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2010年8月

2010年8月31日 (火)

どこか遠く連れ去ってしまいたい夏の終わり。

八月も残すところあと一日ということで、もう本格的にこれから夏もどんどん終わっていくのだなと思うと憂鬱なことこの上ないのだが、そんなわけで夏の終わりを惜しむような曲を開き直って満喫しようなどという気分にもなろうというものだ。

おニャン子クラブ「夏休みは終わらない」の動画を探して「夕やけニャンニャン」で歌っている場面を久しぶりに見て観たのだが、TVサイズだとあの「入り江の場所の秘密の場所で叱られている花火を試したね マッチ擦るたびに君の横顔 大人になっていくようで」の部分だとかブリッジの「恋はまるで忘れられたパラソルみたい」がカットされていて残念である。あの近辺の年だと松本伊代の「ポニーテイルは結ばない」、というか歌詞の内容は長い髪を切るのでポニーテイルはもう結べないというものなのだが、あの曲が収録された「センチメンタル・ダンス・クラブ」は本当によく聴いた。まさに夏の終わりがテーマのコンセプトアルバムだ。アイドルとしての旬はとうに過ぎ、戸板女子短期大学在学中にリリースされたこの作品はあまり話題にもなっていなかったし、たいして売れていなかったような気がする。翌年夏のツアーでは厚木市民文化会館と渋谷公会堂に行ったのだが、タイトルが「やっぱりいよちゃん」とかいうもので、確か秋元康がプロデュースしていた。帰りにタワーレコードでスティーヴ・ウィンウッドの「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」とザ・スミスの「クィーン・イズ・デッド」のLPを買って帰った。

また、こっちは大ヒットしたサザンオールスターズの「Melody」、これは「いい女にはまた夏がまた来る」の歌詞で有名だが、サザンオールスターズといえば「夏をあきらめて」とかタイトルだけで圧勝だといえる。

同じ年にはRCサクセションのギタリスト、チャボこと仲井戸麗市の初ソロ・アルバム、「THE仲井戸麗市BOOK」もリリースされた。8月に西武球場で開催されたRCサクセションのライヴでは、発売に先がけて、このアルバムから「One Night Blues」が披露されたが、そのあまりにブルージィーな内容に驚かされた。「大礒まで逃げられりゃ逃げ切れるはずなのに 久里浜年少ワンナイトブルース」という歌詞を聴きとることができた。

アルバムは8月31日に発売され、巣鴨のDISC510こと後藤楽器店ですぐに購入した。音楽性は紛れもなくロックだが、歌詞の世界観などはひじょうに内省的であり、かつアットホームなところがひじょうに好みであった。最近、Mr.Childrenの櫻井和寿らによるBank Bandがこのアルバムに収録されていた「月夜のハイウェイドライブ」をカバーしていた。「早く帰りたいPartⅡ」なる曲も収録されていて、この辺りは道重さゆみちゃんの基本姿勢にも通じる部分があり好ましい、というのはさすがにこじつけである。この曲には忌野清志郎もコーラスで参加している。この次の曲が「My Home」というタイトルで、「Bye Bye 世の中、Hello Sweet My Home」という素晴らしい内容である。

さて、こんな話題を時系列でしているといちいちキリがないのだが、これら個人的な夏の終わりに聴きたい曲たちに新たな一曲が加わった(モーニング娘。の「秋麗」はもう少し日数が経ってからであり、渡辺満里奈「深呼吸して」のちょいと後ぐらいに聴きたい。うしろゆびさされ組「渚の『...』は今ぐらいでちょうどいいが)。それは、Base Ball Bearの「Transfer Girl」である。先週、配信限定でリリースされた最新シングル的な位置づけの曲である。

今年に入ってからライヴ・アルバムとDVDの発売があり、それから配信限定で「Kimono-Me」、「クチビル・ディテクティヴ」という2曲の新曲が発表されていた。これまでの作品と比べ、より実験色が濃いように思われたが、外部のアーティストとのコラボレーションということだった。サカナクションなる若者に絶大な人気のバンドのメンバーらとの共同ワークなどもあったのだが、いかんせん昨今の日本のロックにはとんと疎い私にはさっぱり分からんかった。バンドの意欲的な進化と成長という部分で興味深い動きではあったのだが、やはり青春だとかナツいねだとかいったタームでこのバンドに引きつけられた私としては、これもいいんだがもっと直球路線での新曲が聴きたいの、という気分もあったわけである。

それで、この「Transfer Girl」なんだが、まさに初聴でガッツポーズといったまさに私好みの内容であった。かといって従来の路線と何ら変わらないということなのかというとそんなことはなく、まずイントロがダフト・パンクの「ワン・モア・タイム」みたいなスペイシーな感じで、ちょいとこれまでとは違った風味がある。そして、印象的なギターのリフ、これがもう王道というかキラキラしていてかつ切なさ満載で最高なのである。そして、「神様、あの娘をつくったことは正解だね」ではじまる青春でナツいベボベワールドが展開するわけだが、「36.5度の同じ血が」という歌詞の後、関根史織嬢の「流れてた~」の浮遊感溢れる包みこむようなコーラスの中毒性が個人的にはハンパない。

このBase Ball Bearというバンドは結成してから大分経つのだが、私が初めてちゃんと聴いたのはほんの一年前のことだ。というか、昨今の日本のロックにはとんと疎くなってしまい、たまに新しいものを聴いたとしてもまったくピンとこなくなってしまい、これはもうこのジャンルに関しては現役引退☆カナなどと思っていたわけである。

きっかけは例によってモ娘(狼)板なんだが、ニュー・アルバムのCMにBerryz工房の熊井友理奈ちゃんが起用されているということを知って、少しだけ気に留めた。しかし、なんというかイケてるロキノン系バンドがサブカル的に韜晦的にアイドルなんかを起用してみちゃったりなんかして、といったいけすかないなんちゃって路線を想像してもいたのだ。しかし、CMの内容は素晴らしく、また、フロントマンである小出祐介がガチのBerryz工房ファンであるということを知って、俄然印象がよくなった。そして、プロデューサーの玉井健二がこのバンドについて出していたコメントの中で、「妄想バンザイ」だとか「プリンス、岡村、BBB」だとかいう部分にひじょうに興味を持った。

九月はじめに大阪に行って、ホテルで少し早く目を覚ましてしまったがまだちょっと寝ていたいので何か音楽でも聴こうかと思った。当時、今は無きNapsterという定額制音楽配信サービスの会員になっていて、そのニューリリースに発売されたばかりのアルバム「(WHAT'S THE) LOVE & POP?」が追加されていた。他に聴くものもないしこれでも聴くかという感じで流しながらベッドで横になっていたら、何だか音楽性がすごく自分好みなのだ。聞くところによると、ライヴのオープニングでXTCを流したりポリスに影響を受けたりというバンドらしく、この辺りが原因なのかなと思ったりもした。シャワーを浴びた後で、これはもう一回聴いてみようと思って、携帯電話機に音楽データをインポートした。

それでホテルから駅まで歩いている間に「changes」の歌詞に魅かれ、それから「神々LOOKS YOU」「LOVE LETTER FROM HEART BEAT」「ホワイトワイライト」と続き、それを地下鉄の中で聴きながら、いよいよこれは本格的に好きだぞと思いはじめ、降りた駅構内で「BREEEEZE GIRL」を聴き、夏、青春というまさに私の好きな世界観に興奮、出口を迷ったりしながら「LOVE MATHEMATICS」で、なかなか音楽性も多彩だなと唸り、地上に出て大阪天満宮あたりで「SIMAITAI」、その妄想炸裂状態の歌詞に、なるほど、だから「プリンス、岡村、BBB」なのかと納得し、天神橋筋商店街を歩きながら「海になりたいpart.2」「レモンスカッシュ感覚」「ラブ&ポップ」、これで完全にファンになった。それからずっとリピートして聴き続けていた。なんばの無印良品と同じビルのタワーレコードのPOPで姿かたちを確認したり、baseよしもとの近くのブックファーストでロッキングオンJAPANのインタヴューを立ち読みしたりして、情報収集をした。帰りの新幹線でもWikipediaで調べたりYouTubeでPVを見たりという感じで、一日にしてすっかり夢中になってしまったわけである。

「プリンス、岡村、BBB」という玉井健二のコメントになぜそれほど興味を持ったかというと、プリンスと岡村靖幸といえば、私が歴代好きなアーティストトップ10に間違いなく両者ともランクインすること間違いないぐらいに好きだからである。共にコンプレックスだとか妄想だとかがベースにあり、過剰なコミュニケーション欲求ゆえの独特な世界観を構築している。「Transfer Girl」は、岡村靖幸のいくつかの青春ソングに近いテイストもあり、なかなか興味深い。しかし、岡村靖幸とBase Ball Bearとでは世代も音楽スタイルも異なっており、当の本人に意識している部分はあるのかと思っていたのだが、いつかの小出祐介のTwitterで誰かの曲をカバーするとすれば岡村ちゃん、みたいなことを呟いていた。先輩で年上のアーティストをちゃん付けとは何たるかとかという部分にはまったく問題はなく、岡村靖幸のことをファンは岡村ちゃんと呼ぶことが昔から通例となっている。

Base Ball Bearは今年発表した3曲の新曲も収録したニュー・アルバムのリリースを予定しているということなのだが、9月29日、「CYPRESS GIRLS」「DETICTIVE BOYS」のコンセプト・アルバム2枚同時発売らしい。これは楽しみだ。そして、今回、「Transfer Girl」のことを調べていて初めて知ったのだが、Base Ball Bearはこの新作に関する情報や最新映像を随時You Tubeのチャンネルで発信しているようで、これはなかなか面白いと思った。未リリースのアルバム収録曲も一部ここで公開したりしている。まだ少ししか見ていないが、なかなか見どころもあり、個人的には「BAND GIRLS SPIRAL DAYS」での食事する関根史織や「クチビル・ディテクティヴ」での前髪パッツンな関根史織などがそれにあたる。というか、お前ただの関根ヲタじゃねえのか馬鹿やろうこの野郎というツッコミは徹底的に回避していきたい。

2010年8月30日 (月)

夏休みは終わらない。

先日、iPhoneであるハロプロファンの方のブログを読もうとしたら、意外にもおニャン子クラブが取り上げられていて、テンションが上がった。

おそらくリアルタイムで体験された世代ではないのではないかという気がするのだが、それゆえともいえる視点が新鮮でもあった。

ちょうどこのぐらいの季節というのは、おニャン子クラブの「夏休みは終わらない」という曲が脳内リフレインするわ
けだが、この曲は本当に好きだ。

同じく秋元康が詞を書いたAKB48の「ポニーテールとシュシュ」が夏を前にした高揚感をうまく表現したポップチューンだとするならば、夏の終わりはやはりこれである。全くの余談としては、ポニーテール繋がりで、松本伊代の「ポニーテイルは結ばない」という夏の終わりの名曲もあるのだが。

AKB48といえば今年の24時間テレビのメインパーソナリティーを務めたとかで、朝の方には道重さゆみちゃん達も出演し、一部の人達にとっては夢の共演が実現したわけだ。私は見られる状況ではなかったわけだが、道重さゆみちゃんのブログでおそらく初めてちゃんとAKB48という文字が見られて、感無量であった。それ以前にも何やら高まっている感じの表現があり、なかなか微笑ましかった。

AKB48は新曲の「ヘビーローテーション」もすごく売れているみたいだが、発売当日あたりのiTunesのランキングでは、この曲が第一位の他に前作「ポニーテールとシュシュ」もずっとトップ10圏内を保持していて、さらにはカップリングの「ラッキーセブン」と「野菜しスターズ」も含め、上位10曲中4曲を占めるという盛り上がりだった。

会社の人達と久々にカラオケに行っても、別にアイドルに詳しいわけでもない人が普通に「ヘビーローテーション」を歌っていたりする。しかし、「ポニーテールとシュシュ」や「桜の栞」の本人出演のビデオを見て、その感想が完全にサラリーマンが女子高生に対して抱きがちな性的なものであり、それにひどく憤慨したのであった。頭にきたので、「走り隊GO!GO!GO!」とか「大声ダイヤモンド」とか「涙サプライズ!」とかを歌っておいた。

それはさておき、AKB48については「ポニーテールとシュシュ」で初めてCDを買い、それからiTunesで「神曲たち」を買ったりという、いわゆるポニシュ新規の私ではあるが、「ヘビーローテーション」は買っていない。PVが何かケバケバしい感じであまり好きではなかったのと、何といっても今回は総選挙というお祭りがないことが、購買意欲を削いだといえる。

「AKBINGO!」は相変わらず楽しく見ているのだが、結局のとこと、このようにきわめてライトに楽しんでいる。現在形のポップグループとしては間違いなくすごく面白い。大好きである。

個人的には道重さゆみちゃんがスッポリと抜けた穴を埋めるかのようなタイミングでAKB48が始まったので、ひじょうに盛り上がったわけだが、スレッドの人達に道重さゆみちゃんに対する当てつけだとか指摘されたりして、何だそうなのかよくだらねえとか思ったりした。

堅苦しいことを考えたり無理をせずに気楽に楽しみたいなと思った時に、お手軽かつ良質なエンターテイメントというのは、かなり良いものだ。しかし、それだけではやはり何か足りないと思ってしまったりもする。道重さゆみちゃんというのは、つまり純文学なのかなと思った。

ところで、夏もそろそろ終わりのようだ。夏が大好きな人間にとっては、毎年ひじょうにテンションが下がる。暑い暑いと言いながらも、けして暑いのが嫌いではないし、むしろ太陽の恵みを満喫しようと用もないのにわざわざ外に出たりもする。嫁などに言わせると、この神経がまったく理解できないらしく、早く涼しくならないかと、そんなことばかり言っている。

さて、二十数年前の話だ。何かが変わりそうな予感はどうやら幻だったようだと気づきはじめたその夏は、札幌の友人の家を泊まり歩いていた。高校の同級生の中で、嘘か本当か知らないけれど私のことが一番好きだと言ってくれていたらしい女の子に、それを知っていながら、何度も手紙を書いたり電話をしたりしていた。水商売のアルバイトをしていることは知っていたが、会ってみて、もう何もかもが変わってしまったんだということを痛感させられた。

雑居ビルの中にあるお酒を飲むお店で、慣れた手つきでカクテルをつくる彼女、街は真夜中も眠らず、スーパーでありふれた食料を買い込んで、友人の部屋へ行った。深夜はアルバイトをしていて、ここ数日間は自由に出入りしていた。騒いでいると友人が帰ってきて、目を丸くした。その時にはなぜか別の女の子も来ていて、アルコールと化粧品の匂いで気分が悪くなった。洗面所で嘔吐したが、それでも頭の芯が鈍く痛い。安っぽい。すべてが安っぽい。

店を出た時に、半袖の腕に初めて夜風が冷たく感じた。こんなふうにくだらないまま夏が終わるぐらいなら、いっそのこと酔っ払って暴れ狂った方がまだマシだ。そんなふうにして友人の部屋に誘った。それがほんの数時間前のことだ。友人の部屋からは、数日前に男性の全裸写真が多数発見されていた。何を話しているか分からない会話が一つの音として頭の中で反響し、涙目で眺めるテレビでは、マドンナの「パパ・ドント・プリーチ」が流れていた。

翌日の夕方近く、友人はアルバイトに行く準備をしている。もういつまでもここにいるわけにはいかず、「明日帰るわ」というと、流し台の背中越しに「うん」と答えが帰ってきた。部屋はきれいに片付いていて、私が散らかしていた雑誌や本、原稿用紙と筆記具もきれいに整頓されていた。テレビでは「夕やけニャンニャン」が流れ、おニャン子クラブが「夏休みは終わらない」を歌っていた。

花火をする恋人の横顔が大人びていくいくような気がしたり、赤いウォーターメロンを頬ばりながら厚いドリルを片付けた夏もやがて終わりを告げ、古いラジオでは次の台風が北上することを伝えている。しかし、今も心の中で、夏休みは終わってはいないという、そのような曲だった。

この曲の歌い出しは「走るバスの窓から君は身を乗り出し ずっと手を振りながら何か叫び続ける」だが、これから二十数年後に発表されたAKB48の「大声ダイヤモンド」は、「走り出すバス追いかけて 僕は君に伝えたかった」ではじまる。あと、「古いラジオ」といえば、先日の道重さゆみちゃんの熱海旅行ブログでピックアップされていたあれを思い出さずにはいられない。いろいろとつながって楽しいものだ。

2010年8月29日 (日)

今夜もうさちゃんピース#199(2010年8月28日)。

【オープニング】

こんばんは、モーニング娘。道重さゆみです。
はい、ではさっそくなんですけど、一通読みたいと思います。
えー、三重県のうさちゃんネーム、ひまわりさんからです。ありがとうございます。

さゆみん、こんばんは。 8月8日の夏のハロプロのコンサートで亀井絵里、ジュンジュン、リンリンのモーニング娘。とハロプロの卒業が発表されましたね。そこで質問なのですが、さゆみんは亀井絵里ちゃん、ジュンジュン、リンリンの卒業を初めて聞いた時はどうでしたか?ぜひ教えてください

そうですね、たぶんもうファンのみなさんの、その、まあ、つんく♂さんがこの時はステージにわざわざ出てくださって、発表したんですけど、あの、ジュンジュンって言った時もどよめいて、で、リンリンって言って、まあ...まあ、ジュンジュンが来たらリンリンだろうなっていうのは想像ついたと思うんですけど、その後の亀井絵里って言った時のファンの人の、その、もうどよめきがすごくて、なんかもう...さゆみも、だから、そのファンの人と同じ気持ちだと思うんですね、きっと。初めて聞いた時は、もうすごいびっくりして、まあ、ファンの人ほど、あの、どよめきは自分から声は発しなかったんですけど、まあ、とりあえずびっくりが一番と、あとはまあまあよくよく冷静に考えると、普通にもう単純にさみしいとか、まあ、悲しいっていう気持ちがやっぱ一番ですね。


特に、あの、亀井絵里ちゃんとは本当にいっつも一緒で、こう、まあ、六期メンバーで同期っていうのもあったし、あとはもう本当に、なんかウマが合うというか、本当に仲いいんですよ。なので、そんな絵里が毎日一緒だし、こう、お仕事じゃなくても、なんか、プライベートとかでも遊んでるので、まあ、その、モーニング娘。卒業してからもプライベートでは遊びたいと思うし、たぶん普通に遊ぶと思うんですけど、でも、そんな毎日いつでも隣にいる絵里がいなくなる...四ヶ月後には毎日一緒じゃなくなるって思うと、なんか想像つかないっていうか、すごい不思議な感覚で...だからいまだに実感も湧かないし、ジュンジュン、リンリンだって、こうなんかモーニング娘。にいて当たり前な存在なんですよ、いつの間にか。なんか初めは、やっぱ中国語だし、なんかもう言葉の壁とかもあって、なんかどうやって接しようとか、たぶんジュンジュン、リンリンも、こう、なんか、どうやってとけこめばいいんだろうっていうその、なんか、ちょっと一歩後ろに下がってる部分もあったと思うんですけど、もういつの間にかもう三人とも、なんかムードメーカーみたいな存在なんですね、基本。特にリンリンと絵里はそうなんですよ。ムードメーカー的な、リンリンがいたら、こうなんか輪がなんか明るくなるし、絵里がいたらすごい、なんか、穏やかムードになるし、で、ジュンジュンはもうすごいお世話をしてくれるので、れいなとかも頼ってたと思うし、なんか、そんな、なんかモーニング娘。のその土台となっていた三人がいなくなるって思うと、なんか、自分の精神面も不安だし、モーニング娘。自体も、これからどうなるんだろうっていう不安と、まあ期待ももちろんあるんですね。変化することはすごいいいことだとは思うので。まあ、でも、本当に、ジュンジュン、リンリンは、まあ、留学生っていう形でモーニング娘。にいたので、まあ、そこは受け入れつつ、

道重さゆみ。

iPhoneはパソコンと同様にインターネットのお気に入りのページへのショートカットをデスクトップに置いて、即座に開くことができるようになっているのだが、道重さゆみちゃんがGREEでやっているブログもそのようにして読んでいる。しかし、それはつい数日前からのことだ。

自室にてフードを被ったり何やら考えごとをしていたり、そんな写真を眺めていて、やはりこの子の魅力というのとは唯一無二だなと、熱心なファンだった頃を懐かしく思った。つい数ヶ月前までのことなのだが、随分と昔のような気もする。

iPhoneの画面をつまんで、写真を引き伸ばしたり縮めたりしてみた。本当に可愛い。こんなに可愛い女の子は他にどこにもいない。

先日、路上にて可愛い女性に偶然出くわした。ここ数ヶ月の間、通りや電車の中などで何度か見かけてはいたのだが、直接的な関係も無くなった今、声をかけられても迷惑だろうと思い、気付かないふりをしていた。数週間前に職場に来て、少しだけ話をして、やはり楽しいなと思ったのだが、仕事中でもあったため、自粛せざるをえなかった。最後に彼女がフラれたと言っていたのがとても気がかりだった。

そんな彼女と偶然に会い、結果的に路上で二時間も話し込んでしまった。彼女がフラれたという話の詳細と、それについての見解という外部から見るときわめてどうでもいい話である。

彼女と出会った頃、あるバンドの熱心なファンであるという部分で、ひじょうに話が盛り上がった。地方のライヴなどにも行き、メンバーやスタッフから認知される程だという。そして、メンバーの一人のことをとても好きだということだった。まさに生活がそれ中心にになっている。

ところが最近、自分が相手にとってはただのファンに過ぎないのだということを気づかざるをえないような件があり、また、最近はバンドの音楽性にも疑問を持っているため、以前としてライヴには欠かさず行っているが、全然楽しくはなく、他のファンにも聞こえるように文句を言ったりもしている状態だという。

私はもちろん彼女側に立って話を聞いていたのだが、これをアイドルヲタクに例えるならば、いわゆる迷惑ヲタと呼ばれる種類の人達だな、と思った。現に私にも身に覚えがあるし、そういう状態というのは自分自身にとっても健全ではないし、相手や他のファンも不愉快にするし、全くもって誰も得する人がいないのだ。しかし、頭では分かってはいるものの、思い入れが強く、ある面で精神的に依存していたりすると、なかなかその循環から抜け出すことができない。

私の場合はそれ以前にそのタイプのいわゆるヲタの存在を苦々しく感じ、批判をしていたため、いざ自分がそれに近い状態になった時には、さっさと撤退するという決断を下すことができた。いや、言うほど楽だったわけではないが。

それでも、一旦撤退を宣言した後、その空白を埋め合わせるように、他のもので間に合わせようとしたが、その真実、自分自身でも騙し騙しやっていたことがいとも簡単に見破られると、それをきっかけとして、熱が急速に冷めてしまった。

そんな経緯が自分自身にもあったから、この辺りを客観的に話し、結果的に彼女を泣かせてしまった。本当にどうしようもないね、まったく。少し距離を置いてみるといいんじゃないか、なんて言ってみたりして、何を偉そうに。

結局、宗教とか熱心なヲタっていうのは、自分自身の足りない部分を誰かを熱心に愛したり崇拝することによって同一化し、あたかも自分がその一部になったかのように錯覚して、何とか自我を保っているというか、そんなような構造なのではないか。

私が道重さゆみちゃんのことを本格的に知ってのめり込んだ頃のことを思うと、本当に無意識に魂の救済のようなものを求めていたような気がする。

とにかく幻のような何だかよく分からないが、ここではないどこかにある何物かを漠然と求め、それはおそらく肥大化した自我の充足というこよだったと思うのだが、何をやってもそれを得ることが出来ず、ならばいっそのことすっかり諦めて、この世はくだらんとすれっからして不承不承死ぬまで生きていこうじゃないかという、そんな感じだったように思う。

道重さゆみちゃんと出会うことにより、私の中に圧倒的な肯定感というものがよみがえり、その真実を解き明かそうと求め続ける中で、家族だとか地元、自分の過去や周囲の人達を大切にするというきわめてシンプルなことに気づかされた。

そこにあった感情とはアイドルに対してファンが抱きがちな疑似恋愛感情だとか萌えといったものとは一線を画し、まさに宗教的熱狂とも呼べる種類のものだった。あら危ない。

そして、それはクラッシュするべくしてしたといえる。本当の原因はともあれ、いずれそうなるべく宿命づけられていたのだろう。これでよかったのだ。

毎年、夏には聖地巡礼という企画を敢行していて、それは道重さゆみちゃんゆかりの地を訪れてみるというものだった。実は夏だけではなく、四ヶ月おきぐらいにコンスタントに行っていたのだが、今年はもうやめたし、今後ももうやらない可能性が高い。その代わりに、自分が生まれ育った場所だとか、近い人達との関係をもっとちゃんとやっていこうと思った。

かつて、道重さゆみちゃんになりたいと書いたが、そこに偽りはなかった。本当に本気で憧れていたのだ。しかし、私は道重さゆみちゃんではない。次に、自分は自分にとっての道重さゆみちゃんを生きようと思った。だから、結局、これでよかったのだろう。

もう道重さゆみちゃんに依存もしていなければ、そこに宗教的熱狂も無い。ラジオを聴くのもやめて、テレビも見なくなったけれど、全然平気だ。おそらくもう大丈夫だろう。事務所やメンバーがどうだとかヲタがどうだとかも、もはや関係ない。道重さゆみちゃんというかつてすごく好きだった女の子がいて、その子のことが今でも好きだと思えるという、その事実がただあるだけ。そう、本当にそれだけだ。それがすごくいい。

2010年8月28日 (土)

夏休みは終わらない。

iPhoneでSafariのブックマークからあるブログサービスを選択し、やがてページが表示された。お気に入り登録しているブログの更新一覧が表示される。私がいまも読み続けているあるハロプロファンの方のブログが更新されていて、しかもおニャン子クラブのことを書かれている。この方のブログはアイドルのことをメインにしていながら、いわゆるヲタクっぽさが一切なく、また、内容もひじょうに私好みであるため、ハロプロ全般に対する興味関心がすっかり失せてしまった現在でも、こまめにチェックしている。

また、ハロプロ全般に対する興味関心がすっかり失せてしまったとはいっても、道重さゆみちゃんはやはり唯一無比の存在であり、その素晴らしさが離れてしまったからこそ尚のこと実感ができる昨今である。最近、いろいろと悩んだり考えたりされているようなのだが、それについても勝手に妄想したりはしているのだが、これについてはそのうちこっそりと書いておきたいと思う。

この間、久々にiPhoneのココログアプリからブログを更新したのだが、そしたらコメントを受け付ける設定のままにしてしまい、1件のコメントをいただいたのだが、2、3ヶ月前に道重さゆみちゃんのファンになり、いろいろ調べているうちにここに行き着いたという。ありがたいことだ。

このハロプロファンの方によるお気に入りブログだが、これまで読んできた経験からいうと、おそらくおニャン子クラブにはそれほど思い入れがないという印象であった。というか、おそらくリアルタイムでは体験されていないのだろう。コメントや本文でおニャン子関連の単語が出ることはあったが、それについて深く語られるということは無かったような気がする。

おニャン子クラブの「お先に失礼」と高井麻巳子の「メロディー」が取り上げられていたのだが、なかなか新鮮な見方をされていて面白かった。

私は特におニャン子クラブが好きだったのかというとそんなことはなく、ただただ当時の流行歌や人気アイドルグループとして、きわめてライトに消費していたに過ぎない。レコードはグループとしてのものは「セーラー服を脱がさないで」のシングルしか買っていないし、他にソロのシングルを何枚か買っただけである。コンサートやイベントにも一切行っていない。「夕やけニャンニャン」は、オープニングテーマがチェッカーズの「あの娘とスキャンダル」だった頃から見ていたが、たまたま暇すぎたからという理由でしかない。

以前、大槻ケンヂがかつてのアイドル達にインタビューしたものをまとめた本を立ち読みしたことがあるのだが、それによると、当時、浪人生でひじょうにダメな生活を送っていたということなのだが、「夕やけニャンニャン」を見ることだけが楽しみで、大学に合格すればテレビに映っているおニャン子みたいな可愛い女の子と仲よくなれるかもしれないということだけを動機づけにしていたらしい。

そもそも女子大生ブームやとんねるずのブレイクのきっかけとなった「オールナイトフジ」の高校生版のような感じでスタートした「夕やけニャンニャン」だが、これだけの人気を得る目算があったのだろうか。「セーラー服を脱がさないで」でのレコードデビューが決まり、そのイベントが池袋サンシャインシティの噴水広場で予定されていたのだが、当日になって予想を遥かに上回る人数が集まったために、中止になるというハプニングがあった。

その年から翌年にかけてはソロやスピンオフユニットによる作品が次々とリリースされ、新田恵利「冬のオペラグラス」、国生さゆり「バレンタインキッス」、うしろゆびさされ組「バナナの涙」、河合その子「青いスタスィオン」など、名曲揃いである。また、吉沢秋絵「季節はずれの恋」のカップリングには、おニャン子クラブメンバー全員の自己紹介ソング「会員番号の唄」が収録され、大いに盛り上がった。尺が長いために、A面は45回転なのに、B面のこの曲は33回転で再生しなければならなかった。モーニング娘。「女子かしまし物語」やAKB48チームB「チームB推し」を初めて聴いた時、即座にこの曲のことを思い出した。

おニャン子クラブや関連作品がオリコンチャートを席巻する中、従来の正統派アイドルは苦戦を強いられた。そんな折、ある悲しい事件が起こった。

2010年8月25日 (水)

影絵の街・あやふやな季節。

「知りたいことはすぐ分かる 電子の図書館に繋げば」とはいとうせいこうの歴史的名盤「MESS/AGE」の中のワンフレーズだが、この作品が発表されてから約二十年、インターネットはまさにこの「電子の図書館」だといえる。

かつてのあやふやな記憶の断片をインターネットで検索し、その結果、ああなるほど、あれはこうなっていたのか、などと思うことは多々ある。

とはいえ、インターネットで検索すれどもさっぱり手がかりが掴めないという案件も、けして少なくはない。

たとえば1970年代終わりか80年代初めぐらいに北海道のAMラジオでよく聴いた覚えがある「バイバイ青春」とか「バイバイ札幌」とかいう感じの曲である。

曲調は当時流行していたニューミュージック調で、やや線が細い感じの男性ボーカルであった。歌詞の内容は、懐かしい街、札幌へ来てかつての思い出をたどってみたが、バスの窓から見える景色は何も変わっていないものの、かつての恋人の香りや面影は、見ずに落とした絵の具のように少しずつ薄れていき、やがて消えていくのだろうといった感じのものだった。

高校時代、長い休みにはよく高速バスに乗って札幌へ行った。親戚の家に泊めてもらい、タワーレコードで輸入盤のレコードをたくさん買ったりしていた。バスが札幌に近づく度に、この曲のことを思い出した。

幼い頃は小さな町を2、3年毎に引越ししていたため、都会については自分から遠く離れた別世界だと思っていた。たまに祖父の家に遊びに行っていた旭川ですら、とんでもない大都会に思えた。まず人が多いし、建物が高い。そして、下りのエスカレーターである。あれは怖かった。足を出すタイミングが分からず、また落下への恐怖もあり、確か10才ぐらいまで乗れなかったような記憶がある。デパートの地下にあった色々なキャンディーを袋に詰めるやつは、とても楽しい思い出として残っている。

都会に興味を持ちはじめたのは、小学校五年で旭川に引っ越してからだった。AMラジオを夜遅くまで聴くようになった。鈴木ヒロミツがやっていたロッテリア提供の番組があり、その中で札幌地下街の名称であるオーロラタウンだとかポールタウンだとかというのを聴いて、どんなに素敵な場所なのだろうと妄想をふくらませた。

そのうち、叔母が結婚し、札幌に住むようになった。相手の男性はとても面白い人で、すぐに私と弟の気に入った。一緒にプラモデルを買いに行ったりプロ野球の話をしたり、私が中学生になって洋楽を聴くようになると、音楽の話もよくするようになった。

一番古い札幌の記憶は、中島公園の野外ステージで開催された新人歌手の祭典のようなものを見に行った時で、確か石野真子、石川ひとみ、太川陽介などが出演していたと思う。

中学生の頃、同じ学年にI君という友人がいて、日曜日など、お互いの家を行き来して、レコードを一緒に聴いたりしていた。私がロックやポップスを好んで聴いていたのに対し、I君はスティーヴィー・ワンダーなどのソウル・ミュージックやジャズなどを愛好していた。I君のお兄さんは札幌の大学に通っているということだったが、札幌にはタワーレコードなる何だかとてつもない輸入盤専門ショップがあると聞いていた。

旭川市内のミュージックショップ国原や玉光堂でも主に輸入盤を買うことが多かった当時の私は、これはいつか行っておかなくてはなるまいと思った。輸入盤は国内盤と比べて、何よりも値段が安い。そして、ビニールのシールドをはがしていく感覚だとか、独特の印刷の匂いなどが、よく分からない異国情緒をかきたてたりもした。

高校受験の合格が決まってすぐに、札幌の叔父の家に遊びに行った。そして、初めてタワーレコードというお店にも行ってみた。ビルの中にあり、それほど広いお店でもなかったが、こんなにたくさんの輸入盤レコードを見たことはそれまでに無く、とても感動した。

札幌駅には叔母とまだ幼かった従姉妹が迎えに来てくれて、駅前のESTAという商業施設の中のレストランで食事をした。「ESTAおめでとうフェア」という店内アナウンスが何度も流れ、その度に従姉妹は、「お母さん、おめでとうフェアだって」と繰り返していた。

タワーレコードでレコードを選ぶ間、叔母と従姉妹は同じビルの下の方の階にある喫茶店のような所にいたように記憶している。

現在のタワーレコードとは異なり、いわゆる邦楽は一切取り扱わず、洋楽も国内盤ではなく輸入盤だけを販売していた。日曜日の朝刊ぐらいの厚さの冊子のようなものがあり、全て英語だったのだが、それが無料で配られていて、さすがにアメリカは気前がいいなと意味もなく感動したりした。店内はまさにここだけ外国かと思わせるような雰囲気があり、その中にいることが刺激的であり、また、心地よくもあった。

当時はおそらくAORだとかニュー・ウェーヴだとかを聴くのが先端的洋楽ファンだったような気がするのだが、私は全米TOP40で人気のホール&オーツだとか、リリースされたばかりのリック・スプリングフィールドの新作だとかを買った。あと、後に全米第一位に輝いた「アイ・ラヴ・ロックンロール」が入ったジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツのLPも、この時に買ったのだと思う。何年も後になってから知ったのだが、タワーレコードの日本での第一号店は渋谷でも横浜でもなく、この札幌店だったらしい。黄色と赤のロゴマークが入った袋は、当時から変わっていない。現在、札幌市内にタワーレコードは数店舗あるということだが、いずれもこの頃の店舗とは別の場所にある。店舗が入っていた五番街ビルは現存しているようだ。

先にも述べたように、当時のタワーレコードではいわゆる邦楽を一切取り扱っていなかった。そのため、発売されたばかりの佐野元春、杉真理、大滝詠一による「ナイアガラ・トライアングルVol.2」のLPは、確か玉光堂で買ったのだった。輸入盤のLPレコードが一枚2200円ぐらいなのに対し、いわゆる邦楽LPの2800円は高いなと思った。

夜に仕事から帰って来た叔父にその話をすると大いに興味を持ったようで、次の日の仕事終わりに待ち合わせをして、一所にタワーレコードに行くことにした。叔父はサイモン&ガーファンクルの再結成ライブLPを買おうとしていたのだが、思っていたよりも価格が高かったようで、結局買わなかった。

同じ年に、何かの用事で家族で札幌に行ったことがあり、大通公園のテレビ塔の前で写真を撮ったような気がする。この時もタワーレコードに行ったのだが、そんなにも欲しいレコードが無い時期で、それほど好きだったわけでもないのに、ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニューズの「ピクチャー・ディス」、邦題「ベイエリアの風」の輸入盤などを買った。

それから、夏休みに同学年の女子と一緒に真駒内野外競技場で開催されたRCサクセションとサザンオールスターズのライブイベントを見に行ったり、高校卒業後は札幌の大学や短大に進学した友人も多かったため、大学一年の夏休みには、友人宅を泊まり歩いたりもしていた。

私が高校時代に編集発行していたミニコミ雑誌に寄稿もしてくれていたI君(先に述べたI君とは別人)の家にも随分とお世話になったのだが、一緒におニャン子クラブととんねるずの映画の二本立てなんていうのを観に行ったりもしていた。I君が深夜のバイトに行っている間に何か面白い読み物でもないものかと押し入れを漁っていたのだが、本の間から大量の男の子の全裸写真や美少年の切り抜きなどが出てきて気まずい思いをしたりした。

その夏に玉光堂で買った「NOW SUMMER」という二枚組コンピレーションLPは素晴らしかった。今日でも大のお気に入りであるアイズレー・ブラザーズ「サマー・ブリーズ」、ラヴィン・スプーンフル「サマー・イン・ザ・シティ」、スモール・フェイセズ「レイジー・サンデー」、キンクス「レイジー・アフタヌーン」などを、全てこれで初めて聴いた。

テレビから流れるおニャン子クラブの「夏休みは終わらない」が、楽しかった夏の終わりを予感させ、少し切なくなった。夜、待ち合わせ場所に行ってみると、高校時代の同級生で水商売のアルバイトをしているTさんは、まだ9月の初めだというのに、すでにジャケットを羽織っていた。半袖の腕に、風が初めて冷たいと感じ、こうして夏がまた終わっていくのかと、感傷的な気分になった。

それ以降、札幌の街を訪れたことは無かった、私にとって札幌とは都会であり、タワーレコードがある街だったため、上京してからは住んでいる東京がその役目を果たしていた。実家にもそのうちめっきり帰らなくなり、訪れるきっかけは次第により少なくなっていった。

祖父が亡くなった時にバスの乗り換えだけのために降りたことはあった。少し時間はあったのだが、地下街にあったココ山岡の女性店員に声をかけられ、一切買う気の無いダイヤモンドについての説明を長々と聞かされただけだ。それももう十五年以上も前の話になる。

北海道の味覚といえば札幌ラーメンやジンギスカンが挙げられる。最近ではスープカレーなども人気のようだが、私が住んでいた頃には聞いたことすら無かった。そんな中でも印象に残っているのは、焼とうきびである。

旭川の買物公園にワゴンが出ていて、よく買って食べたものだ。網で焼いたとうきびに、刷毛のようなもので砂糖醤油のようなものを塗っただけのものなのだが、これがひじょうに香ばしくて美味しい。ソウルフードだといっても過言ではない。

上京してからも居酒屋の北海道フェアのメニューになっているのを頼んでみたりしたこともあるのだが、どうも何かが違うのだ。味覚もそうなのだが、やはりあのワゴンで焼きたてのを買って、ハーモニカを吹くような格好で表で食べるのが良いのだ。

一昨年、実に十三年ぶりに旭川に帰省したわけだが、残念なことき、この焼とうきびのワゴンは買物公園から姿を消していた。オープンカフェのような、何だか小洒落た雰囲気になっていたのだ。この夏には期間限定で復活しているようである。

札幌の大通公園であれば、十月ぐらいまでいつでも焼とうきびが食べられるようだ。

今年も夏が終わろうとしているが、そのさびしさをぶっ飛ばすかのように、失いかけた強度のある記憶の断片を拾い集める作業は必要とされる。

道重さゆみちゃんがそれでもやはり私にとって重要な存在である理由とは、どんなに環境が変わろうとも、家族や地元といった自分自身の歴史を愛し、それに基づいて現在や未来を輝かせようとしている所だ。これは本当に尊敬に値する。諸事情があり、一時期に比べると著しく心が離れ、また、あの頃の感じに戻ることは二度と無いとしても、やはり先日の熱海や山口のブログのように、私に正しさを教えてくれる存在は、道重さゆみちゃん以外に存在しえないのではないかという気がした。

この夏は自分が生きる上での現時点のある種の結論を出してみようじゃないかということで、青春のフラッグを大きく振りながら渡り廊下走っていたわけだが、いい感じで心身ともにダメになりかけたり、再び持ち直したりといったことを繰り返している。一段落したならば、一度大まかな整理が必要だろう。

その予定はだいたい立ってきたので、あとはその結果、どう行くかということだろう。いずれにしても、人生は続いていく。

2010年8月20日 (金)

最微粒子ハート飛ばして変わらないよ"love you"Oh!

道重さゆみちゃんは母、姉との熱海旅行を終えた後、残りの休日を利用して、地元の山口県に帰省してきたようだ。その様子がブログで綴られているのだが、内容が素晴らしい。これぞ真骨頂という感じである。

帰省についてのお話はこれまでもラジオで嬉しそうに語られてはきたのだが、やはりブログで画像付きで文章で読むことができるようになると、より一層臨場感があるというものだ。

三年前に道重さゆみちゃんに注目しはじめた理由は多々あるが、地元だとか家族への愛着という部分に強くひかれた。それはつまり自分自身の過去であったり歴史を肯定し、大切にしているということであり、それがあってこその現在の自分であるという確信につながっている。ここが好ましくもあり、そして、これは後から気がついたのだが、私が自分自身に著しく欠けていると自覚し、それゆえにその部分に憧れてもいた。

興味本位で道重さゆみちゃんの地元を調査する上で、改めて家族だとか地元といった現在の自分の核となる部分に強く影響を与えているであろうものたちとの邂逅というのがいかに必要であるか、自分に何かが根本的に欠けているとするならば、おそらくそこの部分なのではないか、という思いに駆られた。そして、それはその後の私の意識の変化や行動に大きな影響を与えた。

そんなわけで、とにかく多面的な魅力を持つ道重さゆみちゃんについては、それぞれのファンがそれぞれに魅力的だと思う部分があると思うのだが、私にとってはまさにこういう所なわけで、ゆえに今週に入ってからのブログの内容がいちいち嬉しくて仕方がないわけである。

さて、ところで相変わらず道重さゆみちゃんが出演するテレビやラジオは視聴しなくなって久しいし、ブログも見たり見なかったりである。まあ、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。

昨年、山口県ローカルのテレビ番組「熱血テレビ」出演時にも感じたのだが、やはり地元にいる時の道重さゆみちゃんには、無理をしていないとてもナチュラルな良さがあるように思える。それが写真の表情だとか文体から伝わってくるようだ。道重さゆみちゃん本人も「山口かえると、まぢで心洗われる!」と書いている。

地元に帰るとおばあちゃんが料理でもてなしてくれるのは以前からで、三年前の夏にも食べすぎて少し顔がむくんでしまい、それが明石家さんまさんから親方のニックネームを付けられるきっかけにもなった。しかし、改めてブログを読んでいくと、おじいちゃんのキャラクターの立ち具合もさることながら、この家族同士の絆の深さに感動する。感動というか安心というのに近いのだが、この真っ当さがありがたい。当たり前のように有ることがなかなか難しい。欲をいえばおばあちゃんの得意料理の一つだという、テキ(ステーキのことらしい)の写真も見たかったところだが、これは今後に期待したい。

おじいちゃんのことを「あ~も~好きすぎ☆可愛い!」などと書いているが、これは「今夜もうさちゃんピース」初期のC-1グランプリの頃から同様のことを言っていて、本当にこの子はブレないなと感心することしきりである。

おじいちゃんが育てている盆栽や自作の木彫り、初期プッチモニの団扇、家庭的な料理などの写真も心が和む。おじいちゃんの木彫りと一緒に写った道重さゆみちゃんの表情など、開放感が滲み出ていてひじょうによい。また、ラジオでも度々話題に出る幼なじみで妹のように可愛がっている女の子も登場する。熱海旅行のブログの中で、お姉ちゃんとこの子の話題ですごく笑ったというエピソードが書かれていたが、帰省を間近に控えていたこともテンションに拍車をかけたのだろう。プリクラを一緒に撮りに行ったとも書かれているが、おなじみのフジグラン宇部の可能性が高い。

道重さゆみちゃん本人はふれていないないが、実は地元の一般女子のブログで、フジグラン宇部の中にある映画館に「トイストーリー3」を観に来ていた道重さゆみちゃんの目撃談がいくつかあった。友達と二人だったと書かれていたため、当初は一緒にいたのはお姉ちゃんではないかと予測したのだが、もう高校生になるというこの妹のように可愛がっていた幼なじみの女の子である可能性も出てきた。どっちでもいいが。

あと、パンを買ってきたマックスバリュというスーパーが山口県ローカルのような書かれ方をされているが、北海道から沖縄まで全国にある。確かに東京には3店舗しかなく目立たないのだが、実は家の近所にもあるようなので、機会があれば道重さゆみちゃんおススメのミルクフランスをチェックしてみようと思う。同じ商品を扱っているかどうかは定かではないが。

いつか、道重さゆみちゃんが自分の口癖は「帰りたい」で、それはあまり良いことではないというようなニュアンスで話していた。確かにいつも帰りたいと思っているのはあまりよくないのかもしれない。しかし、帰りたいと思える場所がちゃんとあるというのは、当たり前のようでいて、実はとても大切なことなのではないかと思った。

熱海旅行と帰省を振り返り、まとめ的なブログでは、「またこうして楽しい思いが出来るように、、明日から頑張る↑↑」と書いている。

2010年8月19日 (木)

小説色の滲み出す浮世離れした黄昏。

「バタアシ金魚」という映画を初めて観たのは公開された1990年の夏、新宿歌舞伎町にある映画館でだったと思う。当時は時間が有り余っていたので、本当によく映画を観に行っていた。特に日比谷シャンテの地下の映画館によく行っていた記憶があり、ジム・ジャームッシュだとかスパイク・リーだとかの映画を、そこで見ていた。

特にこの作品に特別な思い入れがあったというわけではなく、当時話題になっていた新作の一つという認識で観に行ったに過ぎなかった。しかし、その衝撃は大きく、いまだに大好きな映画の一本である。

劇場で観た後も何度かレンタルビデオを借りて観たりしていたのだが、数年前に廉価版で発売されたDVDを購入し、これでいつでも好きな時に観ることができるようになった。しかし、やはりこれを観るならば夏に限る。というか、私にとって夏とはこの映画が観たくなるような気分を指す。

「週刊ヤングマガジン」で連載されていた望月峯太郎による同名コミックの映画化である。しかし、元々コミックを読む習慣の無い私は読んだことがなかった。何かの雑誌のコミック評などでかろうじてその存在を知っている程度であった。主演のソノコくんを演じる高岡早紀については、加藤和彦プロデュースによるいくつかの楽曲をわりと気に入っていたし、その年の春先までにリリースされたシングル「フリフリ天国」やアルバム「天国の雫」も愛聴していた。同じく主演のカオルを演じた筒井道隆は、当時はまだほとんど無名に近かったと記憶している。また、牛川高校水泳部主将の牛若丸くん役で出演している浅野忠信はこれから数年後に大ブレイクを果たすわけだが、この映画においては、ただの丸坊主の学生にしか見えない。

私がこれまでに観た映画の中でも特に思い入れの強い一本でもあるため、かつて親しくなった女性と部屋でレンタルのビデオを観るといったシチュエーションにおいては、選択することが幾度かあった。しかし、一緒に観た女性達からの評価は芳しいものではなかった。そりゃそうだろうなという気もするのだが。

16歳の花井カオルはごくありふれた高校生なのだが、ある夏の日のプールサイドで、水泳部のソノコくんを見つける。そして、一瞬にして恋におちたカオルにとって、ソノコくんは唯一無比の目的であり存在理由となる。泳げもしないのに水泳部に入部、父親が単身赴任か何かで母と二人暮らしのソノコくんの家にバイクで迎えに行くようになり、母親とも勝手に仲よくなる。その行動力はすさまじいものだ。ただの衝動がそこにあり、青春とはまさに病気である。

相手のことなどは実は何も考えてはいなく、ただその人を好きだという精神的充足とそこから発生する行動による満足感、このような自分勝手でくだらないものによってカオルの日常はできているわけだが、実のところ、これ以上に価値のあるものがそんなにもあるのかというと、私にはよく分からない。むしろ、これだけが全てだと乱暴に言い切ってしまいたい衝動でいっぱいである。

ひどく暑い夏の田舎の日常が描かれたシーンがすごくいい。ソノコくんと友人のリリコが放課後に自転車に乗ったりソノコくんが盆踊りの舞台みたいなところから跳び下りたり甘味処みたいなところでかき氷を食べたり、他にもいかにも田舎の町にありそうなラブホテルの駐車場だとか朝の鳥の鳴き声だとか、こういうのがいちいち良い。

カオルの名ゼリフの数々、「思い通りにならないことは絶対認めない」「こんなことで俺がうろたえると思ったか」「ソノコくんのこと嫌いになりたいよ。嫌いになれたらどんなに楽か」、また、母にカオルのことを尋ねられたソノコくんの「アイツはね、女の腐ったヤツのケツ拭く紙よ」など、何度聞いてもいいものだ。

最後の方のプールのシーンでは、やはりまた泣いた。

ソノコくんを演じる高岡早紀の胸がもう少し小さければ完璧だったなどとは思うにしても、それを差し引いても本当に好きすぎるなと改めて思ったわけである。

それはそうとして、一体この映画の舞台はどこなのだということが気になり、調べてみたところ、学校のシーンは千葉県の市原緑高校で撮影されており、他にも千葉県各地で撮影された場面が多く見受けられるということだ。もっとどこか地方の方だと勝手に思っていたのだが、意外にも関東圏だったことに驚いた。

千葉といえば幕張メッセだとか千葉マリンスタジアムに行った記憶ぐらいしか咄嗟には思い出せなかったのだが、よくよく記憶をたどってみると、今の嫁と木更津の方に潮干狩りに行ったりだとか、上京して初めて仲よくなった男の子が松戸に住んでいて泊まりに行ったことがあった。とはいえ、やはりその程度の関わりしかないのだ。あと、もちろん東京ディズニーランドとかもそうか。

「バタアシ金魚」が描く幻想の青春風景というのは、私が本質的に求める理想にかなり近いわけだが、これに似た感触を最近覚えた記憶といえば、Base Ball Bearの「17歳」という楽曲のビデオクリップを見た時だろうか。今年になってから発表された新曲においては、外部のアーティストのコラボレーションなどにより新境地を開拓中だが、それ以前のこのバンドの本質というのは、中心メンバーである小出祐介が高校二年の頃に得た全能感を基本としているような気がする。特にこの「17歳」においては、ビデオクリップが高校の校舎で撮影されていることや、「檸檬が弾けるような日々 生きている気がした気持ち それがすべてだ」といった歌詞があり、その傾向が顕著である。自作の「(WHAT IS THE ) LOVE & POP?」においては、この「檸檬が弾けるような日々」がただの懐古趣味ではなく、一生求むべき「レモンスカッシュ感覚」へと進化を遂げている。

ロックとは基本的に若者の音楽であり、同時代性というのはひじょうに重要だ。ゆえに、私が現在の20代の日本のロック・バンドにかつてのような共感を覚えることができないとしても、それはきわめて自然なことである。ところが、昨年秋に偶然聴いたこのBase Ball Bearというバンドだけがなぜこれほどまでに心に響いてくるかというと、そこに歌われた青春の衝動、しかもそれをただのノスタルジーに終わらせることなく、一生求む感覚と定義しているような部分ゆえではないかと思うのだ。そして、これは私が「バタアシ金魚」という映画を観るたびに覚える感覚とひじょうによく似ている。

Base Ball Bearは千葉県の東海大学付属浦安高等学校で結成されたバンドである。千葉県といえどもかなり広いはずではあるのだが、ここに何だかよく分からないあやふやな符合を見出さないわけでもない。

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2010年8月17日 (火)

全ての言葉はさよなら。

道重さゆみちゃんが休日を利用して、母、姉と三人で熱海に旅行に行ったらしく、その様子がブログに綴られていた。

道重家の人々のキャラクターについては、ラジオやブログによって、ファンにはすっかりお馴染みなわけだが、今回の一連の記事においても、ほのぼのとした面白エピソードが満載であり、それを伝える道重さゆみちゃんの表現にも、実に心和むものがある。

毒舌ナルシストキャラでバラエティー界を席巻中の道重さゆみちゃんは、以前として色々なテレビ番組に出演し、芸能界の大物タレント達との仕事も多いようだ。

今回のブログの記事の中では、お姉ちゃんと地元の幼なじみの女の子の話をしてすごく盛り上がったということも書かれていたが、やはり、これだけ売れっ子ともいえる活躍ぶりでありながら、この家族であったり地元であったりに対する真っ当な愛着という確かなものが、出て来た場所であり、また、帰るべき場所でもあると、このような部分が普遍性であり真実性であると思うのだ。

ブログ記事の中で、道重さゆみちゃんはお世話になった旅館の人たちとも、「馴染みおしく、ばいばいしまくったよぉ~」と綴っている。「名残おしく」を「馴染みおしく」と言い間違えている訳だが、この心境を的確に言い表すのならば、たとえそんな言葉はないにしても、「馴染みおしく」の方がしっくりくるのではないかという気がした。お世話になって馴染んだ気持ちが惜しいわけだから。ちなみに、「名残」というのは当て字らしく、名前が残るというのが語源というわけではないようだ。そもそもは、波のように余韻が残ることを指したらしく、つまり、「波残り」だったというわけだ。言葉なんていうのは、要はいかに伝わるかだ。同様の理由で、旅館の布団を片付けてくれるオジちゃんの「いさぎよいアイサツ」という表現も気に入った。

我が家には実家からメロンが届いたので、ここ数日間で少しずつ食べていた。お礼の電話をしなければいけないと思いつつ、気がつけば深夜だったりしていたのだが、やっとかけることができた。

昨秋に結婚した妹夫婦は、今年になってから札幌に引越した。医療関係の仕事をしている妹の旦那が、より見識を広げるための決断らしい。地元には両親だけが残され、それを少し心配していた。先日、妹の旦那が案内をしてくれるということで、札幌に行ってきたらしい。どこか観光地の名前を言っていたが、よく分からなかった。お墓参りもその時に済ませてきたという。夜は札幌ドームでナイター観戦し、その日は中田翔選手が二本の本塁打を打ち、ファイターズが勝利したということだった。Yahoo!の配信サービスを父も利用しているらしく、その話を少しした。

数週間前に、東京の観光ガイドブックを買った。誰かを案内するのかというと、そういうわけではなく、あくまで自分のために買ったのだ。

本質を突き詰めていくと、真に求めているものが何なのか分かってきた。何だそんなことかというぐらいにありふれたものなのだが、ここに至った経緯の意味は濃い。

そのために、色々なものと訣別するための作業というのが、今後必要とされてくるだろう。

初めて訪れたあの夏に、銀座のスカイラウンジから東京の夜景を見下ろした。そして、特に深い意味もなく、将来絶対にここに戻って来ると誓った。高校を卒業するとすぐに上京したが、その決断について、両親は何も言わなかった。とにかく好きなようにやりたいことを一生懸命やってみろということだった。

ここでやり残したことがもう何も無いとは言い切れないし、片付けなくてはいけない問題も少なくはない。しかし、真の目的がハッキリとしたならば、意識をそこに向けて新しい日々を生きはじめる。

昔と比べ、ここにいなくても出来ることが増えすぎて、また、自分がここに求めていたことのほとんどは、そういう種類のものだったのだ。

そう考えると、大好きだった東京で、まだ行ってすらいない場所だとか、まだ行き足りない場所などを無くしておく必要がある。渋谷だとか六本木だとかについては、もうこの先二度と行けなくてもいいかな、と思っている。また、汐留に渡り廊下走り隊を見に行った時、ついでに築地だとか東京駅近辺などに足を延ばしてみたのも同様の理由からである。

馴染みおしい。

2010年8月11日 (水)

今日がこの先の未来より一番若いんだし。

現状というのは様々な過去の偶然が重なった結果、今ここにあるわけで、その一部が違っていただけでも、今ここと全く一緒ではなかった。

よく誰それがいなければ今の自分は無かったというような言い回しをするが、程度の差こそあれ、誰だってそうだ。

2006年の春から夏の間のある時期だったと思うのだが、とにかく生きることには刺激と退屈との死ぬまで続くレース以上の意味は無く、あらゆる期待は裏切られるべく宿命づけらてているような気がして、不承不承というのを基本姿勢にする技術を身に付けた。

退屈しのぎには痛くも痒くもない他人の不幸や下世話な醜聞などをのぞく。そのような興味を満たす上で、インターネットとはとても便利なものだ。

2ちゃんねるで落ちぶれた芸能人やグラビアアイドルのネタなどを暇つぶしに漁っていると、亀井絵里のだらしなくていやらしい体とかいうスレッドがあった。確かそんなタイトルだったと思うのだが、今検索してみてもさっぱりヒットしない。しかし、確かにそんなタイトルだったのだ。

タイトルに引かれて書き込みを読んだり画像を見たりした。特にこれといった感想はなく、いつものようにスカスカの時間を死にたくならずに消費することには役に立ったような気がする。

中学生や高校生の頃は普通に女性アイドルが好きだったが、ある哀しい転落死事件がきっかけで、以前のように思い入れることはなくなった。原因はともあれ、少なくともアイドルなんかにならなければ、愛知県でトップクラスの優等生だったあの子が命を落とすことも無かったのだろう。そんなシステムに加担するのは真っ平ご免だと思った。若き日の出来事である。

しかし、今やその手のネタが大好きになっている。落ちぶれたものだ。確実に堕落した。

モーニング娘。には、同世代の元アイドルファンも多数ハマっていたが、さっぱり興味が湧かなかった。特に途中からの国民的アイドル時代とか、ミニモニ。とかの子供相手の路線とかにはさっぱり興味が無かった。というか、むしろうまくいっているもののほとんどに対して醜く嫉妬していたので、鬱陶しいとすら思っていた。

メンバーが入れ替わったりやたらと人数が増えたりしていたことは何となく知っていた。そして、セールスが落ちてきて、楽曲が濃いめになってきているという話も何となくは聞いていたのだが、あまりよく分かってはいなかった。

新宿歌舞伎町のラムタラで「The マンパワー」を聞いた時に何じゃコリャと思ったり、職場の有線で「女子かしまし物語」を聞いて、「会員番号の歌」かよと思ったりはしていた。また、同じく職場の有線で何度も聞いた「Sexy Boy〜そよ風に寄り添って」については、なかなかノリノリでいいじゃねえかと思っていた。偶然テレビで歌い踊っているところを見たり「直感2〜逃した魚は大きいぞ」では、そこはかとなく漂うB級感に好意すら抱きはじめていた。モーニング娘。にやっと興味を持ったきっかけが売れなくてダメな感じになってきたからとか、心底精神が腐っていたのだなという感想しかない。

日曜日の昼休みにたまたまテレビをつけていたら「ハロー!モーニング」をやっていて、そのまま見ていたらなかなかくだらなくて面白かった。とにかくテレビに関してはくだらなければくだらないほど好きだ。土曜日の深夜にフジテレビで素人風の女の子たちを集めて若手芸人と一緒にダラダラやっているタイプの番組とか大好きである。かつてオリコンの編集長であったイノマー(特殊分泌家)が言っていた健康ランドでおーいお茶を飲みながら「噂の眞相」を読んでいる幸福というか、そんな感じだ。

その時のモーニング娘。のメンバーなんて、吉澤ひとみ、藤本美貴、高橋愛ぐらいしか知らない。世間一般的にもそんな感じだっただろう。番組のメイン司会は卒業メンバーの石川梨華が務めていて、モーニング娘。だとか美勇伝だとかのメンバーが幼稚園児の制服みたいなのを着て、「とんだとんだ飛行機」「飛んだー!」などと無邪気にゲームをやっていた。あとはくだらなすぎてむしろカオスで楽しかった寸劇風コントとか。意味無く絶叫マシーンに乗せられて、DVDとかの告知をするコーナーとかもあった。

その頃には2ちゃんねるのモ娘(狼)板は結構見るようになっていた。よく分からないアイドルをネタにして、真剣に語り合ったり悪口を言い合ったりしているどうでもよさがひじょうに好きだった。メンバーの顔すらもよく知らないまま、書き込みを読んでいたのだ。「ハロー!モーニング」を見てはじめて、あ、これが亀井っていう子なんだ、とか分かったような感じである。

亀井絵里ちゃんが道重さゆみちゃんにドッキリを仕掛ける企画があって、騙した亀井絵里ちゃんはヘラヘラ笑っていたが、道重さゆみちゃんはガチで涙目になっていた。当時、道重さゆみちゃんはよく分からないヒラヒラの服を着ていて、時代錯誤的なブリッコキャラをやっていて、何だかすごくイタい子だなという印象しかなかった。また、狼のスレッドを見ると、高校生にもなってオシャレ魔女ラブ&ベリーにハマっているとかそういうことが書いてあって、道重さゆみちゃんがコンビニの店長になるネタスレッドも住人の才能が炸裂したひじょうに面白いものであり、私の中では完全にネタキャラになっていたわけである。モーニング娘。に興味を持ちだした頃からしてこんな感じなので、狼脳になるのも無理もない。

亀井絵里ちゃんの天然っぽいキャラクターが結構好きだなと思っていて、その頃、注目しはじめた。「ハロー!モーニング」も毎週見はじめて、「Ambitious!野心的でいいじゃん」では、亀井絵里ちゃんが一人で歌う「みーらーいー」の部分を楽しみにしていたりもした。あと、その頃、動画とかもいろいろと漁っていて、亀井絵里ちゃんが松浦亜弥の「100回のKISS」をカバーしているのを見つけたのだが、その歌声がひじょうに好ましく、連続再生したりもしていた。女性アイドルに関しては、過剰に感情をこめて勿体ぶった歌い方をするタイプがひじょうに苦手で、逆にナチュラルな歌い方が好きである。今でもモーニング娘。で一番好きなヴォーカリストは亀井絵里ちゃんである。

とにかくいろいろなものに興味を持っては一時的に熱中してすぐ飽きる性質であり、モーニング娘。についても、数ヵ月後には早くもそんなに興味がなくなっていた。ちょうど「歩いてる」でオリコン一位になったぐらいの頃か。それでしばらくあまりチェックしていなかったのだが、年が明けて偶然動画サイトで見た「笑顔YESヌード」にハマってしまい、初めてモーニング娘。のCDを買った。狼もふたたび頻繁に見はじめたのだが、そこで道重さゆみちゃんのラジオ「今夜もうさちゃんピース」で、小学生時代はおとなしくて友だちがダンゴムシしかいなかったことや、男の子からみちし原人とからかわれて家に帰って一人で泣いていたというエピソードを知った。番組ホームページを見ると、「うさピー写真館」なるコーナーで私物の髪飾りが公開されていて、それがウサギの形をした小学生の女の子がつけるようなやつだった。痛いキャラだと思っていたのが、どうやら真性であり、その深層にあるものを知って、心の中で何かが弾けた。それから過去のラジオを全部聴いたり、動画を見たりファンサイトを読んだりということが始まり、どんどんその魅力にひきこまれていった。

この春に「SEXY 8 BEAT」のアルバムが発売されたが、「今夜もうさちゃんピース」でもその中から何曲かよくかかっていた。亀井絵里ちゃんと光井愛佳ちゃんが歌った「春 ビューティフル エブリデイ」もそんな中の一曲だった。始まったばかりの恋の幸福感に満ち溢れた素敵な曲だった。亀井絵里ちゃんのヴォーカルは、恋をする一人の女の子、それも女子大生を思わせる等身大的なものであった。この曲は春が来る度に聴きたくなる。

秋に「今夜もうさちゃんピース」の90分拡大スペシャルというのがあり、生放送で亀井絵里ちゃんと田中れいなちゃんがゲスト出演し、ひじょうに盛り上がった。おやさゆみん、おつかれいなのような決めゼリフ的なものを決めようという話になったが、結果、「そうなんだよ、亀井なんだよ」というよく分からないものに落ち着いた。しかし、これはこれでまあ、らしかったのではないか。

「リゾナント ブルー」がリリースされた頃、千葉のショッピングモールでラジオ番組の公開生放送が行われ、亀井絵里ちゃんと道重さゆみちゃんが出演していた。朝から並んで整理券を入手し、夕方からの番組を観覧した。収録中にボーっとしていて、観覧していたファンから「絵里、眠いっしょ」などとつっこまれ、「眠くありません」などと言っていた。

それから時が過ぎ、道重さゆみちゃんやモーニング娘。に対する思いが惰性のようにもなってきて、また、いろいろと違和感も感じてきた頃、それでも何とか続けられないものだろうかと思っていたのだが、道重さゆみちゃんのブログに掲載された、道重さゆみちゃんと亀井絵里ちゃんが棒状のお菓子の両端を咥え、女性同士の接吻を連想させるような写真を見て、心が折れ、何となくもう無理ではないかと思ったりした。

つまり、私にとっての亀井絵里ちゃんとはどのような存在だったのかというと、まったくもってよく分からない。数日前に突然飛び込んできたモーニング娘。脱退のニュースについても、モーニング娘。自体への関心が失せてしまった今、どのようなテンションで受け止めていいものやらさっぱり分からない。しかし、亀井絵里ちゃんがいなければ、おそらく今の自分はいなかったというのは、ある程度は真実であろう。それが果たしてどの程度だったのかは定かではない。一つ言えることは、亀井絵里ちゃんがモーニング娘。でいてくれてよかったということだ。

2010年8月10日 (火)

喜びは誰かと分かち合えたら尚良い。

昨年は八月の第一週目に神宮外苑花火大会があって、仕事の日程とも重ならなかったので初めて見に行った。

やはり日本の夏は花火だな、と改めて思った。偶然に、当時はまだほとんど興味がなかったAKB48のパフォーマンスにも遭遇することができたのだった。しかも、後で知ったのだが、あれが「言い訳Maybe」の初お披露目だったらしい。あれからちょうど約一年なわけなのだが、長かったのか短かったのかよく分からない。

今年の神宮外苑花火大会はもっと遅くに開催されるということなのだが、ちょうど一週目の木曜日には、家の近所の狛江で花火大会があった。ここ数年間は財政難で中止していたのだが、久々の開催ということである。

嫁が行きたいと言えば行ってもよかったのだが、何せ暑い時に外に出たくはないというようなことばかり言っているので、これは別に行きたくはないに違いないと察したのだった。

私はといえば、夏が極度に短い北海道で生まれ育ったこともあって、とにかくせっかくの夏を満喫しないのが勿体ないという発想が、まずはある。それで、この日も特に用もないのに隙だらけの格好で近所をブラブラして、TSUTAYAだとかブックオフだとかを覗いたりしていたのだ。

夕方近く、少し涼しくなってきたので、嫁と近所のホームセンター、ユニディ狛江店へ出かけた。飼い猫の食料や玩具を買うためだ。また、嫁は密かに仕事部屋用の扇風機も買おうかと企んでいたのだが、思いのほかよく売れているようで、品薄な上に値段も安くはなく、結局断念したのだった。

店頭で掘り出し物市のような催しをやっていて、どう考えてもそれほど必要とは思えない物たちを、人々に混じってダラダラと物色した。この感じがけして嫌いではないと思った。

自室にて、パソコンで何かをしていると、嫁がごはんの時間だと知らせてきたので、iTunesを一時停止にして、食卓にランチョンマットを敷き、台所から料理が盛られた皿や茶碗を運んでいった。テレビをつけると、若手お笑いコンビのしずるが横浜中華街の人気メニューをたくさん食べるという企画をやっていた。そして、窓の外で花火が上がった。

嫁はサンダルを履いてベランダに出た。歓声を上げながら花火を見ている。終ってから食べるから先に食べていて、と言った。私もはじめは見ていたけれど、すぐに飽きて一人で食事を始めた。

ふとベランダの方に目をやると、飼い猫も出ている。嫁が柵に腕をかけて花火を見上げている横で、背伸びして柵の間から身を乗り出している。別に花火を見ているわけではないのだが、格好を真似しているのだ。その様子が可笑しくて仕方がない。

ここ数日間、何度もその様子を思い出しては、愉快な気分になった。

野菜カレーを作っているとメールが入っていたので、ローソンSHOP100で明朝のパンだけを買って帰宅した。パソコンの電源を入れて、iPhoneをUSBポートに接続して、携帯電話をドックに設置し、ワイシャツと靴下を洗濯カゴに入れ、パンツをハンガーに掛け、半ズボンをはいて、冷蔵庫からペットボトルの玄米茶を取り出して、グラスに注いだ。

机上のパソコンでインターネットエクスプローラを立ち上げている最中に、嫁が野菜カレーを運んできてくれた。具がたっぷりでお店のカレーみたいだったので、その旨を告げた。

ホームページはYahoo Japanに設定してあるのだが、すぐに次にやる作業が決まっている。クリックしたページに切り替わる間に、何気なくニュースのヘッドラインを読んだのだが、下の方にモーニング娘。から亀井らが卒業という内容があり、あわててエクスプローラの戻るボタンを押した。

モーニング娘。の第6期メンバーを表記する場合には亀井絵里ちゃんからというのが通例であり、この時点では道重さゆみちゃんや田中れいなちゃんの可能性もあるかと思っていたのだが、数秒後に記事に接続し、卒業するメンバーは亀井絵里ちゃん、ジュンジュン、リンリンだと知った。亀井絵里ちゃんはアトピーの治療に専念、ジュンジュン、リンリンは中国での歌手デビュー準備のためだという。

なるほど、そうなのかと思ったが、そのままやるべき作業を続けた。時は確実に過ぎていて、我々をまだ見ぬ未来へと押し流している。だからこそ、いま、ここを精一杯にということなのだろう。道重さゆみちゃんが先週のブログで突然熱く語り出していた「今を生きる」の真意は定かではないが、そういうふうに受け止めておくことにした。

真夜中、台所の方で飼い猫がかまってほしい時に鳴く鳴き方をしていたのだが、そのまま寝ていると、突然ニャンと鳴いてベッドの上に飛び乗った。嫁は気づかずにそのまま寝ていたので、少しの間、撫でたりしてかまってあげた。次に明け方に目を覚ますと、ベッドの上でスヤスヤと眠っていた。

しばらく1985年までの音楽ばかりを聴いていた。それまでの曇りのない肯定的な感情を固定化するための試みだった。すでに持っていた音楽だけではなくて、GEOやTSUTAYAにまで行って、その頃の流行歌や、レコードを買ってよく聴いていた佐野元春、RCサクセション、サザンオールスターズなんかのCDを借りてきて、片っ端からiTunesに取り込んで聴いていた。

しかし、それもどうやら臨界点に達した。TSUTAYA調布国領店は思っていた以上に在庫が充実していたので、まだまだ松原みき「真夜中のドア」、岩崎良美「ごめんねDarling」など、取り込むべき曲は多々ある。それにしても、何だかそろそろ新しい音楽が聴きたくなってきた。

1992年から毎号読んでいたNMEの購読を今年の五月でパッタリ止めてしまったのだが、あの雑誌で推している音楽と自分の趣味とが乖離してきたこともあり、ちょっと読むことが義務化してきていたのだ。あと、iPhoneの影響も実は大きい。

iPhoneを持ってから、ロケーションフリーというか、どこにいても片手で呼び出せて読むことができる情報に慣れすぎてしまった。NMEはZinioという電子雑誌購読サービスを利用して読んでいたのだが、実はこれがiBookには対応しているのだが、iPhoneには対応していない。iBookも魅力的ではあるのだが、やはりiPhoneの場所を選ばず片手で読めてしまうというのに慣れてしまうと、ちょいとデカすぎるかなという印象で、それほど欲しいとは思わない。

実はそもそもiPhoneを買おうと思った理由の大きな一つは、勝手にZinioのNMEが読めるものだと勘違いしていたことなのだが、結果的にiPhoneでNMEは読めなかっただけではなく、iPhoneに慣れてしまったがために、現状、パソコンでしか読むことができないNMEを開くのが何だかとても億劫になってしまい、結局新しい号が届いてもパラパラとめくって、たまにアルバム・レビューの点数とかを見るぐらいになってしまった。

それで、最近よく見るのはPitchforkという音楽サイトで、ここは平日は毎日やたらと長いレビューが毎日更新される。しかも、取り上げられる作品が、割と自分の趣味に合うものが多い。知らないアーティストの作品の方が圧倒的に多いのだが、いろんなサイトで試聴もできるので安心である。大雑把に言ってしまうならば、いわゆる古典的なロック系はあまり取り上げられず、インディー・ポップ、ヒップホップ、エレクトロなどに好意的な感じである。

このサイトも参考にして、ARCADE FIRE、WAVVES、BEST COAST、TAME IMPALA、JAMES BLAKEとか買ってみた。ARCADE FIRE以外、初めて聴くバンド、アーティストばかり。しかし、どれも良かった。気に入った。

特にBEST COAST、60年代ポップスみたいなキャッチーなメロディーをインディー・ギターでやっちゃう、しかも女の子ヴォーカルという超好きなタイプ。ジャケットに使われている子猫ちゃんも可愛いことこの上ない。

また、WAVVESは、アルバム・タイトルが「KING OF THE BEACH」であり、まさに夏大好きな予感なのだが、音楽性もまさにその通りで、痛快であることこの上ない。夏の間に出会えて本当によかった。TAME IMPALAはインディー系音楽配信サイトのeMusicでずっと一位で気になっていたのだが、何だかすごく才能があるのは分かる。通して二回聴いたのだが、未だによく把握できない。とはいえ、けして難解な音楽をやっているわけではなく、いわゆるインディー・ギター音楽なのだが、何か閃きがすごいというか、残念ながらうまく言葉で言い表せない。とりあえず、好き。

こんなふうにして、何となく当たり前な日常は続いていて、実はこれは本当にありがたいことなのではないか、などということを思わないでもないのだ。何はともあれ、良い意味で開き直るというか、ある深いレベルで心からなるようになれという心境だからこそ見えてくるものというのは確実にあるなという、今はそんな気分である。しかし、まだまだ続いていくのだ。当たり前をちゃんとやる旅が、夏の景色を高速で後ろへ飛ばしている。なぜなら、渡り廊下を走っているからなのだろう。もっともっと加速して、すべて見えなくなる次元に達したら、もっとそれが感じられるのだろうか。誰が何と言おうと気にしないなんて、今まで言っていたことは全部違っていた。本当にそういうことというのはどんなことかっていうのが、もう少しで分かりそうな気がするのだ。

ねえ、君。当たり前にある日々というのは、何て意味が深く濃いものなのだろう。青春のフラッグを大きく振ってしまうよ。

2010年8月 8日 (日)

ガラクタだけれど愛おしい思い出なのか。

缶チューハイを飲みながら、誰もいない田舎の駅のベンチに座っている。次の電車はまだしばらくは来ない。iPhoneは重ピンク、こはっピンクの「宝の箱」をリピート再生している。時間はまだそれほど遅くはないが、田舎の夜は暗く、空はとてもきれいだ。線路の遥か向こう側には海が見えているはずで、遠くで赤い灯りが光ったり消えたりしていた。

そして、次の煙草に火をつけた。そうだ、この頃はまだ煙草を吸っていたのだ。さっき缶チューハイと一緒にコンビニで買ってきた。空港に行く途中の道路沿いにあるローソンだ。道重さゆみちゃんのお祖父さんはここのことをユーフォーと呼んでいるらしいのだが、理由は定かではない。

夜がちゃんと暗くて静かだな。買物に行く途中でそんなことを思った。

この日の午前中、品川から新幹線に乗った。先週に続いて二週連続である。その前に乗ったのはたぶんもう七年も前で、その時は福岡に住む嫁のお父様が亡くなったのだった。そう考えると、この頻度はちょっと普通ではない。

先週は大阪へ行った。オーサカキングというイベントの中で、ラジオ番組の公開録音に道重さゆみちゃんが出演していたのだ。その衝撃は相当なものであった。求めるべき美の核がそこにあり、引き寄せられるかのようにして、そこへ向かったのだ。なぜ、わざわざ大阪なのかというと、東京でのコンサートやイベントなどはほとんどが土日祝日などに行われていて、仕事の都合上、休みをとることがほぼ不可能なのだ。

これもほんの思いつきにすぎなかったのだが、思いの外、自分にとって大げさな事件になってしまった。

そこで、では道重さゆみちゃんを育んだ環境と言うのはどのようなものなのだろうと、それを体感してみたいと思ったのだ。

ビートルズの音楽が好きなだけでは物足りず、ジョン・レノンが住んでいた家などを見に行こうとする熱狂的なファンの人たちがいる。しばらくそういうのの意味が分からなかったし、自分とは別種類の人たちなのだろうと思っていた。あくまでも作品は作品であり、過度にその作者に思い入れるのはちょっとどうかとか、そんな感じである。その反面で、そこにはおそらく自分などにははかり知れぬ濃くて深い世界があるのだろうと、うらやましく思うところも無かったわけではない。

しかし、あれこれと考えるまでもなく、本当に好きならば、それはもうすなわち行動なわけだ。そんなわけで、つい数ヶ月前までは何の興味も無かったはずの山口県なんていうところまでやって来たわけだ。

新山口で新幹線を降り、少し待って宇部線に乗り換える。畑などの自然の風景がゆっくりと窓を流れていく。降りるべき駅の直前まで来ると、突然、海が見えてきた。これはあまり予測していなくて、それだけに少し感動的でもあった。

電車を降りると、背の小さいメガネをかけた駅員さんが、「青春18きっぷですか?」などと聞いてきた。

とにかく地図も何も持っていない。目的地はいくつかあるのだが、何の準備もしていなかった。駅前なら本屋でもあるだろうし、そこで地図を買おうと思っていた。たまたま歩いてきた中高生ぐらいの男の子に本屋があるかどうか聞いてみたところ、「本屋はないですね」とあっさり言われた。

とりあえず広いまで歩いて、歩道橋を上がり、振り返ると海が見えて、その感じが何だか懐かしかった。

とにかくひどく暑い日で、歩いているだけで汗が噴き出てくる。しかも、この頃は夏でも長袖のワイシャツを着ていたし、ネクタイもしていた。あのこだわりは一体何だったのだろう。とにかく店らしきものを求めて歩くのだが、さっぱり見当たらない。コンビニすら無いのだ。紳士服の青山が見えてきて、その隣にセブンイレブンがあった。そこで地図とタオルと飲み物を買った。

地図と道路標識をたよりに、常盤公園の方へ向かった。途中、いい感じの田舎の景色が広がっていて、何度もデジカメのシャッターを切った。トイレでネクタイを外し、顔を洗った。それから階段を下りると大きな湖があって、たくさんの白鳥やペリカンなどがいた。思ったよりも大規模で驚いたのだが、空腹だったのとあと数時間で日が暮れてしまうので、あまりゆっくりと見ることもできず、そこを後にした。

駅の方へ戻っていくとフラカッソというイタリア風ファミリー・レストランがあったので、そこで食事をすることにした。冷製明太子スパゲティとグラスビールを注文した。地図を広げて、どっちへいくべきかとあれこれ考えた。よくある広げて見るタイプのとても大きな地図だ。当時は携帯電話の地図をナビ代わりに用いるなんていう術を持ち合わせていなかったのだ。たった数年前のことなのに、隔世の感がある。

お店の人にタクシーを呼んでもらって、少し遠くまで行ってみた。帰りはセブンイレブンの前から携帯電話でタクシーを呼んだ。常盤駅まで行ってもらうことにした。運転手さんはとても気さくで、いろいろなことを話してくれた。常盤公園が日本で奈良公園に次いで二番目の面積を持つ公園であること、また、そこに住んでいるペリカンたちについてのエピゾードなど。当時はまだ人気者のカッタくんも存命であった。アニメ映画の主題歌を地元出身の西村知美が歌っていて、それは園内でも流れていた。山口県のお土産としてはういろうや蒲鉾が有名だということも教えてくれた。ういろうは名古屋のものとは食感が違う、蒲鉾は歯ごたえがあり、宇部かまというのが有名だとか。

日は暮れかけていたが、まだまだひどく暑かった。長袖のワイシャツを着ている上に、バッグにはノートパソコンが入っていた。なぜわざわざノートパソコンを持ってきたのかというと、現地で「17~ラブハロ!道重さゆみ DVD~」を見ようというバカバカしい目的があったのだ。つい先月発売されたばかりの、デビュー4年にして初のソロDVDである。

途中にローソンがあったので、ここで飲み物を買った。アイス類が入っているケースを見ると、九州限定のはずのブラックモンブランが売っていた。空港のところで右折して、それから地図を見ながらまたずっと歩いて行った。とにかく汗が噴き出るというのはおそらくこういうことを言うのであろう。フジグランという商業施設が見えてきて、そこに入ることにした。1階にはバッハ書店という本屋さんが入っていた。

なぜここが重要なのかというと、真偽のほどは定かではないのだが、インターネットで拾った情報によると、山口県に住んでいた頃に、道重さゆみちゃんはよくここでプリクラを撮っていたというのだ。確かに2階にはゲームセンターがあり、プリクラコーナーもあった。地元の家族連れが休日に車で買い物に来るイメージが浮かんでくる。少女向けマンガ雑誌やサンリオショップ、隣のホームセンターのペットコーナーなどが、かつての道重家のさまざまな場面を勝手に妄想させ、それが心を満たしていく。まったくもってよく分からない。

この年の春ぐらいから道重さゆみちゃんに対して急速にひかれていった理由は、その性格やトークの面白さといったところもあるのだが、普通に家族や地元の話を愛着を持ってしていて、そこにすごく好感を抱いた。そして、ここまできて、その普通の田舎の家族の生活という当たり前の素晴らしさが、なぜだかすごく胸に染みてきた。

自分が子供だった頃のことだとか、もしかすると自分にあったかもしれない普通に子供がいてこういう所に家族で買物に来ていたような可能性、そういったものに対する感情が渦を巻くように心の中に去来した。それは何十年もの間、忘れていたというか、無かったことにしていたような種類のことだった。

一番近くの駅は、どうやら宇部岬というところのようだ。携帯電話で調べて見たところ、ホテルは東新川まで行かないと無いみたいだ。表はすっかり暗くなっていて、何だか泣きだしたいような切ない思いを抱えながら歩いた。暑さで頭はまいっていたし、ノートパソコンが入ったバッグの紐が肩に食い込んだ。古い家屋が続いていて、灯りのともった窓の向こうの生活感が、また懐かしくも切ない。ここに住んでいる人たちにとってはいつもの日常だが、その当り前さがまたブルーズを加速していく。まさにこんな気持ちになるために、この一連の出来事はあったのではないだろうか。この翌年に十三年ぶりに帰省することを決心したのは、間違いなくこの時の体験があったからである。

東新川のホテルにチェックインして、ノートパソコンを立ち上げて、それからすぐに外に出た。とにかく電車の本数が少ない。ふたたび宇部線に乗って、また常盤駅で降りた。ローソンで缶チューハイと煙草などを買った。誰もいないホームでiPodのイヤホンを耳にあて、「宝の箱」を何度も何度も聴いた。空は本当にきれいだった。夏の夜で、自由だった。

ホテルで風呂に入り、ノートパソコンのCD/DVDドライブにDVDを挿入したのだが、うまく読み込めない。道重さゆみちゃんの地元で記念すべき初ソロDVDを見るという試みは頓挫したが、常盤公園や常盤駅でこのDVDジャケットと一緒に写真を撮ったりしたので、いちおう持ってきた意味はあったというものだ。

2ちゃんねるのモ娘(狼)板なんていうのを見てみると、少し前に一般人が道重さゆみちゃんのファンに堕ちていく様を綴ったブログを見たという書き込みがあった。ちょうど一週間前にそのようなブログを立ち上げた覚えがあったのでその旨を書き込んだところ、また別の住人から、お前じゃねえよ本当に気が狂ってるんだな、などと罵倒され、さすがは狼だなと思ったのだが、元々の書き込み主らしき方が、ここ数日でまとめてなかった?とか24みたいで面白かったとか書き込んでくださり、心が和んだ。

次の日、午後から用事があったために朝8時ぐらいにはここを発たなければならなかったのだが、やはり朝は朝で散策してみたかったので早起きをして、また、宇部線で常盤駅まで行った。ホテルのフロントの人を無理やり起こすかたちになってしまった。とても清々しい朝だった。畑にトラックが停まっている風景とか、片岡義男の角川文庫の表紙みたいでカッコいいと思った。こんなに早起きして外を歩くのなんて何年ぶりのことだろう。

iPodではモーニング娘。を聴いていた。「歩いてる」は道重さゆみちゃんが大好きな曲だが、どうもベタに優等生っぽくて、あまり良さが分からなかった。しかし、朝にこの自然の中を歩きながら聴いていると、何だかとてもしっくりくるのだ。澄み切った空気を、新鮮な贅沢を、あたり前の自然をという歌詞の意味は、おそらくここに来なければ分からないままだったのかもしれない。

名残惜しみながら、ホームから海の方をデジカメで撮っていた。数秒間の動画である。当時使っていたデジカメはメモリ容量が少なく、動画なんて撮ろうものならすぐにいっぱいになっていた。数秒間がやっとだったのだ。あの背の小さなメガネの駅員さんが親しげに話しかけてくるので、それが動画に入ってしまい、結局撮り直すことになる。しかし、その感じが何だかすごくいい。

あの時に感じたことが素になって、それからの毎日が続いている。それがどこに向かっているのか、いまだはっきりとはしていない部分もあるが、それは間違いなく自分自身が核(コア)の部分で心底欲しているものに違いない。何がどうなるか分からないが、正しく思うようにやっていれば、その結果としてその時々で起こる事柄は、おそらく自分が本気で望んだことであり、それが神が自分にさせようとしていることなのだろう。とにかく求めることだ。そして、決めたならばそこに向かって真っ直ぐと歩こう。正しさは、やがて誇らしくもあるだろう。そこに続くべきいま、ここを最大限に生きよう。

いつか宝の箱を開ける時に、ガラクタだけれど愛おしい思い出だと思えたとしたら、それがきっとしあわせだと思うのだ。

2010年8月 5日 (木)

汐留こねくしょん。

日本テレビの夏のイベント「汐博」が開催されているが、その中の「Zoom Super Stage」に渡り廊下走り隊が出演した。夏休み中の無料イベントということもあり、朝8時から配布予定だった入場整理券は、その30分ぐらい前にはすでに締め切っていたという。

とはいえ、会場はオープンスペースであったため、たとえ観覧スペースに入れなかったとしても、柵の外や上の階から見ることはできた。

そんなにも朝早くから整理券配布があったわけだが、イベントの開始時刻はお昼12時で、入場開始もその数十分前である。それまでの時間をどのように過ごすのか。また、整理券すら入手できなかった場合は、開演ギリギリまでたっぷりと時間があるわけである。

都営大江戸線の汐留駅の隣は築地市場である。市場内の飲食店などは一般人も利用可能であり、新鮮な食材を用いた海鮮丼や寿司などがお手軽に食べられる。こちらはもちろん営業時間も市場の活動時間に合わせているため、早朝から午前中いっぱいぐらいという所が多い。

また、東京駅からも近く、丸の内オアゾの丸善が朝9時から営業している他、駅地下の東京駅一番街、いろいろな地域のアンテナショップも豊富で、時間をつぶすには十分すぎる施設がたくさんある。東京駅一番街には東京キャラクターストリートという一角があり、ここには少年ジャンプ連載もの、スタジオジブリ、ウルトラシリーズ、トミカ、ハローキティ、それから各テレビ局といったテーマ別のグッズショップが集まっている。人気のラーメン店を集めた東京ラーメンストリートというのもある。

アンテナショップの中では、八重洲口を出て道路を横断してすぐの場所にある北海道フーディストというのがすごい。数ある北海道アンテナショップの中でも、ここは食料品のみを扱うというコンセプトである。定番お土産品はもちろん、道民が日常的に飲食しているものなども多数あり、百貨店やスーパーなどの北海道フェアとは別次元のディープさである。ビタミンカステーラ、ノースマン、べこもちといった安価な菓子パン、お菓子系、もちろん旭豆とかバター飴とか、また、マルちゃんのやきそば弁当はもちろん全種類揃っている。ご飯のお供である松前漬け、いかの塩辛、うにくらげなども多数揃っているほか、いわゆる珍味系もスルメや鮭とば、こまいをはじめ、充実のラインナップである。また、食卓で親しんでいたもののすっかり記憶から消えていた赤い缶のラーメンスープやアスパラガスの缶詰と再会できたのも個人的には感激ものであった。

日本テレビ内もいろいろイベントなどをやっていて、それなりに楽しめる。また、日テレグッズを扱った日テレ屋というショップがあるが、ここではAKB48のメンバーが出演した24時間テレビグッズのCMが何度も何度も繰り返し流されていて、半ばトランス状態に陥りつつあった。また、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」の人気キャラクター、ダイナマイト四国のグッズなども販売されていた。よしもとのグッズのコーナーもあったが、若手芸人タオルみたいなやつを広げて見てみると、はんにゃだとかの他に犬の心、ミルククラウン、アームストロングといったいわゆるAGE AGE芸人まで似顔絵でプリントされていて、感慨深いものがあった。

他にはアンパンマンのショップや汐留ラーメンなどがある。汐留ラーメンでは三年前に食事をしたことがある。その時は、秋にパシフィコ横浜で開催されたモーニング娘。文化祭の公開記者会見のようなものをここでやっていて、道重さゆみちゃんの他、何人かのメンバーが選抜で来ていた。

そうこうしているうちにイベント開始時刻になったのだが、この手のイベントごとではすっかり恒例になったたまたま通りかかった一般人モードで、アンパンマンショップの前あたりから観覧することにした。ステージがバッチリ見える。まず日テレの局アナらしき二人が登場し、何か話しているのだが、よく聞こえない。テレビはほとんど見ないのでこのアナウンサーのこともよく知らないのだが、特に長身の人の方はかなり人気があるようだ。そして、渡り廊下走り隊のメンバーが登場。ちょうど約1ヶ月ほど前に千里セルシーで見た時と同様の制服風の衣装、そして、局は「青春のフラッグ」。

主にらぶたんこと多田愛佳ちゃんを見ていたのだが、やはり全体の手旗を使った振り付けとかがひじょうに可愛い。ちょうど見ていた場所からははるごんこと仲川遥香ちゃんが柱のようなもので隠れて見えないような感じだった。まゆゆこと渡辺麻友ちゃんはちょっと体を動かせば何とか見られるレベルだった。そして、渡り廊下走り隊のテーマ曲としてすっかり定着した感じもある「走り隊 GO! GO! GO!」である。この曲、やはり好きだ。この疾走感がたまらん。この表層的で過剰な感情移入を許さないような部分も含め、渡り廊下走り隊はやはり自分にとっての究極のポップ・グループなのだな、と改めて感じた。この曲では、間奏部分の両手を交互に動かして何かを叩くような振りの所が特に好きである。

続いては、「アッカンベー橋」である。この曲は「青春のフラッグ」の握手会イベントではやっていなかったため、生のパフォーマンスを初めて見た。初めてこの曲を知った時はいかにも企画ものっぽくてあまり好きではなかったのだが、フォークダンスかつサビ部分ではポルカ風味という音楽的な面白さ、そして、全体に漂いそこはかとないレトロ感覚が次第に気に入ってきていた。メンバー同士がペアになってアッカンベーし合ったりする振り付けなどもかわいらしくて良かった。

そして、最後の曲は「完璧ぐ~のね」だが、もしもこの曲が盛り上がったなら、後でいい事があるかもしれないとのことだった。明らかに10代の若者が中心のオーディエンスは、「おーーーー、よっしゃいくぞぉぉぉ!」ではじまる例のMIXというやつをはじめ、大変エネルギッシュに盛り上がっていて素晴らしい。また、一人ですごく狂熱的なダンスを踊りながら楽しそうに応援している若者がいたが、特に周囲に迷惑をかけたりすることもなく、ライヴが終わったら、満足そうな表情を浮かべてスッと帰っていったのが印象的だった。佐野元春が若い頃に横浜で見た衝撃的なダンサーとはこのようなものではなかったのかと、少し思った。

それから先ほどの局アナのお二人を交えてトークコーナーに入り、長身の方のアナウンサーが、まゆゆのことをナベさんと呼んだり、各メンバーを勝手な愛称で呼んでいて面白かった。このアナウンサーの年齢を当てるみたいな流れになった時に、メンバーのお父さんの年齢の話になり、あやりんこと菊地あやかちゃんのお父さんが36歳、つまりお父さんんが20歳ぐらいの時にあやりんが生まれたということが分かった。まゆゆは、アナウンサーへの質問で、背が高くて得したことは何かと聞いていた。

そして、「完璧ぐ~のね」が盛り上がったら後でいい事があるかもというそのいい事の時間である。これは9月1日発売の新曲、「ギュッ」の初披露であった。昨日のチームB公演において、PVが公開されたということなのだが、生のパフオーマンス披露はこれが初めてということである。これは貴重だ。

ちなみに、昨年の今頃に神宮外苑花火大会に行ったのだが、当時はAKB48にほとんど興味がなかったが、実は「言い訳Maybe」初披露の貴重な現場に立ち会っていたのだった。

「青春のフラッグ」ではまゆゆのソロ・パートがひじょうに多く、渡辺麻友&渡り廊下走り隊状態になっている部分もあったのだが、この曲ではより均等になっていて、各メンバーの見せ場が増えているような印象である。曲調はアメリカン・ポップ風で、タイトルでもある「ギュッ」というフレーズが何度も出てきて、印象的である。また、その時のメンバーが自分を抱きしめるようなポーズも魅力的だ。

公式ホームページを見るとすっかり秋仕様で枯葉が舞ったりしているのだが、これはちょっと肌寒くなった季節に恋人の温もりがほしいといった感じのコンセプトなのだろう。渡辺満里奈の「深呼吸して」やおニャン子クラブで主に生稲晃子がソロで歌っていた「ハートに募金を」などを思い出した。特に、当時、ローソンのからあげくんのCMにも使われていた「ハートに募金を」は、サビの「ダーリン、チュッチュッチュッ」のフレーズが、「ギュッ」にも似ている部分があり、なかなか嬉しいものである。カシアス島田こと島田紳介氏の作詞だということで、どんなふうになっているのかと思っていたのだが、全部は聴き取れなかったのだが、純粋な乙女心を描写したような内容であった。まあ、らしいといえばらしいのだろうか。

その後、会場のみんなでカメラに向かって「ズームイン」をやったりして、ライヴは終わった。番組用のインタヴュー収録などもその後に少しあったりしたが、この様子はライヴ映像とともに5日朝の「ズームイン!!SUPER」で放送されるようだ。

帰りに都営大江戸線改札近くに中高生を中心とした集団がたむろしていて、「今日はDDが多かったな」などと話していた。長身イケメンの者なども普通にいた。駅員からここは通路なのでたまらないでくださいと注意され、移動していた。

渡り廊下走り隊はやはりすごく好きだな、と改めて思った。中でもやはりらぶたんなわけだが、今度のAKB48の新曲カップリングのアンダーガールズでもセンターを務めていたりしていて、ひじょうに嬉しい。「ギュッ」でも何か印象的なソロ・パートがあったのだが、詳しくは忘れてしまった。同様のテレビ局イベントといえば、今週末、8日の12時半から、フジテレビのめざましライブにも出演するようなのだが、こちらは残念ながら都合がつかない。

2010年8月 2日 (月)

2007年8月2日の幻覚。

iPodのイヤホンからは山下達郎のグレイテスト・ヒッツが流れ、脳内に完璧な夏を展開しつつある。

ここ数年は、季節とはただ暦どおりにやって来ては行ってしまう時間でしかなく、それを楽しもうだとか、堪能しようだとかいう発想がすでにもうなかった。そんな時代はもうとうの昔に終わってしまったような、そんな気がしていた。

山下達郎のグレイテスト・ヒッツは25年前にLPレコードで発売されて、すぐに買った。その年は夏休みに入ると、クラスの生徒たちとキャンプに行った。その時にこのLPをダビングしたカセットを持っていって、ラジカセで何度も流していた。他にはビーチ・ボーイズの「サマー・プレゼント」という2枚組ベスト盤のカセットも持っていっていて、大活躍していた。

CDで買い直したにはつい最近のことだ。特にこれを買おうと決めてお店に行ったわけではない。本当の目的はモーニング娘。のニュー・シングル「女に幸あれ」を買うことだったのだが、せっかく夏だし、何か夏っぽいCDを他にも買っておこうと思い、山下達郎とモノクローム・セットのベスト盤を買った。モノクローム・セットのは特価ワゴンから救出した。

新横浜から乗った新幹線は、西へと向かっている。まだ朝も早い。新大阪に着くのは午前中だ。新幹線に乗るのがいつ以来かというと、これははっきりと覚えていて、2000年の9月である。この時は、妻の父が亡くなった。数回しか会ったことはなかったが、実に優しそうな方であった。

趣味として好んで遠出をするようなタイプではないので、単身で新幹線に乗るなんていうことは本当に珍しい。旅行どころか、実家にすらもう12年間も帰っていなかった。

目的地は大阪城公園だったが、何せ生まれて初めての大阪であり、ちゃんと着くことができるかが心配で仕方がない。携帯サイトの乗換案内を頼りにいくつか乗り換えて、何とか着くことができた。

とにかくすごく暑い。おまけに何も食べていない。場所は確認したがまだ会場していないらしいので、少しの間、散策してみることにした。蝉がけたたましく鳴いていた。どうやらオフィス街に迷い込んだらしく、やたらとカッコいいビルの中に入って涼んだりした。何か食事でもとっておこうかとも思ったのだが、やたらとカッコいいビルだけあって、東京にもあるような小洒落た飲食店しか見当たらない。どうせならせっかくなので、大阪っぽいものを食べたいとも思った。

コンビニのATMでおカネをおろしたが、東京とさほど勝手が違うことは無かった。開場時刻が近づいたので、入口に向う列の最後尾につけた。途中、自動販売機でペットボトルのミネラルウォーターを買った。列の前の方に若者たちのグループがいたが、どのうちの一人は背中にSAYUMI MICHISHIGEとプリントされたTシャツを着ていた。携帯電話から実況スレッドにそのことを書き込むと、本人と思われる人からレスがあった。

会場には砂のようなものが敷かれ、あちこちにステージや模擬店のようなものが組まれていた。地元のMBS毎日放送が主催するオーサキキングというイベントであり、ここ数年、関西では夏の風物詩のような感じで親しまれているようだ。

目的地のOKステーションの場所を確認しておこうと思ったが、すでにかなりの数の人たちが集まっている。どうせならばなるべく良い場所で見たいということで、開始時刻まではまだ2時間ほどあったが、そこで立ったまま待つことにした。

すぐ近くには小学生ぐらいの女の子がいて、モーニング娘。の団扇を持っていた。2ちゃんねるのスレッドなどに入り浸っていると、いまどきモーニング娘。のファンなどいい大人の男性だけだろうと思いがちなのだが、実はそうでもないのだなと思ったりもした。また、高校生ぐらいの男の子二人組が、ヲタ芸やヲタクにしか分からないようなネタで盛り上がっていた。いかにもヲタクといった感じの風貌ではなく、よくいるクラスのお調子者という雰囲気であり、これもまた意外であった。

OKステーションに集まった観客のほとんどは、この後の番組にゲスト出演するモーニング娘。の道重さゆみちゃんか光井愛佳ちゃんがお目当てだったと思われる。顔写真がプリントされた大きなタペストリーやポスターを掲げる者も少なくなかった。これに放送中のパーソナリティー陣が着目した。落語家のような人が、観客の一人がやっていたうさちゃんピースを真似ると、場内は一気に湧きあがった。

暑さはものすごいレベルであり、頭がボーっとしてきた。帽子を持ってくればよかったと後悔したが、ペットボトルの水は買っておいてよかったと思った。高校生ぐらいの男の子二人組は携帯電話で2ちゃんねるのスレッドを見ながら盛り上がっている。小学生ぐらいの女の子が突然倒れて周りの人たちが助けた。いかにもといった風貌のヲタク風の男性は何やらブツブツと独り言を言っていたが、友人らしき人からの電話で、待っている間が暇だからずっと妄想をしていたと話していた。

そうこうしているうちに番組が始まった。パーソナリティーの女性と局アナ風の若い男性、また、ゲストとして青空の岡友美という女性が登場した。どうやら関西を中心に活動している女性漫才師らしく、アイドルヲタクとしても知られているということだった。Berryz工房の話などを普通にしていて、例の高校生ぐらいの男の子二人組は、「スッペッシャルジェネレーション、ウリャオイウリャオイ」などと叫びながら独特の動きをしていた。

そして、ゲストの道重さゆみちゃんと光井愛佳ちゃんが呼ばれた。道重さゆみはんはピンク色、光井愛佳ちゃんは黄色の衣装を着ている。髪型をお揃いにして、これは道重さゆみちゃんがプロデュースしたということだった。道重さゆみちゃんを生で見るのは初めてではなかった。

実はつい2日前、代々木のスタジオで生放送されたFM番組が、外から観覧できるようになっていた。しかしそれは数名ずつのグループが数十秒間(もしかすると数分間だったかもしれない)だけガラス越しに見ることができるというもので、良い場所をキープしなければお目当てのメンバーの顔を見ることができない。すっかり出遅れてしまい、何とか道重さゆみちゃんを斜め後ろの角度から見ることができた。ガラス越しとはいえ、ほんの数十センチ先にいる。しかし、表情は見えない。美しく白い肌と長い睫毛だけが印象的だった。

それなので、真正面から生の道重さゆみちゃんを見るのは、これが初めてであった。今回もスタジオはガラス張りであった。お化粧のせいか、思ったよりも顔つきがくっきりとしていて、目が大きく見えた。しゃべっている声、そして話し方は、紛れもなくいつも「今夜もうさちゃんピース」で聴いている道重さゆみちゃんだ。それまでは架空の存在のようでもあった道重さゆみちゃんが、現実に今ここで動いているというシュールな感覚に戸惑いを覚えたが、ただただその時間の意味の濃さをできるだけ感じ取ろうとした。

このラジオ収録が終わると、次はメインステージの方でテレビ番組の1シーンに出演するということだ。「ちちんぷいぷい」という番組で、関西では結構人気があるという。その中の「今日のポン」というコーナー、ゲストが昔懐かしいポン菓子作りに挑戦するというものらしい。ステージ上にMCのなすなかにしが登場し、スタッフから指示を受けている。メインステージの観客は大半が夏休みの家族連れを中心とした一般客であった。すぐ目の前には女子中学生らしきグループがいて、なすなかにしのことをカッコいいと言っていた。しかし、「今日のポン」のコーナーが近づくにつれ、次第に見るからにアイドルヲタクといった風貌の人たちが増えはじめていた。女子中学生グループのうちの数名が後ろを振り返り、その様子に気がついた。そして、あからさまに気持ち悪がっていた。

階段を上がって、ステージに道重さゆみちゃんと光井愛佳ちゃんが上がっていく。今度はガラスも通さず、しかも全身を俯瞰することができた。スラッと伸びた白い脚、そのスタイルの良さに改めて圧倒された。これは一体何なのだろう。それからステージを下り、ポン菓子製造機の近くまで来て、ポン菓子を作った。そしてコーナーが終わり、道重さゆみちゃんと光井愛佳ちゃんはステージからいなくなってしまった。

この時間はなぜ終わってしまったのだろう。終わってから強くそう思った。

そして、会場内をわけもなく歩いてみたが、そもそもここへ来たのは道重さゆみちゃんを見るだけのために過ぎなかったので、いろいろと楽しそうな所などもありそうではあったのだが、さっさと会場を後にした。そして、電車に乗った。せっかくなので、大阪見物でもしようかと思った。しかし、何だか心の中に昨日までは存在しなかった、何だかとても重いものが鎮座しているようだ。それが何なのかはさっぱり分からない。

そして、もう一度、あの時間はなぜ終わってしまったのだろうと、そのことを深く残念に思った。ふと思い出してみると、そんな風に思えた時間が随分と無かったのではないか。いつも早く終わらないかとか、早くここから抜け出したいとか、いつもそんなことしか思っていなく、この先、死ぬまで生きるということは、そんな気分に擦り減らされていくことだと思っていた。そんな風にしか思っていなかった。しかし、それはそれでまあ、そう悪くはなかったのかもしれない。

鼻の奥がツーンとなり、泣き出す寸前の感じがずっと続いた。女子高生が普通に関西弁で話している電車の中だ。大阪だが、あのテレビなどでよく見るグリコの看板だとか巨大なカニだとかはどこにあるのだ。NHKの「ふたりっこ」で描かれていた世界とか。新大阪とかは普通の街と大して変わらず、さっぱり大阪らしさが感じられない。立ち食いそば屋のような感覚で、スタンドのたこ焼き屋さんがある辺りが、唯一違うと思えるところだ。大阪のことなど何も知らず、キタとミナミという概念すら把握していなかった。ガイドブックでも買ってそれを参考に観光でもしてみようか、そんなことも一瞬頭をよぎったが、いや、今はそれどころではないのだ。

突然訪れたこのコントロールのできない感情のうねりとは、一体何なのだ。そんなわけで、それを確かめるべく、再びオーサカキングの会場へ舞い戻っていた。もう道重さゆみちゃんなどいるはずもない。しかし、さっきの面影を追いかけるだけでもいい。それだけでも何もしないよりはマシだ。会場内の通貨であるキングを購入し、ケンドーコバヤシ監修のケンコBARなるお店でおつかレイナなるカクテルを買った。それからカレー甲子園のカレーを食べたり、水着の女の子がやっているお店でかき氷を買って食べたり。せっかく大阪へ来たのだからたこ焼きだとかお好み焼きだとかを食べればいいものの、よく分からない。

この思いの、おそらく核にあるものを追い求めていくのだ。ネタのつもりでチェックしはじめたもうとっくに落ち目になったモーニング娘。、そこには未知の面白さがあり、また、80年代半ばの哀しい事件がきっかけで一度は終わっていたアイドルという存在への愛着を再発させてくれるものだった。途中から、道重さゆみちゃんという一人のメンバーに対する思いが募ったのだが、それは運動が苦手で友だちが少ないさえない幼少期とそれゆえの自己撞着といった部分に強く興味を引かれたからだ。そして、ラジオを聴いたり写真集を買ったり出ている雑誌をチェックしたりということを、導かれるがままにやりはじめた。それはここにたどり着くためだったのかもしれない。

さゆみんとは葛藤すること、そのものが生の充足であり、それ自体が美であるような状態であり、おそらくそれを追い求めることこそが生きることの目的となるだろう。真っ暗闇な泥沼のような現実を当たり前と思い、幾分かは自らそうあることを望みそんな風にして生きていたが、本当に輝いているものを目の前にして、その美しさに心が動かされ、また、それとの関係の無さに深く傷ついた。それが、あの時感じたものの正体だったのだろう。そして、気が付いてしまった以上、求めないわけにはいかないのだ。それを解き明かすことを期待して、ココログにブログを開設した。「モーニング娘。道重さゆみちゃんをめぐる自分探し系ブログ。」が当時の説明文だった。

いくつかの問題に片が付き、またいくつかはまだ解決していない。さゆみんに向かった卒業は、平成ニッポンというわれらの時代にワニがいて当たり前のように「生きる」とはいかなることなのかを求め続け、結局のところ、フリークス(珍奇者)として行け行けなのではないか、というところまできた。この夏は渡り廊下を走り抜けることに決めているが、その後のことは何も考えていない。詰めに詰めたところで本気でいる以上、出てきた結果が本当に望んだもので、神が思し召すところなのだろう。いい意味でどうにでもなれだ。

あの日の幻覚は今もまだ続いていて、あるバンドの言葉を借りるならば、青春白書はまだ思い出ライブラリーに蔵書されない。毎年八月に行っていた聖地巡礼企画を今年はやめてしまったけれど、その意味はずっと変わらない。そうだ、今を生きるんだ。

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