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2014年11月12日 (水)

シャバダバ ドゥ~。

休日だったのでiPhoneのアラームをかけてはいなかったが、朝早くに目が覚め、頭の中ではまた「シャバダバ ドゥ~」が再生されていた。軽い朝食をとり、着替えて、自転車で仕事場へ向った。通学する制服の学生達を追い越し、少し懐かしい気分になり、誰もいない仕事場に着いた。パソコンが立ち上る間に報告や連絡の業務を行い、それからやらなければならない仕事を済ませた。

帰宅して、やはり「シャバダバ ドゥ~」と真剣に向い合う時期ではないかと思った。

あと、横浜アリーナまで2週間で、ハロー!プロジェクトの特設ページではカウントダウンの数字が少しずつ小さくなり続けているのだが、一体どのような準備をして向えばいいのか、さっぱり分らない。思えばアイドルのコンサートに行くのは1986年、渋谷公会堂の松本伊代以来であり、しかもすでにアイドルというよりは大人の曲を歌いはじめていた頃であり、立ち上ってコールをするようなこともなかった。サイン色紙付きのプログラムを買ったことを覚えている程度である。

それ以外はロック/ポップスや洋楽のアーティストのコンサートにしか行ったことがないのだが、それらはチケットさえあれば特に用意するものなどもなく、準備はほとんど必要なかった。モーニング娘。のコンサートDVDを観ると、多くの人がサイリウムなどを持っているし、今回は卒業コンサートでもあるので、さらに何か作法のようなものが必要な気もするのだが、これについてはそろそろ真剣に調査をしていきたい。

そもそもサイリウムというのがどこで売られていて価格がどれぐらいで、どのように使うのかすら分らない。かなり以前の「今夜もうさちゃんピース」の投稿で、初めてのコンサートでサイリウムをどうやって使うか分らずにいたところ、近くのファンが折ることを教えてくれた、というものがあったと思う。これはちゃんとやっていきたい。

さて、「シャバダバ ドゥ~」について調べようと思い、検索してみると、当初から絶賛の声が多数寄せられていたことが分る。先日、NMB48のみるきーこと渡辺美優紀もMVを観て、「なんか感動する」とツイートしていたようだ。

道重さゆみの声質がうまくいかされたキュートでポップな楽曲が、まず最高である。道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」で語っていたところによると、通常、シングルの1回目のレコーディングは1時間ぐらいで終るのだが、これには5時間ぐらいかかったらしく、さらに修正などがあったようだ。これには道重さゆみの歌唱力がそれほど芳しくないという要因もあるとは思われるが、コーラスなどすべてのボーカルを道重さゆみで録ったため、聴いているだけで道重さゆみをよりサラウンド的に感じることができるつくりになっているようだ。

道重さゆみはモーニング娘。卒業後に無期限の休業を発表しているが、その後、復帰があるのかどうかはいまのところ発表されていない。それが、もしかするとこれが最後になるかもしれないという感傷を強くしているわけだが、これで思い出されるのが、1980年の山口百恵と1978年のキャンディーズと、古すぎて道重さゆみ世代にとってはまったくわけが分からないであろう例示だが、私はリアルタイムで体験しているので、やはり長生きはするものである。

それはそうとして、山口百恵のラストシングルは「さよならの向う側」であった。ファンへの感謝を歌った感動的かつ壮大なバラードであり、歌い出しからして「何億光年 輝く星にも 寿命があると 教えてくれたのは あなたでした」などというものなのだが、これは卒業コンサートでマイクを置いてステージを去った名場面を含め、いかにも山口百恵らしい重厚さがあって、良いものである。

また、キャンディーズのメンバーは解散後に全員が芸能界に復帰したのだが、当初は「普通の女の子に戻りたい」と言って引退したのだった。解散後に「つばさ」というシングルが発売されたものの、活動期間中、実質的なラストシングルは「微笑がえし」であった。この曲の歌詞には過去のキャンディーズの楽曲名が多数出てきて、ずっと応援してきたファンであればより楽しめる内容になっている。また、バラエティー番組のコントでも活躍し、コメディエンヌ的な魅力もあったキャンディーズだけに、恋人とのお別れを歌った内容にもかかわらず、いかにも湿っぽくはなっていなく、「おかしくって 涙が出そう」という印象的な歌詞があらわしているように、さびしい気持ちを表には出さず、笑顔でさようならという感じの曲である。

さて、道重さゆみの「シャバダバ ドゥ~」である。道重さゆみのキャラクターはポップでキュートなので、やはり曲調もそのようなものになっている。そして、歌詞にはファンならば知っているエピソードを思い起こさせるフレーズが全編にわたり、盛り込まれている。キャンディーズの「微笑がえし」では過去の曲目が歌詞に入っていたが、道重さゆみの場合は、やはり存在そのものこそが最大の魅力だったため、このような内容になるのは正しいように思える。オーディションで道重さゆみを見たつんく♂が「この子自体が作品やな」と言っていたが、12年後に振り返っても、まさにその通りだったわけである。

細かく感想を述べていくならば、すべてを引用しなければいけないぐらい、この曲の歌詞には道重さゆみの魅力がギューッと凝縮されている。つんく♂は道重さゆみのプロデューサーでありながら、常に最高のファンでもあったのではないかと思う。よくこの1曲の中に、これだけ濃縮できたものである。天才と愛情のなせる業であり、つんく♂以外にはけして不可能だったであろう、最高の仕事である。

自己愛とコンプレックス、最年長リーダーとしての苦悩、デビュー当初の記憶、バラエティー番組出演時の葛藤、ファンが観て、感じて、共に一喜一憂してきたことの多くがこの1曲の中にあり、それを道重さゆみが最強にキュートなウィスパーヴォイスで可愛く歌っている。

「内緒の内緒で今だから言うわ 初恋のお話をね」と言った直後、「なんて事あるわけないでしょ!」で、それはアイドルなので恋愛そのものをしていないということなのかと一瞬思わせるのだが、その後に「全部はこの胸の中」と明かす。つまり、初恋はあったとしてもそれは胸の中にしまっておくのだという、道重さゆみのアイドルとしての強い意志があらわされたものである。と同時に、恋愛そのものをするはずがないというファンタジーを、恋愛していたとしても全部はこの胸の中にしまっているというリアルに書き換えるという、小さな革命がここでは起っているように思える。

山口百恵の「さよならの向う側」では、ファンの親切さ(kindness)、優しさ(tenderness)、笑顔(smile)、愛(love)、すべて(everything)について、ありがとう(Thank you)と何度も歌われ、それは「さよならのかわりに」である。これがじつに深く大きな感謝の思いを感じさせ、聴く者を感動させるのである。

道重さゆみは「シャバダバ ドゥ~」において、「ありがとう」とは一言も言っていない。にもかかわらず、道重さゆみのファンへの感謝が、道重さゆみらしい方法で込められまくっているという、奇蹟的な作品である。

「こんな長い間やってこれたのは 誰のおかげでしょうか」という自問に対し、「私の努力」「私の愛嬌」「私の運の強さ」と自分のことばかり挙げるが、その後すぐに、「ってことにしとけよ!」と早口で言うのだ。つまり、周囲の人達やファンのおかげだと心底思っていながら、それを正直に口に出すことへの照れ、また、話にオチをつけて面白くしようとする道重さゆみのサービス精神と頭の回転のはやさと構成力、これらの魅力のすべてがこの短い間に表現され切っている。

そして、なぜ、私たちが「シャバダバ ドゥ~」にこれほどまでに感動するのか。それは、この曲が私たちに対して歌われているのみならず、曲の中に私たちがいて、それが至高の存在に高められているからである。

つまり、「一緒に過ごした日々 過ごした空間」、そこに私たちは確かにいた。そして、その「全部が大切」であり、「全部が宝物」だと歌われているのだ。

もちろんミュージックビデオについては、完璧すぎて、私にはこの魅力を言葉で言い表す能力がまったく無い。ただただ心の目で見て、宗教的恍惚に近い何かにヤラれることしかできない。そして、もちろん少し泣く。

「シャバダバ ドゥ~」は道重さゆみから私たちへの最高の贈り物であり、これこそが私たちにとって「大切」で「宝物」であるに違いない。



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