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2011年7月

2011年7月31日 (日)

パンツをしゃぶしゃぶする件など。

今週の「ヤングタウン土曜日」には高橋愛、道重さゆみに加えて田中れいなも出演していて、とても面白かった。

親が好きだったアイドルを、その娘も影響を受けて好きになることがよくあるらしいという話題で、明石家さんまが三人に、お母さんが昔好きだったアイドルは誰かを聞く。

ここでの田中れいなの答が、横浜銀蝿。ガチすぎて笑ってしまった。コンサートのコーナーか何かで、昔、コンビニの前でたむろしているのを注意された時の反応というのもやっていたようだ。

道重さゆみは反町隆史、高橋愛はWinkやピンクレディーだと答えていた。

明石家さんまが総合司会を務めた「27時間テレビ」で、一年間に出会った中でお気に入りの女性をランキング化するラブメイト10なる企画の話しになった。

今年の第1位には、漫画「ワンピース」に出てくるキャラクターが選ばれていた。高橋愛も「ワンピース」にお気に入りのキャラクターがいるらしく、二人だけの間で会話が盛り上がる。

村上ショージは実在しない漫画やアニメの登場人物を好きになる感覚が分からないと言った。道重さゆみと田中れいなは「ワンピース」を読んでいないため、まったく会話に入れない。

さんまが田中れいなに漫画の本を貸そうかと言うが、63巻まであると聞き、読むのが遅いため、読み終わるまでに何年もかかりそうだと言う。

ここですかさず、道重さゆみが自分は読むのが速いからぜひ貸してほしいと言い、さんまが今度持ってくるということになった。

さんまお得意のシモネタの流れで、ノーパンしゃぶしゃぶという単語が出てくるが、三人はこれにピンときていない様子だ。世代的に知らなくても仕方がないのだろう。

ノーパンもしゃぶしゃぶも分かるがノーパンしゃぶしゃぶというのは分からないという話の流れで、田中れいなが「パンツをしゃぶしゃぶすると?」と、じつにユニークな推測をし、爆笑を呼んでいた。

コーナーの説明などで、いつも通り高橋愛が超一流の噛み芸を披露するが、さんまから一回ぐらいちゃんとやれと怒られると、「一回はありますよ」とマジレスしていた。

リスナーが考えたた自己紹介のセリフを読むコーナーでは、いつもここからの悲しい時や、テツ&トモのなんでだろうといった、過去に流行したお笑いのネタをモチーフにしたものが増えていた。うまくメンバーの特徴やエピソードなども盛り込まれていて、なかなかレベルが高い。

中でも、レギュラーのあるある探検隊をモチーフにした道重探検隊というのが秀逸で、さんまも絶賛していた。ラップや歌モノでは惨敗しがちな道重さゆみも、お笑い好きだけあって、このギャグのリズムにはほぼ完璧にのれていた。

早口言葉のコーナーでは、いつもは上手くできる道重さゆみが、あまり芳しくない。さんまが、道重は調子が良い時と悪い時がある、今日はいつもと違う、疲れているか恋でもしているんじゃないか、などと言うと、「何で1ヶ月に1回恋するんですか」と言っていた。

田中れいなは上手くできずに、思わずクッソーと悔しさを全開にしていた。

再度、さんまがから今日は調子が悪かったと言われ、道重さゆみは「花粉症かな」と言った。「お前、花粉症なんか?」と聞かれ、さんまの目を見ながら素で「うん」と答え、その後、つっこまれまくっていた。

このやり取りはミニコント化され、番組内でその後何度か繰り返されていた。

「癒せません」のコーナーで、高橋愛がセクシーなセリフを上手く言えずにさんまから怒られるといういつもの流れで、今度は高橋愛が生返事をし、先ほどの道重さゆみの件もあり、お前ら尊敬しているとかぬかしているが本当は俺をなめているだろうと、さんまが怒る。

道重さゆみがゆとり教育だからではないかと言い、その話が終わりそうになるが、高橋愛が「ゆとり前ですけど」などと、要らんことを言ったような感じになり、なかなか面白かった。

高橋愛の訛りはいつも怒られているが、田中れいなの福岡弁は、可愛いとさんまやショージに好評であった。

ラジオの感想とか。

深夜に一人でコーラショックを飲みながら、「今夜もうさちゃんピース」を聴く。これぞ大人の男の嗜みである。GREEのブログも狼のスレッドもあり、楽しみは尽きない。乾杯、モンテカルロである。

道重さゆみのGREEのブログにはハロプロの小さい子ばかりたくさん出ていて、よく分からん。しかし、「今夜もうさちゃんピース」でも、ハロプロには本当に可愛くて面白い子が多いので、もっと多くの人に知ってほしいというようなことを言っていたので、出来るだけ知るように努力したい。

iPhoneは素晴らしい文明の利器だが、朝の道重さゆみの記事で、写真がモノクロに加工されていた意図がよく分からない。高橋愛あたりがこういうのをスタイリッシュに使いこなすのだが、それを真似ようとするものの、何だかよく分からない結果になってしまうさゆみかわいいよさゆみ。

最近は℃-uteの萩原舞が面白いと感じているようだ。「ハロー!チャンネル」でローソンの店員になったのは、道重さゆみの希望だったのだが、本人はもう覚えていなかったらしい。道重さゆみの実家近所にあるたった一つのコンビニがローソンであった。昔はヤマザキデイリーストアがあったらしいが、いまは煙草の自販機があるだけらしい。なぜにこんなことを知っているかというと、以前に別のURLでブログをやっていた頃、いろいろと情報網を張り巡らせたら、勝手に情報が飛んでくるようになった。通っていた進学塾がケンタッキーの向かいとかも、それで知った。でも、こういうのはもう止めようと思う。

とにかくそのローソンの店員になる企画をやった時に、その℃-uteの萩原舞とBerryz工房の菅谷梨沙子と一緒だったらしい。その時に色々話し、自虐キャラが面白くて気に入ったのだという。亀井絵里と一緒に℃-uteのコンサートを観に行った時も、自分のブログにはコメントがせいぜい300ぐらいしかつかない、などと自虐的に言っていたらしい。そこまで言ったなら、ファンも一生懸命コメントしたのではないかと思い、その夜に見てみると、270〜280ぐらいしかついていなかったという。

「さゆの小部屋」では、「Only You」のPVについて、つんくからメールでほめられたことを嬉しそうに話していた。

あと、最近、楽屋で田中れいなが楽しんごの「ドドスコスコスコ」というやつをやたらとやっているらしい。道重さゆみにも強要してきて、本当は大人しくしていたいのだが、そういう田中れいなの姿が愛らしくて一緒にのってやってみたりすると、案外楽しいらしい。

過去の衣装では、「3、2、1 Breakin' Out」から始まるツアーの時に着ていた動物のやつが好きだと言っていた。牛の耳だとか豹柄のフードだとかうさ耳だとかを付けるやつである。

また、いつかのツアーで「HOW DO YOU LIKE THIS JAPAN?」をアンコールでやる時に、下がジーパンで上もラフな感じの衣装の時があり、それがとても好きだったという。凝っていない衣装の方が好きかもしれないとも言っていた。先日の、ジャージ公演をやってみたいという発言とも共通するものがある。

続いて、「今週のお姉ちゃん」のコーナーだが、このコーナーがあると、何だか得したような気分になる。

お姉ちゃんは、台所で真っ裸で転がり回っているらしい。

また、敬語が使えず、以前、居酒屋でバイトをしている時に遊びに行ったが、店長にタメ口を聞いていたらしい。家に帰ってからお母さんが注意すると、いつもそんな感じだし店長も何も言わないしそれで成立しているのだから良いのではないかと反論され、何も言えなくなったのだという。

この居酒屋バイト時のエピソードといえば、バイト仲間からバカというあだ名で呼ばれていたが、みんなすごく可愛がってくれると喜んでいたり、テストがあるからと嘘をついて休み、じつは海にあそびに行っていたのだが、日焼けしていることを指摘されると、勉強をしていて電気スタンドで焼けたとバレバレの弁解をしたというエピソードもあった。

趣味で絵を描いているが、おそらく仕事をする気は全くないと思うと言ったが、そういえば「いぬまるだしっ」の単行本に投稿したイラストが掲載した時に、漫画家のアシスタント的なこともやってみたいから、コネで何とかしてくれないか、と道重さゆみに頼んでいたらしい。道重さゆみは、アシスタントという言葉がなかなか出てこず、また、手下などと言っていた。道重さゆみにとって、部下的な意味合いを持つ単語で真っ先に出てくるにが、手下であるようだ。鞘師里保を応援する団体を作るという話の時も、そんなことを言っていた。

あとは、お姉ちゃんがおカネに困った時に頼ってくるので、貸したりしているとか、大阪の駅で迷ってお母さんに電話してきたとか、いかにもお姉ちゃんらしいエピソードが話されていた。

来週は℃-uteの鈴木愛理がゲストで来るらしい。相当可愛いと絶賛していた。

テレビなどで見せるナルシストキャラクターとは裏腹に、道重さゆみは、アイドルとしての可愛さにおいて、高橋愛や鈴木愛理は一流だが、自分はそうではないということを理解している。

今回のエンディング部分で鈴木愛理を絶賛するところで、それはよく出ていた。しかし、道重さゆみのファンは、間違いなく一番可愛いと思って応援している。

道重さゆみの価値観において、可愛いという要素は、相当に優先順位が高いと思われる。しかし、その部分において自分が一流ではないと自覚し、かつそれはある程度は天性のものであり、仕方がないことだと思っているとしたならば、道重さゆみが目指している理想のフォルムというのは、一体どのようなものなのだろうか。それがとても気になるし、だからといってどうという訳でもないが、そこに近づくには、何をどうすればいいかについても、考えるのは楽しいものだ。

ブログスレッドでは、ファン同士による様々な意見が戦わされているが、いずれも思いは真剣なのだろう。これだけ異なった意見を誘発してしまうというのも、道重さゆみという素材が持つ魅力の多面性ゆえであろう。

あるレスを見て、それに対して反対のことを思うと、それを誰かが代弁するように書き込んでくれる。カオスだとか末期だとか言われがちだが、きわめて健全なようにも思える。

2011年7月30日 (土)

ハイ&ロウ。

BUBUKAという雑誌に、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」などで知られる声優の平野綾によく似た女性が、男性と接吻をしているような写真が掲載されたということで、一部のファンがひじょうに動揺しているようである、

この平野綾という声優のことはよくは知らないのだが、アイドル的な人気があるのだという。CDを出したりライヴをやったり、音楽活動にも積極的に取り組んでいるようだ。

少し前に「グータンヌーボー」というテレビ番組に出演し、リアルな恋愛について語ったところ、この時にも多くのファンがひじょうに動揺したようである。

つくづく大変な職業である。

昔からアイドルは恋愛禁止というようなことは言われてはいたが、それはあくまで建前であり、そういったていでネタ的に楽しむという認識が共有されていたように思う。

小泉今日子の「なんてたってアイドル」の「恋をするにはするけどスキャンダルならノーサンキュー」という歌詞にファンをバカにしているなどと目くじらを立てるものなどいなかったし、おニャン子クラブの「新・会員番号の歌」だかでは、確か横田睦美あたりが、恋愛禁止なんてナンセンス、などと言っている。

では、なぜこうなった。

やはりそれは、いわゆる高齢マジヲタなる存在のせいなのではないかと思う。

アイドルヲタクにおいて、高齢とは何歳以上を指すのか。昔ならば大学生にもなってアイドルを追いかけていれば、いい歳をして、などと蔑まれるような雰囲気があったが、そこをサブカル的な理論武装で颯爽とすり抜けたりはしていた。

しかし、今やそれが30代、40代は当り前という世界である。10代の頃にアイドルを好きだった若者がそのまま加齢したような計算になる。

これはアイドル文化の成熟を意味していて、その昔、ロックンロールは若者のための反逆の音楽だったが、歴史を重ねるにつれ、今や大人のロックなどという言い回しが可能なまでになったのだ。

アイドルという文化は確かにそれだけ素晴らしいものであり、同世代の人たちとの思い出話などでもひじょうに盛り上がる。

ならば、なぜに高齢アイドルヲタクは気持ち悪がられるのか。

それはおそらく、アイドルを好きになるという気持ちの中で、疑似恋愛的な要素が、一般的に強いと思われがちだからであろう。

中学生や高校生の男子が同年代ぐらいの可愛い女の子に恋愛感情を抱いたとした場合、それは一般的にも容認されやすい。しかし、これが30代、40代のいい大人がそうだとしたら、これは気持ちが悪いと思われがちである。

世間一般から容認されにくい趣味嗜好というのは、カルト的に濃縮されやすい傾向にある。

若い女の子を可愛いと思う気持ちはごく自然なものであり、何ら責められる類のものではない。それがいつまでも恋愛感情的なものと結びついているところが気持が悪いのだ。大人にとって、恋愛とはたいていの場合において、性愛を含むわけであり、つまり自分の娘ぐらいの年齢の女の子に性的な妄想を抱いているということになる。こういう趣味嗜好があること自体は仕方がないとしても、やはりこんなものが世間一般的に容認されるはずがない。

昔、男はある程度の年齢になれば、結婚して家庭を持つのが当り前であった。あえて結婚を選ばない者は、独身貴族などといわれ、複数の女性との逢瀬を楽しんだりしていた。結婚をしたいけれども出来ないという状況は、現在ほど多くはなかったのではないか。

当然、エロス的欲求は現実の恋愛や性生活に回収される。現実の性生活には、風俗営業店なども含まれる。

しかし、結婚や恋愛がしたいけれども出来ないという状況が現実に多い現在、行き場を失ったエロス的欲求は、どこか別の場所に捌け口を求める。

アイドルは職業であり、ファンは客である。歌やダンスやメディア露出といったサービスの対価として、客はおカネを払う。これに握手、トーク、現場での反応といったオプションが加えられる場合もあり、昨今、その比率は増えているように思える。

サービスによってエロス的欲求を満たすという意味で、風俗営業マンとアイドルとは似通った部分がある。風俗営業店で働くプロの女性のサークルを個人的な好意と誤解し、真剣に人間関係を結びたいと思った場合、それは愚かなことだと嘲笑される。たとえ、いかにその思いが純粋なものだったとしても、それは愚かで迷惑なものと見做される。

アイドルにおいても、基本的にそれは同じである。いわゆる認知だとか爆レスだとかいっても、それはプロとしてのサービスの一環であり、個人的な感情とはほとんど関係がない。しかし、営業サイドがこの辺りをあえて曖昧にしているということもあり、なかなか難しい問題である。

未来に夢や希望が抱きづらい時代だという。歳を重ねるほどに、残された時間は少くなる。

たとえばいま死んだとしても何の後悔もないというような毎日を過ごしているとするならば、こんなことを考える必要もない。

しかし、自分の暮らしが一番自分を傷つけているような日々を送り、かつそこに出口が無く、抜け出すための方法もエネルギーも尽きてしまったように感じた時、それでも全てに絶望して自ら死のうとする前に、それでもまだ何か生きるに値するものは無いだろうかと、探してみる。

恋愛や結婚、現実の女性に対してそのように思っている高齢者が、アイドルに出会う。アイドルは客であるファンを喜ばせるサービスをプロとしてやるので、それをたった一つの生きがいとする人がいてもいいだろう。

音楽や映画や旅行やペットがそのようなものになっている人たちは、世の中にたくさんいる。

しかし、それはアイドルのプロとしての仕事ぶりや、それを通して見聞き、感じることが出来た幻影を美しいと感じ、それで十分とするべきではないか。しかし、そうは行かないのであろう。

アイドルへの執着の目的がエロス的欲求の充足だとするならば、なぜに彼らはより直接的に欲求充足することが出来る、風俗営業店などに行かないのだろうか。

考えられる一つの可能性としては、そこに処女性という要素が重要視されているからではないか。

現実の恋愛経験において、侮辱や屈辱を受け続けた場合、自己防衛のために、そこから退行する。しかし、現実的にエロス的欲求というのはあるので、この矛盾を何とかするために、仮想世界への逃避という方法が浮上してくる。そのための環境は、ひじょうに整っている。

恋愛に長けた女性は、かつて自分を傷つけた現実の女性を連想させる。そこで、そういう経験は一切無く、ゆえに性愛においては弱者である自分も劣等感を覚えたりする必要がない。そこで処女信仰的な価値観が熟成される訳だ。

世間一般的な価値観から見ると、いかにもおぞましく恐ろしいと思えるのだが、アイドルの応援スレッドなどを覗いてみると、このような価値観があたかも常識のようにまかり通っていたりもする。

20歳もとうに過ぎた女性が、恋愛経験があるだけでビッチ呼ばわりされているのである。まあ、これは同じような趣味嗜好を持った人たちが集って好き勝手言い合うインターネットの掲示板なので、まあいい。

実際、アイドル産業というのは、こういう人たちが現実の女性とのデートやプレゼントではなく、アイドルのグッズや生写真や一緒に行くツアーなどにおカネを遣ってくれているから成り立っているところもある。

しかし、処女性を商品価値としたアイドルには賞味期限がある。処女性を主な価値としてアイドルにおカネを遣う客たちは、毎年より若いアイドルがデビューすれば、どんどんそちらへ流れていく。アイドルは生身の人間なので、毎年年齢を重ね、大人の魅力を身につけていく。処女性に最大の価値をおく客は、それを劣化と呼び、もうおカネを遣わなくなる。

そのような状況で、それでもアイドルとして、タレントとして、芸能人として生きていきたいと考えた場合、処女性に最大の価値をおく層とはまた別の、新たな客層を開拓する必要が生じる。

処女性に最大の価値をおく以外のごく一般的な価値観を持った客層というのは、おそらく処女性に最大の価値をおくような感覚をひじょうに気持が悪いものと捉えている可能性が高い。ゆえに、それまでと同じようにやっていたのでは上手くいかないのである。

たとえば、すごく可愛いアイドルがいたとして、そういうのに憧れる一般の女性は多い。しかし、処女性に最大の価値をおく客層に対してと同様のキャラクター設定や行動、言動をしていたのでは、おそらく支持は得られない。

80年代アイドルの中でも大成した松田聖子、中森明菜、小泉今日子らに処女性を求めるファンは、おそらく当時もほとんどいなかったのではないか。同性からの支持もあり、アイドルの枠を越えた活躍をするに至った。

処女性を求めるファンは、いずれ若い子に流れる。それでも付いてくる熱心なファンもいるとは思うのだが、その数は年々減少していくだろう。

高齢マジヲタの処女信奉が、アイドルの恋愛禁止圧力を強化したと思われる。その影響は、比較的若者が多いという印象も受ける、今回の平野綾の件への一部の反応を見ても感じるところである。

もっとシンプルに、キラキラ輝いてるから素敵で、そういうものに自分もなりたいと思ったから、少女たちはオーディションに応募した。

不遇な高齢者の処女信奉の生贄になるつもりなどなかったはずなのに。

まあ、いいけども。

2011年7月28日 (木)

いかんともしがたい。

女性アイドルは恋愛禁止ということになっているようだ。モーニング娘。やAKB48において、恋愛が発覚したことが原因でグループを脱退しなければいけないということがあった。

これはなぜかと考えるに、やはり恋愛をしていないというところに商品価値があるからだと思うのだ。恋愛をしていることが公になると売上が落ちるから、しないようにするようにと言われているのだろう。大変な仕事である。

しかし、そこまでしてやりたいからやっているのであれば、それは仕方がないことなのだろう。

恋愛というのはまあしない方が不自然だとは思うのだが、ここを抑えつけてやっているのだから、そのプロ根性には頭が下がる。

たとえば音楽家だとか作家だとかの場合は、本人の恋愛経験が人間としての深さにつながり、それで作品の質が上がれば売上にも貢献する。アイドルもある意味では表現者であるはずなのに、この部分では逆なのである。

つまりアイドルに求められているのはけして表現などではなく、恋愛をしていない若い女の子という素材の部分だけだということなのか。いや、バラエティー能力だとかパフォーマンス力も重要だという意見は多いだろうが、ならばなぜ恋愛をしてはいけないのだろうか。恋愛をした方がバラエティー能力もパフォーマンス力も上がるのではないか。

昔はアイドルといっても超一流をのぞいては数年でピークが過ぎ、20代前半ぐらいまでには引退したり大人のタレントにシフトチェンジしたものだ。そうなるともう恋愛をしても罪の意識を持つ必要がない。若い時期のほんの数年間と割り切れば、それもいいだろう。

しかし、最近ではそれ以上に年齢になっても恋愛禁止のアイドルでいなければならない場合もあるようで、本人がいい加減そういうのはもう勘弁と思っていたとしても、状況が許さなかったりする場合もある。これはひじょうに不幸なことである。

たとえば、ファンがなぜ自分が応援しているアイドルに恋愛をしてほしくないと思うかということを想像した場合、それは自分がそのアイドルに対して疑似恋愛感情を抱いているということが考えられ、そこでリアルな恋人発覚などとなった場合、その幻想は崩れ、裏切られたとかカネと時間を返せといった感情に支配されるのだろう。

そのアイドルのパフォーマンスが好きなだけならば、たとえばそれが自分が期待するものとズレてきたり、あるいは単に飽きたりした場合には、見たり聴いたりおカネをつかったりするのを止めればいいだけである。

そうではなくて、そのアイドルをもう一人の人間として好きになっているという場合がある。ブログにしろラジオにしろ、あくまでそのアイドルは仕事としてやっていて、そこからそのアイドルの人間としての本質を推測したり妄想したりするのは勝手だが、あくまで嗜みとしてやるべきであり、それを本物の人間関係と誤解してはいけない。

しかし、そのアイドルという職業とファンという客との関係を、あたかも本物の人間関係であるかのように誤解されることによって、より多くのカネが動くという現実はあるので、商売する側も、それは上手く利用してくる。だから、アイドルは恋愛をしてはいけない。

では、恋愛感情ばかりが人間関係なのかといえば、もちろんそんなことはない。恋愛感情というのは、自分が相手と一対一の関係になることを最終目的とするというか、自分が相手から一番だと見てもらいたい、承認してほしいという、きわめてエゴイスティックな欲求である場合が多い。アイドルが恋愛をしていないとかするつもりもないと言ったり、ファンの方々が恋人ですなどと言ったりしているのは、それをよく分かっているからであろう。同性愛アピールという手も、よくつかわれがちである。痛々しいといわざるをえない。

たとえばあるアイドルのことが、本当に人間として好きなのだという場合があったとする。だとすれば、相手の幸せを願うのが筋だと思うのだ。客として好きなだけならば、カネを払っているのだからもっとサービスを向上させろだとか、これ以上期待を裏切り続けるのならばもうカネは出さないぞとか言うこともあるとは思うのだが、人間として好きなのだということであれば、それは本物の人間関係にも近く、相手の喜びがそのまま自分の喜びでもあるというようなことである。

一般的に、大半の女性や男性は理想のパートナーに出会い、幸せな家庭を築きたいと願っている。ならば、自分が人間として本当に好きな人が恋愛をしているということは、素直に祝福できるはずである。とても喜ばしいことだと思える。

しかし、疑似恋愛的に好きな場合は、もちろんそんなことはない。

私に好きなアイドルがいたとしても、本人がそう望むのならば、理想のパートナーとめぐり会って、しあわせな家庭を築いてほしいと思う。それがきっかけでメディアから消えて、もう近況を知ることもできなくなったとしても、幸せを願いながら、思い出に感謝したい。アイドルではなく、主婦タレントとしてブログやラジオをやったりたまにテレビに出たりするならば、おそらく応援し続けるであろう。

水着が満載のDVDとか写真集とか、出ればおそらく買うのだろうが、別に出なくてもいいと思う。処女だとかレズビアンだとか言っている人たちとは、永遠に分かち合えぬ隔たりを感じる。

2011年7月27日 (水)

フライングゲット。

「モーニング娘。コンサートツアー2011春 新創世記ファンタジーDX 9期メンを迎えて」のDVDが発売日前日だったので、ラムタラ新宿駅東口店で買ってきて観た。発売日前日であることを知ったのがお昼ぐらいであり、Amazonに注文すれば定価よりも1,000円ぐらい安く買えたのだが、届くのが遅くなるので、店で買うことにした。いつも行くタワーレコード新宿店は駅の逆側まで行かなければいけないのと、火曜日は混んでいることが多いので、久しぶりにラムタラで買った。ここは定価より数百円安いので良い。しかし、サラリーマンの格好をしたアイドルヲタクのような人たちが多数いるので、なかなか厳しい環境なのである。発売日だけあって、モニターでも流して、ちゃんと展開されていた。「THE マンパワー!!!」がちょうどかかっていた。

偶然にも、この「THE マンパワー!!!」を初めて聴いたのは、このラムタラ新宿駅東口店でであった。当時はモーニング娘。などまったく興味が無かったのだが、非アイドル歌謡的アプローチがかなり攻めている感じに思えた。

モーニング娘。のコンサートDVDを最後に買ったのが確か久住小春の卒業の時のやつなので、あれから四人のメンバーが卒業し、同じく四人が加入したことになる。全九人中、半数近くが入れ替っている。9期メンバーとかはさっぱり分からない。道重さゆみのラジオやブログで、りほりほだとかいろいろ言っているが、いまのところ全く把握していない。そのうち覚えるだろう。

モーニング娘。のコンサートDVDを買う主な目的は動いている道重さゆみを見ることなのだが、他の部分でも結構楽しめるところがある。

このDVDは、5月8日に行われたコンサートを収録したもののようだが、この時にすでにもう高橋愛は金髪だったのだな、ということが分かる。この頃は道重さゆみのGREEのブログもたまにしか見ていなかったので、まだこういうことになっているとは知らなかったはずである。

道重さゆみのブログといえば、ハワイに行ってから更新が少ないが、別にやりたい時にやってくれれば見るので、それでいい。とにかくやりたいようにやるのが一番であり、そういう道重さゆみを知りたいだけなのだ。

さて、DVDである。一曲目は当時の最新シングルである「まじですかスカ!」だが、これは9期メンバーを迎えて初めてのシングルである。これは出た時にPVを見たのだが、楽しみ方がよく分からず、途中で断念した。いかにもハロプロらしい曲だと感じる。高橋愛がやはりとても面白い。ラインダンスのような振りつけがある。。コンサートの真骨頂でもあるのだろうヲタクの人たちのオイオイ言ったりメンバーの名前をコールしたり、このノリが苦手である。この様式美の中に入ってしまえば楽しいのだろうが、なかなかハードルが高そうである。数少ない現場体験においても、疎外感を感じずにはいられなかった。自分なりの納得がいくかたちでの鑑賞スタイルを身につけたいのだが、まだそれは見つかっていない。

二曲目の「Fantasyが始まる」という曲はおそらく最新アルバムに収録されていると思われるのだが、これは聴いていなので、初めて聴く曲である。冒頭から道重さゆみのソロパートが多い。高橋愛がやはり面白い。以前は、モーニング娘。でヴォーカリストとして最も好きなのは亀井絵里だったのだが、現メンバーでは新垣里沙かもしれないと思ったりした。年長メンバーが網タイツのように見えるものをはいているが、これはあまり好みではないと思った。高橋愛が野太い声で歌ったりするところが面白かった。

続いて、VTRでメンバーが紹介される。ここでヲタクの人たちがひじょうに盛り上がるのだが、やはりこの感じが苦手きわまりないと、尻込みしてしまう。

そして、「THE マンパワー!!!」。光井愛佳が「ホモーサーピエーンス」というところが可愛いと思ったら、同じ箇所を道重さゆみも歌って、これも随分と可愛いと思った。

それからMCがあるのだが、じつはこれも苦手なのである。じゃあ観なきゃいいだろうという話なのだが、しかし観てしまうので、これがかさぶた剥がし的な快感にもなりつつあるのかもしれない。高橋愛は面白い。

続いて、最新アルバムから三曲だが、アルバムを聴いていないので知らない曲ばかりであり、かつ、興味をひかれるわけでもない。とはいえ、最初聴いた時はそれほどよく思えくても、何度も聴くうちにじわじわと気に入っていく曲なども多々あるわけであり、この中にもそういうのがあるのかもしれない。

しかし、この辺りでややだれて、iPhoneから久しぶりに道重さゆみブログスレッドに書き込んだりした。よく私がブログスレッドで自演してるだとか、他の人がここのことを書いたら、それを自演だと決めつけてイライラしている人を見かけるが、パソコンや携帯電話からは書き込まないので、全部違う。某プロバイダ名+千葉県の都市名で知られる有名アンチの方に粘着したりも昔はしていたけれども、もう飽きた。あと、あのスレッドでは別スレッドに隔離を推奨されたりアンチ扱いをされたりしている人の方が、じつは共感できる点が多かったりもする。

高橋愛の顔が時々、卵みたいですごく可愛い。

9期メンバーによる「好きな先輩」。この曲は新メンバーが歌うという伝統があるのだろう。9期メンバーについては、小さい子供にしか見えない。スマイレージ同様にハードルが高すぎる。

次、「リゾナント ブルー」、これは知っている曲なのでかなり楽しめたのだが、やはり良い曲だと思う。カッコいい。「まじですかスカ!」とかとは逆ベクトルに思える。この曲だとか「笑顔YESヌード」とか何かのカップリングだった「秋麗」とかは、モーニング娘。だとかは関係なしに、普通に曲として好きであり、iPhoneのシャッフルで洋楽のかなりお気に入りの曲の合間に出てきても、全然楽しめる。道重さゆみの「ヘルミー!」が懐かしい。最後の方の「遊びじゃキスしない」の高橋愛の雰囲気がものすごく色っぽく、ハロプロで初めてガチなエロスを感じた。

「女と男のララバイゲーム」は、去年、新千歳空港から札幌へ向かう途中で、「今夜もうさちゃんピース」でかかったのを聴いたのだが、映画音楽かミュージカルみたいでなかなか面白いと思った。亀井絵里の印象が強かったのだが、このコンサートでは、高橋愛と田中れいなの存在感が圧倒的である。

続いて、道重さゆみと田中れいな、二人のMCコーナーがある。ドリームモーニング娘。について、エクストラライトな毒舌モードもある。修学旅行のテーマで話す時に、田中れいなに軽く毒づいたりもする。しかし、最後には田中れいなのちょっと良い話をし、「言ってくれるねえ、さゆみちゃん」と言われる。修学旅行のエピソードトーク中にて、道重さゆみが「パンモロ」という単語を発していた。この二人の組み合わせはやはり面白いなと感じた。

そして、乙女(メ)ドレーと題された、道重さゆみ大フィーチャーのセクションである。「涙が止まらない放課後」、「通学列車」を一人で歌い、「レインボーピンク」は9期メンバーの生田衣梨奈とデュエットする。この子がイベントか何かで道重さゆみが泣かせてしまい、まだ心を開いてくれていないという子だろうか。また、素人時代にAKB48の握手会で感激のあまり泣いていたというのも、この子だろうか。

道重さゆみのソロだが、やはり圧倒的に可愛い。そして、歌唱は拙い。しかし、これが一番好きである。このか弱さというか、薄さというか、こういうのが好きなのである。

洋楽でも歌も演奏もヘロヘロなアノラックなるジャンルが好きだったりする私であり、テクニックが無くてセンスで勝負しているものこそ好ましく思う傾向がある。逆に、テクニック重視のマッチョ的だったり体育会的だったりするものは、ジャンルを問わずことごとく苦手である。道重さゆみが好きなのも必然なのかもしれない。

対称的なのが、次の「Moonlight night~月夜の晩だよ」である。この曲が入ったアルバムまでは、確か買っていた。このコンサートでは、高橋愛、新垣里沙、鞘師里保によって歌い、踊られている。ひじょうに激しく、熱いパフォーマンスである。9期メンバーの鞘師里保も相当頑張っている。多分に性的暗喩ともとれるアクションもあり、本当にいいのかと思ったりもするのだが、そんなふうに見てしまう方が汚れているに決まっている。これは間違いなく、道重さゆみの「乙女(メ)ドレー」よりも段違いの技術を持ったパフォーマンスである。しかし、私がどちらに心を動かされるのかというと、これが道重さゆみの方なのだ。なぜならば、可愛くて繊細だからである。これはこれで唯一無比の芸術である。

田中れいなは一人で「愛の炎」という曲を歌っている。かなり大人な内容である。田中れいなは「キラキラ冬のシャイニーG」のようなポップな曲の方がうまく生きるのではないか、などと個人的には思うのだが、これはこれで堂々としたものである。

高橋愛が回す9期メンバー紹介のMCがあるのだが、いろいろとグダグダな場面が見られ、ひじょうに面白かった。高橋愛の無意識過剰なコメディエンヌ性は、もっと世間に知れわたるべきではないかと思う。

当時の最新シングルのカップリングだという「もっと愛してほしいの」に続き、シングル曲が連発される。道重さゆみの吐息率がすごいことになっている。

「いきまっしょい!」で、「ア~アア~」という雄叫びのようなものを道重さゆみがやるが、これが可愛い。

「恋愛レボリューション21」の時に、舞台横のカメラに向かって目線を送る新垣里沙が生き生きしていて素敵だと思った。

アンコールは、この時にはまだ発売されていない、新曲の「Only You」であり、この曲はやはりカッコいい。好きだ。

というわけで、コンサートDVDはやはり知っている曲が多い方が楽しいなというのと、「リゾナント ブルー」は改めて相当素晴らしい曲であるということ、あと、高橋愛が相当面白いということと、道重さゆみがとにかく極度に好きで仕方がないな、ということが、この作品を観てよく分かった。

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2011年7月26日 (火)

宝の箱。

新山口で新幹線を降り、宇部線に乗り換えた。降りるべき駅の手前で、車窓に海が広がった。

小さな駅舎を出ると、とても静かな田舎の風景が広がっている。駅前の本屋で地図を買おうと思っていたのだが、店など一軒も見あたらない。ちょうど歩いてきた男子学生に尋ねたが、やはりこの辺りには無いということだった。

駅前の地図を頼りに、大きな通りへ出た。歩道橋の上で振り返ると、海の匂いがした。文字通り汗が吹き出すという感じの猛暑であり、私はごく一般的な会社員のコスプレをしていた。

ずっと歩いていくと、紳士服店の隣にセブンイレブンがあり、そこで地図とタオルと飲み物を買った。

公園には大きな湖があり、たくさんの白鳥が遊泳していた。夏休みの家族連れが、穏やかな時間を過ごしていた。

あれは2007年の8月であった。道重さゆみのラジオを聴くと、上京前、まだ実家で暮らしていた頃の話がよく出てきた。そのうち、それではそこは一体どのような場所なのだろうと興味が湧いてきた。オーサカキングで目撃した翌週、私はふたたび西行きの新幹線に乗っていた。

すでに夕方が近く、朝から何も食べていなかったため、空腹もピークに達しかけていた。公園にはもう少しいたい気もしたが、とりあえず食事をしなければと思い、イタリア風ファミリーレストランのようなところに入った。明太子スパゲティとグラスビールを注文した。

タクシーを呼んでもらい、それから辺りを見てまわった。運転手さんとの会話の中で、公園のことや地元名物のことなど、いろいろと知ることができた。

ふたたび駅まで戻り、それから地図で見たところ結構遠くにある大型商業施設まで歩くことにした。喉が乾いたので、空港の近くのローソンに入ると、九州にしか売っていないと思っていたブラックモンブランがあった。

空港の辺りで右折して、それからずっと真っ直ぐ行けば、目的地に着くはずである。やがて、バッハ書房という看板が見えてきた。それは当時、この商業施設の1階に入っていた書店の名前だが、数年後にTSUTAYAに変わった。

2階にはゲームセンターがあり、道重さゆみはかつてよくここでプリクラを撮っていたという噂がある。すぐ近くにはホームセンターがあり、小さな動物なども扱っていた。週末に家族で買物に来る、幸福な情景が目に浮んだ。

それから、泊まる場所を確保しようと、近くの駅から電車に乗ることにした。商業施設の外に出ると、遠くにコンビナートのようなものが見えて、夕暮れ時の景色の中で、それはSF映画の要塞か何かのように見えた。

岬の駅に向かう道は薄暗く、古い民家が立ち並んでいた。生活の灯りや夕食後の匂いが、子供時代を田舎で過ごした私の郷愁を誘った。実家にはもう10年以上も帰っていなかった。

ホテルにチェックインし、夜にまた出かけた。まだ夜8時ぐらいだというのに、あたりはすっかり暗い。空を見上げると、星がちゃんと光っていた。大きな通りに出て、歩き出した。ウォーキングの人や自転車が、時々通った。

ローソンで缶チューハイや煙草などを買った。この頃はまだ煙草を吸っていたのだ。ダジャレンボー将軍のコーナーで、道重さゆみが「煙草はやめてほしいですね、いろんな意味で」と言っていたこともあり、それから吸うのを止めたのだった。

小さな駅舎に戻ったが、新川行きの上り電車が来るまでにはまだ一時間以上あった。缶チューハイを飲み、煙草を吸いながら、iPodで重ピンク、こはっピンクこと道重さゆみと久住小春が歌う「宝の箱」という曲をリピート再生した。線路の向こう側の海の方で、小さな光が点いたり消えたりして、夏の虫が鳴き、空気は澄んでいて、空は濃い青色であった。

ホテルの向かいのセブンイレブンで明太子スパゲティや着替えのシャツなどを買って、部屋に戻った。持ってきた「17〜アロハロ道重さゆみDVD」をパソコンで再生しようとしたのだが、うまく読み込みができず、これは見ることができなかった。

翌日、午後から健康診断のようなものに行かなければならなかったため、朝8時ぐらいには東京へ向う新幹線に乗らなければならなかった。

早朝に起きて、宇部線に乗り、また小さな駅舎で降りた。よく晴れているが、まだそれほど暑くはなく、とても気持ちのよい朝だった。畑では、昔、田舎でよく見たような格好をしたお婆さんが、作業をしていた。

iPodはモーニング娘。の「歩いてる」を選曲した。道重さゆみは、この曲の歌詞が好きだとよく言っていたが、私にはどうも優等生っぽすぎて、面白味がないように思えていた。

しかし、その時、この曲の感じが、朝の田舎の風景にピッタリとハマっていて、その魅力が分かったような気がした。

特に、歌詞に出てくる「澄み切った空気」、「新鮮な贅沢」、「あたり前の自然」といった辺りは、まさにこのことをいっているのではないか、とすら思った。

翌年、私は13年ぶりに実家に帰り、家族と時間を共にした。

2011年7月25日 (月)

女に 幸あれ。

トゥーマッチ感溢れるサウンドが、真夏に食べる激辛カレーのごとき快感をもたらすモーニング娘。の「女に 幸あれ」は、2007年7月25日に発売された。この曲についての思い出を書く。

この年の2月、YouTubeで見た「笑顔YESヌード」があまりにもカッコよく、初めてモーニング娘。のCDを買った。それから、インターネット掲示板で見たラジオでの発言をきっかけとして、メンバーの道重さゆみに強く魅かれていった。ラジオを聴きはじめたり、過去の映像を探したり、ファンのブログを読んだり、20年ぶりぐらいにアイドルの写真集を買ったりした。

それから「ヤングタウン土曜日」のアシスタントになったり、初のソロDVDが出たりした。モーニング娘。のコンサートやイベントは、土曜日曜祝日に開催される場合が多く、私は仕事の都合でどうしても観に行くことができずにいた。ふと、大阪でラジオの公開放送に出演すると言っていたことを思い出し、確認してみると、それは平日で、私の仕事に行かなくてもよい日とも重なっていた。これは行くしかないだろう。そう決めてから、もうそのことしか考えられないようになっていた。

しかし、その4日前になり、急遽、その日も仕事へ行かなければならないような流れになった。これには落胆した。しかし、まあ仕方がない。いかんともしがたい気分でハロー!プロジェクトのホームページを見ていると、翌日の夜に、代々木のスタジオにてFM局の公開生放送に出演するということが書かれてあった。

仕事が終わってから、すぐに代々木に駈けつけた。マスコミの影響で、アイドルの現場に来る人たちというのは、かなり特殊な風体なのではないかという先入観があったのだが、意外にも普通の若者も多かった。しかし、頭部に2本のしゃもじを装着しているような人もいた。

大きな会場の椅子に座って見るようなものを想定していたのだが、じつは道路に面したガラス張りのスタジオの前を、数名ずつのグループに分かれ、順番に数十秒ぐらいずつ見るというものであった。ラジオの音声も聞こえない。それでも、本物の道重さゆみを、それまで見たことがなかったので、とても楽しみにしていた。

列に並び、やっと私たちのグループの順番が来た。このようなものに参加するのが初めてな私は、勝手がさっぱり分からず、メンバーの顔がよく見える好位置は、すぐに奪われた。とりあえず空いている場所にすべり込んだのだが、そこはガラスを隔てて、道重さゆみとわずか数十センチという位置であった。しかし、斜め後ろからであり、顔はまったく見えない。黒く長い髪、透き通るような白い肌、長いまつ毛を確認することができ、これがいつもラジオで聴いている道重さゆみの本物なのだと、その寸止め感の中で、激しく感動した。

結局、それから2日後も仕事にはどうしても嫌ならば行かなくてもいいというぐらいにはなり、大阪にはどうしても行きたかったので、行くことにした。早朝に新幹線に乗った。大阪に行くのは生まれて初めてのことであり、こんな機会でもなければ一生行っていなかったかもしれない。以後、大阪には何度か行き、食べ物やお笑いや街などがとても好きになったのだが、それらもこの機会がなければ、一生知らずに終わったのかもしれない。

会場は大阪城公園で開催されていたオーサカキングというイベントの中の、OKステーションというスタジオである。携帯電話の乗り換え検索で出た通りに電車を乗り継ぎ、スムーズに現地に着いた。列には、道重さゆみの公式グッズと思われるピンク色のTシャツを着た若者などもいた。とりあえず自動販売機でミネラルウォーターのペットボトルを買い、列に並んだ。会場と同時にOKステーションを探し、入るとすでに結構な人が集まっていた。場所だけ確認して、食事でもしてから戻ろうと考えていたのだが、オールスタンディングの野外会場であるため、一旦離れると、さらに後の方になってしまう。それは勿体ないと思い、公開録音開始までは2時間あったが、そこで待つことにした。

局アナや噺家のような人が、前の番組をやっていた。高校生か大学生ぐらいと思われる男子が、ヲタ芸の真似のようなことを陽気にやっている一方、20歳台後半から30歳台ぐらいで、一人でブツブツ言っている男性などもいた。出演者にスケッチブックに書いてメッセージを伝えるという文化も、この時に初めて知った。おそらくハロプロとかには一切興味がないであろうパーソナリティーの方々に、うさちゃんピースを伝授したりしていた。

目の前に小さな女の子がいて、モーニング娘。の団扇を持って、一人で立っていたが、途中で暑さのせいか、倒れてしまうということがあった。太陽はギラギラと照りつけて、意識が朦朧としてきたが、あと少し待てば、今度こそ真正面から、本物の道重さゆみを見ることができる。

そして、公開録音がはじまった。ゲストには青空という漫才コンビの岡友美という芸人が来ていたが、この人のことはそれまで全く知らなかった。かなりのアイドルヲタクだということだったが、その後、大阪のお笑いが好きになり、過去の映像などを見る中で、この青空というコンビもかなり好きになった。

この日は、モーニング娘。から道重さゆみと光井愛佳が出演することになっていた。パーソナリティーが紹介すると、ブースに二人が登場した。道重さゆみはピンク色の可愛い服を着て、髪は光井愛佳とお揃いにしていた。メイクは、テレビや雑誌で見るとりも、ややくっきりしているような印象を受けた。しゃべり出すと、それは確かにいつものラジオで聴いている道重さゆみであり、適度に毒舌も放りこんでくる。ブース越しに見るその姿はまるでホログラムのようであり、とても現実感がない。少しでも脳裏に焼きつけようと思い、見た。スピーカーから「女に 幸あれ」が流れ、炎天下に約三時間立っていたことによる疲れとも相まって、ある種のトランス状態のようなものをもたらす。そして、道重さゆみのことを、可愛いなと思いながら、ただボーッと見ていた。そして、収録は終わった。

今、目の前で起こったことが何であったかもよく分からないまま、放心状態で会場を歩いた。携帯電話で情報を集めると、次はメインステージから生中継されている「ちちんぷいぷい」なる番組の「今日のポン!」なるコーナーに出演するのだという。それで、メインステージへと移動した。

一部、見るからにモーニング娘。目当てと思われる人たちもいたが、ほとんどは一般の家族連れだったり中高生のグループ風だったりした。コーナー開始が近づくにつれ、モーニング娘。目当てっぽい人たちが増えてきた。地元の女子中学生グループと思われる人たちは、後を振り返り、知らないうちにヲタクっぽい人たちばかりになっていることに気づき、素で気持ち悪がっていた。MCは松竹芸能の漫才コンビ、なすなかにしであり、これについてはカッコいいと言っていた。

コーナーがはじまり、道重さゆみと光井愛佳がステージに上がって行った。立ち姿の全身を見るのは初めてだったが、白い脚がすらっと長く、とてもスタイルがよいと思った。というか、その美しさにただ圧倒された。目が離せないとはまさにこのことである。とにかく見ていられるだけ見ていたと思った。その後、ステージから降りてきて、ポン菓子を作るというのが、コーナーのコンセプトである。光井愛佳が作っていた。そして、このコーナーも終わり、道重さゆみと光井愛佳は、バイバーイと手を振って、見えなくなってしまった。

それから電車に乗った。夕方ぐらいに新幹線に乗って帰ればいいと思っていたので、まだ時間は十分にある。せっかくなので大阪観光でもしていこうと思った。しかし、前もって調べていたことは何もないし、そもそも大阪の地理についてはさっぱり分からない。大阪駅で降りて、付近をブラブラしながら、通天閣やグリコの看板はどの辺にあるのだろうと思っていた。あるはずがない。駅の近くに普通にたこ焼屋さんがあって、サラリーマンが立ち食いしていたりするのは、新鮮だった。

しかし、心に積もった悲しみが消えない。これはいったい何なのだろう。泣き出す直前の、鼻の奥がツーンとするような感じがずっと続いていた。面影を求め、ふたたび会場に戻ったが、もちろんもうそこに姿は無かった。ケンドーコバヤシがプロデュースしたケンコBARで、おつかレイナという名前のカクテルを買って、飲んだ。

メインステージに立つ道重さゆみを見ている間ずっと、この時間がずっと続いてほしいと思った。しかし、それは終わった。当たり前のことである。しかし、ここで気がついたのだが、私がこのように、その瞬間がずっと続いてほしいなどと最後に思えたのは、いつのことだったろうか。

道重さゆみが目の前から消えた瞬間、それは終わった。終わってから気がついたのだが、その時間は完璧であった。しかし、それはもうすでになく、残された私と私を取り巻く何もかもは、ついさっき感じた完璧さとはまったく無縁のものであった。それがとても悲しかった。

もう忘れていたはずなのに。そんなものは遠い昔に見た幻であり、現実にはありえないものである。だから不承不承というスタイルを飼い馴らしながら、ただ生きることを続けていくのだ。

しかし、夢は幻ではなかった。それに似たものを、現実に見てしまったから。ならば、そのようなものを追い求めていかなければいけない。もうそうでなければ、生きているとは言えない。それに気がついてしまった。気づかされてしまった。

東京に帰り、その日の夜に、「卒業-さゆみんに向かって」というブログを立ち上げた。副題は「モーニング娘。道重さゆみをめぐる自分探し系ブログ」であった。

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2011年7月24日 (日)

今週のこんうさピーのこと。

今週の「今夜もうさちゃんピース」には、珍しく男性ゲストが登場ということで、腐男塾というグループから、青明寺浦正と流原蓮次というメンバーが出演していた。

道重さゆみの一人語りが聴きたくて、いつもこの番組を楽しみにしているので、あまり面白くないのではないかとも思ったのだが、とても楽しく聴くことができた。一人でやっている時とは異なった魅力が、また堪能できたように思う。

腐男塾なるグループのことを調べてみたのだが、男性というのはあくまで設定であり、ヲタク系女性アイドルグループの中野腐女シスターズのメンバーが男装したもののようだ。中野腐女シスターズには、かつてはスザンヌなども在籍していたようだ。そういえば昔にGyaoか何かで見たことがあるような気がする。インターネットで調べると、「腐」の部分が「風」と表記されている場合もあり、よく分からん。

腐男塾のメンバーにはそれぞれヲタ属性というのがあるらしく、漫画ソムリエを自称するメンバーが、仕事で軽くストレスが溜まることがあるという道重さゆみに、「マリアホリック」という漫画を薦めていた。しかし、道重さゆみはおそらくこれを読まないだろう。

続いて、腐男塾のメンバーが道重さゆみをデートに誘う時の口説き文句などをやったりしていて、それから青明寺浦正の方が、じつはモーニング娘。のファンであり、大宮でのコンサートにも行ったという話題になる。

どのメンバーが好きかという話題で、9期ということになるのだが、ここで道重さゆみは思わず、みんな若い子に流れすぎだよ、というようなことを言う。

ここで、でも「道重一筋」の誕生日Tシャツは欲しいと思ったというフォローが入るのだが、欲しいと思ったということは買っていないということですよね、などと厳しいツッコミが入る。

腐男塾の他のメンバーが道重さゆみの髪型を真似たとブログに書いているのを見たという話になるが、これは道重さゆみが、自分の名前でブログ検索をしていて、見つけたそうだ。

モーニング娘。の11枚目のアルバムから道重さゆみがきていると注目しているだとか、大宮のコンサートでも色気があったなどと言うが、道重さゆみからは、9期メンバーについて話している時には目がキラキラしていて言葉もスラスラ出てくるが、自分の話をしている時は、今日会ったからという後づけ感があり、目も死んでいて、早くこの話が終わらないかなといった感じを受けると、これまた厳しいツッコミが入る。

付き合うと最も厄介なタイプである。しかし、道重さゆみのこういうところがたまらなく好きだ。

道重さゆみは、「アハハハハ」と明るく笑うことがよくあるのだが、自分の声をマイクが拾っていると意識している時は、なかなかやらない。東海地方ローカルでオリエンタルラジオらと出ていたテレビ番組を、道重さゆみが映っている場面だけに編集している時に、これを発見した。今回の「今夜もうさちゃんピース」では、これを聴くことができたので、なかなか良かった。

腐男塾のメンバーが、中二病というキャラ付けをされているにもかかわらず、ラジオ出演の際にそれをうまく発揮できなかったと反省していた。キャラクターを意識すると、考えすぎて空回りするという説明を聞いて、「それはありますね」と大きく共感していた。

また、イベントで面白くしようとした結果、9期メンバーの生田衣梨奈を泣かせてしまったという話題になったが、このままではいけないと思い、後で「何で泣いたの?」と尋ねたものの答えてもらえず、この問題はまだ解決していないという。

道重さゆみが腐男塾と同様に男性の格好をした場合のキャッチフレーズとして、「無邪気にナルシズム」というのを提案されていた。道重さゆみは、やるならばもっと時間を取って真剣に考えたいと言っていた。

常に持ち歩いているものとしては、水筒を上げていた。お母さんが作ってくれた水素水が入っているらしく、それを飲み続けると、肌がきれいになり、頭痛や腹痛になりやすいのも治るのだという。これを聞いて、お母さんはマッドサイエンティストか何かなのかと聞いていた腐男塾のどちらかのセンスに嫉妬した。

2011年7月23日 (土)

ウルフ。

北海道日本ハムファイターズには、ブライアン・ウルフという投手がいる。昨年入団し、中継ぎや抑えで登板していたのだが、なかなか結果を残せなかった。これはシーズンいっぱいで帰国かと思われたのだが、途中から先発に転向したところ、どんどん勝利を重ねていった。今シーズンは開幕から先発ローテーションに入り、ダルビッシュ、武田勝、ケッペルと共に、チームの躍進に大いに貢献している。

かつての横綱千代の富士はウルフというニックネームで呼ばれていたが、ビートたけしのオールナイトニッポンの村田先生のコーナーにおいて、演歌の大御所、村田英雄がこれをゴルフ千代の富士と言い間違えていたというエピソードは、どうも作り話の可能性が高そうである。

完全に余談だが、ウルフとは日本語で狼の意味だが、ある一部の人達の間では、インターネットの雑談系掲示板を指す場合がある。

全盛期のモーニング娘。に全く興味がなかった私が、暇つぶしに見ていたのがこの掲示板であり、「亀井絵里のいやらしくてだらしない体」とかいうスレッドを気に入っていた。もしも道重さゆみがコンビニの店長だったらというコンセプトのスレッドも、ひじょうに面白かった。

私が以前やっていたブログを止めた理由の一つは、そこに書き込んでいた一部の人達に対してブチ切れたからなのだが、それ以上に、アイドルアンチの生態を探ろうと、複数の人格を使い分けて、色々なスレッドに潜入したりしているうちに、すっかり自分自身もアンチ的メンタリティーを獲得してしまうという、いかんともしがたい状態に陥り、やっていても面白くも何ともなかったからである。

道重さゆみのブログに高橋愛が写っているだけで気分が悪くなるという、常人では理解しがたい末期症状となっていた。現在、私にとって、高橋愛とはかなり笑わせてくれて、朗らかな気分にさせてくれる存在である。

iPhoneからBB2Cのアプリを削除したのが良かった。たまにスレッドを見ると、熱心なハロー!プロジェクトファンと見られる人々が、何の脈絡もなくAKB48の悪口を書いていて、気分が悪くなり、それでまた腹を立てるということの連続であった。

好き嫌いはあるとして、同じジャンルで、より成功しているものに対して悪口を叩くのは、どうしても妬みや僻みに思えてしまい、そういうのはまあ居酒屋などに行けば日々繰り広げられている類の物言いなのだが、私が思っていた道重さゆみ的なものとは、そういうのではなかったはずで、見習うべきは見習って、自信を持つところは持ってという、そのようなものだった訳で、まあそれすらも私が勝手にそうあって欲しいと願ったものに過ぎず、アイドルを応援するなんていうことは、そもそもそんな大それたことではないのだろう。

いろいろな経緯があり、まあ結局、道重さゆみほどに私の魂を震わせてくれる存在は無いわけで、掲示板の書き込みごときでその楽しみをみすみす失うというのはじつにくだらんと思い、もう読むのを止めて、ブログも復活させた。

その過程で、ハロプロもAKBもどっちも好きで、バンドのドラムもやっているという30歳代後半の人と偶然出会う機会もあり、じつは私の周囲にはアイドルヲタクのような人は、俄かのAKB系以外はほとんどいなかったので、まあ、リアルはこんなものだよなと、掲示板でのAKB対ハロプロみたいな構図にも、それほど捉われなくなった。

そんな感じで気分よくやっていたのだが、やはり好きなのである。

結局、iPhoneにBB2Cを再ダウンロードして、また見ている。見はじめたら止まらない。AKBの悪口を書き込む人や、逆にAKBを使って道重さゆみやハロプロメンバーのことを貶めることを書いている人などもいるが、これも道重さゆみが複雑かつ多面的な魅力を持つ存在を有しているがゆえなのだろうと、楽しんで見られるようになった。

一見、アンチ的な書き込みに見えるものも、その根底には歪んだ愛情があったりもする。道重さゆみについて、様々な視点から語られた言葉の数々から、新しく見えてくるものも少なくない。やはり、この掲示板は面白い。

だから、毎日毎日自演で書き込んでいるとか、ありもしないことを書かれても、読むことを止められないのだ。

山田の小説。

道重さゆみがハワイまでの飛行機のお供に買って持って行ったという山田の小説こと、山田悠介の「BLACK」と「復讐したい」を買って、読んでみた。

この二冊は10周年を迎えた山田悠介が最近出したもので、本屋さんに行っても売り切れでなかなか買えないということだったのだが、その時いた場所の近くにあった小さな書店に行ったら「BLACK」の方が普通に売っていて、なんだ簡単に買えるじゃないかと思った。しかし、「復讐したい」の方を求めて新宿の少し大きめの書店何軒か回ったが、どこにも売っていなかった。あれはたまたまあっただけで、やはり人気で売り切れているのか。山田やるな。

ダメもとで自宅最寄駅前の新座書房に寄ったら、「復讐したい」が3冊もあった。より最近出たはずの「BLACK」の方はない。よく分からん。とりあえず、二冊とも買った。

しかし、「復讐したい」を入手した頃には、「BLACK」の方はすでに読み終えていたんだな。それぐらい簡単に読める。おそらく二時間もかかっていないと思う。値段も1000円とお手頃である。「復讐したい」の方は1200円だった。

山田悠介の小説は、以前、道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」か何かでお気に入りだと言っていた時に、一冊買って読んだことがある。タイトルは忘れたが、短篇小説集だった。何か理不尽なシチュエーションにおけるパニック状態のようなものを描いていて、なるほどこういうのが好きなのか、と思ったのだ。

「BLACK」は、現代の寓話というか、何か不思議な作品である。失意の少年とそれを励ますプロ野球選手という、いまやコントの設定としてもよく用いられるありきたりな設定をナメていたら、それからどこかの国の貧しい少年、病気の少女を見守るカラス、というふうに、まったく異なったストーリーが続き、それらが独立した短篇小説かと思いきや、じつは全部繋がっていたというもの。テーマは恩返しであり、また、作品を通じて、生命の大切さを説いているようにも思える。

「復讐したい」は、「BLACK」とはまた随分とテイストが異なった作品である。オウム真理教をモチーフにしたと思われるカルト教団や、確か実際にあったような気もする監禁事件から着想を得たと思われる登場人物などが出てきて、これは割と現実的な話しなのかと思いきや、設定は今から数年後となっている。

凶悪犯罪によって命を落とした被害者の家族などが、加害者に対して復讐することを選ぶことができるという法律が制定されているという設定である。裁判か復讐かを選択することができるのだ。しかし、この復讐には、ある限定された条件があり、最悪の場合には、この加害者が無罪放免となってしまうのだ。

ニュース番組などで、被害者の遺族のドキュメンタリーなどを放送していることがあるが、加害者が重い刑で裁かれたとしても、命を落とした被害者が生き返ることはなく、悔しさや憎しみはなくならな。ならば、いっそのこと加害者に復讐を果たしたい。このような思いは想像できなくもない。

妻を失った主人公は復讐を選ぶのだが、そこからはドキドキハラハラのエンターテインメント的描写となり、殺戮シーンも多々出てくる。

そして、最後の数ページのオチがメッセージとなっている。中学生の頃に読んでいた筒井康隆の風刺小説を思い出したりもした。

道重さゆみが演じるブリッコナルシストキャクターから時々垣間見える、心の闇が好きだ。山田悠介の他の本とかはほとんどちゃんと読んでいないのだが、今回、この二冊を読んで、道重さゆみがなぜに山田悠介の作品にこれほどまでに魅かれるのかということを推測した場合、それは、現実は理不尽で不公平なものではあるが、それでも生きることは素晴らしいというメッセージのようなものがあるからではないか、と思った。が、全くの見当はずれかもしれない。

ウィキペディアを読むと、山田悠介は、自分はドSであるため、主人公を追い込むようなものにしていってしまう、という発言をしているらしい。この辺りに魅かれているのではないか、という気もする。

以前、これも「今夜もうさちゃんピース」でだったと思うのだが、「復讐したい」同様に復讐をテーマにした湊かなえの「告白」という小説を愛読しているとも話していた。(正確には具体的な著者や作品名は明かしていないが、おそらくこれのことである)

道重さゆみはいつかの広島のコンサート会場において、ファンに対し、「死なないでください」というメッセージを贈った。また、人生は一回きりなので悔いのないように生きようというテーマを持ったモーニング娘。の「みかん」の詞に出会ったことを、その年の重大ニュースとして挙げている。道重さゆみの母は病弱であり、自分が果たして40歳まで生きられるかどうか、心配だったのだという。

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2011年7月22日 (金)

無垢の終り。

中村とうよう氏が亡くなったらしい。遺書のような文章を遺し、親しい人達には別れの手紙も送り、マンションの8階から飛び降りたとのことだ。享年79歳。冥福を祈る。

中村とうようが編集長をしていた「ミュージック・マガジン」は、高校生の頃から20代半ばぐらいまで読んでいた。マルコム・マクラレンの「俺はマルコムだ!」をつい一昨日も聴いていたけれども、この雑誌で中村とうようが10点を付けていなければ、出会っていなかったかもしれない。あと、キッド・クレオール&ザ・ココナッツとか。

地方都市に暮らしていて、現在のようにインターネットで視聴などもできず、FM局もまだNHKしかなかった頃、音楽雑誌は、どのレコードを買うかを判断するのに、欠かせないメディアであった。

「ロッキング・オン」とか「宝島」とか「ビックリハウス」とか「よい子の歌謡曲」の方がずっと好きだったけれども、「ミュージック・マガジン」は、ロックやR&Bだけではなく、レゲエやラテンやアフロポップやジャズなど、様々なジャンルを扱っていて、その半分以上がよく知らないアーティストや作品についてだったけれども、なんだかとてもお得な感じがしたし、まだ聴いたことのない音楽の大海原への扉のようにも思えた。

編集長の中村とうようは、好きな音楽やアーティストは大絶賛し、嫌いなものはこき下ろすという批評スタイルを取っていた。そういうものだと思って読んではいたのだが、パブリック・エネミーの2枚目が出た時に、クロスレビューで0点を付けて、ラップそのものが黒人音楽にとって悪であるというようなことを書いていた時に、これはもう本格的に合わないな、と思った。

他にも、私が愛好していたUKニュー・ウェーヴ系については、だいたい暗いからという理由で、悪く書かれていた。そこがいいんじゃん。あと、トム・ウェイツとかも、声が嫌いという理由で酷評されていた。そこがいいんじゃん。

この雑誌を本格的に読まなくなったのは、ここで高評価されているような音楽を聴いて、さも自分は良質な音楽を分かっているような気になったとしても、それによって私の私生活が良くなるようなことは一切なかったからである。

その頃、すごく可愛くて付き合いたいなと思える女の子が身近にいて、フリッパーズ・ギターを聴いて、それからネオアコとかギターポップとかソフトロックとかサントラにハマって、アニエスb.を来て、週末にはたまにDJをしている、みたいなとても分かりやすい子だった。

一度、休憩時間にコーヒーをおごったら、お礼にオリジナルのカセットを作ってくれて、インデックスに電話番号も書いてあった。これは本格的にこの子にモテるしかないだろうと思い、それからUKインディーズとかギターポップとかばかり聴くようになった。

「ミュージック・マガジン」なんていくら読んでいてもモテないと思ったから、買うのをやめた。当時働いていたCDショップの店員達は、この雑誌をバイブルのように崇めていた。私や同様の趣味を持った女の子などは、ティーンエイジ・ファンクラブだとかライドだとかを気に入っていて、ニルヴァーナの「ネヴァーマインド」がチャートを駆け上がっていく様に、興奮していた。しかし、「ミュージック・マガジン」をバイブルと崇めている社員たちにはバカにされていた。

UKインディーがかかるクラブやライヴ会場、渋谷宇田川町のZESTの紫色のレコード袋を小脇に抱えたような女の子にモテたくてモテたくて仕方がなかったので、イギリスで発行され、英語で書かれているNMEを毎週読むようになり、そこで紹介されているレコードを、西新宿のラフトレードショップやヴィニールに買いに行ったりするようになった。

どんどん実力がついていって、数ヶ月後には、ベレー帽とボーダーのシャツを着けた女子大生と、みなと図書館に増井修のロック講座を聴きにいくぐらいにまで、成長した。私は努力家であり、やればできる子なのである。何だそれは。

「ミュージック・マガジン」では、英国の新しいバンドなどが出てくると、このパターンは昔、別のバンドがやっているというように、サウンドとしての斬新さによってのみ、評価する場合が多いことに気がついた。ワールド・ミュージックなどは確かにサウンドとして新鮮ので、それはそれで面白いのだが、だからといって、自分たちが求める理想のスタイルにフィットしているかというと、そういうわけでもなかった。それはまあ、モテたい方面の人達にあまりモテないということに過ぎないのだが。

ポップ音楽とは若者の音楽であり、同時代感覚こそが重要だと思う。後追いで聴いて、これは名曲だと思える作品は多々あるが、その時に聴いてこそ感じられるものというのもあるだろう。時代背景だとかファッションとかモードとか。それを抜きにして論じることは、音楽を純粋に批評することにおいては正しいのかもしれないが、ポップを論じる上においては、片手落ちなような気がする。

数ヶ月前に、書店で久しぶりに「ミュージック・マガジン」を立ち読みしたら、当時たいして評価していなかったと思うスウェードの旧作リイシューについて、数ページの特集を組んでいた。もちろん買わなかった。

あと、昨年だったか、80年代のクロスレビューを一冊にまとめた本が出ていて、これは買ったのだが、とても懐かしく思えたと同時に、随分と乱暴な批評が許されていたのだな、とも思った。

私がじつはポップ音楽を結構好きだということがバレると、音楽談義をしたがる人がたまにいるのだが、ポップ音楽を基本的に若者の音楽であると考え、そのような目的で聴いている私は、「ミュージック・マガジン」的というか、純音楽的な音楽ファンとは、ある部分から話が噛み合わなくなる。アーティストやそのファンに対する敬意が無いというか、ただ自分が合わなくて分からないだけなのに、あたかもそれが劣っているかのような決めつけや上から目線があり、音楽ってもっと普通に自分が良いと思うものを楽しんでいればいいんじゃねえの、などと思ってしまう。

という訳で、「ミュージック・マガジン」的なものがどちらかというと嫌いな私だが、ではなぜに中村とうようの死をさびしく思うのか。おそらく、潜在意識ではとても強く意識していたのだろう。あんな好き勝手言っているオッサンはそうはいないし、どこかでリスペクトしていたところもある。何か、一つの時代が終った感が思いのほか強くて、自分でも驚いている。

おつかれさまでした。

善悪の彼岸。

将来は本気でアイドルと付き合いたいと思っていたことがあるのだが、それは十代の頃のことだ。

その頃なりたかったものは、お笑い芸人、放送作家、小説家、シンガーソングライター、音楽評論家、コピーライターとかだったけれども、いずれもアイドルと知り合いになって、付き合えるんじゃないかという思いがあった、おそらく。

しかし、大学生ぐらいになるとそんなこともあまり思わなくなり、普通にアルバイト先や学校や趣味で知り合った女の子といかに付き合うかということを、メインに考えるようになった。アイドルに関しては、ちょうどその時期にトラウマ的な事件が起り、それまでのようなスタンスで無邪気に応援する気分ではなくなったということもある。

いずれにせよ、その頃、アイドルといえば中高生ぐらいの男子が夢中になるものであり、大学のアイドル研究会のようなものもあったけれども、かなり特殊なことをやっているという印象があった。

たとえばアイドルだとかミュージシャン、お笑い芸人でも役者でもいいのだが、まずメディアを通じて知って、好きになる場合がほとんどであろう。それが昂じた場合には、もう一歩踏み出した行動に出たくなる。ファンレターを送ってみるとか、コンサートや舞台に足を運ぶといった段階である。この時点では、対象をまだメディアの向こうの存在とは認識できているはずである。

これがさらに進行すると、その人の作品だとかパフォーマンスというよりは、人そのものに興味が出てくる。生い立ちだとか私生活だとかが知りたくなる。「ロッキングオンJAPAN」の20000字インタヴューなどは、このような欲求に応えたものである。

普通はまあせいぜいここまでであり、私のような旧い人間にとっては、これ以上の深入りというのは、まず現実的に不可能だし、もし可能な方法があったとしたところで、そこまでやるとちょっとした問題行動なのではないか、と思ってしまうのだ。

私がまだ北海道の実家に住んでいた頃、アイドル評論誌のようなものを作って、全国の読者に送ったりしていたのだが、ある埼玉県出身のアイドルのことが気になると書いたところ、埼玉県の読者から、そのアイドルの実家の外観と表札の写真が送られてきた。

おそらく私が喜ぶと思って送ってくれたのだろうが、いや、そういうことじゃないんだがなと思うと同時に、ちょっと怖いなと思ったりもした。

アイドルばかりではなく、洋楽も聴いていたのだが、作品が好きなだけであり、アーティストの自伝を読んだり、たとえばイギリスのビートルズゆかりの地を巡礼したりする人達の気持というのは、あまりよく分からなかった。

しかし、それから何年も経ち、まさかまたアイドルに興味を持つことなどもうないだろうと思っていたにもかかわらず、道重さゆみを発見した頃、この人物を育んだ山口県とはいったいどのような場所なのだろうと純粋に気になり、なるほど、そういうことなのかと理解した次第である。

さて、話は大いに脱線しまくっているわけだが、アイドルには元々疑似恋愛的な要素が強く、それが商売になっていたわけだが、かつては主なファン層が中学生、高校生とかであり、それほどおカネも持っていなかった。

ところが今や、会いに行けるアイドルの大成功もあり、直接的会って握手をしたりお話をしたりする販売促進活動がどんどん増え、おカネを出せば出すほどその機会も増えるということで、そこに大量のおカネを遣う若者や、高齢だが結婚もしていなく恋人もいないために、そういうものに遣わなくて済むおカネを、かなりここに費やすというパターンが、かつてに較べると、ひじょうに増えている。

まあ、これでファンが満足し、事務所が潤い、アイドルの収入も増えるのならば、皆が幸せである。

握手や会話を重ねるうちに、アイドルに顔を覚えてもらう、いわゆる認知というのがある。認知されるためにたくさんおカネを遣ったり、自分なりにいろいろと努力をしたりもする。これらはあくまで、職業としてのアイドルを全うするプロと、客の関係に過ぎない。

しかしそれをあたかも人間関係であるかのように誤解させやすいシステムが作動していて、それは緻密なマーケティングに基づいて、意図的に仕組まれたものなのであろう。

よくアイドルに興味がない人達や、他事務所のアイドルやグループのファンなどが、AKB48の商法を批判するのはこのような部分についてなのだろうが、割とお祭り感覚だったり、若気の至りだったりといった健全なノリを感じることも多く、そんなにも目くじらを立てることだろうかと思う。

AKB48関連以外のアイドルやグループが追随するかのような販売促進活動を行っていたり、倉木麻衣やCHEMISTRYといった非アイドル系のアーティストですら、ハイタッチ会なるものを販売促進に取り入れている昨今である。

深刻なのは、やはりこのプロと客と廼関係を、本当の人間関係だと誤解してしまうケースである。アイドルという存在に、疑似恋愛的な要素が強いとすれば、そこで本当の人間関係とは、リアルな恋愛感情のことである。これはマズイことになったのだ。

リアルな恋愛感情というのは、対象と一対一の関係になるか、あきらめて興味が無くなるか、いずれかの結末を迎えない限り、なかなか終わらない。そして、プロであるアイドルは、客であるファンに対して、なかなかあきらめろとは言えないものである。

いや、別に付き合いたいとは思っていないが、そのアイドルに、自分が思う通りであって欲しいと願い、そこから外れることに対して、そのアイドルのためを思ってダメ出しをしているのだ、などという複雑なケースもあるが、これなどもプロと客ということで考えると、顧客からの建設的なご意見と理不尽なクレームとの線引きをどこでするべきかという話になってくる。

しかし、これをプロと客との関係ではなく、人間関係であると誤解している者にとっては、よく分からない。

ちなみに、日本では「お客様は神様です」よいう言葉がポピュラーだが、そもそもサービスとは、サービスする側とされる側とが、神の下で出会えたかとに感謝するという概念である。だから、西洋人には、レジで会計が終わった後で、店員にありがとうと言う客が多い。

アイドルとファンとの関係もこのようなものであるのが幸福だとは思うのだが、どうもそうばかりはいかないようだ。

かつて、岡田奈々の家に暴漢が押し入ったり、松田聖子がコンサート中に棒のような物で殴られたり、西村知美の姉が誘拐されたり、ジョン・レノンがマーク・チャップマンに射殺されたりという事件があった。

それぞれの事件の詳細についてはあまりよく知らないし、犯人がファンだったのかそうではなかったのかも定かではない。しかし、ここには(ジョン・レノンを含めた広い意味での)アイドルという存在が生み出す幻想と、それが引き起こす不幸という共通点を感じる。

アイドルに会いに行くことが現在ほど容易ではなかった過去に、このような事件が起きている。現在は、会いに行けるアイドルの時代に即した危機管理がきちんと行われているから、こういう事件が起こらないのだろうか。

プロと客との関係を人間関係だと誤解して、膨大な時間とカネとエネルギーを費し、ふと気づいた時に、裏切られたとか、時間とカネとエネルギーを返せという気分になる。好きで勝手に遣っていただけなのに。プロとして仕事を頑張っていただけなのに。

希薄な人間関係を埋め合わせるためにアイドルを利用すると、必ずこういうことになる。関係妄想は成人してから発症する。

人間を好きになる気持ち、その情熱は素晴らしい。しかし、あくまでプロと客とのビジネスの関係だという、その大前提は持った上で、騙されたふりをしたり、垣間見える人間生を愛でたりする。そのような大人の嗜みならば安全なのだが、そこのところのリミッターを外すようなシステムが意図的に仕組まれてもいるから。しかし、それはアイドル本人が作ったものではない。

所詮自由に遣えるおカネも時間も限られていて、未来にはちゃんとしたリアルの人間関係なり恋愛をする前提で、一時的なノリでアイドルにハマっている若者ならばまだ良いのだが、いろいろとあきらめて捨てて、長年の情念が結晶化してアイドルに向っている場合はひじょうに悩ましい。

だからどうなのだと問われれば結論は無いし、お前が言うなと言われれば、あいすみませんというしかない気分ではあるのだが。

2011年7月21日 (木)

関係妄想。

ジョン・レノン暗殺事件の真相には諸説あるわけだが、一般的には熱狂的なファンがその幻想を守るために、銃を撃ち、命を奪ったとされているようだ。

犯人のマーク・チャップマンは、プライドが高く、誇大妄想癖があったというが、現実社会では全く認められることがなく、そこから逃れるために、ジョン・レノンや小説「ライ麦畑でつかまえて」の主人公、ホールデンを自分と同一視していたといわれている。

AKB48が成功したのは、会いにいけるアイドルというコンセプトの勝利だということが、よく言われる。そして、他のアイドルグループも、このような会いにいけるという部分をより重要視してきているような気がする。

私の中学高校時代というのは空前のアイドルブームであったが、アイドルが来ることなど年に数回しかない地方都市に住んでいたということもあり、アイドルとはあくまでメディアを通して見る存在であった。ブログなども無かったので、芸能雑誌に載っているスケジュール表を見て、いま何をしているのだろうなどという妄想をふくらませたりしていたものである。

会いに行けるアイドル全盛の現在は、認知されているとかされていないといとかがファンにとって重要になり、これはかつては無かった概念である。親衛隊に入ると顔を覚えてもらえるとかいう話を聞いたこともあったが、それは私などにとっては都市伝説に近いものであった。

ブログを頻繁に更新するアイドルなどは、ファンにとってとても嬉しいものだが、それによって、あたかも私生活をも監視しているかのような幻想を持つ厄介なファンを生む原因にもなる。

アイドルとは職業であり、商売であるため、やはり利益をより多く生んだ方がいい。どの商売においてもそうであるように、迷惑をかけずにおカネをたくさん使ってくれる客が一番ありがたい。そして、最もいらないのがおカネも使わずに迷惑だけかける客である。これはハッキリしている。しかし、迷惑をかけるがおカネもたくさん使ってくれる客というのも存在し、ここが悩ましいところである。

そこで迷惑についてのあるガイドラインを設けるわけだが、それによってその客がいなくなれば、当然、その分の売上は減る。しかし、その客の分の売上を減らしてでも、そのガイドラインを徹底した方が、全体での利益は上がるという判断が下されているので、そのようになっているのだろう。

関係妄想というのは、簡単にいうならば、他人の言動や行動、しぐさや表情などが、自分と関係すると思えてしまうという妄想のことである。これは病気なので、治療するのが望ましい。

ラジオ本。

「今夜もうさちゃんピース」のラジオ本が出ればいいのにと思う。

昔はそういうのがたくさん出ていたのだが、今はどうなのだろう。オードリーとかナインティナインのやつを書店で見た記憶があるが、中身までは確認していない。

ビートたけしのオールナイトニッポンの本がその昔にベストセラーになり、出る度に買っていた。数年前、文庫本サイズで復刻されたので、それも買い直した。番組でのトーク傑作選、リスナーからの投稿、収録風景の写真などが載っている。これはなかなか面白い。

漫才ブームではB&Bやザ・ぼんちの人気が、お茶の間レベルでは圧倒的だった。ツービートはけして一番ではなかった。ネタがブラック過ぎたので、お茶の間レベルで万人受けというわけには、なかなかいかなかった。表面的な毒気や過激さにあてられ、それが受け入れられない人達もいた。

ビートたけしの人気が圧倒的になった契機は、「オールナイトニッポン」だったように思う。そもそも内向的であった性質が、深夜ラジオというメディアにマッチしたように思えた。テレビなどのお茶の間のノリを半ばバカにしがちな男子学生たちに、ビートたけしのラジオは熱狂的に支持された。

私はツービートの漫才も、ビートたけしのテレビも本も映画も、歌さえも好きだったのだが、最高傑作は、やはりこのラジオだったのではないかと思う。私は「芸人」としてのビートたけしというよりは、ビートたけしという「人間」に魅かれる部分が大きく、それが最もヴィヴィッドに感じられるメディアは、ラジオだったからである。

さて、道重さゆみはモーニング娘。のオーディションに合格することによって世に出たわけだが、当時のことを私はよく知らない。後から動画を見たりして学習はしたのだが、当時の世間一般やモーニング娘。ファンの反応というのは、想像するしかない。しかし、オーディション結果発表の司会を徳光和夫アナがやっているのなどを見ると、かなりの大イベントだったのだろうなという気がする。

しかし、「今夜もうさちゃんピース」開始時点で、道重さゆみのモーニング娘。内におけるポジションというのは、なかなか微妙なものだったのではないか。同期の亀井絵里、田中れいなと較べ、モーニング娘。の作品中におけるソロパートは少なく、写真集の数も劣っていた。ソロDVDはまだ一枚も出せていなかった。当時、唯一の後輩であった久住小春は、アニメ「きらりんレボリューション」の月島きらり役でソロデビュー、声優として小さな女の子からの人気も高まっていた。

ブリッコナルシストキャラの印象が強かった道重さゆみではあったが、後にラジオ番組内で告白するように、そもそもは内向的な性格である。このラジオでのひとり喋りという新しい経験は、うまくハマった。本人も普段からラジオで話すネタをメモするように努力していたし、身内にお姉ちゃんという強烈なキャラクターがいて、それを面白いエピソードトークとして構成し、話す才能が、道重さゆみにはあった。そして、何よりも道重さゆみ自身のパーソナリティーが、とても面白かった。

道重さゆみはモーニング娘。のメンバーであり、歌手が本業である。タレントでもあり、テレビ、ラジオ、ブログなどの活動も仕事として行っている。私は道重さゆみのラジオやブログをとても楽しみにしているが、いずれも無料で聴いたり読んだりすることができる。DVDや写真集などが出れば買うが、あまり何度も見直すということもなく、家族に見つからないように隠す場所にも苦慮する。だが、まあこれは買う。コンサートなどはどうしても生活をしていく上で支障を来す日程が多いため、どうしても行けないのだが、行ける日に開催された舞台やミュージカルには何度か行った。

道重さゆみのビジュアルやパフォーマンスはもちろん好きなのだが、それは魅力の一部であり、私にとっては内面が9割以上重要である。

かといって、たとえば道重さゆみと全く同じ内面を持つ人がいたとして、道重さゆみのような超絶美少女ではなかったとしても興味を持ったかといえば、そうではなっかたのではないかという気がする。しかし、私が道重さゆみのラジオの発言を知るまで、「ハロー!モーニング」などで何度ビジュアルを見ても、ネタキャラ以上の関心は持てなかったというのも事実である。

テレビ出演などで道重さゆみの内面がうまく生かされた時はすごく感動するのだが、そうでない場合も少なくない。まあ、出ているだけでもじゅうぶんにありがたいと思わなくてはいけないのだが、ポテンシャルがもっとすごいのだと思っている以上、少し残念に思うこともある。

お茶の間のバラエティーでは拾えないようなコアな部分とかももちろん多々あるわけで、逆に他のバラエティータレントだとかのように、何でも器用に現場感覚でこなしてしまっているのが良いのかといえば、そういうのが好きな人は、そもそも道重さゆみを好きになってはいないのではないかと思う。

ブログも開設当初はやれる喜びに満ち溢れていて、それから更新回数やアクセス数にとらわれて釣りみたいな記事も多くなって、現実とのバランスを崩しかけ、親友の亀井絵里にそれを指摘されて目が覚めたという感動の告白もあり、今は肩に力が入らず、自然体でやれていると思う。微妙な気分の浮き沈みだとか、近況だとか、そういうのが文面から伝わり、それで十分なわけで、月日を重ね、ちょうどいい感じになっていると思う。

道重さゆみの魅力というのは、「アイドル」としての道重さゆみというよりは、道重さゆみという「人間」であると思う私にとっては、やはりその部分が最も濃厚に出ていると思える「今夜もうさちゃんピース」が最も楽しい。ここで話された数々のエピソードや考え方というのが、電波に乗ってそれで終わりというのが、どうにも勿体なく思えてしまう。インターネットに音源が保管されていたり、書き起こしテキストが存在したりはするのかもしれないが、これをやはり作品として残すべきではないかと思うのだ。ゆえに、CBCさんにはぜひとも「今夜もうさちゃんピース」のラジオ本を出してほしいなどと思ってしまうわけだが、商売として成立させるのもなかなか厳しいのだろうか。

収録風景のDVDだとか名場面集のCDとかを付けるのもいいと思う。

2011年7月20日 (水)

夏ダカラこうなった。

道重さゆみのブログでスマイレージの「有頂天LOVE」という曲のことが何度も何度も書かれていたので、おそらくよく分からないとは思うのだが、念のため見てみようかと思い、動画を検索して見はじめたのだが、やはりよく分からなかった。

ただ、道重さゆみが好きなのはこういうやつなのか、という参考にはなった。

道重さゆみは昔はBerryz工房がすごく好きだと言っていたが、それから℃-uteとか真野恵里菜になって、現在はスマイレージのようだ。まあ、事務所の後輩のプロモーション的な部分もあるのだろうが、おそらくその時は本気で特にすごく好きなのだろう。

よくアイドルファンの人で、応援する人がコロコロ変わる人がいるが、パターンはいろいろあるものの、よりフレッシュなものに流れているような気がする。

道重さゆみのお気に入りの変遷を見ると、それに近いものを感じたりもする。ゆえに、ファンというのはよりフレッシュなものに流れるようになっているということを理解していて、だから誕生日記念Tシャツに「若い子には流れません」などと書く発想が生まれてくるのだろう。

かくいう私も、現在もインターネット上に残っているログでは、道重さゆみからAKB48の渡辺麻友あたりに流れたことになっていて、ただ若い子が好きなだけで、道重さゆみに飽きてよりフレッシュな子を好きにだっただけなのをグダグダと言い訳している、などということになっている。

先日、「ヤングタウン土曜日」において、道重さゆみが後輩を可愛がっているのになかなかなついてくれないという話題があった。道重さゆみは実際の話を多少盛ったり脚色したりして面白おかしくもできる子なのだが、この件に関しては、一緒に番組に出ていた高橋愛の発言を聞いても、ほぼ現実に即していると思われる。

たとえば、後輩メンバーのことを、ファンがアイドルを見ているような目線で見て、接してくる先輩がいたとしたならば、それはなかなか難しいような気がする。しかし、道重さゆみはおそらく小さい女の子が可愛くて好きなだけであり、この本能は抑えきれず、そこにジレンマが生じる。これもまた、道重さゆみの葛藤である。

スマイレージとは、おそらくこの小さい女の子を見て可愛いと思うという感性をターゲットとして、商品化されたグループではないか、などと推測するのだが、私などはそのような感性がいちじるしく欠けているために、子供ですやんとしか思えず、かつ、よく分からんという感想しか出て来ない。

「有頂天LOVE」という曲も、ひじょうにノリノリで楽しく、おそらくこの小さい女の子を見て可愛いと思う素直な感性さえあれば、とても楽しめるのだと思う。しかし、私のような汚れまくった心を持つ者には、それがよく分からない。

セーラー服とかミニスカートとかを無邪気に着たり穿いたりして歌い踊っているのを、無邪気に可愛いなと思って見るのが正しいとは思うのだが、私のような心が汚れまくった者にとっては、そのようなものに反応してしまうそのこと自体が、何やらとても反道徳的なものなのではないか、というリミッターが作動してしまうのだ。まあ、このあたりのグレイゾーンを意図的に利用し、また、その彼方にある感性を至福とする趣味というのもあり、それで商売が成立していたりもするのだろうが、どうもそっちへ行ってしまうことのリスクがあまりに大きすぎると尻込みしてしまう、チキン海峡冬景色である。

つまり、私はハロプロには向いていないんだろうなと思う。PV冒頭のミラーボールとか、イントロぐらいはカッコいいと思い、もしやこれは好きになれるのではないかと思ったのだが、よく分からないテンションの高い男の「ワッフー!」とかいうかけ声で、これはやはり恥ずかしいのではないかと思ってしまった。ここがやはり分かれ目なのだろう。だが、これの良さが分かる人というのは、きっと純粋なきれいな心をしているね。

私などは先週の「ヤングタウン土曜日」に出ていた吉川友とかの方がずっと好きなのである。あの放送を聴いて、アップフロントにはこんな面白い子がいたのかと驚いたのだが、どうやらハロプロファンにはあまり人気がないようだと聞いて、なるほどねという感じがした。

そんな孤独感を抱えつつ、同じく道重さゆみがブログで宣伝していたBouno!の「夏ダカラ!」という曲も検索してみた。ただし、こちらはあまり熱く語っているという感じもなく、気に入ってはいるが、とりあえず宣伝しておきました的な雰囲気がある。どうせこれもよく分からないんだろうなと思い、再生してみたところ、いや、これはすごく良いんじゃないかと思ってしまった。

ところで、嗣永桃子と夏焼雅は分かるのだが、この真ん中の美人さんは誰だっけと思い、わざわざWikipediaでBuono!を調べてもみたのだが、なんと、℃-uteの鈴木愛理ではないか。しばらく見ないうちにこんな美人さんになっていたとは。きれいだとは思うのだが、別にかつてアイドルを見てときめいたみたいな感覚があるかといえば、そんなこともなく、まあそれが健全な成人男性ということでそれはそれでいいのだが、少しさびしく思えたりもしたのだ。スマイレージはただの子供にしか見えないし、まあ、もうこういうのは分からないのだろうなとか、しかしまあそういうものなのだろう、などと思いながら、しかし、この曲は普通に好きだぞと思った。「ブルーブルーブルースカイ、ブルーブルーサンシャイン」のところとか、胸がキュンキュンする。昔のガールグループポップスの伝統を受け継ぐかのようなエバーグリーンな何かを感じる。

そして、嗣永桃子がすごく可愛い。

いや、キャクターとかは昔から好きだったし、楽屋で道重さゆみに今後の方向性のことで相談していたというエピソードだとか、知らないうちに大学生になっていたことなどで、潜在的好感度は上がっていたのだ。しかし、ここしばらくは積極的にハロプロ関連の映像を見るようなこともなく、自分の中では存在感もすっかり薄れていたのだ。

しかし、このPVの映像では、いい感じに大人度が増していて、ビジュアル、声、動きの相乗効果が神がかったことになっている。いや、でも若い子には流れんよ。

そして、この曲はiTMSで購入した。わずか数百円とはいえ、道重さゆみのブログがハロプロの売上に貢献した瞬間である。

私でもまだまだハロプロの作品を好きになれるのだなと思い、クレジットを見たところ、この曲はつんく作品ではなかったのだな、というオチ。

夏ダカラ!Music夏ダカラ!

アーティスト:Buono!
販売元:UP-FRONT WORKS
発売日:2011/07/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する


2011年7月19日 (火)

こんうさピーSHUFFLE#65

今回、iPhoneがシャッフル機能で選択したのは、2008年1月3日放送の第65回であり、最初に流れる音楽も、あのいつものやつとは異なり、お正月らしく「春の海」の琴の音である。

新春の挨拶と今年の抱負を述べ、「今夜もうさちゃんピース」の番組としては、昨年初めて生放送をやってとても楽しかったので、今年もまたやりたい。また、個人的には10代最後の年を大切に過ごしたいと話した。

続いて、いつものテーマ音楽が流れ、通常進行。番組のゲストに呼ぶなら誰かという質問に、リーダーの高橋愛とサブリーダーの新垣里沙、二人一緒ではなく、別々に呼びたいと答える。特に新垣里沙は仕切ってくれるので、体調が悪い時に呼んで、仕切ってほしい。

1曲目は、モーニング娘。で、「みかん」。

「クイズシゲサゴン」のコーナー。全く正解できず。

続いて、「さゆの小部屋」。「さかさまパニック」の結果を集計したというリスナーからのメール。新コーナーの「クイズシゲサゴン」が始まったが、あまり正解できず、毎週のようにごめんなさいゼリフを言っている。先行きが不安だ。

吉澤ひとみが出演した舞台、「オリビアを聴きながら」を観に行った感想。吉澤ひとみを、可愛いし面白いしカッコいいし完璧と、大絶賛する。ミニライヴのようなものでアヤカと「メロディーズ」を歌っていたが、それを見て、やられた。舞台を観ているということを忘れ、抱きつきたくなった。というか、抱きついてほしかった。

電話帳に載っている珍しい苗字についてのメール。道重は全国でたった29件で、29591位。ちなみに、Berryz工房の嗣永、夏焼はもっと少い。数字ばかり読んでいて頭が痛くなった。

どのようなパジャマを着て寝ているかという質問。夏はタオル生地の可愛いピンクのものなどを着ているが、冬は寒いので、上から全然可愛くないトレーナーを着、靴下や手袋を着けて寝ることもある。可愛いの欠片もない。この質問は夏にまたしてほしい。

2曲目は、モーニング娘。「すっごい仲間」。吉澤ひとみとの思い出から、この選曲か。

「天使さゆみと小悪魔さゆみ」のコーナー。コーナーの説明やタイトルコールなど、言葉の言い方に感情を込めたり、すごく頑張っている。あと、やはりこの頃は、トータル声が高くてキャピキャピしてるなと思う。

Berryz工房の夏焼雅と須藤茉麻が来た時は温度差を感じたが、あれは自分が悪い。合わせるべきだった。これに懲りずに、また来てほしい。

つい最近まで、四捨五入は、3以下が切り下げになるものだと思っていた。身長が160.4センチだが、四捨五入して161センチだと思っていたのだが、じつは160センチなのだと知った。

お年玉はテンションが上がる。いやらしく数えてしまう。

雪は昔から汚いものだと思っていた。一見するときれいだが、よく見ると泥が混じっていたりする。自分の心と同じである。

0歳から2歳ぐらいまでは太っていて、まったく可愛くなかった。当時の写真を見てもときめかない。もし子供を産んでも、自分に似ていたら親バカにならないかもしれない。

石川梨華に会うと、いまだに緊張する。コンサートツアーで美勇伝と一緒だったが、何かと対抗してくる。髪型だったりラジオでやると約束したネタだったりだが、やはりスベっていた。

最後の曲は、モーニング娘。「なんにも言わずにI LOVE YOU」。

亀井絵里の誕生日Tシャツに、「今夜もうさちゃんピース」の生放送で決った「そうなんだよ亀井なんだよ」が書いてあった件について。本人が隣にいるその場でメッセージを書いていた。スペースを大きく取りすぎてしまい、他のメンバーが書ける場所が少くなってしまった。

2011年7月18日 (月)

【復刻版】道重さゆみの核(コア)Part.2。

※これは昔やっていたブログで、2009年10月19日にまとめて発表したものなんだなぁ。ではどうぞ♪

落ち込んだ時は、もう、さゆみはとことん落ち込みますね。ていうか、なんか、すごい暗い音楽を聴いて...暗い音楽というか、あの、バラードとかを聴いて、さっきのつんく♂さんの「なんでやねん 心配せんでもええ」とかも、なんかすごいバラードなんで、さゆみ、バラードを聴くとすごい癒され効果があって、自分の中ですごい、どん底まで1回落ちるっていう感覚が、すごいなんか、嫌いじゃなくて、そこまでいくと、逆にもう上に上がるしかないので、すごい1回どん底を知ってるからこそ、すごいいい感じがして、大丈夫なんですけど、あのね、落ち込んだ時というより、嫌なことがあった時には、すごい、人に話したくなるんですね、その嫌なことを。だから、基本は、やっぱりメンバーの亀井絵里ちゃんに、こうなんか、日常で、こうなんか、なんか、なんだろうな、悲しかったこととかさみしかったこととか話すんですけど、さゆみ、今日ね、すごいびっくり...びっくり...びっくり感動したことがあるんですけど、昨日、ミュージカルの、あの、リハーサルをしてたんですね。で、さゆみは1回ちょっと、あの、光井ちゃんと一緒に、1回ちょっと違うところに行かなくちゃいけなくて、先にそのリハーサル場所から2人でどっかに行ったんですけど、で、ここで、バイバーイってみんなと言う時に、あの、すごい、あの、宝塚の人に、あの、稽古中だったんですよ、宝塚の人達が。でも、さゆみとみっつぃーは、その、稽古中ってことを知らなくて、その、稽古中のど真ん中を通って、歩いてたんですよ。そしたら、宝塚の人に、あの、「稽古中は後通ってください」って言われて、すごい、みっつぃーは何も、「ハーイ」って気にしてない感じだったんですけど、さゆみは、この稽古中ってことを知らないまま通っちゃったっていう、そのことがすごい自分の中で、どうしようってなっちゃって、なんかもう、あ、すごいさゆみ、すごいいま悪いことしちゃったっていう気分になっちゃって、せっかくいま一生懸命みんな稽古中してるのに、そん中のど真ん中を通って1回稽古止めちゃったんだと思うと、すごい時間ない中みんなやってるのに、すごい悪い気がしちゃって、どうしようどうしようってなって、みんなが、「じゃあね、さゆみん、みっつぃー、バイバイ」って言ってる中で、さゆみ、本当に焦っちゃって、どうしようどうしようってなってて、「バイバイ」って言いつつ、メンバーの顔全然見てなくて、で、それ、メンバー誰も気付かなかったのに、それ昨日の話なんですけど、今日、朝、みんなに会って、「おはよう」って言って、「おはようございます」とか愛ちゃんとかと挨拶してて、みんな全然「おはよう」とか言ってるのに、絵里が「ねえ、昨日、さゆ、バイバイって言う時おかしかったよね。絶対何かあったでしょ?」とか言ってて、それ、すぐ気付いてくれて、さすが絵里だなと思って、「もう、教えてね、後で」って言ってたんですけど、今日も結局、そのことを話すきっかけがなかったんで、たぶん、あの、明日話すことになると思うんですけど、まあ、全然いまはもう、やっぱ別に稽古中って気付かなかったし、まあ、仕方ないなと思うんですけど、すごい昨日は、もう、1日中、夜、お家に帰ってからも、あの時なんでさゆみ、稽古中って気付かなかったんだろうって、すごい気にしてて、だから、今日、こうなんか、絵里に会って、こうやって気付いてくれてる人がいたんだと思って、さゆみの気持ちに、だからすごいなんか楽になりましたね。だからそうやって、分かってくれる人を見つけた方がいいと思いますね。見つけた方がっていうか、まあ、見つけるものでもないと思うんですけど、こう、いたら、たぶん安心するだろうし、まあ、家族とかでもいいと思うんですけど、こうなんか、お話ができる相手が、ね、奈良のメダカさん(※リスナー)にもいるといいなって思います。まあ、でも、「うさちゃんピース」に送ってくれれば、さゆみが何も言えないけど、たぶん、読むと思うので、はい、送ってきてください。
(2007年年7月15日放送)

さゆみは、あんまり人前で泣かないんですよね。なんか、こう、なんか、なんだろうな、だから、お家とかでも、あの、思い出して、なんか、こう、その、お仕事とかで、なんか、こう、ちょっと、なんか、切ないこととかあって、それを思い出して泣いたりとかは、1人ではするんですけど、なんか、そのことを家族に話して泣いたりとか、そういうことがあんまりなくて、だから、メンバーとかにも...の前でもあんまり泣かないんですけど、こう、だから、お姉ちゃんがすごいよく泣くんで、自分はあんまり泣くひまがないっていうのもあるんですけど、さゆみは本当に、基本堪える派ですね。堪えて、結構我慢できちゃうんで、すごい、あと、自分の、あとはなんだろうな、鏡の前とかで泣きます。鏡の前...あ、さゆみ、結構、だからさゆみね、あんまり泣かないんで、鏡の前で泣くと、なんか、あ、自分の泣き顔ってこうなんだって思えるから、なんか、楽しくて、逆にちょっとなんか元気もらえるんですよ。だから、泣く時は、あの、鏡があったら絶対自分の顔チェックしますね。泣き顔ってこうなんだ、って思います。なんか、普段、こう、いつもの普通の自分を見てるけど、泣くのって、なんか、あの、演技とか、さゆみ、できないんで、なんか、泣こうって思った時に泣けないじゃないですか。だから、泣いた時はどんな顔してるんだろうって真っ先に鏡の前に走るんですけど、だからね、最近、泣いたことと言えば、普段では本当に、最近、全然なんか、ハッピーな毎日なので、あんまり泣くことはないんですけど、あの、ドラマとかで、こう、見てて、感極まって、涙目になった時とかも、やっぱり、鏡の前に行って、ドラマ中止して、さゆみ、どんな泣き顔なんだろうと思って、なんか、自分の泣き顔ってすごい気になるんですよね。なので、すごい見ますね。
(2008年7月22日放送)

さゆみ、すごい、ほめられて伸びるタイプな気がします。なんか、さゆみね、ダメなんですよ、なんか、注意とかされて、こう、「道重、あれよくなかったよ」とか言われると、「え?どうしよう」と思って、逆にそこに意識しすぎちゃって、逆に失敗したりとかするんで、こうなんか、コンサートとか見に来てくれた...見に来てくれる、なんか、お母さんとかお友達とかに、感想を聞いても、いいところをいっぱい言ってもらえると、すごい嬉しいんですけど、やっぱり、結構、ちゃんとさゆみのことを考えて、厳しいことを言う、あの、お母さんはそこまでじゃないんですけど、結構、友達とかに見に来てもらうと、案外厳しいことを言われたりとかするんですよ。すごいさゆみのこと思ってくれてるんだと分かるんですけど、すごいなんか、「あ、じゃあ、あそこもうちょっと意識してやんなきゃな」って思うと、本番で、なんか、はりきりすぎちゃって、間違えちゃったりとかするんで、やっぱりあの、ほめられて伸びるタイプなので、そこらへんはみなさんも、はい、ちゃんと認識していてほしいなと思います。
(2008年7月29日放送)

なんだろう、さゆみは、あの、このギャップ的なものはすごい好きなんですけど、「毒吐いていくぞ」って意気込んだら、「毒吐かなきゃ毒吐かなきゃ」ってなっちゃいそうなんで、こうなんか、自然にいて、なんか、ちょっとパッて、あの、思いついたら言うって感じが、さゆみのスタンス?...なので、あえて、こう意気込んじゃうと、さゆみ、本当になんか、「頑張らなきゃ」って思うと、いっつも結局、変な方向に行くクセがあるので、あの、普通に何も言わずに、なんか、ポロッて言って、ちょっと「毒吐いてるね」って言われるぐらいがちょうどいい気がするので、はい、そこらへんに収めときたいと思います。
(2008年7月29日放送)

あの、まあ、メールは、まあ、結構しょっちゅうもしかしたらやるかもしれ...あ、でも、それでも、1日、多い日は、まあ、多い日でも5通とかで、結構、さゆみ、メールをしない派なんですけど、あの、電話もほとんど鳴らないし、結構、1年前の着歴とかが残ってたりとか、それぐらい、さゆみ、かかってこないし、かけないんですよ。で、メールもほとんどしないんで、結構、昔のメールとかが残ってて、見返したら面白かったりとかするんですけど、さゆみが携帯で...携帯電話の機能で使うのは、ブックマークに入れているものなんですけど、ブックマークにお気に入りのサイトをたくさん入れてるんですけど、たぶん...たぶん50件以上あるんですけど、お気に入りのサイトが、まあ、基本はアイドルの、なんか、ブログだったりとかするんですけど、なんか、自分の画像を調べたりとか、自分の写真集の感想を読みに行ったりとか、すごいそういうのはすごい楽しくてよくやるんですけど、だから、結構、案外、あの、自分のことを調べてる時間も多いですね。自分の画像はもちろん、結構保存して待ち受けにしたりとか、たまにあるんですよ、なんか結構、「あ、このさゆみ、なんかかわいい」とか思って、待ち受けにして、この時のさゆみをキープしようと思って、なんか、刺激を受けて、あの、待ち受けにしたりとかもするんですけど、だから結構、ブックマークをよく使います。
(2008年7月29日放送)

さゆみ、流行り物とかに、あまり、そんなに流されないタイプで、洋服とか、あの、髪型とか、そういう、ブレス系?...ブレス系?...アクセサリー系とか、そういうの、流行ってても、そこまで流されなくて、あの、ファッション雑誌とかもさゆみ、本当、読まないんですよ。たまに暇で、あの、美容院とか行った時に、読んだりとかはするんですけど、自分で買うことってさらさらないんですね。だから、たぶん、流行ってても自分流で、ここは行きたいと思います。
(2008年8月5日放送)

異性に対するっていうのは、さゆみはテレビとか見てて、なんかご飯とかがっついてる人とか見ると、ちょっといいなと思いますね。なんか、一緒に...お兄ちゃんとかお父さんとかもそうなんですけど、特にお父さんなんですけど、小食なんですよ。なんかあんまり食べないんですよ。だから、さゆみの方が食べるんですね。なんか一緒に食べてて、「もうお腹いっぱい」って食べなくなるのがすごい切なくなるんですね。だから、こうテレビなんか見てて、おいしいおいしいって言っていっぱい食べてくれてる人とかは、すごい見てて安心感があるなと思うし、あとは、こうなんだろうな、頑張ったりとかしていい汗かいてる人とか、こうなんか...なんだろうな、普通にさゆみ、こう車に、あの、メンバーとかと乗ってて、こう普通に外を見てた時に、何か工事の人とかがすっごい一生懸命働いてて、暑い中。で、それで汗かいてる人とか見ると、すごいいいなと思うし、コンサートとかでもファンの人がさゆみ達を応援するのに一生懸命、あの、飛び跳ねてくれて、Tシャツの色とかも変わるくらい汗をかいてて、何かそういう人間味のある人にちょっと惹かれますね。
(2008年9月2日放送)

もう暴露しちゃいます。さゆみが出没する場所は渋谷ですね。渋谷メッチャ行きますよ。さゆみ、渋谷はモーニング娘。に入る前から、なんか...渋谷ってなんか東京の若い子が遊びにいくっていうなんか、すごいイメージがあって、すごいなんかあの、みんなすごいいつも元気でキャピキャピして、なんか...みんなすごい、もちろん1人1人悩みはあるんだろうけど、悩みを抱えてなさそうに見えるっていうか、失礼かもしれないんですけど、すごいみんな仲良しで楽しそうじゃないですか。なので、その雰囲気がすごい好きで、なんかさゆみもあそこに混ざってたらすごい元気になるので、渋谷は大好きなので、はい、もしかしたらさゆみがいるかもしれないですね。渋谷の...渋谷にもハロプロショップがありますので、ぜひぜひ行ってみてください。
(2008年9月16日放送)

さゆみは夏生まれなんですけど、あの、そして夏生まれのすごい寒がりなんですけど、あの、冬が大好きなんですよ。このなんかちょっと寒いけど、「寒い」って言ってる自分もなんか別に嫌いじゃないし、なんか、あの、お仕事に行く、1人で、なんか移動中の、なんか寒いけど、なんか音楽とか聴きながら浸ってる、なんか外の、なんか自分はあったかいけど外はちょっと、なんか、こう木とかが揺れてて、寒そうな感じとか、あの、なんか...なんか冷たい感じが好きで、切ない感じとかも好きで、あの、ちょっと...冬が楽しみなんですけど...。
(2008年9月23日放送)

本当にこのワニの話をし出すと、ちょっとさゆみ、楽しくなってきちゃうんですけど、ワニって不思議なんですよ。ていうか、なんでワニがいるんだろう、みたいな。なんか、そこの静岡県のワニ園っていう所に行ったんですけど、なんかバナナワニ園っていって、その、ワニがたっくさんいて、なんか、むしろなんか人間がいることの方が不思議なぐらい、ワニが当たり前な気分になるんですよ、そこにいたら。なんかもうワニがいることが日常みたいな。なんか、さゆみはワニがいてこそな人間たちなんだな、みたいな気分になるんですよ。ほんと、ワニの存在が大きすぎて、そこでは。なんかもうワニ...とりあえず、そこにいるっていうだけで、ワニってすごいって思うんですよ。なんかね、なんか、なんでワニがいるんだ...なんかね、不思議なんですけど、ワニの存在をすごい、なんかワニ園に行くと、心地よく受け止めれるというか、ワニがいて当たり前なんだっていう気分になるというか。なんか、普通に生活してて、ワニって、なんか、別にペットとして飼うわけでもなく、飼いたいと思うわけでもなく、別に動物の絵を描く時もワニの絵なんてなかなか描かないじゃないですか。なのに、あそこに行くと、ワニがメチャメチャ存在感をアピールしてくるんですよ、さゆみの中で。ワニってすごいんですよ。なんか、なんか、ワニをずっと見てたら、なんとなくですけど、ワニの形が恐竜に見えてきて、恐竜って滅没したじゃないですか。滅没?滅絶?何?何、教えて?滅亡...滅亡?熱望?滅亡?め...めつぼう?せ...絶望?絶滅?絶滅?...みんなバカだなあ。絶滅したじゃないですか。で、あれはワニの生まれ変わりなんじゃないかと思って、さゆみは。形とか姿見?姿煮?煮てないんですよ。なんか形とかがとりあえずすごい似てて、で、もうずっとお姉ちゃんと一緒に、「さゆみ達、判明したよ」って言って、「ノーベル賞獲れるよ」って言ってて、「ワニは昔、恐竜なんだよ」って言って、恐竜が絶滅したからワニになって、今はその事実は判明されてないけど、絶対、あの、進化形で、ワニになったんだって...ことになったんです。だから今お伝えしました。よろしくお願い...そこにね、鳥もいたんですよ。なぜかワニ園に鳥が1匹いて、で、「この鳥はしゃべれます」っていうことが書いてあって、「あ、しゃべれるんだ」と思って、すごい話しかけてたんですよ、「こんにちは」って言いながら、「さゆみだよ」とか言いながら話しかけてたんですけど、一切シカトなんですね、そこの鳥さんは。で、あー、やっぱしゃべれるって言っても機嫌とかも、あの、体調とかもあるだろうし、まあ今日はあんまり良くないんだと思って、お姉ちゃんが「こんにちは」って言ったら、しゃべるんですよ、鳥。あの、「こんにちは」っていうなんか、しゃべれるって言われた割には日本語とかあんましゃべんなかったんですけど、お姉ちゃんがしゃべりかけたら、反応するんです。だから通じるものがあるんだな、と思って、すごい不思議でしたけど、すごいワニ園楽しいんで、よかったら...すごい本当に行ってみてほしいんですよ。行ってみたら分かると思うんですね、この気持ちが。だってね、本当すぐそばにワニがいるんですよ、何十匹も。さゆみの体よりも全然大きいんですよ。そこにいるんです、そのワニが。すごい不思議なんですね。しかもおとなしくて、可愛い顔してるんですよ。だから、檻に入っても、食べられなくて仲良くできる自信があるんですね。本当にそれぐらい可愛いので、もし機会があったらぜひ行ってみてください。
(2008年10月14日放送)

みなさんは暇な時って何をしますか?聞きたいんですけど、さゆみはずーっと携帯をいじってるんですね。もう暇さえあれば携帯携帯で、もうすぐ充電とか無くなるぐらい、もう携帯依存症っていってもおかしくないぐらい携帯をずーっとさゆみはいじってられるっていうか、あの、結構みんなすぐ、あの、もう見るとこがないとか飽きたとか言うんですけど、さゆみはもう、もうずーっと見てる...なんか他のアイドルだったりとか、あの、いろんな人のブログを読んだりとか、あと、なんかいろんなのを検索するのが楽しくって、ずーっと...あと、今ハマってるドラマの、いろん...どん...他の人はどんなふうに感想持ってるんだろうとかいうのを見るのがすごい好きで、すごいよく見るんですけど、ふと、うさちゃんピースって、この...ハイパーナイト、モーニング娘。今夜の...うさちゃんピース、聴いてる人ってどう思ってるんだろうと思って、うさちゃんピースで検索してみたんですよ。そしたら、結構な件数が出てきて、うさちゃんピースの感想をブログだったりとか、そういうなんか書いてくれてる人がたくさんいて、さゆみはもう、あの、暇じゃない時の時間を使っても全部読みました。あのね、批判もされてましたが、結構みなさん楽しんでいただいてるようで、でも一番嬉しかったのは、あの、その感想とかもすごく嬉しかったんですけど、さゆみがこうしゃべってる言葉を全部書き起こしてる人がいて、なんか、「えー」とか「うん」とか「ふーん」とかそういう小さい、あの、なんか聞き落とすような言葉とかも、全部書き起こしてくれてる方とかいて、すごい嬉しかったですね。あの、それは...あ、さゆみ、こんなこと言ったんだと思って、あ、この時はこういう状況だったんだなと思って、あの、さゆみの日記よりも詳しくて、すごいありがたくて、あ、これからは日記書かなくてもこれ読めばさゆみの心境分かるなって思っちゃいました。
(2008年11月18日放送)

この鳥取でのコンサートなんですけど、さゆみの小学校1年生の時の友達が鳥取に住んでるんですよ。で、今は神戸に住んでるんですけど、あの、わざわざ神戸とかの近くのコンサートじゃなくて、自分の地元でやるコンサートを観にいきたいって言ってくれて、その小学校1年生以来のお友達が、あの、鳥取に、モーニング娘。のコンサートのために帰ってきてくれて、で、見にきてくれたんですけど、で、2階席がですね、鳥取は、あの、ファミリー席が2階席の横だったので、すごい顔とかも見えて、すごい一緒に盛り上がってくれて、あ、小学校以来なのにこんなにもさゆみのことを応援してくれてるんだと思ってすごい嬉しかったんですけど、あの、終わってから電話したら、すごい友達が泣いてて、す...本当に感動しちゃってなんか、あの、小学校1年生の時以来しゃべったことなかったんです。メールとかはしてたんですけど、あの、お母さん同士が仲いいから、まあ、あの、お母さん同士が仲よくしてくれてたおかげで、まあこう、さゆみ達も、今こう連絡を取り合ったりもできるんですけど、本当に何年...小学校1年ということは、7歳だから、今19歳だから、あ、7年ぶり...?に声を聞いたんですよ。12年ぶりか。12年ぶりに声を聞いたんですよ。なんか不思議ですね。声...なんか、しゃべり方とかはすごい変わってなくて、すごいなんか感情がすごいある子というか、まあみんなあると思うんですけど、すごい、なんていうんですかね、優しい気持ちを持ってるんだな、そういうとこ変わらないんだな、小学校1年生から、と思ったんですけど。メチャメチャ泣いてくれてて、なんか、あの、私のことを小学校...その子も、なんか、私のことを、さゆみちゃんが、あの、友達って思ってくれてて、その大事な友達がコンサートで同い年なのにこんなに頑張ってて、しかもバイバイって手振ってくれてて、本当嬉しくて、コンサート中涙が止まんなかったって言ってて、電話でもずっと泣いてて、なんか、なんかすごい偉大な友達を持ってるんだなってすごく嬉しかったです。なので、また鳥取でコンサートができたらいいなって思います。
(2008年12月9日放送)

さゆみも地元、山口県のお隣で、広島県でコンサートができるっていうことで、もうすごい嬉しくて、ステージに立ったんですけど、こうアンコールを、さゆみんコール...みなさんがしてくださって、もうすごい嬉しくてですね、で、パッて、あの、ステージ...ていうか、あの、ステージの袖から、あの、お客さんの方を見るとピンクのサイリウムがいっぱいあって、で、画面には、あの、「さゆみんお帰り」って、うん、お帰りとはまたちょっと意味が違うな...違うよと思いつつもすごい嬉しくてですね、もう本当にみなさんの応援とか声援が胸にきたんですけど、あの、本当にさゆみ、みんなに生きててほしいって思ったんですよね、心から。なんか、あの、元気でやっててねって思いましたね、次会う時までに、もう今このみんなにまた絶対いつか会いたいって思った時に、出た言葉が、まあ「死なないでください」っていう言葉だったんですけど、あの、本当に次会う時まで元気でいてほしいなって、はい、心からそう思って、本当に次こそは山口県でコンサートが、はい、地元でできるっていうのはすごい嬉しいことなので、はい、地元でできたらいいなって願ってます。
(2008年12月9日放送)

これは、もうノーコメントでいきたい感じですけどね。でも本当に、なんだろうな、でも、まあ、知らなければよかったこともあるし、聞かなければよかったなって思うこともあるけど、でも、それを知ってこそ、「あ、さゆみはこうしないでおこう」とか、「こうしない方がいいんだな」って思えることもあるので、やっぱ、全部必然的にできてるんだなって思いますね。だから、ファンの方も、知っちゃったことは知っちゃったことで、受け止めて、はい、そうして生きていきましょう。
(2009年1月6日放送)

あ、本当に、本当にありがとうございます。なんか、なんていうんですかね、さゆみも同じ気持ちというか、なんか、さゆみもこの「こんうさピー」があるから、なんか、やっていけるというか、なんだろう、モーニング娘。で、こう、やってて、まあ普通に毎日生きてれば楽しいことはもちろんのこと、まあ、嫌なことだったり悲しいこともあるけど、あの、でも、さゆみ、1人で「こんうさピー」やってて、聴いてくれてる人がいるんだな、さゆみだけの声をって思うと、あ、すごい、あ、こんなことでくじけちゃダメだなと思って、頑張ろうって思えるし、でも、さゆみがそう思ってて、思ってたら、こういうふうに、「さゆみんのおかげで」って言ってくださる方もいるし、なんかすごい、なんかうまくお互いが歩いていってるんだなと思って、そうですね、2009年も本当にみなさんよろしくお願いします。
(2009年1月6日放送)

さゆみは、冬になるとあったかいソイラテが飲みたくなるんですよ。あの、豆乳ラテなんですけど、豆乳、ソイっていうんで、あの、さゆみの、あの、お家の近くの駅前にコーヒー屋さんがあって、で、駅...あの、電車から降りて、そこのコーヒー屋さんに寄って、「ソイラテください、ホットで」って言って、その、なんか、もらった瞬間のあのあったかい感じがひじょうに好きで、で、ソイラテの上の泡が大好きなんですよ。で、なんかさゆみ、1番ちっちゃいの頼むんですけど、全部は飲めなくて、なんか、なんていうんだろ、ソイラテすごい味とかも好きなんですけど、なんていうんだろうな、すごい別に喉が渇いてるわけでもないから、寒くて、浸りたくて買うんですよ。可愛いじゃないですか。コートとか着てて、女の子が、なんていうんですか、寒いなって思いながら、ホットソイラテを持ってて、はぁーってやってる感じ、あの感じがさゆみ、すごい好きで、で、あの、駅前でそれを買って、あったまって、で、なんか、その上の泡だけを飲むのがすごい好きなんですけど、で、さゆみが、それでまた、もう1個好きだったのが、あの、そのやつが、あの、あの、そこの駅のちょっと歩いてから、タクシー乗り場があって、そこから1メーターでお家まで帰れたんで、そのソイラテを買った時は、いつもその1メーターで帰ってたんですよ、お家に。それが、あの、まだ660円の時代で、で、660円で、で、あの、660円で、390...40円?そしたら1000円ですか?足したら。1000円ですよね。で、そのソイラテのショートが340円だったんですよ、そこのコーヒー屋さんで。だから、いつも1000円を持っとけば、あの、きれいに払えてたんですよ。で、それから、710円にアップした時には、きれいに払えなくなっちゃって、すごいそれが切なかったんですけど、その660円の時代は、すごい1000円...この1000円があれば、さゆみの全てのプランが成功するんですよ。その1000円1枚で。だからそれがすごい好きでしたね。しかもなんかね、あのね、なんかね、冬ってすごい好きなんですよね。なんでこうも切ないんだろうっていう。なんか、切ないのが好きって不思議なんですけど、切ないのって嫌じゃないですか、普通。なんか苦しいイメージじゃないですか。なのに、あの冬の切なさはすごい謎なんですけど、いつまで経っても、すごい好きですね。
(2009年1月13日放送)

すごくプラス思考な時期もあるんですけど、こうなんか...ネガティブな時期っていうのがあって、そういう時は何が起きてもどんなにラッキーなこととかあっても、「でも結局今がラッキーだから、すぐなんかまた嫌なこと起きちゃうんでしょ」的なことを思っちゃう時期がありますね。だから、ポジティブに生きようって思えば思うほどネガティブになる時期っていうのはありますね。
(2009年3月3日放送)

この「泣いちゃうかも」のPVを見ていただいた方は分かると思うんですけど、あの、涙を流すシーンがありまして、こう、目薬を使った子、使ってない子っているんですけど、で、あの、「道重、どうする?」って言われて、どうしようと思って、でもなんか使うのもなと思って、なんかすごい悔しくて、だから、「とりあえずやってみます」って言って、「もし流せなかったらすいません、一応用意してもらっていいですか」って言っといて、まあ、何とか自力で泣いたんですけど、あの、でも、何とかっていう割には意外とポロッていけまして、何ていうか、あの、この「泣いちゃうかも」の主人公、マリコちゃんがいるんですけど、そのマリコちゃんになり切ったんですよ、さゆみは、その時に。で、その、なんか、あの、何ていうんだろう、その撮影した所でもう音がですね、ガンガンに響いてて、あの、マリコちゃんになりやすい環境だったんですよ。カメラさんとカメラと私の1対1な感じで、なんか...何ていうんだろうな、もう周りにいつもいてくれるマネージャーさんとかがいたりとかしても、恥ずかしいとかもなかったし、もう本当に自分はさゆみっていうよりはもうマリコちゃんになり切ってて、で、でもマリコちゃんの気持ちになってた時に、始め、リップシーンっていうかその、曲を歌ってるシーンから始めたんですけど、で、その時に、「あ、ちょっと泣きそうかも」と思ってて、本当泣いちゃうかも状態で、そしたらもう「全然泣いてくれて大丈夫だよ」って言われてて、で、その後で、その、泣い...涙流してねっていうシーンを撮ったんですけど、でもその時は、あの、ずっと「ああ泣きそうだな」って思ってる時に、さゆみ、この曲のAメロからBメロにいく感じらへんの曲調がすごい切なくて好きなんですよ。で、その切ない曲調が、あの、そのスタジオにガンガンに響いた時に、ヤバいと思ってポロッときましたね。もう本当に私、マリコでもいいかもって感じですね。生まれ変わったらマリコでもいいかもっていうぐらいその時はマリコちゃんになり切ってて。
(2009年3月3日放送)

あの、すごい最近...最近じゃないけど、本を読んでて、なんかそういう時も周りに感謝するんですって。なんか、遅刻しそうだなとか、遅刻した時って、こう、焦ったりとか、そうやってさゆみみたいに周りのせいにしたくなるじゃないですか。でも、そういう時に限って、あ、限ってじゃない、そういう時だからこそ...オッケー、日本語使えた。そういう時だからこそ、あの、あの、遅刻してありがとうって思うんですって。なんか、分かんないけど。なんか、医学的に? なんか、らしいよ。だからね、本当みんなね、本当ありがとうって思った方がいいよ。だから今、車乗ってこのラジオ聴いてくれる人も、こう、ありがとうって思った方がいいし、こう、もうこれから、なんだろうな、今、もしお茶こぼしたとしたら、あ、お茶こぼしてくれてありがとうとか、そういうふうに考えてた方がいいですよ。ミスったらありがとう。何でもありがとうにしてったら、いい方向にいくらしい。ね?はい。なので、みなさん、そういうことにしましょう。
(2009年3月24日放送)

さゆみのこと、あの、あの、ファンになってくれたら嬉しいなっていうのもあるんですけど、こうやっぱ、逆もあるじゃないですか。今までさゆみのファンだった人が、こう、小春ちゃんのファンになっちゃったりとか、でも、そういうのを見つけるのも得意なんですよね。あーとか思うんですけど、こう、初めはね、やっぱりショックだったりとかするんですけど、やっぱでも、グループ内でこう、ね、あの、分かれてくれるのは全然、はい、いいので、まあ、たまにはさゆみのことも目向けてくれると、まあ、昔の女的な感じでね、目向けていただければいいかなと思ってるので。
なんか、そういう時の握手会の時とかに、そういうファンの方って、やっぱ顔もお互い認識してるから、こうちょっと気まずそうな顔するんですよ。なので、全然さゆみ、そういうふうに思ってないので、全然もう、はい、あの、全然仲よく、あの、2人目に好きなぐらい全然平気なので、はい、全然、はい、大丈夫ですよ。というのを伝えたかったです。
(2009年3月24日放送)

なんか、たぶん、こう、自分にいっぱいいっぱいになったりとか、ヤケになったりする時とかってあると思うんですけど、そういう時って、まあ、さゆみが特にそうなんですけど、周りが見えなくなって、こう、さゆみはすごい、なんか、すごい何かをしゃべりたくなってワーっとしゃべるんですけど、そういう時って本当周りが見えなくて、でも、その話を聞いてくれてる人がいるっていう、そういう状況とかが本当、自分1人じゃなくて、みんながいて、さゆみがいるんだなって、こう感じれる、「歩いてる」の曲は素晴らしいなって本当に感じますね。ありがとうございます。
(2009年3月31日放送)

本当にこの「It's You」は初めて私がソロで歌わせてもらったアルバム曲な...はい、入ってるんですけど。こう、あの、さゆみん大好っきさんからですね、あの、「さゆみんがこれまで経験した悔しさだったり苦労だったり喜びだったりがいっぱい詰まってる気がします。全てがここにつながっていたのだと思います。僕は道重さゆみさんのことをめっちゃ尊敬しています」って言ってくださって、ちょっとこれ読んだ時、泣きそうになりましたね。なんか、なんていうんだろう、こう、別に「『It's You』はセクシーな曲です」とかよく言ってるんですけど、こういう風に捉えてくれる人がいたりとか、こう、なんか、敢えて口にしなくても、こう、なんか、こういう風に考えて、「あー、さゆみんはこう思ったんだな」っていうのを感じてくれてる人がたくさんいるっていうことが、もうすごい嬉しくて、うーん、今、コンサートとかでも、歌ったりとかしてて、こう、リハーサルとかでも、結構どう...どうすればいいか分かんなくなったりして、自分と葛藤してて、もう本当ちょっと悩んだりとかしてたんですけど、やっぱいざファンの人達の前に立つと、みんなが味方な気がして、すごく楽しんでやってるので、うーん、大事な1曲となりました。
(2009年3月31日放送)

でも本当、エースキラーさんをはじめですね、ファンのみなさん...あの、山口県のファンのみなさんもたくさんいてくれたとは思うんですけど、こう、東京からね、駆けつけてくれたりとか、他の地方から来てくれた人もいると思うんですけど、なのに、こう、「お帰り」って言ってくれるじゃないですか、みんながみんなして。たぶん、あの、まあどっかしらで「お帰りっていっても今日来たしな、俺らも」って思ってると思うんですけど、なのに、そこはもうさゆみが地元山口に帰ったからっていうことで、あの、みなさんも今日来たかもしれないのに、「お帰り」って、あの、迎えてくれるっていうところが本当にみんなありがたいなって思うんですけど、こう、でも本当になんかステージ上から、あの、2階席の、ファミリー席とかを見ると、もうお母さん、お父さん、もちろんおじいちゃんおばあちゃんとか、あと、一番感動したのはおじいちゃんとおばあちゃんの横にはとこがいて、で、そのはとこ、さゆみ、すごいちっちゃい頃から可愛がってたんですけど、あの、一時期、すごいなんか、あの、事故をしちゃって、で、なんか、結構体調が良くなかったんですよ、ずっと。で、こう、コンサートとかも見にいきたいって言ってたんですけど、病院の先生とかに、こう、「ダメだから」ってストップされてて、で、久しぶりに、その事故の前には1回来てもらったことあったんですけど、事故後は初めて来てくれて、で、すごいそのはとこが見えた瞬間に、もうすっごい嬉しくて、で、なんか、あの、バイバイってしたら、おじいちゃんとかが、「あ、してるよ」っていう動作とかも見えて、で、はとこがすごいさゆみに向かって、しかも笑顔も見えるんですよ。で、なんか、「あ、すごい、笑ってる」と思って、もうそれを見た瞬間はすごい感動して、で、やっぱそう、おじいちゃんおばあちゃんがいて、さゆみがいて、で、はとこはさゆみより全然年下なんですけど、で、そうやって繋がってってるんだなって思うと、すごいなんか、なんていうんだろう、山口時代からのそういう、なんか、さゆみの人生って、あ、すごい、ここに繋がってるんだなって思うと、すごいなんか、これから先、なんか色々なことあっても、すごいそうやっていろんな人がいてくれるからさゆみなんだ、頑張ろうと思えて、すごい感動しましたね。はい。みなさん本当にありがとうございました。
(2009年5月6日放送)

いやー、さゆみも、こう、あの、オンエアーも見させてもらったんですけど、あ、そんな緊張してるふうに見えないなと思ったんですけど、もう本当に緊張してて、なんかバクバクですね。
で、さゆみは本当、あの番組が大好きで、で、まあ1週見てるし、あの、だから、そんな大好きな番組に出させてもらったのはすごく嬉しかったし、こうなんかやっぱ自分の中でも、「キタ」と思ったんですけど、
もうね、収録前の、あの、前夜から、超緊張してて、もう本当、胃が痛くて、どうしようと思って、やっぱなんか、あの、何が正しいのかっていう答がないわけじゃないですか。なんか、これを言っていいのかどうかも分からないし、言っちゃったらもう終わりだし、何をいまさゆみに求められてるかもよく分からないし、で、なんかこう、あの、まあ、MCの、あの、ロンドンブーツ淳さんもいるけど、でも、こうなんか、たくさん、本当に...本当に、こうなんていうんですか、すごい方じゃないですか、大物女優さんだし、だから、本当にこれを言っていいのかとか、なんか、やっぱヤバいこと言っちゃったなって、その、収録中に、やっぱちょっと後悔してる自分もいるし、でも、でも、大丈夫、さゆみはもうこれでやるって決めたから、もう全然後悔なんかしちゃダメだと思って、もう自分に言い聞かせて、すごい頑張ってる自分もいるし、もうだからね、すっごい、あの、緊張してるふうに、たぶん...自分でも見えなかったんですけど、いやー、ずっと緊張してましたね。緊張っていうのかな、あれは。なんか、あの、とりあえず何をしゃべっていいのか分からないというか、これをしゃべって、あの、いい方向に転がるかどうかって、初めてだったんで、どういうふうになるかっていう想像が付かなすぎちゃって、それがすごく難しかったんですけど、
やっぱ放送を見てくれた、あの、メンバーとかも、「面白かったよ」とか言ってくれたし、こう結構なんか、反響が大きかったので、その分では、あ、よく...ちゃんと出来たのかなっていうのはありますね、はい。
でもやっぱ本当緊張しましたね。もう本当にドキドキでしたもん。あの、だから、最後、終わった後に、あの、それぞれ、楽屋に挨拶させ...しにいかせてもらったんですけど、もうなんか本当に怖かったですね。
でも...え?誰が怖かった?さゆみ的には、言っちゃっていいのかな、国生さゆりさんが怖くて、でも、同じ元...あの、元...元アイドルって言ったらまたなんか支障があるかもしれないんですけど、こうなんか、おニャン子クラブさんでやってらっしゃったから、あの、まあ、いろいろまた、その、さゆみの毒をいっぱい吐いちゃったから、「あ、いろいろすいませんでした」って言ったら、「あ、全然大丈夫だよ」って笑顔だったんですけど、さゆみにはその笑顔に、また奥に何かがある気がしちゃって、すごく怖かったです。
でも、まあ、みなさん本当、「全然大丈夫だよ」「全然あれでいいんだよ」って言ってくれたので、すごい安心はしたんですけど、はい、でもなんか本当に、あの、あの場ではすごい、やっぱちょっと、なんだろう、番組的にか分かんないんですけど、ギスギスっていうか、結構あの、なんか、ちょっと飛び交ってる感じじゃないですか、なんか、お互いの意見が。でもすごい、終わるとみんなすごいなんか、優しくしてくださって、あ、本当にみんないい人なんだなっていうのはすごく感じますね。はい、そこに助けられます。ありがとうございます。
(2009年8月19日放送)

もうねえ、可愛くて、で、さゆみ、この、前日...じゃないけど、この「ドレミファドン!」に出させてもらえるってことを聞いて、「あー、頑張ろう、ドレミファドン!」って思ってて、こう、なんか、出演者さんとか見るじゃないですか。そしたら、「小倉優子」って書いてあって、めっちゃめちゃテンション上がりましたね。もう、あの、さゆみ、小倉優子さんもすごく好きで、あの、なんていうんですかね、ゆうこりんは、人生で出会...出会ってはないかな、見た女の子の中で一番タイプな女の子なんですよ、自分の中で。で、写真集とかも何冊も、あの、持ってて、DVDとかも結構、あの、ちょっとなんか、これからどうしようかなって思った時とかに、ゆうこりんのDVDとかを見ると、こうやっていこうって思うんですけど、もうそれぐらいすごい、あの、小倉優子さんには、こういろいろ、あの、アイドルとして、なんか、勉強させてもらってるんですけど、その大好きな小倉優子さんと共演できるってことで、めっちゃ嬉しくて、で、ずっと結構、あの、ルンルンで、で、あの、始まる前に楽屋にご挨拶しに行ったんですけど、あの、すごい、何も変わらない感じで、「あ、よろしくお願いします」って、なんかいつものゆうこりんのトーンで挨拶してくれたことがすごく感動しましたね。なので、あの、収録中とかも、ちょっと時間があればゆうこりんの方をチラチラ見ながら、「あ、ゆうこりんがいる」と思って、「同じ空間にいるんだ」っていうのを楽しんでました。だから、あの、別に挨拶程度の会話しかしてないですけど、もう、自分の中では大満足な1日でしたね。もう、本当にまあ、ゆうこりんのファンのみなさんには申し訳ないですけど、もう堪能させてもらいました。ゆうこりんが、ちょっと、ミニのズボンをはいてたのかな。だから、ゆうこりんの後姿を見てて、「あ、ゆうこりん、脚細~い」と思いながら、その、あの、脚も見ましたね。いや、本当、可愛かったですよ。ちょっとなんか、あの、人間じゃないと思いましたもん、可愛くて。度肝を抜かれましたね。あれはもう、たぶんね、生で見に行ったた方がいいと思いますよ、ゆうこりんのこと。すっごい可愛い。だから、よく、なんか、あの、アイドルのファンの方とかって、なんていうんですかね、あの、テレビとかで見るよりイベントとかに行く楽しみがあるっていうじゃないですか。その気持ちがめちゃめちゃ分かりましたもん。「あ、これはテレビで見るより、やっぱ生が一番だな」っていうのは、すごい思いましたね。なんかさゆみ、すごいいま熱いですよね。アイドリング!!!に始まりゆうこりんの話は。すごい楽しい時間が過ごせました。ありがとうございます。はい?ファンっていうのは、あの、ちょっとその時は言えなかったんですけど、たぶんさゆみ、結構いろんな所で言ったりとか、あと、あの、スタッフさんとかに、「さゆみ、ちょっと、小倉さんのファンなんですよ」って言ったんで、たぶん伝わってるとは思います。はい。嬉しい。だって、さゆみ、認知されたんですよ、だって。あの、挨拶して、「道重さゆみです」っていう話をしたから、「あ、道重さゆみちゃんですね。よろしくお願いします。小倉優子です」って言ってたんで、あ、さゆみがこの世にいるってことは知ってもらえたんで、さゆみの存在を知ってもらえたっていうだけで、もうさゆみはもう大満足ですね。はい。はい、ちょっと熱くなったところで、以上、「さゆの小部屋」でした。
(2009年8月26日放送)

まあ、ああ、そうですね、まあでも本当、山口で、あの、キャンペーンができたことはすごい嬉しくて、初めてだったので、こう、モーニング娘。でも7年目でやらせてもらってるんですけど、あの、お仕事で山口に行くっていうのはコンサートの2回以外が無かったので、すごい、あの、嬉しかったんですけど、あのね、何か新しい発見っていうと難しいんですけど、改めて感じたのは、あの、どこまでもそうやってついてきてくれるファンの人はすごいなっていうのと、そのファンの人の行動力だったりとか、あの、次の日も東京で、あの、アメーバスタジオでラジオとかやったんですけど、その観覧にも山口に来てくれた人がそのまま来てくれてたりとか、だからあの、2日連続...ていうか、3日、4日ぐらい連続でファンの方に会えて、毎日会えてすごい嬉しかったんですけど、なんかね、本当、あの、本当改めてなんですけど、あの、ファンの人だけは、なんか、さゆみのこと分かってくれてるんだなっていうのを感じて、やっぱすごい嬉しかったし、なんかもう誰に何を言われようと、誰に何と思われてようと、こうね、裏ですごいいろいろ言われてても、なんか、もうなんかそれだけで十分だなっていうのをすごい感じましたね。はい。なので、すごいありがたいなって、はい、思いました。ありがとうございます。
(2009年9月23日放送)

あのですね、さゆみ、最近、感動したことがあって、なんか...なんかね、分かんないんですけど、みんなもそうか...よく分かんないんですけど、お家とかで1人でいた時に、こうなんか、叫んだりってします?普通にお母さんとかがいないのに。叫ばないですか?なんか、さゆみ、無意識に、「やだ」とか言うクセがあるんですよ。「もうイヤ」とか、お家にいるのに、「帰りたい」とか、「帰ってるのにな」とか思う時、よくあるんですけど、そういうことが最近多いんですよ、なんか。お家で1人でいるのに、なんかクセで、そうやってなんか、マイナス志向なことを言うことがよくあるんですけど、それがクセになっちゃって、あの、タクシーの中で、この前、普通にいて、何も考えてなかったら、すごいでかい声で、「やだー!」って言ってて、もう本当に恥ずかしくて、で、そういうことがあって、なんか何回も...そう、何回も...タクシーの中で言ったのは1回だったんですけど、お家とか普通にお風呂入ってても、なんか、「帰りたい!...いま帰ってるし、どこ帰るんだよ...」とかいう独り言が最近すごい増えてて、で、なんか、あ、これはなんか、よくないなって思いつつ、ど...直せないなって思ってたんですよ、もう無意識でやっちゃうことだから。言った後にはちゃんと気付いて、やめようって思うんですけど、なんか、やめようって思っても、なんか言っちゃうんですよ。で、そういうことがある日々の中、あの、その日も朝、ちょっと朝結構早くて、で、あの、もうどスッピンで、あの、誰にも顔見られたくないと思って、帽子を深くかぶって、あの、お家出たんですよ、お仕事行こうと思って。そしたらね、なんか、あの、小学生ぐらいの男の子の兄弟が...小学生の男の子と、あとは、あの、3歳くらいの小っちゃい男の子だったんですけど、小学生ぐらいの男の子が、すごいしっかりしてて、で、なんか、あの、たぶんさゆみ、すごい嫌な空気流れてたと思うんです、さゆみ自身に。なんですけど、その男の子が、なんか、あの、鍵が...鍵がないみたいな感じで結構困ってたんですよ。で、さゆみがドアをね...ドアっていうか、あの、マンションの下の、あの、玄関を開けてあげたら、すっごい笑顔で、あの、「ありがとう」って言ってくれて、で、あの、その3歳の男の子にも、「ありがとうって言いなさい」って言ってて、その姿を見て、さゆみ、ちょっと感動しちゃって、なんか、さゆみ、イヤだとか1人で言って、こう、でもこの子は、弟のためにちゃんとそういうことしてあげてて、なんて偉いんだろうと思って、あの、さゆみもちゃんとしようと思って、なんかね、さゆみって、好きな言葉「ありがとう」とかいつも言ってるんですけど、最近本当、ありがとうっていう言葉言ってなかったなと思って、なんか、その男の子にすごい大事なことを気付かされました。
(2009年9月30日放送)

(最近バラエティー番組でよく見かけますね。ファンとしては嬉しい反面、さゆみんにはもしかしたらいままでにはないバラエティーでの悩みとか辛いこととかあるかもしれないですけど、我々ファンはいつでも味方なので、いっぱいいっぱいにならない範囲で頑張ってください)
ありがとうございます。もうこうやって言ってくれる人がいるだけで、もう本当に嬉しいし、もう頑張ろうと思えるんですけど、でも、なんかね、楽しくなってきました、最近。なんか、あの、なんていうんだろうな、はじめは、こうなんか、やっぱ普段9人でいるから、こうなんか、1人でなると、なんていうんだろうな、あの、誰もフォローしてくれないし、あの、頼るところもないから、全部自分の責任だなと思ってたんですけど、こう、逆に、それをさゆみはずっとマイナス思考で考えてたんですけど、だから、あの、9人になった時にすごい安心して、やっぱグループっていいなって思ってたんですけど、逆に、いまはこう、責任とかプレッシャーが多い分、達成感っていうものがすごい、9人でいる時よりも感じられるし、こうなんか、あの、ちゃんと自分がやりたいことをやってるっていう、そのなんか自分の意思がやっと通った感じがして、すごいなんかやりがいがあるというか、「あ、さゆみっていま仕事してるんだな」って思えるというか、こう、なんか、もちろんモーニング娘。でいる時もそうなんですけど、でもなんていうんだろう、9人でいたら、いまはリーダーに任しとこうとか、あの、まあ、ここはリーダーが話すから、あの...あの、後ろの子たちは普通にしててねって言われることもあったから、でも、1人でなると、全部1人でやらなきゃいけないし、でも...でも、さゆみはモーニング娘。道重さゆみなので、あの、さゆみが言ったことはモーニング娘。のイメージになるからって、一応気をつけてはいるんですけど、でも、なんか、やっと道重さゆみっていうものを、なんか、出せる気がして、すごいいまは、すごい楽しんでやってるので、はい、まあ、辛いこととかはまあ、あってもそれを結構、前向きに捉えられるようになりましたね。はい、なので、ありがとうございます。
(2009年10月7日放送)

あの、「歩いてる」をね、歌わせてもらってるんですよ。あの、最初だけ1人でちょっと歌わせてもらってるんですけど、あの、セットリストを初めて見た時に、あの、びっくりしましたね。さゆみが一番好きな曲を、あの、自分が好き好きって言ってたら、こういうふうに、ちゃんと、誰かが、まあ、聞いたりとか、そういうのをちゃんと見てといてくれて、そういうふうにしてくれてるんだっていうのもすごい嬉しかったし、そうやって、あの、好きっていう気持ちは、伝わるんだなっていうのは、すごいあったので、しかもリハーサルとかも、すごい歌いやすいというか、やっぱ好きなだけあるなと思いますね、自分。あの、さゆみ、そんなに何も考えてなかったんですけど、あの、振りをね、付けてくれる先生とかに、あの、「どうですか?大丈夫ですか?」とか聞いてたら、あの、すごい、「この曲、すごい研究してるでしょ?」って言われて、「いい感じだよ」って言われて、すごいそれが嬉しくて、あの、今回歌うからと思って、歌詞を、あの、真剣に見たっていうよりは、普段からすごいいっつも聴いてる曲なので、なんかたぶんそれで、体にちゃんと馴染みやすくなってて、あの、今回歌うからっていうことで、改めてもう1回歌詞とかも見て、あの、「歩いてる」って相...さゆみ、相当好きだなと思いましたね。あー、なんていい曲なんだろうって思います。いいですね、あれは。
(2009年10月7日放送)

【復刻版】道重さゆみの核(コア)Part.1。

※これは昔やっていたブログで、2009年10月19日にまとめて発表したやつなんだなぁ。ではどうぞ♪

あの、さゆみ、ツキっていう言葉、すごい好きで、なんか、お母さんから聞いた話なんですけど、なんか、前向きにいっつでも、ツイてるツイてるって言ってれば、本当にツキが来るらしくて、だからさゆみ、一時期ずっと、あの、「よし、今日もかわいいぞ」に、あの、かけて、いつも「よし、今日もツイてるぞ」っていっつも歩きながら言ってて、そしたら、まあ、そんなに変わらなかったんですけど、まあ、嫌なこともなかったんですけど、本当にツキが来るらしいので、はい。
(2007年4月26日放送)

あの、さゆみ、平和系の曲が大好きで、「歩いてる」とかの「1人じゃないから」っていうところも大好きなんですけど、「愛あらばIT'S ALRIGHT」のBメロの、「時代はつながってるね」みたいな歌詞があって、なんか、おじいちゃん、おばあちゃん、おじいちゃん、そのまたおじいちゃん、そのまたまたまたってどんどんつながってるっていう歌詞があるんですけど、すごいそこの歌詞が好きで、本当におじいちゃんとおばあちゃんがいて、その2人が、本当にたまたま出会って、それで、どんどんどんどんひいひいひいひいおじいちゃんとかつながってるっていうのが、すごい好きで、その歌詞が、もうなんか、そこは本当に好きなんです。だって、たまたま、本当にそのすっごい昔のひいひいひいひいひいおじいちゃんとかが、もし、なんだろう、戦争とかで、なんていうんですか、普通にいなくなちゃってたりとかしたら、さゆみはいないわけじゃないですか。こうやってしゃべってないわけだし、本当にそう考えていくとね、不思議で、だからその歌詞はすごい奥が深くて、大好きです。
(2007年5月24日放送)

(もしもタイムマシンに乗れるとしたら、さゆみんはどの時代に行って、何をしたいですか?)
えー、そうですね、あんまり昔にも戻りたいとも思わないし、もう、あの、未来にも行きたいっていう願望もないんで、あんま使いたいなって思わないんですけど、でも、最近、家族で、あの、昔のビデオを見てたんですよ。0歳から7歳ぐらいまでの全部お父さんが編集してくれて、送ってきてくれて、東京に。それをみんなで見てたんですけど、なんか、もうやっぱ、その時の記憶ってないじゃないですか。だから、その時に行って、なんていうんですか、その時、ビデオ見て思ったんですけど、結構、さゆみって本当、いろんな方にかわいがってもらったりとか、お世話をしてもらったりとか、本当見たことない人にずっと抱いてもらってたりとかしてたんで、なんか、そういう、その時ってたぶん、ありがたみとかないじゃないですか。なので、その時に戻って、ちゃんとありがとうって言いたい、感謝の気持ちを伝えたいなって思います。
(2007年6月21日放送)

さゆみ、本当に、嫌なことがあれば、「次、楽しいことがあるから大丈夫」と思うし、でも、楽しいことが続きすぎると、「あー、嫌なことが起きるのかな」って思うんですけど、「あ、でも、あの時頑張ったから楽しいんだ」って思うようにしてますね。
(2007年9月6日放送)

(もしも明日で地球が終わってしまうとしたら、さゆみんは何をして過ごしたいですか?)
あー、こういう質問、よくアンケートとかでも多いんですけど、そうですね、もう本当に普通の日でいいですね。別に、あの、お仕事が入ってればお仕事するし、無かったら、やっぱり山口に帰って、おじいちゃんおばあちゃんとかに会って、いっしょに最期を過ごしたいと思うんですけど、でも、本当に、別に、普通に過ごしてたいですね。なんか、最後だからといって、これがしたいというのは特にいまは考えたことないので、そんな感じです。
(2007年9月13日放送)

本当にねさゆみ、運動という運動、全然できないんですけど、運動音痴はお母さん譲りなんですよ。お父さんもまあ...まあ、普通なんですけど、お母さんも全然運動ができなくて、で、お母さんって、体力がないんですよ。だから、お母さん...さゆみ、コンサートでも、娘。の中で体力ない方で、もう、アンコールらへんになるとバテバテちゃんなんですね。本当はよくないんですけど、で、お母さん譲りなんですけど、そこも。だから、お母さんはずっと自分が体力ないのを知ってたから、40歳まで生きれるか不安だったんですって。だから、もし40まで生きれたら、「私は本当に幸せ。こんなに頑張って生きれて、自分えらい」って思ってたらしいんですね。だから、いま、48歳なんですけど、「私ってすごい」っていつも言ってます。体力ない割に長生きしてるなって。なので、私も頑張って40まで生きれるように必死でやりたいと思います。
(2007年11月1日放送)

さゆみ、本当にコンプレックスの塊なんですけど、もう、本当に、毎日顔が変わるんですよ。それが一番嫌ですね。なんかね、本当に、むくみやすいらしくて、もう日によって全然違うんですよ。もう、調子がいい時はすごいスッキリしてるんですけど、悪い日はもうなんか、目とかもパンパンだし、なんか、目の上に傷とかできるし、なんかね、本当に、顔が日によって全然違くて、あの、いま、「ヤングタウン土曜日」っていうラジオをやらせてもらってて、毎週、さんまさん...明石家さんまさんに会うんですけど、毎週顔が違くて、いっつもなんかそれで怒られるんですね。なので、さゆみ、本当に毎週会うのが怖くなっちゃうぐらいなんで、それは本当にコンプレックスですね。
(2007年11月22日放送)

さゆみが普段、人と話す時に心がけてることといえば、まあ、話し方じゃないんですけど、人の目をちゃんと見て話すように心がけてますね。あの、あと、人の目を見て、ちゃんと、自分だけ話すんじゃなくて、ちゃんと人の話も受け入れようってしてますね。はい。それを心がけています。
(2007年12月13日放送)

といっても、(田中れいなとは)同い年で、18歳なんで、たぶん、お互い(結婚は)まだまだの話だと思うので、あの、たぶん、本当に、何十年後かもしれない...10年後とか20年後かもしれないんで、分かんないけど、なんかね、本当になんか、さゆみ、結婚できないかも...な気がしてくるので、そんな...使えないなと思うんですよね。
(2007年12月20日放送)

さゆみ、思うんですけど、まあ、さゆみが思ってるっていうよりは、まあ、お母さんから教えてもらった話なんですけど、「ツイてない」って言うと、本当にツイてなくなっちゃうらしくて、なんで、普段から、いつも、「今日はツイてる」とか、あの、「自分はツイてる」とか、そういうのを、もう、あの、場所とか問わず、本当に、どんな時でも暇さえあれば「ツイてるツイてる」って言ってれば、本当に、なんか、ツキが回ってくるらしくて、なんか、そういうのは本当大事らしくて、なんで、普通に電車とか乗ってても、ゴゴゴーってなって聞こえないと思うんで、ずっと「ツイてるツイてる」って呟いてれば、ツキが回ってくると思います。はい。
でも、どうしても本当にそれでもツイてないなって思うんだったら、あの、これを乗り切ればツイてることがあると信じて、その時を頑張って、踏ん張ってほしいなと思います。
(2007年12月27日放送)

さゆみもすごい妄想するのが好きで、夜寝る時は、あの、イヤホンで音楽を聴きながら、妄想をしながら寝るのが、一番ぐっすり眠れる方法なんですよ、さゆみの。
(2008年1月10日放送)

「ふしぎの国のアリス」で「なんでもない日万歳」っていう歌があるんですよ。で、さゆみ、それを見てから、なんでもない日ってすごい、逆に素晴らしいなって思ってて、だから、本当に、人それぞれのなんでもない日を、もう、好きな、1年に1回だけ、自分の、「ここ休みたい」って思う日を祝日にしていいっていうのを...いいっていうふうにしたいですね。この日って決めるんじゃなくて、その人の祝日を作ってあげたいなって思います。
(2008年1月10日放送)

まあ、やっぱ、少なからず、「こんうさピー」のリスナーさんは、やっぱいちおう、さゆみしかいないから、さゆみのことを思って書いてくれてるわけじゃないですか。その、メールを書く時とかハガキを書くときの時間だけは、さゆみのことだけを考えてくれてるわけだから、その、なんだろうな、その手紙に対して、さゆみに何を求めてるんだろうっていうのを考えながら読んでますね。「これを言ってほしいのかな」とか、「これを聞きたいのかな」っていうのを考えながら、まあ、それが外れてる時があるのかもしれないんですけど、それを考えながらいつも読ませていただいてます。これからもお願いします。
(2008年2月28日放送)

本当に、さゆみ、「みかん」を聴いて、なんか、考え方が変わったんですよ。あ、なんか、人生って1回だから、とりあえずやってみるもんなんだなって思えるような曲なんで、もし、あの、こう、不安だったら、ぜひ、「みかん」を聴いて、考え方を、あの、ちょっと、あの、ポジティブにしてほしいんですけど。
(2008年3月20日放送)

あの、新しい出会いもあり、別れもあるけど、でも、本当につながってる人は絶対つながってると思うんで、やっぱ、家族とかそういう人はもちろん、なんか別に普通に近所の人とかでも、誰でもそうだと思うんですけど、なんかたぶん、あの、絶対この人とはそういう、あの、大事な運命的なつながりがあるって思ったら、絶対、あの、もし別れの危機があっても、絶対危機を乗り越えれると思うんですよね。だから、絶対、あの、つながってるもんはいつまでもつながってると思うんです。なんか、さゆみはそんな気がします。
(2008年3月20日放送)

さゆみが本当にいま一番欲しいものは、人への気遣いを完璧にこなす才能が欲しいです。なんか、なんか、さゆみ、思うんですけど、最近、あの、なんか、さゆみって、こう、思ったこととかをパッてすぐ言っちゃうんですよ。で、なんか...そうなんです、なんか、さゆみ、小学生の時からこの性格で、なんか、家族とか、そういう親しみのある人とかだったら全然大丈夫なんですけど、学校の先生に、1回、これ本当によくない例なんですけど、あの、体育の授業をしてた時に、先生が、さゆみ、すごい運動苦手なのに、さゆみに向かってすごい必死に、ドッヂで、あの、ドッヂボールで、ボールを投げつけるんですよ。すっごい怖くて、で、さゆみは、もう、本当にパッて思い浮かんだ言葉が、こうな...さゆみに、大人げないっていう言葉だったんですよ。それを、もう何にも考えずに、「もう、先生、大人げない」って言ったんですよ。そしたら、先生がすごい怒っちゃって、だからなんか、先生が、「あのね、道重さんはいつも何も考えずにいつも言葉を発するクセがあるから、あの、10秒頭の中で数えてから発しなさい」って言われて、「はぁー」と思って、それから、その時...だから、小学生の時は、その先生に対しては、ちゃんと、あの、もう...もう絶対怒られたくないと思って、それ、意識してたんですけど、最近薄れてきてて、こうなんか、すぐ、なんか、メンバーとかでも、「もう、ガキさん、こうですよ」って感じで、すぐ、言っちゃうクセがあって、「もう、さゆみんは本当に」って言われるんですよ。だから、その時に、さゆみ、すごいその先生の言葉が頭によぎって、あ、10秒自分の中で数えて、その10秒の間に、これを言ったら相手はどう思うんだろうっていうことを考...覚え...あの、考えなきゃいけないんだなっていうことを、最近、この小学生の頃の、あの、改めて感じて、それをやろうって、すごい思ってるんですよ。でも、できないんだな、これが。だから、その才能...才能っていうか、もうそれを、ちゃんと、人への気遣いとか、思いやりとかを完璧にできる人間になりたいなって思います。
(2008年4月22日放送)

あのね、これ、みんな、聞いたら引くかもしれないんですけど、昔は本当に鏡を見ながら電話してましたね。これね、いま...いまはないんですけど、いつまでかな...あのね、中学生ぐらいの時とかは、本当に好きだったんですよ、自分の顔が。いまは...いまは本当になんか別に、そんなないんですけど、その頃はピークに自分がかわいいって思ってた頃で、だから、自分以外に興味がなくて、その頃って本当に。だから、電話をするにも、もう、そうやってしゃべってる自分にちょっと...もうなんか、酔ってて、ずーっと、本当ですよ、これは。鏡見ながら、電話してて、いま考えたら本当恥ずかしいですね。だから、鏡に向かってポーズとかも、もう稀じゃない、普通にしてたんですよ。だから、急にお兄ちゃんとかがお部屋に入られると、本当に恥ずかしかったですね、ピースとかしてるんで。もう恥ずかしかった、あれは。でも、いまは、最近は普通にベッドに、もう寝っ転がりながら、もうなんか、お母さんみたいですね。お母さんって本当、電話しながら、ずーっと、あの、床...床っていうか、その、ベッドの上とかで、ずーっと寝っ転がりながら電話してるイメージだったんで、それになりつつありますね。もうダラダラです。もう昔のあのキャピキャピ鏡見ながらポーズしてた頃が懐かしいです。
(2008年5月20日放送)

これはね、本当に、さゆみもよくラジオでも言ってますけど、「ツイてない」って思っちゃダメなんですよ。「私はツイてる」って思わなきゃダメなんです。だから、もう、気持ちの持ちようなんですよ、すべては。だから、こう、気持ちがダウンしてても、ダウンの反対が分かんないですけど...あ、アップか...アップって思えばいいんですよ。だから、こう、なんか...いいや、もう、さゆみ、何回もお便り読むために「ツイてない」って言ってますけど、心の中で、「また『ツイてない』って言っちゃった」っていまもすごい思ってます。あのね...あのね、、「ツイてない」っていう言葉を口にするだけでよくないんですよ。「ツイてない」...もう「ツイてない」言いすぎだな。「ツイてない」って言ったら、その分、「ツイてる」って言わなきゃダメです。だから、もう、本当に、よくさゆみは口癖で、もう、普通に歩いてる時に、もう暇さえあれば、「私はツイてる私はツイてる」って、「よし、今日もツイてるぞ」って鏡に向かってニコッってすれば、絶対ツキは来るはずなんですよ。絶対そういうジンクスがあるはずなんで、これはぜひ試してほしいですね。だから、もう本当に、心の、そうですね、持ちようだと思うので、全然、あの、最初に言ったように、もし、なんか嫌なこととか、自分きっかけであったとしても、後悔はしないで反省をして、次からは、あの、直せばいいと思うので、みなさん、自分はツイてると思って、生きてください。
(2008年6月17日放送)

【復刻版】道重さゆみのお姉ちゃん傑作選。

※これは昔やっていたブログで、2009年10月17日にまとめて発表したやつなんだなぁ。ではどうぞ♪

あの、最近、さゆみ、すごい面白いことがあったんですよ。あの...あの、私のお姉ちゃんの話なんですけど、あの、一緒にお家でご飯を食べてたんですね。で、食べ終わって、「ごちそうさまでした」ってして、食器を片づける時に、さゆみが、「これ流しに持っていっておいて」って言ったんですよ。
そしたら、さゆみのお姉ちゃんが、普通だったら台所じゃないですか、もちろん流しって。なのに、お風呂場に持ってって、お姉ちゃんにとって流しイコールお風呂場だったらしくて、しかも、湯船の中に入れちゃって、で、さゆみが後で片づけようって思って、洗おうって思って、流しに行くじゃないですか。無いんですよ、食器が。
で、お姉ちゃんに、「ちょ...え?どうしたの?直してくれたの?」って言ったら、「え?流しに持っていっておいたよ」って言って、お風呂場に、湯船の中に置いてあって、どうしちゃったんだろうって思いましたね。もうすっごい面白くて、これは自分の中だけで収めておくのは勿体ないと思って、みなさんにちょっとお知らせをしました。
(2006年11月6日放送)

あのね、基本、本当に仲よくて、さゆみ、お姉ちゃんのこと大好きで、お姉ちゃんもさゆみのこと大好きっていうの、すごいよく分かるんですけど、喧嘩は本当に基本的にしないんですけど、たまーに、本当たまにするんですけど、もう最近は何年してないだろうっていうぐらいしてないんですけど、記憶の中で喧嘩したことは、まあ何回かあるんですけど、全部さゆみが勝ってますね。
で、なんか、お姉ちゃんって、さゆみのお姉ちゃんって、さゆみよりたぶんちょっと考えることが遅いんですよ、なんか。だから、言葉の...あの、手とかは出ないので、やっぱ女の子同士なので、言葉の喧嘩になっちゃうので、やっぱさゆみの方がなんか、パッパッパッパッ言葉が出てくるみたいで、覚えてる限りでは、さゆみが勝ってますね。本当になんか、お姉ちゃんって基本的に心がすごい優しい人で、なんか、たとえば、なんだろう、なんか、すごい暑い日とかでも、「もう暑い。嫌になっちゃう」とかじゃなくて、「なんか今日はいい天気だね。気持ちいいね」っていう、なんかすごいそういう優しい心を持ってるので、なんか、しかもすごい前向きで、たとえばなんか...たとえば、なんか躓いてこけたりとかしてても、なんか、全然落ち込んだりとかしないで、むしろなんか、こけてラッキーみたいな、なんか...なんか、楽しいこと起きたじゃん、みたいなそういう前向きな人なので、すごいね、そういうとこ尊敬してるので、本当に仲よしなので、あんまり無いなって感じます。だから、普通の一般的な姉妹よりは...本当、姉妹っていうより本当にお友達みたいな感じなので、あんまり喧嘩することはないなって思います。
(2006年11月16日放送)

実はお姉ちゃんの方が断然、色が白いんですよね。もう、さゆみよく、こうやってファンの方とかメンバーとかに、「色白いね」って言われたりするんですけど、あの、モーニング娘。に入ってから初めて色が白いって言われたんですよ。それまでいっつもお姉ちゃんと並んでたから、「本当に妹の方は色が黒いね」って言われてるぐらい、お姉ちゃんと比べると、さゆみ、真っ黒なぐらい、お姉ちゃん色が白くて、ちょっとね、異常なぐらいお姉ちゃん、色が白いので、たぶんね、見たらびっくりするぐらい色が白いんですよ。
でも、お姉ちゃんは黒髪ではないです。なので、そこはさゆみがちょっと、「美しい黒髪」は勝ってると思うんですけど、「透き通るような白い肌」は、断然お姉ちゃんの方が上ですね。
あとはなんだろう。さゆみって結構、こうやって自分のことかわいいとか言ってるんですけど、お姉ちゃんもすごい言うんですよ。なんか、一緒にいつも、お風呂一緒に入ってるんですけど、お風呂に入る前に鏡見て、「よし、今日も一日かわいかった」って2人でいっつも言ってるんですけど、「よし、今日も私の方がかわいかった」「いや、私の方がかわいかった」って言い合ってるぐらい、ちょっとね、変な姉妹なんですけど。
(2006年11月16日放送)

さゆみがお風呂で必ずすることは、特にこういう変なこだわりっていうのはないんですけど、お姉ちゃんとお風呂にいつも入るので、一日にあったことを全部お姉ちゃんに話すっていうのは、課題ですね。課題?うーん、日課なので、やめられませんですね。はい。あの、お姉ちゃんもその日にあったことを全部さゆみに話してくれます。そう、だからお風呂はそういう、本当にリラックスタイムだと思います。
(2006年12月7日放送)

なんか、前の日にお姉ちゃんと一緒に歴史の勉強をしてて、なんか、竪穴式住居とか高倉倉庫...とかのお勉強をしてて、で、どうしてもあの、鍵の形のしてるお墓があるじゃないですか。その名前が本当に思い出せなくて、で、絵里とか久住ちゃんに聞いても、「分かんない」「何だっけ何だっけ」みたいな感じで、で、だから、お姉ちゃんにメールで、「何だっけ?あの鍵穴のやつ」って聞いたら、お姉ちゃんが「卑弥呼だよ」っていうんですよ。それはないと思って、もう本当にバカだと思って、ずっと久住ちゃんとかと話してたら、普通に光井ちゃんが、「古墳ですよ」って結構さめた感じで言ってくれて、もう本当にね、実は光井ちゃんって頭いいんですよね。なんか、頭いいキャラが取られそうで怖いですけど。
(2007年2月15日放送)

お姉ちゃんがね、あの、今年、(恵方は)北北西じゃないですか、お姉ちゃんがね、「きたきたにし」って言ってて、もう、大丈夫かなと思って。もう本当、それがね、さゆみはもう、2月3日、一番楽しいことでした。
(2007年2月22日放送)

さゆみと、いま、お姉ちゃん、2人で、なじなぞクイズにハマってて、それで...それで、さゆみがお姉ちゃんに出した問題で、あの、「絶対に服をハンガーに掛けない県はどこでしょう?」っていうなぞなぞがあったんですよ。お姉ちゃんが、「え?『ふく』は絶対つくよね?」って言ってて、答える時に。「福井か福島か福岡でしょ?」って言ってて、「あー、その中に答あるよ」って言ってて、で、「福井?」とかいろいろ言ってて、「あ、福岡だ」って言ってて、「あ、うん、正解正解」って言ってて、「え?理由は?」って言ったら、「理由は分かんないけど福岡」って言うんですよ。だから、「あー、当てずっぽう?」って言ったら、「うん」って言って、「まあ、でも正解だから」って言って、まあ、理由はタンス...服を掛けん(ふくおかけん)だから、福岡県(ふくおかけん)なんだよってお姉ちゃんに伝えたら、お姉ちゃんが、「え?福岡県って県だったの?」って言うんですよ。ずっとお姉ちゃん、福岡県のこと福岡市だと思ってたらしくて、もうね、さゆみね、本当にね妹として、本当嫌だと思いましたね、その時。で、「え?都道府県だから、市があるわけないじゃん」って言ったら、「あ、都道府県ってそういう意味だったの?」って言って、「え?じゃあ、都は何だと思うの?」って言ったら、「京都」って言ってました。「いや、京都は府だから」って言って、もう本当ひどいと思った。もう、ねえ、もう、ちゃんと教育したいと思います。
(2007年3月8日放送)

さゆみのお姉ちゃんがね、またね、ちょっと変なんですけど、なんか、この前、普通に地理の話...地理の話っていうか、まあ、何の流れでそうなったか忘れたんですけど、「埼玉県の中に千葉県があるよね」って言ってて、さゆみが何回、「だから、埼玉県と千葉県は別々だから」って言っても、「絶対に埼玉県の中に千葉県はある」って言うんですよ。「私行ったもん、埼玉県の千葉県に」って言うんですよ。もう本当に、もう収拾つかないなと思いましたね。
(2007年4月19日放送)

そうですね、これ、(大好きな漢字は)いろいろあるんですけど、一番はやっぱ、「姉」っていう字ですね。お姉ちゃんが大好きなんで、まあ、一番大好きな漢字といえば、「姉」かなって思うんですけど。あの、まあ、「見てるだけで勇気が出る」っていうのは本当そうで、お姉ちゃんがいれば何でもできるような気がするんですよね。
なんか、なんていうんですかね、お姉ちゃんは人生をギャグだと思ってるんですよ。人生をギャグだと思って生きてて、だからもう怖いものなんてないんですよ、お姉ちゃんに。だから、お姉ちゃんを見てると、すごい、「あー、さゆみも怖がらずに何でもやろう」って思えるので、そうですね、「姉」っていう漢字を見たら勇気が出てくるなと思います。
(2007年5月3日放送)

なんかね、お母さんとさゆみとお姉ちゃんとお兄ちゃん4人でね、トランプをやってたんですよ。で、そのトランプをしてて、で、大富豪をやってたんですね。で、まあ、はじめはね、お姉ちゃん、ずーっと大貧民だったんですよ。すごい計...計算っていうか、そういう、なんか、結構、大貧民ってずる賢い頭が必要じゃないですか。そういうのがないんで、お姉ちゃんには。すごいずっと大貧民で、で、1回ね、あの、貧民ぐらいに上がった時に、「あ、お姉ちゃんすごいじゃん」って言ったんですよ。そしたら、「私はクオ...」...クオリティーって言いたかったらしいんですけど、「クリオティーが違うからね」っとか言ってて、えー、で、その前にテレビでね、クリオネを見てたんですよ。で、だからといってね、クオリティーをね、クリオティーって言ってて、「はー」と思って、みんなして、「あー、この人、本当にクオリティーがない人だな」って思いました。
(2007年5月17日放送)

最近は、家族で、お父さんはまあ、山口県にいるんで、しな...一緒にできなかったんですけど、お兄ちゃん、お姉ちゃん、お母さん、さゆみで、テレビゲームをしてたんですよ。で、4人でするテレビゲームで、まあ、4つコントロールがあって、まあ、ゲームしてて、そういうなんかちょっと、人生ゲーム系の対戦物だったんですね。でね、まあね、お姉ちゃんがまあ、案の定、1番最後で、もうね、別にゲー...たかがゲームですよ。普通のテレビゲームなのに、大泣きして、もう、さゆみ本当、「え?え?大丈夫?」と思っちゃって、もう途中でもう本当に涙がウルウルしてて、「本当に負けたことが悔しい」って言いながら大泣きしてたんで、さゆみが...さゆみがその時1位だったんで、「コントロール替える?」って言って、「うん」って言って、コントロール替えて、最...最後は結局、お姉ちゃんが...まあ、さゆみなんですけど、結局は、1位で終わったんですけど、でも、あの、その後は4人で大富豪をしたんですけど、トランプゲームで。それでも、お姉ちゃん1番最後で、大貧民で大泣きして、で、それは罰ゲームを決めてたんですね。罰ゲームでものまねをするって決めてたのに、もう、ものまねしながら大泣きで、なんか、これすごい、江頭2:50さんのものまねをするっていう罰ゲームだったんですよ。大泣きしながら、江頭2:50さんの...本当、面白かったですね、あれは。もう本当、さすがだなって思いましたね。
(2007年5月31日放送)

あの、この話をね、昨日、お姉ちゃんにしたんですよ。一緒にお風呂入って、お風呂でね、「お姉ちゃん、あのね、明日、さゆみのラジオでね、あの、『今週のお姉ちゃん』っていうお姉ちゃんのね、ネタをね、ファンの人に送ってもらう新コーナーができたんだ」ってお姉ちゃんに言ったら、「え?やだやだやだ、そんなの恥ずかしい」とか言ってて、「どんなのどんなの?」って言ってて、「うん、だから、ファンの人に送ってもらって...」って言ってたら、「あー、よかった。そういうネタ系で。ネタっぽいのでよかった。ゲームで泣くとか本当のこと言われたら恥ずかしいもんね」とか言ってて、「あ、ごめん。それ言った」って言ったら、「えー、やだー」って言ってました。「本当にやだー」って言ってて、「えー、そんなの友達にバレちゃうじゃん」とか言ってて、「いや、大丈夫。たぶんお姉ちゃんの友達、聴かないから」って言ったら、「あ、そっかー」って言ってすごい笑顔になってました。
(2007年6月7日放送)

お姉ちゃんがね、この前ね、「今日、映画見たんだ」って言ってて、「あ、そうなんだ。何の映画?」って言ったら、「え?覚えてない」って言うんですよ。本当に題名すら思い出せないんですよ。で、「え?どんな内容だったの?」って言っても、「え?すごい面白かった」って言うんですよ。で、「え?どういう内容で誰が出てたとか覚えてないの?」って言ったら、「いや、覚えてないんだけど、すごい面白かった」って言うんですよ。だからね、本当、題名間違えるならまだかわいいもんなんですよ。本当にひどいですよ。思い出せないんですからね。
(2007年6月7日放送)

大丈夫、これ(深夜にやっている外国のテレビショッピング)はね、お姉ちゃん、この前、真似して、一緒にやってましたもん、テレビ見ながら。「ハーイ」とか言ってて、だから、たぶん、あ、ちゃんと吹き替えだなって知ってるんだなと思って、「私もできるかも」って言ってましたもん。「ちょっと似てない?ハーイ!」とかやってて、「うん、うん」ってちゃんと聞いてあげてました。
(2007年6月7日放送)

この前、一緒にテレビ見てて、拍手が起きた時に、一緒に拍手してました。で、さゆみも、いいやと思って、本当にしょっちゅうなんで、そういうことは。もういいやと思って放ってたんですよ。そしたら、拍手、パパパーって、「は、テレビだ」って自分で言ってました。
(2007年6月7日)

この前もね、(お姉ちゃんが)下着を忘れてお家出てて、びっくりしましたね。なんか、着てなかったんですよ、下着。上下。びっくりしましたもん、さゆみ。ありえるんだ、こんな人、と思いましたね。初めて見ましたね。それは本当にお姉ちゃんも、「あ、人生で初めて」って言ってましたね。びっくりしました。お家帰ってましたね、1回。
(2007年6月21日)

はい、あの、さゆみ、お姉ちゃんとすごい仲よしって言ってるじゃないですか。最近、本当に初めてに近いぐらい、本当に、喧嘩したんですよ。喧嘩っていってもまあ、そこまでの喧嘩ではないかもしれないんですけども、言い合いみたいな感じなんですけど。で、まあ、まあどっちかっていえば全然さゆみの方が口が達者っていうか、強いんで、あの、お姉ちゃんも泣いてばっかりだったんですけど、もうね、すごい、本当、泣きながら、崩れ落ちながら、2人して喧嘩してたんですけど、内容も全然大したことじゃないことで、もう、何が原因かもちょっとよく...うろ覚えなぐらいなんですけど、もうね、しかも、次の日、お母さんが、だから、わざわざ、仲直りの会の焼肉パーティーを開いてくれて、本当に迷惑をかけたなと反省してます。
(2007年8月9日放送)

お姉ちゃん、ドアの話でいうと、ガラスのドアとかよくあるじゃないですか、あれをガラスと思わないで普通にそのまま歩こうとして、ぶつかってますね、よく。それを、別に違う場所でやるんなら別にいいんですけど、同じ場所でやったりとかするんで、そろそろ学ぼうよって思いますね。
(2007年8月9日放送)

あの、山口県って結構、台風がしょっちゅう通るんですね。で、昔、山口県にいた頃、小学生ぐらいだと思うんですけど、あの、台風が来て、結構大きい台風が直撃して、山口県に、で、お姉ちゃんがその前の日に、お父さんの電球を落として壊してたんですよ。で、それを怒られるから隠してたんですよ。で、台風で、家の中は一切被害がないのに、お姉ちゃんがそれを台風のせいにしてて、でも、そんなのバレバレで、めっちゃ怒られてました。それを嘘ついてたのも、また怒られてて、本当にかわいそうな人だなって、あの、本当、小学生ぐらいだったんですけど、お姉ちゃん見て、頭、大丈夫かな、普通にバレると思うけどなって感じたのを覚えてます。
(2007年8月9日放送)

さっき、オープニングで話した喧嘩って...したって言ったじゃないですか、で、お姉ちゃん、すっごい泣いてて、で、次の日、焼肉パーティーした時に、その喧嘩の話をしてて、「なんでさ、お姉ちゃん、昨日あんなに泣いてたの?」って聞いたら、さゆみの意見が大人すぎて泣いたって言ったんですよ。さゆみが、あの、私がお姉ちゃんなのに、さゆみの方がお姉ちゃんらしい言葉をいっぱい話してて、全て、あの、さゆちゃんが言ってることが正論すぎて、あの、それが悲しくて泣いたって言ってたんで...。
(2007年8月9日放送)

結構、普通に最近の話なんですけど、普通の大きいデパートとかじゃなくて、普通のスーパーぐらいで、あの、お母さんと3人で買物してたんですけど、お姉ちゃん、普通に迷子になっちゃって、あの、なんですか、そういう、あの、放送みたいのあるじゃないですか、誰々ちゃんが、あの、迷子になってます、あの、お母さんは迎えに来てください、それでお姉ちゃん、普通に流されましたからね。もう、びっくりしましたね。えー、お姉ちゃんじゃんって、普通に迎えに行きましたけど。もうね、結構、必死ですね、お世話する方も。
(2007年8月9日放送)

(18歳の誕生日プレゼントを)お姉ちゃんからは一切くれませんでしたね。それも、しかも、お姉ちゃんなんて、あの、高橋愛ちゃんからもらった、お誕生日の中にね、あの、シールとかもいろいろもらったんですけど、食玩ももらって、お姉ちゃんも食玩を一緒に集めてるんですけど、その食玩、めっちゃかわいいのが当たって、そしたら、お姉ちゃん、自分はさゆみにくれなかったくせに、「ねえ、これ、私のコレクションに入れていい?」って普通に聞いてましたからね。いや、くれてもないくせに私の誕生日プレゼント奪う気?って感じでしたね。
(2007年8月9日放送)

え?でも本当なんですか?これ。ちょっと普通に、ちょっとショックなんですけど、お姉ちゃんの人気が上がってるって、さゆみよりも。え?これ、本当に?普通に嫌なんだけど。もう、やーだ、だって、お姉ちゃんなんて架空の人ですよ、みんなからすれば。さゆみはもちろん毎日のように会ってるけど。えー?それで、お姉ちゃんの方が人気?でもね、本当にね、話し出すと止まらないぐらいまだまだネタがあるんですよね。でも、今日は続いてにいきたいと思います。もうこれ以上人気が上がるのは確かに嫌なので。
(2007年8月23日放送)

さゆみのファッションリーダーはお姉ちゃんです。小っちゃい頃から、本当にお姉ちゃんとお揃いの服とかはいつもお母さんに着せてもらってたんですけど、お姉ちゃんの服が本当、羨ましくて仕方なくて、もう、本当に、おさがりが結構、妹って嫌っていう子、多いじゃないですか。でも、さゆみはそれが嬉しくて仕方なくて、もう本当にお姉ちゃんの服が着たくて、いまでも本当にいっつも一緒の着てるんですけど、一緒に..一緒のっていうか、一緒に着てるんですけど、もう本当に、ファッションリーダーも本当に、もう、小っちゃい頃から変わらずお姉ちゃんですね。だから、さゆみ、雑誌とか見ないんですよ。まあ、雑誌、好きじゃないっていうのもあるんですけど、本当に雑誌を参考にしたりとかなくて、本当にお姉ちゃんそのまんまを着てます。
(2007年9月20日放送)

【復刻版】道重さゆみちゃんの山口県時代の思い出をまとめてみたよ。

※これは昔やっていたブログで、2009年10月25日にまとめて発表したやつなんだなぁ。ではどうぞ。


・アサリの中に入っているカニの赤ちゃんを見たことがある。小さい頃に潮干狩りをしていて、よく自分で拾ってきたアサリをお母さんに料理してもらって食べていた。その中に2,3ミリぐらいの小さなカニが入っていて、本当に可愛くて写真などを撮っていた。

・飼っていたハムスターのハムちゃんは寿命がきて、もう飼っていない。肌ざわりなどがとても可愛い。食べ物をこれ以上詰め込めないだろうというぐらい口に詰め込むのがありえない可愛さ。

・長崎ちゃんぽんをよく昔、家族で食べていた。

・小さい頃にお母さんから「私はフランス人なのよ」と言われたことがあり、信じている時期があった。

・山口県といえばフグ。毎年大晦日になると3時、4時に起きて、家族で市場にフグを買いに行って、おばあちゃんとお母さんに料理してもらっていた。フグのお刺身、唐揚げ、鍋などで毎年フグ三昧だった。大晦日になるとフグが食べたいと思う。

・山口県に住んでいた頃は猫が喧嘩する声などが毎晩のように聞こえた。あとは、山口県で猫を飼っていた。山口県には猫が多いと思う。飼っていたのはチェリーという名前の女の子ですごく可愛い。

・山口県のお家の前に畑があり、レタスもあった気がする。

・クリスマスの思い出はもちろんサンタクロース。小さい頃は寝ている間に来てくれて朝起きたらプレゼントがあるというのが毎年恒例だった。ある年、お母さんとお父さんと家族みんなでクリスマス・パーティーをしていたら、ピンポーンと鳴り、誰だろうと思い玄関に行ってドアを開けたらサンタさんがいた。すごく嬉しかったのだが、まだ小さかったので怖くてすごく泣いたらしく、その写真が残っている。大泣きしながらもサンタさんからプレゼントをもらっている。

・山口県のじゃんけんは「じゃんけんもってすっちゃんほい あいこでアメリカヨーロッパ」。「じゃんけんほい」というのはこれの縮小版だと思っていたが、東京の人の前でこれを言ったらすごくビックリされた。

・山口県に住んでいた頃、お父さんの誕生日や父の日にネクタイを贈ったら「こんな高いものつけれないよ」と言われた。さすが消極的だなと思った。お母さんには内緒でお花屋さんに「この日にお花送ってください」と言って送ってもらったりしたが、たまたま家に誰もいなくて翌日になり、切ない感じになっていた。

・毎年、お雑煮をおばあちゃんとお母さんに作ってもらっておせち料理と一緒に食べていたが、お餅をおばあちゃんが手造りしていて焼く前のふわふわのお餅をいつも食べていて、噛まなくてもそのまんま飲み込んでいて平気だった。

・山口県のお家の庭にはコスモスがたくさん咲いていたり、学校に行く間もコスモスを拾いながら行ったりしていた。

・2月といえば節分で豆まき。家では毎年違ったことをしていた。普通に豆をまく日もあれば、お部屋を暗くして豆と一緒にお菓子なども投げて電気を点けた瞬間に兄妹でいっぱい取り合うとかもしていた。ある年、お部屋が結構汚かった。豆をまこうとしたらお母さんに「ダメ。袋ごと投げなさい」と言われて、袋ごいと投げた切ない節分もあった。

・小学生の時はすごく地味でおとなしくて静かだった。だからといって勉強も好きなわけでなく、本当にぱっとしない小学生だった。あんまりよろしくないお話だが、ダンゴムシを学校の行き道に持っていって、そのままずっと手の中に入れておいて、授業中なども机の引き出しの中に自分で紙などで箱を作ってダンゴムシのお部屋にしていたり紙ですべり台などを作ってコロコロと転がしたりして楽しんでいるぐらいちょっと変な子だった。今こうやって元気にしゃべっているのが不思議なぐらいおとなしかった。

・軟式のテニス部に入っていた。すごく運動が苦手で体力が全然無くて、お母さんが「絶対運動部に入りなさい」と言っていてすごく嫌だったが、1年生の教室に行ったら先輩達が黒板に「テニス部に入ってね」と書いていて、「あー、仕方ない。入ってやろう」と思ってテニス部に入った。テニス部を見学しにいった時にみんながスコートをはいてやっていた。そのスコート姿がすごく羨ましく、「可愛い~」と思って絶対スコートをはくためにテニス部に入ろうと思ってテニス部に入った。しかし、スコートは練習試合ではなく本当の試合でなくてははけないらしく、その時は見学に1年生が来るからということで先輩達がはいてくれていた。テニスがすごく下手で、スコートをはけずじまいで終わった。1回も試合に出させてもらえなかった。すごくショックだった。結構真面目で毎日朝練も出て、放課後も毎日真剣に汗を流しながら練習をしていた。しかし、たまに来るちょっと不良なサボりがちな人の方が上手くて、その人とかの方が試合に出ていた。前衛だったが、なぜか分からないがいつもボールが顔に当たってすごく痛かった。軟式だが勢いがあってすごく痛くて、いつも泣いていて目がすごく腫れていた。おそらく、ボールを取ろうと思うが、目で追うから体がボールのところに行ってしまいラケットに当てられない。先生がそれを見て「お前、あれだ。顔の前にラケットを置けばいいんじゃないか」と言われて、それをやり出してからボールが当たるようになった。写真集でテニスウェアーが着れた時は嬉しかった。念願のスコートだった。

・小学生の時にあだ名が「みちし原人」だった。いつも男子に「みちし原人」と呼ばれていて、本当にそれが嫌で悲しくて学校に行きたくない思い出だった。

・幼稚園の頃から遠足は教室遠足だったりした。風邪などで休むとすごく晴れたり行ける日は雨が降ったり、楽しみにしていた運動会は日曜日も月曜日も火曜日も雨で中止になったことがある。徒競争に出なければならない運動会がありすごく嫌だったが、すごく晴れた。嫌だなと思っていると晴れる。

・中学校1年生が終わって、モーニング娘。になるために東京に出てきた。友達との思い出とかテニス部の思い出とか先生に怒られた思い出などがすごくよみがえった。空港に先生や友達が来てくれて、我慢していたものが全部出て、すごく泣けてきた。

・山口県の実家で飼っている猫のチェリーはすごく可愛くて人懐こい。最初は捨て猫だったが、最初からすごく甘えてきてくれて可愛かった。お母さんにすごくねだって飼わせてもらった。初めの頃は甘えてきてくれてすごく可愛かったが、最近はご飯が食べたい時だけ甘えてあとは知らん顔で、それがすごくさびしい。一緒に遊びたいのに、チェリーはフンとどこかへ行ってしまう。甘えてきてくれると思ったらお腹が空いているみたいで、それがすごく切ない。

・親におねだりをする時は駄々をこねて「○○買って~」とか言う。昔、お父さんによくやっていたのは「さゆみの目見て」と言ってまばたきをいっぱいするというもの。そうするとお父さんが「仕方ないな」と言う。この技はお母さんには通じない。

・昔から妹か弟がほしくてずっとお母さんに「妹産んで」と言っていて、今でも「欲しいもの何?」と聞かれたら「妹」と言っているが、お母さんは「体力的に無理」と言っていた。「さゆちゃんが産んだ方が早いから」とも言っていた。

・お父さんからもらったダジャレの本を読んでいた。

・小さい頃は歯磨き粉がすごく苦手で、お水だけで歯磨きをしていた。歯医者さんにお話をしたら「ちゃんと歯磨き粉使った方がいいよ」と言われた。味があるのが余計お腹が空いてしまってダメなので、普通の味なしのやつでやっている。

・エアロビクスを習っていて、2回賞を獲ったことがある。体が柔らかかったのでこう言っちゃなんだが結構うまかった。その頃はちょっと特技だった。他にも色々やらせてもらっていて、バレエ、スイミング、英語、絵、ピアノなどを習っていた。実はヒップホップも習っていたが、すごく下手だから恥ずかしくて今まで秘密にしていた小学校6年生の頃にはマンツーマンの塾にも通っていた。習い事は色々やっていたが、何も続かなかった。バレエもすぐ辞めて、スイミングもやったのに全然泳げないし、英語もしゃべれないし、絵のセンスも無いし、ピアノもトライアングルしかできないし、塾に行っていたけれど頭もたいしてよくないし。エアロビクスだけ2回賞を取った。

・中学生の頃から髪が長く、肩より髪が長い子は絶対に結ばなければならないという校則があったので、いつも二つ結びをしていた。

・昔から何かと体が弱い。モーニング娘。に入ってからは強くなったが、風邪などをよくひく子だった。お母さんが足の裏のホクロがよくないのではないかと思い、手術しようかと言ったのだが、小さかったのでそれがすごく怖くて「絶対やだやだやだ」と言った。

・国語は一番苦手な方で嫌いだったが、本は大好き。漫画本も好きだし普通の小説なども大好きでよく読んでいたし、お父さんがすごく勉強好きで昔から本はたくさん読まされていた。

・駄菓子屋は本当に好き。小さい頃、近所に駄菓子屋さんがあり、100円玉を片手に握りしめてお姉ちゃんと一緒に行っていた。中でも大好きだったのが水飴。お母さん曰く水飴はものすごく甘いから虫歯になりやすいらしいが、いつもお姉ちゃんと歯医者さんごっこをする時は水飴の見た目が消毒液っぽいので、それを歯にベトベト付けながら食べていた。それでいつもお母さんに怒られていた記憶がある。

・今はお父さんのことを消極的とか言っているが、昔はお母さんよりもお父さんっ子で、いつも肩車をしてもらったりしていた。お母さんには怒られたりしていた。

・山口県にいた頃、結構大きな台風が直撃した。その前の日にお姉ちゃんがお父さんの電球を落として壊したが、怒られるから隠していた。台風で家の中は一切被害がないのに、お姉ちゃんはそれを台風のせいにしていた。しかし、そんなのはバレバレですごく怒られていた。嘘をついたこともまた怒られていた。小学生ぐらいだったが、お姉ちゃんを見て本当にかわいそうな人だな、頭大丈夫かな、普通にバレると思うけどなと感じたのを覚えている。

・夏休みのお昼ごはんは毎日といっていいほどそうめんだった。たぶんお母さんがだったと思うが、本当にそうめんだらけだった。小学校1年生ぐらいの時など前歯が無いと喉に詰まってすごく大変だった。あの夏の思い出は忘れられない。それでもそうめんしか出てこないので、一生懸命喉に詰まらせながら食べていた思い出がある。

・夏休み明けには、トールペイントといって木のような箱などに自分で絵を描くというやつをお母さんとお姉ちゃんとやって出した思い出がある。ほとんどお母さんがお姉ちゃんの分も自分の分もやってくれていた。毎年それだった。手抜きなのではないかというぐらい小学校の間は6年間それだった。

・山口県にいる頃、中学1年生の時に中学校までの道程が自転車通学だった。自転車で行っても30分から45分かかるぐらい遠い中学校だった。田舎なので車がやっと1台通れるぐらいの狭い道もあり、そこを自転車で通っていたら後から車が来て、道を譲ったら溝に落ちてしまい、学校に遅刻した。また、友達の顔を見て話しながら自転車に乗っていたら目の前に電柱があり、ガーンとぶつかってそのまま反動で飛ばされた。自転車が線路に挟まり、抜けなくなった。おばあちゃんが「大丈夫かい。ここはこうすると取れるんだよ」と言って取ってくれた。また、自転車で1人で帰っていたら、花壇の先っちょみたいなところにガーンとぶつかって、自転車がパンクした。まだ学校の目の前ぐらいだったので、重い自転車を押して1時間半ぐらいかけて帰ったこともある。

・毎年、家族で海に行ったら、スイカ割りとパン食い競争を当たり前のようにやっていた。パン食い競争はパンもやるが、小さかったのでパンというよりはお菓子の方が好きで、海に行く前にコンビニでお菓子を買って、そのお菓子を紐にぶら下げて、お父さんとお母さんが端を持って、兄妹3人でくわえて1番に行くみたいな感じだった。誰が優勝というよりは、お菓子がほしいから結局3人とも取れるというゲームだが、すごく楽しかった。海に行けば、そのスイカ割りとパン食い競争の2セットが一番の楽しみだった。

・小さい時からお姉ちゃんんとお揃いの服をいつもお母さんに着せてもらっていたが、お姉ちゃんの服が羨ましくて仕方なかった。妹ではお下がりが嫌という子が多いが、自分はそれが嬉しくて仕方なかった。お姉ちゃんの服が着たくて、今でも一緒に着ている。ファッション雑誌は見ない。好きじゃないというのもあるが、ファッション雑誌を参考にしたことがなく、お姉ちゃんそのまんまを着ている。

・小さい頃は○○ごっこというのをいつもやっていた。お医者さんごっことか歯医者さんごっことかお母さんごっことか学校ごっこというのをよくやった。走るのが苦手なので鬼ごっことかが大嫌いで、やろうと言われたらいつも「ちょっとお腹痛い」などと仮病を使っていたが、全然バレていた。お母さんごっこが一番好きだった。赤ちゃん役が好き。なまけるのが好きだからずっと寝ていたい。

・中学校1年生でまだ山口県にいた頃、体育の授業の時に本当に走るのが苦手なので砂いじりをしていた。蝶々が死んでいたので、砂に埋めて木とかを立ててお墓を作っていた。そしたら木が動いて蝶々が飛んでいった。死んだと思って埋めたが生きていた。死んだと思っていたからその蝶々をさわりまくっていた。たぶん蝶々は怖いから死んだふりをしていたのだと思う。それは生きていたんだと思うとぞっとした。蝶々に謝りたかった。

・1番最初に買ったCDはドラえもんの英語を勉強するCD。のび太君が「ねえドラえもん、英語が分かんないよ」にたいな感じから始まり、ドラえもんが「じゃあ教えてあげるね」みたいな感じで、「♪ABCD~」という歌。あとは、「ちびまる子ちゃん」の「♪ピーヒャラピーヒャラ」(B.B.クイーンズ「おどるポンポコリン」)も買った。アーティストでいうとモーニング娘。しか買ったことがなかった。アルバムとかは小学生には高かったので中古で買っていた。

・初めてテレビに映ったのは、6期メンバーの時は国民投票というのがオーディションの時にあって、その時に国民投票で6位だった。10位から1位まで発表するうちの6位で、5秒もないぐらい映った。感動だった。家族中大騒ぎで、ビデオを録っていたが、その5秒を何回も巻き戻してずっと見ていた。すごく嬉しかった。家族がいつも見ているのにテレビのその5秒間を何回も見ているというのが不思議だった。

・運動会が本当に嫌い。山口県は秋の大運動会だったので、夏休みが終わってから運動会の練習があったが、夏休み中ずっと憂鬱だった。楽しい夏休みで過ごしたいのに、運動会が秋に待っていると思うだけで毎年夏休みが嫌で嫌で仕方なくて、夏休みなんか来なけりゃいいのにぐらいに思っていた。運動会は大嫌い。

・コンビニで買物の合計金額が777円になったことがあり、そのレシートをずっと机に挟んでいた。すごく嬉しくていいことがありそうでずっと取っておいていたが、それは山口の時代だったので、お引越しをする時にもう捨ててしまった。

・口紅などはお母さんがつけているのを見て小さい頃から知ってはいたが、自分で化粧を経験したことはなく、初めて経験したのは中学1年生の時。その時、お姉ちゃんが中学3年生で、やはりお姉ちゃんに教えてもらった。まつ毛を上げるビューラーの存在を知ったことにすごい感動した。「まつ毛って上がるんだ」と思った。確かにテレビで見ていると女優さんとかきれいに上がってるなと思っていたが、生まれ持った才能なんだと思っていて、自分には無理と思っていた。ビューラーの存在を知ってすごく感動したのを覚えているし、自分もじゃあ女優さんのような存在になれるかもしれないんだという自信を持ったのも覚えている。

・山口県の車の新車の匂いが好き。もう新車ではないのでその匂いを嗅ぐことはできないが、その新車だった当時はすごく好きで、車に乗るのが楽しかった。

・お母さんやお父さんに昔から雪は汚いと言われていた。よく見たら土とかが混じっていて汚い。

・0歳から2歳ぐらいまですごい可愛くなかった。すごい太っていて、ぽちゃぽちゃしていて全然可愛くない。2歳ぐらいから徐々に可愛くなってきて、今に至ったという感じ。小さい頃の写真はあまり見せたくなくて、アルバムを見ていても全然ときめかない。子供を産んでも自分に似た子供が生まれたら親バカにならないかもと思う、というぐらい可愛くない。

・小学校1年生まではすごくきれいな爪をしていたのに、同い年に憧れている子がいて、その女の子が爪を噛んでいた。すごく可愛く見えて、「羨ましい、爪噛んでるの」と思って、さゆみもそれから爪を噛むようになって、小学校2年生から今までずっと噛み続けていていまだに直らなくて、あの時なんであの子に憧れたんだろうと思う。

・モーニング娘。になる前は、新聞のテレビ欄に「モーニング」と書いてあると、「あ、モーニング娘。が出るんだ」と思うから、ビデオ録画をしていて、ビデオをずっと見ていても出ないので、よくよくちゃんと見てみたら、朝の「モーニング」なんだという感じだった。小学生ぐらいの時にそういうことがあり、すごくショックだった。モーニング娘。が本当に好きで、モーニング娘。の番組を必ず見ていたので、ビデオを録っても映っていなく、しかもニュースとかだったので、小学生からしたらつまらないのをずっと早送りしながら見ていて疲れた。

・おじいちゃん子でおじいちゃんが大好き。昔はおじいちゃんに会うと必ず500円玉をくれていて、それが嬉しくて本当におじいちゃんになついていた。今は本当におじいちゃんが可愛い。おじいちゃんが大好き。

・山口でお姉ちゃんとバスとかに一緒に乗って、「次降りる方はボタンを押してください」となるが、すごくお姉ちゃんは素早い。シャーみたいな感じ。何?というぐらい素早いが、いつも「勝った」とか言う。

・さゆみとお姉ちゃんが通っていた小学校のウサギ小屋の中にニワトリとウサギが一緒に入っていた。

・お姉ちゃんと一緒にボートに乗ると、なかなか元の場所に戻れない。いつまで経っても戻れないんじゃないかとちょっと不安になるぐらい。ゴーカートに乗っても1周できない。ゴーンとぶつかってしまうから、2人で乗ると結局最後は全部係員の人に後から押してもらう。ゴーカートは絶対にもう2人では乗りたくない。

・昔から幼稚園とかに行くと周りがみんな漢字の名前だったので、すごく漢字の子が羨ましくて、平仮名が嫌な時期があった。その頃からずっと「漢字だったら何にしよう」と考えていたが、「さゆ」は「左右」で「美」という字を書いて、全身美しいみたいな感じ。それか「み」を「見」という字にして、左右を見る、周りをちゃんと見れる子という意味で「左右見」でもいいなというのを思っていた。

・サ行の発音が難しくて苦手。サ行よりもタ行の方が滑舌よくしゃべれれので、「お刺身」とかが小さい頃から言えなくて、いつも「おたちみ」になっていた。「道重さゆみ」も「ちし」とか「さ」があるので、「みちしげたゆみ」みたいになる。昔からそれがすごく苦手だった。いまだにそれはそこまで改善されていない感じがする。

・いとこが高知県に住んでいるので、山口から高知県までお姉ちゃんと2人きりで電車とか新幹線とかを乗り継いで、小学生の時に行ったことがある。それはすごく楽しい思い出だが、相手がお姉ちゃんなので妹のさゆみが全部仕切ってやっていた。お母さんも無駄遣いさせたくないからギリギリのお金しか持たせてくれなかった。それは全然よかったのだが、お姉ちゃんが切符をなくした。昔からお姉ちゃんはそういうことがあるから、もしかしたらあるかもしれないと思った。そういうことがあってお母さんに報告する時にさゆみが怒られたくないと思っていたので、切符にちゃんとあらかじめ印をつけていた。切符を少し破いて、自分のだと分かるようにしていた。お姉ちゃんに「ねえねえ、さゆちゃん。切符持ってる?」と言われて、切符が無かった。すごく焦っていてどうしようどうしようとなっていたらお姉ちゃんが「私ちゃんとあるよ」と言って見せたのが破けている切符だった。だからお姉ちゃんは自分が無くしたら怒られるからさゆみのを盗って「私のだよ」とすごくはりきっていたが、さゆみはそうなるのを想定していたので、全部お見通しで「ねえねえねえ」と言って、小学生だったがすごくお姉ちゃんに説教した。結局、椅子の下に落ちていて大丈夫だったが、そんな楽しかった思い出。楽しかったでまとめます。

・「手袋を逆から言って」「ろくぶて」と言わせて6回ぶつ遊びを子供の頃によくやっていて、すごく楽しくて仕方なかった。小さい頃は何もなくても楽しめるあの楽しさが素晴らしいと思う。

・お父さんは消極的な割に小さい頃にはいろんな所に連れていってくれた。一番覚えているのは、宮崎県にある車で5、6時間かかる海みたいなプール。波とかが来てすごく楽しい。ちょうどゴールデンウィークに毎年のように行っていて、すごく楽しかった思い出。いまだに家族ですごく行きたい。それはよく覚えている。お父さんには、普段は消極的だが、そういうどこかに連れていってもらったりとか日曜日は必ず遊んでもらっていた。

・ハムスターを飼っていた頃は、ハムスターがもう綿いらないみたいに綿を小屋の外に出すと、「ああもう春なんだな。暑いんだな」と思った。

・思ったことをパッと言ってしまう。小学生の頃からこの性格で、家族とか親しみのある人とかなら全然大丈夫だが、体育の授業をした時に先生が運動が苦手なさゆみに向かってすごく必死にドッジボールでボールを投げつけるので、すごく怖くて、パッと思い浮かんだのが「大人げない」という言葉だった。何も考えずに「先生、大人げない」と言った。そしたら先生がすごく怒ってしまい、「道重さんはいつも何も考えずにすぐ言葉を発するくせがあるから、10秒頭の中で数えてから発しなさい」と言われて、「はぁー」と思って、小学生の時はその先生に対してはちゃんと意識していたが、最近薄れてきていて、すぐメンバーとかでも「ガキさん、こうですよ」とか言ってしまうくせがあり、「もう、さゆみんは本当に」と言われる。その時にその先生の言葉がすごく頭によぎって、「あ、10秒自分の中で数えて、その10秒の間にこれを言ったら相手はどう思うんだろうということを考えなきゃいけないんだなということを最近改めて感じて、それをやろうとすごく思っている。でも、できない。人への気遣いとか思いやりとかを完璧にできる人間になりたいなと思う。

・昔、絵を習っていた。幼稚園から小学生ぐらいまでお絵描き教室みたいなのに行っていて、結構本格的に絵の具とかは使っていたので、ちょっと得意。

・中学1年生でまだ山口県にいた時、自転車通学で、坂の所は自転車をいつも引いて行っていた。そこはすごく急な坂で、そこを通る時はみんな自転車を押すが、すごく一生懸命ヨレヨレになりながら自転車をこいでいる人がいて、別に普通の光景かもしれないが、さゆみからするとその感じがすごく恥ずかしい光景で、「こんなに頑張るんだ、ここで」「こんなとこで体力使っちゃうんだ」みたいな感じで見ていたことがある。あとは音楽をイヤホンで聴いている人が自分の世界に入ってしまって、鼻歌とかでも聞こえたりする。鼻歌ならいいが、結構自分に酔いしれて、自分の中ではあまり聞こえてないなと思っていても結構すごい大声になっちゃってる人とかをたまに見かけるが、結構さゆみもやっちゃってるのかなと思うと恥ずかしくなる。

・小学校の卒業式の時に、「ピッカピカに光ってた」というようなスピーチみたいなのを1人ずつ言わなくてはならなくて、「ランドセルが」という担当だった。本番で「ランドセル」を「ダンドテル」と言った。

・ランドセルの色は紺色だった。自分でも何で紺色を買ったんだろうとすごく後悔した。キャラクター物のランドセルだったが、そのキャラクターが好きだったから、その時はそれにしか目がいかなくて、色とか何も考えずに紺色にしたが、入学してみて、女の子で紺色は自分しかいなくて、形も普通は縦長だが、さゆみのは横に長方形だった。それがまたすごく恥ずかしかった。ボタンがあるところも普通は下にあるが、さゆみのは上にあった。全部が逆だった。ちょっと変わったランドセルで、すごい恥ずかしくて早く替えたくて仕方なかったのを覚えている。お姉ちゃんが可愛いウサギのマークのランドセルのピンク色だった。それがすごく羨ましくて、自分も同じのにすればよかったのにそのキャラクターにしか目が無くて、それはあまりいい思い出ではない。

・広島に修学旅行で小学生の時に行ったが、その時に本場のお好み焼きを初めて食べたと思うが、すごくおいしかったのを覚えている。すごくお腹がすいていて、友達同士でご飯を食べるというのが小学校の頃は少なかったので、それだけでテンションが上がっていたが、その広島風お好み焼きを食べてすごくテンションアップアップだったのをすごく覚えている。

・山口県時代に冷蔵庫を開けたらお姉ちゃんの携帯が入っていたことがあった。お風呂に落としたらしく、お風呂は熱いので冷蔵庫に入れて冷やしたら直ると思ったらしい。「落としちゃったから冷やしてるんだよね」と言っていた。

・「しゃべらなそう」というのは最近はそこまでイメージにないようだが、昔はよく言われていて、小学生の頃などは、「え?さゆちゃんってこんなにしゃべるんやね」みたいな。学校とかに行っていても、しゃべりかけづらいオーラを出しているみたいで、だからいつも引き出しにダンゴムシを飼って話しかけて遊んでいた。

・小学6年生の時にタイムカプセルを埋めた。20歳の時に開ける。10年後の自分へのお手紙とその時に大好きだったお笑い芸人さん、テツandトモさんのCDを入れた。その時は本当にテツandトモの「なんでだろう〜」にめっちゃハマっていて、山口県の大きいデパートみたいな所にテツandトモさんが遊びにきてくれたことがあって、それにわざわざお母さんと行って、席とかも取って、CDもそこで買って、握手もしてもらって、すごくそれが嬉しくて、小学校6年生の頃だったが、嬉しすぎちゃって、タイムカプセルに何か思い出の品を入れるということでテツandトモさんのやつを入れたが、今考えると、20歳の時にみんなで開けて、「みんな何が入ってた?」という話に絶対になると思うが、その時に「テツandトモさんのCD入れてたみたい」となるとちょっと恥ずかしい。

・ピアノを3歳から小5まで習っていたが、ピアノは全然弾けない。なのに、トライアングルをずっとやらせてもらっていた。小学校1年生か2年生ぐらいの時に「トライアングル」という詩を書いたことがある。「チーン、チーン。氷の音が聞こえるよ。チーン、チーン。ガラスの音が聞こえるよ。チーン、チーン」と、今でも覚えているぐらい簡単な詩だったが、新聞に載った。

・歩きはじめたのは1歳7ヶ月。遅くて心配されていた。

・小学生の頃から、同い年の子よりも大人の人と話すのが好きだった。幼稚園の時にお家でお誕生日パーティーを開いて、お友達とかも呼んで、お友達のお母さんとかもみんな来ていたが、友達の輪に入るよりも友達のお母さんとかさゆみのお母さんが入ってる輪に入っていた方がすごい楽しくて、こっちの方が話題がいいと思っていた。それぐらい大人と話すのが好きだった。

・小6の時に中学受験をしたが落ちた。その時に、普段の学校のテストとかは絶対に落とさないのに、消しゴムを落とした。気合いが入っているからなのか見たことのない人もいるし緊張していたからか分からないが、そんな1番大事な時に消しゴムを落として、あんなに緊迫したムードの中で小学校6年生の女の子が「すいません」と手を挙げて、先生に「あの、消しゴム落としたので取ってください」と言う時の恥ずかしさはもう本当に恥ずかしい。

・小学校1年生の時、ベッドを初めて買ってもらった時に「わーベッドに寝れる」と思って、ベッドで上を向いて寝たが、上にたぶんドーンと乗った時の振動で天井から小さい虫が下りてきて、それが目の中に入った。それで目がパッチリ覚めてしまい、泣きながらお母さんのところへ行った。鏡でベーとしながら目を見ると、ちょっとグロい話なのだが、虫が目の中でバラバラ事件だった。小学生の時はダンゴムシと友達だっただけに、「虫がかわいそう」という方に走ってしまい、本当に切なかった。

・中学1年生の時に自転車通学で、夕方の部活帰りに電気のところに虫がたかっていた。あろうことか自転車で目をパッチリ開けながら突っ込んだ。小さい虫たちが片目に2匹ぐらい入った。目をグシャーッとして、どうしようどうしようと1人で焦っていた。

・昔はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入っていた。今はさすがにないが、小2ぐらいまでは入っていた。お兄ちゃんとは5歳離れている。お兄ちゃんが中学1年生の時に一緒に入ってもらえなくなってすごくさみしかった。毎日兄妹3人とかで入っていたものを、お兄ちゃんが中学校に入ったぐらいから一緒に入らないと言い出した時に、すごく悲しかった。なんでいつも一緒に入ってくれたのに一緒に入ってくれないんだろうというそのさみしさをすごく覚えている。

・小さい頃にシンデレラに憧れていて、ずっとシンデレラになりたいとか、「美女と野獣」の役になりたかったりとか「アラジン」の女の子の方とかにすごく憧れていた。昔からドレスがすごく着たくて、お母さんに作って作ってと言って、お母さんが夜な夜な手作りで作ってくれたことがある。もちろん今衣装で着させてもらえるような素晴らしいドレスではないが、すごく嬉しくて、毎日のように着ていた。幼稚園から帰ってきたら幼稚園の制服を脱いでそのドレスに着替えていつもシンデレラごっことかをしていた。

・赤ちゃんの頃はすごくブサイクだった。写真とか見ても、赤ちゃんは結構兄妹みんな同じ顔に見えるが、お母さんとお父さん曰く、帰りに本当にさゆちゃんは一番可愛くなかった」と言われて、3人目だったが、お家に連れて帰った時に、隣の子と間違えたんじゃないかと思うぐらい可愛くなかったらしく、顔自体はすごく嫌だったと言っていた。段々可愛くなってくれて、「あ、うちの子だ」と思ったらしい。本当に大人しくて、性格というよりはずっと寝る子で、今でも本当によく寝るが、小さい頃からよく寝る子だったらしく、そのおかげで絶壁で、右側がすごくへこんでいる。

・バッタとカマキリを一緒に飼っていたら、カマキリがバッタを食べてしまった。あれは本当にかわいそうだった。茶色いカマキリと緑のカマキリを2匹入れていたら、茶色いカマキリが緑のカマキリも食べてしまい、それも小さいながらにすごく衝撃を受けていた。あとすごく好きだったのはカブトムシとクワガタ。森みたいな所に行って木にハチミツを塗っておいて、夜中に取りに行って、カブトムシとクワガタが集まってきていて、それをお父さんと一緒にそれを捕まえて、ゼリーとかを与えてお家でずっと飼っていた。結構そういう男の子の遊びみたいなのを、トンボ取りとかセミ取りとかも大好きだったし、活発だった。

山口県にいる時で小学生ぐらいだったが、日曜日にツバメが入ってきてすごくびっくりした。その時、夏だったのでソーメンを食べていた。お父さんが出ていくように仕向けて、ちゃんと全然大丈夫だった。お家の中で天井もそんなに高くなかったので、すごく至近距離で檻とかもない中で初めてツバメを見た。

・小さい頃はカマキリとかを素手で取っていた。カエルとかはペタペタ触っていた。蟻とかも手で潰していた。今は蚊ですら触れなくて血を吸わせるしかない。

・山口県で小学校の時は珍しい給食というのは特別にはないと思うが、セレクト給食というのがあった。デザートとかをプリンにするかゼリーにするかとかチーズケーキにするかチョコレートケーキにするかとか、すごくそういうのがあって、苺かブドウかとかすごくその時期が楽しみで仕方なくて、どっちにしようと言っていた。セレクトは小学生のうちは自分が食べたいというものよりはひとが多い方に行く。プリンかケーキかという時があり、自分の中では断然ケーキだったが、クラスの半分以上がみんなプリンに手を挙げた。ここでケーキで手を挙げたらなんか自分だけ違うくて恥ずかしいと思って、プリンに手を挙げたのをすごく覚えている。結局プリンもおいしかったのでいいのだが、あの時ケーキにすればよかったという思い出があってすごく覚えている。給食は必ず自分の教室で食べるが、1ヶ月に1回だけすごく広い所で食べさせてくれる。交替交替だが、1ヶ月に1回広い部屋みたいな所で食べさせてもらえる。居間みたいな所で、すごく高級そうな部屋で宮殿みたい。映画とかを見ながら食べる。小学校の時は給食時間が30分ぐらいだが、30分以上取ってくれる。そこにそのクラスだけ移動して、「今日は優雅に食べましょう」的な感じ。宮殿みたいな所が学校の中にあった。宮殿は言いすぎだが、教室以上に広い所があって、机とかも勉強机じゃなくてちゃんとしたしたきれいな机で、そこで1ヶ月に1回贅沢をしましょうみたいな感じであって、その時はすごく楽しみだった。しかし、その時に限って自分の嫌いな給食だったりしてテンションが下がったりしていた。すごくそのようなお遊び的な感覚がすごく楽しかったのを覚えている。

・一番好きなかき氷の味は断然、苺。小さい頃からずっと苺で、あんまりレモンとかメロンとかブルーハワイとかにそれたことがなくて、ずっとそこは一途の気持ちでいる。練乳付きならなおいい。苺ミルクだったら最高。すごく好きだし、お家でもかき氷機がある。東京に来てからはないが、山口県の家にはあって、よくお姉ちゃんとかとガリガリやっていた。すごく楽しい。

・山口県にいる時は1週間に1回だけ兄妹の誰かがお風呂掃除をしなければいけない日があって、その時は誰がするかということになって、いつもジャンケンで決めていた。ジャンケンをして3回勝負して負けた人がすることになっていたが、結構それが3週間続けて同じ人とかになっていた。だからそれはもう当番ということにして、1週間ずつということになっていたのを覚えている。あとは、お友達がお部屋に来た時は部屋を勝手に開けないとか、暗黙の了解のルールはあった。中学1年生と3年生で、お姉ちゃんと学校が被っていたが、また、そこで絵の具とかを忘れ物をした時は姉妹で嫌がらず貸し借りはしようねというルールがあった。

・小学4年生の時、夏休み前にプールのテストがあって、20メートルか15メートルぐらいの区切りがあって、それ以上泳げない子は夏休み中に補習があった。夏休み前のテストで、なんと4メートルしか泳げなかった。それも必死で泳いで、結構行ったんじゃないかと思う時に足をついたら4メートルだった。もちろん補習だったが、その補習で20メートルぐらいまで泳げるようになった。しかも2,3回の補習で。その時期は補習の子が結構多かったので、生徒5人に対して先生1人ぐらいで教えていたが、さゆみはありえないぐらい泳げなかったので、マンツーマンで習い、その年で一番成長した人になった。

・小学校3年生の時に自転車教室というのが学校であって、絶対にその時までには補助輪を外さなければいけなかった。外さなければいけないというよりは、補助輪をつけてくる子がいないとお姉ちゃんやお兄ちゃんから聞いていた。そのため、小3までには絶対に補助輪を外さなければというプレッシャーがすごくあり、すごく頑張っていた。さすがに幼稚園のうちには乗れず、小1の初めぐらいにちゃんと乗れるようになった。案外早かった。近所に妹のように可愛がっている子がいたが、その子が小3までずっと補助輪ありで乗っていて、初めて自転車教室に補助輪を両方つけて4輪車で行った子がいて、結構恥ずかしい感じだった。中学生の時はヘルメット着用で、ちゃんと首の下のパッチンもしていた。パッチンを外しているだけでノーヘルメットといって、自転車を1週間使ってはダメみたいなそういう規則で、すごく厳しかった。先生がいる前だけじゃなく、どこで見られているか分からないので、絶対にヘルメット着用で、雨の日はカッパで、自転車通学ではいい思い出がない。

・ときわ公園のペリカン、カッタ君は本当にアイドル的な存在だった。ときわ公園とお家が近かったので、よくおばあちゃんにおんぶしてもらって遊びにいったりとかしていて、カッタ君とはしょっちゅう会っいた。ペリカンは嘴の中に歯が無い。だから噛まれても全然痛くなくて、よくお父さんに「頭入れな」と言われていて、頭を入れてパカッとやってもらったりしていた。そのカッタ君が亡くなったと聞くとすごいショック。山口の一番仲がいいお友達から「カッタ君死んだんだって」というメールをもらって、すごくびっくりした。すごくショックで信じられない。カッタ君は自分の人生の中でいて当たり前みたいな感じで、小学校とかも運動会とかでカッタ君が校庭に下りてきて一緒に運動会に参加してもらったりとか、普通に中学校とかも校庭に下りてきてくれて、カッタ君が校庭にいる状況で体育をやったりとか、中1の時にテニス部だったが、テニスコートに下りてきてくれた時は超ラッキー。ボールとかも食べるのでテニスが中止になった。先生も「今日はカッタ君がいるから部活やめようね」と言ってくれていたので、「カッタ君、ぜひ来て」という感じだった。カッタ君とはそういう思い出がいろいろあるので、すごく切ない。でも、さゆみ以上にカッタ君の妹のペリーナちゃんが今どんな気持ちなのかすごく切ない。

・山口県のお家ではモーニング娘。のポスターとか石川さんのポスターとか高橋愛ちゃんのポスターとかいっぱい貼っていた。まだ小学生だったので、落書きしたりとかヒゲとか書いたりもしていた。東京に来てからすぐは部屋中アイドルのポスターでいっぱいだった。モーニング娘。に入ったばかりだったので、高橋愛ちゃんとは本当に仕事としてのグループというよりはファン的な目線だったので、普通に毎日仕事でも会ってるのに、お家に帰ったらポスターも貼ってあったし、あとは普通にアイドルの子のポスターを貼ってあって、小倉優子さんのポスターやカレンダーとかもずっと貼っていた。カレンダーは1月、2月とか終わったらはがしていくが、1月、2月とかの写真が気に入っているとまたそれも貼って、また新しい月とかもやっていくので、どんどんカレンダーやポスターが増えていった。東京に来て1回お引越ししたが、引越す時にそういうのは卒業しようと思って卒業して、今は全然ポスターとかは貼っていなく、人形で散乱している感じ。

・さゆみの、もう本当に地元に近いといえば、やっぱりときわ公園がすごいぜひ行ってほしいなと思うんですけど、まあ普通の遊園地とかと比べると全然ちょっと...ちょっと壊れかけでちょっと怖いジェットコースターとか、あの、ジェットコースターとしての怖さは全然ないんですけど、いつ壊れるんだろうっていう怖さで怖いなっていうのはあるんですけど、まあでも絶対壊れる心配はないんですけど、そういう恐怖感を味わえるジェットコースターにも乗ってほしいなっていうのと、あとやっぱりときわ公園には遠足で何回も行ったりとかしてるので、そういうさゆみの思い出も詰まってるので、まあさゆみの思い出で行ってもちょっと意味ないかもしれないんですけど、ぜひぜひ行ってほしいなっていうのと、あと全然地元じゃないんですけど、さゆみのお家からでは車ではまあ2,3時間ぐらいかかっちゃうんですけど、下関の、あの、フグをぜひ朝市で...朝市?あの、朝4時ぐらいに行って新鮮なフグを、はい、ぜひぜひ食べてほしいなっていう気持ちはありますね。はい、山口県は本当にいい所です。

・夏休みは基本好きなんですけど、嫌な夏休みの思い出といえば、あの、毎年家族ですごいいっぱいいろんな所に出かけてたんですよ、山口県の時。でも、お姉ちゃんが7月20日の夏休みの初日に腕の骨を折っちゃって、もう初日からプールに行ったんですけど、家族...あ、海か。海に家族みんなで行ったんですけど、あの、もう波のすごい...小っちゃい波でコケて、全然浅い所でコケてでんぐり返しして、骨を折って、で、8月31日にギブスが取れるという奇跡の夏休みを過ごしたんですよ、お姉ちゃん。なので、その年はもう全然海とかも遊びにいけなくて、骨折ったのに手術までしたんですよ。でもすごい大変で、お母さんが病院で付きっきりで、で、さゆみも1人で毎日100円ずつもらって、まあポッキー買いにいったりしていて、すごいなんか切ない夏休みだったんですよ。だから嫌な夏休みの思い出といえばそれだなと思います。

・さゆみのお兄ちゃんが、あの、寝顔すっごいひどいんですね。本当に白眼...白眼じゃない、半眼なんですよ。で、さゆみも半眼で、お兄ちゃんとさゆみの寝顔が一緒だって言われるんですけど、お兄ちゃんの寝顔を見て一緒だって言われるのはすごい嫌だなと思うぐらいひどいんですけど、お兄ちゃんの寝言で1回、あの、「サッカー部員を集めます」っていう寝言を聞いたことがあるんですよ。さゆみ、すごい面白くて、あの、確かにお兄ちゃん、小学生の時にサッカー部で、あの、中学校になったら陸上部だったんですけど、「サッカー部員を集めます」っていう寝言を聞いた時はすごい面白かったですね。

・さゆみがすごい恥ずかしかったのは、あの、なんか、トイレに行った後に後前逆とかだったらいいんですけど、スカートが、あの、パンツに入ってて、パンツが丸見えだったんですよ。これ、あの、結構前だから、まだ結構、あの、中1とか、まだモーニング娘。に入るか入らないかぐらいだったので、山口県の時の話なんですけど、本当に恥ずかしくて、で、しかも自分で気付いたので、自分で気付くまでに絶対人に見られてるはずなんですね。相当恥ずかしかったですね。

・お兄ちゃんが1回、ミートボールってあるじゃないですか。お弁当とかに入れる。あれって袋の中に入れたまま茹でなきゃいけないのに、袋から出して、あの、茹でたことがあるんですよ、お兄ちゃん。それはちょっとお母さんが結構びっくりしましたね。「何やってるの?」っていうような反応をしてたので、それをちょっと...さゆみも、その時、お兄ちゃん、まだ小っちゃかったとは思うんですけど、さゆみが覚えてるくらいなんですけど、なので、さゆみ結構小っちゃいながらお母さんがその絶句姿に、はい、衝撃だったのでよく覚えています。

・一番初めのきっかけっていうものがよく分からなくて、本当になんか、当時というか、さゆみが小学4年生か5年生ぐらいの時に本当に結構周りで流行ってて、テレビ番組とかでも、いっぱいモーニング娘。が出てて、こうなんか「LOVEマシーン」とかもすごい流行ってて、こう学校とかでもそういうイベントとか、なんか文化祭的なものがあったら、そういうモーニング娘。の曲をみんなチョイスしてたし、あの、紅白勝ての...何だっけ、あ、運動会とか...でも、モーニング娘。のそういう応援歌とかでもモーニング娘。を使ったりとかもしてたので、すごいそういうなんか、自然な流れでモーニング娘。を知ったんですけど、好きになったきっかけはやっぱりテレビとかを見て、こうオーディション番組とかを見て、すごいみんながすごい頑張って、涙しながらもモーニング娘。に入りたいって思ってて、そのモーニング娘。に入りたいって思わせるモーニング娘。ってすごいなと思って、さゆみはすごい好きになったんですけど、こうでも、より好きになったきっかけはやっぱり、兄妹がやっぱり好きな物って一緒になって好きになるというか、なんかお姉ちゃんが好きだと、さゆみだって好きだもんっていう気分になったりするので。まず1番はお兄ちゃんがモーニング娘。のファンだったんですね。で、なんか、結構、あの、その当時はプッチモニのファンで、お兄ちゃんが。市井紗耶香さんがすごい好きで、お家になんかポスターとか、あと、プッチモニ写真集とかもあって、なんか、すごいエッセイとかもなんか、エッセイっぽいものとか、なんかCDとかもあって、すごいそれをお兄ちゃんに借りたりとかして、あの、一緒に聴いたりとか、で、さゆみもモーニング娘。のCD買ったらお兄ちゃんに貸したりして、そういのを...があって、すごいもう...すごいモーニング娘。に...が好きってなって、もう入りたいに変わって、モーニング娘。に受けたんですけど、はい、そして今ここでこんなお話をしてるんですけど、はい、いろんなことがありました。

・さゆみ、あの、テトリスとかすごい得意だし、ぷよぷよも、あの、昔、あの、なんかご飯屋さん...山口県のご飯屋さんで、なんか、あの、大人と子供が、あの、どっちともが行っても楽しめるような所があって、あの、大人のメニューもあって子供が好きそうなメニューもあって、大人がしゃべってる間に子供が遊べるようにゲームがたくさん置いてる所があって、で、ぷよぷよがあって、そこでいっつもぷよぷよをしてて、すごい好きだったので。

・お姉ちゃん、絵を描くのがすごい好きで、絵が上手なんですよ。なんか可愛いんですね、少女マンガとか、すごい上手で、絵をたくさん描くんですけど。で、ノートとかはまあ、その、全然、まだ自分の物だったらいいじゃないですか。あの、山口県の地元のさゆみの部屋のドアに大きくクレヨンで、ドアに絵をめっちゃ描かれたんですよ。で、さゆみ、その頃、アーティストの19(ジューク)さんっていたじゃないですか。もう解散しちゃった方達...がすごい好きで、で、その人達の歌詞とかがすごい好きだったんですよ。その歌詞をクレヨンで全部描かれて、ドアに。で、さゆみ、ちょっとびっくりしちゃって。え?何で描いたの?...で、すごい一生懸命雑巾で、さゆみがね、拭いたんですけど、消えないんですよ。だからもうずっと、もうドアをいつでも閉めないで開けっ放しにして見えないようにしてたんですけど、で、あの、久しぶりに山口県に帰る時に、あの、お父さんは、あの、自分のリビングしか使わないから、さゆみの部屋を掃除してないから、あの、ちょっと虫とかわいてたら嫌だなと思って、お掃除屋さんに頼んで、あの、さゆみが帰る前にきれいにしといてもらったんですよ。そしたらきれいに消えてて、本当ありがとうございますと思いましたね。あの、絶対、自分の力じゃ消えなかったですもん。どんなに洗剤とかしてても消えなかったんで。もう本当いい迷惑だなと思って。なんでそれをクレヨンで描いたのかもいまだによく分かんないんですけど。まあ、そんなことがありました。

・あの、小さい頃の話なんですけど、さゆみ、実は、あの、お姉ちゃんだけに教えてあげるね、さゆみね、幽霊なんだって言ったことあるんです。そしたらお姉ちゃん、本当に怖がって、泣きだしちゃったことがあるんですよ。まあ、本当にもう幼稚園とかの話なんですけど、その頃からさゆみっていたずらっ子なんだなって思いますけど。すごいね、覚えてますね、それは。

・小学校3年生の時に、さゆみ、あの、盲腸になったんですよ。で、盲腸になった時に、1日に8本から10本ぐらい注射を射したんですね。でもうすごいそれで痛かったのに、あの、もうこれ以上注射射したくないっていう時ぐらいに、どう見ても新米の看護婦さんが...看護師さんが、さゆみの注射の担当をしたんですけど、あの、ありえない注射じゃない痛みをしたんですね。で、もう手がすごい震えてて、その看護師さんの手が、で、これ絶対失敗だって小学校3年生ながらにすぐ分かったんですよ。で、もう本当に痛くて、どうしようって感じだったんですね。そしたら、でも、看護師さんの方がどうしようってなってて、でもその看護師さんが取った行動は、何事もなかったかのようにしれーっとゆっくり注射器を抜いて、何事もなかったかのように去ってって、ベテランの看護師さんにコショコショって何かを言ったら、まあベテランの人が来てくれて、注射を射してくれたんですけど、そういうことがあったから、さゆみ、注射が大の苦手なんですね。

さゆみ達は、あの、恒例なんですよ、しし座流星群の日に流れ星を見にいくのが。あの、山口時代からいつもどんなに次の日、朝、あの、お父さんがお仕事あっても、あの、お母さん家事が残ってても、さゆみ達学校があってもですね、絶対にみんなで朝4時とか3時ぐらいには、あの、外に行って、公園とか行って、みんなで見るっていうのが恒例だったので、東京に来てもそれをやろうって言って、この時はやったんですけど、山口では見れるものが東京では、まあ天気も悪かったのかもしれないんですけど、見れなくて、それどころか星もたぶん全然見れなかったんだろうけど、で、まあ、その反動って言うのは、まあ、たぶん言い訳でしょうけど、その後お姉ちゃんと2人でコンビニ行って、まあいろいろと食べて楽しかったんだろうなっていうのがすごい、はい、伝わってきて、で、その後すぐ寝て、で、あおの後、2人でお風呂でゲームしたんだろうけど、あ、まあすごい楽しそうな風景が思い浮かぶんですけど、その流れ星なんですけど、さゆみ、山口県でその流れ星を見た時に、本当に感動しましたね。数えてたんですよ、最初。100個超えて、1日に。すごいって思って、メチャメチャすごいと思って、もうその時も...その時は日記とかつけてなかったんですけど、あの、作文を書いて、先生に提出したのを覚えてた...覚えてるんですけど、本当に感動して、100個超えて、あの、だから100個超えたから、あの、区切りがいいからそれからは数えなかったんで、最終的に何個見たかは覚えてないんですけど、でも、100個超えたっていうのはすごい覚えてて、で、その時にすごい、あの、お願ごととかしたりとかしてたんですけど、で、小6の時は、お願い事に、もう...あの、受験をしたんですよ、さゆみ、中学受験を。なので、受験受かりますようにってね...流れ星さんにお願いして、まあ落とされちゃったんですけど、まあ流されちゃった感じですけど、受験も。でも本当に、でもそのおかげでさゆみ、中1の時に、あの、モーニング娘。受かったと思うんですよね。その時に、さゆみ、たぶん、あの、受験に受かってたら、モーニング娘。に入ってないと思うので、ああ、なんかそういう流れで、うーん、来たんだなっていうのをすごい思いますね。

・あの、うち、山口県で、あの、目の前に畑があったんですよ。おばあちゃんが栽培?してる畑なんですけど。で、あの、そこに毎年、イチジクができてたんですけど、イチジクを2人でお腹がすいたらよく取りにいって、その場で食べてたんですけど、あの、熟してて、熟し以上までいくと、蟻が寄ってくるんですよ、甘いから。で、さゆみはその蟻を上手によけながら食べてたんですけど、お姉ちゃんは蟻も...お腹すいてるから、お菓子感覚で蟻も一緒に、「おいしい」とか言ってて、でもなんか今、なんか、で、イチジクって種がいっぱいあるから分かんないんです、本当難しいんですよ。だからさゆみも、蟻をよけたつもりでも、もしかして一緒にゴックンしてたかもしれないけど、お姉ちゃんもう何も考えずに普通に、いっぱいついてるだろうに普通に食べてたから、子供ながらにその映像っていうか...鮮明に覚えてるんですよね。映像じゃないか、その情景を。

・さゆみ、小学校2年生の時の担任の先生の字が大好きで、すごい可愛かったんですよ、黒板に書く字が。可愛いしきれいで、読みやすくて、それにすごい憧れて、なんか、その先生の真似をしたので、だからたぶん、憧れる人の真似をすれば、うん、それに近付けると思いますね。だから、そうですね、先生...先生はすごい上手できれいなんですけど、真似しようと思ってこういう字になったんですけど、真似しきれてない状態ですね。

・なんか、結構みんな、モーニングのメンバーって、タオルとか、ちっちゃい頃から使ってて、これがないと寝れないとかいう子、いるんですけど、あんまさゆみ、ないんですけど、絞り出して言えば、小学校1年生の時に東京に遊びに来た時に、あの、その時に東京の限定のシャーペンを買ったんですよ。それをいまだにたまに使う時があるぐらいで、本当になんか、意外と小さい頃から使ってる物って無くて、でも、山口県に久しぶりに帰った時に、すごい懐かしいちっちゃい頃から使ってるマグカップみたいなのがあって、それでお茶を飲んで、なんかホッとしましたね。なんか嬉しくなりました。あ、昔っからのやつだ、と思って、懐かしいな、と思って。そういうのはすごい嬉しかったですね。

・あの、家の中でスイカ割りを毎年やってて、あの、スイカを普通に買ってきて、お家の中で、新聞紙敷いて、スイカ置いて、で、まあ目隠しして、棒も、あの、棒を、あの、さゆみ、お家の前がすぐ海だったんですよ。で、そこで、なんか、木みたいなやつを拾ってきて、結構でかいやつ。それで、お家の中でスイカ割りはやってましたね。家族でで...でも、あの、お父さん抜きの家族でやってました。あの、でも、お父さん、怒るんですよ、あの、さすがに、あの、しかも、あの、やっぱ、部屋...あの、目隠ししてるわけですから、ちょっと、あの、花瓶とかはよけるんですけど、でもちょっと危ないじゃないですか。でも楽しいからやろう...やりたいねっていうことでやってたんですけど、しかもなんか、海の夏にやる、海の浜辺でやるスイカ割りよりも、余計ドキドキするんですよ、なんか。狭いし、コケたりとかできないし、なんかその緊迫感が結構好きで、よくやってましたね。うん、楽しかったですね。

・学校のね、行き道にね、ドクバナがあるんですよ、山口。山口っていうか、家からの、その小学校行くまでに、ドクバナがあって、「これさわったら死んじゃうよ」ってすごい友達に言われてて、絶対さわらないようにしてて、1回、、さゆみ、さわったことあって、まあ、生きてるからいいんですけど、すごい必死に手洗ったことがあって。そのドクバナね、東京で見たことないんですよ。ドクバナってなんか、東京で見たことないんですけど、本当、山口には
いっぱい咲いてたんですけど、ピンクの花ですごい見た目可愛いんですけど、中にある、あの、花粉が入ってるところが真っ黒なんです。で、みんながドクバナ、ドクバナって、あの花粉をさわると、なんか、死んじゃうみたいなことみんなが言ってて、すごい気を付けながらそのドクバナの前を通ってたんですよね。懐かしい。

・あの、さゆみ、中学1年生の時、地元、山口県では、テニス部だったんですけど、で、その時に、3年の先輩が、あの、どっか行く時に、まあ、どっか行くっていうか、引退する時に、あの、さゆみ、本当にテニス部辞めたくて、羨ましくて、もう一緒に行きたくて仕方なかったですね。もうなんか、もう、あの、テニス部に入ったのも、スコートはきたくて入ったし、あとは、運動系にお母さんが体が弱いから運動系に入んなさいって言われて、仕方なくもう、テニス部に入った感じだったんで、もう、でも、1番ヘタで、1人だけ、あの、新人戦なのにスコートがはけずじまいで終わったし、なんかもう、さゆみも一緒に引退したくて、だからもう、羨ましくて、なんか「先輩、待って」っていう感じでしたね。「さゆみも連れてって」っていう気持ちでした、その時は。

・実家にいる頃はちっちゃい頃の覚えてない頃の写真を見ても、やっぱ3月3日とかの時期になると、ひな人形の前で撮ってる写真だったりとか、あと、覚えてる限りでは、幼稚園から小学校の高学年いく手前ぐらいまでは毎年ひな人形を飾ってて、なんかきっかけもなく出さなくなったんですけど、あの、うちのは7段?ですね。結構大きくて、でもお姉ちゃんのためにおばあちゃんが買ったらしくて、でまあ、さゆみのっていいうよりはどっちかっていえばお姉ちゃんの的な感じだったんですけど、まあ姉妹で一緒に出してたんですけど、まあ...この、ひな人形を出すにあたって、なんか、すごい...お部屋に出すんですけど、ひな人形のその階段じゃないですか。それをなんかよく分かんないんですけど、そのひな人形を出すにあたって、絵本ですごい後を持ちかかえてたんですよ、その階段を。だからその時期になると、すごい家にある大量の絵本をそこの部屋に持ってって、その時期になると絵本が読めなかったんですよ。その階段を持ちこたえる?...あ、支えるために。だから、その時期、読みたい絵本が読めないっていうのがすごい嫌で、早く片付けてほしかったですね。それをすごい覚えてます。だからたぶん...たぶんなんですけど、金具がたぶんどっか無くなってて、持ちこたえれなくて...持ちこたえるって絶対おかしいですよね?...持ち支えれ...あ、支えれなくて、こう...あの、その絵本で支えてたので、それはちょっとあの...あんまりいい思い出じゃないんですけど、まあみんなで歌とか、ひな祭りの歌とかも幼稚園で歌ったりとかして、楽しかったですね。

・昔、あの、小さい頃に、あの、小さい頃っていっても、もうさゆみとお姉ちゃんは小学生だったんですけど、あの、すごい自分達の妹かのように近所の子ですごい可愛がってる幼稚園生ぐらいの女の子がいたんですけど、で、その子と一緒に、あの、で、親は違うお隣の部屋で、あの、ホテルに泊ってて、で、子供達3人で、あの、ホテルに泊ってたんですよ、旅行しにいった時に。その時、そこがオートロックだったんですね。で、あの、まあさゆみは別にそんなにそれに参加してなかったんですけど、お姉ちゃんがすごい大人ぶってて、なんか、あの、その子に対して、なんか、あの、なんか、夜怖くなったら、あの、私のこと起こしていいからねみたいなことを言ってて、なんか、すごい、じゃあ、でも私も寝るからとか言ってて、あの、もし怖くなって、あの、起こす時の練習をしようとか言ってて、で、ねえ、お姉...起きてみたいな練習をさせてたんですよ、その子に。で、いざその子が寝ちゃったんですね。そして、で、さゆちゃん、ちょっとさ、ジュース買いにいこうみたいな感じで、オートロックなのに、あの、その子1人残しちゃって、ガチャって閉まっちゃったんですよ、鍵を持ってなくて。で、あの、どうしようってなるじゃないですか。で、その当時もちろん携帯とかも持ってないし、携帯電話とか。で、で、その子に練習までさせといたのに、さゆみとお姉ちゃんは仕方なしに隣のお母さん達がいる部屋で寝たんです。本当かわい...でも、その子は無事、次の日、あの、全然、あの、ちゃんとぐっすり、旅行で疲れてたし、起きなかったんですけど、もし起きてたらねえ、本当騙されたと思いますよね。練習までしたのに、あの人達どこ行ったの?と思いますよね。そんなことがありましたね。あとは、あの、まあこれ、お姉ちゃんというかお母さんなんですけど、あの、お母さん、山口にいた時はよく運転を...車の運転をしてたんですけど、あの、鍵を中に入れっぱで鍵を閉めてドアを閉めちゃって、開かなくなって大変だったこととかは、あの、結構しょっちゅうありましたね。覚えてる限りでも3回ぐらいあったので、小さい頃だったので、もっとある気がしますね。なので、お母さんの血を引き継いでるお姉ちゃんは何かしらありそうですね、免許取り中ですし。怖い限りです。

・さゆみ、すっごい今、思い出したんですけど、中学1年生の時とか小学生の時って、携帯電話持ってないから、お家に友達にかける時とかって、あの、「道重ですけど、あの、○○ちゃん...カナちゃんに替ってもらってもいいですか?」って言うのってすごい緊張するじゃないですか。なんか今、それをすっごい思い出しましたね。あの瞬間ってすごい嫌ですよね。なんか、普段、こう、小学生中学生って大人と関わらないじゃないですか、学校の先生ぐらいしか。なので、あの、友達の親と電話出たりされるっていうのがすごい緊張してましたね、はい。

・このペンギン村は、さゆみもよく「Dr.スランプ」を見てて、「あ、ペンギン村ってあそこのペンギン村と名前一緒だ」と思ってたんですけど、よくそこのペンギン村には友達が...小学校1年生の時の友達が、あの、ペンギン村の近くに住んでて、だからよくペンギン村には遊びにいったりとかしてて、で、あの、ペンギン村の近くに海があるんで、よくそこで花火とかもしてて、で、あの、そこ、ペンギン村でやった花火が、あの、ねずみ花火ってあるじゃないですか。ねずみ花火ってこう...あの、投げたら、なんか、なぜか人間についてくるじゃないですか。それがすごい面白くてずーっとやってたんですよ。で、そのねずみ花火を、ちょっと危ない遊びなんですけど、そのねずみ花火を海に投げたらどうなるのかっていうことを、お姉ちゃんと一緒にやったんですよ。で、ねずみ花火を、火点けて、シャーって海の中に飛ばしたら、海の中に一瞬入ったのに、戻ってきたんですよ。これ本当にすごくないですか?沈むと思うじゃないですか。でも、戻ってきて、めっちゃめちゃ怖かったんです。シューって戻ってきて、こわってなって、めっちゃ、あの、大騒ぎしたんですけど。まあ、そんな、ペンギン村には楽しい思い出があります。

・恥ずかしかったのは、あの、学校で初めて0点を取った時ですね。めっちゃめちゃ恥ずかしいんですよ。こうやってよくマンガとかテレビって普通に0点ってあるじゃないですか。でも、実際0点って逆に難しいと思うんですよ。算数です。しかも算数、一番得意なんですよ。本当にショックで。なんか、あの、まあ、しかも、あの、確かに算...今回のテスト難しいなって言って、手ごたえが無かったんですよ。でも、まさか0点っていう、しかも真面目に取り組んで0点だから、本当に恥ずかしくて、それでやっぱ小学生の時だったから、こう、なんか、男の子とかって0点の子がいたらやっぱ茶化すじゃないですか。で、もう本当に見られたくなくて、めちゃめちゃ必死に隠してましたね。でも、あの、そういうテストとかって直して、また100点になるまで、先生に出しにいかなきゃいけないじゃないですか、何回も。で、もう、その100点になるまでがすごい時間かかって、もうそれは本当に真剣に恥ずかしい思い出ですね。しかも、まだ小学生の頃って、さゆみ、結構まだ、あの、ダンゴムシしか友達がいないぐらい内気だったんで、こう、なんか、はじけて「0点取っちゃった」って言えるような、なんか、キャラでもなかったんで、本当にあれほどさゆみはもうなんかもう帰りたいと思ったことはなかったですね。

・あの、お姉ちゃん、ウサギ年で可愛いんですよ。で、お母さんもイヌ年で可愛くて、よく昔、「私、イヌで可愛いでしょ」って言ってて、で、お姉ちゃんも「ウサギ可愛いでしょう」とか言ってて、「さゆちゃん、何年?」っていっつも言われてて、さゆみ、ヘビなんですね。で、「ヘビ年だよ」とかちっちゃい頃言ってて、よくそれで泣いてました。「2人可愛いのになんでさゆみだけ可愛くないの」とか言ってて。でも、そういう干支って、なんか、三代続いたらいいっていうじゃないですか。三代続いたらなんか、その三代目がすごい幸せになれるっていう言い伝え?儀式みたいなのがあるらしくて、で、なんかさゆみ、ヘビ年なんですけど、お父さんヘビ年で、お父さんのお祖母ちゃん?あ、お父さんのお母さん、さゆみでいうお祖母ちゃんがヘビ年なんですよ。で、三代続いてヘビ年なんですね。だから、さゆみ、いまここにいるのかなって思うのと、ヘビってお金持ちになれるっていうイメージじゃないですか。だからさゆみ、ガッポンガッポン稼ごうと思って。そんな感じ、そんなイメージなんですよね。だから、あの、そのヘビ年で三代目だから、ちょっとさゆみ、それは誇りですね。

・中学1年生の時になって、やっぱ、あの、新しい中学校に進入したので、あの、自己紹介をしようってなるじゃないですか、学校のクラスで。で、そうなってくると、出席番号順1人ずつ挨拶してくじゃないですか。で、こう、私は山口県で小学校から中学校に上がる時に、小学校からの、あの、お友達が、あの、3、4人ぐらいしか、その中学校に進級しなかったんですよ。だから、全然ほとんど新しい友達ば...友達っていうか、新しい人達ばっかりで、みんな、さゆみのこと全然知らない人達だったんで、ここでいっちょうなんかインパクトあること言わないと、絶対覚えてもらえないし、あの、友達も作れないし、中学校生活満喫できないと思ったんで、何か面白いことを言わなきゃってなったんですよ。なんかその当時からさゆみ、そういうこと思ってて、で、なんか、こう、あの、引っかかるようなことを言おうと思って、中学1年生の時に。で、こう、出席番号順回ってきて、結構、まあ、道重の「み」なので、最後の方で、で、すごい緊張してて、前の人が終わるまで。で、こう、ね、さゆみの番になって、席立って、まあ、声はちっちゃめなんですけど、あの、「○○小学校から来ました、道重さゆみです」って言って、で、なんか...なんか一言付け加えなきゃいけなかったんですね、全員。で、さゆみは、「最近ハマってるお笑い芸人さんはあばれヌンチャクさんです」って言ったんですよ。しかも、それも、あばれヌンチャクさんて、あの、いまたぶん解散しちゃってていない、あの、お笑い芸人さんなんですけど、その当時、さゆみ、すごい好きで、あばれヌンチャクさんが。で、あの、でも、そんなに知られてなかったんですよ。で、だからたぶんいま、このうさちゃんピース聴いてくれてる人も、「え?誰?」って思ってる方もいらっしゃると思うんですけど、あの、まあ、男の人2人組のコンビのお笑い芸人さんだったんですけど、すっごい好きで、とりあえず、さゆみ。もうめっちゃ好きだったんですよ。で、いっつもその、あの、映像とかビデオで録って、あばれヌンチャクさんが出てるテレビとか。で、いっつも見てたんですね。で、だから、自分の中ではめちゃめちゃ有名なんですよ。見てたから、何回も。だからみんな知ってると思って。で、あばれヌンチャクさんてすごい面白かったから、さゆみの中で。だから、そのことを言ったらみんなも絶対笑ってくれると思って、あの、結構自信満々に、あの、「最近ハマってる芸人さんは」みたいな感じで言ったんですよ。そしたら、まあ、いま考えれば全然、理由分かるんですけど、スッコーンだったんですね。恥ずかしくて。もう...あ、たぶんあばれヌンチャクさんって、桜塚やっくんさん?なんですよ、元。あ、元じゃない。元あばれヌンチャクさんが桜塚...桜塚やっくんさんなんですね。で、もう...でも、本当そういう苦い思い出があるので、あの、これから自己紹介する方は、逆に当り障りないことから言った方がいいと思います。本当そう思います。あともう1人、さゆみが一番仲いい友達になったんですけど、その後、結局、結果。でもなんか、その子もちょっと変わってて、そこの、あの、自己紹介の時に、あの、「将来結婚したい人は長嶋監督です」って言った人がいて、もう本当面白いんですけど、でも、その時もスコーンだったんですよ。で、さゆみは、「あ、この人と仲よくなりたい」と思ったんですけど、でも、やっぱ、そういう新しい状況の時って、キャッハッハって笑えないじゃないですか。なので、あの、最初は当り障りのないことを言うことをさゆみはおすすめしますね。

小学校6年生の時に、私、なんか、人生ってこう、ツイてない時期ってあるじゃないですか、時期的にね。で、さゆみって、小学生の時って、すごい、男の人としゃべれなかったんですよ。なんか、怖くて、男の人っていうものが。で、なんか、なのに、が...小学校の時って、担任の先生に全部教科を習うじゃないですか。中学生に上がると、教科ごとに先生が違うんですけど、で、小学生のうちって、そういう、あの、担任の先生に全部教科を習うんですけど、結構男の先生の担任が多かったので、「これ分かる人」って言われても、「道重」って男の人に言われるのがすごい怖くて、手挙げれなかったので、なんで、さゆみ、女の先生じゃないんだろうって思うくらい、ツイてないなって思ってて、で、そんな中、小学校6年生の時も男の先生で、で、なんか、あの、人間のお友達もあんまいなくて、ダンゴムシとかと仲よくて、で、なんか、あの、そんな中、本当になんか小学校6年生の時って、ツイてない時期だったんですよ。一番仲いい、あの、人間のお友達ともクラスが違ったりして、本当に一人だったりとかしてて、本当になんか楽しくなくて、で、そんな中、あの、昼休みに一人で、あの、ブランコに乗ってたらですね、あの、サッカーボールがコロコロコロって転がってきて、で、結構、ブランコとは程遠い所にいったんですけど、自分が一番サッカーボールと近くて、で、男の子に、あの、「サッカーボール取って」って言われて、で、「はぁー」と思って、「さゆみが一番近いわ」と思って、取りに行ったら、そこにですね、鳥のフンがサッカーボールにめちゃめちゃ付いてて、でも、まあ、パッて取ったらすごい付いてて、手にも付いて、「うわー気持ち悪い」と思ったんですけど、そういう気持ち悪いという言葉とかも発せなかったので、もうそのまんま、「ハイ」と思って、あの、もうありったけの力で投げたんですけど、全然届かずみたいな感じで、で、もうそういうことがあって、本当に、本当に小学校6年生ってツイてなかったんですよ。で、その鳥のフン触っちゃったし、で、あの、中学受験もして、小6の時に、それで落ちちゃったりとか、で、小6の時、本当ツイてない時期で、でも、中学校1年生からすごいなんか、ツキが回ってきて、その分。お友達もたくさんできたし、モーニング娘。も受かったし、だからそのツイてない時期があってよかったなとはいま思えるんですけど、もうその時は結構悲惨でしたね、いま思っても。うーん、はい。でも、それがあるからいまがあると思えば、はい、よかったと思います。

・昔、お父さんと卓球したことあって、すごい面白かったんですよ。

・幼稚園生ぐらいまでは、(歯磨きの)仕上げはやっぱ、お母さんにやってもらってましたね。うーん。みんなそうなんですよ、きっとお母さんとかお父さんがやってくれたりとかして、でもなんか、あの、お母さんがやるの、さゆみ、あんま好きじゃなくて、強いから痛くて、それがあんま好きじゃなくて、結構自分でやりたがってたんですけど、自分でやると、ぬかり無...くできなくなっちゃうんで、あの、汚くなっちゃうんで、お母さんによく、されてましたね。

・あのね、迷子はやっぱちっちゃい頃とかはよくあるんですけど、でも、一番さゆみが、あの、覚えてる迷子は、お母さんと二人で、一緒にいて、で、お母さんと二人で車の停めた場所が分かんなくなっちゃって、もうそれはそれは歩き回りましたね。もう迷子ですよ、本当に。広い駐車場で、絶対ここの駐車場に停めてるってことは分かるんですけど、どこに車を停めたのかさっぱり覚えてなくて、で、あの、それからはちゃんともうなんか、番号とかでしっかり、あの、お母さんが覚えるようにしてるんですけど、もうあの時は疲れましたね。覚えてるぐらいだから、結構もう小学性ぐらいだったのかな。でも、本当に、もう本当にここ、車取られたんじゃないかっていうぐらい、もう何回もいろんな所行き来してるのに見つからなくて、で、結局、まあちゃんとあったんですけど、なんだ、全然こんな所にあったんだねっていうような普通の所に停めてあって、で、それ見過ごしてただけだったんですけど、もうあの時の、まあ二人しての迷子は、心細いわけじゃないんだけど、すごい辛かったですね。歩き回らなきゃいけなかったんで。

・まあこれは、まあ、ちっちゃい頃の話なので、仕方ないとは思うんですけど、お姉ちゃんが1回家出したことがあるんですよ。普通に家出がしたくて家出がしたか...したんですよ。あの、よくある、こうなんか、テレビドラマとかで家出ってあるじゃないですか。で、そういうのってなんとなく憧れるじゃないですか、小学生ぐらいの頃って。だから、「家出してくる」って言って、家出しにいったんですよ、お姉ちゃんが。で、お母さんも、「うん。行ってらっしゃい」みたいな感じで、で、お姉ちゃん、家出しにいったんですね。そしたら、あの、「家出、どこしにいくの?」ってお母さん言ってたら、「おばあちゃん家」って言ってて、で、おばあちゃん家に家出しにいったんですけど、あの、普段やっぱ車で連れてってもらうじゃないですか。そうすると、近いっていうイメージなんですよ、子供からしたら。でも、子供の足で行くとかなり時間かかるんですね。で、すごい疲れて、あの、もうお姉ちゃん...で、後から、あの、お母さんが見に行ってたんですよ、ずっと。で、あの、お姉ちゃんが途中で泣きじゃくってたらしくて、で、あの、おんぶって言って、お母さんがおんぶして、おばあちゃん家まで連れてってたらしくて、うーん、それはすごい、あの、大きくなってからさゆみはその話聞いたんですけど、すごい面白かったですね。家出じゃないじゃんって思いましたね。でもちょっと可愛いなって感じました。

・あの、小学校4年生の時に、でもさゆみ、スイミングを幼稚園生まで習ってて、25メートル泳げたんですよ。幼稚園生の時。なのに、小4の時に...で、小学校3年生ぐらいまではそういうクロールとかしなくてただの遊びだったんですよ。プールの時間がね、授業で。でも小4からちゃんと25メートルとか計るようになって、初めて計った時に、3メートルだったんですよ。で、本当に、で、その、あの、それを夏休み前にそういうのをさせられて、で、えーとね、10メートル以下の子とかは、あの、夏休みに、あの、わざわざ遊びにとかじゃなくて、授業として学校に行かなきゃいけなかったんですよ。で、先生に教えてもらうんですよ。でも、あの、全然泳げない子達が、なんか、集う会みたいなのがあって、で、その会に行って、さゆみは、で、あの、あまりにも、その会の中でも一番泳げなかったんですね、さゆみ。なんで、みんなは先生対生徒が5人とかで、なんか結構個人指導みたいなのさせてもらってるんですけど、さゆみはマンツーマンで教えてもらって、あれ...でも、それでさゆみはその夏休み中に、小4の夏休み中に15メートルぐらいまで泳げるようになったんです。あれは感動しましたね。もう、だからその先生にもすごい感謝してるし、で、その先生のことさゆみ、すごい大好きで、なんか、あの、すごい若くてきれいな女の先生で、で、なんか、あの、学校の先生ってなると真面目なイメージなんですけど、結構キャピキャピした先生だったんで、一緒になってキャッキャしながら、遊びながら、あの、水泳教えてもらってて、すごい楽しかったので、それはよく覚えてますね。

・本当に粉薬が飲めなくて、もう、あの、もう錠剤に限るんですけど、さゆみの薬の摂取の仕方は。でも、あの、本当に粉薬がタダメだから。でも、昔ね、さゆみ、小学校じゃなくて幼稚園生ぐらいの時に、あの、やっぱ病院とか行くと、粉薬をもらうじゃないですか。で、いまだからこそ大人になったから、こう錠剤が飲めるけど、逆にその頃、錠剤も飲めなくて、あの、そのおっきい玉をこうやってゴックンするのが出来なくて、あの、粉薬をもらうんですけど、その粉薬が本当に飲めないんですよ。飲んだら吐いちゃうんですね、気持ち悪くて。だから、お母さんが、もう、で、お水に溶かして飲むんですけど、やっぱり、あの、もう薬だ薬だって思うから、不味いって思うから、もう絶対もどしちゃってて、で、だから、薬が体に入んないから、全然効かないんですね。だからね、お母さんが一生懸命考えて、あの、アイスクリームと一緒にその粉薬を食べさせてたんですよ、さゆみに。で、その時は、こう、バニラアイスと思って食べてるから食べれるんですけど、だから久しぶりにバニラアイスとかを食べると、もう粉薬の味しかしなくて、だからさゆみ、バニラアイスオンリーでは食べれないんですよ、いまだに。だから、特に、あの、お店とかで出てきてパフェとかでクリームとかチョコレートソースがかかってるとかなら、全然大丈夫なんですけど、あの、その時に食べてた、本当にカップのバニラアイスだったんですけど、そのカップのバニラアイスを見ると、そのパッケージだけでもちょっと、「うわー、ちょっと気持ち悪い」ってなるくらい、あの、ちょっとトラウマなので、粉薬は家の道重姉妹は本当に苦手ですね。

・私の夏休みの思い出といえば、あの、道重家では、毎年、あの、さゆみが小学校とかぐらいの時は、絶対に、あの、海とか川に必ず行ったんですよ。
で、あの、そこで、まあもちろん泳いだりとか、あの、水の上で浮いたりっていうのはもちろんなんですけど、絶対する行事があって、それは、あの、お菓子食い競争っていうのをするんですよ、道重家では。
あの、よくあるパン食い競争ってあるじゃないですか、あの、障害物競争とかで。で、それを、パンじゃなくて、あの、紙袋とかに入っているお菓子とかの、なんか、あの、ジャガイモをスライスしたやつとか?そういうのとかを、あの、お母さんとかお父さんが買っといてくれて、で、それを、なんか洗濯バサミみたいなのとかに挟んで、で、両側持ってくれて、で、あの、まあ、人数分あって、それを、あの、口で取るっていうゲームを毎年、あの、砂浜でするのがすごい好きだったんですけど、
あと、川とかに行くと、あの、スイカを丸ごと持ってって、川の冷たさで冷やしといて、で、お昼ごはんとか終わったら、あの、みんなでスイカ割りして、で、それをみんなで食べたりとか、もう本当に夏休みといえば、その、なんか家族での思い出がたくさんあるんですけど、でも、1つすごい、まあ嫌な思い出っていうわけでもないんですけど、あの、夏休みって、まあ土日とかが被らなければだいたい7月20日の海の日からじゃないですか。
で、あの、7月20日の、その、あの、夏休みの初日に、みんなで海に遊びにいったんですよ。
で、あの、さゆみのお家から車で2、3時間プラス船に1時間っていう所の海に、えーと、その時はお兄ちゃんが受験生かなんかで、たぶんお兄ちゃんは行かなくて、お父さん、お母さん、さゆみ、お姉ちゃんで行ったんですけど、お姉ちゃんが...行った瞬間に、楽しくて、わーって遊ぼうってなって、海に入ったんですけど、あの、全然、超ちっちゃい、あの、波に飲まれちゃって、そこで骨折ったんですよ、右手を。右手?そう、右手だ。違う、左手だ。左手、左手を骨折っちゃって、で、もうすごいワンワン泣いて、で、もう、行ったすぐそこから、すぐ帰って、でも、あの、船がなかなか来ないっていって、だから、そこの、あの、1時間分の船を、なんか、すごいそこの、あの、海の人とかに言ったら、なんか、でも、救急車がここの辺には無いので、あの、パトカーを呼びますって言って、パトカーで、なんかそこの、あの、船の所に連れてってくれて、で、そこから、あの、もうすぐ海とかで遊ばずに、もう自分のお家に帰って、病院に行ったらやっぱり骨が折れてますって言われて、あの、ギブスして、で、手術もするほど結構大変な、あの、ケガだったんですけど、で、ギブスが外れたのが8月31日なんです。
だから、夏休みの初日に、あの、骨折って、もう最終日までずーっと夏の暑い中、ギブスしてて、で、31日にギブス取れたから、学校とかではみんなお姉ちゃん普通に元気に、あの、過ごしたって思われる、なんか、一番最悪なパターンで、あの、だから、その年はお姉ちゃんのおかげで、さゆみもあんまり海とかに行けなかったので、ちょっと残念な夏休みの思い出もあります。

・アリといえば、さゆみ、あの、やっぱ小学生の頃、虫が好きで、ダンゴムシと友達だったぐらいなんで、アリも結構好きだったんですね。で、さゆみ、小学校の頃の好きだった遊びが、あの、台所から砂糖を、あの、持ち出して、その砂糖を、あの、玄...玄関っていうか、まあ、外出ての玄関?お家から出て...の玄関に、あの、チョコンと置いといたら、アリの行列がどっからか出来るんですよ。で、そのアリの行列の元の、その、巣まで、あの、行くの...見にいくのがすごい好きで、そういう趣味があったんですよね、アリといえば。だから、なんか、不思議なんですよね。その、モーニング娘。になってからっていうか、中学1年生の時に、本当に性格がコロって変わってから、全く興味無いんですよ。だから昔、アリの本とかもすごい好きで、あの、アリとか飼いたいって思ってたんですよ。なんか、飼えるやつあるじゃないですか、瓶とかに入れて。横から見たら、その、アリの巣とかが見えるやつ。あれとかすごいやりたいと思ってたんですけど、今じゃ絶対やりたくないと思うんですね。もうね、すごい、どこで変わったのか本当、不思議なんですけど、なんかそういう、はい、思い出がありますね。

・さゆみ、部活のことを思い出したんですけど、夏休みの部活、本当に嫌いで、さゆみ、あの、中学1年生の時に、テニス部だったんですけど、あの、まず日焼けがしたくなかったんですよ。
でも、テニス部って外じゃないですか。だから、もう、とりあえずお家ですんごい日焼け止めを塗っていくんですけど、日焼け止めって2、3時間でぐ切れるんですよ。最近のはもうちょっと持つかもしれないんですけど、その中学1年生の時は、2、3時間がもう一番長く持つぐらいだったんで、もう途中で塗りたくて、でも、一番後輩だったから、そういうのもできなくて、ずっとボール拾いとかやってたんですけど、
で、あの、さゆみ、自転車通学だったんですけど、あの、お家から学校まで自転車で40分ぐらいかかるんですよ。で、そこの間にとりあえず、まあ、あの、部活以外で日焼けしたくないから、長袖長ズボンで行ってたんですよ、学校まで。
もうそこですごい汗だくで、もう本当に疲れて、で、ヘルメットもかぶってるから、顔もすごい蒸れてて、とにかく汗かいて、でも本当に、あの、その...そのツラさよりも、あの、そ...な...なんていうんですか、日焼けをしたくなの方が勝ってたんで、一生懸命でしたね。
もう本当に必死で、で、それを思い出したので、ちょっと憂鬱な気分になりました。でも、だから、その中学1年生の時に、モーニング娘。になって、あの、中学2年生の時に、夏休みの時に、部活が無かったので、すごい嬉しかったのを覚えてるんですよね。中学1年生の時に、あの、中学3年生の人が卒業するじゃないですか。すっごい羨ましくて、もう本当に辞めたかったんですよ。
で、なんでさゆみ、あんなにも辞めたかったのにテニス部にいたんだろうって、不思議なくらいなんですけど、でも、その、スコートがはきたいっていう気分...気持ちがあったので頑張れたとは思うんですけど、結局、新人戦でも1人だけはけずな感じで終わったので、もう本当に切ないんですけど、まあその新人戦も、あの、やっぱ試合に出れる子だけがはけるんで、本当にね、奇数だったんで1人だけ出れなかったんで、なんか切ない思い出ですよね。

・あの、こういうプッチンできるプリンは、さゆみ達は、混ぜたくなる派なんです、グッチャグチャに。
あの、幼稚園生の頃からそうなんですけど、あの、プリンあるじゃないですか、あれは、あの、混ぜるとよりおいしいんですよ。下のカラメルを...だって、後からカラメルが出てくるじゃないですか。そしたら後が苦くなるじゃないですか。だからはじめっから調和させたいんですよ、味を。だから、はじめっからグチャグチャグチャーってして、まあ、見た目はよろしくないんですけど、味は一番あれがおいしいです。すごいおススメです。
でも、あれが給食に出た時に、それができないのがすごいもどかしいんですよね。なんか、自分を貫けないところがそこらへんにあると思いますね。

・さゆみの秋といえばは、あの、秋の大運動会っていうイメージが強いんですけど、あの、東京に来てからは、春とかに運動会があったんですけど、あの、やっぱ山口時代はいっつも毎年秋の大運動会だったんですけど、もう、さゆみ、運動が...まあ、知ってる方はいると思うんですけど、苦手なので、夏休みの前から運動会があることが憂鬱で仕方ないんですよ、毎年。で、もう夏休み中も、あの、夏休みを満喫したいっていう気持ちと、どっかでこの夏休みが終わったら運動会が来るっていうので、すっごい嫌で、で、もう、あの、徒競争とか障害物競争とか1人でやる科目が本当に嫌いで、玉入れとか、あの、大玉とか応援とかならいいんですけど、あの、1人で、あの、なんか、注目浴びるっていうのが、別に自分が思ってるほど周りは誰も見てないと思うんですけど、見られてる感じがして、もうすごい嫌だったんですけど、
それにプラス、運動会の嫌なところって、こう、家族が見に来るじゃないですか。で、それはすごく嬉しいんですけど、お母さんとかが、またこれ張り切って、あの、目の前を陣取って、徒競争とかになると、もう周りとか関係なく、「さゆちゃ~ん」って言って、すっごい聞こえるんですよ。それがまたすごい恥ずかしくて、だからね、運動会はいい思い出がなくて、なんで、あの、1番に秋といえば、その嫌な嫌な運動会を思い出しますね。

こんうさピーSHUFFLE#212

今回は2010年11月27日に放送された、第212回の放送である。

11月も終わりに近づいているが、12月15日にはモーニング娘。から亀井絵里、ジュンジュン、リンリンが卒業する。このメンバー全員がプライベートで会うということももう無いと思うので、ジュンジュンの家に集ってハロウィンパーティーをすることになっていた。

しかし、予定した10月30日は台風が来たため、あきらめざるをえなかった。リーダーの高橋愛が台風女なので、これも仕方がないと思った。

田中れいなと亀井絵里の誕生日がそれぞれ11月と12月なので、その誕生会も兼ねて、近々パーティーをやろうと言っている。まだ日程すら決っていないが、やったらこの番組でも報告したい。

一曲目は、モーニング娘。「女と男のララバイゲーム」。

「さゆの小部屋」1通目は、お祭りについての質問。お祭りはテンションが上って楽しい。地元では、特にそれほど大きなお祭りはなかったが、宇部まるりと新川まつりというのには、よく行っていた。11月ぐらいと夏にあった。

小学三年生か四年生のころにエアロビクスを習っていて、それをお祭りで披露したことがある。レオタードを着て出ていたが、とても寒くて悲惨だった。

同級生なども結構来ていて、次の日に学校へ行くと、「昨日踊ってたね」などと言われ、それがとても恥ずかしかった。

当時は人に見せたいという気持ちはなく、ただ自分が踊りたいから踊っていた。あまり見られたくないと思っていて、そのようなシャイな時期もあった。

今はむしろ、見てもらうことありきでやっている。ダンスレッスンなどをしていても、早くファンの人達に見せたいと思ってやっている。

替え歌の新コーナーを作ってみてはどうかという提案があった。一回目のお題として「あっぱれ!回転ずし」のある部分が提案されていたため、これなら大丈夫かなと思って歌ってみたところ、あまり大丈夫ではなく、心配になった。

ハマっている趣味は、iPhoneのアプリゲーム。無料のをダウンロードして遊ぶが、コインゲームのコインが欲しくなってきて、けっきょく有料になる。

料理を作ってお店で出し、どんどん大きくしていくというゲームがある。お店をたとえばハロウィンぽくしたりもできたりして、とても楽しい。1つの料理を作るのに2日間ぐらいかかることもあるが、それが有料にすると一瞬にしてできたりする。お金を払いたくもなるが、もったいないと思い、待ったりもする。そこは葛藤であり、自分との戦いである。

常にiPhoneをさわれる状況でないと、料理がすぐ古くなり、虫食いになる。ゲームを始める前に、常にiPhoneがさわれる状況かどうかを考えなくてはならない。

「ドクターマリオ」は毎日やっている。

ハロプロ以外のアイドルの曲についての質問。パソコンやDVDなどで見て、振りを真似てみたりはよくするが、完璧に踊れるものは無い。

好きなのはPerfumeの「ポリリズム」で、脚をパタパタとやる振りである。コンサート前に一人でやっていると、新垣里沙に「また出たよ」などと言われる。多少大げさにやっているため、変な振りになっていると思う。

人前でやるとそういうことになるので、一人で地味にやるのがテンションが上がる。

続いて、「今すぐ使える自己紹介」のコーナー。6期の絆というようなワードが出てくる。

ここで、6期は藤本美貴も入れた4人であり、たとえ藤本美貴本人が何とも思っていなかったとしても、自分にとっては藤本美貴がいてこその6期である。

コンサートで、亀井絵里、田中れいなとの3人で「大きな瞳」という曲を歌っている。元気でカッコいい曲であり、ファンもとても盛り上がっているが、この3人で歌えるのもあとわずかなのだと思うと、ふとさびしくなる。ぜひ見にきてほしい。6期の絆は、藤本美貴を含め、永久不滅である。

コンサートで、すっぴん公演やジャージ公演をやりたい。

最後の曲は、モーニング娘。のアルバム「Fantasy!拾壱」から、「女心となんとやら」。

妄想セクシーワードは、「ビキニライン」。ビキニラインばかりではなく、可愛いお顔も見てほしい。

次週、亀井絵里が番組に来る。

こんうさピーSHUFFLE#34

今回、iPhoneがシャッフルで選んだのは、2007年5月24日放送の第34回の放送である。

5月6日のコンサートを以って、吉澤ひとみがモーニング娘。を卒業し、藤本美貴リーダー、高橋愛サブリーダーの新体制になった。しかし、この回が放送された翌週、6月1日には藤本美貴が脱退し、高橋愛が繰り上げでリーダー、新垣里沙がサブリーダーに、それぞれ就任した。そんな時期の放送である。

収録日前夜、一旦は寝たものの真夜中に目が覚め、眠れなくなったので、趣味で集めているシールの整理を始めた。没頭してしまい、気がつくと朝の5時半になっていて、鳥の鳴き声も聞こえ、とても清々しい朝を迎えた。

この頃は、オープニングでもメールを読んでいたようだが、同期メンバーの田中れいなについての質問が採用されていた。道重さゆみは田中れいなのことを、素直な子であり、嫌なことを嫌と言えるところは羨ましい、また、笑う時はすごく笑い、表情がコロコロ変わるのが可愛いとも話している。

1曲目は、モーニング娘。「SEXY BOY〜そよ風に寄り添って」。

最初のコーナーは「さかさまパニック」であり、これはリスナーから送られたお題のワードを、道重さゆみが頭の中でさかさまにし、それを制限時間内に正しく言えれば正解、言えなければ不正解というチャレンジ企画であり、「C-1グランプリ」と共に、この番組初のコーナーでもある。

3問出題され、全問正解ならばご褒美としてケーキがもらえ、2問以上間違えると、とっても痛いごめんなさいゼリフというのを言わなければならなかった。前回は全問正解だったらしく、実際にこの日の収録の前にケーキをいただいたということだった。

この回は2問正解で、ケーキもごめんなさいゼリフも無かった。

「さゆの小部屋」1通目のメールは、吉澤ひとみの卒業コンサートについてのものだった。結構時間が経ったが、未だに実感がない。また、吉澤ひとみについては、卒業コンサートでも涙ひとつ見せず、あんなに強い人はいないと尊敬していて、吉澤ひとみがリーダーの時期にモーニング娘。にいられたことを誇りに思うとも話している。

続いて、「今夜もうさちゃんピース」と同じCBCラジオで当時、藤本美貴がやっていたラジオ番組に吉澤ひとみがゲスト出演した、「ドキみき大放送」というのが放送されたが、その中で、道重さゆみの話題が出ていたというメールが読まれた。

意外としっかりしていて、自分の考えや大人の頭を持っているという評価であった。道重さゆみは、藤本美貴の自由なところが魅力だと言い、度が過ぎていると思うこともあるが、それが藤本美貴なので、良いのではないかというようなことを言っている。

母の日には花を贈ろうとも思ったが、おそらく花はお姉ちゃんが贈るだろうと思い、パジャマを贈った。ハイビスカスの柄がついた派手なものだということである。父の日については何も考えていないが、そろそろ考えなければならないとも言っている。

心理テストでは、健康、お金、仕事、友人や知り合いよりも家族を大切に思っているという判定が出た。この結果を受け、やはり大切なものといったら家族を一番に思い出すと、納得していた。心理テストは大好きなのでどんどん送ってほしいと言っているが、以後、このコーナーでは、リスナーから送られた心理テストが度々取り上げられるようになった。

2曲目は、里田まいwith藤岡藤巻の「オヤジの心に灯った小さな火(デュエットバージョン)」。「オヤジはいるだけで環境汚染だわ」などという歌詞も入った、ザ・企画モノといった感じの曲である。里田まいの歌が上手い。道重さゆみは、この曲を聴いてちょっとビックリしたと言っている。

曲の後も、引き続きリスナーからのメールが紹介される。まず、新垣里沙との横浜デートについての質問である。新垣里沙とは横浜だけではなく、都内でもよく遊んでいて、最近ではできたばかりの六本木ミッドタウンへ行った。

入口が多すぎてわけが分からず、やっとのことで中に入ったものの、雰囲気が大人っぽすぎて、5分ぐらいで出てきた。それからカラオケに行き、1曲も歌わずにずっと話していたという。新垣里沙とはとにかくトークが止まらなく、楽しいので、また遊びに行きたいと言っている。

モーニング娘。の「浪漫〜My Dear Boy」には「さあ行こう」という歌詞があるが、この初めの方は、聴きようによっては「さゆ」と聞こえる。道重さゆみ自身、それをよく意識する。

ポケットモーニング娘。のポケモームービーで、道重さゆみが「ラジオが始まりますよ〜」と言うものがあるが、それは道重さゆみが自分で提案したものである。

藤本美貴と吉澤ひとみが出演していた「ドキみき大放送」中に、「今夜もうさちゃんピース」のCMが流れた。道重が「ウエーンウエーン」とか「うさピョンピョン」とかブリブリの演技をしているものだが、それを聴いて、二人は「やっちゃってるねー」などと言っていたという。道重さゆみの解釈だと、おそらくそれは、勝手にやっててというニュアンスのものであり、それは自分でも分かっていると言っている。

歯磨き粉は小さい頃から苦手で、水だけで歯磨きをしていたが、歯医者さんからそれはよくないと言われ、歯磨き粉を使うようにした。しかし、味があるものは、歯を磨いていてお腹がすいてしまうので、味なしのものを使っている。

最後の曲は、モーニング娘。「浪漫〜My Dear Boy〜」。

好きな歌詞についての質問では、「歩いてる」の「一人じゃないから みんながいるから」のような平和系のものが好きだが、最も好きなのは、「愛あらばIT'S ALRIGHT」に出てくる、時代はつながってるねというような歌詞だと答えている。

たとえば、おじいちゃんとおばあちゃんがもし出会っていなかったり、さらに過去にさかのぼって、そのうちの誰かが戦争か何かで亡くなったりしていたならば、自分は存在していなく、ここでしゃべっていることもない。そう考えると不思議で、奥が深く、大好きな歌詞だと言っている。

他には、CBCに貼ってあるモーニング娘。のポスターは、藤本美貴や吉澤ひとみをはじめ、落書きがされていてひどい状態になっているということや、告知では、自分の誕生日にコンサートをやるのが夢だということを言っている。この年のハロー!プロジェクトのコンサートは7月15日に開催され、それは道重さゆみの誕生日2日後であり、久住小春の誕生日当日であった。

こんうさピーSHUFFLE#136

過去の「今夜もうさちゃんピース」の音源を全てMP3に変換して、iPhoneのシャッフルプレイで再生される順番に聴いていくという「こんうさピーSHUFFLE」だが、記念すべき第1回目に私のiPhoneが選んだのは、第136回、2009年6月11日に放送された分であった。

この頃は、銀座で「おじぎでシェイプアップ」の舞台が行われていた頃で、モーニング娘。のメンバーから主役の高橋愛の他に、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいなが出演していた。

当時、道重さゆみのGREEのブログはまだ始まっていないが、この「おじぎでシェイプアップ」の特設ブログがあり、道重さゆみは内容も面白かったが、怒涛の100更新を達成し、公式ブログ開設への期待は、さらに高まっていった。

ちなみに私は、この回の放送前日、10日水曜日に観劇している。確か午後からのトークショーがある回であった。

では、「今夜もうさちゃんピース」の話に入りたい。

オープニングトークでは、嬉しいお知らせとして、モーニング娘。のシングル、「しょうがない夢追い人」が、オリコン第一位に輝いたことを喜んでいる。

当日は「おじぎでシェイプアップ」の稽古をしていたということなのだが、お祝いのメールでこのことを知り、おじぎメンバーズで抱き合って喜んだのだという。高橋愛などは目がウルウルしていたらしい。お祝いのメールは、マネージャー、サブリーダーの新垣里沙、OGの飯田圭織から届いた。当時の9人体制では初めての一位であり、それも嬉しいと話している。

というわけで、1曲目はモーニング娘。の「しょうがない夢追い人」である。

「さゆの小部屋」では、まず「ミュージックJAPAN」でのPerfumeとの卓球対決の話題から。

プライベートでコンサートに行くほどPerfumeが好きな道重さゆみだが、収録後にそのことを話すと、あーちゃんが知っていてくれた。のっちが特に好きだが、かしゆかは不思議で気になり、あーちゃんは声がすごく可愛い、と感想を述べている。かしゆかのことをかしゆかちゃんさんなどと言っていて、どこまでが愛称やねん的な面白さがある。

続いて、小川麻琴のお母さんが道重さゆみのお母さんと遊んだということが小川麻琴のブログに載っていたということについてだが、道重さゆみはこのことをお母さんから特に聴いていなく、小川麻琴のブログを読んで知ったぐらいであり、そこことをお母さんに言ったが、特にそれ以上の話はなかったらしい。

しかし、無理やり話しを広げるとするならば、小川麻琴のお母さんはとてもさみしがりやで、道重家に遊びに来ていても、お母さんがトイレに行ったりすると、一人でいるのが嫌で、道重さゆみの部屋に来たりするらしい。

続いて、コンサートツアーでの恥ずかしかったことについて。

亀井絵里とリンリンと3人でコントのようなものをやっていたが、思惑に反してスベった時は恥ずかしかった。また、このツアーではソロ曲の「IT'S YOU」があったが、高橋愛と亀井絵里がバックダンサーとして踊っていた。間奏で道重さゆみ一人だけにスポットライトが当たる場面があったのだが、一度、頭が真っ白になり、ただ棒立ちになっているところをスポットライトが照らしているだけという状態があったらしく、それはとても恥ずかしかったようだ。

また、とにかくつまずくことが多く、大階段を駆け上がる場面では、1公演で2度転んだことすらあった。そのため、セットのガラスの部分が割れてしまい、DVD撮影日までもつかどうか、スタッフは道重さゆみの体よりも、むしろセットの方を心配していたらしい。

「How Do You Like This Japan?」で、本来は新垣里沙のソロパートの後で他のメンバー全員が舞台に出ていくのだが、田中れいなだけが間違えて、すごいキメ顔で出て行ってしまったことがあったらしい。間違いに気付いたものの、舞台袖に戻るに戻れず、そのままキメ顔で出続けていて、それもとても恥ずかしかったという。

紅白歌合戦の記念品についての質問に対しては、高級品みたいな透明のトロフィーをもらったが、自宅に置いておいてもあまり実用性がないため、山口県の実科へ送り、今はおじいちゃんのいえに飾ってあると答えている。

ちなみに、トロフィーという単語が出てこなくてマネージャーに助けを求めたところ、その口の形がゴミと言っているように見えたらしく、一度そう言ってから、あわてて訂正していた。

この頃はとにかくよく分からない言葉の間違いが多く、それがまた味にもなっていたのだが、最近は随分と減ったように思う。ちなみに、この部分のトークにおいても、おそらく実用性と言いたかったであろうところを、活用性と言ったりしている。それでも、むしろそちらの言葉の方が意味をよく表しているのではないか、などと思わせてしまうところが、道重さゆみの天才たる所以である。名残り惜しいの言い間違えとして用いられる、馴染み惜しいなども、その一つである。

「さゆの小部屋」はここまでで、続いては「今週のお姉ちゃん」である。

この時期、お姉ちゃんは正社員として就職していた。道重さゆみが間違えて「バイトどう?」のようなメールを送ると、「社員だし。うけるね」みたいに返ってきたらしい。

しかし、この時にもうすでに、辞めたいとかつらいとか言っている。理由はバイトに怒られるかららしい。勤務先のお店に友達が来たので、一緒に盛り上がっていたところ、バイトの子に「黙っててください」と言われたらしく、その子が怖いので辞めたいのだそうだ。最高である。

お姉ちゃんからの電話は基本的にくだらない内容で、大事な用事かと思って出たところ、「いま暇?」とかだったり、「本屋どこ?」などという質問を、所在地も告げずにしてくるらしい。

ここで、お姉ちゃんのコーナー中ではあるが、道重さゆみ自身のエピソードが話される。

「おじぎでシェイプアップ」の稽古中、お手洗いに行きたくなり、行ったのだが、穿いていた衣類の紐がほどけにくく、かた結びになり、脱げなくなったらしい。あせりながらも何とか用を足すと、今度はトイレットペーパーが無い。その先は言えないのだが、あれは絶対に見られたくない姿だったと回想していた。また、話した後になって、こんなことしゃべって大丈夫なんですかね、節制します、などと言っていた。

お姉ちゃんはじっとしていられない人だが、モーニング娘。OGの紺野あさ美はコンビニに一時間ぐらい普通にいるらしく、同期メンバーは困ったという話を聞いたことがあり、とても驚いたらしい。

お姉ちゃんに本や漫画を貸すと、おそらくお菓子などを食べながら読んでいるためだと思うが、醤油のようなものなどが付いているページなどがあり、ここが気に入ったんだろうな、などと思う。道重さゆみ自身もお菓子を食べながら読むということはよくやるが、お姉ちゃんから借りたものの時はやっていないので、そこは分かってほしいと言っていた。

また道重さゆみ自身の話だが、方向音痴がひどく、小学6年生まで学校の職員室の場所が分からなかったらしい。

2曲目は、Berryz工房の「ライバル」。

エンディングのメールでは、吉澤ひとみが大学で講義を行ったことにちなみ、もしも道重さゆみが大学で講義できるとしたらどのようなものがやりたいかという質問に答えた。

大学生というと同い年ぐらいだったり年上だったりすると思うので、カツアゲされそうで怖いイメージ、などと訳の分からないことを言ったあと、質問を受けて答えたり、就職のことを話してもらったり、自分がモーニング娘。のことを話したりというのがやりたい、ということだった。

波乗りかき氷。

何かをしている最中のことを「~中」というわけだが、AKB48の河西智美が多用したことから、AKB48のメンバーやファンは、これを「~ちゆう」と書く。道重さゆみもGREEのブログでたまに書いていて、ひじょうに微笑ましい。以前にも、渡辺麻友が多用する「やびゃあ」を用いていて、素晴らしいことである。名古屋に着いた夜も、CBCラジオで「AKB48のオールナイトニッポン」を聴きながら寝て、癒されたということである。素晴らしい。

「今夜もうさちゃんピース」で、田中れいなからキティちゃんのかき氷器を誕生日プレゼントにもらったことを嬉しそうに話していたが、名古屋でのハロー!プロジェクトのコンサートでもケータリングにかき氷があったらしく、ブログでその様子が公開されている。高橋愛がすごく面白い。写っているだけで笑える。

高橋愛はいちごミルクのかき氷をチョイスしたようだが、ここのトップの写真もいちご味っぽいかき氷である。なかなか楽しいものだ。

こんうさピーSHUFFLE。

道重さゆみの可愛いラジオ、「今夜もうさちゃんピース」は2006年10月に始まり、それから放送曜日時刻が変わったり、60分に拡大したり30分に戻ったりしながら、もうかれこれ4年9ヶ月も続いている。

この番組は、道重さゆみの核(コア)を知る上で欠かせないコンテンツである。一度、これを体系的にまとめておかなくてはなるまいと、かつてやりかけたことがあるのだが、中途半端になってしまった。

それよりも何よりも、2010年5月ぐらいに、私が「今夜もうさちゃんピース」を毎週聴くことをやめてしまった。しかし、道重さゆみの研究及びその思想の体系化というのは、やはり神が私に与えた使命なのではないかと思うに至った昨今、いま一度、この聖典ともいえる番組そのものを聴いてみる必要がある。

第1回から時系列に聴き返すのもいいのだが、初めの方の放送は、じつはもう何度も聴き直していたりする。また、昨年から今年にかけての放送には、まだ一度も聴いていない回も多々ある。

そこで、最終的な体系化を究極の目標とするにはするのだが、その過程をより面白おかしくするにはどうすればよいかと考えたところ、このこんうさピーSHUFFLEという方法が閃いたのだ。

要は過去の「今夜もうさちゃんピース」全回分を全てMP3に変換し、iPhoneにぶちこむ。それをシャッフルプレイ、つまりランダムにどの回が来るか分からないルーレット方式で再生する。その回を聴いて、それについての記録をしていくのだ。時系列を行ったり来たり、また、何度も聴いたり知っている回と初めて聴く回をランダムに繰り返すことによって、また何か新たに見えてくるものがあるのかもしれない。そんな気分である。

今後、随時やっていきたい。

2011年7月17日 (日)

やればできる子の件など。

「ヤングタウン土曜日」を久しぶりに聴いた。関西のMBSラジオで毎週土曜の夜に放送されている番組で、明石家さんまと村上ショージ、それからアシスタントとしてアップフロントエージェンシー所属の女性タレントが出演している。現在のレギュラーはモーニング娘。の高橋愛と道重さゆみだが、週替わりで他のメンバーが加わったり、コンサートなどで多忙な時は、代役が立ったりする場合もある。

道重さゆみは、2007年6月にレギュラーに抜擢されてから、4年間続けている。当初から積極的な姿勢やセンスが明石家さんまから評価されていたが、初めのうちは、うまく絡めないことや空気が悪くなることなどもあった。道重さゆみが収録中に明石家さんまに鉛筆を投げつけるという事件もあったが、明石家さんまはもうそれを覚えてはいないようだった。

現在の「ヤングタウン土曜日」は、ひじょうに楽しく和やかな雰囲気の番組になっているが、かつてはアシスタントのタレント目当てで聴いているファンにとっては、胃が痛くなるような回も多々あった。

久しぶりに聴いてみると、新しいコーナーができていた。高橋愛や道重さゆみの自己紹介のセリフをリスナーが応募し、それを読むという内容のものだが、これは、「今夜もうさちゃんピース」の「今すぐ使える自己紹介」と同じなのではないか。しかし、高橋愛の噛み芸が炸裂していてたいへん面白かったり、最近はラップによるセリフの投稿で、リズム感の悪い道重さゆみをいじめるという流れもあるようだ。

ラップ調のセリフになると、やはり道重さゆみはヘロヘロだが、高橋愛は割とカッコがついている。明石家さんまも指摘していたが、普段から洋楽を日常的に聴いているかいないかが、ラップのリズムを体得できているかどうかにも影響しているのかもしれない。

今回は、さらに新機軸として、天津木村のエロ詩吟風というのが投稿されていて、道重さゆみの音程とリズムの前衛的解釈が、かなり芸術的な表現として結晶化していた。

道重さゆみの誕生日にちなみ、「誕生日大全」という本に載っていた7月13日生まれの人の長所、短所について、投稿が読まれていたが、これは同じぐらいの時間帯に放送されていた「今夜もうさちゃんピース」でも読まれていたやつと全く同じなのではないか。それを分かっていながら、番組の流れを読んで、余計なことを言わずにしれっとリアクションする、道重さゆみのこういうところが地味に好きだ。

長所の中で、優柔不断とリーダーとしての資質があるというのが入っていたが、明石家さんまによると、優柔不断な人は総じてリーダーに向いているのだという。逆に、明石家さんま自身がそうだと言っていたが、何でも自分で決めなければ気が済まない人というのは、リーダーの器ではないらしい。

また、「前略のコーナー」の他の投書から広がった話の中で、道重さゆみが後輩を可愛がっているのになかなか慕われないという問題が、話題になった。これは、道重さゆみが普通に小さい女の子が好きであり、9期メンバーなどを可愛い可愛いとやたらと体に触ったり、膝にのるように言ったりしているが、一向になつかれないということのようだ。

明石家さんまの分析では、そこはあくまで仕事の現場であり、中学1年生ぐらいの9期メンバーであっても、それなりにプライドを持って来ているはずである。そこを、道重さゆみは子供のように扱ったり、ベタベタ触ったりするから、ウザがられているのではないか、などと話していた。

道重さゆみについては、以前から、ロケなどでも赤ちゃんや小さい子供を可愛がるのだが、なついてもらえないという問題があるが、これには道重さゆみが末っ子であり、年下の子との付き合い方があまりよく分かっていないからなのではないか、というような話もあった。

早口言葉や癒せませんのコーナーでは、さすがに実力を発揮していた。

しかし、今回最も印象に残ったのは、吉川友というアイドルの存在である。いつもの高橋愛と道重さゆみに、プラスワンとして出演していたが、「ヤングタウン土曜日」への出演はは、今回が2度目とのことである。

2007年から2010年までハロプロエッグとして活動し、その間に、久住小春らとMilky WayとしてCDもリリースしている。今年、19歳にしてソロデビューしたのだという。

ハロプロ系のインターネット掲示板などに頻繁に出入りしていたこともあったので、名前ぐらいはなんとなく知っていたが、他にはほとんど何も知らなかった。名前の正しい読み方すらあやふやだったほどである。

先日の道重さゆみのブログに写真が載っていたが、平成生まれっぽい雰囲気だなぐらいで、特に強く印象に残ることはなかった。そんな訳で、ビジュアルもさっぱり想像できないまま、番組を聴いていたのだ。

ひじょうにハキハキしていて、自己主張も強く、プロっぽい感じがした。私はハロプロのタレント全般についてそれほど詳しいわけではないが、「今夜もうさちゃんピース」に出てくるBerryz工房や℃-uteやスマイレージなどのメンバーは、全体的にもうちょっとふにゃっとした雰囲気があり、こういうのがハロプロらしさなのかな、などと漠然と思っていたりもした。

明石家さんま、村上ショージ、高橋愛、道重さゆみのいつものアットホームな感じの中で、お客さん扱いされながらも、グイグイ来る感じが初めのうちから感じられ、私は正直、苦手なタイプかもしれないと思った。

しかし、番組を最後まで聴き終わった後の印象としては、アップフロントにはまだこんな逸材がいたのかというものであり、WikipediaだとかUNIVERSAL Jの公式ページだとかを見てみたりもした。

明石家さんまや村上ショージがきれいだとかお嬢さんぽいだとか少しでも言おうものなら、すごくがっつく。写真集を出すという話題になり、さんま定番のバストの話題になるが、吉川友は大先輩の高橋愛、道重さゆみを前にして、何の躊躇もなく、この三人の中では一番大きいと思うなどという。これをきっかけに、さんまが大好きな道重さゆみの胸が小さいことをからかう流れになり、胸にパットを入れていると決めつけたり、Tシャツにプリントされているウサギが本当はへこんでいるなどと言いたい放題で、最後には高橋愛が「言うな言うな!そんなこと言わんでいい!!」などと、福井訛りテイストで絶叫という、なかなか素敵な展開になったのである。

高橋愛は最近、福井の実家に帰ってきたらしく、これを機に番組後半まで、ちょいちょい訛りまくることになり、最後の方ではさんまから実家に帰ることを禁止される。高橋愛は家族も福井弁な上に、噛みまくるらしく、何を言っているか分からないらしい。これに他の出演者が爆笑すると、「私は分かりますよ」と天然な返しをし、「当たり前やろ」とあきれられていた。かつて、「ヤングタウン土曜日」の高橋愛といえば、押し黙りながら耐える場面が常だったわけだが、随分と面白さが活かせるようになったものだ。

道重さゆみのGREEのブログに、高橋愛から福井土産をもらったことが載っていた。しばらくモーニング娘。を見ないうちに、高橋愛がものすごい金髪になっていて、これもすごく笑ったのだが、ここでチョイスされたお土産が羽二重餅なるおそらく地元の銘菓であり、パッケージも含め、ものすごく地味で古風な感じである。このギャップを愛でることが高橋愛の楽しみ方のひとつなのだと分かってから、俄然楽しくなってきた。

さて、吉川友である。セカンドシングルの歌詞にアサガオが出てくることから、おそらく事務所に命じられたのだと思うが、アサガオの観察日記的なものをファンへのメルマガのようなもので公開するということをやっていて、アサガオアイドル、略してアサドルを自称しているのだという。しかし、借りているマンションの日当たりが悪く、アサガオはもうすでに根腐れしているらしい。

コーナーでは、リスナーからのお題にチャレンジする前に、「やればできる子、吉川友、19歳、行きます」などと勝手にキャッチフレーズのようなものを入れたりして、これがひじょうに残る。もちろんさんまもこれをちゃんと拾い、さらに笑いにつなげている。エンディングではこのことについて、ちゃんとさんまに感謝もしていた。

さんまやショージからとにかく古いとか、昭和だとか言われ、吉川友本人も、新人なのにフレッシュさがないと言われるなどと言っていた。さんまからは、FM横浜で聴いた交通情報を読んでいるアナウンサーみたいで、19歳の声ではない、などと言われていた。

どういう方向性で活かされ、面白くなるのかというと、まったく想像がつかないのだが、なかなかのポテンシャルを秘めていることは、十分に分かった。

さんまにFM横浜のアナウンサーみたいだと言われた流れで、吉川友ががっつき気味に、それじゃあラジオの仕事くださいというようなことを言ったのだが、その時にショージがボソッと「俺が欲しいわ」と言ったのがすごく面白かった。

22歳初こんうさピーなど。

ハロープロジェクトのコンサートが名古屋であったらしく、メンバーは前夜から、現地に行っていたようだ。

道重さゆみは、CBCラジオを聴きながら寝たようなのだが、それはアイドルのかたたちのラジオで、癒されたということをブログに書いている。その日の夜にCBCラジオで放送されていたアイドルのラジオといえば、「AKB48のオールナイトニッポン」である。当然である。

そして、名古屋でのコンサートの後は、ホテルの部屋で「今夜のうさちゃんピース」を聴いたようだ。

この日は、22歳になってから最初の放送であった。「今夜もうさちゃんピース」は録音であり、収録日から放送日までの間が結構空いている場合もあるが、今回の放送分については、放送のわずか2日前、7月14日木曜日に収録されたものだと思われる。

収録に行かなければいけない時刻が午前11時だったのだが、これを午後1時だと勘違いしていて大変だったようだ。時刻は12時間法で言われる場合と24時間法で言われる場合があるが、いつも1の位の数字で頭にインプットするため、今回のように午前11時と午後1時とを間違えてしまうらしい。

今回は22歳になってから最初の放送ということで、22枚のメールを読むことにチャレンジする。もしも失敗した場合には、番組オープニングでスタッフからプレゼントされたケーキが没収されてしまうらしい。

ということで、いつもよりかなり駆け足でメールが読まれた。

どうしてもやめられないことは、爪を噛むことで、これはずっと昔から言っている。石川梨華がモーニング娘。にいた頃は、このことでしょっちゅう怒られ、背筋が凍っていたらしい。噛まないようにマニキュアをしたりジェルネイルなるものを試してみたりしているのだが、それでもやはり噛んでしまい、仲良しのネイルさんに怒られているという。これも以前から言っているが、リハーサルの合間などに、口さみしくて噛んでしまうらしい。あまり治す気は無さそうである。

これさえあればご飯が何杯でも食べられるというものには、チーズを上げていた。温かいご飯にチーズをのせて、とろけさせながら食べるらしい。さらにブラックペッパーをかけたりすると、高級なイタリアンに行っているような気分になるのだという。

北海道出身の私は、子供の頃に、ご飯に乳製品をのせて食べるというのはよくやっていた。チーズもおいしいのだが、バターもかなりイケるのだ。あと、味噌汁にもバターを溶かして飲んでいた。この話をすると、信じられないというリアクションがよくあるのだが、味噌バターラーメンを想像していただければ分かるように、これはかなり美味しいのだ。

人間にとって本当の幸福とは何かという哲学的な質問に対しては、普通に生きている、そのこと自体が素晴らしく、幸せなのだと、22歳になって改めて思ったと言っていた。素晴らしい。

「誕生日大全」なる本についてのメールもあった。それによると、7月13日生まれの人の長所は、野心がある、創造的、自由、自己表現が得意、リーダーの資質がある。また、短所は、感情的、優柔不断、高飛車、反抗的だそうである。道重さゆみはこれに大きく納得していたが、リーダー向きという部分では、本当に嬉しそうだった。この本が欲しいとも言っていた。

誕生日当日は、まず、お父さんからメールが来て、敬語で「自立心を持って下さい」などと書いていたらしい。その次に新垣里沙からのメールが届き、メンバーや会社の人や山口県の友達などから続々と届いたのだという。

ブログでは、同じモーニング娘。6期メンバーの田中れいなと亀井絵里からはまだメールが届いていないと書かれていたが、亀井絵里からは深夜3時ぐらいに、「あ、おめでとう」といった感じで届き、田中れいなからは、翌朝にかなり凝ったメールが届いたらしい。

6期メンバーということでいうと、藤本美貴からは届いていなかったが、それはモーニング娘。時代からのことなので、特に気にしていないとも言っていた。6期メンバーの件で、ちゃんと藤本美貴に言及する、この律儀さが好きだ。

誕生日当日は、朝からモーニング娘。のメンバーとの仕事があったが、皆に祝ってもらったりプレゼントをもらったりして、とても幸せだったという。特に、普段はあまり朝から機嫌が良いという感じではない田中れいなが、テンション高く、「さゆ、おめでとう」と無邪気に言ってきて、プレゼントも自分のから空けてほしいなどと言ってきて、それは可愛かったようだ。

田中れいなからのプレゼントはキティーちゃんのかき氷機で、イチゴとブルーハワイのシロップもついていたらしい。それが結構重たかったの件でだが、家に帰って、その日のうちに早速かき氷を作ったという。

大好評の誕生日記念の「道重一筋」Tシャツの話題も出ていた。若い子に流れず、道重一筋にということが書かれているのだが、ここでは、「多少流れつつも、私のことも忘れないでいただけたら一番嬉しいです」などと、謙虚なことを言っていた。素晴らしいね。

何かの番組で変顔をやっていたが、じつは変顔がとても嫌いだということも話していた。特に面白くもなく、微妙な空気になるのが怖くて思い切って出来ないのだという。また、そこまで笑えないのに笑わなければいけないという空気も嫌だというようなことも言っていた。

子供の頃、兄妹で取り合いになるほど皆が好きだったものは何かという質問には、ちく天だと答えていた。

道重家の食卓には、芋の天ぷらとちくわの天ぷらがよく出ていたらしいのだが、ちくわの天ぷらは少く、いつも取り合いになっていたらしい。

大きくなってから、なぜちく天は少かったのかとお母さんに尋ねたところ、「ちくわは高い」という答が返ってきた。芋は家の畑でいくらでも取れたのだという。お母さんが作るちく天は、油が薄くて、とても美味しいらしい。

ここで番組は終わったのだが、結果的に読めたメールは惜しくも22枚には達しなかった。

ブログを見ると、コンサートが終ってホテルの部屋に戻ってから、コンポタ丼なる料理を開発したようだ。温かいご飯にコーンポタージュをぶっかけ。、その上から多めの粉チーズをふりかける。お好みで塩こしょうを加え、スプーンでかき混ぜて食べるのだという。マネージャーと高橋愛にも作ってあげたところ、大好評だっったらしい。

ラジオでもブログでも取り上げられていたのだが、道重さゆみのお姉ちゃんが、ブログに載せろと、飼い猫のセイラの写真を送ってきたらしい。道重さゆみの誕生日に、このセイラもおめでとうと言っているよというメールに添付された写真で、セイラは後を向き、シッポを出していた。

段ボール箱をくり抜いたようなものに入っていた。猫はこういうのに入るのがすごく好きだ。赤い絵の具のようなもので色が塗られ、その上から白で、せらタン、せいちゃん、大スキなどと書かれている。あの、「いぬまるだし」のコミック第7巻で見たイラストの感じがよみがえってくる。何という天才姉妹。世が世ならば、すごいことになっていたのではないだろうか。

2011年7月16日 (土)

シリーバンズ。

道重さゆみがブログで腕に輪ゴムを巻いている。高橋愛からもらったもので、様々な色がついている。それぞれ異なった動物の形をしている。

これは去年ぐらいにアメリカのキッズに大人気だといわれていた、シリーバンズというやつだろう。噂には聞いていたのだが、まさか道重さゆみのブログで見るとは思っていなかった。

ピーク時には売り切れ店が続出し、それがテレビのニュースでも取り上げられるぐらいの騒ぎだったのだという。おもちゃ屋の店頭には「シリーバンズ入荷しました」のポスターが貼られ、アイスクリーム屋さんのレジの所などでも売られるほどの大ヒットだったらしい。アメリカの子供達は皆、このカラフルな輪ゴムを何本も腕に巻いて、喜んでいたのだが、持ってくるのを禁止する学校が相次ぎ、それに伴って、ブームも落ち着いていったようだ。

高橋愛が持っていたということは、おそらく今は日本のファッション雑誌などで、流行アイテム的に紹介され、それを見た若者達がファッションアイテム的に身に付けたりという状況があるのかもしれないが、それはよく分からない。

道重さゆみがブログの写真で付けている動物の型をしたものは最もポピュラーなもので、これ以外に乗り物、果物、昆虫、楽器などいろいろある。ハロー!キティだとかのキャラクターものもあるが、道重さゆみが気に入りそうなものとしては、ディズニーのプリンセスシリーズのやつとか、ティアラとかハイヒールとかリングとかの型のものをセットにしたプリンセスというパックなどがある。他に、匂いつきだとか暗闇で光るものなど、いろいろあるようだ。

ちなみに、このタイプの輪ゴムを初めて商品化したのは日本の企業らしく、じつは何年も前から売られていた。しかし、日本でこれを腕につけているいる人を見たり、流行になっているという話を聞いたことはなかった。

こういうアメリカで流行したものとかがちょっと遅れて日本に入ってきて、それを追いかけるみたいな感覚は、やはりとても好きだ。数寄屋橋のソニープラザでオリーブ少女と買物的なふわふわ感覚があり、最高である。

中学生ぐらいの頃に「POPEYE」を読んでいると、アメリカでLPレコードの形をしたガムが流行っているというコラムが載っていた。旭川の西武百貨店の中にあった雑貨屋に行くと、これが入荷していて、確か400円か600円ぐらいで売られていた。ガムとしては高すぎるのだが、これは珍しいと思い、買った。ビリー・ジョエルの「グラス・ハウス」のやつだった。ジャケットは精巧にミニチュア化されていて、裏面には「ガラスのニューヨーク」の歌詞が載っていた。ガムはピンク色で、日本のものとは全く違う、いかにも体に悪そうな甘ったるい香りがした。初めて輸入版LPレコードを買って、ビニールを剥がした時のインクの匂いと同様、それは地方都市の中学生の、異国への幻想をかきたててくれた。

道重さゆみは自分の身の回りや、実家の山口県の話などはよくするが、海外の流行に振りまわされるようなことはほとんど無いように思える。海外の音楽や映画などにもほとんど興味がないようだ。一方、高橋愛は、海外の流行などにひじょうに敏感な印象がある。かつて、「ヤングタウン土曜日」を毎週聴いていたが、世代的に海外のものの方が勝っていることが多かった時代に青春時代を過ごしたがゆえに、海外至上主義的な部分があるように思える明石家さんまのトークに対する、この2人の反応の違いがなかなか面白かった。

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2011年7月15日 (金)

台湾ラーメンなど。

夏の暑い日が続くと、ついつい冷麺系ばかり食べてしまいがちである。

しかし、夏だからこそあえて辛いものを食べて発汗の快感を得るというのも、これはまたアリである。

私は確か5歳か6歳ぐらいの頃に、真夏に旭山動物園で熱いラーメンを食べ、その時に初めてそう思った。

時は流れ、ある日曜日のお昼時に「ハロモニ@」という番組を見ていると、ウサギのコスプレのようなものをした道重さゆみが、暑い日にあえて辛いものをヒーヒー言いながら食べるのが好き、などと言っていて、赤チン国王こと平成ノブシコブシ吉村崇から「ヒーヒーはやめなさい」などと注意されたりしていた。

電車の中で、GREEの道重さゆみブログを開くと、麻婆豆腐どんぶりを食べたことが書かれていた。私が初めて「今夜もうさちゃんピース」を聴いたのは、2007年の3月ぐらいのことだが、家にあったラジオでダイヤルをCBCラジオに合わせた。しかし、サービスエリア圏外である東京ではクリアな音声で聴くことはできず、強くなったり弱くなったりする雑音の彼方から、道重さゆみの声を探るようにして聴いていた。断片的に話が聴こえるのだが、全体的にはほぼ理解できない。そんな中でも、麻婆丼という単語は、はっきりと聴き取ることができた。

当時は、とにかくめちゃくちゃ食べたという話をテンション高めにしていることが多かったように思える。亀井絵里との間でハニートーストがすごくブレイクしていたような印象がある。

「今夜もうさちゃんピース」を放送されているその時間にクリアな音声で聴くには、やはりサービスエリア圏外にいては無理である。ということで、いつかちゃんと放送されている時間にリアルタイムで聴いてみたいと思い、それだけの目的のために、わざわざ名古屋まで行ったことがある。

せっかくなので、CBCラジオの本社前に携帯ラジオを持っていって、受信したりもした。その週は田中れいなとリンリンがゲスト出演していた。リンリンがトマトのよく分からない小噺をしていたのは、その翌週のことだった。

名古屋には弟が就職した時と結婚した時に行ったことがあったが、観光は一切しなかった。当時は観光とか全く興味がなかったのだ。この時にはついでにCBC本社に向かって、「今夜もうさちゃんピース」が末永く続くようにお願いもしたのだが、その翌年、お正月に放送された「小学生クイズ」で道重さゆみが大活躍した。それ以降、モーニング娘。の他のメンバーと離れて、一人でバラエティー番組などに出る機会が増えたわけだが、当時の道重さゆみファンにとっては大事件であった。

「小学生クイズ」の後に道重さゆみが一人でテレビに出たのは、「バグルー!!」という東海地区ローカルの深夜番組であり、これを見るためにまたわざわざ名古屋まで行き、ホテルに泊った。翌月に、これまた東海地区ローカルの深夜番組で、オリエンタルラジオやほっしゃん。などが出ている番組にも出演することを知り、それでまた名古屋まで行った。

せっかくなので観光もしておこうということで、名古屋名物のひつまぶしだとか味噌煮込みうどんだとか味噌かつだとかを食べに行ったり、名古屋城などに行ったりもした。そんな中で、まさに暑い日にあえてヒーヒー言いながら食べてみたいと思えるものがあった。それが、台湾ラーメンである。

名古屋の味仙というお店が発祥とのことなのだが、現在、名古屋の多くのラーメン店に、このメニューが存在する。ラーメンの上に大量の挽き肉やニラや唐辛子がのっかっている。このビジュアルだけでも、相当インパクトがあるのだが、食べるとこれがひじょうに辛く、汗がどーっと出てくるのだ。

味仙で台湾ラーメンを注文すると、まず花瓶のような容器に入った大量の水が運ばれてくる。これを見てどんだけ辛いんだよと思うわけだが、実際のところ、相当に辛い。しかし、ただやみくもに辛いだけかというとけしてそうではなく、ベースが鶏ガラの醤油スープであるため、辛さの向こう側に、奥深い美味しさがある。

ちなみに、コンビニエンスストアのサンクスでは、この味仙が監修したカップの台湾ラーメンが売っていたりいなかったりする。しかし、作っているのはなぜか北海道のメーカーだったりする。試しに買って食べてみたのだが、カップ麺にしては、まあ再現できている方ではないかと思った。あと、寿がきやからもカップの台湾ラーメンが発売されているようなのだが、これは食べたことがない。

ちなみに、台湾ラーメンとは、開発した味仙の店主が台湾人だったからそういうネーミングになっただけであり、台湾にはこのような激辛のラーメンというのは存在しないらしい。

私が上京したばかりの頃は、なぜだか激辛ブームであった。味仙の台湾ラーメンは1970年代からあったメニューらしいのだが、この80年代の激辛ブームを機に、一気に有名になったらしい。激辛のカップ麺や即席カレーやスナック菓子が多数発売されていた。私は湖池屋のカラムーチョをしょっちゅう買って、大橋荘で食べていたが、袋に書かれた「こんなに辛くてインカ帝国」というコピーが、イカしていると思った。その頃にダジャレンボー将軍のコーナーがあったならば、どう判定されていただろうか。

ちょうどその頃におニャン子クラブのブームがあったが、この勢いにのって、その男の子版もデビューさせようという企画があり、その名も息っ子クラブというのが結成された。おニャン子クラブ同様、秋元康が作詞を担当したりもしていたが、大きな人気を得るには至らず、数ヶ月間の活動で、解散した。2枚目にして最後のシングルのタイトルは、「ちょっと辛いあいつ」であり、この辺りにも激辛ブームの片鱗を見ることができる。息っ子クラブのオーディションにはデビュー前の織田裕二も合格していたが、直前で辞退したという話もある。

それにしても、道重さゆみの誕生日を記念して制作されたという、「道重一筋」のTシャツは素晴らしい。これは芸術である。けして一筋などではない私には着る資格はないし、何より妻と一緒に暮らしている者がワードローブに何気なく加えるには、あまりにハードルが高い逸品といえよう。ファッションショーなどを見ていると、カッコいいのだが街で普通に着るのはどうかと思えるような前衛的なものなどがあるが、これもその一種なのかもしれない。

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2011年7月14日 (木)

とうきびモナカとブラックモンブラン。

多摩地区のとあるイトーヨーカドーでご当地アイスクリームフェアのようなものをやっているたので什器の中をのぞいてみたところ、これまで見たことのないとうきびモナカがあった。メーカーも北海道内の聞いたことのないところだった。いろいろ各社から製造販売されているのだろうか。

とうきびモナカとは、とうきびの形をしたモナカの中に、これまたとうきび味のアイスクリームが入っているというものだ。北海道でとうきびといえばスイートコーンであり、それはとても甘い。このとうきびモナカのアイスクリームは、スイートコーンっぽい香ばしいフレーバーである。

子供の頃、とうきびモナカは北海道のスーパーなどでいつでも買えた記憶がある。しかし、年柄年中いつでも食べたいと思って買ったり買ってもらったりしていた訳ではないので、その記憶も定かではない。

昨年、北海道のご当地食品を見直してみるムーブメントが自分に起こり、月寒あんぱんだとかビタミンカステラだとかオブラートに包まれたきびだんごとかを、札幌駅構内のどさんこプラザで買ったりした。その時、とうきびモナカは食べそびれてしまった。今年の2月に札幌在住の妹に聞いてみると、最近は見た記憶がないしもう売っていないのではないかということだった。いや、そんなことはないだろうと思い、インターネットで調べてみたところ、何やら複雑なことになっているらしかった。

元々、とうきびモナカは雪印から発売されていたらしいのだが、雪印がアイス事業から撤退し、それ以降、雪印のアイス部門から発売されていた商品の一部は、ロッテから発売されていたらしい。しかし、とうきびモナカのパッケージや雪印ブランドのイメージはとても強かったため、しばらくはロッテから発売しているにもかかわらず、パッケージには雪印とも記載されていたりしていたようである。

今年、北海道を訪れた時に、私はついに念願のとうきびアイスと再会することができた。しかも、お風呂の湯船につかりながら食べるという、最も贅沢な食べ方も実行することができた。また野望に一歩近づいた。そのパッケージから雪印の文字は、もうすでに消えていた。

そして、パッケージ裏面を見ると、製造は株式会社ダイマル乳品という会社がやっていて、住所は苫前郡羽幌町であった。私が5~6歳ぐらいの時に住んでいた日本海沿岸の小さな町である。

とうきびモナカの味覚は、瞬時にして、私に北海道での夏の記憶を呼びさましてくれた。

北海道がとうきびモナカならば、九州はブラックモンブランらしい。

初めて見たのはローソンの九州フェアのようなものだったが、佐賀県出身の若い衆がかなりエキサイトして思い入れを語っていたので、私もためしに1本買ってみた。

見た目はチョコレートにクランチ的なものがトッピングしてある、よくありがちな棒つきアイスクリームであり、中はバニラのアイスクリームなのだが、これが思ったよりもたいへん甘く、とても美味しかった。九州の子供たちの間ではかなり人気があるということを聞いた。

道重さゆみの研究のためにフィールドワークをしていた私は、あまりに暑い真夏の夕方に、空港通りにあるローソンに入った。アイスキャンディーでも食べようかと思い、什器の中を見ると、なんとブラックモンブランが売っているではないか。

確か九州でしか売られていないと聞いていたのだが、そのローソンがあったのは山口県であった。

東京などから見ると、山口県は中部地方であるがゆえ、文化圏的には広島県や岡山県と同じなのではないかと思うのだが、現地で見てみると、もしかすると場所によっては福岡県などの方がより近しいのではないかと思うことがある。

たとえば、地元有名チェーンの一久をはじめ、宇部市でラーメンといえば、とんこつスープである。ちなみに、道重さゆみはとんこつスープという単語をただ音として覚えていて、豚の骨からとっているがゆえに豚骨(とんこつ)なのだと知って、衝撃を受けたらしい。

書店やコンビニエンスストアなどで、家族やカップル向けのドライブ案内ムックのようなものが売られているが、福岡県や九州方面のものが目立っていたような気がする。また、山口県には民放の放送局が少なく、「笑っていいとも」が午後から録画で放送されていたり、複数の在京キー局の番組が1つのチャンネルで流れていたりするが、じつは宇部市内で福岡県の放送局を視聴することは容易である。

山口県と福岡県とは関門トンネルで結ばれているが、地下には人道というのがあり、歩いて渡ることができる。下関から門司まで、約20分ぐらい歩けば着く。門司港はレトロな駅舎や風景などで、観光地としても人気だが、発祥の地だという焼カレーの店が多数ある他に、山口県名物の瓦そばのチェーン店があったりもする。

下関には、道重家が毎年大晦日に買い出しに行っていたという唐戸市場がある。この市場は一般の客にも開放されていて、朝市で買物したり、食堂で新鮮な刺身や海鮮丼、ふぐなどを割と安価で食べられたりする。

完全に余談だが、唐戸市場内にある八十島青果は、昨年の「オールザッツ漫才」Foot Cutバトルで優勝した、東京よしもと所属のお笑いコンビ、2700のメンバー、八十島弘行の実家である。

聖地巡礼などとも呼ばれることのあるフィールドワークの最中、ブラックモンブランを買って食べることは、恒例となっていた。何度食べてもおいしい。一度、すごく暑い日に我慢して宇部新川のTSUTAYAとかマンガ倉庫とかCoCo壱とかがある辺りの駐車場まで歩き、そこのローソンでブラックモンブランを買い、缶に入ったカクテルを飲みながら食べたことがあったが、あれは格別であった。近くには宇部興産のコンビナートのようなものがあるのだが、その日は町が何やら化学的な匂いがした。

「秘密のケンミンSHOW!」に道重さゆみが出演した時、ある九州出身の芸能人がブラックモンブランの魅力を熱く語っていた。その後で道重さゆみは大きくうなずいていて、やはり子供の頃に食べていたのだろうと思った。その後、GREEのブログでこのブラックモンブランのことを書いたりもしていたが、先日の「今夜もうさちゃんピース」では、好きなアイスクリームの1つとして挙げていた。味もさることながら、100円もしないなどと価格についても言及していたところが、さすがは庶民派の道重さゆみであると感心したのだ。

道重さゆみといえばモーニング娘。のメンバーであり、その中で九州出身といえば田中れいなである。ブラックモンブランのことを調べていると、やはり田中れいなもまた、自身のラジオ番組内において、このブラックモンブランの魅力について語っていたことを知った。

実際の音源を聴いてみたところ、かなりノリノリで解説しているが、それだけでそのおいしさを思い出してテンションが上がっているという、大変可愛らしいことになっていた。

ブラックモンブランはねぇ、すごいおいしいんです。 これねぇ、説明しますね。 中は普通のミルクアイス...棒のアイスで、中は普通にミルクなんですよ。 まあ、大きさ的には本当にガリガリ君みたいな感じですよね。 で、その普通のバニラアイスの周りが、クランチとはまた違うんですけど、チョコレー...あ、分かった! あの、ミスタードーナツ分かりますよね、みなさん。 それの、ドーナツのさぁ、周りにさぁ、黄色いツブツブが付いてるドーナツ分かります? ちょっとココナッツとセット的な感じの見た目で、分かります? それ、黄色のやつが付いとって、それが...アイスに付いちゃったみたいな。 めっちゃおいしいんですよ、これ!テンション上がってきた。これ、伝わるかな。 ちょっ...次ね、福岡に帰った時は、もうラーメンとか明太子とかもつ鍋とかじゃなく、ぜひ、ブラックモンブランをお試しあれ、って感じです。

素晴らしい。

久々に書き起こしというものをやってひじょうに懐かしいので、道重さゆみがブラックモンブランについて語った分もやっておく。

あのね、知らないかもしれないんですけど、ブラックモンブランっていうアイスがあるんですよ。 で、それは、なんか、九州限定?...なんですけど、で、山口県は九州地方ではないんですけど、山口県にもあって、で、ブラックモンブランを、小っちゃい頃は、もうしょっちゅう食べて、それ、しかも100円しないんですよ、確か。80円ぐらいで食べれるんですね。 で、なんか、周りにアーモンドみたいな、なんか、クランチみたいなのが付いてて、で、なんか、その棒で食べれるアイスなんですけど、すっごいおいしくて、もうしょっちゅう買って食べてたんですよ。 でも、東京に来て、無くて、で、なんで無いんだろうと思って、別に地方の、あの、アイスって知らなかったんですけど、あの、「ケンミンSHOW」...「秘密のケンミンSHOW」のテレビに出させてもらった時に、九州のアイスってことで紹介されてて、そうだったんだぁと思って、なので、もし九州とか...でも、山口にも売ってるので、なんか、行く機会があったら、絶対ブラックモンブランは食べてほしいです。 モンブランってついてるんですけど、全然モンブランじゃないんですよ。あの、栗とかじゃなくって、普通のチョコレートとバニラのアイスなので、本当においしいので、おすすめです。

ちなみに、ブラックモンブランの現在の小売価格は、税込95円のようである。

また、普通のチョコレートとバニラのアイスクリームであり、栗などは使われていないのに、なにゆえモンブランなのかというと、それはこのブラックモンブランの名称の由来をあたらなければ、なかなか理解できない。

ブラックモンブランを製造販売する竹下製菓のホームページによると、竹下小太郎前会長がアルプス山脈の最高峰であるモンブランを目の前に眺めた時に、「この真っ白い山にチョコレートをかけて食べたらさぞ美味しいだろう」と思い、それをアイスクリームの名称に取り入れたのだという。

このブラックモンブランだが、関東でも買える所があるという話も聞いたことがあるのだが、まだ確かな情報は得られていない。楽天市場の佐賀逸品館などでは、30本入りを通信販売で買えたりもするようだ。同社から発売されているミルクックやトラキチ君といった商品とのセットもある。ちなみに、この竹下製菓からは、道重さゆみがMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」にてアシスタントを務める明石家さんまの往年のギャグからインスパイアされたと思われる、「知っとるケ」なる商品も発売されている。

追記)
今、この記事をアップして、それからGREEの道重さゆみのブログを見たらアイスネタで完全にかぶっていて、「やっぱり夏はアイスだね」とか書いてあり、ひじょうに盛り上がったのであった。

全国の竹下製菓ファンの皆さまへお届けします!ついに登場です。一番人気のロングセラーアイス!ブラックモンブランの竹下製菓 ブラックモンブラン30本入 全国の竹下製菓ファンの皆さまへお届けします!ついに登場です。一番人気のロングセラーアイス!ブラックモンブランの竹下製菓 ブラックモンブラン30本入

販売元:佐賀逸品館 楽天市場店
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2011年7月10日 (日)

好きすぎてバカみたい。

今週も、一人で缶に入ったハイボールを飲みながら、「今夜もうさちゃんピース」を聴いた。やはり、これぞ大人の男の贅沢というものである。

今回は21歳最後の放送ということである。来週にはもう22歳になっているのだ。モーニング娘。にもハロー!プロジェクトにもさして興味が無かった私が道重さゆみを発見した頃は、確か17歳だったはずなので、もうそんなにもなるのかと感無量である。

去年は7月13日の午前零時に21歳の誕生日を祝おうとスタンバイしていたら、私のブログのアクセス数がすごいことになっていたため、何事かと思い調査したところ、元道重ヲタの私がAKBに寝返ってハロプロを叩いているという内容のアンチスレッドが立てられていたのであった。

今週の「今夜もうさちゃんピース」において、いわゆるアイドル戦国時代とやらについて話す場面があり、お母さんの説明を聞いて意味は理解したが、今は実際に天下を取っている人達がいるわけなので、何だかなあといった、きわめて健全な感想を述べていて、道重さゆみのことがまた一層好きになった。

花火についての話をする場面があったのだが、おじいちゃんの家の近くに海岸があって、おじいちゃんは毎朝5時に起きて海岸清掃をしていて、夏休みなどでおじいちゃんの家に泊まった時には一緒に清掃をし、その際に未使用の花火も相当拾えたという話をしていた。ゆえに、道重さゆみにとって、花火とはタダで出来るものであるらしい。

最近、色々な意味でおじいちゃんの時代なのではないかと思う訳だが、道重さゆみは本当におじいちゃんが好きである。その割に、お父さんには冷たい。今回の放送でも、父の日にはここ数年何も贈っていないとか、誕生日にメールしたら、その返事がいつもは丁寧語なのに、普通だったのでどうしたんだろうと思った、などと言っていた。

おじいちゃんは仕事を引退していて、いわゆる経済活動から自由だと思われる。この辺りが鍵となっているのではないかと思う。

「今夜もうさちゃんピース」が始まったばかりの頃に、「C-1グランプリ」という伝説のコーナーがあり、それはリスナーが道重さゆみよりも可愛いものを見つけて投稿し、どちらが可愛いかを番組スタッフが判定するというものであった。

記念すべきコーナー第一回目では、トレーナーを後ろ前逆に着ていて気づいていないおじいちゃんという投稿があった。なぜにこんなものが自分よりも可愛いのかと憤るのかと思いきや、道重さゆみは意外にもこのおじいちゃんの可愛さをあっさりと認めた。

その後、番組を繰り返し聴く中で、道重さゆみが相当のおじいちゃん子であったことを知った。

ブログを読むと、おじいちゃんは近くのローソンのことをUFOと呼んでいるなどと、相当ヤバめなことも書いているのだが、それすらも愛おしく思えてしまう。

打ち上げ花火の思い出では、山口県ではコンクリートで出来た駐車場がとても広く、しかも東京などと違い、みんな友達というような雰囲気があるため、駐車場で花火をしていると、見ず知らずの人達が集まってきて、きれいだねなどと言う、その感じが好きだというようなことも言っていた。

このようなエピソードを聴き、実際に情景まで思い浮かんでしまうのは度重なる聖地巡礼の成果であり、やはり私が選んでやっていることには一切の無駄が無いなと、改めて思ったのだ。

22歳を迎えるにあたり、毎日楽しく過ごすことこそが幸せであるというような、きわめて真実に近い、有難いことも言ってくれていた。

あとは、バラエティー番組に出た時など、あまり喋れなかったりした時は、落ち込むので、すぐ寝るなどと言っていて、もう本当に私は道重さゆみのことがただただ好きで好きで仕方がないのだ、という思いを強くした。

「天使さゆみと小悪魔さゆみ」というコーナーを今もやっていることを知り、激しい感動を覚えた。本当にこのコーナーは、道重さゆみという人の魅力を多面的に発揮するにふさわしいと思える。

あと、鶏の唐揚げで、脂っこくないもの、たとえばささみなどは食べられないらしい。訳が分からん。

道重さゆみのGREEのブログは時々まとめて読んでいるのだが、最近では自分のポニーテール姿のことを、「さゆーさーゆ」などと言っていて、天才すぎて頭がクラクラした。

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