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2010年2月22日 (月)

道重さゆみちゃんブログとなんでもない日。

記事を公開した後で道重さゆみちゃん公式ブログが更新されたことは知っていたのだが、今日はもう寝てしまおうと思った。シャワーを浴び、パソコンの電源を切り、毛布にくるまって、眠りが訪れるのを待っていた。

日が替わって2月22日はうさちゃんピースの日、これは覚えていた。しかし、猫の日であって夫婦の日であることはすっかり忘れていた。道重さゆみちゃんの「何でもない日」の記事を読んで思い出した。

「不思議の国のアリス」の中に出てくるこの曲のことは、かつてこんうさピーにおいても、祝日を制定できるとしたら何月何日を何の日にするかというような質問の時に話していたはずだ。何でもない日というのがいかに素晴らしく価値があるものなのか。

ライトを落とし、真っ暗になった自室にて、嫁はベッドで眠りに落ちていて、子猫が机の上から私の頭をパンチしたり床に跳び降りたりしている。そして、携帯のディスプレイだけが光り、私は小さなボタンをちまちまと押している。

その前に「姉の感覚」という記事があり、大好きなお姉ちゃんのことを書いていた。すでにラジオなどで話されたネタで面白い物が山ほどあるのだが、ブログにはこれまでに聞いたことのないエピソードが綴られていた。道重さゆみちゃんのお姉ちゃんはかつてブログをやっていて、動画も貼りつけていたが、それが下着姿でY字バランスをしたものなどで、今回も猫のキャサリンちゃんの画像以外にいろいろ送られてきたのだが、公表できないものばかりだったらしい。また、メールを打つ際も1文字前で打つのをやめてしまっているため、意味不定な文章になったりしているという。これも初めて聞いたエピソードだ。どれだけネタの宝庫なんだろう。

そして、「何でもない日」である。平凡を嫌い、向こう見ずに何か大きなことを成し遂げてやろうと大口を叩き、好きなようにやった結果、手に入れられた物に確かさは1つもなかった。かといってグラスの中の氷のようにきれいさっぱり消えてしまうという勇気すらなく、ただただ不活発な生を延命させるだけの日々が続いていた。自らそれを絶ち切れば、自分自身を責める人が出てくるから、そんな迷惑はかけたくないと都合のいい言い訳をして、心が弱い女の子たちの心を救ったような気になったりして、そんなところだけにかろうじて生きている実感があった。彼女たちの輝きにだけは、嘘はなかったから。

日々の退屈を紛らわすため、死ぬまでの壮大な暇つぶしツールの1つとしてインターネットがあり、予期せずして、ほとんど興味のなかったモーニング娘。の道重さゆみちゃんに出会った。ラジオを聴いたり写真集を買ったりイベントを観覧に行ったり、当時の自分からは考えられないような行動を、何かに導かれるようにして、取ってしまっている自分がいた。

おとなしくて運動が苦手な田舎の子供、それはいつかの私そのものであった。都会での大げさな成功や名声、そんなものを目指し、それだけを考え、その可能性が潰えた時に、残されたものは何もなかった。道重さゆみちゃんはラジオで、家族や祖父母、地元への愛着をとても素直に話していて、そんなところにすごく引かれた。そして、道重さゆみちゃんが生まれ育ったあの町を訪れた時、その自然の多さ、さわやかな朝、きれいな夜空などを体感し、涙が出てきた。そこには私がすっかりと忘れていたが、人生にとって最も大切な物のヒントが隠されていた。

私はもう一度、自分の人生を見つめ直した。その時に何をするべきなのか、何と向き合い、何を解決しなくてはいけないのか。健康や家族の重要性というものを、道重さゆみちゃんは無意識のうちに強く訴えかけている。私は健康を害するようなことをやめて、規則正しい睡眠やバランスのとれた食生活を心がけるようにした。そして、嫁との関係の修復につとめ、長い間避けていた実家にも帰り、両親と和解した。まだまだ問題は山積みであり、目指すところには遠い。しかし、以前とはまったく違う。すなわちなんでもない日の1日1日をしっかりとよりよく生きる、これの継続がきっと目指すべき理想の実現へと繋がるのだろう。すべて、道重さゆみちゃんに出会えなければ、分からないままだった。それはどんなにか不幸な人生だっただろう。

「何でもない日」の文章を読み返し、ビフォーアフターのアフターの方の画像を見つめた。本当にこのかわいい女の子が、こんなことを考え、そしてあの文章を書いたのか。一体、何なのだろう、この感じは。私は私にとっての道重さゆみを生きなくてはいけない。そのために出会った。私は道重さゆみちゃんに萌えるのではなくて、道重さゆみちゃんになりたいだけなのだ。そのことは分かっている。

しかし、それをずっと断片的な情報を繋ぎ合わせて、自分なりに都合のいいようにカスタマイズしていた。リアルでの恋愛だったり憧れというのも、構造は同じだ。対幻想だったり共同幻想だったり。はたから見ればバカげているように見えるかもしれないが、自分自身がよりよく生きるためにそれを選んだ。もしくは、それに見つかった。

道重さゆみちゃんがブログによって自らの言葉で、その思想・哲学を語りはじめた衝撃は大きい。日常や仕事の様子がよりよく分かる、というぐらいの心の準備しかできていなかった。だから、本当に心臓を撃ち抜かれたような気分なのだ。私は自分自身が相当に暑苦しく面倒くさくトゥーマッチな人間であるかについて、ある程度は把握しているつもりである。そのことを自覚した上で、円滑な社会生活が送れるように、しかるべき距離感をひじょうに大切にしている。私は道重さゆみちゃんを勝手に都合のいいように理想化し、私の中のそのような過剰さを投影し、それを愛することによって、自分自身をも救おうとしていた。しかし、どうやら道重さゆみちゃんは、私が見積もっていた以上に、相当に過剰な女の子であるように思える。そして、それを私が美しいと思うのならば、もちろんそれを目指さなくてはいけない。生きていく上での目標、生きがいを、またしても道重さゆみちゃんは私に与えてくれた。

まったくの余談だが、午前2時過ぎに、ある読者様からとても丁寧で心のこもったメールをいただいた。とても温かい言葉がたくさん書かれていた。改めてちゃんとお返事を書こうと思う。今日はもうなんか燃え尽き気味なので、本当に申し訳ない。でも、本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。

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