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2014年11月

2014年11月30日 (日)

フクムラダッシュ。

道重さゆみがモーニング娘。’14を卒業してから3日間が過ぎたが、いまもインターネットには道重さゆみについて語る言葉が溢れている。

11月26日に横浜アリーナで行われた卒業コンサートは、途中で道重さゆみが足を痛めるというアクシデントに見舞われたが、メンバー、スタッフ全員でその困難を乗り切り、また、道重さゆみ自身も足の痛みと悔しさと闘いながら、最後まで素晴らしいコンサートをやり遂げた。

実際に横浜アリーナでこのコンサートを観ていた私には、じつはこのアクシデントがあったことすらかなり後になるまで気づかなかったのだが、終演後に知った情報が増えたり、スカパーで放送された動画を観ることによって、その事実を知り、あれはとてつもないコンサートだったのだということを再認識したのであった。

そして、新しい情報はいまもまだ更新され続けている。道重さゆみがいうところの、なんとか自分の力を発揮して、ネットパトロール的なことによって知った情報では、メドレー中に足に異変を覚えた道重さゆみは、途中でセンターステージでパフォーマンスする曲になっても動くことができず、1人だけメインステージに残ってパフォーマンスを続けた。

道重さゆみと譜久村聖によるデュエット曲「好きだな君は」の時には、センターステージにいた譜久村聖がメインステージの道重さゆみに向って全力疾走して、メインステージで一緒にパフォーマンスするという場面があり、これは「フクムラダッシュ」として、一部ファンの間で伝説化しつつある。

「青春コレクション」は鈴木香音、飯窪春菜、佐藤優樹、工藤遥、小田さくらによって歌われるため、道重さゆみは一旦、ステージを離れた。そして、ファンには見えないところで号泣し、スタッフに謝罪を繰り返していた。。道重さゆみは卒業コンサート翌日に更新したブログにおいて、この足を痛めた件について、「すごぉぉく悔しかったし申し訳なかったし、自分に対してこんなにムカついたことはないくらいにムカつきました(笑)」と綴っているが、これはファンを必要以上に心配させないように、わざとできる限り軽めに書いているのだろう。

次の曲は「LOVEマシーン(updated)」だが、スタッフは道重さゆみにここで少し休むことを提案したようだ。1人のスタッフはおそらくステージの方に向って、道重さゆみは「LOVEマシーン(updated)」の1コーラス目では出ないということを伝えたようだ。しかし、無理をしなくていいというまた別のスタッフの言葉を振り切って、道重さゆみは泣きながらふたたびステージに戻り、「LOVEマシーン(updated)」のパフォーマンスに加わったのだった。

あの愛に包まれた夢のようなコンサートの舞台裏で、このような壮絶なドラマが起っていたのだ。このような状況を知った上で、アンコール前最後の曲である「Be Alive」での涙に溢れたパフォーマンスを再度観直すと、初めとはまったく違った種類の感動がある。

このコンサートについて、多くの人たちがいまも語っているのだが、やはり当事者であるメンバー、特に道重さゆみからも聞きたいのは当然なのだが、すでに休業に入ってしまったため、それは叶わない。であれば、後輩メンバーが出演するラジオを聴いてみようということになった。

ハロー!プロジェクトのホームページを見ると、午後にFM yokohamaの「Music & Turf」なる番組に、生田衣梨奈が数分間だけ出演することになっていた。仕事の休憩時間にradikoで聴いたのだが、ゴルフ番組であり、普通にゴルフのことだけ話していた。

そして、22時からの「ヤングタウン土曜日」は先週で道重さゆみが卒業し、今週から鞘師里保と飯窪春菜がレギュラーになっている。モーニング娘。’14では鞘師里保の方が先輩であるため、先に名前が表記されているのだが、番組では飯窪春菜の方が早くからレギュラー出演していて、先週まで道重さゆみが担当していたカフ係も任されていた。また、番組中での紹介順も飯窪春菜の方が先であった。今週はさらに新たにモーニング娘。’14のリーダーになった譜久村聖も、ゲストとして出演していた。

オープニングからモーニング娘。’14関係の話題で、明石家さんまらしく紅白歌合戦にモーニング娘。’14が出演できなかった件についても、普通にふれていた。また、11月26日の横浜アリーナでのコンサートについては、やはり「彼と一緒にお店がしたい」において、鞘師里保が道重さゆみに唇を奪われた件が話題になった。鞘師里保は「やわらかっ」と思ったらしい。また、鞘師里保が譜久村聖の二の腕などをやたらとさわりたがることや、譜久村聖がカニを8匹も飼っていて、脱皮した写真を喜んで道重さゆみに見せたら気持ち悪がられたことや、ダジャレが好きなことなどが話題になり、なかなか楽しい放送であった。

しかし、コンサートで道重さゆみが足を痛めるというアクシデントがあったことには一切ふれられず、やはりこれは事務所的にはNGな話題であり、無かったことにされるのだろうかという気がした。あのアクシデントがあったからこそ、コンサートがより感動的なものになり、伝説化すると思うのだが、事務所としては伏せておきたいことという認識なのだろうかと、少し残念に思った。しかし、けしてそんなわけでもなかったということは、約1時間後に分かることになる。

深夜0時30分からラジオ日本で放送された「モーニング娘。’14のモーニング女学院〜放課後ミーティング〜」を、初めてオンタイムで聴いた。土曜の深夜にラジオ日本を聴くのは、約30年前の「全米TOP40」以来だと思う。番組収録が行われたのは横浜アリーナでのコンサートがあった翌日、11月27日で、出演メンバーは譜久村聖、生田衣梨奈、小田さくらの3人である。

オープニングでは好きな丼について語るが、譜久村聖はしらす丼、もずく丼、ポキ丼であり、ポキ丼というのが何のことか分らず調べたところ、まぐろやアボカドなどが入ったものでハワイ料理のようであった。生田衣梨奈はサーモン丼が好きで、朝8時ぐらいに一人で築地に食べに行ったりしているらしい。カッコいい。小田さくらは親子丼をあげていたが、白飯があまり好きではないらしい。しかし、パンよりはごはん派であり、もっと好きなのは麺らしい。しかし、カレーライスは好きだという。よく分からないが、これがいわゆる小田イズムというやつか。なかなか好きである。

横浜アリーナの話をすると言っていたので期待していたところ、その前に1曲ということで、なんと「好きだな君が」が選曲された。もちろん、いまや「フクムラダッシュ」の曲である。ということは、トークでも「フクムラダッシュ」がついに本人から語られるのか。だとしたら、もちろんコンサートで道重さゆみが足を痛めたアクシデントについてもふれないわけにはいかないであろう。

そして、それは語られた。「好きだな君は」は、やはり当初はセンターステージで歌われる予定だったらしい。しかし、道重さゆみは足を痛めたために、1人だけメインステージに残ってパフォーマンスを行っていた。そこで、譜久村聖がメインステージの道重さゆみに向って全力疾走、つまり「フクムラダッシュ」を行うのだが、あれはスタッフの指示かと思いきや、譜久村聖による判断だったようだ。

譜久村聖が道重さゆみと「好きだな君は」を歌えるのはおそらくこれが最後の機会であり、ならば隣で歌いたいと思い、無我夢中で走っていたらしい。先生方がこれを見て、みんな泣いていたらしい。あの時、走ってくる譜久村聖を見て道重さゆみが笑顔になる場面が映像でも残っているが、後で道重さゆみはこの時を思い出して、「フクちゃんのこと抱きしめたくなった」と言っていたようだ。

小田さくらの証言によると、コンサート前、道重さゆみは緊張するとずっと言っていて、楽しみだけれどもはじまってほしくないというようなことも言っていたという。メンバー全員がそのような感じだったようだ。

また、「彼と一緒にお店がしたい」における道重さゆみの鞘師里保へのキスは、つんく♂も絶賛していたらしい。他のメンバーはそれぞれパフォーマンスをしていたが、鞘師里保の歌が止まったために何が起ったのかと思い、モニターを見て状況を理解したらしい。

生田衣梨奈のサブリーダー就任発表では横浜アリーナのどよめきがすごかったが、インターネットで見たニュースでも、やたらとどよめきというワードが使われていたらしい。生田衣梨奈の「これが現実です」が笑いを生み、「頑張って生田」も決っていた。

ラジオではふれられなかったが、道重さゆみに後輩メンバー1人1人からメッセージを送るセクションで、生田衣梨奈の直前で道重さゆみが立っていられなくなり、暗転となったのだが、その直前の道重さゆみの「まさか、生田のときに」がつらくなりそうな空気を救ったのだが、その後で生田衣梨奈が道重さゆみに「頑張って生田」を促すが華麗にスルーされる場面、道重さゆみの笑顔が良かった。

収録日の前日に行われた横浜アリーナのコンサートを振り返り、生田衣梨奈は「やってやった感あるよね」と言っていた。そして、譜久村聖によると、この時にすごいドヤ顔をしていたという。また、13人になった次のツアーが楽しみだとも言っていた。コンサート終演後には先生方に期待しているよなどと言われ、期待されるもの何もないですなどと言って号泣していたらしい。やはり、生田衣梨奈にはものすごく可能性を感じる。

小田さくらは27日の朝に目を覚まし、一言目が「道重さん」だったらしい。さゆロスの症状はメンバーにもあらわれているらしい。しかし、生田衣梨奈は前に進んでいくのだと、力強く言っていた。

そして、最後に「歩いてる」がかかった。道重さゆみが見せてくれた景色を忘れない、という発言もあった。このメンバーたちならば、道重さゆみイズムを受け継ぎ、さらに進化させていくことができるのではないか、と感じた。そして、ぜひそれを見ていきたいと強く思った。

2014年11月29日 (土)

好きだな君が。

iPhoneのホーム画面に道重さゆみのアメーバのブログがアイコン化されていて、1タップで開けるようにしているのだが、もちろん11月27日13時35分15秒に投稿された「卒業」という記事が最新のままで、ついに更新をあらわす「NEW!」の文字も表示されなくなってしまった。これにさゆロスの初期症状ともいえるさびしさを覚えなくもないのだが、ピンク色のサイリウムで染まった横浜アリーナの写真も表示され、あの光の1つになれたことを、とても誇らしくも思うのであった。

日常はすっかり平常に戻ったかのようではあるが、自由な時間はやはり道重さゆみについて書かれた文章を読んでいる。もう道重さゆみ本人による新しい言葉はおそらくしばらくは読むことはできないのだが、いま、かなりたくさんの人たちが道重さゆみについてかなり熱烈に語りたくなっているので、それで極度のさゆロス状態を回避できている部分もある。

BARKSやビルボードといったサイトに掲載された11月26日の横浜アリーナコンサートのレビューを読んだが、かなり詳細に、しかも愛情をこめて書かれている。そして、当日、現地で観た風景を思い出し、また、観ていただけでは分らなかった事実を知り、それ込みで胸が熱くなり、何度も泣きそうになったりしている。

コンサート途中で道重さゆみが足を痛めるというアクシデントがあってから、やはり舞台裏では多くのドラマがあったようである。臨機応変に対応したスタッフやメンバー、そして痛みと悔しさと闘いながら、最後までやり遂げた道重さゆみ、あの夢のような空間では、ものすごいことが起っていたわけである。

メドレーの途中、当初はメンバー全員が中央ステージでパフォーマンスする予定だったと思われる場面で、道重さゆみだけはおそらく足の痛みのために移動することができず、メインステージで歌っていた。次の曲は「好きだな君が」で、道重さゆみと譜久村聖のデュエットである。ここで譜久村聖は中央ステージからメインステージの道重さゆみに向って猛ダッシュで走る。おそらくこれを見たと思われる道重さゆみが、笑顔になる。この場面は「フクムラダッシュ」として、一部のファンの間で早くも伝説化しそうな勢いである。

道重さゆみがいうところの、なんとか自分の力を発揮して、スカパー!で生中継された当日のコンサート動画をところどころ観たのだが、アンコール前の最終曲である「Be Alive」の曲紹介、そして歌い出しで、道重さゆみが泣いている。これはおそらく自分が足を痛めたことに対する悔し涙なのではないかと思う。ここまでは順調であった。カッコいいパフォーマンスも決っていたし、「彼と一緒にお店がしたい」で鞘師里保にもキスできたし、中澤裕子、矢島舞美、田中れいなからの祝福もあった。しかし、メドレー中にアクシデントが起った。ずっと準備してきて、映像収録もある、この記念すべき卒業コンサートで、よりによってなぜこんな大事な舞台でこんなことが起きてしまうのか。

道重さゆみは翌日のブログで「悔しかったし申し訳なかったし、自分に対してこんなにムカついたことはないくらいにムカつきました(笑)」と綴っているが、あの表情にそれがあらわれていた。しかし、ピンチをチャンスに変えるドラマこそが道重さゆみの真骨頂であり、結果的にこのアクシデントこそが卒業コンサートを伝説的なものにし、後輩メンバーたちの成長に後々つながる経験になったに違いあるまい。

コンサートDVDとBlu-rayが2月に発売されるようだが、これはぜひメンバーやスタッフ、当事者や目撃者の証言をもまじえたドキュメンタリー作品も制作してほしいと思わせてくれるほどである。

数年前、道重さゆみの魅力に気がつき、それをやや大げさではないかと思えるほどに讃える文章を日夜書き綴っていた時期がある。当時、世間一般的には人気が下火だと見なされているアイドルグループの、しかも人気がある方ではないメンバーに強くはげしく入れ込むことに、スノッブ的な快感がまったく無かったといえば嘘になる。しかし、その根底にある愛と敬意はいつでも本物であった。

いまや多くのメディアや著名人が道重さゆみの魅力を、真顔でレジェンド的に讃えている。そして、道重さゆみ自身ももちろんそれに見合う存在となった。横浜アリーナで見た道重さゆみは、本当に凛々しかった。感動した。しあわせだった。

道重さゆみが卒業してしまったら、もうモーニング娘。’14には興味がなくなってしまうのではないかと思っていた。実際にしばらく前から、モーニング娘。そのものはもうそれほど好きではなくなっていたし、一時期はどちらかというと嫌いに近い感情を持っていたことすらある。しかし、道重さゆみは卒業スピーチでも言っていた通り、元々、モーニング娘。が大好きで、モーニング娘。になりたいという思いだけでこの世界に入り、その気持ちだけはずっとブレることがなかったという。

道重さゆみは卒業後も、これからのモーニング娘。をよろしくと、ことあるごとに言っていた。ならば、道重さゆみファンとしては、道重さゆみが卒業した後もモーニング娘。’14を応援するべきであろう。しかし、それだけの理由でじつはたいして好きでもないグループを応援するというのは、何かが違うような気がする。だが、私はいまのモーニング娘。’14がとても好きになってしまったので、もはや何も迷いがない。道重さゆみが卒業した後でも春コンサートに行こうかと思ったぐらいなのだが、いま出ているスケジュールだと、やはり仕事の都合で行ける日が無い。

道重さゆみのことはハロプロ卒業メンバーとして事務所のホームページに載っているし、アメーバのブログでは「道重再生 またいつの日か...。」という文字も見せてくれているので、いつか再びまた会えるのではないかと、期待をしていないわけではない。

先日の横浜アリーナのコンサートのことも、当分は道重さゆみの言葉で聞くことができない。だから後輩メンバーのブログを読んだりラジオを聴いたりするのだろう。それが道重さゆみの思い出だとか情報を知りたいからという理由だけなのではなく、もはや各メンバーのこともより多く知りたいということになってきているので、これは良いことだと思う。

しかし、やはり根本的には道重さゆみが好きであるということから派生しているのであり、無理して推すメンバーをわざわざ決めるというよりは、道重さゆみの後輩であるメンバー全体、グループそのものを応援するというスタンスで良いのではないかという気がする。これがいわゆる箱推しというやつか。

しかし、やはりグループの中で特に興味があるメンバーというのはいる。

道重さゆみは卒業スピーチでファンに対して、「変な人たち、サンキュー」という名言を残したが、もちろんそれは道重さゆみ自身が変なアイドルであるからに他ならない。変とはもちろん他と違っているということであり、独特で個性的でユニーク、多様性を認めるということにもつながる。その通り、私は変なアイドルであるからこそ道重さゆみに魅かれたわけであり、この場合の変とは、道重さゆみがファンに対して言っているのと同様に、最大の賛辞なわけである。

さて、現在のモーニング娘。’14メンバーの中で最も変なのは誰かというと、私はサブリーダーに就任したばかりの生田衣梨奈だと思うのだ。魔法使いや実費で名古屋の「今夜もうさちゃんピース」のロケに突入やファンとして新垣里沙のイベントに参加、また、うさぎ系女子を目指すといった謎の宣言をするも中途半端に終っているらしいことや、ロック的なデザインやファッションを気に入っている風なところ、普段から福岡弁で話すなど、ひじょうに気になる部分が多い。また、面倒くさいかまってちゃん気質であるらしいところや歌があまり上手くないなど、私の心の琴線にふれる部分がわりと多い。

このようなキャラクター的な部分を先に注目したのだが、コンサートの映像を観ると、ただただシュッとしていてカッコいい。このギャップはかなり良いのではないだろうか。今後注目していきたい。

こうすることによって、当分は深刻なさゆロスは回避できそうだし、おそらくこのようにモーニング娘。’14を好きになって道重さゆみが卒業した後も応援し、しかしもちろん道重さゆみこそが一番好きである、という状態こそが道重さゆみが最も望んだものだったのではないか、という気がする。

2014年11月27日 (木)

今日はなんだか。

昨夜は横浜アリーナで開催されたモーニング娘。’14のコンサートに行き、夢のような時間を体験することができた。この日を最後にモーニング娘。’14を卒業した道重さゆみは、最高にカッコよくてかわいくて美しかった。たくさん感動したし、泣いたし、道重さゆみからの「変な人たち、サンキュー」の言葉がものすごく心に沁みた。最上級に嬉しかった。私が道重さゆみを本格的に見つけたのはデビューしてから4年ぐらい経った頃だし、途中からはあまり熱心なファンではなくなってしまったけれども、それでも道重さゆみが好きだという気持ちはずっと続いていたし、その存在には感謝しかなかった。そして、モーニング娘。’14としての活動の最後になって、以前と同じ感じでまた強く好きになれて、初めて握手もして本人に直接気持ちを伝えたり、コンサートにも行けて本当によかった。

しかし、そんな夢のようなコンサートの舞台で起っていることすべてには気がついていなかった。

2回目のアンコールで、あのお花でできたドレスで登場し、感動的なスピーチを行った時である。道重さゆみから、今日は途中で踊れない時間もあったとか、こんな大事な日に足を痛めたとかいう発言があり、そこで初めてそんなことがあったのかと気づいたのであった。

後輩メンバーから道重さゆみにメッセージを伝える時、道重さゆみが立っていられなくなり、暗転する場面があった。それは道重さゆみが足を痛めていたためだったのだが、その時点で遠くからステージやスクリーンを観ていた私には、それがまだ分ってはいなかった。感きわまって泣き崩れてしまったのか、などとあやふやな誤解すらしていたのだ。しかし、スカパーの生中継やライブビューイングで視聴していた人たちには、その状況が伝わっていたようであった。

また、メドレー中に道重さゆみだけがメインステージに残り、他のメンバーが中央のステージでパフォーマンスする部分があった。あれは元々そのような演出なのだろうと何の疑問も感じていなかったのだが、どうやら足を痛めていた道重さゆみが中央ステージに行けなくなってしまったためのようである。次の曲が道重さゆみと譜久村聖によるデュエット曲「好きだな君が」だったのだが、譜久村聖はメインステージの道重さゆみの元に猛ダッシュで駆けて行ったのだという。

道重さゆみが足を痛めたのは突然の予期せぬアクシデントであったが、メンバー全員でそれをカバーした。道重さゆみも足が痛かったり、それ以上に精神的にものすごくつらかっただろうと思う。つんく♂のツイッターでは道重さゆみがこのことをものすごく気にしていたことを伝えていて、中澤裕子のブログでは道重さゆみが終演後に泣き出してしまったと書かれていた。27日に更新された道重さゆみ自身のブログには、「悔しかったし申し訳なかったし、自分に対してこんなにムカついたことはないくらいにムカつきました(笑)」と綴られている。「(笑)」と入っているのは、もちろんファンに対しての気づかいであろう。

しかし、これも含めてリアルでよかった。うまくいくことばかりではないし、アクシデントやトラブルもあるけれど、それでも一歩一歩自分らしく、感謝の気持ちを忘れずに前へ進んでいこうというのが道重さゆみイズムであり、これが無ければあまりにもカッコよすぎて完璧すぎて、逆に物足りなさを感じたのかもしれない。そういった意味で、逆に完璧であった。

私は今日も仕事が休みだったのだが、深夜1時からとある作業に参加しなければならないため、そろそろ仮眠をとろうかとも思っているのだが、ずっとハロー!プロジェクト関係者のブログだとか、道重さゆみのファンが中心に書き込んでいる掲示板などを読み続けている。読んでいる途中で、また何度も泣きそうになる。それから、朝の情報番組で流れた動画なども観た。

午後に道重さゆみのアメーバとGREEのブログが更新され、どちらも「卒業」という記事がアップされた。これが当分は最新の更新になるのだろうか。私がこのココログで道重さゆみのことを書くブログをはじめたのは2007年8月で、その時、タイトルは「卒業-さゆみんに向って」だったのだが、いま、道重さゆみのブログの最新記事のタイトルが「卒業」で、これが地味にとても嬉しい。

昨夜のコンサートで、後輩メンバーが道重さゆみに1人1人メッセージを伝える場面において、2度目に暗転したのは鞘師里保が道重さゆみに抱きついていった直後であった。「まさか、生田のときに」という道重さゆみの声がマイクを通して流れ、重くなりそうな空気を少し軽くした。これはもちろん次にメッセージを伝えるメンバーが生田衣梨奈だったからなのだが、ここに何らかの運命のようなものを感じないでもない。暗転中にファンがさゆみんコールをしていたが、暗くなったステージの上では、途中から譜久村聖らのメンバーもそれを煽動していた。

ブログの記事には、表紙に「4329 days」と書かれた本の画像が掲載されている。これはコンサートのエンディングのビデオに映っていたものだ。あれはとてもよく出来ていて、コンサートをより感動的なものにしていた。

そして、「道重終了」と「道重再生」の文字の画像も掲載されている。ピンク地に黒の手書き文字ということで、コンサート会場でもよく見かけた「道重一筋」や「道重依存」などのオリジナルTシャツと同じデザインである。これは関係者に配られたクリアファイルのようだ。「道重終了」には「今日で燃え尽きました。」、「道重再生」には「また、いつの日か...。」と書かれていて、おそらく表裏になっている。

先日の「今夜もうさちゃんピース」最終回においては、「またいつか、あなたのハートにうさちゃんピース!」と言っていた。

いつか、いつの日か、「道重再生」の日は来るのか。その日を楽しみに待っていたい。それを希望に生きていきたい。

道重さゆみは「いままで本当にどうもありがとうございました」「本当に心からどうもありがとうございました」とは言ったが、お別れの挨拶は1つもしていない。道重さゆみがそのような礼儀を欠くようなことをするはずがない。つまり、おそらくこれは別れではないのだ。

「道重再生」をそのようなメッセージとして受け取った。しかし、いまは本当にもうゆっくりと休んで、やりたかったことをすべてやって、そしてまたファンの前に現れることが、道重さゆみにとって本当に一番やりたいことになった時に、また会えたらといいと思う。いまは自分自身のためにすべての時間をつかって、自由を満喫してほしい。道重さゆみ自身のしあわせこそが、私のしあわせでもあるからである。


見返り美人。

横浜アリーナで開催されたモーニング娘’14。のコンサートから帰宅した。この日は秋ツアーの千秋楽であり、道重さゆみの卒業コンサートでもあった。

2007年から道重さゆみのライトファンであったが、仕事の日程やその他の理由により、モーニング娘。のコンサートには、これまで一度も参加したことがなかった。道重さゆみが在籍した最後のコンサートの日程が発表され、それは私が基本的に仕事を休むことができない日曜日でも祝日でもなく、なんと奇跡的に元々仕事が休みの日だったのである。これは神様が私を行かせてくれるためにこの日程にしてくれたに違いないと思ったのだが、発売日当日にインターネットでチケット購入を試みたものの、数分間で完売となってしまい、失敗に終った。ここで一旦はあきらめたのだが、その後、道重さゆみがいうところの、なんとか自分の力を発揮して、チケットを入手することに成功した。

この日を指折り心待ちにしていた。それと同時に、この日限りで道重さゆみはモーニング娘。’14を卒業してしまうばかりではなく、芸能活動の無期限休業をも発表していたため、とてつもない喪失感というか、さゆロスとでも呼ぶべきものに襲われるのではないか、という懸念もあった。

コンサートの感想については後ほどより詳しく書くとは思うのだが、一言でいうと、道重さゆみは最高にカッコよくてかわいくて美しくて、最高というか至高であった。そして、初めて体験したあの愛に包まれた空間、あれは習慣化するのも分かる気がする。ペンライトというかサイリウムというかキングブレードというか、多数の光る棒は色の種類や濃さも多種多様で、これがものすごく綺麗なのだ。

私もモーニング娘。のコンサート映像は過去に何度も観たことがあるので、どうせ行くのならばこのいわゆる光る棒系は必携アイテムであろうと考えていた。それで事前に調査をしていたのだが、サイリウムという折って光らせるタイプよりも、いまはキンブレことキングブレードなどの電池で光るタイプが主流であり、中でも1本でいろいろな色の切り替えができるタイプが人気とのことであった。渋谷の東急ハンズでピンク色のキングブレードを買った。どうせピンク色しか振らないのだから、色が切り替わるタイプのやつは必要ないだろうと思ったのだ。

しかし、実際にコンサートに参加してみると、特定のメンバーがフィーチャーされた時に一斉にそのメンバーの色に切り替えたりするのがものすごく綺麗で、楽しそうなのだ。サプライズ的に田中れいなが登場した時、おそらくメンバーカラーであったと思われる青が一気に多くなった。

また、会場の外や中などで、有志と思われる方が道重さゆみのメンバーカラーであるピンク色のサイリウムを無償で配ったりしていた。

道重さゆみが卒業する感傷と、初めて参加するモーニング娘。’14のコンサートへの驚きと発見が同時に訪れるという、ひじょうに濃密な体験であった。また、メンバーがメインステージでパフォーマンスするだけではなく、中央の別のステージや通路などに出てくるのも初めて生で観た。思えば私が過去に行ったライブやコンサートといえばライブハウスかホールのみで、このような大きな会場は初めてだったのである。道重さゆみのおかげで人生で初めて体験したことが、また1つ増えたわけである。

モーニング娘。’14のパフォーマンスはものすごくカッコよく、メンバーもそれぞれひじょうに魅力的だ。もちろん道重さゆみは至高なわけであり、それを体験できたことによるしあわせがあまりにも強すぎて、当初予想されていた喪失感だとかさびしさというのは、意外にもまだ本格的には訪れていない。これから少しずつ実感してくるのだろう。

しかし、これにはまた別の理由もあると思えるのだ。今日、道重さゆみのパフォーマンスやトークを数時間体験して、イメージが実像として結晶化し、安心の深さが生れたのではないかと思う。特に最後の方で道重さゆみが卒業スピーチをした場面である。

道重さゆみは言った。自分のファンの人たちは変な人が多い、変わり者の集まりだなといつも思っていた、と。なぜなら、他に歌やダンスが上手いメンバーはいるし、もっと魅力的な芸能人はたくさんいるにもかかわらず、そんな中で、道重さゆみを応援してくれたからだという。たいして何もできないのに口だけは一人前で、顔はまあかわいい方だとしても、そういうことも全部自分から言ってしまう、そんなアイドルを普通は応援したくないはずだが、道重さゆみのちょっと変なファンの人たちは、晴れの日も雨の日も大雪でも台風がきても嵐の日だって、会いにきてくれて、全力で応援してくれて、勇気をくれて、パワーをくれて、優しさをくれて、自信もくれて、安心感もくれた。そして、愛をくれた。

そして、ファンの人たちに対し、自分のことを見つけてくれて、出会ってくれてありがとう、モーニング娘。になって、みなさんと出会えたから、道重さゆみが存在する意味があったと思った、モーニング娘。になるために生まれてきた、生まれてきてよかったと思った、とも。そして、次の言葉にグッときた。

「さゆみのファンの人たちが、他の誰でもない...みんなでよかった。変な人たち、サンキュー」

もちろん、泣いた。

道重さゆみが卒業した後のリーダーには、これまでサブリーダーだった譜久村聖が就任し、もう一人のサブリーダーであった飯窪春菜は引き続きサブリーダーを務めることが発表された。そしてもう一人のサブリーダーということで、鞘師里保なのではないかと思ったのだが、同じく9期メンバーの生田衣梨奈であった。ここ最近、モーニング娘。’14のメンバーを覚えるにあたり、そのイタいキャラクターがわりと好みになりつつあっただけに、これは少し嬉しかった。「誰もが嘘?って思ったかもしれませんが、これが現実です」と言っていた。

また、「彼と一緒にお店がしたい」はやはり最高なのだが、パフォーマンス中に鞘師里保が道重さゆみに唇を奪われ、ひじょうに動揺した表情がスクリーンに映し出されていた。道重さゆみはひじょうに満足げであった。鞘師里保はトークでも歌でも声がものすごく好きなのだが、優等生的なイメージが強いため、思い入れはそれほどなかったのだが、好感度がどんどん上がり続けている。

中澤裕子、矢島舞美、田中れいなが登場し、道重さゆみに卒業を祝うメッセージと花束の贈呈をした。田中れいなは前夜に道重さゆみの卒業を祝う熱いブログを更新していたが、直接、長文のメールも送っていたようだ。同期であるこの2人の関係は最高である。

後輩メンバー1人1人から道重さゆみへのメッセージはやはり感動的であったが、道重さゆみがパフォーマンス中に足を痛めてしまい、途中で何度か立っていられなくなり、暗転する場面があった。これもじつにリアルであり、道重さゆみらしいと思った。つんく♂のツイートによると、道重さゆみ本人はこの件をかなり気にしていたということなのだが、やはり物事すべてが順調にはいかず、そのブルーズを抱えながらも前へ前へと進んでいくという、むき出しのリアルがまさに道重さゆみであり、これも含めて私は大大大好きで感動したので、大丈夫である。

アンコールでは後輩メンバーが道重さゆみに贈る曲、「見返り美人」が歌われた。道重さゆみは美しい和服姿で登場し、後輩メンバーたちの表情がスクリーンに映し出されるたびに、泣きそうな気分になった。というか、実際に泣いていた。わりと初めの方の「時空を超え 宇宙を超え」の時点で涙腺があやうくなっていたのが、ここで完全に決壊したのであった。歌詞の「背中(セナ)でさよなら 見返り美人 ああ ああ もったいないよ いい女」がまさにその通りであり、これはまさにこの時のための曲といっていいだろう。

次のアンコールで、先ほどふれた卒業スピーチのようなものがあり、モーニング娘。に入るオーディションで歌っていたメロン記念日の「赤いフリージア」をソロで歌った。そして、モーニング娘。の曲の中でも思い入れが強いとよく言っている「歩いてる」をメンバーと一緒に歌い、本当の最後は「Happy大作戦」であった。

スクリーンに映し出された道重さゆみが、本当に良い表情をしていた。やり尽したという感じであろう。しんみりした気分よりも爽快感が残っているのは、そのせいかもしれない。

道重さゆみには生きていればいつかまた会えるかもしれないし会えないのかもしれないが、そのことを楽しみに生きるのもよいのではないかと思える。それまでは、道重さゆみを見つけ、出会ったことに誇りを持ち、「変な人たち、サンキュー」と言ってもらえたしあわせを心に抱き、おそらく引き続き不条理かつ理不尽なことも多いであろうこの世界を、それでも一生懸命に葛藤しながら生きる姿は美しいと、道重さゆみが思い出させてくれたように、私は私自身の道重さゆみを生き続けていこうと思う。

粋にさよなら 見返り美人。ああ ああ もったいないよ いい女。

2014年11月25日 (火)

夢を見た。

聴きたいラジオがあるわけではなかったが、雨が降っていたので、仕事から徒歩で帰ってきた。iPhoneで音楽すら聴きたい気分ではなかった。世界は不条理と理不尽で溢れているが、たとえそうであったとしても、自分らしさを失わず一生懸命全力で頑張る姿は美しいと、道重さゆみに出会って思い出したのは、そのような感覚であった。そして、それはいまも変らない。

11月26日の横浜アリーナでのコンサートをもって、道重さゆみがモーニング娘。’14から卒業してしまう。それだけではなく、芸能活動も休業となる。

その日の夜、私はどのような精神状態なのかまったく想像がつかないのだが、当日は感謝だけの安らかな気持ちで臨みたいと思っていた。だからそれに向けていろいろ整えていたこともあったのだが、やはり嫌な予感や兆候をまったく覚えずに生活することは難しく、むしろそれはリアルでも切実でもないわけで、果たしてそういうものを目指しているのかという疑問も感じ、そもそも道重さゆみに出会ったのはそのようなことのためではないわけで、私はやはりささやかなブルーズを心に抱えながら、横浜アリーナに向かうだろう。

帰宅して妻の手料理を食べながら、パソコンで道重さゆみのアメーバのブログを開いた。テレビはほとんど観ないのでよく知らないが、最近、スカパーの道重さゆみが出演するCMがよく地上波でも流れているらしい。このタイミングで道重さゆみのブログなどを開いていることが気づかれると、まだ道重さゆみを好きなことがバレて、明日は何か理由をつくってその時間に外に出ていることの理由が勘繰られるリスクを秘めている。この思いは本気なので、人に気づかれたくはない。それはとても勿体ないことだ。

「にゃ~お」というタイトルの記事がアップされて間もなかったようだ。コメントが1つも反映されていなかったからである。卒業を翌日に控えているが、全然実感がわかないらしい。昨日までの方がわいていたということだ。

私もそんなことを考えていた。というか、腹をくくったという感じである。あと24時間もしないうちにその時は訪れるので、もういまさらジタバタしても仕方がない。感謝の気持ちでその時を受け入れるのみである。そして、私にできる限り最高のテンションで卒業をお祝いしたい。

道重さゆみ流にいうと、どうにか自分の力を発揮して、スペースシャワーTVプラスで放送された「モーニング娘。‘14 道重さゆみ卒業記念スペシャル スぺシャでうさちゃんピース!!!」を観た。ラジオブースのような所でしゃべる道重さゆみを2時間ひたすら撮り続けるという、夢のようなプログラムであった。これまで「今夜もうさちゃんピース」で聴いてきた、道重さゆみのトークが映像つきで楽しめたわけだが、それはあまりにも慣れ親しんだ感じであり、本当にあと数日間でこれが終ってしまうことなど、信じられなかった。

そして、翌日には「今夜もうさちゃんピース」の最終回を聴いた。今年からradikoプレミアムがはじまり、サービスエリア以外のラジオ放送がクリアにリアルタイムで聴けるようになった。これは私が「今夜もうさちゃんピース」の最終回を聴くためにできたサービスなのではないか、とすら思った。また、道重さゆみの卒業コンサートが日曜日でも祝日でもなく水曜日なのも、私の仕事の休日に合わせてくれたのではないかと、半ば本気で信じている。どうかしているね。

「今夜もうさちゃんピース」最終回は1時間拡大版だったが、最終回ということでしんみりしすぎないように、道重さゆみが意識してあえて普段通りのテンションでやろうとしていた。このあたり、「ヤングタウン土曜日」で注入された明石家さんまイズムを感じたりもして、カッコいいと思った。つんく♂からのサプライズの手紙が読まれ、「シャバダバ ドゥ~」が流れ、もう何百回となく聴いたエンディングの音楽が流れた。さらに「妄想セクシーワード」のコーナーさえやってしまう。私は翌朝も早くから仕事だったため、ノートパソコンの電源を落し、iPhoneでradikoを聴きながら、油断して布団に入っていた。

しかし、最後の挨拶で、やはり道重さゆみは泣いてしまった。「今夜もうさちゃんピース」といえば、やはり泣きである。道重さゆみというリアルな表現者のシリアスなドキュメンタリーにふさわしいエンディングであった。ありがとう。私ももちろん布団の中で泣いた。

夢だったのではないかと思う。道重さゆみのことである。

中学生の頃、中島みゆきの「あした天気になれ」という曲が深夜のラジオから流れるのを何度か聴いていた。中島みゆきは特に好きでもないが、この曲の歌詞にある「何ンにつけ 一応は絶望的観測をするのが癖です」という部分には共感できるなと思った。さらに、「わかりのしな望みで 明日をのぞいてみたりしないのが癖です」と続く。

道重さゆみは「今夜もうさちゃんピース」最終回の最後に、「またいつか、あなたのハートにうさちゃんピース!おやさゆみん」と言った。

道重さゆみのこれまでの活動には感謝しかなく、ただただ今後の道重さゆみのしあわせを祈らずにはいられない。それが、もう二度と私の前に姿を現すことがないことならば、それでもいい。これは本当である。

しかし、なぜかそれを「絶望的観測」であると認識しているところもある。

だから、道重さゆみとは夢だったのである。でなければ、不在という現実に耐えることができない。それはまるではげしい恋のようでもある。

このような思いをまたすることになろうとは。

夢は生きることに展望をあたえる。その感覚を現実のものとすることが、目的となる。これが道重さゆみになりたい、私は私の道重さゆみを生きるということである。

つまり、そういうこと。

道重さゆみとは、夢である。その一つの終りを、横浜アリーナに目撃しにいく。

夢はまた何度でも見られるし、更新される可能性がないわけではないが、それは神のみぞ知ることであり、私たちにはどうすることもできない。

また、心理学者は言う。夢とはわれわれの欲望がつくりだしたものだと。

道重さゆみとは私が生きたいと思った人生、欲しいと思っていた世界のすべて、だからこれからは自分自身でやっていくしかないのだ。そのために道重さゆみは卒業する、と半ば本気で信じている。どうかしているね。

それを確認するために、横浜アリーナに行く。ありがとう、道重さゆみ。感謝しかない。

2014年11月23日 (日)

合言葉は勇気。

道重さゆみが出演する最後の「ヤングタウン土曜日」が終った。聴きながら歩いて帰るために、今週も仕事には自転車ではなく徒歩で行った。道重さゆみ卒業スペシャルとでも言うべき内容で、過去の放送からの音源もいくつか流された。伝説の鉛筆投げ事件にもふれられていて、とても楽しかった。

私が道重さゆみに本格的に興味を持ちはじめたちょうどその年の6月から、道重さゆみは「ヤングタウン土曜日」のレギュラーになった。当初、頑張ろうとする余り空回りしているような場面や、明石家さんまのセクハラ、パワハラ的発言に苦戦したり、親方という不本意なあだ名に本気で落ち込んでいるように聞こえることもあった。

しかし、いつからかそれらに対応するし、むしろ逆手に取って楽しむぐらいの成長を見せていた。この番組での経験が、後のバラエティー番組進出時に役立ったことは間違いないだろう。

道重さゆみの後任には鞘師里保が選ばれた。この番組も、今後また新しい歴史をつくっていくことであろう。

道重さゆみのアメーバのブログではモーニング娘。’14のメンバー1人ずつをタイトルにした記事が上げられていて、いまこれを書いている時点で、最新なのは工藤遥である。

浜松のコンサートで道重さゆみと石田亜佑美とが抱き合う場面があったらしい。それを見ていた工藤遥が、コンサート中で音がガンガン鳴っている中で、「い''い''なぁぁぁぁ!!!!!」と言ったらしく、それは道重さゆみにはっきりと聞こえたのだという。

「い」に濁点とはどのような発音なのだろうかという気もするのだが、確かに工藤遥はそのように発声したのだろうと、なんとなく想像できてしまうのだ。

それで、コンサートが終ってから、道重さゆみは工藤遥を抱きしめたのだという。その写真が掲載されているのだが、これはとても良い。工藤遥のものすごく嬉しそうな表情、そして、道重さゆみの穏やかな微笑み、心が洗われるようである。

「ヤングタウン土曜日」では、高橋愛からのメッセージも紹介されていた。明石家さんまのトークにしてもそうなのだが、道重さゆみの無期限休業について、本当に何も決っていなくて誰も何も知らないのか、知っているがゆえにうまく話しにくいのか、どちらともとれる感じがするのだが、もうジタバタしても仕方がないわけであり、いずれにしてもそれを受け入れて、ただ道重さゆみのしあわせを祈りたいと思う。

2日後には「今夜もうさちゃんピース」が最終回となり、そして、26日の卒業コンサートである。感謝の気持ちだけをもって、その日を迎えたいのである。

2014年11月22日 (土)

卒業-さゆみんに向って。

風呂上りに、ジェームス・テイラー&J.D.サウザーの「憶い出の町」を聴いている。道重さゆみが大好きな岩塚製菓の味しらべは自宅の近所のスーパーマーケットで売っていたので、もちろん買ってきた。甘辛くてとても美味しい。亀田製菓のハッピーターンによく似ているような気もする。

モーニング娘。’14は台風のため延期されていた浜松でのコンサートを終え、道重さゆみが在籍しての公演は、26日の横浜アリーナを残すのみとなった。「道重さゆみ」というタイトルの記事が、アメーバのブログにアップされた。浜松のコンサートがすごく楽しかったため、テンションが高くしあわせだという内容である。そして、「キメてるさゆみ ではなく 『道重さゆみ』 を好きになってくれて、ありがとう」と綴っている。

アイドルにも芸能人にもそれほど興味がなくなって久しかった私が、なぜ道重さゆみだけをこれほどまで好きになったかというと、それは道重さゆみのことをアイドルでも芸能人でもなく、道重さゆみという人間として見ていたからに他ならないであろう。

もちろん私は道重さゆみのことをメディアを通してしか知らないし、そのようにして私の脳内につくられた道重さゆみのイメージがどの程度、本当の道重さゆみと関係があるのかは定かではない。しかし、それは現実の人間関係において出会う人々についても同じことがいえるし、私はおそらくこれまでの人生の中で、道重さゆみほどより深く詳しく知りたいと思えた他人とは出会えたことがなかった。

道重さゆみはあと数日間でモーニング娘。’14を卒業し、その後は休業することになっている。いつか休業が終り、ふたたび私たちの前に現れてくれてくれることがあるのかどうか、それはいまのところまったく分らない。それでも、私たちは人生を続けていかなければならない。

道重さゆみはアメーバのブログで、モーニング娘。’14のメンバー1人1人をタイトルにした記事を上げ続けている。そこにはタイトルになっているメンバーと2人で写った写真と、シンプルだが愛にあふれた言葉が綴られている。こういうのを見ると、いよいよカウントダウンという感じがしてきて、グッとさびしくなってくるものだ。

横浜アリーナのコンサートが終った後、おそらく私は道重さゆみがモーニング娘。’14を卒業し、芸能活動を休業することによる喪失感、さゆロスともいえる虚脱状態に陥ることがじゅうぶんに想定される。過去の道重さゆみ関連のコンテンツを視聴することはいくらでもできるが、新しい情報はもう更新されない。それをどこに求めるのかというと、おそらく道重さゆみが卒業した後のモーニング娘。’14なのではないかという気がする。

モーニング娘。’14は、おそらく道重さゆみが卒業した後で、新しいリーダーが率いることになり、12期メンバーも本格始動し、また新たな歴史をつくっていくのだろう。これまでのモーニング娘。がそうであったように、である。

しかし、道重さゆみが伝えたことは引き継がれていくわけであり、そこにしばらくは幻影を求めていくのではないか、という気がする。

道重さゆみが卒業する数日前になって、やっとモーニング娘。’14のメンバー全員の顔と名前が一致したというどうしようもなく不届き者な私ではあるが、道重さゆみのおかげでモーニング娘。’14のことも少しずつちゃんと知ることができて、本当によかったと思う。

あの時期に、芸能人にもアイドルにも興味がなくなって久しかった私が、なぜ道重さゆみだけをものすごく好きになったにかというと、そこにおそらく当時の私が人間として正しいと思ってはいたがいつしか失ってしまったものの大半があったからだと思う。

大阪の公開生放送で道重さゆみを見た時、その時間がずっと続いてほしいと思った。そのような感覚が存在することすら、長い間すっかり忘れていて、それを思い出させてくれたのが道重さゆみだった。

当時のグループの中で存在理由を見つけようと不器用に一生懸命頑張り、それでも自分らしさは失わず、時に空回りしたり傷ついたりしながらも、少しずつ夢を叶えていった。その様子を見て、道重さゆみに良いことがあった時は、まるで自分のことのように嬉しかった。道重さゆみを好きでいることそのものが、自己肯定感に繋がっていた。

その頃、道重さゆみのことを書くためにココログではじめたブログのタイトルは「卒業-さゆみんに向って」であった。これは1985年に発売された野々村文宏・中森明夫・田口賢司による「卒業-KYON2に向って」という本のパクリなのだが、もちろんちゃんと意味はあった。サブタイトルが「モーニング娘。道重さゆみをめぐる自分探し系ブログ」であったように、これは不活発で不承不承続けられているにすぎなかった私の人生を、不器用に一生懸命に葛藤する姿そのものが美であるような道重さゆみ的なものへと卒業させるまでのドキュメンタリーとして書いていたのである。

あれから7年と数ヶ月が経過し、道重さゆみはあと数日でモーニング娘。’14を卒業する。私の人生は道重さゆみにもはやそれほど依存しなくても平気な程度には大丈夫になったような気がしていたが、それはいつでもアメーバブログにアクセスしたり「今夜もうさちゃんピース」を聴きさえすれば、最新型の道重さゆみに出会うことができることを知っていて、安心していたからに過ぎなかった。本当の道重さゆみの不在などを生きられるはずがないし、道重さゆみがいない世界なんて生きたくもない。

道重さゆみに出会えたから、世界はふたたび輝きを取り戻したように思えたのだが、いったい道重さゆみの不在状態において、それは可能なのであろうか。でも、そうしていかなくてはいけないのであろう。好きでいる気持ちはおそらく今後、もしもう二度と道重さゆみに会えなかったとしてもずっと変わらないとは思うのだが、だからといっていつまでも依存しているわけにはいかないし、道重さゆみには本当に見合うだけのしあわせがすべて訪れてほしいと思うのだ。もう何度も書いてきたけれども、やはり道重さゆみになりたいし、私は私自身の道重さゆみを生きていかなければ。だからこのブログも、おそらく休んだり休まなかったりしながら、まだ続いていくのだろうな、という気がする。

モーニング娘。’14のメンバーで、「『生きる』ブログ。’14」の「生」の字が名前に入っているのは9期メンバーの生田衣梨奈だが、寝たフリをして自分で寝顔を撮ってブログにアップしたりしていたらしい。そのことを小田さくらがラジオ番組で話して、それを聞いて道重さゆみが「アホだなぁー」と言うのだが、それがとても嬉しそうで、しあわせな気分になる。

2014年11月21日 (金)

ピョコピョコ ウルトラ。

道重さゆみのモーニング娘。’14卒業まで、ついに1週間を切ってしまった。1週間後の今頃は、道重さゆみはもうすでにモーニング娘。’14ではないのだ、と当り前のことを書いている。

いまのところ順調にいけば、11月26日、私はなんとか最後の最後で道重さゆみのメインの仕事であったモーニング娘。’14のコンサートを、最初で最後に観ることができることになっている。

先日、夜に急遽、サイリウムや双眼鏡を準備しなければならないと思い立ち、2駅先のドン.キホーテまで歩いて行ったが、売っていなさそうだったので、そのまま歩いて帰ってきた。スーパーマーケットやコンビニエンスストアで、道重さゆみの大好物でもある石塚製菓の味しらべを探したが、意外にもどこにも売っていなかった。

ストロング缶チューハイと辛いスナック菓子などを買い、公園で飲食した。7年前の8月に、JR宇部線の常盤駅ホームでそうしたようにである。iPodのイヤフォンからは重ピンク、こはっピンクの「宝の箱」が流れ、空には東京ではあまり見られないようなきれいな星がいくつも光っていた。

帰宅してシャワーを浴び、パソコンの前で深夜0時30分がくるのを待った。もちろん、「今夜もうさちゃんピース」がはじまる時間である。この番組がきっかけで道重さゆみの魅力に気がついたわけで、ひじょうに思い入れの強い番組なのだが、これもついに次週で最終回となる。最後にその感謝の気持ちを伝えるために、メールフォームから初めて投稿した。

そこで本格的に眠くなったので、iPhoneのradikoアプリで聴くことにして、写真集「YOUR LOVE」のことが話されて、「シャバダバ ドゥ~」が流れたところまでは覚えているのだが、そのまま寝てしまった。

翌朝、目を覚まして、自転車で仕事に行った。仕事を終え、帰宅して夕食を食べた。「踊る!さんま御殿!!」に、まだ道重さゆみは登場していないようだった。それで、ウォーキングに行くふりをして自宅から徒歩2分のまんが喫茶に行った。先日、「おしゃれイズム」を視聴するために初めて利用したので、会員証のようなものはすでに作られている。それで、今回はよりスムーズに席に着くことができた。前回と同じ方法でディスプレイにテレビを映し、日本テレビに合わせると、すでに道重さゆみが卒業の理由はかわいさのピークがきたからと話した後のリアクションのように見えた。

「ヤングタウン土曜日」で、道重さゆみはこの番組ではあまり活躍できなかったと話していた。それでも道重さゆみの姿を見て、声を聞くことが私にとってのこの上ない至福であるため、もちろん時間的に可能であるならば観ないはずはないのである。

今回、道重さゆみの席は日本エレキテル連合の前であった。日本エレキテル連合はいまが旬のお笑いコンビであり、今回の放送でも何度も映っていたため、必然的にその前に座っている道重さゆみもよく映った。明石家さんまが話しているのを聞いている素に近い状態の道重さゆみ、また、日本エレキテル連合が話している時、ちゃんと後を向いて、話している人を見て聞く道重さゆみ、このようなところに、また良さを感じる。

しかも、トーク部分においても、何ヶ所かちゃんと使われていたので、もう十分、大満足である。

たとえば2009年の「小学生クイズ」だとか「ロンドンハーツ」の頃、道重さゆみはモーニング娘。内での居場所すらよく分からない中で、とにかく前へ前へと果敢に出て行って、傷つきもした。そして、いまだに謎に包まれている2012年初めの携帯ドラマをめぐるあれこれがある。

道重さゆみはハロー!プロジェクト所属のアイドルとしては、グループに所属しながらも単体タレントとして前人未到の境地ともいえるぐらいにはよくやったし、もうそれで十分というか、ちょうどいいと思える。

道重さゆみは女の子の最高傑作なわけだが、それはいわゆる芸能界的な価値観に染まりきってしまえば失われてしまう部分をも含んでいるわけで、このような人が芸能界にいること自体がすごいことで、それゆえにわれわれは道重さゆみと出会うことができたわけだが、これからは従来の芸能界というかタレントという枠組みとは別のところで、ずっと道重さゆみでいてほしいと強く願うわけだが、たとえばそれが一般人としてということでしか可能性がないのであれば、われわれは道重さゆみとの接点を永遠に失ってしまい、ひじょうに悲しいことなのだが、また芸能界で活動を再開していくにしても、従来の枠組ではない、道重さゆみの魅力を一切損なわないようなかたちでの活動であるならば最高ではないかと思うのである。

さて、上記の文章は昨日の夜遅くに作ったのだが、途中で眠くなったので、下書き状態で保存したまま寝た。それまでに、新宿のヨドバシカメラで双眼鏡は購入していた。

初めに買いに行った時は笹塚で人身事故があり、電車がしばらく動かないということだったので、明大前で乗り換えて、新宿ではなく渋谷に行った。駅前にモーニング娘。’14の広告看板があった。ビックカメラの地下に双眼鏡があった。東急ハンズやロフトに行き、サイリウムがどのような状態で売られているのかを初めて確認した。いろいろなタイプのものがあり、果たしてどれを購入すべきか迷った。双眼鏡についても色の種類があまり無かったことや、思ったよりもいろいろな種類があって、これもよく分からなくなったので、一旦帰宅した。

再度、インターネットで詳細に調べ、最も適しているのではないかと思われるものを見つけたのだが、ヨドバシカメラのサイトでは実店舗での在庫状況も分かるようになっていて、これはとても便利だった。売り切れて後悔したくなかったので、食事の後、電車に乗って買いに行った。

サイリウムは当日に買うことにした。それまでに、どのようなものを買うか決めておかなければならない。

モーニング娘。の「Ambitious 野心的でいいじゃん」から「見返り美人」までのシングルのミュージックビデオを、出た順番にすべて観た。約3時間を要したが、すべてYouTubeの公式チャンネルにあったので手間はかからなかった。なぜ「Ambitious 野心的でいいじゃん」からかというと、私がモーニング娘。を意識的に視聴しはじめたのが、このシングルの頃からだったからである。

もちろんモーニング娘。の存在そのものは「サマーナイトタウン」あたりから知ってはいたのだが、すでに日本の芸能人やポピュラー音楽にはあまり関心がなく、ましてやアイドルなど、学生が夢中になる分には微笑ましいが、いい大人になってまで応援するようなものではないだろうと思っていた。

2003年の夏、深夜に当時の仕事先で作業を行っていた。新たにモニターを設置し、有線放送から送られてきた最新ヒット曲のミュージックビデオを流すようにしたのだが、その時、その1曲目にはモーニング娘。の「シャボン玉」が収録されていた。観るとはなしに観ていたのだが、知らないうちに随分とメンバーが増えて、訳が分からないことになっているな、という感想を持った。もちろん「シャボン玉」は道重さゆみを含む6期メンバーのデビュー曲であり、その4年後にファンになることなど、その時には知る由もなかった。

日曜の昼間にたまたま観た「ハロー!モーニング」と、暇つぶしに携帯電話で見ていたモ娘(狼)板がきっかけで、すでに世間一般的には人気がかなりなくなってきていたモーニング娘。を、いまさらネタ的に消費するということをやりはじめた。その頃は、亀井絵里がお気に入りで、道重さゆみのことはナルシストでブリッコのンネタキャラクターとして認識していた。

いつものように暇つぶしで見ていたモ娘(狼)板で、小学生の頃は地味でおとなしく、ダンゴムシしか友達がいなかった、男子から「みちし原人」と呼ばれて悲しくて家に帰って泣いていた、というようなエピソードをラジオ番組で話したことを知り、ひじょうに興味をひかれた。番組ホームページで私物の髪飾りを紹介していて、それが小学生の女の子が付けるようなウサギの形をしたかわいらしいもので、それを見た時に、しばらく忘れていた大切な何かを思い出さされたような気がした。

それから、道重さゆみのラジオ「今夜もうさちゃんピース」を聴きはじめ、約20年ぶりにアイドルの写真集を買ったりという、自分でも信じがたい行動がはじまり、さらには直接見るためにイベントに行ったり、どのような環境で生まれ育ったかが知りたくて、それまでまったく縁もゆかりも無かった山口県宇部市などという所を訪れたりということをやっていた。

そのような記憶をたどりながら、順番に観ていったのだが、「リゾナント ブルー」まではそれぞれ気に入っていたのだが、「ペッパー警部」のカバーは買ったもののあまり聴いてはいなかった。最後の「ペッパー警部よ」というのを道重さゆみが言っていたことすら、すっかり忘れていた。

2009年は道重さゆみがモーニング娘。を離れてバラエティー番組にも出はじめた年で、モーニング娘。の音楽を買ってはいたものの、どちらかというとそれ以外の活動の方を楽しんでいたと思う。「泣いちゃうかも」以降のシングルは、辛い恋をする女性を主人公とした内容のものが多く、アイドルポップのキラキラ感はあまり感じられなかった。秋にリリースされた「気まぐれプリンセス」ではシングル発売イベントに当選し、仕事の日程の関係でモーニング娘。のコンサートに行くことができなかった私が、初めてモーニング娘。のパフォーマンスを生で観た機会だったのだが、路線そのものは私好みのものからかなり外れてきていた。今回、観直して見ても、その印象は変わらなかった。

2010年の「青春コレクション」からいよいよ買わなくなるのだが、この頃、メンバーの中で道重さゆみだけが黒髪である。「女と男のララバイゲーム」はかなり特殊な感じの曲であり、この頃も「今夜もうさちゃんピース」は聴いたり聴かなかったりしていたのだが、かなり遠いところまで行ってしまったな、という印象を持った。

2011年の「まじですかスカ!」から9期メンバーが加入して人数が増え、次の「Only you」で高橋愛が金髪になっているのだが、これは曲がわりと気に入って、久しぶりに買ったのだった。高橋愛在籍時のラストシングル「この地球の平和を本気で願ってるんだよ!」はおそらく初めて聴いたが、なかなかカッコよかった。カップリングの「彼と一緒にお店がしたい」のビデオと繋がっていた。元々は両A面でリリースするつもりが、何らかの問題があってそうはならなかったというのは、先日知ったばかりである。

2012年の「ピョコピョコ ウルトラ」では高橋愛がいなく、さらに10期メンバーが加わったこともあり、かなり印象が変っている。軽快かつポップに突き抜けた感じがある。次の「恋愛ハンター」を最後に新垣里沙と光井愛佳が卒業し、「One・Two・Three」から道重さゆみがリーダーになる。この頃から、現在のEDMの要素を取り入れた路線になってきているようだ。「ブレインストーミング」とのダブルA面である「君さえ居れば何も要らない」を初めて聴いたが、かなり攻めた内容になっていてものすごくカッコいい。そして、「わがまま 気のまま 愛のジョーク」である。

モーニング娘。’14になってからはほぼリアルタイムで追えているのだが、これでやっときわめて軽くではあるが、流れを時系列で把握することができた。9期、10期、11期メンバーの加入から現在に至る変化も、ひじょうに大まかにではあるが、何となく追えたような気はする。道重さゆみ卒業まで1週間を切って、やっと全員の顔と名前が完全に一致した。

私がモーニング娘。の音楽をすべては買わなくなった「青春コレクション」の頃と比較すると、当時は黒髪のメンバーが道重さゆみだけだったのに対し、現在はほとんどのメンバーが黒髪である。最も髪の色が明るいように見えるのは、9期メンバーの生田衣梨奈である。以前は「世界一のアイドルを目指している」と自己紹介し、魔法使いキャラを推していたようだが、途中でやめたようである。断片的に聴いたラジオ音源では、うさぎ系女子なるものを目指していた形跡もあるのだが、現在も続けているのかどうかは定かではない。本人が目指しているものと現状とのギャップが比較的大きいようにも思われ、このあたりがわりと気になるところである。

メンバーそれぞれいずれもひじょうに個性があり、好感を持っているのだが、生田衣梨奈がグループ内におけるポジショニングなど、気になるところが多く、いまのところ注目しがちである。


2014年11月16日 (日)

おしゃれイズムなど。

久々に自転車で仕事に行った。そして、お昼には明太子スパゲティーを食べた。

モーニング娘。’14は大阪でコンサートがあり、私はインターネット掲示板、というかモ娘(狼)のスレッドで、MCの内容などについてのレポートを読むなど、いかにも在宅ヲタクといった行動を取っていたわけである。ただ今回いつもと違うのは、最後の横浜アリーナについては現場に行くつもりだということだ。

卒業まであと10日ということを聞き、そのことでMCの時に泣いてしまうということがあったようだ。やはりかなりさびしく、名残惜しい気持ちが出てきているのだろう。そういえば以前に道重さゆみは、「名残惜しい」のことを「馴染み惜しい」などと独特の日本語で言っていたが、いまはちゃんと覚えただろうか。

それはそうとして、「おしゃれイズム」の放送がある日であった。いまも道重さゆみがかなり好きであることがバレたくはないので、家のテレビでは道重さゆみが出る番組を観ない。これは好きでいることを知られるのが恥ずかしいという意味ではなく、本気だから悟られたくもないのだ。強い思いなので、秘めておかなくては勿体ないのだ。

ワンセグ機能付きの携帯電話を解約してiPhoneのみにしてしまったことを、初めて後悔した。KeyHole TVをダウンロードして日本テレビを視聴してみたが、画面が小さくて粗い上に、音声が途切れ途切れである。他に方法はないものかと思い、インターネットで調べてみた。いままで知らなかったのだが、まんが喫茶ではテレビを観ることができる場合が多いらしい。そこで、引っ越してきてから初めて、自宅から徒歩2分程度の所にあるまんが喫茶を利用することにした。

画面も大きく最高なのだが、さらに番組がものすごく面白かった。期待を大きく上回っていた。

白とピンクの衣装がとてもかわいく、さらに大きな画面に道重さゆみの顔が映ると、それだけで心に大きな花が鮮やかに咲いたように、しあわせが溢れてくる。そして、先日、握手会において至近距離で初めて見て、ほんの一瞬だけは私のことだけを見ていてくれたのは、確かにこの人に間違いないのだと再確認し、あの握手会には本当に行ってよかったと思った。

モーニング娘。卒業の理由から、ダンゴムシしか友達がいなかった話、久住小春の教育係がストレスで眉毛を抜いていた、お姉ちゃんが食器を風呂場に持っていくなどの話など、ベスト・オブ・道重さゆみともいうべき内容に加え、山口県の親友の証言と写真、オーディション時の映像、自宅の写真、高橋愛のVTR出演や飯田圭織のサプライズゲスト出演など、盛りだくさんであった。

山口県の親友は、道重さゆみがブログやラジオでよく話題にしているあの方だろうか。中学生時代に激モ会社という会社を道重さゆみと2人で興したというその方は、ブログに登場した時にも顔を隠されていた。今回の山口県の親友は末次さんと名前が出ていて、さらに写真でもしっかり顔が写っていた。

あと、自宅写真ではクマのぬいぐるみや小倉優子の写真集やCDのコレクションが写されていた。小倉優子の写真集を何十冊も持っているということを、先日言っていて、何十冊というのはさすがに大袈裟なのではないかと思いもしたのだが、あの写真を見る限り、本当にそれぐらいありそうであった。

先日、目黒駅から白金台方面に歩いている途中、クマのぬいぐるみをたくさん売っているかわいいお店を見つけ、ぜひ道重さゆみに教えてあげたいと思ったのだが、もうすでに知っているのだろうという気もする。DearBear(ディアベア)目黒店というお店である。

お父さんの話が出ていて、ラジオでも話していたことがある、娘である道重さゆみの出演番組をすべて教えなければならないという話が出たが、それを忘れた時のメールで、終ってしまったいま、後の祭りでしかありません、というような文面だったというのが、とても面白かった。

それにしても司会のくりぃむしちゅー上田晋也さんはゲストのトークを引き出して面白くするのがうまいな、と改めて思った。思い返せば、2009年1月3日に放送された「教科書クイズ」、道重さゆみがモーニング娘。を離れて、単体でハロー!プロジェクトの外のバラエティー番組に出た、おそらく初めての機会に、MCだったのも上田晋也さんだった。あの番組で上田さんがうまく道重さゆみの回答を拾ってくれて、大爆笑を連発させた。収録直後に共演者の片岡鶴太郎や矢口真里がブログに道重さゆみが大活躍したことを書き、当時、道重さゆみファンは放送日を待ちに待ったわけである。それは期待を大きく上回る内容であり、それがきっかけとなって、道重さゆみの単体でのバラエティー番組出演が増えていったともいえる。

そして、卒業10日前に、またこのような素晴らしい番組を届けてくれた。上田晋也さんは、間違いなく道重さゆみのライトファンである私が感謝しなければならない芸能人の1人である。

本当に楽しい時間であった。これが本当にあと10日もしないうちに終ってしまうのか。10日後、私はどのような心境で日常生活を送っているのであろう。それをまったく想像することができない。

このようなことを考えたのは、「おしゃれイズム」の放送が終って、しばらく経ってからである。観ている間はまったく考えなかった。画面に映る道重さゆみの姿、表情、しぐさ、そのすべてが私の美意識を強く肯定してくれて、それ以外のことなど何もかも完全に忘れさせてくれていた。私にとって道重さゆみとは、いつもそのようなものであり続けていた。そのことが、また思い出せて本当によかった。間に合ってよかった。

「かわいさ」とは「美」であり、それは「道重さゆみ」のことだ。

大人になれば 大人になれる。

「ヤングタウン土曜日」をradikoで聴きながら歩いて帰りたかったので、この日の自転車ではなく徒歩で仕事に行った。「ヤングタウン土曜日」にはBerryz工房のももちこと嗣永桃子も出演していて、安定の面白さだった。道重さゆみの出演はこの日を含めてあと2回だが、後任はまだ発表できないようだ。飯窪春菜が学生時代にボランティアなどをやっていたという話を聞き、また好感度が上った。

「ヤングタウン土曜日」はしばらく聴いていなくて、先週久しぶりに聴いた。初めて聴いたのは道重さゆみがレギュラーになった1週目、つまり2007年6月9日であった。約7年半近くレギュラーを務めたことになる。実はなかなか聴くことが難しい時間帯ではあるのだが、いまのところは道重さゆみが出演しなくなってからも時間があえば聴くかもしれないな、という印象である。しかし、その時間が合うこと自体があまり無いような気もするので、実際のところはよく分からない。

先週、コンサートの前の握手会のようなもので、道重さゆみのファンが後輩メンバーのレーンでさようならというようなことを言うケースが頻発したらしく、それに対してメンバー達がさびしい思いをするという事案が発生したらしい。私もどちらかというと、そもそも道重さゆみだけが好きであり、モーニング娘。’14については道重さゆみがリーダーのグループだから応援しているということに過ぎなかったわけだが、これはやはり切ないのではないかと思うのだ。しかし、道重さゆみがいない状態ではそれほど魅力が感じられないにもかかわらず惰性で応援していくのも何か違うような気もするので、ここでスパッとやめるというのも、確かに1つの選択なのかもしれない。

私はここ最近、モーニング娘。’14というグループやその作品、各メンバーについての魅力が分りかけてきたところなので、もしかすると道重さゆみが脱退した後もライトな感覚で気にしたりお金を少しだけ使ったりし続けるのではないかという気が少ししてきたのだが、いまはもちろん道重さゆみの卒業直前ということで、普通とは少し違う精神状態であることは間違いなく、実際のところはまったく分らない。

ところで、モーニング娘。10期メンバーの工藤遥は、もちろんその「大人は判ってくれない」的なムードが魅力だと思うのだが、道重さゆみは髪を伸ばしてほしいと思っているようだ。

原田知世主演の映画「早春物語」のような感じの、年上の男性に恋をして失恋するというほろ苦いストーリーを、ぜひ17歳ぐらいで演じてくれたら最高だな、と思うのだ。工藤遥は好きな食べ物に揚げパンや酢飯を挙げていたり、将来の夢が総理大臣やFBI捜査官だったり、チャームポイントは八重歯と垂れ目とハスキーヴォイス♪と、ちゃんと分っていたり、かなり注目に値する。1999年生れの中学3年生である。

いい年をして中学生ぐらいのアイドルが好きな大人達の気持ちがまったく分らなかったのだが、確かにこのように可能性の塊というか原石のような存在を追いかけるということは、未来への夢の可能性を切り拓いていく様を追体験するようでもあり、なかなか楽しいのかもしれない。あと、私はここ数年間、道重さゆみを通じてまさにそれをやっていたのか。

道重さゆみの休業はいつまで続くのか、それはいまのところ誰にも分っていないような気もするのだが、何らかの理由で本当に表舞台から半永久的に姿を消すことを本人が望んでいるのだとして、ならばそうなってまでわれわれが表立って応援することは果たして正しいのだろうかという疑問もあるのだが、ラジオでの発言やイベント参加者のレポートなどから判断すると、休業中も応援されることについては大丈夫なようである。

とにかく11月26日は出来うる限り最大限に応援はするとして、その後どうするかということについては、いまはあまり考えたくもないのだが、おそらく道重さゆみが休業に入ってしまったことによる喪失感は少なからずあるものと思え、そのいわゆるさゆロスを解消してくれるものは果たして何なのかと考えると、引き続きモーニング娘。’14を見ていくことなのではないか、というような気もする。しかし、いつまでも道重さゆみの幻影だけを探し求めるような応援の仕方がメンバー達にとって本意なのかというとおそらくそうではないであろう。

2014年11月15日 (土)

彼と一緒にお店がしたい!

NHK-FM「ヒャダインの“ガルポプ!”」を聴きながら帰りたかったため、自転車ではなく歩いて仕事場へ行った。モーニング娘。’14のツアーセットリストパターンAをプレイリスト化したものを聴きながら行ったのだが、「わがまま 気のまま 愛のジョーク」と歌っているのを聴き、iPhoneの画面で曲目を確認したのだが、これまで「気のまま」の部分を「気まま」だと思っていて、ブログにも間違えてそのように書いていた。とりあえず直せる分は直したが、他に間違えたままになっている部分が間違いなくあるはずである。

それはそうとして、午前中に横浜アリーナの座席を確認していたのだが、卒業セレモニーがこれまで通りの立ち位置だとするならば、道重さゆみはややこちら側を向いているであろうことが分った。しかし、距離が遠すぎるため、双眼鏡を準備する必要があるだろうということになった。コンサートには滅多に行かないし、バードウォッチングの趣味などもないため、双眼鏡は持っていないしおそらく買ったことすらないのではないかと思う。そもそもどこに売っているのかよく分からないのだが、インターネットでいろいろ調べているとビックカメラなどで売っているらしいので、来週あたり、近所のヤマダ電機にでも見に行ってみようかと思う。買いに行ける日が限られているので、さっさとやっておきたい。あと、その時に近所のドン・キホーテでサイリウムも確認しておきたい。家の人に気づかれるといろいろとややこしいので、こちらは公演当日に買っていくことにしようと思う。双眼鏡も急に買ったことがバレるといろいろあらぬ詮索をされて、これまでのステルス行動をふいにしてしまうリスクが考えられるため、箱の類いは外で処分しておきたい。

ところで、このプレイリストの「シャバダバ ドゥ~」「恋人には絶対に知られたくない真実」「ゼロから始まる真実」「彼と一緒にお店がしたい!」の流れが、私にとってはお気に入りすぎてたまらないのである。特に「彼と一緒にお店がしたい!」が好きすぎてビデオを観たところ、田中れいなのみならず、高橋愛、新垣里沙、光井愛佳などもいて、結構前の曲なのだなと思った。調べてみたところ、2011年9月14日にリリースされたシングル「この地球の平和を本気で願ってるんだよ!」のカップリング曲だったらしい。これは高橋愛が参加した最後のシングルで、当初は両A面だったはずが、いろいろな絡みで「彼と一緒にお店がしたい!」の方はカップリング曲になったというようなことが、ウィキペディアに載っていた。

センターは道重さゆみであるとも書かれていた。おそらく「今夜もうさちゃんピース」でかかったのを何度か聴いているはずなのだが、これまであまり強く印象に残っていなかった。

この曲は道重さゆみのポップでキュートな魅力がモーニング娘。のグループ全体に広がったような素晴らしい作品だと思うのだが、特に歌いだし部分で道重さゆみと田中れいながかけ合いのようにして歌うところが最高である。「でもやっぱ ああ 不安になるな」の「ああ」、そして、「不安」の「ふ」から「あ」にかけての抑揚がまさに芸術的に素晴らしく、こんな表現は道重さゆみにしかできないだろうな、と思えるのである。

仕事の休憩時間にradikoでラジオ日本を聴くと、「60TRY部」という番組で加藤多佳子さんという方が、道重さゆみを絶賛していた。先日のファンクラブイベントのことなどを熱く語っていた。舞台上で道重さゆみに花束を渡したらしく、その時に客席を初めて見て、ファン達の穏やかな表情に、また感動したらしい。

帰りにNHKラジオのアプリである「らじる★らじる」を起動したのだが、初めのうちうまく受信できず、ひじょうに動揺したのだが、なんとか22時6分ぐらいから聴くことができた。もちろん、「「ヒャダインの“ガルポプ!”」である。意外にも深田恭子の「スイミング」がかかっていた。モーニング娘。加入前に小倉優子などと共に好きだったらしい。小倉優子も深田恭子も小西康陽の曲を過去に歌っていて、その小西康陽は昨年暮れの時点では、道重さゆみのことをこれまでで出会った女性で一番美しいと思っていたようである。道重さゆみにもしも休業後の復帰があるとするならば、いつか小西康陽プロデュースによる作品が聴いてみたいと思う。

モーニング娘。の思い入れがある曲としては「歩いてる」、Berryz工房からは「ギャグ100回分愛してください」が選曲された。また、亀井絵里が卒業発表後のディナーショーで歌っていたのを聴いて感動したということで、いきものがかりの「泣くもんか」が選曲されていた。最後には「シャバダバ ドゥ~」がかかった。パーソナリティーのヒャダインがこの曲はつんく♂から道重さゆみへのプレゼントのようであり、リボンがかかっているような曲であるというようなことを言っていたが、それを道重さゆみがとても気に入ったようであった。

トーク部分は、いわゆる道重さゆみヒストリーを駆け足で追うような内容で、ファンにとっては知っている話が多かったのだが、これが普通にFM番組で流れているということ自体がすごいと思った。また、先日、「今夜もうさちゃんピース」の聴いていなかった回を聴いていた時にも思ったのだが、いつも間にか道重さゆみが藤本美貴のことを「ミキティー」と呼んでいる。以前は「藤本さん」としか呼んでいなかったと思う。何かきっかけがあったのか、自然にそうなったのかは定かではない。ブランクが空きすぎて、知らない変化がまだまだいろいろとありそうである。

2014年11月13日 (木)

モーニング娘。’14のことなど。

道重さゆみの卒業コンサートとなる横浜アリーナ公演まで、あと2週間を切った。手元にチケットは用意されているものの、モーニング娘。どころかアイドルのコンサートというものに最後に行ったのが約28年半前で、まだ10代だった頃であり、参加するにあたっての作法のようなものが分らず、やや不安を覚えている。

それでいよいよ本格的に聞いたり調べたりしなければいけないということで、それをしていたのだが、どうやらサイリウムはそれほど高価なものではなく、使い切りのものであれば数百円で変えて、ドン.キホーテなどでも売っているようである。使う時に折ると色が光るとのことで、6時間ぐらい持つようなので、1本あれば十分らしい。勉強になった。世の中には知らないことがまだまだたくさんあるものだ。

「今夜もうさちゃんピース」の聴いていない回を聴いたり、モーニング娘。’14の動画やYouTubeの「ハロ!ステ」などを観ているうちに、メンバーの顔と名前がほぼ一致するようになってきた。

ニューヨーク公演の映像も観たが、ものすごいクオリティーの高さである。モーニング娘。のコンサート映像をまとめて長時間観たのは9期が加入したばかりの頃以来で、道重さゆみがリーダーになってからはほぼ初めてに近い。「わがまま 気のまま 愛のジョーク」がとにかくカッコいい。「愛されたい 愛されたい」のコールは、ひじょうに盛り上りそうである。

飯窪春菜は「ヤングタウン土曜日」にも出演しているので、キャラクターについても少しは知っている部分もあったし、クール・ビューティー的な見た目で太鼓持ちキャラというところなどにもかなり好感を持っていた。また、工藤遥は今年の初めぐらいにたまたまテレビで観たイス取りゲームのドッキリのようなもので、泣きながらキレていたシーンにひじょうに良いものを感じていた。最近、10期メンバーがやっているラジオ音源のいくつかを作業BGMとして流していたのだが、工藤遥は声が特徴的ですぐに判別できるのが良い。また、反抗期的なキャラクターもひじょうに好感が持てるものである。

生田衣梨奈については「めちゃイケ」かなにかで魔法使いキャラのようなものを一生懸命やってスベリ散らかしている姿にとても良いものを感じたが、後に収録されたと思われるラジオ音源では、このキャラクターはもう封印したとのことであった。しかし、全般的にトゥーマッチなイタさが感じられ、なかなか良いものだ。寝起きドッキリコンサートで着ていた豹柄のパジャマのようなものを着ていたのも良かった。かと思えば、ゴルフ番組などにも出ている。

コンサート映像を観て、小田さくらのボーカリストとしての迫力に驚かされた。モーニング娘。’14は歌については鞘師里保と小田さくらを中心としているのだろうか。

鈴木香音は笑顔とキャラクターがものすごく良い。見ていてしあわせな気分になれる。ニューヨーク公演でかなりの声援があった。佐藤優樹は「今夜もうさちゃんピース」でゲストの回を聴き、その破天荒なキャラクターに可能性を感じた。

譜久村聖と石田亜佑美については、まだまだ調査が必要である。

ダンスやパフォーマンスのスキルの高さを感じ、ひじょうにカッコいいと思えるのだが、けしてこれ見よがしではなく、ピュアさとフレッシュネスを保ち、さらに可能性と伸びしろがガンガン感じられるのがものすごく良い。

「今夜もうさちゃんピース」の聴いていない回を聴いていると、道重さゆみがハロプロ研修生のメンバーを絶賛そている回があった。道重さゆみのファンで誕生日プレゼントもくれたということなのだが、もらったお菓子をまだ食べていないと道重さゆみが言ったところ、日持ちするんで「いつでもどうぞ、と言われたらしく、それがとても気に入ったと、興奮気味に話していた。

この研修生が牧野真莉愛で、この放送があった数週間後にモーニング娘。’14の12期メンバーに選ばれていた。12期メンバーにプロ野球の北海道日本ハムファイターズの大ファンが1人選ばれたということを知っていたのだが、それがこの牧野真莉愛であった。新庄剛志選手に花束を渡したこともあるらしく、パ・リーグTVにその場面が映り込んでもいたという。新庄剛志選手がプレイした最後のシーズンは2006年、「今夜もうさちゃんピース」がはじまった年で、私はまだ道重さゆみに気づいていなかった頃であり、牧野真莉愛はまだ5歳だったはずである。

お披露目的に出演したテレビ番組では、稲葉篤紀選手の応援歌を歌っていた。また、「ハロ!ステ」では先輩メンバーからの「モーニング娘。’14に入ってやりたいことは?」との質問に、「始球式」と答えていた。

このように道重さゆみやモーニング娘。’14のことばかり調べたり観たり聴いたりしていたわけではなく、今日は休日だったので、目黒の美術館に行った。それから恵比寿ガーデンプレイスまで散歩して、三越の食品売場に行った。ここには全国のいろいろなお菓子が売っていて、なかなか楽しい。御堀堂の外郎が売っていたので、買っておいた。

御堀堂は山口県のお菓子メーカーである。外郎といえば名古屋名物というイメージだが、山口県にもあるというのを知ったのは、「今夜もうさちゃんピース」で道重さゆみが話していたからだったと思う。2007年8月に初めて山口県に行った時、現地のタクシーの運転手に対し、アイドルの聖地巡礼に来たなどと言って気持ち悪がられないために東京から出張に来たサラリーマンを装ったのだが、その時も山口県のお土産には何が良いかと聞いたところ、外郎をすすめられた。あと、宇部かまというのはその時に初めて知った。普通の蒲鉾よりも歯ごたえがあり、なかなか美味しいのだ。宇部市内のスーパーマーケットに行くと、紀文などではなくこの宇部かまの商品が、蒲鉾売場のかなりの面積を占めていた。

実は御堀堂の外郎は山口県の短期大学に通っていた私の妻の大好物でもあることを、後に知った。名古屋の外郎よりも歯ごたえがあり、そこが良いのだという。私が道重さゆみの研究のために、ある時期、複数回にわたって山口県を訪問していたことは、もちろん内緒にしている。

アメーバのブログで先日のソロイベントの衣装が紹介されていて、もちろんひじょうに可愛いのだが、特に二つ目のやつのお菓子感がひじょうにヤバい。見る者の正気を失わせるレベルである。

久々に都心に出て、街はすっかりクリスマスムードであり、恵比寿ガーデンプレイスでも大きなクリスマスツリーを、たくさんの人々が写真に撮っていた。三越の地下ではジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」をおそらく今年初めて聴いた。道重さゆみと同様に、私も年の瀬の切ない感じを好む者なのだが、今年に関してはその前にとにかくあまりにも大きなイベント、というかもちろん11月26日の横浜アリーナのことなのだが、それまではどうにもクリスマスのムードには入れそうにない。そして、その時期にはどうもとてつもない喪失感というか、さゆロス状態に陥っているような予感がしてならないのだが、とにかくいまは先のことよりも目の前のことを全力でやっていこう。

2014年11月12日 (水)

シャバダバ ドゥ~。

休日だったのでiPhoneのアラームをかけてはいなかったが、朝早くに目が覚め、頭の中ではまた「シャバダバ ドゥ~」が再生されていた。軽い朝食をとり、着替えて、自転車で仕事場へ向った。通学する制服の学生達を追い越し、少し懐かしい気分になり、誰もいない仕事場に着いた。パソコンが立ち上る間に報告や連絡の業務を行い、それからやらなければならない仕事を済ませた。

帰宅して、やはり「シャバダバ ドゥ~」と真剣に向い合う時期ではないかと思った。

あと、横浜アリーナまで2週間で、ハロー!プロジェクトの特設ページではカウントダウンの数字が少しずつ小さくなり続けているのだが、一体どのような準備をして向えばいいのか、さっぱり分らない。思えばアイドルのコンサートに行くのは1986年、渋谷公会堂の松本伊代以来であり、しかもすでにアイドルというよりは大人の曲を歌いはじめていた頃であり、立ち上ってコールをするようなこともなかった。サイン色紙付きのプログラムを買ったことを覚えている程度である。

それ以外はロック/ポップスや洋楽のアーティストのコンサートにしか行ったことがないのだが、それらはチケットさえあれば特に用意するものなどもなく、準備はほとんど必要なかった。モーニング娘。のコンサートDVDを観ると、多くの人がサイリウムなどを持っているし、今回は卒業コンサートでもあるので、さらに何か作法のようなものが必要な気もするのだが、これについてはそろそろ真剣に調査をしていきたい。

そもそもサイリウムというのがどこで売られていて価格がどれぐらいで、どのように使うのかすら分らない。かなり以前の「今夜もうさちゃんピース」の投稿で、初めてのコンサートでサイリウムをどうやって使うか分らずにいたところ、近くのファンが折ることを教えてくれた、というものがあったと思う。これはちゃんとやっていきたい。

さて、「シャバダバ ドゥ~」について調べようと思い、検索してみると、当初から絶賛の声が多数寄せられていたことが分る。先日、NMB48のみるきーこと渡辺美優紀もMVを観て、「なんか感動する」とツイートしていたようだ。

道重さゆみの声質がうまくいかされたキュートでポップな楽曲が、まず最高である。道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」で語っていたところによると、通常、シングルの1回目のレコーディングは1時間ぐらいで終るのだが、これには5時間ぐらいかかったらしく、さらに修正などがあったようだ。これには道重さゆみの歌唱力がそれほど芳しくないという要因もあるとは思われるが、コーラスなどすべてのボーカルを道重さゆみで録ったため、聴いているだけで道重さゆみをよりサラウンド的に感じることができるつくりになっているようだ。

道重さゆみはモーニング娘。卒業後に無期限の休業を発表しているが、その後、復帰があるのかどうかはいまのところ発表されていない。それが、もしかするとこれが最後になるかもしれないという感傷を強くしているわけだが、これで思い出されるのが、1980年の山口百恵と1978年のキャンディーズと、古すぎて道重さゆみ世代にとってはまったくわけが分からないであろう例示だが、私はリアルタイムで体験しているので、やはり長生きはするものである。

それはそうとして、山口百恵のラストシングルは「さよならの向う側」であった。ファンへの感謝を歌った感動的かつ壮大なバラードであり、歌い出しからして「何億光年 輝く星にも 寿命があると 教えてくれたのは あなたでした」などというものなのだが、これは卒業コンサートでマイクを置いてステージを去った名場面を含め、いかにも山口百恵らしい重厚さがあって、良いものである。

また、キャンディーズのメンバーは解散後に全員が芸能界に復帰したのだが、当初は「普通の女の子に戻りたい」と言って引退したのだった。解散後に「つばさ」というシングルが発売されたものの、活動期間中、実質的なラストシングルは「微笑がえし」であった。この曲の歌詞には過去のキャンディーズの楽曲名が多数出てきて、ずっと応援してきたファンであればより楽しめる内容になっている。また、バラエティー番組のコントでも活躍し、コメディエンヌ的な魅力もあったキャンディーズだけに、恋人とのお別れを歌った内容にもかかわらず、いかにも湿っぽくはなっていなく、「おかしくって 涙が出そう」という印象的な歌詞があらわしているように、さびしい気持ちを表には出さず、笑顔でさようならという感じの曲である。

さて、道重さゆみの「シャバダバ ドゥ~」である。道重さゆみのキャラクターはポップでキュートなので、やはり曲調もそのようなものになっている。そして、歌詞にはファンならば知っているエピソードを思い起こさせるフレーズが全編にわたり、盛り込まれている。キャンディーズの「微笑がえし」では過去の曲目が歌詞に入っていたが、道重さゆみの場合は、やはり存在そのものこそが最大の魅力だったため、このような内容になるのは正しいように思える。オーディションで道重さゆみを見たつんく♂が「この子自体が作品やな」と言っていたが、12年後に振り返っても、まさにその通りだったわけである。

細かく感想を述べていくならば、すべてを引用しなければいけないぐらい、この曲の歌詞には道重さゆみの魅力がギューッと凝縮されている。つんく♂は道重さゆみのプロデューサーでありながら、常に最高のファンでもあったのではないかと思う。よくこの1曲の中に、これだけ濃縮できたものである。天才と愛情のなせる業であり、つんく♂以外にはけして不可能だったであろう、最高の仕事である。

自己愛とコンプレックス、最年長リーダーとしての苦悩、デビュー当初の記憶、バラエティー番組出演時の葛藤、ファンが観て、感じて、共に一喜一憂してきたことの多くがこの1曲の中にあり、それを道重さゆみが最強にキュートなウィスパーヴォイスで可愛く歌っている。

「内緒の内緒で今だから言うわ 初恋のお話をね」と言った直後、「なんて事あるわけないでしょ!」で、それはアイドルなので恋愛そのものをしていないということなのかと一瞬思わせるのだが、その後に「全部はこの胸の中」と明かす。つまり、初恋はあったとしてもそれは胸の中にしまっておくのだという、道重さゆみのアイドルとしての強い意志があらわされたものである。と同時に、恋愛そのものをするはずがないというファンタジーを、恋愛していたとしても全部はこの胸の中にしまっているというリアルに書き換えるという、小さな革命がここでは起っているように思える。

山口百恵の「さよならの向う側」では、ファンの親切さ(kindness)、優しさ(tenderness)、笑顔(smile)、愛(love)、すべて(everything)について、ありがとう(Thank you)と何度も歌われ、それは「さよならのかわりに」である。これがじつに深く大きな感謝の思いを感じさせ、聴く者を感動させるのである。

道重さゆみは「シャバダバ ドゥ~」において、「ありがとう」とは一言も言っていない。にもかかわらず、道重さゆみのファンへの感謝が、道重さゆみらしい方法で込められまくっているという、奇蹟的な作品である。

「こんな長い間やってこれたのは 誰のおかげでしょうか」という自問に対し、「私の努力」「私の愛嬌」「私の運の強さ」と自分のことばかり挙げるが、その後すぐに、「ってことにしとけよ!」と早口で言うのだ。つまり、周囲の人達やファンのおかげだと心底思っていながら、それを正直に口に出すことへの照れ、また、話にオチをつけて面白くしようとする道重さゆみのサービス精神と頭の回転のはやさと構成力、これらの魅力のすべてがこの短い間に表現され切っている。

そして、なぜ、私たちが「シャバダバ ドゥ~」にこれほどまでに感動するのか。それは、この曲が私たちに対して歌われているのみならず、曲の中に私たちがいて、それが至高の存在に高められているからである。

つまり、「一緒に過ごした日々 過ごした空間」、そこに私たちは確かにいた。そして、その「全部が大切」であり、「全部が宝物」だと歌われているのだ。

もちろんミュージックビデオについては、完璧すぎて、私にはこの魅力を言葉で言い表す能力がまったく無い。ただただ心の目で見て、宗教的恍惚に近い何かにヤラれることしかできない。そして、もちろん少し泣く。

「シャバダバ ドゥ~」は道重さゆみから私たちへの最高の贈り物であり、これこそが私たちにとって「大切」で「宝物」であるに違いない。



時空を超え 宇宙を超え。

iPhoneのアラームで目を覚ましたが、頭の中では「シャバダバ ドゥ~」が再生されている。先日までは電車で仕事場に行くまでの間、音楽を聴いたりメールを処理したりしていたのだが、勤務地が自宅から近くなったため、自転車で行くようにした。先週の土曜日はradikoで「ヤングタウン土曜日」を聴きながら歩いて帰りたかったので、徒歩で行った。

成城消防署に書類を提出に行く間、iPhoneでモーニング娘。'14のツアーセットリストパターンAをプレイリスト化したものを聴きながら歩いた。「シャバダバ ドゥ~」が流れ、また切なさがこみあげてきた。この1曲だけをリピートで何回も繰り返し聴き続けたい衝動に駆られたが、勿体ないような気がしたので、それは止めた。

「シルバーの腕時計」の瑞々しいボーカルはいったい誰なんだろうと思った。これは素晴らしい。1970年代から続くアイドルポップの歴史の中で、常にその核であったような気がする切なさがそこにはあるように思えた。じつは確認したのはいまなのだが、田中れいなではない方のボーカルは鞘師里保、ラップは新垣里沙と光井愛佳であった。現メンバーは鞘師里保だけである。

昼にまた明太子スパゲティーを食べた。やることややらなければならないことが次々と決ったが、すべての球を美しいフォームで打ち返す所存である。新しく一緒にプロジェクトを遂行していく面々にも、次々と会った。道重さゆみを見習ってリーダーとして成功を実現したい。

「歌謡コンサート」という番組で、モーニング娘。’14が「見返り美人」を初公開した。最新シングルに「TIKI BUN」「シャバダバ ドゥ~」と一緒に収録されていて、道重さゆみ以外のメンバー9人で歌われている。作詞・作曲はつんく♂ではなく、演歌界の石原信一と弦哲也である。後輩メンバーから、卒業する道重さゆみに捧げる曲という内容になっている。9人のメンバーが歌い、途中で和服姿の道重さゆみが登場し、ゆっくりと歩いて振り返るという演出があったが、これがまさに息を呑む美しさであった。心が洗われるようであった。素晴らしい。

11月11日は田中れいなの誕生日だったが、午後11時11分にお祝いのブログをアップするという凝ったことをしていたが、アメーバの時刻表示が「23:11」と分かりにくかったからか、少し後で説明するためのブログをまた上げていた。飼い猫のセーラが、ブログに久しぶりに登場していた。

今日も空いている時間などに「今夜もうさちゃんピース」の聴いていない回を聴いたりしていた。仕事と睡眠の時間以外はほぼずっと道重さゆみの動画を観ているか音源を聴いている。ハワイのファンクラブツアーでのことを、オープニングで話していた。9月15日放送の第412回である。夜にメンバー全員でハワイの海に行き、寝転んで手をつなぎ、星空を見上げた。このことはブログでも読んでいたのだが、ラジオのトークで聴いて、より素晴らしいと思えた。

モーニング娘。のシングル「時空を超え 宇宙を超え」はいまのところ、私にとっての今年のベスト・シングルなのだが、じつはこの曲が出た頃は道重さゆみのブログやラジオをあまり熱心に読んだり聴いたりしていなかった。関西のお笑い番組のエンディングでビデオが少し流れていて、その切なげな感じがかなり気になり、iTunesストアで購入した。サウンド面でも実験性があり、素直に最新型のポップ音楽としてカッコいいと思えた。

今回、このトークを聴いて、道重さゆみもこの曲がとても大好きだということを知った。道重さゆみが特定のシングル曲についてこれだけ熱く語るのは、2007年の「みかん」以来ではないだろうか。ちゃんと確認していない時期もまだまだあるので、もしかするとその間に他にもあったかもしれないが。

明日は休日にもかかわらず間に合わせるために早朝にレイアウト案を作成して送信しなければならないので、道重さゆみのトークを再録し、「時空を超え 宇宙を超え」を聴いて、清らかな心で眠りたいと思う。

ハロー!プロジェクト公式の特設ページが、11月26日の横浜アリーナまでのカウントダウンを行っている。メッセージはしだいに大きく、明瞭になりつつある。

まあ、10人でハワイに行くのは本当に最初で最後になったわけなんですけど、そうですね、あの、なんていうんだろう、もう、とにかく行く前から楽しくなるだろうなっていう予感はしてたんですよ。 今の10人だったら、もう、こう、普段からも、10人だけでごはん行ったりとか、すごい仲いいんで、あ、きっとハワイとか行って、毎日一緒にごはん食べたりとか、ずっと一緒にいるわけじゃないですか。帰るホテルも一緒だから、お家が違ったりすると、1回別れてから、また次の日おはようだから、それよりももっともっと長く一緒にいれるから、あ、きっとハワイ楽しいだろうなーと思って、すごい楽しみにしてたんですよ。

で、それたぶん他のメンバーも気持ちが一緒で、ハワイ楽しみですねとか何回も言ってきたりとか、もう、はるなんなんて、かれこれ本当にハワイに行く、なんか、2週間、3週間ぐらい前から、さゆみに、たぶん全部で5回ぐらいは、ハワイ楽しみですねって、本当に初めて言うかのような、ニコニコした顔で言ってくれたりとかして、あー、なんかすごい、こう、楽しみにしてる、すごい良いことだなと思って、楽しもうっていう意気込みもあった感じで、ハワイにいざ行ったんですけど、想像してた以上にすっごいメンバーといるのが、もう、なんかしあわせというか、楽しくってしょうがなかったんですけど、

なんか、たとえば、こう、撮影もあったんですね、ハワイで、ファンクラブツアーの、あの、みんな、ファンの方との過ごす以外にも、撮影の...撮影をする日とかもあったんですけど、撮影が終って、あの、ハワイって、もう、夕陽がなくなっちゃったら、もう本当に外、暗いじゃないですか。
日本、ていうか東京とかだったら、結構、あの、日が無くても明るかったりするんですけど、ハワイは、本当に真っ暗になるんですよ、辺り真っ暗な感じで、もうどこ...あの、懐中電灯とか、なんか、とりあえず日が無いと、あの、周りが見えないくらい暗いなっていつも思うんですけど、で、なんか、そこで、あの...だから、基本的に、あの、お仕事終るのが6時ぐらいなんですよ、もう外が暗いから、撮れないから。
なんですけど、6時ぐらいに終ったら、なんかもう、みんな衣装のまんま、みんなで「ハワイの海に行こう」とか言って、真っ暗なところ、でも、こう、あの、ちょっとライトとか照らしてもらいながら、あの、ハワイの海にみんなで行って、10人で手つないで、なんか、ハワイの海に走って行ったりとか、そういうのがもうすっごい楽しくって、で、「あ、ちょっと空見てください」とか言って、「東京じゃ見れない星が見れますよ」とか言って、みんなで星を見て、あ、なんか、あれが、なんか、大三角形じゃないみたいな、夏の大三角形発見みたいなこと言ったりとか、なんか、こう、その時に、「あ、なんか光った」みたいな、「流れ星だー」みたいな、絶対流れ星じゃないんですよ。でも、流れ星ってみんなは信じたいから、さゆみもその時は信じたくって、なんか、みんなで流れ星を見たって、すごい素敵じゃないですか、ハワイの、なんかこう、最初で最後の10人で、ハワイの星空を見上げた時に、たまたま流れ星が流れたんですよって、こんなロマンチストな話はないと思って、みんなで「流れ星だー」って言ってたんですけど、あの、あの時はさゆみも、あ、流れ星だと思って、なんか、すごい感動したんですけど、あの、絶対流れ星じゃないんですよ、それ、たまたま...星ってたまに光るじゃないですか。キラーンと光って、あー、流れ星だってみんなで言ったんですけど、みんなも後から冷静になって、なんか、さっきのやつ流れ星ではないですよね、みたいになったんですけど、でも、もう本当にしあわせだった。

さゆみは、なんか、その星空を見た時に、なんか、こうやって、いろんな星があって、もしかしたら、こう、よく言うじゃないですか、あの星では、いま地球みたいに誰かが住んでるかもしれないとか、なんかそうやって、いろんな世界がある中で、で、日本だけでも、あの、まあ、地球? 地球だけでもたくさん人数がいる中で、この10人が出会うって本当に奇跡みたいなものなんだなって感じてたら、すごい感動して、で、そんな中で、「時空を超え 宇宙を超え」の歌詞に、なんか、こう、なんていうんですか、その、時空を超え、宇宙を超えて出会うべくして出会うひとは、なんか、出会うみたいな歌詞とかも、あったりとかするんですけど、あ、それって、すごいモーニング娘。の...モーニング娘。自体のことを歌ってるんだなって、なんか改めてこう感じて、ジーンとして、そうやって今後、こうやって新メンバーとかとまた出会うわけじゃないですか、今、12期のオーディション、もうすぐ発表なのか分んないんですけど、で、そうやって、いろんな、こう、時代があってこそ、そうやっていろんな時があってからの、そうやって人との出会いがそうやって繰り返されていくんだなって思うと、すごい感動しちゃって、

さゆみ、本当に、あのハワイで10人で星空を見上げてから、ずーっと「時空を超え 宇宙を超え」を聴いてるんですよ。その、ハワイで星空をみんなで見上げた日から、「時空を超え 宇宙を超え」がより大好きになっちゃって、もう、「時空を超え 宇宙を超え」は、もう、さゆみの中でいま、もう本当に、ヤバいぐらい、ヤバいぐらい、大好き大好き大好き大好きって、なってるんですよ。
もう本当にずーっと聴いてます、だから。なんか、あの、移動中とかも聴いてるし、もちろんハワイの間も、ずーっと聴いてたし、あー、この歌詞って本当、いまの10人にピッタシなんだなと思って、あー、つんく♂さんはここまで、こう、想定して考えてくれてたのかなとか思うと、またそれでより感動したりとかして、とにかく、ハワイで...ハワイに行って、メンバーとの距離がまたグググって近づいたと思うし、それが、あの、ハワイの力ももちろんあったかもしれないんですけど、その、なんていうんだろう、ハワイが終ってからも、それがいまでも継続してるっていうのも、すごく素敵だなって思うから、なんか、こうやってハワイのおかげで、また10人が改めて、こう、1つになったというか、一体感をすごく感じられたハワイだったので、こう、素敵な、こう、ハワイの星空を見上げることができて、しあわせだなと思いました。

ということで、今日もですね、こんなしあわせに浸っている道重さゆみと30分最後までお付き合いください。それでは、まずはみなさんご一緒に、今夜もうさちゃんピース!

では、1曲目、聴いてください。モーニング娘。’14で「時空を超え  宇宙を超え」。

2014年11月11日 (火)

きみみたいにきれいな女の子。

道重さゆみやモーニング娘。’14の動画を時間さえあれば次々と観ている。ここ最近は以前のようにこまめにチェックすることはもうすっかり無くなっていたので、初めて観るものだらけである。「前代未聞!モーニング娘。’14寝起きコンサート!!」など最高である。隠しカメラで撮影されているとも知らず、就寝前に延々とくだらないゲームをやり続けるメンバーや、ゲームのルール説明中に勝手に前転したり寝る時はぬいぐるみを抱いている鈴木香音、さらに寝起きにもかかわらずパジャマ姿でキレキレのダンスを踊りながら「What Is Love?」を歌うなど、見どころ満載である。あと、ノーメイクかつなかなか起きようとしない道重さゆみが、やはり最高であった。

あと、数ヶ月前に道重さゆみが出演したという「アナザースカイ」という番組である。今田耕司が司会で2008年から放送されているようなのだが、あまりテレビを観ない私は知らなかった。海外ロケで水族館に行ったり買物をしたりおいしいものを食べたりしながら独白するシーンなどもあるという番組なのだが、これはいつかのソロDVDの内容とひじょうに似ているのではないかと思った。あの頃、ファン向けの有料コンテンツでしかやれなかったのとかなり近い内容のことが、地上波の人気テレビ番組でスポンサーがついた状態でちゃんとやれるようになったのか。それだけ、道重さゆみのネームバリューが上ったということだろうか。

水族館で興奮したり、買物に行ってなかなか決められないあたりもまったく同じであり、これは本当に市販のDVDではなく地上波で放送された番組なのだろうかと、もちろん良い意味で疑いそうになった。ロケ地はハワイだったのだが、デビューして間もない頃に参加したファンクラブイベントの記憶とともにロケは行われ、道重さゆみの歴史やスタジトークなどの内容がコンパクトにまとめられていた。

さらに、昨年暮れにピチカート・ファイヴでの活動などで知られる小西康陽が道重さゆみのファンになっていたという事実も知った。元ピチカートマニアで、同じ北海道出身で、さらには大学の後輩でもある私にとっては、嬉しいことこの上ない。文系男子の妄想にクールでスタイリッシュな意匠をこらしたようなところが、小西康陽の作品にはあるが、このような感性において一流のクリエイターが道重さゆみの魅力を見つけるというのは、至極当然のことのように思える。

どうやら音楽番組に一緒に出演したらしいのだが、その後、小西康陽はツイッターに「テレビでご一緒した道重さゆみさんの大ファンになってしまった。彼女が画面に映るたびにまるで俺だけを見つめているようだった。そんなことがあるはずないのは承知だが、これがアイドルに恋するということか。一緒にもう一度仕事がしたいです。誰かにお伝え下さいなどと投稿したらしい。

小西康陽とハロー!プロジェクトといえば、松浦亜弥の「ね~え?」を思い出す。作詞・作曲はつんく♂だが、編曲を小西康陽が担当していて、しっかりピチカート風味のサウンドになっていた。その約1年半前に発表された深田恭子の「キミノヒトミニコイシテル」においては、作詞・作曲・編曲のすべてを行っている。

道重さゆみが初めて制作にもかかわったという2011年の写真集「Sayuminglandoll」には、ピチカート・ファイヴに通じるモードなポップ感覚があるし、道重さゆみがプライベートでコンサートに行くほど好きだと言っていたPerfumeのプロデューサー、中田ヤスヒロも小西康陽の影響を強く受けていると思われる。また、モーニング娘。のアルバム「⑬カラフル キャラクター」に収録された道重さゆみのソロ曲「ラララのピピピ」も、おそらくそのあたりのセンを狙ったのではないかと思えるフシがあり、私は大好きなのである。

要は、もしも道重さゆみが休業後に復活する可能性があるのだとすれば、その時はぜひ小西康陽プロデュースで作品を発表してくれないかな、ということである。

小西康陽はオタク的ともいえるポップ文化に対する造詣の深さと卓越したセンスによって、文系男子の妄想とをクールでスタイリッシュな作品に加工してしまう術に長けていると思えるのだが、そこで素材としての女性ボーカリストの存在というのが肝になる。ピチカート・ファイヴにおける野宮真貴とは、そのようなものであった。

また、道重さゆみが尊敬するアイドルといえば小倉優子であり、ファンクラブイベントにおいても、サプライズでメッセージが届けられたということなのだが、小西康陽はかつて、この小倉優子の曲も作詞・作曲していて、その「オンナのコ・オトコのコ」は、オリコン最高第20位と、そこそこ売れてもいたのである。

ピチカート・サウンドというべきポップでキュートなトラックに、小倉優子のボーカルはけして上手いとはいえるものではないが、その声質が見事に生かされ、とても魅力的なポップスに仕上がっている。

そういった意味でも、道重さゆみとの相性は最高なはずなのである。

作業をしているうちに夜遅くなってきたが、「今夜もうさちゃんピース」がはじまるまではまだ時間があったので、やはり過去の「今夜もうさちゃんピース」のうち、聴いていない回を聴いたりした。道重家ではメロンはサインペンの味がすることになっているらしい、ということを知った。

道重さゆみのソロファンクラブイベントが行われていたらしく、私はネットパトロール活動によってできるだけその様子についてのレポートを収集していたのだが、素晴らしすぎる内容だったようである。

24時30分になったので、radikoで「今夜もうさちゃんピース」を聴きはじめた。道重さゆみのお気に入りのケーキ屋さんがGIOTTO(ジョトォ)というお店だということが分った。ショートケーキと苺タルトがお気に入りとのことである。小田急新宿店、渋谷ヒカリエ、三越銀座店などにあるようなので、これは今度買いに行くことにしよう。あと、コージーコーナーのパンプキンプリンのことも言っていたが、ハロウィン限定商品のような気がする。

「MUSIC STATION」出演について、裏でタモリさんがとても優しいというエピソードや、この番組の思い出として、モーニング娘。おとめ組で出演した時のトークで、ハワイに行った時にさくら組のごはんはおいしくて、おとめ組はまずかったという話をしていて、空気を読んでそれにのっかっていればよかったのだが、実際にはおいしかったので、うそをつくのが嫌で、私はおいしかったですよ、と言い張ったことを覚えていると言っていた。

「今夜もうさちゃんピース」の公開録音で、得意なゲーム「ドクターマリオ」をやっているところを延々とファンがただ見ているというシュールなコーナーがあったようなのだが、用意されていたゲーム機がいつもやっているDSとはボタンが違っていたため、やりにくかったようだ。公開録音を観覧していたリスナーから上手かったとメールがきていたが、本当はこんなものではないらしい。

あと、休業に入ってもネットパトロールは続けるだろう、とのことである。

アメーバのブログに「楽しすぎたーーーー」という記事が上っていた。ソロファンクラブイベントについて書かれている。道重さゆみが感じた感動や感謝の気持ちが伝わってくるようで、とてもしあわせな気分になった。「いまねー楽しすぎて気持ちが落ち着かないよー笑」「愛を感じる!愛しかないよーーーー」「この時間が一生終わらなければいいのに!って思ったよ!」など、名言が連発している。ファンとの信頼関係がものすごいレベルになっている。道重さゆみは思想であり哲学であるから、それもそのはずである。

2014年11月10日 (月)

TIKI BUN

今日はお昼に明太子スパゲティを食べた。もちろん道重さゆみの大好物である。ここ数日間、音楽はモーニング娘。とモーニング娘。’14と道重さゆみしか聴いていない。

かつての依存状態を脱し、すっかりライトファン化に成功したと思い込んでいたのだが、それはたとえば「今夜もうさちゃんピース」の放送時刻にCBCラジオにダイヤルを合わせたりiPhoneでアメーバブログをひらけば、いつでも最新の道重さゆみに出会えることを知っているからに過ぎなかったのだ。無意識ではつねにずっと依存をしていた。

あと少しで、もう道重さゆみが何を食べたとかどこに行ったかすらまったく分らなくなってしまうのだ。

ところで、このようなモードであるため、かつて道重さゆみを好きになりはじめた頃の気分を思い出してみようと思い、このブログの過去記事を久しぶりにひらこうとした。すると、ブログ開始当時の記事がほとんどアップされていないことに気づいた。

このブログは数年前に一度完全に削除したものを、改めてやり直したものであり、テキストで保存していた全文章をアップしようと試みたのだが、初期のものはなぜかエラーが出てごっそり上がらなかったのだった。そのうち、重要と思えるものは手動で上げたのだが、ココログは公開日時の設定にひじょうに手間がかかり、それでもやはり書いた順番に時系列で並べたというのがあり、初期に書いた記事については上っていないものがひじょうに多い。

そもそもmixiに書いていた普通の日常の日記の中に道重さゆみ関連のものが増えてきて、代々木のFM FUJIやオーサカキングでリアルの道重さゆみを見て感動するというプロセスを経て、このブログはできあがったのであった。そして、数日後には山口県に聖地巡礼の旅に出かけることになった。

ブログの最初の方では、いくつかの記事に分けて、そこに至るプロセスをmixi日記の抜粋などを交えながらブロローグ風味にお届けしていたのだが、やはりこれは復活させようということで、まとめて手動で上げた。リンクのおかしなところなども修正したので、一連のブロローグ部分を続けて読めるようになった。

これを自分で読み直していてひじょうに懐かしかったのだが、ついでに読んだ「オレは道重さゆみになにを求めているのか」という記事があり、これは2007年8月17日に書かれているのだが、じつはこの時点で、いつか道重さゆみが私が知ることができる範囲からいなくなってしまうことに対する懸念が綴られていた。以下、いまから7年以上前に書いた文章である。

道重さゆみは今後どのようなタレント活動を続けていくのだろう。それは本人が家族や事務所と話し合って決めていくことだ。ほんとうに大切なことを見失わずに、ぜひ最高にしあわせになってほしいと願う。オレはいつまで道重さゆみの成長や葛藤を見続けることができるのだろう。いつか必ずその日はくる。

未来への期待が、日常を生きる価値があるものにする。オレは古いタイプの人間なので、終わりなき日常なんていうのは生きられない。やろうとしてみたが、ダメだった。そして、すれっからしのペシミストを目指した。しかし、それは切ないし悲しい。おいしいものを食べたり、かわいいものを集めたり、目の前のことに一生懸命になったり、そういうことをもっと真剣にやらなくてはいけない。オレにとって道重さゆみとはそういうものであり、その日までになんとかしなくてはいけない。

この問題はすでに克服されていたかのように思われていたが、それはじつは道重さゆみをいつも知ることができて、その状態が失われることはないということを、いつしか無意識に信じていたため、それを担保としてそのように思われていたにすぎず、現時点で道重さゆみがいなくても大丈夫とは、とてもではないが言い切れる状態ではない。そうでなければ、ここ数日、私の精神状態が確実にブルーズに浸食されていることの説明がつかない。

それはそうとして、決っていることはもう決っているので何とかしていくしかないし、これも道重さゆみとの出会いと同様に、理由があって起っていることなのだろうと思っていくしかない。

ところで、「TIKI BUN」の歌詞の「『私なんて』と親に八つ当たり TIKI BUN TIKI BUN」という部分を聴いて、「シンデレラ Theミュージカル」で道重さゆみがワイヤーで吊るされてセリフが無い役をやらなければならなかった頃、精神的に病みかけて大好きな家族にさえ良くない態度をとってしまっていて、数ヶ月後にラジオでその話をしているうちに泣いてしまうという、あの回のことを思い出した。

さよならは 道重さゆみ エモーション」なる動画のリンクが流れてきて、正直これをiPhoneで観て泣いたわけだが、じつはここ数ヶ月のモーニング娘。のパフォーマンス映像をろくにちゃんと観ていなくて、この動画では断片的にフィーチャーされているのだが、道重さゆみがとにかく凛としていて威風堂々というか、それでいてフレッシュなピュアネスも失っていないという奇跡的なことになっている。年下のメンバーを率いてひじょうに堂々としていて美しいのだ。先日の「MUSIC STATION」出演時の動画をちゃんと観て、それを再確認した。ちょうど前日に2007年のコンサートでの「Do It! Now」で、中心になることはなくても一生懸命、健気に頑張っている道重さゆみの動画を観直していただけに、ひじょうに感慨深いものがあった。

過去のモーニング娘。はグループ内に確執とまではいかないまでも、ライバル関係というかギスギスしかねない緊張感というのが多少なりともあり、アットホームだった高橋愛リーダー時代においてもまったくそういうムードが無かったとはいえない印象なのだが、道重さゆみリーダーのモーニング娘。’14は、年下のメンバーたちが瞳をキラキラさせてリーダーを慕っているという感じがあり、組織というのはやはりリーダーによってかなり雰囲気が変わるものなのだな、という感想を持ったのである。先日のブログでグッズのうちわを持っていたらメンバーがどんどん集まってきて増えていくというやつがあったが、あれもとても良かった。

大阪で個別握手会があり、これが最後の握手会かもしれないということで、泣いてしまうファンが続出だったという。最後は道重さゆみも少し泣いてしまったようだ。

こういうのを読むとさらにブルーズが加速するわけだが、それもエネルギーに変えて突っ走るしかないだろう。道重さゆみがいなくても大丈夫というのは、けして道重さゆみを忘れることではなくて、ちゃんとつねに認識していながら、自分自身がそれに負けない強度を持つということなんだ。だから、たとえもう道重さゆみの最新の状況がアップデートされなくて、記憶の中だけにしかいなくなったとしても、いつもそこにいると感じられるぐらいに、自分自身がそれと同じぐらいの強さや優しさを身につける。そして、それは道重さゆみがいたからこそ自分の中にあるのだと意識すること、ともはや何を言っているかよく分からないのだが、頑張っていこうと思う。

そういう意味で、「TIKI BUN」はやはり良いラストシングルだったのではないかと思うのである。

ラストシングル」というブログ記事において、道重さゆみは「TIKI BUN」について、以下のように綴っている。

 

『TIKI BUN』の歌詞を読んで思ったんです。

なかなかうまくいかない日があったり、
わたしもモーニング娘。で活動してきたこの12年間でほんとに常に伸び悩んでいました(笑)

正直、努力しても報われない、、と思った事もありました。
でも、報われなくても、それが自分自身の糧になって、成長出来たんだ、、と、12年たった今なら思えます。

報われなくても、学んだり得たもの、それを信じればいいんだなって『TIKI BUN』の歌詞よんでて思えました。

それが私がしたかったこと、好きなことだったんだと思います。

自信がなくてまわりが羨ましいときもあるけど
自分が全てなんだし突き進もう!って前向きになれるんです。

だからさゆみ、

ラストシングルが『TIKI BUN/シャバダバ ドゥ~/見返り美人』で本当によかったです!!!!

 

2014年11月 9日 (日)

Do it! Now

道重さゆみのモーニング娘。’14からの卒業が一日毎に迫っているわけだが、11月26日の卒業コンサートを迎えるにあたり、私は最近のモーニング娘。の曲をあまりにも知らなすぎるという問題点に気がついた。

私がモーニング娘。の新作を出れば買っていた時期というのは、2007年2月の「笑顔YESヌード」から2010年2月の「女が目立って なぜイケナイ」までの間だけに過ぎず、それ以降は買ったり買わなかったりであった。アルバムについては、「⑬カラフル キャラクター」しか買っていないといういかんともしがたい状況であった。

ところで、卒業コンサートではどのような曲が歌われるのだろう。とりあえずいま行われているツアーのセットリストが、インターネットで見つかった。最終日とどれだけ曲目が変るのかは定かではないが、ある程度の目安ぐらいにはなるのではないかと思う。また、ツアーのセットリストもA、B、Cと3種類あるようで、それぞれ曲が異なっている部分がある。私はやはり「シャバダバ ドゥ~」と「ラララのピピピ」が入っているAが良いなとは思うのだが、どうなるのだろうか。

それよりも持っていない曲があまりにも多すぎる。これはいかんと思い、セットリストに入っていて持っていない曲を、メドレーのものを含め、iTunesストアで次々に買っていき、A、B、Cそれぞれのプレイリストを作成した。気がつくとiTunesストアでモーニング娘。(モーニング娘。’14も含む)の曲を7,250円分ほど購入していた。

やはり新しめの曲が多く、古い曲でも昨年発表された「The Best!~Updated モーニング娘。~」に収録されていた、新しいメンバーによって新アレンジで録り直されたバージョンの方だったりした。

私は最新アルバム「14章-The Message」の中では、道重さゆみ・譜久村聖・飯窪春菜による「恋人には絶対に知られたくない真実」が気に入っている。ここ最近のモーニング娘。’14に顕著なEDMっぽいサウンドが使われているのだが、歌詞の世界観や曲調は平和な青春賛歌という、ひじょうに特殊な音楽である。「What is this crazy rock'n roll music?」という英語DJのような声が入っているのも、謎すぎて素敵である。

あと2011年のアルバム「12,スマート」に収録されていた「彼と一緒にお店がしたい!」が最高である。これは道重さゆみのポップでキュートな魅力のようなものがグループ全体に浸透したかのような、眩しすぎて泣きたくなるような大傑作である。コミカルに演技したようなボーカルとか、家族のみんな大好きだけど愛追いかける世代という歌詞など、本当に好きすぎる。

シングルでは「わがまま 気のまま 愛のジョーク」がものすごくカッコいい。他にも「今夜もうさちゃんピース」で聴いたことがあるような曲も少なくなく、間奏でフェイドアウトして「お送りしたのは、モーニング娘。で....」と道重さゆみの声が聴こえてきそうなものもあった。

このセットリストの中に「Do It! Now」が入っていて、しかもA、B、Cすべてにおいて選曲されていることから、わりと重要だと思われる。この曲は2002年7月24日に発売されていて、もちろん道重さゆみはまだモーニング娘。に加入していない。当時の人気メンバーであった後藤真希が参加したラスト・シングルということで選曲されたのかも思ったのだが、じつはこの曲は亀井絵里、道重さゆみ、田中れいなが合格した「モーニング娘。LOVEオーディション2002」のダンス課題曲だったということである。道重さゆみが参加した最初のシングル「シャボン玉」などと同様、重要な曲ということで選曲されたのかもしれない。

私が道重さゆみの魅力に気がつき、それまでまったく興味がなかったモーニング娘。やハロー!プロジェクトの動画や音源などを観たり聴いたりしまくっていた頃、ハロー!プロジェクトの動画サイト「Dohhh UP!」というのがあり、そこで公開されていた道重さゆみが1人で映る「Do It! Now」の映像が好きだった。

これはモーニング娘。がグループとしてパフォーマンスしているのだが、カメラが道重さゆみだけをずっと映しているというもので、他のメンバーのバージョンもあったのではないかと思う。当時のモーニング娘。においては、高橋愛、田中れいな、藤本美貴といったメンバーがリード・ボーカルをとるケースが多く、他にもリーダーの吉澤ひとみ、最年少メンバーでものすごく推されていた久住小春や実力派の新垣里沙や亀井絵里がいて、道重さゆみの存在感はひじょうに小さいものであった。前年の秋からラジオ「今夜もうさちゃんピース」がはじまり、これをきっかけに独自の道を切り拓き、私のような面倒くさいライトファンにも見つかってしまったのだが、このコンサートが行われたのはおそらく2007年の1月なので、最も立ち位置が定まっていなかった時期なのではないかという気がする。

このパフォーマンスにおいて、道重さゆみがグループの中心としてスポットが当たる瞬間は一切ない。それでも地道に自分がやるべき振り付けやコーラスパートを一生懸命こなし、途中で明らかに体力を消耗しているように見える箇所もあるが、頑張っている姿が記録されている。それがとても感動的であった。

その後、道重さゆみは少しずつ活躍の場を広げ、人気も徐々に高まっていって、ついにはモーニング娘。のリーダーになり、セールスを復活させ、歴代メンバーの在籍最長期間も更新した。

あと数週間で輝かしい花道を飾ろうとしているが、そこに至るまでにはこのような時代もあったのである。

「Dohhh UP!」はもう無いのだが、別の場所でこの動画を見つけたので、何年かぶりに観てみたのだが、やはり感動した。そして、とても感慨深いものがあった。

仕事の帰りに夜風にあたりながら、iPhoneで「ヤングタウン土曜日」を聴きながら歩いた。radikoプレミアムは居住地域以外のラジオ放送がパソコンやスマートフォンで聴けるという素晴らしいものだが、少し前まで確かMBSラジオは聴けなかったような気がする。それが、いつの間にか聴けるようになっていたことに、今日気づいた。

道重さゆみの他にレギュラーの飯窪春菜と、ゲストで石田亜佑美が出演していた。収録は飯窪春菜の誕生日である11月7日金曜日に行われたようだ。つまり、私が福家書店新宿サブナードの握手会に参加した翌日のことである。道重さゆみは卒業を前にして、だんだん寂しくなってきたというようなことを言っていた。季節のことも少し絡めて話していたが、以前、年末の切ない感じが好きだという話を何度かしていたので、おそらくそのことなのだろう。

石田亜佑美はブログに自信があるようで、明石家さんまに物怖じせずに読んでくださいとグイグイ行っていて、道重さゆみがレギュラーになったばかりの頃を思わせて、なかなか良かった。

道重さゆみはモーニング娘。を急遽脱退した藤本美貴にかわって、2007年6月9日から「ヤングタウン土曜日」のレギュラーになった。あの「Do It! Now」の動画が撮影されたコンサートから、約5ヶ月後のことである。この頃は道重さゆみにとって久しぶりのソロ写真集や初のソロDVDが出たりして、とても楽しかった。道重さゆみは「ヤングタウン土曜日」において、なんとか自分の場所をつくろうと、ひじょうに一生懸命に奮闘していて、それが明石家さんまや村上ショージにも段々認められていった。ブチ切れて明石家さんまに鉛筆を投げつけるという伝説の事件もあった。

今日の番組でもふれられていたが、道重さゆみが「シンデレラ The ミュージカル」でセリフもなくワイヤーで吊られる役だった頃、ラジオなどでは普通に告知をしていたが、内心ではひじょうに屈辱的な思いを味わっていたらしい。そんな時に明石家さんまからそれは面白いと言われ、そういうポジティブな考え方もできるんだと思い、とても救われたということを言っていた。

いま、それをMCでスベりがちで自信が無かった石田亜佑美に対して、道重さゆみがやっているという素晴らしいエピソードも話されていた。

「シンデレラ The ミュージカル」はセリフがなくワイヤーで吊られる役かもしれないが、私はそれでも道重さゆみが観られる数少ない機会だと思い、新宿コマ劇場に行っていた。道重さゆみはその頃、本当に心が病んでいて、家に帰って大好きな家族にすら当たり散らしていたらしい。そのことを数ヶ月後、ミュージカルが終ってからしばらく経った頃にラジオで話し、感きわまって放送中に泣いてしまっていた。あと、同じ回で話していた母や姉と熱川バナナワニ園という場所に行った話も私はとても好きで、「ワニがいて当り前なんだ」という素敵なフレーズもとび出した。私はそれにあまりにも感動して、一時期、ブログのタイトルにしていたぐらいである。あと、実際にバナナワニ園にも行ってみた。

このような時期を見ていたからこそ、花道がより感動的なものになるのであろう。私などは途中で悪態ついてしばらく離れていたり、「元道重ヲタの『生きる』氏がAKBに寝返ってハロプロを叩いていた件」などというスレッドを立てられたりしていた泡沫在宅ライトヲタクに過ぎないわけで、ずっと一筋に応援してきた偉大なる道重さゆみファンの方々には、もちろん遠く及ばないわけである。それでもこんな気持ちになるのだから、本物のコアなファンの方々においては、より一層思いが強いことであろう。道重さゆみと同じ時代に生きているというリアリティーを、強く焼きつけていきたい。そして、自分も負けずにやっていきたい。まずは、また明日もである。



2014年11月 8日 (土)

YOUR LOVE

夜遅くに道重さゆみのアメーバのブログをひらくと、「楽しかったです♪」という記事がアップされていた。

この日の19時から福家書店新宿サブナード店にて開催された、写真集発売記念の握手会について書かれている。会場で撮影されたと思われる写真も数枚掲載されているが、もちろんものすごくかわいい。

現場ではそこに本当に道重さゆみがいるという事実だけで、変性意識状態に入ってしまったかのような状態になり、顔が本当に小さいとか、本当にそこにいるとか、ピンク色の服を着ているということを認識はできたものの、冷静に観察することなどはできず、だからこの写真を見てやっと、このような服でこのような髪型だったのかと確認できたのであった。

こんなにかわいかったのならば、もっと冷静になってしっかりと見ておけばよかったと思う反面、現場ではやはりあのぐらい緊張感と多幸感でわけが分からなくぐらいの精神状態を体験できた方がやはりしあわせだったのではないかという思いもあり、その上で後からブログの写真でちゃんと確認ができるので、1粒で2度おいしい、まさにグリコキャメル状態なわけなのである。

その上、「今日は、たくさんの方と たくさんお話して、楽しかったなぁ~」「いっぱいパワーもらっちゃった」などと書いてくれている。より大きなパワーをいただいたのはこちら側の方なことは明白にもかかわらず、である。さらに、「ほんとにありがとうございました!!」と書いてくれている。ありふれた言葉だが、ひじょうに深い思いがこめられていると思われる。

私は今回、意を決して初めて道重さゆみの握手会に臨んだわけだが、その際、何かを話さなければならないということで、どうしようかと考えたのである。会話をするほど長い時間はないだろうし、もしかすると一瞬で通り過ぎるだけで終ってしまうのかもしれない。だから、限られた時間でここ数年間の思いをなるべく伝えられる言葉を編み出さなければ、と思った。道重さゆみに何を伝えたいかというと、それは感謝でしかない。それも半端な感謝ではなく、とても深く大きなそれである。どうすれば不自然でも大袈裟でもなく、さり気なくそれが伝わるだろうか。もしかするとこれが最後かもしれないし、これまで何年間もの間、ずっと楽しませていただいたりしあわせな気分にさせていただいて、そのことを直接伝える限られた時間なので、そういった意味で、「いままで本当にありがとうございました」と言うことに決めた。ものすごくありふれているが、考えに考えた末、これしかありえないだろうという結論に達した。

会場に誘導され私の何人か前の方が握手をしていて、そこに本物の道重さゆみがいて、ものすごく精神状態がヤバめになり、よく何かの発表で本番が近づく寸前のような、極度に緊張しているがここまできたらやるしかないだろうというような気分で、しかし考えていた言葉がとんでしまわないように、そこは気をつけて、自分の番が来たので落ち着いて、と思ったが、本当に顔が小さくて本物で美しくて、確かにあの道重さゆみで、ひじょうにこれはヤバいと思ったのだが、ちゃんと言おうと思っていたことを言うことができて、そしたら道重さゆみがその時は世界中で私ただ一人だけに「ありがとう」と言ってくれて、これは本当に現実に起っていることなのかと何だか夢見心地で、時間が余った場合に言おうと考えていた「26日も行きま~す」といういかにも普通なことを言ったが、元気よく勢いをつけて言おうとして、感情をあまり込めることができなかったなと、そのような反省もあったが、あの場においてはよくできた方で、いま本当にあの道重さゆみが現実にこの世界中に存在するあらゆる人々の中でたった1人私だけに向って、「待ってま~す」と言ってくれたのだ。

そのフワフワした気分がいまも続いて、どうしたものかと思っている。

それはそうとして、道重さゆみがこの握手会についてのブログで「ほんとにありがとうございました!!」と書いていて、これは会話が成立しているわけで、もう本当にしあわせである。

ところで、もちろん写真集「YOUR LOVE」を受け取ったが、福家書店の緑色の袋に入ったままで、開けることができなかった。なぜなら、家の人にバレてしまうからである。以前、理解をいただき、公認の上で応援しようとしたこともあったのだが、やはりバレずにやった方が誰にとってもよりしあわせだろうという結論になり、以前は好きなことがバレていたが、もう興味がなくなったとおそらく思われているので、あくまで秘密裡にやっている。これは隠し事をしているわけではなく、気くばりである。

パーソナルブック「Sayu」は良かった。判型が小さいし、書棚に並べていても裏表紙だけでは何の本なのかまたく分らない。実際に、いまも机の上に堂々と並べている。しかし、写真集は大きいしすぐバレるので、分らない場所に隠して、家に一人しかいない時にこっそり見ている。

iPhoneで「シャバダバ ドゥ~」などを聴きながら、行かなければならない場所に向った。「シャバダバ ドゥ~」は道重さゆみの「さよならの向う側」であり「微笑がえし」なわけだが、本当に素晴らしい歌詞だ。そして、まったく湿っぽくなく、ポップでキュートな曲調がまたハッピー・サッドというかビタースウィートというか、天使の毒だとかコンプレックスと自己愛といった二律背反的な魅力を持つ道重さゆみらしくて、とても良いなと思うのだ。歌詞もところどころ泣けてきて、これについてはあと数十回聴いたあとで、改めて感想をじっくりと書いてみたい気もするのだ。

仕事の休憩時、1人きりになれる時間があったので、こっそり「YOUR LOVE」を見た。改めて道重さゆみはものすごく濃い顔をしていて、このトゥーマッチ感覚というか過剰さが私はとても好きなのだな、ということを改めて実感した。全体的に水着のカットが多いのだが、途中、ひじょうに大人っぽい表情や、着衣で肩を出したカットなど、25歳という年齢相応の色香を感じさせるものも少なくなく、ドキドキが止まらない内容になっている。

道重さゆみについてはラジオでのトークやブログの文章がものすごく好きで、ヴィジュアルというよりはその世界観に魅力をずっと感じていたのだが、ある時期からヴィジュアルについても美意識の基準が道重さゆみになってしまい、家では隠し持っていなければならないが、写真集というのは素晴らしいフォーマットであり、やはりこの大きさには意味があるな、と思うのである。しかもメイキングDVDも付いていて、これも機会をうかがってこっそり観たいと思う。

仕事から帰る電車の中でiPhoneを開くと、道重さゆみのアメーバのブログが更新されていて、「はるなん!!!」という記事が更新されていた。モーニング娘。’14のサブリーダーである飯窪春菜の誕生日らしく、お祝いの言葉を綴っている。本人が読んだら必ず喜ぶであろう良いところを見つけ、それについて書いているが、その視点や言葉の選び方に、とてもやさしい心と眼差しを感じる。こうありたいものだ。

かつて後輩に手を焼いていっぱいいっぱいになり、ストレスから眉毛を抜いていた頃から考えると、ものすごい成長ぶりである。初めての後輩があの久住小春だったことは、道重さゆみにとって先輩力を鍛えるための最高のレッスンになったのではないだろうか。ややスパルタが過ぎたようなきらいはあるとしてもだ。

先日の「りほりほ県」の時にも感じたのだが、最近の道重さゆみのブログで後輩のメンバーについて書いている時は、それが卒業が近づき一緒に過ごせる時間が日に日に短くなっていることを意識していることが伝わり、とても切なくなる。

しんみりしたところで、お姉さんの笑い話に繋げるあたりは、さすがの構成力である。道重さゆみのお姉さんも飯窪春菜と同じ日が誕生日で、0時になった瞬間に「お誕生日おめでとう!」と言ったらキョトンしていたというのである。自分の誕生日をすっかり忘れていたらしい。さらにその後で、「なんか私かっこいいね、嬉しかったよ、誕生日にこだわってない私!」と言って、とても幸せそうだたらしい。また新たな姉重語録の誕生である。

こんな楽しいブログが本当にあと数日で読めなくなってしまうのである。いや、いまは感傷的になっている場合ではない。

2014年11月 7日 (金)

新宿。

いてもたってもいられずに、17時には家を出て電車に乗ったので、17時30分には新宿に着いていた。サブナードの福家書店の場所は、先週、整理券を買いに行った時に改めて確認していたので、もう心配は要らない。肝心の整理券も封筒に入れて、鞄の内ポケットに入れていた。その封筒の中には、11月26日の横浜アリーナのチケットも入っている。そう、ついに行けることになったのだ。あとは当日まで特殊なことが何も無いことを祈るばかりである。余程のことがない限り、もちろんこちらを優先するつもりではあるのだが。

先日は一旦外に出てしまったのだが、今回、地下だけを通って直接、福家書店まで行けることを知った。それにしても早すぎるのだが、すでに握手会会場は設置されていた。ものすごい数の社員のような人たちが、写真集を袋に詰めたりしていた。整理券を販売しているコミック販売店の方に行ってみると、入り口付近に道重さゆみの写真集特集のようなコーナーができていたが、整理券の配布はすでに終了しているようであった。

あまりにも時間があるので、階段を上り、一旦外に出た。平日のこの時間帯、雨の日に新宿を歩いた記憶が、ここ最近はない。いまは無き新宿コマ劇場に「シンデレラThe ミュージカル」を観に行ったことを思い出す。それから、「おじぎ30度 オン・ステージ」も新宿の歌舞伎町の方でやっていたのだったと思う。

かつて同じ会社だった人がイタリアンレストランのような店の外で待っていたり、途中で業務連絡の電話が入ったりしたが、時間までに終ってよかった。ファンらしき人々がかたまって集まっていたのだが、集合時刻あたりに行くともうすでにいなくなっていた。ドアの外のレンガ通りのような所に整列するシステムになっているようだ。

このようなファンが集まる現場に足を運ぶのはとても久しぶりなのだが、平日ということもあるのか、以前と比較するとわりと普通の見た目の人たちの割合が格段に増えたような気がする。一人で来ていたおとなしそうな若い女性が近くにいたのだが、インナーにはピンク色のバースデーTシャツをしっかりと着こんでいた。仕事帰りと思われるスーツ姿、しかも私にとっても人生の先輩と思われる方々も多数いらっしゃり、改めて道重さゆみのファン層の幅広さを思い知らされた。私の後には知り合い同士と思われる男女のファンがいて、山口県の話とか何を話すかとかいろいろ会話をしていて、ものすごくうらやましかった。

ドアが開き、会場近くまで誘導され、整理券を渡し、袋に入った写真集を受け取り、荷物を預けると、1人ずつ入って行っている。高速で流れるように握手だけして過ぎ去るよりは、もう少し時間があるのかもしれないが、おそらく会話をするほどではないのだろう。

入ると、道重さゆみが本当にいた。全身ピンク色で、顔がものすごく小さい。何を言うかはもう決めていて、あとはその瞬間になって頭が真っ白にならないことと、ちゃんと言えることに意識を集中して、順番が来るのを待った。

スーツ姿の私よりも人生の先輩と思われる方が、道重さゆみに「はじめまして」と言って、「はじめまして」と返されていた。

握手をして、「いままで本当にありがとうございました」と言うと、「ありがとう」と言ってくれた。私を見て、あの道重さゆみがそう言った。そして、「26日も行きます」と言うと、「待ってま~す」と言ってくれた。

そして、終った。荷物を受け取って、肩に掛けて、サブナードを駅の方へ向って歩いて行った。やわらかくやさしい、その感触は、私をこれから待ち受けるであろう苦難を幾度となく救ってくれるであろう。ここ数年間、道重さゆみの存在が私にとっていつもそうだったようにである。

時計を見ると、まだ19時14分であった。会場ではもちろん握手会が続いている。私は配布初日の午前中に購入したので、わりと早めの番号だったのだ。ずっとそのまま会場のそばにいれば、まだしばらくは道重さゆみの近くにいることができる。しかし、十分だった。感動はいまもじわじわと心に広がっている。帰りの電車では、普段通りに業務連絡に返信をしたりしたが、音楽は何も聴く気になれなかった。

ずっといちばん会いたかった人に会うための行動を取って、会うことができた。こんなシンプルなことに随分と時間がかかってしまったが、壁をひとつ突き破った充実感と静かな感動がゆっくりと広がっている。

たとえば道重さゆみに会うことが、今後もう二度と叶わなかったとしても、この日に感じた完全な肯定感は、私の魂の中にずっと残り続けるだろう。

今日はとても嬉しい、しあわせな気持でいっぱいである。

2014年11月 5日 (水)

やさしさ

深夜、radikoで「今夜もうさちゃんピース」を聴いた。

7年前の春先、モ娘(狼)板のスレッドで道重さゆみの小学生の頃に友達がダンゴムシしかいなかったエピソードを読み、それが話されたのが「今夜もうさちゃんピース」というラジオ番組だったということを知った。

当時、仕事先の近くの部屋に一人で泊っていることが多かったのだが、そこに高性能のラジオを持ち込んで、CBCラジオにダイヤルを合わせた。雑音まじりに聴こえてくる道重さゆみの声に耳をすませたが、話の内容はところどころしか聴き取れなかった。アルバム「SEXY 8 BEAT」から亀井絵里と光井愛佳が歌った「春 ビューティフル エブリデイ」がかかっていたと思う。

6年前の11月には名古屋のCBC本社前にトランジスタラジオを持って行って、現地で「今夜もうさちゃんピース」を聴くということをやった。雑音が無い状態で、放送されているまったく同じ時間にリアルタイムで聴くということを、一度やってみたかったのだ。その時はゲストに田中れいなとリンリンが来ていたはずである。

それがいまは東京にいてもクリアな音質でリアルタイムで聴くことができるようになった。radikoプレミアムのおかげである。これが6年前からあったなら、どれだけ楽しかっただろう。しかし、ああやって苦労して聴いたのも、いまは良い思い出である。

先日の公開録音の様子が放送された。「シャバダバドゥ~」の生歌など、とても貴重なものを聴くことができた。愛知県出身の鈴木香音がスガキヤのラーメンについて熱く語っていて、CMソングまで歌っていた。特製ラーメンがおすすめらしいので、次回に名古屋に行った時には必ず食べようと思う。

それにしても本当にあと数回で終ってしまうのか。ここ数年は聴いたり聴かなかったりだったけれども、ある時期、この番組を聴くことこそが一週間のピークであったこともあった。そして、道重さゆみが話した一字一句を一言残らず文字に起こして発表していた。あれは道重さゆみの魅力をできるだけ多くの人に知ってもらいたいという思いと、私の精神に道重さゆみ的なエッセンスを注入するための写経のような目的があった。

一度、道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」のオープニングで、書き起こしブログのことを話していたことがある。当時、私以外にもこの番組を書き起こしているブログはいくつかあったため、どれのことを言っていたのかは定かではないのだが、私がやっていたブログなのではないかという説もあり、それは私が人生で経験したことの中でも、最も嬉しかったことの1つであった。

そのような感想を抱きながらiPhoneをひらくと、道重さゆみのブログに「りほりほ県」という記事が載っていた。コンサートがあった広島県出身の鞘師里保をフィーチャーした内容であった。もうすぐグループを卒業する先輩でありリーダーである道重さゆみから、鞘師里保への優しい気持ちがよく伝わる内容であった。「頑張ってないりほりほが好きだけど頑張っちゃうのがりほりほなんだよねっ」「素直な自分を出すことを恐れないでほしいなぁっ」など、過去の自分自身の経験もふまえた、温かいまなざしが感じられる。

翌朝、いつものように同じ時刻に起き、乗車率の高い電車に乗って仕事をする場所に行った。ついに道重さゆみの握手会に初めて行くことを決めたのと、もしかするとコンサートにも行けるかもしれないので、いま、私の心の中にはとても明るい光があるのだが、一方でそれで最後かもしれないというのもあり、ものすごく自分自身でも分析ができないぐらいによく分からない心境である。

それとは別に毎日は続いていくが、心の奥底で本当に願っていたことに向って正直に動く、具体的には道重さゆみのいるところに行くということだが、そうしていると、やはり生きていることそのものにスピードがつく。そして、運もよくなったかのように、いろいろなことが良い方向に動き出した。とても嬉しい知らせもいくつかあった。

そして、帰宅するための電車の中で、またiPhoneをひらいた。ここ数日、道重さゆみのブログは夜に更新されることが多かった印象なのだが、昼間に新たな記事が更新されていた。タイトルは「おばあちゃん」である。

私は道重さゆみの家族や地元を大切に思うところが大好きで、とても強く影響も受けたので、ブログでも家族や地元を題材にしたものがとても好きなのである。それで、期待して読みはじめたのだが、途中で電車の中にもかかわらず泣きそうになっていたが、何とかこらえることができた。

道重さゆみの祖母が亡くなっていたのだという。道重さゆみのトークにも、よく祖母の話は出てきて、ステーキのようなものをよく食べさせてくれた、というようなことを言っていた。道重さゆみの祖母は、それを「テキ」と呼んでいたという話だったと思う。

ブログによると、道重さゆみはモーニング娘。を卒業したら祖母に会うために山口県に帰り、たくさん話そうと思っていたようだ。卒業を目前に控え、仕事が忙しく、最後にも会えず、葬式にも出られなかったのだという。それでも、「おばあちゃんの孫として頑張って生きていこうと思います!」と気丈にも言っていることに、また胸が打たれる。

子供の頃に常盤公園に一緒に行って、遊び疲れて帰りはおんぶしてもらって帰った思い出、そして、最近はだんだん弱っていくのがわかり、お風呂場の掃除が行き届いていなかったため、道重さゆみが姉妹で掃除をした思い出、そのようなことが綴っている。亡くなったことを知った時は、思い出が頭に浮かび、涙が止まらなかったという。

それでも、道重さゆみはこのことをこれまで公表せず、気丈にもコンサートやテレビやラジオ、イベントや取材などの仕事に取り組んでいたのだろう。そのつらさを想像すると、なんともいえない気持ちになる。

しかし、その優しさはじゅうぶんに伝わっていたと思うし、それだけ多くの人たちに求められ、必要とされ、それでも家族を思うやさしい気持ちはまったく変わらなかった、本当にかわいい孫を誇りに思って、しあわせに天国へ旅立ったことだろうと思う。そして、必ずブログも読んでいるし、コンサートも観ている。横浜アリーナにも見守ってくれている。

道重さゆみは「こんなプライベートな話、ブログに書いたところでどうにもならないのはわかっているんですけど、、」「ただ、こうやってブログに書くと自分の気持ちが、なんか、落ち着く、、、のかな」と書いている。

気持ちが落ち着くのなら、どんどん書けばいいのだ。道重さゆみからあまりにも多くの楽しみやしあわせを与えてもらった私たちが、それを読んで分かち合うことによって、少しでも気持ちが落ち着くのならば、むしろそれを全力でやりたい。

道重さゆみの素晴らしいところは、やはりこういう剥きだしのところなんだ。それはリアルと言い換えてもいいと思う。

道重さゆみのモーニング娘。の活動も残り少なくなったが、精一杯自分なりに応援して、天国のおばあちゃんにより素晴らしい景色が見てもらえるように、そのために微力ながらできることがやれればと思う。

ありがとうございました。

2014年11月 3日 (月)

こんなにも時間がとまればいいのにと思ったこと、なかったよ…。

日曜日にはモーニング娘。’14のコンサートが山口県であったらしく、もちろん山口県出身の道重さゆみにとっては最後の凱旋コンサートなわけで、それはもうすごい盛り上りだったようで、道重さゆみも感動的なブログを書いていた。

特に、「こんなにも時間がとまればいいのにと思ったこと、なかったよ…」という一言に胸を打たれた。でも、こんな風に感じることができるというのは、当り前のように思うかもしれないけれども、本当にしあわせなことなのである。

私はある時期、この感覚を何年間も忘れていたことがあり、特に意識的にそう思っていたわけではないのだが、なんとなくこの先、生きていてもそれほど良いことなど起るはずもなく、そこにいても早く時間が過ぎ去ってほしいとばかり思っていた。

そんな時に道重さゆみのことを知り、コンサートは仕事の日と重なって行けなかったので、行ける日で道重さゆみに会える日はないものかと調べていたところ、大阪でラジオの公開録音があった。このことはもうこのブログの中で何度も何度も書いたので、またその話かという感じもあるのだが、とにかく何も考えずに新幹線に乗って、道重さゆみに会いに行った。会いにというか、正確には観に行っただけなのだが。

私が大阪に行ったのはそれが生れて初めてだったのだが、以来、ものすごく好きになって、自分へのご褒美的な旅先として真っ先に挙がるまでになっている。これも道重さゆみと出会っていなければ無かったことなのだなと思うと、いまさらながら道重さゆみが私に与えた影響の大きさに驚くのである。

それはそうとして、生で観た道重さゆみは本当に美しかった。じつはこの時が初めてではなくて、この2日前に代々木のラジオ公開生放送のようなものでガラス越しに短い時間観ることができたのだが、ちょうど道重さゆみの斜め後からしか観ることができなくて、かろうじて睫毛が長いことを確認することができた程度だった。そのようなわけなので、生の道重さゆみを真正面から観ることができたのは、その大阪が初めてであった。

ただ、ラジオの収録中はブースの中に入っていて、やはりガラス越しで、ほとんど座っている姿しか観ることができなかった。もちろんそれでもかなり感動していたのだが、その後、テレビ番組のコーナーで、一緒に出演していた光井愛佳と共にポン菓子をつくるという企画に登場し、メインステージのような所に現れた。この時はブースなどは無かったので、まさに同じ空間にいるという感覚を持つことができた。そして、道重さゆみが立っている姿を真正面から初めて観ることができて、ものすごくスタイルが良くて脚が長いなと思った。これこそが完璧な美だと思った。もちろんそれまでの数ヶ月間、私の脳内で道重さゆみはかなりのすごい存在になっていて、それが現実として目の前にいるという感動が、ひじょうに強かったのだろうと思う。

その時、私はこの瞬間がずっと続いてほしいと思った。そして、そのような感情を抱いたことが久しぶりというか、もう随分と長い間、そのような感情を忘れて生きていたということを思い知らされた。

会場から帰る電車の中で、数十分前に目の前にあった光景と現在の自分との間にまったく何の関係もないことがとても悲しくなり、鼻の奥がツーンとなり、泣き出す寸前の状態がずっと続いた。

その日、東京に戻ってからココログで道重さゆみをテーマにしたブログを書きはじめた。当時のサブタイトルは確か、「モーニング娘。道重さゆみをめぐる自分探し系ブログ」といったようなものだった気がするのだが、違っていたかもしれない。

そして、翌週には生れて初めて山口県宇部市などという所に行っていた。

「こんなにも時間がとまればいいのにと思ったこと、なかったよ…」

もしかすると、人はそんな瞬間がまた訪れるかもしれないから、いくらクソッタレな現実があろうとも毎日を生きていけるのかもしれない。

コンサートに参加されたファンの方々による詳細なレポートなども読みながら、眠りに就いた。私は横浜アリーナのチケットを取ることができなかったため、このような感動的な現場に居合わせることがもうすでにできなく、それがとても残念に思えたのだが、どうしようもならないことに関してはあきらめも肝心である。

そして、目を覚ますと知らせが来ていて、チケットを取ったものの行けなくなる人が出るかもしれず、もしかすると私の分のチケットが工面できるかもしれないということであった。もう何年も連絡を取っていないハロー!プロェクトファンの方であった。私はリアル社会では道重さゆみのライトファンであることを隠してはいないものの、特に強調しているわけでもないので、いわゆるヲタ友と呼べる存在の人はいない。しかし、数年前、私がモ娘(狼)板に「元道重ヲタの『生きる』氏がAKBに寝返ってハロプロを叩いている件」などというスレッドを立てていただく前は、GREEなどを通じてメッセージのやり取りをしている方なども何名かはいたのだった。中には私のラジオ書き起こしを読んだのがきっかけで道重さゆみファンになったなどというありがたいメッセージもいただき、あれは本当に嬉しかった。

その後、道重さゆみやハロー!プロジェクト、そのファンなどに対し、ひじょうに失礼なことを書いたりしていたにもかかわらず、いまだに滅多に更新しない私のブログを覚えていてくださり、しかも読んでくれていたことに感激した。

しかし、まだどうなるかはまったく分らないということで、期待をすればそれだけ失望が大きくなるので、あまり期待をしないように気をつけたい。一度はダメだったと決まったことなので、ああ、やはりダメだったという感覚で、とりあえずは過ごしていくべきだと思う。

11月はとにかくやらなければならないことが大量に山のように押し寄せてきていて、さらに自分しだいでややこしくなる気配も濃厚なのだが、道重さゆみの卒業もあるので、私も悔いがない最高の状態で見送ることができるようにコンディションを万全にしていきたい。

道重さゆみが私に教えてくれた、というか思い出させてくれたものは、無様に葛藤しながらも必死でやることは美しく、でもやはり自分らしくやることが肝心ということなので、それをMAXでやる。

おやさゆみん。

というか、今日は「今夜もうさちゃんピース」をradikoで聴く日であった。これもあと数回で終ってしまうのか。

博多通りもん

モーニング娘。’14のコンサートが福岡県であったようで、道重さゆみのブログでもそのことが書かれていた。そして、福岡県のお菓子である博多通りもんが道重姉妹のお気に入りであることを知った。道重さゆみの姉は博多通りもんは全国の美味しいお土産ランキングTOP3には絶対入るだろうと言っているらしい。

そのようなランキングはないものかと探してみたのだが、見つからなかった。ANAこと全日空の売店(ANA FESTA)での今年のゴールデンウィークのお菓子売上ランキングのようなものでは、全国で第3位であった。第1位がじゃがポックル、第2位が白い恋人で、いずれも北海道である。つまり九州地区では博多通りもんが第1位である。ここでは第2位がめんべいというやつで、メーカーが山口油屋福太郎ということだったので、もしかして山口県のメーカーなのかと思ったが、福岡県であった。商品名から想像できるように、明太子の煎餅である。

明太子といえば博多というイメージだが、じつは発祥は山口県だという説があり、以前、下関の唐戸市場にある林商店のCMで、そのようなことを言っていた。くりらじというインターネットラジオで、林商店提供の番組があったのだが、私が聴かなくなる前に終ったような気がする。唐戸市場は道重さゆみがモーニング娘。加入前に、毎年大晦日に必ず年越しの食材を買いに家族と車で行っていたところである。私も一度だけ朝市に行ったことがあるが、新鮮な海鮮丼や刺身などが格安で食べられたりして、なかなか楽しかった。

現在のモーニング娘。'14のメンバーでは、生田衣梨奈が福岡県の出身らしい。ブログに道重さゆみと一緒に写った写真が載っている。道重さゆみはピンク色のサンリオのシナモンロールがプリントされたTシャツを着ているが、生田衣梨奈はエド・ハーディーのラヴ・キルズ・スロウリーのやつだ。

道重さゆみがモーニング娘。に加入したばかりの頃は山口県でのコンサートがなかなか開催されず、祖父母や山口県の友人がわざわざ福岡県まで観にきてくれたらしい。

北海道出身で東京都在住の私にとって、山口県や福岡県というのはなかなか遠い存在であった。福岡県出身で山口県の短期大学を卒業した人と結婚したことによって少しは近くなったが、特に山口県についてグッと親しみがわいたのは、やはり道重さゆみを知ってからである。

私はモーニング娘。のコンサートには結局一度も行くことができなかったが、山口県宇部市にはおそらく6回ぐらい行っている。しかも、道重さゆみの出身地がどのような所なのかということを知りたいがためのみでである。しかし、その価値はあったと思っている。なぜなら、道重さゆみの「今夜もうさちゃんピース」やブログで山口県のエピソードが出た時に、それをより立体的に想像できるようになったからである。

山口県は中国地方なので、広島県などに近い文化圏なのかと思っていたのだが、少なくとも宇部市については、福岡の方がより近い感じなのかという気がする。宇部で宿泊したホテルの部屋では、福岡県のテレビを容易に視聴することができたし、書店では雑誌の九州ウォーカーが売られていた。また、九州限定商品だと思っていたアイスキャンディーのブラックモンブランが、山口宇部空港の近くのローソンに売られていた。このブラックモンブランについては、後に道重さゆみもブログなどで話題にしていた。また、道重さゆみの祖父がローソンのことをユーフォーと言うというエピソードが以前にブログに載っていたが、おそらくここのことなのではないかと思う。あと、琴芝駅の近くややフジグラン宇部に行く途中にもあったのだが、もう何年も前の話なので、いまはどうなっているのか分らない。

一度、羽田空港から飛行機に乗って山口宇部空港に行くつもりが、霧が濃すぎて着陸できず、福岡空港で降ろされるということがあった。あと、下関と小倉はJRでわりとすぐであり、気軽に買物に行ける感じであった。本州と九州を繋いでいるのは関門トンネルだが、地下歩道のようなところを歩いて渡ることもできて、あれはなかなか楽しかった。これらの経験も、道重さゆみを知らなければ、けして味わうことがなかったであろう。

博多通りもんはとてもおいしいお菓子である。私はお土産のお菓子の中で一番おいしいのではないかと思っている。地元・旭川の蔵生やき花や氷点下41度は知名度が低いわりに本当においしいので推したいところではあるのだが、やはり博多通りもんがの方が好きである。博多どんたくの時にどんたく用の格好をして歩く人のことを、通りもんと呼ぶらしく、商品名の由来はそれらしい。

福岡県出身の妻は不思議なことにこの博多通りもんをあまり好きではないらしいのだが、買ってきてもらったそれを私が旭川の実家に帰る時に持っていったところ、やはりそこでも大絶賛であった。

道重さゆみにとっては、最後の福岡県でのコンサートとなった。

ところで、私はやはり横浜アリーナのチケットを取ることができず、結局、ミュージカルや舞台以外で道重さゆみがモーニング娘。のメンバーとしてパフォーマンスする姿を、「気まぐれプリンセス」の発売記念イベントでしか観ることができなかった。あれは奇跡的に平日で仕事が休みで、しかも一発で当選した。あれだけでも観ておけて、本当によかった。

あと、福屋書店新宿サブナード店での握手会の整理券が手元にあり、どうやらあと3日に迫っているのだ。今回で卒業でなければ、おそらく今回も行かなかったような気がする。それぐらいリアルの道重さゆみに会ってしまうということが、ひじょうにハードルが高いことになっているのだが、もう本当にこれが最後の機会かもしれないので四の五の言ってはいられないのである。



2014年11月 1日 (土)

チケットぴあ

iPhoneからチケットぴあのサイトにアクセスして、モーニング娘。’14の横浜アリーナでのコンサートチケット購入をこころみたのだが、やはり失敗に終った。初めになかなかページが切り替わらず、一旦戻って再度こころみた時には、まだ1分も経過していないにもかかわらず、サイドというあまり良くないと思われる席以外がすべて売り切れていて、それでもサイドの席はまだあったので購入をこころみたが、ページが切り替わると、やはりすでに売り切れていたということであった。

パソコンからアクセスした方が繋がりやすいのではないかとは思っていたのだが、どうしても外に出ていなければいけなかったため、これが私にできるせいいっぱいであった。

モーニング娘。やハロー!プロジェクトのコンサートはたいてい土曜、日曜、祝日などに開催され、私は仕事の都合上、なかなかそのような日程で休みをとることが難しかったため、一度も行けずじまいであった。それでも道重さゆみを生では観たかったため、平日に開催されていた舞台やミュージカルやイベントなどには何度か足を運んだ。

「気まぐれプリンセス」の発売記念イベントが奇跡的に平日で、しかもCD1枚しか買っていなかったにもかかわらず、一発で当選してしまった。それで、品川ステラボールで観ることができたのだが、あれが道重さゆみがいるモーニング娘。のパフォーマンスを観た最初で最後になってしまったわけだ。

道重さゆみが卒業する横浜アリーナのコンサートの日が平日で、私が休みをとれる日だと知った時には、これはまるで仕組まれているようであり、神様の存在を信じそうになった。しかし、やはりそう上手くばかりはいくはずもなく、結局はこの発売時刻と同時にチケットぴあのサイトにアクセスしてすぐに売り切れるという経験によって、道重さゆみという伝説に参加したと記憶することにしよう。

パブリックビューイングがあるようだが、やはりその場で道重さゆみと同じ空間にいるということにこそ意味があるのであり、それはいいかなという気分になっている。あと、スカパーで生中継されるということだが、加入もしていないし、それでも何とか視聴する方法はありそうだが、どうせ後でDVDが発売されるのだろうし、それで観ればいいかな、という気にもなっている。それでもやはり、リアルタイムというだけでも価値があるよな、というふうに、いま一瞬にして変ったが、おそらく今後、自分なりに悔いのない納得のいく方法で参加したりしなかったりするのだろうと思う。

私などは途中で離れたりライト化したり、ほぼ在宅でお金もあまり使っていないわけで、そんなものがずっと熱心に応援してお金もたくさん使ったコアなファンのみなさんを差し置いて、最後だけ都合よく横浜アリーナで観れてしまうなどということは、やはり起らなかったのだ。

そういうことである。

あ、でもまだ握手会があるのだ。本当にそれが最後になってしまうのだな。昨日、整理券を入手しておいて本当によかった。あとは絶対になくさないことと、その時までちゃんと生きているということ、そこに意識を集中していきたい。でも、やはりモーニング娘。'14の道重さゆみをちゃんと観ておきたかった。もうどうにもならないけれども。

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