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2014年11月22日 (土)

卒業-さゆみんに向って。

風呂上りに、ジェームス・テイラー&J.D.サウザーの「憶い出の町」を聴いている。道重さゆみが大好きな岩塚製菓の味しらべは自宅の近所のスーパーマーケットで売っていたので、もちろん買ってきた。甘辛くてとても美味しい。亀田製菓のハッピーターンによく似ているような気もする。

モーニング娘。’14は台風のため延期されていた浜松でのコンサートを終え、道重さゆみが在籍しての公演は、26日の横浜アリーナを残すのみとなった。「道重さゆみ」というタイトルの記事が、アメーバのブログにアップされた。浜松のコンサートがすごく楽しかったため、テンションが高くしあわせだという内容である。そして、「キメてるさゆみ ではなく 『道重さゆみ』 を好きになってくれて、ありがとう」と綴っている。

アイドルにも芸能人にもそれほど興味がなくなって久しかった私が、なぜ道重さゆみだけをこれほどまで好きになったかというと、それは道重さゆみのことをアイドルでも芸能人でもなく、道重さゆみという人間として見ていたからに他ならないであろう。

もちろん私は道重さゆみのことをメディアを通してしか知らないし、そのようにして私の脳内につくられた道重さゆみのイメージがどの程度、本当の道重さゆみと関係があるのかは定かではない。しかし、それは現実の人間関係において出会う人々についても同じことがいえるし、私はおそらくこれまでの人生の中で、道重さゆみほどより深く詳しく知りたいと思えた他人とは出会えたことがなかった。

道重さゆみはあと数日間でモーニング娘。’14を卒業し、その後は休業することになっている。いつか休業が終り、ふたたび私たちの前に現れてくれてくれることがあるのかどうか、それはいまのところまったく分らない。それでも、私たちは人生を続けていかなければならない。

道重さゆみはアメーバのブログで、モーニング娘。’14のメンバー1人1人をタイトルにした記事を上げ続けている。そこにはタイトルになっているメンバーと2人で写った写真と、シンプルだが愛にあふれた言葉が綴られている。こういうのを見ると、いよいよカウントダウンという感じがしてきて、グッとさびしくなってくるものだ。

横浜アリーナのコンサートが終った後、おそらく私は道重さゆみがモーニング娘。’14を卒業し、芸能活動を休業することによる喪失感、さゆロスともいえる虚脱状態に陥ることがじゅうぶんに想定される。過去の道重さゆみ関連のコンテンツを視聴することはいくらでもできるが、新しい情報はもう更新されない。それをどこに求めるのかというと、おそらく道重さゆみが卒業した後のモーニング娘。’14なのではないかという気がする。

モーニング娘。’14は、おそらく道重さゆみが卒業した後で、新しいリーダーが率いることになり、12期メンバーも本格始動し、また新たな歴史をつくっていくのだろう。これまでのモーニング娘。がそうであったように、である。

しかし、道重さゆみが伝えたことは引き継がれていくわけであり、そこにしばらくは幻影を求めていくのではないか、という気がする。

道重さゆみが卒業する数日前になって、やっとモーニング娘。’14のメンバー全員の顔と名前が一致したというどうしようもなく不届き者な私ではあるが、道重さゆみのおかげでモーニング娘。’14のことも少しずつちゃんと知ることができて、本当によかったと思う。

あの時期に、芸能人にもアイドルにも興味がなくなって久しかった私が、なぜ道重さゆみだけをものすごく好きになったにかというと、そこにおそらく当時の私が人間として正しいと思ってはいたがいつしか失ってしまったものの大半があったからだと思う。

大阪の公開生放送で道重さゆみを見た時、その時間がずっと続いてほしいと思った。そのような感覚が存在することすら、長い間すっかり忘れていて、それを思い出させてくれたのが道重さゆみだった。

当時のグループの中で存在理由を見つけようと不器用に一生懸命頑張り、それでも自分らしさは失わず、時に空回りしたり傷ついたりしながらも、少しずつ夢を叶えていった。その様子を見て、道重さゆみに良いことがあった時は、まるで自分のことのように嬉しかった。道重さゆみを好きでいることそのものが、自己肯定感に繋がっていた。

その頃、道重さゆみのことを書くためにココログではじめたブログのタイトルは「卒業-さゆみんに向って」であった。これは1985年に発売された野々村文宏・中森明夫・田口賢司による「卒業-KYON2に向って」という本のパクリなのだが、もちろんちゃんと意味はあった。サブタイトルが「モーニング娘。道重さゆみをめぐる自分探し系ブログ」であったように、これは不活発で不承不承続けられているにすぎなかった私の人生を、不器用に一生懸命に葛藤する姿そのものが美であるような道重さゆみ的なものへと卒業させるまでのドキュメンタリーとして書いていたのである。

あれから7年と数ヶ月が経過し、道重さゆみはあと数日でモーニング娘。’14を卒業する。私の人生は道重さゆみにもはやそれほど依存しなくても平気な程度には大丈夫になったような気がしていたが、それはいつでもアメーバブログにアクセスしたり「今夜もうさちゃんピース」を聴きさえすれば、最新型の道重さゆみに出会うことができることを知っていて、安心していたからに過ぎなかった。本当の道重さゆみの不在などを生きられるはずがないし、道重さゆみがいない世界なんて生きたくもない。

道重さゆみに出会えたから、世界はふたたび輝きを取り戻したように思えたのだが、いったい道重さゆみの不在状態において、それは可能なのであろうか。でも、そうしていかなくてはいけないのであろう。好きでいる気持ちはおそらく今後、もしもう二度と道重さゆみに会えなかったとしてもずっと変わらないとは思うのだが、だからといっていつまでも依存しているわけにはいかないし、道重さゆみには本当に見合うだけのしあわせがすべて訪れてほしいと思うのだ。もう何度も書いてきたけれども、やはり道重さゆみになりたいし、私は私自身の道重さゆみを生きていかなければ。だからこのブログも、おそらく休んだり休まなかったりしながら、まだ続いていくのだろうな、という気がする。

モーニング娘。’14のメンバーで、「『生きる』ブログ。’14」の「生」の字が名前に入っているのは9期メンバーの生田衣梨奈だが、寝たフリをして自分で寝顔を撮ってブログにアップしたりしていたらしい。そのことを小田さくらがラジオ番組で話して、それを聞いて道重さゆみが「アホだなぁー」と言うのだが、それがとても嬉しそうで、しあわせな気分になる。

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