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2010年2月12日 (金)

道重さゆみちゃんブログのおかげで生きているのが楽しい。

久しぶりに見たらかなりキテいたりタイトルが重くて読む気にならないなどいろいろなご意見をちょうだいしているこの私のブログのことはさておき、先日から始まった道重さゆみちゃんブログがますます楽しい。携帯からアクセスして更新されていた時の高まり感といったら相当のものである。

よく「ALWAYS 三丁目の夕日」の頃の日本はいまよりも豊かではなかったが元気だったとか、始まった頃にはあんなにもときめいていた恋愛がなぜに時の経過と共にくたびれ果てた退屈なものになるのかといった議題があるが、やはりその先にどれだけ希望や期待が溢れているのかなのだと思う。これが描けなくなった時に、あらゆる関係性(自分と現実世界との関係をも含め)終わるのではないか。

このところ、朝目を覚ました時だとか仕事の時などの精神的な高まり具合が違ってきていることに気がついた。何せ、もしかすると道重さゆみちゃんがブログの記事を更新しているかもしれないのだ!そして、その文章や写真を見るだけで、私の心は充足し、世界はずっと素晴らしい場所のように思える。もう私には憂鬱な朝などは訪れはしないのだ。なぜならば、道重さゆみちゃんがブログを更新しているかもしれないからだ!

昨年末に「モ娘(狼)板とはいったいなんだったのか。」とかいう記事を書いた。そもそもこのインターネット掲示板がきっかけでモーニング娘。や道重さゆみちゃんに興味を持ちはじめたというきわめて邪道な入り方をしている私だが、この記事はそれへの訣別宣言でもあった。この掲示板がなければ私は道重さゆみちゃんに出会えていなかったかもしれず、感謝の気持ちは確かにあるのだ。しかし、いい大人が一生懸命頑張っている10代や20代前半の女の子を汚い言葉で罵ったりゲーム感覚で誹謗中傷合戦を繰り返している様にさすがに嫌気がさした。それからはすっかり見なくなった。別に見なくても全然平気であった。しかし、あの掲示板が持っていた情報収集ツールとしての機能はどこかで代用できないだろうかと思っていたのだ。公式ホームページも見ているしポケモー。にも登録しているのだが、何かが足りないような気もするのだ。それを埋めるかのようにして、道重さゆみちゃんがブログを始めてくれた。道重さゆみちゃんご本人がメディアである。つねに期待の遥か上を見せてくれるから楽しくて嬉しくて不思議で笑ってしまうのだ。本当にありがとう。

道重さゆみちゃんのGREEのブログ記事にアンチコメントや荒し的書き込みが散見されるということだが、最新記事ではほとんど見かけない。驚くほどの若者や女性からの応援コメントが次から次へと書き込まれている。すでにファンがほとんどコメントを書き込まなくなった以前の記事でアンチコメントや荒し的書き込みが飛び交っているという話を耳にし、どんなものかと見てみたのだが、若い子たちが好きな音楽だとかアニメだとかのことをチャットみたいに雑談しているだけだった。道重さゆみちゃんに対するアンチ的な書き込みもあるのだが、よく中学生だとかが芸能人の悪口とかを軽い気持ちで言っているレベル。インターネットという公の場、しかも本人が目にする可能性が高い場所でそういうことを書き込むということ自体は、今日の彼らを取り巻く環境がそうしてしまったという部分も大きく、それを差し引いて考えれば、たとえばモ(狼)板でいい大人が粘着的にやっているアンチなどと比べるとずっと健全である。また、道重さゆみちゃんやモーニング娘。のファンとかとは関係なく、アンチ行為そのものがよくないと行動してくれている正義感の強い若者の姿なども見受けられる。以前の記事にも書いたように、「ロンドンハーツ」などでのブリッコナルシストキャラの道重さゆみちゃんは、自己同一性にが不安定で同調圧力で牽制しあいながらコミュニケーションを取る平成ニッポンの若者にとっては、自己愛を傷つける存在であり、なんとしてでも否定しなくてはならない。自己愛を守るための防衛本能こそが反感や攻撃性を生む。

道重さゆみちゃんのブログに対してアンチコメントを書き込んでいると思われる女性の別のところでの書き込みを見ると、とにかくモーニング娘。およびモーヲタが象徴する価値観を否定し下に見ることによって、自分たちの優位性を保とうとする努力が見られる。象徴的だったのは、モーニング娘。などは一部の気持ち悪くてモテなくてイケてないヲタクしか聴いていなくて、ウチらのような気持ち悪くなくてモテてイケてる一般人はEXILEや浜崎あゆみやGReeeeNを聴いているといった内容の書き込みである。モーニング娘。が象徴するアイドルヲタク的な物はつねに世の中のヒエラルキーにおいて下にあるものという認識があるから、そんなものが「ロンドンハーツ」だとかGREEといったウチらのフィールドで目立っているのはなんかムカつく、とそういうことだろう。確かに行きすぎた言葉づかいだとかは規制されるべきだし、実際に私も何件か規約違反通報をしているけれども、それほど目くじらを立てるものではないだろう。道重さゆみちゃんを悲しませるようなものは基本的には許さんけどね。

たとえば仕事の現場などにはさまざまな価値観やバックボーンを持った人たちがたくさん集まるわけだけれども、当然意見の違いだったりうまくいかないことだったりがいろいろと起こる。しかし、私の経験上、本当に根本的にどうかしている人というのはそんなにはいなく、たいていは誤解だとか偏見だとかがことをややこしくしているだけなのだ。相手の存在を尊重し、この人はなぜこのような言動、行動を取るのかと深く考え、けしてこちらからあきらめたり嫌いになったりすることなく根気強く話していけば、たいていは何とかうまくいくものだ。ただし仕事の現場などの場合はそこにいる目的や利害関係がはっきりしており、そこは大きく違う。しかし、われわれはすでに知っているように、道重さゆみちゃんの核(コア)というのは、たまたま「ロンドンハーツ」とかで見た一般人が防衛本能的な反感で抱くイメージよりもずっと深く優しく普遍的なものなのではないか。そこに自信を持っていればいいのだ。道重さゆみちゃんが悲しむことだけが耐えられないならば、悲しませる理由の何倍もの力で、道重さゆみちゃんが喜んだり嬉しいと思ってくれる言葉や気持ちを思いの限り伝えればいいのだ。われわれはすでにブログという最高のツールを手に入れている。道重さゆみちゃんも言ってくれているように、あのブログは道重さゆみちゃんのブログだが、みんなのブログでもあるのだ。

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