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2014年6月

2014年6月27日 (金)

さゆみになりたい。'14

道重さゆみ初のパーソナルブック、その内容について少しだけ発表があった。「サユミンランドール」の「ご機嫌なお話♪」においてである。

タイトルは「Sayu」、「一冊の中に、さゆみのメイク方法や髪型、私服や私物、小さい頃の写真、さゆみがしたかった格好をしたり、、盛りだくさん*\(^o^)/*」だそうである。

めちゃくちゃ楽しそうではないか。

で、この後、再度、メイク方法が細かく載っていると書かれている。大事なことだから二度言ったのか。まあ、それもあるだろうが、こういう場合、道重さゆみは何か良いオチを思いついて、それであえて書いているのではないかと思えなくもない。

「メイク方法なども細かく載ってるので、よかったら、、さゆみになってください…」とのことである。女性ファンはよかったら道重さゆみのメイクをまねして、道重さゆみみたいになってみてください、という意味だろう。普通に考えてそうである。

しかし、そんなことをわざわざ強調するだろうか。いや、する可能性もあるだろう。したとしてもおかしいことは何もない。逆にこれ以外にどのような意味に取れるというのか。

ところが私ぐらいの筋金入りの妄想使いになると、これはきっと「道重さゆみになりたい」への何らかの返答にちがいない、などと信じて疑わなかったりすることができるのだ。

いや、そんな訳はないけれども、そのようなネタとしての妄想の余地を与えてくれるところが、また道重さゆみのすごい部分というかねぇ。

あの、この間、何で見たかは忘れたのだが、道重さゆみがモーニング娘。を辞めたいと思ったことは一度だけあって、それはこんなことをするために入ったわけじゃないと思っていた頃だとか、確かそんな内容だったと思う。

これがどのことを指すのかよく分らないのだが、確か「シンデレラ theミュージカル」でワイヤーで降りてきてセリフがほとんど無い妖精か何かの役をやっていた時、公演当時は普通に告知などをしていたのだが、後にその時はものすごく病んでいて、家族に当たり散らしたりもして申し訳なかったというような話をして、ラジオの放送中に思わず泣いてしまったことがあった。同じ回で静岡県熱川のバナナワニ園の話を嬉しそうにしていて、私はブログタイトルを「ワニがいて当り前なんだ」に変更したのだった。また昔話かい。過去を振り返ってばかりだな。いかんな。

もっとこう、未来に向っていかないとね。また道重さゆみのラジオやブログでしっかり道重さゆみイズムを初歩から学び直して、鋼のような意思を確かなものにしなければいかんね。

あの「シンデレラ theミュージカル」だって、私は当時仕事でコンサートだとかは日程が合わなくてなかなか行けなかったので、数少ない生身の道重さゆみを目撃するチャンスだと思って楽しみに観に行って、ちゃんと心の目で見ていたのだ。

「Sayu」は絶対に買って、メイク方法はまねしないけれど、道重さゆみに近づけるように努力しよう。不思議だが本当だ。

2014年6月26日 (木)

納得いく自分目指して↑明日も頑張ります!

もう本当にクソだとか掃き溜めだとかブー垂れながら進行するわれわれの日常だが、やはり朝、「サユミンランドール」をタップするとさゆみんワールドがiPhoneの灯りで浮かび上がり、それで少しはよくなるのだが、やはり癒されている場合ではなく、不承不承いかんともしがたく燃やすべきエネルギーを何ものかに転嫁していつかの利息で暮らすぐらいなら、よほど道重さゆみのバースデーバスツアーに応募するような人生の方がよほど良かったのではないか、などとそのようなことをくよくよと考えている、ふりをすることに酔い痴れている。しょうがねえな。

「今夜もうさちゃんピース」でお値段もお高いと、「限界道重」の件で心配されていたのだが、調べてみたところ2泊3日で12万円とかそれぐらいだった。これ東京からの旅費プラス4~5人1室の宿泊費込みらしい。いや、これが高いか安いか知らないが、ハロー!プロジェクトのバスツアーについては在宅ライトヲタクの私でもいくつかの伝説を知っているぐらいだが、やはりプライスレスだと思うのだ。こんな機会はそうはないだろう。

しかも、いままでブログだとかテレビ番組だとか無料のメディアだけで判断すると、地元にいる時の道重さゆみはものすごく生き生きしているので、あのバラエティーで孤軍奮闘してキツめだった時も、「熱血テレビ」ではものすごくリラックスしていたので、とか、結局またもや昔話である。いかんねぇ。

そもそも私が高頻度で道重さゆみのラジオ聴いたりブログ読んだりここに書いたりしているということは、道重さゆみへの依存度が高まっていることに他ならず、これはまたいつか来た道なのである。

などと思って「納得いかないっ」という記事を読んでいると、最近、道重さゆみは自分の体のコンディションに納得がいっていないのだという。ちゃんと可愛いオチまでつけてくれているところが、忙しくてあんなにかわいいのにちゃんと読んでいる人を少しでも楽しませようと思っていて、これだけでもう泣けてくるのだが、最後に「納得いくじぶん目指して↑明日も頑張ります!」と、とても大事なことを書いてくれていた。

これは道重さゆみ自身を鼓舞しているかのように見せて、じつはファンや読者に対するエールなのだろう。というか、自分のために書いてくれたと信じて疑わない。あーあ。

道重さゆみみたくカッコよく生きたいねぇ。やっぱり道重さゆみにみたいになりたい。道重さゆみじゃないとなぁ。

あと、記事に添えられたぷっとふくれたみたいな顔の写真がまたすごくかわいいのだ。奇跡でしょ、天使でしょ、この子は本当に。

2014年6月25日 (水)

依存と限界。

もちろん「今夜もうさちゃんピース」を聴いた。猫を部屋の外に出し、それを見張りながらである。今年のファンクラブバスツアーの話をしていた。山口県を巡るのか。

道重さゆみというこの奇跡のような存在を育んだ山口県とはどのような場所なのだろうと、気がついたらそこに向っていた。あれはもう7年も前のことである。

道重さゆみと山口県をバスツアーなどという夢のような企画、道重さゆみに依存していた頃の私であれば、何とかして参加しようと試みたことだろう。

「道重依存」と「限界道重」は、道重さゆみの今年のバースデーTシャツの表と裏に書かれたフレーズであり、もちろん道重さゆみ本人が考えた。

私は道重さゆみに依存もせず、限界に達する覚悟もない、いわゆる在宅ライトヲタクのはしくれに過ぎないため、まったくもってダメである。

しかし、たとえばもし独り身だったとしたらとか思うと、まさにすべての時間とお金を差し出しかねないな、とそんなふうに思ってしまうのだ。

そういう依存体質を私は確かに持っているので、このままではいけないと思い、依存を断ち切ったのだが、やはりそこには家族だとかいろいろな要因があったわけで、それに気づいたのは道重さゆみに出会うことによって自己肯定感を取り戻したからで、何を狂ったことを言っているのかと思われるかもしれないが、本当にそうなのだ。

あの頃、道重さゆみに対して思い、感じることだけが、他の物事とは桁違いにリアルであった。

だからどうだというのだ。

あいかわらずクソである。掃き溜めのようだが、肯定できるものは確かに存在し、それを信じることの価値を知っているし、それゆえに生きている。

道重さゆみの今度出る本は、やはりフォトブック的なもののようだ。これは買って、こっそりと所持する。

公認でファンとか、やはり違うだろうと、私自身についてはそう思う。なぜなら、本気だからである。かわいいねとかそういうことではなく、崇拝だから。そういうのはあまりバレたくはないし、また別種のあれだからというのはうまく説明できないし、したくもないから。

昔の80年代のアイドルがワニブックスから出していた、たとえば松本伊代の「ハートともだち」だとか、ああいうフォト&エッセイみたいなのを道重さゆみが出さないだろうか。道重さゆみの文章をまとめて読みたい。自伝的なやつとかフィクションとか、そういうのが今後、モーニング娘。'14を卒業したら、そういうのが出るといいのに、などと思うのだが、あとは「今夜もうさちゃんピース」の面白エピソードがやはりラジオだけではもったいなく、体系的に保存とか、それを一時期誰もやらないなら自分でやろうとか思っていたのだが、AKBに寝返ってハロプロを叩いていたので、それもかなわず。だから、「今夜もうさちゃんピース」の本が出るといいのに。かつてオールナイトニッポンだとかの本がよく出ていたように。

でも、フォトブックでもやっぱり買うよ。どんな判型で出るのかは知らないけれども、あまり目立たず、バレずに持っていることができるだろうから。

本当に道重さゆみから多くのものをいただいているにもかかわらず、ほとんどお金を遣っていなくて、その後めたさはひじょうにあり、ブログとかラジオとか無料のものばかりで、曲はiTunesで買っているけれども、ならば寄付でもすればいいじゃないかという話もあるが、他にお金や時間を遣わなければ用件も多々あり、けっきょく言い訳ばかりじゃねえかという感じなのだが、本当にどうしようもないね。

道重さゆみと山口県をバスツアーを犠牲にしても価値ある何かがあるのだろうとどこかで内心信じているのだろう。それが何かは予想だにできない。どんなものでも君にかないやしないよ。

あー依存して限界までいけたらどれだけいいだろうとか、これを本気で言っているのだろうか。いかんともしがたい。

2014年6月15日 (日)

時代を超え 宇宙を超え。

さて、4月終りあたりの山口県でのコンサートにおいて、道重さゆみがモーニング娘。'14からの卒業を発表し、その時にいてもたってもいられずに、久しぶりにここのブログに文章を書いたのだが、それからまた一切書いていなかった。

とはいえ、モーニング娘。'14の「時代を超え 宇宙を超え」は現在のところ、私的な年間ベスト・シングル暫定第1位であるし、「今夜もうさちゃんピース」やアメーバのブログにはかろうじて追いつけている、というレベルである。あと、今年の誕生日に発売になるという、パーソナルブックなるものがもちろんとてもとても楽しみなのである。

道重さゆみ関連の刊行物といえば、数多の写真集が挙げられるのだが、道重さゆみはもちろんその容姿も素晴らしいのだが、その本質は頭の中にこそあると信じて疑わない私としては、この本がどういいうものなのかまだよく分っていないのだが、何だかものすごく良いものなのではないかという、胸騒ぎを覚えているのだ。

あと、これもアメーバのブログで知ったのだが、「MTV VMAJ」なるもののMCを務めたらしく、木村カエラとのツーショット写真などを公開している。先日、数週間分の「今夜もうさちゃんピース」をまとめて聴いていると、女優はもう二度とやらないということを本人がすでに公言していたり、卒業後のことはまだあまり考えていないということを言っていたりしたのだが、こういうMC的なものだとか、ラジオとか本とか、そういうのが良さそうである。

あと。、AKB48の選抜総選挙などはたまたまその日、自宅に私一人と猫しかいなかったため、テレビでちゃんと観たのだが、その後、インターネットで顔だけだと誰が好きかというような投票があったらしく、ぱるること島崎遥香が第1位で、AKB選抜総選挙で第1位だったまゆゆこと渡辺麻友は第7位だったという見出しを見た。後でもう少し詳しく見てみると、これは文化放送のラジオ番組「レコメン!」リスナーがウェブ投票で選んだ結果であり、対象は別にAKB48グループだけではないということだった。そして、その中で道重さゆみ(モーニング娘。'14)が第8位に選ばれていて、これはなかなかの快挙なのではないかと思った。

ちなみにまったくの余談だが、現在、私がAKB48グループ関連のメンバーで好きなトップ3は、山本彩(NMB48/AKB48)、生駒里奈(乃木坂46/AKB48)、川栄李奈(AKB48)であり、いずれも選抜メンバーで今回の総選挙で順位を上げたメンバーであることから、いかにもミーハーでC調な私の趣味嗜好がよくあらわれているということがいえよう。

誰が興味あんねん。

2010年の今頃あたり、私は道重さゆみの「今夜もうさちゃんピース」テキスト起しをインターネットに公開することをやめ、AKB48選抜総選挙で渡辺麻友に投票したりしていて、後にAKBに寝返ってハロプロを叩いている「生きる」氏などと揶揄されることになるのだが、当時、私が嫌だったものというのが、モーニング娘。だとかハロー!プロジェクトそのものというよりも、それを取り巻く一部原理主義的なファン達といったものだったのだが、たとえば道重さゆみがブログだとかUstreamの配信だとかでAKB48に対して好意的と取れる表現を少ししただけで、猛烈に叩かれるという空気感であった。しかし、私はモ娘(狼)スレッドなるところに当時はどっぷりと入り浸っていたため、一部の猛毒にあてられ、極度に過剰反応してしまったというところはあるだろう。

その後、道重さゆみはAKB48に対して好意的な発言はあまりしなくなったと思われる、というか私自身がそれまでほど熱心に道重さゆみの動向をフォローしなくなったため、じつのところあまり定かではないのだが、それでもアイドル戦国時代といわれていた時代には、すでに天下を取っているグループがいる、などとおそらくAKB48のことを言っていたりもして、あくまでAKB48がものすごく売れているという現実に対し、陰謀論だとか見えない聴こえないふりをするのではなく、あくまでそれを踏まえた上でどうするか、という視点があったことが、ものすごく頼もしいな、と思えたのである。

先日の「今夜もうさちゃんピース」でアイドルをプロデュースするとしたら、というような話題になり、あくまでまったくの空想としての話のトーンではあったが、おそらくハロー!プロジェクトとは違ったものを1からやると思う、というようなことを言っていた。

というように、道重さゆみのことを書きはじめると、とりとめもなく次から次へと言葉は浮かんでくるのだが、いまは大森靖子のブログが私にとって最も読んでいて楽しい道重さゆみファンのブログなので、間違いなくそれには自分が書きたい種類の文章においても敵いやしないので、あまり書こうという気がしないのだ。

大森靖子というアーティストは、iTunesで買った音源とインターネットで観たり読んだりできる文章や動画でしか知らないけれども、間違いなくここ20年ぐらいで知った中で、最も好きだと現時点ではいえる。これも「今夜もうさちゃんピース」で「ミッドナイト清純異性交遊」が流れなければ、おそらく知らないままだったわけであり、道重さゆみはメディアとしても私にとってかけがえのない存在だといえる。

先ほど、大森靖子のことをここ20年ぐらいで知った中で最も好きなアーティストであると書いたが、それでは道重さゆみはどうなのかというと、道重さゆみについてはアーティストという範疇ではなく、むしろ人間として好きなので、つまりそういうことである。

あと1つだけ、最近の道重さゆみのラジオでものすごく好きだったことのついて書き留めておくと、好きな方言は何かというリスナーからの質問に対して、道重さゆみは山口県出身で元々方言使いなので、逆に標準語が好きだという話になった。東京の人は方言を聞いて反応するが、地方の人は標準語を聞いても別に特別に反応したりはしない。そういう意味で人があまり反応しないところに反応をするということで、当時の道重さゆみは中二病だったのかもしれない、と言った。道重さゆみのトークの中に中二病という単語が出てきたのも新鮮だったのだが、果たしてその中二病という語の解釈は正しいのか、と思っていたところ、すぐさま中二病というワードがどういう意味なのかもじつは分かっていないという告白、さらにはたったいまの自分は中二病という言葉を使いたい病だった、と言った。

いや、別にそれがどうしたという話ではあるかもしれないのだが、私は道重さゆみの頭の咄嗟のはたらきが突然可視化されたようなこのような瞬間にとてつもなく興奮する、そういうタイプのよく分らないライトファンなのである。

あと、ついこの間放送された回の、飛行機に乗った後の耳抜きに快感を覚えるという話や、歌割りが少なかった頃、コンサートでも常に自分をアピールしようとカメラ目線をしていたら、それはおかしいよと、当時メンバーだった藤本美貴に注意されたエピソードも好きだった。道重さゆみは本当に人から言われたことなどをよく覚えていて、そういうのを大切にしているのだな、と感心する。

それから数週間前の「今夜もうさちゃんピース」で、記念日の話になって、自分にとって記念日というのはたくさんあるが、たとえば「今夜もうさちゃんピース」がはじまった2006年10月5日だと言った。やはり道重さゆみにとって、「今夜もうさちゃんピース」は大きな転機だったようだ。私が道重さゆみを好きになったきっかけは「今夜もうさちゃんピース」(の発言で立てられたモ娘(狼)板のスレッド)だったということはもう何度も書いたが、大森靖子も「今夜もうさちゃんピース」から道重さゆみのファンになったようである。

道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」がはじまった日付をちゃんと覚えていることに軽い感動を覚えて聴き続けていたのだが、じつは日付はちゃんと覚えていなくて、さっきウィキペディアで調べたと言っていて、ここがまたものすごく好きだった。しかも、最初に日付を言った時、あたかも別に直前にウィキペディアで調べてなどいなくて、元々覚えている日付をちょっと思い出そうとするような演技を、間違いなくしていた。それでも、最後にちゃんと真相を話してしまうという、このプチ小賢しくて、それでもものすごく性格が良いという、まさに道重さゆみの真髄が凝縮されたようなセクションであった。

このようなテンションで「今夜もうさちゃんピース」が聴ける私を、とても幸せに思う。

道重さゆみの強さは、クソ現実に対抗し、それに打ち克つための力と慰めを与えてくれる。ああ、これはまさに宗教ではないか。でもいいや、それでももう。

おやさゆみん(いや、別にまだ寝ないケド)。

ここでそういえばモーニング娘。'14の「時代を超え 宇宙を超え」のことをまだ書いていなかったと思い、今回どうせ書くべきことはあまりないのでこのことでも書こうとタイトルにまでしたのだが、じつはいろいろと細かいことがあってすっかり忘れていたのだが、道重さゆみのライトファン活動として、モーニング娘。'14の作品はなるべくちゃんとおカネを出して買うようにしているのだが、この「時代を超え 宇宙を超え」という曲は、本当に音楽的快感にも満ち溢れていて、ものすごく好きである。「笑顔YESヌード」とか「リゾナント ブルー」以来かもしれない。美しいピアノの旋律と、それがブレイクビーツ的に使用されていて、それからEDM歌謡調になって、それからサビ部分の切ない感じがものすごく良い。正直、義務的に買うだけは買ってじつはその後ほとんど聴かない曲も少なくはないのだが、これはよく聴いている。今年買った大森靖子の作品以外では、間違いなく最も好きである。

それと今年の道重さゆみのバースデーTシャツ、表が「道重依存」で裏が「限界道重」である。このセンス、やはり最高だが、「道重依存」からの脱却を果たし、「限界道重」に行きつくことができない在宅ヘタレライトヲタの私のような者が強烈にDISられているようで、たまらない快感がある。最高だね。

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