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2010年2月16日 (火)

道重さゆみちゃんブログが今日もすごい。

2月14日バレンタインデーは道重さゆみちゃんがオフの1日をほぼリアルタイムでブログで報告という、実に楽しい1日であった。明けて今日はお仕事ということで、更新はおそらく少なくなる気がした。朝起きて、ゴミを出してパソコンを立ち上げて、朝食のパンを食べながら道重さゆみちゃんブログにアクセスしたのだが、昨夜のキムチ鍋の画像がまだ一番上に載っていた。

仕事へ行かなくてもよい日だったのだが、嫁が福岡の実家へ帰っているため、家のことやら子猫の世話やらをいろいろとやらなければならなかった。銀座あたりまでちょいと出かけようかというプランもあったのだが、雨が降っていて、動機づけが煩雑さを上回ることができず、結局ネオアコを流しながらファイルの整理だとかをやって過ごした。それでも子猫が遊んでほしくて何度も鳴いたりするので、遊んであげたりもしなくてはならず、もうかなり私になついてきたわけだが、いまは足元の電気ストーブの前で眠っている。

午後にアクセスしてみると記事が上がっていて、寝起きのようなノーメイクの写真が載っていた。このナチュラルな感じはブログでなければけして見ることはできなかったであろう。朝からおにぎりを三つも食べたらしい。そして、夢の話を書いていた。私生活において、友人や恋人の夢の報告を聞くのはなかなか退屈なものだという先入観があり、私も極力人に話さないようにしていた。しかし、道重さゆみちゃんがラジオで話したりブログに書いたりする夢の話はとても興味深い。要はその人のことがどれぐらい知りたいかということなのだろうか。

私たちは普段の生活の中で、いろいろ人の目だとか道徳なんかを気にして、自分の奥底にある感情や欲望を大なり小なりセーブしている。そうしなければいろいろとうまくいかないことだらけだろう。夢の中というのは、そのような世間体だとか自意識だとかを取り払ったところで、自分の心の奥底にある欲望がリアルに出てくる世界であり、ゆえに夢を記録して考察することは、その人の心の問題を分析したり解決したりするのに役立つこともある。ジークムント・フロイトという心理学者による「夢判断」が有名だが、この人の本は読んだのだが、意識と無意識とか超自我とかいう概念はなんとなく分かったのだが、結局は性欲に結びつけてしまうという印象が強く、あまり真剣には捉えていなかった。読んだのは確か10代の頃だったけれども。

よって、道重さゆみちゃんが今朝見た夢も、心の中をある程度反映しているのかもしれないし、していないのかもしれない。ブログなどが楽しすぎるがゆえ、それに引け目を感じているようなところがあるのかもしれないが、地に足をしっかりとつけて謙虚である心を忘れなければ大丈夫と思う。

夕方ぐらいにアクセスすると、次の記事が更新されていた。今日はお仕事らしく、現場でメイクをしてもらった写真をアップしている。衣装の部分はハートマークで隠されていたが、上品な感じで実に好ましい。文章で「テクマクマヤコン♪」と「ひみつのアッコちゃん」の魔法の呪文を唱えていたので、世代が違うのではないかと思い、そこをツッコミたくなったのだが、念のためWikipediaで調べてみると、道重さゆみちゃんが小学生の頃にも新シリーズが放送されていたようだ。あやうく恥ずかしいことを書き込んでしまうところだった。

今日のお仕事はモーニング娘。のものらしく、この後は他のメンバーの写真と道重さゆみちゃんによる紹介文が順番にアップされていった。まずは高橋愛ちゃんとリンリンだが、わりと珍しいツーショットという感じがする。文章ではヘッドホンでノリノリの話しかけたが聞こえるはずがないことに気付き、独り言にすり替えたというエピソードを、「我ながらやるな☆ 自分★★☆☆」と締めている。こういうところすごく好きだ。

次は田中れいなちゃんと新垣里沙ちゃん。田中れいなちゃんは口をとがらせて上唇と鼻の間に箸を乗せている。一方、ショートカットが新鮮な新垣里沙ちゃんは食事中に上目づかいで写真に収まっている。それぞれの個性が出ていてなかなか面白い。ちょっとした言葉遊びもかわいらしい。

次は光井愛佳ちゃんとジュンジュン。光井愛佳ちゃんの動物好きとジュンジュンのミステリアスキャラという小ネタを盛り込みつつ、これまた貴重な楽屋っぽい所でのショット。そして、残るは1人。大親友の亀井絵里ちゃんである。これがなかなか更新されない。焦らしているのか、文章に推敲を重ねているのか。そして、リロードを繰り返した後に、ついに22時55分更新。これがまた期待を上回るよくできていて、かつ心温まる記事。

「もしもし亀よ」の替え歌、滅多に見られない亀井絵里ちゃんのお茶くみ姿、また、さり気なくも二人の絆の深さを感じさせる紹介文、そして、いつもながらしっかりオチも付いている。仕事の合間を縫って書いた記事にもかかわらずこのクォリティー。読む側の心理をつかみながら1つ1つの言葉を選び、行間や絵文字などにも工夫が凝らされている。昨日とはまったく違うパターンだが、これはまたひじょうに面白い。もうこのブログを読むのが楽しくて仕方がない。道重さゆみちゃんが書いた新しい文章が読めるかと思うと、明日が来るのが本当に待ち遠しい。本当にありがとうございます。おやさゆみん。

さて、ここからはまったくの余談である。今日の道重さゆみちゃんブログはモーニング娘。のアットホーム感が伝わる、実によき記事でいっぱいであった。私のような道重さゆみちゃんが特に好きなファンは他のメンバーのことがより好きになったし、また、道重さゆみちゃん以外のメンバーのファンも、コメント欄を読む限りでは大半は喜んでいるようだった。

GREEに巣食うあまり悪気のないアンチコメント、荒らし行為をするユーザーたちは通報されてアカウント停止されたり、一旦削除されたアンチコミュニティを分かりにくい名称で姑息に復活させたりだとか、そういうことをやっているようなのだが、こちらはそんなにも罪がない。本人たちというよりは、現在のインターネット社会の影の部分という感じがひじょうにする。これとは別に、モ娘(狼)板などで粘着質で陰険なアンチ活動を行っている者の存在というのもあり、こちらは年齢的にもいい大人である場合が多いのだが、より深刻な問題といえるだろう。

以前、モ娘(狼)でいい大人にもかかわらず頑張っている10代や20代前半の女の子の誹謗中傷を汚い言葉でやっているという、世間一般的な良識からみてもあまりにも薄ら寒く気持ちの悪い人たちというのがどういうものなのかに真剣に興味があり、対話やプロファイリングを根気強く行ったことがあるのだが、結果的にひじょうにナイーヴな問題に行きあたり、そこからは家族や専門家の領域だろうということで、あまり赤の他人が踏み込んではいけないものなのだということを強く感じた。そこで、ある意味そういう病理を抱えた人たちの毒抜きになるのであれば、そのような場というのも価値があるのかなという気もして、ゆえに一般的な常識で説明や対話をしても時間や労力のムダだという判断をして、あの掲示板からも撤退した。

GREEは健全なインターネット環境を目指しているという良心的なところがあり、実際に管理がし切れていない部分があったとしても、その姿勢は良心的である。ゆえに、たとえ時間がかかったり期待通りではなかったとしても、誹謗中傷などの規約違反を行ったユーザーに対し、強制退会などの処分を取っている。しかし、そのようにして愉快犯的な比較的罪のないアンチや荒らし的書き込みが減ってくると、やはり真性の姑息で陰湿なアンチ行為を行っているユーザーが目に付く。応援しているタレントが中傷されているから不愉快だというレベルではなく、なんというか、本当に関わりたくない実に醜悪で気持ちの悪いものを見てしまったという感覚なのだ。

たとえば、あるユーザーは29歳の女性として登録をしているのだが、道重さゆみちゃんブログ開設当初から、モ娘(狼)板のアンチスレッドやファンスレッド荒らしでよく見かけるような定型文を執拗に貼りつけていた。なんでも、本人は何年にもわたるモーニング娘。ファンらしいのだが、最近の道重さゆみだけに仕事が多い状態によって、モーニング娘。のバランスが崩れているということが不満らしい。道重さゆみちゃんブログのほとんどすべての記事にコメントを付けているのだが、すべてにおいて道重さゆみちゃんに対する悪意がはっきりと分かるが明らかな誹謗中傷とは取れないような言い回しを用いている。同じハンドルネームの人物がSNS最大手のmixにもアカウントを持っていて、同一人物かどうかは定かではないのだが、道重さゆみちゃんのアンチコミュニティを作り、そこでGREEのコメントとほぼ同内容のことを執拗に書き連ねている。mixiのアカウントでは男性として登録されており、同一人物かどうかは定かではないのだが、参加コミュニティ以外の情報は一切載せていない。マイミクシィもアカウント取得に最低限必要な1人しかいなく、おそらく道重さゆみちゃんへの誹謗中傷のみの目的で作成したアカウントだと思われる。コミュニティには2つ所属していて、道重さゆみちゃんのアンチコミュニティと、もう1つは新垣里沙ちゃんのファンコミュニティである。しかし、だからといってこの人物が新垣里沙ちゃんのファンだとは正直あまり思えないし、できれば思いたくもない。プロファイリングされた時に新垣里沙ちゃんのファンだと思わせるための悪質な工作なのではないかとも思われる。いずれにしても、このような人物が実在しているということを認識した上で、われわれは現代社会の一員として何をなすべきなのかということを考えていかなければならない。

道重さゆみちゃんブログを読むことによって、本当にいろいろなことを考えさせられる。しかし、敵対心や反感は負の連鎖しか生まない。愛情を持って理解しようと努めることこそが大切なのだ。確かに理想論としてはそうなのだが、言葉で言うのは簡単で、実践することは難しいことも多い。ましてや、インターネットとは姿かたちが見えないところで、あらゆる人々が等しく参加できる場所だ。これは画期的なメディアではあるのだが、ゆえにその光と影の両面をしっかりと見据え、理想と現実とを仲よくケンカさせていく必要があるだろう。

なんだか重い話題になってしまったが、明日も道重さゆみちゃんの新しい写真と文章を見たり読んだりできるかもしれないので、準備を整えてシャワーを浴びて眠ることにする。

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