« これから、、 | トップページ | 距離として。 »

2010年4月 7日 (水)

THERE'S NOTHING LEFT TO SAY。

うららかな春の午後だった。キャンパスからバスに揺られること約30分、それからまたさらに小田急線で約30分。そこから徒歩約15分の場所にある新築マンション、その205号室に住んでいた。ついに初めての風呂付の部屋で一人暮らしである。まだ始まったばかりだが、何事が起こるかもしれない予感に満ち溢れていた。

準急が停まる駅前は商店街で、書店や鮮魚店、焼肉店などの中に1軒のレコードショップがあり、名前をオウム堂という。ある人気アイドルの新作LPレコードを買った。最近、シングルが初のオリコン第1位を獲得し、その曲を収録したオリジナル・アルバムである。ムーンライダーズ周辺の作家が関わっているということで、期待が持てる。店員の対応が何やら不自然な感じがしたが、特に気にはしなかった。すぐそばのサンクスで食料を買って、そのまま住んでいるマンションまで帰った。

床に直接置かれたオーディオ・コンポは高校の入学祝に買ってもらったものを実家から送ってもらった。ついこの間まで住んでいたアパートはステレオを置くことが禁じられていた。何せ、隣の部屋の住人がテレビを見て思わず笑ってしまった声さえ聞こえてしまうのだから。まあ、浪人生が贅沢はできない。あれぐらいがちょうどよかったのだ。しかし、そんな日々も終わり、ついに眩しいキャンパス・ライフが始まった。ワンルーム・マンションにはパステル・カラーの電話機もレノマのカバーを掛けたベッドも入れた。丸井の赤いカードで買った間接照明だけを点ければ、カフェバーみたいなオッシャレーな感じにだってできるのだ。こんな部屋であえてアイドルのレコードを聴く。このような韜晦が気分なのだ。

袋からレコードを出し、プレイヤーのターンテーブルに載せる。アームが自動的に持ちあがり、レコードの上で止まり、溝に針を落とす。ニュー・ウェーヴでテクノ・ポップなシンセ・サウンド。これはいい。デビュー当初の正統派キャンパス・ポップといった楽曲がこのアイドルの真骨頂ではあったのだが、やはりここにきて路線変更を余儀なくされているようなところもある。必ずしも素質に合っているかというと疑問も多いのだが、このハイブリッドなアンバランス感も含めて楽しむのが乙というものだ。ピンクの背景で頬杖をついた写真が使われているレコード・ジャケットを、スピーカーの上に立てかけた。それにしても、ここ1年ほど、アイドルのシングルをあまり熱心に追いかけていない。高校時代まではかなり細かくフォローしていたのだが。やはり受験勉強がいつも頭にあったし、夏前ぐらいからは予備校で友達もたくさんできて、東京のいろいろな場所に遊びに行くのが楽しくて忙しくて仕方がなかったのだ。東京に出たら行きまくれると楽しみにしていた新曲発表会や握手会などのイベントにも全く行けていない。芳本美代子の「白いバスケット・シューズ」だけはかなり気に入ったので、シングルを買ったけれども。

あとはやっぱりおニャン子クラブか。この存在が大きい。アイドルの在り方としてはやはり邪道である。「デートに誘われてバージンじゃつまらない」とか歌っちゃダメだ、やっぱり。しかし、あの勢いや輝きには抗えない魅力があり、結局、「セーラー服を脱がさないで」のシングルも買ってしまったな。山下達郎だとかビーチ・ボーイズだとかのレコードを買っていた近所のレコード屋さんで買うのが恥ずかしくて、わざわざ板橋まで歩いて行ったのだった。そういえば、まだ「夕やけニャンニャン」をやっている時間である。もうすぐ終わるけれども、ちょっとでも見たい。レコードを聴くのを一先ずやめて、テレビを点けた。チャンネルは元から8に合っていた。

コマーシャルが開けて、司会の片岡鶴太郎さんが映る。別スタジオの逸見アナウンサーに繋いで、この後のニュースの予告をやる時間だ。いつものように逸見アナウンサーがカメラに向かって話しはじめた。

「アイドルノ○○○○○○サンノジサツハショッキングデシタガ....」

意味が分からない。どういうことなのだ。ついさっきまで聴いていたレコードの、スピーカーの上で頬杖をついている写真のアイドルの名前が、確かに今、テレビから報道された。事実を認識するまでそれほど時間はかからなかった。所属事務所があるビルの屋上から身を投げたらしい。その朝にも自宅で自殺を図っていたようだ。

真相は定かではない。諸説がある。所属事務所の金庫の中にそれを解き明かす事実が隠されているという話もあるが。間違いなくいえることは、彼女はアイドルになっていなければこんな結末を迎えることはなかった。また、もしも仮にアイドルになっていなかったならば、我々が彼女と出会うことはおそらく無かった。では、誰が彼女を殺したのだろうか。

真実を解き明かそうとしてみたが、結局は想像の域を出ることはない。何人もの後追い自殺者が出た。あれは一体何だったのだろう。

ゆえに、アイドルとファンとの幸福な関係などという幻想を信じることはできない。だからもう何も言うことはないし、そんなことはもうずっと昔から分かり切っていたことなのだ。これが求めていた喪失感、もしくは失くした幻想観だったのか。

特に意味はないけれども。

« これから、、 | トップページ | 距離として。 »

01 Diary」カテゴリの記事

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ