道重さゆみ

2015年11月26日 (木)

道重さゆみ卒業1周年。

仕事が休みだったので、理髪店に髪を切りに行った。わりと早く起きて、やらなければいけない用事の大半はすでに片付けていたので、心に余裕があった。

ところで、11月26日である。ちょうど1年前、道重さゆみがモーニング娘。を卒業した。以来、公の場に姿をあらわしていない。それでも、私が最も好きな人はいまも道重さゆみであり、それは思っていた通りであった。2007年のある時期からずっと、道重さゆみが特別に好きである。

理髪店に向う途中、昨年の横浜アリーナでのセットリストをプレイリスト化したものを、iPhoneで聴いていった。私の自宅近辺には多数の理髪店があるのだが、四半世紀以上慣れ親しんだトークが楽しみな店があり、わざわざ電車に乗って通っている。

聴いていると、いろいろな感覚が呼び覚まされた。モーニング娘。'15の日本武道館公演には行かないつもりだったのだが、やはり行きたいと思い立ち、あわてて若い衆に連絡をしたところ、なんとかなりそうだということなので、報告を待ちたい。かつて、大抵の発注には正確に応えてくれていたし、無理なものはかなり早い段階ではっきりとそう伝えてくれているので、信頼はしている。

かといって、インターネットでセットリストを調べて予習用のプレイリストをつくり、気分を盛り上げる気にまでなるかというと、そうでもなくて、なんとなく去年のモーニング娘。'14のコンサートに近いようなものに行ってみたいと思ったのだ。

まず、道重さゆみがいない時点でそれは大きく違っているのだが、かといってそれ以外に近いものが何かあるのかというと、もちろんモーニング娘。'15以上に近いものなどおそらくないので、やはりこれに行こうという結論に至ったわけである。

午後から、横浜アリーナに行ってきた。朝のうちは1年前と同じ雨だったが、途中から上り、あまり寒くなくなった。横浜アリーナに行ったのは昨年の11月26日、ただ1回きりであり、それ以外の時にどのような感じなのかをまったく知らない。

とにかく静かであり、人の姿もまばらであった。昨年はグッズを買い求める列に並ぶ人々、チケットを譲ってくださいなどと書いた紙を持って立っている人たちなど、とにかくたくさんの人がいて、開演が近づくにつれ、それがどんどん増えていった印象であった。

あの人たちもまた、それぞれどこかでちょうど1年前のことを懐かしんだり懐かしまなかったり、すっかり忘れていたり、それぞれしているのであろう。

歩道橋の上に立ってみたが、聞こえるのは下を行き交う車の音ぐらいであった。

夜にはやはり、昨年の横浜アリーナ公演のDVDを視聴しようと思った。平静を装って視聴できる自信がなかったので、食事を終えた後、DVDを持参して近所のインターネットカフェというか、まんが喫茶のような所に行った。

卒業セレモニーのところで、もちろん泣いた。

そして、道重さゆみというのはやはり唯一無比のアイドルであったなということを、改めて思ったのである。

気づいた点としては、道重さゆみはパフォーマンスにおいて、大人っぽい妖艶な表情をすることが多く、これはほとんどが10代である他のメンバーには見られないことであった。そして、現在、モーニング娘。'15において、ただ1人の20代である飯窪春菜はこれをよく研究し、継承しているのではないかと思える。

このDVDを何度か視聴しているが、佐藤優樹が特に気になるようになってからは、初めてであった。よって、佐藤優樹をわりと注目してしまうのだが、やはりヴォーカルはメンバー中で最も私が思うアイドルポップスの理想形に近く、動きなどにもいちいち躍動感が見られ、良いものである。

そして、鞘師里保はこの時点において、メンバーの中でも圧倒的なスキルを見せ、存在感においても間違いなく道重さゆみの次にあるわけだが、わずかこの1年後に卒業することになると思って見ると、なんだかとても切ないのである。

決ったことなので、それぞれより良くなることを願うばかりなのだが、それでもやはり、一体なぜこうなってしまったのだろうと、残念な気持ちはまだ拭い去れない。

そして、卒業スピーチだが、いま聞いてもまったく色褪せていないし、じつはまったく懐かしいと思えないのだ。

私はあまり熱心なファンであったとはいえないにしても、道重さゆみがあの日、「さゆみのファンの人たちが、他の誰でもないみんなでよかった」「変な人たち、サンキュー」と言ってくれたことは大きな誇りであり、それはいつも感じている。感謝しかないのは、いまも同じである。

道重さゆみの芸能活動再開を望む声は、いまも多い。もちろん、もしもそれが叶うならば、そんなに嬉しいことはないだろう。しかし、道重さゆみは私たちの前に現れてくれて、それから数々の喜びや楽しみや感動をあたえてくれた。その過程においては、1人の人間、女性としてのしあわせを犠牲にしていたところもあったのではないだろうか。それが気がかりである。

だから、一番には道重さゆみのしあわせを願いたい。もし、この先、その中にふたたび私たちの前に姿をあらわしてくれるということがあるのだとすれば、その時には大いに喜びたい。それが無かったとするならば、それはそれで良いのではないかという気がする。

私にとって、道重さゆみとはすでに思想であり哲学なので、日々生きている中でその存在を認識したり、感謝したりできるようなものでもある。

いろいろとクソのようなことがあるにしても、道重さゆみに出会うことができたから、私はどの時代のどの国でもなくて、いま、ここにいられることを、とてもありがたく、嬉しく思う。だから、その中で懸命に生きるのみである。

道重さゆみがちょうど1年前、コンサートの1番最後に言った言葉を、そのまま道重さゆみに捧げたい。

本当に、心からありがとうございました。

2012年1月 5日 (木)

道重さゆみの小娘性と無意識過剰。

諸事情により、大晦日あたりからずっと怒りと憎しみに精神のほとんどを支配されている訳だが、四日の夜になって、やっと自宅の食卓にて食事が出来る状態にはなった。

年末年始に録画しておいたテレビ番組でも見ようと思い、とはいえ普段からそれほどテレビを見る訳でもなく、せいぜいがお笑いのネタ番組ぐらいである。フジテレビ元旦の「爆笑ヒットパレード」は、今年からリニューアルし、バラエティー色が濃くなっていた。長時間録画をしていたのだが、ネタ以外の部分を早送りすると、すぐに見終わった。

同じくフジテレビで元旦早朝に放送されていた「爆笑レッドカーペット」の特別番組も、録ってあったので見た。この番組は数年前まで水曜夜に放送されていた頃、よく妻と一緒に見た。今回は審査員の一人として道重さゆみが出演することを知っていたが、いまさら特に気にすることもなく、普通に見ることにした。

しかし、晴れ着姿で審査員席に座る道重さゆみの美しさは圧倒的であり、アイドルオーラを放出しまくっていた。超新塾にいつの間にか外国人メンバーが加入していたり、いろいろと懐かしかったり初めて見る芸人達のネタを楽しんでいた。

ビジュアルが道重さゆみの実兄に酷似していて、「そんなの関係ねえ」のギャグは、数年前、モーニング娘。メンバー間でも大流行した小島よしおが出演していた。初めは新しいタイプのネタをやると見せかけるが、やはり脱衣して、「そんなの関係ねえ」のギャグをやった。

また、この番組ではエロ詩吟の天津木村が人気だった漫才コンビ天津は、スーツで登場し、今回は漫才をやると言ったものの、最終的にはやはりエロ詩吟になってしまった。

司会の今田耕司が道重さゆみに寸評を求めるのだが、小島よしおが「結局やっぱそれに頼られるんだなと思って」と言ったところで笑いが起き、今田耕司がこれを拾い、「結局...チラッと毒入れるのやめてください」と言う。

また、天津についても、漫才と言われたので新しいのが見れれると思ったが、「やっぱり結局そこに...」と言い、また笑いが起こった。今田耕司が「結局って言わない」と注意をして、さらに笑いを呼んでいた。

また、トミドコロというピン芸人について寸評を求められると、「勢いだけはすごくて」と切り出し、また笑いが起こる。今田耕司が「なんか、ちょっと入れるね、毒」と言うと、今度はフォローのつもりか、「誠意が伝わってきたというか」と、お笑いネタの評価としてはどうかという言い回しが出てきて、さらにバカ受け。

東京ダイナマイトは、ネタ中にピンマイクが外れて声がよく聞こえないということがあった。ハチミツ二郎が元メロン記念日のメンバーと離婚したということもあり、アップフロントエージェンシーの後輩である道重さゆみに、今田耕司が寸評を求める。

離婚してことを指して、「低迷期」というワードを発するが、これがひじょうに受ける。さらにはピンマイクも外れ、「人生うまくいかない時はうまくいかないんだと思った」というようなことを言い、これがまた大爆笑を生む。同じく審査員として出演していた宮崎美子などは、悶絶しているのではないかというぐらいの反応である。私の妻も道重さゆみのコメントの度に笑っていて、芸人のネタよりも受けているのではないかとすら言っていた。

この安心して見られる感じは、かつて「ロンドンハーツ」を胸を痛めながら見守っていた頃からの道重さゆみファンにとっては、感無量なのではないか。道重さゆみのキャラクターや核(コア)の部分がある程度浸透し、今田耕司クラスの超売れっ子司会者にも、正しく扱ってもらえるようになった。

たとえば、かつて日曜の昼にテレビ東京で放送されていた「ハロモニ@」において、赤チン国王こと平成ノブシコブシ吉村崇が、笑いが欲しい場面ではかなりの高確率で道重さゆみにコメントを振り、それに対してしっかり結果を出し続けていた頃のことを思い出す。当時、吉村崇は、モーニング娘。メンバーの中でお笑いのセンスがあるのは誰かという質問に対し、「ダントツで道重」と答えている。

小学生の頃から「爆笑オンエアバトル」を熱心に見たり(ちなみに一番好きだったのは、後の桜塚やっくんが所属していたおばけエントツである)、テツandトモの握手会に参加していた、道重さゆみは根っからのお笑い好きなのである。最近では、2700がお気に入りのようである。(こう見ると、音楽を取り入れたお笑いが好きという傾向がある)


道重さゆみの面白さの一つは、この可愛くて小生意気な小娘性とでも呼ぶべき部分にあると思う。かつて、「ハロー!モーニング」のエリック亀造のコーナーなどで中澤裕子に毒づいて、天使の毒などといわれていたのもそうなのだが、これはキャラクターや核(コア)の部分を理解して、大らかに受け止めてくれる年上に囲まれていてこそ成立する。

「ロンドンハーツ」初期においては、視聴者層に道重さゆみのキャラクターや核(コア)がほとんど知られていなかったため、あのような大きな反感を呼んだのであろう。また、すでに年長メンバーになってしまったハロー!プロジェクト内において、このパターンが成立しにくくなったのも、そう考えると仕方がないのかもしれない。逆にいうと、モーニング娘。卒業後にOGメンバー内においてあのポジションを再び、というのは十分ありだろう。

もう一つ、道重さゆみの面白さというのは、無意識過剰ということなのかもしれない、とも思った。よく道重さゆみの面白さを語る場合に、ワードのチョイスということが出てくる。たとえば、今回の「レッドカーペット」においても、「結局」だとか「誠意」だとか「低迷期」といった、それ自体ではどうということのない言葉が、その状況で発せられることによって、笑いを生んだ訳である。

果たしてこれは道重さゆみが意識的に選んだ言葉なのかというと、どうもそうではない。「低迷期」を言った後には、別の言葉の方が相応しかったのではないかとすら思っている。

「レッドカーペット」の審査員寸評というのは、取り敢えず何か無難なことを言っておく場であり、道重さゆみも別に何か突拍子もないことを言おうと意識している訳ではないのだ。何か無難なことを、出来るだけ面白くなるようにちゃんと構成して言っているのだが、受けているのはおそらく本人が意図した以外のワードのチョイスといった部分であり、おそらくそれは無意識なのだ。そして、その無意識が、無意識であるがゆえに、意識的に言ったこと以上に、真実を語ってしまうという面白さである。

たとえばマスコミだとかで意識的に言われたり書かれたりしていることよりも、匿名掲示板の書き込みやTwitterのつぶやきに見られる無意識の表出の方が、生々しく真実であるということは、よくある。

うまくいっていない組織があるとして、上層部の言っていることが全く末端に伝わらない。温度差がいかついことになっている。構成員がプライベートでやっているTwitterをフォローして、読み込んでみると、うまくいっていない原因というのが、実は上層部が考えるのとは全く別の所にあり、構成員のほとんどはそれを理解している。そして、上層部にはどうせ分かるはずがないだろうという深い絶望がある。

まあ、話は随分と脱線してしまったが、要は今年も道重さゆみはかなり可愛くて、面白いのではないかということである。

この時期になると思い出すのが、三年前、2009年1月3日放送の「小学生クイズ」である。初の単独でのゴールデンタイムバラエティー出演にして、主役級の大活躍をし、あれこそが道重さゆみ第二章の幕開けだったともいえる。

まあ、AKBに寝返ってハロプロを叩いていた元道重ヲタ「生きる」氏としては、無邪気に感慨にふける資格などは無いに決っているのだが。

2012年1月 3日 (火)

さゆみ!さゆみ!さゆみ!

道重さゆみに出会った頃は、本当にもう最低の人間だった。あれから少しは真人間に近づけたのは、道重さゆみのおかげだと、これは本気で思っている。

道重さゆみは恩人である。たとえラジオを聴かなくなったりブログを読まなくなったとしても、この事実は変わらない。しかし、いつまでも依存している訳にもいかないのだ。

月日は流れ、再びやさぐれた日々が訪れる。あの頃と同じようでもあるが、実は全く違っている。大切なものや守るべきものがはっきりしている分、それを阻害するものに対する憎しみが強くなっている。そのことを実感するが、にもかかわらず翻弄されずにはいらてない己の無力だが腹立たしくもあり、その感情だけで、現在の自分は出来ているといっても過言ではない。

そして、そんな夜、やはり「今夜もうさちゃんピース」を聴いてしまった。そして、正直に告白してしまうならば、泣いた。話の内容にではない。熱心なファンであることをとうの昔にやめてしまったにもかかわらず、その間も道重さゆみはずっと道重さゆみでいてくれて、あたかもそこで待ってくれていたかのように、その優しさと正しさで、心を癒してくれたのだ。

それから、久しぶりにモ娘(狼)の道重さゆみGREEスレッドを見た。新年明けて早々に、かつて「生きる」ブログ。というタイトルで文章を書いていたことから、「生きる」と呼ばれている私のことが少し話題になっていた。しかも、すごく詳しい。そこにも書かれていたように、私はいわゆる処女厨とかレズ厨とかいわれている類のヲタクのことが嫌いである。また、道重さゆみやハロー!プロジェクト関連との訣別宣言のようなことをしたにもかかわらず、いつなでも道重さゆみから「卒業」できない私に対して、さっさと消えろとかいつまでやっているんだというような書き込みも見られる。しかし、それらも含め、トータルで、そこには僅かながらも居場所があるのだと、とても懐かしくも嬉しい気分になった。

このブログスレッドというのを読んでいるだけで、道重さゆみ周辺で起こったことが把握できる訳で、実はこんなに便利なものはないのだ。たとえば、1月2日にはモーニング娘。から新垣里沙の卒業が発表されたというようなことである。新垣里沙のヴォーカルはとても好きだった。初めて買ったモーニング娘。のCD、「笑顔YESヌード」でも、とても魅力的だと思った。

元道重ヲタの「生きる」氏はAKBに寝返ってハロプロを叩いていたことになっているのだが、別に道重さゆみが一般人気を得るためにはモーニング娘。を早く卒業した方が良いだとか、モーニング娘。でいることが道重さゆみのタレントとしての成長を阻害しているだとか言うつもりは、全く無い。なぜなら、道重さゆみ自身がモーニング娘。を愛しているからである。「いきなり!黄金伝説」でのあの涙を見て、そんなことを言えるはずがない。

正直、現在のハロー!プロジェクトの曲などの魅力が、私にはよく分からない。しかし、道重さゆみが良いと言っているのならば、それはやはり良いのだ。盲目と言われようが、そんなことはどうでもいい。恋は盲目とはよくいうが、私が道重さゆみに抱いている感情とは、擬似恋愛のようなものではない。それはもう、尊敬に近いものである。盲目上等である。

2012年1月 1日 (日)

kodoku no synthesizer。

とかくこの世はクソッタレな物事に満ち溢れている訳だが、だから道重さゆみを見つけられたことは、まさに瓦礫の中のゴールデン・リング的に感動的だったのだ。

かつて「道重さゆみになりたい」と思ったが、もちろんそれは永遠に叶うことなき夢であり、それでも人生は続いていく訳であり、ならば己自身の道重さゆみを「生きる」というやり方はどうかという考えに至った。いつまでも道重さゆみに依存している訳にはいかず、やはり自分自身がその正しいと思う道重さゆみ的なものを獲得し、「生きる」ことなのではないか。

道重さゆみとは「葛藤」と「成長」の物語である。

冷静沈着かつクールでスタイリッシュをデザインしたところで、存在の根源にかかわる義憤に駆られることはある。また、そのような人間的な側面が別に嫌いではない。打ち負かしたい邪悪な力が、己の経験や知識を超えていると直感できる場合、その時こそもっと落ち着いて、確実にことを起こさなければならない。

心の震えを抑え、平常感覚、ホームベース感を獲得するため、暗闇に手を延ばす。iPhoneのアプリが数時間前に愛知県や山口県のラジオで放送されたはずの、「今夜もうさちゃんピース」を再生した。

年が明けてからまだ数時間だったが、大晦日の午後からずっと最悪の気分であり、Twitterのタイムラインに現れる年明けを祝うツイートのどれ一つにも素直に共感ができない。末期である。マッキで〜す!黒柳さ〜ん!!

そして、いけないいけないと思いながらも、結局、「今夜もうさちゃんピース」を聴いてしまう。それは、かつて一字一句を文字起こししていた頃と同様に放送されていて、道重さゆみの声は、ふるさとの景色のように、懐かしく、そして優しい。たった一人の部屋で、缶チューハイのアルコールが回りはじめた頭で、スーツの上からコートを羽織ったまま、その声に抱かれ、怒りや悲しみが次第に氷解していくのを感じた。一体、いつになれば道重さゆみから卒業できるのだろう。道重さゆみに依存し続けていくのだろう。

ムーンライダーズの「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」の歌詞ではないが、まさに、君はぼくの病院、ぼくのドラッグ、心を醒ましてくれる、はなせない、という感じなのである。まったくもっていかんともしがたい。

「FNS歌謡祭」で芦田愛菜ちゃんに挨拶できたエピソードを、お姉ちゃんや鞘師里保も絡めて面白おかしく話す。「ピョコピョコウルトラ」って一体何なのだろう。

「さゆの小部屋」では、2011年の重大ニュースBEST5を発表していた。第5位、写真集。初めて打ち合わせから参加し、アイデアを出したりもした理想の写真集、「Sayumingdoll」、あれは素晴らしかった。写真集は買い、握手会会場までも行ったが、ついたての向こう側で雑誌を立ち読みしているふりをしながら、「ありがとうございます」などの声が漏れてくるのを聞いていた。気持ち悪くて気持ち良すぎる。

第4位、モーニング娘。9期、10期メンバー加入や高橋愛の卒業など。第3位、ドラマ。田中れいなと一緒に出演していたようだ。こんなのがあったのか。知らなかった。

第2位、1ヶ月1万円生活。これは少し前に「いきなり!黄金伝説」でロバート秋山と対決していたやつだ。これも特に見るつもりがなかったのだが、たまたま最初の方の会の映像を発見してとりあえず見たところ、内容が素晴らしく、最後の2回分はテレビの前でオンタイムで見たのだった。

ここでも、この企画のための一人の部屋で一ヶ月生活し、それはすごく大変だったが、その分、人のありがたさをとても感じたと、素晴らしいことを語っている。

第1位は、ラジオ5周年。2006年秋に始まり、ついに5周年を迎えた。道重さゆみに本格的に興味を抱いたきっかけは、2007年春ぐらいに、このラジオ「今夜もうさちゃんピース」で話された、小学生の頃はおとなしくて地味で、男子から「みちし原人」なるあだ名で呼ばれ、それが悲しくて家に帰って泣いていた、というようなエピソードを、モ娘(狼)板のスレッドで読んだことである。これだけ様々なテレビ番組や雑誌に出たり、ソロ写真集やDVDもたくさん出たが、いまだに道重さゆみの最高のコンテンツは、この「今夜もうさちゃんピース」だと信じて疑わない。

こんなご時世なので、このラジオもいつ誰に取られるか分からない、などとも言っていて、常に危機感を持って、後悔の無いように取り組んでいるのだということも、窺えた、最近、道重さゆみにインタビューしたという吉田豪か誰かが、AKB48が天下を取っている現状を認識していることなどを評価していた。

アイドル界やバラエティー界といった業界の現状をしっかりと認識し、その上で「道重さゆみ」であり続ける、そこにまた新たな葛藤があり、それを乗り越えた先に、さらに最新型に進化した「道重さゆみ」がいる。

「道重さゆみ」を「生きる」ため、その新しいステップを習い、踊り明かそう、朝が来るまで。

2011年11月 8日 (火)

2011年のうきうきウォッチング。

道重さゆみが「笑っていいとも」に出ると知っていたが、当日は仕事だったので、もし見ることができたなら見ようかぐらいに考えていた。番組開始の正午にはまだ見られるような状況ではなく、30分ぐらいしてやっと大丈夫そうになったのだが、最初にとった行動はコンビニエンスストアに食べるものを買いに行くことだった。

新しい事務所で携帯電話のワンセグが見られることを数日前に確認していたが、それはこの道重さゆみ「笑っていいとも」出演を睨んでのものだった。ワンセグを立ち上げ、チャンネルをフジテレビに合わせると、何やらクイズ企画のようなものをやっていて、さまぁ~ずやタカアンドトシや狩野英孝といったバラエティー番組でよく見かける芸人と一緒に、道重さゆみが出演していた。それ自体が何だかすごいことのように思えた。受信状態があまり良くなく、映像はコマ送りのようになったり、音声は途切れ途切れで、何をやっているのかよくは分からない。しかし、道重さゆみはいつもながらに道重さゆみであり、それがこのようなお茶の間バラエティー空間に当たり前のようにおさまっているという事実に感動を覚えた。コーナーMCは中居正広のようである。

数日前の深夜バラエティーで、人差し指よりも薬指が長い女性はエロいという噂の検証企画をやっていて、道重さゆみがそれに当てはまったので、自分でそう思うかと問うたところ、いまはまだそのようなことをしたことがないと答え、それに対し、チェリーガールかと尋ね、はいと答えさせた、その中居正広が、ここでもまた道重さゆみと絡んでいる。

音声はほとんど聴き取れず、何をやっているのかさっぱり分からなかったのだが、道重さゆみの浮世離れしたたたずまいだけが、ただただ神々しく、絶対的な肯定感を、さらに強化してくれた。

ハロプロやモーニング娘。といった内輪ではなくて、このようなお茶の間バラエティー空間というある意味アウェイにおいて、ズバリ道重さゆみ以外の何物でもないという部分にこそ、興奮を覚える。こうありたいと思えるのだ。

最後、耐え切れずに携帯電話を持ったまま外へ出て、映像も音声も比較的クリアな環境で視聴した。番組エンディングで道重さゆみが普通にモベキマスのCD告知をしていた。画面下部にはすでにスタッフロールのようなものが流れている。告知のために用意したポスターの中に自分の姿を見つけ、「可愛い~」とおなじみナルシストキャラを演じてみせる。会場がシーンとし、微妙な空気が流れると、タモリが「また明日~」的なことを言って、番組が終わる。最後に一瞬映った中居正広が、死んだような目をしていて、道重さゆみのナルシス発言に対する最高のツッコミとして機能していた。素晴らしい。感動した。

昨年の3月にモーニング娘。がメンバー全員で「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出たが、全員が名札を付けさせられ、自己紹介のようなことをさせられていた。何人かのメンバーが簡単なトークをしたが、観覧客との温度差が半端なく、百戦錬磨のタモリの額に脂汗がにじむほどの惨状であった。そんなふうに私には見えた。そして、CMに入る前のジングルが流れた時、道重さゆみはとても残念そうな表情を浮かべているように、少なくとも私にはそんなふうに思えた。

そのような感想を、当時やっていた道重さゆみ応援ブログ的なものに書いたところ、あまり賛同はえられなかった。この少し前に同じくモーニング娘。メンバー全員が出演していた「しゃべくり007」が結構面白かっただけに、これにはがっかりしていたのだ。

いずれにしても、いろいろと気に入らないことがあったとしても、道重さゆみを見ただけでそんな問題は些細なことだと思えるのだということが、久しぶりに実感できた。そして、私はやはりこの日の「笑っていいとも」の道重さゆみのようでいたいのだということを、強く思った。

正真正銘の自分として、内輪(ホーム)のみならず、世界(アウェイ)においても、正々堂々と通用することを志向した艱難辛苦にして紆余曲折。それはこんなにも美しい。その向こう側へ。やはり、道重さゆみなのだ。道重さゆみになりたい。

2011年11月 3日 (木)

新宿サブナード福家書店あたり。

目的地へ向かうために京王線の電車の中で立っていて、iPhoneに差し込んだイヤフォンからは久しぶりに通して聴く岡村靖幸の「靖幸」が流れていた。そして、やはりこれが古今東西のアルバムの中で一番好きだなと改めて思った。そのことをツイートしようとして、そういえば以前にこのアルバムについてブログに書くために調べたところ、どうやら私がこのCDを初めて買ったのは1989年7月13日である可能性が高く、丁度その日、山口県宇部市では道重さゆみが生まれたのだということを思い出した。

そして、道重さゆみといえば、確かこの日に新宿で握手会を行うはずであった。参加するには最新写真集「Sayuminglandoll」を購入し、整理券を手に入れなければならない。朝に見たインターネット関連スレッドによれば、整理券にはまだ残りがあるようでもあったが、そもそも参加する気などなかったし、この日はすでに他の予定を入れていた。

「Sayuminglandoll」は発売日にすでに他の書店で購入していたが、その内容は素晴らしく、しばらく停滞していた私の道重さゆみ熱をふたたび呼び覚ますのにじゅうぶんであった。それでも「今夜もうさちゃんピース」を聴きながら寝たりブログを何日かに一回まとめて見る程度で、おもな情報源がiPhoneのBB2Cアプリで閲覧するモ娘(狼)板の関連スレッドという、まったくもってどうしようもない状態であった。

新宿で京王線の電車を降り、目的地へ向かうためにJRに乗り換える時、あと四時間もすればこのすぐ近くに道重さゆみがやって来るのか、ということを思ったりもした。

開始時刻にはもうすでに整理券は配布し終えていたに違いない。結論から言うと、その時間帯にはやはり会場である新宿サブナードの福家書店まで来てしまっていた。写真集は素晴らしい内容だったので、もう一冊買うこと自体に躊躇はなかったのだが、開始時刻をとうに過ぎていたし、会場にはすでに参加者が大勢集まっていた。

道重さゆみのブログで見た「道重一筋」と書かれたピンク色のTシャツを着ている人達が何人かいた。初めて肉眼で見た。その他、思ったよりもアイドルファンぽくない普通の見た目の人や女性が多かった。私はダークな色のスーツを着て、髪を後ろに撫で上げていて、いかにもビジネスの最中にちょいと本屋を物色したという体を装い、すぐ近くにまさしく道重さゆみ本人がいるという事実に軽く興奮していることを隠しながら、適当な本を見るふりをした。

列の間を通り、トイレに向かう時、「誰か有名人でも来ているのかい。最近の芸能人とかよく知らないけれども」というような雰囲気で、軽く様子を探ってみたりした。握手会が行われている場所は完全に仕切られていて、外からは見ることができない。しかし、ろくに興味もない本を立ち読みしているふりをしていると、ついたての向こう側から、「ありがとうございます」などと声が聞こえてきた。

そのままそこを後にしたのだが、たとえばもしその時に整理券がまだ残っていたとして、私は写真集を買って握手会に参加しただろうか。

数時間後、握手会のスピードが比較的遅く、会話もしようと思えばできたことや、とても対応が良かったことなどをしった。そして、道重さゆみのブログを読んで、低速化は本人の要望だったことも知った。インターネット掲示板で参加者たちの書き込みを読んで、うらやましくて泣きそうになった。反省はするが後悔はしないをモットーにしているが、今回の件はとても後悔に近いような気がした。

ハロプロ系の現場のようなものというのをしばらく体験していなく、最後がいつだったかと考えると、おそらく一昨年秋に品川で行われた「気まぐれプリンセス」のシングル発売イベントだったのだ。至近距離で見たのは、その少し前の原宿アメーバスタジオでの公開放送か。あの時はまだモーニング娘。に久住小春すらいたのだった。

アイドルの握手会に参加するということが自分の日常生活の行動として異質なことのため、いったいどのようにすればいいのかがさっぱり分からない。かといって参加したことが全くないのかといえばそんなことはなく、大昔に札幌のデパートの屋上で菊地桃子と握手をした。しかし、その頃は十代の学生であり、一般的にアイドルのファンとしてごく当たり前と看做された訳である。

大学生になって少しすると、ネタで友人とアイドルを話題にすることこそあれど、ファンとして追いかけるようなことはすっかり無くなったし、そんな日はもう二度とこないのだろうとずっと思っていた。モーニング娘。が国民的アイドルグループとして君臨した頃、おニャン子世代の高齢ファンも比較的多いということも聞いていたが、まったく自分とは異質な人達だと思っていた。

アイドルとは同年代か少し年下ぐらいの若い子が応援するものであり、社会人や妻帯者になってまで追いかけるようなものではないという思いがひじょうに強い。

しかし、私がアイドルの握手会に参加したのは、実はそれだけではなく、昨年、渡り廊下走り隊に行っていたりもする。何なんだ、いったい。それから少しして、モ娘(狼)板に「元道重ヲタの『生きる』氏がAKBに寝返ってハロプロを叩いている件」などというアンチスレッドが立てられ、なかなか面白かった。

道重さゆみはひじょうに心優しく、かつアイドルとしてのプロ意識が高いので、どんなファンに対してでも、とても丁寧な対応をしてくれる。

道重一筋Tシャツを着たりしゃもじでウサギの耳をつくったりしている人たちは、ああやって応援していることを表現し、握手会に参加させていただくという機会に、日頃の感謝、プラスのエネルギーを少しでも与えようと努力しているのだ。ブログで長文のコメントをしている人たちもそうだ。リスペクトすべきである。

道重さゆみにふさわしい、素晴らしく自信に満ちてチャーミングな人間としてでなくては、とてもではないが、至近距離で握手や会話などという行動に出る自信が無い。握手会問題に直面するにあたり、改めて自分のメンタルの弱さ、及びチキンぷりを認識させられた。

いまから四年前、精神的に完全にやさぐれていて、何が正しくて正しくないのか、必要で必要でないのか、普通で普通でないのかがさっぱり分からず、半ば自暴自棄になっていた頃に、偶然に道重さゆみを見つけた。以来、生きる希望、指針として道重さゆみは輝き続け、健康、家族、過去といったものを大切にすることを知ることができた。そして、これから一人の人間としてさらにどう行くべきなのかと考える時、ふたたび道重さゆみが私の前で輝きはじめ、それはすなわち道重さゆみの握手会に堂々と参加できるような人間になることなのだ、ということを示してくれた。

どこが「エレクトリックにクールな道重さゆみ研究ブログ」だというのか。

2011年10月28日 (金)

Sayuminglandoll。

道重さゆみの写真集「Sayuminglandoll」については、発売前よりこれまでとはかなり異なった内容になっていると言われていた。ブログで発表されたいくつかの断片や、ラジオ「今夜もうさちゃんピース」においてサイズがこれまでのものよりも小さいと話されていたこと、また先行公開されたいくつかのカットが、いわゆるアイドルヲタク的な方々にあまり良く受け留められていないような様子もあり、これはいよいよ期待できるなと思った。

道重さゆみの面白さが存分に発揮されるのはラジオやブログやバラエティー番組といった、ハロプロだとかモーニング娘。だとかの枠を越えている場合のことが多く、ラジオやブログにしても、ハロプロだとかモーニング娘。の内輪の内容にになった途端、一気にあまり面白くなくなる。ハロプロやモーニン娘。のファンにはそっちの方が面白いと思う。

これまでに発売された写真集やDVDも一通り買っては見てきたが、いずれもいわゆる普通のアイドル写真集、他のハロプロやモーニング娘。の写真集やDVDと同じようなやり方で制作されているように思えた。そこに、道重さゆみの人間としての魅力、面白さはあまり反映されていなかったように思う。もちろん写真屋動いている姿が見られるだけでもじゅうぶん楽しいのだが、道重さゆみを素材とするならばもっと魅力的で面白いものがつくれるのではないかという思いはずっとあった。

アイドルファンにもいろいろなタイプがいるとは思うのだが、たとえばインターネット掲示板のファンスレッドなどを見ていると、アイドルを擬似恋愛の対象や性的欲求の捌け口として見ている人たちが少なくはないのだという印象を受ける。たとえばアイドルが恋愛するのは是か非かというような議論になると、他人の女を応援して何が楽しいというような意見が正論のようにまかり通ったり、勝手に処女だとかレズビアンだとかいうイメージを付けて、気持ち悪く盛り上がっていたりする。恋愛をして女性として人間として成長していく姿を見たいし、その方が本人のためにも幸せなのではないかというような意見は、完全に異端視される。アイドルとはそのようなものらしく、そうであるならば、私はアイドルファンなどでは断じてないのだと自信を持って言える。

道重さゆみは昨年の二月からGREEでブログをはじめたが、自宅での私服や素顔の写真を載せたり、かなり濃いめの文章などが魅力で評判は上々であった。しかし、これが元々黒髪色白美少女キャラクターで処女性がウリのようなところがあった道重さゆみの一部ヲタクの気持ち悪さをさらに加速させたようなところもあったように思える。かつてラジオ番組を毎週テキスト起こしするほどのエネルギーを有していた私だが、この辺から一部盲目的道重さゆみヲタクのこういった薄気味悪いノリや、凋落するハロプロを尻目にメガヒットを連発するAKB48への嫉妬混じりの執拗な悪口に辟易し、次第に離れるようになっていった。

しかし、これは快作である。道重さゆみとは革命児であり、そこが最高に魅力的なのだ。

明石家さんまらの「ヤングタウン土曜日」に出演してセクシーなセリフを言ったり下ネタに反応したり、道重さゆみ本人がそれまでの殻を打ち破って前へ進もうとしていた時に、清純派のイメージが崩れると降板を希望していた一部のファンがいた。また、「ロンドンハーツ」でいわゆる毒舌ナルシストキャラを試行錯誤し、精神的にボロボロになりながらも貫き通していた時に、同じくアイドルでありアーティストであるモーニング娘。の道重さゆみがそんな汚れ仕事をする必要がないと主張する一部のファンもいた。しかし、私にとってはこういうところがまさに道重さゆみの魅力であったのだ。

そもそも山口県の田舎で友達がダンゴムシしかいないようなおとなしくて内気な、本人いわくぱっとしない小学生だった道重さゆみが、当時国民的アイドルグループだったモーニング娘。に入り、芸能界デビューすること自体が、笑ってしまうぐらいに愉快痛快なことであった。「ヤングタウン土曜日」でのさんまとの絡みだとか「ロンドンハーツ」での毒舌ナルシストキャラなどは、このありえないことが起きてしまう痛快さの続きなのではないかと思える。

だから、モーニング娘。元リーダーの高橋愛を無条件に肯定したり後輩のスマイレージとかを可愛い可愛い言っていたり、ハロプロやモーニング娘。の内輪のヲタクが喜ぶようなことを言ったり書いたりしているのは、予定調和すぎて全然面白くない。この一年半ぐらいそのように感じることが多く、私の中の道重さゆみが色褪せてきていたのは事実である。

しかし、この作品は素晴らしい。

ハロプロタレントの写真集とは思えないぐらいポップでキュートな表紙を書店で見つけた瞬間、かなり良い予感がした。いつもはアイドルの写真集など買うのが恥ずかしくて仕方がなく、ひじょうに緊張を強いられるのだが、これはもう堂々と誇らしげにレジに持っていけた。いわゆるアイドルヲタクとはおそらくアイドルに擬似恋愛的な感情を抱いていたり性欲の捌け口として見ていると思われている可能性が高い訳で、アイドルの写真集をレジに持っていくだけでそういう種類の人間と見倣されるのではないかという、自意識過剰なストレスが生じるのだが、これなら単にポップでキュートなものが好きなんだと思われるだけなので、問題はない。というか、むしろ大いにそんなふうに思ってほしい。

そんな表紙をめくると、いきなり金髪ウィッグである。素晴らしい。黒髪色白処女性重視のヲタク層が多いと思われる道重さゆみだが、こんなことをして大丈夫なのだろうか。いや、痛快である。道重さゆみにとっての黒髪とは、かつてのボブ・ディランにおけるフォーク・ギターのようなものであり、初めてステージでエレキ・ギターを演奏した時は、保守的な古参ファンからユダ(裏切り者)呼ばわりされたものである。しかし、ボブ・ディランの人気がより一般化、大衆化し、キャリアのピークを迎えるのは、ユダ(裏切り者)呼ばわりされながらもエレキ・ギターを持った後であった。

この作品の制作にあたっては、道重さゆみ本人が打ち合わせの段階から参加し、様々なアイディアを出したのだという。また、かなりこだわりを持って撮影に参加したとも、ブログで書かれている。ここにはただの被写体としてのみではなく、表現者としての道重さゆみがいるのだ。

アメリカン・ポップな部屋の中で水着など、ひじょうに楽しげである。それでいて、健康的なセクシー要素もある。

一転して、60’s風の衣装で犬を散歩させたり部屋の掃除をしたり電話や料理をしたりというセクションがあるのだが、ここも表情がそれぞれ工夫されていて、ひじょうに魅力的である。

そして、不思議の国のアリスのようなファンタジーの世界、それもアイドルヲタクが妄想するような幼女性愛的な薄気味の悪いものでは全くなくて、ちょっとした毒を含んだ刺激的なテイストだ。

真っ白い天使になったかと思えば、次はお馴染みの黒髪美少女路線。これも洋書や蓄音機や古時計といった小物たちが、不思議な世界観を演出し、一筋縄ではいかないのである。どこか不安定な心地よいノイズである。

最後は水着でピンクのお風呂である。セクシー要素もあるのだが、アイドルのグラビアにありがちな視られる対象としての客体ではなく、表現者たる主体として、視るものを刺激する意図が伝わってくる。

道重さゆみを擬似恋愛の対象とも性欲の捌け口とも見ていないわけだが、やはり道重さゆみが写っている写真集なりDVDならば買っていたのだ。しかし、そこに道重さゆみの表現はさほど感じられず、よって、ラジオやブログ、バラエティー番組といったおカネをつかわずに楽しめるメディア以上の満足を得られずにいた。しかし、この「Sayuminglandoll」は素晴らしい。道重さゆみの魅力、面白さをじゅうぶんに表現する作品があるとするならば、それはおそらく言葉が主体のものなのではないかと思っていたのだが、ビジュアルのみでこんなにも魅力的で面白い作品ができるとは思ってもいなかった。道重さゆみ、怖るべしである。


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2011年10月16日 (日)

ブログ欲。

電車移動の時間があったので、iPhoneで道重さゆみのブログをまとめて読んだ。約一週間分を10分間程度で読み終えることが出来たが、それでもとてもポジティヴな気持ちになれた。

ラジオで共演したダイノジに頑張ってと言われたので頑張ろうと思ったということなどは、いかにも普通のありふれた内容なのだが、こういうことをちゃんと書くという部分に、贅肉を削ぎ落とした、等身大かつ真っ当であろうとする現在の道重さゆみの正しい強さをビシビシと感じるのだ。

道重さゆみはダイノジが「爆笑オンエアバトル」に出ていた頃によく見ていたということも書いているが、そういえば中学校に入学したばかりの自己紹介にて、「好きなお笑い芸人はあばてヌンチャク」などとマイナーなコンビ名を出し、教室が微妙な空気になったというほのぼのエピソードもあった。

最近は2700がお気に入りのようだが、少し前のブログを見ると、「キングオブコント」でやっていた「右ひじ左ひじ交互に見て」だけではなく、「このダンスをする」のポーズもやっていて感激した。いつか2700の音楽ネタを作詞作曲している八十島との同郷人共演が実現すると良いのだが。

道重さゆみがGREEでブログを始めたのは2010年2月だが、その前からずっとやりたいやりたいやりたいと言い続けていた。いま一番やりたい仕事はブログとすら言っていたこともあった。

スタートしてからしばらくの道重さゆみのブログの勢いはすさまじく、元々文章を書くことが好きで話の構成力があることはファンならば分かっていたので、ある程度の期待はしていたのだが、そのさらに遥か斜め上を行くほどの充実ぶりであった。

アクセス数も凄まじく、GREEのランキングトップを独走していた時期もあった。ファンは大喜びし、道重さゆみ本人もそのファンのリアルタイムでの反応が嬉しくも楽しく、どんどんブログにハマっていく。

そのうち読者に必要以上に媚びたり釣っているような記事に対する不満が一部に出てきたり、道重さゆみだけが見たいのに高橋愛とか亀井絵里とか出てきすぎるのが気に入らないという私のようなきわめて特殊な意見もあるにはあったが、概ねは好評であった。

モーニング娘。で初めてブログをやったのは道重さゆにであり、やりたいやりたいやりたいとずっと言い続けてきて、やっとやることが出来た。それゆえに思い入れも強い。しかし、その後、他のメンバーが次々といとも簡単にというぐらいの雰囲気でブログを始め、それについて複雑な思いがあったり、ブログに必死になり過ぎるがゆえに疎かになることも出てきて、それを親友の亀井絵里から指摘され、その感動エピソードを「今夜もうさちゃんピース」で話していたりもした。

道重さゆみがなぜそんなにもブログがやりたかったのかというと、自分にはそれまでの歌やテレビやグラビアの仕事では発揮しきれていない内面的な魅力があり、それを表現したいという欲求が強かったためだろうと思える。

ブログは芸能人や著名人だけではなく、一般の会社員や学生や主婦や無職の人なども多数やっているが、そのほとんどが不特定多数へ向けて公開されている。

その昔、不特定多数に自分の文章を読んでもらおうと思えばその道のプロになるか投稿して採用されるぐらいしか無かった訳だが、それに比べると今は随分と簡単になった。人の内面にある表現欲求が容易く満たされてしまう。

インターネットを彷徨っていると、 自分の内面の表現のみならず、外見や裸体などを不特定多数に向けて公開している一般人というのも見かけたりする。

日常の生活や仕事の現場おいて、自分自身が完全に表現し切れている実感があれば、何もこんなことをする必要も無い。

リアルな現実における特定少数との関係において、満足が得られていないからこそ、不特定多数からの評価を必要とし、その為の表現欲求というのが生まれるのではないか。

このような表現は多くの場合、きわめて自己撞着的である。理由が私のことを分かって、もっと見て的なものに他ならないからだ。

しかし、ある程度このような場を得て、ある一定のレベルの表現欲求が満たされた場合、次にはそれを経たがゆえの、より本質的かつ特定少数に対しての活動にシフトしていくのではないだろうか。

道重さゆみがブログを始めた頃にあった自己撞着的な表現欲求は、ある程度満たされたのではないだろうか。場さえあればあんなこともこんなことも出来るしやりたいと無限にも思えていた可能性は、ブログの開始や数年前ならば考えられなかったバラエティー番組への単体出演によって、ある程度は実現し、また、現時点における限界にも気がついたと思える。

ならばここからどうすべきか、どういうものを目指すべきか、そのような真摯な葛藤を妄想しつつ、淡白でつまらなくなったと言われることも少くない現在の道重さゆみのブログを読むと、そこに次のフェイズへと進化しつつある未来への胎動を感じずにはいられない。

道重さゆみとは総合芸術であり、ブログはそれを構成する要素の一つに過ぎない。現段階におけるそのウェイトを考えた場合、現在のあり方はじつに丁度いいと思える。

2011年10月 9日 (日)

ゆるしてニャン。

最近の道重さゆみのブログが以前と比べてつまらなくなったという意見をよく目にする。ということは、いまだに私はたまにあのスレッドを覗いたり覗かなかったりしているということなのだが、結論から言うと、道重さゆみの可愛い写真と可愛い文章がたくさん載っていて楽しいなと思うのだ。
ブログの内容が以前と変わったか変わっていないかというとこれは明らかに変わっていて、しかし、私はこれを進化と捉えているので、さして不満はない。
どこが一番変わったかというと、以前のブログにはもっとリアルタイム感やプライベート感があり、そこがすごく楽しかった訳だ。一方、最近のブログは告知だとか活動内容の報告が中心となっている。
道重さゆみは全力投球かつ自分に正直あり、時として極度なトゥーマッチ感覚がクセになるほどクドくて面倒くさくて最高な訳だ。
ブログがこのような内容になった原因としては、 大人の事情というか不可抗力的な部分もあるとは思うのだが、道重さゆみはならばその状況の中で自分に出来るベストとは何なのかということを常に模索して実行してきた訳なので、そう考えると、この変化もなかんsか丁度いいタイミングでの必然だったのではないかという気もする。
以前、単独でバラエティー番組に出はじめて強烈なキャラクターをお茶の間にアピールした時期があったが、道重さゆみはすでに次のフェイズへと移行しはじめている。一方、所属事務所は、現在、Berryz工房の嗣永桃子を同様の方法でお茶の間に進出させようとしているようである。
私は元々、ハロー!プロジェクトの中では道重さゆみの次に嗣永桃子が好きだったし、数ヶ月前にゲスト出演した「ヤングタウン土曜日」を聴いたり、その後に出演したバラエティー番組での評判を聞く限り、今後の活躍は期待できそうである。
しかし、私は別にアイドルが好きな訳ではなく、たまたま好きになった道重さゆみの職業がアイドルであったために、もしかするとアイドルそのものが好きなのではないかと錯覚していただけなのだと気がついたので、嗣永桃子にいわゆる推し変するとか、出演メディアを追いかけるということにはならない。
私が別にアイドルが好きな訳ではないのだなと気がついた契機というのは、様々な活動の過程において、アイドルを応援するというエネルギーの根幹にあるものが、擬似恋愛への妄想であったり自慰行為幇助の役割の期待であることを思い知り、それが私の道重さゆみに対して抱く感情とほとんど無関係であることを確信したからである。
たとえば道重さゆみが17歳だとか18歳の頃であればそのようなファン心理を楽しめてもいたのだが、ここ数年、素敵な淑女(レディー)へと進化していく道重さゆみを見たいにもかかわらず、大半のファンの潜在的要望に応えるべく処女性を基本としたキャラクターを強要され、プロの仕事としてそれに応えようようとする道重さゆみという図式を、歯がゆく思っていた。
10月末に発売される道重さゆみのソロ写真集がこれまでとはテイストを異にした内容になるのではないか、などと色々憶測を呼んでいるようだが、青少年や性生活に不自由な高齢者の自慰行為幇助を主な目的としたいわゆるアイドル写真集ではなくて、キュートでポップでスタイリッッシュかつモードな、可愛いもの好きの女の子や恋人が部屋に遊びに来るタイプの男の子が持っていても恥ずかしくないような感じだととても嬉しいし、それは道重さゆみのさらなる可能性を切り開くものになり得るだろう。しかし、仮にそのような内容だったとして、そういうのが商業的に大成功するというイメージが一向に湧かないのも事実であり、なかなか悩ましいものである。
話をブログに戻すが、現在のような内容の中にあって、モーニング娘。から高橋愛が卒業したという実感がまだ無いが、「ヤングタウン土曜日」において、モーニング娘。OBと自己紹介するのを聞いて切なくなったというような記述にあらわれている心の機微に、正しくも美しいものを感じるのであった。
あと、サンリオのぬいぐるみと一緒に写っている写真などが可愛すぎて胸が苦しくなった。

2011年9月29日 (木)

みぎひじ、左ひじ、交互に見て!

1ヶ月半ぶりぐらいにGREEの道重さゆみ公式ブログを読んだところ、「みぎひじ、左ひじ、交互に見て!」のフレーズが頭から離れないと書かれていた。

これは吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属のお笑いコンビ、2700の代表ネタの一つで用いられるフレーズある。道重さゆみがこのブログ記事を書いた2日前にTBSテレビ系で生放送された「キングオブコント」において、2700はこのネタを1本目に披露し、第2位の成績をおさめた。2本目の「キリンスマッシュオアレシーヴ」も素晴らしい作品であった。私が日本で最も好きなテレビ番組、「オールザッツ漫才」のFoot Cutバトルにおいても、昨年優勝している。

2700はネタに音楽の要素を取り入れた、いわゆるリズム芸を得意としているが、その作詞作曲を行っているのは、メンバーの八十島弘行である。道重さゆみと同じ山口県の出身で、実家は下関の唐戸市場内にある八十島青果である。

この下関の唐戸市場は、道重さゆみがモーニング娘。加入前、まだ山口県で生活していた頃、毎年大晦日に家族で朝市に出かけ、ふぐなどを購入していた。

モーニング娘。加入後は、大晦日に山口県にいることがなかなか難しくなっていたわけだが、紅白歌合戦に落選した最初の年の暮れ、実家に帰り、この唐戸市場にも行ったようだ。この時はかわいさをアピールして値引きしてもらおうと試みたがうまくいかなかったというようなことを、ラジオ「今夜もうさちゃんピース」で話していた。

8月の初め、「ヤングタウン土曜日」にBerryz工房の嗣永桃子がゲスト出演し、その勢いには凄まじいものがあった。その感想を「嗣永桃子の衝撃」として綴ったわけだが、その頃からいわゆるアイドル的なものに対する関心が極度に減退し、ラジオ、テレビ、ブログ、ネットなどほとんどチェックしなくなった。それでも、嗣永桃子がバラエティーなどで結構注目されているという情報は目にすることがあった。

道重さゆみのGREEのブログは久々にたくさんまとめて読んだが、なかなか良い方に向かっているという印象を受けた。

村上ショージがルミネtheよしもとで行った舞台にゲスト出演したということも書かれていた。あのルミネtheよしもとの舞台に道重さゆみが上がったという事実が、とても感慨深い。他にも岡本夏生とか国生さゆりとかの名前も出てきたり、あいもかわらずいろいろと興味深いのであった。

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