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2011年12月

2011年12月16日 (金)

「いきなり!黄金伝説」を見た。

道重さゆみが1万円で1ヶ月を生活するという企画でロバートの秋山と対戦していた「いきなり!黄金伝説」を見た。この企画は数週間に渡って放送された。最初の数回は見ていなかった。しばらくしてたまたまインターネットを閲覧していたら、第1回目からの動画があって、それを見た。一昨年あたりのソロでのテレビ単体出演以降の公的イメージであるいわゆる毒舌ブリッコナルシストキャラと、道重さゆみ本来の核(コア)との間で、かつて数々の葛藤があったが、この番組では、その道重さゆみの核(コア)がよく出ていたのではないかと思う。

元々、私は道重さゆみがまだモーニング娘。のあまり目立たないメンバーであった頃に、たまたま知ったラジオ番組の発言を知り、そこから興味を持った。芸能界にいながら、そのじつに素朴かつ純真な精神に、忘れかけていた人間のよきものを発見した。

道重さゆみが、あのいわゆる毒舌ブリッコナルシストキャラを、いわゆる一部世間一般視聴者からのバッシングにひるまず、覚悟を決めて貫き通さなければ、生き馬の目を抜くようなTVバラエティー界において、とうに忘れ去られていた可能性もあり、そうであったならば、この企画への抜擢も無かったに違いない。

先週と、最終回であった今回は、自宅のテレビでオンタイムにて視聴したわけだが、もちろんもらい泣きはしたわけである。同時にiPhoneのBB2Cで実況スレッドの書き込みも追いかけてきた。道重さゆみ専用のスレッドではなく、いわゆる普通の一般視聴者が多そうな方を見ていた。すると、この道重さゆみの核(コア)的な部分に好意を抱いたかのような書き込みがいくつも見られた。これは、「ロンドンハーツ」などによってボロボロになりながらあのキャラクターをやり抜き、当時はファンの間でもあれを続けるべきか否かで意見が別れたりもしていたが、当時は熱狂的ファンの一人であった私は、賛成派であった。なぜなら、道重さゆみ本人が挑むことを選んでいたからである。そして、いつかこのように、そもそも私などを魅了した道重さゆみという人間の核(コア)の部分が、いわゆる世間一般の視聴者にも伝わる日が来ればいいと、そう願っていた。この番組を見て、ついにその日が来たかと感無量であった。

しかし、私はすでにもう熱狂的ファンであることから下りてしまった。当時は一字一句書き起こしまでしていたラジオ番組ももう聴いていないし、ブログも時々思い出したように見る程度である。明け方までアンチ撃退にいそしんだモ娘(狼)の該当スレッドを開くことも滅多になくなってしまった(狼そのものはネタ探しのために時々見ているが)。この間の写真集「Sayuminglandoll」は買って、握手会が行われていた新宿サブナードの山下書店までは行ったが、結局参加はせずに帰って来た。

かつての私が知っていて、そしてこよなく愛した道重さゆみが、ゴールデンタイムのテレビの画面の向こう側にいた。そのことをとても嬉しく思った。

料理ができた時の「できました~っ」の声がかわいすぎてつらい。

やはり道重さゆみは語り継がれなければならないと思い、ある時期の生き証人として、かつていろいろな名前のブログなどで書い道重さゆみに関する文章を、すべてここに復活させる作業を行うことにした。少しずつ戻ってくると思う。

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