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2010年7月

2010年7月29日 (木)

北海道フーディスト。

イトーヨーカドーで、よく北海道だとか沖縄だとかのフェアをやっている。嫁の本屋さんでの仕事が終わってから待ち合わせして、フードコートだとかレストランで食事してから買物をして帰るというのをよくやるのだが、こういう地方物産展みたいなやつはついつい見てしまう。そして、何かしら買ってしまうのだ。

しかし、これの北海道のやつに出ている物が、ほぼ知らないやつだらけなのだ。私が高校を卒業して上京してからかなりの年月が経過しているわけで、その過程でこれら地元名物のラインナップが変わっていくのは仕方がない。それでもたまには懐かしいものが売っていて、数年前には昔よく食べていたわかさいもというお菓子を買って、北海道に住んでいた頃以来、本当に久しぶりに食べて感激したものだ。

都心に住んでいた頃には、新宿の京王百貨店などで定期的に開催されるこの手の催しによく行ったものだが、郊外に引っ越してきてからは、ほとんど行かなくなってしまった。

今は「ヒミツのケンミンSHOW」だとかB-1グランプリだとかの影響もあってか、このローカルフード的なものが比較的流行っているような感じがある。いろいろな地域の独自のものを食べるのはなかなか楽しいのだが、これが自分の地元となると、新しいものを発見するというよりは、昔懐かしいものに再び出会うという楽しみの方が大きくなるのだ。

たとえば子供の頃に食べていて大人になってからは食べなくなってしまったものなどは、その商品自体がもう存在していないのではないかと思いがちである。しかし、実はそれは地元ローカルで販売されていたもので、高校卒業後に地元を離れたから売っているのを見かけないだけであり、地元ではどっこいいまだに現役だったりする。

東京駅八重洲口を出てすぐの所に北海道フーディストというアンテナショップ的なお店がある。東京にはとにかくいろいろな県のアンテナショップが存在していて、私はそういう所を見に行ったり買物をしたりするのが比較的好きなのだが、この北海道フーディストというのは、都内にいくつかある北海道系アンテナショップの中でも、食品に特化している。飲食店も併設されているが、販売スペースだけでも結構広い。これを北海道ローカルの食品のみで埋めているのである。果たして北海道ローカルの食品というのがそんなにもあるのかというと、これがあるのである。

それだけのアイテム数を集めるわけなので、やはり石屋製菓の白い恋人やマルセイのバターサンドといった定番お土産的なアイテムだけではない。お土産としてはポピュラーではないが、実は地元住民の生活には密着しているという、そのようなタイプの商品も多く、私などは実はそっち系の方に心が引かれたりするのだ。

イトーヨーカドーの北海道フェアを見ても見覚えのない新しめのアイテムばかりが目立ち、もはやノスタルジーに浸ることは難しいわけだが、この北海道フーディストに行ってみると、上京以来一度も思い出すことがなかったのだが、確かに記憶の奥底には眠っていたあの品この品が次々と現れ、大興奮状態なわけである。

初めて来たのは昨年だったのだが、その時は理由あって帆立貝柱の燻製を買いに来たのだった。そこで感動の再会を果たしたのが、ビタミンカステラである。これは子供の頃、スーパーのパン売場などに必ず売っていて、よく食べていた。オレンジ色と茶色に白いカステーラという文字が入ったパッケージが印象的である。ネーミングが何となく体にも良さそうなせいか、親からもわりと買ってもらいやすかったという印象がある。本物のカステラに比べると、菓子パン色が濃いのだが、当時の我々にとってカステラといえばこれのことであり、たまに大人の人がお土産で持ってくる本物の長崎カステラなどの味に、何となく違和感を感じたりもしていた。

これは大人になってから食べたことがないどころか、子供の頃の遠い記憶と共にすっかり忘れていたため、商品自体がすでに存在しないものだとばかり思っていた。ところが、北海道フーディストで販売されているのを見て、これが北海道のローカル食品であり、かつ、地元では現在も販売されているということを知った。さらにパッケージを見ていくと、どうやらこれは旭川の高橋製菓という所で作られている。これをさらにインターネットで検索してみたところ、この高橋製菓は、大正6年に長崎でカステラ作りの修業を終えた後に、旭川で創業されたとのことである。このビタミンカステラは、何と約60年前から販売されているロングセラーだったのだ。また、旭川のお土産として人気のある氷点下41度というお菓子も、この高橋製菓が製造販売しているということを知った。

他にも、ノースマン、旭豆、バター飴といった昔懐かしい地元のお菓子が多数販売されていた。北海道ではカップやきそばシェアNo.1 のやきそば弁当は、私が住んでいた頃は一種類しかなかったが、今ではいろいろな種類が販売されている。それも全種類売っていた。また、実家や親戚の家の台所で見たことのある赤い缶に入ったラーメンのスープ、アスパラガスの缶詰といったものも、ほぼ記憶の中にあるのと同じパッケージで売られていた。

数ヶ月前、買物の帰りに嫁と話しながら歩いていた。おそらく四月の終わりか五月の初めぐらいだったと思う。なぜなら、こどもの日のことを話していたからだ。そこで、こどもの日にはべこ餅を食べるという話をしたのだが、嫁にはこのべこ餅というのが通じないらしい。もしかして、これも北海道ローカルのお菓子なのだろうか。こどもの日に食べるのは柏餅でしょ、と言われた。

そんな会話もすっかり忘れていたのだが、北海道フーディストに行くと、やはりべこ餅が売っていた。やはりこれを食べるのは北海道と東北の一部らしい。べこ餅は、白と黒の二色に分かれた小さなお餅で、黒い部分は黒糖の味がする。北海道フーディストには、白と緑のよもぎ味も売られていた。白と黒が牛の模様に似ているから、おそらくべこ餅というのだろう。家に帰ってインターネットで調べてみると、牛のことをべこと言うの事態が北海道と東北の一部だけというような書かれ方がされていたのだが、これは本当なのだろうか。てっきり日本全国どこでも通じるものと思っていた。「東京へ出だなら銭コァ貯めで東京でベコ飼うだ」と歌っていた吉幾三も、そういえば東北出身だ。

あとはご飯のお供であったうにくらげ、松前漬け、いかの塩辛なども各種あって、ひじょうに懐かしかった。私は子供の頃から、お酒も飲まないくせに珍味と呼ばれる魚介類の加工食品が大好きだったのだが、それらもたくさんあって、ひじょうに感動的であった。冬はいつも新聞紙の上で皮を剥いて食べていたこまいだとか、小さいアジの燻製に甘い味をつけてゴマをまぶしたようなもの、かわはぎをのしたようなものなど、実に懐かしい。

Super Jam '83。

どうしようか迷った末に、これはやはり行かなくてはダメだろうと意を決してミュージックショップ国原に行ったのだが、あいにくチケットはすでに完売していた。8月6日に真駒内屋外競技場という所で開催される「Super Jam '83」というイベントである。

しかし、数日後、後援のそうご電器に親戚だか知り合いだかがいるという別のクラスのIさんがチケットを余分に持っているということで、3,000円で売ってもらえることになった。同様の経緯で、これまた別のクラスのTさんも行くということで、一緒に行くことになったのだ。

高校には市外から列車通学する学生も少なくなく、Tさんもそんな中の一人だった。三年間を通じて一度も同じクラスになることはなかったが、家に行ったり来たりということを、何度かしていたと思う。

同じクラスのSさんがやはり同じ町から列車通学していて、よくくだらない話などをしていた。学園祭の準備などをしていると、同じ列車で帰るためにTさんと他の友だちが教室に来たりということが度々あった。当時の「宝島」がターゲットとしていたような、いわゆるニュー・ウェイヴ少女であり、Sさんは私にヘアカット100のLPを熱烈に勧めていて、そのうち学校に持ってくるということだったのだが、それはけして叶わなかった。しかし、ヘアカット100のLPを聴くとか聴かないとかは、実はどうでもよかった。自分の好きなものについて夢中になって一方的に話しまくる彼女たちの、そんな空気の中にいることがとても好きだった。そして、この感覚は現在でもあまり変わってはいない。

Tさんは笑顔がとてもチャーミングだったが、いわゆる遊んでいる系の女の子であり、ちょっと悪ぶってもいたため、そもそも私などとは住む世界が違うに決まっていたのだ。そんなわけで、あまり気にはしていなかったのだが、Sさんを教室に迎えにきた時にちょいちょい交わす一言二言が少し気になったりもしないではなかった。何となく元気がなさそうな時にそのことを指摘すると、今日はちょっとブルーな気分なんだと言っていて、そのアンニュイな感じが何だか少し好きでもあった。

土曜日の放課後に、またしてもブルーになっていることがあって、理由を問うと、そのことはここでは話せないから夜中の12時に電話をしてほしいと言われた。絶対しろよ、とも言われた。もちろん携帯電話などない時代である。電話機は茶の間にあり、そんな時間に電話を使うとなれば、間違いなく親から何かと怪しまれるに違いない。厄介事は真っ平ごめんなので、10円玉を数枚握りしめて、こっそりと家を抜け出し、真夜中の電話ボックスから電話をかけた。またしてもアンニュイな感じを漂わせてはいたが、特に用はなかったらしく、本当にかけてきたのかよ、みたいなことを言われた。市外局番なので10円玉の減りも早かったのだが、こんな感じがけして嫌いではなかった。

いつかの日曜日、Tさんの部屋に男女数人でいた。レッド・ツェッペリンの「ブラッグ・ドッグ」が流れていて、化粧品の匂いが充満していた。それよりも何よりも、えらく気持ちが悪くて、そこら辺にぶっ倒れていたのだと思う。女の子たちの嬌声が確かに聞こえてはいるのだが、何を言っているのかさっぱり分からない。とにかくひどく気分が悪い。なぜか全員で写真を撮るとかで下の部屋に行くことになった。Tさんの家は病院だった。私はとにかく頭がガンガンしたまま、同じく下の階に行ったのだが、Tさんの母親から怪訝そうな顔で見られた。

Tさんの家に何度か言ったが、急に余所の高校の男の子が訪ねてきたりしていた。学校から自転車を二人乗りして私の家でテスト勉強をしたりもしていたのだが、会話の内容のほとんどを、彼女が余所の学校や年上の男の子と知り合って遊んだ話が占めていた。

RCサクセションの「OK」が出たばかりで、午後から夕方に移り変わる部屋でそれを聴きながら、話をしていた。教科書とノートを開いてはいるが、勉強は一向にはかどらない。「OK」の中で、先行シングルにもなった「Oh! Baby」は、中でも私のお気に入りの曲だった。

「ビックリハウス」や「宝島」を愛読してサブカルチャー大好きだった私は、もちろんRCサクセションも好きな方だった。しかし、実はそれまでレコードは一枚も買っていなかった。

ビートたけしのオールナイトニッポンで「トランジスタ・ラジオ」がよくかかっていたのだが、初めは随分と変な歌い方をするシンガーだな、ぐらいの印象であった。さらに、歌詞が学校の授業をサボって屋上で煙草をふかすという内容であり、当時、中学校では不良少年の非行や暴力などが深刻な問題になっており、そのような不良少年的行動および思考を賛美するかのような感じに、あまり好ましいものを感じてはいなかった。

中学生の頃の私の将来の夢はコピーライターか放送作家だったのだが、もちろん糸井重里と高田文夫に憧れていたわけである。その糸井重里が「ヘンタイよいこ新聞」やNHK教育テレビの「YOU」などでRCサクセションを度々取り上げたことにより、次第にこっち側のバンド感が私の中で強くなっていった。しかし、明らかに乗り遅れた感は否めない。忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・な・いルージュマジック」がオリコン第1位に輝いて、歌番組でお化粧をした男同士のキスがお茶の間に流れたり、同じ年の夏にはRCサクセションの「サマー・ツアー」がヒットしたが、ゴールデンタイムの歌番組でナメ切った態度で歌ってみせたり、そのポップ感覚が何だかメチャクチャカッコ良かった。ライヴもよくテレビで放送されていて、それをビデオに撮って何度も見返したりはしていた。

そして、「Summer Jam '83」で北海道にも来るしというよく分からない理由で、「OK」で初めてRCサクセションのレコードを買った。これまでのソウル音楽に影響を受けたロックンロールという音楽性に変わりはないのだが、ハワイで録音されたこの作品は、よりスタジオワークに凝ったような印象があった。アルバム発売に先がけて、手塚さとみがやっていたFM番組に清志郎とチャボこと仲井戸麗市氏が出演していて、そこですでに数曲がオンエアされていた。

先行シングルの「Oh! Baby」は、恋人に対して君がいなければ僕はダメなんだと告白する、男の弱さが詰まったバラード・ナンバーである。世間一般的なド派手でノリノリなイメージを覆すような作品だったが、手塚さとみはこの曲を聴いて思わず泣いてしまったらしい。当時、手塚さとみは「GORO」か何かでヌードを披露していたが、清志郎は番組中にこのことにふれ、「衣服をお脱ぎになられて」などと言っていた。手塚さとみが「ご覧いただけました?」みたいなことを言うと、「毎日見てる」と返し、チャボが「スゴい奴」などとつっこんでいた。

夕暮れが近い部屋の中で、スピーカーから「Oh! Baby」の切なげなイントロが流れてきた。やはりこの曲は好きだ。「僕をダメにしたいなら ある朝君がいなくなればいい」「僕をダメにしたいなら 夜更けに悲しい嘘をつけばいい それだけでいい」、何て素晴らしい曲なんだろう。TさんももちろんRCサクセションは大好きだったが、この曲を聴いて、こんな弱い男は嫌いだと言った。そのことに衝撃を受け、言葉を失っているうちに、窓の外がもうすでに暗くなりかけていることに気がついた。

朝早くに家を出て、自転車で旭川駅へ向かった。RCサクセションの「OK」とサザンオールスターズの「綺麗」はしっかり聴き込んで、予習はちゃんとできている。そうなのだ、「Super Jam '83」とは、今日本で最も勢いのあるロック・バンド2組が競演するとんでもないイベントなのだ。

サザンオールスターズは小学生の頃に、テレビによく出ていて、学校の友達の間でも次第に評判になっていった。とにかくランニングシャツ姿でこれまでに聴いたことがないようなお祭り感覚の音楽を奏でるこのバンドが、とても見ていて楽しかった。

「ドリフ大爆笑」で志村けんと沢田研二によるコントがあり、それは志村けんが沢田研二の付き人を演じるというものだった。付き人に扮した志村けんは、沢田研二の今度の新曲は「勝手にシンドバット」という曲だということを告げる。これは沢田研二の代表曲「勝手にしやがれ」とピンク・レディーの「渚のシンドバット」を混ぜたものだが、コントでもこの二曲を繋ぎ合せたものが流れていた。この時、サザンオールスターズはまだデビューしていない。

つまり、そのような題名を持つ今までに聴いたことがないようなお祭り感覚の音楽をランニングシャツ姿で歌う集団、しかも歌詞が「今何時?」「そうね、だいたいね」などと、シュールすぎてよく意味が分からない。しかし、それが良かった。当時はコミック・バンドなんだかマジでやっているんだかよく分からなかった。そのうちにジワジワと売れていって、いつの間にか「ザ・ベストテン」なんかにも普通に出ていた。新曲がなかなかできないと言って、曲のエンディングでは「ノイローゼ」などと叫んでいた。

次のシングルの「気分しだいで責めないで」は同様の路線だったが、やはりパワーダウンは否めなかった。私は確かこの年のお年玉でこのシングル盤を買ったのだが、このバンドはこのままフェイドアウトして消えていくのだろうと思っていた。その次のシングルは地味な正統派バラードであり、それまでのサザンオールスターズの魅力であったハチャメチャなお祭り感覚に欠けていた。しかし、時間を経るにつれ、曲の良さが徐々に浸透していき、発売から2ヶ月以上かけて「ザ・ベストテン」の第1位にまで上りつめ、その順位を7週間にわたってキープし続けた。

その後の「思い過ごしも恋のうち」「C調言葉に御用心」もベスト10に入り、日清焼そばUFOにCMにも出演するなど、すっかりお茶の間の人気者である。しかし、このタイミングでテレビなどのメディア露出を断ち、音楽制作に集中するという決断をする。その期間は毎月シングルを出し続けたが、セールスは芳しいものではなかった。それから、アルバムは売れるもののシングルはヒットしないという状態になる。

そして迎えた1982年1月、今度はあえて久々のシングルでのヒットを狙いに行った。サウンドは当時リバイバルのムードが高まっていたグループ・サウンズ、歌い方は当時の人気アイドルであった田原俊彦のパロディーという「チャコの海岸物語」を発表し、これが見事に「ザ・ベストテン」で第1位に輝いた。桑田佳祐と原由子の結婚という話題もあり、お茶の間にサザンが帰って来たという印象であった。次のシングル「匂艶 THE NIGHT CLUB」も続けてベスト10入り、アルバム「NUDE MAN」も大ヒットし、シングル、アルバム共に人気が確立した年になった。

そして、この年に発表されたアルバム「綺麗」では大衆性の中に実験的要素も盛り込まれ、辛口で知られる「ミュージック・マガジン」の中村とうようですらも9点を献上するほどの高評価であった。この頃のサザンオールスターズはセールスも優れていて、かつ音楽的にもシーンにおいてかなり先鋭的なことをやっていたというきわめて幸福な状態であった。

そんなノリにノッた2バンドが北海道で一緒のイベントに出演するということで、地元は大いに盛り上がっていた。FM番組などでも事前にコメントなどを放送していたが、RCサクセションの清志郎とチャボはサザンオールスターズに対して、歴史が違う、あんなフォーク・バンドぶっ潰してやる、電源抜いておいてやる、などとさんざん毒づいていた。

列車の中でTさんは、最近年上の男の人に声をかけられた話などをずっとしていた。いつの通りの流れである。どんな音楽を聴いているか聞かれたので、オーティス・レディングとかサム・クックとかの名前を挙げると、若い女の子でその辺りを聴いているのは趣味が良いと誉められたなどと言っていた。私はオーティス・レディングもサム・クックも聴いたことがなかったが、それがソウル歌手の名前であることは何となくしっていた。清志郎が好きな歌手として挙げていたような気もする。サム・クックという単語が彼女の口から発せられるのを聞いて、何だか九官鳥の名前みたいだな、などと思った。列車の窓から差し込む朝の日射しは眩しく、私は何だか落ち着かない感じであった。私は今日は彼女の弟という設定なのだということが、一方的に勝手に決められたが、その方が余程気が楽だとも思った。

会場は札幌市街から少し離れた場所にあったが、それにしてもあまりにも早く着きすぎてしまったので、街を少し歩くことにした。どこかでカレーライスを食べたはずなのだが、今となってはよく覚えていない。パルコの中にブティックがたくさん集まったようなフロアがあり、彼女は突然ピアスが開けたいと言い出した。それで、お店のお姉さんと二言、三言会話をしていたのだが、結局今日はやめることにしたようだった。おそらくそもそもその気はなかったに違いない。通りでカルチャー・クラブの「チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド」が流れていた。ハーモニカの浮かれたようなイントロが、暑い夏の真昼間によく似合っていた。この曲は、この春にイギリスでリリースされるやいなや、シングル・チャート第2位の大ヒットとなったのだが、アメリカではまだリリースすらされていなかった。にもかかわらず普通に街で流れているあたり、札幌はやはり都会だなと感心したのだった。

会場は野外のだだっ広い競技場であり、フィールドの中央に大きなステージが組まれている。開演まではまだ時間があるが、すでに大勢の若者達が集まっていた。清志郎のファッションやメイクを真似た女の子や、チャボになりきった男の子の姿もちらほらと見られ、自然とテンションは上がっていった。

フロント・アクトのバンドが西海岸風の爽やかなロックを奏でていて、それが野外の雰囲気にとても合っていた。当時、ステレオか何かのCMで元イーグルスのティモシー・B・シュミットがカヴァーしていたドゥー・ワップのナンバー、「ソー・マッチ・イン・ラヴ」も演奏されていた。

続いて登場したのは、同じくフロント・アクトを務める小山卓治である。「俺たちに少しだけ時間をくれないか」などと前のめり気味に叫ぶと、1曲目の「カーニバル」が始まった。演奏しているのはTHE Conxというバンドだ。ブルース・スプリングスティーン&E・ストリート・バンドというか佐野元春 With The Heartlandというか、ホーンを入れたロックンロール・スタイルである。

小山卓治はその年、CBSソニーからデビューした期待の新人ロッカーで、FM北海道などでもよくCMスポットが流れていた。デビュー・シングルの「FILM GIRL」はアイドルをテーマにした楽曲だが、中森明菜がモデルになっているのではないかという噂があったりもした。熊本出身で、デビュー当時すでに25歳だった。

当時、同じくCBSソニーから尾崎豊がデビューして、人気を集めていた。ベースとなっている音楽性には近いものはあったが、尾崎豊が都会の10代の反抗という印象だったのに対し、小山卓治は地方出身者の視点による作品が多く、また、よりストーリーテラー的でもあった。

会場にはまだ昼間の光が残り、観客もあくまでサザンオールスターズとRCサクセションがお目当てということで、あまり集中してステージを見ていない。しかし、この小山卓治とThe Conxの疾走感溢れるステージは、私に爽快な印象を残した。高校卒業後、東京で一人暮らしを始めて間もない頃、小山卓治の音楽は私のサウンドトラックでもあり、四月のある日曜日の夜には、渋谷LIVE INNのライヴにも出かけた。それが東京で初めて行ったライヴだった。

小山卓治の初期の作品は最初の2枚がCD化されていたが、ほとんどが廃盤になっていると認識していた。私は当時買ったアナログ盤しか持っていなく、現在はアナログ盤を再生する環境がないため、聴けないことを残念に思っていた。ところが、今回この文章を書くために久しぶりに公式ホームページを見てみると、何と数年前にリマスタリングされて再発されていたようだ。現在はもう50代になっているのだが、ライヴハウスなどを中心に活動を続け、その音源などをリリースしているようだった。アップされていた最近の動画を見たのだが、当時よりも精悍な顔つきになり、ひじょうにカッコよかった。

気がつくと夕暮れが近づいていて、ついにサザンオールスターズがステージに現れた。やはり盛り上がる。アルバム「綺麗」からの楽曲が中心だったが、過去の代表曲もバランスよく選曲されていたように思う。今となってはセットリストは完全に忘れてしまったのだが、とにかく興奮の連続であっという間だったというのを覚えている。

曲の合間に桑田佳祐がRCサクセションに対するリスペクト的なことを何度か言っていたが、ラスト曲「旅姿六人衆」のエンディングで、またしても、この後はみんなが大好きなRCサクセションですみたいなことを言っていた。

そして、RCサクセションが登場、この頃には辺りはもうすっかり暗くなっていた。清志郎がマイクのコードをいっぱいに伸ばしてブルンブルン振りまわし、高くジャンプし、シャウトした。ラジオのインタヴューではサザンオールスターズに散々毒づいていたが、桑田佳祐のリスペクトに気をよくしたのか、サザンオールスターズがゴキゲンなステージを見せてくれたぜ、みたいなことを言っていた。

RCサクセションのライヴには、上京してからも西武球場や日本武道館など、何度か足を運んだのだが、この時が初体験だった。とにかく最高だった。レコードやテープで予習してきていたが、マイクを通してスピーカーから聞こえてくる清志郎の歌、その怒っていて、情けなくて弱くて、優しい歌に心が震えた。「指輪をはめたい」がいつまでも終わらなければいいのにと思った。

アンコールの「雨上がりの夜空に」ではサザンオールスターズのメンバーも飛び入りしてコーラスなどで参加するという、ひじょうに豪華なことになっていた。まさに真夏の夜の夢とでもいうべき、魔法のような時間であった。

列車の連結部分近くに体育座りして、眠っていた。振動ですぐに目が覚める。というか、まともに眠ってはいない。同じ年くらいの男の子が話しかけてきた。彼も旭川市内の高校生で、同じライヴの帰りらしい。着くまでの間、世間話をした。一人で来たわけではなく、一緒に来た人がいたが、会場で仲のよい友だちに会って、そのまま遊びに行ってしまった、とかそんな話もした。「ゴメンね」と言っていたけれど、別にそれでよかったのだろう。本当に彼女の交友関係の広さには恐れ入る。この列車でたまたま話をした余所の学校の男の子も、彼女のことを知っていた。

2010年7月26日 (月)

サマー・ロマンス。

お昼休みの教室だ。男子の一人が持参したラジカセからは、「アット・ザ・ホップ」という古いロカビリーのナンバーが流れている。生徒達の輪の中心にいるのは、バスケット部のヤスだ。ヤスはダンスがすごく上手いということで知られている。ダンスといっても、リーゼントに革ジャンの50年代のロックンロール族がやるようなツイスト踊りみたいなやつだ。

頭髪検査で引っかかり、担任の女性国語教師から再三に渡り注意を受けていたが、部活が忙しくて散髪に行く暇が無いと言って、いつもスルーしていた。先日やっと行けたということだが、どうやら担任の授業を休んで時間を工面したようだ。

アーリー80'sはテクノでニュー・ウェイヴでスキゾ・キッズなはずだったのだが、地方都市の公立高校の教室はというと、ロカビリーに合わせてツイストを踊るツッパリ少年が脚光を浴びていた。そこにあったのは羨望のまなざしであり、数ヶ月後に同じ教室にて田原俊彦「原宿キッス」の振りコピを披露する私に向けられたものとは別種のものであった。

夏といえば海であり、近場ならば留萌に決まっている。そのような計画が夏休みが近づくテンションの中で、自然と決まって行った。初めはクラスのほとんどが参加するというような話だったのだが、計画が担任や親達の耳に入り、反応は芳しくないものであった。大人は判ってくれない。

地味で暗い文化系男子諸君はこぞって不参加を表明し、いわゆる遊んでる系のツッパリグループのみが参加することになった。しかし、女子はというと不思議なことに、遊んでる系グループのみならず、休み時間もクラスの後の方で少女マンガやニューミュージックの話をしているようなタイプも多数参加するようだった。

計画は中止させられそうにもなったのだが、結果的に、担任の女性国語教師が様子を見に来るという条件で許可が出た。担任教師は確かに昼間に車で見に来ていたのだが、特に深入りすることもなく、すぐに帰って行った。粋だね。この当時の女性担任教師は、現在私の実家のすぐそばに住んでいるらしい。授業中に「バカヤロウ」と暴言を吐いたことなどを、いつか謝らなければならない。また、大学合格を報告に行った時は、勉強とは別の独特な世界で活躍を期待していると言っていただいたにもかかわらず、まったく活躍できていなく、そのことについてもお詫びしなくてはなるまい。

ビーチ・ボーイズと山下達郎のベスト盤をダビングしたカセットを持って行った。ベタ過ぎるにも程がある。しかし、これらはすこぶる好評であった。もう一本持って行ったカセットには田原俊彦の「原宿キッス」が入っていた。NHK-FMの「夕べのひととき」でかかっていたのをエアチェックしたものだ。これはもちろん持ちネタ用である。歌番組のビデオを何度も見て、振りコピを完璧に仕上げてきた。夜の砂浜の上でこれをやったのだが、昼休みの教室ほどには受けず、不完全燃焼であった。遊んでる系男子たちの中で、私の見せ場といえばここぐらいしかなかったのに。

買い出しか何かに行く時に、出席番号1番と2番で、いわゆる遊んでる系グループに属していたAさん、Iさんと3人で話しながら歩いた。教室ではろくに話したことがなかったので、この事実に、ただただ感動していた。これだけでも、仲の良いマジメ系の男子が一人も参加しない中、それでも来ると決めて本当に良かった。

いや、そもそも来ることに迷いなどは一切なかった。坊主頭のニキビ面にもかかわらず片岡義男のサーフィン小説を愛読するという薄気味の悪い中学生だった頃から、「夏は心の状態なんだ」をモットーに生きて来たわけで、せっかくの夏だというのに女の子達もやって来る海に行かない理由などはない。

Aさんとはその翌年も同じクラスになったばかりか席も隣になり、いろいろとくだらないことを話したりするようになった。自習時間にいきなり手に銀粉が浮き出てくる件について話しかけてきたり、休み時間には暖房のパイプに腰かけて、おにぎりを箸を使って食べたりしていた。それらのエピソードを漫画に描いて授業中に回したり、ラジオに投稿して読まれた箇所のテープを教室で流したりしていて、しまいには「絶対殺す」などと言われる始末だった。それがとても嬉しかった。Maybe Maybe 好き(だった)のかもしれない。

閑話休題。

いわゆる遊んでる系のツッパリグループには属していないくせに、このキャンプに参加したわけだが、意外にも普通に話したり一緒に買い出しに行ったりして、持ってきたカセットも好評だったり、音楽の話もしたりして、何となくこのいわゆる遊んでる系の一員になれたような錯覚を感じ、それが誇らしくもあった。

しかし、錯覚は所詮錯覚であった。サッカー部のT君が、余所の学校の男子とちょっとモメたらしく、後で集団で襲撃に来るかもしれないと言い出した。男子達は興奮しはじめ、女子達は「喧嘩はやめてね」と不安げでである。しかし、口には出さなかったものの、最も不安を感じていたのは、他ならぬ私だったことは間違いない。喧嘩になれば、おそらく今日来ている男子は全員参加するに違いない。そして、実に私も男子なのだった。これは弱った。痛いのは何よりも嫌いだ。

そして、余所の生徒たちがやってきて、怒号が飛び交い、喧嘩がはじまった。まさに一触即発とはこのことか。人が殴られるリアルなサウンドとスピード感、拳と拳、泣き叫ぶ女子の声、まるでアメリカの青春映画でも見ているかのようだった。やがてそれは終わり、余所の生徒たちは立ち去って行った。軽い負傷者を残したが、私は無傷だった。余所の生徒の誰も私に向かって来なかったのだ。女子と同等と見なされたということか。情けないとかそんな思いは一切なくて、ただただ厄介なことに巻き込まれずにほっとしていた。それにしてもすごかった。

ほとんど記憶にはないのだが、キャンプファイヤーだとかジンギスカンだとかをおそらくやったのだろう。それから、肝試しもやった。そのためのコンニャクを買いに行ったのを覚えている。踏切のところで人影が現れて、我々は恐怖のあまり叫び声をあげたのだが、それはただの地元のおばあちゃんだった。申し訳ないことをした。

Uさんはいわゆる遊んでる系の女子グループの中でもおとなしそうなイメージであった。そして、どうやら昼休みの教室、ダンスで注目を浴びるバスケ部のヤスと両想いらしかった。そして、今夜何かが起きると、我々の誰もが思っていた。砂浜でラジカセから流れる山下達郎を聴きながら、夜空を見上げていた。それはそれは綺麗な星空だった。二人がそこにいないことには誰もが気づいていたのだが、それを話題にするほど野暮ではなかった。

ビーチ・ボーイズの名前は片岡義男か村上春樹の小説で読んで知っていた。それからNHK-FMの「朝のポップス」で「サーフィンUSA」を聴いて、これはレコードを買わなければいけないと思った。しかし、実は当時ファンクラブに入るぐらい大好きだったハワイ出身のアイドル、早見優がインタヴューなどでビーチ・ボーイズ好きを公言していたことが、最も大きな要因である。ミュージックショップ国原で「サマー・プレゼント」という2枚組のベスト盤を買い、それはもう何度も何度も聴きまくった。このキャンプにも迷わずカセットを持ってきた。クラスのツッパリ男子たちは「アメリカン・グラフィティ」などで流れるロカビリーやオールディーズは好んで聴いていたが、ビーチ・ボーイズのことはあまり話題に出ていなかった。当時のロカビリーといえば、原宿のクリームソーダというブティック店員らによるブラック・キャッツや、海外ではストレイ・キャッツなどがいて、ツッパリたちのお気に入りの音楽だった。東京では原宿の歩行者天国でローラー族なんていう人たちがいたのだろう。

ちなみに、翌年秋の修学旅行では、私がオープンしたばかりの六本木ウェイヴに行ったのに対し、ツッパリたちはやはり原宿のクリームソーダに行ってドクロマークのロゴが入った財布などを買っていた。集合場所の上野公演では、映画「フラッシュダンス」に出ていたジェニファー・ビールスに会ったと興奮しながら話していた。一方、私と友人のS君は、調子に乗って渋谷公園通りを歩いていたところ、パルコの駐車場で不良少年からカツアゲされた直後で、ひじょうにブルーな気分になっていた。財布の中には少しだけ入れて、残りのおカネは別の場所にしまっておくと良いという母の言いつけを守っていてよかった。

しかし、そんな馴染みのないツッパリ少年たちにも、ビーチ・ボーイズのサウンドは受け入れられた。それは、たとえ日本海とはいえども、夏の夜の砂浜というシチュエーションのせいだったのかもしれない。おそらくクラスで一番の人気者であるS君が「ビーチ・ボーイズ、いいな」と言うと、吹奏楽部所属で、おそらくクラスで一番モテていたO君も、「いいよな。トリコになりそう」と言ってくれた。このようなクラスの表舞台の面々によって自分ごときの趣味が認められたような気がして、涙が出そうなぐらいに嬉しかった。

そうこうしているうちに、噂の二人がテントの方にゆっくりと戻って来た。お互いに目配せをすると、Uさんは女子のテントの方に入って行った。それがとても大人っぽくてカッコよかった。我々の輪の中に入って来たヤスは、またしても羨望のまなざしを浴びる。しかし、誰も何も聞かない。ラジカセは私が持ってきた山下達郎のカセットを流している。春にはFM STATIONの表紙でおなじみ、鈴木英人のイラスト・ジャケットも印象的な「FOR YOU」が大ヒットしたが、絶好のタイミングでつい最近発売されたばかりのベスト・アルバムだ。B面も終わりの方になり、最高のバラード曲、「潮騒」が流れ出した。

始まったばかりのロマンス、その恋人への誇らしくも強い想いが、都会的なサウンドに乗せて、あのたまらなく甘い声で歌われる。「風を受けてる君がいとおしく 美しいくちもとにに口づける」、次の瞬間、寝そべっていたヤスが薄目を開け、ラジカセに手を伸ばしてボリュームを上げた。そして、我々は皆、完全に理解した。

2010年7月25日 (日)

TOKYO・1980夏。

インターネットで検索してみると、1980年デビューのアイドル歌手・柏原よしえを、後楽園球場の日本ハム対西武戦で見たという人は少なくないようだ。

ライオンズ球団は福岡の平和台球場を本拠地としていたクラウンライターから、埼玉の所沢球場を本拠地とする西武に変わってからまだ間もなく、戦力はパ・リーグの中でも下の方であった。

柏原よしえはホットパンツ姿でデビュー曲の「No.1」を歌っていた。こんなにも簡単にアイドルが見れるなんて東京はすごい所だな、という感想を持った。柏原よしえは、日本ハムにも同姓の選手がいるので頑張ってほしいというようなことを言っていた。

その日本ハムの柏原純一選手は後に阪神タイガースに移籍し、主に代打などで活躍したが、打撃コーチに就任すると、新庄剛史選手らを指導し、伝説の巨人・槇原投手の敬遠球を打ってサヨナラ勝ちのきっかけにもなった偉大な人である。

父が所有していた土地を一時的に何かの業者に貸したとやらで、予定外の臨時収入があったらしい。それで、東京に連れて来てくれたのだ。生まれて初めての東京であり、飛行機であった。旭川空港発、TDAこと東亜国内航空のYS-11なる飛行機だった。

赤坂見附の日本自転車会館なる場所が第一の目的地であった。アメリカ大使館のすぐ近くだ。タクシーを降りるとけたたましいセミの声が聞こえた。なるほど、これがそうなのかと感動した。旭川ではセミの声を聞いたことがなかったのだ。

ラジオたんぱの「ヤロメロジュニア出発進行!」という番組があったが、その公開生放送を行っていた。スタジオ内にはすでに多数の若者達が押し寄せていた。この日のパーソナリティーは人気上昇中の小森まなみさんだ。「マミと一緒にまみむまも みんな一緒に~」「まみむめも~!」という掛け合いをライブで体験した。小森まなみさんが一番遠くから来てくれた人に挙手を求めていた。おそらく自分だったに違いないのだが、躊躇して手を挙げられなかった。何か持ち歌のようなものも歌っていて、まるでアイドルのようであった。

小森まなみさんは、その後、声優として長年に渡り大活躍し、現在でも精力的に活動中ということである。Wikipediaを読むと、実年齢がギャグにしか思えないエイジレスぶりだというようなことが書いてあった。

上野公園の西郷隆盛像の前にいたが、すでに空は暗くなっていた。像の頭がちょんまげのようになっていて不思議な感じがしたのだが、それは止まっていたスズメだった。ラーメン屋さんで焼そばを食べた。それは知っているソース焼そばとは異なったもので、これまで食べたことがないぐらいに美味しかった。近くの旅館に泊まり、父は一人で出かけて行った。ラジカセでニッポン放送を聴いているうちに眠りに落ちた。

翌日は確かはとバスツアーに参加したのだ。よくは覚えていないのだが、上野動物園、NHK放送センター、船の科学館などへ行ったような気がする。後楽園球場へ行ったのはこの日の夜だったのか、それともまた別の日だったのかが定かではない。試合は日本ハムが勝ったことだけは覚えている。田淵幸一選手がいる西武の方をこの時は応援していたのだが、まさか後に日本ハムが北海道に移転し、応援することになろうとは思っていなかった。

新宿西口の地下の人混みの中を歩いていた。酷く暑く、路上で寝ている人々がそこいらじゅうにいた。当時はホームレスという呼び方ではなく、別の言葉で呼ばれていたが、その単語は尾崎豊の「十七歳の地図」の中で歌い込まれている。父の姿を見失わないように歩きながら、頭の中ではヒット中だった長渕剛の「順子」のある部分が何度も何度も繰り返されていた。「優しさはいつも僕の前でカラカラ空回り」の歌詞を、どうもうまくメロディーに乗せることができない。

東京といえば銀座である。いわゆる銀ブラというものを体験してみた。しかし、面白さがよく分からなかった。歩いている通りには、本屋もレコード屋もおもちゃ屋も見当たらず、ただただ高い建物があちこちに立っているだけだった。

スカイラウンジで食事をした。見下ろした東京の夜景は、まるで宝石箱のようだった。これが東京滞在最後の夜だったが、その時に夜景を見下ろしながら、将来必ずまた来るだろうと思った。そして、ここで夢を実現しようと思った。その時の夢が何だったのかは今となっては定かではないのだが、とにかくここであることが重要だったようだ。それはそうとして、生まれて初めて食べたスモークサーモンというものが、美味しすぎて感激した。

現実として、結果的に東京で生活することにはなった。これはこの時に決めたことで、それからずっと強く思っていたからに他ならない。では、それ以外の部分についてはどうだろうか。これを思い出し、掴み取るための作業に、再び入っている。

2010年7月23日 (金)

君はそのうち死ぬだろう。

小田急線本厚木駅で下車し、厚木バスセンターに向かう間には確か本屋さんがあったはずなのだが、どうにもそれが見つからない。数年前には店内レイアウトどころか売場のコーナーを表示する板のようなものまで、80年代後半当時そのままで感激したわけだが、どうやらお店そのものが無くなってしまったようだ。

厚木バスセンターには神奈川中央交通の黄色いバス、通称カナチュウバスが停車していたのだが、当時とまったく同じ乗り場に森の里行きが停車していたので、すぐに乗車した。駅前の有憐堂書店の前を通り、曲がったり曲がらなかったりしながら、大きな通りへ出た。どんどん田舎の風景になっていく。温水(ぬるみず)などの停留所名はそのままであった。

バスの乗客がほとんどいなくなり、森の里青山なる次の停留所が案内され、トンネルを抜けたのだが、もう1個だけ行ってみようと思ってそのまま乗っていた。バスは折り返し所のような所で進行方向を変え、次は日産先進技術開発センター前であった。そこで下車した。

かつて大学のキャンパスであった頃の面影は意外と残っていた。しかし、現在は企業の施設であるため、入口には警備員が立っていて、用もない者が中へ入ることはできない。写真を撮ることすら怪しまれそうな雰囲気である。案内図のようなものは当時のものがそのまま流用されているようでもあったが、定かではない。

特にやることも無いので、帰りのバス停留所に行って時刻表を見ると、15分後に厚木バスセンター行きのバスが来るということだった。1時間に1、2本しか通っていなかったのだが、それほど待つ必要がなくてよかった。

本厚木駅前の噴水はすでに無くなっていて、道路部分が拡張されていた。待ち合わせといえばこの噴水前だったのだが。オーラルイングリッシュのグループ発表の打ち上げを行ったのだが、メンバーのW君だけがサークルの都合で遅れて来るということで、この噴水の前で待ち合わせをしていた。

居酒屋チェーンの万年山で、先に横浜在住のT君、目黒区在住で高等部出身ののIさん、下関出身のTさんの4人でやっていたのだが、すでに結構盛り上がっていた。話の中で、Tさんに現在恋人がいないこと、高校時代に憧れていた先輩がいたが、交際には至らなかったことなどが判明した。そして、20歳の夏を機に大人の階段を上るということで、話はまとまった。店内の優先放送から杏里の「HAPPY ENDでふられたい」が流れ、それに合わせて「私を~待つ誰かのため~♪」と口づさむTさんの上気した表情に、あらぬ妄想シチュエーションが脳内で格散しはじめるのを、コークハイを一気に飲み干すことによってかき消した。

W君との約束の時刻が近付いたので、私とTさんが迎えに行こうと店を出た。夜の街は蒸し暑く汗ばんでいた。陽気になったTさんは、信号待ちの間にケンタッキーフライドチキン店頭のカーネル・サンダース像のメガネそ外そうとした。「何やってんだよ、やめろよ」とつかんだ腕は細く汗ばんでいたが、意外と筋肉質だった。にもかかわらず、一切の力が入っていない。そのまま手を握る、それはまさに新田恵利流にいうならば、不思議な手品のように。これは何なのだ。信号が青に変わり、ミロード方面に向かって渡る。

待ち合わせは噴水の前、その彫刻だけは現在もまだ残っている。フラッシュバックする痛い記憶が、そこから先のフィルムを切断し、教室の花火を思い出させる。...もう、あぶないんだから。夏まで待って...そのセリフだけがどうしようもなくこの胸を悩ませた。

ミロードから小田急線ホームへの連絡通路を抜け、階段を下りる。各駅停車に乗って5駅で小田急相模原だ。駅ビルは立派になっている。小田急OXのスーパー、その上の階にあったレコード店、書店、飲食店などが記憶に残っている。バングルス「マニック・マンデー」のシングル盤やヴェルヴェット・アンダーグラウンドの復刻版ファースト・アルバムのLPなどを確かここで買ったのだ。小綺麗で洒落た駅ビルは、当時とはまるで雰囲気が違っている。

南口の商店街はサウザンロードと名付けられているのだが、当時もそうだったのかは定かではない。数年前までは営業していたはずの商店街を入ってすぐの魚屋さんには、シャッターが下りていた。かつてよく本や雑誌を買っていたアイブックスがとっくの昔に無くなっているのは知っていたのだが、マールボロライトをよく買っていた店頭の自動販売機は健在であった。

1986年4月8日、夕方5時過ぎ、私はちょうど今まさにだどってきたルートでこの商店街にたどり着き、帰り道を歩いていた。そして、いつもの習慣でオウム堂というレコード屋さんに寄った。

数年後に似た名称のカルト教団による大事件が起こり、その後に訪れてみると、おーむ堂と名称が変更されていた。引越しの荷物を整理していると、引き出しなどからこのお店のサービス券がいろいろな場所からたくさん出てきたものだ。ある休日の午後、店頭のスピーカーから発売されたばかりのポール・マッカートニーの「ALL THE BEST」に収録された「ジェット」が流れていた。おそらくポール・マッカートニーなど知らないであろう小学生ぐらいの男の子が、自転車に乗りながら、そのキャッチーなコーラスに合わせて、「フウウフ~ウウフ~ウウ♪」と歌っていた。

ここで発売日に買った忌野清志郎「RAZOR SHARP」のCDの音飛びがあまりにも酷く、お店に持っていったのだが、お店のプレイヤーでは正常に再生できるという理由で交換も返品も受け付けてもらえなかった。それでもこのCDは聴きたかったので、結局、当時住んでいた場所から駅とは逆方向に徒歩約20分のすみやまで行って同じCDを買い直したのだが、こちらは難なく再生できた。以来、ここで買う頻度は若干低くなっていった。それでも、この街に住んでいた約三年間の間は、結構利用した方だと思う。

その日は、ある女性アイドル歌手のLPレコードを買った。特に熱烈なファンというわけではなかったのだが、最新シングルが初のオリコン第1位に輝き、勢いに乗っていたのと、作品にムーンライダーズ人脈の作家陣が参加していたりということで、そのうち聴いてみようと思っていたのだ。レジ店員の反応が若干微妙な感じもしたのだが、アイドル歌手のレコードを買う時にはよくあることなので、それほど気にせずに、そのまま帰り道を歩いた。

このオウム堂があったのは、記憶に間違いがなければ、おそらく現在、とんかつのさぼてんになっている所だと思う。すぐ近くには今も床屋さんがあるが、当時と同じお店かどうかは定かではない。この近くに、当時は南大門という焼肉屋さんがあって、マンションの隣に住んでいた福岡出身のU君がアルバイトをしていた。

本来はサンクスの前を通って、酒屋さんの駐車場のような所で左折するのだが、勘違いして早くに曲がってしまった。途中で完全に道に迷ったが、スーパー三和が見えてきて、完全に現在地を把握した。よく朝食のサンドウィッチなどを買っていたヤマザキデイリーストアは完全に煙草の自販機のみの営業になっていたが、店頭のガーデニングにはやたらと凝っている。新築の時に住みはじめたマンションは当時のまま残っていたが、当然のことながら、外から見てもいろいろと劣化していることは明白であった。

部屋の中は、丸井町田店で赤いカードを使って買い揃えたインテリアやオーディオ機器が置かれている。黒いパイプのベッドのシーツや枕などは、すべてレノマのもので統一され、そのすぐそばには、カフェバーを思わせる間接照明が置かれていた。オーディオ機器とスピーカーは、あえて床の上に直置きされている。買ってきたばかりの女性アイドル歌手のLPレコードをターンテーブルに載せ、プリメインアンプの電源を入れ、それからレコードプレイヤー前面タッチパネルの再生ボタンを押した。アームが自動的に動き、LPレコードの上で静止すると、ゆっくりと針を溝に落とした。テクノポップ風味のサウンドに乗せて、女性アイドル歌手のヴォーカルが流れた。

竹内まりやのペンによる正統派キャンパスポップともいうべき路線で一躍人気者になったこのアイドル歌手にとっては、ちょっと異質な作風であったが、後続のアイドルが次々とデビューし、何よりもヒットチャートをおニャン子クラブやその派生ユニットが席巻していたため、次々と新しい路線を開拓していかなくてはならないのだろう。

ふと気づいたのだが、まだ午後6時前であり、「夕やけニャンニャン」をやっている。レコードの再生を一旦中止し、テレビをつけた。スタジオから報道センターの逸見政孝アナウンサーに画面が切り替わり、女性アイドル歌手の自殺を報道した。立てかけたLPジャケットで微笑むそのアイドル歌手は、もうすでにこの世にはいなかった。

2010年7月19日 (月)

青春の逆説。

最近、いろいろな発掘作業などの途中で考えたのだが、おそらく私にとって1986年4月8日以降、つまりこれまでの人生の大半は暗黒時代に過ぎなかったのだということが明らかになってきた。

あの事件がそれ程までに自分に影響を及ぼしていたとは思っていなかったのだが、契機がいつ頃だったかと考えると、どうやらそれぐらいにの時期らしく、その頃に何か大きな事件はあっただろうかと考えると、これぐらいしか思いつかない。なので、そういうことにしておこうと思う。

そこで、何らかの諦念であったり不承不承な態度だったりというのは、おそらくは期待を裏切られる失望感への予防策だと思うのだ。そんな風にして、若くしてすれっからしの冷笑主義者に憧れ、それにふさわしい感覚で生きようとした。

獲得すべき充足した生を考えた場合、意志とは反して、なぜにそれを回避するような行動を取ってしまうのか。それは長年に渡る手癖のようなものであろう。これを強制的に矯正していかなくてはならない。性懲りもなく証拠を突きつけていこう。

これらのヒントは、渡り廊下走り隊の「青春のフラッグ」という曲の中にある。

音楽はその時々の心象風景と結びついて、記憶されている。素晴らしい音楽にたくさん出会ってきた。それらの多くは、1986年4月8日、あの穏やかな春の午後以降に出会ったものだ。よって、その記憶には必ず使い古しのペシミズムが紛れ込んでいて、その僅かな痕跡すらが、今の私には煩わしい。

よって、それ以前の音楽ばかり聴いている。例外は渡り廊下走り隊とAKB48のみ。あの基本的には肯定的で、無限に近い可能性が開かれていたかのような錯覚が残る感覚で、今を生きるとするならば、それはどれ程のものだろう。絶望の果てというものを、一度見てみたいものだ。

渡り廊下走り隊は、昨日と今日、個別握手会なるイベントを行っている。あやりんこと菊地あやかちゃんは、イベント終了後にスマイレージの新しいDVDを見るのが楽しみだと、ブログに綴っていた。ブログも頑張って更新しているし、私が実際に参加した握手会イベントでもとても一生懸命頑張っていた。過去に何があろうと、一部の古くからのAKB48ファンが何といおうと、私はあやりんのことを支持したいと思った。

はるごんこと仲川遥香ちゃんはイベント後、もうすぐ六歳になるといういとこと食事をしたことを報告していた。ファンスレッドの書き込みで、はるごんの話には普通に家族の話などが出てきて、それが昔のアイドルのようで良いという意見があったが、確かにそう思う。これは私がかつてモーニング娘。の道重さゆみちゃんのラジオを発見して聴きはじめた頃の感想と少し近いのかもしれない。

らぶたんこと多田愛佳ちゃんは喉のコンディションがあまり良くなかったようだが、頑張っていたようだ。あと、写真は相変わらずいちいち可愛い。負けていられない。

日曜たん。

暑くて天気もよくて気分爽快である!アルルの女。なんだそれ。

多忙をきわめて渡り廊下走り隊のブログすらろくにチェックできていなかったのだが、お昼の時間に一気に見てみたよ。

昨日はPV撮影、今日は個別握手会か。この暑い中、日曜日なのにみんな頑張っている。なっちゃんなどは学校もちゃんと行きながらで偉い。まゆゆはAKB48と渡り廊下走り隊とチームドラゴンで5ヶ月連続CDリリースじゃねえか。やびゃあ。

まゆゆの漫画を読んだ感想のブログが久々に才気走っていて好みだ。なっちゃんのお父さんが買ってきた野球盤ガムみたいなやつが欲しい。夏に対するテンションの記述に好感を持った。はるごんはヘキサゴンオールスターズの曲に感動したりしていて可愛い。何、この透明感。あやりんはセブンイレブンでAKB48ガムを購入、あのすごく売れてると噂のやつか。美人さんである。らぶたんは言語感覚が面白いな。写真がいちいち可愛い。

「青春のフラッグ」のPVがレコチョクで配信されているようなのだが、これ、iTunesでも買える。よし買おう。

この曲はまさに出会うべくして出会った曲。この夏の指標を指し示してくれた。どんな結果になったとしても、悔いがないようにしたい。そして、いつかこの夏を振り返る時、それがその後の人生にどう影響したにせよ、この曲にふさわしい夏であったならば、それは素敵なことに違いない。

衝動に気づき、その核を飽くなきまでに求めよう。その思いこそが巌をも溶かす強いエネルギーである。壁を突き破り、光に届くまで、必要のないものを振り払うスピードを求める。

目の前の山の上にゴールが見えるだろう。自分に負けるなフラッグと、5人の女の子たちが赤と青の旗を振りながら歌った。これは運命なんかじゃない。分からない。

2010年7月16日 (金)

BREEEZE GIRL。

まあ、とにかく暑い。マサチューセッツ工科大学の日本人留学生のような風体をしたA君によると、この暑さは今日からしばらく続くらしい。後から嫁もそう言っていたので間違いないだろう。麦茶を飲みながらお好み焼きとイカ焼そばをパソコンの前で食べていたら、モヤシにラー油をかけたものと今年初めてのスイカを持ってきてくれた。あまりに暑すぎたから思わず買ってしまったのだという。我が家に来て半年が過ぎた猫は、板の間でゴロゴロ転がって遊んでいる。そう、また夏がやって来た。

このブログのデザインも夏を思わせるかき氷のものに変えて爽やかにしようと思ったのだが、特にこのところ、一向に書いている内容が爽やかには程遠いという体たらくである。弱ったものだ。

それもこれも2ちゃんねるのモ娘(狼)板にいわゆる「生きる」氏スレッドなんていうものが立っているおかげである。さっきiPhoneで見たら、まだ続いていた。すでに1日数レスしか付いていない状態なのだが、明らかに保全以外の目的を持たないであろうレスであったり、「いつまでこのスレのこと引っ張るんだよw AKBのことだけ考えてろやw」などと書き込みながらしっかり保全していただいたりと、何だかよく分からないままダラダラと続いている。もう意見のようなものも出尽くした感もあり、そろそろ落ちてもいい頃ではないかと思うのだが。

それはそうとして、夏はやはりテンションがひじょうに上がるわけで、こう暑くなってくると、ついにまた来たなという感じなのである。私の周りは嫁を含め、暑いのが嫌だとか早く涼しくなってほしいとかそんなことばかり言っているのだが、困ったものだ。また、初めての夏を迎える飼い猫までもが、早くも夏バテのような体で板の間だとかベッドの上だとかで、昼間の間、ずっとダラーンとしている状態である。そのくせ、私がせっかくホームセンターまで歩いて行って買ってきたひんやりプレートは、早くも飽きて全然使ってくれない。

仕事場で進めなければならない案件が多々あり、それらをテキパキと進めつつあったのだが、若い者がやれ体がだるいだの腰が痛いだの言っているもので、「まったくその若さで情けない。オレがお前らぐらいの頃はだなぁ...」と、思い出してみたところ、部屋を閉め切って昼間からウォッカを舐めながらレタスに味噌を付けたものを齧り、トム・ウェイツを聴いているような様子すら思い浮かばず、彼らの方が余程マシだなと思い直したわけである。

読売ジャイアンツの原辰徳監督が選手がホームランを打った時にやるアクションを利用したミニコントもスタッフの面々に飽きられはじめてきて、何やらアイデアにも煮詰まってきたので、自転車を借りて市場調査に出かけることにした。暑い夏の日差しの中を汗をダラダラ流しながら自転車を漕ぐのが、気持ち悪くて最高に爽快である。

やはり夏は外に出て体を動かすに限る。室内でインターネットにカタカタ書き込みばかりしていてはダメだ。そういうことにしよう。ということで、渡り廊下走り隊の「青春のフラッグ」ばりに、体育会チックなド根性路線の波が押し寄せつつあるな、と思うのである。それがこの夏のモードということにしよう。

となると、岡村靖幸の「あの娘僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう」が咄嗟に聴きたくなるわけで、いざ購入しようとしたところ、なんと廃盤になっているというではないか。恐ろしい。この曲はいまだにカラオケでも調子がいいと歌ったりしているのだが、CDはとうの昔にレコファンかどこかに売り払ってしまっていた。しかし、まあいつでも買えるだろうと思っていたのだ。配信での販売をしていないことだけは知っていたのだが。

アマゾンのマーケットプレイスにならなんとかあるようだったのだが、何やら面倒だったのと、とにかく今日聴きたいなと思ったので、夜になったらGEOに行ってみることにした。

仕事場に戻って自転車を駐輪場に停め、鍵を返した。それから四時間ぐらいいろいろとやっていて、自転車を貸してくれたスタッフが一旦退勤したと思ったら笑いながら戻って来た。何か新しいミニコントの振りかと思ったのだが、手には私の財布を持っていた。カゴの中に置きっぱなしだったのだ。幸いクレジットカード類も現金もセブンイレブンのAKB48キャンペーン応募券もすべて無事だったので、良かった。

久々にGEOでCDを借りようとしたのだが、5枚1000円キャンペーンというのをやっていたので、せっかくなのでこれを利用することにした。岡村靖幸の目当ての曲が収録された「家庭教師」というアルバムがあったので、それは迷わずチョイスした。あと、「OH!ベスト」というのがあったが、それは貸出中だった。フリッパーズ・ギターが「SINGLES」だけしかないとか、GREAT3が一枚もないとか、確かこのあいだまであったEPOのベストがないとかなかなかけしからんことになっていたのだが、RCサクセション、デフ・レパード、オリヴィア・ニュートン・ジョン、青春歌年鑑'80BEST30という全くもって節操のないセレクションで、なんとか5枚に達した。

今日はニッポン放送の「渡り廊下走り隊7」もなく、それがひじょうにつまらないのだが、忙しくて渡り廊下走り隊のブログを一度もチェックできていないことを思い出した。

今日は9月1日に発売される新曲のPV撮影があったようである。まゆゆはアニメネタだとやはり生き生きしている。はるごんとあやりんは待ち時間にハローのDVDを見てテンションが上がったと書いている。なっちゃんは昨日、六本木の「つるとんたん」で食事をしたことと買物の報告、まゆゆはヤンジャンの告知をしている。きたりえとさっしーとまゆゆという珍しいユニットで出ているということで、またこれも買わなくてはならない。一体、今月漫画雑誌を何冊買っているのだろう。らぶたんはなっちゃんのお家に泊まりにきているということで、「親密な関係になりますww」、なっちゃんは同じ件について「これからツンデレあの子といちゃいちゃします」とそれぞれ報告している。

狼のいわゆる「生きる」氏スレを見ると、またしてもヴァージン君の名前が書いてあって、気になった。昨日、道重さゆみちゃんブログスレッドを久しぶりにちゃんと読んで、このヴァージン君の名前も何度か見たのだが、結局のところ何のことやらよく分からなかった。

アンチで「よう道重」とかいう書き出しでレスを始める人がいて、スレッドにいたヲタの人たちがこのアンチを「よう君」とかネーミングして遊んでいたのは面白かった。

あと、AKB48アンチについての見解として、秋元康氏に嫌悪感を抱いている人はいるだろうという書き込みがあった。20年後に秋元氏が他のアイドルグループをプロデュースしたとしたら今のAKBヲタのかなりの部分がそのようになるだろう、という風にも書かれていた。

おそらく秋元氏が携わっていたおニャン子クラブの高井麻巳子ちゃんと結婚したことを指しているのだろう。当時、おニャン子クラブを応援していた人たちが現在もアイドルヲタクをやっていて、当時のトラウマから秋元氏に対して嫌悪感があると、そういうことだろうか。

私はおニャン子クラブのテレビは見ていたし、レコードもたまには買っていたのだが、特定のメンバーに思い入れるということは、特になかった。また、おニャン子クラブが1周年を迎える頃に、人気少女歌手が所属事務所のビルの屋上から地上に向かってダイブして自らの命を絶つという事件があり、まだ10代でナイーブだった私は、以来、それまでのように無邪気にアイドルを応援できなくなってしまっていた。

それで、秋元氏と高井麻巳子ちゃんが結婚する頃には、ほとんど何の思い入れも持っていなかった。そんな具合なので、トラウマも持ちようがない。しかし、当時のガチヲタにとってはかなり衝撃的で、その傷は今も癒えることがないのだろうか。

たまたまその週のとんねるずのオールナイトニッポンを聴いていた。番組が始まってしばらくしても、この件は一切話されず、あえて避けているかのように思えた。しかし、番組途中で何かの拍子にその話題になり、木梨憲武氏が「こぶ平に持っていかれちゃうみたいな」などと言い放っていた。こぶ平とは、当時、秋元氏が落語家の林家こぶ平氏に酷似しているということから、そう呼ばれることがあった。結婚発表後に、おそらくおニャン子クラブのファンから自家用車にこぶ平と落書きされていたことからも、この呼び名は当時は割とポピュラーだったのではないかと思われる。同番組で、石橋貴明氏は、「これが芸能界のミステリアスな部分」といった旨の発言をし、それ以上この件に突っ込むことはなかった。この後、番組にはネタとはいえ、「秋元ぶっ殺して俺も死ぬ」というような物騒な投書が寄せられていたりもした。

秋元氏は当時、ヒットメーカーとして注目を集めていて、本もかなり出していた。「SOLD OUT」なるヒットメーカー指南本的なものを買って読んだ記憶があるのだが、そもそもこのような本を買っているようではダメだというようなことが書かれていて、面喰った。また、まだ結婚前だったが、オリーブ誌か何かの連載をまとめた著書で、高井麻巳子ちゃんについて書いている文章があった。確か、一人暮らしを始めて、タマネギの芽が出ないように絆創膏を貼ったというようなエピソードが紹介されていて、これを聞いて秋元氏は高井麻巳子ちゃんの大ファンになったと書かれていた。これを読んで、私は素直にいい話だなと思っていたのだ。この辺りの当時の感じ方の相違が、現在の秋元氏やAKB48に対する見解にも影響を及ぼしているということか。

もう本当にそろそろあのスレッドは落としてもいいと思う。ヴァージン君のことだけが気がかりではあるが。

CRAZY FOR YOUの季節。

AKB48のデフスターレーベル時代の楽曲を集めたベスト・アルバム「SET LIST~グレイテストソングス~完全版」は結局のところmoraでもデータ販売がされないようなので、やむをえずCDを買うことにした。ちょうど仕事場に用件があったため、そのついでに買ってきた。ランダム封入されている特典の生写真は、松原夏海ちゃんだった。

意外にも聴き覚えのある曲が多かった。「会いたかった」は「AKBINGO!」のオープニングで流れているだけではなく、最近のテレビ出演でも代表曲の一つとしてよく歌われている。2007年の紅白歌合戦で初めて見て聴いたのだが、その時はAKB48を見ること自体が初めてだったこともあり、ただただすごく大勢の女の子たちが歌っているというインパクトに圧倒され、曲の印象はそれほど残っていなかった。出だしの「会いたかった 会いたかった 会いたかった yes 君に」の部分が印象的だが、サビ部分の「好きならば 好きだと言おう」などのベタでいてかつド真ん中直球の歌詞が、「大声ダイヤモンド」などと同様に好きだなと思った。

まだあまりちゃんと聴いていないのだが、キングレコード移籍後の楽曲と比べると、より80年代歌謡ポップス色が濃いなという印象を持った。「ロマンス、イラネ」にそこはかと漂うチープシック感覚が好きだ。「神曲たち」だと近いテイストを持っているのがアンダーガールズの「飛べないアゲハチョウ」ぐらいしか思いつかない。

ニッポン放送の「渡り廊下走り隊7」だが、火曜日はあやりんこと菊地あやかちゃん、水曜日はこもりんこと小森美香ちゃんの自己PRだった。あやりんは色々な経緯があって現在に至るわけだが、握手会イベントでは人一倍頑張りが感じられたし、トークでもいつも元気いっぱいに話していて好感が持てる。最近ハマっていることはスマイレージさんのDVDを鑑賞することだと言っていた。また、こもりんは注目しているプロ野球選手のことなどを話していた。中日ドラゴンズの選手の名前を挙げていたが、誰だったか忘れてしまった。同時間帯に放送されていた「AKBINGO!」を見ながら聴いていたので。こもりんは愛知県出身ということなので、おそらく中日ドラゴンズファンなのだろう。タワーレコード渋谷店のイベントでも読売ジャイアンツの小笠原選手の形態模写などをやっていたが、プロ野球好きアイドルという売り出し方は結構イケるのではないか。

「AKBINGO!」は先週に引き続き過去のお宝映像からのクイズ企画だったが、まゆゆ、ゆきりん、らぶたんらのデビュー当時の映像などが見られて、なかなか面白かった。

2ちゃんねるのモ娘(狼)板に月曜日の夕方に立った「元道重ヲタの「生きる」氏が、AKBに寝返ってハロプロを叩いてる件【道重のAKB好き発言が原因か】」というスレッドが、2日半以上経った現在も未だにDAT落ちしていない。スレッドスピードはかなり落ちていて、数時間レスが付かないこともあるのだが、落ちるギリギリぐらいで保全的なレスのようなものがあり、いまだに細々と続いているような状態である。

このスレッドの主題となっている元道重ヲタの「生きる」氏とは、この「FREAKS A GO! GO!」と同じURLで「『生きる』ブログ。」というのをやっていた、私のかつてのペルソナのことを指している。たかだか一般人の、しかもそれほど有名でもないブログ主についてのスレッドが2日半以上も続いていることに驚く。全く見ず知らずの人たちが自分が書いたものについてあれこれと推測したり意見したりするのを見るのは、何だか不思議な感覚である。

このスレッドに書き込んでいるのは大半がハロプロファンと思われ、私はあくまで一部であるとしながらもハロプロやハロヲタに対する嫌味や皮肉、罵詈雑言を相当書いてきているので、敵対しされたり悪口を書かれるのは致し方ない。実際にそのような書き込みも多いのだが、不思議とまったく腹が立たない。明らかな事実誤認や誤解もあることにはあるのだが、的を得ていたり自分自身でも気がつかなかった事実が指摘されたりしている場合がひじょうに多い。

素直に自分が書いたものに関心を持っていただいて嬉しいという思いが強い。これはおそらく私が典型的な真性構ってちゃん、言い換えると軽度の自己愛性人格障害をこじらせているからに違いない。

道重さゆみちゃんがGREEのブログで、アンチのコメントも含めて歓迎みたいな姿勢を打ち出しているのを見て、本当は凹んでいたり悲しい思いをしているのだが、頑張ってそのようなポーズを取っていて健気だなと思っていたのだが、案外、本当にアンチコメントを含めて歓迎しているのではないかという気がしてきた。それにしてもあまりにも心無いものも多いので、全部が全部ではないとは思うのだが。

あのスレッドには何度も書き込みたいと思ったのだが、iPhoneのみならずPCの方もどうやら規制に巻き込まれているっぽく、書き込みができない状態である。悩ましい。

需要があるのかないのかさっぱり分からないがいくつかのレスに対して、思うところを書いていきたいと思う。

380 :名無し募集中。。。:2010/07/13(火) 18:06:26.88 0

>>AKB48やそのメンバーの名前を出すだけで不機嫌になったり激しく怒り出す

生きる氏はヴァージン君が嫌いなんだな

道重さゆみちゃんブログスレッドを見てみると、ヴァージン君という名前がよく出てくるのだが、正直よく分からなかった。かつてのスピニングセンサー氏やライブ感氏同様、ヴァージン君なる方がいて、AKB48やそのメンバーの名前を出すだけで不機嫌になったり激しく怒り出したりしているということなんだろうか。

393 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 00:27:49.28 0

http://usachanpeace.cocolog-nifty.com/

Happy Birthday。
道重さゆみちゃんお誕生日おめでとうございます。
2010年7月13日 (火)


そっけねぇwwwwwwwwwwwwwwwww

いや、確かに素っ気ないことには違いないのだが、正直これ以外に何を書いていいかまったく思いつかなかった。かといって完全スルーは自分としても違うのだ。実はこのエントリーは7月13日の午前0時に更新されるように予約してあって、あのスレッドが立たなければ、あの日は記事が一切上がらず、0時になった瞬間にこのシンプルなメッセージだけが表示される予定だったのだ。

394 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 00:36:51.64 0

一時期はあらゆるアンチをガチで相手にしようとしていたので、もう相当数のアンチレスを読み込み、
常に4、5人の人格を使い分けて応戦していた

道重ヲタすげえwww

この常に4、5人の人格を使い分けて応戦の件については、他にもいくつか反響があり、常軌を逸していてガチで引かれた方も多かったようだ。しかし、紛れもない事実である。
ただし、道重さゆみちゃんのヲタ役ばかりを4、5人分使い分けていたわけではなく、色々な設定を用いていた。
これは狼に限ったことではなく、たとえば「ヤングタウン土曜日」の初期に道重さゆみちゃんと明石家さんまさんがあまりうまく噛み合っていない時期があり、ガチで凹んでいるのではないかと思われることがあった。たとえば、親方というあだ名が初めて付けられた頃などである。
この時、狼の道重さゆみちゃんファンの中には、ヤンタンのレギュラーをやっていてもあまりメリットはないからもう辞めた方がいいのではないかと主張する人たちも少なくなかった。しかし、私個人的には、これは今後の道重さゆみちゃんにとっての大きなチャンスであり、本人もその自覚はあり、積極的に取り組んでいるように思える。しかし、何かが空回りしている。では、どうすればいいのか、ということをまるで自分のことのように真剣に考えた。あの情熱は一体何だったのだろう。
そこでどうしたのかというと、ヤンタンを制するにはこの番組やさんまさんのことをもっと知らなければダメだと思い、Wikipediaや他のインターネット上の情報を調べて分析するだけにはとどまらず、お笑い芸人板のすべての明石家さんまさんファンスレッド、アンチスレッドにヲタとアンチと一般人のキャラクターを使い分けて潜入し、その結果、ヤンタンとはどのような番組でさんまさんとはどのような人なのか、その上で道重さゆみちゃんはヤンタンでどうするべきか、などということを長々と書いたりしていた。

395 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 00:51:56.82 P

アイドルヲタ3年周期説のルーティンに嵌ってるだけのような
まあチラ読みしただけなのでアレですが

これは確かに少し思った。

398 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 01:11:26.20 0

>こうやって客観的に振り返ると実にくだらないのだが、昨日のスレッドでこのことを指摘した方は実に鋭い。
>もしくはこのブログを読み過ぎである。

正解は「ブログを読み過ぎ」だ
去年道重を初めて知ったとき検索であんたのブログが引っかかって他に読む物もそんなにないから
ひととおり読んだ。で昨日それ以来のエントリをじっくり読ませてもらった
あんたはここのところのAKB関連の日記を狼のハロプロファン宛てに書いている
それは別にいいけどあんたも十分わかっていると思うがそれらの文章は道重本人の目に入る可能性がある
そしてそれらが単純な「肌ぶつぶつ」とか「不細工」とか「音痴」とかの狼やグリーの悪口よりもはるかに
悪質だということはあんたもわかっているだろう。そのように意図して書いているんだから
でももうそろそろやめとけ、と

この人は本当にすごい。たくさん読んでくださったこともありがたいのだが、ここで分かってやっているんだろうと書かれていることのほとんどは、無意識では分かっていたに違いないのだが、完全に分かっていない体でやっていたことばかりなのだ。

401 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 01:17:47.55 P

擬似恋愛の終結の負の感情を道重さゆみにブツけたいのさ
要するに「あてつけ」

まさかとは思っていたのだが、どう考えてもこれ以外には無いような気がしてきた。どうしようもないね。

405 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 04:38:18.25 0

この人に粘着してた亀井ヲタと思われる固定ってゲリグソのことか?

私が粘着されていたわけではなく、むしろ道重さゆみちゃん関連スレッドに粘着する奴らに私が粘着していたというのが正しいです。ちなみにここで挙げた亀井ヲタと思われるアンチというのは、この固定さんではなくて、いつも名無しでやっている方の方です。ヤンタンのオカズ発言でアンチスレ立てやがった時に、「きょうびオカズの意味なんて中学生でも知ってるわ。お前、家族と店員以外の女と会話したことないだろ」と煽ったところ、それまで嘲笑的だった態度が急変し、「このシゲフマジでムカつく!!!」などと冷静さを失って発狂しだしたのは面白かった。
確かにこの固定氏に対しても「グリム童話に出てくる鸚鵡みたいにギャアギャア五月蠅い」などというレスを延々とし続けていたこともあったが、すぐに飽きた。しかし、実はこの固定氏については、道重さゆみちゃんアンチという部分以外では結構話が合い、名無しで馴れ合っていたりもしたのだ。

408 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 08:42:07.37 0

>狼のハロヲタは相変わらずAKB48を叩いていて
これは見てるスレが悪いんじゃなかろうかw

俺はそんなレスほとんど目にすることないけどなあ
狼への依存度の違いかもしれないけど

同性愛っぽいのもネタとして流しとけばよかったのに真剣に受け取りすぎなんだよ
多分「ヲタの妄想に媚びて敢えてそういう記事を上げる道重さゆみちゃん」を自分の中に作り上げてしまって拒否感が出たんだろうけど
自分でも言ってるけど狼脳だと思うよそういうのは本当に

大体自分でも4,5人の人格を使い分けてたとか言ってるのに相手をのっけから大多数と信じて疑ってないのもおかしいよ
あなたが言う「一部のヲタ」は「一人のヲタ」かもしれないんだから

とりあえず個人的には別に寝返っただなんだ思ってない
というよりも興味が移るのは別に自然なことだしどうでもいい
その理由を外部に押し付けるのはやめてほしい
いやそれはまあいいとしてそれをわざわざ発信しないでほしい
あなたが言うように「見なきゃいいで済むものではない」わけだから

これもひじょうに納得する部分が多い書き込みだった。
しかし、たまたま自分が見たスレッドがそうだったのかは分からないが、ハロヲタであればAKBを憎むのが当たり前、みたいなそれが常識だというような論調を信じたことは事実だ。
道重さゆみちゃんが配信番組でAKB48好きを公言した時の多くのハロヲタの反応というのが、更にその思いを強くした。狼にいるような一部の狂信的な人たちだけがAKBを憎んでいるのではないかという思いも一方ではあったのだが、あれを見た後だと、これが一般的なハロヲタの感覚なのだな、と思わざるをえなかった。
しかし、一部の突出した部分だけを見て、その組織や集団全体を憎むような考えは、普段私が最も忌み嫌うものであり、それに私自身が陥ってしまっていたということは反省しなければならない。

また、同性愛っぽいものについてなのだが、いわゆるカプヲタと呼ばれる方々の感覚とかは自分とは異なっているなとは思うのだが、別にそれほど嫌悪するほどのものでもないだろうにとは思う。しかし、なぜだか生理的に拒絶してしまうのだ。よく分からない。
同性愛的なノリそのものがダメかというと必ずしもそうではなく、たとえばAKB48のメンバー同士のそういうじゃれ合いについては、わりと微笑ましくみていたりもする。
やはりこれは狼脳ゆえのモームスメンバーに対しての間違った嫌悪感に基づくものではないかという風に思えてきたのだ。
たとえば、道重さゆみちゃんがイチャイチャしている相手が、同じハロプロでも真野恵里菜ちゃんや矢島舞美ちゃんだったとしたら、特に嫌悪感は抱かなかったと思う。

415 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 16:13:38.03 0

最近はAKBの初心者スレもしょっちゅう荒れてるからね
本スレには手を出さないという暗黙の了解みたいなのも無くなった


416 :名無し募集中。。。:2010/07/14(水) 16:23:32.72 0

IDもない名無し板だから言ってみりゃおかしいのが一人いれば終わりだからねw
生きる氏が言うように何人もの人格を使い分けることもその気になればできるわけで
ごく普通の人間はいくら狼に染まってたとしてもまずやらないと思うけど…


431 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 07:19:35.90 0

>>415-416
道義上それはやらない・・・・というワク引きは必要だよね
地下板のAKBメディア出演情報スレも基地に荒らされた
ニートで1日張り付いているハロヲタが連日30~40回ペースで
AKB中傷を書き込んで来た


432 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 08:35:09.44 0

ライバル視する気持ちは分からなくもないけどそういうことするのはちょっと普通じゃないな
ただ 「一部ファン」と言いながらそういうファンが主だと思ってるフシのある生きる氏は短絡的すぎる
……というより狼脳すぎる(すぎた)のかなやっぱり結論としては

433 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 09:36:11.52 0

>>AKB48やそのメンバーの名前を出すだけで不機嫌になったり激しく怒り出す

こんな奴本当に何人もいるのかな
ブログスレに狂信的な奴がいるのは確かだが
俺は個人的にモー娘もAKBも興味ないからわからんな

434 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 09:49:16.29 0

>>433
そんなヤツが何故ここにw・・・と思ったけどその他のグループのファンということか

それは俺も同じこと思った
前後の感じが分からんからなんとも言えないけど少なくとも俺が見てるスレでそんなやつはいないな
ただ・・・興味のない話題を関係ないスレでされたら腹立つ部分は誰しもあると思う
別にAKBじゃなくても例えばガンダムの話とか消費税の話とか持ち出されたらよそでやれと思うだろうし
・・・そういうこっちゃないんだろうけどねまあw
脊椎反射的にアケカスどうのと言い出すような人種だったんだろうけど

とにかくおかしな人間はどこにでもいるものだからね
それをファン全般の姿として捉えられると非常に心外だと生きる氏には言いたい
ごく普通の気のいい人たちがほとんどなんだから
AKBに対してだって悪感情持ってるファンがいないとは言えないけど少数派じゃないかと思う
よくも悪くも別段興味がないかもしくはあっちもかわいい子がいるとかそんな感じの人がほとんどじゃないかな

あー狼でこんな長文初めて書いた

436 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 10:37:30.89 0

狼は基地外同志が楽しむ特殊な空間だからな

この辺りがまさに本質なのだろうなという気がする。

ここでは一部の書き込みに対しての見解を書かせていただいたが、これ以外についても、いろいろと考えさせられる部分が少なくなかった。たかだか一個人の一般人ブログに対していろいろと考えたり意見していただき、大変ありがたい。

まとめると、狼は特殊な空間、一部の突出した例を見てそれが全体の総意であるかのように判断するのは短絡的で軽率、罪のない多くのハロヲタ(また、メンバー本人)が読む可能性も想定した上で書くべき、といったところだろうか。

2010年7月15日 (木)

ラビリンスへのタイミング。

いわゆる道重さゆみちゃんブログスレッドなるものを久しぶりにちゃんと見てみたのだが、展開がカオスすぎて頭がクラクラしてきた。

今も細々と続いている「元道重ヲタの「生きる」氏が、AKBに寝返ってハロプロを叩いてる件【道重のAKB好き発言が原因か】」をきっかけとした一連のやり取りによって、私が当ブログで行っていたハロプロおよび一部ハロヲタ批判が、モ娘(狼)板という特殊空間に入り浸りすぎたことによって形成された歪な価値観によるものであることが明確になった。

一部の特殊な例を見て、それがあたかも全体の総意であるかのような浅はかかつ短絡的な思考に陥ってしまったことは反省しなくてはならない。

道重さゆみちゃんのガチヲタだった時代はアンチレスの1つ1つにいちいちブチキレていたわけだが、ある程度冷静になることができた今、また、一部の特殊な例をのぞいたいたいけなハロヲタやハロプロに対する歪んだ感情が払拭された状態において、狼はどのように見えるのだろう。そのことに少しばかり興味があった。

あと、いわゆる「生きる」氏スレにも書き込まれていたヴァージン君なる謎のキャラクターにも興味が引かれた。それで、久しぶりにまとめて読んでみたのだ。

たまたま私が見た時間帯がそうだっただけかもしれないのだが、以前からいた道重さゆみちゃんやそのファンにとって不愉快なことを、あるテーマを決めて執拗に何度も何度も書き続けるというアンチのパターンがさらに酷いことになっていて、もはやまともにブログの内容についての話などがほとんどできないような状態になっていた。

私がブログスレを見た時にアンチがやっていたのは、以前からあったアップフロントエージェンシーのキクカワ氏なる社員と道重さゆみちゃんがあたかも恋仲であるような妄想をしつこくしつこく書き込み続けるという行為だ。道重さゆみちゃん関連スレッドのトップの方には、各番組で話した内容を道重さゆみちゃんが未だに男性経験がないことのソースだとするテンプレートが必ずのようにある。これが、道重さゆみちゃんファンの中には処女信奉者が多いというイメージに繋がっている。過去のアンチのネガキャン手法を見て行くと、この部分を突こうとするものが多く、菊川氏が取り上げられるのはもう何度目にもなるのだが、かつてはミュージカルの監督を務めた木村氏の息子、また、恵比寿アトレのケーキ売場で目撃されたとされるDQN風一般男子などの例がある。

これらはいずれも確固たるソースが出てこなかったり、そもそもの噂の出所にあたる集団に属する人物が捏造であることをカミングアウトしている。しかし、このアンチにとっては、道重さゆみちゃんのネガティブキャンペーンにさえなれば何でもいいわけで、ちょっとした情報、噂、メディアでの発言、ブログの記述、コメント欄や掲示板の書き込みですら、自分のアンチ活動に都合の良い部分のみをピックアップして誇張する。本質は以前から全く変わっていない。また、この真相に深く斬り込んでいくと、深刻な精神上の疾患の可能性などに行きあたるため、かつての私はここで断念して、狼離れすることを選択した(結局戻ってきてしまったわけだが)。

ガチヲタだった頃はアンチに対して本気で怒り狂っていたのだが、一歩引いてみると、まさに珍奇者の博覧会といった様相で、客観的に悪趣味な愉しみすら見出すことができる。しかし、純粋に好きなアイドルのことを話し合いたいだけのいたいけなファンの方々の心情を察すると、もちろん同情を禁じえないのである。

少し距離を置いた後に見て、改めて奇異に感じられることがある。それは、アンチが道重さゆみちゃんのブログ更新の空白を問題とし、そこから都合のよい妄想をふくらませて、ファンを煽っているという部分である。

そもそもブログとは、別に生活で起こったことを全部書き連ねるものではない。書きたいことを書きたい時に書くものである。サービス精神旺盛で、自らも文章を書くのが大好きで、ついでに言えば構ってちゃん要素もある道重さゆみちゃんは、頻繁にブログを更新するし、内容もひじょうにユニークである。これを逆手に取って、書いていない時間に何をやっていたのかと邪推し、処女性に高い価値を置いていると思われがちな道重さゆみちゃんファンが最も嫌がるであろう男の影と結びつけた妄想を捏造する。だいたいがこのパターンである。

気がついたら寝ていたなどと書こうものなら、それを嘘だと決めつけ、待ってましたとばかりに、その間にファンを裏切って男と会っていたに違いないなどと書き連ねる。

道重さゆみちゃんが仕事から帰ってきてバタンキューして、夜中の変な時間に目が覚めてしまい、仕方なくシールの整理をはじめたら朝になっていただとか、そういうエピソードはGREEのブログが始まるずっと前からあり、これ以外にも一旦寝てから夜中の3時ぐらいに目が覚めることが多いというような話もしていて、全然珍しいことではないのだ。また、道重さゆみちゃんが自室にてパソコンをやったり好きなアイドルのDVDや録画したドラマやバラエティーを見ることに時間を費やしていることは、ブログやラジオでの発言内容からも明白である。これらはもちろんブログを書いていない時間にやっている。

ご存じの通り、最近の私がお気に入りのアイドルグループといえばAKB48なのだが、中でも渡り廊下走り隊というスピンオフユニットに参加しているメンバーたちが特に好きである。渡り廊下走り隊は、新垣里沙ちゃんと同じスタ☆ブロという所で公式ブログをやっている。メンバー5人で渡り廊下走り隊として1つのアカウントでやっている。内容は仕事のことだったり趣味のことだったりが中心なのだが、更新数は日にもよるが、1人平均1日に1~3件程度である。最も多忙なまゆゆこと渡辺麻友ちゃんなどは、数日間更新がないことも結構ある。それでも、ファンにとっては十分嬉しい。他では見られない写真が見られたり、エピソードや思いが本人の言葉で綴られるのを見ることができたり、それだけですごく貴重なことなのだ。たとえば、アニメヲタのまゆゆが大好きな「ヘタリア」というアニメのフランシスお兄ちゃんの看板と一緒に池袋で撮った写真などは、CGアイドルのイメージからかけ離れたヲタ女子っぷりで味わい深いものがある。告知系のネタの時は無難にこなしている感じなのだが、好きなアニメの話になると明らかにテンションが高くなっている所なども可愛い。また、らぶたんこと多田愛佳ちゃんの鬱更新に心を痛めたり、元気になった更新にホッとしたりと、あえて釣られる目的で読んでいくのも楽しい。アイドルのブログなんていうのは、だいたいがこんなものだろう。これでも昔のアイドルとの距離感からいけば、格段に近くなった。ブログ更新していない時間に何をしているか邪推するなどといった発想が、まず無い。更新していない時間の方が圧倒的に多いからだ。

こうして改めて振り返ると、道重さゆみちゃんのブログというのは本当に贅沢だ。何より文章が面白いし、ネタが豊富、賛否両論あるようだがいろいろな釣りも仕掛けてくれる。その上、コメントもリアルタイムで出来てしまう。こんなに充実したアイドルブログは他には無いのではないか。道重さゆみちゃんのファンはこのことを誇りに思うべきだし、ここを逆にアンチに利用されるなんていうのは本当にくだらない。

アイドルとファンとの適切な距離感ということを考えると、道重さゆみちゃんのブログにおけるそれは果たして理想的なのだろうか、などと思う部分はあるのだが、とにかく人気アイドルグループのメンバーでありながらこのような試みをやってみせるというパイオニアぶり、かつトゥーマッチ感覚、これこそが道重さゆみちゃんの真髄なので仕方がない。その上で悩んだり葛藤したりして、よりよい方法を模索していくのではないか。

それはそうとして、ヴァージン君っていったい何なんだろう。気になる。

さて、例のいわゆる「生きる」氏スレがいまもまだ細々と落ちずにいるようで、かつiPhone、PC共に規制で書き込めないので、いくつかここでレスしていきたい。

439 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 13:21:03.42 0

俺の書込みを生きる氏がブログで取上げてくれた

道重のブログスレではアンチ扱いで相手にされないだけに素直に嬉しい

445 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 20:00:08.68 0

>>439
そのアンチ扱いをしているのがまさにこの人本人である可能性が高いわけだがその点はどうよ?

447 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 21:48:31.32 0

ブログスレに道重は今後のために恋愛をしたほうがいいと書いただけで
特定の人からアケカッサーとかハメフ扱いされるからな
生きる氏の気持ちも分からんでもない


448 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 21:52:03.71 0

>>447
アケカッサーとかハメフって書いてたの生きるだぞw


449 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 21:52:32.79 0

逆だ
生きる氏はそういうのをアンチ扱いしてた側なんだよ

451 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 22:03:47.35 0

>>449
本人も自白してるように生きるは論争する時には常に必ず複数の人格を作って
アンチ役も演じたんだよ
それでわざと発狂してみせたりして道重アンチ=基地外ってことを印象づけようとしてた

まあ、ここ数カ月はiPhoneは規制で書き込めなくて、PCの方は先月ぐらいには書き込めたのだが、今は書き込めなくなってしまっている。

いずれにしても、道重さゆみちゃん関連スレッドには最近は書き込みをしていない。ここしばらくは見ることもひじょうに少なくなってしまっていた。他に見るスレッドが増えてきたという理由が大きいのだが。

ところで、私は一人のアイドルに対してはいろいろな見方をするファンがいて良いし、だからこそ面白いと考えているので、おそらく今後のために恋愛をした方がいいと書いただけでアンチ扱いはしない。

自分の理想像をアイドルに投影し、そこから外れたからといって難癖をつけたりアンチ化するような態度に対しては常々批判を繰り返していたわけである。基本的には本人が良かれと思ってやっているのであれば、肯定し、応援するという立場だった。それで、理想投影型のヲタからは盲目ヲタだとか推しを甘やかすタイプのヲタだとかいうことを散々言われていたのだ。ところが、振りかえると、これとかなり似たようなことを結果的に私もやってしまっていたわけで、これについては猛省し、二度とこのようなことが無いようにしなくてはいけない。

蔑称やアンチ役を演じていたことについては、これは真実である。ある時は、そのスレッドにいた道重さゆみちゃんファンからの攻撃を一身に浴びながらも、最狂アンチを演じることによって、本物のアンチから誹謗中傷されることを防いだ。アンチとして勢いはあるが論理が破綻したことばかりを言い、最後にはわざとヲタたちにフルボッコされるというシナリオを実行していたわけである。しかし、その真実を知っているのは私のみなわけであり、一体何のためにやっていたのだと、呆れ返るばかりである。しかし、私がこれをやると他のアンチがスレッドから次第にいなくなり、最後には私だけになったので、実質的にはアンチを完全駆逐したことになり、この事実に何らかの達成感を味わっていた。本当にどうかしていたとしか言いようがない。そりゃ狼脳にもなるわ。

440 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 13:30:14.54 0

生きるではないと言われても
赤いフリージアというブログのリンク先が
生きるブログという名称になってるからな

赤いフリージアさん、道重さゆみちゃんが気になりはじめた頃によくお世話になった優良サイトだった。
リンク先を解析すると、ここからのものが結構あった。ここでは今も「『生きる』ブログ。」なのですね。
情報ありがとうございました。


444 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 19:58:26.39 O

生きる見てるー?

446 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 20:02:21.11 0

見てるよー

>>446
成り済まし乙。

450 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 21:52:45.09 0

今日は生きるさんよりも
ルースさんの方が凄い

ルース氏も勢いあるな。是非はあるだろうがあのような突出したキャラクターには、どこか魅かれてしまう部分がある。度を越した迷惑行為はいただけないとしてもだ。

452 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 23:28:05.95 0

>しかし、その後、「RIVER」辺りの頃の「アイドルも政権交代」だとか、メディアやショップのあからさまな勝ち馬に乗りっぷりが多少鬱陶しくもあり、この頃は新曲もろくに聴かずに、AKB48のことが少し嫌いだった。

生きる氏のこの部分に注目した
よく「今頃AKBのファンになる人がいる!」「未だに新規ファンが生まれている!」
と驚きをもって評されることがある
中高校生が最近ファンになるのは別に不思議ではないが問題はこの時期に流れて来ている元ハロヲタたちである
流れる人はRIVERあたりでとっくに流れているハズであり
年末年始にあれだけAKBが話題になっていた時に何をしていたのか?
と不思議に思われていたりする・・

それに対する解答が生きる氏のこの引用文の心理なのだろう

なるほど、面白いですね。それにしても、文体が私のパロディーみたくなってるのだけれども気のせいだろうか。

453 :名無し募集中。。。:2010/07/15(木) 23:32:48.77 0

流れるのは相手が盛り上がってるかどうかじゃなくて推しメンに見切りをつけた時だよ

私の場合は推しメンが抜けた心のエアポケットを埋めるようにAKBがやって来たような部分があるので、まさにこれは言えてますね。いや、見切りは本当はおそらくつけていないのだろうね。数日前に誰かが書いてくれていた「あてつけ」というのが一番しっくりするような気がする。何だかな。

明日は朝が早いので、「渡り廊下走り隊7」を聴いたらすぐ寝ようと思う。らぶたんがソログラビア飾ってる週刊少年チャンピオンも買わなくては。それにしても掲載雑誌隠し場所がそろそろ限界である。解体アンド必要なページだけスクラップ作戦を具体的に進めなくてはなるまい。昨日買ったAKB48の「SET LIST~グレイテストソングス~完全版」もまだろくに聴いていないため、明日からの通勤時間などを利用して聴き込んでいきたい。

それにしても、ヴァージン氏とは一体何者なのだ。気になる。

2010年7月13日 (火)

恋愛サーキュレーション。

マリンバの音はiPhoneの目覚ましアラームだったのだが、結局二時間ぐらいしか眠れなかった。前日、インターネット掲示板のモ娘(狼)板に立ったスレッドがきっかけで、それについてある文章を書こうという構想を深夜二時過ぎに思いつき、書きはじめたら止められなかった。

369 :名無し募集中。。。:2010/07/13(火) 08:18:19.94 O
検閲なしでコメント受け付けてる道重の方が偉くね?
コメントも受け付けずにこんな長文書いてこの人は誰に何が言いたいの?
要するに自分に向かってるだけなんじゃないの?

そんなわけで、シャワーを浴びて仕事場へ行った。前日は自宅に帰っていなくて、近くに泊まっていたのでちょうどよかった。

AKB48のデフスターレーベル時代のビデオクリップを集めたDVD「逃した魚たち~シングル・ビデオコレクション」、また、同じ時期のベスト・アルバムCD「SET LIST~グレイテストソングス~完全版」の発売前日、いわゆるフライングゲット日であった。部下がモニター展開用のディスプレイなどを準備してくれていたので、入荷次第陳列していけばよい。ちゃんとまゆゆの写真をを一番目立つ位置に配置してくれていた。部下はあっちゃん推しだというのに、かわいいことこの上ない。

DVDモニターのスピーカーから「会いたかった」が流れているので、自然と仕事もスムーズに進んだ。しかし、案件は山ほどあり、このままではこっぴどく怒られることは明白である。目の前の山の上にゴールはあるから、青春のフラッグを大きく振ろうよ。そういえば渡り廊下走り隊の次のシングル発売が早くも9月1日に決まったようだ。ペースが早すぎるのではないか。その前にはAKB48のニュー・シングル、その名も「ヘビーローテーション」の発売もある。さらにチームドラゴンにも参加しているまゆゆは、レコーディングやプロモーションに大忙しである。今日も昼のテレビ番組に単体で出演しているというではないか。健気である。7、8月を何とか乗り切れば、9月にはまた渡り廊下走り隊の発売記念イベントがあるのではないか。詳細は発表されていないが、もしもあるのならば、それをご褒美だと思って、ぶっちぎるのだ。

そんなことを考えていると、20代女子スタッフが「SET LIST~グレイテストソングス~完全版」のジャケット写真をながめている。メンバーの顔写真が並んでいて、卒業生の部分は黒くなっていて名前が書かれている。それとなく目で追っていると、「あ、ここにいますよ」。裏返して、まゆゆの顔写真を指し示してくれた。「何で分かった?」「分かりますよぉ~」などというありふれたやり取り、「今と変わっていないな」などと口走ったのだが、それもそのはずだ。あとで部下から聞いたのだが、このジャケットはデザインは以前にリリースされた時と同じだが、写真は全て撮り直したものだという。

この20代女性スタッフは、私の影響でまゆゆに興味を持ち、自宅や携帯でブログをチェックするほどにまでなっているわけだが、他にも周りの友達に教えたりして盛り上がってくれているようだ。また、彼女の親友はコスプレのダンス・パーティーで渡り廊下走り隊の「完璧ぐ~のね」の振りコピをやったとのことなのだが、何のことやらさっぱり分からない。タワーレコード渋谷店のイベントに行く前夜に遊びに来たので、私がiPhoneで「完璧ぐ~のね」を流すと、少し踊って見せてくれた。その時点で、私は渡り廊下走り隊がこの曲を歌い踊るところをまだ見たことがなかったので、それがどれほど忠実に再現されているかが分からなかったことが残念である。

「そういえば握手会行ったんですか?」と、先々週のことを今さら問いただされたのだが、そんな簡単に話せるはずもなく、「行ったよ」「え?それでどうだったんですか?」「どうだったって、そんな簡単に話せるもんじゃないんだよ」「まゆゆかわいかったですか?」などと、好奇心旺盛だったので、「いいか、こういうのはな、ジャズの流れる場所でバーボン片手にじゃないと話せねえんだよ」と言ったら、怖がってそれっきり話しかけてこなくなった。

367 :名無し募集中。。。:2010/07/13(火) 07:12:15.45 0
しかしものすごい長文だな
もうちょいコンパクトに書けないものか

そうこうしながらも怒られないようにさまざまな指示をテキパキと出して課題を進めたりしていたのだが、予想外に本部から統括責任者のような人が現れて、案の定こっぴどく怒られた。というのは嘘で、やんわりと注意を受けた。次回はこっぴどく烈火の如く怒られるぐらいにもっともっと激しい状態にしておかなければならないと固く心に誓った。愛は負けるが、親切は勝つ(カート・ヴォネガット・ジュニア)。

やっとのことで食事を取りながらデキる男っぽくiPhoneで情報収集...と見せかけて狼を見ていたのだが、ここで部下が事務所に入って来た。AKB48コーナーの準備と関連商品のオーダー、また、アニメコーナーの展開のクォリティなどを誉めたたえ、笑顔になった瞬間に次の指示を矢継ぎ早に与えた...そのつもりだったが、その前に気分をほぐすためにAKB48に関する慣れ合いトークに入っていった。

部下が展開ディスプレイでわざわざまゆゆを一番目立つ場所に配置してくれたことにはあえて言及しなかった。こういうのは温めておいて、全然別のタイミングでさり気なく言うのだ。そして、「ちゃんと見てくれてたんだぁ~」と感動させる。というわけではなく、実はAKB48のメンバーの中で私が今一番好きなのはまゆゆではなくて、らぶたんこと多田愛佳ちゃんだということをまだみんなには言っていなかったのだ。

AKB48のメンバーに興味を持ちはじめた頃、関連スレッドなどを見ていると、まゆゆのファン層はどのような人たちが中心なのかという話題になり、圧倒的にピンチケと呼ばれる若い学生が多いという書き込みがされていた。ロリコン志向の大人に人気が出そうだがどうなのかという質問に対しては、そういう層の人たちはまゆゆから入ったとしてもやがてらぶたんに流れる、というふうに書かれていた。なるほど、そうなのかと思ったものだが、その時はまだらぶたんというメンバーのことはあまりよく知らなかった。

そんな事情もあり、なかなか言い出せずにいたのだ。部下の家にも予約していたHMVからDVDとCDが届いたらしい。封入特典の生写真は誰のだったのかという話を、あくまで部下とのコミュニケーションとして振ってみたのだが、「いやー、ダメですよ。1枚が柏木由紀で...」、何?ゆきりんかわいいじゃねえかよと思ったのだが、そこは余裕を見せて黙っていた。「あともう1枚は...ただあいかでしたっけ...?」。おいおいおいおい、「タダじゃなくてオオタです」でおなじみのらぶたんこと多田愛佳ちゃんじゃねえかよ。思わず、「オイ、それオレの1推しじゃねえかよ」と口走ってしまった。「え?まゆゆじゃ...」。

何だか気まずくなったので、「そういえば、昨日、2ちゃんねるにオレのアンチスレッドが立てられていてだな...」と、iPhoneに表示して見せてあげた。「マジっすか?すごいですね。ちょ...うわ...めっちゃ人気者じゃないですか」などと初めは笑っていたのだが、スクロールしていくにつれてヤバいものを見ているような畏怖の表情になっていった。これで何とか威厳は保てたことだろう。しかし、らぶたんの生写真がほしいという一言は口にすることができなかった。

デフスターはソニー系だからiTunesでは販売されないのだろう。これやっぱりどうしても欲しいからおそらく買うのだが、CDはかさばるし嫁に見つかりやすいので、できることなら配信で買いたい。moraでもしも配信されるならば、こっちでダウンロードしてCD-Rに焼いてiTunesに取り込むという方法がある。今のところmoraでは配信していないようなのだが、発売日は明日であり、それで配信されていなければCDを買おうと思う。DVDも欲しいのだが、これも置き場所に困る。それでなくても、最近、AKB48や渡り廊下走り隊が掲載されている雑誌を買いすぎて、これらの隠しスペースが間もなく限界に達しつつあるのだ。早くグラビアも動画も全部データで配信されるようになればいいのに。

Happy Birthday。

道重さゆみちゃんお誕生日おめでとうございます。

徹底検証!「『生きる』ブログ。」はなぜ終ったのか。

かつて「『生きる』ブログ。」というのがあって、それは大の大人、しかも既婚者でそれまではアイドルなんかに興味のない一般人が、なぜだか突然モーニング娘。の道重さゆみちゃんに夢中になってしまい、その様子を気持悪く痛々しく綴ったものだった。

一般的に見てこれはどうかと思う内容であったことは間違いないのだが、ラジオ書き起こしなども極力早く行っていたこともあり、ごく一部ではそこそこ人気があった。

今年2月に道重さゆみちゃんがGREEで待望のブログを始めると、それに呼応するような形で、こっちも盛り上がってきた。この頃にはモ娘(狼)板の道重さゆみちゃんブログスレッドなどでも話題になることが多くなり、読者もどんどん増えていった。しかし、そんな蜜月も長くは続かなかった。

道重さゆみちゃんに関する記述が次第に減っていき、ついに5月には長く続けていたラジオ書き起こしも終わり、ブログはリニューアル、いつしかAKB48のことなどを中心に書くことになり、それだけではなく、かつて好きだったはずのハロプロやハロヲタに対して、当て擦り的な嫌味とも取れる記述をネチネチとするようになった。

かと思えば、興味が失せたならば黙っていればいいものを、ハロプロだとか道重さゆみちゃんの話題をちょいちょい出してくる。これはいかにも未練がましくて気持ち悪いのではないかと、そのような感想がもたれていたようである。

奇しくも道重さゆみちゃんの20歳最後の日、今さらこのことを話題にしたスレッドが、モ娘(狼)板に立てられた。しかも、一時的に結構レスがついて、しかもそれ以降のブログのアクセス数がとてつもなく、深夜になっても収まっていない。

アクセス解析ではアクセスした人数と閲覧ページ数が分かるのだが、どうやら一人で何ページも開いてくださっている方も少なくないようだ。今さら何が一体そんなにも興味を引くのだろうか。

少し考えてみたのだが、おそらくハロプロからAKBに乗り換え、AKBを好きになるだけならまだしも、なぜかハロプロに対するアンチ的発言を繰り返すというパターンが少くない。しかも、その大半は名無しで行われていて、実に薄気味悪い。何が彼らをそう駆り立てるのか、その類型がこのブログにはあるのではないかという推測から、興味を持っていただいているのではないか。

自分が好きな物を批判されることは、自己愛を傷つけられることだ。気にしなければいいとはいうものの、やはり気になってしまうのが人間の心理であろう。なんとかその実態を把握した上で、自分たちよりも劣ったくだらない者だと規定して、優位に立ち、そのことによって自己愛を満たしたい。きわめて真っ当である。

しかし、このスレッドで私ごときのブログを見ず知らずの多数の方々に読んでいただき、話題にしていただいたことは大変嬉しいのだが、よく見るとスレッドタイトルに事実誤認とある目的の可能性が見て取れる。

まず、このタイトルだと、道重さゆみちゃんが配信番組でAKB48好きを公言したことがきっかけで、道重さゆみちゃんヲタの「生きる」氏がAKB48に流れたというふうに取れる。また、そう取られるように意図的にこのようなタイトルが付けられたのかもしれない。

しかし、道重さゆみちゃんが配信番組でAKB48好きを公言した時、すでに「生きる」は終っていたし、私はすでに「ポニーテールとシュシュ」ばかり聴いていた。つまり順序が逆だし、AKB48が好きになったのも道重さゆみちゃんが原因ではない。むしろ、あらかじめAKB48が好きになっていた状態で道重さゆみちゃんもAKB48が好きなことを知り、その事実に狂喜乱舞していたぐらいである。ちなみに、その喜びを道重さゆみちゃんのブログにコメントしたところ、それを誰かが狼のスレッドに貼り、すぐに他の道重さゆみちゃんファンから「こいつは死ね」とアンカーレスされていた。つまりその時点で、私はすでに元読者の道重さゆみちゃんファンの多くから裏切者として憎まれていたわけである。

昨日のスレッドにおいては、多くの方々が私が書いた複数の文章からコピーアンドペーストしてくださったり、その人なりの解釈をされる中で、この「元ハロヲタがAKBに流れてアンチ化する」という薄気味の悪い現象の真実を読み解こうとしていたように思う。

まあ、別にただ一人のアイドル好きの話なので、ほとんどの人にとってはどうでもいいだろうとは思うのだが、あのスレッドの流れとブログのアクセス数から見て、多少なりとも需要はあるのではないかと思えるので、とりあえず私の場合の真相について、包み隠さず書いておきたい。嘘なんてねえっす。

本当はあのスレッドに書き込みたくて仕方がない部分もあったのだが、何せiPhoneが規制されていて書き込めないのだ。

盲目ヲタといえば私のことだろうというぐらいの道重さゆみちゃんファンだった私が、なぜこんなになってしまったもか。いや、これ本当に需要があるんだろうか。いささか疑問を感じてきたが、ここまで書いてきたので最後まで行くことにする。

はい、「道重さゆみになりたい」発言でおなじみのいわゆる「生きる」氏は、とにかく道重さゆみちゃんに関係するもの全てを愛そうとしていたので、もちろんモーニング娘。もハロプロもハロヲタも大好きだったのだ。それで、AKB48のことはよく知らないし興味も無かったので、何となく当時の狼のハロヲタの論調に影響され、良くない印象ばかり持っていた。

昨年夏、聖地巡礼から帰って来てすぐに嫁と神宮外苑花火大会を見に行ったのだが、そこでたまたまAKB48のステージを見た。曲も良いし、メンバーのMCやパフォーマンスも爽やかで好感が持てた。そして、何よりもそこにいた一般の人たちにすごく受け入れられていた。この開いた感じは衝撃的だった。狼でハロヲタたちが言っているのとは全然違うじゃないかよ、というのがその時の感想だった。

それでも以前として道重さゆみちゃんの熱心なファンだったので、そんなことでAKB48に乗り換えるはずがない。ただ印象は良くなったという程度のことだった。

しかし、その後、「RIVER」辺りの頃の「アイドルも政権交代」だとか、メディアやショップのあからさまな勝ち馬に乗りっぷりが多少鬱陶しくもあり、この頃は新曲もろくに聴かずに、AKB48のことが少し嫌いだった。

道重さゆみちゃんがバラエティー番組に出始めるにつれて、狼でのアンチが増えはじめたり、一般人でもアンチが出て来はじめた。その度に一生懸命論破したり、アンチの心理を研究して対策を練ったりというよく分からないことをいろいろとやっていた。とにかく道重さゆみちゃんを傷つける物は全てが敵というぐらいのモードであった。

私のブログにコメント欄が無いのは、かつて高橋愛ちゃんのファンという設定のアンチに執拗に何度も何度も荒らされたからである。また、当時、私が他の人格を使い分けてまで四六時中粘着して気味悪がられていたある狼のアンチは、亀井絵里ちゃんのファンではないかと言われていた。とにかく、一時期はあらゆるアンチをガチで相手にしようとしていたので、もう相当数のアンチレスを読み込み、常に4、5人の人格を使い分けて応戦していた。あの情熱は一体何だったのだろう。こんなことをやっているものだから、狼脳といわれるような思考になってしまうわけだ。

元々は同じグループのファン同士がなぜ叩き合わなければいけないのだというアンチ憎しでやっていたのが、気がつけばすっかりそれに影響され、メンバーにすら悪い印象を抱くようになっていた。こうやって客観的に振り返ると実にくだらないのだが、昨日のスレッドでこのことを指摘した方は実に鋭い。もしくはこのブログを読み過ぎである。

そんなこともあり、狼はもう見ないという宣言をした。やはりマジヲタには向いていない、あの板は。推しに対する思い入れが薄くなったら、割と楽しく読めるようになった。しかし、自分が好きな物の悪口はやはり腹が立つ。嫌ならば見なければいいんだが、やはり気になって見てしまう、

今年2月のGREEで道重さゆみちゃんがブログ始めた頃は本当に毎日楽しかった。一方で、一般、狼発を含めたアンチには憎しみと怒りで神経をすり減らした。通報も粛々と行った。中で、新垣里沙ちゃんファンの20代女性という設定の強力なアンチの方がいた。現在もご活躍中、かつ私の数少ないGREEお友達の一人である。

彼女のことがひじょうに気になり、勝手な妄想で分析したりしていると、なぜだかシンクロ現象が起こってしまい、新垣里沙ちゃんにブログが無いのに道重さゆみちゃんファンだけが浮かれている状況に罪悪感を抱くようになった、それで、この時期はブログではあまり道重さゆみちゃんのことを書くのを控えて、新垣里沙ちゃんのブログが出来るように各方面に働きかけをしたりしていた。最もよく分からない時期である。そして、新垣里沙ちゃんにもブログができてよかったのだが、実は2、3回しか見ていない。

その一方で無邪気に道重さゆみちゃんの活躍を喜んだり仕事が少い他のメンバーをバカにしたような態度を取る一部の道重さゆみちゃんファン、また、さっき書いた新垣里沙ちゃんファンのアンチを名無しで複数で叩くような行為にも不快感を覚えた。

「笑っていいとも」のモーニング娘。での出演があり、とてに楽しみにしていたのだが、アウェー感バリバリでタモさんすら変な汗をかく惨状のように、私には見えた。しかし、多くのモーニング娘。ファンにとってはそうではなかったようだ。

道重さゆみちゃんにはもっと大きな可能性があると思って、それを楽しみにして応援していたのだが、何だかモーニング娘。でいること自体が、道重さゆみちゃんの可能性を狭めているような感じがした。

この時点でおそらく間違っているのだろう。道重さゆみちゃん本人はモーニング娘。でいることに誇りを持っていて、メンバーのことが大好きだ。相手のことを肯定できてこそのファンであり、自分の思い通りにならないからそこが気に入らないなんていうふうに思ったら、その時は黙ってファンを辞めるべきという主張を、以前から私はブログでしていた。そして、その時が自分にも訪れたのではないかという気がした。

それでも何とか肯定できないだろうかと努力はしてみたのだが、道重さゆみちゃんがブログで高橋愛ちゃんとイチャイチャしている写真を見るだけで、以前は感じなかった不快感をおぼえるようになり、それはどんどん酷くなっていった。そして、亀井絵里ちゃんとのラスクゲームの回は、明らかにこれはもうダメだと思わせるに十分であった。なんかこういう同性愛っぽいのは生理的にダメだ。それでもこれだけ悪い要因が重なったのでなければ、そんなに気にもならなかったかもしれないとも思う。

私の周りには割と若い人が多いのだが、その頃、普通にAKB48を好きな子たちがたくさんいた。全然アイドルヲタっぽくはなく、普通の男の子や女の子である。去年、花火大会で見た時の好印象もあったが、狼のハロプロヲタクは、以前としてAKB48やメンバーの名前が出るだけで激しく怒り出したり、ヒステリックに否定したりということが多かった。あとはハロヲタ内の道重さゆみちゃんアンチの存在もあり、ハロヲタそのものに対しての嫌悪感がどんどん強まっていった。

4月頭には聖地巡礼をしたりSQUEEZEのポスターを撮影したりしていたのだが、この頃には終わりの予感を何となく感じていて、おそらくこれが最後になるのではないかという気もしていた。

AKB48のベストアルバム「神曲たち」が発売になって、これを機会に自分がAKBに流れたりしたらネタとして面白いだろうな、というのがちょっと閃いたが、そうはならずに、普通に職場で流していた。そしたら楽曲がどんどん好きになっていった。この時点ではまゆゆなんて名前ぐらいしかまだ知らない。前田敦子ちゃんも大島優子ちゃんも顔を知らなくて、柏木由紀ちゃんだけはなぜか知っていた、そんな程度。

狼のハロヲタは相変わらずAKB48を叩いていて、その内容も嫉妬にしか思えないものが多かった。必ずしもそういう人ばかりではないのだろうが、もう何だか全部が嫌になってきていたのだ。

気休めにAKB48のメンバーのことを調べたりテレビを見たりしはじめたら、これがえらく楽しく、ファンスレッドなども確かに叩き合いなどはあるのだが、ハロプロ系に比べると雰囲気がずっと良い。まず廃人のような人たちがあまりいないことが魅力的だった。

まゆゆとかはとっかかりとして、まずは気になったのだが、そんなに深く知っているわけでもない。メンバーは特に好きな人は何人かいるけれども、グループ全体として好きな部分の方が大きい。

では、AKB48が好きになったならばそれでいいのだが、なぜハロプロの嫌味めいたことを書いてしまうのか。まずは、AKB48やメンバーの名前が出ただけで激しく怒り出したり、敵対心を剥き出しにする一部ハロヲタに対する嫌悪感。これはおそらくどっちもどっちであろう。

あとは、推しメンを推し続けられなくなったのは完全に自分自身の意思が原因なのだが、それをグループや事務所のせいにしたいという無意識。本当はまだ好きでいたいのにもう好きでいられないのは、自分自身が勝手に妄想で作り上げた理想と現実が違っていたからなのだが、どこかでそれを認められないのだろう。

しかし、もうこういうのは負の連鎖しか生み出さないので、もう止めようと思う。嫌いなものよりも好きなもののことを思ったり書いたりしていきたい。このことに気づかせてくれたということだけでも、あのスレッドはありがたいものだった。

2010年7月12日 (月)

今さら狼に「生きる」氏スレが立っていた件。

今日は特にこれといったネタはないし、「G.I.ゴロー」も仕事で見られないし、久しぶりに更新を休もうと思っていたのだが、アクセス数が平日とは思えない状態になっていてビビった。過去の経験からいって、2ちゃんねる、しかもモ娘(狼)板にURLが貼られでもしたんだろうな、という気がしていた。

その時は手が離せない事情が多々あったのだが、一段落ついたので検索してみることにした。検索キーワードは未だに「道重」、これが一番確率が高い。そしたら、スレッドにURLが貼られているどころか、「元道重ヲタの「生きる」氏が、AKBに寝返ってハロプロを叩いてる件【道重のAKB好き発言が原因か】」なんていうスレッドが立っているではないか。何だこりゃ。しかも結構伸びてる。道重さゆみちゃん生誕日前夜に何をやっているのだ。

「生きる」氏とは何かというと知っている人は知っているし知らない人は知らないと思うのだが、かつてここは「『生きる』ブログ」というタイトルでやっていて、道重さゆみちゃん関連のスレッドにおいては、私のことは「生きる」だとか「生きるさん」とか書かれていたわけである。

ところが、諸事情により道重さゆみちゃんに対するテンションが落ちることがあったために、一応それまでの読者のみなさんには辞める旨の挨拶をした上で、リニューアルしたのだ。それが、現在の「FREEKS A GO! GO!」である。

「生きる」を辞めた頃は本当に趣味のことや日常について書く純粋な一般人ブログになるかと思いきや、急にAKB48のことが少し好きになってきて、気がつけばそのことをメインに書いているという現状になっていたわけだ。

なので、何を今さらといった感じではあるのだが、ついさっき全レスを興奮して読み終えた感想は、構ってくれて嬉しいというものに尽きる。本当にどうしようもないね。

何か見ず知らずの人たちが私なんぞの文章や人間性についてあれやこれや言っていてくれて、悪口とかもひじょうに多いんだが、どんな形であれ自分に興味を持ってもらえて嬉しい、これはかつて道重さゆみちゃんがアンチも含めたコメントに対して言っていたのと同じであり、つくづく究極のかまってちゃんだな、と再認識した次第である。

いろいろ細かく分析してくださったり、よく読んでくれているなと嬉しくなる書き込みも多々あるが、まあ、結局は構って欲しくて書いているだけ。その程度の文章たちなんだな。

しかし、今回、反省点も見つかった。必要以上にハロプロやハロヲタの悪口を書く必要は無いな、ということだ。

道重さゆみちゃんブログスレッドでどなたかが書かれていたのだが、私がかつて道重さゆみちゃんアンチに向けていた憎悪を、今はAKBアンチのハロヲタに向けているのではないかという分析があり、まさにその通りだなと思った。

「生きる」を辞めた時にそれまでの読者だとかハロヲタとは完全に切れたような気になっていたのだが、何かの拍子に見てしまうことがあるだろうし、未だに道重さゆみちゃん関連で検索するとここが引っかかることがあるようなので、これは考えていかなければならないなと思った。

あと、私がAKB48の渡辺麻友ちゃんに乗り替えたみたいな書き込みもいくつかあったのだが、確かに好きなメンバーではあるのだが、そんなにもこの子ばかりが突出して好きというわけではない。グループ全体の雰囲気とか、これは絶対嘘だと書かれてもいたが、本当に楽曲が好きである。

気持ち悪いとか中二病というご指摘も多々いただいたが、これについてはそれありきでやっているというか、生きているわけであり、そりゃそうだとしか言いようがないのだ。

数ある書き込みはいずれも楽しく読むことができたが、その中で最も的を得ていると思ったのは、「単に十代の女の子が好きなんだろう」というものだった。まさにその通り、あれこれ複雑そうに書いているのはそういうふうにしか書けないからであり、結局のところはそれに尽きるのだ。

道重さゆみちゃん20歳最後の夜に、私ごときに時間を割いてくださったみなさん、本当にありがとうございました。ちなみに、iPhone規制中で狼には書き込みができません。

あでゅう (^O^)/

2010年7月11日 (日)

ガチ恋ジェネレーション。

AKB48の代々木第一体育館でのコンサート「サプライズはありません」では、大阪難波のNMB48の始動、19thシングル選抜はジャンケンで決定、えれぴょんこと小野恵令奈ちゃんの卒業が発表されるなど、またしても新たな話題を提供している。また、セブンイレブンに買物に行けば、まさにAKB48祭りでじつに楽しい。普段はローソンを主に利用している私も、このキャンペーンが始まってからは、どうせ買うならセブンイレブンでとばかりに、たくさん買物をしている。

AKB48メンバーのらぶたんこと多田愛佳ちゃんが自身のブログを通じて特定のファンに向けた私信を送っていたのではないかという件は、ファンスレッドで一時的に話題にはなったが、それほど大きな騒ぎになることはなかった。

たとえばアイドルが特定のファンと陰で密会していたとかじつは交際していたとかいう話ならば、かなり話題になったはずだ。しかし、この件は違っていた。

アイドルのファン活動をしているうちに、本気で恋をしてしまう、いわゆるガチ恋モードに入ってしまい、それは他のファンに対する嫉妬を生むほどにまでなっていた。どうせ成就することの恋である。そのまま続けていっても先があるとは思えない。そこで、ファン活動をきっぱりと辞める決断をし、そのことをアイドル本人にも伝えた。

すると、今度はアイドルの方がそのことで凹んでしまう。まさか自分の言動がそんなにも影響力を持っているとは思っていなかった。好きでいることには変わりはないし、けして悲しませるつもりはなかった。そこで、もう少しファンを続けてみようと、明け方のベランダで思った。それはとても清々しいたそがれだった。

つい2ヶ月前まではAKB48のメンバーの名前すらろくに知らなかった私だが、まず楽曲から好きになり、その後、テレビやブログなどをチェックするようになり、ついには渡り廊下走り隊の握手会にまで参加してしまった。あっという間の出来事だった。

それまで応援していたハロー!プロジェクトに対して嫌気がさしてきていたということもあるけれども、まさかこんなにもあっさりと乗り換えができるとは思っていなかった。好きにさせるための仕掛けがよく出来ていて、かつ、内容も良い。言うならば、何となくソフトバンクに良いイメージを持っていなくてドコモの携帯電話を使っていたのだが、何かの拍子にiPhoneを買ってみたところ、その便利さ、面白さからあっという間に手離せない存在になったことと似ている。そして、もうおそらく元に戻ることはない。

ファンがアイドルにガチで恋をするなどというのは、じつに痛々しいことである。ファンがアイドルを好きになるのは自由だが、アイドルはあくまでビジネスとしてファンにサービスしているわけであり、ガチ恋とはつまりこのサービスの圏外でもそれを求めるということである。それはルール違反に違いない。

但し、ガチ恋にルールは無い。

アイドルビジネスの新たな可能性とは、そのサービスの質の向上であった。テレビや雑誌といったメディアを介せず、生で会える、見られるというだけなら以前からあった。AKB48に興味を持って、そのファンによるブログや掲示板の書き込みなどを見て驚いたのは、そのファン活動がメンバーからの認知を目的としたり前提としたりしている場合がひじょうに多いということである。

たとえば、AKB48の握手会は、持っている握手券の枚数だけループして握手をすることができる。握手券を入手するためには、ただCDを買えばいい。今まで、アイドルに認知をしてもらうということは比較的ハードルが高いことだったが、現在では努力次第で何とかなってしまいそうなのだ。

もうアイドルの方から名前を呼んでくれたりいじってくれたりというケースすら珍しくないようだ。

このような営業方法の進化を考えれば、まだ若いファンの男の子がアイドルにガチ恋してしまうのも分からないではない。一方で、社会人や経営者で不可分所得が多い大の大人の中に、カネにものを言わせてCDを大量に買い、ループして何度も何度も握手をし、メンバーにもしっかり認知され、それを楽しんでいるような人たちもいる。メンバーもけしてキモヲタ扱いなどするはずもなく、相手が喜ぶように対応している。プロである。財力においては、大抵の学生や若いファンは、このような種類の大人のファンに敵わない。そして、その大人のファンたちがメンバーとの会話の内容などをまた嬉しそうにブログなどにアップするのだ。中にはセクハラ紛いのやり取りなどもあり、15、16歳の女の子にそういうことを言うのはどうなのだというものもあるのだが、メンバーは何とか喜んでもらおうと一生懸命健気に対応をするわけだ。

ある程度経験を積んだ10代後半以上のメンバーであればこの辺りも相手の気分を害さずに上手くあしらうこともできるのだが、年少のメンバーなどはやはり上手く対応ができず、それでも喜んでもらおうと一生懸命対応するから、そこだけ抽出されると行きすぎなような発言もしてしまったりする。それが面白おかしくブログなどに書かれて、イメージダウンに繋がってしまうというかわいそうな例もある。

アイドルが自身のブログを通して特定のファンに私信を送っていたとすれば、それを責めるファンがいるのは仕方がない。気持ちが冷めて離れて行く人もいるかもしれない。しかし、そこにある共感が純粋なものであれば、私はそれを美しいと思う。こんなふうに思えるのは、私がそのアイドルにガチで恋していないがゆえである。もしもガチで恋をしていたとすれば、そのことが認められないかもしれない。要は嫉妬以外の何物でもないということである。

そんなことを考えていたら、「推しメンにマジ恋ってキモいよな」なんていうスレッドを見つけた。「キモいよな」なんて言いながら、スレッドを立てた本人がじつはマジ恋しているという、そんなスレッドだ。深夜にもかかわらず、ものすごい勢いで書き込みがされていた。そのほとんどが、推しメンに対するマジ恋に共感する内容のもので、普段、いわゆるマジヲタに厳しい板とは思えない異様な盛り上がりを見せていた。

イベントなどで推しメンに会う前は美容室へ行ったり新しい服を買ったりするという軽いものから、つきあいたいと本気で思っているという重度のものまで、私個人的にはここ数年で最も読み応えのあるスレッドといってもいいぐらい、充実したものであった。

しかし、アイドルにハマってしまい、そのライフスタイル及び思考が定着してしまったがゆえに、もう普通の女の子に恋をしたり、結婚して家庭を築くことなどができないのではないかというような、リアルな悩みなども吐露されていた。

私が中学生だとか高校生の頃はアイドルブームで、普通にレコードを買ったりファンクラブに入ったりもしていたが、リアルな女の子の中に好きな子もちゃんといた。しばらくして当時のトップアイドルが、所属事務所の屋上から地上にダイブして命を絶つという事件があり、そのトラウマで、私はそれまでのように無邪気にアイドルを応援することができなくなってしまった。それからしばらく、ずっとアイドルにハマるなんていうことはなかったし、もう二度とそんなことはないのだろうと思っていた。テレビなどで大の大人がアイドルの親衛隊のようなことをしているのを見たが、同世代ではあっても、それは私とはまったく別種の嗜好を持つ人たちだと思っていた。

中学生や高校生の頃は同学年の女の子が好きで、大学生になると女子高生がいいなと思ってよく遊んだりしていた。年上の女性と付き合うことになったり生活の世話をしてもらったりしている時期もあったが、つねに高校生や大学一年生ぐらいに好きな子がいた。それから会社で働くようになったりもしたのだが、そうするとそれまでのように若い女の子との接点がまったく持てなくなった。自由に使えるカネはあったが、心はまったく満たされていなかった。そこで、街で見ず知らずの若い女の子と出会って、食事をおごったり物を買ってあげたりして話をするようになった。それだけが当時の私にとっての癒しの時間であった。

それでも部屋に住ませてもらったり生活の世話をしてくれる年上の女性はなぜだかいて、もうそろそろちゃんとしなければダメだと思い、結婚もした。そうこうしているうちに、再び10代の女の子と出会えるような環境を手に入れた。ただ話ができるだけでよかったのだが、何度も会って、その度にいろいろな話をしていると、もちろん良からぬ感情が起きてくる。この時点で、もうこれはおそらく病気で一生治らないのだろうなという気はしていた。

結論としては離婚をするわけにはいかないということがある時期にハッキリしたので、そうなると、たとえ新しい女の子にガチで恋をしたとしても、そこに幸福な結末などはありえず、いつも悲しい最後を迎える。壁に頭をぶつけ、泣きながら、もうこんなことは止めようと思うのだが、その時はそう決心するのだが、数ヵ月後には結局また同じことをやっている。もう最悪である。

そんな時に、ネタとして見はじめたアイドルに急にハマってしまうようなことがあり、それはモーニング娘。の道重さゆみちゃんだったのだが、私にとっては予想外のことばかりで、あっという間に重度のファンになってしまった。そうすると、一般の女の子に対する興味がパッタリと無くなってしまったのだ。つまり、なんだかんだいっても、アイドルを応援するということは、私にとってもある意味疑似恋愛の一種だったのではないかと思えるのだ。

一般の女の子に興味が無くなったので、家庭の方もそれほどもめることがなくなった。よかったよかった。もう書いていて心底嫌になってきた。ある既婚者のスレッド住人が上手いことを書いていた。嫁に対しては愛と情、推しに対しては恋と愛だって。そうなんだよな。

「推しメンにマジ恋ってキモいよな」のスレッドを読んで思ったことは、結婚してからアイドルを好きになって本当に良かったなということだ。もしもその前にアイドルを好きになっていたならば、本当に一般の女の子と恋愛なんてしようと思わなかったかもしれない。しかし、じつはもう一方で別の考えもある。

それは、結婚していることにより、10代の女の子とガチで恋愛をすると大きな問題が起こり、関係する人すべてを不幸にする。これは厄介であり、できることならば避けていたい。しかし、私は10代の女の子の不安定さや脆弱さ、その他多くの美点というものが、この世に存在するすべての物の中で最も価値が高いと思っていて、それらにふれていなければ生きている実感が得られず、退屈で気が狂いそうになる。何とかこの問題を解消する方法はないだろうかと魂の底から望んでいた時に、アイドルが突然現れたのだ。だから、結婚していなければ、アイドルなど好きになってはいなかったのかもしれない。

しかし、自分が心の底からガチで恋をしたアイドルは、やはり道重さゆみちゃんが最初で最後だったのではないかという気がしている。当時はこれは恋ではないとか、何やら偶像崇拝のような体を取っていたわけだが、今思うと、やはりあの超絶的なエネルギーというのは、ガチ恋だったのではないか、などと思うのだ。

もう以前のような感覚で道重さゆみちゃんを見ることは出来ないことは自分でよく分かっているのだが、あれだけの情熱で誰かを愛することがもう無いのかと思うと、何だかさびしい気持ちでもある。AKB48はすごく面白くてメンバーにも魅力的な子はたくさんいるが、やはりガチで恋をしてはいないのだ。

自らもうアイドルをあのような立場で応援するのはやめようと思って、AKB48関連については、あくまで表層的に、内面に入り込むことなく、消費のスピードを楽しむにとどめようと心に決めていた。しかし、どこかでそれすらも覆すほどの強烈な何かが来ないものだろうかと、期待をしていたことも事実である。

しかし、アイドルや音楽グループとしてのAKB48とか渡り廊下走り隊とかはもう最高で、こればかり聴いている。なんかもうNMEとかも読むのをやめてしまったし、洋楽も古いものばかり聴いている。私にとって、今の気分にピッタリなリアリティと濃さを持っている音楽が、まさにAKB48と渡り廊下走り隊であり、これと比べると最新の洋楽などは、おそらく音楽的にはより高度ではあるのだろうが、自分にはまったく必要がないと思ってしまう。あと、中学生や高校生の頃に聴いていた洋楽をなぜ聴いているのかというと、当時を懐かしむためではなく、当時のような精神状態に自分を持っていくためなのだ。要は青春のやみくもな衝動や疾走感を取り戻す作業だ。気分はもう完全にそっちモードなのだが、やはりどうしても大切な最後の1ピースが足りない。それはやはりガチ恋なのだと思った。どうしようもない大人だね、まったく。

遠距離ポスター。

とはいえ、アイドルビジネスにとって疑似恋愛要素というのは必要不可欠なのではないだろうか。そのような、ある意味非日常的な情熱が、ファンの消費行動を促進している。

かつて、いかにそのアイドルのことが好きだったとしても、同じレコードを何枚も買うような人は珍しかったのではないか。アニメのファンがサントラのLPレコードを観賞用と保存用の2枚買うと、そのことが話題になるぐらいであった。

今日、同じCDを何枚も買うファンはたくさんいる。というか、それを前提としてビジネスが組み立てられているようでもある。

では、今日では、なぜ同じCDを何枚も買うファンがたくさんいるのかというと、そこにそれだけのメリットがあるからだ。

たとえば、限定イベント抽選券なるものが封入されていて、そこにはシリアルナンバーが記載されている。携帯電話からそのシリアルナンバーを入力して応募するのだが、抽選に当たるとイベントに参加することができる。もちろん応募する回数が多ければ多い程、当選確率は高まるのだが、もちろん1つのシリアルナンバーでは1回しか応募できない。そこで、当選の確率を上げるために、同じCDを何枚も買うのだ。

ちなみに、この方法は、昨年秋にリリースされたモーニング娘。の「気まぐれプリンセス」が取っていた。モーニング娘。はよく同様の企画をやっていたのだが、イベント日程が大抵土日祝日にあてられていて、私は仕事のために、たとえ当たったとしても参加することができないので、応募していなかった。

CDはとにかく値段が高い上に、かさばって場所も取るため、当時は毎回買っていたモーニング娘。のシングルも、ほとんどの場合はiTunesの配信で買うようになっていた。

ところが、この「気まぐれプリンセス」のイベント日程は平日に組まれていて、もし当ったとすると、参加が可能であった。そこで、珍しくCDを買ったのである。とはいえ、同じCDを何枚も買うという行為にはやはり抵抗があった上に、イベント参加に対してそれほど必死ではなかったため、1枚だけ買って、携帯電話から応募してみた。これがなんと当ってしまい、品川ステラボールでのイベントに初めて参加することができた。

モーニング娘。やハロー!プロジェクトはこのような企画を比較的頻繁に行っている。モーニング娘。の最新シングル「青春コレクション」などは、すでに発売されてから、週末の舞台会場でサイン入りポスタープレゼントを絡めた即売会を行い、すでに発売日に買っている熱心なファンの中にも、このサイン入りポスター欲しさに同じCDをまた買った人たちが多数いたのだという。

このような営業努力があって、現在のセールスが保たれている。ハロカッサーなどと呼ばれる一部特殊ハロプロヲタクは、ハロー!プロジェクトがこのように一人のファンに同じCDを何枚も買わせるような営業努力を行っているにもかかわらず、AKB48など他のアイドルグループがこの手法を用いた場合にのみ、ドーピングなどと揶揄し、それらがセールスにおいてハロー!プロジェクトを凌駕しているのはその商法による部分のみであるかのような現実逃避と精神的自慰行為を繰り返しているわけだが、あの連中のことはもうそっとしておいてあげた方がいいだろう。

たとえばAKB48の「ポニーテールとシュシュ」ぐらいになると、特典の内容は一切影響しないiTunesのランキングでずっと上位に入っていたり(発売後1ヶ月半が経過しようというのに未だにトップ10に入っている)、レコチョクのユーザー投票による「最強☆夏うたランキング」で第2位(第1位はYUIの「SUMMER SONG」)に選ばれたりと、もはや名実共に今年の夏を代表するヒット曲といえるわけだが(セブンイレブンではこの曲のイージーリスニング風インスト版がBGMとして流れていたりする)、このような例はきわめて稀であろう。

この「ポニーテールとシュシュ」は約60万枚という、今日にしては物すごいセールスを記録したわけだが、やはり一人のファンが同じCDを何枚も買うような仕掛けがあってこその結果だとはいえる。このシングルCDには全国握手会参加券と総選挙投票券というのが封入されていた。全国握手会参加券というのは、持っていればその枚数分だけメンバーと握手ができる券である。何枚も買えば買った回数だけ握手ができ、それだけメンバーと会話をしたりする時間も増え、認知してもらえる可能性も高まる。また、総選挙投票券というのは、これまたその枚数分だけ、AKB総選挙で好きなメンバーに票を投じることができる。好きなメンバー、いわゆる推しメンへの忠誠度を自分で確認してカタルシスを得たり、そのことをブログなどを通じて発表し、それによって他のファンやメンバーから一目置かれる、そのようなことを目的として、同じCDを何枚も買うファンが続出した。

この部分だけを取り上げて批判される場合も多く、これによってこの曲本来の魅力やPVの出来の良さ、ヒット曲としての地力などが見過ごされることがあるのはひじょうに残念である。AKB48の現在の人気は、同じCDを何枚も買うようなコアなファンに支えられている一方で、おそらくCDは1枚だけ買ったり、買わないけれどテレビとかで見てなんとなく好きというようなライトなファンの多さによるところも大きいと思われる。これは、千里セルシーでの渡り廊下走り隊のイベントに参加し、その客層を見た結果、さらに確信できたことである。

さて、AKB48のらぶたんこと多田愛佳ちゃんだが、自身のブログを通じて特定のファンに向けて私信を送っていたのではないかという件で、ファンスレッドが荒れている。この件を本人が認識しているかどうかは定かではないのだが、深夜1時過ぎという遅い時刻に更新されたブログ記事は、何やらスッキリしないことがあるが、それを頑張って振り切ろうとしているようにも感じ取れる。恒例の「ばいばいばいっちゃ」も書かれていない。前日に2回も書いたからプラスマイナスゼロにしたのかもしれないが、定かではない。代々木第一体育館での「サプライズはありません」という大イベントを前に、ただでさえプレッシャーが大きいと思われるところ、心配な部分もある。

深夜には良心的ならぶたんファンによる激励のメッセージが溢れ、感動的であった。批判的な書き込みには、アンチや祭りを楽しむ野次馬によると思われるものも少なくないが、真正のらぶたんファンによるものも相当数あるように思える。

今回、ブログを通して私信を送られたとされるファンのことについてはよく知らない。過去のブログ記事はごっそり削除されていて、残されていた数日分を読んだだけである。それでも、符合する部分は多く、これを私信だと判断することは十分可能だと思った。だとして、これは批判されるべきことなのだろうか。

アイドルビジネスが疑似恋愛的な要素を必要不可欠としていることは間違いない。特に女性アイドルにおいては、恋人発覚後の人気凋落ぶりが顕著である。アイドルとはファン一人ひとりにとっての恋人であらねばならず、ゆえに特定の異性との恋愛はご法度である。時代錯誤的といわれようと気持ち悪いといわれようと、今も昔もアイドルビジネスとはそのような前提条件の上に成り立っている。

特定のファンに私信を送ることは、この禁を破ることなのだろうか。

今回の件について批判的なファンというのは、自分には私信が送られていないのに他のファンには送られている、その不公平感や嫉妬による部分が大きいのだろう。アイドルファンの中には現実においての恋愛弱者が多いと思われるが、アイドルだけはこちらがファンでいるというそのことだけで無条件に受け入れてくれる、しかも公平にである。このようなファンタジーが、アイドルビジネスを支えている。

AKB48のチームPBによって歌われた「遠距離ポスター」という曲はファン目線からみたアイドルとの理想的な関係性について歌われている。歌詞の主人公は、そもそもアイドルなんかを好きになるようなタイプではないのだが、予想外に好きになってしまった。部屋には水着のポスターが貼ってあって、それは言葉がなくても元気をくれる心の太陽のような存在である。自分が失敗して凹んでいたとしても、ぼんやり眺めると目が合い、そのアイドルもどこかで頑張っていると思うと自分だけ弱音など吐けないと思う。違う世界を生きてはいるが、夢に向かって走っているという部分では同じだ。

この歌詞で描かれているアイドルとは、なかなか会えず、けして手が届かない、プラトニックでいいような存在である。

AKB48とは夢に向かって一生懸命頑張っている女の子たちであり、その姿に憧れ、共感し、自分自身も夢に向かって頑張ろうと思う。何という理想的な関係であろうか。AKB48のメンバーの夢とは、女優だとか歌手だとかタレントだとか、それぞれの分野で成功することだろう。それでは、ファンの側の夢とは一体何であろうか。それはおそらくそれぞれにとっての幸福の実現であろう。幸せな家庭を築くことかもしれないし、仕事で成功することかもしれないし、趣味の分野で何らかの目標を達成することかもしれない。いずれにしても、そのアイドルとのそれ以上の直接的な関係になるということではないではない。ここに適切な距離感があるのだ。

しかし、握手会やイベント、ブログなどによって、アイドルからの認知を前提としたファン活動とアイドルビジネスの新たな可能性の蜜月により、こういった理想的な関係性は変容を迫られている。そして、中には特定のメンバーのTO(トップヲタ)になることこそが、叶えるべき目の前の夢であるという状況すら生まれているわけだ。

今回、らぶたんが私信を送ったとされているファンにしても、その空しさにある時点で気がついたからこそ、距離を置こうとしたのではないか。その時点で、すでに認知はされていて、もはや疑似恋愛を越えるような感情が結晶化していたが、その先により良い結末があるとは思えない。しかし、好きなのだ。しかも、自分の発言や態度のせいで、その大好きな相手が落ち込んだり悲しんだりしているとするならば、果たしてこれ以上の葛藤があるだろうか。

ブログを通じて私信を送っていることは他のファンに対する誇示なのかというと、そんな印象は一切受けない。むしろこれ以外に伝える手段がなく、止むに止まれずという感じの方が強い。

読む人が読めば明らかにそう取られかねないような書き方をしたことについて、軽率だとする批判はあるだろう。一人のファンに対して必死すぎるのではないかという意見も然りである。しかし、ありもしない噂を流されて、それによって苦しみ、その直後に行われた総選挙での選抜落ち、我々には計り知れない不安やプレッシャーがあったと推測することは難しくない。プロとしてどうなのだという意見もあるだろうが、私などはこのような10代の女の子特有の不安定だったり脆弱だったりする部分にこそ美しさを感じ、アイドルなどに執心しているもので、今回の件で、らぶたんの純粋さや不器用さがひじょうにいとおしいものに思えてならなかった。

代々木第一体育館には仕事で行かれないし、私などは所詮はつい2ヶ月ほど前まではAKB48のメンバーの名前すらほとんど知らなかったようなド新規ライトファンに過ぎない。できることといえば遠くから応援することぐらいである。もしもこれを読まれている方の中で、今日明日の代々木第一体育館や近々の公演やイベントなどに行かれる方がいらっしゃったら、ぜひとも私の分までらぶたんにエールを送っていただけるとありがたい。

2010年7月10日 (土)

らぶたん。

6月に行われたAKB48総選挙において、らぶたんこと多田愛佳ちゃんは昨年から2ランク順位を下げて、第22位に選ばれた。順位は下がったとはいえ、得票数は大幅に増えている。しかし、この順位にはそれ以上に重い意味があった。

そもそもこの総選挙とは、AKB48の次のシングルで歌うメンバーを選抜するためのものである。そして、選抜されるのは、投票の結果、第21位までに入れたメンバーとなる。つまり、らぶたんは今回、ギリギリで選抜から外れてしまったわけだ。第22位以下のメンバーは、アンダーガールズとして、そのシングルのカップリング曲に参加することになる。

その日に更新された「6/9たん」というブログ記事においてらぶたんは、最初にステージに呼ばれた時はただただ悔しく、悔し涙ばかり流していたが、アンダーガールズのセンターというのも良いことなのだと思い、投票してくれたファンに感謝するとともに、明日からまたお仕事を頑張ると綴っている。

この総選挙の少し前に、らぶたんを巡るある噂が、インターネットを駆け巡った。それは、らぶたんがあるファンと名古屋でこっそりデートをしていたというものだ。この噂の出所は、当のファン本人であった。現場を目撃した他のファンによって、この件をAKB48の運営に通報されたために、出入り禁止になったというのだ。

結果的に、この噂はガセネタであった。このファンが出入り禁止になったのは事実だが、その理由は、SKE48の高柳明音ちゃんのポスターを盗もうとしたことだという。当初、このファンは名古屋在住だという噂だったのだが、実際には埼玉県であり、そこからSKE48を応援するためにたまに栄に行っていたのだという。

しかし、この事実が明らかになるまで、この噂はファンの間で相当話題になり、らぶたんにはあまりありがたくないイメージが付いた。総選挙での選抜落ちにはこの件が影響しているのではないかと考えるファンも少なくはない。

さて、7月4日、日曜日は東京ドームシティのラクーアにおいて、渡り廊下走り隊「青春のフラッグ」のイベントが開催された。ミニライブと握手会から構成された内容だが、とにかくとてつもない数のファンや一般の方が集まり、イベントは開始時刻から約7時間続いたが、それでも握手会が終わらず、雨が降ってきたことなどもあり、残りは後日に振り替えられるほどの大盛況であった。

この週はシングルの発売日前日、いわゆるフラゲ日の池袋を皮切りに、渋谷、大阪、名古屋と同様のイベントが続き、この日のラクーアが最終日だった。メンバーの疲労もピークに達していたに違いない。この日のらぶたんのブログは、20時58分に更新されたが、なんだか元気がなさそうな内容で、ファンを心配させた。

雨の中、ファンのみなさんがびしょ濡れになりながらも握手をしてくれたのに、何もしてあげられず、ものすごく凹んでいる。それでも楽しかったので、また会いたい。ファンのみなさんの笑顔が一番大好きだから、居なくならないでほしい。要約すると、そのような内容だ。

ファンスレッドでは、他のメンバーと比べて握手会の対応がよくないといった批判的な書き込みが少なからずあったのだが、この更新に対して、らぶたんの精神状態を心配するファンがいる一方で、この更新は特定のお気に入りのファンに向けての私信に過ぎないという意見もあった。

アイドルが公共の場で特定のファンに向けて私信を送るのはどうなのかという問題は意見が分かれるところだろうが、実際にそのようなことはそれほど珍しくはない。しかし、アイドル側はあからさまには分からないようにそのメッセージをさり気なく送り、送られたファンの方もそれを周りに自慢したりはせずに、自分の胸の中にこっそりと閉まっておくというのが正しいとされている。

この時点で、この私信であるという説は、十分にありうると思った。それは文章の内容からいって、おそらく、何らかの理由で、自分のファンが離れていくという危機を感じたと思われ、それが抽象的な不安というよりは、何やら具体的で生々しいものに感じられたのである。

私のような大の大人で既婚者で社会人がなぜに10代のアイドルなどに執心しているのかというと、それは、私にとって10代の女の子の持つ不安定さだとか脆弱さこそが人間という存在における最大の美だと思われ、それにふれていなければ退屈で気が狂いそうになるからである。ゆえに、らぶたんのこのような状態には、ひじょうに心を引かれるものがあった。

それからもブログの更新があったり無かったりしたが、8日の木曜日には、「嬉たん」という記事が更新された。週刊少年ジャンプや週刊プレイボーイ、週刊ヤングジャンプといった雑誌の表紙を飾っているという報告の後、嬉しいことがあったため、なんだかなんだかHAPPYだとも綴っている。また、今日の名言として「君に届けこの想い」をあげ、お決まりの「ばいばいばいっちゃ(*^-^)ノ」も2回書いていて、調子がよさそうである。

ファンスレッドでは、このことを素直に喜ぶファンがいる一方で、この嬉しいことというのが何なのか、なぜこのような思わせぶりなことを書くのかという意見、さらには、この記事もある特定のファンに対する私信であるという指摘などが書き込まれた。

前日のブログでは新しいメガネをかけた写真が載っていて、それがとてつもなく可愛かったわけだが、そのメガネは握手会で自分がプレゼントしたものであり、ゆえにその記事に関しては自分宛ての私信であると主張するファンも現れた。また、全てを理解しつつもあえてスルーして、その上でらぶたんを心から応援しているファンの存在も強く感じることができた。

そして、その私信の相手とされるファンのブログのURLが貼られ、このところ渡り廊下走り隊メンバーの中でも伸びが遅かったらぶたん応援スレッドが、深夜に急速に活気づいていった。

ラクーアイベントの日のブログはらぶたんよりも早い時刻に更新されているが、内容といくつかのフレーズが明らかに符号している。また、らぶたんが「嬉たん」で嬉しいことがあったのでなんだかなんだかHAPPYだと綴った日の明け方には、らぶたんのファンを止めようと思っていたが、やはりもう少し続けることにしたと書かれている。

このファンは20代前半の男性であり、たとえばハロー!プロジェクトのアイドルのファンだったとすれば相当に若い方なのだが、AKB48ならば平均かむしろ少し上の方なのではないだろうか。ブログの過去の記事はごっそり削除されているようで、以前の経緯については定かではない。しかし、相当に現場に通い詰め、らぶたん本人からも認知され、好かれていると推測される。

以前の記事が残っていないため、なぜファンをやめようと思ったのかは定かではないのだが、結局のところ、嫉妬であったり好きすぎてつらいという部分で、距離を置こうとしたのが真相のようだ。そして、らぶたん本人に、いなくなるとかもう来ないとか言っていたこともうかがえる。

やめたいがやめられないというジレンマに苦しんでいる様子は、好きすぎて7月2日に大阪の千里セルシーのイベントにまで、気が付いたら行っていたという文章からも読み取ることができる。というか、あの場所に関東から気がついたら来ていたファンがやはり他にもいたのだと知って、感慨深かった。もちろん、前日のタワーレコード渋谷店にも来ていたようだ。

ファンスレッドには元々のらぶたんファンやこの状況を祭り的に楽しもうとする野次馬たちの書き込みで、どんどん埋まって言った。その大半は批判的な意見であった。

一方、私は深夜から明け方にかけて、某所でお仕事のお手伝い的な用事があったため、終電で自宅を出ていた。目的地の最寄り駅で、iPhoneを使ってニッポン放送の「渡り廊下走り隊7」を聴いた。この日はらぶたんの自己PRの回だった。夏といえば髪をお団子にした女のうなじ、自慢はアニメを愛していること、ハマっているのは夏の新アニメの予約、欲しいものはキャリーバッグ(変なのしか持っていないので、ハートやイチゴなどがついたやつが欲しい)、最近はホットケーキを作ったが、「愛ちゃん作って」などと言われると嬉しいので、これからもブログに載せたりしていきたい、というようなことを話していた。あと、セブンイレブンのCMの「やったーポケモン弁当だ」という男の子の声がウケる。

じつはそのファンのブログというのは、ファンスレッドに貼られる少し前に自力で特定できていて、もうすでに読んでいた。インターネットのことなので、捏造だとか成り済ましだとかいうのは可能なのだが、これについては、かなりガチである可能性が高いと思えた。しかし、このファンの男の子に対しては、否定的な感情は一切湧かず、むしろ青春の葛藤ともいうべき爽やかさを感じた。また、らぶたんのことは、本当に素直で純粋で不器用だと思い、より好感度が上がった。

これは、アイドルが他のファンに隠れてコソコソ特定のファンと交際をしていたという話ではない。あくまで、他のファンにも参加可能な握手会だとかブログといった現場で起こった出来事である。もしかすると他にも連絡手段があったのかもしれないが、この時点で、それはあまり問題には思えない。

ファンとアイドルとの間の距離感というのは本当に微妙なものである。ただ可愛い子を見て満足しているというのが、最も健全なあり方なのかもしれない。しかし、イベントや握手会、ブログといった形で、コミュニケーションの可能性が格段に高まっている今日においては、それは少しばかり変化してきている。認知を前提としたファン活動というのは以前からないわけではなかったのだが、それはごく一部に限られていたと思われる。それが現在においては、もっともっと広がり、敷居が低いものになっている気がする。

ファンからアイドルへの愛情というのは、個別レベルではまずは一方的に与えられる。ここで、いわゆるファン全般に対する感謝の気持ち以上のものを特定のファンに対して抱いてしまったとしても、それはきわめて自然なことだろう。あまりにも一生懸命に自分に対する愛情を表現してくれる相手には、たいていの場合、心が動かされてしまう。個別レベルではけして自分から望んだわけではないのに、予期せず相手から一方的に与えられ、それが嬉しくもあり、また、自然と心地のよい環境になっていく。

10代にして過酷な競争の世界に入り、日々感じるストレスや不安は計り知れないものがあるだろう。そんな時、自分を無条件に応援してくれる人の存在が、どれだけ心の支えになったことだろう。そこには、他の者には入り込めぬ関係性が生まれ、それはやがて結晶化していく。

ファンがアイドルに対して疑似恋愛的な感情を抱くと、たいていの場合は気持ち悪がられる。なぜなら、そこには成就の可能性がほとんどなく、それは一方的な妄想に基づいた感情でしかないからだ。コミュニケーションの質が高まり、従来のファンとアイドルとの関係性を越えたものがそこに生じたとしても、根本的な部分は変わらない。それに気づいた時点で、普通ならば自分の判断だけで勝手に辞められる。ところが、実際に特定のファンがアイドル自身の心の支えになっている場合もありうる以上、事態はより複雑である。

ここに葛藤が生じる。これぞ青春である。この件を一般論的、優等生的に批判することは可能だが、本当のリアルとはそのような一般論を越えたところにこそある。そのような生々しくも人間らしいリアルを感じたくて、10代のアイドルなどに執心しているのだろう。そんなことを再認識させられた。らぶたんかわいいよらぶたん。

2010年7月 8日 (木)

LOVEたん?

いつものように「AKBINGO!」は携帯電話のワンセグ機能で視聴した。嫁にバレないようにコソコソ見ているからだ。入浴などの用事も済ませ、後は寝るだけという万全の態勢で見ることにしている。それでも万が一見忘れることがないように、数十分前には携帯電話のワンセグ機能を起動し、チャンネルを日本テレビに合わせ、イヤフォンを差したアダプタを装着し、机上のノートパソコンのすぐ横にセットする。携帯電話に付属していたワンセグ視聴用のスタンドみたいなやつを使うのだ。

千原ジュニアとかが出ている番組をずっとやっていて、把握していた時刻になっても番組が始まらない。何らかの事情で遅れているのだろうか。しかし、大好きな平成ノブシコブシの吉村崇氏が見られたので、それは収穫であった。そして、0時40分を過ぎたぐらいにやっと始まった。

先週の予告でもやっていたが、AKB48の過去の秘蔵映像などからクイズを出題し、それにメンバーが答えるという企画だ。私のような超ド新規にとっては、実に興味深い内容である。秋元康氏が初めてAKB48(当時は秋葉原48)のメンバー募集を実施した時の広告、初期メンバーの応募書類、初ステージのリハーサル及び本番風景など、ひじょうに貴重な映像がたくさん流れた。中でも、劇場の前で篠田麻里子ちゃんがチラシを配っているシーンには驚いた。一度オーディションに落ちていて、グッズ販売などの裏方的なことをやっていたのだという。

先日読んだ週刊ポストの特集記事で知ったのだが、篠田麻里子ちゃんは、ロビーのカフェで働いていたところ、「あの子をメンバーにしてほしい」というファンからの要望があり、それがきっかけでAKB48に加入したのだという。

また、小嶋陽菜ちゃんは選考に通ったものの、このプロジェクトそのものを怪しいと感じ、バイトが入っていることを理由に来るのをやめようと思ったが、戸賀崎支配人に説得されたのだという。また、AKB48最初の握手会は、劇場の音響機材が故障して公演ができなくなったため、苦し紛れに行ったらしい。これは、前の仕事の都合で収録の途中から参加した初期メンバーの峯岸みなみちゃんが自信を持って答えていた。

「AKBINGO!」の放送時刻がいつもより遅かったことにより、ニッポン放送の「渡り廊下走り隊7」と時間がかち合った。そこで、ワンセグ機能で「AKBINGO!」を試聴している携帯電話に差したイヤホンを片耳に装着したまま、もう片方の耳には、radikoで「渡り廊下走り隊7」を流しているiPhoneに差した別のイヤフォンを装着した。「渡り廊下走り隊7」は、はるごんこと仲川遥香ちゃんの回だった。声と話し方が個性的で、聞いていて楽しくなってくる。こちらの番組は数分間で終了したので、再び「AKBINGO!」に集中することにした。

パソコンではtwitterを見ていたのだが、篠田麻里子ちゃんが「ゆりこ家にきゃぷと泊まりなうー」などとつぶやいていた。野菜シスターズのコーナーに篠田麻里子ちゃんと小嶋陽菜ちゃんが出ているのを見ながらパソコンモニターのtwitterにも目をやると、どこからともなくフォローしてくださったユーザーの方もやはり「AKBINGO!」を見ているようで、その感想を書いたりしている。一人で見ているのに誰かと見ているような感覚。これがtwitterの面白さの一つなのだろう。

今週も面白かったなと思っていると、セブンイレブンとのコラボ企画やら来週発売されるデフスター時代のCDやDVDのCMが次々と流れ、テンションが上がった。そして、「AKB6000sec」という番組が始まった。

今週から始まって、短期間放送されるこの番組のことを知ってはいたのだが、それほど執着もなく、前日、前々日の分は見ていなかった。メンバーのうちの一人の日常に密着するという内容らしく、どちらかというとメンバー個人よりはグループ全体として好きな部分の方が大きい私としては、そんなにも心を引かれなかった。もちろん、メンバーによっては個人的にもひじょうに興味があるのだが、それはまゆゆ以外はおそらくこの番組に選抜される可能性が低いメンバーが多く、また、まゆゆの放送日はずっと先だということだけは、なぜか何となく知っていた。

「AKBINGO!」の流れで見ていたのだが、今日密着されるメンバーは、ゆきりんこと柏木由紀ちゃんだった。AKB48の中でも早いうちから認知していたメンバーであり、グループにはほとんど興味がない頃から、なぜかこの子の画像だけは携帯電話に保存したりはしていた。もちろん好きなメンバーではあるのだが、ここ最近の個人的な渡り廊下走り隊ブームの陰で、推し順位的にはそれほど際立った感じでもなくなっていた。

打ち合わせや他のメンバーとの雑談といったシーンを隠し撮り風にカメラが追っている。もちろん純粋な隠し撮りではないだろう。仕事の空き時間に一人で占い屋さん(こういう呼び名で合っているのかはよく分からないが)に行ったり、スーパーに買物に行ってお母さんと携帯電話で方言全開で話したりといった素に近い部分が見られ、なかなか面白かった。

少し気になって番組ホームページを見てみたところ、何と各メンバーのロケ素材5400秒、つまり90分間分がmicroSDで買えるのだという。すでに放送済みの回の分を見てみると、価格はそれぞれ2,625円であった。購入者の中から抽選で、サインが入ったりイベントに招待されたりという特典もあるようだ。これは好きなメンバーのならば欲しいかもしれない。いろいろ仕掛けてくるな、と感心することしきりである。

一夜明けて、仕事関係の本を読み終えたりホームセンターに猫のごはんやひんやりプレートや職場用の補修テープなどを買ってきたり、いろいろと用件を処理する合間に、渡り廊下走り隊関連のブログやファンスレッドもチェックしていた。

高校三年生のなっちゃんは試験で大変そうだが、ちゃんとブログをこまめに更新していてえらいなと感心したり、はるごんは楽屋に食べ物がたくさんあるだけでテンションが上がっていてかわいいな、などといろいろな感想を持った。ラムネの瓶を持ったはるごんの写真の透明感に、心を撃ち抜かれそうになった。

嫁と市役所に参議院選の期日前投票に行き、それから調布パルコの中にあるスラバヤというインドネシア料理店でランチを食べた。途中で寄ったペット用品店のワンちゃんがかわいくなついてきたので、画像をtwitterにアップしようとしたのだが、上手く撮れずに断念した。嫁が無印良品とかをまだ見たいと言っていたので、一人だけ先に帰ってきた。

最近毎日寄っているセブンイレブンに行くと、AKB48の新しいおにぎりとメロンパンが展開されていたが、おにぎりの方はもう売り切れていた。先週から売っていたチームBのおにぎりはまだあったが、これは入れ替わりで最後の入荷ということなのだろうか。それとも、キャンペーン期間が終わるまでずっと売っているのか。だとすると種類がどんどん増えていって、キャンペーンが終わると同時にパッタリ無くなるということになるのだが、このあたりはよく分からない。杏仁ゼリーみたいなのも売っていたのだが、パッケージのセンターがまゆゆだった。昨日買ったカップラーメンは売り切れていた。昨日はイトーヨーカドーでAKB48の入浴剤みたいなやつも売っているのを見た。

しかし、セブンイレブンに寄った最大の目的は、週刊少年チャンピオンを立ち読みすることだった。渡り廊下走り隊が表紙とポスターとグラビアに載っているのだ。ページ数もわりと多く、内容も浴衣や水着といった夏のアイドルの王道という、じつに素晴らしいものである。これを購入することはすでに決定しているわけだが、何といってもかさばって場所を取る少年漫画誌である。家に置いておくと、かなりの確率で見つかる。仕事に行く途中などで買って、どこかで雑誌を解体し、渡り廊下走り隊が載っているページだけを抜き取って保存するという方法を取りたい。

この週刊少年チャンピオンの件については、各メンバーもブログでふれていた。これ以外では、あやりんが自分の足に頭を置いて携帯をいじるすーめろでぃーこと佐藤すみれちゃんを、じつにユニークなアングルで撮影し、掲載していた。また、なっちゃんはラジオ収録で妄想が暴走してすっきりしたと報告していた。

ちなみに、まゆゆだが、前日の夜の更新で、アニメ「けいおん!!」の新エンディングで、登場キャラクターのりっちゃんがパーカーを着ていたことから、「マジすか学園」において自らが演じたネズミを意識しているに違いないと、テンションが上がっていた。

さて、ここまで名前が出ていない渡り廊下走り隊メンバーは、残すところあと一人だけとなった。今日は深夜から明け方にかけてお仕事のお手伝いに行かなくてはいけないので、少しは仮眠をとっておかなくてはいかんなと思いつつ、iPhoneでブログを開いてみると...「嬉たん」が来ていた。それを見た途端、一気に心が晴れ渡るのを感じた。ここ最近、らぶたんのブログ更新を知った時の高まり具合は異常である。

お昼からレコーディングで、あやりんと一緒に途中まで帰っているところだという。週刊少年チャンピオンのことにもふれているが、これ以外にも今週は週刊プレイボーイと週刊ヤングジャンプで、チームPBのメンバーとして表紙を飾っているという。「嬉しいね(・ω・)」と書いてあるが、嬉しいに決まっている。そして、来週の週刊少年チャンピオンにはソロで出ているという。2週続けて週刊少年チャンピオンを買うのなんて、たぶん生まれて初めてだ。楽しい。

今日は嬉しいことがあったのでなんだかなんだかHAPPYであり、今日の名言として、「君に届けこの想い」などと書いている。そして、ピンクの浴衣の写真がすごくかわいい。けしからん。いつもの「ばいばいばいっちゃ(*^-^)ノ」も、今回は2回連続で書かれている。調子がよさそうだ。つい先日は鬱更新で心配させたかと思えば、すぐにこれである。この小娘っぷりがたまらない。

この嬉しいことというのが何なのかとかはどうでもいい。らぶたんが嬉しければこっちだって嬉しいに決まっている。

どうもおかしな方向に行きかけているような気がするのだが、いいじゃないか幸せならば。らぶたんかわいいよらぶたん。

2010年7月 7日 (水)

推したん?

深夜0時からニッポン放送の「ミュ~コミ+プラス」なる番組にまゆゆこと渡辺麻友ちゃんとらぶたんこと多田愛佳ちゃんが出演するということで、これは何としても聴き逃すわけにはいかないと、万全の態勢でスタンバイしていたのだ。

AMラジオをリアルタイムで聴く習慣などはとうの昔に無くなってしまったのだが、小学校高学年から高校ぐらいにかけては、テレビよりもラジオが好きであり、やはりラジオといえばAMであった。それも地元局の放送を聴くだけでは飽き足らず、夜には東京や大阪の局の放送などを雑音混じりに長距離受信などしていたものである。

というわけで、こういうAMラジオの番組にアイドルがゲスト出演というパターンには、ひじょうに懐かしさを覚える。とはいえ、この「ミュ~コミ+プラス」なる番組のことはまったく知らず、もちろんこれまでに聴いたことは一度もない。おそらく曲紹介を主にした簡単な1コーナーに出演するだけだろうという気はしたのだが、それでもAKB48メンバーの中でも特に好きなこの二人の出演というだけで、何だか楽しみではあったわけだ。

この番組のパーソナリティは吉田尚記というニッポン放送の局アナウンサーなのだが、声の感じからしてかなり若そうである。どうやら発売されたばかりの新譜を主にかける番組らしく、SKE48の「ごめんね、SUMMER」がかかった。ちゃんと聴いたのは初めてだが、これまた夏にピッタリの爽やかで切ない曲だ。

パーソナリティの吉田氏のトークは、リスナーの兄貴分的な気さくで軽快な感じなのだが、随所にアニメだとかヲタクっぽい単語や言い回しが混じっている。これはつまりそういう番組なのだろうか。だとしたら、まゆゆとらぶたんが出演するのに、これほどふさわしい番組があるだろうか。

まゆゆとらぶたんといえば、AKB48の中でもアニメヲタクっぷりでよく知られている。まだ私がAKB48にほとんど興味がない頃に渡り廊下走り隊で出演した「ダウンタウンDX」でも、池袋のアニメイトでの視聴者からの目撃情報が投稿されていた。なっちゃんとはるごんはアニメにはそれほど興味がなく、まゆゆとらぶたんのアニメヲタぶりは迷惑というようなことを言っていた。さらには、三次元の男性に恋をしたことがまだない、二次元は裏切らないといった発言もクローズアップされていた。らぶたんはダウンタウンの松本さんに「あなたは私を好きになる」と魔法をかけていて、松本さんは胸を押さえて、「ウッ...これは大ケガですよ」と反応して、場内の爆笑を誘っていた。今一番好きなアニメのキャラクターは誰かと聞かれ、答えようとするまゆゆの横で、らぶたんは極度に興奮し、浜田さんに「何テンション上がってんねん」と言われていた。

まゆゆはブログでいろいろなことをテーマにしているのだが、アニメのことを書いている時のテンションが明らかに違う。また、文化放送の「朝までもういっちょ!」なる番組に関連した動画では、覆面をかぶった局アナウンサーのような人とトークをしているのだが、まゆゆが文化放送に来るたびに、「今日誰がいるんですか?」と聞いてきて、その誰というのが声優さんに限定されていると暴露されると、「気になっちゃうんですよ」「文化放送ってアニメのラジオの宝庫じゃないですか」「昔から聴いてるんで」「だから、もう...ファンです」などと言っていた。そこから特に好きな声優の小野大輔さんについてなど、熱く語っていた。

「青春のフラッグ」発売を記念したミニライブ&握手会イベントが各地で開催されたが、タワーレコード渋谷店で行われた回では、らぶたんが同じ時間帯に見たいアニメが重なったが、両方とも録画することをあきらめなかったと自慢げに話していた。

私自身はアニメにはほとんど興味がなかったが、まゆゆが絶賛している「デュラララ!!」などを見はじめたところ、なかなか面白く、結局全話見てしまった。他のアニメも少しずつ見たりもしているのだが、まゆゆやらぶたんがブログに書いたりイベントで話したりしている固有名詞については、ほとんど何のことかさっぱり分からない。しかし、その自分が好きなものについて熱く語っている様が何だかすごく良いのだ。

おそらくこの二人はこういうアニメの話ならば永遠にしていられると思うのだが、やはり番組だとかブログだとかを見たり聴いたり読んだりしているのは、このような内容を求めている人ばかりではなく、かつ自分たちの告知などももちろんしなくてはならない。ということで、熱くなりながらも自制している部分はあるだろう。

しかし、この「ミュ~コミ+プラス」なる番組は、そもそもそういうアニメなども扱った番組のようだし、パーソナリティの吉田氏も、どうやらその辺の価値観を共有できそうである。また、出演するメンバーはこの二人だけということで、リミッターが外れる可能性が十分に考えられた。

番組は進行していったが、まゆゆとらぶたんはなかなか出てこない。この間、退屈に待ちくたびれていたかというと、そんなこともなく、番組そのものがなかなか楽しめたのだ。スタッフから突然、吉田氏が謝罪を求められたが、それはどうやら、先日の放送において、買ってはみたもののまだやっていないゲームソフトの「ラブプラス+」について知ったかぶりをしたということに対してのようだ。吉田氏自身、Twitterなどもやっているが、リスナーからもその件については一切苦情を言われていないし、謝罪をしなければいけないとは思っていないのだが、スタッフがあまりにも強硬に求めてくるので、渋々謝罪をしていた。

そうすると、Sound AHorizonなる楽団による楽曲が突然流れ出す。これはスタッフが緻密に編集した音源のようで、エヴァンゲリオンの有名な「あんたバカァ~?」というセリフや、吉田氏が過去に歌ったものと思われるヘタクソなカラオケの歌唱などがコラージュされていて、カオスな状態になる。スタッフが吉田氏に対して仕掛けたある種のドッキリなのだが、担当スタッフはこの音源を作るのに徹夜したのだという。アホすぎて最高である。

ちなみに、Sound AHorizonとは、まゆゆも大好きな幻想楽団、Sound Horizonをもじったものであり、スタッフもADボレ国王を名乗るなど、くだらなくもディテールにこだわっている(Sound Horizonの主催者はRevo国王である)。

そんなこんなでまゆゆとらぶたんが登場するゲストのコーナーになったのだが、期待を上回るアニヲタトーク炸裂で、出てくる固有名詞のほとんどがよく分からなかったが、すごく笑った。まゆゆの「澪は俺の嫁」がついに聞くことができて感激した。まゆゆの一番ハマっているアニメが「ヘタリア」、らぶたんは「会長はメイド様」と答えたが、このタイトルを言っただけで吉田氏が大喜びしている。何が面白いのか私にはよく分からないのだが、楽しそうな気分は十分に伝わってきた。吉田氏が番組のゲストに来た声優さんの名前を言うと、その出演したアニメの役名や発売したCDの題名などを言いながら感動するまゆゆとらぶたん、そしてまたその反応に喜ぶ吉田氏、お仕事を越えた連帯感ともいうべき気持ちの良さを感じた。

らぶたんは「会長はメイド様」というアニメの碓氷拓海というキャラクターが好きということなのだが、キスシーンが放送された直後は、ショックのあまりメンバーとも会話ができないほど落ち込んでいたというエピソードを、まゆゆが暴露していた。それでも、碓氷君のことが嫌いになれず、女性キャラクターの名前を呼んで愛を告白するシーンを、「多田」と自分の名前を呼んでいるというふうに妄想しているという。「未練たらしい女ですよ」と言っていた。面白すぎるだろ。

これはもっと長い時間、ずっと聴いていたかった。

この番組が終わってから、同じくニッポン放送で、「渡り廊下走り隊7」という番組が放送された。月曜から木曜までの毎日、ほんの数分間だけの番組である。前日の第一回は聴き逃したのだが、自己紹介だけで終わったのだという。そして、この日の放送だが、各々がごはんにかけるものでは何が好きかを言いながら自己紹介した後、一人一人が70秒で自己PR的なものをしていくという企画に突入。これはおそらく一日一人か二人ぐらいがやっとだと思えるのだが、この日はまゆゆだけで終了していた。

結局、らぶたんのブログ更新はなかったのだが、ラジオが面白かったのである程度満足して寝た。

朝、セブンイレブンのホームページを見て、7月8日木曜日からおにぎりとメロンパンの第2弾が出ることを知った。あのまゆゆのPOPがついた甘辛ソースの鶏唐揚げマヨおにぎりもこれっきりかと思うと、とても名残惜しかった。

Twitterのお仕事での活用をそろそろ本格的に開始しなくてはならないと思い、それ関係の本を買いに行こうと思った。その前に、まず以前に作ったプライベートのアカウントを機能させよう。

一旦はやりかけたのだが、すぐに飽きてやめてしまった。やはりこうやってある程度の長文をまとめて書くことの方に馴れていて、1日に何度も小刻みに短い文章で綴っていくというスタイルに馴染めなかった。しかし、やはりこれはやらなければダメだと思い、とりあえず仕切り直して、ちゃんと呟いていくことにした。

AKB48では篠田麻里子ちゃんや小嶋陽菜ちゃんもやっているということで、さっそくフォローに追加した。以前やりかけた時に、別のアイドルグループ関係のものなどもフォローしていたのだが、どうにも退廃的な感じがしたので、全部まとめてフォローを外した。あと、同じ会社のAKB48ファンであるK氏のフォローリストを確認すると、有名なアイドル系ブロガーのものもあったので、何となくフォローしてみたのだが、どうも自分の好みには合わない感じだったので、すぐに外した。ブログはたまに読んでいて、結構共感できる部分もあったのだが、不思議なものだ。ロンドンブーツ1号2号の田村淳が、参議院選挙について真面目につぶやいていた。軽口めいたことを叩く若者風に対しても、真摯に対応していた。

午後から電車に乗って神保町で降りて、三省堂書店で仕事関係の本を買った。店を出ると小雨が降りはじめていて、傘も持っていなかったが、そのまま秋葉原まで歩いた。仕事のいくつかの案件について調査したいことがあったため、目的の場所へ行って目的を果たした。聖地巡礼の意味も込めてせっかくなのでAKB48劇場があるドン・キホーテにも行ってみたが、今日は公演が行われていないということで、人もそれほど多くはなかった。5階の@home Cafeのメイドが全員浴衣姿だったのだが、あれは七夕のイベントか何かだったのだろうか。店の外の椅子には、大勢の客が座って入店を待っていた。

帰りに甘辛ソースの鶏唐揚げマヨおにぎりを買おうとセブンイレブンに寄ると、AKB48の写真がプリントされたカップラーメンとアイスクリームまで発売されていた。おにぎり2個、メロンパン1個と一緒にカップラーメンも買ってきた。白い夏の塩ラーメンという商品名で、シーフードヌードルに近い味わいである。桜エビが入っていて、カップラーメンとしてはなかなかおいしい。AKB48らしい爽やかなイメージである。また、パッケージでまゆゆが下段センターというのも好印象である。

嫁とイトーヨーカドーに買物に行くと、これらのAKB48関連商品は、おにぎりやメロンパンも含め、こっちでも売られていた。特にカップラーメンなどは食品コーナーの棚を1つ使って大々的に展開されていた。嫁が「こんなのまで出てるんだ」と呟いたので、シラを切り通せず、「これ、実は今日食べた」と言った。「何?今度はAKBなの?あのすごく好きだったさゆみちゃんっていう子はどうしたの?」などと言われ、面倒くさくなりそうだったので、「いや、AKBは好きとかどうとかっていうんじゃなくて単純に面白いんだよ。マーケティングっていう意味でもね...」などと、わざと嫁が興味をなくすような方向に話を転換して、煙に巻くことに成功した。しかし、私のアイドルとか若い女の子好きは完全にバレているので、内心どうしようもねえなと思われていたことは明白であろう。

さて、昨日ブログの更新がなかったらぶたんは、今朝は「うーたん」という題名で更新していたのだが、「昨日ゎ更新できなくてごめんなさい。」しか書いていない。ブログ更新する気がしないほどの何かがあったのか、それでもちゃんとこうやってごめんなさい更新をしてくれているのか、何て健気でいい子なんだろうと、もはや贔屓目に見ることしかできなくなっていることに気がついた。あと、写真がすごくかわいい。

午後には「新たん」の題名で、新しいメガネを入手したことを報告している。「買った?もらった?的な感じ!」らしい。顔は写っていなく、メガネと手の写真のみである。この入手ルートについての思わせぶりっぷり、また、写真のじらし戦法、意識的か無意識的かは定かではないが、かなりの技である。

そして、夜には「終たん」が更新された。詳細は不明だが、「非常に笑ったw」と書かれていた。何がどうであれ、らぶたんが笑顔でいられるならば、そんな世界は美しいと言える。そして、七夕にちなんで、「願い事ゎずっと祈っていればかなうんですよ」。この小娘っぷりが最高だ。さらにその下の画像...こ、これは...。黒ぶちメガネのピースサインに心が激しく躍動したような気がしたのだが、おそらく気のせいだ。

あとは「AKBINGO!」待ち。最後の方は「渡り廊下走り隊7」とも重なるな。

2010年7月 6日 (火)

まだまだ愛が足りねえ!

昨夜、パソコンの電源も切って寝る前にiPhoneで渡り廊下走り隊関連のファンスレッドでもチェックしておこうかと思って開いたのだが、時すでに遅し。まゆゆこと渡辺麻友ちゃんときたりえこと北原里英ちゃんが出演した「G.I.ゴロー」の放送が今日だったことをすっかり忘れていた。おまけにニッポン放送の渡り廊下走り隊のラジオが今日から始まったことも忘れていた。いかんねぇ。

「G.I.ゴロー」は来週放送分にも出演しているということで、これは見逃さないようにしなくてはならない。まゆゆブログやファンスレッドに貼られたメイドコスプレのまゆゆが超絶可愛く、見なかったことを激しく後悔した。そろそろテレビを録画する環境構築を真剣に考えるべきだろうか。

このブログの古くからの読者はご存じだとは思うのだが、我が家にはけしてテレビを録画する環境が無い訳ではない。液晶テレビとHDDレコーダーがちゃんとあるのだ。数年前の夏のボーナスで買った。しかし、それは主に嫁によって使われているため、なかなか好き勝手に録画することができない。いや、ちゃんと断れば録画することはできるのだ。現に「M-1グランプリ」とかそういうのは、ちゃんと録画してもらっている。だが、やはりアイドルの番組ともなると、あまり芳しい反応は得られない。あと、やっぱりこういうのはコソコソやってこその醍醐味だと思うのだ。こちとら軽い気持ちで見ているわけではなく、こういう10代のアイドルのことが世の中にある全ての物の中で一番好きなのだ。これが生きる上での光だといっても過言ではない。

そういう事情なので、何とか一人でこそこそ録画して好きな時に見られるような、そういう環境を構築したいものだ。

それはそうとして、ニッポン放送の番組は毎日数分程度で月~木曜の毎日放送されるということなのだが、第一回の昨日は、自己紹介しただけで終わったらしい。こちらはiPhoneのradikoで聴くことができるので、忘れさえしなければほぼ確実に聴くことができる。今日はさらにニッポン放送でその番組の前に放送される「ミューコミ+プラス」にもまゆゆとらぶたんが出演するので、これも聴き逃すわけにはいかない。

まゆゆきっかけで追いはじめた渡り廊下走り隊だが、先日のイベント参加を経てすっかりメンバー全員が好きになってしまったことはいつも書いている通りなのだが、それで各メンバーのファンスレッドなんかもブックマークして、見てみたりしている。中でもはるごんのスレッドのスピードがすごく速い。一般的には知名度ナンバー1であるはずのまゆゆのスレッドよりもはるかに速い。内容を読んでも新しいファンが増えてきているようで、勢いを感じる。つい一週間前ぐらいまではよく知らなかったのだが、イベントやDVDの映像などで見るうちに、何だか面白いと思えるようになってきた。何といっても、あの声がいい。他のAKB48メンバーからもよくいじられていて、いろいろなメンバーのブログに登場する頻度もひじょうに高いようだ。マスコット的なキャラクターなのかと思いきや、実は渡り廊下走り隊のメンバーの中では最年長だという。これには驚いた。

昨日は更新が無かったまゆゆブログだが、今日は「G.I.ゴロー」関連に続いて、もう一つお気に入りの漫画をテーマにした更新があった。これが、確か少年ジャンプに連載されていた「いちご100%」というやつで、確か以前にもブログで取り上げていた。私は仕事の上で有益な知識として、人気のある漫画を把握しておこうと、一時期、この漫画の単行本も買って何冊か読んだ記憶がある。けして好きこのんで漫画を買って読むような習慣は小さい頃から無いのだが、あくまで仕事上の情報収集として、一時期買って読んでいた。

その記憶だと、何やらあまりパッとしない男の子がいろいろな可愛い女の子からモテまくるという、男の子の妄想爆発といった感じの内容だったような気がする。しかも、エロ要素もわりとあったような、そんな印象だ。これはモテない男の子にはウケるだろうが、女の子は毛嫌いするタイプの漫画なのだろうなというふうに思っていた。読んだのはもう何年も前のことなので、記憶もあまり定かではないのだが、これが好きだというまゆゆのことが、ますますよく分からなくなってきた。よく分からないがゆえに興味深い。

らぶたんのファンスレッドは何やらアンチ的な書き込みが多いような印象だ。真偽のほどは定かではないが、ブログの文章やテレビでの発言を通して特定のファンへの私信を送っているだとか、握手会の対応がよくないだとか、そういう種類のものだ。また、先月のAKB48総選挙の少し前には、名古屋で特定のファンとデートをしていたという噂が流れ、後にそれはガセであったということで終息したようだが、あまりよくない印象を残す結果となった。

同じ会社に勤務しているAKB48ファンのK氏に、この件についての見解をうかがうと、らぶたんとはそういうもの、だがそれがいい、という旨の返答があった。ツンデレというのがキャラクターとして定着しているらしく、それがわがままと取られる場合も少なくないようだ。

しかし、このようなマイナス要素の方が間違いなく多いエピソードや噂を聞いて、私はますますらぶたんに対して好印象を抱いてしまった。おそらくらぶたんという女の子は、素直でピュアで不器用なだけなのだ。おそらく若年層のファンにはこの辺りが気に入らないという場合も多そうだが、私ぐらいにもなると(それがどれぐらいのことを指すのかは定かではないのだが)、こういった無垢こそが瓦礫の中のダイヤモンドのごとく、輝いて価値のあるものに見えてしまうのだ。

あやりんこと菊地あやかちゃんはプリクラ流出で解雇を経験したが、研究生からやり直して昇格してきた。なっちゃんこと平嶋夏海ちゃんは初期メンバーながら同期と比べ、人気が伸び悩んでいるが、そういった中でも前向きに一生懸命やっている。まゆゆはそもそも人間との付き合いが苦手な典型的なヲタ気質である。

渡り廊下走り隊とは、それぞれ実に人間らしいコンプレックスや不完全さを持ったメンバーによって構成されている。それがあのようなアニメのキャラクターのようなキュートでポップなコンセプトで弾けまくっているというのが、ひじょうに感動的である。

あまり内面には深入りせず、あくまで表層的な消費のスピードを楽しむことに徹しようと決めていたのだが、やはりどうしても人間的な魅力を探っていってしまう。いかんいかん。当初の目的と大幅にズレてきている。でも、本当に面白いからなぁ。もうじきラジオが始まるので、今日こそは絶対に忘れないようにスタンバイに入りたい。

あと、全くの余談だが、AKB48以外のアイドルグループのメンバーが渡り廊下走り隊を意識したような内容のブログ更新をしていて、これまでのパターンからいって、私もこれに関して何かしらの言及をするのではないかと思って、興味もないAKB48のことばかり書いているこのブログを開いてくださった方もいらっしゃるかもしれない。しかし、残念ながらもはや言うべきことは何もない。過去には感謝しているし、それがあってこその現在ではある。しかし、もう過去は過去だ。お互いの現在や未来に生きよう。優劣を付けるつもりも無理やり比べるつもりも一切無い。というか、そんなこと自体のくだらなさにはっきりと気がついてしまった。もうどうでもいい。心底どうでもいい。

冷蔵庫を開けたら、随分前に買ったっきりすっかり忘れていた果物が腐敗して、悪臭を放っていた経験はあるだろうか。そんな嫌な感じを、わざわざ好き好んで味わいにいくような悪趣味で退廃的な気分では、もはや無いのだ。

勇気を奮い起して自分に負けるなフラッグ!

今日も朝食はチームAプロデュースのいちご&練乳ホイップメロンパンだった。このセブンイレブンとAKB48のコラボ企画なのだが、アメーバに設置されている特設ブログの方も色々なメンバーが更新していて、その通知がメールで届く。帰りにも明日の朝用に買おうと思って駅前のセブンイレブンに寄ったら残念ながら売り切れていたので、代わりにチームBプロデュースの甘辛ソースの鶏唐揚げマヨおにぎりを買ってきた。帰宅してシャワーを浴びたら小腹が空いたので、夜遅くだというのにまた食べてしまった。やびゃあ。

日曜日のラクーアイベントについてのブログをまゆゆが更新していたのだが、最後の方でそれまでの内容とは全く関係なく、「デュラララ!!」の平和島静雄がかっこいい、「自販機投げてー」などと書いていた。そういえば「デュラララ!!」最終回が木曜日からバンダイチャンネルで配信されていたのだ。最近は毎週木曜日のお楽しみだったのだが、今週はタワーレコード渋谷店やら千里セルシーやらですっかり忘れていた。それで、やっとこさ見ることが出来たのだが、なるほど、こうなったかと感心することしきりであった。いやー、このアニメ、本当に面白かった。まゆゆが薦めているという理由だけで見始めたのだが、すっかりハマってしまった。ぜひ、続きが見てみたいものだ。

さて、「デュラララ!!」が終わり、次は何のアニメを見ようかと思っていたところ、先日のブログで、まゆゆがちゃんと今シーズン見るべきアニメを紹介してくれていた。「伝説の勇者の伝説」「黒執事Ⅱ」「ぬらりひょんの孫」「世紀末オカルト学院」「あそびにいくヨ!」の5本。「伝説の勇者の伝説」は、タワーレコード渋谷店のイベントでらぶたんが言っていたやつのような気もするが、記憶が定かではない。全部バンダイチャンネルで予告編的な映像が配信されていたので、ひと通り見てみた。おそらく毎週配信もされると思われるので、見てみようと思う。

ほぼ興味が無かったアニメを見始めることによって新しい世界が広がった一方で、洋楽の新作とか全然聴かなくなってしまった。少し前までは海外の音楽雑誌も数誌購読していて、それはもう十数年も続いていた習慣だったというのに、いざ止めてしまうと、それで全く不自由することが無い。iPhoneではAKB48と渡り廊下走り隊ばかり聴いているのだが、自宅では嫁の手前、大っぴらにアイドルの曲をかけるわけにもいかず、中学生とか高校生の頃の全米トップ40のプレイリストとかを作って、それを無難に流している。

その頃はラジオ関東だとかFENのアメリカン・ヒットパレードを聴いていた訳だが、当時の大人になったらこうなっていたいと考える理想像の一つとして、このヒットチャートに入った曲を全部買えるぐらいになっていたいという、大きいんだか小さいんだかよく分からない目標があった。まあ、1曲単位で150円とかで買える時代なので、これはけして難しいことではない。私はなぜか80年代の全ての週のビルボードHOT100が1冊にまとまった豪華本なんていうものを持っているのだが、それを見ながらちょうどその年の同じ週のトップ40をプレイリスト化し、カウントダウン方式で40位から1位まで順番に並べたりしている。持っていなくて欲しい曲はその度に買っている。最高位が上位の方の曲はすでに結構持っていたりするので、ほんの数百円で40曲全部揃う週もある。どうしても配信で買えず、かつCDも出ていないか廃盤なんていう曲もあるのだが。その年のちょうど同じぐらいの季節の感じが思い出せ、なかなか楽しい。ただ、数年後に今年の7月第1週目のことを思い出したいとするならば、渡り廊下走り隊だけを聴けば済むことである。

「週刊ポスト」でAKB48の特集が組まれていた。私が大嫌いないわゆるサラリーマン的価値観に貫かれたタイプの雑誌で、普段は絶対に買わないのだが、結構面白そうだったので、買ってみた。AKB48の歴史や主要メンバーなどについて軽く紹介していたり、秋元康プロデューサーのインタヴューが掲載されたりしていたが、後半のAKB48の成功法則をビジネスに生かすヒントなどをまとめた記事が面白かった。いかにも勝ち馬に乗っている感は否めないものの、それでも「顧客こそがプロデューサーである」「『短所』を隠す必要はない」「飽きられないのは『アナログ』」など、なるほどなと思わされた。

仕事が終わった後で、久々に仲のよい社員と会食をしたのだが、やはりどうしてもAKB48だとか渡り廊下走り隊の話になった。相手はアイドルなどにはほとんど興味が無かったのだが、私が色々と話す内容から会話が広がり、組織のありかただとか我々の仕事の現場での問題点とも関連する部分が多々あり、なかなか刺激的な時間となった。こうなったらどうしてもAKB48や渡り廊下走り隊の曲が歌いたくなり、明大前のカラオケBANBANに行って、「大声ダイヤモンド」「初日」「青春のフラッグ」「言い訳Maybe」「遠距離ポスター」「若気のイタリアン」「自分らしさ」などを歌いまくった。前回、カラオケに来た時は、まだAKB48にハマってはいなかったので、今回、初めて歌えてひじょうに楽しかった。先方も付き合いで「ポニーテールとシュシュ」「桜の栞」「RIVER」などを歌ってくれたのだが、これらがことごとく本人出演のPV仕様のカラオケになっていて、じっくりと見入ってしまった。「RIVER」のPVが普通にカッコいいと絶賛していた。そして、次までにはちゃんとAKB48を聴き込んで歌えるようにしておくとも言っていただいた。渡り廊下走り隊の「若気のイタリアン」は企画物っぽい雰囲気が漂い軽快な曲なのだが、今回歌ってみて、歌詞がなかなか良いことを言っているなと感心した。たぶん一番歌いたかった「走り隊 GO! GO! GO!」がまだカラオケに入っていなくて、これだけが残念だった。

何となく青春とはまさに病気だが、それをこじらせたまま生きることを選ぶのならば、渡り廊下を走るしかないというのが、今日のテーマにもなったので、Base Ball Bearの「Stairway Generation」も歌った訳だが、これ以外も今回が初挑戦の「YUME is VISION」「ヘヴンズドアー・ガールズ」「SCHOOL GIRL FANTASY」なども歌えたので良かった。Base Ball Bearと渡り廊下走り隊というのは、私にとっては本当に存在している意味が似通っている。あまり共感はしてもらえないとは思うが。

帰宅して渡り廊下走り隊のブログをチェックすると、なっちゃんやあやりんが代々木のレッスンに関するブログをいくつか更新していた。なっちゃんは更新数も多い上に、質問に答えたりしていて、感心する。握手会での対応も含め、絶賛好感度アップ中である。あやりんのブログでは、佐藤亜美菜ちゃんにチューされていたりした訳だが、先日のまゆゆのブログでも「あみなちゃんにチューされそうになったお」などと書かれていた。まゆゆと亜美菜といえば、たまたまYouTubeで見た「あーみな」「知らん」の動画が面白くてツボった。

はるごんは朝にすっぴんの可愛い画像つきで更新していたのだが、この時点でまゆゆとらぶたんの更新が無かった。まゆゆは、まあ全然書かなくなることがこれまでもあったので、またそういう時期かという感想だったのだが、やはり昨夜に鬱更新をしていたらぶたんのことが心配であった。しかし、しばらくしてからアクセスしてみると、「レッスンたん」というタイトルで更新されていた。久しぶりにまーちゃんこと奥真奈美ちゃんに会った、レッスンはあまりハードじゃなかったので疲れなかった、しかし電車では爆睡した、これから貯まっている韓国ドラマと夏の新アニメを見る、写真は最近お気に入りのシャンプー、という内容で、元気そうだったので安心した。そして、写真がめちゃくちゃ可愛いじゃねえか。最近、心を鷲掴まれかけていることは否定できない。

そういえば、今日、職場でともちんこと板野友美ちゃん推しのK氏にも会った。彼のことは以前にもブログに書いたことがあるが、AKB48に関してはいわゆる「大声ダイヤモンド」からのファンであり、私にとっては大先輩である。ついに渡り廊下走り隊の握手会に行ってしまったこと、また、渋谷でのイベントに悔いが残ったので、翌日の大阪にも行った話をすると、「大阪行ったんですか?さすがですね」と大いにほめていただいた。そして、握手会イベントに参加した感想などが話せて楽しかった。「今度個別(握手会)行きましょうよ。劇場盤予約してないんですか?」などと誘われたのだが、まだメンバーと会話をするだけのネタとスキルが無いので無理だと言うと、「早くその壁突き破りましょうよ」などと言われた。楽しい。あと、「で、結局誰推しなんすか?まゆゆですか?」などと追求されたのだが、正直、渡り廊下走り隊メンバーが全員違って全員良く、何だかよく分からなくなってきた。

寝る前にタワーレコード渋谷店で買った初回B盤の歌詞カードを開いてみると、封入特典のカードみたいなやつがらぶたんだった。という訳で、寝る。ばいばいばいっちゃ(*^-^)ノ

2010年7月 5日 (月)

みんなの魂がひとつになって最高の愛になれ!

土曜日の夜に日本テレビ系で「インディ学院」なる新番組が放送され、それに渡り廊下走り隊が出ていたようだ。この情報は事前に知っていたのだが、その時間帯は仕事をしていなければならず、かつ約3分程度の短い番組だったので、見ることにそれほど執着してはいなかった。

しかし、掲示板に貼られた番組キャプチャー静止画像を見ると、これがまたメンバー全員ことごとく可愛く、事情は定かではないのだが、まゆゆこと渡辺麻友ちゃんが泣いている場面もある。何とか動画を捕獲できないものかと思ったのだが、割と難易度が高く、いまだに見ることができずにいる。これは悔やまれる。

そもそも渡辺麻友ちゃんに少し興味があって注目しはじめた渡り廊下走り隊なのだが、「青春のフラッグ」発売に際して開催されたタワーレコード渋谷店、及び千里セルシーでのイベント参加を通して、すっかりメンバー全員が好きになってしまった。渡り廊下走り隊のブログも全員分読んでいるし、ファンスレッドも全員分ブックマークしたりしている。これで未練がましくたまに見ていたハロプロ系スレッドやブログなどを見る機会がいよいよ無くなってきた。

とはいえ、先日、千里セルシーイベントの移動に際して、渡辺麻友ちゃんの100問100答が目当てで買ったsmartには田中れいなちゃんが載っていたりと、何かと目にする機会はある。土曜日の名古屋のイベントのブログでは、はるごんこと仲川遥香ちゃんが℃-uteのメンバーに会えた喜びを報告していたし、あやりんこと菊地あやかちゃんは日曜日のブログをBerryz工房「私の未来のだんな様」で始めていて、「いい曲やあ~っ 熊井ちゃ~ん(´Д`)←」と絶叫している。また、なっちゃんこと平嶋夏海ちゃんはよく見るDVDとして「KREVAさんとかハロプロさんとか」のライブDVDを挙げている。最近はお笑いのDVDにハマっているというのが主題ではあったのだが。ついでに、らぶたんこと多田愛佳ちゃんは、一人カラオケで一番歌いたかった曲として、スマイレージの「夢見る15歳」を挙げていた。ここ一ヶ月以内に、渡辺麻友ちゃん以外の渡り廊下走り隊メンバー全員がブログでハロプロのことを話題にしていることになる。

今もまだ読んでいる数少ないハロプロファンの方のブログを見ると、AKB48ソートのようなものの結果を発表されていた。これはどちらのメンバーが好きかというのを続けてやっていくと、その結果をランキングにして発表してくれるというものだ。以前にハロプロのやつをやったことがある。Googleで検索してやってみると、上位5名全員が渡り廊下走り隊メンバーになっていて、まあ、確かに一週間以内に2度もミニライブを見たり握手をしたりしていれば情が移るのもやむを得ない。ちなみに、第7位はタワーレコード渋谷店のイベントにゲストで来ていて握手もしたこもりんこと小森美香ちゃんで、これまたひじょうに分かりやすい結果となっている。当初、この結果を簡単にコメントとして書き込もうかとも思っていたのだが、結果のあまりの単純さを見て、これは直前の影響を受けすぎだろうと思い、自粛した訳である。イベントでも会っていないしオフィス尾木でもないのに第6位になったみゃおこと宮崎美穂ちゃんは、ある意味強すぎということもできる。いろいろあるんだが、やはりあの「モロヘイヤもね!」が良かった。

名古屋でのイベント帰りには移動中に手羽先を食べていたようで、各メンバーのブログでそのことが報告されていた。東京でも有名な世界の山ちゃんではなく、地元で人気の風来坊の手羽先だった。

日曜日は東京ドームシティのラクーアで、「青春のフラッグ」のイベントがあった。ミニライブのセットリストは、「青春のフラッグ」「走り隊 GO! GO! GO!」「完璧ぐ~のね」、そして最後にもう一回「青春のフラッグ」ということで、渋谷、大阪、名古屋と同じだったようだ。それから握手会。仕事があったので参加はできなかった訳だが、各掲示板などでその様子をうかがってみた。とにかくすごい人数が集まっていたようで、特に一般の方がひじょうに多かったようだ。午後2時半ぐらいの開演だったにもかかわらず、途中で雨が降ったこともあり、全部終わらないまま夜7時半ぐらいに終了、振り替えの日程も発表されたのだという。

火曜日からずっとイベントで、その最終日である。千里セルシーでは、2階のバルコニーのような所からその一部始終を見ていたのだが、本当に大変そうだ。とにかくぶっ通しでいろいろな人達と握手をし、一人一人のファンと言葉を交わしたりポーズなどの要求に応えたり、これをずっと笑顔でこなしているのだ。会場での挨拶やブログでも、この握手会でファンとふれあうことがとても楽しいと言っている。プロである。見習わなければいけない所がひじょうに多い。

なっちゃんのブログによると、握手会の最中は、らぶたんがいつも面白くて面白くて笑いが止まらないのだという。「ワロタクオリティ(まあ悪く言えば、おふざけ←←)」などという言葉も使われている。

しかし、当のらぶたんこと多田愛佳ちゃんのブログに元気がない。「雨たん」という、いつも通り必ず末尾に「たん」が付くタイトルなのだが、トーンが何だかいつもとは違う。雨の中、ファンの人達がびしょ濡れになりながらも笑顔で握手してくれたにもかかわらず、自分には何もできなかった、そのことで凹んでいるのだという。その後は、楽しかったとかまた会おうねとか、明るい言葉を書いているのだが、最後は、「私ゎ皆さんの笑顔が一番大好き だから皆さん。居なくならないでください。」と結んでいる。詳しくは書かれていないが、間違いなく何かがあったのだろう。

プロとはいえ、まだ15歳の女の子である。特に今週はひじょうに過酷なスケジュールだったことだろう。肉体的精神的な疲れも相当あったに違いない。これは他のアイドルの場合についてもそうなのだが、よく握手会の対応が悪かっただとかということが掲示板などに書かれていることがある。まあ、プロの仕事としてファンサービスをちゃんとやって欲しいという、ファンというカスタマーからの不満や要望というのは確かに正当なのかもしれない。

それでも、千里セルシーの長時間の握手会で、2度目の休憩の後で、なっちゃんと電車ごっこのように繋がりながらステージに出てきて、もういっちょう行くぜともいうべき元気いっぱいのポーズを取ったらぶたんを見て、私は感動したのだ。あれだけぶっ通しの握手会の中で、どうしても疲れが出てしまい、あまり良くない対応になってしまった場面があったのかもしれない。けして完全ではないが、一生懸命頑張っている可愛い女の子を応援したいからアイドルファンなんていうものをやっているのではないだろうか。だから、やはり信じて暖かい目で見ていたい。

数少ない経験で感じた印象だと、あやりんこと菊地あやかちゃんはすごく笑顔で、丁寧な印象がある。また、なっちゃんは手を振って「またねぇ~」とか言ってくれるので、ひじょうに好印象である。それに比べると、確かにまゆゆとらぶたんは印象が薄いような感じも受けるのだ。しかし、おそらくまゆゆは基本的に人見知りであり、馴染んだ人にはすごく心を開くのだが、見ず知らずの人に対しては警戒心というか、何かそういうものがあるような感じがする。アイドルという職業上それはそうなのかという意見も当然あるとは思うのだが、私はそういう子がアイドルをやっているという所が、まゆゆの魅力だとか思っている訳である。らぶたんも、そのツンデレっぽい性格込みで魅力だと思っているので、私個人的にはそんなに過剰なサービスは期待していないのだが、無邪気さゆえの毒といった部分で、ひじょうに緊張を強いられる。だが、そこが良い。はるごんについては、最も精神的集中力を必要とするまゆゆの隣というポジショニングゆえに、実は余り強く印象に残っていないのだが、おそらくちゃんとやっていたと思う。

ハロプロメンバーのファンをやっていた頃、ラジオの書き起こしをしたりファンスレッドに入り浸ったりしていた訳だが、同じグループ内で別のメンバーのファンに乗り換えること、いわゆる推し変というのは、あまり大っぴらにしないものという雰囲気があった。道重さゆみちゃんはこのことをラジオ「今夜もうさちゃんピース」で正直に言ったりしていてひじょうに面白かったのだが、やはり今まで自分のTシャツを着てくれていたファンが別のメンバーのを着ているのを見るとショックだとか、昔の女的な感覚で見てくれればいいというようなことを言ったりしていた。また、人気の順位なども大っぴらに付けることを良しとしないような傾向もあり、それゆえに、ファンが色々なランキング付けに必死になっていわゆるヲタ論争が白熱するといった部分があったように思う。

一方、AKB48においては、AKB48総選挙などというのを大っぴらにやっている訳で、実にシビアである。しかし、お互いがライバルであり仲間という、競争を前提としたチームという認識が共有されているがゆえ、互いの存在を尊重し合うような健全なメンバー間の関係が存在しているように思える。順位の入れ替えやファンの推し変などは日常であり、そのような競争状態ありきで、その上でどう楽しく良い物を創っていくか、その認識があるように思える。しかし、たかだか10代の女の子にとって、これはひじょうに精神的にキツい部分も多々あるだろう。だからファンは支えてあげなければという気になって、思い入れもますます強くなっていくのだ。見解は色々あるだろうが、本当に良くできたシステムである。

らぶたんのこのブログについては、実はまた別の解釈もしていなくもないのだが、それはまたそれでひじょうに健気で可愛らしい。結局、私はこういう可愛い女の子の不安定で脆弱な部分に、人間の美の最たるものを見出しているので、こういうのを良いと感じずにはいられないのだ。この強度を持って、それにこそ価値を置き、落ち着き払ったいかにもそれらしいクソッタレなインチキどもを追い払うだけのスピードが必要なのだ。これは私がたどり着いた、現在のところで最高の人生哲学であり、その真理は「渡り廊下、走るぜ~!」という言葉に集約されている。

2010年7月 4日 (日)

目の前の山の上にゴールが見えるだろう。

四ツ橋のホテルの部屋で、iPhoneから千里セルシーの感想などを書いていたら、あっという間に深夜2時近くになっていた。

心斎橋のセブンイレブンで買った、チームBプロデュースの甘辛ソースの鶏唐揚げマヨおにぎりは、普通に美味しい。家の近所のセブンイレブンでは、売り切れていて買えなかったので、食べるのはこれが初めてだった。これは毎日でも全然イケるなと思った訳だが、今回のセブンイレブンとのコラボ企画特設ブログを読むと、まゆゆは一日3個はイケると書いていた。この特設ブログにはアメーバブログが使われている訳だが、何とコメントができてしまうのだ。スタブロの渡り廊下走り隊のブログにはコメントができないので、これは嬉しい。しかし、これはたまにできるぐらいで良くて、スタブロの方は引き続きコメントできなくていいと思う。

朝6時に起きて、同じく前夜に心斎橋のセブンイレブンで買っておいたチームAプロデュースのいちご&練乳ホイップメロンパンを食べて、ホテルをチェックアウトした。

四ツ橋駅の地下を通って、心斎橋から地下鉄で新大阪、それから新幹線に乗って、朝9時ぐらいに品川に着いた。山手線と京王線を乗り継いで帰宅した訳だが、その間、ずっと渡り廊下走り隊を聴いていた。「走り隊 GO! GO! GO!」での、なっちゃんの「渡り廊下、走るぜ!」、それから、「掛け声は一斉にヨロピコ 大騒ぎだぜ」の所が特に好きだ。

昼間に私服で帰宅したので、怪しまれるのも無理はないのだが、そこは深く追及しないことになっている。しかも、可愛いクマのイラストがプリントされたベースボールシャツなどを着ているのも、更に怪しい。しかし、これはどうでもいい。

「青春のフラッグ」のCDに付いていたDVDをまだ見ていなかったので、パソコンで再生してみた。お弁当を作る企画と各メンバーが自分撮りをする企画が収録されていた。

お弁当を作る企画は、会議的な場面からスーパーに買い出し、調理という流れが収録されていたが、調理の手前の前半までを見た。会議的な場面は、らぶたんが仕切っていた。

渡り廊下走り隊は歌などを見ている限りだとまゆゆが中心の印象が強いが、こういうトーク的なやつだと、むしろあまり話していなかったりする。なっちゃんがよく話していて、はるごんとあやりんはすごく仲が良い。

自分撮りの企画では、まゆゆがらぶたんのほっぺにチューしたりしていたが、まゆゆはなぜかほとんど声が出ていなかった。

元々まゆゆだけに興味がちょっとあって、渡り廊下走り隊を見はじめたのだが、アニメヲタ友達のらぶたんのことも分かった。そして、ここ数日で、メンバー全員が何となく分かった。

なっちゃんはAKB48初期からのメンバーであり、トークで仕切る場面が多かったり何となく落ち着いた感じがあるのは、そのせいだろうか。また、握手会で握手が終ってから、手を振って「またねぇ〜」と言ってくれたことでひじょうに印象が良くなっている訳だが、これもAKB48がまだ人気が無かった頃の苦労を知っているからこそなのではないか、などと思ったりもした。

千里セルシーでは、ミニライブが終わり、メンバーと握手をした後も、2階のバルコニーのような所から握手会の様子を見ていた。

あやりんは容姿も整っていて、握手会でのファンサービスもひじょうに良い印象だが、AKB48総選挙では、渡り廊下走り隊メンバーでただ一人の圏外である。

数ヶ月前まではAKB48のメンバーをほとんど知らなかった私のような者でさえ何となく知っていたので、AKB48ファンにはおそらくかなり有名な話だと思うのだが、あやりんはAKB48を一度解雇されている。

交際相手と思われる男性と一緒に写ったプリクラが流出したことが原因だ。しかし、やはりAKB48が好きで、もう一度研究生のテストを受ける所からやり直し、段階を経て、現在の地位まで戻ってきた。

AKB48のファンの中にはこれに批判的な人達がいる一方で、過去を反省して一生懸命頑張っている姿を見て、これは応援してやらなければという気になっているファンも多いようだ。

ミニライブのステージを終えた後で、あれだけの人数のファンと握手をする。嫌な顔一つせず、笑顔を絶やさず、ファンからの要望に応えてポーズを取ったりもする。

あれだけの時間をぶっ続けでやりながら、休憩明けには、またノリノリの元気いっぱいのポーズで登場する。これはもう、ある意味、尊敬に値する。だからこそあんなにもキラキラ輝いているのだろう。

私が四ツ橋のホテルにいる頃、渡り廊下走り隊のメンバーは、翌日のイベントが行われる名古屋へと新幹線で移動していた。なっちゃんのブログでは、その両隣の席でセクシー対決を繰り広げるはるごんとあやりんの姿が公開されている。

昼過ぎからナゴヤドームでイベントをやり、はるごんは大好きな℃-uteに会えたことを、嬉しそうにブログで報告していた。それから東京に戻ってレコーディングがあり、翌日は東京ドームシティにてイベントである。好きで入った世界とはいえ、これを健気にこなしているのだ。

千里セルシーでイベントがあった日の夜には日本テレビ系の「ハッピーMusic」という番組にも出演していたのだが、関西は放送日が異なっている。帰宅してから動画を捕獲してみると、よしもとのお笑いコンビ、ピースがベッキーと一緒にMCをやっていて驚いた。確実に売れかけている。「AGE AGE LIVE」愛好家としては嬉しい限りである。渡り廊下走り隊はVTRでの出演で、「青春のフラッグ」を披露していた。

夕方から深夜まで仕事だった。ここ数日間の渡り廊下走り隊を中心とした感覚が、まだずっと続いていた。あの輝きを取り入れ、追いかけていかなければいけない。

現実はどうしようも無いことの積み重ねや繰り返しから出来ていて、あたかもそれらしい理由をつけたり言い訳をしながら、どうにか死なない程度に生きているのだ。しかし、どんなに理屈を並べたとしても、くだらないものはくだらない。バレないように逃げ続けることぐらいしか、出来ることは無い。

いつからそう思うようになったのだろうか。始めからそうではなかったはずだ。では、一体、何が変わって、それはいつからだったのだろうか。

渡り廊下走り隊が喚起する理由なきエネルギーの放出は、未来が一点の曇りもなく輝いていた頃の追憶を、心に甦らせる。青春とはまさに病気だが、それをこじらせたまま生きざるを得ない者は、まさに囚われの身なのだ。そこから自由になろうとするのではなく、それ自体の自由をこそ最大限に増幅すべきである。意味も理由も必要なく、向かいたいと思う強烈な衝動があれば、あとはそれに向かって渡り廊下を走るだけのことである。

2010年7月 3日 (土)

渡り廊下、走るぜ〜!

タワーレコード渋谷店での渡り廊下走り隊ミニライブ&握手会イベントにおいて、握手が終った後で手を振ってくれていたメンバーは、なっちゃんこと平嶋夏海ちゃんだったということがハッキリした。並び順からいっても間違いない。

しかし、握手会なるものの勝手がよく分からず、次のメンバーとの握手へ準備態勢を整えるのが精一杯であり、せっかく手を振ってくれたのにこれに反応することができず、それがとても心残りだった。

翌日、千里セルシーで開催された同様のイベントにおいては、握手会の進行方向が前日とは真逆であり、あやりんこと菊地あやかちゃんから始まり、なっちゃんこと平嶋夏海ちゃんで終わるようになっていた。

そして、この日もなっちゃんは握手が終った後で手を振ってくれたのだが、今回は反応を返すことができた。さらに、「またねぇ〜」と言ってくれた。これで、また来ない理由があるはずもない。

千里セルシーは、新大阪から地下鉄で約15分ほどの千里中央駅から歩いてすぐの場所にある大型商業施設である。野外ステージは大きく、かなりの人数の観衆を収容することができる。イベント開演は17時30分からだったが、その一時間前には、もうすでに多数の人達が集まっていた。

ステージ横のテントでは「青春のフラッグ」のCDを売っていて、これに封入されている全国握手会参加券を見せると、ステージ観覧スペースへの整理券がもらえる。整理券は14時から配られていて、イベント開始前に番号順に案内されるのだ。CDを買って整理券を入手しなくても、観覧スペース以外の場所からイベントを見ることは十分可能である。

タワーレコード渋谷店で握手会参加券を使ってしまったので、また新しく入手しなければならない。という訳で、テントで限定AのCDを買った。その場で封を開けて全国握手会参加券を取り出し、それを見せて観覧スペースへの整理券をもらった。整理番号はすでに794番だった。

とにかくすごい人である。そのほとんどはタワーレコード渋谷店同様に、普通の学生や若者達であり、女性もひじょうに多い。大阪にはAKB48劇場も無いというのに、すごい人気である。

そうこうしているうちに、メンバーがステージに出て来て、リハーサルが始まった。ステージ横のテント付近からは、メンバー全員がよく見える。前日のタワーレコード渋谷店でのミニライブでの唯一の不満が、早くも完全に解消された。これだけでも、十分に来る価値があったといえる。

メンバー全員、小さくて可愛い。「青春のフラッグ」の小旗を振る振り付けとか、本当に最高である。他には、「走り隊GO! GO! GO!」と「完璧ぐ〜のね」、おそらく前日と同じセットリストであろう。

リハーサルだというのに、ファンの興奮はすでに高まっていて、例のMIXと呼ばれる掛け声のようなもので盛り上がっている。若者達の素直な笑顔が広がっている。アイドルの現場というと、なぜだか何かを諦めたような、生きるのが辛そうな、ポップ感覚とは逆のベクトルの空気が流れているという印象があるのだが、タワーレコード渋谷店でも千里セルシーでも、そのような嫌な感じは一切しない。これがひじょうに居心地良いのだ。

一旦メンバーが舞台裏に下がり、それから観客の観覧スペースへの誘導が始まる。前方のステージ前はフラットになっていて、ステージは高めなものの、やはり後の方からは見えづらい。しかし、前日のタワーレコード渋谷店よりは良く、今回は歌い踊っているまゆゆこと渡辺麻友ちゃんの顔もしっかり見ることができた。

司会進行は前日と同じ、レコード会社の男性社員の方がやっていたが、前日よりは進行はスムーズに行っていた。自己紹介では、好きな大阪の食べ物を言うように求められたが、まず最初のなっちゃんは、551のあんまんを挙げていた。

551といえば、豚まんがおいしいことで知られているのだが、あえてあんまんということのようだ。しかし、これには場内の大阪ネイティブのみなさんもポカーン状態で、私のそばにいた男子高校生風などは、「551にあんまんなんてあったっけ。豚まんの間違いないじゃね」などと言っていた。

閉店間際の551蓬莱に行ってみると、確かにあんまんは売っていたのだが、数量限定らしく、今日はもう売り切れたとのことだった。代わりに胡麻団子を薦められたので買ってきて食べてみると、モチモチしていて、また、餡もひじょうに美味しかった。

話を戻して、らぶたんこと多田愛佳ちゃんは、大阪の食べ物を言うようにと言われているにもかかわらず、大阪のみなさんが大好きですと言って、大歓声を浴びていた。この子は本当にこういうところが、実に上手い。

続いて、まゆゆは普通に大阪といえばやはりたこ焼きと答え、はるごんこと仲川遥香ちゃんは、「大阪のたこ焼きがめっちゃ好きやねん」と、魂の込もった叫びを聞かせていた。はるごんは元々ちょっと高めの可愛い声をしているので、この叫びがまた何ともいえぬ萌えを醸し出していた訳である。

ここまで出て来るとさすがにネタに困るのだが、最後のあやりんは、「大阪のみなさんの声援がめっちゃ好きやねん」と、まとめ的に締めていた。

これまた前日に続いて、「走り隊GO! GO! GO!」の歌詞にちなんだフリップトークがあり、前日、ハプニング的に鳴り響いてしまったことから受けて盛り上がっていた「ダ〜ダン」という効果音を、この日も各メンバーが気に入って使っていたが、前日のイベントを見ていない会場のみなさんには、その面白さが上手く伝わっていないようだった。

この日は、アイドルとしてのマニフェスト的な物を各々が書くという企画だったのだが、らぶたんが「美人になる」などの他に「好き」と書いていて、よいなと思ったのだが、この他、まゆゆはCGを極めるなどと期待通りの答えだったのに対し、あやりんはフルーチェを誰よりも上手く作る、なっちゃんは柴犬のようなアイドルをめざすなどと、よく分からないことを書いていた。はるごんは確かマトモなことを書いていたと思うのだが、すっかり忘れてしまった。その後、各々フリップの裏に好き勝手なイラストを書いて掲げていたりして面白かった。

この後で、ミニライブの後半に入った。「走り隊 GO! GO! GO!」と「完璧ぐ〜のね」は、やはりすごく盛り上がる。そして、最後にもう一度、「青春のフラッグ」。一旦メンバーがはけて、少し時間をおいてから、握手会が始まった。

とにかく大盛況で、あの1セット1000円の応援用フラッグも、ミニライブ中に完売してしまったという。握手会も高速進行が予測された。しかし、前回以上の進歩を遂げなければならない。

並び順があやりんからであり、確か数日前が誕生日であった。一応念の為、iPhoneから公式サイトにアクセスして確認したのだが、間違いなかった。そこで、誕生日おめでとう的なことをこちらから言うという作戦に出ようとした。

しかし、直前になって、もしこれが違うメンバーだったとしたらどうしようなどと弱気になってしまい、さらに、近づいてみると、あまりに容姿が整っていて、その美少女ぶりにガチで緊張した。

前日は順番が真逆であり、まゆゆに意識を集中していたために、その後のことは何も覚えていないのだ。改めて、こんなにも美少女だったとは。

それでも何とか「おめでとうございます」とか言ってはみたのだが、極めて中途半端であり、聞こえていたかどうか定かではない。しかし、両手でしっかり握手をしながら、こちらの目を見て微笑んで、「ありがとうございます」と言ってくれた。

ここから、はるごん、まゆゆ、らぶたんと続いた訳だが、前日よりは明らかに余裕を持って対応できたし、それぞれと平常心でアイコンタクトをできたと思える。あと一歩である。はるごんは清楚な雰囲気があり、そして、声がすごく可愛い。本当に渡り廊下走り隊、全員がすごく好きだ。

昨日手を振ってくれていたのがなっちゃんだったのだと知って、それだけでも好印象だったのだが、今日もまた手を振ってくれて、さらに「またねぇ〜」と言ってくれた。

その後、2階のバルコニーのような所から握手会の様子を見ていたのだが、とにかくすごい人数である。また、複数枚の握手会参加券を持っていて、何度も参加しているファンの姿も結構見られる。

45分間握手をし続けたところで休憩を挟み、更に45分間、それでもまだ終わらない。握手だけで正味1時間半である。更に休憩を挟んで、それからまた30分位、夜9時少し前ぐらいにやっと終った。

この間、メンバーは笑顔を絶やさず、握手だけではなく、ファンのポーズの要望に応えたり、あっかんべーをしたり、色々やっていた。休憩明けにもやる気が漲ったようなポーズを取ったり、たまたまBGMで流れていた以前のシングルの振り付けをノリノリでやったりと、元気いっぱいである。

この頃には観覧者の数も大分減ってきたのだが、ファンが名前を叫ぶと、呼ばれたメンバーはその声の方を探し、そして、手を振っていた。握手を終えたばかりの女子高生風は、「らぶたん好きすぎる。もう一生らぶたん」などと、興奮気味に話していた。休憩中にメンバーが出ていないのだから問題ないだろうと思って、会場をiPhoneで撮影していたら、しっかり係員に注意され、撮った画像を削除させられた。

握手会が全て終了し、最後になっちゃんが挨拶をして、終了になった。

地下鉄に乗ってなんばで降り、道頓堀今井でうどんでも食べようと思ったのだが、すでに閉店していた。すぐ近くの屋台でたこ焼きを買って食べた。タコも大きいし、ソースもこってりしていて、やはり本場のは美味しい。

iPhoneでホテルを予約し、551蓬莱で豚まんと胡麻だんごを買って、心斎橋の方へ歩いた。iPhoneにイヤフォンを差し込み、耳にあてた。再生したのはもちろん渡り廊下走り隊である。近くのセブンイレブンを、これまたiPhoneで探り当て、チームBプロデュースの甘辛ソースの鶏唐揚げマヨおにぎりを初めて買うことができた。一緒にチームAプロデュースのいちご&練乳ホイップメロンパンも買った。これはこの日の朝も食べたのだった。

今現在、渡り廊下走り隊は、私が最も好きな音楽グループであり、すでにビートルズやザ・スミスの存在を超えている。総体的に音楽的な価値がどうかという問題ではもちろん無く、要は自分にとってどれだけリアルで、必要であるかという点においてである。

四ツ橋のホテルまで歩きながら、渡り廊下走り隊の曲を続けざまに聴いていった。「青春のフラッグ」や「走り隊 GO! GO! GO!」、「完璧ぐ〜のね」といった曲はすでに私にとって特別なものになりつつあるのだが、初めて聴いた時には企画物にしか思えなかった「アッカンベー橋」にすら泣けてくる。「風のバイオリン」も、改めて素晴らしい曲だ。「若気のイタリアン」もかなり好きになってきた。

確実にして大切なものは、おそらくここにこそある。人生とはすなわち、渡り廊下を走ることなのだと、見つけた気分である。

2010年7月 2日 (金)

掛け声は一斉にヨロピコ!

長い移動時間中に読もうと思い、駅前の新座書店で男性ファッション雑誌のsmartというのを買った。

渡り廊下走り隊がタワーレコード渋谷店で行ったミニライブ&握手会に参加した結果、もうこういうので行こうと決めた。

私にとって、こういったアイドルポップであったりある種類のロック的表現、それらの真髄である青春という熱病に付随するエトセトラ以上に確かな物などは何も無い。それをはっきりと確信した。

普通の大人の振りをして、いわゆる社会人をちゃんとこなしながら、この魂はブレずに貫き通すことこそが、私にとって、真の意味で生きるということだ。

ということは、いわゆるアイドルの現場であったり、たとえば握手会などのイベントでアイドル本人と直に対峙する場合においても、アイドルヲタにありがちな自虐や衒いにけして逃げることなく、自分が理想とするスタイルをデザインできていなければいけない。

それで数年振りに男性ファッション雑誌、しかもストリート系のsmartなどを買う気になったのかというと、けしてそればかりが理由でもなく、というか、メインの理由は、表紙でも紹介されている「AKB48のまゆゆ」こと渡辺麻友ちゃんが掲載されているからに他ならない。結局、それかい。

早速、該当ページをチェックしてみたのだが、透明感溢れるファッション写真も美しいのだが、100個のキーワードについて答えた本文の方もひじょうに面白い。これはアイドルの内面が知りたいと思っているファンにとっては、たまらない企画だろう。

ところが、私はAKB48関係に関しては、けして内面には深入りせず、あくまで表層的な消費の快感を楽しむことを、基本コンセプトにしている。とはいえ、載っていればやはり気になるではないか。

まず、記事の最初の方で書かれていたのだが、「終始緊張しながらも、一生懸命に答えてくれました!」というのが、いかにもらしくて良い。ストリート系男性ファッション誌だというのに、ヘタリアのフランシスお兄ちゃんのことなどを話している。ブレていないな。

また、これ以外で、この100問100答を読んで分かったことから抽出していくと、以下のようになる。

セーラー服が好き、ファッションのセンスが無い、スポーツは全般的に苦手、初恋は多分まだしていない、ブランドには全く詳しくない、香水を生まれてから一度もつけたことがない、パソコンは無くてはならないもので毎日使っている、占いはイイことは信じる、日々妄想している、ゲームは好きなので色々やる、1年後はちゃんと生きていられればいい。

微妙に異なっているものもあるが、これらの多くは、以前に私が熱心なファンであったモーニング娘。の道重さゆみちゃんと共通する部分だ。一方で、真逆な項目もあったりはする。

昨夜、渡り廊下走り隊の千里チェルシーでのイベントのことを少し調べたりしていた。どうやらオープンスペースでの開催になるようで、過去に他のアーティスト等が行った時の動画なども見てみたのだが、ステージも結構大きい。

タワーレコード渋谷店のイベント会場は、オールスタンディングのライヴハウス仕様となっていて、それだけライヴ感というのはあったし、それ以外の部分でも、ひじょうに楽しいものであった。しかし、ミニライブのステージがほとんど見えなかったのだ。段差無しのオールスタンディングということで、位置によってはこれは仕方がないことなのだろう。

早朝に家を出れば、前方の整理券が入手できる可能性もある。しかし、果たして本当にそこまでするのか、また、今後に向けての方向性はある程度決まったものの、具体的にはまだ何も始まってはいない。決まったばかりなので、それも当たり前なのだが。そうこうしているうちに深夜3時ぐらいになってしまい、iPhoneのアラームは5時にセットしたものの、おそらく起きないのだろうなという気はしていた。

いや、実際には目を覚ましたのだが、やはりそのままもう一度寝た。数時間後、ちゃんと起きてから、水曜日の「AKBINGO!」を見たり、渡り廊下走り隊の池袋でのイベントを伝える情報番組の動画を見たりしていた。

もう遅いとはいえ、やはり行っておけばよかっただろうかと、少し思った。明日は名古屋、明後日は東京でもイベントがあるが、仕事と重なっているため、これは絶対に行けない。「青春のフラッグ」のイベントは、これでもう終りである。

だが、本当にもう手遅れなのだろうか。観覧スペースの整理券はもう無かったとしても、開演時間にさえ間に合えば、会場で遠くから見ることは可能だ。青春とはまさに衝動である。

2010年7月 1日 (木)

アイドル・ポップ。

たとえば中学二年生の頃にブルーハーツに出会っていたならば、間違いなく夢中になっていただろう。しかし、タイミングが遅すぎた。好きな種類の表現だということはすぐに分かったのだが、ややこしくこねくり回すやり方が刷り込まれたヘンタイよい子な新人類にとっては、あまりにも直接的でシンプル過ぎて、これで本当にいいんだろうかと、何だか不安になってしまったのだ。

それでも周囲にいた若者達はみんな聴いていたから、自然と代表曲のいくつかぐらいは口づさめるようになった。「パンク・ロック」という曲があって、それは、中途ハンパな気持ちではなく、本当に心からパンク・ロックが好きであり、それは優しいからなのだ、ということが歌われた作品であった。

もちろんパンクやニュー・ウェーヴも好きだし、テクノもソウルもレゲエも歌謡曲も、何でもこだわりなくつまみ食いするスキゾフレニックなスタイルがクールでオッシャレーとされていて、あまり一つのジャンルに執着しすぎるのはパラノイアックでダサくてカッコ悪いと、そのような刷り込みがされていたのだ。

たとえばこのブルー・ハーツの「パンク・ロック」だとか、ジャズでもブルーズでも何でも良いのだが、ある特定のジャンルに傾倒する人たちというのは、それはそれでとても深くて濃い快楽を得ているのに違いない。そのようなものに憧れる気持ちはあるが、やはり私とは異なった種類の人達であり、私はおそらくずっとこの色々と食い散らかしていくような方法でやっていくのだろうと、そんな風に思っていたのだ。

タワーレコード渋谷店の地下は、知らぬ間にオールスタンディングのライヴハウス仕様に改装されていて、遠い昔の記憶とは全く異なっていた。大音量でアイドル・ポップが鳴り響き、前方の聴衆の頭の間から、らぶたんこと多田愛佳ちゃんが笑顔で一生懸命に歌い踊っている姿が、見えたり見えなくなったりする。そして、私はこのような空間に身を置いていることが心底好きだな、ということを思っていた。

確かな物などはいくつも無かったが、この空間にある物とは、間違いなくそのうちの一つである。

パンク・ロックとアイドル・ポップの共通点は、それが本来若者に向けて作られているという部分だ。ロックンロールだって初めはそうだったのだ。言うまでもなく、青春とは病気であり、大抵はある時点で完治するものである。いつまで経ってもそれをこじらせている人達というのは、好き好んで無理してそうしている可能性がひじょうに高く、要するに、青春という熱病をいつまでも終わらせないように延命措置を取っているということに他ならないのだ。

このような青春という病をこじらせたまま死んでいくような一生に、本気で憧れている、その確信が日に日に強くなっている。

成長や老いというのは自然な現象であり、これに逆らうことは異常である。つまり、フリークス。前のブログのタイトルを変えたくて変えたくて仕方がなく、特に意味も無く付けた「FREAKS A GO! GO!」という題名は、まるで運命づけられていたかのように、ふさわしいものだったのだ。

たとえば車やスポーツやギャンブルや株や風俗や、そんなものに一切興味が無く、そのようなものに興味を持つような者にも絶対になりたくはない。それよりもアイドル・ポップをずっと聴いていたい。そのようなフリーク性を、今後、どんどん深めて行きたい。それは、変態紳士などという生やさしいものではない。とにかく、大人のくせにアイドルヲタクという、半ば自虐的なスタンスとは、妥協であり逃げである。私はあらゆる選択肢の中から、全てに勝る確かな物として、アイドルにたどり着いた。これを受け狙いだとかネタだとかと捉えて近寄ってくる連中が、本気で引いて二度と話しかけてこないようになるぐらい、この分野を極めていく必要がある。そのことに気が付いた。

アイドルの真髄とはポップであり、それはきわめて商業的、表層的である。これは純文学や芸術よりも、広告などにより近い。アイドルの行動・言動などを深読みし、そこにあるかもしれぬ理想像を読み込むような行為は、戯れとしては面白いのだが、いずれ行き詰まることを余儀なくされている。ポップとは感覚で消費するスピードであり、そこに深読みや妄想は必要ではないし、むしろ邪魔でしかないともいえる。

発売されたばかりの新曲「青春のフラッグ」を渡り廊下走り隊のメンバーが歌い踊った。整理券の番号順に案内された私の位置から、センターのまゆゆこと渡辺麻友ちゃんの姿を見ることはできない。しかし、それでも十分である。いわゆるMIXなどと呼ばれる掛け声を掛ける一部の熱心なファン達、そして、大半はいわゆる普通の学生や若者達だ。女性ファンの姿も見られるが、他のアイドルのイベントにありがちないかにも同性のアイドルのファンをやっていますよという自己主張はほとんど見られない。本当に普通の人達なのだ。

曲が終わり、メンバー各々の自己紹介がかなり盛り上がる。新曲やそのカップリング曲についてのトーク、「走り隊 GO! GO! GO!」は渡り廊下走り隊のテーマソングのようでもある、「軟体恋愛クラゲっ娘」のタイトルと歌詞を初めて知ったまゆゆこと渡辺麻友ちゃんは、やはりとても驚いたというような話が続く。司会進行をレコード会社男性社員が務めているのだが、その仕切りが相当にグダグダであり、メンバーに助けられているような状態である。

手違いでタイミングが外れて鳴ってしまった「ジャジャン♪」という効果音にメンバーがハマって、ことあるごとにこれを口で言ってはウケる。実に楽しそうだ。「走り隊 GO! GO! GO!」に「たかがアイドル されどアイドル 私達にも意地がある」という歌詞があるが、それにちなんで、メンバー個々がこれだけは負けないと思っていることをフリップに書いて発表するというコーナーが始まる。

アニメヲタクで知られるらぶたんこと多田愛佳ちゃんは、見たいアニメが重なっても録画をあきらめないと、今日の具体例を挙げ、舞台を端から端まで歩きながら力説した。続いて指名されたのはまゆゆこと渡辺麻友ちゃんだったが、らぶたんの回答を受けて、「アニメで...」と一瞬ノリを見せるが、実際には「アルパカへの愛」というのが答え。アルパカはまゆゆのブログによく登場しているが、今日は会場内にもアルパカを連れてきたファンがいた。渡り廊下走り隊には、他にははるごんこと仲川遥香ちゃん、なっちゃんこと平嶋夏海ちゃん、あやりんこと菊地あやかちゃんが所属していて、今日もそれぞれに一生懸命頑張っていて可愛くて感動的だったのだが、私においてはいまだに識別ができていないというダメっぷりである。今後の課題にしていきたい。

また、ここで渡り廊下走り隊と同じオフィス尾木に所属するAKB48メンバーから数名がゲストで登場し、同じお題に対する回答を発表していった。チームBのこもりんこと小森美香ちゃんは、読売ジャイアンツの小笠原選手のバッティングフォームのモノマネというよく分からない芸を披露していた。この子は、一見清純派に見えるのだが、ちょいちょいお笑い芸人のギャグを入れてきたり、カラオケではラップの入った男性アーティストの曲を低い声で歌ったりと、要注意な要素が多い。また、演歌の名曲「津軽海峡冬景色」を、コブシをグルグル回しながら上手に歌っているメンバーもいたのだが、名前を忘れてしまった。いかんね。それから、サイトや他のイベント、舞台などの告知を行っていた。

ライヴ後半では、初のお披露目だという「走り隊 GO! GO! GO!」、「完璧ぐ~のね」、そしてもう一度、「青春のフラッグ」が歌い踊られた。これは盛り上がる。今度は少し移動したので、まゆゆの姿も少しは見えたり見えなかったりもしたのだが、やはり位置的にらぶたんが一番よく見えた。本当に元気いっぱいで最高である。

それから、握手会があった。このミニライヴの参加者全員が終わった後で、第二部の握手会だけというのもあり、メンバーはゲストも含めて計9名いたのだが、立ち止まらずに速やかに進むようにという注意が告げられた。

とにかくこのアイドルの握手会というのがどのようなもので、また、どういったスタンスで参加するべきなのかというシミュレーションが一切できていない。このような状態で会話などは絶対に無理だったので、どうやら高速っぽいアナウンスがされたことに、少し安心した部分もあった。

どんどん人が流れて行き、ついに自分の順番が来た。渡り廊下走り隊のメンバーではなく、オフィス尾木所属で小森美香ちゃんでもないメンバーがまず初めだったのだが、前の人が両手で握手していて、これは両手でするのが普通なのか、片手のつもりだったのでもう片方の手にはiPhoneを持っているし、これは一体どうしたものか、などと思っているうちにのっぴきならぬ状況になり、とりあえず片手で握手をした。

いや、アイドルのCDを聴くとかテレビを見るとかそれについて文章を書くとか、そういうのはそれぞれ自分としてどのようなスタンスでやるのかというのがある程度分かっているのだが、この握手会というのが経験が無さすぎてさっぱり分からない。弱ったものである。

すると、失礼極まりないことに私は名前すら把握していないそのメンバーは、しっかりと両手で握手をし、私の目をしっかりと見て、「ありがとうございます」と微笑んでくる。まあ、こういう物なのだろうが、勝手がさっぱり分からないので、私も軽く会釈して、「ありがとうございます」と言っている。何をやっているのだ、一体。そしたらもうこの流れで行く以外になく、次のメンバー、おそらく小森美香ちゃんだったような気もするのだがよく覚えていない。とにかくみんなそれぞれすごく可愛かったのだが、ちゃんとこちらの目を見て、笑顔で「ありがとうございます」と言ってくる。平静を装いつつも、もう何だか泣きたいような気分で、一人ずつ握手をしていった。そして、それぞれ軽く会釈をしてこちらも「ありがとうございます」というのをやっている、何なんだ、これは一体。私の一人前にいた若者などは、短い時間ながら、それぞれのメンバーに対し、おそらく的確なメッセージを手短に伝え、メンバーと上手くコミュニケーションを取っている。尊敬する。

もうすでに誰だったかさっぱり覚えていないんだが、あー、次はらぶたんだ、やべーどうしようと思って、その前のメンバーがやや短めになって、らぶたんとの握手の体制に入ったのだが、そしたらその前のメンバーが握手を終えた私に対して手を振ってくれていて、まあ、これもこういうのはこういうものなんだろうが、こっちは次のらぶたんとの握手のことで気持ちに一切余裕が無く、そのメンバーのわざわざ手を振って下さった厚意に対して、何の反応を返すことも出来ず、これがひどく心残りなのだ。

そして、まゆゆこと渡辺麻友ちゃんである。なんといっても私がAKB48の中でも最も好きなメンバーではあるのだが、現在のアイドル応援のコンセプトというのが、あくまでも表層的にというものであり、あまり内面に対しての理想化や妄想をしないように気を付けている。そこで、特に平静を保とうと努力をした。メディアの向こう側の存在として認知している相手が、今、この至近距離にいて、しかも握手をしているという事実をどのように認識すべきなのか、余計なことを考えるとスピードが落ちていくので、なるべく何も考えないように、最大限の努力をした。そして、まゆゆこと渡辺麻友ちゃんは確かにそこにいて、すごく可愛く、握手をしたが、そこには一切の感情はなく、ただ事実としてそのことがそこにあっただけだった。あの後のことはよく覚えてはいない。

マルイの前で仕事関係の電話をして、その時にはきわめて平静に、いつもの自分でいた。夜の渋谷の街を歩き、そのまさに青春の熱病のような感覚に突き動かされながら、私は中途ハンパな気持ちではなく、本当にアイドル・ポップが好きであり、それは優しいからなのだということに気がついた。生きるのに必要な感覚とは、まさにこれである。このことを確信した。

いわゆる変態紳士的な自虐や衒いを排し、真に美の追求としてのアイドル・ポップを追い求め、それを覚悟として、自分はどうあらねばならないのか。今回の体験はこれを考えさせる、ひじょうに良いきっかけとなった。今後、そのようにしてあるための、自分なりのスタイルをデザインしていく必要があり、それは私が生きる上で関わる全ての場面において、検討を迫るものである。

このブログのプロトタイプである「卒業-さゆみんに向かって」を立ち上げるに辺り、私が掲げたコンセプトとは、「クールでスタイリッシュなヲタ」というものだったが、それはたちまちにして崩れ、全く別のものになってしまった。それはそれでまあ良かったのだが、ここに来て、またそれに立ち返ったかのような感じがある。何だか面白くなってきた。

走り隊 GO! GO! GO!

一昨日、タワーレコード渋谷店にて渡り廊下走り隊「青春のフラッグ」をフライングゲットした訳だが、iTunesに取り込んでiPhoneに転送はしたものの、イヤフォンをカバンに入れ忘れるというイージーミスのせいで、移動中にリピート再生するという計画は頓挫してしまった。

それで、やっとこさちゃんと聴ける状況になったのだが、いや、これは素晴らしい。

「青春のフラッグ」は発売前にラジオか何かでかかった時の音源やPVで何度か視聴していて、ポップな良曲という印象はあったのだが、それほど強いインパクトは感じていなかった。しかし、聴けば聴くほど効いてくる元気炸裂の痛快ポップチューンである。歌詞の内容は青春応援歌的なベタなものなのだが、それを辛気くさくも暑苦しくも感じさせず、ただただ爽やかである。まゆゆこと渡辺麻友ちゃんをはじめとする各メンバーのソロパートが続いた後、ユニゾンで歌われるサビ部分の浮遊感が良い。効果的に使われたストリングスの音色が、気持ちを胸躍る夏の気流に乗せて昇りつめるような高揚感がある。

カップリングの1曲目は、「走り隊 GO! GO! GO!」。打って変って疾走感溢れるロック・チューン。この理由なきエネルギーの放出が眩しすぎる。我々がアイドルやポップ音楽に求めるものとは、とどのつまりはこれなのだろう。ああ、若いって素晴らしいな。この曲は渡り廊下走り隊自身のテーマソング的な意味合いもあり、「たかがアイドル されどアイドル 私たちにも意地がある」と歌われている。秋元康氏が四半世紀前に書いた小泉今日子の「なんてったってアイドル」を思い起こされるメタアイドル曲のようでもあるが、あれはファンの前では笑顔を振りまきつつも、陰ではちゃんと男の子とヨロシクやっているという、アイドルという職業を皮肉っぽく歌っている部分があった。それが、当時の新人類たちを欲望させはしたのだが、同じ秋元康氏によって書かれてはいるものの、こちらはそんな小難しくてかったるいことはもうどうでも良いという感じ。

そして、まゆゆこと渡辺麻友ちゃんのソロ曲、その名も「軟体恋愛クラゲっ娘」。タイトルからして早くも期待させる訳だが、テクノ歌謡風イントロに続く歌い出しを聴いて、またしてもデジャ・ヴに眩暈がした。これまた小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」の「純情・愛情・過剰に異常」ではないか。1984年秋にリリースされ、オリコン第一位を記録したこの曲は、電子音を効果的に取り入れたいわゆるテクノ歌謡と呼ばれるものに分類することができる。アイドルのレコードでありながら、ダンス音楽市場向けの12インチ・シングルもリリースされたのだが、KYON2名義で発表されたそれは、限定盤であったことから、一時期中古市場で高値で取引されていたこともある。

アイドルサイボーグというかCGというか二次元的な魅力を持つまゆゆこと渡辺麻友ちゃんに、リアルな男の子との恋愛を歌わせてみたらこうなったという実験作のようでもあるのだが、究極のアイドル声ともいうべきまゆゆの声は本当に面白い素材だと改めて思った。前述のテクノ歌謡的な要素やソウルフルな女声コーラスといった音楽的な面白さもあり、かつ、正統派アイドル声で歌われる「体はグニャグニャ 軟体ガール」などというコピー的な歌詞、その後の「はぁ~」という脱力モード全開のため息など、実に面白い。

それぞれ異なったタイプでありながらいずれも魅力的な3つの楽曲が楽しめる、素晴らしいシングルである。さらにあの可愛いPVが高画質で収録されたDVDが付いているのだ。最高である。

今週はまゆゆこと渡辺麻友ちゃんが週刊アスキーの表紙になっていたり、新たに二人のメンバーを加えたラジオ限定ユニット・渡り廊下走り隊7のレギュラー番組が発表されたり、セブンイレブンに行けばAKB48とのコラボ商品が展開されていたり、それにちなんだブログがアメーバで始まったりと、話題も多くて、実に楽しいことになっている。

このシングルを聴いて、やはりまゆゆこと渡辺麻友ちゃんは面白いなと思ってしまった訳だが、それはヴォーカルだとか見た目だとかいう、きわめて表層的な部分の魅力である。ブログもとても楽しく読ませてもらっているのだが、好きなアニメのことを書いていたり、よく意味が分かっているのかどうか定かではないのだが、男性同士の同性愛を表すさいに用いられるネットスラング「アッーー!」が用いられていたり、なかなか面白い。しかし、もっと深い部分での人間的な魅力を探ってみたいとか、妄想して楽しもうという欲求はほとんど喚起しない。

知っている方は知っているように、私は数か月前まで主にそういった内面を深く気持ち悪く妄想するような種類の活動をおもにしていて、デッド・エンド(出口なし)に突き当たった経緯がある。そこでリハビリのようなつもりで、軽い気持ちで追いはじめたのが、「神曲たち」を出したばかりのAKB48だった訳だ。そういう意味でも、まゆゆこと渡辺麻友ちゃんの特性というのは、実に願ったりかなったりなのではないかという気がするのだ。

さて、内面を深く掘り下げて妄想するような作業にはもううんざりであり、とにかく表層的で行こうというのが今の気分な訳だが、究極の表層といえば、直に本人を目の当たりにすることであろう。という訳で、予定ではあと数時間後に、私は現実のまゆゆこと渡辺麻友ちゃんら渡り廊下走り隊のみなさんと対面し、ミニライヴを見たり握手をしたりすることになっている。あんなにも深く思って妄想しても起こり得なかったことが、ほぼ自動的かとも思える簡単さでもう起きてしまう。このあたりの表層的なスピード感が感動的である。

まさに、今の気分は走り隊GO! GO! GO!、という感じで。

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