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2011年8月

2011年8月 8日 (月)

嗣永桃子の衝撃。

「MBSヤングタウン土曜日」は、明石家さんまがメインパーソナリティーを務めるラジオ番組で、毎週土曜22時から、関西地方をサービスエリアとするMBSラジオで放送されている。

番組には明石家さんまの他に村上ショージと、アシスタントとしてモーニング娘。から高橋愛と道重さゆみが出演している。8月6日の放送では、ここにBerryz工房から嗣永桃子が出演していた。最近は、単独でテレビのバラエティー番組にも出ているが、「ヤングタウン」への出演は今回が初めてである。

嗣永桃子はハロプロきってのブリッコキャラであり、かつての道重さゆみがやっていたようなものを、よりストレートにやり切っているようにも見える。一見、単なる勢いのある勘違いちゃんかとも見られがちだが、その立ち居振る舞いにはなかなかクレバーなところもある。また、じつは秘かに大学受験をしていて、昨年四月から大学生になっている。

とにかく一般の人が描くブリッコアイドルのイメージを地でいくような感じであり、歌っている時に自然に小指が立っていたり、24時間アイドルをやっていると公言していたりする。こういった部分に対するリスペクトから、ハロプロのファンからは「嗣永プロ」などと呼ばれている。その一方で、ハロー!プロジェクトのコンサートの楽屋で、キャラクターについての悩みを道重さゆみに打ち明けていたという情報もある。

以前、嗣永桃子が道重さゆみの「今夜もうさちゃんピース」に出演したことがあったが、まったく噛みあわず、番組中ずっと微妙な空気が流れていた。

今回の放送でも、冒頭の自己紹介の部分から、かなりのインパクトを残していた。さんまが、道重さゆみはその間ずっと笑いをこらえていたという指摘をしたが、本人は怒りをこらえているのだと言っていた。

嗣永桃子は、さんまやショージに愛称である「ももち」で呼ぶように強要するが、さんまは早くもキャバクラならチェンジするレベルなどと、早くも一線を引く。ショージは、「ももち」とわざと呼んでみて、それに対するブリブリな返しに対し、「ワーオ!」と反応するなど、ミニコントのノリに転じていた。

高橋愛と道重さゆみはこれにあきれたような感じもあったが、思えば、2007年6月に、急遽降板した藤本美貴に代わって道重さゆみが出演した時は、これに似たようなノリがあった。道重さゆみはさんまやショージに、愛称も「さゆみん」で呼ばせようと試みたが、結果的にうまくいかなかった。それどころか、正式にレギュラーになった数ヵ月後には、「親方」だの「小籠包」だのと呼ばれるはめになっていた。しかし、今回の放送の終盤では、初めはかなり嫌がっていたさんまでさえも、「ももち」と呼ぶまでになっていた。

嗣永桃子のようなタイプのキャバ嬢が最近いたという話の流れから、最近開催されたさんまの誕生会の話題になった。さんまがかわいがっている笑福亭笑瓶、ガダルカナルタカ、松尾判内、温水洋一らが企画したということなのだが、ひょんなことからサプライズで北野武も参加することになり、現場は大変な騒ぎになったという。その顛末が面白おかしく語られていた。

さんまの誕生会ということで、費用は企画した芸人たちが払うことになったが、たけしが参加したことにより、酒や料理がどんどん注文され、時間もかなり長くなったという。とてもではないが企画した芸人たちに払わせるには荷が重いと思ったさんまが、自ら精算しようとすると、すでにたけしが全額支払っていたのだという。

いつもはオープニングトークですぐシモネタが出てくるさんまだが、この日は嗣永桃子の強烈すぎるキャラクターのせいか、なかなかそうはならなかった。嗣永桃子が小指を立ててファンの愛情をキャッチしているという話をしたところで、さんまのシモネタめいたトークが出そうになったが、ショージが今日は随分我慢できましたねなどと言うと、道重さゆみはよく分からない上から目線で、「成長しましたね」と言っていた。

また、さんまとショージが吉本に入ったばかりの若手の頃に食べさせてもらった美味しいものの味は忘れられないという話の中で、千とせの肉吸いや紅生姜の天ぷらのなどについて話されていた。

嗣永桃子の快進撃はとどまるところを知らず、この時点で、さんまから「お母さんに産み直してもらいなさい」とまで言われていた。

高橋愛は恋人ができたらつくってあげたい料理として、小松菜の煮浸しなるものをあげていた。クールでスタイリッシュなイメージと裏腹の、こういうよく分からない地味さが相変わらず面白い。

道重さゆみは餃子の皮を揚げたものにケチャップとマスタードをつけるとか、餃子の皮の中に玉ねぎとハムととろけるチーズを入れてケチャップをつけて食べると美味しいだとか、またよく分からない創作料理のことを話していた。最近では、名古屋でコンサートがあった日のホテルで、コンポタ丼なるものをつくって食べていた。

恋人ができたらつくってあげたいものは、ピーマンの肉詰めらしい。ハンバーグはちょっと難しそうだが、これならつくれそうなどと言っていた。

早口言葉のコーナーでは、また嗣永桃子が何でもできるなどと意気込むが、結果、一人だけできなかった。いつもはうまくできない高橋愛ですら今回はできていたが、嗣永桃子だけができなかった。ここぞとばかりに、道重さゆみが「一人だけできなかったね」とボソッと言っていた。これに乗じて、さんまは「人間だったらよかったんだけどね」などと言っていたが、これは80年代の「日刊アルバイトニュース」のCMで牛が面接に来るやつで、一体誰が分かるというのか。

自己紹介のセリフを読むコーナーは、ラップや一発屋芸人の往年ギャグをモチーフとしたものが主流になっているが、先週はレギュラーの「あるある探検隊」を元にした「道重探検隊」が大いに受けていた。これに対抗し、今週は「嗣永探検隊」が採用されたが、やり切り感が半端なく、他を圧倒していた。

嗣永桃子が空気を読まない言動をして注意されると、「許してニャン」というのが多用されていたが、最後の方では、高橋愛には「絶対許さねえ」と言われ、道重さゆみには無言でスルーされていた。さんまは「怒るぞワン」と言っていた。

大人っぽいセクシーなセリフを言う「癒せません」のコーナーにも挑むが、ここはブリッコアイドルっぽさが際立ってしまい、可愛くなりすぎて上手くいかなかった。道重さゆみはいつも通り上手く言えていたが、怒られることの多い高橋愛も。今回はなかなか上手くできていた。それをほめられると、途端に「何でやろ」と訛るという、いつものパターンで、笑いを生んでいた。

嗣永桃子はここでも自分だけセクシーなセリフを上手く言えなかったことについて、十代と二十代の差ですかねと言ってみたり、「前略のコーナー」では、リスナーからのハロプロでは道重さゆみの次にトークが上手いという投稿に対し、そんなそんな道重さんに勝てるのなんて可愛さだけですよ、などと言ってみたり、かなりのインパクトを残していた。

「癒せません」のコーナーは、嗣永桃子の「サンタさん色気ください」という叫びで終わった。番組中にハッキリと「レギュラー欲しい」と言い切るなど、かなりグイグイ来る感じが出せていた。さんまによると、道重さゆみは終始苦虫を噛み潰したような顔をしていたという。

2011年8月 7日 (日)

今夜もうさちゃんピース#249(2011年8月6日)。

「今夜もうさちゃんピース」は、道重さゆみがパーソナリティーを務めるラジオ番組である。東海地方をサービスエリアとするCBCラジオで毎週土曜日の23時30分から30分間放送されているが、現在は道重さゆみの出身地である山口県にもネットされている。

この番組は2006年10月から続いているが、アイドルのラジオとしてはかなり長い方である。この番組では、テレビで見せているナルシスティックなキャラクターとはまた違った、道重さゆみの核の部分や、多面的な魅力がいかんなく発揮されている。

バラエティー番組などで道重さゆみを見て、何かひっかかりを感じ、もっと知りたいと思った場合は、聴いた方が良いかもしれない番組である。

こに番組は基本的には道重さゆみの一人しゃべりだが、たまにゲストが来ることがある。8月6日の放送には、道重さゆみと同じ事務所に所属している、℃-uteの鈴木愛理と中島早貴が出演した。

番組内で話していたが、このゲスト出演は道重さゆみ本人直々の希望によって実現したらしい。

道重さゆみは、先日、℃-uteの単独コンサートを初めて観に行き、以来、その魅力にハマっているのだという。一緒に行ったのは、昨年12月にモーニング娘。を卒業し、現在は一般人の亀井絵里である。

道重さゆみは心底アイドルが好きであり、休日にプライベートで同じ事務所の後発グループ、Berryz工房のライヴを観に行ったりしている。他の事務所のアイドルも好きであり、リハーサルにアイドリング!!!のTシャツを着てきたことを、モーニング娘。の新垣里沙に番組で告発されたこともある。アイドリング!!!については、テレビ番組に投稿して採用されたこともあり、その時のペンネームは「すべりしらず」であった。

昨年はUstreamの配信中に、最近ハマっているアイドルとしてAKB48を挙げ、過剰な対抗意識を燃やす一部のハロプロファンから激しく非難されたりしていた。それでも懲りずに、ブログの写真で同期メンバーの田中れいなと一緒に「会いたかった」の振り付けを真似てみたりしていた。

そんな道重さゆみだが、℃-uteの魅力には、最近まで気がついていなかったのだという。とにかくその思いを熱く語りまくる道重さゆみに、ゲストの二人は圧倒されている感じであった。

一曲目には、鈴木愛理も参加しているBuono!というユニットの新曲「夏ダカラ」がかかった。この曲は、ハロプロ作品の大半を手がけるつんく♂ではなく、外注の作家によって書かれている。そのためか、アイドルの曲にありがちなオタクっぽさが薄く、コンテンポラリーかつエヴァーグリーンな良曲に仕上がっている。

℃-uteは、2002年に小学生のみを対象にして開催されたハロー!プロジェクトキッズオーディションの合格者のうち、先にBerryz工房としてデビューした以外の7人によって、2005年に結成された。

2006年に「まっさらブルージーンズ」でインディーズデビュー、翌2007年には「桜チラリ」でメジャーデビューを果たし、年末にはレコード大賞最優秀新人賞を受賞している。

ジュニアアイドルのイメージが強かったが、今年ですでに結成6年を迎え、メンバーも15歳の萩原舞を除き、17歳〜19歳のハイティーンを主体とするグループへと成長を遂げている。

先にデビューしたBerryz工房の楽曲にお遊び的要素の強いものが多いのに対し、℃-uteにはより正統的なアイドルポップスを狙った作品が多いように思える。

ハロー!プロジェクトには、所属する全グループが一同に会すコンサートが夏と冬とに開催されるのだが、その他では意外と絡みが無かったりもする。

道重さゆみは、最近、「ハロー!チャンネル」というムック本の企画で、ローソンの店員を一日体験した。℃-uteの萩原舞も一緒で、初めてに近いぐらいちゃんと話したが、自虐的な発言が多く、とても面白かったという。

自虐といえば、道重さゆみにみ、モーニング娘。の曲の中でソロパートが少いというお決まりのものがある。これはメンバーの中でも特に歌唱力が劣っているため、やむをえないのだが、「リゾナント ブルー」リリース時の「音楽戦士」や、明石家さんまらと一緒に出演している「MBSヤングタウン土曜日」で大いに受け、以来、鉄板ネタとなっている。

バラエティー番組出演などにより世間に名前が売れた現在も、シングル曲では吐息や台詞が唯一のソロパートということも少なくない。また、同期の3人によってレコーディングされた曲において、道重さゆみのパートだけがあからさまに機械で加工されているということもあった。

鈴木愛理は、℃-ute内のみならず、ハロプロ全体で見ても、ファンにひじょうに人気のあるメンバーである。しかし、どうやらダジャレキャラで通ってもいるようだ。あまり面白くないダジャレを言い、周囲がシーンとして自分が浮いている感じが好きなのだという。

たまにあまり慣れていない現場に行き、ヘタに受けてしまったりすると、逆にどうしていいか分からなくなってしまうという。

また、ダジャレを強要されると、逆にプレッシャーになってなかなか出てこなくなってしまうと言い、これについては、毒舌キャラクターについて同様の経験が多々あると思われる道重さゆみが、大きく共感していた。

しかし、握手会などでファンから急に頼まれた場合などに備えて、ストックは常にいくつかストックしているのだという。プロである。最近のお気に入りは、ファンからいただいたものではあるようだが、「抹茶にハマっちゃった」というものらしい。ハロプロきっての美少女で通っているにもかかわらず、おやじキャラを自認するあたり、なかなか面白い。

℃-uteは、ほとんどの曲のメインヴォーカルやセンターを鈴木愛理と矢島舞美が務める、ほぼ2トップ体制である。メンバーの卒業や脱退があり、現在は5人でやっているが、それぞれにキャラクターが立っているようだ。

中島早貴は、道重さゆみ曰く、「ナチュラルなおしゃれ感」が魅力である。ブログの文章も短く、つぶやき系だが、落書きも含め、センスを感じさせるものになっている。

℃-uteのリーダーである矢島舞美は、見た目は正統派美少女という感じで、エピソードを聞いても育ちの良さを感じさせるものが多いのだが、その一方で、心にはかなり熱いものを秘めている。

好きな言葉が「全力投球」と「努力夢現」ということだが、この日もメンバーからこれを体現するかのようなエピソードが語られていた。

とにかくリーダーには全力という言葉しかなく、あるツアーにおいては、ライヴ後に楽屋で衣装も着替えずに座ったまま目が点になっていたのだという。

ハロー!プロジェクトには面白いキャラクターやセンスがあるメンバーが多いが、メディア露出などが限られているため、一部のファンを除いてはほとんど知られていない。道重さゆみはこれをとても残念なことだと思い、また、自分が出来る範囲で広報していくことを使命の一つだと考えているようだ。

2011年8月 6日 (土)

オトナじゃないの。

昨夜、iPhoneのradikoアプリでInterFMの「FIVE STAR」という番組を聴きながら寝ることにした。

パーソナリティーは高橋愛で、ゲストで道重さゆみが出演するということだった。先週も出演していたようなのだが、それは聴けなかった。

FM番組らしくスタイリッシュな雰囲気の番組である。以前に田中れいながパーソナリティーを務めていた頃に、聴いたことがあった。しかし、トークがはじまると、よくあるハロプロの番組のような感じになっていた。

日記は以前はちゃんとつけていたが、ブログをはじめてからは、過去のことを思い出したい時はそれを見ればいいので、つけなくなってしまったらしい。

家族の日記を盗み読んだり、兄があやしい物を持っていないかと机の引き出しや財布の中などを捜索したが、何もなかったとも言っていた。高橋愛がこれを聞いて引いていた。

一日だけ他の人になることができるならば誰がいいかという質問には、高橋愛と回答し、愛ちゃんになりたいなどと言っていた。一方、高橋愛は道重さゆみの体のスタイルに憧れると言ったが、それに対し、それは全てを見ていないから言えることであり、けして憧れるようなものではない、と強く主張していた。

道重さゆみにとって高橋愛は憧れの存在であり、それゆえによく絶賛している。また、最近ではハロプロの後輩メンバーについても、絶賛する機会が増えているような気がする。これ自体はもちろんとても良いことである。自信が無く、何かと嫉妬しがちな傾向があった道重さゆみが、こうして他の人の良い所を見て、それを素直に良いと思えるというのは、本人に自信や余裕ができてきた証でもあるのだろう。

バラエティー番組出演などで一般テレビ視聴者層に印象づけられたブリッコナルシストキャラとのギャップという意味でも、効果的だと思える。

しかし、危惧することが無いわけではない。かつて、がむしゃらに全てを出し切ろうとして、空回りしたり、意図したのとは別のかたちで誰かを傷つけたり、自分が傷ついたり、そのような経験の中で、学び、成長したところもひじょうに多いと思う。ただ一方で、無難にすませてしまうというか、そういったところもあるように思える。

新境地に挑んだり自分をもっと上に持っていこうと努力することは、とても大変なのだ。そんな必要が本当は無い場合も、多々ある。人間はより幸福になろうとして生きるが、その内容や質というのは、人によってそれぞれ異なる。道重さゆみはそもそも家族の愛情に恵まれて育った、基本的に争いを好まない平和主義の傾向が強いから、そもそも生き馬の目を抜くような芸能界には向いていないのかもしれないし、そこでの成功が必ずしも幸福を約束はしないのかもしれない。しかし、そんな中で、ここ数年間はとにかく走りに走ってきたのだと思う。

そんな中で、少し落ち着いて、ではこの世界においてどのようなものを目指すのか、また、一人の人間としての幸福になるためには何をなすべきなのか、そのようなことを考えているのかもしれない。

ブリッコナルシストキャラのイメージがあまりにも流通し、また、自己中心的な傾向が自分の中にあることももちろん分かっているので、だからこそ意識的に自分が所属するモーニング娘。だとかハロプロのために何ができるのかを考え、広報的な役割を以前よりも強く自覚し、そのような表現を行っていることも考えられる。それはそれでひじょうに良いことなのだが、もっと個としての道重さゆみの表現を見てみたいような気もする。

番組では高橋愛の英語の発音が結構良く、そのイキってる感がなかなか乙なものであった。このスタイリッシュさで、あの抜けっぷりというのが面白い。何か英語の文句を高橋愛と道重さゆみが掛け合いで言う場面があったのだが、高橋愛のがそれなりにカッコいいのに対し、道重さゆみの英語がこれ以上ないのではないかというぐらいにカタカナをそのまま読んだだけという感じであり、これがなかなか面白かった。

お昼に「ヒルナンデス」という番組に出演することは知っていたのだが、打ち合わせその他様々な案件が山積みで、やはり観ることはできなかった。出演時間がある程度絞りこめていたならば、ピンポイントでワンセグ試聴などもできたのだが、二時間ぐらいの番組のどこに出てくるか分からないということだったので、これはあきらめるしかないなと思った。

ウルフ掲示板のブログスレッドをのぞくと、あまりにもカオスな展開になっていて、久々に声を出して笑ってしまった。内容はあえてここでは書かないが、私がブログで書いているようないわゆるアイドルヲタクへのある違和感についてが、一部話題になっていた。私はブログではわざと多少大げさに書いているのだが、スレッドではその類いの主張をかなり熱いトーンで訴えているものもあり、なかなか優秀な人材が育っているなと思ったのである。一部、煽り目的のアンチはもちろん混じっているのだが、ほとんどは意見は違えど、それぞれ道重さゆみのファンなのだと思う。これだけ異なった見解を持つ極端な人たちを魅了する道重さゆみの存在というのは、やはりすごいものだなと、改めて思った。たまに他のアイドルのファンスレッドに潜入したりもしてみているが、なかなかこんなふうには盛り上がっていない。

やっといろいろなことが片付くともうすっかり夜になっていて、適当にゴニョゴニョやっていると、昼の「ヒルナンデス」の出演部分を観ることができるようになった。

南海キャンディーズの山ちゃんこと山里亮太が仕切り、道重さゆみを含む女性芸能人四人が買物ゲームのようなものをするという企画である。場所は銀座のプラザという雑貨店であった。ここはおそらくソニービルの地下で、以前はソニープラザだった所だ。ここでは昔、よく買物をした。夕方に待ち合わせをした制服の私立女子高校生と輸入モノのお菓子などをバカ買いしたりした良い思い出がある。中古レコード屋のハンター数寄屋橋店なども近くにはあった。そんなことはどうでも良い。

他に出ていた女性芸能人は、神戸蘭子、内田理央、渡辺直美だったが、こういった人たちと並んでいると、やはりちゃんとした芸能人っぽく、また、透明感というかぷにぷに感がハンパないなと思ってしまう。

買物をする雰囲気なども無理やりアイドルのイメージを作っている感がなく、ひじょうに自然である。22歳の等身大のレディーという雰囲気で、なかなか良かった。こういうのを見ると、やはり10代の頃から基本的に変わっていないシドルのキャラクターをやるのには無理が出てきているし、それどころかどうもポテンシャルを生かし切れていない勿体なさも感じてしまう。しかし、現時点ではアイドル路線を望むファンが圧倒的であるがゆえ、そういうニーズにも応えていかなければならないのだろう。

アイドルとしてのファン向けの仕事はあくまでやりつつも、それはあまり外には出さず、あくまで内向けにやっておいて、外に対しては、たとえば今日の「ヒルナンデス」のような番組の中で、アイドルヲタクではない、想定されるいわゆるテレビの一般視聴者や同世代の女性などにとって、どうありたいかということを考えてみるべきではないかと思う。

10代の頃の延長のようなアイドルヲタクとの慣れ合いみたいなものや、実年齢のわりに幼稚だったり無知だったりする部分を倒錯的に愛好し、変態紳士だなどと得意気なのもいいが、それでは互いに成長は何もない。出来ればそこにずっと留まっていたいというのであれば話は別だし、成長が必ず幸福につながるかどうかというのは、個々の価値観によって異なる。

買物ゲームをクリアし、選んだ商品がもらえることになった時のキラキラした表情など、本当によかった。

今月発売される雑誌「クイック・ジャパン」が「ロンドンハーツ」特集で、格付けしあう女たちに出演した芸能人の座談会的なものに、道重さゆみも参加しているという。この雑誌を買うのは数年前の「NANA」だか山下達郎だかの特集以来だが、昔はよく買っていた。いわゆるサブカルの雑誌である。80年代に「宝島」や「ビックリハウス」を愛読していた私は、基本的にこういうのは好きである。昔の小泉今日子などは清純派アイドルの頃を過ぎてからは、こういうサブカル的なアプローチなどもどんどんして、当時のニューアカデミックな新人類たちに深読みされたりと、なかなか刺激的な存在だったものである。この雑誌では過去にPerfumeやAKB48やももいろクローバーなども取り上げられているが、今回、「ロンドンハーツ」の座談会的なものであっても、道重さゆみがこれに載るのはとても嬉しい。「ラジオライフ」に載った時以来の興奮を覚える。

道重さゆみほど深読みや記号化が楽しいアイドルもそうはいないとは思うのだが、処女幻想だとかレズ妄想だとかで盛り上がっている現実の性から退行した層がファンの中心であり、本人もそこに居心地の良さを感じているふしが見られるため、なかなか面白い展開にはなりにくそうだ。しかし、打ち合わせから参加しているという、今度の写真集には少しだけ期待したい。

全く別件だが、Amazonで北海道関連の本を探していると、「菅谷梨沙子 in 北海道」とかいう写真集がヒットした。アイドルの写真集というとグァムやハワイで水着満載といった、もてない青少年や中高年の自慰行為扶助を目的としたようなものが多いが、そうではなくて、普通のかわいいものやカッコいいものが好きな女性や男性が見て楽しめるような、そういうものがあるといいなと思う。道重さゆみならば渋谷と山口の二部構成にして、渋谷の方は本人が好きな可愛いもののイメージを全開にしたもので、山口の方は、地元の自然を舞台としたクラシックな美少女性と素朴さを生かしたものというのがいい。

山口県に帰省した時のブログ写真や地元ローカルの「熱血テレビ」出演時の映像を見るに、地元では、道重さゆみはリラックスしたとても良い表情をしていることが多い。

2011年8月 4日 (木)

ホログラム。

とにかくお盆前で何かとバタバタしていてあちらこちら奔走の昨今だが、昨晩遅くに放送されたはずの道重さゆみが出演した関ジャニ∞の番組も結局見逃してしまった。無念である。

そんな合間に道重さゆみのGREEのブログをiPhoneから閲覧し、コメントも最近は一切思いつかないので、とりあえず、いいね!をつけるのがやっとである。

このGREEのいいね!だとかmixiのだとカタカナでイイネ!だとかアメブロのペタだとか初めのうちは使い勝手がよく分からなかったのだが、こうやってコメントはうまいこと思いつかないけれどもちゃんと読んでるよということを知らせるための機能だったのだろうか。

道重さゆみは、確かGREEのこのいいね!機能が付いた当初に、画像が気に入ったらつけるように、というようなことを言っていたと思う。

先週末も仕事の合間の大いなる心のうあすらぎを求めて、休憩時間などに閲覧したのだが、よく分からないハロプロの小さい女の子だとかがいろいろ載っていて、まあそれはそれでニーズがあると思うのでいいのだが、これはいいね!をつけなかった。

もう以前のように道重さゆみのブログを楽しめなくなったしおそらくそんな日はもう二度とは訪れないし、でもしかし、いまはいまなりのテンションで、やはりこれ以上に面白いものはないから、多くは望まずに、できる範囲で楽しもうと思っていたのだが、今週に入り、ブログに道重さゆみ以外の人が出てこなくなったら、俄然楽しさが復活し、すぐに以前のような楽しさに戻ったのである。

今日は「オールナイトニッポンモバイル」なるものの収録があったらしく、それは新垣里沙と一緒だったようで、もちろんブログに登場しているのだが、それはまあ普通に楽しかった。

なぜ新垣里沙ならよくて他のハロプロの人なら楽しめないかというと、それは新垣里沙がブログに出ていても、処女幻想や同性愛妄想で道重さゆみを見ているタイプの人たちがあまり喜ばないからだということに気づいた。

要は道重さゆみのことを処女だとか同性愛だとかいうありもしない低次元の妄想で見ている人たちが喜ぶからといって、安い釣り行為をホイホイとやっている様がどうにも痛ましいだけである。

忙しい合間をぬって欠かさず読んでいるブログなどというのは、私の場合かなり厳選していて、いわゆる盲目ヲタブログ的なものは読んでいて胸クソが悪くなるだけなので一つも読んでいないのだが、道重さゆみファンブログでいくつかこれは面白くて読む価値があると思い、毎日チェックしているものがいくつかある。

そのうちの最もお気に入りのやつを読むと、新垣里沙が道重さゆみのブログに出てくるとテンションが下がると書いてある。私の場合、新垣里沙の場合だけはナチュラルにテンションが下がらずにすんでいるのだが、これだけ多種多様な嗜好のファンに支えられている道重さゆみとは、やはりそれだけ多面的な魅力があるということなのだろう。

昨日のブログで公開されていた前髪パッツンのやつとかはすごく可愛くて好きなのだが、おそらく現実から退行した行き場のない性の捌け口として道重さゆみを見ている層には、あまり受けがよくないように思われる。

ブログをリロードすると、また小さい女の子がたくさん出ていてよく分からなかった。次の高橋愛が出ているやつだが、これは努力して高橋愛のことを面白く思えるように自分が成長したので、問題はない。ハロプロの小さい女の子たちが出てきてもテンションが下がらないように、修行をする必要がある。なぜそこまでして道重さゆみのブログを読む必要が果たしてあるのかという疑問があってもよさそうなものだが、それは一切ないのだ。この世に道重さゆみよりも素晴らしいものがあるのだとすれば、ぜひ教えてもらいたいものである。

高橋愛は写真を見ているだけで笑えてくる。よく頑張った。他のハロプロの小さい女の子たちや、掲示板で処女だとかレズだとかありもしない妄想や薄汚い低次元の視点で道重さゆみを語っているいたいけなファンたちのことも、もっと広い心でおおらかに受け止められるようになれるかもしれない。道は険しいが、一歩を踏み出していこう。

2011年8月 3日 (水)

嘔吐。

道重さゆみがソロ写真集の撮影の合間にブログを更新し、途中経過やテレビ出演の情報を紹介してくれている。写真集は打ち合わせの段階から参加したということで、本人の意見もいろいろと取り入れられているという。しかし、どうやら水着もあるようで少しがっかりしたが、それでもいわゆるよくあるアイドルの写真集とは少しは違ったものになりそうなので、これは楽しみなのである。

やはりモーニング娘。だとかハロプロと関係なく、道重さゆみだけしか出て来ないブログは無条件に楽しいなと思った次第である。しかし、道重さゆみは立場上、ハロプロの広報的な役割を期待されているのだろうなという気がするので、それはおそらく仕方がないことなのだろう。ハロプロ関連と個人のブログをそれぞれ別にやってくれていたりすると、ひじょうに便利だと個人的には思うのだが、それでもまだ道重さゆみを買い支えているファンの中には、ハロプロを好きな人が結構多いのではないかと思うので、そうもいかないのだろう。

それで、どうして道重さゆみだけしか出てこないブログが楽しくて、そうでないものが素直に楽しめないのだろうかと考えるに、それはどうしてもかなり痛々しい結論が導き出されるわけで、老人が石や盆栽を愛でる境地でアイドルを思うというスタイルを獲得しようとしている私としては、それはかなり愕然とする真実であった。

しかし、そもそもモーニング娘。なりハロプロの一員としてでなければ、道重さゆみが芸能人として世に出て、偶然にも私がその存在を知ることにはならなかったかもしれず、また、今日、こうしてブログを読んだりラジオを聴いたりすることも出来なかった可能性も高く、そういった意味では、モーニング娘。やハロプロという組織に対し、ありがたいという気持ちを忘れてはならない。

「関ジャニの仕分け∞」なる番組の告知をするブログに添えられた写真が、まさに甘くはかない綿菓子感覚に溢れ、美意識をヴィヴィッドに刺激してくれる。そこに純粋な感動がある。

お寿司を食べたことを報告するブログの写真では、ウィッグをつけているのか、髪の毛の色が少し明るく見える。こういう少女趣味というか、ふしぎの国のアリスチックなファンタジー世界の写真集ならば最高なのだが、この後は水着の撮影があるなどと書かれている。

水着でも、完全にファンタジーかつメルヘンチックな世界観で、下卑た欲情など微塵もさせないようなものならば大歓迎なのだが、おそらくそうではないような気がするので、これはひじょうに勿体ないといわざるをえない。

薄汚い男の劣情に訴えかける、露骨に性を強調した表現の氾濫に不感症になり、現実の性から退行しがちな現在において、非性愛至上主義的な少女趣味の復権として、道重さゆみが私の頭の中の革命となった。あれは2007年のことであり、当時、道重さゆみは17歳であった。それから4年が過ぎた。

ハロプロの小さい女の子や他のメンバーとの同性愛的な妄想で喜んでいるのは、現実の性から退行した男たちである。性的である男は、同性愛的関係における自己の存在理由の喪失を恐怖に思う。なぜなら、そこでもまだ男という性として存在しているからだ。一方、男性器をつけているものの、すでにそれは排泄と自慰行為にしか用いられず、かつその現実を受け入れている者たちは、もうすでに男という性である必要性もなく、しかし、性的な男は脅威であるから邪魔くさく、ゆえに理想化したアイドルの処女性や同性愛妄想に遊ぶ。この理由が分かった時に、いまここで嘔吐できたならばどれだけ楽だろうかと思った。彼らは笑っていたが、瞳の奥には氷があった。

それでも、絶対の孤独を抱えながら踊り続けるだけの価値はあるのだろうか。そうであって欲しいものだ。

ソロ写真集。

GREEの道重さゆみのブログを見たら、ソロ写真集の報告があった。

どうせ買うんだが、特に何度も何度も見直すということはないのだ。そして、机の下の見られない場所に隠す。家族に見つからないように。ちなみに先週買ったモーニング娘。のコンサートDVDも机の上に置いてはあるが、タイトルは見えないように隠してある。やはりこれが最低限のエチケットであろう。親しき仲にも礼儀ありだ。

だから、特にちょっとエロな内容だったりすると、さらに気まずい。老人が石や盆栽を愛でるような境地でアイドルのことを思うスタイルを目標としているので、エロ要素とか本当いらん。できるだけ無機質に機械的に、素材の美しさだけがシンプルに分かるものが良い。

それで、ブログをもう一度読み直してみたのだが、打ち合わせから参加させてもらって、着たいものだとかの意見もたくさん取り入れてもらっている、などと書かれている。これはもしかすると期待ができるかもしれない。

道重さゆみのセンスが見たいのだ。それがもしかして能動的な微エロだったりするのならば、それはそれでいいのだ。よくあるいわゆるアイドルのグラビアみたいなやらされ感に萎えてしまうだけで、本人発信ならばそれはじゅうぶん有り。

ラジオで発揮している独特な感覚をビジュアルで見てみたいというのもある。

そういうのならば、誇らしげに堂々と見える場所に置いておけるかもしれない。何年か前に出た「フォトテクニックデジタル」の表紙とかはきれいだったから、いつも手に取れる場所に置いてあった。

あと、さっき夕方に放送された辛いものを食べるテレビを見たが、やはり道重さゆみは良いな。こういうなんでもなく、ただ食べていて、キャラクターとかも頑張って必死でつくらなくてもいいみたいなやつだと、とてもありがたい。

それと今日思ったんだが、他のハロプロメンバーが出て来ない時の方が、このブログがすごく楽しめることに気がついた。もうこのブログはあまり楽しめなくなってしまったかもしれないというふうに、結構さびしく思っていたのだが、要は道重さゆみしか見たくないし、道重さゆみの文章しか読みたくないということなのだな。

私は断じてアイドルに疑似恋愛的な感情などは一切持っていない。老人が石や盆栽を愛でるような境地で思うことが目標である。

それを基本姿勢とした上で言うとするならば、たとえばすごく好きな女の子がいるとして、その子と食事やお話ができると思って、仕事中もそのことで気が気ではなくて、やっとのことで時間が来て現場に行ったら、よく知らん友達を連れてきていたというがっかり感。女の子が多い方が楽しいかと思ってとかそういうことじゃなく、他の子とかどうでもいい、なるべく長く話をしたり一緒にいたいのに、人が増えると薄くならざるをえない。プライベートな感じがなくなってしまう。

いや、私は断じてアイドルに疑似恋愛的なものなどは求めてはいない。老人が石や盆栽を愛でるかのごとくアイドルを思う。そのような境地に早く達したい。道はまだまだ険しそうじゃ。

というか、写真集出るのすっげえ嬉しい。ちゃゆううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう><

おやすみなさい。

2011年8月 2日 (火)

恋のフォーミュラ(It's Alright, I Like It.)。

昔好きだった人への想いがなぜに潰えてしまったのかと考えるに、それは相手から決定的に拒絶されたか、そうでないとした場合には、現実が期待に追いつけなくなったか、そのどちらかである。

いずれにしても、未来がより良くなれると信じられれば、たとえいまが完璧ではないとしても、その期待を胸に抱いて、やっていくことが出来るが、未来により良くなることはほぼ無いだろうと確信が持てた時に、完全に終るということだ。

これが人生レベルになると、自ら命を絶つということになり、首都圏では人身事故という名の自殺によって、電車がしょっちゅう停まったり遅れたりしているが、それももうすっかりごく日常的な風景になってしまった。おかしいね。

かつて特定のアイドルに対し、激しく情熱を注いだが、やがてその熱が冷め、それどころかそれまでのエネルギーの量はそのままに、ベクトルだけが逆向きになり、同じような熱心さでアンチ的な感情を抱き続けるという例を見かける。

これは相手から決定的に拒絶されたり、未来への可能性が完全に絶たれることがまだ出来ていないがゆえである。

別れた恋人に何度も復縁を迫ったあげく、思い通りにならず、相手やその家族をあやめてしまうという最悪なニュースを見ることがあるが、心理的にはこれとひじょうに近いものがあるのではないか。

現実の人間関係にしてもこうなのだから、妄想や都合のよい解釈の余地がより多い、客とプロ、すなわちファンとアイドルとの間においては、より厄介なことになる可能性もある。特に高齢マジヲタの場合などは、人生を積んでしまい、たった一つの救いがそこであるようなケースもリアルにあるため、そうなるとより一層その危険度は増す訳である。

大変な仕事だ。

道重さゆみのGREEでのブログがハロプロ広報媒体としての色合いを濃くしている昨今、ロリコンでもなければ小児性愛の趣味も無い私にとっては、どうにも楽しみどころが分からなくなっている訳だが、その分、ファンの人たちのブログを読むのが、とても面白い。

かつては私のブログもマジヲタブログの極致などと評されたり、GREEのアカウントを通して、これからも気持ち悪いままでいてくださいなどと温かいエールを贈っていただいたりもしたものだが、いまや見る影もなく、アイドルヲタブログとしては、完全な死に体となっている訳である。

しかし、いろいろなファンの方々のブログを読んでいくと、ひじょうに味わい深く、そこから現在の日本社会が抱える諸問題にまで考えが及んだりもする。

まあそれはそうとして、やはり深い愛情と狂気とは表裏一体であるなとか、恋愛とは心の病の一つだなと思ったりとかあるのだが、映画「バタアシ金魚」における「ソノコ君のこと嫌いになれたらどんなにいいかと思うよ」的なことが、リアルに綴られていたりするのだ。

これは危ないなと思いながらも、すごく魅かれる。嫉妬すら覚える。私が他人、ましてやメディアの向こう側の存在に対して、そのような激しい感情を抱くことは、死ぬまでもう二度と無いのだろうなと思う。

一方、道重さゆみは、今週もモーニング娘。を離れてのテレビ出演が数本に、「少年チャンピオン」のグラビア撮影もあったようで、順調そうである。今後も無機質かつ機械的に、この道重さゆみという不可思議なアーティストの思想と芸術をウォッチしていきたいと思う。

八月第一週目といえば、昨年ならば汐留に渡り廊下走り隊を観に行っていた。AKB48関連はすごく面白かったし、それを叩かずしては自我が保てない一部の狂信的ハロプロマニアは、やはり滑稽かつ愚劣な痴れ者どもではあるが、それらとは無関係に、道重さゆみとはやはり至高の存在である。

だから、周辺の状況や現象とは独立させ、純粋にその真相とは何であるのかだけで十分だし、それ以外は必要ではない。

老人が石や盆栽を愛でるような境地で、アイドルを思う。それが私が達した現時点での結論であった。

2011年8月 1日 (月)

なにをなすべきか。

週末は大阪でハロー!プロジェクトのコンサートがあったので、道重さゆみのブログにも楽屋などで撮影したらしきハロプロの小さい女の子たちがたくさん出ている。

まあ、いいじゃないか。

こういう小さい女の子が好きな男性が、ハロプロのファンには多いと思うので、これは結構なことである。

より内省的な内容のブログの方が読みたいとは思うが、まあこの時期はこういうのが良いのではないか。

こうやって後輩の女の子たちを紹介するのは、道重さゆみがハロプロの広報的な自覚を持っていたり、事務所からもそのような役割を期待されているからというのもあるのだろう。いや、頑張っている。

しかし、中には穿った見方をするウォッチャーもいるようである。

たとえば、後輩やメンバーとベタベタするアピールは、じつは男性が好きなことをファンからカモフラージュする目的があるからなのではないか、とか。

かつて、ハロー!プロジェクトでは、こうやって男には興味ありません、女の子の方が好きですアピールをしていたメンバーにスキャンダルが発覚し、多くのファンが心を痛めたことなどがあったようだ。

あとは普通にレズアピールが生理的に気持ち悪いという意見もある。

これは生理的に気持ち悪いというよりも、防衛本能からくる拒否反応なのではないかと思うのだ。

私はガールズトークだとか女子会だとかアイドルのレズアピールとかが、かなり嫌いな人間なのだが、それはなぜかというと、男という性である自分の存在価値を否定されているように感じるからなのだ。

一方、性的な生き物であることから降りてしまった、もしくは降りざるを得なかった男というのは、また異なった感性を持っていると思われる。

すでにそういった性的な現場からは、何らかの事情で撤退しているため、日常的な性生活のある男は敵であり、出来ればいないことにしておきたい。

現実の性からは退行したとしも、エロス的欲求はあり、それは仮想世界や妄想へと向けられるのだ。

そういった状況において、性的な男というのは敵であり、出来るだけ意識したくない存在なので、女性同士のレズビアン的な世界観を良しとするのだ。

アイドルのファンには様々なタイプの人がいると思うが、現実の性生活から退行した結果、逃げ込んでいる人たちも少くないと思われる。

現実の性を生きている男性から見ると、このような感性はひじょうに気持ちが悪い。アイドルのファンスレッドなどには、このような感性がむしろ正当的であるかのようなものもあるが、まあそれも仕方がないことなのかもしれない。

現実の性から退行しているタイプのファンから支持されるアイドルは、顧客のニーズに合わせ、そのようなファンを喜ばせるようなサービスの技術を高めていく。

しかし、年齢的にその設定に無理が生じたり、本人の現実がそれに耐えられないような事態になった場合、とてつもない焦りが生じ、迷走がはじまったりもする。

それまでの顧客層とは異なった、もっと世間一般的な感性に訴えようとしても、サービスの質や内容をそう簡単には変えることは出来ない。よって、安いぶっちゃけ系だとか脱ぎ仕事にシフトしていくしかなくなる。これは何だかすごくさびしい。

現実の性から退行した顧客を対象とする活動を続けてきたアイドルが、なぜ世間一般的なお茶の間バラエティー空間で浮いてしまうかというと、世間一般的な感性においては、現実の性生活が大きな問題だからである。

現実の性から退行したようなヲタクにしか支持されていないようなアイドルを好きになることは、一般的な人の性生活を豊かにはしてくれない。一方、現実の性から逃げていない男性から支持されている女性タレントのファッションや考え方から学ぶことは、一般的な人の性生活を豊かにしてくれるかもしれない。

AKB48の小島陽菜あたりをan・anの表紙に載せ、女性の憧れのような感じで押し出していったのは、なかなか賢い戦略だと思った。

近頃最も楽しみに読ませていただいている、とある道重さゆみファンの方のブログを読んでいたところ、道重さゆみはもう黒髪じゃなくてもいいのではないか、というようなことが書かれていた。

道重さゆみの大きな魅力の一つが黒髪だと思い続けてきたのだが、なるほど、確かにね、などと思ったのであった。

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