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2012年1月

2012年1月26日 (木)

「週刊文春」を立ち読みして思ったことなど。

朝刊に目を通していると、「週刊文春」の広告に道重さゆみの名前があった。「引退を口にするほどキスしたくなかった男」というタイトルである。内容はさておき、道重さゆみもついにこういういわゆる普通のサラリーマン層などをターゲットにしているような雑誌の見出しになりうるレベルのネームバリューを獲得したのかと、そのことにまず小さな感動を覚えた。

そして、記事の内容はだいたい想像がついた。道重さゆみがドコモの携帯配信ドラマに出演して、その中にキスシーンがあり、それが疑似だとか実際にやっているだとか、そういう言い合いをモ娘(狼)板のいわゆる道重さゆみブログスレッドなどで見たことがあったし、道重さゆみ本人がラジオやブログなどでこのドラマのことをあまり話題にしていないということからも、様々な憶測が乱れとんでいた。

そこで、TSUTAYAにDVDを借りにいくついでに、向かいにある小さな書店で、「週刊文春」の該当記事を立ち読みした。1分もかからずに読める程度の記事だった。

すっかりAKB48にお株を奪われ、人気が低迷しているモーニング娘。だが、その中で毒舌キャラが受けてメディアによく出ている道重さゆみ、確かに端正な顔立ちをしているが、周囲から何を言われても「自分が一番可愛い」と言って譲らない勘違いキャラクターで売っている。しかし、勘違いはこれにとどまらなかったようだ、というような書き出しで始まっていた。立ち読みした記憶だけで書いているので、違っている箇所はあると思うが、おそらく概ねこんな感じだった。

道重さゆみがキスシーン撮影日に体調不良を理由に現場に現れず、その後、キスシーンは疑似で撮影することになった。これは事務所の指示によるものかと思いきや、断固としてキスを嫌がったのは道重さゆみ自身だったという。相手役のイケメン俳優のことが個人的に嫌なのかと思いきや、ドラマの中とはいえキスをすることによってファンがいなくなる、ファンがいなくなったら芸能界でやっていけなくなるので、引退するしかない、というのが理由とのことである。他にも撮影現場では、道重さゆみと相手役のイケメン俳優が体が密着するようなシーンについて、いちいち事務所からダメ出しが入ったらしい。

記事は、道重さゆみの座右の銘的なものが「来るもの拒まず」であることを引き、本当に意味が分かっているのか、と結んでいる。

私は道重さゆみはラブシーンとかキスシーンとかはガンガンやるべきであり、もちろんリアルの恋愛もすべき常に考えており、それが表現者としての道重さゆみをさらに優れたものにするに違いないと信じて疑わない。一方、処女性こそが道重さゆみの最大にして唯一の魅力のようなファンの存在、また、それに合わせた道重さゆみ本人及び事務所の方向性は、道重さゆみの表現者としての成長を阻害しているとすら考えている。

しかし、道重さゆみがそんなふうに考えているのならば、それは面白いし良いのではないか。引き続き、その日は楽しみに待ちたいし、いわゆる処女厨やレズ厨のヲタクのみなさんが喜んでいる様が悔しくて仕方ないので、当分スレッドも見ないが、所詮私などは道重さゆみの掌の上で転がされているに過ぎず、むしろそれぐらいだからこそ、気になるのだろうな、などと思ったりもする。

道重さゆみから離れようとして、AKB48とか他のアイドルに注目しようとしたが、どうも違うのである。よく考えてみると、道重さゆみ以前にアイドルが好きだったのはもう20年以上も前のことだった。道重さゆみを知ることによって、どうやら自分はアイドルが好きなのではないかと思ったのだが、それは勘違いであり、ただ表現者としての道重さゆみを好きになっただけだったのだろう。

しかし、思うのだが、道重さゆみは今回のキスシーン拒否について、ファンのためというようなことを言っているようだが、じつは生理的にやりたくないとか、どうせならいつかやるであろう仕事での異性とのキスはちゃんと好きな人としてからにしたいとか、そういうきわめて個人的な理由を、理論武装によって粉飾したにすぎないのではないか、と疑ってもいるのだ。しかし、だとしても、こういう小賢しいというか、人間らしいところが最高な道重さゆみだと思ってしまうのだ。

2012年1月 5日 (木)

道重さゆみの小娘性と無意識過剰。

諸事情により、大晦日あたりからずっと怒りと憎しみに精神のほとんどを支配されている訳だが、四日の夜になって、やっと自宅の食卓にて食事が出来る状態にはなった。

年末年始に録画しておいたテレビ番組でも見ようと思い、とはいえ普段からそれほどテレビを見る訳でもなく、せいぜいがお笑いのネタ番組ぐらいである。フジテレビ元旦の「爆笑ヒットパレード」は、今年からリニューアルし、バラエティー色が濃くなっていた。長時間録画をしていたのだが、ネタ以外の部分を早送りすると、すぐに見終わった。

同じくフジテレビで元旦早朝に放送されていた「爆笑レッドカーペット」の特別番組も、録ってあったので見た。この番組は数年前まで水曜夜に放送されていた頃、よく妻と一緒に見た。今回は審査員の一人として道重さゆみが出演することを知っていたが、いまさら特に気にすることもなく、普通に見ることにした。

しかし、晴れ着姿で審査員席に座る道重さゆみの美しさは圧倒的であり、アイドルオーラを放出しまくっていた。超新塾にいつの間にか外国人メンバーが加入していたり、いろいろと懐かしかったり初めて見る芸人達のネタを楽しんでいた。

ビジュアルが道重さゆみの実兄に酷似していて、「そんなの関係ねえ」のギャグは、数年前、モーニング娘。メンバー間でも大流行した小島よしおが出演していた。初めは新しいタイプのネタをやると見せかけるが、やはり脱衣して、「そんなの関係ねえ」のギャグをやった。

また、この番組ではエロ詩吟の天津木村が人気だった漫才コンビ天津は、スーツで登場し、今回は漫才をやると言ったものの、最終的にはやはりエロ詩吟になってしまった。

司会の今田耕司が道重さゆみに寸評を求めるのだが、小島よしおが「結局やっぱそれに頼られるんだなと思って」と言ったところで笑いが起き、今田耕司がこれを拾い、「結局...チラッと毒入れるのやめてください」と言う。

また、天津についても、漫才と言われたので新しいのが見れれると思ったが、「やっぱり結局そこに...」と言い、また笑いが起こった。今田耕司が「結局って言わない」と注意をして、さらに笑いを呼んでいた。

また、トミドコロというピン芸人について寸評を求められると、「勢いだけはすごくて」と切り出し、また笑いが起こる。今田耕司が「なんか、ちょっと入れるね、毒」と言うと、今度はフォローのつもりか、「誠意が伝わってきたというか」と、お笑いネタの評価としてはどうかという言い回しが出てきて、さらにバカ受け。

東京ダイナマイトは、ネタ中にピンマイクが外れて声がよく聞こえないということがあった。ハチミツ二郎が元メロン記念日のメンバーと離婚したということもあり、アップフロントエージェンシーの後輩である道重さゆみに、今田耕司が寸評を求める。

離婚してことを指して、「低迷期」というワードを発するが、これがひじょうに受ける。さらにはピンマイクも外れ、「人生うまくいかない時はうまくいかないんだと思った」というようなことを言い、これがまた大爆笑を生む。同じく審査員として出演していた宮崎美子などは、悶絶しているのではないかというぐらいの反応である。私の妻も道重さゆみのコメントの度に笑っていて、芸人のネタよりも受けているのではないかとすら言っていた。

この安心して見られる感じは、かつて「ロンドンハーツ」を胸を痛めながら見守っていた頃からの道重さゆみファンにとっては、感無量なのではないか。道重さゆみのキャラクターや核(コア)の部分がある程度浸透し、今田耕司クラスの超売れっ子司会者にも、正しく扱ってもらえるようになった。

たとえば、かつて日曜の昼にテレビ東京で放送されていた「ハロモニ@」において、赤チン国王こと平成ノブシコブシ吉村崇が、笑いが欲しい場面ではかなりの高確率で道重さゆみにコメントを振り、それに対してしっかり結果を出し続けていた頃のことを思い出す。当時、吉村崇は、モーニング娘。メンバーの中でお笑いのセンスがあるのは誰かという質問に対し、「ダントツで道重」と答えている。

小学生の頃から「爆笑オンエアバトル」を熱心に見たり(ちなみに一番好きだったのは、後の桜塚やっくんが所属していたおばけエントツである)、テツandトモの握手会に参加していた、道重さゆみは根っからのお笑い好きなのである。最近では、2700がお気に入りのようである。(こう見ると、音楽を取り入れたお笑いが好きという傾向がある)


道重さゆみの面白さの一つは、この可愛くて小生意気な小娘性とでも呼ぶべき部分にあると思う。かつて、「ハロー!モーニング」のエリック亀造のコーナーなどで中澤裕子に毒づいて、天使の毒などといわれていたのもそうなのだが、これはキャラクターや核(コア)の部分を理解して、大らかに受け止めてくれる年上に囲まれていてこそ成立する。

「ロンドンハーツ」初期においては、視聴者層に道重さゆみのキャラクターや核(コア)がほとんど知られていなかったため、あのような大きな反感を呼んだのであろう。また、すでに年長メンバーになってしまったハロー!プロジェクト内において、このパターンが成立しにくくなったのも、そう考えると仕方がないのかもしれない。逆にいうと、モーニング娘。卒業後にOGメンバー内においてあのポジションを再び、というのは十分ありだろう。

もう一つ、道重さゆみの面白さというのは、無意識過剰ということなのかもしれない、とも思った。よく道重さゆみの面白さを語る場合に、ワードのチョイスということが出てくる。たとえば、今回の「レッドカーペット」においても、「結局」だとか「誠意」だとか「低迷期」といった、それ自体ではどうということのない言葉が、その状況で発せられることによって、笑いを生んだ訳である。

果たしてこれは道重さゆみが意識的に選んだ言葉なのかというと、どうもそうではない。「低迷期」を言った後には、別の言葉の方が相応しかったのではないかとすら思っている。

「レッドカーペット」の審査員寸評というのは、取り敢えず何か無難なことを言っておく場であり、道重さゆみも別に何か突拍子もないことを言おうと意識している訳ではないのだ。何か無難なことを、出来るだけ面白くなるようにちゃんと構成して言っているのだが、受けているのはおそらく本人が意図した以外のワードのチョイスといった部分であり、おそらくそれは無意識なのだ。そして、その無意識が、無意識であるがゆえに、意識的に言ったこと以上に、真実を語ってしまうという面白さである。

たとえばマスコミだとかで意識的に言われたり書かれたりしていることよりも、匿名掲示板の書き込みやTwitterのつぶやきに見られる無意識の表出の方が、生々しく真実であるということは、よくある。

うまくいっていない組織があるとして、上層部の言っていることが全く末端に伝わらない。温度差がいかついことになっている。構成員がプライベートでやっているTwitterをフォローして、読み込んでみると、うまくいっていない原因というのが、実は上層部が考えるのとは全く別の所にあり、構成員のほとんどはそれを理解している。そして、上層部にはどうせ分かるはずがないだろうという深い絶望がある。

まあ、話は随分と脱線してしまったが、要は今年も道重さゆみはかなり可愛くて、面白いのではないかということである。

この時期になると思い出すのが、三年前、2009年1月3日放送の「小学生クイズ」である。初の単独でのゴールデンタイムバラエティー出演にして、主役級の大活躍をし、あれこそが道重さゆみ第二章の幕開けだったともいえる。

まあ、AKBに寝返ってハロプロを叩いていた元道重ヲタ「生きる」氏としては、無邪気に感慨にふける資格などは無いに決っているのだが。

2012年1月 3日 (火)

さゆみ!さゆみ!さゆみ!

道重さゆみに出会った頃は、本当にもう最低の人間だった。あれから少しは真人間に近づけたのは、道重さゆみのおかげだと、これは本気で思っている。

道重さゆみは恩人である。たとえラジオを聴かなくなったりブログを読まなくなったとしても、この事実は変わらない。しかし、いつまでも依存している訳にもいかないのだ。

月日は流れ、再びやさぐれた日々が訪れる。あの頃と同じようでもあるが、実は全く違っている。大切なものや守るべきものがはっきりしている分、それを阻害するものに対する憎しみが強くなっている。そのことを実感するが、にもかかわらず翻弄されずにはいらてない己の無力だが腹立たしくもあり、その感情だけで、現在の自分は出来ているといっても過言ではない。

そして、そんな夜、やはり「今夜もうさちゃんピース」を聴いてしまった。そして、正直に告白してしまうならば、泣いた。話の内容にではない。熱心なファンであることをとうの昔にやめてしまったにもかかわらず、その間も道重さゆみはずっと道重さゆみでいてくれて、あたかもそこで待ってくれていたかのように、その優しさと正しさで、心を癒してくれたのだ。

それから、久しぶりにモ娘(狼)の道重さゆみGREEスレッドを見た。新年明けて早々に、かつて「生きる」ブログ。というタイトルで文章を書いていたことから、「生きる」と呼ばれている私のことが少し話題になっていた。しかも、すごく詳しい。そこにも書かれていたように、私はいわゆる処女厨とかレズ厨とかいわれている類のヲタクのことが嫌いである。また、道重さゆみやハロー!プロジェクト関連との訣別宣言のようなことをしたにもかかわらず、いつなでも道重さゆみから「卒業」できない私に対して、さっさと消えろとかいつまでやっているんだというような書き込みも見られる。しかし、それらも含め、トータルで、そこには僅かながらも居場所があるのだと、とても懐かしくも嬉しい気分になった。

このブログスレッドというのを読んでいるだけで、道重さゆみ周辺で起こったことが把握できる訳で、実はこんなに便利なものはないのだ。たとえば、1月2日にはモーニング娘。から新垣里沙の卒業が発表されたというようなことである。新垣里沙のヴォーカルはとても好きだった。初めて買ったモーニング娘。のCD、「笑顔YESヌード」でも、とても魅力的だと思った。

元道重ヲタの「生きる」氏はAKBに寝返ってハロプロを叩いていたことになっているのだが、別に道重さゆみが一般人気を得るためにはモーニング娘。を早く卒業した方が良いだとか、モーニング娘。でいることが道重さゆみのタレントとしての成長を阻害しているだとか言うつもりは、全く無い。なぜなら、道重さゆみ自身がモーニング娘。を愛しているからである。「いきなり!黄金伝説」でのあの涙を見て、そんなことを言えるはずがない。

正直、現在のハロー!プロジェクトの曲などの魅力が、私にはよく分からない。しかし、道重さゆみが良いと言っているのならば、それはやはり良いのだ。盲目と言われようが、そんなことはどうでもいい。恋は盲目とはよくいうが、私が道重さゆみに抱いている感情とは、擬似恋愛のようなものではない。それはもう、尊敬に近いものである。盲目上等である。

2012年1月 1日 (日)

kodoku no synthesizer。

とかくこの世はクソッタレな物事に満ち溢れている訳だが、だから道重さゆみを見つけられたことは、まさに瓦礫の中のゴールデン・リング的に感動的だったのだ。

かつて「道重さゆみになりたい」と思ったが、もちろんそれは永遠に叶うことなき夢であり、それでも人生は続いていく訳であり、ならば己自身の道重さゆみを「生きる」というやり方はどうかという考えに至った。いつまでも道重さゆみに依存している訳にはいかず、やはり自分自身がその正しいと思う道重さゆみ的なものを獲得し、「生きる」ことなのではないか。

道重さゆみとは「葛藤」と「成長」の物語である。

冷静沈着かつクールでスタイリッシュをデザインしたところで、存在の根源にかかわる義憤に駆られることはある。また、そのような人間的な側面が別に嫌いではない。打ち負かしたい邪悪な力が、己の経験や知識を超えていると直感できる場合、その時こそもっと落ち着いて、確実にことを起こさなければならない。

心の震えを抑え、平常感覚、ホームベース感を獲得するため、暗闇に手を延ばす。iPhoneのアプリが数時間前に愛知県や山口県のラジオで放送されたはずの、「今夜もうさちゃんピース」を再生した。

年が明けてからまだ数時間だったが、大晦日の午後からずっと最悪の気分であり、Twitterのタイムラインに現れる年明けを祝うツイートのどれ一つにも素直に共感ができない。末期である。マッキで〜す!黒柳さ〜ん!!

そして、いけないいけないと思いながらも、結局、「今夜もうさちゃんピース」を聴いてしまう。それは、かつて一字一句を文字起こししていた頃と同様に放送されていて、道重さゆみの声は、ふるさとの景色のように、懐かしく、そして優しい。たった一人の部屋で、缶チューハイのアルコールが回りはじめた頭で、スーツの上からコートを羽織ったまま、その声に抱かれ、怒りや悲しみが次第に氷解していくのを感じた。一体、いつになれば道重さゆみから卒業できるのだろう。道重さゆみに依存し続けていくのだろう。

ムーンライダーズの「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」の歌詞ではないが、まさに、君はぼくの病院、ぼくのドラッグ、心を醒ましてくれる、はなせない、という感じなのである。まったくもっていかんともしがたい。

「FNS歌謡祭」で芦田愛菜ちゃんに挨拶できたエピソードを、お姉ちゃんや鞘師里保も絡めて面白おかしく話す。「ピョコピョコウルトラ」って一体何なのだろう。

「さゆの小部屋」では、2011年の重大ニュースBEST5を発表していた。第5位、写真集。初めて打ち合わせから参加し、アイデアを出したりもした理想の写真集、「Sayumingdoll」、あれは素晴らしかった。写真集は買い、握手会会場までも行ったが、ついたての向こう側で雑誌を立ち読みしているふりをしながら、「ありがとうございます」などの声が漏れてくるのを聞いていた。気持ち悪くて気持ち良すぎる。

第4位、モーニング娘。9期、10期メンバー加入や高橋愛の卒業など。第3位、ドラマ。田中れいなと一緒に出演していたようだ。こんなのがあったのか。知らなかった。

第2位、1ヶ月1万円生活。これは少し前に「いきなり!黄金伝説」でロバート秋山と対決していたやつだ。これも特に見るつもりがなかったのだが、たまたま最初の方の会の映像を発見してとりあえず見たところ、内容が素晴らしく、最後の2回分はテレビの前でオンタイムで見たのだった。

ここでも、この企画のための一人の部屋で一ヶ月生活し、それはすごく大変だったが、その分、人のありがたさをとても感じたと、素晴らしいことを語っている。

第1位は、ラジオ5周年。2006年秋に始まり、ついに5周年を迎えた。道重さゆみに本格的に興味を抱いたきっかけは、2007年春ぐらいに、このラジオ「今夜もうさちゃんピース」で話された、小学生の頃はおとなしくて地味で、男子から「みちし原人」なるあだ名で呼ばれ、それが悲しくて家に帰って泣いていた、というようなエピソードを、モ娘(狼)板のスレッドで読んだことである。これだけ様々なテレビ番組や雑誌に出たり、ソロ写真集やDVDもたくさん出たが、いまだに道重さゆみの最高のコンテンツは、この「今夜もうさちゃんピース」だと信じて疑わない。

こんなご時世なので、このラジオもいつ誰に取られるか分からない、などとも言っていて、常に危機感を持って、後悔の無いように取り組んでいるのだということも、窺えた、最近、道重さゆみにインタビューしたという吉田豪か誰かが、AKB48が天下を取っている現状を認識していることなどを評価していた。

アイドル界やバラエティー界といった業界の現状をしっかりと認識し、その上で「道重さゆみ」であり続ける、そこにまた新たな葛藤があり、それを乗り越えた先に、さらに最新型に進化した「道重さゆみ」がいる。

「道重さゆみ」を「生きる」ため、その新しいステップを習い、踊り明かそう、朝が来るまで。

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