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2012年11月

2012年11月15日 (木)

うさちゃんピースの真実。

前日よりもさらに帰宅が遅く、すでに日付が替っていたが、そこから食事をしたので、またしても二時間ぐらい寝ることができない。なぜ途中で頃合をはかって食事をとらないのかというと、なるべく早く終らせたいのと、やはり自宅で食事をあまりにもとらないでいると、自分の中の人として根本的な何かが崩れていってしまうような不安に駈られるのだ。妻が調理したカボチャやエリンギが入った煮込みハンバーグは、超絶おいしかったのだが、これはいつものことである。よく噛んで食べないとまた体を壊すと怒られた。

それで一日のうちでほぼ唯一といっても過言ではないこの自由時間に何をしようかというと、やはり道重さゆみのブログを見たり、それについて作文をするようなことを選んでしまうのだ。

じつは数日前、気分がひどく荒んでいた時に、気晴らしに「今夜もうさちゃんピース」を聴いた。軽い気持ちで聴きはじめただけだったのに、道重さゆみの声やトークにどんどん引き込まれた。具体的かつ明確な敵意をかなり深く抱いていたはずの私だったのだが、番組が終る頃にはすっかり忘れていた。敵対心や憎悪というものがいかにくだらないか、貴重な人生の時間を費やす価値が低いものであるか、そんな気持ちにさせてくれた。

怒りこそがエネルギーであると信じる私がいる一方で、その行く先はおそらく破滅なのだろうと思えたり、そこに美学すら感じているのだが、果たして自分がそうなりたいのかというとけしてそうではないのではないか、と思ったりもする。

道重さゆみのアメーバブログを見る。写真集撮影は沖縄で行われていたようだ。それにすでに気付いていたファンがわりと多かったようで、道重さゆみは「君たち、すごすぎーーーーー(* ̄∇ ̄*)✨」と綴っている。永遠の妹キャラクター的なところのあった道重さゆみだが、いまやファンを「君たち」呼ばわりするまでになったのだ。素敵じゃないか。沖縄そばの写真が載っている。上北沢においしい沖縄そばの店があると、妻が言っていた。そのうち行こうと言っていて、まだ行っていない。生きているうちにやっておきたいことリストに入れておくべきであろう。道重さゆみの魅力のひとつは、いつかの広島のコンサートで、ファンに向って「死なないでください」と叫んだように、人生はいつか終るということへのはっきりとした認識である、ともいえる。冬の切なさが好きだったり、「みかん」の歌詞への共感なども、おそらくそういうことなのだろうと、私は考える。

次の記事を見ると、先日、山口県の実家に帰った時に出てきた昔の服を公開している。山口県の道重さゆみにハズレなし。素晴らしい記事である。田舎の可愛い女の子が着ていそうな服だ。また、小学校の入学式に撮った写真も公開しているが、ビョーク的なキュートな魅力がある。道重さゆみが小学校に入学したのは1995年、確かこの翌年が明けたぐらいの頃、私は現在の妻と日本武道館のビョークのコンサートに行ったのだった。

うさちゃんピースは両手を頭の上に持ってきて、まるでウサギのようにするピースサインのことで、道重さゆみの得意ポーズである。うさちゃんは可愛いもので、また、ピースとはもちろん平和のことである。

理由や目的、到達点はあるのか、それとも強度か、いや、もうどうでもいい。とにかく生きることである。ただそれだけが黒光りした欲望として明確になってくる。生存の本能である。それが常日頃、四方八方から脅かされることが常態化したような世界において、家族や猫やごく親しい友人などの確かさだけが、心を潤してくれる。そういったものを肯定してくれる存在として、私には道重さゆみが必要なのであり、うさちゃんピースとはある意味、それだけでさゆみん党のマニフェストたりうるのである。

もちろん受け取る人一人一人に、それぞれのうさちゃんピースがあるはずである。「今週もあなたのハートにうさちゃんピース」とはそのような意味でもある、かもしれない。

ハートにうさちゃんピースさえあれば、見ようによっては荒涼とした、暗澹たる殺伐的状況も、まるで誇らしげな練習のようにも思える。

宗教ブームは来る前に終ったので、私はまたしても果たして人にとって宗教とは何なのかをより深く知る機会を逸したわけだが、ジョン・レノンいわく、神とはその人の苦痛を測る概念であるらしい。苦痛が大きいほど強く神を必要とする。

たとえばアイドルを神格化するならば、それはまるで宗教のようなものかもしれないのだが、あるいは心の苦痛を消し去るための鎮痛剤的なものにも例えることができる。その違いが私にはいまのところまったくよく分ってはいないのだ。

心がつねに血を流しているような状況においてこそ、その必要性が俄然強めになる、つまり、私がふたたび道重さゆみを必要としかけているということは果たして良いことなのかどうかよく分からないのだが、可愛いし見ていると心が優しくなるから、それで良いのだと思う、おそらく。

2012年11月14日 (水)

素敵じゃないか。

帰宅したのは真夜中近くで、それからお茶漬けとたくあんを食べたので、二時間は寝られないわけである。もちろんSTVニュース動画を確認した後、道重さゆみのアメーバとGREEのブログをそれぞれ確認する。ソロ写真集の撮影をしているようだ。前作「Sayuminlandoll」のキュートでポップな路線とは一転して、大人っぽい作風になっているようだ。「蒼々」の23歳版みたいな感じなのだろうか。どうせ限りなく美しいに決っているのだ。そして私はさり気なくそれを書店のレジへ持って行き、所有するが、家族にはけして分らない場所に保管する。発売記念のイベント的なものがあってスケジュールが合ったとしたところで、会場に足を運びはするものの、その場で気配を堪能するのみという、また同じパターンの繰り返しなのだろう。そんな気しか一切しない。

最も新しいアメーバブログの記事には私服で写っていたが、ボーダーのシャツを着ているのだ。その地味に生々しい感じがたまらなく良い。これは私が知りうる歴代の道重さゆみ全写真の中でも、かなり好きな部類に入る。素的である。素敵というよりは、素的。

そして、ラジオである。そう、昨夜に「今夜もうさちゃんピース」の最新回が放送されていたのだ。もちろん、それを聴く。就寝までのわずかな自由時間に最高の贅沢といえば、もちろんチョイスはこれである。パソコンに接続したイヤフォンで聴いているだけなので、家族にも何を楽しんでいるのか分りはしない。きっと音楽でも聴いていると思われているのだろう。DVDや写真集と較べると、ものすごく自由だ。ブログはいちおう分らないようにこっそり見ている。かつて道重さゆみが好きだったことは理解すら求めようとしていたこともあったので知られているのだが、もうすでにヲタ卒したという設定になっているのだ。

オープニングではお姉ちゃんの話が出た。先週の海響館のエピソードに続き、家族っていいなというお話である。お情け程度にお兄ちゃんにもふれたことで、男家族にも多少はやさしくなったのかとほほえましく思ったのも束の間、姉や兄がいることでお母さんに感謝していると言い、またしてもお父さんはスルーである。この無意識過剰こそが道重クオリティー。道重さゆみのお姉ちゃんはクオリティーのことをクリオティーと言った、なんていうネタも確か昔はあったはずである。

1曲目は11月11日に誕生日を迎えた田中れいなの「涙一滴」。これはモーニング娘。の最新アルバム「⑬カラフルキャラクター」に収録されているが、私はこのアルバムをわりと気に入っている。溌剌としているからである。その中にあって、田中れいなのソロであるこの曲はしっとりとしていて大人っぽい。田中れいなといえば「キラキラ冬のシャイニーG」みたいなキラキラした曲をもっと聴いてみたいと思っていたのだが、こういう路線もまた良いものだ。

いま、寝る前だというのに近所のちょいと有名なケーキ屋さんのモンブランを妻が買ってきていたのでたいらげたのだが、これは超絶うまい。夜中に食べるケーキは、なぜにこうも美味しいのか。

「さゆの小部屋」で、モーニング娘。の新メンバー、小田さくらのニックネームについての話題である。つんく♂とはニックネームのセンスが合わない、小田さくらという名前はアイドルとしては完璧、など。積極的だが頑張りすぎず頭がよい印象がある。それに対し、道重さゆみ本人は結果を残してやりたいとか爪痕を残そうとしすぎて、変なことを言ったりしてしまう。

ドクターイエローなる新幹線についてのメールが読まれるが、道重さゆみは新幹線にはあまり興味がないのでよく分からないと言っていた。また、いつかのテレビ番組で鉄道ヲタクという設定で出演したことがあるためか、いろいろな人からそうなのかと聞かれることがあるのだが、じつは一切そんなことはないらしい。モーニング娘。メンバーの譜久村聖が携帯電話で電車の写真を撮っていた。道重さゆみは電車にはまったく興味がなく、人に興味があるため、可愛い女の子の写真などはよく撮るのだが、電車の写真を撮る感覚が分らない、それ何に使うの?電車好きのお爺ちゃんにでも見せるのかな、というふうに思うらしい。

最近、「B.L.T.」や「プレイボーイ」といった雑誌の表紙になることがあり、すごく嬉しい。雑誌の撮影の前の日は特にすごく気をつかうが、眠れていない日の方が顔が可愛いので、あまり寝ないようにするらしい。

続いて替え唄のコーナーだが、これははじめて聴く。かつて「さかさまパニック」か「クイズシゲサゴン」の罰ゲーム的なもので、「歩いてる」や「リゾナント ブルー」の替え歌をやらされていて、その音程が不安定なスリス満点ぶりが、なかなか素的だった。このコーナーにも同様のあやうさがある。モーニング娘。生田衣梨奈は変な服を着てフニャフニャ歩いてくるらしい。山口県の実家に帰った時に昔のアルバムを見ると、小さい頃のお兄ちゃんがかわいすぎて、道重さゆみ自身とお姉ちゃんがブサイクらしい。お兄ちゃんは目がクッキリしていて小島よしおに似ているらしい。小島よしおはおそらく小さい頃は可愛かったと思うが、貶すわけではないが、いまはそんなにカッコよくないです、と言っていた。

納豆に卵をかけて食べるのは好きではないらしい。これは私の子供の頃の定番の食べ方で、最近は怒られそうなのでやれていないのだが、いつか機会があればやってみたいと思っている。そういえば道重さゆみのルーツをたどる聖地巡礼ツアーの何回目かにおいて、朝のココス山口宇部空港で食べた卵かけごはんの味は格別であった。納豆と卵はどちらも好きだが別々に食べたいタイプらしい。あの絶妙なハーモニーの魅力を共有できていないことが少し悲しいが、でもそんなの関係ない。ちなみに一時期、モーニング娘。内で小島よしおのギャグが超絶ハヤっていて、ある日の「今夜もうさちゃんピース」の中でも30分間の番組内で3回ほど発せられていた。それが言いたいがために、無理やりそこへ持っていく道重さゆみの可愛い構成力にもおっぱっぴー(オーシャンパシフィックピース)だった、あの頃である。

来週の替え歌お題は「ラララでピピピ」である。この曲、聴けば聴くほどにものすごく好きである。ラ・ラ・ラーのーピ・ピ・ピ・ピーと、メロディーが頭の中をグルグルまわっている。超絶フィクションぽいキュートでポップな世界観が道重さゆみのキャラクターや声質とマッチしているわけだが、その中で「手をつないだり一般的な恋したい」とか「電車の中でチューしたい」とか「同級生に彼氏の事を自慢したい」とか言っちゃうところがまたすごく良い。

「妄想セクシーワード」は「つまみ食い」であり、今回も照れながらも嬉しそうに言っていた。

猫などを養うために明日も早くから会社に行って生活費を稼がなければならないので、もう寝ることにしようと思う。生活のリズムの中に道重さゆみがふたたび組み込まれてから、日常は輝きをわずかながら取り戻したような気がする。

意味や目的などはっきり分らなくてもよい。感情がおもむくまま、光射す方へ、不器用に葛藤することそのものが美であるような、それこそがさゆみんという状態であると、かつて私は「卒業-さゆみんに向って」の中で書いた。不活発な停滞や使い古しのペシミズムから、道重さゆみへ向って、長い旅はまだ途中である。やがて闇と光とがひとつに結ばれ、もうすでに敵も味方もなく、そのような境地に達した時、チューニングがピタリと合った心のラジオからは、やはり「今週もあなたのハートにうさちゃんピース!」と聞こえてくるのだろう。その日、その瞬間をめがけて、いまは明日起きるために眠ろう。道重さゆみよ、ありがとう。

おやさゆみん。

2012年11月 7日 (水)

Be Alive。

先日、久々に道重さゆみのラジオ番組「今夜もうさちゃんピース」を聴いたところ、あまりにも内容が素晴らしく、また、その中で「ラララのピピピ」なるソロ曲が存在することも初めて知った。さっそく試聴してみたところ、かなり気に入ったので、収録されているアルバム「⑬カラフルキャラクター」をiTMSで買ったのである。

ここ数年間、モーニング娘。やハロー!プロジェクトの熱心な聴き手ではまったくなかったので、このアルバムもダウンロード購入はしたものの、果たしてちゃんと聴くのだろうか、という疑問はあった。大好きな道重さゆみがリーダーを務めるモーニング娘。を応援したい気持ちは山々ではあるが、シングル曲を確認するものの、じつはまったくピンときていなかった、という事実があった。もうモーニング娘。やハロー!プロジェクトと私の趣味嗜好は、短かった蜜月を終え、もはや永遠に別々の道を歩みはじめたのだろうと、そんな気がずっとしていたのだ。

しかし、結論から言ってしまうと、私はこの「⑬カラフルキャラクター」というアルバムをとても楽しんでいるのである。とても溌剌としたポップ感覚である。現在のメンバーは、道重さゆみと田中れいな以外ほとんど知らないのだが、一人とても歌が上手いメンバーがいて、その歌唱がなかなか好きである。あと、ラップもカッコいい。何度か聴いているものの、まだちゃんと掌握できていないので、いずれ感想をまとめてみようと思えばそうしたいと思うのだが、そうはしないかもしれない。

通勤電車の中吊り広告で最新のモーニング娘。を見た。表紙を飾っている「プレイボーイ」のものである。田中れいな以外の全員が黒髪である。ある時期は茶髪のメンバーがほとんどであり、黒髪の道重さゆみが目立っていたものだが、そのグループ全体で見た時の髪色にも不活発な退廃を覚え、じつは単なる流行りもの好きのミーハーなおっさんに過ぎないのではないかという疑いがある私は、「AKBに寝返ってハロプロを叩いている元道重ヲタの『生きる』氏」などと呼ばれたり呼ばれなかったりしていたわけである。あれから二年と数ヶ月が経過しているのだが、それが長かったのか短ったのかは定かではないが、道重さゆみはいまも当時と同じく、「今夜もうさちゃんピース」のエンディングで「妄想セクシーワード」なるコーナーをやっていて、色っぽい声で「名古屋コーチン」などと嬉しそうに言っているのだ。世界はそれほど悪くもないではないか。

「今夜もうさちゃんピース」は、現在は月曜夜に放送されている。最新回を聴いた。最近、山口県の実家に帰ったという話をしていた。嫌なこともすべて忘れるぐらいリラックスできたと話していた。地元のことを話す道重さゆみの声は、いつも弾んでいる。家族や地元への愛着、これは道重さゆみが私に思い出させてくれた、とても大切なことのうちの一つである。道重さゆみのルーツを探訪する聖地巡礼ツアーにおける気づきがなければ、私はいまだに家族との関係修復どころか、帰省すら十数年間もしていないままだったかもしれない。

下関の海響館へ行った話をしていた。下関市にある水族館である。聖地巡礼ツアーには関門篇もあったので、道重さゆみゆかりの地のうちの一つである唐戸市場の朝市などには出かけ、また、ついでに海峡ゆめタワーにも上ってみたりしたのだが、この海響館には行かなかった。

毎月第一回目の放送は、いつもの「さゆの小部屋」を拡大した「さゆの大部屋」のコーナーがある。モーニング娘。の最新シングル「ワクテカ Take a Chance」の特設サイトにおいて、道重さゆみはやめられないこととして、ネットパトロールを挙げているらしい。聞き慣れない言葉だが、意味は伝わってくる。別の単語が思い浮かんだのだが、自分発信の言葉で伝えたいと思い、この言葉になったようだ。自分の意見やモーニング娘。や自分が食べたものの感想、自分が見たテレビの実況などを見るのが大好きなので、つねに監視しているよ、つねに見ているよ、みんな、大丈夫かな、ということらしい。

そして、最近感動したこととして、「聴診器を買って自分の心臓の音を聞いたこと」を挙げているという。この摩訶不思議な突拍子のなさこそが道重さゆみの魅力の一つなわけだが、ダンゴムシを教室の机で飼っていたエピソードや、静岡県の熱川ワニ園へ行った感想、「ワニがいて当たり前なんだ」をはじめ、そこにはいつも私の心の琴線にふれる真実が存在しているのだ。この回の中で最も好きな部分だったので、道重さゆみのトークを、またしても文字に起こしてみた。

これは...あの、まあ、これもお姉ちゃんとお母さんの話になるんですけど、三人で、あの、ファミレスに行ったんですよ。そしたら、ファミレスの横におもちゃ屋さんみたいな、ちょっとなんか、なんていうの、メントスとか売ってる所あるじゃないですか。で、そこで、あの、聴診器が売ってたんですよ。で、その聴診器に...まあ、六百円ぐらいだったんですけど、なんか、後の、その、説明書きの所に、「自分の心臓の音が聞けます」とか、あとまあ人の心臓の音はもちろんだけど、なんだっけな、ペットの音が聞こえますとか、そういうことが書いてあったんで、猫を飼ってるんで、お姉ちゃんが、セーラの音を聞きたいねって言って、まあ、自分の心臓の音もついでに聞こう、みたいな感じで、とりあえずセーラのが聞きたくって、買ったんですよ。
で、でもその時は、あの、山口県だったんで、セーラがいなかったんで、あの、自分の音を聞いたんですよ。なんか、ドクッ、ドクッみたいな。なんか、生きてんだなー、みたいなことを考えて...生きてるっていうよりは、このドクドクに、私って生かされてるんだな、みたいな、なんかそう考えたら、なんかたった六百円の、あの、聴診器だけどバカにできないなっていうか、すごい感動したんですよ。

もう本当に道重さゆみは最高だな、と思わずにはいられない。

それにしても、ファミレスのそばのおもちゃなどが売っている場所を表現するのにあたり、なぜにそれを代表する商品がメントスなのか。このあたりもひじょうに興味深い。いや、単純に好ましい。

2012年11月 4日 (日)

ラララのピピピ。

土曜日の夜、本屋に寄って雑誌を立ち読みしたが、買って読みたいというほどではなく、階段を下りて外へ出た。もう空気は冬の気配を漂わせていて、去年の今頃は確かまだこんなではなかった、などと思っていた。

日々の暮らしに潜む微弱で分りにくい邪悪さが次第にココロを蝕み、それが積み重なって、やがてカラダにも影響を及ぼす。

確かなもののぬくもりが、いま求められているのか。宗教ブームは来る前に終ったが、あれはおそらく夢の中だ。パンクロックはやさしいから好きだ。

そして、iPhoneで道重さゆみの「今夜もうさちゃんピース」を聴いた。これは愛知県のCBSラジオが毎週放送しているラジオ番組であり、ある時期から山口県でも放送されていたはずだが、いまどうなっているかはよく知らない。かつて私はこの番組を毎週欠かさず聴いていた。それどころか、道重さゆみがしゃべる言葉のすべてを文字に起こしてすらいた。それを公開していた当時のブログは、ほとんどがテキストな一般人のそれとしてはそこそこのアクセスを維持していた。

いつからか道重さゆみを以前ほどには必要としなくなったが、たまに思い出したようにラジオ番組やブログにアクセスすると、最も新しいトークや文章や画像を体験することができる。それは私に安定した肯定感を与えてくれるのだが、だからといって以前ほど依存するというわけではない。それが良いことなのかそうでないのかは、定かではない。

しかし、先日、道重さゆみと新垣里沙が山口県に行った様子を収めたDVDの存在を知り、YouTubeでその宣伝映像のようなものを観て、これは買いたかったと強く思ったのだが、すでに遅かったようだ。ファンクラブ会員限定で、すでに予約は締め切られていたのだ。山口県の道重さゆみにハズレ無し。かつて地元のローカルTVに出演した時の映像とかまで収集していた私だが、地元に帰っている時の道重さゆみは、じつにリラックスした良い表情をしているのだ。道重さゆみによる山口県観光DVDが出ないものかと、以前から強く願っていた私だが、知らないうちにこんなのが出ていたのだ。

モーニング娘。は世界握手会なるものをやっているらしい。ブログを見たり見なかったりしているので、最近、よく海外に行っているようだなとは感じていたのだが、こういうことだったのか。そういえば、私にAKB48の魅力を教えてくれたある方がいるのだが、先日、近所のショッピングセンターに行くと、モーニング娘。の年少メンバー達が来ていたので、シングルCDを買って握手をしてもらったと言っていた。年少組は国内、年長組は海外をまわっているのだろうか。他に最近注目しているというBiSやBABY METALといったグループやローカルアイドルについてもご教示いただいたが、もはや私にはまったくついていけないのだ。最近買ったアイドルのCDといえば、松本伊代デビュー30周年記念ベスト・アルバム「オールウェイズI・Y・O」といった具合なのである。握手会参加券も封入されていたのだが、そもそも仕事で行けない日程ではあったのだが、仮に行けたところでどのようなテンションで臨めばよいのかまったく見当がつかないのだ。場所は品川ステラホールであり、それは確か私が最後に道重さゆみを生で見た場所であった。「気まぐれプリンセス」の発売記念イベントであった。昨年の今頃、福家書店の握手会は、写真集を買って現地にまで行っていたにもかかわらず、怖気づいて参加しなかったのだ。

「今夜もうさちゃんピース」のオープニングトークでは、その海外握手会での面白エピソードを話し、ピチピチの衣装でぽっこりしたお腹が目立っていたという自虐トーク、からの今日はラジオなのでお腹が見えなくて安心、という安定した構成力、これぞ道重さゆみである。その気になればいつでも最新のこれが聴けるのだ。これさえあれば大丈夫ような気がしてくる。

モーニング娘。の最新シングル「ワクテカ Take a Chance」がかかる。道重さゆみがリーダーのモーニング娘。なので、贔屓目に見たい。ブログには本当に感じ、思ったことを綴りたい。ある時期からモーニング娘。やハロー!プロジェクトの音楽にすっかり興味を失ってしまった私だが、いまでも大好きな「笑顔YESヌード」はたまに聴くし、本当にカッコいいと思うし、最近では「恋愛ハンター」とかもわりと好きで、ブログにもその旨を綴ったものである。道重さゆみリーダー体制になり、売上も復活した「One・Two・Three」、そして、続く今回の「ワクテカ Take a Chance」と、もちろん確認はしているのだ。YouTubeでPVを観ている程度だが。しかし、このブログにその感想を書いていないのは、もうすでによく分からないということなのだ。エレクトリックなサウンドのアイドルポップはわりと好きなタイプの音楽なのかもしれないのだが、どうもよく分からない。これは良いとか良くないとかではなくて、明らかに分らないということなのである。

そんな思いで今回も「ワクテカ Take a Chance」を聴いていたのだが、いや、じつは意外と良いのではないか、などと思ったりもしたので、いい加減なものである。

「さゆの小部屋」で、後輩の9、10期がブログをはじめたが、それについて何かアドバイスを、というようなメールが読まれていた。そこで、道重さゆみは、ブログはポケモー。のツアー日記と違うのだということを頭に入れてほしい、というようなことを言っていた。ポケモー。とはモーニング娘。の有料携帯サイトであり、もちろんかつては私も会員で、月額315円払って壁紙や着ボイスをダウンロードしたり、Q&Aの更新を楽しみにしたり、おみくじを引いたりしていたものである。道重さゆみがGREEでブログをはじめる前は、ここだけがまとまった文章を楽しめる場で、じつにありがたかったのだ。

もちろん会員はほぼ全員がモーニング娘。の、しかもわりと熱心な部類のファンであろう。それに対して、ブログはいつ誰が見るか分らない。ファン以外の人たちの目にふれるチャンスがある。そのことを意識してほしい、つまり、あまり内輪ノリになるとチャンスを逃すことにもなる、そのようなことなのだろう。

道重さゆみのブログを見ると、後輩メンバーと一緒に写っている写真がわりと多いのだが、もちろんかなり年上なこともあるので、ひじょうに大物然としているというか、貫禄があるのである。それでいて、かわいい女の子としての現役感も維持しているのであり、これはもうすごいことなのである。

道重さゆみは、確か「ポニーテールとシュシュ」の頃にAKB48が好きだという発言を深夜の生配信番組でして、対抗心を燃やしている多くのハロー!プロジェクトファンから非難をされたことがある。しかし、私はむしろだからこそ自分は道重さゆみが好きなのだろうと思った。ポップなキラキラ感に対する開かれた感性、これである。9期、10期メンバーのことはほとんどよく知らないのだが、まだまだ未知の可能性があるのだろう。変に内向きになって凝り固まらず、あくまで外へ開き、ポップを志向すべきというスタンスは、じつに好ましい。

続いて、モーニング娘。からいつも力をもらっているというファンからのメールで、最後の道重さゆみのMCで号泣してしまうが、それは前を見続ける道重さゆみと自分の後向きさを比べてしまうからではないか、という内容が読まれた。そして、もちろん道重さゆみはこれに反応するのだ。以下、久しぶりのテキスト起こしである。

でも、あの、本当に私は、こう、なんだろうな、全然前向きじゃないんですよ、じつは。
あの、さゆみの前向きさと自分の後向きさを比べちゃうって言ってるんですけど、たぶんさゆみも相当後向きだと思うし、この「伝わらないことがあるけどあきらめない」って思えたのは、その、「伝わらないことがあるけど」って思ってる時は後向きじゃないですか。あー、伝わらないから、もうなんかいいかなって、なんか、ちょっと...とりあえず大丈夫って思った時は、もう、さゆみ的にはもう相当後向きなんですよ。
でも、これじゃよくないと思って、まあ、そういう、後向きになったし、よくない考えにもなったし、まあ、時間もかかっちゃったけど、あきらめないで頑張ろうって思えたから、いまは前向きに、こう、取り組めてるよっていう気持ちだったので。
逆にいえば、まあ、自分で言うのもあれですけど、成長できたってことなんで、後向きさがあってこその、その、前向きがあるかもしれないので、別になんかいま後向きでもいいと思うし、さゆみは、その時に、あの、一回、いまはあきらめなかったけど、あきらめたことがあったんですよ、一回、モーニング娘。に対して、リーダーになってから。
でも...あ、これ、ヤバい。これはヤバいぞ、これは。
でもそれは、なんていうんだろ、なんか一回、なんか、逃げようかなと思ったんですよ。壁が高すぎて、その壁を乗り越えれる気がしなかったんですよ、自分の中で。だから、これは、ちょっと、なんか、それようと思ったんですよ。なんか、逃げようって。
でも、逃げって、たぶん、逃げちゃダメだよってたぶんいろんな人に言われるじゃないですか。私いまこういうこと思ってて、こうしようかなって、ちょっとあきらめかけてるんですって言われたら、いろんな大人に、逃げちゃダメ、とか、そういう、頑張れ、とか言われるんですけど、その時に、絵里にメールしたんですよ...あー、これダメだ...絵里にメールしたら...あー、これ泣けちゃう...やめよっかな、この話。
えっと、なんか、絵里にメールしたら、なんだっけな、いや、覚えてるんですけど、言葉が出ない...あの、なんか、逃げてもいいんだよ、みたいな、なんか、来たんですよ。それが本当に感動して、なるほど、逃げても、その場所が...その時に、絵里の気持ちがすごい伝わったんですよ。逃げてもいいんだよっていう一言だけに、あ、そのなんていうんだろう、逃げた場所がいまよりも楽になれて、楽しくって、自分にとってプラスになることだったら、きっとそれは...それがいまの自分にとって正解なんだなって思えたから、いろんな人に、それは良くないって言われたとしても、あー、でも自分が選んだんなら、それでいいって思えたから、その時は一回逃げたんですけど、逃げたら逃げたそこの場で、またつらいことって必ずあるんですよ。で、そこでまた、こう、一歩一歩、自分で見つけて、こう、いまにたどり着いたっていうか、そこで逃げた場所でまた、つらいことがあったから、あ、どこにいてもそういう試練はあるというか、あの、ちゃんと、しなきゃいけないことがあるんだなって思えたから、あ、あきらめないでおこうって、あきらめないで...自分があきらめたら、すべてがよくなくなるから...自分もダメになるし、周りもよくなくなるなっていうことに気づけたから、まあ、そこで遠回りはしちゃったんですけど、それはそれで自分の中で、まあ、前向きに考えるしかないんで、ここは。まあ、そういう時間をつかっちゃったので、前向きに捉えるしかなかったんで、まあ、いいかなって思えたので、たぶん、きっと後向きになってるリボンの愛さんは、別に全然いいと思う、っていうか、いまはそういう時間だなっていうことで、うん、全然大丈夫と思いますね。

もうこれを聴いて、だから、やはり道重さゆみなのだ、と強く思ったのである。どこがどうとか、そういう解説とか感想とか、一言でも付け加えようものなら純粋さを失うというか、道重さゆみが話した原文そのものがすべてである。このような文字起こしではまったく十分ではなく、声や間を含めた、すべてが素晴らしい。テキストはあくまで記録である。これを残したいし、多くの人に伝えたい。また、自分で改めて打つことによって、写経的な効果も期待できる。そもそも、かつてテキスト起こしをやっていたのは、そういうことだったのだろうな、ということを思い出した。

番組後半は「もしもさゆみん」のコーナーで、昔は医者になりたかったという話が出て、それは以前にも聞いて知っていたのだが、他にカリスマ美容師と詩を書く人にもなりたかったらしい。トライアングルの詩が地元の新聞に載ったのは、熱心なファンならば知るところだが、カリスマ美容師の件は初耳である。そもそも道重さゆみは確か世の中で一番苦手な場所は美容院というようなことを言っていた気がしたが、この辺りの突拍子のなさも含め、やはり最高に素敵なのである。

この後、嬉しいことに私が道重さゆみを好きになったきっかけである、小学生の頃に教室の机の引き出しでダンゴムシを飼っていた話までしてくれた。なんだこの充実した内容は。おまけに、モーニング娘。の中でも私がかなり好きな「秋麗」までかけてくれたのだ。

あと、番組中、道重さゆみのソロ曲「ラララのピピピ」の話題が出ていた。もちろんまったく知らない。しかし何やら期待させるタイトルではないか。ピピピといえば、松本伊代の「オトナじゃないの」である。「オールウェイズI・Y・O」のブックレットでは、松本伊代の最強パフォーマンスはこの時期ということになっていたが、まったく異論はない。道重さゆみに「魔女っ子セブンティーン」とかをカバーしてほしい。23歳ではあるが、まったく問題はないはずである。

iTunesで検索すると、モーニング娘。のアルバム「⑬カラフルキャラクター」の収録曲であることが分った。試聴すらする前からこの曲だけでも購入しようかと思ったのだが、1曲250円なので、これならアルバムを2,000円で買った方がお得ではないか、とか、いや、でもそもそも購入したところで聴くのだろうか、とか思っているうちに、別の所で試聴ができてしまい、これは近頃流行りのエレクトリックなポップなのだが、道重さゆみのファニーなボイスがよく似合っている。切なげな旋律もあり、これはすぐに気に入った。「⑬カラフルキャラクター」の曲目を見るに、「恋愛ハンター」も入っているし、じつは「ピョコピョコウルトラ」も、初めはなんじゃこりゃと思ったものの、「今夜もうさちゃんピース」で何度か聴くうちにその違和感が快感に代りつつあったことも思い出し、これはやはり買ってしまおうと思う。いま「アルバムを購入」ボタンをクリックし、クレジットカードに2,000円が課金されて、ダウンロードがはじまっている。3作ぶりにモーニング娘。のアルバム購入である。とても嬉しい。


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