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2010年9月 5日 (日)

さゆさゆコンビの件など。

道重さゆみちゃんのGREEのブログを一週間分ぐらいまとめ読みしていたら、番組で共演した国生さゆりさんから可愛いクマの形をしたクッキーをもらったことを嬉しそうに綴っていた。

「おっ、道重!」と笑顔で声をかけてくれて、それが涙が出そうなくらい嬉しく、国生さんが天使に見えたらしい。

国生さゆりといえばおニャン子クラブ会員番号8番なわけだが、ここ数日間、私はあるハロプロファンの方のブログコメント欄において、ブログ主様そっちのけで元々の読者の方とおニャン子クラブの思い出を語り合うという、じつに楽しいことをやっていたのだ。

初期おニャン子ファンは新田派と国生派に二分されていたなどということがよくいわれるが、実際にはそんなに単純なものではなかった。とはいえ、この二人の人気が高かったのは事実である。

国生さゆりは広島出身で元陸上部という点がよくピックアップされていたが、その体育会系というかサバサバした感じが印象的であった。いわゆるブリッコ系とは対極である。とんねるずのマネージャーであったトメなる人物に似ていると、よくからかわれていた。

当時から文化系女子しか愛せなかった私のセンサーは、一切反応しなかった。どちらかというと苦手なタイプのメンバーだった。

ソロの曲では「バレンタイン・キッス」が圧倒的に有名だが、これ以外に「夏を待てない」などの疾走派ナンバーもある。自ら出演した化粧品のCMソング「ノーブルレッドの瞬間」のようなしっとりしたバラードもある。しかし、いずれも見事なまでの不器用なボーカルである。その媚態とは無縁の素朴な歌唱には潔さすら感じられ、それは国生さゆりの本質をよく現しているようにも思えた。

そこに体育会系少女の哀しみとでもいうようなペーソスを感じ、いつの間にか国生さゆりのことがすごく好きになっていた。シングルを買ったりアルバムを小田急相模原の友&愛でレンタルしたりしたのだが、アルバムの中に「大きい猫」という曲が入っていた。「大きいあの猫だけほしかった 両手で抱きしめたまま眠りたい」という歌い出しのジャジーなバラードである。活発で男まさりなキャラクターの女の子がじつは抱えているさみしさ、そのような妄想をふくらませてくれる素晴らしい作品であった。

主演していたドラマ「キスより簡単」も見ていたが、この番組に出演していた伊藤智恵理の「パラダイス・ウォーカー」は80年代アイドル歌謡が誇る名曲の一つである。

あと、アイドルの作品は好きだがグッズなどにはほとんど興味がなく、また、ある悲しい事件がきっかけで特定のアイドルに強い思い入れを持つのはもうやめようと決心していた。にもかかわらず、私が唯一買ったおニャン子関連の写真集は国生さゆりのものだった。何だか勢いで買ってしまったが、もうアイドルの写真集を買うようなことは二度と無いのだろうなと思っていた。

確かにそれからもうずっとアイドルの写真集を買うことは無かった。約20年後に道重さゆみちゃんの「憧憬」を買うまでは。

キャラクターも一見真逆のようにすら思えるこの二人だが、20年の歳月を隔てて私が買った数少ないアイドル写真集の被写体だったわけで、私の趣味の無節操さもどうかと思うのだが、とある鋭いハロプロ系ブロガー氏によると、私の好きな女性のタイプはブレていないらしい。

というわけで、道重さゆみちゃんと国生さゆりも邂逅と相成ったわけだが、道重さゆみちゃんがブログで書いているように、そういえばこの二人、どちらとも「さゆ」だった。二人の名前はよく知っているはずなのに、これを意識したことがなかった。

その理由というのは、国生さゆりは大抵の場合、下の名前ではなくて苗字で呼ばれていた印象があるからだろう。確かに珍しくて覚えやすい、声に出したくなる苗字ではある。それに加えて、やはり本人のキャラクターであろう。下の名前で呼ぶよりも、親しみを込めて男の子に対してと同じ感覚で苗字で呼んでみたい。

だから、国生さゆりさんが道重さゆみちゃんのことを「さゆみちゃん」とかじゃなくて、「おっ!道重」と声をかけてくれたというところに、ひじょうに良きものを感じずにはいられない。

思えば、「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」に道重さゆみちゃんが出始めた頃、ほぼ四面楚歌の状況の中、国生さゆりさんだけがアイドルグループの激しい競争の中から抜け出そうとする道重さゆみちゃんを好意的に評価するという場面があった。

いつかの「笑っていいとも」でのタモリさんとの「道重〜」「タモリさ〜ん」のやり取りにも感動的なものがあったが、私にとっては確実に「さゆみん」と呼ばれているよりも「道重」と呼ばれる道重さゆみちゃんの方が圧倒的に魅力的に思える。

道重さゆみちゃんはずっと自分のことをさゆみんと呼んでもらいたがっていて、自分の苗字があまり好きではないようなことも言っていたが、果たして現在はどうなのだろうか。

珍しい苗字で中国地方出身と、国生さゆりさんと道重さゆみちゃんには意外にも共通点があるではないかとも思いかけたのだが、運動神経は完全に真逆であることを思い出した。

あと、ブログによると道重さゆみちゃんはiPhoneを欲しがっているようだが、買って間違い無しであろう。在宅時の楽しみの多くがパソコンによってもたらされている印象がある道重さゆみちゃんに、これほどふさわしいガジェットは無いのではないか。You Tubeなどの動画も高画質で見られるし、ゲームもできるし、写真も撮れるし、ブログの更新も楽々できる。機種代込みで月々数千円のプランもある他、現在使っている携帯電話を通話専用にしてパケット通信を解約すれば、月々の使用料は両方合わせてもそれまでとさほど変わらない。それで、便利さや楽しさは圧倒的に増す。

iPhoneの魅力は色々あり、使う人にとっても様々だと思うのだが、私にとっては、あるアプリケーションをインストールすればMP3などの音声ファイルがすぐに再生できるというのも嬉しい。

時間が無くて聴けない音源などは変換してストレージしておけば、どこからでもアクセスして再生することができるのだ。iPhoneを買ったばかりの頃、これで「今夜もうさちゃんピース」を聴くのがすごく楽になると喜んだわけだが、それから数週間後に諸事情により聴くことを止めてしまった。

じつは一昨年にも一時的に聴くのを止めていた時期があり、その時は二ヶ月ぐらいでまた聴きはじめたのだが、ちょうど伝説の「ワニがいて当たり前なんだ」の回であり、「シンデレラ The ミュージカル」の時期の家族の優しさを思い出して放送中に泣いてしまうという感動的な場面もあった。

今回はすでにもう四ヶ月間聴いていないわけだが、依存症の心配も大分無くなってきたので、久しぶりにどのような感じになっているのかと思い、聴いてみた。

有名ファンサイト管理人としてお馴染みのファンのメールが読まれ、それは亀井絵里ちゃん、ジュンジュン、リンリンのモーニング娘。及びハロプロからの卒業について触れていた。初めは冷静に話していた道重さゆみちゃんだったが、亀井絵里ちゃんに対する思いを語っているうちに感情が入ってしまい、気がつくと泣いていた。いつものオープニングのジングルはもう終わっていた。

AKB48のこじはること小嶋陽菜ちゃんが何かの本か雑誌で推しメンはさゆみんと書いていたというメールも読まれ、素直に喜んでいた。また、番組で共演した秋元才加ちゃんの楽屋に挨拶に行った話もしていた。その時もこじはるが道重さゆみちゃんのことを好きだという話題になったらしい。道重さゆみちゃんもこじはるのことは可愛いと思っているということで、相思相愛が成立したと話していた。このように自然にAKB48の話ができるのは、じつに健全で素晴らしいと思った。

あとは給食の話題で道重さゆみちゃんがミルメークの話をしていて面白かった。ミルメークというのは牛乳に入れるとコーヒー牛乳になる粉末や液体で、私が小学生だった頃にひじょうに人気があったのだが、いまどきの若者にこの話をしても一切通じなく、悲しい思いをするということが再三あった。だからもう給食にミルメークは出ていないものなのだと思い込んでいたのだ。これが地域的なもこなのかどうかは定かではないのだが、山口県の小学校では平成になってもミルメークが出ていたということは分かった。確か、イチゴ味のやつもあったような気がする。他には北海道の蒸しパンとやらが好きだったらしく、北海道なのでいいやつなんだと思っていたという。北海道に好印象を持っていただけているようで、とても嬉しいことだ。

「天使さゆみと小悪魔さゆみ」のジングルがとても懐かしく感じた。街を歩いていてもほとんど気づかれることがなく、「道重さんですか?」と言われたいという。また、サプライズについての話題での自己分析もいかにもらしくて面白かった。「裏を読みながら生きている」というのが良い。

やはりこの番組はすごく面白いというか、道重さゆみちゃんというのはとてつもない魅力を秘めた女の子だなということは、改めて思った。どんなにテレビや雑誌に出ても、本質の部分は変わっていない。この番組も今週放送の回でとうとう第200回目を迎えるようだ。

いっそのこと道重さゆみちゃんをラジオとブログをやっているタレント認識で捉え直し、モーニング娘。とかハロプロのことは、そういう活動もしているらしいのだが、じつはよく知らないという設定を脳内でつくれないものだろうかとも思ったのだが、さすがにそれは難しいだろう。

というわけで、適度な距離感で気にしたりしなかったりということが続くような気がする。たまにブログを細めにチェックしてみようかなどと思うものの、気に入らない内容だと酷く嫌な気分になったりしているので、以前のような感じに戻ることはおそらくもう無いが、だからといって替わりうる存在があるのかというと、今のところは見つかりそうにない。

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