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2014年11月 3日 (月)

こんなにも時間がとまればいいのにと思ったこと、なかったよ…。

日曜日にはモーニング娘。’14のコンサートが山口県であったらしく、もちろん山口県出身の道重さゆみにとっては最後の凱旋コンサートなわけで、それはもうすごい盛り上りだったようで、道重さゆみも感動的なブログを書いていた。

特に、「こんなにも時間がとまればいいのにと思ったこと、なかったよ…」という一言に胸を打たれた。でも、こんな風に感じることができるというのは、当り前のように思うかもしれないけれども、本当にしあわせなことなのである。

私はある時期、この感覚を何年間も忘れていたことがあり、特に意識的にそう思っていたわけではないのだが、なんとなくこの先、生きていてもそれほど良いことなど起るはずもなく、そこにいても早く時間が過ぎ去ってほしいとばかり思っていた。

そんな時に道重さゆみのことを知り、コンサートは仕事の日と重なって行けなかったので、行ける日で道重さゆみに会える日はないものかと調べていたところ、大阪でラジオの公開録音があった。このことはもうこのブログの中で何度も何度も書いたので、またその話かという感じもあるのだが、とにかく何も考えずに新幹線に乗って、道重さゆみに会いに行った。会いにというか、正確には観に行っただけなのだが。

私が大阪に行ったのはそれが生れて初めてだったのだが、以来、ものすごく好きになって、自分へのご褒美的な旅先として真っ先に挙がるまでになっている。これも道重さゆみと出会っていなければ無かったことなのだなと思うと、いまさらながら道重さゆみが私に与えた影響の大きさに驚くのである。

それはそうとして、生で観た道重さゆみは本当に美しかった。じつはこの時が初めてではなくて、この2日前に代々木のラジオ公開生放送のようなものでガラス越しに短い時間観ることができたのだが、ちょうど道重さゆみの斜め後からしか観ることができなくて、かろうじて睫毛が長いことを確認することができた程度だった。そのようなわけなので、生の道重さゆみを真正面から観ることができたのは、その大阪が初めてであった。

ただ、ラジオの収録中はブースの中に入っていて、やはりガラス越しで、ほとんど座っている姿しか観ることができなかった。もちろんそれでもかなり感動していたのだが、その後、テレビ番組のコーナーで、一緒に出演していた光井愛佳と共にポン菓子をつくるという企画に登場し、メインステージのような所に現れた。この時はブースなどは無かったので、まさに同じ空間にいるという感覚を持つことができた。そして、道重さゆみが立っている姿を真正面から初めて観ることができて、ものすごくスタイルが良くて脚が長いなと思った。これこそが完璧な美だと思った。もちろんそれまでの数ヶ月間、私の脳内で道重さゆみはかなりのすごい存在になっていて、それが現実として目の前にいるという感動が、ひじょうに強かったのだろうと思う。

その時、私はこの瞬間がずっと続いてほしいと思った。そして、そのような感情を抱いたことが久しぶりというか、もう随分と長い間、そのような感情を忘れて生きていたということを思い知らされた。

会場から帰る電車の中で、数十分前に目の前にあった光景と現在の自分との間にまったく何の関係もないことがとても悲しくなり、鼻の奥がツーンとなり、泣き出す寸前の状態がずっと続いた。

その日、東京に戻ってからココログで道重さゆみをテーマにしたブログを書きはじめた。当時のサブタイトルは確か、「モーニング娘。道重さゆみをめぐる自分探し系ブログ」といったようなものだった気がするのだが、違っていたかもしれない。

そして、翌週には生れて初めて山口県宇部市などという所に行っていた。

「こんなにも時間がとまればいいのにと思ったこと、なかったよ…」

もしかすると、人はそんな瞬間がまた訪れるかもしれないから、いくらクソッタレな現実があろうとも毎日を生きていけるのかもしれない。

コンサートに参加されたファンの方々による詳細なレポートなども読みながら、眠りに就いた。私は横浜アリーナのチケットを取ることができなかったため、このような感動的な現場に居合わせることがもうすでにできなく、それがとても残念に思えたのだが、どうしようもならないことに関してはあきらめも肝心である。

そして、目を覚ますと知らせが来ていて、チケットを取ったものの行けなくなる人が出るかもしれず、もしかすると私の分のチケットが工面できるかもしれないということであった。もう何年も連絡を取っていないハロー!プロェクトファンの方であった。私はリアル社会では道重さゆみのライトファンであることを隠してはいないものの、特に強調しているわけでもないので、いわゆるヲタ友と呼べる存在の人はいない。しかし、数年前、私がモ娘(狼)板に「元道重ヲタの『生きる』氏がAKBに寝返ってハロプロを叩いている件」などというスレッドを立てていただく前は、GREEなどを通じてメッセージのやり取りをしている方なども何名かはいたのだった。中には私のラジオ書き起こしを読んだのがきっかけで道重さゆみファンになったなどというありがたいメッセージもいただき、あれは本当に嬉しかった。

その後、道重さゆみやハロー!プロジェクト、そのファンなどに対し、ひじょうに失礼なことを書いたりしていたにもかかわらず、いまだに滅多に更新しない私のブログを覚えていてくださり、しかも読んでくれていたことに感激した。

しかし、まだどうなるかはまったく分らないということで、期待をすればそれだけ失望が大きくなるので、あまり期待をしないように気をつけたい。一度はダメだったと決まったことなので、ああ、やはりダメだったという感覚で、とりあえずは過ごしていくべきだと思う。

11月はとにかくやらなければならないことが大量に山のように押し寄せてきていて、さらに自分しだいでややこしくなる気配も濃厚なのだが、道重さゆみの卒業もあるので、私も悔いがない最高の状態で見送ることができるようにコンディションを万全にしていきたい。

道重さゆみが私に教えてくれた、というか思い出させてくれたものは、無様に葛藤しながらも必死でやることは美しく、でもやはり自分らしくやることが肝心ということなので、それをMAXでやる。

おやさゆみん。

というか、今日は「今夜もうさちゃんピース」をradikoで聴く日であった。これもあと数回で終ってしまうのか。

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