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2012年10月18日 (木)

SCHOOL GIRL FANTASY。

私的には大半が黒歴史の1990年代、オレンジ色に染まる街で少女たちに期待していたのは、おそらく薄汚れてしまった精神の浄化だったのだろう。

岡村靖幸「ハレンチ」のムード、つまりマイルドな倦怠とゆるやかな倫理の崩壊、いわば援交感覚でもいおうか、それをしなやかな自由への誘いであるかのように、わざと読み違えをして、毎日をやり過ごしていたのか。

いや、「SCHOOL GIRL FANTASY」流に言うならば、あのキラキラに飛び込みたい、ということなのだろう。

あらかじめ分っているさ。意味なんてどこにもないさ。

2007年、ラジオ番組「今夜もうさちゃんピース」における発言として、小学生時代は友達がいなく、学校の登校途中に拾ったダンゴムシの家などをつくって一人で遊んでいた、はたまた、男子からみちし原人なるあだ名をつけられて、それが悲しくて家に帰ってから一人で泣いていた、というようなエピソードをきっかけとして、私は当時モーニング娘。のわりと不人気な方のメンバーであった道重さゆみに注目した。

アイドルに夢中になるのは十代の頃のほんの一瞬の熱病のようなものに違いないと思っていた私にとって、ラジオを毎週聴いたりCDや写真集を買うという体験はじつに驚くべきものであった。そして、当然の帰結として、数ヶ月後には本物の道重さゆみを目撃することになるのである。

それはまるでこの世のものとは思えないほど輝いていて、その時間ができるだけ長く続いてほしいと願っていた。実際はおそらく大阪城公園の野外で、熱中症一歩手前だったような気がする。ケンドーコバヤシがプロデュースしたケンコBARなるバーで、おつかレイナという名のカクテルを飲んだ。

電車の中で突然、泣きだす直前のような状態に襲われ、それはしばらくの間続いた。

大半が黒歴史の日々、それはいわば潜水生活である。

あのキラキラに飛び込みたい、という欲望さえ、叶うはずのない絵空事として、もう真剣には考えなくなって、それからしばらく経っていた。

道重さゆみが生まれ育った山口県宇部市というのは、本当に良い場所だ。空気がきれいで、夜はたくさんの星が見える。時々、薬品のような化学的な匂いがすることがあるけれども、何だか懐かしくもいとおしい、とても人間らしさを正常に保てる環境のように思えた。

ある年の広島のコンサートで、道重さゆみはファンに「生きていてください」とメッセージを伝えた。

けして順調ではない日々だったとしても、きちんと選んでさえいれば、知らぬ間に目指すべきものに近づいていたりもする。モーニング娘。道重さゆみの軌跡は、われわれにそれを教えてくれるにじゅうぶんである。

つい一週間前、ただじっとしていることさえ困難なほど体調を壊していたが、それでもやらなければならないことがあり、その目的もかなり現実的なレベルで明白だったので、「即効元気」や「即効チャージ」などを毎朝摂取しながら、なんとか生き延びたのだった。こんな時には健康でさえいられれば、他に何も高望みはしないとすら思うのだが、もちろんいざ元気になれば、いろいろと煩悩は出てくる。

加速するブルーズをなるべく感じないように、スピードで誤魔化すというテクニックは過去に幾度もつかってきてはいるのだが、それはけして根本的解決になった試しがない。それどころか、深刻なリバウンドをもたらす危険性すらある。

偶然の符合に意味はない。もしくは、神の存在を信じるかどうか、という話にはなってくるのだが、いや、それとも強く求める心がそれを引き寄せるのか。まあ、どれでもいい。一向にかまわない。

つまり、一本の真っ直ぐな道が浮かびあがりつつある、ということなのだ。

知らぬ間に、あの頃、暗黒時代には永遠に閉ざされているかに思えたあのキラキラへの扉が、じつはすぐ近くにあったのか。いや、もしかするとそれは幻覚かもしれない。確かなものなどどこにもない。それは信じることによって、より確からしくなり、気がつくと現実になっているのか。そんな現実味のない夢を見ている。

現在、アメーバブログに見られる道重さゆみの確信に満ちた揺るぎないルックスは、彼女がその意志によって獲得したものである。先日の「今夜もうさちゃんピース」において、道重さゆみは、最近は後輩メンバーとの間で変顔をするのが流行っているが、そもそも理想のアイドルは変顔をしないものだと強く思ってきたはずなのだ、というようなことを語っていた。このように、道重さゆみは常にガチンコで葛藤したり臨機応変な対応をしながらも、芯には確固とした理想のヴィジョンが明確にあるのだ。これが道重さゆみを道重さゆみたらしめているのだろう。

おそらく、かつて私が道重さゆみになりたいと思ったのは、つまりこのような部分についてを言っているのであって、そうでなければかなりのクレイジーな物言いということになるのである。

というわけで、思いを更新しながらも、心のままに、目指すべきものになることを本格的にはじめる。あのキラキラに飛び込みたい、つまり、道重さゆみになりたい。まず目の前の、直近のことから、思い描いた通りにやって、そうやって積み重ねていくのだ。


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