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2010年2月26日 (金)

道重さゆみちゃんが帰国したことなど。

数日前からお仕事で海外に行っていた道重さゆみちゃんがやっとこさ帰国したことをブログで報告した。海外でも使えると聞いて購入した携帯電話がまさかの圏外で、ブログが出来ないと分かった時、本気で落ち込んだという。結局はマネージャーさんの携帯電話を借りて更新したのだが、自由に自分がやりたい時に出来なかったことが、とてももどかしかったようだ。

しかしこのように自由を制限されたり距離を置くことを余儀なくされることによって、それに対する愛着が強化されたり、もっと大切に接することが出来るようになる契機でもあるので、これはこれで意味があったのではないか。案の定、帰国してから次々と更新しているようだ。

海外のどこへ行ったのか、何の仕事だったかはいろいろと大人の事情だとは思うのだが、明かされていない。帰国して帰宅したのも束の間、すぐにヤングタウン土曜日の収録である。仕事が終って帰宅してから数日間ぶりにパソコンフル活用ということなのだが、その前からすでに堰を切ったようである。

今回の海外滞在中のブログ更新では、食欲、睡眠欲、ブログ欲が道重さゆみちゃんの三大意欲である、などという話にもなったが、つまり、道重さゆみちゃんにとって、ブログによって自己を解放し、読者と繋がる行為というのは、エロス的欲求の充足でもあるのだ。時おり見られる無意識過剰とも周到な計算とも判断しかねるエロスの発露も、そのように考えるならば理解しやすい。ここは考えずに感じることこそが正しいのだが。

ゆえに道重さゆみちゃんにとって、パソコンでインターネットに繋がっている状態とはこの上ない恍惚の時だと想像できるのだが、数日ぶりの帰国したその夜ともなればなおのことであろう。

道重さゆみちゃんのブログ記事にはもれなくコメントを書きこんでいるが、やはり自分のブログにおいてしっかりと読み込みの記録および発表をしておきたい。しかし、仕事の打ち合わせ的なものやら何やらが夜遅くまで及び、自分のパソコンを触ることが出来ない。それは明日にでもパソコンが触れる状況になってからやるとして、いまはとりあえず携帯電話から大雑把な内容を更新しておきたい。

GREEのブログが始まったことにより、道重さゆみちゃんの毎日を本人の言葉で知ることができてとても楽しい。それで思ったことなのだが、やはり私は道重さゆみちゃんに憧れている、道重さゆみちゃんのようになりたいと思って見ているのだな、ということである。

アイドルが好きだということは一般的に疑似恋愛だとか性的ファンタジーを満たしたりする対象としてアイドルのことを見るということなのだろうが、そうではなくて、その生き方、あり方に憧れる。辛いことや悲しいこともきっとたくさんあるだろうが、毎日楽しくかわいく生きようとしているその姿勢が素晴らしい。また、ラジオもバラエティーもブログも、少しでもチャンスがあればそれをしっかりとつかんで、葛藤して努力して自ら可能性を広げていった。

大なり小なり好き好んで入った世界や始めた仕事で、思い通りに行かないことや壁にぶつかって押し潰されそうになる。よくありふれたことだろう。そこで、自分はどうありたいのか、何をどういうふうにやりたいのか、そのようなビジョンをしっかりと持ち、それに向かって一生懸命努力をすること。また、いつも謙虚な心と感謝の気持ちを持つこと。これはビジネスマンが読むべき自己啓発本やいわゆる成功本の類いにはよく書いてあるのだが、これを道重さゆみちゃんは無意識のうちにやってしまっているのだ。いろいろと人よりも劣っているところもあるけれども、こういうところでクリアしてきているのだ。しかも、かわいい。

見回してみると、自分の周りにもチャンスはたくさんある。いや、そんなにたくさんはないかもしれないけれども、十分なぐらいはあるのだ。理想を描き、強く思っていると、日頃の行動言動が自ずとそれを目指したものになり、やがて呼び寄せる。

私は私の道重さゆみちゃんを生きなくてはならないというのはそのようなことであり、そうすれば生きることはふたたび輝きを取り戻す。心の中の暗闇に一筋の光が射し込み、そこに向かって手を伸ばし、跳びはねると、まるで何だか届きそうな気がする。心が躍動し、踊ったり笑ったりしたい気持ちでいっぱいになり、そうしたら周りに同じような人たちが大勢集まった。私にとっての道重さゆみちゃんとは、そのような存在に他ならない。

日々生きること、何かを為すことにどれほどの意味があるのだろう。自分の存在に価値はあるのか。人はついついそのようなことを考えてしまう。確かに虚しく理不尽に思えることは多く、所詮は遺伝子の運び屋に過ぎない。あまり意味とか理由とかを考えてもしょうがないのかもしれない。しかし、だからこそ人間だ。それでも、たとえば道重さゆみちゃんが私に与えてくれているようなことが誰かに対して出来るとするならば、そこには間違いなく意味や価値がある。だから、そのように生きたいと思う。そして、告白の日は訪れるだろうか。

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