてもこういういわゆる一般視聴者の想像力の乏しい道重さゆみ批判ブログやら日記をわざわざ探してきては、「道重さゆみはこんなにも一般人に嫌われている」だとか「モーニング娘。のイメージを落としている」などと騒ぐのだろうが、もうただただ愉快である。

この痛快さには、どこか既視感がある。それは、安全きわまりないアイドルやニューミュージックや演歌の歌手しか出演しない人気歌番組「ザ・ベストテン」にRCサクセションが出演し、ガムを噛みながら股間に手を入れて歌う忌野清志郎のカッコよさに通じている。また、これは過去の映像記録や伝説によって追体験したに過ぎないが、1970年代後半、当初の反体制的な態度は後退しすっかり巨大産業化したロック音楽界において、テクニックではなく冴えたアイデアと原初的なアプローチによって世間を怒らせ、一部から熱狂的な支持を得たセックス・ピストルズ。テレビに出るアイドル、芸能人というのは、私の昔の感覚だと、一般の人とはちょっとかけ離れた世界観だったり雰囲気を持った存在だった。テレビの中のアイドルは輝いていたが、一般にはあんなフリフリの服を着ている人はいなかった。私にとって芸能人とはそのような物で、これはロックンロールのルーツが性を強烈に意識させすぎるという理由で下半身をテレビに映すことを禁じられたエルヴィス・プレスリーの暴力性、攻撃性だったことに例えることが出来る。ロックンロールは時の経過と共に、お茶の間で楽しめる安全な娯楽に堕したが、芸能人もいつしか等身大のぶっちゃけトークだとかガールズトークだとかいう恋愛プライベート切り売りが主流の全く面白くもなんともないものになった。そこで、道重さゆみである。20歳にもなってあんなブリブリの衣装で頭にリボンを付けて、「よしッ、今日も可愛いゾ!」である。いまどき誰もやらないであろう、典型的アイドルキメポーズを恥ずかしげもなくノリノリでやる。ブレてない。カッコよすぎる。そこに理由なんていうのはない。ただ可愛いからやる。素晴らしい。初期衝動の発露が停滞した常識を破壊し、本当の真実はいわゆる良識派を怒らせる。しかし、確実に伝わる。そして、広がっていく。これはまさにパンク・ロックである。

産業ロックが大嫌いでパンク/ニュー・ウェイヴ好きの私が道重さゆみに魅かれる理由というのは、もしかするとこういうところにあるのかもしれない。

ところで、やはり明日は関西方面へ出かけることにしたので、そろそろ寝ようと思う。ちゃんとノートパソコンも持って行くので、大阪は本町辺りのホテルの部屋から「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしも行う。いかんともしがたい事情でここのコメント欄は閉じているのだが、そのような直接的手段を使わずしても、分かっている人にエールを送ったり送られたり、そのことがちょっとした生きる上での喜びや励みになるということはあるものだ。慣れ合いが得意ではない、どちらかというとネコ系の傾向を持つ私ではあるが、あくまで自分の為に綴っているこの駄文の幾つかが、少しでも人の心と時間を満たすことがあるのだとすれば、それはとても嬉しいことだ。

関西方面へはちゃんとした目的があって行くのだが、せっかくなので、オーサカキング会場で本物の道重さゆみを目撃したことから全てが始まり、私自身が全開で行こうかなモードであるいまだからこそ、OKステーション跡地である大阪城近辺を巡礼してみようかなとも思う。あと、あの評判のうどんには果たしてありつけるのだろうか。明日は、「こんうさピー」テキスト起こし以外に余力があれば何か書きます。おやさゆみん。

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